JP3777534B2 - 嫌気的環境における細菌の電気培養方法 - Google Patents

嫌気的環境における細菌の電気培養方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は嫌気的環境における細菌の電気培養方法に関し、より詳しくは細菌の嫌気的呼吸に用いられる電子受容体を電気化学的に再生することにより、嫌気的環境で細菌を高濃度まで高いエネルギー効率で増殖させる方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
植物由来の有機物や石油などの化石資源を原料とした物質生産は、食品、医薬品およびプラスチックなどの化成品の生産など、人間の生活に係わる多くの産業に貢献している。しかし、将来における化石資源の枯渇や食糧不足問題などから、このような有機物にできるだけ依存しない新しい物質生産システムの開発が今後必要であると考えられている。
原料に有機物を使わない物質生産として、二酸化炭素を原料にした新しい物質生産システムが提案されているが、この場合、光や電気、熱などをエネルギー源にした合成方法が検討されている。しかしながら、現在の技術では、アルコールや有機酸などの構造が単純な物質しか合成できていない。また、光合成微生物を利用した高付加価値物質の生産についても検討されているが、一般に光利用効率が低いという問題が指摘されている。
一方、生体内では有機物の化学エネルギーや太陽光の光エネルギーを電子の流れ(電流)として利用し、生命活動を行っている。従って、電気エネルギーを微生物の増殖エネルギーとして供給できれば、エネルギー効率の高い物質生産系が構築できると期待される。このような観点から、電気培養と呼ばれる、電気エネルギーを微生物に供給することによるエネルギー効率の高い微生物培養法およびその物質生産系への適用について様々研究されてきた。
鉄酸化細菌は、石炭脱硫や金、ウランなどの稀少金属の回収(バクテリアリーチング)に使用される有用な微生物である。本発明者はこの鉄酸化細菌を包含する化学独立栄養細菌を電気培養により好気的環境下、高い増殖速度で、高濃度まで培養する方法を開発し、先に出願した(特開平10−191965号公報)。なお、この鉄酸化細菌はその名が示すように第一鉄イオン(Fe2+)を第二鉄イオン(Fe3+)に酸化する際の電子(e- )をエネルギーとして利用して生育するというのが一般的な認識だった。
また、大腸菌は遺伝子組換え実験の際の宿主として代表的な細菌である。しかし、大腸菌など多くの細菌はその増殖に肉汁培地など比較的複雑で高価な培地組成を必要とする。そこで、大腸菌など有用な細菌の、より単純な培養系に対する要望がある。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、これまで好気的環境下で通常培養されてきた鉄酸化細菌や大腸菌などの細菌を嫌気的環境下、単純な組成の培地を用いる電気培養により、高いエネルギー効率で高濃度まで該細菌を増殖させる方法、すなわち従来提案されたことのない培養系を提供することを課題としてなされたものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、嫌気的環境下で増殖可能な細菌に対し、増殖の過程で変化したエネルギー源の化学種を電気化学的に再生することにより、増殖促進が生じることを見出し、さらに鋭意検討を重ね、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、チオバチラス属、シュードモナス属およびエセリチア属からなる群から選択される細菌を水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)を含有する培地中で嫌気的環境において培養すること、および該培養により生じる第一鉄イオン(Fe2+)を電気化学的に第二鉄イオン(Fe3+)に再生することを特徴とする嫌気的環境における細菌の電気培養方法に関する。
【0005】
