1.の白色干渉法は、測定したい波長域に対応した帯域の光源があれば原理的に任意の位相分散を測定可能である。しかしながら、1.の白色干渉法では、参照光と信号光との光路長を一致させ、かつ、測定している間、参照光と信号光との光路差を波長よりも十分に小さい揺らぎに収まるように制御する必要がある。一般に、これは、非常に困難であり、微小な物体や複雑な物体の測定、あるいは、揺動や温度変化の大きい環境での測定は不可能である。
また、2.の吸収法(クラマース・クローニッヒ法)は、「材料の透過スペクトルおよび位相分散を表す関数が最小位相推移関数である」という仮定ができるときにのみにしか使用できない。そのため、材料によっては、上記の仮定ができず、正しい位相分散を求めることができないことがある。例えば、材料の透過率が波長によらず一様に高く(例えば100%)、位相分散が存在するような場合には、原理的にこの方法を用いることができない。また、実用面においても、吸収がきわめて少なく、位相分散のみが顕著であるような材料に対しても適用するのは困難という欠点を有している(参考文献:C.キッテル著「キッテル固体物理学入門(下)」(丸善)、A.パポリス著「応用フーリエ積分」(オーム社))。
また、3.のベースバンドAM応答法では、原理的に、光を強度変調する周波数によって測定周波数領域(測定波長域)が限られるという大きな欠点がある。せいぜい強度変調は、数十ギガヘルツ止まりであり、光周波数の1000分の1程度しかスキャンできない。また、より広い周波数領域をスキャンしようとした場合、狭帯域のレーザの中心周波数を変化させながら測定し、追ってデータ処理する必要があり、非常に複雑になる。また、一般に、市販の狭帯域レーザの発信周波数はきわめて限られているため、測定周波数領域がきわめて限られる。
また、4.のパルス遅延法では、まず異なる中心波長をもつ光パルスを多種用意しなければならない。また、入射パルスの幅、相対的遅延時間の測定に用いる光検出器の周波数帯域、およびオシロスコープの周波数帯域によって、測定精度が制限される。また、測定対象物が光ファイバのように十分長い相互作用長を持つ場合でなければ、相対的遅延時間も検出できず、測定自体が不可能であるという問題もある。
また、5.の位相シフト法も、先に述べた3.のベースバンドAM応答法と同様に、原理的に、光を強度変調する周波数によって測定周波数領域が限られるという大きな欠点がある。測定精度は、光検出器およびオシロスコープの周波数帯域によって制限され、せいぜい強度変調は数十ギガヘルツ止まりである。つまり、光周波数の1000分の1程度しかスキャンできない。また、より広い領域をスキャン使用とした場合、狭帯域のレーザの中心周波数を変化させながら測定し、追ってデータ処理する必要があり、非常に複雑になる。
以上のように、従来の位相分散測定方法は、微小な物体や、複雑な物体、十分長い相互作用長を持たない物体の測定が不可能である、揺動や温度変化の大きい環境での測定が不可能である、吸収が波長によらず一様である材料や吸収がきわめて少なく位相分散のみが顕著であるような材料の測定が不可能あるいは困難である、測定周波数領域が限られる、測定精度が制限されるなどの問題を有している。
また、特許文献1の位相分散測定方法は、白色干渉法と同様の問題を有する。すなわち、微小な物体や複雑な物体の測定、あるいは、揺動や温度変化の大きい環境での測定が不可能である。
また、特許文献2の光特性測定装置では、2つの光路の光路差をエンタングル光子対のコヒーレンス長よりも充分に大きくすることで、光子の一致検出確率を、δτ(ハーフミラーの移動によって生じる第一光の反射光路長と第二光の反射光路長との差に対応する時間差)の変化に対する一致検出確率の変化を表す曲線におけるディップ(谷)から外している(特許文献2の図3および段落[0098]参照)。すなわち、特許文献2の光特性測定装置では、δτをディップから十分に外れるまで0から大きく(±1/σよりも充分大きく)ずらしている。そして、特許文献2の光特性測定装置では、このような条件下において、遅延時間τ(可変遅延器による遅延時間)の変化に対する一致検出確率の変化を表す曲線に生じるピークの位置に基づいて遅延時間などを算出している。
したがって、特許文献2の光特性測定装置では、遅延時間τ(可変遅延器による遅延時間)の変化に対する一致検出確率の変化を表す曲線における、2つの光路の光路差が十分大きくディップから十分に外れた部分(本願図2の曲線におけるフラットな部分)の一致検出確率を利用しているものであり、ディップ部分の一致検出確率は利用していない。
さらに、特許文献2の光特性測定装置では、δτをディップから十分に外れるまで0から大きくずらしていることで、2つの光子間の干渉(Hong−Ou−Mandel量子干渉)の効果をなくしてしまっている(特許文献2の[0099]参照)。これは、ハーフミラーに対して2つの光子が全く別の時間に独立に入射されることを意味する。また、特許文献2の段落[0071]には「ハーフミラー40で反射するエンタングル光子対は、・・・したがって、一致検出の確率の向上に寄与しない。」と記載されている。これは、特許文献2の光特性測定装置は、実質的には、ハーフミラーで透過した信号光とアイドラ光とを用いて測定を行っているにすぎないことを意味している。これらのことから、特許文献2の光特性測定装置は、強度干渉は利用しているものの、2つの光子がハーフミラー上で互いに干渉する効果は利用していないと考えられる。
したがって、特許文献2の光特性測定装置は、パラメトリック蛍光対の片側に測定対象物を入れ、ハーフミラーを用いずに、単に各々の光子の同時計数を行う装置と等価(つまり、ハーフミラーは、測定精度の向上に寄与しない不要なものである)であり、光子間の干渉を利用した精度の高い光特性測定を実現することは困難であると考えられる。
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、揺動や温度変化の大きい環境でも測定が可能であり、測定対象物のサイズや形状、吸収スペクトルによらず測定が可能であり、測定周波数領域が広く、かつ測定精度が高い光学特性測定装置および光学特性測定方法、並びに、それに用いるプログラムおよび記録媒体を提供することにある。
なお、パラメトリック・ダウンコンバージョンによって生成された量子相関を持つ光子対を、光路差(非線形光学結晶から一方の光子の検出位置までの光路長と、非線形光学結晶から他方の光子の検出位置までの光路長との差)を変えながら検出器に導き、検出器で同時計数すると、光路差による同時計数確率の変化を表す曲線に、(対称的な)ディップが発生することが知られている(非特許文献5)。
