現在の光デバイスは光の閉じ込めを屈折率差で行っているため、光の閉じ込め領域を小さくできないことから、素子を小さく構成する事ができない。更に、素子の集積度を上げるために急峻な曲げ導波路を構成すると散乱損失が生じるため、光回路の小型・集積化が行えずその大きさは電子デバイスに比べ非常に大きい。そのため、従来とは全く異なる概念で光の閉じ込めを行うことができるフォトニック結晶は、上述の問題を解決することができる光の新素材として期待されている。
フォトニック結晶とは、屈折率の異なる2種類以上の媒質によって光の波長と同程度の周期性を形成した人工的な多次元周期構造体であり、電子のバンド構造に似た光のバンド構造を有する。そのため、特定の構造には光の禁制帯(フォトニックバンドギャップ)が表れ、これを有するフォトニック結晶は光の絶縁体として機能する。
フォトニックバンドギャップを有するフォトニック結晶に周期性を乱す線欠陥を導入すると、バンドギャップの周波数領域内に導波モードが形成され完全に光を閉じ込める光導波路を実現できることが理論的に指摘されている(J. D. Joannopoulos, P.R.Villeneuve, and S.Fan, Photonic Crystal: putting a new twist on light, Nature 386,143(1997))。J. D. Joannopoulosらは、光の波長程度の格子定数aの四角格子上に半導体程度の大きな屈折率をもつ半径a/5の円柱を配置した2次元フォトニック結晶中に、円柱を1列配置しない線欠陥を導入し、急角度に曲げた場合でも原理的に散乱損失が生じない光導波路を構成可能なことを理論的に示した。このような導波路は超小型光集積回路を構成する上で非常に重要な導波路となり得る。
このような超小型光集積回路を構成するための光導波路を実現するには、フォトニックバンドギャップ周波数内に単一の導波モードを実現することが必要である。これは、性質の異なるモードを複数もつマルチモード導波路を用いると、例えば曲げ導波路を作製した場合、曲げ部で伝搬しているモードの一部が異なるモードに変換されてしまい、超小型光集積回路で必要な高効率の曲げ導波路を実現できないなどの不都合があるからである。また、マルチモード導波路は高速通信には適さないからである。
現在のところ、導波路としていくつかのタイプのものが作製されているが、フルバンドギャップを有する3次元フォトニック結晶中に導波路を作り込むことは技術的に非常に困難なため、2次元フォトニック結晶を用いて導波路を作る方法が有望である。
2次元フォトニック結晶を導波路として用いる場合、2次元面に垂直な方向の光の閉じ込めが必要になり、その方法としていくつかの方法が提案されている。その中で低屈折率の誘電体(多くの場合酸化物又はポリマー、屈折率1.5程度)の上に高屈折率の半導体(屈折率3から3.5程度)の薄膜を付けた構造に2次元フォトニック結晶を作り込んだ構造(酸化物クラッド2次元スラブ型フォトニック結晶)は、最も容易に大面積のものが作製可能であり、また同じ構造に様々な機能素子を付加しやすい。
また、近年Silicon-On-Insulator(SOI)と呼ばれる二酸化珪素(SiO2)上に珪素(Si)薄膜がついた基板がLSIに応用されるようになり非常に高品質のものが得られるようになっているが、この基板を用いることにより容易に高品質の酸化物クラッド型2次元スラブフォトニック結晶を作製することができるという利点もある。このような利点は他の構造(例えばフォトニック結晶の上下のクラッドを空気にしたエアブリッジ型2次元スラブフォトニック結晶)では得られない。
このように作製の面で酸化物クラッド型2次元スラブフォトニック結晶はエアブリッジ型2次元スラブフォトニック結晶等に比べると有利であるが、この構造には次に述べるような問題点があり、フォトニックバンドギャップ周波数内に単一の導波モードを実現する導波路構造は実現できていない。
2次元スラブフォトニック結晶を用いた光導波路において欠陥によって生じる導波モードでは、上述のように2次元面内に関してはフォトニックバンドギャップの存在により光が強く閉じ込められているため、面内の散乱損失は無いが、一般的にクラッドのライトラインより高周波数領域はモードがリーキーである、すなわち、光がクラッド層に漏れやすい。(ライトラインとはその媒質中で光が伝搬できる最低周波数を伝搬定数に対して表示したものであり、w=ck/n(w:角周波数、c:光速、n:屈折率、k:波数)で定まる直線で示すことができる)。従って、上下のクラッド層へ導波光が漏洩しないように、ライトラインより低周波数の領域を利用することが通例となっている。
