JP5781820B2 - 地盤変位の予測方法および予測装置 - Google Patents

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Description

本発明は、不安定な斜面地盤において発生する可能性のある地すべり、表層崩壊、がけ崩れなどの土砂災害をもたらすような地盤の変位を予測する地盤変位の予測方法および予測装置の技術分野に関するものである。
一般に、自然災害の一つとして土砂災害があり、このような土砂災害としては、傾斜地に発生する地すべり、表層崩壊、がけ崩れ、土石流などによる災害がある。
そして、このような傾斜地での土砂災害は、斜面地盤が変状したり移動したりする地盤崩壊、つまり地盤変位によって発生する。従って地盤変位の発生を予測することは、土砂災害を未然に防止するためにも重要である。
従来、地盤変位を測定する手法については、例えば、特許文献1に示されるように、地盤変位が発生するとされる任意の場所に測定用の孔を掘り、ここに歪みケーブルを挿入し、地盤変位によって生じる歪み量を計測することで地盤変位の測定をするようにしたものがある。
しかしながら、このものでは高価な測定機器が必要であるうえ、実際に斜面崩壊が発生している最中又は発生した後の地盤変位を測定するものであって、該地盤変位の発生を予測するものではない。
これに対し、特許文献2に示されるように、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する惧れのある地区の地下水中に含まれるナトリウムイオンや硫酸イオン等の特定イオンのイオン濃度を定期的に測定し、この測定値が急激に上昇した場合には、これを地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する前兆であると予測するものがある。
このものは、風化の進行等により土粒子が微細化すると、地盤内の応力に変化が生じてすべり面が発生し、このすべり面が成長することによってさらにすべり面近傍の土粒子が微細化していくという現象を捉え、このように微細化した土粒子表面を通過した地下水は、摺動力を受けていない比較的大きな土粒子表面を通過した地下水に比べてイオン濃度が高くなることに着目したもので、すべり面を通過した水分子が流入する地下水のイオン濃度を継続的に測定し、イオン濃度が上昇すれば地下水が通過してきた地盤のどこかにすべり面が発生したと観測して、すべり面が発生したことによって地盤変位が起こる可能性が高いと予測するものである。
特許第2847180号公報 特許第4219100号公報
特許文献2のものは、地盤変位の観測対象地を流れる地下水のイオン濃度を継続的に測定し、イオン濃度が急激に変化した場合はすべり面が発生したとして地盤変位の予測を行うもので、このようにして災害発生前に地盤変位の原因となるすべり面の発生を観測し、将来の地盤変位を予測しようとする試みはそれ以前にはなかったものであり、すべり面の発生を地下水中のイオンのイオン濃度の測定によって観測するため、ある程度の信頼性をもってすべり面の発生を知ることができ、このすべり面発生の検知に基づいて地盤変位の予測を行うという点で画期的であった。
ところがその後、観測を継続したところ、この予測方法においてイオン濃度の急上昇が観測され、すべり面の発生があったことが観測されたからといって、その後に地すべりや表層崩壊等の地盤変位が発生しない場合もあった。つまり、すべり面の発生は地盤変位をもたらす要因の1つではあるが、唯一の地盤変位の発生要因ではないことが判明した。
そこですべり面が発生したとして、すべり面の発生から地盤変位の発生に至るまでのプロセスには他にどのような要因が存在するのか、その要因がすべり面の発生から実際の地盤変位の発生までにどのように関わっているのか、このような要因を突き止め、その要因と地盤変位発生との関わりを解明し、これによってより正確な地盤変位の発生を予測できる手法を見出すことに本発明の解決すべき課題がある。
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、請求項1の発明は、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測方法において、前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が予め設定される第一設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、前記第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として設定し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合、該イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、積算降水量が、予め設定される設定積算降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するようにしたことを特徴とする地盤変位の予測方法である。
