JP5459088B2 - スペクトル解析方法及びスペクトル解析装置 - Google Patents

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Description

本発明は、多変量カーブ分解を適用して、複数の標本のスペクトルデータを解析する方法及びスペクトル解析装置に関する。
電子線エネルギ損失分光装置(EELS)及びエネルギ分散X先分光装置(EDX)を搭載した走査透過電子顕微鏡(STEM)を用いて、評価対象物の2次元面内の画素ごとに、電子線エネルギ損失スペクトル、X線スペクトル等のエネルギビームスペクトルを取得することができる。近年の電磁レンズの球面収差補正装置の実現によって、大電流の電子線プローブを得ることができるようになった。これにより、原子の大きさの空間分解能で、エネルギビームのスペクトルを取得することが可能になった。これらのスペクトルを解析することにより、原子レベルの空間分解能で、評価対象物の成分分析や電子状態の分析を行うことができる。
特開2001−251646号公報
STEM等により、1つの画素を1つの標本として、各々がスペクトルデータを変量として持つ多数の標本が取得される。各標本ごとにスペクトルデータの解析を行うことは極めて非効率である。多くのスペクトルデータを容易に解析することができる解析手法が必要とされている。その候補として、数学的統計処置手法の一つである多変量解析が挙げられる。なかでも、スペクトルの形状を判別してグループ分けし、標本ごとに得られているスペクトルデータの成分分離を行う多変量カーブ分解法は、非常に有効な解析手法である。
しかしながら、測定されたスペクトルデータがいくつの主成分から構成されているのかを自動的に判別することが困難である。主成分の数を間違って設定して多変量カーブ分解を行うと、評価対象物の情報を反映した妥当な解析データを得ることができない。
本発明の一観点によると、
複数の標本の原初スペクトルデータを主成分分析することにより、複数の暫定主成分スペクトルを求める工程と、
前記暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に暫定主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、
抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて計算された前記標本のスペクトルデータと、前記原初スペクトルデータとの差分スペクトルを求める工程と、
前記暫定主成分数を変えて、前記暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、前記差分スペクトルを求める工程とを、少なくとも2回繰り返す工程と、
前記差分スペクトルに関連する情報エントロピーと、前記暫定主成分数との関係に基づいて、前記原初スペクトルデータの主成分数を決定する工程と
を有するスペクトル解析方法が提供される。
本発明の他の観点によると、
測定対象物上に画定された複数の画素のスペクトルデータが入力される入力装置と、
入力された前記スペクトルデータの解析を行う演算装置と、
前記演算装置で実行されるプログラムが記憶される記憶装置と、
演算結果を出力する出力装置と
を有し、
前記演算装置は、
前記入力装置から入力された複数の画素の原初スペクトルデータを主成分分析することにより、複数の暫定主成分スペクトルを求める工程と、
前記暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に暫定主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、
抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて計算された前記標本のスペクトルデータと、前記原初スペクトルデータとの差分スペクトルを求める工程と、
前記暫定主成分数を変えて、前記暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、前記差分スペクトルを求める工程とを、少なくとも2回繰り返す工程と、
