開発費を低く押さえるため、薬効は確認されているが、治験フェーズI,II,IIIの段階で、毒性、代謝異常、体内での過度の滞留性などのために、上梓に至らなかった医薬品に対して、DDSキャリアの中に、その医薬品を詰め込み、治療すべき組織へ送達、徐放できれば、医薬品開発のコストは大幅に低減できるため、あらためてDDS技術が注目されている。かかるDDS医薬品が低コストで開発できれば、新薬開発でのボトルネックが解消される可能性が高い。このようなDDS医薬品では所望の部位以外への蓄積は、かえって毒性などの重篤な問題を引き起こし、薬剤開発のリスクを高めてしまう可能性が高い。
病変組織を取り出して薬物の分布蓄積を分析的手法で、所望の組織以外に薬物が蓄積することはないか? という点を明らかにするには、薬物投与後の所定時間ごとにマウスなどの動物を殺し、各組織を取り出し、その各組織を細かく分割して、その組織片に分布する薬物を分析する必要がある。そのため、ひとつの医薬品候補の薬物動態解析だけで、1万匹単位のマウスが必要になることも稀ではなく、(1)膨大な手間と時間、費用が掛かり、薬物開発コストを著しく上げてきた。また、(2)一個体の、各組織への薬物分布を時間的に追跡できる訳ではないので、本当の意味での薬物分布を調べる事ができた訳ではなかった。更に(3)動物愛護の観点からも数多くの動物を犠牲にすることには問題が多かった。さらに、マウスでは問題がなかった分布と代謝を調べる目的で行うヒトに分布や代謝機構が近いサルを用いた実験では、動物愛護の点からも、簡単に各組織への分布を調べる事が出来ないので、多くは血中濃度しか測定できないのが現状である。ヒトに近いモデル実験として取り上げられることが多いサルに対するDDS医薬品などの組織特異的薬物の開発では、サルを殺さざるを得ず、その数を最小限に抑える必要があり、各組織への分布解析は十分に行うことができなかった。
DDS医薬品などの組織特異的被着性医薬品の開発では、ターゲットとなる組織は確定しているので、DDSキャリアの有効性のスクリーニング試験を手軽に行える装置の開発が求められている。このDDS医薬品など開発では、薬物を封じ込めるキャリアの粒径とキャリア表面の化学的構造が組織特異的被着性を決定するとされており、キャリアの粒径とキャリア表面の化学的構造を様々に変えて実験でき、生きている状態で動物内組織分布を手軽に分析できる手法の開発が望まれていた。
一方で、SPECTやPETなどの画像診断用造影剤では、集積部位と非集積部位(バックグラウンド)との信号強度さが3倍程度と低く、誤診率(特定部位への集積を見逃す確率)が高くなりやすく、薬物の動態解析に使用することは難しい。また空間分解能が原理的に悪いため、空間分解能改善には、放射線強度を上げて、コリメータの精度を上げるしかない。そのためには造影剤に使う放射性元素の量を被爆限界前後まで上げる必要があり、小動物の場合でさえ、生体を殺す事になる。また、半減期が短い事もありDDSキャリアを放射性原子核でラベリングする事は容易ではない。ラベリング自身に高価な合成施設を必要とすることや、造影剤中の特別な分子の原子核を放射性元素でラベルにするので、組織特異性が高くないという欠点を有している。画質の決め手になる空間分解能も数mm程度と空間分解が悪く、測定時間が長くかかるという問題点も抱えている。
また、MRI造影剤やX線CT用造影剤では、造影剤の分布を直接画像化しているわけではなく、組織特異的造影剤は実現できていないので、DDS医薬品などの組織特異的分布を画像化することには至っていない(例えば、第4回東京理科大学DDS研究センターシンポジウム講演録、17頁、2006年12月20日、京理科大学森戸記念館における「招待講演3 MRIイメージングのドラッグターゲティングの応用:横山昌幸(財)神奈川科学技術アカデミー)。
ESR−CT用造影剤では、造影剤自身の分布を画像化できる点は大きな長所であるが、TAM分子造影剤においても組織特異的造影剤は実現していなかった。リポソームにSPM磁性体を包摂する方法や市販のSPM造影剤では、MRI造影剤としては、組織特異的被着性は実現できず、ESR−CT用造影剤用としては吸収線幅が、60−1240G程度(Fe3O4など)と桁違いに大きいため、明瞭な分布画像を得ることができず、ESR造影剤としては全く不適であった。
有機結晶を作製する従来の結晶成長セルは、新物質探索や物理実験への結晶供給を主たる目的とする結晶成長セルであったため、工業的にナノプローブ剤を作製するには、多量のFA2PF6結晶とLiPc結晶(X相)が必要になり、従来の結晶成長装置で作成する場合には、結晶成長セルを非常に多数並列にならべるほかはなく、作業性(作業の容易さや作業時間)、大きいセル設置面積、原料利用効率の点で全く不適であった。
また、従来、フェライト(Fe3O4など)などの強磁性体をSPM磁性体にするには数ナノメータ寸法が必要であり、バルクな大きさを粉砕して小さくすることは難しく、もっぱら化学的手法(共沈法など)で形成されてきた。しかしながら、化学的手法で形成された磁性体は結晶性が悪く、吸収線幅が広がり、大きな磁化を得る事は難しかった。
DDS医薬品などの組織特異的被着性薬物の開発では、動物実験の段階から、(1)所望の病変組織に送達されたか?(2)所望の組織以外に蓄積することはないか? という点を明らかにすることが、医薬品実用化のカギであり、動物実験の段階で、動物を殺して組織への分布を解析する方法ではなく、生きたままの状態で組織特異的被着性を解析する方法の実現がDDS医薬品を効率的に開発するための大きな課題である。
本発明の主たる目的は、薬物開発の過程で、動物を殺すことなくDDS医薬品やDDSキャリアの生体内組織特異的被着性(分布)と、想定外の組織への分布の有無を画像イメージング法により直接観察する手段を提供する事である。
本発明の造影剤は、ESR信号源(以後、ESR物体と呼ぶ)を最外表面が親水基で構成される構造体(以後、DDSキャリアと呼ぶ)内に包摂し、生体適合水溶液、例えば、生理食塩水中に分散された造影剤であり、本造影剤を生体に投与しESR−CT画像を撮ることで上記目的を達成できる。
本造影剤に用いたDDSキャリアと粒径及びDDSキャリアの最外表面の化学的構造を同じにしたDDSキャリアの中に薬物を閉じ込めたDDS医薬品を作ると、造影剤の分布が分かれば、薬物を包摂したDDSキャリアの分布が分かり、(1)所望の病変組織に送達されたか?(2)所望の組織以外に蓄積することはないか? という事が画像的に判別できる。
本発明の造影剤を用いると、医薬品開発では、DDSの粒径や表面構造を様々に変えて、生体中の被着部位が変化することを容易に画像化できる。ここで重要な点は、医薬品を閉じ込めるDDSキャリアとESR物体を閉じ込めるDDSキャリアは、粒径とDDSキャリアの最外表面の化学的構造が同じであることであり、DDSキャリア自身は両者で必ずしも全て同じである必要はないことである。
小動物やヒトなどの生体を対象にすると、マイクロ波の照射に際して、周波数が上がると誘電損失が問題になり、生体表面からマイクロ波が中心部まで進入できなくなる。ヒトの場合200MHzまでは、マイクロ波が全身に進入することが分かっているが、その物理的メカニズムは詳細には理解できていない。ESR−CTの共鳴磁場としての上限は500G(周波数1.4GHzに対応)程度と考えられている。一方、共鳴磁場を低くすると生体には侵入し易くなり誘電損失の問題はなくなるが、感度が悪くなるので、共鳴磁場としての下限は50G(周波数140MHzに対応)程度である。結局、小動物やヒトなどの生体応用では、共鳴磁場として、50Gから500Gの範囲で用いることになり、この磁場範囲で組織特異性を判別することができる明瞭なESR−CT画像が撮れることが重要である。そのためには、分布の空間分解能として最低でも1mm以下になることが望ましい。
