JP5735918B2 - 妊娠促進のためのlpaの使用及び妊娠促進剤 - Google Patents

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Description

本発明は,哺乳類の胚盤胞移植による不妊治療において,妊娠を促進させる組成物、その製造方法及び該組成物を用いた妊娠促進方法に関する。
ヒトの不妊症は,全カップルの10%程度に見られると言われている。このため不妊治療の需要は大きく,現在では広く行われている。不妊治療として行われているものの中で,精子や卵を直接取り扱うものは人工授精及び体外受精である。人工授精は,カテーテル等の器具により,精子を子宮頸部近くの膣内または直接子宮内や卵管に注入することで受精を促す技術であり,精子が卵子と遭遇するに至る過程を人為的に行うことにより,受精の確率を高めることを目的とするものである。これに対し,体外受精は,患者に排卵誘発剤を投与して産生させた卵を体内から採取し,試験管内で精子と混ぜ合わせることで受精させ,得られた受精卵を培養し,通常,2〜3日目に,4分割または8分割の胚をカテーテルで,一般には子宮腔内に移植する技術である。移植された胚が着床し易いように,通常は,子宮内膜を整えるための黄体ホルモン補充が行われる。
着床前胚は,母体に自らの存在を伝達するために,発生時に数種の因子を産生する。例えばインターロイキン−1(IL−1)は母体の子宮内膜と胚の間での情報交換を調整する主要な因子であるが,IL−1システムは発生の全ての段階で検出される(非特許文献1参照)。他の胚由来因子であるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)は2細胞期胚で既にその遺伝子が発現している(非特許文献2参照)。またこれらの因子を含む情報交換に関連する数種の胚由来因子が,インビトロ(試験管内)において胚を培養することにより細胞外へ放出されることが観察されている。すなわち,子宮内膜の受容力を調整する数種の胚由来因子が,胚の培養上清中に検出される(非特許文献3〜9参照)。インビボ(生体内)でも,卵管において発生している胚が,子宮内膜の分化を誘導することが知られている(非特許文献10参照)。これらのこと全てが,胚の発生初期段階において,胚と子宮内膜で,胚が産生する因子を介して情報交換が行われていることを示している。事実,子宮腔内の着床前胚のみならず,卵管内の初期胚もまた,着床を胚そのものがコントロールできるように,子宮内膜の分子を調節できることが明らかにされている(非特許文献10参照)。
近年,不妊治療として行われる体外受精の一形態である胚盤胞移植が,ヒトの不妊治療における着床の確率を改善する方法として提唱され,臨床上行われている(非特許文献11〜13参照)。この移植技術は,上記の体外受精後の胚を5〜6日目まで培養し,それにより胚盤胞にまで成育させたものを子宮腔内に注入する。胚盤胞移植は,子宮内膜と胚の発生段階の生理的同期化ができること,および長期間の体外培養により着床能の高い胚を選択することが比較的容易になること等の利点を有するので,初期胚移植に比較して着床の確率が高くなる(非特許文献14及び15参照)。しかしそれでも,胚盤胞移植における妊娠率は36.4%程度に留まっているのが現状である。胚盤胞移植における着床の不成功は,胚盤胞が透明帯から孵化できなかったためか,あるいは移植された胚盤胞の発生が子宮腔内において停止したことよるものと考えられている。さらに他の不成功の要因として初期胚から胚盤胞までの発生段階における子宮内膜と胚との間の情報交換の欠落が考えられる。この情報交換の欠落は,子宮内膜の胚の受容能を十分に調節できない原因となり得る。
胚盤胞移植における妊娠率を高めるために,ヒトの子宮内に胚盤胞を移植するに先立って,ヒト胚を培地中で胚盤胞に至るまで培養して得られる培養物の培養上清を,子宮腔に注入する方法〔SEET(Stimulation of Endometrium Embryo Transfer)療法〕が開発されている。この方法によれば,90%以上の妊娠率が得られる(非特許文献16及び特許文献1参照)。SEET療法による妊娠率の改善は,子宮腔に注入される培養物の培養上清中に,妊娠率を改善することのできる活性成分が含まれることを示唆するが,その活性成分が何であるかは不明である。
