JP4078187B2 - 指標異性体を用いたteqの簡易測定方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は排ガス、環境大気、土壌、水質等(以下、これらを媒体と呼ぶ)の毒性当量(TEQ)を迅速且つ簡易に測定する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、各種媒体試料中のダイオキシン類やコプラナーポリ塩化ビフェニール類の毒性成分の濃度の測定には、JIS K 0311:1999に規定されるいわゆる公定法が用いられてきた(非特許文献1)。公定法では、ダイオキシン類濃度の報告は、ポリ塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン及びポリ塩化ジベンゾフラン(以下PCDD/DFsと記す)については2,3,7,8位塩素置換体の4〜8塩素化の17異性体について、また4〜8塩素化それぞれの同族体についての報告が必要とされており、媒体によってはさらに他の異性体について定量しなければならないものもある。コプラナーポリ塩化ビフェニール(以下coplanar PCBsと記す)についてはnon-ortho PCBsの4異性体及びmono-ortho PCBsの8異性体を定量しなければならない。そしてこれらの定量値からTEF(2,3,7,8-TeCDD Toxicity Equivalency Factor)を用いて毒性当量(2,3,7,8-TeCDD Toxicity Equivalency Quantity;TEQ)が算出される。
【0003】
近年、ダイオキシン類に関する種々の法的規制に伴い、精度管理体制の下に測定されたデータの迅速な報告の需要が高まってきている。そのため、公定法で必要とされている項目を省略する、もしくは異なる方法を用いることでTEQを求める手法が多く見られる。例えば、試料採取では新しい吸着剤の開発や簡易採取法、抽出では高速溶媒抽出や超音波抽出、精製ではオンラインクリーンアップ、簡易型カートリッジ、HPLCを用いる手法といったものが挙げられる。
【0004】
その中でも機器分析の工程に着目すると、公定法で採用されている高分解能ガスクロマトグラフ質量分析法(HRGC/HRMS法)を用いずに、低分解能型のGC/MSやGC/MS/MS、液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)などを用いる手法や、異性体、同族体及び関連物質(chlorobenzenes、TOXなど)とTEQの関係から概算値を算出する方法(例えば、特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3参照)がある。他の検出法として抗原抗体反応を利用したイムノアッセイ法などの報告もある(特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】
特開2002-90359号公報([0011]〜[0013]、図1)
【特許文献2】
特開2002-119279号公報([0008]、図1)
【非特許文献1】
JIS K 0311:1999「排ガス中のダイオキシン類及びコプラナーPCBの測定方法 」,日本規格協会
【非特許文献2】
H. Fiedler, C. Lau, G. Eduljee: Statistical analysis of patterns of PCDDs and PCDFs in stack emission sample and identification of a marker congener, Waste Management & Research, 18, 283-292 (2000)
【非特許文献3】
Sakurai, T., Suzuki, N., Masunaga, S.,Nakanishi, J.: Origin attribution of polychlorinated dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans in sediment and soil from a Japanese freshwater lake, Chemosphere, 37, 2211-2224 (1998)