図1(a)、(b)は、従来例における典型的な空気穴型の1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路の構造模式図である。図1(a)は上面図、図1(b)は図1(a)におけるB−B'断面図を示す。図1(a)、(b)において、5は光導波路、2はSi層、3はクラッド層であるSiO2層、4は空気穴三角格子であり、格子定数はaで表している。空気孔は図1(b)に示すSi層2を貫通する円柱又は多角柱であり、穴直径はこの例の場合は0.215μmである。空気穴三角格子とは空気穴が三角格子の各格子点に配置された構造であり、三角格子とは格子点が2次元面を埋め尽くすように配列された正三角形の頂点に配置された規則格子のことである。
さて、代表的なフォトニックバンドギャップを持つ2次元フォトニック結晶には、空気中に高屈折率の柱を配置した構造と、上記のように高屈折率板内に空気孔(低屈折率柱もしくは低屈折率円柱と呼ぶこともできる)をあけた構造がある。前者はJ. D. Joannopoulosらが使用した構造であるが、この構造では柱が自立できないため柱を支えるためのクラッド層が必要になる。この層は線欠陥導波路のコアとなる空気よりも屈折率が大きくなるため、導波路の上下に光が漏れないようにするためには、非常に長い柱を必要とし作製が非常に困難となる。一方後者の空気孔は自立できるため、クラッド層の選択は自由であり、コアの屈折率をクラッド層のそれより大きくすることは容易であるため作製上の制限が小さく、上下に光が漏れにくい構造条件を選択しやすい。
また、高屈折率板を用いたフォトニック結晶の孔の2次元配置には様々なパターンがあるが、図1(a)に示したような三角格子状に孔(円柱又は多角柱)を配置した構造は、広い周波数帯域のフォトニックバンドギャップを有するパターンとして知られている。これは、この構造が光に対する絶縁体として機能する周波数帯域が広いことを意味しており、導波路設計の際の周波数選択範囲を広く取れるため有利である。
図2は、従来例における典型的な1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路の導波モード分散を示す図である。酸化物クラッド型フォトニック結晶でこのような導波路を構成しようとした場合、形成される導波モードはこの図2のようなものになる。ここで角周波数は(格子定数/波長)で表現される無次元の規格化周波数を用いており、伝搬定数は(波数・格子定数/2π)で表現される無次元の規格化伝搬定数を用いている。図2にはこの場合のクラッド(SiO2、屈折率1.46)のライトラインも示されている。
しかし、従来例として示した構造において、クラッド層に光が漏洩しないという条件を満たす導波モードは、図2においてライトラインの下部の楕円で囲まれた領域のみである。ところがこの領域では、導波モードの傾きが非常に小さく、この傾きで大きさが決まる導波モードの群速度(エネルギー伝搬速度)が非常に小さい。このような極端に群速度の小さいモードでは伝搬時間が長くなるため、導波路として用いる場合には問題が多く使いにくい。さらに、現実的な構造では若干の構造の不均一性があるため、極端に群速度の小さいモードはわずかな不均一性の影響を受けて、伝搬しなくなってしまう。また、ライトラインの上(高周波数領域側)のモードはフォトニック結晶による回折損が大きすぎて光は伝搬できない。すなわち、フォトニック結晶導波路内の光は結晶の周期構造から摂動を受けながら伝搬しており、ライトラインの上のモードでは光が回折損としてクラッド層に漏れてしまうのである。
実際に本発明者によって1列抜き線欠陥導波路を作製したところ、この導波路では伝搬は全く観測されなかった。この問題の原因はクラッドが決めるライトラインよりも下に現実的に使いやすいある程度の大きさの群速度を持った導波モードが存在しないことと、ライトラインよりも上では回折損が非常に大きいことにある。
ライトラインよりも下のモードを利用するためには図2のグラフにおいてライトラインを上げるか又は導波モードを動かす必要があるが、酸化物クラッド構造をとる限り、ライトラインの位置はクラッドの屈折率で制限されるため、大きく変えることができない。
また導波モードに関しては、バンドギャップ内で単一の導波モードを得るという条件を課す限り、図1の構造ではライトラインの下にある程度大きな群速度を持たせることは困難である。ここでは三角格子の場合について説明したが、正方格子など他の結晶構造の場合には状況はさらに困難になり、要請をみたす導波モードはやはり存在しない。このようにライトラインの下のモードを利用することは非常に難しい。
上記の従来の技術を更に別の観点から説明する。
