JP3595120B2 - 物質特定システム - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、物質の存在を検出するセンサおよび該センサを搭載した物質特定システムに関する。
【0002】
【従来の技術】
今日、環境中には、天然物や人工的に合成された多数の物質が存在しており、新たに合成され、環境中に放出される物質の数は益々増大している。環境中の物質の中には、生体や細胞等に作用して特定の機能を阻害したり、該生体や細胞等を死に至らしめる物質(広義の毒物)、例えば、水道水や地下水中に含まれるトリハロメタン、シアン、カドミウムや、大気中に含まれるダイオキシン等が多数存在している。
【0003】
ところで、環境中の物質の存在は、例えば、以下のような方法で検出されてきた。すなわち、浄水場において、水道水として供給される原水中に含まれるトリハロメタンやシアンを検出する場合には、原水を連続的に供給した水槽でモルミルス等の魚を飼育して魚の動きを画像解析し、魚の異常行動を確認することによって、原水中におけるトリハロメタンやシアン等の存在を検出する。また、原水中に硝化細菌の同化物質となるアンモニア等を一定量添加した後に、該原水を、硝化細菌を電極表面に固定化した酸素センサと接触させ、硝化細菌の代謝活性を溶存酸素濃度の減少量から見積もり、代謝活性の低下を確認することによって、原水中におけるトリハロメタンやシアン等の存在を検出する。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、生体を用いた方法では、ほぼリアルタイムで物質の検出ができるものの、該生体の機能を阻害しない物質については全く検出することができないという問題があった。
【0005】
また、生体に対する物質の作用は、多くの場合、種および細胞特異性が認められることから、例えば、魚等に物質が何ら影響を与えない場合には、物質が存在するにもかかわらず、該物質を検出することができないという問題があった。
【0006】
さらに、生体には種々の物質が影響を与えるため、魚等の挙動に変化が認められた場合にも、該物質の種類や存在量を特定することができないという問題があった。
【0007】
本発明は、上記従来例に鑑みてなされたもので、物質を連続的に検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能なセンサを提供することを目的とする。
【0008】
また、物質を連続的に検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能な物質特定システムを提供することを目的とする。
【0009】
本発明に係るセンサは、水溶液中に形成される、物質と相互作用を示しイオンチャンネルを含まない脂質二重膜と、前記脂質二重膜の膜情報を電気的に検出する手段とを有することを特徴としている。
【0010】
本発明に係るセンサによれば、物質と相互作用を示す膜の情報を獲得することにより、物質との相互作用より生じる膜の変化を観測できるので、物質の存在を検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能となる。
【0011】
本発明に係る物質特定システムは、水溶液中に形成され、トリクロロエチレン、cis−ジクロロエチレン、サルモネラ内毒素およびジフテリアトキシンから選ばれる測定物質と相互作用を示しイオンチャンネルを含まない平面状の第1の脂質二重膜と、第1の脂質二重膜の膜情報を電気的に検出する手段とを有する第1のセンサと、水溶液中に形成され、測定物質と相互作用を示しイオンチャンネルを含まない平面形状の第2の脂質二重膜と、第2の脂質二重膜の膜情報を電気的に検出する手段とを有する第2のセンサと、あらかじめ得た、第1および第2の脂質二重膜と測定物質との相互作用による第1および第2の脂質二重膜の変化を示す情報を格納したデータベースと、第1および第2のセンサから検出した膜情報と、データベースに格納された第1および第2の脂質二重膜の変化を示す情報とを比較して測定物質の存在を検知する手段とを有し、測定物質がトリクロロエチレン若しくはcis−ジクロロエチレンであるとき脂質二重膜がジミストイルホスファチジルコリン、レシチン、コレステロールおよびジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンから選ばれる脂質で構成され、測定物質がサルモネラ内毒素であるとき脂質二重膜がリピドAで構成され又は測定物質がジフテリアトキシンであるとき脂質二重膜がスフィンゴミエリン、コレステロールおよびリン脂質から選ばれる脂質から構成されることを特徴としている。
