JP2022169813A - Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】 DNA切断活性を可逆的に制御可能なCRISPR-Cas9系を提供する。【解決手段】 Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法であって、(1)標的DNAにCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を接触させるステップと、ここで、前記複合体が、ガイドRNAと、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含み、次いで、(2)前記複合体にイミダゾールまたはその誘導体を接触させるステップとを含む方法。【選択図】 なし
Description
本発明は、Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法に関する。
CRISPR-Cas9系は、現在最も注目を集めるゲノム編集技術である。Cas9ヌクレアーゼは、ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAにより標的化された任意のDNA配列を特異的に切断する。しかし、CRISPR-Cas9系は、標的配列以外の類似の配列も非特異的に切断してしまうオフターゲット効果を有しており、ゲノム編集の精度を高めるためには、オフターゲット効果を抑制する必要がある。オフターゲット効果は、活性化状態のCRISPR-Cas9リボ核タンパク質(RNP)複合体が細胞内に存在する時間が長ければ長いほど増大することから、複合体のDNA切断活性を時間的に制御する方法が望まれている。
Zetscheらは、ラパマイシン誘導型スプリットCas9を報告している(非特許文献1)。この方法では、FKBPおよびFRBをそれぞれ融合させた2つのスプリットCas9断片を用い、ラパマイシンの添加によりCas9が再構成されると、Cas9のDNA切断活性が誘導される。この方法はゲノム編集の開始をタンパク質レベルで制御した初めての報告である。しかし、ラパマイシン、FKBPおよびFRBの高い親和性のために、ラパマイシンを除去しても再構成されたCas9が維持され、ゲノム編集を停止させることができず、ゆえに、ゲノム編集を時間的に制御することができない。また、Nihongakiらは、光誘導性二量体化ドメインをそれぞれ融合させた2つのスプリットCas9断片を用い、光を照射することによりCas9のDNA切断活性を誘導する方法を報告している(非特許文献2)。しかし、この方法でも、再構成されたCas9のDNA切断活性を迅速に停止することには成功していない。
Zetsche, B. et al., Nat. Biotechnol., Vol. 33, pp. 139-142 (2015)
Nihongaki, Y. et al., Nat. Biotechnol., Vol. 33, pp. 755-760 (2015)
本発明は、従来技術の諸問題を解消し、DNA切断活性を可逆的にON/OFF可能なCRISPR-Cas9系を提供することを目的としてなされたものである。
発明者らは、鋭意研究の結果、変異により低下したタンパク質の機能を低分子化合物の存在により回復させる「ケミカルレスキュー」の手法を採用することにより、Cas9のDNA切断活性を時間的に制御できることを見出した。
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法であって、(1)標的DNAにCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を接触させるステップと、ここで、前記複合体が、ガイドRNAと、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含み、次いで、(2)前記複合体にイミダゾールまたはその誘導体を接触させるステップとを含む方法を提供するものである。
上記方法は、(3)前記ステップ(2)の後、イミダゾールまたはその誘導体を前記複合体から分離するステップをさらに含むことが好ましい。
前記点変異は、アラニン残基またはグリシン残基による置換であることが好ましい。
前記イミダゾールまたはその誘導体は、1~500mMの濃度であることが好ましい。
前記イミダゾールまたはその誘導体は、イミダゾールならびにイミダゾール環の2位および/または4位に置換基を有するイミダゾール誘導体からなる群から選択されることが好ましい。
上記方法は、インビトロで実施されてもよいし、インビボで実施されてもよい。
また、本発明は、一実施形態によれば、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼまたはそれをコードする核酸と、イミダゾールまたはその誘導体とを含む、ゲノム編集のためのキットを提供するものである。
本発明に係る方法によれば、Cas9のDNA切断活性を時間的に制御することができる。そのため、本発明に係る方法によれば、CRISPR-Cas9系のオフターゲット効果を最小化することができ、高い精度でのゲノム編集が可能となる。
