NMR装置は、試料に強力な静磁場を印加して、試料中の核スピンを持った原子核の磁気モーメントに静磁場方向を軸とする歳差運動を惹起させた上で、静磁場方向に直交する向きの高周波磁場を印加して、原子核の磁気モーメントの歳差運動を励起し、その後、原子核の磁気モーメントの歳差運動が励起状態から基底状態に戻る際に放出されるNMR信号を、試料に固有な周波数を持った高周波磁界として観測する装置である。
NMR信号は、通常、きわめて微弱であるため、その検出感度を高めるため、検出部が組み込まれたNMRプローブに、低温ガスを循環させる配管を設け、検出部を極低温に冷却することによって、NMR装置の熱雑音を減らし、NMR装置を高感度化することが行なわれている(特許文献1〜3)。
特開平10−307175号公報
特開平10−332801号公報
特開2001−153938号公報 従来のNMRプローブと、静磁場を発生する超伝導磁石との位置関係を、図1に示す。図中、Aは超伝導磁石である。超伝導磁石Aの内部には、超伝導線により、主コイルBが巻回されている。主コイルBは、通常、液体ヘリウム等を蓄えることができる図示しない断熱容器中に置かれ、極低温に冷却されている。核磁気共鳴プローブCは、このような磁石の外側に配置される鍔状のベース部と、磁石の内側に挿入される筒状部とで構成され、筒状部は、通常、この超伝導磁石Aの中心軸に沿って貫通された筒状の穴Dの内部に向けて、下側の開口部から上方向に向けて挿入される。
次に、従来のNMRプローブの構造を図2に示す。この例は、冷却プローブと呼ばれる、低温プローブの場合を示している。図中、8は、プローブ容器である。プローブ容器8は、冷凍機14と、トランスファーライン9で接続されている。それぞれは、外部との断熱のため、内部を真空排気されている。プローブ容器8の内部には、検出コイルおよび同調整合回路から成る検出部1が置かれている。検出部1は、熱交換器2と熱接触されており、冷却可能な構成となっている。検出部1の温度制御を行なうため、検出部1の近傍には、ヒータ100が設けられている。
検出部1で検出された核磁気共鳴の検出信号は、ケーブル6でヘッドアンプ3に入力され、増幅される。増幅された信号(ヘッドアンプ出力)は、ケーブル7により、図示しない分光器に送られる。ヘッドアンプ3は、熱交換器4と熱接触されており、冷却可能な構成となっている。ヘッドアンプ3の温度制御を行なうため、ヘッドアンプ3の近傍には、ヒータ5が設けられている。
検出部1には、プローブ容器8の外部から試料を入れる構造があるが、冷却方式の説明には必要ないので、図示していない。
冷凍機14には、第1冷却ステージ20、第2冷却ステージ22を持つ、例えば、ギフォード−マクマホン(GM)方式などの冷凍機本体19が取り付けられている。第1冷却ステージ20と第2冷却ステージ22には、それぞれ熱交換器21、熱交換器23が設けられている。また、配管15と配管16の途中には、熱交換器24、熱交換器25が設けられている。また、冷凍機本体19には、作業ガス供給用の配管17、配管18が接続されている。また、トランスファーライン9の内部には、配管10、配管11、配管12、配管13があり、それぞれ熱交換器2、熱交換器4に接続されている。
次に、動作を説明する。図示されていない外部のコンプレッサーから、配管17、配管18を介して、作業ガス(ヘリウムガス)が供給されて、冷凍機本体19が作動する。それとは別に、配管16から冷媒のヘリウムガスが供給されて、熱交換器24を通過して、第1冷却ステージ20の熱交換器21で冷却される。更に、熱交換器25を通過して、第2冷却ステージ22の熱交換器23で、ヘリウムガスは、一層冷却される。このときのガス温度は、10Kである。
冷却されたヘリウムガスは、トランスファーライン9内の配管10で熱交換器2に供給されて、検出部1を冷却する。熱交換器2に入る直前のガス温度は、15K、熱交換器2を出た直後のガス温度は、23Kである。この温度上昇は、検出部1の熱を受け取ったためであると同時に、検出部1の温度制御のため、ヒータ100が作動して、ヒータ100により、熱せられたためでもある。
検出部1に収められた検出コイルおよび同調整合回路が冷却されることにより、Q値の向上と熱雑音の低減が起こり、感度が向上する。ヘリウムガスは、配管11を経由して、冷凍機14に戻り、熱交換器25で往路のヘリウムガスを予冷し、ガス温度が40Kに上昇させられた後、配管12により、熱交換器4に供給されて、ヘッドアンプ3を冷却して、ヘッドアンプ3のNF(noise figure)を向上させる。
これにより、検出部1からの検出信号を、ケーブル7経由で、S/Nを劣化させることなく、図示しない分光器に伝えることができる。
