JP5510665B2 - 優れた高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼 - Google Patents
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高速度工具鋼は、C,Cr,W,Mo,V,Co等の合金元素を多量に添加し、特に高温での硬さや耐摩耗性を高めた工具鋼であるが、大別して、溶製により製造する高速度工具鋼と粉末冶金法により製造する粉末高速度工具鋼(粉末ハイスともいう)の2種類がある。
溶製法による場合には、通常の製法により製造し得るものの、粗大炭化物の偏析等による材料の均質化が問題となりやすく、一方、粉末冶金法による場合は、製造工程が複雑でコスト高になるという欠点はあるものの、溶製法により製造が困難である材質をも製造可能とするとともに、均一組織を形成することができるという利点がある。
また、特許文献2によれば、鋼中にVC炭化物を形成することにより耐摩耗性を向上させるとともに、VC炭化物の晶出形態を微細かつ均一化することで靭性を高めることが知られている。
また、特許文献3によれば、鋼中の合金成分およびその含有量を調整することにより、熱間加工性、靭性、耐衝撃性、疲労強度を向上させることが知られている。
また、特許文献4によれば、鋼中の合金成分、特に、C、Si、Cr、Mo,Wの含有量を調整し、C:1.05〜2.00%、Si:0.3〜2.0%(好ましくは、Si:0.3〜1.0%)、Cr:3.0〜5.0%とした上で、0.4≦2Mo/(W+2Mo)×Si≦1.0の関係を満足させることにより、焼戻し硬さが高く、靭性、耐摩耗性を向上させることが知られている。
また、特許文献5によれば、鋼中に高硬度の微細炭化物を形成することにより耐摩耗性、耐熱性、耐焼付き性の向上を図り、さらに、鋳造組織を微細化することにより工具切刃の耐チッピング性の向上を図ることが知られている。
また、特許文献7によれば、鋼中の合金成分相互の含有量を、一定の関係を満足するように調整することによって、耐摩耗性および靭性を向上させ得るとされている。
なお、ここでいう多量のSiとは、通常の合金鋼において、脱酸剤として添加される量をはるかに超える量をいい、例えば、先に挙げた特許文献1〜6の高速度工具鋼におけるSi含有量は、最大で2質量%であり(なお、特許文献4においては、2%を超える過度の添加は、偏析による靭性の低下を招くとしている)、最大3質量%のSiを含有し得るとしている特許文献7においても、Si含有量の好ましい上限値は1%(段落0022参照)とされており、本発明者等は3質量%以上のSiを添加すると同時にC、Cr及びCoの多量添加を行うことによって、従来技術からは予期し得ない程度に合金鋼の高温焼戻し軟化特性が大きく改善されることを見出したのであり、また、この合金鋼によって構成された歯切工具は、刃先が焼戻し温度以上の高温に晒された場合でも優れた高温焼戻し軟化抵抗性を備え、刃先の硬度低下が防止されることから、高温下で優れた耐摩耗性、靭性を発揮することを見出したのである。
「(1)質量%で、C:2.0〜3.0%、Si:3.0〜6.0%、Cr:9.0〜15.0%、Co:10.0〜15.0、WおよびMoのうちの1種または2種の合計:9.0〜11.0%、V:1.5〜2.5%、残部はFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする優れた高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼。
(2) C,Si,Cr及びCoの合計含有量が、25.0〜35.0%である前記(1)に記載の高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼。
(3) ホブの基体が、前記(1)または(2)に記載の高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼で構成されていることを特徴とするホブ。」
に特徴を有するものである。
まず、この発明の合金鋼の合金成分組成範囲についての数値限定理由は次の通りである。
Cは、焼入れ状態でその一部がマトリックスに固溶してマトリックスを強化し、また、一部は、W,Mo,Cr,Vと結合して炭化物を形成し、合金鋼の硬さと耐摩耗性を向上させる。
