JP3690857B2 - 補聴器音響特性設定方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、難聴者の聴力を補助するのに用いられている補聴器の音響特性を設定する新規な方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
難聴者の聴力を補助するものとして、補聴器が広く用いられている。この補聴器は、音を電気信号に変換するマイクロフォンと、マイクロフォンで検出した信号を電気的に増幅する増幅装置と、増幅された電気信号を音に変換するスピーカーとから構成され、箱型、耳かけ型、めがね型、挿耳型など種々の形状のものが市販されている。
【0003】
ところで難聴の程度は人によって様々であり、補聴器は各個人の聴覚に合わせて調整する必要がある。そのため近年の補聴器は、各周波数毎に増幅装置の増幅量を調整することができるようになっており、各個人の聴覚を測定して各周波数毎に挿入利得を決定している。
補聴器の挿入利得をどの程度にするかについては、古くから種々の提案があり、裸耳の最小可聴閾値(以下、MCLという)から50dB差し引いた値とする方法、60dBの音声の聴力レベルがMCLになるような利得とする方法なども提案されたが、近年ではハーフゲイン・ルールが主流となっている。
【0004】
このハーフゲイン・ルールは、各周波数毎の聴力レベルを測定し、聴力レベルの約半分を挿入利得とする方法である。例えば250Hz〜4KHzの範囲の周波数帯でオクターブの点をとり、それぞれの音をオージオメーターを使用し、ヘッドホーンで被験者に聞かせて聴力レベルを測定し、その約半分を挿入利得として補聴器の音響特性を設定する。
【0005】
聴力レベルの測定法としては、純音、バンドノイズなどをごく小さい音から電気的に徐々に音量を増幅し、被験者が知覚した最小音量を聴力レベルとする。また、補聴器装用時の補聴効果を評価するには、スピーカーを使用したフリーフィールドでMCLを測定し、各周波数のMCLがスピーチスペクトラムに合致すれば良いとされている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
ところがハーフゲイン・ルールに基づいて設定された補聴器を装用しても、理論通りの矯正聴力レベルが与えられることは稀であり、可聴域の全周波数帯でMCLを低くすることは困難であった。
さらに従来の方法においては、環境音の意味、例えば語音を聞き取るのが不十分であった。また神経生理学的な配慮は全くなされておらず、その結果、聴神経系の発達・退行といった生理的変化に対応することは不可能である。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、新規な補聴器の音響特性設定方法を提供することで可聴域の全周波数帯でMCLを低くできるようにするとともに、環境音の意味の認知、生理的変化への対応を可能とすることを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決する本発明の補聴器音響特性設定方法の特徴は、補聴器を装用した被験者に各周波数毎の音を聞かせて各周波数毎の聴力を測定しその結果に基づいて補聴器の挿入利得を調整する補聴器音響特性設定方法において、
増幅器の出力を一定としてある周波数の音の発音時間を極めて短い時間から徐々に長くして被験者に聞かせ被験者が知覚し得た最短発音時間をT検出値として測定し、次いで予め設定された最長発音時間とT検出値との差分を求める工程を複数の周波数についてそれぞれ行い周波数:差分検出値テーブルを得る測定工程と、
周波数:差分検出値テーブルのうち任意の基準周波数における差分検出値を基準差分検出値とし、他の差分検出値の基準差分検出値に対する比をそれぞれ算出して周波数:差分比テーブルを得る比算出工程と、
周波数:差分比テーブルより得られる各周波数毎の差分比から挿入利得を算出し、挿入利得に基づいて補聴器の音響特性を設定する設定工程と、を行うことにある。
【0009】
【発明の実施の形態】
従来の聴力レベルや挿入利得の単位はdBであり、これは圧力の単位であって1Paが94dBに相当する。つまり従来は、補聴器の挿入利得を上げれば音圧が上がり、より聞こえるようになると考えられていた。そのためハーフゲイン・ルールのように、聴力レベルの約半分を挿入利得とし、圧力レベルでの音響特性設定方法が行われている。
【0010】
ところが本発明者は、従来の音響特性設定方法では理論通りの矯正聴力レベルが与えられることは稀であること、補聴効果評価に用いられるスピーチスペクトラムのMCLが正常耳のMCLと異なること、過大な挿入利得がMCLを低下させることがあること、などに疑問をおぼえ、これは聞こえの物理量として音圧を用いていることに原因があるのではないかと考えた。
【0011】
そして鋭意研究の結果、同じ音圧であっても発音時間が長い音ほど大きな音に聞こえることを発見し、発音時間を聞こえの物理量とすることを想起したのである。そして極めて短い発音時間から徐々に発音時間を長くした音を被験者に聞かせたところ、ある時間以上の長さの発音時間であれば聞こえることが明らかとなった。これは騒音計のような機械で測定しても同じ結果が得られ、人間の脳の錯覚ではないことも明らかとなった。
【0012】