前記差分スペクトルに関連する情報エントロピーと、前記暫定主成分数との関係に基づいて、前記原初スペクトルデータの主成分数を決定する工程と
を実行するスペクトル解析装置が提供される。
実体に即した主成分数を求めることができる。これにより、信頼度の高い多変量カーブ分解法を適用することが可能になる。
実施例で用いられるSTEMの概略図である。 評価対象物に確定される画素、及び画素に対応付けられる原初スペクトルデータを示す図である。 主成分スペクトルの例を示すグラフである。 データ行列、スペクトル行列、及び濃度行列を示す図である。 実施例によるスペクトル解析装置のブロック図である。 実施例によるスペクトル解析方法を示すフローチャート(その1)である。 実施例によるスペクトル解析方法を示すフローチャート(その2)である。 実施例で用いられる多変量カーブ分解法のフローチャートである。 (9A)は、仮想的な評価対象物の各領域の典型的なスペクトルを示すグラフであり、(9B)〜(9D)は、第1〜第3の評価対象物に定義された原初スペクトルデータの2次元マッピングした画像である。 暫定主成分数と情報エントロピーとの関係を示すグラフである。 第1、第2の暫定主成分スペクトルの濃度が最大になる画素を示す図、及びその原初スペクトルデータを示すグラフである。 評価対象物の各領域の典型的なスペクトルと、実施例による方法で得られた主成分スペクトルとを重ねて示すグラフである。 (13A)は、評価対象の試料のSTEM像を示す図であり、(13B)は、その電子線エネルギ損失スペクトルの測定結果を2次元マッピングした図である。 評価対象の試料から得られた原初スペクトルデータを画素に関して平均したグラフである。 評価対象の試料の測定結果に実施例の方法を適用することによって得られた暫定主成分数と情報エントロピーとの関係を示すグラフである。 (16A)は、評価対象の試料に、実施例の方法を適用して得られた主成分スペクトルを示すグラフであり、(16B)〜(16D)は、第1〜第3主成分スペクトルの濃度分布を示す図である。 (17A)は、評価対象の試料に、従来の方法を適用して得られた主成分スペクトルを示すグラフであり、(17B)〜(17D)は、第1〜第3主成分スペクトルの濃度分布を示す図である。
図1に、実施例によるスペクトル解析装置のSTEM部分の概略図を示す。ビーム源10から電子線が出射され、電磁レンズ11を経由して、評価対象物20に入射する。評価対象物20の入射点からX線が放出される。このX線が、X線分光器17で分光される。X線分光器17により、X線のスペクトルデータが得られる。
評価対象物20を透過した電子線が、電磁レンズ12を経由して電子線分光器15に入射する。電子線分光器15により、評価対象物20を透過することによって失われた電子線エネルギの損失スペクトルデータが得られる。
評価対象物20の表面において、電子線の入射位置を移動させることによって、複数の位置(画素)の各々について、X線のスペクトルデータ及び電子線エネルギの損失スペクトルデータが得られる。
図2に、評価対象物20の表面に画定された画素と、測定されたスペクトルデータとの関係を示す。評価対象物20の表面に、複数の画素px(j)が画定されている。画素px(j)の個数をNとする。jは、画素に付与された通し番号であり、1以上N以下の整数である。以下に説明する主成分分析において、1つの画素px(j)が、1つの標本となる。
画素px(j)は、2次元の面内に分布するが、以下に説明する実施例では、画素px(j)に1つの通し番号を付与して、1次元に配列しているものと考えて処理が行われる。必要に応じて、画素px(j)を2次元面内に再配置することにより、解析結果を視覚的に確認することができる。
画素px(j)の各々に、STEMによって取得されたX線または電子線のスペクトルデータが対応付けられる。STEMによって測定されたスペクトルデータを「原初スペクトルデータ」ということとする。
原初スペクトルデータの波長軸またはエネルギ軸が、複数のチャンネルch(i)に区分されている。チャンネル数はWである。チャンネルch(i)ごとに、スペクトル強度Aが測定される。iは、チャンネルに付与された通し番号であり、1以上W以下の整数である。
原初スペクトルデータに、主成分分析法及び多変量カーブ分解法を適用することにより、主成分スペクトルが得られる。