本発明における細菌は上記したようにチオバチラス属(Thiobacillus)、シュードモナス属(Pseudomonas) およびエセリチア属(Escherichia) からなる群から選択され、それらに属し、嫌気的環境で増殖可能であれば、特に限定されない。チオバチラス属のものとして、例えば鉄酸化細菌の一種チオバチラス・フェロオキシダンス(Thiobacillus ferrooxidans) など、シュードモナス属のものとして、例えばシュードモナス・アウレギノーサ(Pseudomonas aeruginosa,緑膿菌)など、そしてエセリチア属のものとして、例えば大腸菌(Escherichia coli)などが挙げられる。
【0006】
上記細菌の増殖のために本発明においてはH2 およびFe3+を含有する培地が使用される。嫌気的環境での電気培養において上記細菌によりH2 は電子供与体として、そしてFe3+は電子受容体として利用される。なお、Fe3+は、細菌の至適pHと鉄塩の解離との関係などから、チオバチラス・フェロオキシダンスに対して硫酸第二鉄、シュードモナス・アウレギノーサや大腸菌に対してはクエン酸第二鉄の形態で培地に添加されるのが好ましい。
細菌の増殖の過程でH2 はH+ に、そしてFe3+はFe2+にそれぞれ変化する。本発明の電気培養方法では、この増殖の際に生じたFe2+を電気化学的に酸化してFe3+に再生することにより、細菌が再び利用可能としている。これにより、細菌の増殖促進を図るものである。ここで、電子供与体(H2 )から生じたH+ をも再生することは、より効果的な増殖促進を可能とし、好ましい。
従って、本発明は、チオバチラス属、シュードモナス属およびエセリチア属からなる群から選択される細菌を水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)を含有する培地中で嫌気的環境において培養すること、および該培養により生じる水素イオン(H+ )および第一鉄イオン(Fe2+)を電気化学的にそれぞれ水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)に再生することを特徴とする嫌気的環境における細菌の電気培養方法に関する。
【0007】
本発明において使用される培地は、上記の電子供与体(H2 )および電子受容体(Fe3+)、さらには増殖に必要な炭素源、例えば二酸化炭素(CO2 )などを含有していれば、その他の成分は特に制限されず、培養する細菌の増殖に必要であり、かつ上記電子供与体・電子受容体の酸化・還元を阻害するなどの悪影響を与えないものであれば、含有し得ることはいうまでもない。なお、上記培地は、培地中の電子供与体・電子受容体の自由な移動が妨げられないならば、固体と液体の混合状態でも、固体状のものであってもよいが、培地の製造性や使用性などの点から液体であることが好ましい。ここで、H2 やCO2 は気体であるので通常は培地調製後、培養時に添加される。
【0008】
また、本発明における細菌培養時の培地は、培養により生じるFe2+を電気化学的にFe3+に再生(酸化)すること、好ましくは、Fe2+およびH+ をそれぞれFe3+およびH2 に電気化学的に再生することが必要である。この際、還元された電子受容体(Fe2+)および酸化された電子供与体(H+ )を細菌が利用し得る元の電子受容体(Fe3+)および電子供与体(H2 )に再生する反応のみ実質的に起こる一定の電位を印加し培地を電解する、すなわち定電位電解を行うことが、エネルギー効率の点から好ましい。通常、電位の制御は、培地中に作用極、対極および参照極を配置し、作用極に特定の電位を印加して行われる。このとき、電子供与体の再酸化を防止するために、作用極と対極とはイオン交換膜で隔てて配置することが好ましい。また、上記各電極、特に作用極の材質などは培養する細菌に応じて、所望の電子移動が行われ得るように選択されることが好ましい。
印加される電位、好ましくは定電位は、使用する電極、およびそれぞれの細菌などに応じて容易に決定し得る。例えばチオバチラス属の細菌チオバチラス・フェロオキシダンスの場合、通常1.0〜−1.0V vs.Ag/AgClの範囲から選択され得る。
【0009】
また、本発明に係る培養は、上記のような培地中、好ましくは定電位電解を行いながら、適当なpHおよび温度の下、好ましくは上記細菌の至適条件下、一般の嫌気的細菌の培養と同様に行われ得る。また、上記の条件を満足するものであれば、培養は回分式で行っても、連続式で行ってもよい。