図3は、従来型の1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路を説明する図である。(a)は光導波路の上面図、(b)はAA’断面図、(c)はBB’断面図である。
図3において、光導波路30は、上部クラッド層36と下部クラッド層37に挟まれた誘電体薄膜スラブ31(上記の高屈折率板に相当する)から構成されている。誘電体薄膜スラブ31は、三角格子状に誘電体薄膜スラブ31よりも低い屈折率を持つ低屈折率円柱35を設けることによりフォトニック結晶を構成し、これら低屈折率円柱35のうち一列を光導波部32とするために再び誘電体薄膜スラブ31と等しい屈折率の誘電体に置き換えている。光導波部32における矢印←→は光導波方向を示している。なお、図1に示した導波路は、図3に示す構造において上部クラッド層及36び低屈折率円柱35が空気であり、下部クラッド層37がSiO2であり、誘電体薄膜スラブ31がSiである場合の例である。
ここでは例として、誘電体薄膜スラブ31、低屈折率円柱35、上部クラッド層36および下部クラッド層37の屈折率をn1=3.5、n2=1.0、n3=n4=1.46とし、低屈折率円柱35の半径を0.275a、誘電体薄膜スラブ31の厚さを0.50aとして光導波路30の特性を述べる。なお、屈折率が1.0の低屈折率円柱35は空気穴と同じである。aはフォトニック結晶の格子定数である(ここでは三角格子)。
なお、比誘電率は屈折率の2乗に相当するので、本明細書における説明において、屈折率の代わりに比誘電率もしくは誘電率を使用することもできる。
また、これらの屈折率は、1.55μm程度の波長の通信用赤外線を対象としたこの種の導波路を形成する際によく用いられるSi、空気(真空)及びSiO2の屈折率に対応する。
図4は、上記の光導波路における導波モードを説明する図である。(a)は光導波部を通過することができる導波モードの分散関係を周期的境界条件を課した平面波展開法(R.D.Meade et al.,Physical Review B 48,8434(1993))で計算した結果を示す図であり、図2と同様の図である。(b)はモード1の誘電体薄膜スラブに垂直な磁場成分を示す図であり、(c)はモード2の誘電体薄膜スラブに垂直な磁場成分を示す図である。
図4(a)中の各量は格子定数aや光速cで規格化されている。斜線部分は、フォトニックバンドギャップ(J D. JoannoPoulos, R D. Meade,J N.Winn, “Photonic Crystals”, Princeton University Press, Princeton (1995))の外側に対応し、その結果として光が光導波部32に閉じ込められない領域(A.Mekis et al.,Physical Review B 58,4809(1998))を示す。
縦線ハッチ部分は、誘電体薄膜スラブ31と誘電体薄膜スラブ31を上下で挟んでいる上部クラッド層36および下部クラッド層37との屈折率差による光の閉じこめの力がなくなり、その結果として光が光導波部32に閉じ込められない領域(S G. Johnson et al., Physical Review B 60,5751 (1999))である。なお、この領域は前述したライトラインの上側に相当する。すなわち、図において導波路として検討すべき領域は白抜きされた領域のみである。
図からもわかるように、従来型の光導波路30では検討すべき領域において2本の導波モード1,2が存在する。バンドギャップが広い場合さらに多くの導波モードも存在し得るが、ここでは簡単のためこれら2個のモード1,2のみを考える。なお、モード1が図2において楕円で囲んだ部分のモードに相当し、モード2が上の点線のモードに相当する。
これらの2モード1,2のうち、低周波側のモード1は一般に(b)に示すような電磁界分布をしている。高周波側のモード2は一般に(c)に示すような電磁界分布をしている。
これらの導波モード1,2のうち実用的な導波モードは一般的な単一モード導波路における電磁界とほぼ同様な電磁界分布をもつモード1である。モード2は電磁界分布が一般的な単一モード導波路における電磁界とは大幅に異なり、従って外部回路から光を導入することは困難である。すなわち、モード2は実用的な導波モードではない。また、バンドギャップが広い場合に現れる、より高周波側のモードも同様に一般的な単一モード導波路における電磁界とは電磁界分布が大幅に異なり、実用的でないことは導波路の一般的議論から明らかである。
そこで、従来型の導波路ではモード1が用いられるのであるが、このモード1は図4(a)からも分かるように、伝搬定数が変化しても殆ど導波周波数が変化しないため、使用可能な周波数帯域が極めて狭いという欠点がある。この場合の周波数帯域は約1%である。