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
本発明は、第一の実施形態によれば、Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法であって、(1)標的DNAにCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を接触させるステップと、ここで、前記複合体が、ガイドRNAと、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含み、次いで、(2)前記複合体にイミダゾールまたはその誘導体を接触させるステップとを含む方法である。
本実施形態の方法では、ガイドRNAと不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含むCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を用いる。「CRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体」とは、ガイドRNAにより認識される部位特異的にCas9ヌクレアーゼが誘導され、標的DNA配列と相互作用することができる複合体を意味する。以降、本明細書では、ガイドRNAと不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含むCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を、「不活性型CRISPR-Cas9複合体」とも記載する。
「ガイドRNA」とは、標的DNA配列に対して相補的なガイド配列を含み、CRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を標的DNAへとガイドして特異的に結合させる機能を有するRNAを意味する。ガイドRNAの構造は、ガイド配列を含みさえすれば、CRISPR-Cas9系において上記の機能を有する限り、特に限定されない。すなわち、本実施形態におけるガイドRNAは、crRNAとtrans-activating crRNA(tracrRNA)とのデュアルRNAであってもよいし、crRNAとtracrRNAとがリンカーにより連結された一本鎖ガイドRNA(sgRNA)であってもよい。ガイドRNAの設計方法はすでに確立されており、例えば、当分野において公知のデザインツール(例えば、CRISPRdirect(http://crispr.dbcls.jp)など)を用いて設計することができる。
本実施形態における「不活性化Cas9ヌクレアーゼ」は、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む。
本実施形態における「Cas9ヌクレアーゼ」は、化膿レンサ球菌、肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae)、サーモフィラス菌(Streptococcus thermophilus)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)などの任意の細菌由来のCas9ヌクレアーゼであってよいが、好ましくは、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼ(配列番号12;NCBI Reference Sequence(RefSeq)ID:WP_010922251)である。
また、本実施形態におけるCas9ヌクレアーゼには、細菌由来のCas9ヌクレアーゼと同等の生理機能が維持されている(すなわち、CRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体が構成されると活性化され、標的DNA配列を切断する)ことを限度として、これらの変異体やホモログなどが含まれてよい。したがって、本実施形態におけるCas9ヌクレアーゼには、細菌由来のCas9ヌクレアーゼと同等の生理機能が維持されている(すなわち、CRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体が構成されると活性化され、標的DNA配列を切断する)ことを限度として、上記細菌由来のCas9ヌクレアーゼと80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が包含され得る。アミノ酸配列の同一性は、配列解析ソフトウェアを用いて、または、当分野で慣用のプログラム(FASTA、BLASTなど)を用いて算出することができる。細菌由来のCas9ヌクレアーゼの配列情報は、所定のデータベースなどから入手することができる。
本実施形態における不活性化Cas9ヌクレアーゼは、従来公知の任意の遺伝子工学的方法により、上で定義されたCas9ヌクレアーゼにおいて、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基に点変異を導入することにより調製することができる。本実施形態における不活性化Cas9ヌクレアーゼにおいて、点変異によりヒスチジン残基に代えて導入されるアミノ酸残基は任意であってよいが、非極性アミノ酸残基であることが好ましく、アラニン残基またはグリシン残基であることが特に好ましい。
