[第1の実施例]
図1は、燃料電池システムを搭載した車両を示す説明図である。車両500は、燃料電池510と、制御部530(ECU(Electronic Control Unit)とも呼ぶ。)と、要求出力検知部535と、二次電池540と、分配コントローラ550と、駆動モータ560と、ドライブシャフト570と、分配ギア580と、車輪590と、を備える。
燃料電池510は、燃料ガスと酸化ガスとを電気化学的に反応させて電力を取り出すための発電装置である。燃料電池510の構成については、後述する。制御部530は、要求出力検知部535から取得した要求出力値に基づいて、燃料電池510と二次電池540の動作を制御する。要求出力検知部535は、車両のアクセル(図示せず)の踏み込み量を検知し、その踏み込み量の大きさから、運転手からの要求出力を検知する。二次電池540として、例えば、ニッケル水素電池や、リチウムイオン電池を採用することが可能である。二次電池540への充電は、例えば、燃料電池510から出力される電力を用いて直接充電することや、車両500が減速するときに車両500の運動エネルギーを駆動モータ560により回生して充電すること、により行うことが可能である。分配コントローラ550は、制御部530からの命令を受けて、燃料電池510から駆動モータ560への引き出す電力量と、二次電池540から駆動モータ560へ引き出す電力量を制御する。また、分配コントローラ550は、車両500の減速時には、制御部530からの命令を受けて、駆動モータ560により回生された電力を二次電池540に送る。駆動モータ560は、車両500を動かすための電動機として機能する。また、駆動モータ560は、車両500が減速するときには、車両500の運動エネルギーを電気エネルギーに回生する発電機として機能する。ドライブシャフト570は、駆動モータ560が発する駆動力を分配ギア580に伝達するための回転軸である。分配ギア580は、左右の車輪590へ駆動力を分配する。
図2は、燃料電池システムの構成を示す説明図である。燃料電池510は、燃料電池スタック600と、燃料ガス供給系(アノード系)650と、酸化ガス供給系(カソード系)700と、冷却系750と、を備えている。
燃料電池スタック600は、多数の単セル(図示せず)が積層して構成されている。燃料電池には、燃料電池スタック600に流れる電流及び電圧を測定するための電流電圧計605が接続されている。なお、電流電圧計605は、単セル毎の電流、電圧を測定できるように構成されていてもよい。
燃料ガス供給系650は、燃料ガスタンク655と、燃料ガス供給管660と、燃料ガス排気管665と、開閉バルブ670と、レギュレータ675と、燃料ガスポンプ680と、圧力計685、687と、露点計690と、流量計695と、を備える。燃料ガスタンク655は、燃料ガスを貯蔵する。本実施例では、燃料ガスとして、水素を用いている。燃料ガスタンク655と、燃料電池スタック600とは、燃料ガス供給管660で接続されている。燃料ガス供給管660上には、燃料ガスタンク655からの燃料ガスの供給をオンオフするための開閉バルブ670と、燃料電池スタック600に供給される燃料ガスの圧力を調整するためのレギュレータ675が設けられている。
燃料電池スタック600には、燃料排ガスを排出するための燃料ガス排気管665の一端が接続されている。そして、燃料ガス排気管665の他端は、燃料ガス供給管660に接続されている。燃料ガス排気管665には、未反応の燃料ガスが含まれているが、これにより、未反応の燃料ガスを再び燃料電池スタック600に供給することが可能となる。
燃料ガス供給管660上には、燃料電池スタック600に供給される燃料ガスの圧力を測定するための圧力計685、燃料ガスの露点を測定するための露点計690、燃料ガスの流量を測定するための流量計695が設けられている。なお、露点計690の代わりに湿度計を設けてもよい。また、燃料ガス排気管665上には、燃料電池スタック600から排出される燃料排ガスの圧力を測定するための圧力計687が設けられている。
酸化ガス供給系700は、コンプレッサ705と、酸化ガス供給管710と、酸化ガス排気管715と、加湿装置720と、背圧弁725と、圧力計730、732と、露点計735と、流量計740と、を備える。本実施例では、酸化ガスとして空気を用いる。コンプレッサ705は、大気中の空気を取り込んで圧縮する。コンプレッサ705は、酸化ガス供給管710により、燃料電池スタック600に接続されている。燃料電池スタック600には、酸化排ガスを排出するための酸化ガス排気管715が接続されている。ここで、酸化ガス供給管710と酸化ガス排気管715には、加湿装置720が設けられている。燃料電池では、例えば、水素と、空気中の酸素と、を反応させて発電を行う。このとき、水素と酸素とが反応して水が生成する。生成した水は、酸化排ガスとともに燃料電池スタック600から排出される。加湿装置720は、酸化排ガス中に含まれる水分を用いて、燃料電池スタック600に供給される酸化ガスを加湿する。加湿装置720は、例えば、酸化ガス流路と、酸化排ガス流路とを備え、その2つの流路の間に加湿膜を備える構成であってもよい(図示せず)。これにより、加湿膜を介して、酸化配ガス中の水分を、酸化ガスに移動させることが可能である。酸化ガス排気管715には、背圧弁725が設けられている。背圧弁725は、燃料電池スタック600内の空気の圧力を調整するために用いられる。
酸化ガス供給管710上には、燃料電池スタック600に供給される酸化ガスの圧力を測定するための圧力計730、酸化ガスの露点を測定するための露点計735、酸化ガスの流量を測定するための流量計740が設けられている。なお、露点計735の代わりに湿度計を設けてもよい。また、酸化ガス排気管715上には、燃料電池スタック600から排出される酸化排ガスの圧力を測定するための圧力計732が設けられている。
また、本実施例では、燃料ガス排気管665と酸化ガス排気管715とを繋ぐ第2の燃料ガス排気管745と、第2の燃料ガス排気管745に設けられた排気弁747を備える。上述のように本実施例では、燃料ガス排気管665は燃料ガス供給管660に接続されており、燃料ガスを還流して再利用している。ここで、燃料電池スタック600を長時間運転すると、燃料排ガス中に、反応に寄与しない窒素が増えてくる。この窒素は、酸化ガス(空気中)の窒素が、燃料電池の電解質膜(図示せず)を透過してきたものと考えられる。燃料排ガス中に窒素が増えると、燃料ガス中にも窒素が増え、燃料電池スタック600の反応性が落ちる。従って、本実施例では、燃料排ガス中の窒素の量が増えた場合には、排気弁747を開け、窒素を酸化ガス排気管715に流し、燃料ガス中の窒素の量を排気する。なお、このとき水素も一部が酸化ガス排気管715に流れる。しかし、酸化ガス排気管715や加湿装置720には、触媒が存在しないので、水素は酸化ガス排気管715に流れても、空気中の酸素と反応しない。また、水素の自然発火温度は、空気中で570℃、酸素中で560℃であるので、自然発火もしない。
冷却系750は、ポンプ755と、冷却水供給管760と、冷却水排出管765と、冷却水還流管775と、ラジエータ770と、ロータリー弁780と、温度計785、790と、を備える。ポンプ755は、冷却水に圧力をかけて、燃料電池スタック600に送る。ポンプ755と、燃料電池スタック600とは、冷却水供給管760により接続されている。燃料電池スタック600には、冷却水を排出するための冷却水排出管765が接続されている。冷却水供給管760と、冷却水排出管765とは、ラジエータ770及び冷却水還流管775により接続されている。ラジエータ770は、冷却水排出管765を流れる温度の高い冷却水を冷却して冷却水供給管760に送る。冷却水還流管775は、冷却水排出管765を流れる冷却水をそのまま冷却水供給管760に送る。冷却水供給管760は、ロータリー弁780により、ラジエータ770と、冷却水還流管775とに接続されている。すなわち、ロータリー弁780の開度を変更することにより、燃料電池スタック600に供給する冷却水の温度を調整することが可能である。また、冷却水供給管760には燃料電池スタック600に供給される冷却水の温度を測定する温度計785が設けられ、冷却水排出管765には燃料電池スタック600から排出される冷却水の温度を測定する温度計790が設けられている。
図3は、燃料電池スタックの構成を示す説明図である。燃料電池スタック600は、複数の単セル610が積層されている。各単セル610は、電解質膜620と、アノード電極630と、カソード電極635と、アノードガス流路640と、カソードガス流路645と、を備えている。本実施例では、電解質膜620として、固体高分子材料、例えばパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマなどのフッ素系樹脂から成るプロトン伝導性のイオン交換膜を用いている。アノード電極630、カソード電極635は、電解質膜の両面に配置されている。アノード電極630、カソード電極635は、燃料電池における電気化学反応を促進する触媒、例えば、白金触媒、あるいは白金と他の金属から成る白金合金触媒を含んでいる。ここで、アノード電極630が含む触媒の量について、アノード出口部における量を、他の場所よりも多くしてもよい。なお、電解質膜620と、アノード電極630、カソード電極を合わせて膜電極接合体12とも呼ぶ。アノードガス流路640、カソードガス流路645は、膜電極接合体12の両面にそれぞれ配置されている。アノードガス流路640、カソードガス流路645は、例えば、多孔体や、カーボン不織布を用いたカーボンクロスやカーボンペーパーや、エキスパンドメタルを用いて形成することが可能である。なお、アノードガス流路640は、図示しないマニホールドを介して、図2に示す燃料ガス供給管660、燃料ガス排気管665と接続されている。また、カソードガス流路645は、図示しないマニホールドを介して、図2に示す酸化ガス供給管710、酸化ガス排気管715と接続されている。