また伝搬定数が変化しても殆ど周波数が変化しないということは物理的には電磁場の群速度が非常に遅いことを意味する。従って、伝搬時間が非常に長時間となり、導波路の構成物質の誘電損失などに起因する伝搬損失が大きくなるという欠点がある。
T.Sondergaard et.al., Applied Physics Letters, 7 August 2000, Vol.77 No.6 p.785-787
M.Tokushima et.al., Applied Physics Letters, 21 February 2000, Vol.76 No.8 p.952-954
深谷尚志et.al., 2000年春季第47回応用物理学関係連合講演会講演予稿集、2000年3月28日発行、第3分冊、p.1179,28a-ZF-1
本発明の第1の実施の形態及び第2の実施の形態における光導波路は、スラブ型2次元フォトニック結晶の格子の一部を直線状に除き欠陥構造とした光導波路において、その欠陥構造の幅を格子の配列の1列分の幅より狭くしたり(第1の実施の形態)、あるいは広くなるように(第2の実施の形態)、欠陥を挟んだ両側の格子の配列をずらした構造としたものである。このような構造とすることにより、従来技術で説明したようなフォトニックバンドギャップ及び屈折率差による光閉じ込め法を用いながら、低損失で群速度の大きな単一モードを持つ構造を実現する。
また、スラブ型2次元フォトニック結晶における1列分の低屈折率柱(空気穴等)の位置を光導波方向にずらしたり、更に穴径を変化させる構造とすることによっても同様の効果を得ることができる(第3の実施の形態)。
なお、スラブ型2次元フォトニック結晶とは、誘電体薄膜スラブに誘電体薄膜スラブよりも低い屈折率の円柱状又は多角柱状の低屈折率柱を適当な2次元周期間隔で設け、さらに誘電体薄膜スラブの上下を誘電体薄膜スラブよりも低い屈折率を持つ上部クラッド層と下部クラッド層とで挟んだフォトニック結晶のことである。
また、上記の格子の配列の1列分の幅とは、スラブ型2次元フォトニック結晶の格子の1列を除いただけの通常の欠陥構造における欠陥部分の両側の格子間の幅である。
以下、各実施の形態について説明する。
<第1の実施の形態>
まず、本発明の第1の実施の形態について説明する。
図5は、本発明の第1実施例における1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路からなる光導波路1の模式図であり、(a)はその上面図、(b)はB−B'断面図である。なお、本発明は酸化物クラッド型2次元スラブフォトニック結晶に単一線欠陥を形成する場合に、その線欠陥の両側の結晶格子全体をずらした配置として欠陥幅を調整することによって、クラッドのライトラインよりも下に大きな群速度を持った単一導波モードを形成することを特徴とする。
すなわち、0.2μm厚のSi層2,3μm厚のSiO23のSOI基板上に電子線露光とドライエッチングによって格子定数a=0.39μmの空気穴三角格子フォトニック結晶を作製し、その際に様々な幅の1列抜き欠陥を導入した。 欠陥導波路の幅調整法は、1列分の穴を抜いた後の構造において、この列をはさんだ両側の結晶格子を一定長さ列と垂直方向にずらすことによって行っている。
通常の1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路における欠陥の幅は単純に格子1列抜いた場合の欠陥をはさんだ両側の最近接格子4の中心間の距離として定義され、本実施の形態における欠陥の幅は、通常の場合の欠陥の幅をWとし、その定数倍で表現される。このフォトニック結晶自体は、波長1.35μmから1.57μmの間にフォトニックバンドギャップを持ち、この波長範囲内では無欠陥部分の結晶には光透過は観測されなかった。次に各欠陥導波路の光透過スペクトルを測定した。単純な格子1列抜き(幅1.0Wのもの)ではバンドギャップの波長領域内で光の透過が全く観測されなかった。一方、幅を0.7Wにしたものではバンドギャップ内のある波長領域で明確な光透過が観測された。
図6は、本発明の第1の実施の形態における1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路からなる光導波路の導波モード分散である。この図6に対応させて図2を示すと図7のようになる。図7は図6と同じようにクラッド(この場合SiO2)のライトラインを重ねて示したものである。図7に示す従来のものではライトラインより下側の伝搬モード(図4のモード1に対応する伝搬モード)の傾きが小さいのに対し、図6に示す本発明では、ライトラインよりも下側に大きな傾きを持った、即ち大きな群速度を持った導波モードが存在している。またその領域では単一モード条件を満たしていることも図より明らかである。