請求項2の発明は、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測装置において、前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出する上昇倍率算出手段と、該上昇倍率が予め設定される第一設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測する一方、前記第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として登録し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合には、該イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、積算降水量が、予め設定される設定積算降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するように設定された予測手段とを備えていることを特徴とする地盤変位の予測装置。
請求項1または2の発明とすることにより、地すべりや斜面崩壊等の原因となる地盤変位の発生を確度良く予測することが出来る。
地盤内部の土粒子の様子を示す概略説明図である。 すべり面の成長と地盤変位の様子を示す概略説明図である。 イオン濃度がバックグラウンド濃度、ベースライン濃度、ピーク濃度を示す区域の概略説明図である。 イオン濃度と地盤変位量を示すグラフ図である。 イオン濃度、3日分合計した降水量、地盤変位量を示すグラフ図である。 イオン濃度、イオン濃度上昇後のピーク濃度の最高値が観測されてから3箇月に至るまでのあいだの積算降水量、地盤変位量を示すグラフ図である。 地盤変位の予測装置に用いられるマイクロコンピュータの概略図である。 地盤変位を予測するための制御部のフローチャート図である。
一般に、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊は、風化等による地盤の不安定化に起因して発生する。そして、安定した地盤内部の土粒子は図1に示されるように比較的大きな土粒子(土粒子1)であるが、不安定化した地盤内部では土粒子の微視的な変位や破壊が発生しており、土粒子は土粒子1よりも小さい粉状(土粒子2)になっている。このように土粒子が粉状になった箇所は応力が変化するため土塊が移動し易い状態となり、ここにすべり面3が発生する(図2(A)の状態)。このようなすべり面3が発生するとすべり面周辺の土塊の応力に変化が生じるため土塊が安定になろうとして移動し始める(地盤変位)。この移動によってすべり面3は除々に成長していって地盤4内に広がり(図2(B)の状態)、成長したすべり面3を滑動面として地盤全体が移動して地すべり崩壊等の土砂災害が発生する(図2(C)の状態)。
一方、地盤変位の観測対象となる傾斜地に降る雨水は、地表表面に到達した時点では海塩由来の粒子や空中に浮遊する煤煙由来の粒子等を含有し、例えばナトリウムイオン、カルシウムイオン、塩素イオン、硫酸イオン等の低濃度の含有が認められる。このような地表表面における雨水のイオン濃度をバックグラウンド濃度とする(図3参照)。
傾斜地に降った雨水は、地表からやがて地中へと滲み込んでいき、地盤の土粒子の間を通過しながら地下水として集約されていく。
雨水を構成しているのは水であるが、水分子は、一般に強い極性を示すことから、土粒子表面のイオン交換基(例えばシラノール基で、ケイ素原子に結合している水酸基)とのあいだでイオン交換をおこなうことが一般に知られている。このため地盤に浸透していった雨水はイオン交換がなされることによって前記バックグラウンド濃度よりも高いイオン濃度となる。このイオン濃度をベースライン濃度とする。
ところで、土粒子が微細化した場合は、土粒子表面積が全体として増加するため、それだけ土粒子表面のイオン交換基の数も多くなり、このような状態となった土粒子表面を通過した地下水は、微細化する前の土粒子の間を通過した地下水よりもイオンの量(イオン濃度)が多くなっている。このように微細化した直後の土粒子間を通過したことによって高くなったイオン濃度をピーク濃度とする。
前述のすべり面が発生している周辺では、摩擦や部分的な破壊によって土粒子が微細化した状態となっており、土粒子全体としての有効表面積が大きくなっているため、すべり面発生箇所を通過した地下水はピーク濃度となる。
このように傾斜地に降った雨水は傾斜地の表面から地中の地盤を経て地下水となる過程で地中の土粒子とイオン交換を行うため、観測対象地を通過した地下水のイオン濃度は地盤中の土質力学的な、あるいは化学的な状態を反映しており、前述したように地下水のイオン濃度がベースライン濃度からピーク濃度に上昇している場合は、観測対象地の何れかにすべり面が発生したと推測することが出来る。そして、このイオン濃度のベースライン濃度からピーク濃度への上昇率が高ければ高いほど、発生したすべり面の規模は大きいと推測することが出来る。
しかしながら、図4で示されるグラフからも明らかなように、すべり面の発生を示すナトリウムイオンやカルシウムイオン等のイオン濃度が急上昇しても、その後2〜3箇月のあいだに地盤変位が発生しない場合があり、イオン濃度の急上昇と地盤変位とのあいだには必ずしも明確な関連性があるとは言えない。つまり、すべり面の発生は地盤変位の一要因ではあるが、実際の地盤変位を引き起こすにはすべり面の発生とは何か別の要因が存在し、この要因が何らかの条件を満たしたときに地盤変位の引き金(トリガー)となると考えるのが妥当である。
尚、ピーク濃度が測定されなかったにも拘らず斜面崩壊等の現象が発生した場合は、測定している地下水が斜面崩壊をもたらしたすべり面を通過していないと考えることが出来る。仮にあるすべり面によって斜面崩壊が発生したとして、該地区の地下水が必ずしも崩壊斜面を引き起こしたであろうすべり面を通過した地下水であるとは限らない。従って、より正確に地盤変位を予測するためには、観察対象となる斜面を通過する地下水の経路を把握する必要がある。
