JP4474528B2 - 高靱性で鍛造成形可能な過共晶Al−Si合金材料 - Google Patents

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本発明は、過共晶Al−Si合金の展伸材化に関するものであり、更に詳しくは、例えば、回転式ECAP処理を施すことによって製造される、高靱性で鍛造成形可能な18mass%以上のSiを含有する過共晶Al−Si合金材料であって、その共晶組織の平均結晶粒径が1μm以下、初晶Siの平均結晶粒径が20μm以下の組織を有する合金材料及びその合金の製造方法に関するものである。本発明は、過共晶Al−Si系合金に係る技術分野において、高い靭性及び伸びを示し鍛造成形及び超塑性成形に適した合金を製造し提供するものである。
実用合金としての過共晶Al−Si合金は、一般には、Al−Si−Cu−Mg系の組成を持ち、代表的なものとして、Si量22〜24%のAC9A、Si量18〜20%のAC9B等の鋳造合金がJISで規格化されている。これらの合金の共通的特徴としては、組織中に顕著な初晶Si相が存在し、低熱膨張で耐摩耗性に優れることが挙げられるが、Si相の粗大化により機械的性質が著しく低下する傾向がある。その対策のため、Pを添加することで初晶Siの粗大化をある程度抑制できることが解明されて以降、過共晶Al−Si合金は、主に、エンジン用ピストン材料として利用されてきたが、その後、冷却速度の高い金型鋳造やダイカストの適用によって信頼性が高まり、シリンダブロックやコンプレッサー部品への用途拡大がなされている。
しかしながら、過共晶Al−Si合金は、基本的に延性に乏しく、塑性加工性に劣るため、その用途はあまり広くない。そこで、精密機器部材に使用可能な耐摩耗材を提供することを目的に、過共晶Al−Si合金の展伸材化が模索された。その結果、押出や細径鋳造の手法によって組織を微細化することで、Si含有量16〜18%のAA390合金や18%程度のAC9B類似合金において鍛造成形が可能となっている(非特許文献1、特許文献1,2参照)。しかし、更に高いSi含有量においては、初晶Si結晶粒が著しく粗大であり、押出や細径鋳造の手法では十分な微細組織が得られないため、塑性加工の実績は見当たらない。押出や細径鋳造は長手方向に垂直な断面積が減少する手法であるため、製品サイズの影響を受けやすく、処理の程度が限られることがネックとなる。実用レベルの鍛造成形を可能にするためには、400℃以下の温度において、ひずみ速度0.1/s以上で30%以上の圧縮ひずみに耐える性能が要求される(非特許文献2参照)が、Si量18%以上の合金においてそれに相当する特性値(引張伸びの場合15%以上)は現状では報告されていない。
ここで、参考のために代表的な特性値を例示すると、エンジンブロックとして使用されているダイカスト合金ADC14(17%Si)の場合は、急冷による微細組織であるにもかかわらず、その引張伸びは室温で1%に満たない(非特許文献3参照)。また、AC9A合金(23%Si)金型鋳物の伸びは、熱処理条件によって多少異なるが、一般的な例として、室温から150℃までは0.2%、250℃で0.5%、350℃で2%であり、極めて小さい。AC9B合金(18%Si)の場合でも、室温で0.5%、250℃で1.5%程度である(非特許文献4参照)。
最近になって、処理の前後で寸法変化のない強加工法としてECAP法が開発され、5000及び6000系Al合金においてシャルピー衝撃値が2〜3倍に向上したと報告されている。しかし、この方法では、伸びについては有意な改善が認められておらず(特許文献3参照)、ECAP法を過共晶Al−Si合金に適用した報告はこれまで見当たらない。
微細組織を有する過共晶Al−Si合金の他の製法の一つに、急冷凝固粉末を用いた粉末鍛造がある(非特許文献5、特許文献4参照)が、コスト面の問題があって、一般的な製法にはなっていない。また、溶射を応用した急冷凝固法もみられるが、高コストであるうえ、伸びが改善されたとの報告はない。一方、関連事例として、レーザー照射による再溶融急冷組織において強度や耐摩耗性が顕著に向上したとの報告があるが、表面処理等の局部的改質に限定される(非特許文献6参照)。
