JP3897063B2 - 判別支援方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、臨床データに基づいて疾病等の診断支援を行う診断支援方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ヒトの組織及び組織液中には多数の糖蛋白質、糖脂質があって、それらに含まれる糖鎖が何十種類も存在する。例えば、血清中の糖蛋白質には、約40種類のN結合型糖鎖が含まれている(Nakagawa, H., et al.,(1995) Anal. Biochem., 226, 130-138.)。また、血清の免疫グロブリンGの中性糖鎖は多種類あることが知られている(Mizuochi, T., et al.,(1982) J. Immunol.,129, 2016.)。これらの糖鎖の含有量を測定する方法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いる方法、レクチンや抗体などを用いる方法、免疫電気泳動を用いる方法等がある。
【0003】
現在、様々な疾患で、組織及び組織液中の糖蛋白質、糖脂質に含まれる複数の糖鎖構造が変化していることが知られている。例えば、リウマチでは、血清中の免疫グロブリンG(IgG)の16種類の糖鎖構造のうち数種類の糖鎖濃度が変化していることが知られ(Thomas W. Rademacher, et al.,(1988) Springer Semin. Immunopathol.,10, 231-249.)、また、肝細胞癌では血清中のトランスフェリンに含まれる糖鎖構造が変化していることが分かっている(Yamashita, K., et al.,(1989) J.Biol. Chem., 264, 2415-2423.)。実際に癌で、細胞表層の糖鎖構造が変化し、その糖鎖を抗原とするモノクローナル抗体が腫瘍マーカーとして既に利用されている。膵癌では、糖鎖抗原が80%という高い陽性率で腫瘍マーカーになっている(梅山ら:膵臓, 3, 22-33, 1988)。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
現在のところ、糖鎖を抗原とするモノクローナル抗体を用いた単一の糖鎖含有量の測定値が腫瘍マーカーとして実用化されているだけで、例えばHPLCによる検出法など他の測定法を用いた複数の糖鎖含有量の測定値による疾患診断支援は実用化されていない。
【0005】
糖鎖含有量を疾患診断に利用するためには、患者と健常者の組織及び組織液中の糖蛋白質、糖脂質の糖鎖含有量を測定し、健常者と患者の糖鎖含有量の比較を行う必要がある。通常、この比較は、カットオフ値の設定をして患者の陽性率を計算する統計学的な手法によって行われている。
【0006】
この統計学的手法では、糖鎖含有量を糖鎖の種類毎に1種類ずつ全て解析し、それぞれを健常者と患者で比較するか、バイセクト−N−アセチルグルコサミンを持つ糖鎖と持たない糖鎖等の何種類かの糖鎖の含有量を組み合わせて健常者と患者を比較する。また、生体内の糖鎖には、その含有量に年齢による差異や性差があるものも存在するため、それらも考慮に入れて総合的に患者と健常者との比較を行い、疾患診断に利用しなければならない。しかし、現在の統計学的手法では、糖鎖の種類が多いため糖鎖の種類の組み合わせやカットオフ値の設定などの操作が煩雑である上に、年齢や性別等も考慮して充分な解析を行うことは困難である。
【0007】
このように、糖鎖が疾患等と相関を有することは明らかであるが、現在用いられている統計学的手法では、組織及び組織液中の糖蛋白質、糖脂質に含まれる複数の糖鎖含有量の総合的な解析が困難であるという問題がある。
【0008】
本発明は、このような現状に鑑みてなされたもので、組織及び組織液中の糖蛋白質や糖脂質に含まれる複数の糖鎖含有量を用いて精度の高い疾患その他の診断を行うことのできる方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明においては、生体より採取した複数の糖鎖の濃度に相関するデータをニューラルネットワークで処理して診断に有用な情報を得ることで前記目的を達成する。
【0010】
糖鎖の濃度に相関するデータとは、例えば糖鎖の濃度あるいは濃度比、HPLCによって検出されたピークの面積あるいは面積比、レクチンや抗体により検出した凝集、発色や発光等の強度、免疫電気泳動で検出した染色濃度等、糖鎖の濃度に直接的あるいは間接的に関連するデータのことを意味する。