【0012】本発明に係る物質特定システムは、前記センサが獲得した膜の情報から前記物質の存在を検知する手段を具備するので、物質の存在を検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能となる。
【0013】
はじめに、本発明の概念について詳述する。
【0014】
生体に対し何らかの作用を示す物質は、換言すれば、生体を構成する「細胞」に対し何らかの作用を示す物質である。したがって、細胞に対し何らかの作用を示す物質は、細胞の備えた「細胞膜」と、何らかの相互作用を示すと考えられる。ここで、相互作用とは、膜と物質とが互いに何らかの影響を及ぼしあうことを示しており、膜への物質の接着や吸着、膜内への物質の取り込み、および膜を物質が透過する現象等が生じる機構を意味している。そこで、人工的に作製した膜(人工膜)を、例えば、電極の表面に装着し、該電極を通じて膜の情報を獲得することにより、膜と相互作用を示す物質の存在をリアルタイムで検出することが可能となるのである。すなわち、物質との相互作用により変化する膜の情報、例えば、膜電位、電気容量、イオンの透過性、発光、発熱および吸熱等を獲得し、物質との相互作用の前後の出力値の差から、物質の存在を判定できるのである。また、物質の種類や量の決定については、例えば、以下のようにして決定することができる。
【0015】
一般に、細胞膜は、リン脂質を主成分とする脂質二重膜に蛋白質や糖等の分子が取り込まれたり、表面より蛋白質や糖等の分子の一部が突出するように構成されている。したがって、本発明の膜は、例えば、細胞膜を模倣し、脂質膜や他の高分子膜に対し物質と作用する各種の蛋白質または糖等の分子を配合することにより人工的に作製することができる。なお、物質の種類によっては、脂質膜と相互作用を示す場合もあるので、物質と作用する物質を配合することは必須条件ではない。また、ポリマーを素材とした中空糸膜を用いることも可能である。そして、膜の作成に際し、脂質、蛋白質および糖等の種類や量、更には、膜の作製方法等を変化させて組み合わせることにより、任意の物質の存在や量を判定できるセンサを得ることができる。このとき、物質と相互作用した場合に獲得される膜の情報、例えば、物質の種類および量に応じて膜の電位がどのように変化するかを予め求めておけば、実際に膜より獲得された情報を基に、物質の種類および量を容易に決定することができる。
【0016】
次に、本発明のセンサについて詳述する。
【0017】
本発明において、センサを構成する膜は、上述したように、脂質、蛋白質および糖を有する細胞膜を模倣した膜、脂質のみから構成される膜およびポリマーを素材とした中空糸膜等を挙げることができる。細胞膜を模倣した膜、脂質のみから構成される膜は、(1)単分子膜、(2)平面二重層、(3)リポソームまたは小胞に分類することができ、本発明においては、いずれの膜を用いることも可能である。図12は、細胞膜を模倣した膜の一例を概念的に示した図であり、液状のリン脂質二重膜120の中に球状の膜蛋白質121が種々の形で埋まっていて、これらはリン脂質二重膜120の中を自由に移動することが可能である。ところで、脂質二重膜は莫大な数の脂質分子が集合して構成されており、そこには統計熱力学的な現象が観察される。すなわち、脂質二重膜は、温度変化により相転移を示し、例えば、ジパルミトイルホスファチジルコリンは、低温での結晶相から、ゲル相、リップル相、流動相へと変化し、この相転移にともなって脂質二重膜の物性は大きく変化する。例えば、脂質分子や蛋白質分子の拡散定数は相転移にともなって数十倍、時には数百倍も大きくなる。したがって、本発明においては、用いる脂質二重膜の相転移点を把握しておき、物質を検出するに際しては測定時の温度を把握しておくことが重要である。細胞膜を模倣した膜において、膜の主成分は蛋白質と脂質であり、また、糖蛋白質や糖脂質を導入することができる。このとき、蛋白質と脂質の相対比は任意に制御することが可能であるが、一般的には、乾燥重量で蛋白質を20%−80%の範囲に制御する。また、膜蛋白質は、一般に生化学的な活性を示す物質であり、それぞれの膜系において特異的な物質との相互作用を示す物質である。膜蛋白質は、疎水性領域が膜脂質の疎水性脂肪酸側鎖と整合するように相互作用するので、膜脂質の厚さに依存して変形するが、この変形が膜蛋白質の活性を変動させることから、活性に最適な膜脂質分子種を選択することが望ましい。さらに、膜蛋白質は、疎水結合や静電的相互作用等の非共有結合により脂質二重膜と結合することになる。ここで、膜蛋白質と脂質二重膜との結合方式は、例えば、図13に模式的に示した様式をとることができ、膜蛋白質130の脂質二重膜131に埋め込まれている部分は、αヘリックス構造をしていると推測される。膜蛋白質は、検出する物質に対応させて適宜選択することができ、各種の抗体や抗原、リガンドと結合する各種のレセプターおよび酵素等を挙げることができる。