本実施形態の方法では、標的DNAに、不活性型CRISPR-Cas9複合体を接触させる。なお、本実施形態の方法は、インビトロ(すなわち、反応溶液中)で実施されてもよいし、インビボ(すなわち、細胞内)で実施されてもよい。
本実施形態の方法をインビトロで実施する場合には、例えば、標的DNAと、不活性型CRISPR-Cas9複合体とを含む反応液を調製し、反応液を一定時間インキュベートすればよい。反応液の組成は、Cas9ヌクレアーゼの酵素活性のために適したものであれば、特に限定されず、すでに確立されたCRISPR-Cas9ゲノム編集法において使用される反応液の組成に準じて適切に決定することができる。例えば、反応液は、不活性型CRISPR-Cas9複合体と標的DNAとを、バッファー(例えば、1~100mMのHEPES(pH7.0~8.0)、1~100mMのTris(pH7.0~8.0)など)および/または塩(例えば、50~300mMのNaCl、50~300mMのKCl、0~100mMのMgCl2など)を含む水性溶媒に添加することにより、調製することができる。反応液における不活性型CRISPR-Cas9複合体の終濃度は、例えば、10~300nMの範囲であってよい。反応液における標的DNAの終濃度は、例えば、1~1000nMの範囲であってよい。インキュベート時間は適宜決定することができ、例えば、5分~24時間であってよい。
本実施形態の方法をインビボで実施する場合には、例えば、標的DNAを含む細胞に、不活性型CRISPR-Cas9複合体を導入すればよい。細胞は、標的DNAを含むものであれば特に限定されず、大腸菌などの原核生物、酵母などの真菌、昆虫、植物、動物など、あらゆる生物種の細胞であってよい。本実施形態の方法における好ましい細胞は、植物または動物由来の細胞であり、特に好ましくはヒトなどの哺乳動物由来の細胞である。動物細胞の種類も、特に限定されず、任意の組織から単離された細胞、受精卵、培養細胞などを用いることができる。また、細胞に含まれる標的DNAは、ゲノムDNAやミトコンドリアDNAなどの内在性のDNAであってもよいし、プラスミドベクターなどの外因性のDNAであってもよい。不活性型CRISPR-Cas9複合体は、すでに確立されたゲノム編集法のプロトコールにしたがって細胞に導入することができる。例えば、予め調製されたガイドRNAと不活性化Cas9ヌクレアーゼとを、リポフェクション、マイクロインジェクション、エレクトロポレーションなどにより細胞に導入することができる。あるいは、ガイドRNAおよび/または不活性化Cas9ヌクレアーゼをコードする核酸を含む発現ベクターを細胞に導入し、不活性型CRISPR-Cas9複合体を細胞内で発現させてもよい。発現ベクターには、不活性型CRISPR-Cas9複合体を導入する細胞の種類に応じて、適切なウイルスベクターまたは非ウイルスベクターを選択して用いることができる。
次いで、不活性型CRISPR-Cas9複合体に、イミダゾールまたはその誘導体を接触させる。これにより、Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性が回復され、CRISPR-Cas9複合体が活性化状態となることができる。
本実施形態の方法では、イミダゾールの他、イミダゾール環の2位および/または4位に置換基を有するイミダゾール誘導体を用いることができる。イミダゾール環の2位および4位に置換基を有する場合は、両置換基は同一であってもよいし、異なっていてもよい。置換基としては、例えば、置換もしくは非置換のアルキル基、またはハロゲン原子などが挙げられる。アルキル基は、例えばC1-10アルキル基、好ましくはC1-6アルキル基であってよく、直鎖状、分枝鎖状、および環状のいずれの形態のものであってもよい。アルキル基は、1つまたは複数の水素原子が置換基によって置換されていてもよく、この場合における置換基には、例えば、ハロゲン原子などが挙げられる。また、アルキル基における置換基の数および置換位置は特に限定されないが、置換基の数としては、0~3個が好ましい。
すなわち、本実施形態の方法では、好ましくは、イミダゾール、4-メチルイミダゾール、2-メチルイミダゾール、4-エチルイミダゾール、2-エチルイミダゾール、2-エチル-4-メチルイミダゾール、2-ブロモイミダゾールなどを用いることができる。
本実施形態の方法をインビトロで実施する場合には、例えば、イミダゾールまたはその誘導体を上記反応液に添加し、一定時間インキュベートすればよい。本実施形態の方法をインビボで実施する場合には、例えば、イミダゾールまたはその誘導体を細胞培養液に添加し、一定時間インキュベートすればよい。反応液または細胞培養液におけるイミダゾールまたはその誘導体の終濃度は、例えば、1~500mMの範囲であってよく、好ましくは、10~200mMの範囲であってよい。インキュベート時間は適宜決定することができ、例えば、5分~24時間であってよい。