本発明の実現手段を更に詳しく説明する。電子スピン共鳴(ESR)を示す単一もしくは複数個の物体(ESR物体)をDDSキャリア内に包摂し、生体用ESR−CTでの実用的な磁場範囲50G(ガウス)から500G(ガウス)までの静磁場下で、電子スピン共鳴吸収線幅ΔHを1000mG以下にできるESR用造影剤を実現する事で本発明の目的を達成できる。DDSキャリアの粒径と最外表面の化学的構造が組織特異性の有無を決定するので、DDS医薬品を開発するときに、DDSキャリアの粒径とその最外表面の化学的構造をパラメータにして、DDSキャリア内に上記性質を持つESR信号を示す物体を包摂する事で、発明の目的を達成する。DDSキャリアの粒径としては、生体応用を考える場合、血管系に直接投与する場合や、組織に注射して投与する場合には、毛細血管まで通過させて血管系を血液循環させようとすると、大略1μm以下で用いることが多い。固形癌などの新生血管の管壁に発生する1μm程度の孔を通して癌組織に薬物を運びたい場合には、大略400nm以下の粒径を有するDDSキャリアが効果的であることが知られている。一方、経口薬として用いるDDSキャリアの場合には、粒径の制限は大きく緩和される。例えば、特定の腸壁に異常があり、そこに被着させる用途の場合には、粒径は100−1000μm程度でも良い。
ESR−CTやMRIの場合、空間分解能aを評価する場合、その上限は吸収線幅ΔHと傾斜磁場強さGとの比で表される。
a=ΔH/G …(1)
傾斜磁場強度Gを強くすると、吸収線幅ΔHの狭いラジカルであれば、原理的には幾らでも空間分解能を向上できるが、現実には幾つかの制限がある。大きな問題の一つは、傾斜磁場強度Gを強くすると、必要な傾斜磁場形成電力が極めて大きくなることである。
特開2006−245597号公報のESR−CT装置に開示したように、ズームアップ機能を持たせて局所領域のみを拡大して画像化する場合でも、傾斜磁場強度Gは100G/cm程度が実用限界であり、空間分解能として1mm以下を保証しようとすると、式(1)から吸収線幅ΔHは1000mG程度以下が必要である。望むらくは300mG以下であれば、傾斜磁場強度Gが30G/cm程度になり、ESR−CT装置に大きな負担を掛けずに明瞭な画像を得る事ができる。
このようなESR用造影剤の具体的構成として、以下に二種類の基本構造を示す。
その第一は、ESR物体それ自身の電子スピン共鳴吸収線幅ΔHが1000mG以下であり、かつESR物体の共鳴磁場がESR物体と静磁場の成す角度に依存して変化する場合(結晶軸異方性があると呼ぶ)、最大共鳴磁場と最小共鳴磁場の和の1/2を平均共鳴磁場と定義すると、(最大共鳴磁場−最小共鳴磁場)が平均共鳴磁場の1/500以下であるような非常に小さい共鳴磁場異方性を持つESR物体を採用する事である。
(最大共鳴磁場−最小共鳴磁場)≦平均共鳴磁場/500
=(最大共鳴磁場+最小共鳴磁場)/1000 …(2)
磁気共鳴を起こすESR物体の集合体において、個々のESR物体が印加静磁場に対してランダムな配置をとる集合体と見なせる時(本発明のESR用造影剤もそのようなESR物体の集合体の一つである)、ESR物体の集合体では、磁場に対して結晶軸がランダムに分布することが期待されるため集合体全体としては、共鳴吸収線幅ΔHが上記最大共鳴磁場と最小共鳴磁場の差を単一吸収線幅ΔHとしてもつピークとして観測される。この場合、共鳴吸収線幅ΔH(最大共鳴磁場と最小共鳴磁場の差)が印加磁場に比例するため、印加磁場効果による吸収線幅と呼ぶ事ができる。
一般に電子スピン共鳴の共鳴周波数νと印加静磁場Hとの間には、次の関係がある。
hν=g・e/(2Mc)・h/2π・H …(3)
ここで、Mは対象となる電子の質量、eは単位電荷、cは光の速度、hはプランク定数で、電荷の符号(±)は本発明の範囲では問題にならないので特には考慮しない。gはg値と呼ばれる電子に固有な量で、自由電子では、g=2.0023である。結晶中電子や分子内電子では、g値は一般に自由電子の値からシフトする事が知られている。
上記説明の共鳴磁場異方性は、g値異方性Δg/gが1/500以下であると言い換えることもできる。
Δg/g≦1/500 …(4)
g値異方性が存在する場合、印加磁場強度が強くなるに比例して、結晶方位による共鳴周波数分布は広がり、印加磁場に対して結晶方位がランダムな方向に分布するESR物体の集合体においては、g値異方性Δg/gに従う共鳴吸収線幅ΔHを持つ物質(本発明のESR用造影剤)として振舞う事になる。本発明のESR用造影剤は、印加静磁場Hとg値異方性Δg/gの積が1000mG以下であれば、ESR物体としてそれ自身の電子スピン共鳴吸収線幅ΔHが1000mG以下になるからである。本造影剤では、吸収線幅は高磁場では印加磁場に比例し、50−500Gのような低磁場では、磁場比例部分のΔHへの寄与が減り、吸収線幅は狭くなる。低磁場の極限では、ESR用造影剤を構成するESR物体固有の吸収線幅まで狭くなる。
このような性質を持つ材料としてESRの分野では、FA2PF6(difluoranthenyl phosphorhexafluoride)結晶又はX相Li−Pc(リチウム フタロシアニン)結晶では、バルク結晶(大略粒径1mm以上)において吸収線幅ΔHが非常に狭く、僅かにg値の結晶異方性Δg(Δg/g≒1.8×10-4)が存在することが知られていた。しかしながら、このような有機結晶では、粒径1μm以下の微粒子にする方法も見出されておらず、粒径1μm以下にした時、このバルクの性質が保たれているか否かは実証されていなかった。また、これらの結晶は疎水性であり、水溶性の溶液に分散する方法が見出されてはいなかった。造影剤を製造するに当り、多量のFA2PF6結晶やX相Li−Pc結晶が必要になるが、これらの結晶の大量製造方法は知られていなかった。これらについては本発明の具体的実施例において詳しく説明する。
FA2PF6結晶やLi−Pc結晶の表面は疎水性であるが、親水性ESR物体を用いても本発明の造影剤を実現できる。吸収線幅が300mGから1000mGと狭い親水性ESR物体として、Li−TCNQ(7,7,8,8-tetracyanoquinonedimethane)、K−TCNQ、Na−TCNQ結晶が知られている。これらの粉末結晶を微粒子化し、水溶性液に分散し、この水溶液から本発明のESR用造影剤を実現することもできる。本方式については実施例において詳しく説明する。
本発明のESR用造影剤を実現する第二の方法は、超常磁性状態(SPM)の以下に示す特殊な場合を利用する方法である。強磁性体、もしくはフェリ磁性体の単一磁区を形成する磁気モーメントMが熱エネルギーにより、それまで固定されていた結晶構造により決まる磁化容易軸の方向からある時間スケールτNで動く状態であり、異方性エネルギーをK1、磁性体の体積をV、絶対温度をT、ボルツマン定数をkBと定義すると、
K1V≦25kBT …(5)
を満たす時を一般にSPMと呼ぶ。時間スケールτNは大略数十秒より短い時間であって、ネール時間と呼ばれ、
τN〜exp(KV/kBT)/f0 …(6)