【0018】
さらに、脂質は、二重膜層を形成して蛋白質を結合させる機能をも有しており、例えば、リン脂質、リゾリン脂質、グリコシルジアシルグリセロール、プラズマローゲン、スフィンゴミエリンおよびステロールを挙げることができ、糖脂質としては、スフィンゴリン脂質、グリセロ糖脂質およびスフィンゴ糖脂質等を挙げることができる。また、中空糸膜を用いる場合には、孔径の大きさを検出する物質にあわせて選択することができるが、一般的には、0.1〜5.0μmの範囲に制御されることが望ましい。また、中空糸膜の成形に用いられるポリマーとしては、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアクリロニトリル、セルロースアセテート、ポリアミドおよびポリフッ化ビニリデン等を挙げることができ、さらに、中空糸膜の細孔には生体膜を模倣した膜を配置することもできる。また、中空糸膜に上記蛋白質を固定化することもできる。なお、中空糸膜は、例えば、熱誘導相分離法、蒸発誘導相分離法および拡散誘導相分離法を用いて製造することができる。さらに、細胞膜を模倣した膜を製造する方法としては、例えば、用途に応じて、適当な脂質および物質と作用を示す蛋白質や糖脂質、適当な界面活性剤の適当量を含む水溶液を調製し、緩衝液中で、微小シリンジを用いて該水溶液の一定量をテフロン製の膜(中央に直径1mm程度の孔が空いている)に注入する。すると、テフロン膜の孔の部分に脂質二重膜が再構成され、同時に、物質と作用を示す蛋白質や糖脂質等も脂質二重膜内に取り込まれて膜が形成される。また、上記脂質と物質と作用を示す蛋白質や糖脂質のクロロホルム溶液を緩衝液の表面に展開し、LB膜形成装置を用いて脂質単分子膜として電極などの担体表面に膜を再構成することも可能である。さらに、上記クロロホルム溶液を硝子製のフラスコ中に収容して該フラスコ内で溶媒を回転除去(エバポレーション)し、該フラスコ内壁に脂質膜を形成した後、緩衝液を入れて一定温度以上まで上昇させ、次いで、強く攪拌したり、あるいは超音波を照射することでリポソームと呼ばれる脂質膜を形成することもできる。さらに、リポソームの懸濁液を適当な孔径を有するメンブランフィルタに通すと、メンブランフィルタ内の細孔に脂質等の分子がパッキングされるので、このメンブランフィルタを膜として用いることも可能となる。
【0019】
また、本発明において、物質とは、膜と上記相互作用を示すものであれば、特に限定はされず、例えば、膜に直接作用するブドウ球菌α毒素、腸炎ビブリオ耐熱性毒素、ウェルシュ菌αおよびθ毒素、ヘビ毒およびハチ毒等の生物毒、トリクロロエチレン(TCE)、ポリ塩化ビニル(PVC)、PCBおよびダイオキシン等の有機塩素化合物、各種の抗体や抗原、レセプターと結合する各種のリガンド、カリウム、リチウム、カルシウム、ナトリウム等のイオンおよび膜と融合するウイルス粒子そのものまで、広範囲にわたり挙げることができる。これらの物質を検出するにあたっては、上述したように、抗原抗体反応のように特異性の大きなものから、ほぼ全ての脂質二重膜と作用を示すものまで、多くの作用機序が存在することから、検出する物質に合わせて、膜の構成を適合させることが必要である。
【0020】
また、膜の情報としては、膜電位、膜表面電位、電気容量、伝導度、抵抗率、膜より生じる光および膜の流動性等を挙げることができる。これらの情報を獲得することにより物質の存在を検出できる理由について、以下に一例を示して説明する。図14は、脂質二重膜を通過する極性・非極性溶質に対する自由エネルギー障壁の形を示した図である。物質が脂質二重膜141を通過するには、(1)境界面の抵抗または自由エネルギー障壁にうちかって膜の中に入り、(2)脂質二重膜141内を拡散し、(3)再び境界面でのあらゆる抵抗にうちかって脂質二重膜141の反対側に出なければならない。このとき、脂質二重膜の構成に大きな乱れが生じ、上記膜の情報が大きく変化することから、膜の情報をモニタすることで物質の存在を検出することができるのである。また、物質との相互作用によって、膜に透過孔が形成される場合があり、例えば、単一ペプチドであるコリシンは、膜の中で電圧に感受性のゲートを持つ非選択的なチャネルを形成する。したがって、膜の情報をモニタすることで、コリシン等の物質の存在を検出することができるのである。また、膜の情報を獲得する手段としては、上記情報を膜より抽出できる構成を備えたものであれば何ら限定されるものではない。例えば、膜電位を測定する場合には、膜を介して電極を配置して測定する方法、スピン標識したEPRプローブを用いる方法およびメロシアニン、オキソノール、シアニン系色素等の光学プローブを用いる方法を適用した各種の機器を挙げることができ、また、膜の流動性を測定する場合には、蛍光プローブやスピンプローブの分光学的性質から導かれるパラメータによって膜の流動性を定量化する方法を適用した各種の機器を挙げることができる。
