JP3631723B2 - 分子構造モデル構成体 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本願発明は、共有結合の原子間距離を正確に表現できる分子構造モデル構成体に関し、特に、従来のようにファン・デル・ワールス半径や共有結合半径の数値を利用せず、分子構造解析により得られる原子間距離を2個の原子の球と1本の結合棒を組み合わせた合計長として表現し、(a)原子の球半径は元素単位ではなく原子価状態で区別して同元素であっても異なる半径を採用するとともに、(b)原子間の結合状態で区別した結合棒長を採用することで、分子構造をより正確に視覚化した分子構造モデル構成体に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来からの分子構造モデル構成体としては以下のものが知られている。
[日の本合成樹脂のモデル](実公開H3−86378)
このモデルの特徴は原子の球(多面体)を一定にし、結合棒長を結合の種類に応じて変化させて原子間距離を表現していることである。この方法では結合が原子の種顆により多数あるため結合棒長を多種類揃えなければならない。たとえそれらを揃えても一々表を参照しながら組立てねばならずかなり面倒な作業になる。しかし、それよりも原理的な面でどの原子との組み合わせでも正確に表現できるモデルでは無いことが一番の問題である。一例として2つの炭素原子C間におけるC−C間の単結合距離を考えると、両端側が単結合の場合の炭素原子間距離の実測値は1.527Åであり、両端側が三重結合の場合の炭素原子間距離の実測値は1.377Åで10%ほど違いがあるが、このモデルでは一本の結合棒長で表現しようとしている。確かに原子構造の分かっている分子はその原子間距離に合わせて結合棒長を作ればよいが、それこそ手作り的で大変な労力を必要とし、しかも構造の未知な分子のモデルには適用できない。このように正確さに関しては限定された範囲にしか適用されない。
【0003】
[ブルース・ヘイウッド・ニコルソンのモデル](特公告S51−10527)
このモデルは原子の球をファン・デル・ワールス半径の1/3にして棒の部分を球と一体化しているのが特徴である。原子間距離は二個の球半径に棒の挿入されていない部分の長さを加えたものである。ファン・デル・ワールス半径を用いることで正確さが達成されることを主張しているが、実際には原子間距離は球半径と結合棒長の合計によるのであって、特別に球半径にファン・デル・ワールス半径を用いることはなんら意味を持たないのである。極論すれば球半径はどのように定めても球半径と結合棒長の合計長が正確さを表現できる長さであればよい。この欠点を自ら現しているのが異なる原子間距離の違いはソケットの深さで表現する点である。このことは種々の原子対の結合距離は球半径と結合棒長の様々な組み合わせで決まることになり、前述のモデル以上に複雑でさらに限定的な範囲の原子対にしか適用できない。さらに細かいが重要なことは、炭素原子のファン・デル・ワールス半径が実際には測定されず実測値がないことである。共有結合半径であれば知られているが、定義が異なるので混同はできない。それよりも注目すべき点はどちらの半径を用いても実測値に良く合わせられるモデルはできないということである。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
以上、代表的なモデルの例を挙げて明らかにしたように、これだけ化学が進歩しているにもかかわらず簡便で正確な分子構造モデル構成体が存在しないのは、以下のような問題があるからである。
(1)まず、原子の球の大きさを原子の種類や同じ原子でも原子価状態の違いを考慮せず一定としたことに問題がある。日の本合成モデルの場合は全ての原子を一定にし、その正確さを結合棒長の違いだけで解決しようとしたが、同じ原子対の結合距離でも原子価状態を無視するとかなりのばらつきがあり、どの長さの棒を使用して良いか分からず一義的に正確なモデルを作ることは不可能である。ブルースモデルでは原子価状態を考慮せず元素毎にファン・デル・ワールス半径を用いて一定とした。このアイデアは日の本合成モデルより一見優れているように見えるが、ごく限られた原子対の正確さを表現できるだけで、日の本合成モデルの結合棒長が球と棒の合計長に変わっただけであり本質的な問題は解決されない。
【0005】
従って、ブルースモデルも日の本合成モデルと同様に種々の原子対を一義的に正確に表現することは不可能である。
また、分子構造モデル構成体という観点からはできるだけ単純化するという基本原則があるためか、炭素ならどのような状態でも一つの数値に収束させようという動機がモデル製作者ばかりではなく専門の化学者にも見られる。しかしながら、実際には様々な原子対間の結合距離が存在するため、これらに矛盾なく良く合致するモデルは存在しなかった理由は、この(1)の問題に因ることが大きいのである。例えば、炭素Cでも原子価状態を考慮すれば8種類有り、一般的なものでも図1(a)の4種類が存在する。また、図1(b)には本明細書および表における結合種別の略記号、正式表記を示す。