リン脂質は,通常2本の脂肪酸を有するが,生体内には脂肪酸を1本のみ有するリン脂質が存在する。これをリゾリン脂質という。リゾリン脂質の一種としてリゾホスファチジン酸が知られ,これは1−アシルグリセロール3−リン酸又は2−アシルグリセロール3−リン酸に相当する。生体内には脂肪酸部分を異にする種々のリゾホスファチジン酸が存在し,細胞増殖促進作用等の生理作用を有することが一般に知られている。リゾホスファチジン酸は,主に細胞表面に存在する受容体を介してその作用を発揮するが,その受容体として少なくとも4種のもの(LPA1,LPA2,LPA3及びLPA4)が知られている。リゾホスファチジン酸の受容体のひとつであるLPA3の遺伝子を欠損したマウスを用いた研究により,LPA3を介したシグナル伝達が,受精卵の着床に重要な働きを有することが示されているが(非特許文献17参照),何れのリゾホスファチジン酸が関与するかは不明である。
WO2008/016039
Del los Santos MJ. Et. Al., BiolReprod. (1998) 59, 1419-1424 Jurisicova A. et al., Hum Reprod. (1999) 14, 1852-1858 Tanzuke SI. et. Al., Semin Reprod Endocrinol. (1996) 14, 231-245 Simon C. et. Al., Clin EndocrinolMetab. (1997) 82, 2607-2616 Giudice LC. et.al., Semin Reprod Endocrinol.(1995) 13, 93-101 Sheth KV. et.al., Fertil Steril. (1991) 55, 952-957 Baranao RI. et.al.,Am J Reprod Immunol. (1997) 37, 191-194 Licht P.et.al., Semin Reprod Med. (2001) 19, 37-47 Perrier d’Hauterive. et.al., Hum Reprod. (2004) 19, 2633-2643 Wakuda K.et.al., Reprod Fertil. (1999) 115, 315-324 Gardner DK. et.al., Hum Reprod. (1998) 13, 3434-3440 Scholtes MC. et.al., Fertil Steril. (1998) 69, 78-83 Milki AA. et.al., Fertil Steril. (1999) 72, 225-228 Gardner DK. et.al., Fertil Steril. (1998) 69, 84-88 Edwards RG. et.al., Hum Reprod. (1999) 14, 1-4 Goto S. et.al., Fertil Steril. (1999) 88, 1339-1343 Yo X. et.al., Nature (2005) 435, 104-108
上記の背景において本発明の目的は,胚盤胞移植における患者の着床及び妊娠の確率を改善する活性を有する物質を見出し,その製造方法、使用方法及び妊娠促進剤を提供することである。
36%程度に留まるヒトの胚盤胞移植の妊娠の確率を90%以上にまで改善することができるSEET療法においては,ヒト胚を培地中で胚盤胞に至るまで培養して得られる培養物の培養上清が,子宮内に胚盤胞を移植するに先立って子宮腔に注入される。本発明者らは,この培養上清中に,妊娠の確率を改善する活性成分が含まれると想定した。この想定の下,該培養上清をガスクロマトグラフィー及び質量分析を用いることにより解析した結果,該培養上清中には,移植された胚盤胞の着床及び妊娠に影響を与える活性を有するヒト胚由来のタンパク質成分は認められず,ヒト胚に由来する成分としては5種類のリゾホスファチジン酸のみが該培養液中に見出されることを見出した。本発明は,この知見に基づき,更に検討の結果完成させたものである。
すなわち本発明は,以下を提供する。
1.胚盤胞移植における患者の妊娠を促進するための妊娠促進剤であって,リゾホスファチジン酸を含有してなるものである,妊娠促進剤。
2.該リゾホスファチジン酸が,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2からなる群から選択される1又は複数のものである,上記1の妊娠促進剤。
3.該リゾホスファチジン酸がLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2である,上記1の妊娠促進剤。
4.LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2の相互の含有割合が,モル比で36〜66:1〜2:5〜10:13〜25:15〜28である,上記3の妊娠促進剤。