【0011】
ニューラルネットワークには、糖鎖の濃度に相関するデータとともに診断に必要なそれ以外の年齢、性別、白血球数(WBC)、IgG濃度等の臨床データを適宜選択して同時に入力するようにしてもよい。
【0012】
糖鎖の濃度に相関するデータに欠落データあるいは飛び離れ値(他の値に比べて極端に大きな値や小さな値のデータ)がある場合、それらのデータには各々専用の値を割り当ててニューラルネットワークに入力するのが好ましい。例えば、糖鎖の濃度に相関するデータは、a及びbを0<a<b<1を満たす数とするとき、欠落データを0、飛び離れ値を1とし、その他のデータはaとbの間に分布するように正規化して前記ニューラルネットワークに入力する。a,bの値の一例を示すと、a=0.1、b=0.9である。
【0013】
糖鎖の濃度に相関するデータをIgGから得た糖鎖データとすると、IgA腎症、慢性関節リウマチ、糖尿病、肝疾患、またはアトピー性皮膚炎の診断に有用な情報を得ることができる。
【0014】
ニューラルネットワークは、高速な並列演算能力と学習機能を兼ね備え、多数の情報の解析に威力を発揮する。ニューラルネットワークとしては、例えば階層型ネットワークや相互結合型ネットワーク等を適宜採用することができ、その学習法としては、教師パターンとして与えられた出力パターンと実際の出力層のニューロンの出力値との誤差を逐次減少させるように結合荷重の変更を行い最適な結合荷重を決定する周知の誤差逆伝搬学習法等を採用することができる。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
〔実施の形態1〕IgA腎症の診断支援
複数のIgG中性糖鎖のデータを用いてIgA腎症の識別試験を行った。IgG中性糖鎖構造は、年齢(Raj. Parekh, et al.,(1988) Brief Definitive Report, 167, 1731-1736.)、性別(N. Tsuchiya, et al.,(1993) J.Immun.,151, 1137-1146.)によって変化することが知られているので、入力パターンとして年齢、性別、IgG濃度及びIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータを用いた。識別試験用のデータには、確定診断のついているIgA腎症患者19例と健常者30例のものを用いた。
【0016】
IgG中性糖鎖は、次のようにして分析した。まず、血清からプロテインGを用いてIgGを調製した。調製したIgGから酵素消化により糖鎖を切り出すと同時に酵素消化により全糖鎖を中性糖鎖とした。切り出した中性糖鎖を蛍光標識化し、オクタデシルシリル(octadecylsilyl、以下ODSと記す)カラム(Nakanopak ODS-A:(株)アジノキ製)を用いたHPLCにより12種類の中性糖鎖を分析した。ODSカラムによる分析結果と各ピークA〜Pの糖鎖構造を図1に示す。
【0017】
ピーク面積比(百分率)を求める際、ピークDは検体によってIgA腎症患者、健常者にかかわらずIgG以外の血清糖タンパク質由来の糖鎖が混入することがあるため、入力データからは除外した。また、ピークNとピークOは本来2つのピークに分離するが、カラムにより1つのピークとして検出されることがあるため、あらかじめN+Oの1つのピークとして計算した。ピークD以外の検出できた糖鎖ピーク11種類全ての面積に対して各ピーク面積の百分率を求めた。
【0018】
最初に、比較のために、前記のようにして求めたIgGの中性糖鎖ピーク面積比を用いて、従来の統計学的 Mann-Whitney の有意差検定法によりIgA腎症の識別を行うことを検討した。その結果、図2に示す糖鎖ピークFとGの比率にのみ危険率5%以下で有意差が認められた。このとき、カットオフ値を平均値±(2×標準偏差)に設定した場合のIgA腎症患者と健常者との認識率は65.3%、特異度は100%、感度は10.5%であった。ただし、認識率、特異度及び感度は、患者検体数をNP、健常者検体数をNH、患者を患者として識別した検体数をnp、健常者を健常者として識別した検体数をnhとするとき、それぞれ次式で定義される。
【0019】
認識率=(np+nh)/(NP+NH)
感度 =np/NP
特異度=nh/NH
【0020】