【0006】
これらはそれぞれ電子軌道の状態が異なり、表現される大きさも異なるはずである。それらの差は無視できる程度であるというのが従来の考え方であったが、やはりそれでは正確さを表現するのに限度があり、矛盾のない一般的なモデルを作ることはできないことが分かった。
【0007】
(2)次に、結合の種類、すなわち単結合、二重結合、三重結合の長さの表現を考慮しなかったことに問題がある。分子軌道論からは一重結合はσ結合であり、二重結合はσ結合とπ結合が重なり合った結合であり、三重結合はσ結合と2個のπ結合が重なり合った結合と区別されている。原子対が様々でもそれらの結合の長さに何らかの共通性が存在するか否かはこれまで詳細には調べられたことがなかった。せいぜい同じ原子対の結合距離は三重、二重、単結合の順に長くなるということぐらいで、数値としては単結合、二重結合、三重結合の共有結合半径が区別されて求められている程度である。
【0008】
これまでのモデルでは形態的な区別は日の本合成モデルにはあるものの結合棒長に関しては特に言及されておらず、ブルースモデルに関しては形態も長さも考慮されていない。ポーリングの結合の種類による共有結合半径は最も優れ利用価値があると思われたが、例えば、(=C<)のような原子価の場合、炭素原子を球として表現はできない。さらに、それらの数値も種々の原子価状態を考慮した原子対結合距離の正確さの表現には不十分であり、これまで簡便かつ汎用的であって一義的に正確な分子構造モデル構成体が存在しなかった原因は以上の二点にあると言える。
【0009】
【目的】
そこで、本願発明に係る分子構造モデル構成体では、従来モデルの問題点に鑑み、分子構造解析により得られる原子間距離を2個の原子の球半径と1本の結合棒を組み合わせた合計長として表現し、(a)原子の球半径は元素単位ではなく原子価状態で区別して同元素であっても異なる半径を採用すると共に、(b)原子間の結合状態で区別した結合棒長を採用することにより、汎用性があり正確な分子構造として視覚化可能な分子構造モデル構成体を提供することを目的している。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記問題を解決するため、本願発明に係る分子構造モデル構成体は以下のように構成している。
すなわち、請求項1では、分子構造解析データにより得られる原子間距離を2個の原子の球半径と1本の結合棒を組み合わせからなる寸法値の合計長とし、原子の球半径については原子の原子価状態により原子種別を分類して寸法値を与えると共に、結合棒については原子間の結合次数により結合種別を分類して寸法値を与え、原子の球半径および結合棒の寸法値に対して各々同一係数を乗算して原子球と結合棒を視覚化したことを特徴とする。
本願発明では、分子構造解析データにより得られる分子構造中の一対の原子間距離を、2個の原子の球半径と1本の結合棒を組み合わせからなる合計長と捉えている。ここで、原子は単に元素毎に分類するのではなく、同元素であっても原子価状態により分類して、各々に対して寸法値を与えるのである。
また、結合棒は原子によって棒長を変えるのではなく、原子間の結合種別のみにより結合次数1の単結合、同2の二重結合、および同3の三重結合までの結合次数として原則3種類に分類し、さらに、結合次数が1.5や2.5の共役結合や共鳴混成体を含む概念として表現している。これは、原子種の球半径の大小と比較して、結合種別毎の結合距離は原子種が変わっても大きく変化しないから、結合種別のみを考慮した結合棒長を与えればよく、原子種の違いを考慮する必要性が低いことに基づくものである。こうして得られた寸法値に同一係数を乗算して、例えば1Åを1cmなどとして視覚化すれば、これら原子球や結合棒は分子構造モデルの構成体として分子構造模型の組み立てに利用したり、CG(コンピュータグラフィクス)に利用することができるようになる。
【0011】
請求項2では、請求項1における結合次数が1である単結合の結合棒の寸法値を水素分子の結合距離としたことを特徴とする。ここで、棒長の基準長である単結合棒長は結合距離範囲内で任意の数値を採り得るが、分子構造モデル構成体では水素原子を省略することも多く、実物の分子構造模型を考慮した場合も含め、単結合棒長は水素分子の結合距離に相当する数値である0.7Åとすることが、他の原子関連半径との兼ね合いからも好適であるためである。
【0012】
請求項3では、請求項2における結合次数n=1である単結合棒長L1=0.7Åとした場合に、結合次数n(n=1〜3)における結合棒長Lnと結合次数nとの関係を式1で表現したことを特徴とする。
式1:Ln=L1+0.01(n−1)(2n−15)