図3に、第1〜第3の主成分スペクトルpc1、pc2、pc3の一例を示す。第k番目の主成分スペクトルをpc(k)と標記することとする。主成分スペクトルpc1〜pc3も、W個のチャンネルch(i)ごとのスペクトル強度Pで定義される。図3では、3個の主成分スペクトルpc(k)を示したが、主成分スペクトルの数は、3個であるとは限らず、理論的には、標本数N以下になる。
図4を参照して、主成分分析及び多変量カーブ分解で用いられるデータ行列A、スペクトル行列P、濃度行列Cについて説明する。データ行列Aに多変量カーブ分解を適用することにより、データ行列Aを、スペクトル行列Pと濃度行列Cとの積で表すことができる。
データ行列Aの各列は、画素px(j)に対応し、各行は、チャンネルch(i)に対応する。データ行列Aは、W行N列の行列である。データ行列Aの要素Aijは、画素px(j)に対応する原初スペクトルデータのチャンネルch(i)の強度を表す。
スペクトル行列Pの各列は、主成分スペクトルpc(k)に対応し、各行は、チャンネルch(i)に対応する。スペクトル行列Pの要素Pikは、第k番目の主成分スペクトルpc(k)のチャンネルch(i)の強度を表す。
濃度行列Cの各列は、画素px(j)に対応し、各行は主成分スペクトルpc(k)に対応する。濃度行列Cの要素Ckjは、画素px(j)に対応する原初スペクトルデータを主成分スペクトルに分離したときの、主成分スペクトルpc(k)の濃度を表す。
図5に、実施例によるスペクトル解析装置のブロック図を示す。図1に示したSTEM30から、画素px(j)ごとの原初スペクトルデータが、スペクトル解析装置31の入力装置32に入力される。入力装置32は、フロッピディスク、USBメモリ等の記録媒体の読み取り装置であってもよいし、電気通信回線からデータを受信する受信装置であってもよい。
演算装置33が、入力された原初スペクトルデータに基づいてデータ行列A(図4)を構成し、記憶装置34に格納する。記憶装置34には、実施例によるスペクトル解析方法を実行するためのコンピュータプログラムが記憶されているとともに、プログラム実行中に参照される種々の解析データ記憶領域が確保されている。解析データ記憶領域には、例えば原初スペクトルデータ領域34a、データ行列領域34b、固有値固有ベクトル領域34c、差分スペクトル領域34d、情報エントロピー領域34e、主成分数領域34f、濃度行列領域34g、濃度最大の画素番号領域34h、推定スペクトル34i等が含まれる。これらの解析データの詳細については、後に説明する。
演算装置33は、コンピュータプログラムに基づいて処理を実行する。実行結果が、出力装置35に出力される。出力装置35には、液晶表示装置、プリンタ等が用いられる。なお、出力装置35に、実行結果をフロッピディスク、USBメモリ等の記録媒体に記録する記録装置を用いてもよい。この場合には、入力装置32と出力装置35とが相互に共用される。
図6〜図8を参照して、実施例によるスペクトル解析方法について説明する。なお、必要に応じて、図9〜図11を参照する。
ステップS1において、STEM(図1)により評価対象物20の画素px(j)ごとの原初スペクトルデータを測定し、測定結果をスペクトル解析装置31(図5)に入力する。入力されたデータ原初スペクトルデータに基づいて、データ行列A(図4)を構成する。原初スペクトルデータ及びデータ行列Aは、記憶装置34(図4)に記憶される。
実施例によるスペクトル解析方法の効果を評価するために、仮想的に第1、第2、第3の評価対象物を準備した。第1の評価対象物においては、2つのSi領域の間に結晶性クリストバライト(SiO)領域が配置される。Si領域とSiO領域とはほぼ接している。第2の評価対象物においては、さらに、Si領域とSiO領域との間に、SiとSiOとが混在する混在領域が配置される。第3の評価対象物においては、さらに、一方のSi領域の外側に、SrTiO領域が配置される。第1、第2、第3の評価対象物について、それぞれ第1、第2、第3の原初スペクトルデータを定義した。