なお、上記したように本発明は特定の細菌の嫌気的環境における電気培養法を提供するものであるが、本明細書に提示した手法を不特定の細菌に適用することにより、未知の嫌気性微生物を発見することが可能であろう。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の嫌気的環境における細菌の電気培養方法を細菌としてチオバチラス・フェロオキシダンスを例にとり図1を参照して説明する。
培養槽1の内部はイオン交換膜2により2室に分けられ、その一方の室3に陽極5、他方の室4に陰極6を配置し、陽極側の室(陽極槽)3にはチオバチラス・フェロオキシダンスBと培地(硫酸第二鉄などを含有)7、陰極側の室(陰極槽)4には電解液(鉄成分を含まない上記培地)8をそれぞれ入れる。陽極槽3の下部に設置した気泡発生器9から培地中にH2 とCO2 が供給される。培養の際の温度は約30℃、pHは約2.0に保持される。両電極5,6を連絡している電源10により定電位電解条件で印加を行うことにより、細菌の増殖により生じたFe2+およびH+ はそれぞれFe3+(陽極)およびH2 (陰極)に再生される。このような条件で培養を7日間継続することにより、1010cells/mlという、電気をかけない培養では決して得ることのできなかった高濃度まで上記細菌を増殖させることができる。
【0011】
【実施例】
次に、本発明の実施例について説明するが、これらは本発明をより詳細に説明するためのものであり、限定するためのものではない。
細菌として鉄酸化細菌チオバチラス・フェロオキシダンス(Thiobacillus ferrooxidans) JCM7811株を用いた。培養には、図2に示す二槽式の電気培養装置を用いた。該装置は、内部がイオン交換膜(一価陽イオン交換膜,商品名K192,旭化成製)2により2室に分けられた培養槽1の一方の室(陽極槽)3に陽極5と参照電極11、他方の室(陰極槽)4に陰極6が配置され、陽極槽3には上記細菌と下の表1に示す組成からなる培地7、陰極槽4には電解液(鉄成分を含まない上記培地)8をそれぞれ入れる。なお、上記電極は陽極5および陰極6は共に炭素繊維(100mm×50mm,商品名カーボロン,日本カーボン製)であり、参照電極11は銀・塩化銀電極(Ag/AgCl,商品名11−2020,BAS製)であり、陽極槽3、陰極槽4の容量は共に100mlである。上記培養槽1は嫌気度を保持するために加圧容器14に収納されており、該加圧容器14には混合ガス発生器9からH2 :CO2 =8:2の混合ガスが通路aを介して、ガス圧が2気圧となるように導入されることにより、培地7に細菌のための電子供給体および炭素源が供給される。加圧容器14は攪拌器13上に載置されているが、該攪拌器13は陽極側の室7中に投入された攪拌子12を回転させることにより、培地7を攪拌する。攪拌器13および加圧容器14はさらに恒温器15に収納され、細菌を30℃の恒温で培養することを可能にしている。また、培地7のpHは2.0に保持される。陽極5、陰極6および参照電極11は全て電位制御装置10に連結されており、0.75V vs.Ag/AgClの電解条件での定電位電解が行われる。
上記のように、すなわち温度30℃、pH2.0で、H2 :CO2 =8:2の混合ガスを供給し、電位制御方式による電解を行いながら、鉄酸化細菌(チオバチラス・フェロオキシダンスJCM7811株)の嫌気的電気培養を7日間実施し、電気をかけない場合の増殖結果と比較した。
【0012】
Figure 0003777534
【0013】
図3に、嫌気的電気培養によるチオバチラス・フェロオキシダンスJCM7811株の増殖結果を示す。本発明の電気培養により、同菌株の電気をかけない場合の嫌気的培養に比べ、約10倍の増殖が確認された。すなわち、本発明の方法に従う電気培養(図中,a)により1010cells/mlまで菌濃度が上昇したのに対し、電気をかけない培養(図中,b)では109 cells/mlまでしか菌濃度は上昇しなかった。これは、電気化学的な反応により、嫌気的環境において鉄酸化細菌が必要とするFe3+を供給し続けたことによるものである。また、上記の方法では、さらに増殖の過程で生じたH+ を還元してH2 に再生していることにより、H2 の供給が少なくても、増殖の促進がより効果的に保持されている。
また、チオバチラス・フェロオキシダンスのJCM7811株以外の菌株、例えばIFO14242株、IFO14262株およびJCM3865株などでも、具体的データは示さないが、同様の増殖促進効果が観察された。