L1=0.7Åとした場合には、近似式として式1を用いることで、分子構造データの抽出数が少ない共役系(結合次数nが1.5や2.5の場合)や共鳴混成体の結合距離の決定と検証にも有効利用できる。
【0013】
請求項4では、請求項1から3記載における同一の原子種別や結合種別が複数存在する場合の寸法値を、加重平均値、相加平均値、中央値、最頻値のいずれかとしたことを特徴とする。分子構造解析データの中には局所的には同じ原子種対であっても、全体として異なる分子構造(隣接するα位の原子が同じでもβ位以降が異なるような場合)であれば当然異なる数値となる場合がある。その場合は元のデータの個数を考慮して、加重平均値、相加平均値、中央値、最頻値などから得られる代表値を採用し、全体として分子構造解析データの実測値と良く合う組合わせを求めることが必要となるからである。
【0014】
本モデルの構築方針は、分子構造解析により得られる原子間距離を2個の原子の球と1本の結合棒を組み合わせた合計長として表現し、(a)原子の球半径は元素単位ではなく原子価状態で区別して同元素であっても異なる半径を採用するとともに、(b)原子間の結合状態で区別した結合棒長を採用することで、汎用性のある一般解を決定することである。ここで強調したいのは既知のファン・デル・ワールス半径や共有結合半径の数値を利用するのではなく、既知の分子構造データから新たな解を求めていることである。
【0015】
そのため、できるだけ多く既知分子構造データの結合距離の実測値から(a),(b)の概念を基づいて統計的に原子球半径と結合棒長を決定する必要がある。最終的に得られた数値の組合わせができるだけ矛盾なく実測値に良く合うように調整しながらセットとしての原子球半径と結合棒長を求めることが重要である。ただし、これらの数値の組合わせを得るためには唯一つだけ任意の部品の数値を仮決定しなければならない。一番便利なのは一番多く用いられる単結合の結合棒長である。これが決まれば残りの数値は自動的に導かれる。以上による本モデルの製作方法の基礎は、(a)、(b)の概念、及び球半径または棒長の適切な確定である。この方法の特徴は新しい分子構造の実測値が出てくればそれらのデータを加えて統計的に計算し微調整をし、さらに正確さの増したモデルにできることである。
【0016】
[本モデルの構築概念]
最初に原子間距離の表現に必要なパラメータを考察すれば、第一の原子種の球半径、結合棒長そして第二の原子種の球半径であることは明白である。次にそれらをどの様に変化させて正確な原子間距離を表現しようとするかを考察すると、以下の3タイプに大別される。
(ア)原子の球半径は全て一定とし結合棒長を変える。(日の本合成樹脂モデル)
(イ)原子の球半径と結合棒長の両者を変える。(ブルースモデル)
(ウ)原子の球半径は各元素の原子価状態により半径を変え、原子間の結合棒長は結合状態により長さを変える。(本モデル)
【0017】
汎用性のある正確なモデルを作るためにどの様なタイプが良いか考察すると、先ず(イ)が一番限定的で汎用性が欠けると思われるが、実質的には(ア)も(イ)と同じである。球半径を一定にしても球と棒の合計長は種々の結合で変わるので、(ア)は(イ)の特殊形とも考えられ、両者とも汎用性のある正確性という目的のためには同等で不適切である。
【0018】
そこで、本モデルは(ウ)の方法を採用したわけであるが、先ず問題になるのは原子の球半径をどの様に決めたら良いかということである。当然、原子の共有結合半径の利用が考えられるが、図2にも示したように実測値との適合率があまり良くない。そのために本モデルの構築方針はこれまで概念としても存在しなかった(a)原子価状態を考慮した原子の球半径(b)結合の種類による結合棒長の両者を研究して求めることにした。ここで強調したいのは、既知のファン・デル・ワールス半径や共有結合半径の数値を利用するのではないことである。白紙の状態で既知の分子構造データから統計的に新たな解を求めるわけである。この方法の有用性はこのモデルがどれだけ実際の分子の原子間距離を正確に表現できるかを調べることで証明される。
【0019】
以下に本モデルによる原子の球半径等の決定過程を詳細に述べることにする。
1.既知の分子構造データ解析から原子価状態を考慮した原子種対毎に結合距離を収集整理する。全ての結合を種々の原子種対に分解すると原子種対の種類は理論的には2850種にもなる。本モデル構築において利用した実際の分子構造データは「化学便覧基礎編II改訂4版」(日本化学会編 丸善)によるものであるが、約650個の分子構造データにおける単結合の種類は180種、二重結合は59種、三重結合は10種であった。また、非金属元素の共有結合を調査した結果、原子価状態を考慮した原子種は75個であった。なお、利用可能な分子構造データは上記文献に限定されるものではない。
【0020】
2.原子の球半径または結合棒長の決定