ヘッドアンプ3は、ヒータ5で、適度な温度に保たれる。熱交換器4に入る直前のガス温度は、40K、熱交換器4を出た直後のガス温度は、90Kである。この温度上昇は、ヘッドアンプ3の熱を受け取ったためであると同時に、ヘッドアンプ3の温度制御のため、ヒータ5が作動して、ヒータ5により、熱せられたためでもある。
ヘリウムガスは、トランスファーライン9内の配管13で冷凍機14に戻り、熱交換器24で往路のヘリウムガスを予冷した後、配管15を通って、外部の図示しないコンプレッサーに戻り、循環される。
次に、従来のNMRプローブの先端に配置される、NMR検出部の構造を、図3に示す。図中8は、真空断熱容器である。真空断熱容器8内において、支柱101で支えられた冷却器2には、NMR検出コイル33および同調整合回路36で構成される検出部が、冷却ステージ34を介して熱接触され、固定されている。NMR検出コイル33は、筒状の図示しないボビンの外周に沿って巻回され、NMR検出コイル33の検出中心は、図示しない超伝導磁石などから印加される、外部静磁場の、磁場均一性が最も良い位置に、セットされている。
NMR検出コイル33で検出されたNMR信号は、リード35を介して引き出され、同調整合回路36を経由して、ケーブル6、ヘッドアンプ3、ケーブル7を通って、外部の図示しない分光器へと送られる。
冷却器2には、例えば低温ヘリウムガスなどの低温冷媒を注入/排出するための配管10、11が接続されている。また、冷却器2と熱接触された冷却ステージ34には、温度を安定化するために、温度計26とヒータ100が設けられ、冷却ステージ34の温度を検出しながら、適宜、ヒータ100で加熱している。また、NMR検出コイル33の中心軸に沿って、試料温度可変用のガス配管31が貫通されている。試料温度可変用のガスは、ガス配管31の内側を、下から上方向に向けて送風される。
試料管40は、試料温度可変用のガス配管31の更に内側へ、上方向から下向きに、試料40の中心が検出コイル33の検出中心と一致するように、ガス配管31と同軸状に挿入されている。
このような構成において、例えば低温ヘリウムガスなどの低温冷媒を、外部から、配管10を経由させて、冷却器2に注入し、NMR検出コイル33と同調整合回路36を冷却する。これにより、NMR検出コイル33のQ値を向上させるとともに、NMR検出コイル33と同調整合回路36の熱雑音を低減させ、NMR装置の感度を向上させる。また、同時に、試料温度可変用のガス配管31に、下部から温度制御されたガス(VTガス)を注入して、試料管40の温度を適切な温度に維持している。
次に、従来のNMR検出コイル33の一例である、サドル型コイルを用いたNMR検出コイルの構造を図4に示す。このうち、(a)は完成組立図、(b)は部品図、(c)は断面図、(d)はコイル箔の展開図である。
図4(a)において、円筒形検出部の最も外側には、金属箔を押し抜いて作成された、図4(d)に示すような形をしたコイル箔37が巻き付けられている。このコイル箔37には、2つの長方形の窓部が開けられ、その各窓部の下側には、コイル箔37の外周底辺と窓部とをつなぐ切り欠き状の狭い隙間が、各窓部の縦方向の中心軸に沿って設けられている。
このようなコイル箔37を円筒状に巻くことによって、上部に、筒状の1つのリング部と、中間部に、上端がリング部に接続された、円筒の軸方向に延びる2つの垂直バンド部と、下部に、対向する2対の円弧状部片で構成される4つのウイング部とを備えたサドル型コイルが形成される。
コイル箔37のすぐ内側には、筒状の誘電体で作られたコイルボビン32が置かれ、コイル箔37は、このコイルボビン32の外周表面に固定されることにより、検出コイルとしての形状を維持している。
また、コイル箔37によって構成されたリング部の内側には、円筒バンド状の導電体でできた筒状導体38、コイル箔37によって構成されたウイング部の内側には、同じく、円筒バンド状の導電体でできた筒状導体39が、それぞれ、コイルボビン32を挟んで、対向配置されている。
そして、コイル箔37による筒状のウイング部と、筒状の誘電体で作られたコイルボビン32と、円筒バンド状の導電体でできた筒状導体39の3者により、第1および第2のコンデンサーが形成され、コイル箔37による、筒状のリング部と、2つの垂直バンド部とが、インダクタンスとなって、RFに対して共振可能な、LC共振器を形成する。
試料が入った試料管40は、筒状導体38、39の内側に、円筒状検出部の中心軸に沿って挿入される。