図4は、単セルの湿潤状態と乾燥状態における電流分布を示す説明図である。図4において、縦軸は電流(電流密度)を示し、横軸は単セル610における反応ガスの流れに沿った位置を示している。横軸の左方はアノード上流(カソード下流)であり、右方はアノード下流(カソード上流)である。本実施例では、アノードガス(燃料ガス:水素)とカソードガス(酸化ガス:空気)は対向流(カウンタフロー)で流れる。
電解質膜620(図3)が湿潤状態のとき、電流分布は、中央よりもカソード上流側にピークを示す山の形をしたグラフである。この様な形状になるのは、以下の理由による。
カソード入口(アノード出口)の位置では、電解質膜620を加湿するのは、加湿装置720(図2)から供給される水分のみであるため、電気化学反応の反応性は高くなく、電流は小さい。位置が段々とカソード下流側に移動すると、それよりもカソード上流における電気化学反応により生じた生成水が酸化ガスの流れによりカソード下流に移動する。すなわち、電気化学反応による生成水により、カソード下流側ほど電解質膜620がより湿潤し、電気化学反応の反応性が大きくなり、電流が増える。すなわち、カソード上流側では、左上がりのグラフとなる。
一方、電気化学反応によりカソードガス中の酸素が消費される。したがって、カソード下流ほど酸素分圧が低くなる。そのため電気化学反応の反応性が小さくなり、電流が減少する。従って、カソード下流側では、右上がりのグラフとなる。以上のように、電流を示すグラフは、上記2つの現象が重なり合った結果を示し、山形形状のグラフとなる。そして、電流のピークは、ややカソード上流側に生じる。
一方、電解質膜620が乾燥し始めると、カソード上流(アノード下流)では、乾燥により電解質膜620の湿潤度が低いため、電気化学反応の反応性が下がり、電解質膜620が湿潤していた時に比べ電流値は減少方向に移動する。また、カソード上流では、電気化学反応の反応性が低下するため、酸素が消費されにくくなる。その結果、カソード下流での酸素分圧が湿潤時に比べ上昇する。そのため、カソード下流側で電気化学反応が促進され、湿潤時に比べ電流値は増加方向に移動する。すなわち図4に示すように、電流のピークはカソード下流側(アノード上流側)に移動する。
図5は、単セルの湿潤状態と乾燥状態における水移動を示す説明図である。横軸は図4と同様に、単セル610における反応ガスの流れに沿った位置を示している。縦軸は、水移動量を示している。水移動量は、例えば、[アノード上流(カソード下流)からアノード下流(カソード上流)への水の移動量]+[電解質膜620を介したカソードガス流路645からアノードガス流路640への移動]で表すことが可能である。ここで、グラフの下半分は、カソードガス流路645(図3)における水分移動を示している。すなわち、酸化ガスの移動によりカソード上流から下流に向けて、水が移動する(面内循環水1)。グラフの上半分は、アノードガス流路640(図3)における水分移動を示している。すなわち、燃料ガスの移動によりアノード上流から下流に向けて、水が移動する(面内循環水2)。また、カソード下流では、電解質膜620を介して、カソードガス流路645からアノードガス流路640に水が移動する。
グラフの実線は、湿潤状態を示している。この状態では、カソード上流における電気化学反応が十分に行われ、生成水も多い。したがって、面内循環水1が多くなり、カソード下流に水が移動する。カソード下流では、カソードガス流路645からアノードガス流路640に水が移動する。その結果、アノード上流における水の量が多くなり、面内循環水2も多くなる。すなわち、電解質膜620が湿潤している時には、水の循環が順調に行われ、燃料電池510の出力を適切に維持することができる。
グラフの破線は、乾燥状態を示している。この状態では、カソード上流における電気化学反応が不十分であり、生成水が少ない。したがって、面内循環水1が少なくなり、カソード下流への水の移動量も少ない。その結果、電解質膜620を介した水の移動も少なくなり、アノード上流における水の量が少なくなり、面内循環水2も少なくなる。すなわち、電解質膜が乾燥すると、水の循環は起こりにくくなる。その結果、燃料電池510の反応性が低下し、電流、電圧が低下する。
図6は、燃料電池の運転制御を示すフローチャートである。ここで、図6(A)は、第1の実施例における運転制御を示し、図6(B)は従来の運転制御を示している。なお、本実施例と、従来では、燃料電池システムの運転制御方法は異なるが、それ以外の構成は同じである。
ステップS600において、制御部530は、燃料電池スタック600の発電電流I及び発電電圧Vを取得する。なお、制御部530は、単セル610毎に、発電電圧Vを取得してもよい。ステップS610では、制御部530は、発電電圧Vがあらかじめ定められた閾値αよりも大きいか否かを、判断する。ここで、閾値αは、例えば燃料電池510にドライアップが発生していない通常の運転状態における電圧範囲の最低値x以上の値である。なお閾値αの値は、例えば実験等によりあらかじめ定めておくことができる。
図7は、発電電流が電流I1のときの、燃料ガス中の水素分圧と単セル610のセル電圧の関係を示す説明図である。電流I1が一定のもとでは、燃料ガス中の水素分圧が上がると、セル電圧があがることがわかる。図7から、電流一定の下、セル電圧を上げるためには、例えば、水素分圧を上げればよいことがわかる。なお、セル電圧の上限は、ギブスエネルギー(−237kJmol−1)から得られる理論値1.23Vである。
図6(A)のステップS610において、発電電圧Vがあらかじめ定められた閾値αよりも大きい場合には、制御部530は、そのまま燃料電池510の運転状態を維持する。一方、発電電圧Vがあらかじめ定められた閾値αよりも小さい場合には、制御部530は、処理をステップS620に移行し、燃料電池510のインピーダンスRを取得する。
図8は、電解質膜の含水量と燃料電池のインピーダンスの関係を示す説明図である。電解質膜620の含水量が多いと、燃料電池のインピーダンスが小さく、含水量が少ないと、燃料電池のインピーダンスが大きくなることがわかる。なお、この理由として、電解質膜620の含水量が多いと、電気化学反応が促進される、あるいは、水素イオンの量が多くなって比抵抗が小さくなる、ことが考えられる。以上のように、電解質膜620の含水量と燃料電池のインピーダンスの間には、密接な関係がある。したがって、電解質膜620のインピーダンスを求めることにより、電解質膜620の含水量を予測することが可能である。
図9は、燃料電池のインピーダンスの測定方法及び測定結果の一例を示す説明図である。図9(A)は、燃料電池のインピーダンスの測定方法を示す説明図である。制御部530は、燃料電池スタック600から引く電圧を周波数fで微少振幅(V±ΔV)させ、そのときの燃料電池スタック600に流れる電流Iを測定する。電流Iは、電圧の微小変化と同様に、微少振幅する(I±ΔI)。制御部530は周波数を変えて同様に電圧を印可し、電流を測定する。次に、制御部530は、高速フーリエ変換を用いて、インピーダンスZを計算する。図9(B)は、インピーダンスZの計算結果の一例を示す。インピーダンスZは、実数成分と虚数成分を有している。また、インピーダンスZの値は、周波数により変わる。本実施例では、そのうちの目標周波数における実数成分Rを用いる。以下、この実数成分Rを「インピーダンスR」とも呼ぶ。なお、目標周波数は、あらかじめ実験により、求めておく。
図6(A)のステップS630において、インピーダンスRの値が、あらかじめ定められた閾値βよりも大きい場合には、図8に示すように、電解質膜620(図3)の含水量が少ない。かかる場合には、燃料電池510がドライアップし始めていると考えられる。そして、今後、燃料電池510のドライアップが拡大し、出力電圧が現在の出力電圧よりも下がることが予測される。したがって、制御部530は、ステップS640において、排気弁747を制御し、水素分圧を上げる。具体的には、第2の燃料ガス排気管745に設けられた排気弁747(図2)を開けて、燃料排ガスの一部を排出させる。
燃料排ガス中には、未反応の水素及び窒素が含まれている。この窒素は、電解質膜620(図3)を介してカソード側から漏れてきたものである。本実施例では、上述したように、燃料排ガスを燃料ガス供給管660(図2)に還流して用いている。そして窒素は電気化学反応に寄与しないので消費されない。その結果、燃料排ガス中の窒素は、時間が経過すると共に増え、燃料電池スタック600に供給される燃料ガス中の窒素も増加する。本実施例では、燃料排ガスの一部を排出させることにより、還流させる燃料排ガスの割合を減らし、燃料ガスタンク655から供給される水素の割合を増すことにより、燃料電池スタック600に供給される燃料ガス中の水素の分圧を上げる。この結果、燃料電池510の電気化学反応を促進し、生成水を増やして、電解質膜620中の含水量を増加させることが、可能となる。そして、この生成水により、ドライアップの拡大を抑制することが可能となる。
一方、インピーダンスRの値が、あらかじめ定められた閾値βよりも小さい場合には、電解質膜620に一定量の含水量が含まれている。したがって、制御部530は、そのまま燃料電池510の運転状態を維持する。なお閾値βは、あらかじめ実験により定めておくことができる。
