JP3761300B2 - シフトレジスター型記憶素子 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、電子移動機能を有する電子移動型素子に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、サイズが分子レベル(約1nmから100nm)の素子を人工的に実現しようとする試みが活発化している。分子の示す特性のうち、デバイス化を考える上で特に注目に値するのが植物の光合成系などに見られる電子移動機能である。
電子移動機能は、ある分子ユニットから別の分子ユニットに電子が移動する機能で、通常1ピコ秒から1ナノ秒という極めて高速な反応である。この植物の光合成系などの生体分子系に見られる電子移動機能は、以下に挙げる特徴を有している。
(1)電子移動反応は、エネルギーや情報の変換や伝達が、高速・高効率・高選択的に行われる。
(2)電子移動反応は、化学結合の形成や破壊を伴わず、可逆的で、方向性を持ち、さらに、その速度を比較的容易に制御できる。
(3)光合成に見られるように、電子移動反応は、エネルギーソースとして光を用いることができる。
このような特徴を利用したものに、光パルスとクロック機能を結び付けた電子移動型素子が提案されている。
この電子移動型素子の一例として、J.J. Hopfield, J.N. Onuchic, and D.N. Beratan, Science 241 (1988) 817 に記載されたシフトレジスター型メモリーが知られている。図1はこのシフトレジスター型メモリーのエネルギーバンド図である。
このシフトレジスター型メモリーは、一列に接合されたメモリーセル1、2、3からなり、それぞれのメモリーセルは3つの原子団(分子)α、β、γからなっている。各メモリーセル1、2、3は原子団αの基底状態に1ビットの情報を蓄え、電子がある状態を1、電子がない状態を0で表している。図1ではメモリーセル2の原子団αに電子が存在し、(010)の状態を表している。
この状態のシフトレジスター型メモリーに、原子団αのエネルギーギャップに相当する光を入力すると、メモリーセル2の原子団αにある電子が励起され、順次隣の原子団β、原子団γのエネルギー準位に移動し、最終的にメモリーセル3の原子団αの基底状態のエネルギー準位に移動する。
また最初のメモリーセル1および最後のメモリーセル3には、それぞれ電極が接続されている。メモリーセル1に電極から電子を注入することで、「1」の情報を与えることができ、メモリーセル3から電子を受け取ることで「1」の情報を取り出すことができる。照射する光のパルスをクロックとして、0(電子がない状態)1(電子がある状態)を書き込んだり読み出したりできる。
このシフトレジスター型メモリーは、図1の実線で示した過程k1、k2、k3が、それぞれ破線で示した過程kd、k-1、k-2よりずっと速いなら、書き込まれた内容が次のメモリーセルに移動できる。
このシフトレジスター型メモリーを実現させるためには、電子が光のパルス1回当たり1回隣のメモリーセルに単一方向移動する高分子鎖状構造を作る必要がある。目的に合致しそうな高分子鎖を構成するメモリーセルα−β−γの具体例として、ホップフィールド等は図2のような、ポルフィリン、キノンとブリッジ原子団よりなるメモリーセル構造を提案した。
しかしながら図2に示すメモリーセルでは、図1の過程k1、k2、k3が、それぞれ破線で示した過程kd、k-1、k-2より十分に速くならず、順方向のメモリー間の電子の移動の確率が低いという問題があった。
1994年になって、ハリマン等がこの目的に合致するような超分子系(ユニット)の合成に成功した(A. Harriman, F. Odobel, and J.-P. Sauvage, J. Am. Chem. Soc. 116 (1994) 5481 )。このユニットは、図3に示すようなポルフィリン(α)―ビス(ターピリジル)(β)―ポルフィリン(γ)系であり、そのエネルギーダイヤグラムと光励起後の電荷分離・再結合過程の速度定数は図4のようになる。図4のようにαサイトの励起状態からβサイトに移る過程(50ps)の方がαサイトの励起状態からαサイトの基底状態に移る過程(2.2ns)よりも速い。同様にβサイトの励起状態からγサイトに移る過程(1.6ns)の方がβサイトの励起状態からβサイトの基底状態に移る過程(2ns)よりも速い。