尚、高周波磁界は、コイル箔37の窓が開いた部分に、紙面と垂直な方向に発生する。筒状導体38、39は、発生する高周波磁界に対するシールドとしての役割を果たしており、挿入された試料の所定の範囲にのみ、高周波磁界が当たるように、高周波磁界の照射範囲を制限している。
ところで、従来の低温冷却型NMRプローブには、1つの問題点があった。それは、NMR装置においては、NMR信号の測定時、プローブ内のNMR検出コイルに、試料中の核スピンを励起させるためのパルスRF電力を印加しているため、印加したRF電力が、NMR検出コイルの表面をRF電流として流れる際に、NMR検出コイルの材質が持つ、固有の電気抵抗により、熱に変換されて、NMR検出コイル自身の温度が上昇してしまうことであった。
図5は、NMR検出コイルに印加されるRF電力と、NMR検出コイルの温度変化を示す模式図である。図の上段が、NMR検出コイルに印加されるRF電力の一例である。この例では、〜数十ミリ秒間に、大小合わせて、6個のRFパルスが、NMR検出コイルに印加されている。そして、RFパルス印加後、所定の時間を置いて、FID(Free induction decay)と呼ばれるNMR信号が検出される。この信号が検出される期間は、RFパルス印加後、〜0.5秒間ほどの時間帯である。
その間の、NMR検出コイルの温度変化を示したのが、図の下段である。NMR検出コイルは、低温のヘリウムガスを循環させている冷却器により、25K程度の低温に冷却されているが、冷却能力には限度があり、また、冷却器とNMR検出コイルとの間には、熱抵抗があるため、NMR検出コイルにRF電力パルスが印加されると、RF電流に対するNMR検出コイルの電気抵抗による発熱で、低温を維持し切れなくなって、温度が、短時間で、30K付近まで上昇する。
温度が上昇すると、NMR検出コイルを構成している、金属材料などの電気抵抗は、大きくなり、NMR検出コイルのQ値が変化し、整合条件も、それに伴って変化する。その結果、NMR検出コイルに、目的強度のRF磁界を発生させることができなくなり、試料中の核スピンの励起が正常に行なわれなくなる。
この問題は、核スピンの励起時のみならず、NMR信号の受信時にも悪影響を与える。すなわち、NMR信号の受信中、NMR検出コイルの温度を、一定に保つことができないので、NMR検出コイルのQ値や整合条件が、一定に保たれず、正常なNMR信号が得られなくなる。
このような、きわめて短時間に起きる温度変化は、冷却ステージ34に設けられた温度計26やヒータ100による温度補正方法では、制御が不可能である。なぜなら、発熱しているNMR検出コイル33と温度計26との間には、熱抵抗が存在し、NMR検出コイル33と温度計26のそれぞれには、熱容量も存在し、その結果、NMR検出コイル33と温度計26との間の、温度制御の応答時間には、比較的大きな時定数が、存在するからである。従って、仮に、温度計26の検出温度を、一定に制御するようにしていても、NMR検出コイル33自身の温度が、常に一定に保たれる訳ではない。
同様の問題は、RF照射コイルにおいても起こり得る。
本発明の目的は、上述した点に鑑み、NMR測定時に、RF電力パルスを、NMR検出コイルまたは照射コイルに印加しても、NMR検出コイルまたは照射コイルの温度がほとんど変化しないNMR測定方法およびNMR装置を提供することにある。
この目的を達成するため、本発明にかかる核磁気共鳴プローブは、
検出コイルまたは照射コイルにNMR測定用RF電力RF1を供給して試料に照射し、照射後NMR信号を検出コイルから検出してNMR測定を行なうNMR測定方法において、
NMR信号の測定に影響を与えない周波数の補完RF電力RF2を前記検出コイルまたは照射コイルに供給すると共に、該補完RF電力RF2の強度は、前記NMR測定用RF電力RF1と補完RF電力RF2の和がほぼ一定となるように前記RF電力RF1の強度変化に対応して変化させられることを特徴としている。
また、前記検出コイルまたは照射コイルは、NMR信号の測定周波数の共振モードとは異なる、NMR信号の測定に影響を与えない共振モードを備えていることを特徴としている。
また、前記NMR信号の測定に影響を与えない周波数は、NMR信号の測定周波数と同じ共振モードで共振可能な、NMR信号の測定周波数から、所定の周波数だけずらした周波数であることを特徴としている。
また、NMR信号の測定に影響を与えない周波数のRF電力を、検出コイルまたは照射コイルに印加し、その反射RF電力の強さから、検出コイルまたは照射コイルの温度上昇を検出するようにしたことを特徴としている。
また、NMR信号の測定に影響を与えない周波数のRF電力は、検出コイルまたは照射コイルへの入力RF電力に対する、検出コイルまたは照射コイルからの反射RF電力の比率が、最小となるように、調整可能であることを特徴としている。