図6(B)に示す従来例では、ステップS600において、制御部530は、燃料電池スタック600の発電電流I及び発電電圧Vを取得する。そして、ステップS615で、制御部530は、発電電圧Vが、燃料電池510から電圧を出力するときの目標電圧の最低値xよりも大きいか否かを、判断する。発電電圧Vが値xよりも小さい場合には、制御部530は、ステップS640において、排気弁747を制御し、水素分圧を上げる。一方、発電電圧Vが値xよりも大きい場合には、制御部530は、そのまま燃料電池510の運転状態を維持する。
従来例では、発電電圧Vが、最低値xまで下がらないと、制御部530は、排気弁747を制御しない。すなわち水素分圧を上げない。そして、制御部530は、電解質膜620中の含水量をチェックしていなかった。そのため、燃料電池510のドライアップがかなり拡大し、燃料電池の性能が低下してから、ドライアップに対する対応を実行していた。これに対し、本実施例では、制御部530は、燃料電池510から出力される電圧が、最低値xよりも高い閾値αまで下がったときに、インピーダンスRを測定する。そして、インピーダンスRがあらかじめ定められた閾値βよりも大きいか小さいかにより、燃料電池510のドライアップが起こり始めているか否かを判断する。したがって、制御部530は、従来に比べ、より早い時期、すなわち、ドライアップの初期段階でドライアップを検知することが出来る。そして、制御部530は、排気弁747を制御してこの段階で水素分圧を上げることにより、燃料電池510のドライアップの拡大を抑制し、燃料電池510の出力低下を抑制することが可能となる。
[第2の実施例]
図10は、第2の実施例における燃料電池の運転制御を示すフローチャートである。第2の実施例の構成は、第1の実施例の構成と同じである。また、図10に示すフローチャートにおいても、ステップS600〜S630の動作は同じである。第2の実施例は、第1の実施例と、水素分圧を上げる方法が異なる。すなわち、第1の実施例では、制御部530は、ステップS640において、排気弁747を制御して、窒素を含む燃料排ガスを排気して水素分圧を上げているのに対し、第2の実施例では、ステップS1040において、アノード圧、すなわち全圧を上げることにより、水素の分圧を上げている。例えば、制御部530は、燃料ガスタンク655(図2)から供給する水素の供給量を増やすことにより、アノード圧を上げることが可能である。このように、アノード圧を上げることによっても燃料ガス中の水素の分圧を上げることが可能である。これにより、燃料電池510のドライアップの拡大を抑制し、燃料電池510の出力低下を抑制することが可能となる。
[第3の実施例]
図11は、第3の実施例における燃料電池の運転制御を示すフローチャートである。第3の実施例は、第2の実施例においてアノード圧を上げると、逆にドライアップが進んでしまう場合において、その対応を示す実施例である。第3の実施例は、第2の実施例の構成と同じである。また、図11に示すフローチャートにおいて、ステップS1100〜S1130までの動作は、図10に示すフローチャートのステップS600〜S630の動作と同じである。
第2の実施例では、ステップSS630において、インピーダンスRの値が、あらかじめ定められた閾値βよりも大きい場合には、制御部530は、処理をステップS1040に移行し、アノード圧を上げている。これに対し、第3の実施例では、ステップSS630において、インピーダンスRの値が、あらかじめ定められた閾値βよりも大きい場合には、制御部530は、処理をステップS1140に移行し、インピーダンスRの値が、あらかじめ定められた閾値γよりも大きいか否かを判断する。この閾値γの値は、閾値βの値よりも大きな値である。
制御部530は、インピーダンスRが閾値γよりも小さい場合には、処理をステップS1150に移行し、アノード圧を上げる。このときの動作は、第2の実施例のステップS1040における処理と同様である。なお、第1の実施例のステップS640の処理を行ってもよい。一方、インピーダンスRが閾値γよりも大きい場合には、処理をステップS1160に移行し、アノード圧を下げる。なお、このγの値は、あらかじめ実験により求めておいてもよい。
図12は、第3の実施例における電解質膜の含水量と燃料電池のインピーダンスの関係を示す説明図である。第1の実施例で示したように、電解質膜620の含水量とインピーダンスRの間には、含水量が少なくなると、インピーダンスRが大きくなるという関係がある。すなわち、インピーダンスRが大きいと、含水量が少ない。インピーダンスRが、閾値γよりも大きい場合は、すでに電解質膜620の含水量がかなり少なくなっており、燃料電池510のドライアップがかなり拡大している状態である。このような状態では、単に水素の分圧を増やしても燃料電池510の反応性は大きくなりにくい。このような状態では、アノード圧を上げるのではなく、逆に、アノード圧を低くしてもよい。
これにより、アノード入口付近の圧力が小さくなるので、カソードガス流路645から、電解質膜620を介してアノードガス流路640に移動する水分の量が増える。この水分は水素ガスの流れにより、アノード下流に移動し、アノード下流(カソード上流)において電解質膜620の湿潤度を上昇させる。そうすると、カソード上流(アノード下流)で電気化学反応(カソード反応)が促進され、水が生成する。この生成水は、酸化ガス(空気)の流れにより、カソードガス流路645中をカソード下流に流される。そして、カソード下流において、電解質膜620を介してアノードガス流路640に移動する。
第3の実施例によれば、アノード圧を低くすることにより、カソード上流に水を移動させて電気化学反応を促進させ、ここで生成した水を燃料電池510内に循環させることにより、燃料電池510のドライアップを解消させることが可能となる。
[第4の実施例]
図13は、第4の実施例における燃料電池の運転制御を示すフローチャートである。第4の実施例の構成は、第1の実施例の構成と同じである。第4の実施例では、ステップS1300において、制御部530は、燃料電池510の水分布を取得する。水分布の取得方法については後述する。ステップS1310において、制御部530は、水素分圧があらかじめ定められた値より少なく、水分布から求めた水分量があらかじめ定められた値よりも少なかった場合には、ドライアップが起こり始めていると判断し、処理をステップS1320に移行する。ステップS1320では、制御部530は、水素分圧を上げる。これにより、制御部530は、燃料電池510のドライアップを解消させることが可能となる。
第4の実施例では、圧力計685、687、730、732、露点計690、735、及び温度計785、790の出力は、制御部530に供給されている。制御部530は、それらの計測器の出力により、膜電極接合体12の圧力及び温度に関する環境を検知することができる。
本実施形態の燃料電池システムは、燃料電池510が備える個々の膜電極接合体12の発電分布を正確に予測し、この発電分布に基づいて水分布を予測することが可能である。制御部530は、個々の膜電極接合体12の発電分布を予測するために、図14から図16に示す複数のマップを記憶している。
図14は、本実施例において用いられる電流密度Iのマップを示す。膜電極接合体12は、その面内において、発電環境に応じた電流密度Iで発電を行う。図14は、膜電極接合体12を取りまく発電環境と、膜電極接合体12が発生する電流密度Iとの関係を定義したマップを示す。
膜電極接合体12の発電状態は、以下に説明する複数のパラメータにより決定される。ここでは、それらのパラメータを総称して「発電環境」と称することとする。
1.アノードを流れる燃料ガスの相対湿度An_RH
2.カソードを流れる酸化ガスの相対湿度Ca_RH
3.アノードの圧力P_An
4.カソードの圧力P_Ca
5.アノードを流れる燃料ガス中の水素濃度
6.カソードを流れる酸化ガス中の酸素濃度
7.膜電極接合体12の温度
但し、「相対湿度」は、(蒸気圧)/(飽和蒸気圧)×100である。
上記7つのパラメータのうち、3のアノードの圧力P_Anと、4のカソードの圧力P_Caとは、ほぼ同じ圧力と扱うこともできる。加えて、前者が発電状態に与える影響は、後者による影響に比して十分に小さい。このため、本実施形態では、3のアノード圧力P_Anの影響は無視すると扱うこともできる。また、上記のパラメータのうち、5の水素濃度は、位置によらずほぼ100%と扱うこともでき、7の温度は、位置によらずほぼ冷却水温と同じと扱うこともできる。このため、本実施形態では、5の水素濃度と7の温度も一定値として取り扱うこともできる。
図14は、残る4つのパラメータで決まる発電環境と、電流密度Iとの関係を定義している。より具体的には、図14(A)は、カソード圧力P_Caが140kPaである場合に発生する電流密度Iを、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH、及び酸素濃度との関係で定義したマップである。また、図14(B)は、カソード圧力P_Caが200kPaである場合に発生する電流密度Iを、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH、及び酸素濃度との関係で定義したマップである。
図15は、図14の場合と同様の規則に従って、膜電極接合体12の抵抗値Rと発電環境との関係を定義したマップである。また、図16は、同様の規則に従って、膜電極接合体12のカソードからアノードへの水移動量H2O_mと発電環境との関係を定義したマップである。制御部530は、膜電極接合体12の発電環境が特定されると、これらのマップを参照することにより、その発電環境下で発生する電流密度I、抵抗値R、及び水移動量H2O_mを予測することができる。本実施例では、電流密度I、抵抗値R、及び水移動量H2O_mをマップから求めているが、発電環境を用いた数式から求めてもよい。