本実施形態の方法では、その後、イミダゾールまたはその誘導体を、CRISPR-Cas9複合体から分離することが好ましい。これにより、Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性が消失し、CRISPR-Cas9複合体を不活性化状態に戻すことができる。
本実施形態の方法をインビトロで実施する場合には、例えば、透析や限外ろ過などにより、反応液からイミダゾールを除去することにより、イミダゾールまたはその誘導体をCRISPR-Cas9複合体から分離することができる。本実施形態の方法をインビボで実施する場合には、例えば、イミダゾールまたはその誘導体を含まない細胞培養液に交換してイミダゾールを除去することにより、イミダゾールまたはその誘導体をCRISPR-Cas9複合体から分離することができる。
本実施形態の方法の概略を図1に示す。CRISPR-Cas9複合体がガイドRNA(図中、「gRNA」)により標的二本鎖DNAにホーミングされ、野生型Cas9の場合には、HNHドメインおよびRuvCドメインにより、PAM配列(図中、「NGG」)の上流の二本鎖DNAが切断される(図1(a))。しかし、840番目のヒスチジン残基がアラニン残基に置換され、ヒスチジン残基の側鎖であるイミダゾール基が削除されたCas9変異体(H840A)の場合には、HNHドメインがDNA切断活性を失っており、CRISPR-Cas9複合体は標的二本鎖DNAのうちの片鎖のみしか切断できないため、ゲノム編集は起こらない(図1(b))。ここで、外部からイミダゾールを添加すると、HNHドメインのDNA切断活性が回復され、CRISPR-Cas9複合体が標的二本鎖DNAを切断できるようになり、ゲノム編集が可能となる(図1(c))。その後、イミダゾールが取り除かれると、CRISPR-Cas9複合体は図1(b)の状態に戻り、HNHドメインのDNA切断活性が再び失われ、ゲノム編集が停止される。このように、本実施形態の方法によれば、CRISPR-Cas9複合体のDNA切断活性を可逆的に制御することができ、オフターゲット効果の低減された高い精度でのゲノム編集を可能とする。
本発明は、第二の実施形態によれば、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼまたはそれをコードする核酸と、イミダゾールまたはその誘導体とを含む、ゲノム編集のためのキットである。本実施形態における「Cas9ヌクレアーゼ」、「不活性化Cas9ヌクレアーゼ」、および「イミダゾールまたはその誘導体」は、第一の実施形態で定義したものと同様である。
本実施形態のキットは、上記構成に加え、CRISPR-Cas9ゲノム編集に用いるバッファーやその他の試薬、CRISPR-Cas9ゲノム編集のプロトコールを記載した説明書などをさらに含んでもよい。
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
<1.材料および方法>
(1)Cas9変異体の作製
以下の手順により、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼ(配列番号12)(以下では、単に「Cas9」と表記する)の840番目のヒスチジン残基をアラニン残基に置換した変異体H840A、840番目のヒスチジン残基をグリシン残基に置換した変異体H840G、983番目のヒスチジン残基をアラニン残基に置換した変異体H983A、および、983番目のヒスチジン残基をグリシン残基に置換した変異体H983Gを作製した。
(1)Cas9変異体の作製
以下の手順により、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼ(配列番号12)(以下では、単に「Cas9」と表記する)の840番目のヒスチジン残基をアラニン残基に置換した変異体H840A、840番目のヒスチジン残基をグリシン残基に置換した変異体H840G、983番目のヒスチジン残基をアラニン残基に置換した変異体H983A、および、983番目のヒスチジン残基をグリシン残基に置換した変異体H983Gを作製した。
野生型Cas9のC末端に核局在化シグナル配列およびヒスチジンタグを付加したタンパク質をコードする核酸を含むベクターpET-Cas9-NLS-His(♯47327,Addgene)を鋳型として、以下のプライマーセットを用いてPCRを行い、続いてIn-Fusion反応を行うことにより、Cas9ニッカーゼ(Cas9変異体D10A)、Cas9変異体H840A、Cas9変異体H840G、Cas9変異体H983A、およびCas9変異体H983Gの発現ベクターを得た。以下に示すプライマーの配列中、下線部は、変異アミノ酸に対応する核酸配列を示し、小文字は、野生型Cas9から変更された核酸配列を示す(アミノ酸配列の変更を伴わないサイレント変異も含まれる)。
得られた発現ベクターにより大腸菌BL21(DE3)を形質転換した。得られた形質転換体を、LB培地中で37℃にて3時間振盪培養した後、終濃度0.1mMのIPTGを添加し、18℃で一晩振盪培養した。回収した大腸菌を溶解緩衝液(0mMのTris-HCl、500mMのNaCl、10%グリセロール、10mMのイミダゾール、1mMのベンジルスルホニルフルオリド、1mMのジチオトレイトール、pH8.0)により溶解し、Ni-NTAカラム(30230、QIAGEN)を用いて精製することにより、Cas9変異体の粗精製物を得た。その後、ゲルろ過クロマトグラフィーによりCas9変異体を精製し、-80℃で保存した。