次に、ニューラルネットワークを用いる本発明の方法について説明する。ここでは、図1に示すピークD以外の検出できた糖鎖ピーク11種類全ての面積に対して各ピーク面積の百分率を求め、入力データとした。検出できたピークを全て入力パターンとして用いることにしたのは、以下の理由による。今まで、疾患によって変化すると言われている糖鎖構造は、顕著な濃度の変化や、統計上の単純な糖鎖の組み合わせによる統計値の変化によってしかとらえられていない。しかし、生体内に多くの種類の糖鎖が存在するということを考えると、今までに行われた解析では糖鎖がもつ情報を十分に引き出せていない可能性が残されるため、ニューラルネットワークによる複雑なパターン解析で全ての糖鎖についての解析を行うことにしたものである。
【0021】
また、前記11種類の糖鎖ピークからさらに図1に示す糖鎖ピークのうちA,B,C,UNの4種類のデータを除いて、残り7種類に対して各糖鎖ピーク面積の百分率を求め、入力データとして用いることができる。ODSカラムを用いたHPLCにより糖鎖ピークA,B,C,UNが検出される溶出位置には、糖鎖の蛍光標識化の際に生じる反応副成物が重なって検出されるため、糖鎖ピークA,B,C,UNを除外するとデータの反応条件によるばらつきを抑えることができる。
【0022】
このような7種類のIgG中性糖鎖のピーク面積比を入力データとして用い、複数疾患から単一疾患の識別試験を行ったとき、感度、認識率がわずかに向上した。
ニューラルネットワークとしては、図3に示すような3層の階層型ネットワークを採用した。
【0023】
ここでは、入力パターンとして、年齢、性別、IgG濃度及び前記11種類のIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータ、すなわち全部で14項目のデータを用いて2種類の出力、すなわちIgA腎症であるか否かを識別するので、入力層のニューロン数は14個、出力層のニューロン数は2個とした。出力層の2個のニューロンは出力値0(健常者である)及び1(IgA腎症である)に対応している。この例で出力層のニューロン数を2個としたのは単に識別の有意性を明らかにするためであり、出力層のニューロン数は1個であってもよいし、3個以上としてIgA腎症である可能性の確率あるいは危険率を表示するようにしてもよい。
【0024】
中間層のニューロン数は、少なすぎると入力パターンの複雑な組み合わせが出力層に伝わらず学習が収束しないし、また逆に多すぎても学習回数が多くなり時間がかかって煩雑になる。そのため、中間層のニューロン数は、実験的に最適数を決めた。ここでは、中間層のニューロン数を1から30まで変化させて誤差逆伝搬法により学習させ、識別実験を行った中で最も成績が良かった場合の中間層のニューロン数、4個を採用した。
【0025】
ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついている健常者30例のデータとIgA腎症患者19例のデータから11例をランダムに取り出して30例としたIgA腎症患者30例、合計60例のデータを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。まず、年齢、IgG濃度、上記分析法によるIgG中性糖鎖11種類の各ピーク面積比の各々を次の(数1)により正規化した。ただし、欠落データに対してはa=0として入力することで欠落情報に対処可能なニューラルネットワークとし、また他の値に比べて極端に大きなデータや小さなデータ(飛び離れ値)に対してはa=1とした。性別に関しては男性を0.1、女性を0.9として数値化した。飛び離れ値は、例えばスミルノフの棄却検定により棄却できる値とする(市原清志「バイオサイエンスの統計学」南江堂出版(1990年)第284〜285頁)か、あるいは経験的に任意な値に決定してもよい。ここでは、スミルノフの棄却検定により棄却できる値は全てa=1とし、棄却できない値は(数1)により正規化し、0.1〜0.9の間に数値化して入力した。
【0026】
【数1】
a={(a0−amin)/(amax−amin)}×0.8+0.1
a:正規化後のデータ
a0:正規化前のデータ
amax:最大値
amin:最小値
【0027】
入力値は、それぞれ結合荷重を乗ぜられて中間層に伝わり、結合荷重が乗ぜられた各入力値は加算され、応答関数による変形を受けて出力される。中間層からの出力に、また結合荷重が乗ぜられて出力層において加算され、応答関数による変形を受けて出力される。応答関数としてはシグモイド関数を用いた。誤差逆伝搬学習法により、与えられた教師パターンと実際の出力層の値との誤差を逐次減少させるように結合荷重の変更を行うことを全ての教師パターンに対して繰り返すことにより、結合荷重を最適な値に変化させる。