次に、図14から図16に示すマップの作成方法について説明する。図3に示す膜電極接合体12は、酸化ガスが流入してくる箇所と流出する箇所との間に十分に長い距離を有している。燃料ガスの流入経路についても同様である。このため、酸化ガスの圧力、及び燃料ガスの圧力は、膜電極接合体12の面内において一定にはならない。
また、膜電極接合体12は、発電に伴い、カソード側において水を生成する。生成された水は、酸化ガスの流れに伴って下流側に流される。このため、カソード側の水量は、膜電極接合体12の面内において均一にはならない。その結果、カソード側の相対湿度Ca_RHには、ガスの流れに沿った分布が生ずる。
膜電極接合体12のアノード側には、上述した通り、カソード側から水が移動してくる。このようにして移動してきた水は、燃料ガスの流れにより、その下流側に流される。このため、アノード側においても、水の量は面内で均一にはならない。その結果、アノード側の相対湿度An_RHにも、ガスの流れに沿った分布が生ずる。
更に、膜電極接合体12は、カソードに供給される空気中の酸素を消費することで発電を行う。このため、カソードの面内における酸素濃度は、空気の入口に近いほど高くなり、空気の出口に近づくに連れて低くなる。このように、膜電極接合体12においては、カソード側の酸素濃度にも、面内に分布が発生する。
図14から図16に示すマップを作成するにあたっては、発電環境を特定して、その結果生ずる結果を測定することが必要である。これらのマップを作成するにあたって特定するべき発電環境のうち、温度T及び圧力P_Caは、膜電極接合体12の全面において比較的容易に均一化することができる。しかしながら、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH、及び酸素濃度は、上述したように、膜電極接合体12の全面において均一にすることは難しい。このため、フルサイズの膜電極接合体12を用いた場合、発電環境を特定することが困難となる。そこで、本実施形態では、サイズを除いて膜電極接合体12と同じ構造を有する膜電極接合体小片を作成し、この小片を用いて上記マップを作成することとした。
図17は、膜電極接合体小片を用いて、特定の発電環境下での発電状態を測定するためのシステムの図である。膜電極接合体小片60は、電解質膜の両側に、カソード側のガス流路と、アノード側のガス流路とを、コフロー流路の関係で備えている。膜電極接合体小片60は、それらのガス流路の入口から出口までの発電環境、具体的には、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH、酸素濃度、及び圧力が均一であるとみなせる程度の大きさを有している。ここでは、上記の観点から、膜電極接合体60のサイズを1cm×1cmとしている。
図17に示すシステムは、膜電極接合体小片60のカソード側に連通する酸化ガス供給通路62及び酸化ガス排出通路64を備えている。酸化ガス供給通路62には、コンプレッサ66が連通している。コンプレッサ66は、エアフィルタ68を介して吸入した空気を膜電極接合体小片60に向けて供給することができる。
酸化ガス供給通路62には、調整バルブ70を介して窒素タンク72が連通している。窒素タンク72は、調整バルブ70の開度に応じた量の窒素を酸化ガス供給通路62に供給することができる。
酸化ガス供給通路62は、バブラー74を備えている。バブラー74は、ヒータ76と温度計78とを内蔵した加湿器である。バブラー74によれば、設定温度における水蒸気の飽和状態を作り出すことができる。例えば、設定温度が40℃であれば、膜電極接合体小片60に流れ込む酸化ガスを40℃における飽和状態になるように加湿することができる。
バブラー74の下流には、圧力計80と、ヒータ82が配置されている。膜電極接合体小片60は、上述した通り、その内部における圧力の分布が無視できる大きさとされている。このため、圧力計80の計測値は、膜電極接合体小片60のカソードにおける圧力P_Ca(均一値)として取り扱うことができる。
ヒータ82は、膜電極接合体小片60の前段での結露を防止するために設けられている。このような構成によれば、バブラー74で加湿された酸化ガスを、そのままの湿度で膜電極接合体小片60に供給することができる。従って、図17に示すシステムによれば、膜電極接合体小片60に供給する酸化ガスの湿度を、極めて精度良く制御することができる。
膜電極接合体小片60のカソードに供給された酸化ガスは、酸化ガス排出通路64から流出する。酸化ガス排出通路64には、露点計84が設けられている。露点計84によれば、膜電極接合体小片60から流出してくる酸化ガスの湿度を正確に測定することができる。
図17に示すシステムは、膜電極接合体小片60のアノード側に連通する燃料ガス供給通路86及び燃料ガス排出通路88を備えている。燃料ガス供給通路86には、調整バルブ90を介して水素タンク92が連通している。この構成によれば、調整バルブ90の開度を制御することで、所望の圧力で水素ガスを膜電極接合体小片60に供給することができる。
燃料ガス供給通路86は、調整バルブ90の下流に、バブラー94を備えている。バブラー94は、カソード側のバブラー74と同様に、ヒータ96及び温度計98を備えており、設定温度下での飽和状態が形成されるように燃料ガスを加湿することができる。
バブラー94の下流には、圧力計100と、ヒータ102が配置されている。圧力計100の計測値は、膜電極接合体小片60のアノードにおける圧力P_An(均一値)として取り扱うことができる。また、ヒータ102によれば、膜電極接合体小片60の前段での結露を防止することができる。このような構成によれば、膜電極接合体小片60のアノードに流入する燃料ガスの湿度を、極めて精度良く制御することができる。
膜電極接合体小片60のアノードに供給された燃料ガスは、燃料ガス排出通路88から流出する。燃料ガス排出通路88には、露点計104が設けられている。露点計104によれば、膜電極接合体小片60から流出してくる燃料ガスの湿度を正確に測定することができる。
膜電極接合体小片60には、冷却水供給通路106及び冷却水排出通路108が連通している。冷却水排出通路108には、温度計110が設けられている。図17に示すシステムは、温度計110の計測値をフィードバックすることにより、膜電極接合体小片60を流れる冷却水の温度を正確に制御することができる。また、このシステムにおいては、その冷却水の温度を、膜電極接合体小片60の温度として取り扱うことができる。
図17に示すシステムは、更に、膜電極接合体小片60のアノード側電極とカソード側電極とを結ぶ測定回路112を備えている。測定回路112には、電流計114と可変抵抗116を備えている。この構成によれば、可変抵抗116を調整することで、アノード電極とカソード電極との間に生ずる電位差を所望の値(例えば0.6V、或いは0.8V)に制御した状態で、膜電極接合体小片60が発する電流量(電流密度I)を計測することができる。
上述した通り、図14から図16に示すマップを作成するためには、膜電極接合体を取りまく発電環境を特定することが必要である。具体的には、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH、カソード圧力P_Ca、水素濃度、酸素濃度、及び温度Tを特定することが必要である。
アノード相対湿度An_RH、及びカソード相対湿度Ca_RHは、それぞれ下記の演算式により求めることができる。
An_RH=(燃料ガスの蒸気圧)/(温度Tにおける飽和水蒸気圧)×100・・・(1)
Ca_RH=(酸化ガスの蒸気圧)/(温度Tにおける飽和水蒸気圧)×100・・・(2)
図17に示すシステムによれば、冷却水温が「温度T」であるから、その温度を決めることで、右辺第2項における「飽和水蒸気圧」を決めることができる。そして、このシステムによれば、バブラー74,94の温度を変化させることにより、(1)式の「燃料ガスの湿度」、並びに(2)式の「酸化ガスの湿度」を任意に変化させることができる。従って、図11に示すシステムによれば、膜電極接合体60のアノード相対湿度An_RH及びカソード相対湿度Ca_RHを、正確かつ簡単に、任意の値に制御することができる。
また、図17に示すシステムによれば、コンプレッサ66の運転状態を制御することで、カソード圧力P_Caを任意の値に制御することができる。更に、調整バルブ70によって、酸化ガス供給通路62に流れ込む窒素の量を調整することにより、膜電極接合体小片60に流れ込む酸化ガス中の酸素濃度も正確に制御することができる。このように、図17に示すシステムによれば、図14から図16に示すマップを設定するにあたって特定するべき全てのパラメータを、容易かつ正確に設定することが可能である。
図3に示す膜電極接合体12には、それぞれが目標(OCV(開回路電圧)〜最高出力電圧)の起電力を発生することが求められる。このため、図14から図16に示すマップは、膜電極接合体12が目標の起電力を発生している状況下での「電流密度I」、「抵抗値R」、及び「水移動量H2O_m」を定義している必要がある。本実施例では、「電流密度I」、「抵抗値R」、及び「水移動量H2O_m」をマップから求めているが、「発電環境」を用いた数式から求めてもよい。