(2)Cas9変異体のDNA切断活性の評価
基質プラスミドDNAには、pCX-EGFP(FEBS Lett.;407(3):313-319(1997)、大阪大学より供与)を用いた。ガイドRNAには、EGFP遺伝子を標的とする以下のsgRNAを用いた。
基質プラスミドDNAには、pCX-EGFP(FEBS Lett.;407(3):313-319(1997)、大阪大学より供与)を用いた。ガイドRNAには、EGFP遺伝子を標的とする以下のsgRNAを用いた。
Cas9反応バッファー(終濃度20mMのHEPES(pH8.0)、100mMのNaCl、5mMのMgCl2、0.1mMのEDTA(pH8.0))中に、終濃度30nMのCas9変異体、30nMのsgRNA、および図に記載された濃度のイミダゾール(pH8.0)を添加し、室温で10分間インキュベートした。その後、終濃度3nMのpCX-EGFPを添加し、37℃で1時間インキュベートすることによりDNA切断反応を行った。その後、反応液に6×Gel Loading Dye,Purpule(B7024S、New England Biolabs)を加えて混合し、0.8%アガロースゲル電気泳動に供した。TAEバッファーにより1/10000希釈したGelGreen(41004、Biotium)染色液により泳動後のゲルを20分間染色した後、ChemiDoc XRS+システム(Bio-Rad)により撮影した。また、対照として、Cas9変異体に代えて、野生型Cas9またはCas9ニッカーゼ(Cas9変異体D10A)を用い、同様の手順によりDNA切断活性の評価を行った。
イミダゾールまたはその誘導体には、以下のものを使用した。イミダゾール(097-05391、富士フイルム和光純薬)、4-メチルイミダゾール(132-11202、富士フイルム和光純薬)、1-メチルイミダゾール(134-12801、富士フイルム和光純薬)、2-メチルイミダゾール(138-11162、富士フイルム和光純薬)、1,2,3-トリアゾール(320-74161、富士フイルム和光純薬)、1,2,4-トリアゾール(327-91852、富士フイルム和光純薬)、ピロール(167-05662、富士フイルム和光純薬)、ピラゾール(165-06903、富士フイルム和光純薬)。
<2.イミダゾールによるCas9変異体のDNA切断活性の回復>
上記(1)で調製された4種類のCas9変異体H840A、H840G、H983AおよびH983Gについて、上記(2)の手順により、イミダゾールの添加によるDNA切断活性の変化を評価した。なお、Cas9のDNA切断メカニズムは詳細には解明されていないが、HNHドメイン中のD839、H840、N854およびN863、ならびにRuvCドメイン中のD10、E762、H983およびD986が、Cas9のDNA切断活性に関連するアミノ酸残基と推定されている。
上記(1)で調製された4種類のCas9変異体H840A、H840G、H983AおよびH983Gについて、上記(2)の手順により、イミダゾールの添加によるDNA切断活性の変化を評価した。なお、Cas9のDNA切断メカニズムは詳細には解明されていないが、HNHドメイン中のD839、H840、N854およびN863、ならびにRuvCドメイン中のD10、E762、H983およびD986が、Cas9のDNA切断活性に関連するアミノ酸残基と推定されている。
Cas9変異体H840AおよびH840Gについての結果を図2に、Cas9変異体H983AおよびH983Gについての結果を図3に示す。なお、図中、「none」はCas9を添加していないサンプルであり、すなわち、基質プラスミドDNAが切断されなかった場合の結果を示し(図中、「plasmid」のバンドが確認できる);「Cas9」は野生型Cas9を添加したサンプルであり、すなわち、基質プラスミドDNAの二本鎖が切断された場合の結果を示し(図中、「linear」のバンドが確認できる);「nCas9」はCas9ニッカーゼ(Cas9変異体D10A)を添加したサンプルであり、すなわち、基質プラスミドDNAの片鎖のみが切断された場合の結果を示す(図中、「nick」のバンドが確認できる)。
Cas9変異体H840AおよびH840Gはいずれも、イミダゾールの非存在下ではDNA切断活性を示さないが、イミダゾールを添加するとDNA切断活性を回復した(図2)。一方、Cas9変異体H983AおよびH983Gはいずれも、イミダゾールを添加してもDNA切断活性が変化しなかった(図3)。また、Cas9変異体H983Gは、イミダゾールの非存在下であっても基質プラスミドDNAの二本鎖切断が起きており(図3)、DNA切断活性を有していることが確認された。これらの結果から、ケミカルレスキューの手法によりDNA切断活性を制御するための不活性化Cas9ヌクレアーゼには、H840点変異体が適している可能性が示唆された。
<3.Cas9変異体のDNA切断活性を回復するためのイミダゾール濃度の検討>