このようにして、電子移動反応を利用したシフトレジスター型メモリーが実現されることになった。この分子サイズのシフトレジスター型メモリーは、1nmから4nm程度四方の面領域に情報を蓄えることができる。またこの面領域に対して垂直方向に各ユニットを接続した高分子鎖が形成され、上下に電極を形成することで、同一面内に多重に記録が可能となる。
しかしながら、このシフトレジスター型メモリーは、各メモリーセル(ユニット)の原子団αの光の吸収効率は必ずしも高くないという問題がある。
またこのシフトレジスター型メモリーは、複数のα−β−γユニットよりなる高分子鎖構造を多数(例えば数百から数千本)並列に束ねる場合、各高分子鎖が接近し、同一高分子鎖内でなく隣接する別の高分子鎖間で電子の移動が起きてしまう。したがって正しく書き込み読み取りができなくなり、情報の損失・誤謬が生じるという問題がある。
またこのシフトレジスター型メモリーは、αサイトの吸収エネルギーを有する光パルスにより、全てのユニットの電子が同時に隣のユニットに移動するため、書き込みや読み出しに自由度がないという問題がある。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記問題を解決するためになされたもので、光の吸収効率が高い電子移動型素子を提供することを目的とする。
また本発明は、隣接する隣の高分子鎖間で電子の移動が起きず、同一高分子鎖間で確実に電子が移動する電子移動型素子を提供することを目的とする。
また本発明は、各ユニットを個別に識別しうる電子移動型素子を提供することを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために本発明は、
αサイト、βサイト及びγサイトが順次結合した鎖状結合と、
前記αサイトに結合し、光エネルギーを捕獲し、この光エネルギーを前記αサイトに伝達するアンテナ機能を有する第1の原子団と、を具備し、かつ前記αサイトにて、前記アンテナ機能を持つ原子団から伝達された光エネルギーを受けて電子が励起され、励起された電子が前記αサイトから前記βサイト、前記γサイトへ順次移動する第1の分子ユニットと、
前記第1の分子ユニットの主鎖に接続し、前記第1のユニットから前記電子を受け取る第2の分子ユニットとを具備し、
前記各ユニット間で電子を移動させることにより情報の書き込み及び消去を行うことを特徴とするシフトレジスター型記憶素子を提供する。
前記シフトレジスタ型記憶素子において、前記第2のユニットは、前記第1のユニットのγサイトに結合するα´サイトと、β´サイト、γ´サイトとが順次結合した鎖状結合と、
および前記αサイトに接続され、光エネルギーを捕獲し、この光エネルギーを前記αサイトに伝達するアンテナ機能を有する第2の原子団とを具備し、かつ前記αサイトにて、前記アンテナ機能を持つ原子団から伝達された光エネルギーを受けて電子が励起され、励起された電子が前記αサイトから前記βサイト、前記γサイトへ順次移動することが望ましい。
前記シフトレジスタ型記憶素子において、アンテナ機能を有する前記第1の原子団と前記第2の原子団は、それぞれ異なる波長の光エネルギーを伝達することが望ましい。 アンテナ機能を有する前記第1および前記第2の原子団の少なくとも一方は、光エネルギーを捕獲後、1ピコ秒から1ナノ秒間でそれぞれの分子ユニットにこの光エネルギーを伝達することが望ましい。
前記シフトレジスター型記憶素子において、前記アンテナ機能を有する第1の原子団はカロテノイドまたはフィリンであることが望ましい。
前記シフトレジスター型記憶素子において、前記アンテナ機能を有する第2の原子団はカロテノイドまたはポルフィリンであることが望ましい。
【0005】
また本発明は、アンテナ機能を有する前記第1および前記第2の原子団の少なくとも一方は、光エネルギーを捕獲後、1ピコ秒から1ナノ秒間でそれぞれのユニットに伝達することを特徴とする電子移動型素子を提供する。
【0006】
【発明の実施の形態】