【0028】
前記したIgA腎症患者と健常者各30例(合計60例)のデータを用い、リーブ・ワン・アウト(leave one out)法、すなわち59例のデータで学習終了したニューラルネットワークを用いて残りの1例について識別を行う事を全60例のデータについて各々繰り返し行う方法でIgA腎症患者の認識率及び感度を調べたところ、認識率が93.3%、感度が96.7%と比較例で説明した従来の統計学的手法に比べていずれも飛躍的に向上した。
【0029】
次に、各糖鎖データがどのようにIgA腎症の識別に貢献しているかを次のようにして見出した。図4に示すように、11種類のIgG中性糖鎖ピーク面積比のうち任意の1つ(図4の例ではピークP)の入力層と中間層との結合を遮断したときの認識率の変化を11種類の全ての糖鎖について調べた。糖鎖ピーク面積比のデータの入力層と中間層とを全て結合した場合の認識率をx0、ある1種類の糖鎖ピーク面積比のデータの入力層と中間層との結合を遮断したときの認識率をxとするとき、その入力層と中間層との結合を遮断した糖鎖の認識率に対する貢献度yを次の(数2)で定義する。
【0030】
【数2】
y=(x0−x)/x0
【0031】
特異度及び感度に関しても同様にして貢献度を定義する。
図5は、IgA腎症患者の識別における各糖鎖データの貢献度を認識率、特異度、感度の各々に対してグラフ化して示したものである。大きな貢献度を示している糖鎖ほどニューラルネットワークによるIgA腎症の識別に対して有用であることを意味している。この場合、図5から糖鎖ピークP以外の全ての糖鎖データは、IgA腎症の識別に関して効果的に作用しており、これらの糖鎖データの複合的な組み合わせによりニューラルネットワークが識別を行い、認識率を向上させていることが分かる。
【0032】
従来の統計学的手法による識別結果、全てのニューロンを結合させたニューラルネットワークによる識別結果を表1にまとめて示す。
【0033】
【表1】
【0034】
このように、IgG中性糖鎖ピーク面積比データを解析する手段としてニューラルネットワークを用いることにより、従来の統計学的手法では充分に行うことが出来なかった多種類の糖鎖情報を組み合わせた解析を自動的に行うことができ、しかもその解析による疾患と非疾患との認識率の向上を図ることが出来る。
【0035】
ここではODSカラムを用いたHPLCにより糖鎖を分析し、各ピーク面積比のデータを入力パターンとして採用する例を説明したが、糖鎖の検出は他のカラム(ゲル濾過、アフィニティーカラムなど)を用いたり、レクチンや抗体を用いる方法、免疫電気泳動法などによってもよいし、これらの方法で測定した糖鎖の濃度などのデータを入力パターンとして用いてもよい。
【0036】
〔実施の形態2〕慢性関節リウマチの診断支援
年齢、性別、IgG濃度、WBC(白血球)数、ODSカラムを用いたHPLCで分析したIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータを入力パターンとして用いて、慢性関節リウマチの識別試験を行った。識別試験用のデータとしては、確定診断のついているリウマチ患者59例と健常者278例のものを用いた。
【0037】
IgG中性糖鎖の分析は実施の形態1と同様に行った。ODSカラムによる分析結果と各ピークA〜Pの糖鎖構造を図6に示す。
最初に、比較のために、IgGの中性糖鎖ピーク面積比を用いて、従来の統計学的 Mann-Whitney の有意差検定法により慢性関節リウマチの識別を行うことを検討した。その結果、図7に示すように、危険率0.1%以下で有意差が認められた糖鎖ピークHとPの比率で、カットオフ値を平均値±(2×標準偏差)に設定した場合のリウマチ患者と健常者の認識率は91.4%、特異度は96.8%、感度は66.1%であった。
【0038】
次に、ニューラルネットワークを用いる識別方法について説明する。ニューラルネットワークは、図8に示すように、実施の形態1と同様なシグモイド関数を用いる3層の階層型ネットワークとした。15項目の糖鎖及び臨床上の情報に基づいてリウマチであるか否かを識別するので、入力層のニューロン数は15個、出力層は2個とした。出力層の2個のニューロンは出力値0(健常である)、1(リウマチである) に対応している。中間層のニューロン数は実験により最適数を決めた。ここでは、中間層のニューロン数を1〜30まで変化させて誤差逆伝搬法により学習させ、最も効率よく学習を行えた場合の中間層のニューロン数を採用した。この場合は16個とした。