また、M.Atatuereらの非特許文献6には、フェムト秒パルスレーザからのポンプ光を非線形光学結晶に入射してパラメトリック・ダウンコンバージョンによって量子相関を持つ光子対を生成し、この光子対を、プリズムを用い、かつ光路差を変えながら検出器に導き、検出器で同時計数する実験において、光路差による同時計数確率の変化を表す曲線に非対称なディップが発生すること、およびその原因を確認したことが記載されている。また、非特許文献7には、非特許文献6の実験の追試を行い、非対称なディップの原因がM.Atatuereらの考えていたものと異なっていたことが示されている。
しかしながら、非特許文献6では、非対称なディップが位相分散とは別の原因によるものであるとされている。すなわち、ポンプ光のパルス幅が非線形光学結晶(β−バリウムボレート結晶)の結晶長よりも長い場合、非線形光学結晶内でパルス幅よりも離れた距離で発生したパラメトリック蛍光は互いにインコヒーレントになり、それが原因で非対称なディップが見られるとしている。さらに、この現象が、非線形光学結晶の結晶長を長くするに伴って、非対称性が増すものだということを示し、実験によって確認している。
また、本願発明者等の検討によれば、非特許文献6に示されている非線形光学結晶の結晶長に起因して非対称なディップが発生する現象は、フェムト秒パルスレーザを用い、かつバンドパスフィルタを用いなかった場合にのみ見られるものと著者らは主張している。そして、この現象が、ポンプ光のパルス幅が結晶長よりも短いときに限って起こると述べている。すなわち、本出願におけるような、結晶長よりも十分に長いコヒーレント長を持つCW(連続波)レーザーによる励起とは、まったく異なる状況でのみ生じた物である。そのため、非特許文献6に示されている非対称なディップは、位相分散とは異なる原因で発生しているものであると考えられる。
また、非特許文献7でも、非対称なディップが位相分散とは別の原因によるものであるとされている。すなわち、非特許文献7では、非対称なディップは、光学系に用いられたプリズムが原因であるとされている。そのことを示すために、非特許文献7は、まず、プリズムを用いないで実験を行い、非対称なディップが見られないことを示している。次に、プリズムを用いて非特許文献6の実験と全く同じ実験を行い、非対称なディップを確認している。その後、プリズムを2つにし、それらの向きを逆に配置して、実験を行い、その結果、非対称なディップが見られなくなったことを示している。非特許文献7では、ディップの非対称性の原因はプリズムを用いたことにあるとしているが、その理由は明らかにしていない。しかし、この非対称性が、結晶長に依存して起こる現象であることはM.Atatuereらの実験結果から明らかである。したがって、どの様な理由だとしても、そのため、非特許文献7に示されている非対称なディップは、パラメトリック蛍光対の光路上における位相分散とは異なる原因で発生しているものであると考えられる。
以上のように、非特許文献6および7で示されている非対称なディップは、位相分散とは異なる原因で発生しているものであり、非特許文献6および7には、非対称なディップと位相分散との相関を示唆する記載は全くない。
本発明に係る光学特性測定装置は、上記課題を解決するために、測定対象物の光学特性値の波長依存性を測定する光学特性測定装置であって、互いに量子相関(「量子もつれ合い」とも呼ばれる)を持つ第1光子および第2光子からなる光子対を生成し、第1光子を上記測定対象物に射出する光子対生成手段と、上記測定対象物を透過した第1光子を第1成分および第2成分に分割し、上記第2光子を第3成分および第4成分に分割し、第1光子の第1成分と第2光子の第3成分とを混合して第1混合光を生成し、第1光子の第2成分と第2光子の第4成分とを混合して第2混合光を生成する光混合手段と、第1光子と第2光子との光路差を変化させる光路差制御手段と、上記第1混合光および第2混合光の光子を検出する光子検出手段と、上記光子検出手段によって上記第1混合光の光子と第2混合光の光子とが同時に検出される頻度を同時計数率として計測する同時計数率計測手段と、上記同時計数率計測手段によって計測された同時計数率から、第1光子と第2光子との光路差の変化に対する同時計数率の変化を求め、該同時計数率の変化におけるディップ部分の値に基づき上記測定対象物の光学特性値の波長依存性を算出する波長依存性算出手段とを備えることを特徴としている。
本発明に係る光学特性測定方法は、上記課題を解決するために、測定対象物の光学特性値の波長依存性を測定する光学特性測定方法であって、互いに量子相関を持つ第1光子および第2光子からなる光子対を生成し、第1光子を上記測定対象物に射出するステップと、上記測定対象物を透過した第1光子を第1成分および第2成分に分割し、上記第2光子を第3成分および第4成分に分割し、第1光子の第1成分と第2光子の第3成分とを混合して第1混合光を生成し、第1光子の第2成分と第2光子の第4成分とを混合して第2混合光を生成するステップと、第1光子と第2光子との光路差を変化させるステップと、上記第1混合光および第2混合光の光子を検出するステップと、上記第1混合光の光子と第2混合光の光子とが同時に検出される頻度を同時計数率として計測するステップと、計測された同時計数率から、第1光子と第2光子との光路差の変化に対する同時計数率の変化を求め、該同時計数率の変化におけるディップ部分の値に基づき上記測定対象物の光学特性値の波長依存性を算出するステップとを含むことを特徴としている。
上記構成および方法によれば、光混合装置での量子相関を持つ光子間の干渉によって発生するディップ部分の値を用いて測定対象物の光学特性の波長依存性を測定するものであるため、測定対象物のサイズや形状、相互作用長などよらず高い測定精度で光学特性の波長依存性を測定することができ、また、微弱な光(例えば光子が1000個程度)であっても光学特性の波長依存性を測定できる。
また、上記構成および方法によれば、光学特性の波長依存性を測定したい波長域の光を発することができる光子対生成手段を用いることで、原理的に任意の波長域における光学特性の波長依存性を測定可能である。したがって、広い波長域で光学特性の波長依存性を測定することができる。
さらに、上記構成および方法によれば、吸収を直接的に測定することが不要であるので、吸収測定が不可能な場合や、測定対象物の吸収が波長によらず一様である場合、測定対象物の吸収がきわめて少なく位相分散のみが顕著である場合などであっても、容易に光学特性の波長依存性を測定することができる。
また、上記構成および方法では、波長オーダーでの光路差の調整は必要としない。例えば白色干渉計では一般に10nm程度のオーダーでの光路差の調整が必要であるが、上記構成および方法では、μmオーダー未満での光路差の調整は不要である。また、上記構成および方法は、揺動や温度変化の大きい環境でも測定が可能であり、広い適用範囲を持つと考えられる。なお、本発明の構成および方法でも、ディップを測定可能な程度に光路差の調整を行う必要はあるが、この調整はμmオーダー以上でよい。例えば後述する実施例では光路長を50μm刻みで調整して測定を行っている。一般に、1μm以上の光路長調整であれば、光学系に特別な安定化を図る必要も無く、容易に行うことができる。