以下本発明の実施形態を図面を用いて説明するが、本発明はこれら実施形態に限定されることなく種々工夫して用いることができる。
本発明の電子移動型素子は、図1のバンド構造を示すメモリーセルをひとつのユニットとし、このユニットをそれぞれ鎖状に複数接続した構造となっている。この鎖状構造の最初のユニットおよび最後のユニットには電極が接続されている。最初のユニットに接続された電極はこのユニットに電子を注入可能であり、最後のユニットに接続された電極はこのユニットから電子を受け取ることができる。さらにそれぞれのユニットには外部からの光エネルギーを受取、それぞれのユニットにエネルギーを伝達するアンテナ機能を持つ原子団が接続されている。
このように構成することで、各ユニットはアンテナ機能を持つ原子団からエネルギーを受け電子を励起しやすくし、弱い光エネルギーでも効率的に電子を隣のユニットに移動させることができる。
また本発明の電子移動型素子は、例えば光パルスをクロックとして、情報(電子の有無)を書き込んだり読み込んだりできるシフトレジスター型メモリーとして用いることができる。
また本発明の電子移動型素子は、それぞれのユニットをαサイト−βサイト−γサイトとなるように構成している。さらにそれぞれのユニットのαサイトには、外部からの光エネルギーを受取、それをαサイトに伝達するアンテナ機能を持つ原子団(分子)が結合している。
このように構成することによって、各ユニットのαサイトはアンテナ機能を持つ原子団からエネルギーを受け電子を励起しやすくし、弱い光エネルギーでも効率的に電子を隣のユニットのαサイトに移動させることができる。
アンテナ機能を持つ原子団としては、自然界の植物・バクテリアの光合成系において、太陽光エネルギーを用いた電荷分離とそれによる電気的および化学エネルギーの生成を行う原子団を用いることができる。この原子団として、例えば光合成反応中心およびその周囲にあるアンテナ分子系に存在するカロテノイドやポルフィリンなどがある。
図5にアンテナ機能を持つαサイトの図を示す。中心にあるフリー・ベース(中心に金属元素を含まず水素を含む)ポルフィリン4がαサイトである。このαサイト4のまわりには、アンテナ機能を持つ原子団5がアセチレンボンドによって結合している。アンテナ機能を持つ原子団5は、亜鉛ベース(中心に亜鉛を含む)ポルフィリンからなっている。また図示はしないがこのαサイト4には図3に示すようなβサイトおよびγサイトが鎖状に接続され1ユニットを形成し、このユニットがさらに複数鎖状に接続されている。
この電子移動型素子に可視光(波長500nmから650nm程度)をあてると、まず周囲の亜鉛ポルフィリン5(アンテナ機能を持つ原子団)が光励起される。次いで、100ps以内に95%以上の効率でそのエネルギーが、フェルスター機構[Th. F〓ster, Ann. Physik (Leipzig) 2 (1948) 55 ]により中心のフリー・ベース・ポルフィリン4(αサイト)に伝達されて、このフリー・ベース・ポルフィリンの電子励起が起こる。通常このときの光エネルギーの伝達時間は1ピコ秒から1ナノ秒程度である。
また本発明の電子移動型素子は、アンテナ機能を持つ原子団をαサイトに複数個結合することにより光子の吸収断面積を増やせ、より光の吸収効率を上げることができる。
また本発明の電子移動型素子は、各ユニットに結合するアンテナ機能を持つ原子団は鎖状高分子鎖と直交する方向(側鎖方向)の構成に広がりを与えるので、鎖間距離を増大させ、隣り合う別の高分子鎖間の電子移動を阻止する役目も果たす。
また本発明の電子移動型素子は、各ユニットに接続されたアンテナ機能を持つ原子団の、吸収できる光の吸収波長を異ならせることができる。例えばαサイト−βサイト−γサイトの構成は各ユニットで共通とし、各αサイト毎に吸収波長の異なるアンテナ機能を持つ原子団を結合させることができる。
このように構成することで、照射する光の波長を変えることにより特定のユニットのみで選択的に電子励起とそれに引き続く電子移動(情報「1」の右隣のユニットへのシフト)を起こすことが可能となる。また別々の波長の光を吸収するアンテナ機能を持つ原子団のおかげで任意の特定のユニットにアクセスでき、そこでのみ電子移動を起こすことができる。