【0039】
ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついている慢性関節リウマチ患者と健常者各50例のデータを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。今回は、実用上の制限がある場合を想定し、設定した誤差率に最短時間に到達したネットワークを用いた。まず、年齢、IgG濃度、WBC数、上記分析法によるIgG中性糖鎖11種類の糖鎖ピーク面積比の各々に実施の形態1と同様に前記(数1)による正規化処理を施し、入力パターンとした。ただし、欠落データに対してはa=0として欠落情報に対処可能なネットワークとし、また他の値に比べて極端に大きなデータや小さなデータ(飛び離れ値)に対してはa=1とした。性別に関しては男性を0.1、女性を0.9として数値化した。
【0040】
前記した慢性関節リウマチ患者と健常者各50例(合計100例)のデータを用い、リーブ・ワン・アウト(leave one out)法、すなわち99例のデータで学習終了したニューラルネットワークを用いて残りの1例について識別を行う事を全100例のデータについて各々繰り返し行う方法で慢性関節リウマチ患者の認識率を調べたところ、認識率96.0%、特異度96.0%、感度96.0%となり感度が向上した。
【0041】
次に、実施の形態1と同様にして慢性関節リウマチの識別に各糖鎖データがどのように貢献しているかを見出した。図9は、図5と同様にして慢性関節リウマチ患者の識別における各糖鎖の貢献度をグラフ化して示したものである。貢献度の大きい糖鎖ほどニューラルネットワークによる慢性関節リウマチ患者の識別に対して有用である。
【0042】
図9の結果を参照して、ニューラルネットワークによる慢性関節リウマチ患者の識別に貢献度の低い糖鎖のデータとして糖鎖ピークBのデータの入力層と中間層との結合を遮断したところ、特異度が98.0%に向上し、認識率が97.0%に向上した。
【0043】
従来の統計学的手法による識別結果、糖鎖のデータの入力層と中間層とを全て結合した場合のニューラルネットワークによる識別結果、及び糖鎖ピークBのデータの入力層と中間層との結合を遮断したニューラルネットワークによる識別結果を表2にまとめて示す。
【0044】
【表2】
【0045】
〔実施の形態3〕アトピー性皮膚炎の診断支援
年齢、性別、ODSカラムを用いたHPLCで分析したIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータを入力パターンとして用いて、アトピー性皮膚炎の識別試験を行った。識別試験用のデータとしては、確定診断のついているアトピー性皮膚炎患者24例と健常者63例のものを用いた。
【0046】
まず、比較のために、従来の統計学的 Mann-Whitney の有意差検定法によりアトピー性皮膚炎の識別を行うことを検討したところ、図10に示すように、糖鎖ピークFとGの比率に危険率5%以下で有意差が認められた。このとき、カットオフ値を平均値±(2×標準偏差)に設定した場合のアトピー性皮膚炎患者と健常者との認識率は69.0%、特異度は92.1%、感度は8.3%であった。
【0047】
次に、ニューラルネットワークを用いる識別方法について説明する。ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、年齢、性別、及びIgG糖鎖11種類の13個とし、出力層のニューロン数はアトピー性皮膚炎と健常の2個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し4個とした。年齢、性別、IgG糖鎖の各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついているアトピー性皮膚炎患者24例と、健常者63例の中から無作為に選んだ24例のデータとを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0048】
このアトピー性皮膚炎患者と健常者各24例(合計48例)のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法によりアトピー性皮膚炎患者の認識率を調べたところ、感度89.4%、特異度83.3%、認識率86.3%が得られた。このようにニューラルネットワークを用いることで、従来の統計学的手法に比べて感度、認識率が向上した。