【0021】
次に、本発明に係る物質特定システムについて詳述する。一般に、物質との相互作用により膜から獲得される情報は、膜の構成が同一の場合、物質の種類および存在量により微妙に異なっている。したがって、各種の物質のそれぞれ、およびそれらの物質を組み合わせた場合について、ある構成を備えた膜との相互作用によって獲得される情報を予め収集しておき、実際に獲得された情報と予め収集した情報とを照らし合わせれば、物質の存在および存在量を容易に検出することができる。また、物質との相互作用により膜から獲得される情報は、物質または複数の物質の組み合わせおよび存在量が同じであり、かつ同一種の情報であっても、膜の構成により微妙に異なっている。したがって、複数種の膜に対し、各種の物質のそれぞれ、およびそれらの物質の組み合わせについて、それぞれの物質の存在比および存在量を変化させた場合について、各膜との相互作用によって獲得される情報を予め収集しておき、実際に複数種の膜から獲得された情報と予め収集した情報とを照らし合わせて評価すれば、物質の存在および存在量を容易に検出することができる。この場合、複数種のセンサを用いることから、物質の検出および定量性の精度がさらに向上する。図15は、膜の構成のみが異なるセンサ151a−151cを用いて、物質Aを検出した場合および物質Bを検出した場合に、膜152a−152cから獲得される情報(ここでは、膜電位)を示した図である。図15に示したように、物質が異なると、同じセンサを用いた場合であっても獲得される情報は異なっている。また、同一の物質であっても、存在量が異なれば獲得される情報は異なっている。したがって、これらの情報を予め収集しておけば、高い精度で、物質の存在および存在量を検出することができる。また、抗原抗体反応や酵素反応のように、特異性が高い反応を用いてのみ物質を検出する場合には、獲得された情報より物質の存在が容易に確認できることから、特に、物質の存在量についての情報を予め収集しておくだけでよい。なお、膜は、1つの物質のみと相互作用を示すように構成してもよいし、複数の物質と相互反応を示すように構成してもよい。さらに、獲得された情報を評価する方法としては、例えば、図15に示された各情報の波形(パターン)をそれぞれ比較したり、予め作成された各情報の波形(パターン)のデータベースを参照することにより物質の存在および存在量を判定するようにしてもよいし、各情報のピークのみを比較することにより物質の存在および存在量を判定するようにしてもよく、例えば、上記方法が適用されたものであれば、獲得された情報を評価する手段として用いることができる。また、各情報を合成する等により該情報を加工し、加工された情報に基づいて、物質の存在および存在量を検出するようにしてもよい。
【0022】
また、本発明に係るセンサおよび物質特定システムは、血液検査等の臨床検査、食品の鮮度の測定、地下水、河川および海洋等の環境中に存在する物質の検出等のいかなる用途に対しても適用することができるが、生体にセンサを配置して、例えば、血糖値を検出したり、環境中にセンサを配置して、例えば、ダイオキシン等の変異原を検出すするために、リアルタイムで膜より情報を獲得する場合には、該情報をセンサの配置された原位置より発信し、この発信された情報を特定の場所において受信するように構成すれば、センサの配置に関する制約を受けることなく、物質を検出し、物質の種類や存在量を連続的に特定することが可能となる。さらに、本発明に係るセンサおよび物質特定システムは、膜の定常状態からの変化を観測することにより、ほぼリアルタイムで膜より情報を獲得することができるが、生物(生体)を適用していないことから、生物の恒常性を保つための同化物質を投与したり、周囲の環境を常に一定に保つ等のメンテナンスを全く必要としないことはいうまでもない。
【0023】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
(参考例1)