5.1回の投与当たり,LPA-C16:0が98〜182 pmol,LPA-C16:1が2.8〜5.2 pmol,LPA-C18:0が14〜26 pmol,LPA-C18:1が36〜68 pmol及びLPA-C18:2が40〜76 pmolの量で該患者の子宮腔に注入されるものである,上記3の妊娠促進剤。
6.胚盤胞の移植に先立ち投与されるものである,上記1ないし5の何れかの妊娠促進剤。
7.哺乳動物の胚を培地中で培養するステップと,これにより得られる培養液の上清を採取するステップとを含んでなる,リゾホスファチジン酸の製造方法。
8.該リゾホスファチジン酸が,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2からなる群から選択される1又は複数のリゾホスファチジン酸である,上記7の製造方法。
9.該哺乳動物が,ヒトである上記7又は8の製造方法。
10.該培地が無血清培地である,上記7ないし9の何れかの製造方法。
11.胚盤胞移植において,有効量のリゾホスファチジン酸を患者の子宮腔に投与することを含んでなる,妊娠促進方法。
12・該リゾホスファチジン酸が,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2からなる群から選択される1又は複数のものである,上記11の方法。
13.該リゾホスファチジン酸がLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2である,上記11の方法。
14.LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2の相互の含有割合が,モル比で36〜66:1〜2:5〜10:13〜25:15〜28である,上記13の方法。
15.1回の投与当たり,LPA-C16:0が98〜182 pmol,LPA-C16:1が2.8〜5.2 pmol,LPA-C18:0が14〜26 pmol,LPA-C18:1が36〜68 pmol及びLPA-C18:2が40〜76 pmolの量で該患者の子宮腔に注入されるものである,上記13の方法。
16.胚盤胞移植に先立ちリゾホスファチジン酸を投与する,上記11の方法。
上記本発明の妊娠促進剤は,胚の受け手となるヒトの子宮内に胚盤胞を移植するに先立って,子宮腔に注入しておくことにより,移植された胚盤胞の着床及び妊娠の確率を高めることができる。
LPA-C18:1標準品のGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値637.3におけるGC-SIM分析。 LPA-C18:1標準品のGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間16.33分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 検体中のLPA-C16:0についてのGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値611.3におけるGC-SIM分析。 検体中のLPA-C16:0についてのGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間15.31分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 検体中のLPA-C16:1についてのGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値609.3におけるGC-SIM分析。 検体中のLPA-C16:1についてのGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間15.20分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 検体のLPA-C18:0についてのGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値639.4におけるGC-SIM分析。 検体中のLPA-C18:0についてのGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間16.58分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 検体中のLPA-C18:1についてのGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値637.3におけるGC-SIM分析。 検体中のLPA-C18:1についてのGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間16.39分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 検体中のLPA-C18:2についてのGC-SIM分析の結果を示すチャート。