図9Aに、Si領域、SiO領域、混在領域、及びSrTiO領域の典型的なスペクトルを示す。横軸はエネルギを単位「eV」で表し、縦軸は強度を任意単位で表す。これらのスペクトルは、第一原理計算によって計算された損失関数から求められたものであり、EELSで測定された電子線エネルギ損失スペクトルの低エネルギ領域に現れるプラズモン損失スペクトルに相当する。
図9B、図9C、図9Dに、それぞれ第1、第2、第3の原初スペクトルデータを2次元画像化して示す。各画素の濃淡は、当該画素の原初スペクトルデータをチャンネルに関して積算した値に対応する。なお、各画素の原初スペクトルデータには、画素ごとに異なる白色ノイズが付与されている。相互に隣り合う領域の境界近傍に位置する画素の原初スペクトルデータは、両側の領域の典型的なスペクトルを線型結合することにより定義した。図9B、図9C、図9Dの濃淡によって、Si領域、SiO領域、混在領域、及びSrTiO領域が相互に区別される。
図9B、図9C、図9Dは、それぞれ原初スペクトルデータの主成分数が2、3、4の例として準備した。
ステップS2において、原初スペクトルデータの主成分分析を実行することにより、固有値及び固有ベクトルを求める。求められた固有値及び固有ベクトルは、記憶領域34に格納される。以下、主成分分析の一方法について具体的に説明する。
まず、データ行例Aの相関行列Zを計算する。相関行列Zは、次の式で表される。
次に、この相関行列Zの固有値、及び固有ベクトルを求める。この固有ベクトルは、暫定的に主成分スペクトルと仮定することができる。従って、固有ベクトルを「暫定主成分スペクトル」ということとする。また、この固有ベクトルに対応する固有値は、当該暫定主成分スペクトルの寄与率に対応する。計算された固有値(寄与率)及び固有ベクトル(暫定主成分スペクトル)を、記憶装置34に格納する。
ステップS3において、暫定的に主成分数を1とし、ステップS2で求められた暫定主成分スペクトルの中から、寄与率が最大のものを抽出する。
ステップS4において、ステップS3で抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて、各画素のスペクトルを計算する。以下、各画素のスペクトルの計算方法について説明する。暫定的に主成分数を1としたため、暫定主成分スペクトルで構成されたスペクトル行列P(図4)は、W行1列になり、濃度行列Cは1行N列になる。濃度行列Cは、次の式で計算することができる。
求められた濃度行列Cと、暫定主成分スペクトルで構成されたスペクトル行列Pから、各画素のスペクトルを計算する。画素px(j)のスペクトルは、P・Cの第j列の成分に相当する。
次に、各画素について、計算されたスペクトルと、原初スペクトルデータとの差分スペクトルを求める。求められた差分スペクトルは、記憶領域34に格納される。各画素の差分スペクトルで構成される差分行列Dは、以下の式で表される。画素px(j)の差分スペクトルは、差分行列Dの第j列に相当する。
次に、画素ごとに、規格化差分強度を求める。規格化差分強度は、画素の差分スペクトルをチャンネルに関して積算した値を規格化したものである。具体的には、画素px(j)の規格化差分強度pは、以下の式で表される。
式(4)において、Wはチャンネル数であり、Nは画素数である。上述のように、規格化差分強度pは、すべての画素の規格化差分強度を足し合わせた値が1になるように規格化されている。なお、すべての画素の規格化差分強度を足し合わせた値が1以外の一定の値になるように規格化してもよい。
ステップS5において、差分スペクトルに関連する情報エントロピーHを計算する。求められた情報エントロピーHは、記憶領域34に格納される。情報エントロピーHは、以下の式で表される。
情報エントロピーHは、衝撃度の大きさを数値化した結果であり、規格化差分強度pで示される確率がすべての画素で等しいとき、情報エントロピーHは最大になる。
規格化差分強度pを画素の位置に対応させて2次元マッピングして得られる濃淡の像を、「差分像」と言うこととする。差分像の各画素がノイズのみを含む場合には、差分像の濃度はほぼ均一なり、情報エントロピーHは最大値をとる。差分像が、なんらかの濃淡の分布を持つ場合には、抽出すべき主成分スペクトルがまだ残っていると考えられる。差分像の濃淡の分布がほぼ均一になった場合には、抽出されていない主成分スペクトルは、ノイズ成分のみであると考えられる。すなわち、抽出すべき有意な主成分スペクトルはすべて抽出されたと考えることができる。