では、すべり面が発生した後に該すべり面を滑動面として地盤変位を引き起こさせる要因は何か。地盤変位をもたらす主な要因としてまず挙げられるのは地震であり、次に考えられるのが降水である。そして多雨気候の日本においては降水は地震よりも頻繁に見られる自然現象であり、降水の度に地盤内を地下水が流れて地盤に影響を与え続ける。特に梅雨前線の停滞や台風等による降水量の急激な増加が土砂流出等の引き金となっていることは一般によく知られるところである。さらに一旦地中に滲み込んでいった雨水は長く地中に留まって地盤を湿潤状態にしており、そこにさらなる降水が観測されれば地盤はさらに水分を含んで軟弱化して地盤変位が誘発されやすい状態となる。そこで本発明の発明者は、観測対象地においてすべり面が発生した後の所定期間の積算降水量を観測し、該積算降水量とその後の地盤変位発生との因果関係について検討した。
そして本発明の発明者は、長期間に亘り、観測対象地区におけるイオン濃度の変化と積算降水量と地盤変位との関係について観測したところ、以下のような特徴的な現象が発生していることを発見し、本発明を完成した。
(1)イオン濃度の上昇率がかなり高い場合
この場合は、イオン濃度の上昇率が高いことから地盤に発生したすべり面の規模がかなり大きいと推察されるものであって、上昇率の変化があった後、2〜3箇月までのあいだに地盤変位が発生する可能性が高いことが確認され、このような場合には、多量の降水や長く続く降水といった降水量に関する要因がなくとも単独で地盤変位を引き起こす程にすべり面の規模が大きいものであったと推察される。
(2)イオン濃度の上昇率が(1)の場合ほど高くはないが、上昇以前のイオン濃度と比較すると高い上昇率でイオン濃度が上昇している場合
この場合は、イオン濃度の上昇率が(1)ほどではないがそれなりの上昇をしていることから中規模のすべり面が発生していると推察され、この場合はこのイオン濃度の上昇後に多量の降水や長く続く降水等の一定の降水量が観測された場合には、数箇月のあいだに地盤変位が発生する可能性が高いことが確認され、このような場合には、すべり面の発生と降水量が直接の要因となって地盤変位が引き起こされるものと推察される。
(3)イオン濃度の上昇率が(2)よりも低い場合
この場合は、イオン濃度の上昇率が低いが故に、すべり面の発生が小さいものと推察され、その後、多量の降水や長く続く降水があっても地盤変位が発生する可能性が低いことが確認された。
このように地盤変位の発生を、イオン濃度の測定、降水量の測定をすることによって高い確度で予測することができるが、地盤変位の発生予測をする場合に、イオン濃度の上昇率変化の割合や降水量は測定場所によって異なっていて一定ではなく、このため前記(1)〜(3)の区分けは、測定場所において予め観測したデータによって決定されることはいうまでもない。
以下にある一つの場所での観測事例について説明するが、実際の観測事例は複数あり、何れの場合も略同様の現象が観測されている。
図5は、実際に地すべりが観測されたある地区のある観測開始年月から約4年間の観測対象地盤を通過する地下水を継続的に測定して得られた特定イオン(ナトリウムイオン、カルシウムイオン)のイオン濃度値(mg/L)、特定観測地点における地盤の変位量(mm)、毎日測定した降水量を3日分合計した降水量(mm)を示すグラフ図である。尚、降水量は毎日測定したが、図5では便宜上、3日分合計した降水量を示した。
この地区の表層地盤は風化を強く受けた泥岩であって、過去に幾度かの地すべりが繰り返し発生している。
観測対象地である地すべり発生地に近接した2箇所に傾斜計孔を掘削し、該傾斜計孔の最奥部に設置した各傾斜計a、bによって地盤変位の変位量を計測している。傾斜計aは深さ7mの位置に設置されており、傾斜計bは深さ3mの位置に設置されている。
また、2つの傾斜計孔のうち、山裾側の傾斜計孔内に貯留されている地下水を分析用試料として採取している。採取量は地下水100mL(ミリリットル)であり、2週間毎に採取してポリエチレンびんに入れ、分析を行った。分析は、イオンクロマトグラフィー/電気伝導率検出法を用い、前記採取した地下水中のナトリウムイオン(Na)およびカルシウムイオン(Ca2+)の濃度を定量した。図5には、これら定量したイオン濃度値と、前記傾斜計a、bに表れた地盤変位との関係も示されている。
図5からイオン濃度の変化を見ていくと、まず、地下水中のナトリウムイオン又はカルシウムイオンのイオン濃度が100mg/L未満である場合をベースライン濃度とし、100mg/L以上である場合をピーク濃度とした場合、イオン濃度がピーク濃度を示したのは(A)観測初年度の1月から4月、(B)観測初年度の8月、(C)観測開始1年後の5月から7月、(D)観測開始2年後の6月から8月、(E)観測開始2年後の9月から11月、(F)観測開始3年後の7月である。
次に、地盤の変位量を見ていくと、傾斜計a(深さ7m)または傾斜計b(深さ3m)によって測定された地盤の変位量が2mm以上である場合は、観測初年度の9月に約3mm、観測開始1年後の7月に約5mm、9月に約2mm、観測開始2年後の8月に約2mm、9月に約4mm、観測開始3年後の8月に約12mmである。
ここで、イオン濃度がピーク濃度に達した(A)〜(F)の各時期について、それぞれピーク濃度の最高値が観測されたときから3箇月に至るまでのあいだの降水量を順次積算していく。図6には、このようにして積算された降水量が示されている。
(A)観測初年度の1月から3月にイオン濃度が100mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、3月25日にはピーク濃度の最高値が観測された。そこでこのピーク濃度の最高値を観測した3月25日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月後の6月25日に積算降水量が400mmを超えた。しかしながら該イオン濃度の急上昇日から次にイオン濃度が急上昇する日までのあいだに大きな地盤の変位は発生しなかった。