前述したように、先ず一番多く用いられる単結合の結合棒長を決定することが好ましい。ここで、棒長の基準長である単結合棒長は結合距離範囲内で任意の数値を採り得るが、分子構造モデル構成体では水素原子を省略することも多く、実物の分子構造模型を考慮した場合も含め、単結合棒長は水素分子の結合距離に相当する数値である0.7Åとすることが後述する理由からも好適である。
【0021】
3.結合状態による結合棒長および原子価状態による原子の球半径の決定
単結合の結合棒長を決定すると、例えば−C−C−の実測値から−C−の原子種の球半径が求まる。次に、=C−C−の実測値から=C−の原子種の球半径が求まる。そうすると−C=C−の実測値から二重結合の結合棒長が求められるので、このような作業を続けて全体の数値の組合わせを求めていく。しかし、それらの中には局所的には同じ原子種対であっても、全体として異なる分子構造(α位の原子が同じでもβ位以降が異なるような場合)であれば当然異なる数値となる場合がある。その場合は元のデータの個数を考慮して、加重平均値、相加平均値、中央値、最頻値などから得られる代表値を採用し、再度全体を計算し直す作業を繰り返し、全体が実測値と良く合う組合わせを求めることが必要となる。
【0022】
また、単結合、二重結合、三重結合にそれぞれ一定の結合棒長を与えることはモデルを単純化し、一義的に組み立てられるようにする必要条件である。上述したように、本モデルでは先ず単結合棒長を決定して原子の球半径を求めている。これで種々の原子種の半径を求める過程で矛盾が出てくれば別な数値に変えて全体として実測値に良く合うようにしなければならない。さらに、この仮定から導かれた二重及び三重結合の棒長もそれぞれ一定として全体の調和を乱すことがないことも確認する必要がある。以上により決定した本モデルの原子の球半径および結合棒長の球棒寸法(原子球を「球」、結合棒を「棒」と省略。)を表1に示す。
【0023】
[結合状態による結合棒長の決定]
以下、本モデルの構築概念を図表および数式を用いてさらに詳述する。
本モデルでは、原子間結合距離を基準としているから、一つ部品の寸法を決めれば他の部品の寸法が決まる。表2と図3は、単結合棒長と球棒寸法値との関係を示す図表である。原子球2個に対して結合棒は1本であるため、原子の球半径は単結合棒長に対して傾きは−1/2となり、二重及び三重結合の棒長は単結合棒長よりも短かくなるから切片のみ異なるものとなる。本モデルを分子構造模型の実物として作製する場合は、球及び棒の寸法は負では表現できないので単結合棒長の取り得る範囲は、図3から三重結合が正となる0.18Åから水素h10が正となる0.7Åの範囲内であることが分かる。
【0024】
ここで、単結合棒長の基準長を0.7Å(原子球半径が負にならない最小値。)とした場合の原子iの基準原子球半径(単結合棒長が0.7Åのときの半径)をRisとすると、原子価状態を考慮した原子iの半径Riは、単結合棒長Llの関数として以下のように表現される。
Ri=Ris+ (0.7−L1)/2
【0025】
[原子価状態を考慮した原子種の半径の決定(1)]
以下に、単結合棒長L1=0.7(Å)として表1のc12の原子の球半径R(c12)の決定過程について説明する。表3から表6は本モデルの単結合原子間距離を実測平均値と比較した表であり、表7および表8は本モデルの二重結合原子間距離を実測平均値と比較した表であり、表9は本モデルの三重結合原子間距離を実測平均値と比較した表である。
(1)単結合距離を示す表3から表6および二重結合距離を示す表7と表8から、CやN等に関連した単結合と二重結合の双方を有する原子種に関する結合距離Diを抽出しておく。
(2)c12を含む単結合の結合距離は、CとC以外の原子種との結合距離から出た数値もすべて平均してc12の原子の球半径R(c12)を求めていく。
例えば、表4内1−60のc12c12から結合距離D60=1.455であって、抽出数n=47であるから、対称型の結合では原子の球半径R(c12)を以下のように表現できる。
R(c12)=(D60−L1)/2=(1.455−0.7)/2=0.378(Å)
【0026】
同様に、表4内1−61のc12c13から結合距離D61=1.512であって、抽出数n=59であり、表1のc13からR(c13)=0.415を用いて以下のように表現できる。
R(c12)=D61−L1−R(c13)=1.512−0.7−0.415=0.397(Å)
順次、R(c12)を求め最後にc12の球半径を加重平均値として得る(表1)。
R(c12)=Σ(R(c12)i×ni)/Σni=0.380(Å)
同様の手法により、R(n12)=0.344(Å)となる。
(3)最終的には種々の原子種間の結合距離から求まる原子半径に矛盾がないことを確認する。
【0027】
[原子価状態を考慮した原子種の半径の決定(2)]
続いて、単結合棒長L1=0.7(Å)として、表1のイオウs11と水素原子h10を例にした原子種の半径の決定方法について述べる。