で表され、f0は109〜1015(1/s)程度の周波数である。つまり式(5)でKV=25kBTでは、τN〜72s−72μsのオーダーの時間で磁化が反転する。
4種の典型的強磁性体でのSPM(superparamagnetism)を実現する最大直径(nm)の概算値を室温(T=300K)での球形近似2・(3V/4π)1/3で求めた。表1に結果を示す。YIG(イットリウム・鉄・ガーネット;Y3Fe5O12)結晶は、強磁性体の中では磁気異方性が小さいので、フェライト(Fe3O4)などに比べてSPMを実現する粒径が68nmと大きいのが特徴である。SPMを実現する粒径の値は、式(5)を用いて異方性エネルギーK1と磁性体の体積Vから計算している(但し、温度としては室温)。
この直径をSPM臨界直径と呼ぶと、磁気異方性が小さいほど臨界直径は大きくなる。生体に投与する場合には、温度は37℃(絶対温度で310K)であるが、室温(T=300K)での概算値と1%程度しか変化しないので、以下の生体投与では表1の値を参考とする。
SPMでは、表1の最大粒径から小さくなると式(5)(6)に従い、あたかも巨大な磁気モーメントが、周囲の熱エネルギーのために高速で動き回れるようになり、この性質を利用してMRI造影剤に応用されてきた。しかし、従来マグネタイト(Fe3O4)やヘマタイト(γFe2O3)では、1−2nm粒径のMRI用造影剤として用いられているが、水溶液中に分散されたSPM微粒子のESR吸収線幅ΔHを測定すると、狭いものでも60G(ガウス)とESR用造影剤に用いるには圧倒的に広すぎて、ESR−CT用造影剤としては実用にはならなかった。
一方、バルクなYIGなどの酸化物結晶の形態を形状効果(反磁性の効果)が起きないように球形に近づけるのは、技術的にハードルが高かった。しかしながら、湿式粉砕法の急速な進歩により、粉砕するビーズの小さい粒径のものが球形で均一に形成できるようになり、粉砕法でも、数nm程度のナノ微粒子が作製できるようになって来た。
立方晶系で異方性エネルギーK1が小さいことで知られているYIG結晶は、他の強磁性体と比べて比較的大きい粒径68nm以下で超常磁性(SPM)を示す。YIGの粒径をさらに小さくしていった時に、ESR吸収線幅ΔHがどのように変化するか調べているうちに、メジアン粒径4nmになるとYIGナノ微粒子が水溶液中で分散された場合、2GHz以下の吸収線幅が1000mG以下になることを見出した。
この現象は、氷から水に溶けて固体から液体になるとき、プロトンの核磁気共鳴(NMR)吸収線幅が劇的に小さくなるmotional narrowingに類似する物理現象であることを突き止めた。この現象は、いわば「rotational narrowing」と呼ぶべき現象で、微小なYIGナノ微粒子が、水溶液中の分子に衝突されランダムに回転運動を起こす。するとYIG結晶中の磁気異方性磁場Haがランダムに回転し、YIGナノ微粒子の磁気モーメントに対して、あたかも局所的な磁場が、速く変動するので、あたかもないかのように振る舞い、吸収線幅ΔHが非常に小さくなる現象であることを突き止めた。YIG結晶のような立方晶系の場合、磁気異方性磁場Haは
Ha=K1/3 …(7)
で表される関係が知られている。SPMを構成する電子の回転磁気比をγe(絶対値を以下記す)、磁気異方性磁場Ha、YIGナノ微粒子の回転緩和時間をτBとするとrotational narrowingが生じる条件は
γe・Ha・τB<1 …(8)
で表されることが分かった。これは粒子の角度が変わる相関時間τBの間に、磁気異方性磁場Haによるスピンの回転角が1ラジアン以下であるという条件である。
本発明の目的である明瞭な画像が得られるための条件は、吸収線幅ΔHに対して
ΔH≦1000mGであり、吸収線幅ΔHはrotational narrowingが生じたとき
ΔH=(γe・Ha・τB)・Ha …(9)
と表されることを見出した。そのため、造影剤が
(γe・Ha・τB)・Ha≦1000mG …(10)
の条件を満たす時、本発明の造影剤となる。
ここで回転緩和時間τBは、YIGナノ微粒子の体積をV、YIGナノ微粒子と接触している溶液の粘性係数η、絶対温度T、ボルツマン定数kBを用いて
τB=3Vη/kBT …(11)
で表される時定数である。溶液に分散したYIGナノ微粒子のメジアン粒径をdとすると、式(11)の体積Vは次式で近似できる事を見出した。
V=4π(d/2)3/3 …(12)
このような超常磁性体としてYIG結晶で、結晶メジアン粒径dが比較的大きな粒径5.5nm以下にすることで、水溶液中に分散した状態で吸収線幅が1000mG以下になることを見出した。YIG分散液でこのように狭い吸収線幅ΔHが得られた理由は、強磁性体、もしくはフェリ磁性体の中では、YIGの磁気異方性磁場Haが極端に小さいため、比較的大きな結晶メジアン粒径5.5nmにおいて、ΔHが1000mGと小さくできたためである。
実際フェライト(Fe3O4)などの一桁以上大きい磁気異方性磁場Haを持つ強磁性体、もしくはフェリ磁性体では、結晶メジアン粒径2nmでもΔHが50Gと非常に大きい。
また、超常磁性体YIG結晶は、メジアン最小長と最大長の比(最大長/最小長)が1.5以下であるような球形に近いナノ微粒子のほうが狭い吸収線幅を持つ傾向がある。
TAM分子の場合、固体にすると吸収線幅ΔHが4.2G程度と大きいが、水溶液中のTAM分子の場合、周囲の分子からの衝突を受けランダムな動きをするので、結果的にΔHが300mV程度に狭くなる。そこで、TAM分子水溶液を高濃度にしてミセル内に閉じ込める方法で本発明を構築できる。TAM分子についての発明は、実施例に詳しく記述する。
以上のように構成された造影剤は、ESRの吸収線の立場からは、単一ピークであり、ESR−CT用造影剤としては最適である。造影剤が複数ピークを持つ場合には、特定のピークをモニターし画像化するので、画像構成法が単純に行かなくなるという欠点があるからである。またESR物体に要求される最低限の条件は、生体内で少なくとも1時間は安定に存在でき、毒性がほとんど無視できるか、毒性があっても回避できる現実的手段を容易に見つけ出せることである。
以上説明したESR物体ではこの性質を有しているので、本発明の目的を達成できる。
本発明の造影剤を用いると、医薬品開発では、DDSの粒径や表面構造を様々に変えて、生体の中の被着部位が変化することを容易に画像化できるので、最適なDDSキャリアを設計するための支援ツールになる。
本発明によれば、小動物を殺すことなく、生きたままの状態で、DDSキャリアの生体内分布の画像化が可能になるので、一個体の薬物分布の時間変化を追跡したり、薬効の時間変化を調べるツールとしても有用となる。すなわち、(1)薬物開発者が所望のDDSキャリアの表面構造や粒径を設計することで、動物実験の段階から、所望の病変組織(又は標的部位)に送達されたか? 所望の組織以外に蓄積することはないか? という点を画像イメージングで明らかにすることができる。(2)吸収線幅300mG以下の物質を選ぶ事で、空間分解能1mm以下で、生体全体からの分布を15分以内に高速画像化できる。(3)当該物質を用いてナノプローブ剤とDDS医薬品を同時に投与することで、DDS医薬品の所望の病変組織(又は標的部位)に送達されたか? 所望の組織以外に蓄積することはないか? という点を画像イメージングで明らかにすることができる。