図17に示すシステムでは、可変抵抗116を調整することにより、膜電極接合体小片60の起電力を調整しながら、電流計114により電流密度Iを計測することができる。また、その際の電流と電圧との関係から、膜電極接合体小片60の抵抗値Rを計算することができる。更に、カソードで生成される水量は、電流密度Iに比例するため、電流密度Iが判れば水生成量が計算できる。そして、カソードに流入する酸化ガスの湿度(つまり水量)と、カソードにおける生成水量と、カソードから流出する酸化ガスの湿度(つまり水量)とが判れば、膜電極接合体小片60の内部でカソードからアノードに移動する水量H2O_mは計算することができる。
つまり、図17に示すシステムによれば、膜電極接合体小片60を取りまく発電環境を適宜変更しながら、電流密度I及び抵抗値Rを計測し、また、水移動量H2O_mを算出することができる。このため、このシステムを用いれば、図14から図16に示すマップを、簡単な処理により、極めて正確に設定することが可能である。
図18は、膜電極接合体12内の水分布を含む面内状態の予測に用いる仮想的な分割方法を説明するための図である。より具体的には、図18(A)は、膜電極接合体12のアノード面を示す斜視図である。膜電極接合体12の内部には、上述した通り、アノード側及びカソード側の双方に、燃料ガス又は酸化ガスを流通させるためのガス流路が形成されている。本実施形態では、それらのガス流路が、コフロー流路を形成するように、つまり、アノード側の燃料ガスと、カソード側の酸化ガスとが、膜電極接合体12の一端から他端へ、同じ方向(図12(A)中に矢印で示す方向)に進むように構成されている。
図18(B)は、膜電極接合体12の一部を帯状に切り出した部分(以下、「帯状部分120」と称す)を示す。膜電極接合体12は、仮想的には、この帯状部分120が縦方向に複数連なって構成されたものとみなすことができる。帯状部分120において、カソード側の酸化ガス、及びアノード側の燃料ガスは、図18(B)中に矢印で示すように、長手方向に向かって互いに平行に流通する。
帯状部分120は、図18(B)に示すように、反応ガスの流れ方向に並んだs個の小領域で構成されているとみなすことができる。本実施形態では、これらの小領域は、図17に示す膜電極接合体小片60と同様に、1cm×1cmの大きさを有しているものとする。
膜電極接合体12を、図18(B)に示す小領域に分解して考えた場合、個々の小領域においては、発電環境が均一であるとみなすことができる。また、この場合、n−1番目の小領域(以下、「n−1領域」と称す)における発電環境が判れば、その領域における発電状態を予測することができる。そして、n−1領域における発電環境と発電状態が判れば、n領域における発電環境が予測できる。このため、膜電極接合体12を図18(B)に示すような小領域に区分して考えると、1番目の小領域における発電環境が判れば、以後、順番に、s領域に至るまで、個々の小領域における発電環境と発電状態とを予測することが可能である。
図19は、n−1領域における発電環境を基礎として、n領域における発電環境を予測する手順を説明するための図である。n−1領域のカソードには、n−2領域のカソードから酸化ガスが流入し、また、n−2領域のカソードに存在する水が流入する。ここでは、n−2領域から流入する酸素量O2(n-1)及び水量H2O_Ca(n-1)が既知であるものとする(符号122参照)。
カソード相対湿度Ca_RHは、カソード圧力P_Ca、カソード水量H2O_Ca、酸化ガス量(窒素量N2+酸素量O2)から次式によって算出することができる。
Ca_RH=[P_Ca×H2O_Ca/{(N2+O2)+H2O_Ca}]/(飽和水蒸気圧)×100
・・・(3)
上記(3)式右辺に含まれる全てのパラメータは、下記の通り、n−1領域において特定することが可能である。従って、n−1領域のカソード相対湿度Ca_RHは、上記(3)式を用いることにより算出することができる(符号124参照)。
・カソード圧力P_Ca(n-1)は、膜電極接合体12のカソード側入口及び出口における圧力計730、732の測定値から比例計算による求めることができる(符号125参照)。
・水量H2O_Ca(n-1)は、上記の通り既知である。
・N2は、流通過程で一定とみなせるため膜電極接合体12に流入する空気流量から算出することができる。
・酸素量O2(n-1)は、上記の通り既知である。
・飽和水蒸気圧は、温度計785、790により検知される温度Tから特定することができる。
酸化ガス中の酸素濃度は、窒素量N2及び酸素量O2から、次式に従って算出することができる。
酸素濃度=O2/(N2+O2) ・・・(4)
従って、n−1領域における酸素濃度(O2濃度(n-1))は、膜電極接合体12に流入する窒素量N2と、n−2領域から流入してくる酸素量O2(n-1)から算出することができる(符号126参照)。
n−1領域のアノードには、n−2領域のアノードから燃料ガスが流入し、また、n−2領域のアノードに存在する水が流入する。ここでは、n−2領域から流入してくる水素量H2(n-1)及び水量H2O_An(n-1)が既知であるものとする(符号128参照)。
アノード相対湿度An_RHは、アノード圧力P_An、アノード水量H2O_An、水素量H2から次式によって算出することができる。
An_RH={P_An×H2O_An/(H2+H2O_An)}/(飽和水蒸気圧)×100・・・(5)
上記(5)式右辺に含まれる全てのパラメータは、下記の通り、n−1領域において特定することが可能である。従って、n−1領域のアノード相対湿度Ca_Anは、上記(5)式を用いることにより算出することができる(符号130参照)。
・アノード圧力P_An(n-1)は、膜電極接合体12のアノード側入口及び出口における圧力計685、687の測定値から比例計算により求めることができる(符号131参照)。
・水量H2O_An(n-1)、及び水素量H2(n-1)は、上記の通り既知である。
・飽和水蒸気圧は、温度計785、792により検知される温度Tから特定することができる。
アノード相対湿度An_RH(n-1)(130)、カソード相対湿度Ca_RH(n-1)(124)、及びO2濃度(n-1)(126)が判ると、図14(A)に示すマップから、カソード圧力P_Ca=140kPaの下での電流密度Iを読み出すことができる。また、図14(B)に示すマップから、カソード圧力P_Ca=200kPaの下での電流密度Iを読み出すことができる。
他方、n−1領域におけるカソード圧力P_Ca(n-1)は、上述した通り、圧力計730、732の計測値を用いた比例計算により求めることができる。電流密度Iは、カソード圧力P_Caに対して比例的な関係を示すため、n−1領域の電流密度I(n-1)は、図14(A)及び図14(B)に示すマップからそれぞれ読み出した電流密度Iに基づいて、比例計算により算出することができる(符号132参照)。
同様に、図15(A)及び図15(B)に示すマップを参照することで、n−1領域における抵抗値Rを算出することができる(符号134参照)。更に、図16(A)及び図16(B)に示すマップを参照することで、n−1領域における水移動量H2O_mを算出することができる(符号136参照)。
膜電極接合体12のカソード側では、電流密度Iに応じた量の酸素が消費される。この酸素消費量O2_offは、次式により算出することができる。但し、次式におけるFはファラデー定数である。
O2_off=I/4/F×22.4×60 ・・・(6)
従って、n−1領域の電流密度I(n-1)が判れば、その領域におけるカソード側の酸素消費量O2_0ff(n-1)を求めることができる(符号138参照)。そして、n−1領域から流出してn領域に流入する酸素量O2(n)は、n−1領域に流入してくる酸素量O2(n-1)から、n−1領域で消費される酸素量O2_off(n-1)を減じた量となるから、次式により求めることができる(符号140参照)。
O2(n)=O2(n-1)−O2_off(n-1) ・・・(7)
また、膜電極接合体12のカソード側では、電流密度Iに応じた量の水が生成される。この生成水量H2Oは、次式により算出することができる。
H2O=I/2/F×22.4×60 ・・・(8)
従って、n−1領域の電流密度I(n-1)が判れば、その領域のカソードで生成される水量H2O (n-1)を求めることができる(符号142参照)。そして、n−1領域から流出してn領域のカソードに流入する水の量H2O_Ca(n)は、n−1領域に流入してくる水量H2O_Ca(n-1)とn−1領域で生成される水量H2O(n-1)との和から、n−1領域においてカソードからアノードに移動する水量H2O_m(n-1)を減じた量であるから、次式により求めることができる(符号144参照)。
H2O_Ca(n)=H2O_Ca(n-1)+H2O(n-1)−H2O_m(n-1) ・・・(9)
次に、アノード側の発電状態の予測について説明する。すなわち、膜電極接合体12のアノード側では、電流密度Iに応じた量の水素が消費される。この水素消費量H2_offは、次式により算出することができる。
H2_off=I/2/F×22.4×60 ・・・(10)
従って、n−1領域の電流密度I(n-1)が判れば、その領域におけるアノード側の水素消費量H2_0ff(n-1)を求めることができる(符号146参照)。そして、n−1領域から流出してn領域に流入する水素量H2(n)は、n−1領域に流入してくる水素量H2(n-1)から、n−1領域で消費される水素量H2_off(n-1)を減じた量となるから、次式により求めることができる(符号148参照)。
H2(n)=H2(n-1)−H2_off(n-1) ・・・(11)