C含有量が2.0%未満では、硬さと耐摩耗性向上を期待できないばかりか、後述するSiとの相互作用によって、高温焼戻し軟化特性の改善を図ることができない。また、C含有量が3.0%を超えると、硬くなり過ぎて靭性劣化が生じるようになり、また、不均一なミクロ組織の形成により材質の均質性が担保できなくなることから、C含有量は2.0〜3.0%と定めた。
通常の合金鋼の場合と同様に、Siは脱酸剤としての作用を有する。
さらに、この発明においては、合金鋼の高温焼戻し軟化特性の改善を図る上で、上記Cおよび後記するCr,Coとともに重要な合金成分である。
Si含有量が3.0%未満では軟化抵抗の向上に寄与がみられず、一方、Si含有量が6.0%を超えると靭性が大幅に低下するため、Si含有量は3.0〜6.0%と定めた。
Crは、鋼の焼入れ性を確保するとともに、熱処理時の耐酸化性を高め、またSiと同時に大量添加すると軟化特性向上に寄与するため9.0%以上のCrの含有を必要とし、一方、Cr含有量が15.0%を超えると、Cr炭化物が偏析し、加工性が劣化するだけでなく靭性が大幅に低下するため、Cr添加量は、9.0〜15.0%と定めた。
Coは、十分な焼き戻し硬さを得るためには10.0%以上の含有が必要であるが、その含有量が15.0%を超えると、Co単相で析出し、靭性を大幅に低下させることから、Co含有量は10.0〜15.0%と定めた。
図1に、各種の鋼についての、焼戻し温度(℃)による高温硬さ変化(軟化割合(HRC硬さ))の一例を示す。
図1において、鋼中のC、Si、CrおよびCoの各含有量は、次のとおりである。
本発明鋼1−A:2.1%C,4.0%Si,12.4%Cr、10.2%Co、
かつ、C+Si+Cr+Co=28.7%
本発明鋼2−A:2.5%C,4.0%Si,9.2%Cr、14.1%Co、
かつ、C+Si+Cr+Co=29.8%
比較鋼11−A:2.0%C、4.0%Si、9.1%Cr、4.7%Co、
比較鋼12−A:3.0%C、4.0%Si、9.0%Cr、4.6%Co、
比較鋼13−A:2.5%C、4.0%Si、12.0%Cr、4.3%Co、
比較鋼15−A:1.0%C,0.2%Si,4.0%Cr、7.3%Co、
ここで、上記比較鋼15は、C,Si,Cr,Co含有量のいずれもが、本発明の組成範囲を外れる従来鋼であり、また、比較鋼11は、C含有量およびSi含有量は本発明の範囲内であるが、Cr含有量、Co含有量が本発明の範囲外であって、比較鋼12、13は、C含有量、Si含有量およびCr含有量は本発明の範囲内であるが、Co含有量が本発明の範囲外のものである。
図1において、600℃の焼戻し温度における硬さ(H600)を基準とし、焼戻し温度T(℃)(但し、T≧600)における硬さをHTとした場合の、焼戻し温度による硬さ低下の度合い示す指標である軟化割合(但し、軟化割合(%)=(HT−H600)×100/H600)をみると、Si含有量の多い比較鋼11は、比較鋼15に比しすぐれた軟化抵抗性を有するが、SiとともにCrを同時に多量添加した比較鋼12、13は、比較鋼11よりもすぐれた焼き戻し軟化抵抗性を有するが、Si、CrとともにCoを同時に多量添加した本発明鋼1、2は、比較鋼11〜13、15に比して、さらに一段と優れた焼き戻し軟化抵抗性を有することが分かる。
このことから、C含有量を2.0〜3.0%とした上で、Si含有量を3.0〜6.0%と高くし、さらに、Cr含有量を9.0〜15.0%、Co含有量を10.0〜15.0%とした本発明の合金鋼(より好ましくは、C+Si+Cr+Coの合計含有量が25.0〜35.0質量%)の高温焼戻し軟化抵抗性は、非常に優れていることが分かる。
加えてSi、Crを同時添加することで母相中にSiとCrの金属間化合物が形成され、焼戻し二次硬化ピークが高温側に移動し、焼戻し時の軟化開始点が高温側になると考えられる。
これらの効果により高温焼戻し軟化抵抗が大幅に向上していると推測される。
Wは、MC型やM6C型の炭化物を形成すると共に、その一部がマトリックス中に固溶し、耐摩耗性、高温焼戻し軟化抵抗性を向上させるが、Wの含有量が過剰になると、炭化物の粗大化を招き、靭性も低下する。
また、Moは、Wと同様に、MC型やM6C型の炭化物を形成して耐摩耗性、高温焼戻し軟化抵抗性を高めるとともに、靭性を向上させるが、Moの含有量が過剰になると、結晶粒が粗大化し脆弱になるとともに、熱処理時に脱炭を生じやすくなる。