DDS医薬品の開発では、ターゲットとなる組織は確定しているので、DDSキャリアの有効性のスクリーニング試験には極めて有効である。想定外の部位に被着するか否かを画像で判別することには特に有効である。またワイドギャップ永久磁石を用いたESR−CT装置(特開2006−245597号公報)においては、コンパクトサイズであり、価格もPET、MRIに比べて安いので極めて有効性が高い。
血中動態のみを観測できるヒトの場合、各組織に蓄積された薬物の分布を調べる事は事実上できないので、特にDDSタイプの薬品の場合、その特異的被着性と想定外の被着生が画像診断で分析できる本発明は有用性が高い。
YIGを用いた造影剤の場合、YIGを取り巻く環境が変わると吸収線幅が変化するので、この変化を画像化することで、造影剤の被着場所や生体組織とDDSキャリアの相互作用を解析できる手段を提供できるようになった。
なお、本発明の直接の目的ではないが、造影剤を投与された生体の組織を取り出してESR評価することで、造影剤量を評価することもできる。
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
最初に、本発明の基本的な構成について説明する。図1A〜1Cは、本発明によるESR用造影剤の基本構造を示す模式図である。
図1Aは、単一のESR物体1(この例では、FA2PF6微結晶、LiPc(X相)微結晶、超常磁性YIGナノ微粒子など)にリン脂質等の界面活性剤の親油基3がESR物体1に吸着し、リン脂質界面活性剤の親水基2がDDSキャリアの表面側に配する構造である。この場合、FA2PF6結晶、LiPc(X相)微結晶の表面は疎水性(親油性と同じ)が強いので問題ないが、超常磁性YIGナノ微粒子の場合には、疎水性を強くするため、実施例にも示すが、表面処理を行っている。ESR物体1の表面が本来疎水性か、疎水性に改質できる場合に有効な構造である。
図1Bは、ESR物体8(この例では、表面が親水性に改質された超常磁性YIGナノ微粒子,Li−TCNQ微結晶,K−TCNQ微結晶,Na−TCNQ微結晶,TAM分子など)が、水溶性溶液7中に分散され、それをリポソーム(外側のリン脂質の親水基21,親油基31と内側のリン脂質の親水基21’,親油基31’の二重膜で構成)に包摂された構造である。この場合、表面が親水性に改質された超常磁性YIGナノ微粒子としては、図1Aの構造をとることもできる。
Li−TCNQ,K−TCNQ,Na−TCNQ結晶を生理食塩水中で粉砕し微粒子状態でリポソーム内に閉じ込めた構造である。高濃度TAM分子水溶液をリポソーム内に閉じ込めることでも、図1Bの構造を実現できる。
図1Cは、大豆油などの油性溶液9にESR物体10(この場合、超常磁性YIGナノ微粒子,FA2PF6微結晶,LiPc(X相)微結晶など)を分散させ、レシチンなどのリン脂質等の界面活性剤11で包摂した構造である。
FA2PF6結晶、LiPc結晶(X相)はESRの立場からは、常磁性体であり、僅かにg値の結晶異方性Δg(Δg/g≒1.8×10-4)が存在する。しかし、生体用ESR−CTでは、共鳴磁場が50−500Gと低磁場であるためESR画像にΔgが影響を及ぼす事はほとんど見られない。そのため、吸収線は単一ピークに見え、ナノ微粒子化する過程で、微粒子表面近傍の劣化を抑えてバルクな結晶状態の性質(g値や吸収線幅ΔH)を保持することでESR−CT用造影剤に適用できる。
一方、YIG結晶のバルク結晶は、強磁性体であり、ESRの立場からは、強い異方性Δgがあり、固定された単結晶(単一磁区とする)に静磁場を印加した場合、結晶方位と静磁場の相対配位により、共鳴周波数が大きく異なり、結晶方位が様々に混じった粒径数ミクロンの微粉末試料では、吸収線幅ΔHが270G(Xバンド)にまで広がってしまう。生体用ESR−CTで使用する低い共鳴磁場70Gの場合でも吸収線幅ΔHは6G程度存在する。しかし、SPMにし、更に粒径を小さくする事で、溶液中に分散した状態で、「rotational narrowing」効果により吸収線幅が著しく小さくできることは、前述したが、より詳細に検討した結果を図1Dにより更に詳しく説明する。
図1Dは、本発明の第二の形態を詳しく説明する説明図で、超常磁性YIGナノ微粒子が、粘性係数ηの溶液中に分散された時のメジアン粒径dと低磁場(50G−500G)でのESR吸収線幅ΔHの関係を示している。η0は37℃の純水の粘性係数7.0×10-3Pa・sであり、37℃はマウスなどの哺乳類の体温の典型値を示している。生きている動物の組織や体液、血液の粘性係数ηは、η0から10η0の間に分布しており、造影剤を投与した場合には、この間の粘性が問題になる。但し、大略0.8−1.5nmより粒径が小さくなり始めるとYIGの結晶ユニット体積の数倍程度になり始め、表面の影響を強く受け始め、作成方法などの影響も顕著になり、小さくしすぎるとかえって吸収線幅が急速に広くなり始めるので、再現性のある作製方法が難しくなる。YIGナノ微粒子の場合、図1Dの斜線の領域50が造影剤として最も適した領域といえる。
ただし、本領域50は生体溶液温度を37℃と生きている生体を考えている場合であり、本発明の造影剤は組織を抽出してESRにより含有量を調べる場合にも有効なので、その場合にはYIGナノ微粒子の粒径は10nm程度まで利用できる。
YIGナノ微粒子の場合の特徴の一つは、YIGナノ微粒子が生体組織に吸着し、熱的に動けなくなると吸収線幅は非常に広くなることであり、ESR−CT画像の時間変化を追う事でその変化を捉える事ができる。
次に、本発明の造影剤作製方法の基本形態について説明する。その第一は、電解移動型有機結晶であるFA2PF6結晶とLiPc結晶(X相)の収率(結晶量÷結晶原料)を大幅に向上させる電解結晶成長装置の採用である。電解結晶成長法は、結晶原料を溶解した溶液に電流を流し、陽極に結晶を成長させる手法である。本発明者は、図2Aに示すように、円周上に複数の陽極65が配置され、円の中心部に共通陰極62が配されている縦型結晶成長装置(量産型結晶成長セル)を工夫して、作業性(作業の容易さや作業時間)、大きいセル設置面積、原料利用効率の3点の著しい向上を図った。従来の結晶セルは図2Bに示すように、ガラス製三角型フラスコ71に陽極72を配置し、円柱状試験管73に陰極74を配置し、両者を電解溶液でつなぎ、電解反応で発生する陰極からの異物が陽極側に拡散しないようにフィル75が形成され、結晶セルを真空引きし窒素置換できるように真空コック76が形成されている(非特許文献4参照)。
今回開発した結晶セルは、図2Aに示すように、円柱状ガラス容器60内に、円柱状フィルタ付き陰極容器61を同心円状に配置し、円の中心部に共通陰極62を具備する。円柱状ガラス容器60の上面には、円形テフロン63の蓋がシリコングリスなどで接着され、図示していない圧力治具で押さえられている。テフロンの蓋63には真空引き窓64が付けられ、容器内を窒素置換できる様に作成している。円柱状フィルタ付き陰極容器61の外側に、同心円状に複数の陽極65を配置している。図2Aの例では、12本の陽極が等間隔に並べてられている。その理由は、一本の陽極65と陰極62間の電気抵抗が同じになるように配置することで、高い結晶収量と高品質結晶を得る事ができるからである。図中、円柱状ガラス容器60とフィルタ付き陰極容器61の間に示してある点線部分は、陽極一個あたりの陽極領域67を現しており、仕切り板を用いて物理的に電解溶液を分離することもできる。フィルタ66は、ポアサイズ10−16μmのP16を標準的に用いている。