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
精度管理に対する要求を満たさなければならない公定法の場合、抽出、精製、濃縮操作及び定性・定量などに多大の時間とコストを要する。一方、公定法で必要とされている項目を省略する、もしくは異なる方法を用いることでTEQを求める上述したような手法は、公定法に比べ迅速且つ簡便に測定することはできるが、代替指標として測定する関連物質とTEQとの相関が低いという測定精度の面で問題を抱えている。
【0007】
また、近年、焼却施設などではダイオキシン類の排出量を削減すべく様々な対策や改善が行われており、その排出量は年々減少の傾向にある(環境省:ダイオキシン類の排出量の目録(排出イベントリー)(2001))。このようにダイオキシン類が低濃度化することで、代替指標として測定する関連物質とTEQとの相関が変化している。
【0008】
本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、迅速且つ簡易な方法でTEQ値を高精度で算出することのできる簡易TEQ測定方法を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、これまでに行った膨大な数の各種媒体の試料の測定データについて、その解析を行った。その結果、TEQの最適な指標となり得る異性体を特定し、一定の精度を維持した迅速で簡易なTEQ測定方法を確立するに至った。以下、その解析過程を説明すると共に、それにより得られた簡易TEQ測定方法を紹介する。
【0010】
1 データ解析評価方法
環境省、厚生労働省及びJISの測定マニュアルに準拠し測定した、精度管理に対する要求を満たす品質を有するデータから無作為に取り出したもの(n>5000)について、主にPCDD/DFs及びcoplanar PCBsの、毒性のある各異性体とTEQとの関係について解析評価した。なお、分析においては、毒性評価対象であるPCDD/DFsの17異性体、coplanar PCBsの12異性体の全てに対応する、13Cでラベル化された内標をクリーンアップスパイクとして用いた。また、PCDD/DFsについては全ての試料(血液を除く)に対し、4塩素化から8塩素化までを2種類のカラム(SP-2331(Supelco社製)及びDB-17(J&W社製))を用いて分析を行った。
【0011】
排ガス、灰、環境大気、土壌、水質、底質及び血液の各媒体について、試料の測定結果の検討を行った。TEQの算出は公定法に従って行ったが、排ガス、灰、土壌及び血液については定量下限値未満の異性体を0とし、環境大気、水質及び底質については検出下限値未満の異性体を検出下限値の1/2として算出した。また土壌及び血液についてはこの他に、検出下限値未満の異性体を検出下限値の1/2として算出する場合についても解析評価した。
【0012】
2 結果及び考察
2.1 TEQに対する各異性体の分布
TEQに対して各異性体が占める割合を各試料ごとに百分率で算出し、それらの平均値から得られた、媒体別の分布図を図1に示した。全ての媒体において、1,2,3,7,8-PeCDD及び2,3,4,7,8-PeCDFがTEQに対して比較的大きな割合を占めた。
また排ガス、灰及び環境大気の3媒体は互いに類似した分布を示し、2,3,4,7,8-PeCDFがTEQに対し最も大きな割合を占め、且つ3媒体とも同程度の割合(30%程度)で存在していることが確認された。また水質及び底質が似た分布を示し、1,2,3,7,8-PeCDDがTEQに対し最も大きな割合を占め、2,3,4,7,8-PeCDF及び1,2,3,4,6,7,8-HpCDDも比較的大きな割合を占めた。
【0013】
土壌では、TEQ算出時の数値の取り扱いにおいて、定量下限値未満の異性体を0とする場合には他の媒体と大きく異なる分布を示したが、検出下限値未満の異性体を1/2とする場合には水質及び底質と近い分布を示した。血液では、これらの数値の取り扱いの違いによるTEQの差はほとんど見られない。また、血液ではTEQに対してcoplanar PCBsが占める割合が35%と最も大きく、2,3,4,7,8-PeCDF及び1,2,3,7,8-PeCDDも比較的大きな割合を占めた。
【0014】