本発明の光学特性測定装置は、上記光子検出手段が、上記第1混合光の光子を検出する第1光子検出器と、第2混合光の光子を検出する第2光子検出器とを備え、上記波長依存性算出手段が、上記第1光子検出器と第2光子検出器との間における光子の検出時間差を含む演算式を用いて上記測定対象物の光学特性値の波長依存性を算出する構成であることが好ましい。これにより、実用的な検出系によって広い波長域のスペクトルを測定することが可能となる。
また、本発明の光学特性測定装置は、上記波長依存性算出手段が、第1光子と第2光子との光路差を十分に大きくして第1光子と第2光子との光路差によらず同時計数率がほぼ一定になったときの値をバックグラウンド値とし、バックグラウンド値から同時計数率を減算することにより得られた値に対してフーリエ変換を用いた演算処理を行うことにより上記測定対象物の光学特性値の波長依存性を算出するものであることが好ましい。
上記光子対生成手段が、励起光を発する励起用光源と、上記励起用光源からの励起光をパラメトリック下方変換することにより、上記光子対としてのパラメトリック蛍光対を発生させる非線形光学結晶とを備える構成であることが好ましい。これにより、発生する光子対の状態が高次光の少ない状態となり、1次近似式によって高い精度で光学特性値の周波数依存性を求めることができる。したがって、光学特性値の周波数依存性の演算を容易に行うことができる。
また、本発明の光学特性測定装置は、上記波長依存性算出手段が、同時計数率の変化におけるディップ部分の非対称性に基づき、上記測定対象物の屈折率の波長依存性を表す位相分散スペクトルを算出する構成であってもよく、上記波長依存性算出手段が、同時計数率の変化におけるディップ部分の値に基づき、上記測定対象物の透過率の波長依存性を表す透過スペクトルを算出する構成であってもよい。
なお、「位相分散」とは、波長分散とも呼ばれるものであり、媒質に入射する光の周波数に依存して、媒質の屈折率が変化する特性を表す。すなわち、「位相分散」は、媒質に入射する光の周波数に依存して、光が媒質中を伝搬する群速度が変化する特性(群速度分散)と関係している。
また、本発明の光学特性測定装置における光混合手段としては、例えば、上記測定対象物を透過した第1光子を透過および反射することによって第1成分としての反射成分および第2成分としての透過成分に分割し、上記第2光子を透過および反射することによって第3成分としての透過成分および第4成分としての反射成分に分割し、第1光子の反射成分と第2光子の透過成分とを混合して第1混合光を生成し、第1光子の透過成分と第2光子の反射成分とを混合して第2混合光を生成するビームスプリッタを用いることができる。
本発明に係るプログラムは、互いに量子相関を持つ第1光子および第2光子からなる光子対を生成し、第1光子を上記測定対象物に射出する光子対生成手段と、上記測定対象物を透過した第1光子を第1成分および第2成分に分割し、上記第2光子を第3成分および第4成分に分割し、第1光子の第1成分と第2光子の第3成分とを混合して第1混合光を生成し、第1光子の第2成分と第2光子の第4成分とを混合して第2混合光を生成する光混合手段と、第1光子と第2光子との光路差を変化させる光路差制御手段と、上記第1混合光および第2混合光の光子を検出する光子検出手段と、上記光子検出手段によって上記第1混合光の光子と第2混合光の光子とが同時に検出される頻度を同時計数率として計測する同時計数率計測手段とを備える光学特性測定装置において、上記同時計数率計測手段によって計測された同時計数率から、第1光子と第2光子との光路差の変化に対する同時計数率の変化を求めるステップと、該同時計数率の変化におけるディップ部分の値に基づき上記測定対象物の光学特性値の波長依存性を算出するステップとをコンピュータに実行させるためのものである。また、本発明に係る記録媒体は、上記プログラムを記録したものである。
上記プログラムおよび記録媒体によれば、本発明に係る光学特性測定方法を、コンピュータを用いて容易に実行させることができる。
本発明によれば、以上のように、揺動や温度変化の大きい環境でも測定が可能であり、測定対象物のサイズや形状、吸収スペクトルによらず測定が可能であり、測定周波数領域が広く、かつ測定精度が高い光学特性測定装置および光学特性測定方法、並びに、それに用いるプログラムおよび記録媒体を提供することができる。
本発明の一実施形態について図1および図2に基づいて説明すると以下の通りである。図1は、本発明の第一の実施形態にかかる光学特性測定装置の構成を示す図である。
図1に示すように、本実施形態に係る光学特性測定装置10は、測定対象物としての光学素子4の光学特性値の波長依存性(位相分散スペクトルや透過スペクトルなど)を測定するためのものであり、光子対生成手段としての励起用レーザ(励起用光源)1および非線形光学結晶2と、単一モード光伝送手段としての単一モード光ファイバ(シングルモードファイバ)3A・3Bと、光混合手段としてのビームスプリッタ5と、光路差制御手段としての光学遅延回路6と、光子検出手段としての光子検出器(第1光子検出器)7Aおよび光子検出器(第2光子検出器)7Bと、同時計数率計測手段としての同時計数装置8と、波長依存性算出手段としての分析装置9とを備えている。
励起用レーザ1は、ポンプ光(励起光)を発して非線形光学結晶2に入射させるためのものである。
非線形光学結晶2は、励起用レーザ1から入射したポンプ光をパラメトリック下方変換(パラメトリック・ダウンコンバージョン)することにより、量子相関を持った1対の光子A・Bからなるパラメトリック蛍光対を発生させ、発生した光子A(第一光)および光子B(第二光)を異なる方向にビーム状に射出するものである。非線形光学結晶2としては、非線形光学結晶を、タイプIIのパラメトリック下方変換(入射した光子を、一方が常光線、他方が異常光線である2つの光子に分裂させるパラメトリック下方変換)の位相整合条件を満たすようにカットしたものが好適である。また、非線形光学結晶2の構成材料としては、ベータバリウムボライト(β−BaB2O4、透過波長域:190nm〜3500nm)、リチウムトリボレート(LiB3O5,透過波長域:160nm〜2600nm)などを用いることができ、光学特性値の波長依存性を測定したい波長域に応じて適宜選択すればよい。
単一モード光ファイバ3A・3Bは、非線形光学結晶2から射出された光子A・Bをそれぞれ透過させ、互いに量子相関を持つ特定のモードの光子A・Bのみを選び出すものである。なお、単一モード光ファイバ3A・3Bは、アイリス等に置き換えることも可能であるが、単一モード光ファイバ3A・3Bを用いることにより、調整時にパラメトリック蛍光対に代えて強いレーザ光を使用し、ビームスプリッタ5の配置角度などを調整する作業を容易に行うことができるため、単一モード光ファイバ3A・3Bを使用する方が望ましい。