また、検出コイルまたは照射コイルと、
NMR信号の測定に必要な周波数のRF電力RF1を検出コイルまたは照射コイルに印加する第1のRF電力印加手段と、
NMR信号の測定に影響を与えない周波数の補完RF電力RF2を検出コイルまたは照射コイルに印加する第2のRF電力印加手段と
を備えたNMR装置であって、
NMR信号の測定に影響を与えない周波数の補完RF電力RF2を前記検出コイルまたは照射コイルに供給すると共に、該補完RF電力RF2の強度は、前記NMR測定用RF電力RF1と補完RF電力RF2の和がほぼ一定となるように前記RF電力RF1の強度変化に対応して変化させられるよう、上記第2のRF電力印加手段を制御する制御手段を備えたことを特徴としている。
また、前記検出コイルまたは照射コイルは、NMR信号の測定周波数の共振モードとは異なる、NMR信号の測定に影響を与えない共振モードを備えていることを特徴としている。
また、前記NMR信号の測定に影響を与えない周波数は、NMR信号の測定周波数と同じ共振モードで共振可能な、NMR信号の測定周波数から、所定の周波数だけずらした周波数であることを特徴としている。
また、第2のRF電力印加手段から検出コイルまたは照射コイルへの入力RF電力に対する、検出コイルまたは照射コイルからの反射RF電力の比率を検出するための電力計を備えたことを特徴としている。
また、前記電力計の値に基づいて、反射RF電力が最小となるように、第2のRF電力印加手段からの入力RF電力を、調整可能にしたことを特徴としている。
以上述べたごとく、本発明のNMR測定方法によれば、NMR信号の測定に影響を与えない周波数のRF電力を検出コイルまたは照射コイルに補完的に印加し、検出コイルまたは照射コイルに印加されているRF電力の総和が、平均値として見たときに、NMR信号の測定に必要な周波数のRF電力が印加されていないときと、印加されているときとで、ほぼ同じとなるようになしたので、NMR測定時に、RF電力パルスを、NMR検出コイルに印加しても、NMR検出コイルまたは照射コイルの温度がほとんど変化しないNMR測定方法を提供することが可能になった。
また、本発明のNMR装置によれば、検出コイルまたは照射コイルと、NMR信号の測定に必要な周波数のRF電力を検出コイルまたは照射コイルに印加する第1のRF電力印加手段と、NMR信号の測定に影響を与えない周波数のRF電力を検出コイルまたは照射コイルに印加する第2のRF電力印加手段と、第1のRF電力印加手段から検出コイルまたは照射コイルに印加されるRF電力と、第2のRF電力印加手段から検出コイルまたは照射コイルに印加されるRF電力との総和が、平均値として見たときに、ほぼ一定となるように、上記2つのRF電力印加手段を制御する制御手段とを備えたので、NMR測定時に、RF電力パルスを、NMR検出コイルまたは照射コイルに印加しても、NMR検出コイルまたは照射コイルの温度がほとんど変化しないNMR装置を提供することが可能になった。
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。図6は、本発明にかかるNMR装置の一実施例を表わしたものであり、(a)は回路図、(b)はNMRプローブと分光器との関係を示す図である。
図中、33は、NMR検出コイルである。NMR検出コイル33は、図4に示したような、サドル型コイルの場合、コイル箔37による筒状のウイング部と、筒状の誘電体で作られたコイルボビン32と、円筒バンド状の導電体でできた筒状導体39の3者により、図6(a)に示すような、2つのコンデンサー43、44が形成され、コイル箔37による、筒状のリング部と、2つの垂直バンド部とが、2つのインダクタンス41、42となって、RFに対して共振可能な、LC共振器を形成する。
このようなNMR検出コイル33に対し、NMR信号の測定に必要な周波数の高周波である、第1の高周波、RF1の同調整合回路と、NMR信号の測定に影響を与えず、NMR信号の測定に不必要な周波数の高周波である、第2の高周波、RF2の同調整合回路とが、接続されている。RF1側の同調整合は、2つのバリコン46、47で行ない、また、RF2側の同調整合は、2つのバリコン45、48で行なう。
尚、NMR検出コイル33のa点で接地している理由は、NMR信号の測定周波数RF1の共振モード(矢印49、50で表示。矢印49、50は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)に加えて、NMR信号の測定周波数RF1の共振モードとは異なる、NMR信号の測定に影響を与えない周波数RF2用の共振モード(矢印51、52で表示。矢印51、52は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)を、NMR検出コイル33に用意するためである。