円柱状フィルタ付き陰極容器61は、フィルタ66の着く場所が陰極容器の側面、陽極位置に付く横付き型(図2C)と、容器の底面に付く底面型(図2D)に大別できる。陰極にできる異物の拡散を押さえるには横付き型が優れているが、装置の作製の容易さでは底面型が優れる。図2Aは、陽極位置に付く横付き型を設置した例を示している。
図2Aに示した量産型の結晶セルと図2Bに示す従来セルとの相違を、表2に示す。
表2から分かるように、本発明の結晶セルは図2Bに示した従来セルに比べて、結晶収率(同じFA量で得られるFA2PF6結晶量)で約2.1−2.9倍のFA2PF6結晶量を得られるようになった。実際の結晶成長は実施例1で詳しく説明する。
製造方法に関する本発明の基本形態の他の一つは、図1A−1Cに略示した造影剤を構成するDDSキャルリア構造の作製方法に関するものである。以下では、FA2PF6結晶を例にして説明するが、本発明に用いる他のESR物体に対してもこの方法は適用可能である。
図3Aは装置の模式図、図3Bは工程の概略図である。図3Aに示すように、リン脂質等の界面活性剤をクロロホルムやシクロヘキサンなどの有機溶媒を用いて茄子型フラスコなどで溶解させ、窒素ガスを当てつつ回転させながら溶媒を蒸発させ、フラスコ壁面にリン脂質等の界面活性剤の薄膜を形成、乾固する。次に、ESR物体を含んだ溶液を加えて窒素ガスを当てつつ回転させながら溶媒を蒸発させ、ESR物体を含んだ薄膜をリン脂質等の界面活性剤の薄膜上に形成し、更に再度フラスコ壁面にリン脂質等の界面活性剤の薄膜を形成するプロセスを繰り返し、ESR物体を含んだ薄膜上にリン脂質等の界面活性剤の薄膜を形成する。その後、この茄子型フラスコなどの容器に生理食塩水などを加えて、フラスコ壁面の三層膜を剥離し、超高速乳化機によりミセル型の造影剤原料を作製する。その後、粒径を小さくするには、湿式ミル法でナノ微粒子に分散させる工程を踏み、濃度を高くするには遠心分離し、粒径を揃えるためのフィルタ濾過プロセスを経てESR造影剤を作成する。
以下、実施例を通して更に詳しく本発明を説明する。
[実施例1]
まず、FA2PF6単結晶を用いた場合の実施例について説明する。今回作製した量産型結晶成長セル(図2A)に関して、3種類の具体的寸法を表3に示す。表3中の設計パラメータは図2Aに対応している。
この結晶成長装置を用いて、表4の結晶成長条件で結晶を作製した。結晶原料であるFA(フルオランテン)はエタノールを用いて3回の再結晶を行い、不純物を取り除いた。TBA−PF6は比較的純度が良いので、エタノールによる一回の再結晶で十分であった。一個の結晶成長セルあたり、一週間でFA2PF6単結晶を0.4−1.5g程度確保できた。
実際の収量データを図4に示す。図の横軸は、図2Aの結晶セルで陰極62と1本の陽極65との間の室温での電気抵抗を表し、溶媒はクロロホルムを用いた。図中○は量産セル3号機(フィルタの孔径160μm)を、△は量産セル3号機(フィルタの孔径16μm)を、■は量産セル2号機(フィルタの孔径160μm)を、◆は量産セル2号機(フィルタの孔径16μm)をそれぞれ用いた場合である。実際には更に収量を稼ぐため、本結晶成長セルを10個前後並列に並べてFA2PF6結晶を量産した。実際の結晶成長では、結晶収量の多い2号機を用いた。横付きフィルタ(図2C)と底面型フィルタ(図2D)では、収量については大きな差はなかったので、以後の実施例では底面型フィルタ(孔径16μm)を用いた。
このように作製したFA2PF6結晶は長さ数mm、幅0.5mm程度の針状結晶か、幅1.5mm程度の板状結晶である。200MHzでの吸収線幅は約20mGであった。
次に、ミセル構造作製手順について開示する。今回作製したFA2PF6結晶ミセルナノプローブ剤の作成条件の代表例を表5に示す。
今回先ず作製したのは、図1Aに示す基本構造であり、FA2PF6結晶表面にリン脂質を形成し、生理食塩水に分散させた構造(DPPCミセル)である。DPPCミセルの場合、表5の条件0で作製し、リン脂質としてL−αジパルミトイルホスファチジルコリン(L-αdipalmitoylphosphatidylcholine:DPPC分子量734.0)を用いている。具体的作製手順は以下に説明するが、生理食塩水に分散された状態での粒度分布の測定結果は図5に示す様に、メジアン粒径は0.85μmであった。
更に、図6Aに示すように、表面にPEG(ポリエチレングリコール)6を配した構造(PEG付きミセル)を検討した。PEG鎖を表面修飾するミセル構造は、肝臓や脾臓に存在するクッパー細胞からの捕食を回避し、血中滞留性を高めガン組織への蓄積量を増加させるねらいである。PEG付きミセルの場合には、混合比を変えた幾つかの条件(表5の条件1−4)で作製した。
ステアリン酸を構成する2本のアルキル基C17H35を持つL−αジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(L-αdistearoylphosphatidylethanolamine、DSPE:C41H82NO8P、分子量748.1)を基本となるリン脂質に選び、PEG付リン脂質PEG−DSPE(SUNBLIGHT DSPE-20CN:日本油脂)を選択した。PEG付リン脂質のFA2PF6単結晶表面への吸着性を向上させる目的で、コレステロール(C27H45OH、分子量386.66:CSと略す)を界面活性剤L−αジパルミトイルホスファチジルコリン(L-αdipalmitoylphosphatidylcholine:DPPC、分子量734.0)と混合して用いた。本実施例ではPEG付リン脂質と呼び、DPPC単独のリン脂質と区別する。
次に、図3A、3Bで説明した低温乾固プロセスを用いて、FA2PF6結晶をリン脂質の薄膜でフラスコ壁面に包み込む3層構造を作製する。具体的には、(1)リン脂質のみフラスコの壁面乾固、(2)リン脂質とFA2PF6単結晶粉末を一緒に乾固、(3)リン脂質のみ壁面乾固の3段階のステップを踏む。この場合、FA2PF6単結晶は、電解結晶成長法で得られた数ミリの結晶をそのまま用いても以下のプロセスは実現できる。これは、FA2PF6単結晶が柔らかいために、超高速乳化プロセスで引きちぎられて微粒子化されるためである。本プロセスでは、エバポレータ(東京理化器械製:型式N−N1−R、1000mL対応)をプログラム恒温器(ヤマト科学製:型式IN602W)内に設置し、恒温器を10℃に保温して低温乾固を行った。設定温度の精度と恒温器内での温度分布は、それぞれ±0.3℃と±1℃である。FA2PF6単結晶は、ナノ微粒子の作製プロセス検討用に開発した量産結晶成長セル(図2A)により作製した。
低温乾固に使用する溶媒としては、FA2PF6単結晶を劣化させない低温(10℃)のシクロヘキサンを検討した。リン脂質粉末は、シクロヘキサンには溶解しないが、少量のクロロホルムに溶解させた溶液をシクロヘキサンに加えると溶解した。クロロホルムの沸点61℃(1気圧)はシクロヘキサンの沸点81℃(1気圧)より低いので、エバポレータによる濃縮過程では、シクロヘキサンより早く蒸発するのでクロロホルムが残留することはない。クロロホルムは、FA2PF6単結晶を劣化させるので、シクロヘキサンに比べて無視できる5%とした。低温乾固プロセス終了後は、フラスコを−20℃の冷凍庫に密封し保存した。低温乾固フラスコは、生理食塩水を30mL入れて膨潤させ、フラスコを10分間ボルテックスにかけよく撹拌し、できた溶液を容器(50mL)に移して超高速乳化機を用いて、20000rpmの高速回転により、リン脂質がFA2PF6結晶微粒子に覆われた構造を実現した。FA2PF6結晶微粒子を取り込めなかったリン脂質は空ミセルを形成している。