(A)m/z値299.1におけるGC-SIM分析。(B)m/z値635.3におけるGC-SIM分析。 検体中のLPA-C18:2についてのGC-MS(SCAN)分析の結果を示すチャート。(C)保持時間16.35分におけるGC−MS(Scan)分析(SCAN範囲:m/z値35〜800)。 ブランク液のGC-SIM分析の結果を示すチャート。それぞれ,(A)m/z値299.1,(B)m/z値611.3におけるGC-SIM分析の結果を示し,矢印は対応する検出イオンが観察されるべき保持時間を示す。 ブランク液のGC-SIM分析の結果を示すチャート。それぞれ,(C)m/z値609.3,(D)m/z値639.4におけるGC-SIM分析の結果を示し,矢印は対応する検出イオンが観察されるべき保持時間を示す。 ブランク液のGC-SIM分析の結果を示すチャート。それぞれ,(E)m/z値637.3,及び(F)m/z値635.3,におけるGC-SIM分析の結果を示し,矢印は対応する検出イオンが観察されるべき保持時間を示す。
前述のとおり,ヒト胚を培地中で胚盤胞に至るまで培養して得られる培養物の培養上清中には,移植された胚盤胞の着床及び妊娠に影響を与える活性を有するヒト胚由来のタンパク質成分は認められず,特定の5種類のリゾホスファチジン酸のみがヒト胚に由来する成分として含有されている。従って,それらのリゾホスファチジン酸が,単独で又は複数で協調して,子宮内膜を刺激し,胚盤胞の移植に最適な環境を整えるように作用する成分である。本発明の妊娠促進剤は,SEET療法での胚盤胞移植に先立って,該培養液の代わりに患者の子宮腔に投与することにより,着床及び妊娠の確率を増大させるものである。
本発明の妊娠促進剤による治療対象患者は,哺乳動物であり,特にヒトであるが,これに限らず,牛,馬等の家畜及びイヌ,ネコ等の愛玩動物を含む哺乳動物をも含む。
本発明において,「リゾホスファチジン酸」の語は,1−アシルグリセロール3−リン酸及び2−アシルグリセロール3−リン酸を包含するが,特に好ましいのは,1−アシルグリセロール3−リン酸である。
本発明におけるリゾホスファチジン酸は,それぞれ下記の化学構造式を有する化合物(遊離の形か塩の形かを問わない)である。塩の形をとる場合,カチオンM+の種類に限定はないが,1価の金属イオン,例えばNa,K等のアルカリ金属イオン又はアンモニウムイオンが好ましく,特に好ましいのはNaイオンである。
(1)LPA-C16:0
Figure 0005735918
(2)LPA-C16:1
Figure 0005735918
(3)LPA-C18:0
Figure 0005735918
(4)LPA-C18:1
Figure 0005735918
(5)LPA-C18:2
Figure 0005735918
本発明の妊娠促進剤は,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1,LPA-C18:2の5種類のリゾホスファチジン酸からなる群から選択される1又は複数のリゾホスファチジン酸を含有してなる組成物である。
本発明の妊娠促進剤が上記5種類のリゾホスファチジン酸の全てを含む場合,本発明の妊娠促進剤に含まれるLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1,LPA-C18:2のモル比は,実施例に記載のガスクロマトグラフィーによる定量法で測定した場合に,好ましくは,(LPA-C16:0):(LPA-C16:1):(LPA-C18:0):(LPA-C18:1):(LPA-C18:2)=36〜66:1〜2:5〜10:13〜25:15〜28であり,より好ましくは46〜56:1.3〜1.7:5.9〜8.0:17〜21:19〜23であり,更に好ましくは48〜54:1.4〜1.6:6.9〜7.7:18〜20:20〜22であり,最も好ましくは,51:1.5:7.3:19:21.2となるように調製される。