ステップS6において、暫定主成分数を1だけ増加させ、暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に暫定主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する。
ステップS7において、ステップS6で抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて、各画素のスペクトルを計算する。基本的な計算方法は、ステップS4のスペクトル計算方法と同一である。ステップS7では、抽出された暫定主成分スペクトルの数が1ではないため、図4に示したスペクトル行列Pの列数、及び濃度行列Cの行数が2以上になる。
ステップS8において、ステップS7で求められた差分スペクトルに関連する情報エントロピーHを計算する。この計算方法は、ステップS5における情報エントロピーHの計算方法と同一である。
ステップS9において、暫定主成分数と情報エントロピーHとの関係から、情報エントロピーの増大傾向が飽和したか否かを判定する。飽和していないと判定された場合には、ステップS6に戻って、暫定主成分数を1だけ増加させた条件で、ステップS6からステップS8までを再度実行する。
図10に、暫定主成分数と情報エントロピーHとの関係の計算結果を示す。横軸は、暫定主成分数を表し、縦軸は情報エントロピーHを表す。図10の丸記号、四角記号、及び三角記号は、それぞれ図9B、図9C、図9Dに示した第1、第2、第3の評価対象物の原初スペクトルデータについて計算した結果を示す。いずれの場合も、暫定主成分数が増加すると、情報エントロピーの増加傾向が飽和する。
図9B、図9C、図9Dに示した原初スペクトルデータについて、情報エントロピーHの増大傾向が飽和する暫定主成分数は、それぞれ2、3、4である。このように、情報エントロピーの飽和時点の暫定主成分数は、原初スペクトルデータに含まれると予測される有意な主成分スペクトルの数に等しいことがわかる。
情報エントロピーHが飽和したか否かは、暫定主成分数を1だけ増加させたときの情報エントロピーHの増分、すなわち暫定主成分数と情報エントロピーHとの関係をプロットしたグラフの傾きにより判定することができる。
なお、実施例では、暫定主成分数を1から1ずつ増加させて情報エントロピーHを計算したが、その逆に、暫定主成分数を、ある値から1ずつ減少させて情報エントロピーを計算してもよい。図10において、例えば、暫定主成分数を7から1ずつ減少させてもよい。この場合には、情報エントロピーHが急激に低下した時点を検出することにより、情報エントロピーHの飽和時点を判定することができる。
ステップS10において、情報エントロピーHの飽和時点の暫定主成分数に基づいて、主成分数を決定する。図9B、図9C、図9Dの原初スペクトルデータについて、それぞれ主成分数が2、3、4と決定される。決定された主成分数は、記憶領域34に格納される。
ステップS11において、暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に、ステップS10で決定された主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する。抽出された暫定主成分スペクトルの濃度が最大となる画素を抽出する。具体的には、ステップS6で求められている濃度行列Cの行ごとに、最大の要素を持つ列を検出する。例えば、濃度行列Cの第k行において、第j列の要素Ckjが最大となる場合、第k番目の暫定主成分スペクトルpc(k)の濃度が最大になる画素はpx(j)である。このようにして、暫定主成分スペクトルごとに、濃度が最大になる画素が抽出される。抽出された画素の通し番号が、記憶領域34に記憶される。
ステップS12において、ステップS11で抽出された画素の原初スペクトルデータを初期の推定スペクトルとして採用する。推定スペクトルは、記憶領域34に格納される。