(B)観測初年度の7月から8月にかけてイオン濃度が100mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、8月10日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値を観測した8月10日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月に至る前の9月5日に積算降水量が400mmを超えた。そして9月7日に約3mmの地盤の変位を観測した。
(C)観測開始1年後の5月から7月にかけてイオン濃度が200mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、6月3日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値を観測した6月3日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月に至る前の7月10日に積算降水量が400mmを超えた。そして7月15日に約5mmの地盤の変位を観測し、さらに9月19日に約2mmの地盤の変位を観測した。
(D)観測開始2年後の6月から7月にかけてイオン濃度が200mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、7月29日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値を観測した7月29日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月に至る前の8月27日に積算降水量が400mmを超えた。そして8月30日に約2mmの地盤の変位を観測し、さらに9月15日に約4mmの地盤の変位を観測した。
(E)観測開始2年後の9月と11月の2回にわたってイオン濃度が200mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、9月23日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値を観測した9月23日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月後の12月23日になったときの積算降水量は約170mmであった。そして該イオン濃度の急上昇から次にイオン濃度が急上昇するまでの間に大きな地盤の変位は発生しなかった。
(F)観測開始3年後の6月から7月にかけてイオン濃度が400mg/Lを超える急上昇をしてピーク濃度を示し、7月4日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値を観測した7月4日を降水量の積算開始日として降水量を積算していくと、3箇月後の10月4日に積算降水量が漸く400mmを超えたが、それ以前の8月25日には12mmの大きな地盤変位を観測した。
これら(A)〜(F)の現象を分析した結果、以下のことが言える。
(i) (F)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該イオン濃度が急上昇する前2箇月間のイオン濃度の平均値の約8倍に上昇している。この場合、イオン濃度がピーク濃度の最高値を観測した日を降水量の積算開始日とし、積算降水量が400mmを超す3箇月後よりも前の8月25日に12mmの大きな地盤変位量が観測されており、このことから、イオン濃度が(F)のように大きく急上昇した場合には、その後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性が高いといえる。
(ii) (B)、(C)、(D)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該該イオン濃度が急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値の約2倍と4倍のあいだとなっている。そして、ピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月に至るまでのあいだに積算降水量が400mmを超えた場合には、その後、地盤変位が発生している。このことから急上昇が観測されたイオン濃度値が、イオン濃度の急上昇が観測される前2箇月間のイオン濃度の平均値の2倍〜4倍程度であった場合は、該イオン濃度のピーク濃度の最高値が観測された日から降水量の積算を開始していった場合に、3箇月に至るまでのあいだに積算降水量が400mmに達すると、地盤変位が発生する可能性が高いといえる。
尚、前記イオン濃度の急上昇が観測される前2箇月間のイオン濃度の平均値の2倍〜4倍程度であった場合において、イオン濃度のピーク濃度の最高値が観測された日から降水量の積算を開始していった場合に、3箇月に至るまでのあいだの積算降水量が400mmを超えなかった場合については、図面には記載されていないが、地盤変位の発生がなかったことが別途時期の観測で確認されており、この場合には地盤変位の発生の可能性が低いといえる。