本発明の妊娠促進剤が上記5種類のリゾホスファチジン酸の全てを含む場合,本発明の妊娠促進剤は,ヒトに投与する場合,1回当たりの各リゾホスファチジン酸の投与量が,実施例に記載のガスクロマトグラフィーによる定量法で測定した場合に,好ましくはLPA-C16:0が98〜182 pmol,LPA-C16:1が2.8〜5.2 pmol,LPA-C18:0が14〜26 pmol,LPA-C18:1が36〜68 pmol,LPA-C18:2が40〜76 pmolであり,より好ましくはLPA-C16:0が126〜139 pmol,LPA-C16:1が3.6〜4.4 pmol,LPA-C18:0が18〜22 pmol,LPA-C18:1が47〜57 pmol,LPA-C18:2が52〜64 pmolであり,更に好ましくはLPA-C16:0が133〜147 pmol,LPA-C16:1が3.8〜4.2 pmol,LPA-C18:0が19〜21 pmol,LPA-C18:1が49〜55 pmol,LPA-C18:2が55〜61 pmolであり,最も好ましくは,LPA-C16:0が140 pmol,LPA-C16:1が4pmol,LPA-C18:0が20 pmol,LPA-C18:1が52 pmol,LPA-C18:2が58 pmolとなるように調製される。
本発明の妊娠促進剤に係る製剤は,5種類のリゾホスファチジン酸を含む組成物として調製されるが,これに限らず,5種類のリゾホスファチジン酸を個別に包装して一つにパッケージしたものでもよい。5種類のリゾホスファチジン酸を個別に包装して一つにパッケージした場合,患者への投与時に,各リゾホスファチジン酸の投与量を所望に応じて調節することができる利点がある。
本発明の妊娠促進剤は,製剤学的に許容し得る各種の添加剤を所望により配合したものであってよい。そのような添加剤の主なものとしては,等張化剤,緩衝剤,保存剤,安定化剤,pH調整剤等が挙げられる。
本発明の妊娠促進剤は,哺乳動物胚を,培地中で胚盤胞に至るまで培養して得られる培養上清中から得ることができる。このとき用いる哺乳動物胚は,特に限定はないが,好ましくは,ヒト,家畜動物(ウシ,ウマ,ブタ,ヒツジ,ヤギ等),愛玩動物(イヌ,ネコ等)であり,特に好ましくはヒトである。
哺乳動物胚を培養する培地は,胚の培養に使用可能なものであれば特に限定はないが,ウシ血清に由来するプリオン等による汚染のリスクを排除するため,無血清培地が好ましく,BlastAssist System 1 (MediCult, Jyllinge, Denmark)およびBlastAssist System 2 (MediCult, Jyllinge, Denmark)等の市販の無血清培地を用いることができる。
本発明の妊娠促進剤に含まれ得る5種類のリゾホスファチジン酸は,グリセロール3−リン酸と脂肪酸等を原料として一般的手法により化学的に合成することができる。従って,それぞれ化学的手法により合成したこれら5種類のリゾホスファチジン酸を配合して,本発明の妊娠促進剤を製造することもできる。
各哺乳動物の胚の培養上清から得られた本発明の妊娠促進剤は,それぞれ対応する哺乳動物の妊娠促進剤として使用することができ,また,その効果が認められる限り他の哺乳動物に対する妊娠促進剤として使用してもよい。
本発明の妊娠促進剤は,胚盤胞移植において,妊娠及び着床の確率を高めるため,胚盤胞を受け手の子宮内に移植するに先立って,受け手の子宮腔に注入することにより投与される。投与のタイミングは,好ましくは,胚盤胞を移植する1〜5日前,より好ましくは2〜4日前である。投与は1回(例えば,3日前に1回)でもよく,また複数回の注入を隔日若しくは毎日行ってもよい。
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
〔胚細胞の培養〕
患者に対して,SEET療法による治療前周期の高温期の7日前からゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アゴニスト600μgを使用開始し,月経3日目から,次席卵胞の直径が18 mmになるまで連日卵胞刺激ホルモン(FSHまたはHMG製剤)による卵巣刺激を施した。次席卵胞の直径が18 mmを超えたとき,排卵を促した。ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)5000単位を筋肉注射し,その36時間後に超音波検査法により経膣的に採卵した。卵胞の計測は超音波スキャニング(Mitsubishi RDF173H)により行った。
回収卵子は媒精法,又は卵細胞質内精子注入法により受精させた。受精卵を,BlastAssist System培地1〔合成血漿代替物(SSR),ヒト血漿アルブミン,グルコース,ピルビン酸ナトリウム,乳酸塩,硫酸カリウム,硫酸マグネシウム,塩化ナトリウム,リン酸水素ナトリウム,非必須アミノ酸,L-グルタミン,タウリン,重炭酸ナトリウム,HEPES,ストレプトマイシン50mg/L,ペニシリン50,000IU/L,及びフェノールレッドを含有;MediCult社, Jyllinge, Denmark〕の小滴50μL中で培養し,2日目に初期胚を得た。次いで得られた初期胚の1〜4個をミネラルオイル(Oil