【0049】
従来の統計学的手法による識別結果と、ニューラルネットワークによる識別結果を表3にまとめて示す。
【0050】
【表3】
【0051】
〔実施の形態4〕糖尿病の診断支援
年齢、性別、ODSカラムを用いたHPLCで分析したIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータを入力パターンとして用いて、糖尿病の識別試験を行った。識別試験用のデータとしては、確定診断のついている糖尿病患者34例と健常者110例のものを用いた。
【0052】
まず、比較のために、従来の統計学的 Mann-Whitney の有意差検定法により糖尿病の識別を行うことを検討したところ、図11に示すように、糖鎖ピークFの割合に危険率0.1%以下で有意差が認められた。このとき、カットオフ値を平均値±(2×標準偏差)に設定した場合の糖尿病患者と健常者との認識率は73.6%、特異度は95.5%、感度は2.9%であった。
【0053】
次に、ニューラルネットワークを用いる識別方法について説明する。ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、年齢、性別、及びIgG糖鎖11種類の13個とし、出力層のニューロン数は糖尿病と健常の2個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し4個とした。年齢、性別、IgG糖鎖の各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついている糖尿病患者34例と、健常者110例の中から無作為に選んだ34例のデータとを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0054】
この糖尿病患者と健常者各34例(合計68例)のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法により糖尿病患者の認識率を調べたところ、感度100%、特異度100%、認識率100%が得られた。このようにニューラルネットワークを用いることで、従来の統計学的手法に比べて感度、特異度、認識率が向上した。
【0055】
従来の統計学的手法による識別結果と、ニューラルネットワークによる識別結果を表4にまとめて示す。
【0056】
【表4】
【0057】
〔実施の形態5〕肝疾患の診断支援
年齢、性別、ODSカラムを用いたHPLCで分析したIgG中性糖鎖のピーク面積比(百分率)のデータを入力パターンとして用いて、肝疾患の識別試験を行った。識別試験用のデータとしては、確定診断のついている肝疾患患者60例(肝炎20例、肝硬変20例、肝細胞癌20例)と健常者110例のものを用いた。
【0058】
まず、比較のために、従来の統計学的 Mann-Whitney の有意差検定法により肝疾患の識別を行うことを検討したところ、図12に示すように、バイセクト−N−アセチルグルコサミンを持つ糖鎖と持たない糖類の比(M+N+O+P)/(E+F+G+H)に危険率0.1%以下で有意差が認められた。このとき、カットオフ値を平均値±(2×標準偏差)に設定した場合の肝疾患患者と健常者との認識率は75.9%、特異度は93.6%、感度は43.3%であった。
【0059】
次に、ニューラルネットワークを用いる識別方法について説明する。ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、年齢、性別、及びIgG糖鎖11種類の13個とし、出力層のニューロン数は肝疾患と健常の2個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し4個とした。年齢、性別、IgG糖鎖の各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついている肝疾患患者60例と、健常者110例の中から無作為に選んだ60例のデータとを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0060】
この糖尿病患者と健常者各60例(合計120例)のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法により肝疾患患者の認識率を調べたところ、感度87.8%、特異度83.9%、認識率85.9%が得られた。このようにニューラルネットワークを用いることで、従来の統計学的手法に比べて感度、認識率が向上した。