特開2001−20047号公報 特開平6−279904号公報 特開平9−137244号公報 特開平10−8161号公報 アルミニウムの組織と性質、軽金属学会発行、1991、249 金属材料活用辞典 産業調査会事典出版センター発行 2000年, 143頁 金属便覧改訂6版、日本金属学会編、571 アルミニウムの組織と性質、軽金属学会発行、1991、520 H. So, J. Mater. Proc. Tech. Vol. 114, 2001, 18-21. 軽金属、Vol.50,2000,609−613
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、高い靭性及び伸び特性を有し、鍛造成形及び超塑性成形が可能な、18mass%以上のSiを含有する過共晶Al−Si系合金材料を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、ECAP法により、共晶組織及び初晶Siの平均結晶粒径が、各々、1μm以下及び20μm以下からなる組織を有する過共晶Al−Si系合金材料とすることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。即ち、本発明は、Si含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si系合金において、高い靭性及び伸び特性を有し、鍛造成形及び超塑性成形が可能な18mass%以上のSiを含有する過共晶Al−Si系合金、及びその合金の製造方法、並びに当該合金を使用した精密機器用摺動部材を提供することを目的とするものである。
上記課題を解決するための本発明は、少なくとも18mass%のSiを含有する過共晶Al−Si合金に対して、回転式ECAP処理を施すことによって製造されるECAP処理材であって、共晶組織の平均結晶粒径が1μm以下、初晶Siの平均結晶粒径が20μm以下に微細化された組織を有し、突角部が破砕された微細化初晶Si、0.1〜0.3μmに微細化された微細α相、及び1〜3μmに微細化された微細粒状Si相からなる等軸結晶構造を有することを特徴とする過共晶Al−Si系合金材料、である。本合金材料は、(1)400℃以下の温度において、0.1/s以上のひずみ速度の下で、少なくとも15%の引張伸びを示すこと、(2)室温での伸びが少なくとも%、シャルピー衝撃値が少なくとも10kJ/m 特性を示すこと、(3)500℃付近において10−3/sレベルのひずみ速度のとき少なくとも100%の伸びを発現し、ひずみ速度感受性指数m=0.35〜0.45の超塑性を示すこと、を好ましい態様としている。
また、本発明は、上記過共晶Al−Si系合金材料よりなる精密機器用摺動部材、である。また、本発明は、上記過共晶Al−Si系合金材料よりなる鍛造成型用又は超塑性成型用合金材料、である。また、本発明は、18mass%以上のSiを含有する過共晶Al−Si合金に対して、375℃以上425℃以下の温度範囲において、回転式ECAP処理を繰り返すことにより、共晶組織の結晶粒径が1μm以下、初晶Siの平均結晶粒径が20μm以下に微細化された組織を有する過共晶Al−Si系合金材料を得ることを特徴とする過共晶Al−Si系合金材料の製造方法、である。本方法は、(1)375℃以上425℃以下の温度範囲においてECAP処理を4回以上繰り返した後、更に、300℃以上350℃以下の温度範囲において4回以上ECAP処理を繰り返すこと、(2)ECAP処理として、チャンネル角度90度の回転式ECAP処理を少なくとも8回繰り返すこと、を好ましい態様としている。
次に、本発明について更に詳細に説明する。
金属材料の信頼性や成形性を向上させるための最も基本的な方策は、組織を均質・微細化することである。その有力な手段の1つにECAP法があるが、通常のECAP法よりも繰り返しが容易で、被処理材に、極めて多量のひずみを低コストに付与できるものとして、回転式ECAP(Equal−Channel Angular Pressing)法が開発されている。そこで、本発明者らは、AC9A合金(Al−23mass% Si)に対して、繰り返し回転式ECAP処理を行い、その特性について調べた。その結果、著しくAC9A合金の靭性が高まるとともに、鍛造成形を可能にする極めて大きい伸び特性を付与できることを見出した。組織観察によれば、突角部が破砕されたマイルドな形状の微細化初晶Si、0.1〜0.3μmの微細化α相、及び1〜3μmの微細な粒状のSi相からなる等軸結晶構造が認められ、このことが、桁違いの特性向上に寄与していることがわかった。