次にcoplanar PCBsに着目し、coplanar PCBsのみのTEQに対する各異性体の分布図を示した(図2)。全ての媒体において大部分を3,3',4,4',5-PeCB(#126)が占めていた。また血液においては2,3,3',4,4',5-HxCB(#156)も比較的大きな割合を占めていた。ここでも土壌においてはTEQ算出時における数値の取り扱いの違いにより大きな差が見られた。
【0015】
土壌においてTEQの算出方法の違いにより異性体分布が大きく異なったのは、土壌では各異性体の定量値がマニュアルで設定された定量下限値未満となる場合が多く見られることに起因すると推測される。そのような場合に定量下限値未満の異性体を0としてTEQを算出すると、比較的検出されやすい1,2,3,4,6,7,8-HpCDDやOCDD、2,3',4,4',5-PeCB(#118)などの異性体のみがTEQに占める割合が大きくなるが、検出下限値未満の異性体を1/2としてTEQを算出することにより、検出下限値以上定量下限値未満のものや検出下限値未満であったものが数値化されることで、比較的水質や底質と近い分布を示すと考えられる。
【0016】
2.2 各異性体とTEQの相関関係
次に各異性体の実測濃度、PCDD/DFs同族体及びTotal PCDDs+PCDFs(血液は除く)とTEQとの相関関係を調べた。ここで得られた結果を図3に示した(coplanar PCBsについては主要な異性体のみ)。TEQとの相関に関しては、TEQに占める割合の大きかった2,3,4,7,8-PeCDFが比較的どの媒体においても高い相関を示し、同族体についてはいずれの媒体においてもPeCDFsが最も高い相関を示した。特に排ガス(R=0.985)、灰(R=0.963)、環境大気(R=0.988)、土壌(R=0.974)及び血液(R=0.962)については2,3,4,7,8-PeCDFとTEQの間に高い相関が見られた。また土壌及び血液においてはTEQ算出時における数値の取り扱いの違いによる差は認められなかった。
【0017】
水質(R=0.950)及び底質(R=0.948)では他の媒体と比較して2,3,4,7,8-PeCDFとTEQの相関が若干悪くなり、水質は1,2,3,6,7,8-HxCDD(R=0.965)、底質は1,2,3,4,7,8-HxCDF(R=0.980)が最も高い相関を示した。それぞれの媒体のTEQと最も高い相関が見られた異性体についての相関を図4に示した。また一例として排ガスにおけるPCDD/DFsの17異性体及びcoplanar PCBsの主要な3異性体とTEQの相関図を図5に示した。数多くの異性体の中でも特に2,3,4,7,8-PeCDFがTEQと高い相関関係にあることを、この図から読み取ることができる。
【0018】
2.3 指標異性体の特定
上述した各異性体及び同族体とTEQとの相関関係から、TEQの指標となり得る異性体の特定を試みた。なお同族体についてもPeCDFsとTEQの間に高い相関関係(R>0.94)が見られたが、一般的に同族体は多くのピークを定量するため妨害成分などの影響で精度が悪くなることもある。また迅速測定という観点からも分析、評価の面において作業がより簡便である異性体を指標とすることにした。また指標異性体となる必要条件として、TEQと高い相関があることの他に、GCでの分離が良く且つ比較的検出され易い異性体であることなどが挙げられる。
【0019】
図3に見られる通り、排ガス、灰、環境大気、土壌及び血液においては2,3,4,7,8-PeCDFとTEQの間に最も高い相関が見られ、またGC上の条件も満たしていることから、2,3,4,7,8-PeCDFが指標異性体として最も適当である。
【0020】
水質及び底質では他の媒体と比べて2,3,4,7,8-PeCDFの相関が若干低く、指標異性体として用いる際は他の異性体についても考慮する方が好ましいと言える。そこで、水質及び底質においては2,3,4,7,8-PeCDFとともにTEQとの相関が最も高かった異性体を併用することにした。
【0021】