またこの構成によって、特定のアンテナ機能を持つ原子団を光励起し、励起子の再結合により初期状態に戻ることによる蛍光の有無を調べることにより、そのユニットに書き込まれていた情報が「1」であるか「0」であるかを検知することができる。(蛍光を発すれば「0」)。この蛍光は、αサイトに電子がない場合(情報0)、アンテナ機能を持つ原子団のエネルギーはαサイトに伝わらず、この原子団で再結合することによって発生するものである。
またアンテナ機能を持つ原子団は、ポルフィリン間の中心に位置する元素(水素・亜鉛・金等)の種類を変えたり、ポルフィリン環に適当な側鎖(基)を付加することで、その吸収波長を異ならせることができる。但し、アンテナ・ポルフィリンの励起エネルギーがαサイトのポルフィリンの励起エネルギーよりも大きいことが望ましい。
【0007】
また本発明の電子移動型素子は、αサイト−βサイト−γサイトのユニットの繰り返しからなる高分子鎖を電極で挟んで、これに105から107V/cm程度の強い電場を印加してもよい。このとき、移動する電子の場所に応じて各ユニットがもつ双極子モーメントが異なるためα、β、γサイトのエネルギー準位が相対的に変化し、図1に示した個々の反応素過程の速度定数が変化する。印加する電圧を最適化し、順方向の電子移動反応に対して逆反応をできるだけ抑え、各ユニットから次のユニットへの電子移動量子収率を100%に近づけることも可能である。
また本発明の電子移動型素子は、アンテナ機能を持つ原子団の吸収波長にあわせた光パルスを印加せず、αサイトのバンドギャップに相当する光パルスを印加すると、全てのユニットの電子移動を同時に起こしてやることもできる。
上述したように任意のユニットのみ移動させたり、全てのユニットを移動させたりすることで、所望の情報を書き込んだり、読み出したりできる。
【0008】
本発明の分子メモリーの情報の書き込みならびに読み出しの方法は以上に述べた手段に限るものではない。例えば、走査型プローブ顕微鏡や近接場光ファイバーといった極微小サイズのプローブによって電気的あるいは光学的に各ユニットあるいはユニットの少数個に直接アクセスすることも有効である。
本発明のαサイト−βサイト−γサイトのユニットは、図3に示したポルフィリン(αサイト)―ビス(ターピリジル)(βサイト)―ポルフィリン(γサイト)超分子系に限られるものではない。例えば図6に示すような、大須賀ら(A. Osuka et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 35 (1996) 92)により合成されたポルフィリンダイマー(αサイト)―ポルフィリンモノマー(βサイト)―ピロメリットイミド(γサイト)3元超分子系も図4と同様のエネルギー・ダイヤグラムを有し、ポルフィリンダイマー光照射後の順方向電子移動反応の量子収率は80%以上を達成できる。
また本発明の電子移動型素子は、基本ユニットとしてαサイト−βサイト−γサイトの3元超分子系に限らず、基本ユニットとしてαサイト−βサイトの2元系やαサイトだけの1元系を用いても、隣のユニットへの高効率の光誘起電子移動が可能でありさえすれば、何ら問題はない。
【0009】
(実施例1)
図7は本発明の電子移動型素子の記憶素子の断面図である。ガラス基板6上に下部電極7が形成されている。この下部電極7上には、図3に示すフリー・ベース・ポルフィリン(αサイト)−ビス(ターピリジル)(βサイト)−金ポルフィリン(γサイト)からなる基本ユニットが8個つながった同種の高分子鎖が、膜厚方向に設けられた高分子鎖層8が形成されている。またαサイトには、それぞれ図5に示すアンテナ機能を持つ原子団5が結合している。この素子では、前記高分子鎖を縦20列横×50列の1000本並べた。このときの高分子鎖層8の膜厚は約30nmであった。この高分子鎖層8上には、上部電極9が形成されている。上部電極9側にαサイト側下部電極7側にγサイト側がくるように成膜している。下部電極7は膜厚100nmのITO透明電極、上部電極9は膜厚20nmの半透明のAu電極を用いる。図8に示すように、高分子鎖層8の各高分子鎖の8個のαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンにはそれぞれ2個の同種のポルフィリン5がアセチレン・ボンドにより結合している。