はじめに、シアノバクテリアより、ゾーン遠心分離および等密度遠心分離を用いて細胞膜画分を調製し、該細胞膜画分に対し、重量比で30%のコレステロールを添加して第1の溶液を調製した。次に、第1の溶液1mLを1% トライトンX−100の4mLに溶解して第2の溶液を調製し、図1(a)に示すように、該第2の溶液の50μL程度をシリンジ101を用い、水中でテフロン(登録商標)ビーカ102の備えた細孔103に静かに乗せ1時間室温に放置することにより、シアノバクテリアの細胞膜成分を含む脂質二重膜104がテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔103に再構成された。次に、図1(b)に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mMリン酸緩衝液(pH6.8)を供給し、脂質二重膜104の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に1mMのシアン化ナトリウム溶液100μLを添加して(該シアン化ナトリウム溶液は最終的に約500倍に希釈された)膜電位を測定した。その結果、膜電位は、図2の(a)に示したように変化し5mV付近で一定となった。次に、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納されたシアン化ナトリウム溶液の添加された緩衝液に、再度、1mMのシアン化ナトリウム溶液100μLを添加したところ、図2の(b)に示したように再び、脂質二重膜104の膜電位が変化し10mV付近で一定になった。一方、シアン化ナトリウム溶液の代わりに、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に1mMの塩化ナトリウム溶液を100μL添加したところ、図2の(c)に示したように膜電位の変化はほとんど観測されなかった。
【0025】
したがって、本参考例においては、シアンイオンを特異的に検出することが原理的に可能であることが示された。なお、脂質二重膜104の代わりにシアノバクテリアの細胞膜成分を含まない脂質二重膜(ホスファチジルコリンとコレステロールから構成された膜)を用いた場合には、シアンイオンの濃度に関係なく膜電位の変化はほとんど観測されず、ほぼ一定の膜電位が観測されたことから、検出する物質によって膜の構成の設定が必要であることが確認された。
【0026】
(参考例2)
参考例1と全く同様の構成により、トリクロロエチレン(TCE)の検出を試みた。すなわち、シアン化ナトリウム水溶液の代わりに、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に10ppmのTCE溶液を、該TCEの添加量を変動させて添加し、脂質二重膜104の膜電位の変化を測定した。その結果、脂質二重膜104の膜電位は、シアノバクテリアの細胞膜成分が含有しているにもかかわらず、図3の(a)に示したように、TCEの添加量の増大に伴って大きくなるように変化した。また、脂質二重膜104の代わりにシアノバクテリアの細胞膜成分を含まない脂質二重膜(ホスファチジルコリンとコレステロールから構成された膜)を用いた場合には、膜電位の変化量は、図3の(b)に示したように、脂質二重膜104における膜電位の変化量と比べより大きかった。
【0027】
したがって、同一の構成を備えたセンサにおいて、物質の種類が異なる場合には、物質と膜との相互作用に相違がみられ、獲得される情報にも違いがあることが確認された。
【0028】
(参考例3)
参考例1と全く同様の構成により、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に、10mMのシアン化ナトリウム水溶液および10ppmのTCE溶液を順に添加し(最終的に、それぞれ500倍に希釈された)、脂質二重膜104の膜電位の変化を測定した。その結果、脂質二重膜104の膜電位は、図4に示したように、各々の物質に対応するように変化することが確認された。また、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に、10mMのシアン化ナトリウム水溶液および10ppmのTCE溶液を予め混合した混合溶液を添加し、脂質二重膜104の膜電位の変化を測定したところ、脂質二重膜104の膜電位は、図5の実線に示したように、各々の物質に対応する変化が加算された変化を示すことが確認された。
【0029】
したがって、脂質二重膜104は、シアン化ナトリウムおよびTCEの双方と、それぞれ独立して相互作用を示すことが確認された。
【0030】
(参考例4)