水質は2,3,4,7,8-PeCDFの他にGC上の分離が良好な1,2,3,6,7,8-HxCDDを加えた値とTEQの相関関係について調べた(図6)。底質は1,2,3,4,7,8-HxCDFがTEQと高い相関が見られたが、この異性体はGCでの分離が良くないため指標として用いるには不適当であると思われる。そこでこの異性体を2,3,4,7,8-PeCDFに補助的に加えた値とTEQの相関関係について調べた(図7)。ただし指標とするこれらの異性体はそれぞれTEFが異なるため、これらの合計値とTEQの関係について考える場合には、実測濃度よりTEQ換算濃度を用いた方が好ましいと考えられる。そこでこれらの媒体についてはそれぞれの異性体の実測濃度にTEFを掛け、TEQ換算後の異性体濃度の合計値とTEQの相関関係について調べた。その結果、水質、底質どちらにおいてもTEQと高い相関関係が見られ、これらの媒体においては2つの異性体のTEQ換算濃度を併用(合計)することで指標異性体として用いることが可能であると思われる。
【0022】
2.4 指標異性体を用いたTEQの算出
特定した指標異性体を用いてTEQを算出するための式を次に示す。
指標異性体濃度×係数i=E-TEQ (式1)
「E-TEQ」は、指標異性体を用いて算出したTEQ(Estimated TEQ)を意味する。
係数iは、図4、図6、図7に示したTEQに対する異性体実測濃度の相関図の一次回帰式から得られた係数である。
【0023】
各媒体の指標異性体及び係数iを図8にまとめた。Fiedlerらは排ガスにおけるI-TEQと2,3,4,7,8-PeCDFの関係からTEQ簡易算出式とその係数(1.75, n=48)を報告している(非特許文献2参照) 。また、浦野らの報告では排ガスにおいて2,3,4,7,8-PeCDFからWHO-TEQを求める算出式が示されており、その係数は1.6(n=64)となっている(非特許文献3参照) 。図8に示されている通り、筆者らが得たE-TEQ算出に用いる排ガスの係数は1.60(n=641)で、これらの報告の係数と比較して近い値となった。また、参考までに同族体についても言及すると、PCDDs+PCDFsを指標とする場合、相関の高かった排ガスではE-TEQ算出に用いる係数は0.0166(R=0.953)となった。しかし同族体分布は様々な要因が絡み、試料ごとに大きく変わることもあり、そのため他の媒体では相関が低くなった。これらのことからもTEQの指標として、同族体は異性体と比べてあまり実用的ではないと考えられる。
【0024】
本解析では、どの媒体においても指標異性体として2,3,4,7,8-PeCDFを用い、排ガス(i=1.60)、灰(i=2.39)、環境大気(i=1.72)、土壌(i=2.02)及び血液(i=2.40,2.44)においてはこれらを指標としそのE-TEQを算出する。また灰は飛灰(i=2.39)と焼却灰(i=1.48)の各々について解析した場合の係数も示した。その結果、係数iは飛灰と焼却灰で異なることが分かった。しかし土壌では農薬など様々な要因の影響を強く受けていると推定される試料が一部に見られ(Sakurai, T., Suzuki, N., Masunaga, S.,Nakanishi, J.: Origin attribution of polychlorinated dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans in sediment and soil from a Japanese freshwater lake, Chemosphere, 37, 2211-2224 (1998)、Sakurai, T., Kim, J.G., Suzuki, N., Matsuo, T., Li, D.Q., Yao, Y., Masunaga, S., Nakanishi, J.: Polychlorinated dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans in sediment, soil, fish, shellfish and crab sample from Tokyo Bay area, Japan, Chemosphere, 40, 627-640 (2000))、そのため他の媒体と同様にE-TEQ算出式を用いることは難しいと考えられる。土壌におけるE-TEQ算出の詳細については2.5で述べる。
【0025】