実験で光透過が観測された波長領域は、この導波モードの存在している領域と一致しており、幅を減少させたことによりライトラインよりも下に群速度の大きな単一モードが形成されたために光透過が実現したことを示している。様々な構造パラメータについて、時間領域有限差分法及び平面波展開法によって導波モード分散を計算した結果、導波路幅を0.50Wから0.85Wの間に設定した場合にライトラインの下に大きな群速度を持つ導波モードが形成されることがことがわかった。また、実験においても、この導波路幅範囲で光伝搬が観測された。
図8(a)、(b)に導波路幅が0.85Wと0.50Wの場合の導波モード分散の理論計算結果を示す。図8(a)が0.85Wの場合を示し、図8(b)が0.50Wの場合を示す。導波路幅が0.85Wと0.50Wの間では、例えば図6(0.7Wの場合)に示すように、導波路の透過帯域幅は図8(a)、(b)の結果よりも広くなるので、この範囲で実用的な導波路として機能することがわかる。
幅を狭くすることにより上記の効果が得られる理由は次の通りである。
従来の技術で説明したように、図2に示される典型的な1列抜き線欠陥の状態では、フォトニックバンドギャップ内でかつライトラインより低周波数領域(以下、この領域をα領域と称する)のモード(図中丸部)は群速度が非常に小さなものであり、実用的ではない。そこでバンドギャップの外にある一番下の群速度の大きなモードに注目する。
導波路幅を狭くすると等価的に屈折率が下がり、この一番下のモードを高周波数側にシフトさせることができる。これにより、このモードをα領域で利用することができる。従って、群速度の大きなモードをバンドギャップ内かつライトラインの下で実現することが可能となる。
なお、導波路部の屈折率を下げる方法として、導波路部に屈折率の小さな媒質を利用する方法や、導波路部に孔をあけ等価的に屈折率を下げる方法もある。なお、導波路部に孔を空けることに相当する方法は、第3の実施の形態において説明する。
<第2の実施の形態>
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。
図9は、本発明の第2の実施の形態における1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路からなる光導波路1Aの模式図である。なお、この第2の実施の形態は酸化物クラッド型2次元スラブフォトニック結晶に単一線欠陥を形成する場合に、その線欠陥の両側の結晶格子全体をずらして欠陥幅を広げることによって、クラッドのライトラインよりも上に伝搬損失の小さな単一導波モードを形成することを特徴とする。
すなわち、0.2μm厚のSi層2,3μm厚のSiO23のSOI基板上に電子線露光とドライエッチングによって格子定数a=0.39μmの空気穴三角格子フォトニック結晶を作製し、その際に様々な幅の1列抜き欠陥を導入した。
欠陥導波路の幅調整は、1列分の穴を抜いた後の構造において、この列を挟んだ両側の結晶格子を引き離す方向にずらす構造とすることによって行っている。
この第2の実施の形態の欠陥幅は格子1列分の1.5倍となっている。この場合も、幅の定義は図に示すように単純に格子1列抜いた場合の欠陥を挟んだ両側の最近接格子4の中心間の距離をWとし、その定倍数で表現している。このフォトニック結晶自体は、波長1.35μmから1.57μmの間にフォトニックバンドギャップを持ち、この波長範囲内では無欠陥部分の結晶には光透過は観測されなかった。
次に各欠陥導波路の光透過スペクトルを測定した。単純な格子1列抜き(幅1.0Wのもの)ではバンドギャップの波長領域内で光の透過が全く観測されなかった。一方、幅を1.5Wにした本実施の形態の光導波路1Aではバンドギャップ内のある波長域で明確な透過光が観測された。
図10は、本発明の第2の実施の形態の1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路からなる光導波路1Aの導波モード分散である。図2と同じようにクラッド(この場合SiO2)のライトラインを重ねて示した。実験で光透過が観測された波長領域は、図の単一モード領域における偶モードが存在する領域と一致する。この場合、ライトラインよりも上側のフォトニックバンドギャップ内に単一モード領域が存在しているが、幅を広げたことにより回折損が減少し漏洩の問題を解消している。すなわち、ライトラインより上にもかかわらず低損失の導波モードが形成されたこととなる。