図11に示した画像(a)及び画像(b)は、それぞれ図9Bに示した原初スペクトルデータに基づいて決定された第1の暫定主成分スペクトルの濃度、及び第2の暫定主成分スペクトルの濃度を濃淡で示したものである。濃度が濃い画素ほど淡い色で示している。例えば、第1の暫定主成分スペクトルの濃度が最大の画素として、画素px(u)が抽出され、第2の暫定主成分スペクトルの濃度が最大の画素として、画素px(v)が抽出される。図11のグラフ(c)に、画素px(u)及びpx(v)の原初スペクトルデータを示す。この2つの原初スペクトルデータが、初期の推定スペクトルとして採用される。
ステップS13において、原初スペクトルデータ(データ行列A)、初期の推定スペクトル、及びステップS10で決定されている主成分数を用いて、多変量カーブ分解を実行する。
図8に、ステップS13で実行される多変量カーブ分解のフローチャートを示す。ステップS11で採用された暫定主成分スペクトルは、データ行列Aから数学的に計算された固有ベクトルである。このため、暫定主成分スペクトルには、物理的にあり得ない状態を除外する束縛条件が課されていない。具体的には、物理的には、主成分スペクトルの要素が負になることはありえないが、数学的に計算された暫定主成分スペクトルは、負の要素を含む場合がある。
実施例においては、初期の推定スペクトルが、実際に測定された原初スペクトルデータの中から採用されているため、採用された時点で既に束縛条件が課されていると考えられる。このため、より実体を反映した多変量カーブ分解を行うことが可能になると期待される。
ステップS22において、原初スペクトルデータ(データ行列A)、推定スペクトル、及びステップS10で決定された主成分数に基づいて、画素ごとに、推定スペクトルの濃度を求める。具体的には、推定スペクトルからスペクトル行列P(図4)を構成し、数式(2)により濃度行列Cを計算する。
ステップS23において、濃度行列Cに束縛条件を適用する。具体的には、主成分スペクトルの濃度、すなわち濃度行列Cの各要素は、負になることはないため、得られた濃度行列Cに負の要素が現れた場合には、その要素を0に置き換える。
ステップS24において、濃度行列C及び原初スペクトルデータ(データ行列A)に基づいて、下記の式により、推定スペクトルを再計算する。下記の式の左辺のスペクトル行列Pの各列が、再計算された推定スペクトルに相当する。
ステップS25において、ステップS24で得られた推定スペクトルに束縛条件を適用する。具体的には、推定スペクトルの要素が負になることはないという束縛条件を課す。再計算された推定スペクトルが負の要素を含む場合には、この要素を0に置き換える。ただし、実施例においては、初期の推定スペクトルとして、ステップS12で採用されたものを用いているため、推定スペクトルの要素が負になることはないと予測される。従って、実施例による方法では、ステップS25を省略してもよい。
ステップS26において、ステップS24で行われた再計算の前の推定スペクトルと、ステップS26の書き換え後の推定スペクトルとの差分が、基準幅以下か否かを判定する。一例として、再計算前後の推定スペクトルが等しい場合、すなわち差分が0の場合には、基準幅以下と判定される。なお、基準幅以下か否かの判定は、一例として、下記の基準で行ってもよい。
まず。再計算前の推定スペクトルと、書き換え後の推定スペクトルとの変化の割合を求める。スペクトルのすべての要素について、変化の割合が変化率の許容上限値以下となったとき、再計算前後のスペクトルが等しいと判定される。変化率の許容上限値として、例えば10−6を用いる。
差分が基準幅よりも大きい場合には、ステップS22に戻って、再計算後の推定スペクトルを用いて、推定スペクトルの再計算を繰り返す。差分が基準幅よりも小さい場合には、ステップS27において、最も新しい推定スペクトルを主成分スペクトルとして採用する。
ステップS28において、画素ごとに、主成分スペクトルの濃度を算出する。なお、この濃度は、ステップS22で求められた濃度行列Cの要素Ckjを、そのまま画素px(j)の第k番目の主成分スペクトルpc(k)の濃度として採用することができる。求められた主成分スペクトル及び濃度行列Cは、記憶領域34に格納される。
図7に示したステップS14において、ステップS28で決定された主成分スペクトル、及び画素ごとの主成分スペクトルの濃度を、出力装置35(図5)に表示する。