2.3の解析の結果より、水質及び底質においては指標異性体として2,3,4,7,8-PeCDF以外の異性体も併用することとし、水質については1,2,3,6,7,8-HxCDDを、底質については1,2,3,4,7,8-HxCDFを採用した。従って、水質については、2,3,4,7,8-PeCDFの濃度C1にそのTEF値0.5(JIS-K0311の表14)を乗じた値と、1,2,3,6,7,8-HxCDDの濃度C2にそのTEF値0.1を乗じた値を加算し、その値に係数i=4.25を乗じてE-TEQを算出する。底質については、2,3,4,7,8-PeCDFの濃度C1にそのTEF値0.5を乗じた値と、1,2,3,4,7,8-HxCDFの濃度C3にそのTEF値0.1を乗じた値を加算し、その値に係数i=2.74を乗じてE-TEQを算出する。ただし、水質及び底質でも土壌と同様に様々な要因の影響を受けていると推定される試料が見られるが、それらの多くは土壌ほど顕著に影響を受けていないためか異性体分布に法則性を見出すことは難しい。そのためE-TEQ算出式を用いる際には、他の媒体と比較して公定法によるTEQとの差が大きくなる可能性が高いことを十分留意しなければならない。
【0026】
どの媒体においても2,3,4,7,8-PeCDFを指標異性体として用いるが、この異性体が数値化されない場合には、その試料に設定されている下限値に係数iを掛け、さらに安全を見込んで3倍した数値をE-TEQ(概算値)とする。
【0027】
2.5 土壌試料における指標異性体を用いたTEQ算出式の適用条件
土壌においては全ての試料に対してE-TEQ算出式を適用することが難しいことは上述した。これは一般的に土壌中のダイオキシン類は主に農薬及び燃焼由来であると言われているが、特異的に農薬の影響を強く受けているものや、希にPCBsに汚染された土壌などが存在するためである。これらの土壌についてその傾向を調べるために、個々の試料別にTEQに対する異性体分布を確認した。またこれらの試料の中から、土壌中のダイオキシン類分布に大きな影響を与えていると考えられる要因が顕著に現れている試料の異性体分布の代表的な例を示し(図9)、この図において最も寄与の大きい異性体と次に寄与の大きい異性体及びそれらがTEQに占める割合を示した(図10)。土壌においてはこのような試料が多く存在するため、2,3,4,7,8-PeCDF以外に他のいくつかの異性体についても定量し、E-TEQ算出式への適合性を確認することが好ましい。
【0028】
土壌が平均的な異性体の分布から外れる最も主要な要因は農薬(PCP及びCNP)由来であると推定され(Masunaga, S., Takasuga, T., Nakanishi, J.,: Dioxin and dioxin-like PCB impurities in some Japanese agrochemical formulation. Chemosphere, 44, 873-885 (2001))、他にPCBs汚染などの要因も考えられる。これらを考慮して、1,2,3,7,8-PeCDD、1,2,3,4,6,7,8-HpCDD及び3,3',4,4',5-PeCB(#126)の3異性体についても測定することでE-TEQ算出式(式1)適用の可否の簡易的な判断をすることができる。これらの異性体は指標異性体を用いた迅速分析を先に見据えて(詳細は3.3で後述)、TEQに対する寄与が大きく、且つHRGC/HRMSで1種類のカラムを用いてこれら3異性体全ての分析が1インジェクションで可能であるものを選んだ。適用の可否を判断するためには2,3,4,7,8-PeCDF濃度と別の異性体濃度の比を算出し、これを図11に示した数値と比較して両者の数値の大小で判断する。図11の数値は、個々の試料についてTEQに対する各異性体濃度の分布を調べ(n>250)、E-TEQ算出式の適用が困難であると判断された試料における各異性体間の関係から導き出した。これらの条件に当てはまる試料については、毒性のある全ての異性体の測定を行う方が安全である。
【0029】
今回の解析では土壌について上記のような簡易測定の限界が明瞭に得られたが、簡易測定法の限界は、媒体の種類に拘わらず存在するはずである。従って、各媒体について、このような簡易測定法の限界を明確にしておくことが望ましい。しかし、土壌において採用した上記簡易測定可否判定物質は、その量の多寡は措いても、他の媒体においても同様に判定物質として採用するに問題はないと考えられる。
【0030】
2.6 指標異性体を用いたTEQ算出式の有用性の確認