【0061】
従来の統計学的手法による識別結果と、ニューラルネットワークによる識別結果を表5にまとめて示す。
【0062】
【表5】
【0063】
〔実施の形態6〕慢性関節リウマチの診断支援(重症度識別)
慢性関節リウマチ患者と健常者のデータを用い、ニューラルネットワークにより重症度の識別を行った。入力パターンとして用いたデータは実施の形態2と同じである。
【0064】
識別試験用のデータとして、確定診断の付いている慢性関節リウマチ患者48例と健常者282例を用いた。慢性関節リウマチ患者は、関節の器質的変化に基づく重症度としてステージ1〜4に分けられており、今の場合、ステージ1の患者が15例、ステージ2の患者が11例、ステージ3の患者が6例、ステージ4の患者が16例であるのを、無作為に選んだデータを加えて各ステージ20例とした。重症度の分類は Steinbrocker のステージ分類による(本邦臨床統計集、512-521(1993)日本臨牀社)。健常者は、282例から20例を無作為に選んだ。
【0065】
ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、実施の形態2と同様に15個とし、出力層のニューロン数は各ステージと健常の5個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し6個とした。年齢、性別、IgG濃度、WBC数、IgG糖鎖の各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、前述の確定診断のついているステージ1〜ステージ4の慢性関節リウマチ患者各20例と、健常者282例の中から無作為に選んだ20例のデータとを用い、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0066】
この慢性関節リウマチ患者と健常者のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法により慢性関節リウマチの重症度を識別したところ、表6に示すように、感度はステージ1が84.5%、ステージ2が97.5%、ステージ3が100.0%、ステージ4が87.5%であり、平均92.4%であった。また、特異度96.0%、認識率93.1%が得られた。このようにニューラルネットワークを用いることで、慢性関節リウマチの重症度を識別することができた。
【0067】
【表6】
【0068】
〔実施の形態7〕糖尿病の診断支援(病型識別)
糖尿病患者と健常者のデータを用い、ニューラルネットワークにより糖尿病の病型識別を行った。入力パターンとして、年齢、性別、IgG糖鎖のデータを用いた。
【0069】
識別試験用のデータとして、確定診断のついている糖尿病患者34例(うちI型5例、II型29例)と健常者110例を用いた。糖尿病の病型の分類は1980年のWHOの分類による(内科、75、1524-1527(1995)南江堂)。インスリンの不足が絶対的であるものはI型糖尿病、インスリンの不足が相対的であるものはII型糖尿病に分類される。I型糖尿病はインスリン依存型糖尿病、II型糖尿病はインスリン非依存型糖尿病ともいう。患者は、無作為に選んだデータを加えてI型、II型各30例とした。健常者は、110例から40例を無作為に選んだ。
【0070】
ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、年齢、性別、IgG糖鎖11種類の13個とし、出力層のニューロン数は糖尿病I型、糖尿病II型、健常の3個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し4個とした。各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0071】
この糖尿病患者と健常者のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法により糖尿病の病型を識別したところ、表7に示すように、感度は糖尿病I型が100.0%、糖尿病II型が93.2%で、平均96.7%が得られた。また、特異度100.0%、認識率98.0%が得られた。このようにニューラルネットワークを用いることで、糖尿病の病型を識別することができた。
【0072】
【表7】
【0073】
〔実施の形態8〕複数疾患から単一疾患の識別
各疾患毎の患者のデータと健常者のデータを用い、ニューラルネットワークにより単一疾患の識別を行った。入力パターンとして、年齢、性別、IgG糖鎖のデータを用いた。