(1)表3〜表6からs11を含む結合距離データを抽出しそれを結合距離Dsiとする(表10)。
(2)対称型の原子種の場合、例えば、1−165のs11s11ではDs165=2.015であり、Ds165から標準単結合棒長0.7Åを引いて2で割ることで半径R(s11)が求められる。
R(s11)=(Ds165−L1)/2=(2.015−0.7)/2=0.658(Å)
【0028】
(3)非対称な原子種の場合、例えば、1−85のc13s11ではDs85=1.820であり、Ds85から単結合棒長0.7Åと表1の原子半径R(c13)=0.415Åを引いて半径R(s11)が求められる。
R(s11)=Ds85−L1−R(c13)=1.820−0.7−0.415=0.705(Å)
(4)すべてのDsiからそれぞれの原子半径R(s11)を上記の方法で求め、それらの加重平均値をこの原子種の原子半径とする。
R(s11)=(ΣR(s11)i×ni)/(Σni)=0.674(Å)となる。
【0029】
(5)次に、表3〜表6から水素原子h10を含む結合距離データを抽出しそれをDhiとする(表11)。上例では、イオウs11の半径を求めるために水素原子半径R(h10)を0Åで計算している。ここでs11の原子半径の平均値をh10の原子半径を求めるために用いると1−26では、h10s11のDh26=1.336であるから、
R(h10)=Dh26−L1 −R(s11)=1.336−0.7−0.674=−0.038(Å)
となる。その他の多種の結合からのh10(H−)の原子半径R(h10)を求めて加重平均値を求めると、
R(h10)=(ΣR(h10)i×ni)/(Σni)=−0.004(Å)
となり、水素原子半径を0Åとしても問題のないことがわかる。このようにすべての原子種が関係するので原子半径の算出は新しいデータが出たらすべての原子種について何回か循環させて計算し、特定結合や原子種のみ良い一致を示すのではなくバランス良く適合する値を求める。
【0030】
[n次の結合棒長の決定]
また、本モデルでは単結合をn=1、二重結合をn=2、三重結合をn=3としたn次結合の棒長(Ln)をLn=L1+An(Aはn次に固有の定数でA1=0)として表現している。このように表現することで、π電子が非局在化した共役系(結合次数n=1.5やn=2.5等)へ適用する場合に、他のn次結合の棒長と共役系の棒長が整合性を有するか否かの検証を容易にする等の利益が生まれる。
【0031】
以下にLnおよびAnについて説明する。
(1)まず、c12を含む二重結合の結合距離を示す表7から、単結合距離との関連で二重結合の棒長を平均値として得る。
例えば、表7内2−13ではc12c12の結合距離Dc13=1.343で抽出数n=67であり、同2−15ではc12n12のD15=1.314で抽出数n=29となっている。一方、原子の球半径を示す表1から、R(c12)=0.380、R(n12)=0.344であるから
c12c12の場合のL2は、
L2=D13−R(c12)=1.343−2×0.380=0.583(Å)
c12n12の場合のL2は、
L2=D15−R(c12)−R(n12)=1.314−0.380−0.344=0.590(Å)となる。
【0032】
最後に単結合距離との関連で二重結合の棒長L2を加重平均値として得る。
すなわち、L2=Σ(L2i×ni)/Σniであるから
L2=(0.583×67+0.590×29)/(67+29)=0.585(Å)となる。
また、Ln=L1+Anであるから単結合棒長L1=0.7(Å)とすれば、
A2=L2−L1=0.585−0.7=−0.115となる。
同様の手法により表9と表1を用いて
L3=0.520(Å)
A3=L3−L1=0.520−0.7=−0.180と求めることができる。
【0033】
(2)得られたLnおよびAnと結合次数の関係から、nに対してのAnの値は、
An=0.01(n−1)(2n−15)
の近似式により非常に良く近似できるから、n=1〜3におけるLnと次数nの関係は、以下のように表現することも可能である。
Ln=L1+0.01(n−1)(2n−15) = 0.7 + 0.01( n− 1)(2 n− 15)
この式は、特に、分子構造データの抽出数が少ない共役系(結合次数nが1.5や2.5の場合。)の結合距離の決定と検証にも有効である。LnおよびAnと結合次数nの関係を表12に示した。なお、分子構造データの母集団が異なる場合やL1に異なる値を採用した場合、或いは加重平均値以外の値を採用したような場合には、上記とは異なる近似式によりn=1〜3におけるLnと次数nの関係が表現されることとなる。
【0034】
[本モデルと共有結合半径との関係についての考察]