単一モード光ファイバ3Aの長さは、単一モード光ファイバ3Bと同じ長さが望ましい。これは、ファイバの長さの差に起因する余計な分散の影響を除くためである。ただし、光学素子4を挿入せずに事前にディップをきちんと測定し、その結果を用いて後述する方法で補正する場合には、原理的には余計な分散の効果は排除可能である。
また、実際には、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5までの行路長が、光学遅延回路の遅延時間が調整可能な範囲の中間にある時に、光子Aも光子Bもほぼ同じになるように設定されることが望ましい。言い換えると、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Aの光路長は、光学遅延回路6内の光路長を除くと、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Bの光路長より短い。
すなわち、たとえば光ファイバ3Bとビームスプリッタ5との間は、図1では単に直線で記述しているが、実際には、遅延時間が固定された光学遅延回路が挿入されることが望ましい。この光路長の調整は、光ファイバ3Bの長さを、光ファイバ3Aよりも長く(たとえば3500μm)することによっても達成可能である。
測定対象の光学素子4は、一方の光子Aの光路における非線形光学結晶2と単一モード光ファイバ3Aとの間に挿入されている。測定対象の光学素子4は、例えばバンドパスフィルタである。なお、光学特性測定装置10は、光学素子4に限らず、あらゆる物体の光学特性の波長依存性を測定することが可能である。
光学遅延回路6は、その内部の光路長を変化させることができるものであり、一方の光子Aの光路における単一モード光ファイバ3Aとビームスプリッタ5との間に挿入されている。光学遅延回路6は、その内部の光路長を変化させることにより、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Aの光路長と光子Bの光路長との差(以下、単に「光子A・B間の光路差」と称する)を0を跨ぐ範囲で変化させるものである。本実施形態における光学遅延回路6は、その内部の光路長を幅5mmの範囲(例えば1000μm〜6000μmの範囲)で50μm刻みに変化させることによって、光子A・B間の光路差を−2500μm〜2500μmの範囲で変化させることができるものである。ただし、光路差を変化させる範囲の幅、および変化させる単位は、スペクトル(光学特性の波長依存性)を測定したい波長域の幅に応じて適宜変更すればよく、特に限定されるものではない。例えば、スペクトルを測定したい波長域の幅を10nmとしたい場合、光路差を変化させる範囲の幅を約0.1mmとし、光路差を1μm刻み程度で変化させればよい。
光学遅延回路6は、例えば、可動ミラーおよび固定ミラーを有し、可動ミラーおよび固定ミラーによって光路が形成されており、可動ミラーを固定ミラーに近づけるあるいは遠ざけることによって上記光路の長さを変化させることができるものである。また、光学遅延回路6は、内部の光路長を示す信号を出力することができるようになっている。
なお、光学遅延回路6は、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Aの光路長を変化させる代わりに、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Bの光路長を変化させるようにしてもよい。また、非線形光学結晶2からビームスプリッタ5に到達するまでの光子Aおよび光子Bの両方の光路長を変化させるようにしてもよい。
ビームスプリッタ5は、単一モード光ファイバ3A・3Bを透過した互いに量子相関をもつ光子が入射する2つの入力ポート5a・5bを備え、かつ2つの出力ポート5c・5dを備えている。
ビームスプリッタ5は、光学素子4、単一モード光ファイバ3A、および光学遅延回路6を通過した光子A(第1光子)と、単一モード光ファイバ3Bを通過した光子B(第2光子)とを受ける。ビームスプリッタ5には、光子Aと光子Bとが、互いの入射方向のなす角度が90度になるように入射されている。ビームスプリッタ5は、入射光の一部を透過率Tで透過し、残りを反射率Rで反射する部分反射面を有している。ビームスプリッタ5の部分反射面には、光子Aおよび光子Bが異なる側から入射する。ビームスプリッタ5の部分反射面は、光子Aの入射方向および光子Bの入射方向に対して45度傾いている。なお、ビームスプリッタ5の反射面の透過率Tおよび反射率Rはそれぞれ、50%および50%であることが好ましい。
ビームスプリッタ5は、光学素子4を透過した光子Aを部分反射面で透過および反射することによって反射成分(第1成分)および透過成分(第2成分)に分割し、透過成分および反射成分を90度異なる方向に出射する。
ビームスプリッタ5は、光子Bを部分反射面で透過および反射することによって透過成分(第3成分)および反射成分(第4成分)に分割し、透過成分および反射成分を90度異なる方向に出射する。光子Bの透過成分の進行方向は光子Aの反射成分の進行方向と同一である。それゆえ、光子Bの透過成分は、光子Aの反射成分と混合されて第1混合光を生成し、出力ポート5cから出力される。また、光子Bの反射成分の進行方向は光子Aの透過成分の進行方向と同一である。それゆえ、光子Bの反射成分は、光子Aの透過成分と混合されて第2混合光を生成し、出力ポート5dから出力される。
光子検出器7A・7Bは、単一光子を検出できるものであり、ビームスプリッタ5の出力ポート5c・5dから出射する第1混合光および第2混合光の光子をそれぞれ検出する。光子検出器7A・7Bは、光子の入射に応じて、短い時間幅(数十ナノ秒)の電圧パルスを発生する。
同時計数装置8は、光子検出器7A・7Bの出力に基づいて、光子検出器7A・7Bによって光子(第1混合光の光子および第2混合光の光子)が同時に検出される頻度である同時計数率を求め、同時計数率の値を出力する。具体的には、同時計数装置8は、光子検出器7A・7Bで電圧パルスがある一定時間内で同時に発生した回数を計数(同時計数)し、この回数を同時計数率の値として出力する。
分析装置9は、光学遅延回路6から出力された光子A・B間の光路差の値と同時計数装置8から出力された同時計数率の値とに基づき、光子Aと光子Bとの光路差の変化に対する同時計数率の変化を表す曲線(以下、「光路差−同時計数率曲線」と称する)を求める光路差−同時計数率曲線生成部9aを含んでいる。なお、光路差−同時計数率曲線は、光子Aと光子Bとの時間差(遅延時間)の変化に対する同時計数率の変化を表す曲線であってもよい。