図12Aに、図9Bに示した原初スペクトルデータに、実施例の方法を適用して得られた主成分スペクトル、及び図9Aに示したSi及びSiOに対応する典型的なスペクトルを示す。図12Aの実線が、典型的なスペクトルを示し、丸記号及びクロス記号が、抽出された主成分スペクトルを示す。
図12Bに、図9Cに示した原初スペクトルデータに、実施例の方法を適用して得られた主成分スペクトル、及び図9Aに示したSi、SiO、混在領域に対応する典型的なスペクトルを示す。図12Bの実線が、典型的なスペクトルを示し、丸記号、クロス記号、三角記号が、抽出された主成分スペクトルを示す。
主成分数が2及び3のいずれの場合にも、Si、SiO、混在領域の典型的なスペクトルをほぼ忠実に再現した主成分スペクトルが得られていることがわかる。
次に、実施例による方法を、実際の測定データに適用した結果について説明する。
図13Aに、評価対象試料の評価を行った領域のSTEM像を示す。図の左から右に向かって、単結晶Si領域、SiO領域、及び多結晶Si領域が配列している。
図13Bに、EELSで得られた電子線エネルギ損失スペクトルを、画素ごとにチャンネルに関して積算した2次元画像を示す。図13Bの各画素の濃淡は、電子線エネルギ損失スペクトルの積算値に対応する。
図14に、電子線エネルギ損失スペクトルを、チャンネルごとに全画素に関して平均して得られたスペクトルを示す。横軸は、エネルギを単位「eV」で表し、縦軸は強度を単位「カウント×10」で表す。
図15に、ステップS3〜S8(図6)で求められる暫定主成分数と情報エントロピーHとの関係を示す。横軸は暫定主成分数を表し、縦軸は情報エントロピーHを表す。暫定主成分数が3で、情報エントロピーHの増加傾向がほぼ飽和していることがわかる。この結果から、ステップS10において、主成分数が3と決定される。
図16Aに、ステップS27(図8)で確定された3つの主成分スペクトルpc1、pc2、pc3を示す。図16B、図16C、図16Dに、それぞれ主成分スペクトルpc1、pc2、pc3の濃度分布、すなわち濃度行列Cの第1行、第2行、第3行の要素C1j、C2j、C3jを示す。濃度の高い画素を相対的に淡い色で示す。
図16Bに示すように、評価領域の両端近傍において、第1の主成分スペクトルpc1の濃度が高い。これは、この領域に第1の主成分スペクトルpc1に対応する材料、すなわちSiが配置されていることを意味する。図16Cに示すように、評価領域の中央近傍において、第2の主成分スペクトルpc2の濃度が高い。これは、この領域に第2の主成分スペクトルpc2に対応する材料、すなわちSiOが配置されていることを意味する。
図16Dに示すように、第3の主成分スペクトルpc3の濃度が高い領域が確認される。これは、Si領域とSiO領域との境界に配置された混在領域に相当する。このように、2つの領域の境界に、第3の主成分スペクトルpc3の濃度が高い領域が確認される。なお、図9Aに示したSiOのスペクトルは、第一原理計算によって計算された損失関数から求められたものである。実際の測定結果から導き出された図16AのSiOに対応する主成分スペクトルpc2は、図9Aに示したSiOのスペクトルと完全には一致しない。
図17A〜図17Dに、従来の多変量カーブ分解により求めた主成分スペクトル、及び主成分スペクトルの濃度分布を示す。従来の多変量カーブ分解では、図8に示した方法において、初期の推定スペクトルが適当に設定される。
図17Aに示したように、第2の主成分スペクトルpc2及び第3の主成分スペクトルpc3の形状が、実体を反映したものになっていない。また、図17Dに示したように、第3の主成分スペクトルpc3の濃度分布は、Si領域とSiO領域との境界に対応した形状になっていない。
上述の評価結果から、実施例によるスペクトル解析方法を適用することにより、実際の材料の分布をより明確に反映した解析結果が得られることがわかる。
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
10 電子線源
11、12 電磁レンズ
15 電子線分光器
17 X線分光器
20 評価対象物
30 STEM
31 スペクトル解析装置
32 入力装置
33 演算装置
34 記憶装置
35 出力装置
px(j) 画素(標本)
ch(i) チャンネル
pc1、pc2、pc3 主成分スペクトル