JISや関係省庁から公布されているダイオキシン類測定マニュアルでは、測定データの品質管理として二重測定について触れている。そこには二重測定用の2つの試料のPCDDs、PCDFsの2,3,7,8-位塩素置換の各異性体(17異性体)及びcoplanar PCBsの測定値について、その平均値を求め、個々の測定値が平均値の±30%以内であることを確認するとある。ただし媒体によっては2つの試料の分析値について平均値を求め、各々の値の差が平均値に比べて30%以下であることを確認するものもある(環境庁水質保全局土壌農薬課:ダイオキシン類に係る土壌調査測定マニュアル(2000))。
【0031】
この評価方法に準じて指標異性体を用いたE-TEQ算出式とその係数の有用性を排ガス、灰、環境大気、土壌、水質及び血液で確認した。また評価には個々の測定値が平均値の±30%以内とする方法を用いた。確認に用いたのは2002年に新たに測定した試料で、土壌についてはTEQ算出時における数値の取り扱いが異なる2つの方法のどちらについても調べた。
【0032】
比較評価には、排ガスは139試料から2,3,4,7,8-PeCDFが下限値未満である28試料を除いた111試料を、同様に灰は161試料中140試料を、環境大気は101試料中98試料を、水質は87試料中58試料を、血液は122試料中121試料の下限値以上の試料を用いた。土壌は70試料から下限値未満及びE-TEQ算出式に不適合であると判別された試料を除き、定量下限値未満の異性体を0とする場合では40試料、検出下限値未満の異性体を1/2とする場合では49試料を用いた。これらの試料について、公定法に従い算出したTEQとE-TEQを比較した相関図の一例を示し(図12)、個々の測定値が定められた範囲内(平均値の±30%)に入った割合を示した(図13の右から2番目の欄)。なお、参考として各々の値の差が平均値に比べて30%以下とする評価法を用いた場合の数値(最右欄)も示した。
【0033】
排ガス、環境大気、水質及び血液はそれぞれの手法間の相関も高く、概ね二重測定で定められた範囲内に収まり良好な結果が得られた。灰は全体では75%と低い値となったが、種類別に見ると飛灰については良好な結果が得られ、焼却灰についても84%の試料が範囲内に収まった。土壌についても90%程度の試料についてはその範囲内に収まった。
【0034】
これらより、指標異性体を用いたTEQ算出式(式1、図8)について、公定法での二重測定の判定基準と考え合わせると、その有用性が十分に確認できた。更に、平均値の±50%まで許容することにより殆どの媒体において95%以上の試料がその範囲内に収まるが、本発明に係る方法が正確さよりも迅速を旨とする簡易測定法であることを勘案すると、許容範囲を50%とすることが適切であろうと考えられる。このE-TEQ算出式(式1、図8)は工場や事業所内の工程管理など多数の試料について測定値の迅速な報告を要するような分析において、効果的に活用できるものと考えられる。
【0035】
3 指標異性体を用いる迅速測定法の適用
現行の各種測定マニュアルによると、ダイオキシン類の測定では多数の異性体及び同族体を測定しなければならない。しかし2,3,4,7,8-PeCDFを指標異性体としてE-TEQを算出する場合ではPeCDFs付近のみを測定できれば良く、これに伴い試料採取から定量値の報告まであらゆる工程での作業を迅速且つ簡易に行える可能性がある。ここでは触れないが2,3,4,7,8-PeCDFは比較的どの媒体でも検出されやすく、分析に必要な試料量の削減も可能である。
【0036】
3.1 迅速抽出
対象が固体である場合には、従来のソックスレー抽出法の代わりに高速溶媒抽出(ASE)法を用いて抽出を行った。一般的にASE法はソックスレー法と同等の抽出効率が得られると言われている(辻野一茂, 梅津令士, 大井悦雅, 高菅卓三:高速溶媒抽出(ASE)法を用いた飛灰のダイオキシン類最適抽出条件の検討, 第7回環境化学討論会 講演要旨集, 80-81 (1998)、浅井重博、北野憲治、近藤武一、柳俊彦、澁谷隆、岡部篤宜、上野順士:高速溶媒抽出装置を用いた土壌中のダイオキシン類分析の検討, 第9回環境化学討論会 講演要旨集, 242-243 (2000))。しかし、高塩素化において抽出法により若干の差が見られることがあるが、指標異性体(5塩素化)の測定に支障はないものと思われる。実際に両者の抽出法を比較したが、ほとんど同等の結果が得られた。また、抽出に要する時間を1/20以下に短縮することができた。