本発明で、対象とする素材は、Si含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si系合金であり、代表的なものとして、例えば、JIS規格のAC9A、AC9B合金が例示されるが、これらは、一般に鋳塊として入手できる。これをECAP処理するためには、初めに、使用する成形型のチャンネル寸法に合わせて素材を切り出す必要があるが、押出等によって適当な断面寸法に制御されたものを入手すれば、切り出し工程の多くを省くことができ、効率的である。
本発明で、過共晶Al−Si系合金材料の組織を制御するために使用する装置の一例として、回転式ECAP装置の構造と操作について簡単に説明すると、型に断面積が等しい十字の貫通孔があり、この孔に等しい長さのパンチが挿入されている。ただし、左右方向の孔の片側と下部のパンチの動きは壁や底板で拘束されている。回転式ECAP法では、まずビレットを上部より挿入して押し込み加工用パンチで圧縮し、拘束されていないパンチ方向(左方向)に押出し、上部パンチの頭が型の上部面と平行になったところで一回の加工が終了する。この状態では試料全体が横向きになっているが、ここで、型を90°回転させて加工前と同じ状態に戻し、ビレットを再度押し込む二回目の加工に移る。こうした加工を2回、3回と繰り返すことで、試料を再挿入する操作することなく加工を続けることができる。回転式ECAP法については、例えば、文献(特開2000−288675号公報)に記載されている。
難加工性である過共晶Al−Si系合金にECAPのような強い塑性加工を与える場合、被処理材中にクラックが生じ易い。その対策としては、潤滑剤と処理温度が重要なファクターとなるが、潤滑剤については、Al合金の押出等によく利用されている市販のカーボン系のものを利用することができる。一方、処理温度に関しては、高温に加熱すればクラックの発生を抑制できることは常識的に分かっているものの、その分、結晶粒の成長を招くため、耐力、靭性、塑性加工性等の粒径依存性の強い特性は抑制されるというデメリットがあるので、クラックの生じない、可能な限り低い温度で処理することが望まれる。そこで、AC9A合金をメイン対象として、ECAP処理におけるクラック発生条件について詳細に調べた結果、加工速度や素材の組成・組織によって若干の変動はあるものの、375℃以上ではクラックが生じないことが明らかとなった(表1)。このように、ECAP処理は、結晶粒が成長しない低い温度で、大きなひずみを導入できるため、サブミクロンレベルの結晶の微細化とそれに伴う特性の改善が期待される。
鍛造可能な過共晶Al−Si(AC9A)合金の提供を目的とした場合には、特性値として、400℃付近の温度域において0.1/s以上のひずみ速度下で、15%以上の引張伸びを有することが実用上望まれる。そこで、ECAP処理を検討するに当たり、回転式ECAPにおいて温度と処理回数の異なる試料を作製し、高温引張試験によって変形特性を解析した。その結果、375℃から425℃の温度域において8回以上回転式ECAP処理した場合に上記条件をクリアできることが判明した(図3)。処理回数の増加に伴って伸び特性は単調に向上するため、回数の上限は特に定まらないが、32回を超えた場合には特性上昇が小さく、対コスト的には不利である。
一般に、結晶粒が細かくなるほど低い温度での塑性加工が可能になることを考慮して、回転式ECAPの処理温度を、前段と後段で変える2段処理法について検討した。前段(375℃から425℃の温度域)での処理回数に対する、後段でのクラック発生温度を調べた結果、前段で4回処理すれば後段では350℃まで処理温度を下げられることが分かった。更に、前段で16回処理した後は300℃での処理が可能であった(表2)。鍛造条件をクリアするための処理回数については1段処理と同じく合計8回必要であったが、同じ処理回数同士で比較すると2段処理材の方がより高い機械的特性を示した(図6)。また、後段の低温化は一段処理に比べて省エネルギー面で有利である。