【0074】
識別試験用のデータとして、それぞれ確定診断のついているIgA腎症患者19例と健常者30例、慢性関節リウマチ患者48例と健常者282例、アトピー性皮膚炎患者24例と健常者63例、糖尿病患者34例と健常者110例、肝疾患患者60例と健常者110例、以上のデータから無作為にそれぞれ患者を30例、健常者を6例ずつ取り出し、全体で、IgA腎症患者30例、慢性関節リウマチ患者30例、アトピー性皮膚炎患者30例、糖尿病患者30例、肝疾患患者30例、健常者30例の、計180例として識別試験を行った。ただし、アトピー性皮膚炎患者とIgA腎症患者については、各々の患者の中から無作為に選び出したデータを加えて30例とした。
【0075】
ニューラルネットワークの入力層のニューロン数は、年齢、性別、IgG糖鎖11種類の13個とし、出力層のニューロン数はIgA腎症患者、慢性関節リウマチ患者、アトピー性皮膚炎患者、糖尿病患者、肝疾患患者、健常者の6個とした。中間層のニューロン数は、経験則に基づいて決定し12個とした。各データは実施の形態1と同様にして正規化処理を施して入力パターンとした。ニューラルネットワークの学習は、希望する出力パターンを教師パターンとして与える誤差逆伝搬学習法によった。
【0076】
前記複数疾患患者と健常者のデータを用い、リーブ・ワン・アウト法により疾患を識別したところ、表8に示すように、感度はIgA腎症で90.7%、リウマチで81.7%、アトピー性皮膚炎で84.3%、糖尿病で87.0%、肝疾患で88.0%、平均で86.3%が得られた。また、特異度は61.3%、認識率は82.2%であった。このようにニューラルネットワークを用いることで、複数疾患から単一疾患を識別することができた。
【0077】
【表8】
【0078】
【発明の効果】
本発明によると、糖鎖データを解析する手段としてニューラルネットワークを用いることにより、従来の統計学的手法では充分に行うことが出来なかった多種類の糖鎖含有量を組み合わせた解析を自動的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】IgA腎症患者のIgG中性糖鎖分析結果を示す図。
【図2】IgA腎症と健常者に対する糖鎖ピーク比G/Fの分布図。
【図3】IgA腎症患者識別用ニューラルネットワークの構成図。
【図4】1つの糖鎖データについて、入力層と中間層との結合を遮断したニューラルネットワークの説明図。
【図5】IgA腎症患者の識別における各糖鎖データの貢献度を示す図。
【図6】リウマチ患者のIgG中性糖鎖分析結果を示す図。
【図7】リウマチ患者と健常者に対する糖鎖ピーク比P/Hの分布図。
【図8】慢性関節リウマチ患者識別用ニューラルネットワークの構成図。
【図9】慢性関節リウマチ患者の識別における各糖鎖の貢献度を示す図。
【図10】アトピー性皮膚炎患者と健常者に対する糖鎖ピーク比G/Fの分布図。
【図11】糖尿病患者と健常者に対する糖鎖ピークFの全体に占める割合の分布図。
【図12】肝疾患患者と健常者に対する糖鎖ピーク比(M+N+O+P)/(E+F+G+H)の分布図。
Claims (5)
- 生体より採取した複数の糖鎖の濃度に相関するデータをニューラルネットワークで処理して判別支援結果を得る判別支援方法であって、
前記糖鎖はIgGから得た糖鎖であり、IgA腎症、アトピー性皮膚炎、糖尿病、又は肝炎、肝硬変もしくは肝細胞癌からなる肝疾患の判別を行うことを特徴とする判別支援方法。 - 前記糖鎖の濃度に相関するデータ以外の臨床データを前記ニューラルネットワークで同時に処理することを特徴とする請求項1記載の判別支援方法。
- 前記糖鎖の濃度に相関するデータは、欠落データ及び飛び離れ値に各々専用の値を割り当てて前記ニューラルネットワークに入力することを特徴とする請求項1又は2記載の判別支援方法。
- 前記糖鎖の濃度に相関するデータは、a及びbを0<a<b<1を満たす数とするとき、欠落データを0、飛び離れ値を1とし、その他のデータはaとbの間に分布するように正規化して前記ニューラルネットワークに入力することを特徴とする請求項1又は2記載の判別支援方法。
- 前記糖鎖はIgGから得た糖鎖であり、複数疾患間より単一疾患を識別することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の判別支援方法。
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