つまり増幅器の出力を一定として発音しても発音時間によって聞こえが異なり、測定される音圧も異なるという現象がみられた。例えば100Hzの音と31Hzの音を同一の増幅器を用いてそれぞれ所定時間発音させた時の音圧を測定したところ、図1に示すように等しい発音時間でも音圧には差異があることがわかった。したがって、音圧のみを聞こえの物理量とし、それによって補聴器音響特性を設定してきた従来の方法には矛盾があることが明らかとなったのである。
【0013】
一方、さらなる研究の結果、例えば一定の音圧の音源を用いて0.5ミリ秒から100ミリ秒の間で0.5ミリ秒間隔で発音時間を長くしてその音圧を測定したところ、図2に示すように初期ほど音圧の変化量が小さく、後期ほど変化量が大きくなることを見出した。しかし観測者には、初期ほど発音時間の変化量に対して聞こえる音の大きさの変化量が大きく、後期になると発音時間の変化量に対して聞こえる音の大きさの変化量が小さくなることが明らかとなった。
【0014】
このことから、発音時間を聞こえの物理量とする場合には何らかの数学的処理が必要となることがわかり、最長発音時間と発音時間の差分を求め、各差分の比を用いることを想起した。そして各差分の比に応じて挿入利得を調整することで、被験者の各周波数におけるMCLが著しく低下して各周波数でほぼ一定となり、極めて顕著な矯正効果が得られることを見出し本発明を完成したものである。
【0015】
測定工程では、増幅器の出力を一定としてある周波数の音の発音時間を極めて短い時間から徐々に長くして被験者に聞かせ、被験者が知覚し得た最短発音時間をT検出値として測定する。そして予め設定された最長発音時間と測定されたT検出値との差分を求めることを複数の周波数についてそれぞれ行い、周波数:差分検出値テーブルを得る。
この測定工程は、任意の基準挿入利得をもつ補聴器を装用させた状態で行う。また用いる音源としては、精度の高い音響特性設定を行う上から、ノイズのないサイン波を描く音源を用いることが望ましいが、イコライザーによる変調音を用いることもできる。また発音時間はできるだけ短い時間から始めるのが好ましく、8000Hzの音の1波長の長さが1/8000=0.125ミリ秒であるから、長くとも0.1ミリ秒程度から始めることが望ましい。
【0016】
そして発音時間が順次長くされ、被験者が知覚し得た最短発音時間がT検出値として測定される。一の発音時間の音と次の発音時間の音との発音時間の差は、短いほど精度が高くなるので好ましい。また一の発音時間の音と次の発音時間の音との間の無音時間の長さは、無音時間があると認知できれば特に制限されない。
【0017】
予め設定された最長発音時間とは、例えば音源の音圧を不快域値とした場合に測定値がその不快域値の値と同等になる発音時間、あるいは正常な聴力の人が誰でも聞こえる発音時間とすることができる。この最長発音時間は、各周波数ごとに設定される。
比算出工程では、周波数:差分検出値テーブルのうち任意の基準周波数における差分検出値を基準差分検出値とし、他の差分検出値の基準差分検出値に対する比をそれぞれ算出して周波数:差分比テーブルを得る。なお、この基準周波数は、一般に障害耳は高音部のダイナミックレンジが狭隘であることから、250Hzを基準周波数とするのが便利である。
【0018】
耳の蝸牛管では入力音をフーリエの定理に相当する分析をしていると考えられ、障害耳と正常耳の機能の違いはこのフーリエ分析機能の差異にあると考えられる。正常耳のフーリエ分析機能は、250Hz〜4000Hzの間で発音時間を単位とするエネルギーレベルに対して等しい値を示すが、障害耳では等しい値を示さない。
【0019】
例えば正常耳では、250Hz:500Hz:1000Hz:2000Hz:4000HzのT検出値の差分の比が1:1:1:1:1であり、エネルギーレベルが20:30:50:20:10の入力音があったとき、蝸牛管では20:30:50:20:10のフーリエ分析値が得られる。しかしT検出値の差分の比が例えば1:2:3:4:5のような障害耳では、蝸牛管のフーリエ分析値は20/1:30/2:50/3:20/4:10/5=20:15:16.7:5:2となる。つまり比算出工程では、障害耳の蝸牛管のフーリエ分析値の歪みを算出している。
【0020】
そして設定工程では、周波数:差分比テーブルより得られる各周波数毎の差分比から挿入利得を算出し、その挿入利得に基づいて補聴器の音響特性を設定する。すなわち、装用した補聴器の基準挿入利得に差分比を乗じた値を挿入利得とする。
【0021】
【実施例】
以下、実験例、実施例及び比較例により本発明をさらに具体的に説明する。
(実験例)
音源として、周波数1000Hzと31HzのFM音源による2種類の純音を用い、同じ増幅器とスピーカーを用いて、発音時間を10ミリ秒から初めて10ミリ秒ステップで増加させて100ミリ秒まで発音させ、各発音時間における音圧を騒音計でそれぞれ測定した。結果を図1に示す。図1に示すように、31Hzの低音は30ミリ秒以下の発音時間では音圧がゼロであり、40ミリ秒以上の発音時間では35〜40dBでほぼ一定の音圧を示している。しかし1000Hzの高音では、発音時間が10ミリ秒でも約48dBの音圧が発生し、50ミリ秒までの間に急激に音圧が上昇してそれ以後は約90dBに漸近している。
【0022】
すなわち発音時間の長さによって音圧が変化し、同じ発音時間でも周波数によって音圧が大きく異なっていることが明らかである。