本実施形態に係る光学特性測定装置10においては、分析装置9が、光路差−同時計数率特性を表す曲線のディップ部分の値に基づいて光学素子4の光学特性値の波長依存性を算出する処理を行い、算出された光学特性値の波長依存性を出力するようになっている。具体的には、分析装置9は、光路差−同時計数率曲線生成部9aに加えて、光路差−同時計数率曲線生成部9aで生成された位相差−同時計数率曲線における光路差0周辺に発生するディップ部分の値に基づき光学素子4の光学特性の波長依存性を算出する波長依存性算出部9bをさらに備えている。波長依存性算出部9bは、第1光子と第2光子との光路差を十分に大きくして第1光子と第2光子との光路差によらず同時計数率がほぼ一定になったときの値をバックグラウンド値(基準値)とし、バックグラウンド値から同時計数率を減算することにより得られた値に対して、光子検出器7Aと光子検出器7Bとの間における光子の検出時間差(後述するτ)を含む演算式(後述する式(2))を用い、かつ、フーリエ変換を用いた演算処理を行うことにより、光学素子4の光学特性値の波長依存性を算出する。
次に、本実施形態に係る光学特性測定方法について説明する。
まず、光子A・B間の光路差を変化させながら、光子検出器7Aおよび光子検出器7Bで光子Aおよび光子Bが同時に検出される頻度(単位時間あたりに検出される光子数)である同時計数率を同時計数装置8で測定する。
すなわち、まず、励起用レーザ1から非線形光学結晶2にポンプ光(周波数ω0)を入射させる。すると、パラメトリック下方変換(パラメトリック・ダウンコンバージョン)過程により、非線形光学結晶2のもつ非線形性の大きさに応じて、量子相関を持った光子対であるパラメトリック蛍光対(光子対A・B)が発生する。発生したパラメトリック蛍光対(光子対A・B)を単一モード光ファイバ3A・3Bに透過させることにより、発生したパラメトリック蛍光対(光子対A・B)の中から互いに相関をもつ特定のモードの光子対A・Bのみを選び出す。その選び出された光子A・Bをそれぞれビームスプリッタ5(反射率R、透過率T)の2つの入力ポート5a・5bの各々に入射させる。この際、光子Aの光路には光学遅延回路6を設けることにより、ビームスプリッタ5への光子A・Bの入射時刻に時間差を設ける。そして、光学遅延回路6内の光路長を変化させることにより入力ポート5a・5b間の光路差(光子A・B間の光路差)を変化させながら、ビームスプリッタ5の出力ポート5c・5dからの出力を光子検出器7A・7Bで検出し、2つの出力ポート5c・5d間の同時計数を同時計数装置8で行う。具体的には、光子検出器7A・7Bへの光子の入射に応じて、短い時間幅(数十ナノ秒)の電圧パルスを光子検出器7A・7Bで発生させ、それらの電圧パルスがある一定時間内で同時に発生した回数を同時計数装置8によって記録する。なお、測定時における光学遅延回路6内の光路長の変化は、光路長を変化させる指示を手動で入力することによって行ってもよく、分析装置9による制御によって自動で行ってもよい。
次いで、同時計数装置8で測定された同時計数率を、分析装置9の光路差−同時計数率曲線生成部9aにおいて、光路差に対してプロットし、光子A・B間の光路差が0の付近で同時計数率が極小値(ディップ)をとる曲線(光路差−同時計数率曲線)を得る。
最後に、分析装置9の波長依存性算出部9bにおいて、同時計数率のバックグラウンド値から同時計数率を減算することにより得られた値に対して、光子検出器7Aと光子検出器7Bとの間における光子の検出時間差を含む演算式を用い、かつ、フーリエ変換を用いた演算処理を行うことにより、光学素子4の光学特性値の波長依存性を算出する。
以上のようにして、本実施形態に係る光学特性測定装置および光学特性測定方法では、光学素子4の光学特性値の波長依存性を算出することができる。算出する光学特性値の波長依存性としては、位相分散スペクトル(位相分散曲線;屈折率の波長依存性を表す曲線)、位相分散係数(特定周波数における位相分散値;位相分散曲線の傾きに相当する)、位相分散係数の波長依存性、透過スペクトル(透過率の波長依存性を表す曲線)、などが挙げられる。
上記光学特性測定装置10においては、光学素子4のない状態では、非特許文献5に記載されているように、光子A・B間の光路差が0のラインに対して左右対称な光路差−同時計数率曲線が得られる。本願発明者等は、上記光学特性測定装置10において、図1に示すように、光子A・Bの光路のうちの一方(この場合、光子Aの光路)にのみビームスプリッタ5の前(非線形光学結晶2と単一モード光ファイバ3Aとの間)に位相分散を持つ光学素子4を挿入した場合には、通常とは異なり、光路差−同時計数率曲線に図2のグラフのような非対称性が現れることを見出した。本願発明者等は、この非対称性が現れる原因を解析した結果、この非対称性が光学素子4の位相分散に依存することを見出すと共に、光路差−同時計数率曲線のディップ部分の非対称性を解析することで光学素子4の位相分散スペクトルを導出でき、また、光路差−同時計数率曲線の対称性を解析することで光学素子4の透過スペクトルを導出できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
光学素子4の位相分散スペクトルおよび透過スペクトルを算出する演算処理の詳細については後述するが、同時計数率の変化におけるディップ部分の非対称性に基づいた上記演算処理を行えば、光学素子4の位相分散スペクトルを算出することができる。また、位相分散スペクトルに関連する、他の光学特性値の波長依存性、例えば位相分散係数や、位相分散係数の波長依存性なども、同時計数率の変化におけるディップ部分の非対称性に基づいた演算処理により算出することができる。すなわち、位相分散スペクトルが中心周波数ω0/2に対して反対称であると仮定すれば、位相分散スペクトル(波長による屈折率の変化)、位相分散係数(特定周波数における位相分散の値)、および位相分散係数の波長依存性(波長による位相分散係数の変化を表す曲線)の何れも出力可能である。
また、位相分散スペクトルがたとえ中心周波数ω0/2に対して反対称でない場合についても、中心周波数ω0/2における位相分散係数(位相分散スペクトルの傾き)は求めることができる。さらに、発振周波数ω0が可変の励起用レーザ1を用いて、ポンプ光の発振周波数ω0をスキャンすることにより、位相分散係数の周波数スペクトルを取得することができ、さらに、その位相分散係数の周波数スペクトルの値を積分することで、任意の位相分散スペクトルを求めることも可能である。
また、相対透過スペクトルが中心周波数ω0/2に対して対称であると仮定すれば、光学素子4の相対透過スペクトル(透過率の波長依存性)を算出することができる。また、透過スペクトルに関連する、他の光学特性値の波長依存性(例えば透過スペクトルの傾き)も、透過スペクトルが中心周波数ω0/2に対して対称であると仮定すれば算出することができる。さらに、パラメトリック蛍光対の平均透過率を、光学素子4挿入時のカウント数の減少から求めることにより、相対透過スペクトルから透過スペクトルの絶対値を推定することも可能である。