【0037】
3.2 簡易精製
クリーンアップは多層シリカゲルクロマトグラフィーやアルミナ、活性炭を用いるものが一般的であるが、シリカゲル及び活性炭のカートリッジを使用した。これにより溶媒の使用量を減らすことができ、その結果、時間も概ね1/5程度に短縮することができた。シリカゲルはBond-Elut Silica(Varian社製)、活性炭はSep-Pak Plus AC-2(Waters社製)を使用し、これらを直結して用いた。使用した溶媒はHexane、30%Toluene/Hexane及びTolueneで、最終的に活性炭のReverse Flowで得られたToluene Fr.を測定用の溶液とした。
【0038】
3.3 迅速分析
通常PCDD/DFsで2種、coplanar PCBsで1種のカラムを用いてHRGC/HRMSで測定するが、指標異性体の分離が良く熱安定の良い中極性の1種類のカラム(DB-17HT(J&W社製))で測定した。また測定には低濃度試料や複雑な試料においても分解能が良く、精度及び感度を確保できるHRGC/HRMSを用い1回のインジェクションで分析した。
【0039】
排ガス、灰、環境大気及び血液においては2,3,4,7,8-PeCDFのみを測定し、水質及び底質においてはこれに加えてそれぞれ他の1異性体についても測定し(2.3参照)、ここで得られた定量値よりE-TEQを算出した。
土壌については指標とする2,3,4,7,8-PeCDFの他に2.5で述べた3異性体についても測定した。そこでE-TEQの算出が可能であるかどうかの判定を行い、可能なものについては指標異性体からE-TEQを算出し、算出式の適用ができないものについては毒性のあるPCDD/DFsの17異性体及びcoplanar PCBsの12異性体について再度、分析を行った。
【0040】
この1インジェクションでの迅速分析は分析時間の短縮だけでなく、データ処理解析などの作業でも限られた異性体のみ解析評価することで、時間の大幅な短縮とそれに伴うコストの削減ができた。
【0041】
3.4 迅速測定法の評価
この迅速測定法で得たE-TEQは公定法でのTEQとほとんど変わらないことも確認しており、これらの測定法を用いることで1週間以内に定量値の報告が必要な迅速測定の需要への対応が可能である。一例として環境大気及び土壌について上述の測定法を用いた測定結果を示した(図14、図15)。
【0042】
環境大気では2,3,4,7,8-PeCDF実測濃度及びTEQは公定法と変わらず、回収率も精度管理上問題のない範囲に収まっている。公定法と比較してクリーンアップを簡略化しているため、クロマトグラムのベースがわずかに不安定になっている点や若干回収率が低めである点などが見られるが、今後、より最適な条件を検討することでこれらの問題は解消できると考えられる。
【0043】
土壌は焼却炉付近の汚染土壌のダイオキシン類分解処理前と分解処理後の、それぞれ高濃度及び低濃度であると予測される試料について検討した結果を示した。どちらの試料においても、迅速測定法で得た2,3,4,7,8-PeCDF実測濃度が公定法の値よりもわずかに高くなり、それに伴いTEQも同様の結果となった。このような結果となったのは、試料によってTEQに対する異性体組成に差があることや、抽出方法の違いによる抽出効率の差が要因であると考えられる。ただし、2.6で述べた二重測定の評価方法を用い、検出下限値未満の異性体を検出下限値の1/2として扱う場合について手法間のTEQを比較すると、どちらの試料も範囲内に収まった。しかし、2.1で述べたように定量下限値未満の異性体を0として扱う場合について比較すると、分解処理前(高濃度)の試料は範囲内に収まったが、分解処理後(低濃度)の試料では大きくその範囲を超えた。
【0044】
4 まとめ
ダイオキシン類のTEQの指標となる異性体として、いずれの媒体においても2,3,4,7,8-PeCDFが最も適当である。排ガス、灰、環境大気、土壌及び血液についてはこれを指標異性体とし、各媒体ごとに解析評価から導き出した係数を用いることでTEQを迅速且つ容易に算出することが可能である。水質及び底質についても2,3,4,7,8-PeCDFとそれぞれ他の1異性体を併用することでTEQの算出が可能となる。ただし、特に土壌においてはTEQに対し特異的な異性体分布を示す試料も存在する。このため2,3,4,7,8-PeCDF以外に幾つかの異性体を測定し、指標異性体を用いたTEQ算出式が適用可能であることを確認することが好ましい。適用できない試料については毒性のある全ての異性体を測定する方が安全である。