(iii) (A)、(E)の現象では、急上昇したイオン濃度の値そのものは200mg/L以上となっているが、該上昇する前の2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値と比較すると2倍にまで至っておらず、イオン濃度の上昇倍率は低いといえる。そして、(E)の場合、イオン濃度の最高値が観測されてから3箇月までのあいだに積算降水量が400mmを超える降水および地盤の変位については何れも観測されなかった。これに対し、(A)の場合、イオン濃度の最高値が観測されてから3箇月に至る以前に積算降水量が400mmを超えたにも拘わらず、その後にイオン濃度の急上昇が観測されるまで地盤の変位は観測されなかった。このことから急上昇したイオン濃度の値が、該急上昇する前の2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値の2倍よりも低い場合には、その後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生の可能性は低いといえる。
このような分析に基づいて、イオン濃度の変化とイオン濃度急上昇後の積算降水量とから地盤変位の発生を予測する地盤変位の予測方法を見出した。
(i)イオン濃度が急上昇した場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が4倍以上の場合は、降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高い。尚、ここで上昇倍率4倍を基準倍率として設定したが、これを第一設定倍率とする。
(ii)イオン濃度が急上昇した場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍以上4倍未満の場合は、イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月に至るまでのあいだに積算降水量が400mmを超えたら地盤変位の発生する可能性が高い。
(iii)イオン濃度が急上昇した場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍以上4倍未満の場合は、イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月に至るまでのあいだに積算降水量が400mmを超えなかったら地盤変位の発生する可能性は低い。
(iv)イオン濃度が急上昇した場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍未満の場合は降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低い。
そしてこれらの事実から次の推定がなされる。
(i)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第一設定倍率である4倍よりも高い場合であり、それだけ大規模なすべり面が発生したことを示すものであって、イオン濃度急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は高いと推定される。
(ii)および(iii)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第一設定倍率である4倍よりも低く第二設定倍率である2倍よりも高い場合であり、イオン濃度急上昇後の積算降水量によって地盤変位の発生可能性の有無が分かれると推定される。
(iv)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第二設定倍率である2倍よりも低い場合であって、この程度のイオン濃度の上昇では地盤の変位を発生させるほどのすべり面が発生していないと推測され、イオン濃度急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は低いと推定される。
尚、本発明の実施の形態では1箇所のみの観測対象地盤についての観測結果に基づいて記載しているが、実際には複数の観測対象地盤での観測を試みている。そして、これらの観測対象地盤においても前記推定が凡そあてはまることが確認されている。
そして第一、第二設定倍率を設定するにあたり、イオン濃度が急上昇する前2箇月間のイオン濃度の平均値を基準にして算出したが、これに限定されるものではなく、例えば、イオン濃度が急上昇する前の1箇月間のイオン濃度の平均値や、前回のイオン濃度の急上昇が治まってから今回のイオン濃度の急上昇が始まる前までのイオン濃度の平均値等、観測地域の実情に応じて適宜設定できるものである。
さらに前記実施の形態では、第一設定倍率を4倍、第二設定倍率を2倍に設定し、第一設定倍率未満第二設定倍率以上のイオン濃度の場合の地盤変位発生予測基準を、ピーク濃度の最高値が観測されたときから3箇月の間に積算降水量が400mmに達することとしたが、これに限定されるものではないことは勿論であって、これらの数値は、観測地域の環境等によって大きく左右されるものであり、このためこれらの数値については当該観測地域において実際に観測をして求める必要がある。
また第一設定倍率は、第二設定倍率よりも高いものであれば、他の倍率を選択して実施してもよい。そして、設定倍率は第一設定倍率だけでもよいが、その場合は、第一設定倍率以上であれば所定期間の降水を考慮することなく地盤変位発生の可能性を予測し、第一設定倍率未満(以下)であればイオン濃度急上昇後のピーク濃度の最高値から所定期間に至るまでのあいだの積算降水量を観測してこの観測結果を基に地盤変位発生の可能性を予測するよう構成してもよい。