次に、フーリエ変換により光路差−同時計数率曲線のディップ(マンデルディップ)から光学素子4の光学特性値の波長依存性として、光学素子4の位相分散スペクトルおよび透過スペクトルを算出する演算処理について説明する。
まず、マンデルら(非特許文献5)によると、非線形光学結晶2から射出されたパラメトリック蛍光対の状態は次の式のように書くことができる。
ここで、φ(ω1,ω2)は、ω1=ω2=ω0/2でピークを持つような、ある重み関数である。
そのとき、光子検出器7Aで時刻tに光子Aを検出し、かつ、光子検出器7Bで時刻t+τに光子Bを検出する同時計数確率は、次の式(2)で与えられる。ここで、τは、光子検出器7A・7B間の検出時間差であり、光子検出器7Aによる検出タイミングに対して光子検出器7Bによる検出タイミングの遅れを示す。現実の光子検出器には、有限のタイミングジッター(光子を受光してから、検出信号を出すまでの遅延時間のゆらぎ)がかならず存在する。それ故、実際の実験においては、ある時間幅(ゲート時間)内に、光子検出器7Aおよび光子検出器7Bの両方ともが検出信号を発生させた場合について、同時係数事象とみなし、カウントする。τは、この事情に対応して導入されている。
ここで、
はそれぞれ、光子検出器7Aおよび光子検出器7Bにおける電場の正周波数成分であり、Kは、光子検出器7Aおよび光子検出器7Bの量子効率などの特性を表す定数である。
また、
は、ビームスプリッタ5に入射する前の電場
と、次の式(3)および(4)のような関係がある。
式(3)および式(4)を、式(2)に代入すると、前記の同時計数確率は、次の式で与えられる。
ここで、G(τ)は重み関数φ(ω0/2+ω,ω0/2-ω)を周波数ωについてフーリエ変換したものであり、g(τ)はそれをG(0)で規格化したものである。G(τ)およびg(τ)はそれぞれ、以下のように与えられる。
マンデルらは、非特許文献5中で「もしφ(ω0/2+ω,ω0/2-ω)が実でかつωに対して対称であれば、G(τ)およびg(τ)は両方ともτに関して実でかつ対称になる。」とし、この仮定に従って論を進めている。実際、非特許文献5中の図2に示された同時計数確率は、実験データ、理論曲線とも、遅延時間τ(非特許文献5の実験ではビームスプリッタの位置に相当する)に対して対称なものが示されている。パラメトリック蛍光対を用いて同様の実験は数多く行われているが、実際、これまでに、連続光(CW光)をポンプ光に用いた実験では、すべて対称なディップ形状が報告されていた。
しかし、本発明者らはCW光を用いた実験において非対称なディップ形状を初めて観察し、その原因に対する考察から、本発明の発案に至ったものである。
今、光子Aの光路および光子Bの光路の一方に、位相分散ならびに透過率分散をもつ媒質からなる光学素子4を挿入したとする。媒質の透過率をr(ω)、媒質の位相分散をψ(ω)とすると、複素透過率T(ω)は、次のように記述できる。
T(ω)=r(ω)exp(iψ(ω)) (8)
このとき、光学素子4を透過した後のパラメトリック蛍光対の状態は、媒質によって変調された重み関数φ’(ω1,ω0-ω1)を用いて次の式のように書くことができる。
また、φ’(ω1,ω0-ω1)は、式(1)に現れた元の重み関数を用いて次のように与えられる。
φ’(ω1,ω0-ω1)=T(ω1)φ(ω1,ω0-ω1) (10)
そのとき、同時計数確率は、式(5)〜(7)に現れるφをφ’で置き換えた、次の式(11)〜(13)で与えられる。
光学素子4を光子Aの光路および光子Bの光路の一方に挿入して測定を行うと、同時計数装置8において、測定データとして、同時計数確率P’12に変換可能なパラメータである同時計数率が得られることになる。同時計数装置8において同時計数率が求められた場合、分析装置9が、同時計数率から同時計数確率P’12を求め、同時計数確率P’12から式(11)〜(13)を用いて重み関数φ’(ω1,ω2)を求め、さらに重み関数φ’(ω1,ω2)から式(10)を用いて媒質の透過率r(ω)および媒質の位相分散ψ(ω)を求めることが可能になる。
以下、同時計数確率P’12から重み関数φ’(ω1,ω2)を導出する方法を説明する。
さきほど述べたように、実際の測定では、出力パルスがゲート時間Tc.cと呼ばれるある一定時間内に光子検出器7A・7Bの両方の検出器から発生した回数を、同時計数装置8が同時計数率として記録する。光子Bに対する光子Aの遅延時間がδτである(光子Bの光路長に対して光子Aの光路長がδτ×v(群速度)だけ長い)ときに同時計数装置8で得られる値である同時計数率N(δτ)は、式(11)の同時計数確率P’12(τ,δτ)から次の式のように得られる。
一方、式(11)に式(12)および(13)を代入して整理すると、同時計数確率P’12(τ,δτ)は、次のようになる。
ここで、ゲート時間Tc.cは、パラメトリック蛍光対のコヒーレンス時間ならびに遅延時間δτよりも十分に長いと仮定する。その場合、P12(τ)はせいぜいパラメトリック蛍光対のコヒーレンス時間ならびに遅延時間δτでしか値を持たないことから、式(14)の積分範囲を-∞から+∞までに広げても同じ値になる。
一般に、ゲート時間Tc.cは数ナノ秒のオーダーである。一方、パラメトリック蛍光対の波長帯域は数nm以上である。この場合、パラメトリック蛍光対のコヒーレンス時間は、数ピコ秒以下である。また、遅延時間δτも数ピコ秒のオーダーである。このように、この仮定は十分に満たされる。式(16)に式(15)を代入すると、次のようになる。
ここで式(4)の絶対値の中身をW(τ,δτ)とおいた。
そこで、この式(18)に対してパーシバルの等式を適用すると、次の式が得られる。
ここで、一般に、任意関数f(ω)に対して以下の式が成り立つ。
従って、式(7)の絶対値の中身に式(20)(21)を適用すると、以下の式が得られる。
よって、この式(22)を式(19)に代入すると、次式のようになる。
次に、式(23)において、Kを左辺に移動して、右辺を展開すると、次式のようになる。
ここで、左辺は、検出器量子効率で補正した、同時計数率の遅延時間(δτ)依存性になっている点に注意して欲しい。
今、一つ目のωの積分は、遅延時間δτを含まないので、定数になる。そのため、
とおく。このAは、|δτ|が十分に大きい場合の同時計数率、つまり同時計数率のバックグラウンド値に相当している。
式(24)において、定数項を式(25)を用いて書き換え、定数項およびN(δτ)を左辺に集めると、次式のようになる。
この式の左辺は、同時計数率のバックグラウンド値から、遅延時間δτを変化させて(光子Aと光子Bとの光路差を変化させて)取得した同時計数率N(δτ)を検出器量子効率Kで補正したものを差し引き、それを、ビームスプリッタ5の透過率Tと反射率Rとの積で割ったものである。
さらに、式(26)の両辺に対して、フーリエ変換を行うと、右辺は、
となる。従って、左辺とあわせると、