このポルフィリン5は中心原子を水素、亜鉛、マグネシウム、パラジウム、金などに置換することによって、それぞれ吸収波長の異なる光エネルギーを伝達するアンテナ機能を有する。またポルフィリン5の側鎖に水素、メチル基、エチル基、フェニル基などの結合機を結合させることによっても、それぞれ吸収波長が異なる光エネルギーを伝達できる。本実施例では、それぞれのαサイトのポルフィリン毎に吸収波長の異なる光エネルギーを伝達するように、ポルフィリン5を選択した。このような高分子鎖は、ハリマン等の開発した方法(A. Harriman, F. Odobel, and J.-P. Sauvage, J. Am. Chem. Soc. 117 (1995) 9461 )により合成することもできるし、α−β−γユニットを合成した後、ラングミュア・ブロジェット法(垂直浸積法)により積層してもよい。また高分子鎖を下部電極7上に並列に並べるにはラングミュア・ブロジェット法を用いる。
【0010】
(実施例2)
本実施例では図7に示す素子構造で、αサイトに結合するアンテナ機能を持つ原子団を全て同じにした。
先ずこの電子移動型素子に上部電極9に正の電位をかけて高分子鎖層8の全てのαサイトに電子が存在しない(00000000)の状態をつくった。次に、上部電極9の電位を変化させ、最初のαサイトに電子を注入し(10000000)の状態をつくった。次にレーザ光を照射させながら上部電極9の電位を変化させ最初のαサイトに電子を注入しながら、ひとつ電子の移動を生じさせて(11000000)の状態をつくった。次に上部電極9の電位を変化させず、レーザ光を照射し電子をひとつ移動させて(01100000)の状態をつくった。この操作を繰り返し、(01000110)の状態を書き込んだ。
照射するレーザ光は、アンテナ・ポルフィリン5の励起エネルギーに対応した波長500から650nmの単色光を用いた。このレーザ光は、例えば、モード・ロックNd−YAG レーザー、ローダミン560 ダイ・レーザー、アルゴン・イオン・レーザー、Cuガス・レーザー等とフィルターを適当に組み合わせて用いた。光パルスの照射時間は1回につき約100psとし、上部電極9の全面にむらなく照射されるようにした。
次に、このようにして書き込まれた情報の読み出しを以下に示す工程で行った。ここでは、αサイトのポルフィリンの励起エネルギー(この場合は2.04eV)に対応した単色光(この場合は波長608nm)のパルスをあてて高分子鎖上の全ての「1」を同時に1つ右に移動させる操作を8回繰り返し、1回毎に下部電極7の電流あるいは電位変化を調べて下部電極に電子が注入されたかどうかを判断し、書き込まれていた情報を1ビットずつ右から読み出した。上の例だと、0→1→1→0→0→0→1→0の順に情報が読み出せた。この場合読み出し用のレーザ光の波長はアンテナ機能を持つ原子団の吸収波長にしてもよい。
【0011】
(実施例3)
本実施例では、上部電極9から2つめのユニットのαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンに結合するアンテナ原子団として、中心に亜鉛がある亜鉛ポルフィリンを用いた。
この電子移動型素子に実施例2と同様にして、電荷状態(01000110)の状態を書き込んだ。
次にこれを、状態(00100110)に書き換えることを試みた。先ず左から2つめのユニットのαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンには、アンテナ原子団として同種の亜鉛ポルフィリンが2個結合したものを合成したので、この亜鉛ポルフィリンの励起エネルギー2.10eVに対応する波長590nmの光パルスを照射した。すると、左から2番目のユニットの「1」のみが1つ右に移動して、所望の状態が得られた。
【0012】
(実施例4)
本実施例では、上部電極9から1つめのユニットのαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンに結合するアンテナ原子団として、中心にパラジウムがあるパラジウム・ポルフィリンを用いた。