このようにして作製した試料のFA2PF6結晶粒径は1μm程度と、造影剤としては大きい。既に説明したが、この段階の粒度分布は、図5に示すように良くてサブミクロンの粒径である。
固形癌への造影剤の場合には、粒径0.4μm以下の微粒子のみが、固形癌にできる新生血管の孔を通じて蓄積することが知られている。多くの抗がん剤は、この性質を利用して癌部位を選択的に攻撃できる薬を目指している。そのため、本発明のESR造影剤も更に微粒子化する必要がある。そこで、湿式ビーズミル法により、FA2PF6結晶微粒子溶液と粒径0.1mmのZrO2をビーズとするビーズミルにより、2300rpmの回転数で、60分間微粒子化して、メジアン径300nmのFA2PF6結晶ミセル造影剤の原液を作製した。しかし、この溶液に含まれるFA2PF6結晶濃度は、目標とする3.8mg/mL以上の濃度に届かなかった。目標とする3.8mg/mLは、ワイドギャップ永久磁石を用いたESR−CT装置(特開2006−245597号公報)を用いて投与量の0.1−1%程度が癌部位に蓄積すると仮定して、装置の感度から決めたものである。
そこで、14300rpmの回転数で5分間の遠心濃縮を行い、上澄み液を除去し、5.3mg/mLのFA2PF6結晶ミセル造影剤を作製できた。そのときの粒度分布の例を図6Bに示す。200MHzESRで測定したFA2PF6結晶濃度の実測値を、図6Cに示す。図中◆印は、遠心濃縮前の測定結果であり、図中〇印は、遠心濃縮後の濃縮状態での測定結果である。図中横軸は、表5の5CLM−1、5CLM−1/2、5CLM−1/4の作製条件で作製したロット番号に対応している。ちなみに表5のミセル作製条件にあるFA2PF6結晶濃度(名目値)は、最初の溶液中に投与したFA2PF6結晶量であり、実測値濃度とはかなり異なる。その理由は、造影剤作成中にFA2PF6結晶の一部が分解しESR信号を出せなくなっているためである。
このようにして作製したFA2PF6単結晶ミセル造影剤(PEG付きミセルと呼ぶ)と、図5に示すメジアン粒径0.85μmのDDPCミセルと二種類の造影剤を用意し、図7A(3)に示す担ガンマウス(癌種はコロン26)に0.2mL静脈注射して、癌部位へのFA2PF6単結晶の蓄積を、ワイドギャップ永久磁石ESR−CT装置(特開2006−245597号公報の実施例1)により画像化した。
図7A(1)にPEG付きミセル造影剤を投与した時のESR画像と、図7A(2)にDPPCミセル造影剤を投与した時のESR画像をそれぞれ示す。これらのESR画像は、図7A(3)に示す担ガンマウスの背中側から見た時のESR画像である。図7A(3)中の担ガンマウスには、左右の肺とコロン26を移植した左腰部分の癌部位の位置を示している。図7A(1)では、PEG付きミセルのメジアン粒径が0.31μmと小さいため、左右の肺や大静脈以外に癌部位に造影剤が蓄積する様子が画像化されている。図7A(2)では、メジアン粒径が0.85μmと大きすぎるためDPPCミセルは、左右の肺には蓄積するが、癌部位には蓄積していない。二種類の造影剤では、粒径の他に、ミセル最表面にPEGが形成されているか否かの違いもあるが、メジアン粒径の違いにより、癌部位への蓄積の有無が画像化により確認できた。
更に、本マウスのガン部位を含む各臓器を取り出し、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)とESR法により癌部位へのFA2PF6単結晶の蓄積を確認した。図7Bに、PEG付きミセルのHPLCによるFA分布量の定量的分布を示す。蓄積の絶対量では、心臓、肝臓、腎臓の方が癌部位に比べて多いが、ESR画像が取れているのは癌部位のみである。肝臓、腎臓では、FA2PF6単結晶が分解して、ESR信号を出さないFA(フルオランテン)に分解されていると考えられる。心臓には、FA2PF6単結晶が分解された形で血液循環された残りが蓄積していると考えられ、肝臓腎臓でFA2PF6単結晶が代謝されたFAが蓄積していると思われる。癌部位での組織重量あたりのFA量は、心臓、肝臓、腎臓に比べて小さいにもかかわらず、ESR画像が取れている理由は、癌組織では、癌中の特別な場所(大きな新生血管が発生している場所)にFA2PF6単結晶が蓄積したためと思われる。
[実施例2]
次に、TAM分子(米国特許第5,530,140号明細書)を用いた場合の実施例について説明する。TAM分子自身はカーボンラジカルとして公知であるが、本実施例では、以下の二種類のTAM分子であるC135とC136を用いて本発明の造影剤を作製した。分子構造を図8に示す。
C135:Tris(8-carboxy-2,2,6,6-tetramethyl-benzo(1,2-d:4,5-d’)bis(1,3)dithiole-4-yl)methyl sodium salt、
C136:Tris(8-carboxy-2,2,6,6-tetra(2-(1-hydrokyethl))-benzo(1,2-d:4,5-d’)bis(1,3)dithiole-4-yl) methyl sodium salt
1gのC135又はC136を10mLの生理食塩水もしくは純水中に溶かしてTAM原液を作製し、図3Aに示した乾固プロセス装置を用いて、リポソーム内にC135又はC136を封じこめた。具体的プロセスは、卵黄よりPangbornの方法で抽出されるレシチン(フォスファチジルコリン:Phosphatidylcoline)をクロロホルム/メタノール(9:1)の溶液に溶かし、図3Aに示した乾固プロセス装置を用いて、茄子型フラスコ壁面に乾固させた。次に、TAM原液をフラスコに入れ、窒素ガスの雰囲気下で約4℃に冷却したまま一時間超音波照射すると、乳濁色の安定なリポソーム懸濁液ができた。この懸濁液を遠心分離処理(30000g(重力加速度)、1時間、4℃)と、ろ過処理(0.1μmメンブレインフィルター)した後、均一なリポソームを得るために、ゼファローズ4Bを用いてゲルろ過処理した。
このようにして、図1Bに示す高濃度TAM分子内包ルポソーム造影剤を作成した。粒径は100nm程度であり、リポソーム型製剤のマウス動態を画像化できるようになった。
[実施例3]
次に、Li−TCNQ(7,7,8,8-tetracyanoquinonedimethane)微粉末結晶を用いた場合の実施例について説明する。
Li−TCNQ結晶粉末は、拡散法により合成した。手順は以下の通りである。市販の98%TCNQ 2gをアセトニトリル100mLで2度再結晶を行なった。98%TCNQは黄土色でアセトニトリルに溶解すると緑色になるが、再々結晶により黄色い鱗結晶になり、アセトニトリルに溶解すると不純物を含まない本来の黄色になる。再々結晶したTCNQ 1.2gをアセトニトリル100mLに、ヨウ化リチウム(LiI)2.121gをアセトニトリル10mLにそれぞれ加熱しながら溶解させると黄色い透明液になる。これらを混ぜ合わせると、黒みがかった紫色のLi−TCNQ微粒子が析出した。放置して室温まで冷まし濾紙で分離、アセトニトリルで洗浄後、真空乾燥させて1.096gの20−50μmの針状Li−TCNQ微結晶が得られた。乾燥後、窒素ガス中で保管した。