したがって、耐摩耗性、高温焼戻し軟化抵抗性を向上させるためには、WおよびMoのうちの1種または2種の合計は9.0%以上必要であるが、その合計量が11.0%を超えると、炭化物の粗大化、結晶粒の粗大化による靭性の低下等が生じるようになるので、WおよびMoのうちの1種または2種の含有量は、9.0〜11.0%と定めた。
Vは、強力な炭化物形成元素で、Cと結合することによってMC型の微細な炭化物を形成し、耐摩耗性の向上に効果がある。また、Vは、結晶粒の微細化作用を有し、結晶粒の粗大化による靭性の低下を防止するとともに、高温焼戻し軟化抵抗性を高める。このような効果を発揮させるためには、1.5%以上含有させる必要があるが、過剰に含有されると研削性を害するのでその上限は2.5%に定めた。
本発明では、Siを多量に含有し、これが脱酸剤として作用することから、Si同様に脱酸剤として作用するMnの添加は必ずしも必要でないが、Mnには焼入れ性向上作用もあるので、1.0%以下の範囲内で添加することができる。
軟化割合(%)=(HT−H600)×100/H600
で表した場合、本発明の合金鋼では、上記軟化割合(%)は0〜10%の範囲内であることを確認した。
ここで、軟化割合(%)とは、600℃の焼戻し温度における硬さ(H600)を基準とし、焼戻し温度T(℃)(但し、600≦T≦700)における硬さをHTとした場合の、焼戻し温度による硬さ低下の度合い示す指標である。
また、同様にして、本発明から外れる成分組成を有する比較例の粉末合金鋼11〜15(以下、比較鋼11〜15という)を作製した。
同じく表1に、比較鋼11〜15の成分組成を示す。
同様に、比較鋼11〜15についても、表3に示す条件で熱処理を行い、比較鋼11−A〜11−D,比較鋼12−A〜12−D,比較鋼13−A、13−B,比較鋼14−A、14−B,比較鋼15−A、15−Bを作製した。
即ち、850〜950℃×60〜90分の条件でオーステナイト化処理を行った後、1130〜1180℃×30分間保持で焼入れし、その後、600〜700℃×1時間保持、戻し回数3回で焼戻しを行った。
軟化割合(%)(=(HT−H600)×100/H600)
を算出した。
これらの値を、表2、表3に示す。
なお、本発明鋼1−A、本発明鋼2−A、比較鋼11−A、比較鋼12−A、比較鋼13−A、比較鋼15−Aについては、焼戻し温度と軟化割合の関係を、図1に示した。
これに対して、比較鋼11〜15は、本発明鋼1〜10に比して、高温焼戻し軟化抵抗性が劣り、例えば、焼戻し温度700℃における軟化割合(%)
は、−34%(比較鋼14−B),−26%(比較鋼15−B)であって、高温焼戻し軟化抵抗性が十分であるとは言えない。
また、同様に、比較鋼11〜15についても、比較例ホブ11〜15を作製した。
なお、アークイオンプレーティング後、すくい面を研磨し、すくい面の硬質被覆層を除去した。
歯車緒元:モジュール 2.0、
圧力角 20度、
歯数: 28、
ねじれ角: 25度左捩れ、
歯幅: 50mm、
切削速度(回転速度):200m/min、
送り:2.0mm/rev、
(クライム、シフトなし、ドライ(エアーブロー))
の条件で、高速ドライ歯切加工を行い、逃げ面摩耗幅が0.2mmに至るまでの歯車加工数を測定した。
表4に測定結果を示す。
これに対して、比較例ホブ11〜15は、本発明ホブに比べ軟化抵抗が劣ることから、硬度低下によるクレーター摩耗等の異常摩耗が生じ、本発明ホブに比し短命であった。
Claims (3)
- 質量%で、C:2.0〜3.0%、Si:3.0〜6.0%、Cr:9.0〜15.0%、Co:10.0〜15.0、WおよびMoのうちの1種または2種の合計:9.0〜11.0%、V:1.5〜2.5%、残部はFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする優れた高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼。
- C,Si,Cr及びCoの合計含有量が、25.0〜35.0%である請求項1に記載の高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼。
- ホブの基体が、請求項1または2に記載の高温焼戻し軟化抵抗性を有する合金鋼で構成されていることを特徴とするホブ。
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