この電子移動型素子に実施例2と同様にして、電荷状態(01000110)を書き込んだ。次に上部電極9から1つめのユニットのαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンには、アンテナ原子団として同種のパラジウム・ポルフィリンが2個結合しているので、波長570nmの光パルスを照射してこのアンテナ原子団を選択的に励起した。すると、約2nsの時定数で波長約600nmの蛍光が観測された。この蛍光のフォトン数はアンテナ機能を有する原子団のない場合の100倍以上であった。この蛍光の発生は、アンテナ・ポルフィリンの励起エネルギーがαサイトのポルフィリンに伝達できなかったため、1番左のユニットに書き込まれていた情報は「0」であることがわかった。
【0013】
(比較例1)
図7に示されている素子構造で、高分子鎖の全てのユニットのαサイトにアンテナ・ポルフィリンをもたない電子移動型素子(比較例)を作成した。
この電子移動型素子に、実施例2と同様に、(01000110)を書き込んだ。ただし照射するレーザ光の波長はαサイトのフリー・ベース・ポルフィリンの吸収波長にした。レーザー光強度は実施例2、比較例両方の電子移動型素子について、約1MW/cm2を用い、両方の素子に対して、それぞれ10回ずつ同じ書き込み実験を行った。
書き込み終了後、実施例2、比較例の電子移動型素子の読み出しを行ったところ、実施例2の素子が10個とも所望の電荷状態(01000110)になっていたのに対し、比較例の素子は、10個中3個がこれ以外の電荷状態に書き込まれていたことがわかった。これは比較例の素子は光パルスの照射による電子移動が完全には起こっていなかったことを示しており、実施例2の素子は光吸収断面積が増大し光吸収効率が向上したことを示している。
【0014】
(比較例2)
実施例1と同様の実験を、今度はレーザー光強度として約10MW/cm2のパルスを用いて行ったところ、実施例2の素子が10個とも所望の電荷状態(01000110)になっていたのに対し、比較例の素子は10個中1個がこれ以外の電荷状態に書き込まれていた。実施例2のアンテナ・ポルフィリンとαサイト・ポルフィリンの個数の比は今の場合2:1であるので、光吸収断面積のことだけを考えるならば、今回の実験ではレーザー光強度が大きいことから、アンテナ・ポルフィリンをもたない素子においても完全な書き込みが行われていいはずである。しかし比較例の素子の書き込みが不完全であったという事実は、接近した高分子鎖間の余計な電子移動が正確な書き込みを阻害しており、アンテナ・ポルフィリンが鎖の間を空間的に引き離す効果が鎖間電子移動を抑制して書き込みの歩留り向上に寄与していることを示している。
【0015】
(実施例5)
図7に示す素子構造で、高分子鎖を縦3本×横5本成膜した電子移動型素子を作成した。高分子鎖はそれぞれ8個のユニットに分かれ各ユニットにはαサイト−βサイト−γサイト結合している。各αサイトには図8に示すようにアンテナ機能を持つ原子団5が2個結合している。
この電子移動型素子に、実施例1と同様の方法でレーザー光強度として約10MW/cm2のパルスを用いて(01000110)を書き込んだ。
このとき書き込み実験を繰り返し10回行ったところ、10回のうち2回、所望の電荷状態(01000110)以外の状態が書き込まれていた。ハリマンらの合成したポルフィリン―ビス(ターピリジル)―ポルフィリン超分子系では、αサイトで励起された電子が右隣のユニットのαサイトに移動する量子収率は高々60%程度である。高分子鎖を多数本(1000本程度)並列に並べた実施例2の場合には個々の鎖での所望以外の電子移動動作が仮にあっても、統計的にはその効果が打ち消されていたものが、少数本(10本程度)の場合には、素子全体の誤動作として発現してしまう。
こういった誤動作を抑制するために、個々のユニットの電子移動量子収率の向上を、高分子鎖を挟む電極間に電圧をかけることにより図った。図7の下部電極7、上部電極9間にα−β−γユニットのα側が高電位になるように3Vの電圧(電場として約106V/cm)をかけながら上と同様の書き込み実験を繰り返し10回行ったところ、10回とも所望の電荷状態を書き込むことができた。これは、電場により、α、β、γサイトのエネルギー準位の相対関係が変化し、順方向の電子移動反応に比べて逆方向の反応が抑制され、個々のユニットの電子移動量子収率が向上したことを示している。