図11は、本発明の第2の実施の形態における1列抜き線欠陥フォトニック結晶導波路のライトラインより上側における単一モード帯域幅(点線で示す)と伝搬損失の導波路幅依存性(実線で示す)を示す図である。帯域幅は単一モード帯域の中心周波数で規格化されている。図11に示すように、導波路幅を1Wから広げると、単一モード帯域幅が増加した後、減少し、1.6Wを越えると単一モード帯域が得られなくなる。これは、幅を広くすることにより、図10中のフォトニックバンドギャップ内のモードが低周波側にシフトするためにおこる。また、伝搬損失は、幅を広げることにより減少する。
様々な構造パラメータについて、時間領域有限差分法によって導波モード分散及び伝搬損失を計算した結果、導波路幅を1.6W以下に設定した場合にライトラインの上に単一モード条件を満たす伝搬モードが形成され、1.3W以上で伝搬損失が実用的損失値20dB/mm以下となることがわかった。また、実験においても、この導波路幅範囲で光伝搬が観測された。すなわち、導波路幅を1.6W以下で1.3W以上とすることにより、伝搬損失が実用的損失値以下でかつ単一モード条件を満たす伝搬モードが得られることとなる。
すなわち、幅を広げた導波路ではクラッドのライトラインより低周波数側に群速度の大きなモードを有する構造を実現することが難しい一方で、導波路の幅を広げることにより結晶から受ける摂動が小さくなるため、群速度が速くなる・回折されにくくなるなどの効果が表れ、その結果、図10に示されるようにクラッドのライトラインより高周波数領域であるにもかかわらず、伝搬損失を効果的に低減することができるようになる。ただし、幅を広げるに伴い導波路の実効的な屈折率が大きくなるので、上述したように図10に示される単一モード帯域が低周波数側にシフトし、単一モード帯域が次第に狭くなる。従って、単一モードを実現するには導波路幅を1.6W以下とする必要がある。
さて、次に本発明の説明に用いている導波モード分散曲線(図6、7、10等)の計算方法についてここで説明する。
この分散曲線はFDTD法(Finite Difference Time Domain method、時間領域有限差分法)と呼ばれる計算方法でマックスウェル方程式を解析することにより得られるものであり、以下、その解析法について説明する。
最初に、結晶工学などで行われる結晶のバンド解析について簡単に説明する。結晶のような周期的構造体は、あるユニットセルの繰り返しで表現することができる。このような構造中のフィールドはブロッホ波となることはよく知られた事実である。バンド解析とは、ユニットセルが触れ合う境界にブロッホ条件が満たされる周期的境界条件を適用し、この条件を満たすフィールドを固有モードとして抜き出す作業である。このとき解析の対象となるのがシュレディンガー方程式であり、その中に含まれる空間的なポテンシャルの分布が物質によって異なるため、様々なバンド構造が存在する。この考え方を周期構造体であるフォトニック結晶について適用する。ただし、対象が電子ではなく光であるため取り扱う方程式はマックスウェル方程式となり、ポテンシャルの分布の代わりに屈折率(誘電率)分布が計算にもちいられる。
次に、FDTD法を用いて固有モードを抜き出す作業について説明する。FDTD法とは、マックスウェル方程式を時間と空間で差分化し、与えられた構造(屈折率(誘電率)の空間分布)内を伝搬する光の電磁界を時間に対する逐次計算で求める方法であり、本来固有値を直接求める計算手法ではない。しかし、以下の方法により与えられた構造に適合するモードを求めることが可能である。
まず、与えられた構造内に適当な初期フィールドを与える。逐次計算を行うと、与えられた構造に適合するフィールドが生き残り、その他は淘汰されていく。このフィールドの時間変化をフーリエ変換することにより周波数スペクトルを得ることができる。もし、与えられた構造に適したフィールドが存在すれば、周波数スペクトルにピークが現れる。このとき計算に用いられるブロッホ条件は波数の関数であるため、ピークの現れる周波数は波数の関数となる。これを図示したものがフォトニック結晶のバンド図である。
次に、2次元フォトニック結晶導波路のモード計算について述べる。基本的には上述の計算方法と同様のことを行う。ただし、本発明で使用するフォトニック結晶では、線欠陥が結晶内部に導入されており、線欠陥に直交する方向には周期性が崩れている。そのため図12(a)〜(c)に示す構造をユニットセルとする。つまり、光の伝搬方向にはブロッホ条件を満足する周期的境界条件を適用し、直交方向にはお互いに大きく干渉しない距離に導波路を配置した周期構造を鏡面境界で実現し、厚み方向にはモードになれず漏れてくる光を吸収するための領域を設定する。