Embryo Culture, Irvine Scientific, Santa Ana CA USA)の被膜下で,BlastAssist System培地2〔合成血漿代替物(SSR),ヒト血漿アルブミン,グルコース,ピルビン酸ナトリウム,乳酸,硫酸カリウム,硫酸マグネシウム,塩化ナトリウム,リン酸水素ナトリウム,必須アミノ酸,非必須アミノ酸,L-グルタミン,重炭酸ナトリウム,ストレプトマイシン50 mg/L,ペニシリン50,000 IU/L,及びフェノールレッドを含有;MediCult社, Jyllinge, Denmark〕の小滴50μL中で,更に3日,併せて5日目まで培養し胚盤胞を得た。培養プレートとしてFALCON353002 Tissue Culture Dish (Becton Dickinson, Franklin Lakes
USA)を使用した。胚の培養は5%CO2,5%O2,90%N2,37℃,100%湿度に設定してインキュベーター(TE-HER PRODUCT O2・CO2 incubator CP 02-1800シリーズ,ヒラサワ)内で実施した。胚培養上清を回収し,SEET療法に用いるまで-20℃で保存した。なお,この培養過程で得られた初期胚及び胚盤胞は患者に移植された。
〔胚培養上清の残液のプール〕
SEET療法を受けた45名の患者の胚培養上清で,SEET療法に用いなかった残液をプールし,これを成分分析に供した。プールした残液の量は約2.6
mLであった。
〔タンパク質成分の分析〕
まず最初に,培養上清に含まれる活性成分がペプチドホルモン等のタンパク質成分であると考え,SEET療法における妊娠率の改善に寄与すると考えられるヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)等の培養上清中における濃度をELISA法により測定した。その結果,これらのタンパク質成分は胚培養液中に全く検出されず,活性成分が非ペプチド性の物質であることがわかった。
〔LPAの分析〕
次いで,リゾホスファチジン酸の受容体のひとつのであるLPA3を介したシグナル伝達が,受精卵の着床に重要な働きを有することが示されていることから〔Yo X. et.al., Nature (2005) 435, 104-108,(非特許文献17)〕,培地中に含まれるLPAを質量分析法により測定した。
培養液中のLPAをBligh-Dyer法により抽出した。すなわち,2.59 mL胚培養液に0.5 mLの純水,2.5 mLのメタノール及び1.25 mLのクロロホルムを加え約10秒間穏やかに攪拌し,更に1.0 mLの0.5M HCl(飽和食塩水を用いて調製)及び2.5 mLのクロロホルムを加え1分間穏やかに攪拌した後,遠心分離(10分,3000 rpm,4℃)にて層分離させ,下層のクロロホルム層を回収した。2.5 mLのクロロホルムを水層に添加し,再び上記の攪拌,遠心分離を行い,下層のクロロホルム層を回収した。回収したクロロホルム層を併せて窒素気流下で溶媒を除去した。また,未使用のBlastAssist System培地2をブランク液として同様に処理した。
溶媒を除去して得られた残渣に,ピリジンとBSTFA〔N,O−ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセタミドに1%クロロトリメチルシランを加えた溶液〕を各々25μLずつ加え懸濁し,70℃で1時間反応させ,この反応液をGC-SIM分析及びGC−MS(Scan)
に供した。
また,LPA-C18:1〔オレイル−L−α−リゾホスファチジン酸ナトリウム塩 (Sigma-Aldrich) 〕を,1mg/mLの濃度でメタノールに溶解して標準溶液とした。この標準溶液を未使用のBlastAssist System培地2(ブランク液)で適宜希釈した後,Bligh-Dyer法により抽出し,次いで,ピリジンとBSTFAを各々25μLずつ加え懸濁し,70℃で1時間反応させ,GC-SIM分析及びGC−MS(Scan) に供し,検出限度値の検討及びLPAの定量のための検量線の作成を行った。
GC-SIM分析は,質量分析装置(MS装置)としてJMS-700V(日本電子株式会社),ガスクロマトグラフィー装置(GC装置)としてHP-6890 (Agilent Technologies Inc.)を用いて実施した。また,GCカラムとして,SPB-1 (SUPELCO) を用いた。カラム温度は150℃で1分間保持した後,10℃/分の速さで直線的に300℃まで上昇させ,300℃で25分間保持した。キャリアガスとしてヘリウムを線速度30cm/秒でカラムに供給した。注入口の温度を250℃に設定し,1μLの検体を注入(Splitless注入)した。検体のイオン化は,イオン化室温度250℃,イオン化電圧70eV,イオン化電流100μAの条件で,電子衝撃法(EI法)により行った。MS装置の測定部は二重収束型(逆配置型)で加速電圧は10 kVとした。