が得られる。つまり、「同時計数率のバックグラウンド値から、δτを変化させて取得した同時計数率N(δτ)を検出器量子効率Kで補正したものを差し引き、それを、ビームスプリッタ5の透過率Tと反射率Rとの積で割ったもの」をフーリエ変換することにより、φ'(ω0/2−ω,ω0/2+ω)φ'*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)
を得ることができる。
また、この理論式上では、積分範囲は(-∞,∞)になっているが、実際にはディップ部分以外の遅延時間δτは積分の中身が0になるため、実用上は、ディップ部分だけの積分でよい。すなわち、積分範囲は、少なくともディップ部分を含んでいればよい。
次に、φ'(ω0/2−ω,ω0/2+ω)φ'*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)から、媒質(光学素子4)の位相分散ψ(ω)を求める方法について述べる。式を用いると、次のような変形が可能である。
このことから、媒質(光学素子4)を取り除いた状態で同時計数率N(δτ)を同時計数装置8で測定し、分析装置9にて、上述したのと同様の手順を踏むことで同時計数率N(δτ)からφ(ω0/2−ω,ω0/2+ω)φ*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)を得た後、このφ(ω0/2−ω,ω0/2+ω)φ*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)でφ'(ω0/2−ω,ω0/2+ω)φ'*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)を割ることにより、T(ω0/2−ω,ω0/2+ω)T*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)を得ることができることがわかる。得られたT(ω0/2−ω,ω0/2+ω)T*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)は、式(8)を用い、r(ω)およびψ(ω)が実関数であることに注意すると、次式のように変形できる。
つまり、得られた複素関数T(ω0/2−ω,ω0/2+ω)T*(ω0/2−ω,ω0/2+ω)の位相部分は、ψ(ω0/2-ω)-ψ(ω0/2+ω)
になっている。
ここで、媒質(光学素子4)の位相分散曲線が、ポンプ光の半分の周波数(中心周波数)ω0/2に対して反対称であるとみなす。すると、
ψ(ω0/2-ω)-ψ(ω0/2+ω)=-2ψ(ω0/2+ω) (31)
となる。この右辺は、媒質(光学素子4)の位相分散曲線になっている。以上のようにして、媒質(光学素子4)の位相分散曲線を求めることができる。
また、ここで、透過率の波長依存性を表す曲線が、ポンプ光の半分の周波数ω0/2に対して対称であるとみなす。すると、媒質(光学素子4)の透過率の波長依存性(吸収スペクトル)を求めることができる。
なお、特許文献2の位相分散測定方法では、本実施形態の演算とは全く異なる演算を行っている。まず第一に、先にも述べたように、特許文献2での演算は、光子A,光子Bがビームスプリッタ5にコヒーレント時間よりも大きな時間のずれをもって入射した場合についての計算を行った物である。それに対して、本発明ではビームスプリッタ5に同時に入射した場合を中心とした演算を行っている。
また、特許文献2における、可変遅延器の遅延時間τ(本実施形態の演算におけるδτに相当する)を変化させたときの一致検出確率P(τ)を表す式(14)には、本実施形態の演算における式(2)にある検出時間差τ(特許文献2のτとは異なる)が含まれていない。また、特許文献2では、その後の積分操作を行っていない。
この違いを物理的に説明すると次のようになる。特許文献2において、式(14)の左辺に光子検出器間の検出時間差が含まれていないことは、光子検出器の応答時間がコヒーレント長より十分に短く(無限小)、かつ、光子検出器の時間分解能および同時計数装置の時間分解能(同時計数ウィンドウ、ゲート時間)がコヒーレント長より十分に短い(無限小)とみなしていることを意味している。その上で、光子Bの検出器7Aへの入射をトリガとしながら、光子Aの存在確率を検出器7Bで直接観測し、その結果から光子Aの光子波束形状変化をとらえようとするものである。このようなことができるのは、光子検出器の応答時間がコヒーレント長より十分に短く(無限小)、かつ、光子検出器および同時計数装置の時間分解能がコヒーレント長より十分に短い(無限小)という条件を満たす場合である。
この条件を満たすことは、現在の技術では極めて困難である。
例えば、光子検出器の応答時間を100psとした場合、「光子検出器の応答時間がコヒーレント長より十分に短い」という条件を満たすためには、少なくともコヒーレント時間を数nsにする必要があると考えられる。コヒーレント時間を長くすると言うことは、線幅を短くすることに相当する。そのため、このようにコヒーレント時間を長くした場合、測定できるスペクトル幅は0.0001nm程度の非常に狭い領域に限られてしまう。また、量子相関を持つ光子対(もつれ合った光子対)の光量はもともと微弱なものであるので、この程度まで狭いスペクトル領域に限定してしまうと、非常に検出が困難な光量まで減光されてしまうと考えられる。
一方、測定するスペクトル幅を広くしようとすると、「光子検出器の応答時間がコヒーレント長より十分に短い」という条件を満たすためには、非現実的に高速な応答時間を持つ光子検出器が必要となる。例えば、測定するスペクトル幅を1nmとした場合、10fsもの応答時間を持った光子検出器が必要となる。このような高速な応答時間を持った光子検出器は、現状では知られていない。
また、測定するスペクトル幅を広くしようとすると、「光子検出器および同時計数装置の時間分解能がコヒーレント長より十分に短い」という条件を満たすためには、光子検出器および同時計数装置の時間分解能を、周波数に換算して数百GHz〜THzオーダーにしなければならない。一般に、現在実用化されている光子検出器では、時間分解能が10GHz以下であり、現在実用化されている同時計数装置では同時係数の時間幅が数ナノ秒(数百MHz)である。そのため、現在実用化されている光子検出器および同時計数装置では、「光子検出器および同時計数装置の時間分解能がコヒーレント長より十分に短い」という条件を満たすことは困難である。
以上のように、特許文献2の演算方法は、現実的な検出系では広い波長域でスペクトルを測定することができず、現実的な検出系で測定できるスペクトル幅が0.0001nm程度の非常に狭い領域に限られてしまい、光子の検出が困難であるという問題点を有している。