次に、X−バンドESRによりLi−TCNQ粉末の吸収線幅ΔHとg値を評価した。結果は、g=2.0026と自由電子やFA2PF6に近い値で、吸収線幅ΔHは、ΔH=600mGと粉末FA2PF6のX−バンドESRの値に近い値であった。200MHzESRでの吸収線幅ΔHは、ΔH=234mGであった。吸収線幅ΔHは同じX−バンドESRでのFA2PF6単結晶の吸収線幅ΔH(50−60mH)に比べて一桁近く広い。この原因は、Li−TCNQのg値異方性がFA2PF6に比べて5倍以上大きい事を意味している。
Li−TCNQ微粒子(粒径20μm)は水に易溶であることが分かり、水に溶けないFA2PF6微結晶とは、表面の化学的性質が大きく異なることが分かった。そのため、水中で直接ナノ微粒子化することは難しかった。Li−TCNQよりも溶解度の高い塩が溶けている溶液には、溶解度の低い塩は溶けにくくなる『塩析効果』をLi−TCNQのナノ微粒子化に利用できないかと考え、溶解度の高い塩(KClやNaCl)を溶かした水溶液にLi−TCNQを溶解させることを思いついた。実験を行った結果、KClやNaClの濃度に依存して、Li−TCNQの電離が抑えられ、不溶化することを見出したので、Li−TCNQ針状結晶粉末のナノ微粒子化に応用した。具体的な作製条件を表6に示す。
KCl濃度を0.5wt%に固定し、他の条件は表6の作製条件に設定して、粉砕時間を変化させた時の粒径分布の測定結果を図9に示す。メジアン径が170−190nmの水溶液での微粒子分散系を実現でき、その吸収線幅は約300mGであった。図9の水溶液をAl箔上に乾固した試料についてSEM(S−5200)観察を行なった。その結果SEM観察からは、0.1μm以下のナノ微粒子が凝集している様子を確認した。
リポソームニ包摂する工程は、実施例2とほぼ同じである。卵黄よりPangbornの方法で抽出されるレシチン(フォスファチジルコリン:Phosphatidylcoline)をクロロホルム/メタノール(9:1)の溶液に溶かし、図3Aに示す乾固プロセス装置(エバポレータ)を用いて、茄子型フラスコ壁面に乾固させた。次に、この茄子型フラスコ中にKCl溶液中に分散させたLi−TCNQナノ微粒子溶液を加え、窒素ガスの雰囲気下で約4℃に冷却したまま一時間超音波照射すると、乳濁色の安定なリポソーム懸濁液ができた。この懸濁液を遠心分離処理(30000g(重力加速度)、1時間、4℃)と、ろ過処理(0.1μmメンブレインフィルター)した後、均一なリポソームを得るために、ゼファローズ4Bを用いてゲルろ過処理した。このようにして、図1B示す高濃度Li−TCNQナノ微粒子内包ルポソーム造影剤を作成した。つまり、実施例2のリポソーム形成時のTAM分子水溶液の代わりに、このLi−TCNQ分散液を用いてリポソーム内に包摂する事で、図1Bに示すESR造影剤を製造した。
K−TCNQやNa−TCNQ微粉末結晶は、ヨウ化カリウム(KI)、ヨウ化ナトリウム(NaI)とアセトニトリルからLi−TCNQと同じようにして容易に合成できる。また『塩析効果』はLi−TCNQの代わりに、K−TCNQやNa−TCNQ微粉末結晶を用いても同様の効果があり、本発明の実施例に示すプロセスを用いることで、図1Bに示したESR造影剤を製造することができる。
本実施例では、Li−TCNQ、K−TCNQ、やNa−TCNQナノ微粒子を水溶液に分散する場合を説明したが、これらのTCNQ塩は物性としては水溶性なので、油性溶液(非水溶液)に分散することは易しい。具体的には、大豆油20mL中にLi−TCNQ、K−TCNQやNa−TCNQ微粉末結晶1gを適当な分散剤、例えば、オレイン酸グリセリルエステル0.15gと混ぜて湿式ビーズミルにより分散させ、大豆油中でLi−TCNQ、K−TCNQやNa−TCNQ微粉末結晶をナノ微粒子化させたナノ微粒子分散大豆油溶液を作製した。その後、生理食塩水20mL中に今作製したナノ微粒子を分散し、大豆油溶液2mL、卵黄由来のレシチン1.5gを投与後、超高速乳化器により20000rpmの超高速攪拌する事で、図1Cに示す構造を作ることができた。
分散大豆油溶液を用いるリポ製剤(例えばLTT研究所作製)の血中動態を画像化する手段を提供できた。
[実施例4]
次に、LiPc(リチウムフタロシアニン;C32H16LiN8)のX相単結晶を用いた場合の実施例について説明する。以下の説明では、実施例1と違う部分のみを記述する。LiPc結晶の作製装置は、同じく図2Aに示した結晶成長セルである。結晶原料は市販のLi2Pc(Dilithium phthalocyanine)であり、エタノールによる再結晶を行い高純度化した。
結晶成長条件を表7に示す。LiPc結晶は、FA2PF6単結晶に比べて結晶が脆弱ではないため、図3Aに示すリン脂質に包む結晶は、FA2PF6単結晶粉末のように、電解結晶成長法で得られた数ミリの結晶をそのまま用いることはできない。そのため、0.1−0.9μm程度に微粒子化する必要がある。ここでは、湿式ビーズミル法により、0.1−0.9μm程度に微粒子化した。
具体的条件例を表8に示す。この方法で、メジアン径0.2μmのLiPc微結晶を得た。シクロヘキサンによる洗浄とクロロホルムにる洗浄後、シクロヘキサンとクロロホルムの混合液に、0.2μmのLiPc微結晶(60−600μmolの範囲)を混ぜ、図3Aに示したリン脂質で包む工程に適用した。この工程は実施例1と同じである。その後、フラスコ内に生理食塩水をいれ、壁面に形成され薄膜を剥離後、超高速乳化器による超高速攪拌を行い、図1A及び図6Aに示すようなメジアン径0.2μmのLiPc微結晶造影剤を得る事ができた。
LiPcの本発明造影剤は、実施例1と同様な担ガンマウスでのDDSキャリアのガン部位蓄積効果を画像化できるが、LiPcは生体中酸素濃度に吸収線幅が敏感である事を利用して、被着部位周辺の酸素濃度を画像化することができる点がFA2PF6結晶との相違である。
[実施例5]
次に、YIG(Y3Fe5O12:イットリウム鉄ガーネット)結晶のナノ微粒子を用いた実施例について説明する。
YIG単結晶微粉末(粒径1−2μm)は市販されており、形状も出発点としては望ましい塊形状をしている。微粒子化には、図10に略示する湿式ビーズミル法を3回繰り返し用いて、ナノ微粒子化した。具体的には微粒子化の第一段階として、水(20.5g:20.5mL)、YIG単結晶微粉末(粒径1−2μm)(20.5g:20.5mL)、0.1mmZrO2(138g:37.5mL)、分散剤ポリアクリル酸ナトリウム{アロンT−40(1.5g:1.5mL)}を回転数2650rpmで10時間連続粉砕し、100nm粒径の微粒子粉末に粉砕した。微粒子化の第二段階として、ZrO2を取り替えて、水(20.5g:20.5mL)、YIG単結晶微粉末(粒径1−2μm)(20.5g:20.5mL)、0.03mmZrO2(138g)、分散剤アロンT−40(1.5g:1.5mL)を回転数2650rpmで10時間連続粉砕し、メジアン径10nmのナノ微粒子粉末に粉砕した。第3段階として、ZrO2を取り替えて、0.015mmZrO2(138g),分散剤アロンT−40(1.5g:1.5mL)を回転数2650rpmで10時間連続粉砕し、メジアン径4nmのナノ微粒子粉末に粉砕した。YIGナノ微粒子作製条件を表9に示す。
このようにして作製したYIGナノ微粒子を流水によりよく洗浄した後、加熱乾燥させHMDS(Hexamethyldisilazane)溶液の蒸気をYIGナノ微粒子表面に吹き付けて、YIGナノ微粒子表面を疎水性に改質した。