ポーリングらによって求められている共有結合半径(L.Pauling ; The Nature of the Chemical Bond (Third Edition, Cornell University Press,1960))は本モデルにおいて結合棒長が0の場合に相当する。上述した関係式を利用して本モデル(Takamatsu;t)における原子iの共有結合(covalent bond;cb)半径Ritcbは、原子iの基準原子球半径Risにn次結合棒長Lnの1/2倍を加えた値と良い一致が見られる。
Ritcb(n)=Ris(n)+0.5Ln=Ris(n)+0.5L1+0.005(n−1)(2n−15)
【0035】
従って、単結合の共有結合半径は、
Ritcb(1)=Ris(1)+0.5L1=Ris(1)+0.35
二重結合の共有結合半径は
Ritcb(2)=Ris(2)+0.5L1−0.055=Ris(2)+0.295
三重結合の共有結合半径は
Ritcb(3)=Ris(3)+0.5L1−0.09=Ris(3)+0.26
で表される。
表13、図4は、本モデルによる共有結合半径Ritcb(n)とポーリング(Pauling;p)による共有結合半径Ripcb(n)を比較したものである。本モデルの値はポーリングの値より平均0.03Åほど小さいが標準偏差は0.05Åとかなり良く一致している。
【0036】
[本モデルとファン・デル・ワールス半径についての考察]
ポーリングによるとファン・デル・ワールス半径とはファン・デル・ワールス型の引力と原子間の反発力とがつりあった状態の原子の半径を指し、弱い結合のために単結合の共有結合半径より0.75Åから0.8Å程大きい値になる。ポーリングとボンディ(A.Bondi,J.Phys.Chem.,68, 441〜451(1964))によるファン・デル・ワールス半径を表14に示した。なお、ボンディ(Bondi;b)による炭素原子のファン・デル・ワールス半径1.70Åは、ベンゼンの厚さの実測値を基にしているが、ポーリングはその値をファン・デル・ワールス半径として採用していない。
【0037】
本モデルの共有結合半径よりも0.85Å程度大きい値がファン・デル・ワールス半径になる。従って、本モデルの原子iにおけるファン・デル・ワールス半径Ritvdwと本モデルの単結合の共有結合半径Ritcb(1)は、以下の関係式と良い一致が見られる。
Ritvdw=Ritcb(1)+0.85=Ris+1.2
表14と図5は、本モデル(Ritvdw)とポーリング(Ripvdw)およびボンディ(Ribvdw)によるファン・デル・ワールス(van der Waals;vdw)半径を比較したものであり、ボンディのSe以上の元素で多少合わないがポーリングの値とは良く一致していることが分かる。
【0038】
[本モデルとイオン半径についての考察]
本モデルで調べた非金属元素に関して、ShannonとPrewittによる実測値(R.D.Shannon, C.T.Prewitt, Acta Crystallogr., B25,925〜946(1969)、R.D.Shannon, Acta Crystallogr., A32,751〜767(1976))を基に求めたイオン半径から抜き出して表15に示した。ただし、マイナスイオン半径では各元素の最大値を採用し、プラスイオン半径では各元素の最小値を採用した。イオン半径では、本モデルの基準原子球半径および単結合棒長を用いて以下の関係式とよい一致が見られる。
原子iのマイナスイオン半径をRit−iとすると
Rit−i=Ris(1)+1.5L1=Ritcb(1)+L1
原子iのプラスイオン半径をRit+iとすると
Rit+i=Ris(1)−0.5L1=Ritcb(1)−L1
【0039】
これらの関係式から求めた本モデルと従来モデルにおけるイオン半径の比較図を図6に示す。本モデルの計算値と従来モデルであるShannon/Prewittによる値を比較すると、プラスイオン半径およびマイナスイオン半径の双方において、本モデルの計算値とShannon/Prewittの値とは概ね良い一致を示し、簡単な式でイオン半径の良い近似値が求められる。
【0040】
[本モデルによる水素結合についての考察]
水素結合に関しては準共有結合と考えられていたが、現在では一種の静電相互作用であるとみなされている。これまでは水素結合半径は特に提唱されていないが、他の結合半径と同様な定義をすれば、(原子a)−(水素H)・・(原子b)の結合距離Dh(a−b)から、原子aの原子球半径と単結合棒長L1を引いたものを原子bの水素結合半径として求める。水素結合(hydrogen bond;hb)半径はマイナスイオン半径に近いと思われたがそれより幾分大きく、本モデルでは水素原子に水素結合した原子bの水素結合半径Rbhbは、基準原子半径Rbsに対して1.55Åを加えた値とよい一致が見られる。
Rbhb=Rbs+1.55
【0041】
また、基準の単結合棒長L1=0.7Åとしたときの他の半径との関係式を示す。