分光器55とNMRプローブ54との間は、RF1を伝達するRFケーブル56と、RF2を伝達するRFケーブル57で、接続されている。分光器55の内部には、RF1の電力印加手段からNMR検出コイルに印加されるRF電力と、RF2の電力印加手段からNMR検出コイルに印加されるRF電力との総和が、常に一定となるような、RF1とRF2の2つの電力印加手段を制御する制御手段が備えられている。
このような構成において、NMR検出コイルが、RF1の周波数に共振している場合、RF電流が最大となったある時点での、RF電流の向きは、矢印49、50で示すように、NMR検出コイル33の2つの垂直バンド部に、お互いに逆方向のRF電流が流れるので、NMR検出コイル33の内部に、RF磁界が発生し、NMR測定が可能になる。このとき、RF電流の一部が、電気抵抗のため、熱に変換され、NMR検出コイル33の温度が上昇する。
それに対して、NMR検出コイルが、RF2の周波数に共振している場合、RF電流が最大となったある時点での、RF電流の向きは、矢印51、52で示すように、NMR検出コイル33の2つの垂直バンド部に、お互いに同方向のRF電流が流れるので、NMR検出コイル33の内部に、RF磁界が発生せず、NMR測定は不可能である。ただし、RF電流の一部が、電気抵抗のため、熱に変換される点だけは、RF1の場合と同じなので、やはり、NMR検出コイル33の温度が上昇する。
図7は、NMR検出コイルに印加されるRF1の電力、およびRF2の電力と、NMR検出コイルの温度変化を示す模式図である。図の最上段が、NMR検出コイルに印加されるRF1の電力の一例である。この例では、〜数十ミリ秒間に、大小合わせて、6個のRFパルスが、NMR検出コイルに印加されている。そして、RFパルス印加後、所定の時間を置いて、FID(Free induction decay)と呼ばれるNMR信号が検出される。この信号が検出される期間は、RFパルス印加後、〜0.5秒間ほどの時間帯である。
RF1の電力の下に描かれているのが、RF1の電力とともに、NMR検出コイルに印加される、RF2の電力の一例である。この例では、凸状に突出したRF1のパルス電力が、NMR検出コイルに印加されるのと同時に、RF1のパルス幅に相当する時間幅だけ、RF1のパルス電力に相当する電力を、RF2の電力から差し引いて、NMR検出コイルに、RF2の電力を印加するようにしている。
これは、NMR信号の測定に影響を与えず、NMR信号の測定に不必要なRF2の電力を、NMR信号の測定に必要なRF1の電力が検出コイルに印加されていない期間中、検出コイルに補完的に印加し、検出コイルに印加されているRF電力の総和が、NMR信号の測定に必要なRF1の電力が印加されていないときと、NMR信号の測定に必要なRF1の電力が印加されているときとで、ほぼ同じ値となるように、制御するものである。
このように、RF2側のRF出力に、電力の凹部を設けることで、RF1が印加されている時間帯のRF電力強度を、RF1が印加されていない時間帯のRF電力強度と、均等化させる。
これにより、RF2の電力は、RF1の電力のダミーとして、補完的に作用するので、図7の、上から3段目に示すように、RF1の電力とRF2の電力との総和は、RF1のパルス電力が印加されているときと、印加されていないときとで、同じ値となる。
その結果、NMR検出コイルの電気抵抗により、熱に変換されるRF電力の量は、RF1のパルス電力がNMR検出コイルに印加されているときと、印加されていないときとで、同じ値となり、NMR検出コイル33の温度は、図7の最下段に示すように、常に一定の温度となる。
NMR検出コイル33の加熱を、温度制御用ヒータ100の代わりに、RF2の印加電力によって行なうので、RF2の電力によりコイル自体で発熱するため、NMR検出コイル33を温度制御用ヒータ100で加熱する場合に比べて、応答時間がきわめて速い。
これにより、NMR測定時に、RF1のパルス電力を、NMR検出コイルに印加しても、NMR検出コイルの温度がほとんど変化しないNMR装置を提供することが可能となる。