これらの鍛造条件を満たした試料の組織を観察したところ、共晶組織の結晶粒径は1μm以下になっており、初晶Siにおいても処理前の約1/2に当たる20μm以下に微細化されていた(図7(b))。加えて、常温での引張伸びは2%以上、計装化シャルピー衝撃試験によって求めた破壊エネルギーは10kJ/m以上を示した。両者ともに未処理材の10倍を超え、共晶型合金であるAC8Aの特性値を凌駕するものである。こうした特性向上は、軽量化や用途拡大に繋がるため実用上の意義は極めて大きい。
更には、これらの回転式ECAP処理材は、温度とひずみ速度が各々500℃付近と10−3/sオーダーにある適当な条件下において、破断伸び100%以上を示した。試験データの詳細な解析から、変形応力のひずみ速度感受性指数はm=0.35〜0.45と求められ、超塑性に該当することが分かった。超塑性を利用すれば、部材成形が容易になるため複雑形状に対応可能になる他、成形後も機械的特性は損なわれないので精密部品の成形に有効である。
前述のように、本発明のSi含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si系合金は、基本的に優れた耐摩耗性と低熱膨張性を有しながら、共晶合金を凌駕する伸びと靱性があり、一般的な鍛造成形や超塑性成形が可能である。従って、本合金は、従来用いられてきたエンジンやコンプレッサー部材において、信頼性の向上と軽量化を図れるだけでなく、VTRシリンダやシフトフォーク等の精密機器用摺動部材に適用できる。本発明の過共晶Al−Si系合金の組織を制御するにあたり採用されるECAP法については、具体的には、チャンネル角度90度の回転式ECAP法が好適である。
本発明により、(1)Si含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si系合金において、鍛造成形や超塑性加工を可能にすると同時に、靭性を大幅に向上させることができる、(2)400℃以下の温度において、0.1/s以上のひずみ速度の下で、15%以上の引張伸びを示す過共晶Al−Si系合金材料を提供できる、(3)室温の伸びとシャルピー衝撃値が、各々、2%以上と10kJ/m以上の特性を示す過共晶Al−Si系合金材料を提供できる、(4)500℃付近において10−3/sレベルのひずみ速度のとき100%以上の伸びを発現し、ひずみ速度感受性指数m=0.35〜0.45の超塑性を示す過共晶Al−Si系合金材料を提供できる、(5)回転式ECAP法により合金の組織を制御することにより、例えば、前半400℃と後半350℃の2段処理を行った場合に、特に、伸び値が大きな合金材料が得られる、(6)上記過共晶Al−Si系合金材料には、例えば、エンジンやコンプレッサー部材、VTRシリンダやシフトフォーク等の精密機器用摺動部材に適用することが可能であり、本材料の適用範囲の増大、部品の軽量化が達成できる、という格別の効果が奏される。
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。本実施例では、Si系含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si合金に回転式ECAP法を適用することによって、低コストで効率的な組織の微細化を実現するとともに、従来にない機械的特性を得た。
(1)供試材と前処理
Si含有率が18mass%以上の過共晶Al−Si合金の典型例として、市販のAC9A合金(23mass%Si)鋳塊を用意した。切断と旋盤加工によって、直径20mm×長さ40mmのロッドに切り出し、これを回転式ECAP処理用のビレットとした。ビレット表面とチャンネル孔壁面には、最初のビレット装填時にカーボン系の潤滑剤を塗布した。
(2)回転式ECAP処理の条件
回転式ECAP処理の手順を簡単に説明する。先ず、ビレットを装填した成形型を炉内に置き、所定の温度まで加熱する。暫く保持した後、パンチ棒を介して油圧プレスを作用させ、ビレットにL字状の孔内を通過させる。このとき、ビレット内部には大きな塑性流動が生じるが、処理の前後で外形はほとんど変化しないため、成形型を90度回転させるだけで同様の操作を繰り返すことが可能である。手始めとして、処理温度を決定するための予備実験を実施した。温度を325℃から450℃まで25℃間隔で設定し、各温度で処理回数4回の試料を作製した。得られた試料について、外観と光学顕微鏡による断面組織の観察結果を表1に示す。クラックが発生しない最低温度は、350℃から375℃の間にあることが確認できた。そこで、温度を375℃から450℃までに絞り、最大60回までの処理を行った。