図12(a)は図1に示される導波路構造である。図12(b)は(a)に示される点線部を抜き出した構造、図12(c)は(b)の立体図であり、これがフォトニック結晶導波路のユニットセルである。このユニットセルに対してマックスウェル方程式をFDTD法で解くことにより、上述の波数−周波数のグラフを描くことができる。これが本発明の説明において示される分散曲線である。
この計算では、導波路内に長時間滞在するモードであれば、固有モード以外のモードもスペクトルのピークとして拾い上げることができる。そのため、クラッド層のライトラインより高周波数側のリーキーモードに対する解析も可能となり、この特徴は他の固有値解析法では得られない優位点である。この優位性は本発明においても生かされている。加えて、この計算方法は導波路への光の閉じ込め時間を計算できるため、分散曲線から得られる群速度(エネルギー伝搬速度)を用い、理論的な伝搬損失を示せる特徴がある。
幅を狭くする導波路においては、クラッド層のライトラインより低周波数側だけでなくこのラインより高周波数側の領域も含めて単一モード領域が存在することを確認している。
上記第1、第2の実施の形態では、媒質としてSiおよびSiO2を用い、例えばSilicon-On-Insulator(SOI)を用いて製造を行うことができるが、本発明の効果はこの材料に限定されないことは明らかである。一般的に高屈折率の媒質の薄膜の下に低屈折率の誘電体を配置したスラブ型のフォトニック結晶を用いて欠陥導波路を構成する際に、上の実施例と同様に導波路幅を調整することによりライトラインよりも下、又は上に単一モード条件を満たす導波モードを形成することが一般的に可能である。
例えばSiの代わりにガリウム砒素系化合物(GaAs,InGaAs,InGaAsP等)、インジウム・燐系化合物(InP等)等の半導体を用いた構造、又は、SiO2の代わりにポリマー、アルミナ等の物質を用いた構造でも全く同じ効果が期待されることは明らかである。また、ここでは下部クラッドにSiO2を配置し、上部は空気とした場合についてのみ述べたが、上下共にSiO2等の誘電体クラッドを配置した構造でも、同様の効果が期待できるのは明らかである。
<第3の実施の形態>
次に、本発明の第3の実施の形態について、実施例3−1〜実施例3−2として説明する。
本実施の形態では図3、図4を用いて説明した従来型の光導波路の光導波部に誘電体薄膜スラブよりも低い屈折率を持つ低屈折率円柱又は低屈折率多角柱列を光導波方向に平行に設けることにより、導波モードの周波数や群速度等を改善する。
(実施例3−1)
図13は、実施例3−1におけるスラブ型2次元フォトニック結晶導波路を説明する図である。(a)は光導波路の上面図、(b)はAA’断面図であり、三角格子フォトニック結晶を持つ誘電体薄膜スラブに、本発明の特徴である円柱等の位置の移動を実施した導波構造を説明する図である。
すなわち、三角格子状に誘電体薄膜スラブより低い屈折率を持つ誘電体からなる円柱を配置し、さらに光導波部に存在するこれら円柱の一列を、光導波方向に、上記三角格子の周期(格子定数)の半分の距離だけ移動して配置した構造である。さらに必要であれば光導波特性に応じて、この移動位置に配置した柱体の径を変更している。
ここでは例として、誘電体薄膜スラブ11、低屈折率柱15、上部クラッド層16、下部クラッド層17および低屈折率柱A13の屈折率をn1=3.5、n2=1.0、n3=n4=1.46、n5=1.0とし、光導波部12以外の低屈折率柱15の半径を0.275a、誘電体薄膜スラブ11の厚さを0.50a、光導波部12に設置する低屈折率柱A13の半径を0.225aとして本導波構造の特性を述べる。
図14は、本発明の実施例3−1におけるフォトニック結晶導波路における導波モードを説明する図である。(a)は導波電磁界モードの分散関係を示す図であり、(b)はモード1,2の誘電体薄膜スラブに垂直な磁場成分を示す図であり、(c)はモード3の誘電体薄膜スラブに垂直な磁場成分を示す図である。
この場合、導波路を通過することができる導波電磁界モードの分散関係は図14(a)のようになる。この場合は導波モードは3個存在し、その低周波側から1番目及び2番目のモード1,2の電磁界分布は図14(b)に示すような、一般的な単一モード導波路における電磁界分布に近いものとなっている。そして特に、この低周波側から2番目のモード(モード2)では有効な伝搬定数領域全域にて伝搬定数に対する周波数変化が大きくなる。その結果、有効周波数帯域は約4.7%にまで拡大し、群速度も向上する。