アノードの水量は、カソード側から移動してくる水量だけ増加する。このため、n−1領域から流出してn領域のアノードに流入する水の量H2O_An(n)は、n−1領域に流入してくる水量H2O_An(n-1)に、n−1領域における水移動H2O_m(n-1)を加えた量となる。この水量H2O_An(n)は、次式により求めることができる(符号150参照)。
H2O_An(n)=H2O_An(n-1)+H2O_m(n-1) ・・・(12)
以上説明した通り、上記の処理によれば、n−1領域の発電環境が判れば、この領域における発電状態を予測することができる。より具体的には、以下の値が判ればn−1領域における電流密度I(n-1)、抵抗値R(n-1)、及び水移動量H20_mを算出することができる。
・n-1領域のカソードに流入する酸素量O2(n-1)、水量H20_Ca(n-1)
・n-1領域のアノードに流入する水素量H2(n-1)、水量H2O_An(n-1)
・n-1領域のカソード圧力P_Ca、アノード圧P_An
また、n−1領域の発電環境に、上記の処理により予測される発電状態を反映させると、次段のn領域における発電環境を特定することができる。このため、以上の処理によれば、1番目の小領域における発電環境さえ特定できれば、s領域に至るまで、個々の小領域における発電環境及び発電状態を、順次演算により求めることができる。
図2に示すシステムにおいて、1番目の領域のカソードに流入する酸素量O2(1)は、コンプレッサ705によって圧送される空気の量に、空気中の酸素濃度(既知)を掛け合わせることで求めることができる。1番目の領域のカソードに流れ込む水量H20_Ca(1)は、カソード側の露点計735の出力に基づいて算出することができる。
また、1番目の領域のアノードに流入する水素量H2(1)は、流量計695に基づいて検知することができる。1番目の領域のアノードに流れ込む水量H2O_An(1)は、アノード側の露点計690の出力に基づいて算出することができる。
更に、1番目の領域のカソード圧力P_Caは、カソード入口の圧力計730の出力と、カソード出口の圧力計732の出力とを基礎として比例計算を行うことで算出することができる。同様に、1番目の領域のアノード圧力P_Anは、アノード入口の圧力計685の出力と、アノード出口の圧力計687の出力とを基礎として比例計算を行うことで算出することができる。
このように、図2に示すシステムによれば、1番目の領域における発電状態を予測するために必要な全ての数値を取得することが可能である。従って,本実施形態のシステムでは、膜電極接合体12の1領域からs領域のそれぞれが、どのような発電環境の下で、どのような発電状態にあるのかを、演算により予測することができる。
図20は、制御部530が実行するルーチンのフローチャートである。図20に示すルーチンでは、先ず、領域番号nに1がセットされる(ステップS2160)。
次に、領域nのカソード状態量が算出される(ステップS2162)。具体的には、n=1の領域を対象として、カソードに流入する酸素量O2(n)及び水量H20_Ca(n)が算出される(図19中、符号122参照)。次いで、圧力計730、732の出力を基礎とする比例計算によりカソード圧力P_Ca(n)が算出される(図19中、符号125参照)。更に、上記(3)式に従ってカソード相対湿度Ca_RH(n)が、また、上記(4)式に従ってカソードの酸素濃度O2濃度(n)が、それぞれ算出される(図19中、符号124,126参照)。
図20に示すルーチンでは、次に、領域nのアノード状態量が算出される(ステップS2164)。具体的には、n=1の領域を対象として、アノードに流入する水素H2(n)及び水量H20_An(n)が算出される(図19中、符号128参照)。次いで、圧力計685、687出力を基礎とする比例計算によりアノード圧力P_An(n)が算出される(図19中、符号131参照)。更に、上記(5)式に従ってアノード相対湿度An_RH(n)が算出される(図19中、符号130参照)。
次に、n領域における発電状態が算出される(ステップS2166)。具体的には、先ず、図14(A)に示すマップ、及び図14(B)に示すマップから、それぞれ、電流密度Iが読み出される。次に、図14(A)に示すマップからは、カソード圧力P_Caが140kPaである場合の電流密度Iが読み出される。また、図14(B)に示すマップからは、カソード圧力P_Caが200kPaである場合の電流密度Iが読み出される。本ステップでは、それらのマップ値に比例計算を施すことで、カソード圧P_Ca(n)に対応する電流密度Iが算出される(図19中、符号132参照)。
上記ステップS2166では、また、図15(A)に示すマップ、及び図15(B)に示すマップを参照して、抵抗値R(n)が算出される(図19中、符号134参照)。更に、ここでは、図16(A)に示すマップ、及び図16(B)に示すマップを参照して、水移動量H2O_m(n)が算出される(図19中、符号136参照)。2つのマップ値からカソード圧P_Ca(n)に応じた抵抗値R(n)及び水移動量H2O_m(n)を算出する手法は、電流密度Iの場合と同様であるため、ここではその詳細は省略する。
次に、n領域における生成・消費量が算出される(ステップS2168)。具体的には、カソード側で消費される酸素量O2_off(n)が上記(6)式に従って、また、生成される水の量H2O(n)が上記(8)式に従って、それぞれ算出される(図19中、符号138、142参照)。更に、アノード側で消費される水素量H2_off(n)が、上記(10)式に従って算出される(図19中、符号146参照)。
以上の処理が終わると、領域番号nが、最終値sに達しているかが判別される(ステップS2170)。その結果、nがsに達していないと判断された場合は、nがインクリメントされた後(ステップS2172)、再び、上記ステップS2162以降の処理が実行される。
nが2以上である場合、ステップS2162では、カソードの酸素量O2(n)及び水量H2O_Caが、それぞれ上記(7)式又は(9)式に従って算出される(図19中、符号140,144参照)。また、この場合は、ステップS2164において、アノードの水素量H2(n)及び水量H2O_Anが、それぞれ上記(11)式又は(12)式に従って算出される。
以後、ステップS2170において、n=sの成立が判定されるまで、上記の処理が繰り返し実行される。その結果、1番目の領域からs領域まで、全ての領域において、発電環境と、発電状態とが算出される。つまり、以上の処理によれば、上記の小領域をメッシュの単位として、膜電極接合体12の発電環境及び発電状態の分布を予測することができる。
ところで、上述した実施の形態においては、膜電極接合体12の温度が、全面において均一であることとしているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、膜電極接合体12の温度が面内で分布を持つ場合には、その分布を考慮して発電状態の分布を予測することとしてもよい。温度分布を考慮した予測は、例えば、以下のような手法により実現することができる。
電流密度I、抵抗値R、水移動量H2O_mに関するマップを、複数の温度についてそれぞれ準備する。それぞれのマップは、膜電極接合体小片60の温度を変えて(図17参照)電流密度I、抵抗値R、水移動量H2O_mを測定することで設定する。膜電極接合体12の個々の小領域における温度は、反応ガスの流れの上流側に位置する小領域の温度に、当該領域の発熱量を反映させることにより予測する。発熱量は、当該領域の電流密度Iに基づいて算出する。当該領域の温度が判ったら、温度別に準備された複数のマップから読み出したマップ値を基礎として、比例計算により、当該領域の温度に対応する電流密度I、抵抗値R、水移動量H2O_mを算出する。
また、上述した実施の形態においては、膜電極接合体12の抵抗値Rの分布をも予測することとしているが、抵抗値Rの予測は、必要がなければ省略してもよい。
また、上述した実施の形態においては、マップ設定の作業を簡単化するために膜電極接合体小片12を用いた測定(図17参照)を行うこととしているが、図14から図16に示すマップを設定する手法は、これに限定されるものではない。例えば、膜電極接合体12を計測の対象としてマップ設定の作業を行うこととしてもよい。
また、上述した実施の形態においては、燃料電池10のアノードに加湿された水素ガスが供給される場合に備えて、アノード側の入口にも露点計690を配置することとしているが、この発明はこれに限定されるものではない。すなわち、アノードに供給する燃料ガスが加湿されない場合には、上記の露点計690は省略することとしてもよい。
また、上述した実施の形態においては、アノード圧P_Anを予測するために、入口と出口の2カ所に圧力計685、687を配置することとしているが、本発明はこれに限定されるものではない。すなわち、膜電極接合体12内部での圧力分布は、入口及び出口の一方で圧力が判れば推定することが可能である。このため、アノード側の圧力計は、入口側及び出口側の何れか一方にのみ配置することとしてもよい。この点は、カソード側の圧力計についても同様である。