また音源として、周波数250HzのFM音源による純音を用い、発音時間を0.5ミリ秒から初めて0.5ミリ秒ステップで増加させて100ミリ秒まで発音させ、各ステップにおける音圧を騒音計で測定した。100ミリ秒の発音時間の音圧を100とした場合の各音圧の比率を図2に示す。横軸は発音時間を表している。
【0023】
図2より発音時間と音圧の関係は決して一定ではなく、発音時間が長い範囲で急激に音圧が上昇していることがわかる。したがって図1及び図2より、聞こえには発音時間が大きく影響することが明らかであり、従来のように音圧のみを聞こえの物理量とすることは誤りであることが明らかである。
(実施例)
(1)測定工程
難聴の被験者に所定の基準挿入利得をもつ補聴器を装用させ、FM音源による純音を用い、250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz及び4000Hzの5水準の周波数にて、それぞれ発音時間を0.5ミリ秒から初めて0.5ミリ秒ステップで増加させながらスピーカーより発音させた。そしてそれぞれの周波数毎に、被験者が知覚し得た最短発音時間を測定し、T検出値を得た。結果を表2に示す。
【0024】
なお、用いた補聴器には予め表1に示す基準挿入利得が設定されている。
次に、最長発音時間を100ミリ秒に設定し、差分検出値(100−T検出値)を算出して表2に示すように周波数:差分検出値テーブルを得た。
【0025】
【表1】
Figure 0003690857
【0026】
【表2】
Figure 0003690857
(2)比算出工程
基準差分検出値として周波数250Hzにおける差分検出値(97.5)を選び、他の差分検出値の基準差分検出値に対する比を算出して、表3に示す周波数:差分比テーブルを得た。
【0027】
【表3】
Figure 0003690857
(3)設定工程
得られた差分比をそれぞれ基準挿入利得に乗じて、表4に示すように新挿入利得を算出した。
【0028】
【表4】
Figure 0003690857
この新挿入利得に基づいて補聴器の音響特性を設定し、同じ被験者に装用させて、オージオメータを用い250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz及び4000Hzの5水準の周波数にてMCLを測定した。結果を表6及び図3に示す。
【0029】
(比較例)
実施例と同じ被験者に、実施例と同じ基準挿入利得が設定された補聴器を装用させ、オージオメータを用い250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz及び4000Hzの5水準の周波数にて聴力レベルを測定した。結果を表5に示す。
【0030】
得られた聴力レベルを基に、ハーフゲイン・ルールにより新挿入利得を算出し、表5に合わせて示す。
【0031】
【表5】
Figure 0003690857
この新挿入利得に基づいて補聴器の音響特性を設定し、同じ被験者に装用させて、オージオメータを用い250Hz、500Hz、1000Hz、2000Hz及び4000Hzの5水準の周波数にてMCLを測定した。結果を表6及び図3に示す。
【0032】
(評価)
【0033】
【表6】
Figure 0003690857
表6及び図3より、比較例の方法でもある程度の矯正効果がみられるが、実施例の方法によればMCLが極めて低くなり、矯正効果に格段に優れている。また各周波数で一定のMCLとなっていることもわかる。
【0034】
【発明の効果】
すなわち本発明の補聴器音響特性設定方法によれば、可聴域の全周波数帯でMCLを低くすることができる。またダイナミックレンジも広くなり、難聴を確実に矯正することができる。
さらに、本発明の補聴器音響特性設定方法の理論を用いれば、原刺激、補聴器出力、聴覚などを定量的に扱うことが可能となり、聴覚神経系の生理的機能の賦活化が可能となるなど、今後の音の研究に大きく貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実験例で得られた発音時間と音圧との関係を示すグラフである。
【図2】実験例で得られた発音時間と音圧比の関係を示すグラフである。
【図3】実施例及び比較例で設定された補聴器を装用した被験者のMCLを示すオージオグラムである。

Claims (1)

  1. 補聴器を装用した被験者に各周波数毎の音を聞かせて各周波数毎の聴力を測定しその結果に基づいて該補聴器の挿入利得を調整する補聴器音響特性設定方法において、
    増幅器の出力を一定としてある周波数の音の発音時間を極めて短い時間から徐々に長くして被験者に聞かせ被験者が知覚し得た最短発音時間をT検出値として測定し、次いで予め設定された最長発音時間と該T検出値との差分を求める工程を複数の周波数についてそれぞれ行い周波数:差分検出値テーブルを得る測定工程と、
    該周波数:差分検出値テーブルのうち任意の基準周波数における差分検出値を基準差分検出値とし、他の差分検出値の該基準差分検出値に対する比をそれぞれ算出して周波数:差分比テーブルを得る比算出工程と、
    該周波数:差分比テーブルより得られる各周波数毎の差分比から挿入利得を算出し、該挿入利得に基づいて前記補聴器の音響特性を設定する設定工程と、を行うことを特徴とする補聴器音響特性設定方法。
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