参考例1と全く同様の構成により、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に、TCEを含有した地下水を添加し(最終的に、10倍に希釈された)、脂質二重膜104の膜電位の変化を測定した。その結果、同一の地下水中のTCEをガスクロマトグラフにより検出した結果と脂質二重膜104の膜電位の変化とを対応させたところ、脂質二重膜104の膜電位の変化は、ガスクロマトグラフの結果と非常に整合性が高いことが確認された。なお、図6に示したように、本参考例に係るセンサは、測定開始後、少なくとも半年間にわたり安定して動作しつづけたことが確認された。
【0031】
(参考例5)
はじめに、シアノバクテリアより、ゾーン遠心分離および等密度遠心分離を用いて細胞膜画分を調製し、該細胞膜画分に対し、重量比で30%のコレステロールを添加して第1の溶液を調製した。次に、第1の溶液1mLを1% トライトンX−100の4mLに溶解するとともに、ジチオピリジル基を導入したジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DTP−DPPE)を膜中に5mol%含有されるよう添加して第3の溶液を調製し、図1(a)に示すように、該第3の溶液の50μL程度をシリンジ101を用い、水中でテフロン(登録商標)ビーカ102に備えた細孔103に静かに乗せl時間室温に放置することにより、DTP−DPPEを5mol%含有したシアノバクテリアの細胞膜成分を含む脂質二重膜がテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔103に再構成された。次に、ダイオキシンに対するモノクローナル抗体を架橋剤(SPDP)により上記脂質二重膜の表面に固定化した。一方、通常の大気(1Nm3、1ngのダイオキシン類を含有)を10mLの水を入れたカラムに通して1時間にわたり循環しておき、該水の1mLを、参考例1と同様にして、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に添加した。その結果、上記脂質二重膜において、0.1mVの膜電位変化が観測された。また、ダイオキシン類を含まない大気を循環したカラムより得られた水を、同様にテフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液中に添加した場合には、上記脂質二重膜の膜電位はほとんど変化しなかった。
【0032】
したがって、上記脂質二重膜は、ダイオキシンのみと特異的に相互作用し、ダイオキシンが存在する場合にのみ、膜電位の変化を生じることが確認された。
【0033】
(実施例1)
はじめに、リピドAの濃縮溶液を調製し、図1(a)に示したように、該濃縮溶液の50μL程度をシリンジ101を用い、水中でテフロン(登録商標)ビーカ102に備えた細孔103に静かに乗せ1時間室温に放置することにより、リピドAからなる脂質二重膜がテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔103に構成された。次に、図1(b)に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mMリン酸緩衝液(pH6.8)を供給し、上記脂質二重膜の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に、図7のグラフの横軸に示した濃度となるようにサルモネラ内毒素を添加して膜電位を測定した。その結果、膜電位は、図7に示したように、サルモネラ内毒素の濃度に比例して大きくなることが確認された。したがって、脂質二重膜の膜電位の変化に基づいて、サルモネラ内毒素の存在を検出することはもちろん、サルモネラ内毒素の濃度を定量することが可能である。
【0034】
(実施例2)
スフィンゴミエリン、コレステロールおよびリン脂質を5:50:45(モル%)となるように混合した濃縮溶液を調整し、実施例1と同様にしてテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔に脂質二重膜を構成した。次に、図1(b)に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mM HEPES緩衝液(pH7.4)を供給し、上記脂質二重膜の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に、図8のグラフの横軸に示した濃度となるようにジフテリアトキシンを添加して膜電位を測定した。その結果、膜電位は、図7に示したように、ジフテリアトキシンの濃度に比例して大きくなることが確認された。したがって、脂質二重膜の膜電位の変化に基づいて、ジフテリアトキシンの存在を検出することはもちろん、ジフテリアトキシンの濃度を定量することが可能である。