(3)回転式ECAP処理材の特性
温度と処理回数を変えて作製した試料について、室温におけるシャルピー衝撃試験と引張試験、並びに150℃から530℃までの高温引張試験を実施した。回転式ECAPの処理回数に対する吸収エネルギー及び引張強度の関係について、典型例を図1に示す。処理回数が8回までに吸収エネルギーは急上昇して、未処理材の約20倍に当たる10kJ/mを超える吸収エネルギー値に達し、その後も緩やかに上昇する傾向がみられた。引張強度についても、未処理材に対して30%以上の向上が確認できた。ここで、図示したものは、ECAP処理温度が400℃の場合についての結果であるが、375℃から425℃の温度範囲で有意な差はなかった。
続いて、回転式ECAP処理材の引張伸びについて詳細に検討した結果を示す。図2は、回転式ECAP(処理温度400℃)の処理回数と低ひずみ速度下(2.3×10−3/s)での引張伸びの関係を各試験温度についてプロットしたものである。処理回数に伴って伸びが著しく増加し、8回以上処理した場合には、試験温度300℃で15%以上、試験温度400℃で30%以上の大きな伸びが得られた。図3に、ECAP処理温度に対する室温引張伸びと高温引張伸び(試験温度400℃、ひずみ速度0.12/s)の変化を示す。8回処理材において、375℃から425℃の温度範囲で、室温引張2%以上、高温引張15%以上の伸びを達成できることを確認した。図4に、試験温度が300℃と400℃における引張伸びに対するひずみ速度の影響について示す。ひずみ速度が概ね2×10−3/sの場合を頂点として引張伸びは徐々に減少していく傾向がみられるが、0.1/sのひずみ速度でみた場合、400℃において8回処理材で15%超、32回処理材では20%を超える伸びを発現した。また、8回処理材で300℃の試験温度においても、10%超の伸びが認められた。
図4に示したものよりも高温での、ひずみ速度と伸びの関係を図5に示す。16回処理したものでは、試験温度500℃から515℃において、0.23/sの高速ひずみの下で40%を超える伸びが測定された。また、試験温度530℃の場合、ひずみ速度2×10−3/s付近で、伸び100%以上となる超塑性が発現した。更に、32回処理したものでは試験温度500℃で超塑性を示し、190%の伸びが得られた。
次に、前段と後段でECAP処理温度を変える2段処理方法について検討した結果を示す。表2は、前段の処理回数に対する、後段でクラックが発生しない最低温度について調べた結果である。前段で4回処理すれば後段では350℃で処理可能となり、16回後には更に300℃まで処理温度を下げられることが分かった。図6に、回転式ECAP処理のすべてを400℃で行った場合と、前半400℃と後半350℃の2段処理を行った場合を比較して、(a)室温と(b)高温(400℃、ひずみ速度0.12/s)での伸びを処理回数に対して示す。2段条件で処理した場合の方が、伸び値が大きくなっていることが分かる。その分、ECAP処理回数を少なくできるだけでなく、後半の処理温度を低くできることは省エネ上も意義がある。
図7に、回転式ECAP処理回数が16回の場合の微組織について、ECAP処理していないものと比較して示す。初晶Siについては、処理前に顕著であった突角部が破砕され、それらが分散すると同時に、残部は比較的滑らかな形状に変化していることが分かる。更に、共晶組織においては、α相が微細化し、Si相は針状から微細な粒状になっている。求積法によって求めた初晶Siの平均粒径は、当初40μm程度であったものが、16回のECAP処理後には約10μmになっていた。図8に、16回処理後のTEM像を示す。TEM観察から求めた共晶組織の結晶粒径は1μm以下であった。このような著しい組織の微細化や均質化、並びにSi粒子形状のマイルド化が、強度、伸び、靭性の画期的な向上に結びついたと考えられる。