尚、図6(b)の例では、分光器55とNMRプローブ54との間は、RF1を伝達するRFケーブル56と、RF2を伝達するRFケーブル57との、2本のRFケーブルで、接続するようにしたが、これは、図8に示すように、RF1の周波数に同調整合されたポートのみを用い、このポートが、RF2の周波数に対しても、同調整合できるように、構成しても良い。その場合、RF2側の入力ポートと、バリコン45、48は不要となり、NMRの測定に必要な周波数のRF1電力の入力と、NMRの測定に不必要な周波数のRF2電力の入力とを、1本のRFケーブル56で行なわせることができる。尚、この変形例では、RF1とRF2は、NMR検出コイル33において、互いに異なる共振モードで共振しており、このことは、図6の場合と同様である。
また、RF1の入力ポートのみを用い、RF2の入力ポートと、バリコン45、48を省略した別の変形例として、図9(a)に示すように、NMR検出コイル33のRF1に対する共振モード(矢印49、50で表示。矢印49、50は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)のみを利用することも可能である。
NMR検出コイル33のRF1に対する共振モード周辺を、ネットワーク・アナライザを使って測定すると、図9(b)のような反射特性(横軸:周波数、縦軸:反射電力)を示す。通常のNMR測定では、反射電力が最も低い周波数f1に、RF1を同調させているが、反射電力が低い周波数帯域はかなり広いため、f1から、NMR測定に影響が出ない周波数Δfだけずれた周波数f2に対しても、NMR検出コイル33は、RF1に対する共振モード(矢印49、50で表示。矢印49、50は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)と同じ共振モードで、共振させることが、十分に可能である。
従って、NMRの測定周波数f1と共に、f1の近傍に、f1から、NMR測定に影響が出ない周波数Δfだけずれた第2の周波数f2を用意し、f2を、図7のRF2と同じ役割を担った高周波電力として使用すれば、RF1の入力ポートと、RF1に対する共振モードのみを用いて、図7に示したような、NMR検出コイル33の温度制御を行なわせることも可能である。
尚、この変形例では、f1とf2とが、NMR検出コイル33において、共に同じRF1共振モード(矢印49、50で表示。矢印49、50は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)で共振しており、この点が、図8の変形例とは、根本的に異なっている点である。
図10は、本発明にかかるNMR装置の別の実施例を表わしたものである。図中、54はNMRプローブ、55は分光器である。分光器55とNMRプローブ54との間は、RF1を伝達するRFケーブル56と、RF2を伝達するRFケーブル57で、接続されている。
そのRF2を伝達するRFケーブル57の途中に、電力計58を設けて、NMRプローブ54に入力されるRF入射波電力Aと、NMRプローブ54から反射して戻ってくるRF反射波電力Bを測定し、RF2の電力調整を行なうようにした。
RF1とRF2の調整は、次のようにして行なう。まず、RF2の周波数で、例えば、5W程度のRF電力を入力して、同調整合を取り、反射波電力がゼロの状態にする。これにより、5WのRF電力が、NMR検出コイルに、常時、印加された状態となり、NMR検出コイルの温度が、ある温度Tで、定常状態となる。次に、RF1の周波数で、例えば、NMR検出コイルの温度に、ほとんど影響を与えないと見られる、1mW程度のRF電力を入力して、同調整合を取り、反射波電力がゼロの状態にする。
その後、図7で説明したような方法により、RF1の電力とRF2の電力の足し合わせを一定にする方法に基づいて、NMR検出コイルとその周辺での発熱量の総和が、一定となるように、RF電力が出力される。ところが、時間が経って、調整誤差を生じると、NMR検出コイルの温度上昇が生じてしまう。
NMR検出コイルの温度上昇により、コイルの電気抵抗値が大きくなり、Q値が低下すると、RF2が、整合条件から外れて、RF2電力の反射波が大きくなる。そこで、NMRプローブ54に入力されるRF入射波電力Aと、NMRプローブ54から反射して戻ってくるRF反射波電力Bとの比率、B/Aを、電力計58で検出するようにし、B/Aが大きくなれば、NMR検出コイルの温度が上昇したと判断し、B/Aが最小となるように、RF2の電力出力の振幅を再調整する。
この方法によれば、NMR検出コイルの温度上昇を、温度計ではなく、NMR検出コイルのQ値によって検出することができるので、NMR検出コイルと温度計との間に存在するような、熱抵抗や熱容量の影響がなく、温度上昇を直接検出することが可能である。