また、この例を導波光を波長1.55μm近傍の通信用赤外線に適用した場合、誘電体薄膜スラブ11にSiを、低屈折率柱15、低屈折率柱A13に空気(又は真空)を、それら以外の部分にSiO2を用いると、三角格子の周期は約0.42μm,光導波部12以外の低屈折率柱15の半径は約0.115μm,光導波部12に設置された低屈折率柱A13の半径は0.094μmとなり、従来の半導体加工技術等を用いて製作可能な値となっている。
また、この例では光導波部12の移動位置に配置された低屈折率柱A13の半径を0.225aとして説明を行っているが、この半径を変化させることにより、導波モードの周波数や群速度等を変化できることは明らかである。導波路の構造を考慮すると、すなわち、光導波部に配置しない他の低屈折率柱と互いに接することのない範囲を考慮すると、この低屈折率柱A13の半径は光導波部12の最小幅の0.1倍から0.4倍程度が現実的である。
また、以上の例では光導波部12外にてフォトニック結晶を与えるため三角格子周期で円柱形の低屈折率領域を与えているが、これらは四角形、六角形等の多角柱を用いても同様な効果を期待できる。またこれら円柱や多角柱の径の範囲としては、フォトニックバンドギャップの存在を許容する範囲内にて、上述した例と同様な効果が期待できる。誘電体薄膜スラブの屈折率が3.0から4.5程度でかつそれ以外の低屈折率部の屈折率が1から1.7程度とした場合、前述した平面波展開法による理論計算によると、これらの径はほぼ0.2aから0.45aまでの範囲であり、好ましくは0.275aから0.375aが現実的で効果が高い。
また、以上の例では光導波部12の移動位置に配置された低屈折率柱A13に円柱を用いているが、これを楕円柱や多角柱にしても、同様な効果を期待できる。
また、フォトニック結晶を与えるための円柱等の屈折率、誘電体薄膜スラブを上下に挟んでいるクラッドの屈折率、及び導波路部に設けた円柱等の屈折率は、誘電体薄膜スラブの屈折率よりも低ければ、同じ値であっても、異なった値であっても同様な効果を期待できる。
また、材料に関しては、導波光を波長1.55μm近傍の通信用赤外線領域とした場合、誘電体薄膜スラブには高屈折率で、赤外線を透過でき、かつ加工性、安定性に問題が少ない材料として、珪素,ゲルマニウム,ガリウム・砒素系化合物,インジウム・燐系化合物,インジウム・アンチモン系化合物等を材料として用いることができる。これらの材料の屈折率は、ほぼ3.0から4.5の間にある。またこの場合の誘電体薄膜スラブ以外の部分には、低屈折率で、赤外線を透過でき、かつ加工性、安定性に問題が少ない材料として、二酸化珪素,ポリイミド系有機化合物,エポキシ系有機化合物,アクリル系有機化合物,空気,真空等が材料として用いることができる。これらの材料の屈折率はほぼ1.0から1.7の間にある。
なお、これらの材料は、第1の実施の形態及び第2の実施の形態においても同様に使用できる。また、第3の実施の形態においても、スラブ型2次元フォトニック結晶導波路をSilicon-On-Insulator(SOI)基板を用いて製造することが可能である。
(実施例3−2)
図15は、本発明の実施例3−2におけるスラブ型2次元フォトニック結晶導波路を説明する図である。(a)は光導波路の上面図、(b)はAA’断面図である。
先の実施例3−1では光導波部12外にフォトニック結晶を与えるため三角格子周期で円柱形や多角柱の低屈折率領域を与えているが、これらの周期構造に図に示すような正方格子を用いても同様な効果を期待できる。すなわち、誘電体薄膜スラブ21よりも低い屈折率の低屈折率柱25を正方格子状に設け、さらに誘電体薄膜スラブ21の上下を誘電体薄膜スラブ21よりも低い屈折率を持つ上部クラッド層26、下部クラッド層27で挟んだ構造物において、光導波部22となるべき部分に存在する光導波方向に並んだ低屈折率柱25の1列を、光導波方向に、上記正方格子の格子定数の半分の距離だけ移動し、さらに必要であれば光導波特性に応じて、この移動位置に配置した低屈折率柱25の径を変更している。
この場合のフォトニック結晶を与える低屈折率柱の径の範囲としては、フォトニックバンドギャップの存在を許容する範囲を取り得る。平面波展開法による理論計算によると、具体的には、誘電体薄膜スラブ21の屈折率が3から4.5程度でかつそれ以外の低屈折率部の屈折率が1から1.7程度とした場合、これら低屈折率柱25の径はほぼ0.35aから0.45aまでの範囲にある。
また、実施例3−1にて述べた、光導波特性の改善、低屈折率柱Aの形状、各部の屈折率、各部の材料に関する補足事項は、動作原理が実施例3−1と同じである本実施例においても成り立つ。
本発明は、上記の実施例に限定されることなく、特許請求の範囲内で種々変更・応用が可能である。