なお、上にはチオバチラス属の鉄酸化細菌の菌株の例を示したが、シュードモナス属およびエセリチア属の菌株の場合も上記の方法と同様に行うことができるが、ただしFe3+供給源として硫酸第二鉄の代わりにクエン酸第二鉄を使用するなど、使用する細菌に適応した条件を選択することは必要である。なお、このような条件の選択は当該分野の当業者には容易である。
【0014】
【発明の効果】
以上詳細に説明したように、本発明の嫌気的環境における細菌の電気培養方法は、高いエネルギー効率で高濃度まで該細菌を増殖させることを可能としたものである。嫌気的環境において電気培養を実施した報告はこれまでなされたことがない。また、本発明の方法は好気的環境下で通常培養されてきた細菌の嫌気的環境下での電気培養を可能としたものであるので、種々の細菌の嫌気的環境における未知の特徴を把握する手段を提供するものである。
さらに、本発明の方法は、種々の細菌による物質生産や細菌自身の使用の可能性を拡大するものである。例えば鉄酸化細菌の場合、菌体自身が石炭脱硫や稀少金属回収に有用であることから、本方法によれば、高いエネルギー効率で大量に低コストで該菌体を提供することができる。また、緑膿菌の場合、該菌への感染症の治療に有効なワクチンや血清の製造に使用される外毒素を効率よく大量に製造することができる。さらに、大腸菌の場合、本発明の方法を適用することにより、単純な培地組成を用いて培養可能であるので、該菌を使用する遺伝子組換えの実験系をより簡易化することができる。
また、本発明の電気培養法において、細菌の増殖により生じた化学種(Fe2+やH+ )の再生を培地の定電位電解により行うことにより、電気培養におけるエネルギー効率をより向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の嫌気的電気培養の原理を概略的に示す図面である。
【図2】本発明の実施例で使用する嫌気的電気培養装置を模式的に示す図面である。
【図3】本発明の実施例において得られた嫌気的電気培養の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
1 培養槽
2 イオン交換膜
3 陽極槽
4 陰極槽
5 陽極
6 陰極
7 培地
9 混合気体発生器
10 電位制御装置
11 参照電極

Claims (3)

  1. 陽極槽と陰極槽とに仕切られた培養槽の陽極槽側に培地を入れて微生物を電気培養する方法であって、チオバチラス属、シュードモナス属およびエセリチア属からなる群から選択される細菌を水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)を含有する培地中で二酸化炭素と水素の混合ガスを供給して嫌気的環境において定電位電解により培養するとともに、該培養により生じる第一鉄イオン(Fe2+)を電気化学的に第二鉄イオン(Fe3+)に再生することを特徴とする嫌気的環境における細菌の電気培養方法。
  2. 陽極槽と陰極槽とに仕切られた培養槽の陽極槽側に培地を入れて微生物を電気培養する方法であって、チオバチラス属、シュードモナス属およびエセリチア属からなる群から選択される細菌を水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)を含有する培地中で二酸化炭素と水素の混合ガスを供給して嫌気的環境において定電位電解により培養するとともに、該培養により生じる水素イオン(H+ )および第一鉄イオン(Fe2+)を電気化学的にそれぞれ水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)に再生することを特徴とする嫌気的環境における細菌の電気培養方法。
  3. 陽極槽と陰極槽とに仕切られた培養槽の陽極槽側に培地を入れて微生物を電気培養する方法であって、未知の微生物を水素(H2 )および第二鉄イオン(Fe3+)を含有する培地中で二酸化炭素と水素の混合ガスを供給して嫌気的環境において定電位電解により培養することによって電気培養可能な嫌気性微生物を選別培養する方法。
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