尚、上述した実施の形態においては、制御部530が、図14に示すマップを記憶していることにより「発電特性記憶手段」が実現されている。また、制御部530が、上記(6)式、(8)式、及び(10)式を記憶していることにより「消費生成特性記憶手段」が実現されている。また、コンプレッサ705、加湿装置720、レギュレータ675及び燃料ガスタンク655が「入口環境決定手段」に相当している。また、制御部が、膜電極接合体12を上記の小領域に区分して演算処理を進めることにより「小領域定義手段」が実現されている。また、制御部530が、ステップS2166において電流密度I(n)を算出することにより「発電量算出手段」が、ステップS2168の処理を実行することにより「消費生成量算出手段」が、それぞれ実現されている。更に、制御部530が、ステップS2162において、上記(7)式及び(9)式によりO2(n)及びH2O_Ca(n)を算出し、かつ、ステップS2166において、上記(11)式及び(12)式によりH2(n)及びH2O_An(n)を算出することにより「発電環境更新手段」が実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、図15に示すマップを記憶していることにより「抵抗特性記憶手段」が実現されている。また、制御部530が、ステップS2166において抵抗値R(n)を算出することにより「抵抗値算出手段」が実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、図16に示すマップを記憶していることにより「水移動特性記憶手段」が実現されている。また、制御部が、ステップS2166において水移動量H2O_m(n)を算出することにより「水移動量算出手段」が実現されている。更に、制御部530が、ステップS2162において、上記(9)式によりH2O_Ca(n)を算出することにより「カソード水量更新手段」が、ステップS2164において、上記(12)式によりH2O_An(n)を算出することにより「アノード水量更新手段」が、それぞれ実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、ステップS2166において、上記(6)式に従って酸素消費量O2_off(n)を算出することにより「酸素消費量算出手段」が、上記(10)式に従って水素消費量H2_off(n)を算出することにより「水素消費量算出手段」が、それぞれ実現されている。更に、制御部530が、ステップS2162において、上記(7)式によりO2(n)を算出することにより「酸素量更新手段」が、ステップS2164において、上記(11)式によりH2(n)を算出することにより「水素量更新手段」が、それぞれ実現されている。
次に、図21乃至図24を参照して、膜電極接合体12の酸化ガス流路と燃料ガス流路がカウンター流路を形成する場合について説明する。上述の実施の形態では、膜電極接合体12の酸化ガス流路と燃料ガス流路がコフロー流路を形成している。つまり、上述の実施の形態では、カソード側の酸化ガスと、アノード側の燃料ガスが、同じ方向に向かって流通する。この場合、アノード側でもカソード側でも、n-1領域の発電環境及び発電状態が、n領域の発電環境を決めることになる。このため、上述の実施の形態のシステムでは、アノード入口の状態と、カソード入口の状態とに基づいて、1番目の領域における発電環境及び発電状態を予測することが可能であり、以後、s領域に至るまで、小領域毎に発電環境と発電状態を、順次予測することが可能である。
しかしながら、カソード側の燃料通路とアノード側の燃料通路がカウンター流路を形成する場合は、カソードの入口が1番目の領域につながっているとすれば、アノードの入口はs領域につながることになる。この場合、カソード側では、n-1領域の状態がn領域の状態を決めることとなり、他方、アノード側では、n+1領域の状態がn領域の状態を決めることになる。
例えば、カソード及びアノードの双方において、入口に隣接する小領域から予測を始めるとすれば、カソード側では、先ず、カソード入口の状態に基づいて1番目の小領域の発電状態が予測される。他方、アノード側では、そのタイミングにおいて、アノード入口の状態に基づいて、s領域の発電状態が予測される。つまり、このタイミングにおいて、1番目の領域については、カソード側の発電環境は予測できるが、アノード側の発電環境が予測できないという事態が生ずる。s領域においては、その逆の状況が生ずる。
図19を参照して説明した通り、ある小領域((n-1)領域とする)における電流密度I(n-1)、抵抗値R(n-1)、水移動量H2O_m(n-1)は、その領域におけるカソード側の環境と、アノード側の環境が共に特定されていない限りは予測することができない。また、電流密度I(n-1)及び水移動量H2O_m(n-1)が定まらなければ、(n-1)領域における酸素消費量O2_off(n-1)、水素消費量H2_off(n-1)、並びに生成水量H2O(n-1)は予測することができない。このため、酸化ガス通路と燃料ガス通路がカウンター流路を形成する場合は、上述の実施の形態と同じ手法によっては、複数の小領域の全てについて、発電環境と発電状態を順次予測することはできない。
図21及び図22は、酸化ガス通路と燃料ガス通路がカウンター流路を形成する場合に、個々の小領域の発電環境及び発電状態を予測するための手法を説明するための図である。より具体的には、図21は、カソード側の発電環境と発電状態を順次予測するための手法を説明するための図である。また、図22は、アノード側の発電環境と発電状態を順次予測するための手法を説明するための図である。
本実施形態において、制御部530は、カソードメモリ領域(図21(A)、図22(C)参照)と、アノードメモリ領域(図21(C)及び図22(A)参照)を有している。カソードメモリ領域は、個々の小領域におけるカソード相対湿度Ca_RHとO2濃度を記憶するための領域である。他方、アノードメモリ領域は、個々の小領域におけるアノード相対湿度An_RHを記憶するための領域である。
図21に示すように、制御部530は、アノードメモリ領域に、個々の小領域に対応するアノード相対湿度An_RHを記憶している。図19を参照して説明した通り、ある小領域(i領域とする)の電流密度I(i)、抵抗値R(i)及び水移動量H2O_m(i)は、カソード側の発電環境に加えて、アノード相対湿度An_RH(i)が特定できれば算出することができる。このため、i領域におけるカソード側の発電環境が特定できれば、アノードメモリ領域からアノード相対湿度An_RH(i)を読み出してくることで、i領域の発電状態を予測し、更に、次段に位置する(i+1)領域の発電環境を予測することが可能である。そして、この処理を繰り返すことにより、1番目の小領域からs領域に至るまで、全ての小領域における発電環境と発電状態を順次予測することができる。
本実施形態において、制御部530は、上述した手法によって、カソード側の酸化ガスの流れに沿う順番で、個々の小領域におけるカソード側の発電環境と、個々の小領域における発電状態とを演算する。この演算の過程では、それぞれの小領域(i)において、カソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)が算出される。制御部は、図21に示すように、このようにして算出されたカソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)を、次段のデータとして、つまり、i+1領域のデータとしてカソードメモリ領域に記憶する。
図22は、制御部530が、カソードメモリ領域に記憶されているカソード相対湿度Ca_RH及びO2濃度を用いて、アノード側の状態を順次計算する手順を示している。すなわち、制御部530は、i領域において、アノード側の発電環境と共に、カソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)が特定できれば、電流密度I(i)、抵抗値R(i)及び水移動量H2O_m(i)算出することができる。このため、i領域におけるアノード側の発電環境が特定できれば、カソードメモリ領域からカソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)を読み出してくることで、i領域の発電状態を予測し、更に、その前段に位置する (i-1) 領域の発電環境を予測することが可能である。そして、この処理を繰り返すことで、s領域から1番目の領域に至るまで、全ての小領域における発電環境と発電状態を順次予測することができる。
本実施形態において、制御部は、上述した手法によって、アノード側の燃料ガスの流れに沿う順番で、個々の小領域におけるアノード側の発電環境と、個々の小領域における発電状態とを演算する。この演算の過程では、それぞれの小領域(i)において、アノード相対湿度An_RH(i)が算出される。制御部530は、図22に示すように、このようにして算出されたアノード相対湿度An_RH(i)を、前段のデータとして、つまり、i-1領域のデータとしてアノードメモリ領域に記憶する。
上述した通り、本実施形態において、制御部530は、発電環境と発電状態を順次予測する処理を、カソード側とアノード側の双方で並行して実行する。そして、カソード側の処理は、1サイクル前にアノードメモリ領域に記憶されたアノード相対湿度An_RHを用いて実行される。他方、アノード側の処理は、1サイクル前にカソードメモリ領域に記憶されたカソード相対湿度Ca_RH及びO2濃度を用いて行われる。
従って、時刻t1において、カソード側では、時刻t1におけるカソード側の発電環境と、時刻t1から1サイクル分だけ遡った時刻t0におけるアノード相対湿度An_RHとを用いた予測処理が実行される。同様に、アノード側では、時刻t1におけるアノード側の発電環境と、時刻t0におけるカソード相対湿度Ca_RH及びO2濃度による予測処理が実行される。