【0035】
(実施例3および4)
ジミストイルホスファチジルコリンの濃縮溶液を調製し、実施例1と同様にしてテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔に脂質二重膜を構成した。次に、図1(b)に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mM HEPES緩衝液(pH7.4)を供給し、上記脂質二重膜の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に、cis−DCEが1ppm(実施例3)、TCEが10ppm(実施例4)となるようにそれぞれ添加して、上記脂質二重膜の膜電位を測定した。その結果、膜電位は、図9に示したように、cis−DCEの場合とTCEの場合とで異なる変化を示すことから、cis−DCEおよびTCEをそれぞれ検出できることが確認された。
【0036】
(実施例5−9)
レシチン、コレステロールおよびジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンを50:45:5(実施例5)、50:45:3(実施例6)、50:45:2(実施例7)、50:45:1(実施例8)、50:45:0(実施例9)の比率(すべてモル%)となるように混合した濃縮溶液を調製し、実施例1と同様にしてテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔に脂質二重膜をそれぞれ構成した。次に、図1(b)に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mM HEPES緩衝液(pH7.4)を供給し、上記それぞれの脂質二重膜の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液に、TCEが10ppmとなるようにそれぞれ添加して、上記脂質二重膜の膜電位をそれぞれ測定した。その結果、膜電位は、図10に示したように、膜の構成によって異なる変化を示すことから、複数種の膜を用いて物質を検出することにより、より正確な物質種および存在量の特定ができることが確認された。
【0037】
(参考例6)
はじめに、血液より採取したマクロファージより、ゾーン遠心分離および等密度遠心分離を用いて細胞膜画分を調製し、該細胞膜画分に対し、重量比で30%のコレステロールを添加して第4の溶液を調製した。次に、第4の溶液1mLを1% トライトンX−100の4mLに溶解して第5の溶液を調製し、図1(a)に示すように、該第5の溶液の50μL程度をシリンジ101を用い、水中でテフロン(登録商標)ビーカ102に備えた細孔103に静かに乗せ1時間室温に放置することにより、マクロファージの細胞膜成分を含む脂質二重膜がテフロン(登録商標)ビーカ102の細孔103に再構成された。次に、図11に示したように、テフロン(登録商標)ビーカ102を外部容器105に収納するとともに、それぞれの容器内に10mMリン酸緩衝液(pH7.4)を供給し、脂質二重膜110の膜電位の測定が可能となるように構成して、膜電位を測定した。次いで、テフロン(登録商標)ビーカ102または外部容器105に収納された緩衝液にHIV−1を混合した溶液(104pfu)100μLを添加して(該溶液は最終的に約500倍に希釈された)膜電位を測定した。なお、本実施例においては、測定された膜電位は、検出信号として送信部111に送信され、送信信号がアンテナ112を通じて発信されるようになっている。また、発信された送信信号は、アンテナ113により受信されて受信部114に送られ、受信部114で検出信号に復調されて検出端末115より取り出されるように構成されている。なお、検出端末115には、センサより獲得した情報を評価するデータベース等を保持させ、獲得された情報の評価を行わせるようにすることも可能である。
【0038】
膜電位の測定の結果、脂質二重膜110において、ウイルス粒子の膜への融合に起因すると推測される0.1mVの膜電位変化が観測された。また、HIV−1の代わりにTMVを用いた場合には、脂質二重膜110の膜電位はほとんど変化しなかった。したがって、上記脂質二重膜は、HIV−1の検出に用いることができ、膜より獲得された情報はリアルタイムで検出端末より出力されることが確認された。
【0039】
【発明の効果】