【0045】
【発明の効果】
現在までに報告されている迅速法や簡易法は精度面においての問題を抱えていることが多いが、本発明に係る迅速測定法ではHRGC/HRMSを用い異性体の定量値についての精度及び感度が確保できており、この部分が非常に有意な点である。この手法を用い多数の試料を迅速に分析することで、迅速環境モニタリングやプラントの日常運転管理・監視、ダイオキシン類発生抑制実験の検討、分解処理の効果確認など様々な案件への適用が期待できる。また迅速測定法を公定法と組み合わせることで公定法を補完する方法としてより効果的に活用できると言える。
【図面の簡単な説明】
【図1】 TEQに対して各異性体が占める割合を媒体別に示した分布図。
【図2】 coplanar PCBsの各異性体のTEQに対する分布図。
【図3】 各異性体の実測濃度、PCDD/DFs同族体及びTotal PCDDs+PCDFs(血液は除く)とTEQとの相関関係を示した図。
【図4】 それぞれの媒体における、TEQと最も高い相関が見られた異性体についての相関図。
【図5】 排ガスにおけるPCDD/DFs 17異性体及びcoplanar PCBsの主要な3異性体とTEQの相関図。
【図6】 水質における、2,3,4,7,8-PeCDFと1,2,3,6,7,8-HxCDDを加えた値とTEQの相関図。
【図7】 底質における、2,3,4,7,8-PeCDFと1,2,3,4,7,8-HxCDFを加えた値とTEQの相関図。
【図8】 各媒体の指標異性体及び係数iを示した図。
【図9】 土壌中のダイオキシン類分布に大きな影響を与えていると考えられる要因が顕著に現れている試料の異性体分布図。
【図10】 図9において最も寄与の大きい異性体と次に寄与の大きい異性体及びそれらがTEQに占める割合を示した図。
【図11】 E-TEQ算出式の適用の可否を判断するため、2,3,4,7,8-PeCDF濃度と別の異性体濃度の比の基準となる数値を示した図。
【図12】 公定法に従い算出したTEQとE-TEQを比較した相関図。
【図13】 公定法に従い算出したTEQとE-TEQを比較し、個々の測定値が定められた範囲内に入った割合を示した図。
【図14】 環境大気及び土壌について迅速測定法を用いた測定結果を示した図。
【図15】 環境大気及び土壌について迅速測定法を用いた測定結果を示した図。
Claims (4)
- 未知試料中の指標異性体である2,3,4,7,8-PeCDFの濃度C1を測定し、該濃度C1に係数iを乗じることによりTEQを算出するTEQの簡易測定方法であって、その係数iの値を、未知試料が灰である場合には2.39±1.19、飛灰である場合には2.39±1.19、焼却灰である場合には1.48±0.74、環境大気である場合には1.72±0.86、土壌である場合には2.02±1.01、血液である場合には2.40±1.20とすることを特徴とするTEQの簡易測定方法。
- 水質を媒体とする未知試料中の指標異性体である2,3,4,7,8-PeCDFの濃度C1及び1,2,3,6,7,8-HxCDDの濃度C2を測定し、式[0.5C1+0.1C2]×i2によりTEQを算出するTEQの簡易測定方法であって、その係数i2の値を4.25±2.12とすることを特徴とするTEQの簡易測定方法。
- 底質を媒体とする未知試料中の指標異性体である2,3,4,7,8-PeCDFの濃度C1及び1,2,3,4,7,8-HxCDFの濃度C3を測定し、式[0.5C1+0.1C3]×i3によりTEQを算出するTEQの簡易測定方法であって、その係数i3の値を2.74±1.37とすることを特徴とするTEQの簡易測定方法。
- 1,2,3,7,8-PeCDD、1,2,3,4,6,7,8-HpCDD、3,3',4,4',5-PeCB(#126)のうち一又は複数と上記指標異性体との濃度比から上記TEQの簡易測定方法の適用の可否を判断することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のTEQの簡易測定方法。
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