リゾホスファチジン酸は電子衝撃法(EI法)によるイオン化では,グリセロール3−リン酸部分に由来するイオンと,脂肪酸部分に由来するイオンとを生じる。グリセロール3−リン酸部分に由来するイオンは,m/z値299.1を与える。一方,脂肪酸部分に由来するイオン(検出イオン)は,脂肪酸種類に応じて,表1のm/z値を与える。その他,LPAに由来する特徴的なイオンとして,m/z値129.1を与えるグリセロール−TMSに由来するイオン,及びm/z値73.1を与える離脱したTMSに由来するイオンを生じる。従って,GC-SIM分析及びGC−MS(Scan)分析はm/z値35〜800の範囲で行った。なお,m/zとはイオンの質量mを電荷で除した値(質量電荷比)を示す。
Figure 0005735918
LPA-C18:1を含む標準溶液の希釈液をGC-SIM分析した結果,保持時間16.33分に,LPA-C18:1の検出イオンに相当するm/z値637.3のピークとグリセロール−3−リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図1−1A及びB)。更に,保持時間16.33分におけるGC−MS(Scan)分析では,m/z値299.1とm/z値637.3のピークと,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークが認められ,標準品に含まれるLPA-C18:1が質量分析法により正確に分析できたことを示した(図1−2C)。
次いで,検体をGC-SIM分析した。まず,LPA-C16:0について分析した。その結果,保持時間15.31分において,LPA-C16:0の検出イオンに相当するm/z値611.3のピークとグリセロール3−リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図2−1A及びB)。更に,保持時間15.31分におけるGC−MS(Scan)分析では,m/z値299.1とm/z値611.3のピークと,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークが認められ(図2−2C),検体中にLPA-C16:0が含まれることが確認できた。
次いで,LPA-C16:1についてGC-SIM分析した。その結果,保持時間15.20分において,LPA-C16:1の検出イオンに相当するm/z値609.3のピークとグリセロール3−リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図3−1A及びB)。更に,保持時間15.20分におけるGC−MS(Scan)分析で,m/z値299.1とm/z値609.3のピークが認められ(図3−2C),検体中にLPA-C16: 1が含まれることが確認できた。なお,GC−MS(Scan)分析で,ノイズのため明瞭ではないものの,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークと考えられるシグナルが認められた。
次いで,LPA-C18:0についてGC-SIM分析した。その結果,保持時間16.58分において,LPA-C18:0の検出イオンに相当するm/z値639.4のピークとグリセロール−3−リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図4−1A及びB)。更に,保持時間16.58分におけるGC−MS(Scan)分析で,m/z値299.1とm/z値639.4のピークと,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークが認められ(図4−2C),検体中にLPA-C18:0が含まれることが確認できた。
次いで,LPA-C18:1についてGC-SIM分析した。その結果,保持時間16.39分において,LPA-C18:1の検出イオンに相当するm/z値637.3のピークとグリセロール-3リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図5−1A及びB)。更に,保持時間16.39分におけるGC−MS(Scan)分析で,m/z値299.1とm/z値637.3のピークと,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークが認められ(図5−2C),検体中にLPA-C18:1が含まれることが確認できた。