【0016】
(実施例6)
実施例2と同様の電子移動型素子を作成し、同様の方法を用いて(01000110)を書き込んだ。次に走査型トンネル顕微鏡の探針を弘文氏鎖層8の側面から、正のバイアス電圧をかけながら、上部電極9に最も近いユニットから順にαサイトのポルフィリンにあてていった。上部電極9に最も近いユニットは電流は流れず、このユニットが「0」と書き込まれていることがわかった。次のユニットに探針をあてると電流が流れ、このユニットが「1」と書き込まれていることがわかった。
このようにして、各ユニットに書き込まれている情報を走査型トンネル顕微鏡を用いて局所的に読み取ることが可能である。
【0017】
【発明の効果】
以上詳述したように本発明によれば、外部から加える電圧と光パルスによる素子の制御性および信頼性が著しく向上した分子レベルのシフトレジスター型超高密度記憶素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】電子移動型シフトレジスターの3繰り返しユニットのエネルギー準位ダイヤグラム。
【図2】本発明に用いるαサイト−βサイト−γサイトからなるユニット。
【図3】本発明に用いるポルフィリン―ビス(ターピリジル)―ポルフィリン超分子系。
【図4】図3で示した超分子系の電子エネルギー準位のダイヤグラム。
【図5】本発明に用いる超分子系。
【図6】本発明に用いるポルフィリンダイマー(D)―ポルフィリンモノマー(H)―ピロメリットイミド(I)3元超分子系。
【図7】本発明に係わる電子移動型素子の断面図。
【図8】本発明に用いるαサイト−βサイト−γサイトからなるユニット。
【符号の説明】
1、2、3…ユニット
4…αサイトのポルフィリン
5…アンテナ機能を持つ原子団
6…ガラス基板
7…下部電極
8…高分子鎖層
9…上部電極
Claims (6)
- αサイト、βサイト及びγサイトが順次結合した鎖状結合と、
前記αサイトに結合し、光エネルギーを捕獲し、この光エネルギーを前記αサイトに伝達するアンテナ機能を有する第1の原子団と、を具備し、かつ前記αサイトにて、前記アンテナ機能を持つ原子団から伝達された光エネルギーを受けて電子が励起され、励起された電子が前記αサイトから前記βサイト、前記γサイトへ順次移動する第1の分子ユニットと、
前記第1の分子ユニットに結合し、前記第1のユニットから前記電子を受け取る第2の分子ユニットとを具備し、
前記各ユニット間で電子を移動させることにより情報の書き込み及び消去を行うことを特徴とするシフトレジスター型記憶素子。 - 前記第2のユニットは、前記第1のユニットのγサイトに結合するαサイトと、βサイト、γサイトとが順次結合した鎖状結合と、
前記αサイトに接続され、光エネルギーを捕獲し、この光エネルギーを前記αサイトに伝達するアンテナ機能を有する第2の原子団とを具備し、かつ前記αサイトにて、前記アンテナ機能を持つ原子団から伝達された光エネルギーを受けて電子が励起され、励起された電子が前記αサイトから前記βサイト、前記γサイトへ順次移動することを特徴とする請求項1記載のシフトレジスター型記憶素子。 - アンテナ機能を有する前記第1の原子団と前記第2の原子団は、それぞれ異なる波長の光エネルギーを伝達することを特徴とする請求項2記載のシフトレジスタ型記憶素子。
- アンテナ機能を有する前記第1および前記第2の原子団の少なくとも一方は、光エネルギーを捕獲後、1ピコ秒から1ナノ秒間でそれぞれの分子ユニットにこの光エネルギーを伝達することを特徴とする請求項2記載のシフトレジスタ型記憶素子。
- 前記アンテナ機能を有する第1の原子団はカロテノイドまたはポルフィリンであることを特徴とする請求項1記載のシフトレジスター型記憶素子。
- 前記アンテナ機能を有する第2の原子団はカロテノイドまたはポルフィリンであることを特徴とする請求項2記載のシフトレジスター型記憶素子。
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