それに対して、本実施形態の演算方法では、光子検出器7A・7Bの応答時間と光子検出器7A・7Bおよび同時計数装置8の時間分解能、ゲート時間とを有限の値(パラメトリック蛍光対のコヒーレンス時間よりも長い)とし、この有限の応答時間と光子検出器7A・7Bおよび同時計数装置8の時間分解能とに起因する光子検出器7A・7B間の検出時間差τを考慮した演算を行っている(式(14)の左辺に光子検出器7A・7B間の検出時間差τが含まれている)。そのため、本実施形態の演算方法においては、光子検出器7A・7Bの応答時間と光子検出器7A・7Bおよび同時計数装置8の時間分解能との両方がいくら長くても、測定自体に支障をきたすことがない。したがって、本実施形態の方法では、APD(アバランシェ・フォトダイオード)や光電子増倍管を用いた現実的な検出系により実現可能である。
また、本実施形態における位相分散スペクトルおよび透過スペクトルの算出方法は、クラマース・クローニッヒ法と比較して、次の利点を有している。
すなわち、クラマース・クローニッヒ法で位相分散を求めるためには、
(1)位相分散(ψ(ω))が中心周波数ω0/2に関して反対称性を持つとみなせる
(2)透過率の波長依存性(r(ω))が中心周波数ω0/2に関して対称性を持つとみなせる
(3)複素透過率の対数log(r(ω)exp(iψ(ω)))が、最小位相推移関数である
の3つの条件が満たされなければならない。特に(3)の条件は、現実の測定対象物では成立しない場合がある。
これに対し、本発明の方法で位相分散(ψ(ω))を求めるには、(1)の条件を満たすだけでよい。そのため、本発明の方法では、(2)または(3)の条件を満たさない測定対象物であっても位相分散(ψ(ω))を求めることができる。また、(1)の条件は、広い波長域では満たされない場合であっても、位相分散曲線が傾きを持ってさえいれば狭い波長域では満たされる。したがって、広い波長域では(1)の条件が満たされない場合であっても、狭い波長域で位相分散曲線を算出することができる。
すなわち、位相分散スペクトルがたとえ中心周波数ω0/2に対して反対称でない場合についても、中心周波数ω0/2における分散係数(位相分散スペクトルの傾き)を求めることができる。さらに、ポンプ光の発振周波数ω0をスキャンすることにより、分散係数の周波数スペクトルを取得し、その値を積分することで、任意の位相分散スペクトルを求めることも可能である。
また、本発明の方法で透過率の波長依存性(r(ω))および位相分散(ψ(ω))の両方を求める場合には(1)(2)の条件を満たす必要があるが、その場合でも(3)の条件を満たす必要がない。そのため、本発明の方法では、(3)の条件を満たさない測定対象物であっても透過率の波長依存性(r(ω))および位相分散(ψ(ω))の両方を求めることができる。
なお、分析装置9は、ハードウェアロジックによって構成してもよいし、次のようにCPUを用いてソフトウェアによって実現してもよい。
すなわち、分析装置9は、分析装置9の各機能を実現する制御プログラムの命令を実行するCPU(central processing unit)、上記プログラムを格納したROM(read only memory)、上記プログラムを展開するRAM(random access memory)、上記プログラムおよび各種データを格納するメモリ等の記憶装置(記録媒体)などを備えている。そして、本発明の目的は、上述した機能を実現するソフトウェアである分析装置9の制御プログラムのプログラムコード(実行形式プログラム、中間コードプログラム、ソースプログラム)をコンピュータで読み取り可能に記録した記録媒体を、分析装置9に供給し、そのコンピュータ(またはCPUやMPU)が記録媒体に記録されているプログラムコードを読み出し実行することによっても、達成可能である。
上記記録媒体としては、例えば、磁気テープやカセットテープ等のテープ系、フロッピー(登録商標)ディスク/ハードディスク等の磁気ディスクやCD−ROM/MO/MD/DVD/CD−R等の光ディスクを含むディスク系、ICカード(メモリカードを含む)/光カード等のカード系、あるいはマスクROM/EPROM/EEPROM/フラッシュROM等の半導体メモリ系などを用いることができる。
また、分析装置9を通信ネットワークと接続可能に構成し、上記プログラムコードを通信ネットワークを介して供給してもよい。この通信ネットワークとしては、特に限定されず、例えば、インターネット、イントラネット、エキストラネット、LAN、ISDN、VAN、CATV通信網、仮想専用網(virtual private network)、電話回線網、移動体通信網、衛星通信網等が利用可能である。また、通信ネットワークを構成する伝送媒体としては、特に限定されず、例えば、IEEE1394、USB、電力線搬送、ケーブルTV回線、電話線、ADSL回線等の有線でも、IrDAやリモコンのような赤外線、Bluetooth(登録商標)、802.11無線、HDR、携帯電話網、衛星回線、地上波デジタル網等の無線でも利用可能である。なお、本発明は、上記プログラムコードが電子的な伝送で具現化された、搬送波に埋め込まれたコンピュータデータ信号の形態でも実現され得る。
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
例えば、光子対生成手段として、励起用レーザ1および非線形光学結晶2に代えて、四波混合によって量子相関を持つ光子対を発生させるものを用いてもよい。また、光子対生成手段として、励起用レーザ1および非線形光学結晶2に代えて、周波数ωsの入力信号光を生成する信号用光源、入力信号光の周波数ωsよりも大きい周波数ωp(ωp>ωs)を持つ入力励起光を生成する励起用光源、および光パラメトリック増幅器を用い、光パラメトリック増幅器が、入力信号光および入力励起光を受け、上記入力信号光の周波数ωsと等しい周波数を持つ信号光と、上記入力励起光の周波数ωpと上記入力信号光の周波数ωsとの差に等しい周波数ωi(ωi=ωp−ωs)を持つアイドラ光との対を光子対A・Bとして生成する構成としてもよい。また、上記構成において、信号用光源を省き、光パラメトリック増幅器に入力信号光を入れないようにしてもよい(この場合、光パラメトリック増幅器が自発的パラメトリック下方変換器として機能する)。また、光子対生成手段として、光パラメトリック発振器を用いてもよい。
ただし、光パラメトリック増幅器などは、高次成分を含む光子対を発生するため、前記の式(1)の近似(1次近似)が許容されない。そのため、光子対生成手段としては、励起用レーザ1および非線形光学結晶2や、四波混合によって量子相関を持つ光子対を発生させるものなどのように、前記の式(1)の近似が許容されるものが好ましい。なお、特許文献2の光学特性測定装置は、前記の式(1)の近似が許容されないパラメトリック増幅器を用いているにもかかわらず、前記の式(1)の近似を行っており、不適当な構成であると考えられる。
また、光混合手段として、ビームスプリッタ5に代えて、ビームスプリッタ5の部分反射面と同様に配置されたハーフミラーを用いてもよい。