以上、詳述したように、本発明に係るセンサによれば、物質と相互作用を示す膜の情報を獲得することにより、物質との相互作用より生じる膜の変化を観測できるので、物質の存在を検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能なセンサを提供することができる。
【0040】
また、本発明に係る物質特定システムによれば、物質と第1および第2の相互作用を示す第1および第2の膜の情報を獲得し、獲得した情報を評価することにより、物質との相互作用より生じる第1および第2の膜の変化を観測して多面的に検討できるので、物質の存在を検出するとともに、該物質の種類や量を正確に特定することが可能な物質特定システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】膜の作成方法およびセンサの構成を示した図である。
【図2】膜電位の測定結果を示した図である。
【図3】膜電位の測定結果を示した図である。
【図4】膜電位の測定結果を示した図である。
【図5】膜電位の測定結果を示した図である。
【図6】膜電位の経時的な測定結果を示した図である。
【図7】膜電位の測定結果を示した図である。
【図8】膜電位の測定結果を示した図である。
【図9】膜電位の測定結果を示した図である。
【図10】膜電位の測定結果を示した図である。
【図11】センサの構成を示した図である。
【図12】細胞膜を模倣した膜の一例を概念的に示した図である。
【図13】膜蛋白質と脂質二重膜との結合方式を示した図である。
【図14】脂質二重膜を通過する極性・非極性溶質に対する自由エネルギーの障壁の形を示した図である。
【図15】膜より獲得された各情報の波形(パターン)を示した図である。
【符号の説明】
101……シリンジ 102……テフロンビーカ
103……細孔 104……脂質二重膜 105……外部容器
110……脂質二重膜 111……送信部 112、113……アンテナ
114……受信部 115……検出端末
120……リン脂質二重膜 121、130……膜蛋白質
131、141……脂質二重膜
151a−151c……センサ
152a−152c……膜
Claims (5)
- 水溶液中に形成され、トリクロロエチレン、cis−ジクロロエチレン、サルモネラ内毒素およびジフテリアトキシンから選ばれる測定物質と相互作用を示しイオンチャンネルを含まない平面状の第1の脂質二重膜と、前記第1の脂質二重膜の膜情報を電気的に検出する手段とを有する第1のセンサと、
水溶液中に形成され、前記測定物質と相互作用を示しイオンチャンネルを含まない平面形状の第2の脂質二重膜と、前記第2の脂質二重膜の膜情報を電気的に検出する手段とを有する第2のセンサと、
あらかじめ得た、前記第1および第2の脂質二重膜と前記測定物質との相互作用による前記第1および第2の脂質二重膜の変化を示す情報を格納したデータベースと、
前記第1および第2のセンサから検出した膜情報と、前記データベースに格納された前記第1および第2の脂質二重膜の変化を示す情報とを比較して前記測定物質の存在を検知する手段とを有し、
前記測定物質がトリクロロエチレン若しくはcis−ジクロロエチレンであるとき前記脂質二重膜がジミストイルホスファチジルコリン、レシチン、コレステロールおよびジパルミトイルホスファチジルエタノールアミンから選ばれる脂質で構成され、前記測定物質がサルモネラ内毒素であるとき前記脂質二重膜がリピドAで構成され又は前記測定物質がジフテリアトキシンであるとき前記脂質二重膜がスフィンゴミエリン、コレステロールおよびリン脂質から選ばれる脂質から構成されることを特徴とする物質特定システム。 - 前記第1および第2の脂質二重膜に蛋白質または糖の少なくとも一方が配合されていることを特徴とする請求項1記載の物質特定システム。
- 前記第1および第2のセンサから検出される膜情報および前記データベースに格納された前記第1および第2の脂質二重膜の変化を示す情報が膜電位、膜表面電位、電気容量、伝導度、抵抗率のいずれかであることを特徴とする請求項1または2記載の物質特定システム。
- 前記第1および第2の膜情報はそれぞれの脂質二重膜を介して配置された電極により測定されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の物質特定システム。
- 前記検出された第1および第2の脂質二重膜の膜情報を無線にて発信する手段と、前記発信された情報を受信する手段とをさらに備えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の物質特定システム。
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