以上の地盤変位の予測方法によって地盤変位を予測する地盤変位の予測装置5は、図7に示すマイクロコンピュータを用いた予測装置によって自動的に行うことができる。予測装置には、記憶手段、演算手段および判断手段等のマイクロコンピュータを構成するに必要な各種必要手段を備えた制御部を有する本体6と、表示部(ディスプレー)7、入力部(キーボード)8とを備えて構成される汎用のものでよい。本体6への必要情報の入力は入力部8から人為的に行っても良いが、各測定器からインターネット回線や空中回線等の情報伝達回線を介して自動的に入力するようにしても良い。
そして次に、予測手順について、図8に示す制御フローに基づいて説明する。まずステップ1(S1)で、既に求められているイオン濃度の上昇倍率である第一、第二設定倍率N1、N2、イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日からカウントする所定期間T、この所定期間Tに至るまでのあいだの積算降水量として設定される設定積算降水量Mが初期設定として入力される。次に、ステップ2(S2)で、前記入力した地下水のイオン濃度の本日(n日)の測定値Xnから2箇月前までのイオン濃度の平均値Xaを算出し、ステップ3(S3)で、該平均値Xaに対する本日の測定値Xnの上昇倍率Uを算出する。次にステップ4(S4)で、ステップ3で算出された上昇倍率Uが第二設定倍率(本実施の形態では2倍)N2を超えた(N2<U)かを判別し、超えたと判別された場合、ステップ5(S5)において、ステップ3で登録された上昇倍率Uが第一設定倍率(本実施の形態では4倍)N1以上(U≧N1)か否かを判別し、以上であると判別された場合には、近々、地盤変位が発生する可能性が大きいと予測し、これを報知する。
これに対し、上昇倍率Uが第一設定倍率N1を超えていない(U<N1)と判断された場合には、ステップ6(S6)において、イオン濃度のピーク濃度最高値が観測された日から3箇月に至るまでのあいだ降水量を積算していく。そしてステップ7(S7)において、ステップ6で積算された積算降水量が、積算開始日から3箇月以内にステップ1で入力された設定積算降水量Mに達したか否かを判断し、達したと判断された場合には、近々、地盤変位が発生する可能性が大きいと予測し、これを報知する。
一方、積算開始日から3箇月を経過しても積算降水量が設定積算降水量Mに達しない場合には、ステップ8(S8)で3箇月間の積算降水量をリセットし、リターンする。
このように、第一、第二設定倍率、設定積算降水量を入力し、急上昇した特定イオンのイオン濃度の測定値と急上昇前の該イオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出して第一、第二設定倍率と比較し、該比較に基づいてさらに演算した積算降水量と設定積算降水量とを比較して地盤変位の予測をし、該予測に基づいて例えば警報を発する等の報知を行うようになっており、このように構成される装置を用いることによって、観測対象地における地盤変位の予測を精度良く行うことが出来る。
尚、ここで入力される第一、第二設定倍率N1、N2や設定積算降水量M或いは所定期間Tの数値は前述したように本発明の実施の形態に限定されるものではなく、観測対象地の状況に応じて適宜変更し得るものである。
本発明は、不安定な斜面地盤において発生する可能性のある地すべり、表層崩壊、がけ崩れなどの土砂災害をもたらすような地盤の変位を予測する地盤変位の予測方法および予測装置の技術分野に利用することができる。
3 すべり面
4 地盤

Claims (2)

  1. 地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測方法において、
    前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出し、
    該上昇倍率が予め設定される第一設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、
    前記第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として設定し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合、該イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、積算降水量が、予め設定される設定積算降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するようにしたことを特徴とする地盤変位の予測方法。
  2. 地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測装置において、
    前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出する上昇倍率算出手段と、
    該上昇倍率が予め設定される第一設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測する一方、
    前記第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として登録し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合には、該イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、積算降水量が、予め設定される設定積算降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するように設定された予測手段とを備えていることを特徴とする地盤変位の予測装置。
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