本実施例では、AC9A合金を用いた例を示したが、その他の用途・組成のアルミニウム合金やマグネシウム合金においても、靭性や伸びの著しい改善が可能であり、成形性の向上が期待される。一方、回転式ではない通常のECAPを、繰り返しても同様の特性改善を達成できるが、コストの点で回転式の方が有利である。更に、成形型のチャネンネル角度は90度に限定されるものではない。
以上詳述したように、本発明は、ECAP法により製造される、共晶組織と初晶Siの平均結晶粒径が、各々、1μm以下、20μm以下からなる組織を有する過共晶Al−Si系合金材に係るものであり、安価で高性能な摺動部材であるAl−Si合金の、解決すべき従来からの課題であった、粗大な初晶Siに起因する脆く難加工性を解消し、信頼性や成形性が要求される精密機器部材に適用することを可能とするものである。本発明は、高い靭性及び伸び特性を有し、鍛造成形及び超塑性成形が可能で、18mass%以上のSiを含有する過共晶Al−Si系合金、その合金の製造方法、並びに当該合金を使用した精密機器用摺動部材を提供するものであり、過共晶Al−Si系合金に係る技術分野において、高い靭性及び伸びを示し鍛造成形及び超塑性成形に適した合金を製造し提供するものとして有用である。
回転式ECAPの加工回数とシャルピー衝撃吸収エネルギー及び引張強度の関係を示す。 回転式ECAP加工回数と、低ひずみ速度(2.3×10−3/s)における引張伸びの関係を各試験温度について示す。 回転式ECAP処理温度に対する室温引張伸びと高温引張伸び(試験温度400℃、ひずみ速度0.12/s)の関係を示す。 試験温度が300℃と400℃での、引張伸びに対するひずみ速度の影響について示す。 試験温度が500℃から530℃での、引張伸びに対するひずみ速度の影響について示す。 1段処理と2段処理を比較して、(a)室温と(b)高温(400℃、ひずみ速度0.12/s)での引張伸びを処理回数に対して示す。 ECAP処理材の典型的な微組織(b)と未処理材の微組織(a)を比較して示す。 ECAP処理材マトリックスの典型的なTEM像を示す。

Claims (9)

  1. 少なくとも18mass%のSiを含有する過共晶Al−Si合金に対して、回転式ECAP処理を施すことによって製造されるECAP処理材であって、共晶組織の平均結晶粒径が1μm以下、初晶Siの平均結晶粒径が20μm以下に微細化された組織を有し、突角部が破砕された微細化初晶Si、0.1〜0.3μmに微細化された微細α相、及び1〜3μmに微細化された微細粒状Si相からなる等軸結晶構造を有することを特徴とする過共晶Al−Si系合金材料。
  2. 400℃以下の温度において、0.1/s以上のひずみ速度の下で、少なくとも15%の引張伸びを示す請求項1に記載の過共晶Al−Si系合金材料。
  3. 室温での伸びが少なくとも%、シャルピー衝撃値が少なくとも10kJ/m 特性を示す請求項1に記載の過共晶Al−Si系合金材料。
  4. 500℃付近において10−3/sレベルのひずみ速度のとき少なくとも100%の伸びを発現し、ひずみ速度感受性指数m=0.35〜0.45の超塑性を示す請求項1に記載の過共晶Al−Si系合金材料。
  5. 上記請求項1から4のいずれかに記載の過共晶Al−Si系合金材料よりなることを特徴とする精密機器用摺動部材。
  6. 上記請求項1から4のいずれかに記載の過共晶Al−Si系合金材料よりなることを特徴とする鍛造成型用又は超塑性成型用合金材料。
  7. 少なくとも18mass%のSiを含有する過共晶Al−Si合金に対して、375℃以上425℃以下の温度範囲において、回転式ECAP処理を繰り返すことにより、共晶組織の結晶粒径が1μm以下、初晶Siの平均結晶粒径が20μm以下に微細化された組織を有する過共晶Al−Si系合金材料を得ることを特徴とする過共晶Al−Si系合金材料の製造方法。
  8. 375℃以上425℃以下の温度範囲においてECAP処理を少なくとも回繰り返した後、更に、300℃以上350℃以下の温度範囲において少なくとも回ECAP処理を繰り返す請求項に記載の過共晶Al−Si系合金材料の製造方法。
  9. 上記ECAP処理として、チャンネル角度90度の回転式ECAP処理を少なくとも8回繰り返す請求項に記載の過共晶Al−Si系合金材料の製造方法。
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