次いで,LPA-C18:2についてGC-SIM分析した。その結果,保持時間16.35分において,LPA-C18:2の検出イオンに相当するm/z値635.3のピークとグリセロール-3リン酸部分に由来するm/z値299.1のピークとが共に認められた(図6−1A及びB)。更に,保持時間16. 35分におけるGC−MS(Scan)分析で,m/z値299.1とm/z値635.3のピークと,LPAに特徴的なm/z値129(129.1)とm/z値73(73.1)のピークが認められ(図6−2C),検体中にLPA-C18:2が含まれることが確認できた。
なお,今回実施した質量分析法におけるガスクロマトグラフィーの条件では,化合物は沸点順に溶出することから,LPAを分析した場合,理論上,脂肪酸の炭素鎖が短いものから順番に溶出し,同じ長さの炭素鎖ならば不飽和結合が多いものから順番に溶出するはずである。そこで,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2に対応する検出イオンの保持時間を比較すると,LPA-C16:0が15.31分,LPA-C16:1が15.23分,LPA-C18:0が16.58分,LPA-C18:1が16.39分,LPA-C18:2が16.35分であり,保持時間は,LPA-C16:1<LPA-C16:0<LPA-C18:2<LPA-C18:1<LPA-C18:0となり,理論どおりであることが確認された。
その他のリゾフォスファチジン酸についても検体を分析したが,それらに対応する検出イオンは認められなかった。また,ブランク液をGC-SIM分析した結果,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2に対応する検出イオンのピークはいずれも認められなかった(図7−1A,B,図7−2C,D及び図7−3E,F)。
以上の結果から,胚培養上清には,LPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2の5種類のリゾフォスファチジン酸が含まれることが明らかである。また,タンパク質成分の分析結果と併せて考えると,ブランク液(未使用のBlastAssist System培地2)と比較して胚培養上清中に特徴的に存在する物質は,これら5種類のリゾフォスファチジン酸のみであることが判明した。これらのことは,SEET療法において妊娠の促進のために患者に投与される胚培養上清に含まれる,妊娠の促進作用を有する成分は,これら5種類のリゾフォスファチジン酸であることを示している。
〔リゾフォスファチジン酸の定量〕
検体を分析して得られた各検出ピークの面積と,既知量のLPA-C18:1を含む標準溶液を分析して得られた検出ピークの比から,検体中に含まれる各リゾフォスファチジン酸の濃度を測定した。測定結果を表2に示す。SEET療法において子宮腔内に注入される培養上清の量は約20μLであることから,1回当たり患者に投与されるリゾフォスファチジン酸の量は,LPA-C16:0が約140 pg,LPA-C16:1が約4 pg,LPA-C18:0が約20 pg,LPA-C18:1が約
52pg,LPA-C18:2が約58 pgである。
Figure 0005735918
本発明は,哺乳類の胚盤胞移植による不妊治療における妊娠促進剤として有用である。

Claims (3)

  1. 胚盤胞移植における患者の妊娠を促進するための妊娠促進剤であって,5種のみのリゾホスファチジン酸を含有してなるものであり,該5種のリゾホスファチジン酸がLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2であり,且つ化学的に合成されたものであり,且つLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2の相互の含有割合が,モル比で36〜66:1〜2:5〜10:13〜25:15〜28である,妊娠促進剤。
  2. 胚盤胞移植における患者の妊娠を促進するための妊娠促進剤であって,5種のみのリゾホスファチジン酸を含有してなるものであり,該5種のリゾホスファチジン酸がLPA-C16:0,LPA-C16:1,LPA-C18:0,LPA-C18:1及びLPA-C18:2であり,且つ化学的に合成されたものであり,且つ1回の投与当たり,LPA-C16:0が98〜182 pmol,LPA-C16:1が2.8〜5.2 pmol,LPA-C18:0が14〜26 pmol,LPA-C18:1が36〜68 pmol及びLPA-C18:2が40〜76 pmolの量で該患者の子宮腔に注入されるものである,妊娠促進剤。
  3. 胚盤胞の移植に先立ち投与されるものである,請求項1又は2の妊娠促進剤。
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