表16と図7は、本モデルによる水素結合距離Rthbと実測値による水素結合半径Rbhbを比較したものである。実測値による水素結合距離のデータは、Pimentel(C. C. Pimentel, A. L. McClellan, ”The Hydrogen Bond”, Freeman(1960))およびKuleshova(L. N. Kuleshova, P. M. Zorkii, Acta Crystallogr., B37, 1363−1366(1981))によるものであり、水素結合は弱い結合であるために結合距離はばらつくものの本モデルの関係式でかなり良く表現できることが分かる。
【0042】
[本モデルと以上の種々の半径との関係のまとめ]
本モデルは、分子構造データに基づいてより正確な分子構造を表現することが主眼であるが、上述した関係式により共有結合、ファン・デル・ワールス半径、イオン結合及び水素結合半径も表現できることが分かった。図8には、本モデルと原子関連半径との相対的な関係を示した。これらの関係には単結合を0.7Å程度にした本モデルの基準の原子球半径とn次結合棒長しか必要としない。
【0043】
さらに、重要なことは本モデルにおいて共有結合半径、単結合棒長は任意に決めても表現できるが、他のファン・デル・ワールス半径及びイオン半径等では単結合棒長を水素分子結合距離程度とすることで矛盾することなく表現できる。このことは結合に関与する電子雲の半径は元素にかかわらずほぼ一定であることを示しているように思われる(共有結合の場合は水素分子結合距離の1/2)。
【0044】
従って、本モデルの単結合棒長は共有結合の表現には0.18Åから0.7Åまでの範囲で任意にとってもかまわないが、本モデルが他の結合の表現もできる汎用性のある分子構造モデル構成体とするには単結合棒長は水素分子結合距離程度である0.6〜0.7Åとすることが最適である。
なお、本願発明の分子構造モデル構成体では、公知の分子構造模型における原子球構造および結合棒を採用可能であり、多様な結合角にも無理なく対応可能できる。本願発明を分子構造模型として表現して実際に組立てる場合を考えると、元素とその原子価状態を考慮して球を選択し、次に結合種類により棒を選択し、これを次々繰り返して分子模型を製作すれば、球棒の選択に曖昧さは無く一義的に組立て可能である。
また、VRML (Virtual Reality modeling Language)を用いて記述した分子構造表示ソフトウェアとしてはMOLDA(広島大学理学部化学科 吉田 弘)等があるが、やはり原子球半径にはファン・デル・ワールス半径を用いている。これに替えて本願発明による球棒寸法と共有結合、ファン・デル・ワールス半径、イオン結合及び水素結合半径との関係式を用いることで、簡単に様々な結合状態をVRMLビューア等で表示して視覚化できる。
【0045】
【発明の実施の形態】
以下に本願発明にかかる分子構造モデル構成体(以下、「本モデル」と省略。)において単結合棒長を0.7Åとした場合の具体的な実施形態例について説明する。
表1は、本モデルによる結合棒長および原子の球半径を示す表である。
本実施形態例で利用した「化学便覧基礎編II改訂4版」(日本化学会編 丸善)による約650個の分子構造データの実測値では、単結合の種類が180種、二重結合が59種、三重結合が10種であった。また、非金属元素の共有結合を調査した結果、原子価状態を考慮した原子種は75個であった。
【0046】
図2は、本モデル及び従来モデルの原子間距離と実測値との誤差を示す図である。本モデルの原子間距離は表1の原子種の球半径及び結合種の結合棒長から求めており、比較参照のために簡便な共有結合半径から求めた従来モデルの計算値との差異割合も示したが違いは明らかである。単純な共有結合半径からのモデルでは8.8±10.2%の実測値との差異が出てくる。一方、本モデルでは−0.5±4.1%の違いである。差異が10%以下の原子種対の割合は本モデルで約96%、単純な共有結合半径モデルでは約61%である。差異が5%以下の原子種対の割合は本モデルが約91%、単純な共有結合半径モデルでは約44%である。このように正確性という点からは本モデルは従来にない概念及び手法を用いて目的を達成したと言える。
【0047】
また、一例として図9には、本モデルによる−C−原子種と他の原子種との結合距離を分子構造データ実測値との比較図を示した。結合棒長を0.7Åとして表現したものであるが、本モデルを利用して分子構造モデル構成体を製作した場合、ほとんど誤差範囲で正確な模型を組み立てられることが分かる。
さらに、原子種の球半径の違いは原子種の電子雲の大きさをある程度現しているため、本モデルの有用性として原子の球半径を一定にした従来モデルより分子の大きさを良く表現できる。図10には本モデル(a)と従来モデル(b)におけるフッ素およびヨウ素分子を示した。特にヨウ素分子モデルでは、球半径を一定にした従来モデルと本方式によるモデルとではかなり様子が異なる。本モデルは電子雲の広がりを示すファン・デル・ワールス半径を表現するものではないが、単なる結合距離を示すだけのモデルよりは分子の大きさをある程度正確に視覚化できるモデルになっている。