この方法は、NMR測定に影響を与えない、第2の周波数を備えたすべてのNMR装置、例えば、図6、図8、および、図9に示したようなNMR装置などに対して、適用することが可能である。
これにより、長時間のNMR測定の場合にも、常時、NMR検出コイルとその周辺での発熱量の総和を、一定に制御することが可能となる。
図11は、NMR検出コイルに印加されるRF1の電力、およびRF2の電力と、NMR検出コイルの温度変化を示す変形例である。図の最上段が、NMR検出コイルに印加されるRF1の電力の一例である。この例では、〜数十ミリ秒間に、大小合わせて、6個のRFパルスが、NMR検出コイルに印加されている。そして、RFパルス印加後、所定の時間を置いて、FID(Free induction decay)と呼ばれるNMR信号が検出される。この信号が検出される期間は、RFパルス印加後、〜0.5秒間ほどの時間帯である。
RF1の電力の下に描かれているのが、RF1の電力とともに、NMR検出コイルに印加される、RF2の電力の一例である。この例では、RF1のパルス電力が、NMR検出コイルに印加されるのと同時に、RF1のパルス電力のパルス幅に相当する時間幅よりも長い時間幅をかけて、RF1のパルス電力強度よりも弱い電力強度のRF2の電力を、RF2の電力の定常値から差し引いて、NMR検出コイルに印加するようにしている。
これは、RF1側の、短くて強いRF電力の印加に対して、RF2側では、長くて弱いRF電力を、RF2の定常値から差し引いて印加することによって、一時的には、NMR検出コイルの温度が上昇するけれども、NMR信号に影響が出ない短時間(例えば、0.1ミリ秒以下の時間)で見た場合に、NMR検出コイルの温度が一定となるように、制御するものである。
これにより、RF2側の最大電力は、RF1側の最大電力よりも、ずっと低い値に設定することが可能となり、NMR検出コイルを冷却している冷却器への熱負担を、軽減することが可能になる。
図12は、本発明にかかるNMR装置の別の実施例を表わしたものであり、(a)は、NMR検出コイルの展開図、(b)は、NMR検出コイルの断面図、(c)は、回路図である。
図中、60は、NMR検出コイルである。検出コイル60の巻き線は、コイルボビン61の外周部に配置される。この例では、図4に示した、箔材で形成されたサドル型コイルではなく、線材を巻いて作られたサドル型コイルを用いている。このようなNMR検出コイルに対しても、前述した実施例と同様に、本発明にかかるNMR測定方法を適用することは、可能である。
図13は、本発明にかかるNMR装置の別の実施例を表わしたものであり、(a)はNMR検出コイルの展開図、(b)は回路図である。
図中、33は、NMR検出コイルである。この実施例では、図4に示したサドル型コイルではなく、H型のコイル箔68を、誘電体ボビン65の内側に、また、筒状導体66、67を、誘電体ボビン65の外側に、それぞれ配置して作られたアルダーマン−グラント型コイル(レゾネータ型コイル)を用いている。このようなNMR検出コイルに対しても、前述した実施例と同様に、本発明にかかるNMR測定方法を適用することは、可能である。
尚、図13の(a)で、筒状導体66、67を、それぞれ接地している理由は、NMR信号の測定周波数RF1の共振モード(矢印49、50で表示。矢印49、50は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)に加えて、NMR信号の測定周波数RF1の共振モードとは異なる、NMR信号の測定に影響を与えない周波数RF2用の共振モード(矢印51、52で表示。矢印51、52は、RF電流が最大となったある時点でのRF電流の向きを示す)を、NMR検出コイル33に用意するためである。
図14は、本発明にかかるNMR装置の別の実施例を表わしたものである。図中、33は、NMR検出コイルである。NMR検出コイル33は、図4に示したような、サドル型コイルの場合、コイル箔37による筒状のウイング部と、筒状の誘電体で作られたコイルボビン32と、円筒バンド状の導電体でできた筒状導体39の3者により、図6(a)に示すような、2つのコンデンサー43、44が形成され、コイル箔37による、筒状のリング部と、2つの垂直バンド部とが、2つのインダクタンス41、42となって、RFに対して共振可能な、LC共振器を形成する。
このようなNMR検出コイル33には、NMR信号の測定に必要な周波数の高周波RF1の同調整合回路と、NMR信号の測定に影響を与えず、NMR信号の測定に不必要な周波数の高周波RF2の同調整合回路とが、接続されている。RF1側の同調整合は、2つのバリコン46、47で行ない、また、RF2側の同調整合は、2つのバリコン45、48で行なう。