このようなYIGナノ微粒子を用いて、何種類かの造影剤を作製した。その第一は、図1Aと図6Aの構造、YIGミセル、である。具体的には、実施例4のリン脂質によるミセルの作成方法と同じである。即ち、図3Aに示したリン脂質に包む結晶は、YIGナノ微粒子である。表5のFA2PF6量と同程度のYIGナノ微粒子量を用いている。ミセルの作成方法は実施例1と同じである。但し、実施例1と異なり、遠心分離機による濃縮プロセスは用いていない。出来上がったミセルのYIGナノ微粒子造影剤の粒度分布は、図11Aに示すように、メジアン径4.04nmであった。
第二は、上で作製したYIGナノ微粒子造影剤作製工程で、最後に遠心濃縮プロセスを用いて作製される、図1Bの形態の造影剤である。つまり、YIGナノ微粒子造影剤を構成するミセルは、それ自身が、親水性YIGナノ微粒子と見なせるので、実効的にYIGナノ微粒子表面を親水化したことと同じである。この濃縮親水性YIGナノ微粒子造影剤を実施例2に従い、リポソームに包む事で、図1Bの形態の造影剤を作製した。
第三は、YIGナノ微粒子をAr/O2プラズマ処理で表面を親水化したり、アンモニヤ水:過酸化水素水:純水=4:1:6、液温60[℃]で2分間ディップすることで、YIGナノ微粒子表面を親水化することにより作製される、図1Cの形態の造影剤である。
実施例3で図1Cの形態の造影剤を作製したように、大豆油20mL中に親水化したYIGナノ微粒子1gを適当な分散剤、例えば、オレイン酸グリセリルエステル0.15gと混ぜて超高速乳化機により分散させ、YIGナノ微粒子分散大豆油溶液を作製した。その後、生理食塩水20mL中に今作製したYIGナノ微粒子分散大豆油溶液2mL、卵黄由来のレシチン1.5gを投与後、超高速乳化器により20000rpmの超高速攪拌する事で、図1Cに示す構造を作ることができた。
YIGナノ微粒子は、表面を親油性と親水性に改変できるので、種々の造影剤を構成できる点が長所である。MnOFe2O3を用いても、同様の微粒子を作製できるが、ESR造影剤として使用できる粒径が2nm程度と小さくなり、粒径の制御性が悪くなる難点がある。
YIGナノ微粒子造影剤は、ESR信号感度が非常に高いので、微小なガン組織での蓄積効果や周波数が200−300MHzと低い場合でも高画質のESR画像を撮影できる点が長所である。実施例1の担ガンマウスより腫瘍サイズの小さい0.3gのコロン26がん株においてもYIGナノ微粒子造影剤蓄積の確認をできた。
[実施例6]
次に、ESR物体のナノ微粒子をゲル又はゼリー状物質中にマトリックス状に埋め込んだ造影剤の実施例について説明する。
図12Aに、ゲル又はゼリー状物質91中にESR物体101(この場合、FA2PF6微結晶、LiPc(X相)微結晶、Li−TCNQ微結晶、K−TCNQ微結晶、Na−TCNQ微結晶、TAM分子固体など)を分散させ、表面103を疎水化することで、図1Aに示すリン脂質等の界面活性剤で包摂した構造を作製できる。具体的作製方法について以下に開示する。
テングサ(天草)、オゴノリなどの紅藻類の粘液に0.1μm程度に微粒子化したESR物体101(FA2PF6微結晶LiPc(X相)微結晶、Li−TCNQ微結晶、K−TCNQ微結晶、Na−TCNQ微結晶、TAM分子固体など)を混ぜて、一様になるまで攪拌し、凍結・乾燥した後、乾式粉砕機で20μm程度に粉砕し、HMDS処理により疎水化し、生理食塩水中に表5に示すリン脂質と一緒に超高速乳化することで、粒径1μm程度の図12Aに示すミセル造影剤を作製した。
本方式では、コラーゲン中にFA2PF6微結晶、LiPc(X相)微結晶、Li−TCNQ微結晶、K−TCNQ微結晶、Na−TCNQ微結晶、TAM分子固体などを分散させ、変成させてゼラチンにしゲル化剤を添加してゼリーを作成して、同様に図12Aに示すミセル造影剤を作製することもできる。
またDDSキャリアとして、図12Bに示す様に、親水性のポリエチレングリコール22と疎水性のポリアミノ酸32からなるAB型ブロックコポリマーを用いて、ゲル又はゼリー状物質41中にESR物体51を分散させたミセル構造を作製することもできる。
本発明では、既知のDDSキャリアの種類に依存して様々な形のESR物体を内包させる事でESR造影剤を作製できる。
本造影剤では、思いがけなくマウスの大静脈にDDSキャリアが吸着することが分かり、DDSキャリアとして吸着しているのか、DDSキャリアが壊れて中に存在するマトリックス状に埋め込んだ造影剤が外部に露出した状態なのかが問題になったが、血管壁を取り出して分析した結果DDSキャリアは壊れてマトリックス状に埋め込んだ造影剤が被着したことが分かった。この例でも分かるように、DDSキャリアの予期せぬ動態が分かるところに、今までの造影剤と異なる役目がある。DDSキャリアの作り方(ESR造影剤の包み方も含めて)を見直すきっかけを示してくれた。
[実施例7]
腸壁にできた癌に対して検診するDDSキャリアの例を図13に示す。本造影剤は、経口造影剤である。構造としては図13Aが図1Aとほぼ同じ構造、図13Bが図1Bとほぼ同じ構造をしており、上記実施例1−6で説明した方法によって製造することができる。但し、粒径はそれぞれ大きさが50μmから100μmと巨大になっており、FA2PF6結晶、LiPc(X相)結晶、Li−TCNQ微結晶、K−TCNQ微結晶、Na−TCNQ微結晶、TAM分子溶液の微細化プロセスは非常に簡略化される。YIGのナノ微粒子化は変わらない。また腸壁に存在する癌に対して選択的に被着させるため、DDSキャリア表面に癌部位と結合する得意な抗体39を形成している点が図1Aあるいは図1Bの構造と異なる点である。
他の胃癌を対象とした例として、抗体とリポソームにヒト抗体を修飾し、抗ガン剤塩酸ドキソルビシンを封じしたイムノリポソーム製剤MCC465の場合、所望のガン組織にイムノリポソーム製剤が到達したか?あるいは意図しない組織に到達したかを観察するには、粒径200nm程度の図13Bの構造の造影剤を作ることで、DDSキャリアの動態を画像化できる。この場合、DDSキャリアはイムノリポソーム製剤MCC465と同一に形成する。
[実施例8]
本発明を用いれば、DDS医薬品と混合して用いることで、DDSの分布を画像化できる。医薬品と一緒に入れる手法としては、例えば、実施例2のリポソームに抗がん剤塩酸ドキソルビシンを包摂する事で、ESR造影剤と同じ構造のDDSキャリアに包摂でき、生体内の動態を知る事ができる。別の例では、リポ製剤であるプロスタグランジシンE1(PGE1)を図1Cの油性溶液9中に親油性の医薬品化合物として溶かしておき、医薬品とESR造影剤を同時に作製できる。このよう場合、ESR造影剤の生体内動態から、着目組織に到達するまでの薬物動態を知る事ができる。投薬後の叙法作用については、造影剤の生体内での崩壊過程を画像化することで、ある程度の情報を得る事ができる。
1,8,51,101…ESR物体、2,4,21,21’…親水基、3,31,32,31’…親油基(疎水基)、6,22…PEG、7…水溶液、9…非水溶液、41,91…ゲル又はゼリー状物質、11…界面活性剤、103…疎水化表面、32…ポリアミノ酸、39…抗体、60…円柱状容器、61…円柱状フィルタ付き陰極容器、62…共通陰極、63…テフロンの蓋、64…真空引き窓、65、72…陽極、66…フィルタ、67…陽極領域、68、75…フィルタ、71…三角フラスコ型陽極領域、73…円柱状陰極領域、74…陰極、76…真空コック