【0048】
【効果】
以上述べたように、本願発明に係る分子構造モデル構成体では、分子構造解析により得られる原子間距離を2個の原子の球と1本の結合棒を組み合わせた合計長として表現し、(a)原子の球半径は元素単位ではなく原子価状態で区別して同元素であっても異なる半径を採用するとともに、(b)原子間の結合状態で区別した結合棒長を採用することで汎用性のある一般解として決定しており、ファン・デル・ワールス半径や共有結合半径の数値を利用するのではなく、既知の分子構造データから新たな解を求めているため、実際の分子構造に極めて近い忠実な視覚化が可能である。
【0049】
特に、本願発明では、まず既知の分子構造データから単結合棒長を決定し、それから実測値を基に導かれる原子価状態を考慮した原子の球半径を求めて各原子種の基準半径としている。また、二重及び三重結合の棒長も簡単な二次関数で表現しており共役構造を有する分子にも容易に適用可能である。さらに、これらの球と棒の値から共有結合半径、ファン・デル・ワールス半径、イオン半径及び水素結合半径を簡単な一次関数で表現できる。従って、原子球半径にファン・デル・ワールス半径を用いたVRML分子構造表示ソフトウェアであるMOLDA等に替えて、本願発明による球棒寸法と関係式を用いることで簡単に様々な結合状態を視覚化することもできる。また球棒モデルから空間充填型モデルヘの変換も容易である。加えて、水素結合は生物化学では重要な意味を持つがこれを含んだ分子の立体構造の作製にも大変有用である。
【0050】
さらに加えて、本願発明を分子構造模型として表現して実際に組立てる場合を考えると、元素とその原子価状態を考慮して球を選択し、次に結合種類により棒を選択し、これを次々繰り返して分子模型を製作すればよく、球棒の選択に曖昧さは無く一義的である。種々の原子種を現す球の種類が多くなるが、化学的な多様性を表現する際に違いを無視した単純化はかえって分りにくくなるので好ましくない。本願発明では、元素の原子価状態の違いにより球半径が異なり、かつ結合状態の違いにより棒長が異なっているので、間違うこと無く一義的に組立てが可能である。
従って、カーボンナノチューブやC60のような構造でもほぼ忠実に再現して視覚化でき、その教育的および産業的効果は極めて顕著である。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】
【表6】
【表7】
【表8】
【表9】
【表10】
【表11】
【表12】
【表13】
【表14】
【表15】
【表16】
【図面の簡単な説明】
【図1】炭素Cにおける(a)原子価状態例、(b)結合種別による略記号例の説明図である。
【図2】本モデル及び従来モデルの原子間距離と実測値との誤差を示す図である。
【図3】単結合棒長と球棒寸法値との関係を示す図である。
【図4】本モデルと従来モデルにおける共有結合半径の比較図である。
【図5】本モデルと従来モデルにおけるファン・デル・ワールス半径の比較図である。
【図6】本モデルと従来モデルにおけるイオン半径の比較図である。
【図7】本モデルと従来モデルにおける水素結合距離の比較図である。
【図8】本モデルによる各種半径との相対的な関係を示す図である。
【図9】本モデルによる−C−原子種と他の原子種の結合関係を示す概念図である。
【図10】本モデルと従来モデルにおけるフッ素分子およびヨウ素分子を示す説明図である。
Claims (4)
- 分子構造解析データにより得られる原子間距離を2個の原子の球半径と1本の結合棒を組み合わせからなる合計長とし、
原子の球半径については原子の原子価状態により原子種別を分類して寸法値を与えると共に、
結合棒については原子間の結合次数により結合種別を分類して寸法値を与え、
原子の球半径および結合棒の寸法値に対して各々同一係数を乗算して原子球と結合棒を視覚化したことを特徴とする分子構造モデル構成体。 - 結合次数が1である単結合の結合棒の寸法値を水素分子の結合距離としたことを特徴とする請求項1記載の分子構造モデル構成体。
- 結合次数n=1である単結合の結合棒の寸法値L1=0.7Åとしたとき、結合次数nにおける結合種別毎の結合棒の寸法値Lnと結合次数nとの関係を式1で表現したことを特徴とする請求項1記載の分子構造モデル構成体。
式1:Ln=L1+0.01(n−1)(2n−15) - 同一の原子種別や結合種別が複数存在する場合の寸法値を、加重平均値、相加平均値、中央値、最頻値のいずれかとしたことを特徴とする請求項1から3記載の分子構造モデル構成体。
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