また、この実施例では、2つのインダクタンス41、42に、それぞれ、別のコイル73、70の一端が接続されており、コイル73の他端は、バリコン74,また、コイル70の他端は、コンデンサー71を介して、それぞれ接地されている。また、コイル73とバリコン74との接続部には、整合バリコン75を介して、重水素核(2D)に対して共鳴を起こさせる第3の高周波、RF3が、注入される。
この例では、RF1が、水素核(1H)を対象とする、観測用高周波であるのに対し、RF2は、NMR検出コイルの温度を制御するための、ダミー用高周波、RF3は、NMR装置の静磁場のドリフトを補償するための、ロック用高周波に、それぞれ、対応している。そして、RF3を共振させるためのロック用共振回路は、コンデンサー71、コイル70、NMR検出コイル33、コイル73、バリコン74、75で構成されている。
この例においても、凸状に突出したRF1パルスの電力がNMR検出コイルに印加されるのと同時に、RF1パルスのパルス幅に相当する時間幅だけ、RF1パルスの電力に相当する電力を、RF2の電力から差し引いて、NMR検出コイルに、RF2の電力を印加するようにしている。
このように、RF2側のRF出力に、電力の凹部を設けることで、RF1が印加されている時間帯のRF電力強度と、RF1が印加されていない時間帯のRF電力強度を、均等化させる。
これにより、RF2の電力は、RF1の電力のダミーとして、補完的に作用するので、RF1の電力とRF2の電力との総和は、RF1のパルス電力が印加されているときと、印加されていないときとで、同じ値となる。
その結果、NMR検出コイルの電気抵抗により、熱に変換されるRF電力の量は、RF1のパルス電力が、NMR検出コイルに印加されているときと、印加されていないときとで、同じ値となり、NMR検出コイル33の温度は、常に一定の温度となる。
尚、この場合、RF1、RF2に加え、ロック用のRF3が、NMR検出コイルに印加されているが、RF1が、数十W〜百数十Wの電力レベルであるのに対し、RF3は、〜数mWの電力レベルに過ぎず、NMR検出コイルの温度には、ほとんど影響を与えない。従って、RF3の途切れた時間帯を補完するように、RF2を制御する必要はなく、RF3に関しては、無視することができる。
以上、上記実施例では、NMR信号を観測するための高周波が、1系統のみのNMR装置について説明したが、NMR信号を観測するための高周波が、HFとLFの2系統存在するようなNMR装置や、照射系のRFを備えたNMR装置に対しても、本発明が、適用可能であることは、言うまでもない。
すなわち、NMR信号を観測するための高周波が、HFとLFの2系統存在するようなNMR装置に適用する場合には、HFのパルス電力と、LFのパルス電力の両方の印加のタイミングに合わせて、RF2の印加電力に、電力の凹部を設ければ良い。
また、照射系のRFを備えたNMR装置に適用する場合には、同様の方法で、照射コイル側にもRF2の電力を印加するようにすれば良い。
NMR信号を観測するための高周波が、3系統以上存在する多重同調NMR装置の場合にも、各高周波パルスの印加のタイミングに合わせて、RF2の印加電力に、電力の凹部を設ければ、本発明を適用させることが可能である。
A:超伝導磁石、B:主コイル、C:核磁気共鳴プローブ、D:穴、1:検出部、2:熱交換器、3:ヘッドアンプ、4:熱交換器、5:ヒータ、6:ケーブル、7:ケーブル、8:プローブ容器、9:トランスファーライン、10:配管、11:配管、12:配管、13:配管、14:冷凍機、15:配管、16:配管、17:配管、18:配管、19:冷凍機本体、20:第1冷却ステージ、21:熱交換器、22:第2冷却ステージ、23:熱交換器、24:熱交換器、25:熱交換器、26:温度計、31:ガス配管、32:コイルボビン、33:NMR検出コイル、34:冷却ステージ、35:リード、36:同調整合回路、37:コイル箔、38:筒状導体、39:筒状導体、40:試料管、41:インダクタンス、42:インダクタンス、43:コンデンサー、44:コンデンサー、45:バリコン、46:バリコン、47:バリコン、48:バリコン、49:RF電流、50:RF電流、51:RF電流、52:RF電流、54:NMRプローブ、55:分光器、56:RFケーブル、57:RFケーブル、58:電力計、60:NMR検出コイル、61:コイルボビン、65:誘電体ボビン、66:筒状導体、67:筒状導体、68:H型コイル箔、69:H型コイル箔、70:コイル、71:コンデンサー、73:コイル、74:バリコン、75:バリコン、100:ヒータ、101:支柱。