Claims (6)

  1. 複数の標本の原初スペクトルデータを主成分分析することにより、複数の暫定主成分スペクトルを求める工程と、
    前記暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に暫定主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、
    抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて計算された前記標本のスペクトルデータと、前記原初スペクトルデータとの差分スペクトルを求める工程と、
    前記暫定主成分数を変えて、前記暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、前記差分スペクトルを求める工程とを、少なくとも2回繰り返す工程と、
    前記差分スペクトルに関連する情報エントロピーと、前記暫定主成分数との関係に基づいて、前記原初スペクトルデータの主成分数を決定する工程と
    を有するスペクトル解析方法。
  2. さらに、
    前記複数の暫定主成分スペクトルから、寄与率の大きなものから順番に抽出された前記主成分数の前記暫定主成分スペクトルの各々について、当該暫定主成分スペクトルの濃度が最も高い前記標本を抽出し、抽出された前記標本の原初スペクトルデータを、初期の推定スペクトルとして採用する工程と、
    前記推定スペクトルに基づいて、前記標本の前記原初スペクトルデータに多変量カーブ分解法を適用することにより、前記主成分数の主成分スペクトルを求め、さらに前記標本ごとに前記主成分スペクトルの濃度を求める工程と
    を有する請求項1に記載のスペクトル解析法。
  3. 前記複数の標本は、分析対象物の2次元面内に画定された複数の画素であり、前記原初スペクトルデータは、画素ごとに測定されたエネルギビームのスペクトルデータである請求項1または2に記載のスペクトル解析方法。
  4. 前記差分スペクトルの情報エントロピーを求める際に、
    前記暫定主成分数ごと、及び前記標本ごとに、前記差分スペクトルを積分した積分強度を求め、
    前記積分強度を前記標本に関して合計して前記暫定主成分数ごとに積分強度合計値を求め、前記積分強度合計値が、前記暫定主成分数に関して一定になるように前記積分強度を規格化した規格化積分強度を求め、
    前記暫定主成分数ごとに、前記規格化積分強度の情報エントロピーを求める請求項1乃至3のいずれか1項に記載のスペクトル解析方法。
  5. 前記主成分数を決定する工程において、
    前記暫定主成分数を増加させたときに、前記情報エントロピーの増加傾向が飽和する時点の前記暫定主成分数に基づいて、前記主成分数を決定する請求項1乃至4のいずれか1項に記載のスペクトル解析方法。
  6. 測定対象物上に画定された複数の画素のスペクトルデータが入力される入力装置と、
    入力された前記スペクトルデータの解析を行う演算装置と、
    前記演算装置で実行されるプログラムが記憶される記憶装置と、
    演算結果を出力する出力装置と
    を有し、
    前記演算装置は、
    前記入力装置から入力された複数の画素の原初スペクトルデータを主成分分析することにより、複数の暫定主成分スペクトルを求める工程と、
    前記暫定主成分スペクトルの中から、寄与率の大きなものから順番に暫定主成分数の暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、
    抽出された暫定主成分スペクトルに基づいて計算された前記標本のスペクトルデータと、前記原初スペクトルデータとの差分スペクトルを求める工程と、
    前記暫定主成分数を変えて、前記暫定主成分スペクトルを抽出する工程と、前記差分スペクトルを求める工程とを、少なくとも2回繰り返す工程と、
    前記差分スペクトルに関連する情報エントロピーと、前記暫定主成分数との関係に基づいて、前記原初スペクトルデータの主成分数を決定する工程と
    を実行するスペクトル解析装置。
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