本実施形態では、上述した時間差の影響を排除するため、i領域で得られたカソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)を(i+1)領域のデータとしてカソードメモリ領域に記憶する。カソード側では、酸化ガスの流れに伴い、i領域の状態が時間の経過によって後段側に移行する事態が生ずる。このため、i領域で得られたデータをi+1領域のデータとして記憶すると、上述した1サイクル分の時間差の影響を抑制することができる。同様の理由により、本実施形態の手法によれば、アノード側においても、1サイクル分の時間差の影響を十分に抑えることができる。従って、本実施形態のシステムによれば、カソード側の処理、及びアノード側の処理のそれぞれにより、精度良く発電環境及び発電状態を予測することができる。
図23は、本実施形態において、制御部530が実行するルーチンのフローチャートである。図23に示すルーチンでは、先ず、領域番号の初期化が行われる(ステップS2180)。具体的には、カソード側の処理対象を示す領域番号nに1がセットされる。また、アノード側の処理対象を示す領域番号Nにsがセットされる。
次に、n領域(1番目の領域)のカソード状態量が算出される(ステップS2182)。本ステップS2182では、図20に示すステップS2162と同様の処理により、カソードにおける酸素量O2(n)、水量H2O_Ca(n)、カソード相対湿度Ca_RH(n)、O2濃度(n)及びカソード圧力P_Ca(n)が算出される(図19中、符号122、124,125、126参照)。
次に、アノードメモリ領域から、n領域に対応するアノード相対湿度An_RH(n)が読み出される(ステップS2184)。
次いで、n領域における発電状態が算出される(ステップS2186)。図19を参照して説明した通り、カソード側の発電環境に加えて、アノード相対湿度An_RH(n) (図19中、符号130参照)が決まれば、図2乃至図4に示すマップから、電流密度I(n)、抵抗値R(n)、及び水移動量H2O_m(n)を読み出すことができる。ここでは、上記ステップS2182及びS2184の処理により特定されたパラメータに基づいて、マップからそれらの値が読み出される。
次に、カソード側で消費される酸素量O2_off(n)、及びカソード側で生成される水量H2O(n)が算出される(ステップS2188)。酸素消費量O2_off(n)は、上記(6)式に従って算出される。また、水生成量H2O(n)は上記(8)式に従って算出される(図19中、符号138、142参照)。
次に、N領域(s領域)のアノード状態量が算出される(ステップS2190)。本ステップS2190では、図8に示すステップS2164と同様の処理により、アノードにおける水素量H2(N)、水量H2O_An(N)、アノード相対湿度An_RH(N)、及びアノード圧力P_Ca(N)が算出される(図19中、符号128、130,131参照)。
次に、カソードメモリ領域から、N領域に対応するカソード相対湿度Ca_RH(N)が読み出される(ステップS2192)。更に、カソード側の圧力計730,732の出力に基づいてカソード圧力P_Ca(N)が算出される(ステップS2193)。
続いて、N領域における発電状態が算出される(ステップS2194)。図19を参照して説明した通り、アノード側の発電環境に加えて、カソード相対湿度Ca_RH(N)、カソード圧力P_Ca(N)及びO2濃度(N)が決まれば(図19中、符号124、125、126参照)、図14乃至図16に示すマップから、電流密度I(N)、抵抗値R(N)、及び水移動量H2O_m(N)を読み出すことができる。ここでは、上記ステップS2190〜S2193の処理により特定されたパラメータに基づいて、マップからそれらの値が読み出される。
次に、アノード側で消費される水素量H2_off(N)が算出される(ステップS2196)。水素消費量H2_off(N)は、上記(10)式に従って算出される(図19中、符号146参照)。
以上の処理が終わると、カソード側の領域番号nがsに達しているか、及びアノード側の領域番号Nが1に達しているかが判別される(ステップS2198)。その結果、この判定が否定された場合は、nがインクリメントされ、かつ、Nがデクリメントされた後(ステップS2200)、再び、上記ステップS2182以降の処理が実行される。
nが2以上である場合、ステップS2182では、カソードの酸素量O2(n)及び水量H2O_Caが、それぞれ上記(7)式又は(9)式に従って算出される(図19中、符号140,144参照)。また、この場合は、ステップS2190において、アノードの水素量H2(n)及び水量H2O_Anが、それぞれ上記(11)式又は(12)式に従って算出される。
以後、ステップS2198において、n=s、N=1の成立が判定されるまで、上記の処理が繰り返し実行される。その結果、1番目の領域からs領域まで、全ての領域において、発電環境と、発電状態とが算出される。
上記の処理が繰り返され、カソード側及びアノード側の双方で1サイクルの処理が終わると、ステップS2198の条件が成立する。この場合、制御部530は、次に、i領域(i=1〜s)のカソード相対湿度Ca_RH(i)及びO2濃度(i)を、(i+1)領域のデータとしてカソードメモリ領域に記憶する(ステップS2202)。
更に、制御部530は、i領域(i=1〜s)のアノード相対湿度An_RH(i)を、(i-1)領域のデータとしてアノードメモリ領域に記憶する(ステップS2204)。以上の処理により、図21を参照して説明した処理が実現される。その結果、次回の処理サイクル時に、カソード側及びアノード側の双方で、精度良く発電環境及び発電状態を予測するための準備が整えられる。
図23に示すルーチンによると、ステップS2186では、カソード側の発電環境がリアルタイムに反映された発電状態が算出される。また、上記ステップS2194では、アノード側の発電環境がリアルタイムに反映された発電状態が算出される。これら2つの発電状態は、予測演算が繰り返されることにより、やがては実質的に同じ値に収束する。そして、両者が同じ値に収束した時点での発電環境及び発電状態の分布は、定常状態における分布として認識することができる。このため、本実施形態のシステムを用いる場合は、ステップS2186で得られる発電状態と、ステップS2194で得られる発電状態とが同等となった時点で予測演算を終了することとしてもよい。
図24は、本実施形態のシステムが実行した分布予測の結果である。図24において、例えば、O2濃度は、カソード入口から遠ざかるに連れて、ほぼ比例的に低下している。また、電流密度Iは、カソード入口から遠ざかるに従って、一端増加した後減少する傾向を示している。これらは、膜電極接合体12において、現実に生ずる傾向と精度良く一致している。図24に示す他の値(抵抗値R、アノード相対湿度An_RH、カソード相対湿度Ca_RH)についても同様である。これらの予測結果が示すように、本実施形態のシステムは、膜電極接合体12の面内に生ずる分布を正確に予測することができる。
尚、上述した実施の形態においては、制御部530が、ステップS2186及びS2194において電流密度I(n)を算出することにより「発電量算出手段」が、ステップS2188及びS2196の処理を実行することにより「消費生成量算出手段」が、それぞれ実現されている。更に、制御部530が、ステップS2182において、上記(7)式及び(9)式によりO2(n)及びH2O_Ca(n)を算出し、かつ、ステップS2190において、上記(11)式及び(12)式によりH2(n)及びH2O_An(n)を算出することにより「発電環境更新手段」が実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、ステップS2186及びS2194において抵抗値R(n)を算出することにより「抵抗値算出手段」が実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、ステップS2186及びS2194において水移動量H2O_m(n)を算出することにより「水移動量算出手段」が実現されている。更に、制御部530が、ステップS2182において、上記(9)式によりH2O_Ca(n)を算出することにより「カソード水量更新手段」が、ステップS2190において、上記(12)式によりH2O_An(n)を算出することにより「アノード水量更新手段」が、それぞれ実現されている。
また、上述した実施の形態においては、制御部530が、ステップS2188において、上記(6)式に従って酸素消費量O2_off(n)を算出することにより「酸素消費量算出手段」が、上記(10)式に従って水素消費量H2_off(n)を算出することにより「水素消費量算出手段」が、それぞれ実現されている。更に、制御部530が、ステップS2182において、上記(7)式によりO2(n)を算出することにより「酸素量更新手段」が、ステップS2190において、上記(11)式によりH2(n)を算出することにより「水素量更新手段」が、それぞれ実現されている。
以上のように、第4の実施例によれば、燃料ガスと酸化ガスとの流れが、コフロー、あるいはカウンターフロー、いずれであっても、容易に水分布を取得することが可能となる。
なお、上記説明では、制御部530による制御を中心に説明したが、例えば、アノード電極630の触媒の量について、アノード出口部の量を他の場所よりも増量してもよい。これにより、各実施例における制御部530のドライアップに対する対応の効果を向上させることが可能となる。
以上、いくつかの実施例に基づいて本発明の実施の形態について説明してきたが、上記した発明の実施の形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定するものではない。本発明は、その趣旨並びに特許請求の範囲を逸脱することなく、変更、改良され得るとともに、本発明にはその等価物が含まれることはもちろんである。