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、上記(2)の手順により、0~200mMのイミダゾール濃度範囲におけるDNA切断活性を評価した。
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、上記(2)の手順により、0~200mMのイミダゾール濃度範囲におけるDNA切断活性を評価した。
結果を図4に示す。Cas9変異体H840AおよびH840Gのいずれにおいても、10mMのイミダゾールの添加により基質プラスミドDNAの二本鎖切断がみられ、さらに、イミダゾールの濃度依存的に切断された基質プラスミドDNAが増加した。この結果から、10mMのイミダゾールからH840点変異体のDNA切断活性を回復でき、50mM以上のイミダゾールにより、十分なDNA切断活性の回復が可能であることが示された。
<4.イミダゾールによるCas9変異体のDNA切断活性の経時的回復>
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾール濃度を100mMとし、DNA切断反応のためのインキュベート時間を0~120分間とした以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾール濃度を100mMとし、DNA切断反応のためのインキュベート時間を0~120分間とした以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
Cas9変異体H840Aについての結果を図5に、Cas9変異体H840Gについての結果を図6に示す。Cas9変異体H840AおよびH840Gのいずれの場合も、インキュベート時間依存的に切断された基質プラスミドDNAが増加した。また、Cas9変異体H840AおよびH840Gのいずれの場合も、60分間以上のインキュベートで切断された基質プラスミドDNAが顕著に増加した。同様の反応条件下で野生型Cas9が数分ですべての基質DNAを切断することを考慮すると(Science;361(6408):1259-1262(2018))、イミダゾール添加による不活性化Cas9変異体のケミカルレスキューは非常に緩やかであり、このことは、DNA切断活性の精密な制御を容易にするため有益であると考えられた。
<5.イミダゾールによるCas9変異体のDNA切断活性の回復における塩化マグネシウム濃度の影響>
Cas9のHNHドメインがDNAを切断するためにはマグネシウムイオンが必要であることが明らかにされている(Cell;156(5):935-949(2014))。そこで、上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾール濃度を100mMとし、MgCl2濃度を0~10mMとした以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
Cas9のHNHドメインがDNAを切断するためにはマグネシウムイオンが必要であることが明らかにされている(Cell;156(5):935-949(2014))。そこで、上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾール濃度を100mMとし、MgCl2濃度を0~10mMとした以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
Cas9変異体H840Aについての結果を図7に、Cas9変異体H840Gについての結果を図8に示す。Cas9変異体H840AおよびH840Gのいずれも、5~10mMのMgCl2において有意なDNA切断活性を示した。
<6.イミダゾール誘導体によるCas9変異体のDNA切断活性の回復>
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾールに代えて各種イミダゾール誘導体(100mM、pH8.0)を用いた以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
上記(1)で調製されたCas9変異体H840AおよびH840Gについて、イミダゾールに代えて各種イミダゾール誘導体(100mM、pH8.0)を用いた以外は、上記(2)の手順により、DNA切断活性を評価した。
Cas9変異体H840Aについての結果を図9に、Cas9変異体H840Gについての結果を図10に示す。Cas9変異体H840AおよびH840Gのいずれも、4-メチルイミダゾールおよび2-メチルイミダゾールによってDNA切断活性を回復できることが確認された。この結果から、イミダゾール誘導体を用いても、イミダゾールと同様のケミカルレスキューが可能であることが示された。
Claims (8)
- Cas9ヌクレアーゼのDNA切断活性を制御する方法であって、
(1)標的DNAにCRISPR-Cas9リボ核タンパク質複合体を接触させるステップと、ここで、前記複合体が、ガイドRNAと、化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼとを含み、次いで、
(2)前記複合体にイミダゾールまたはその誘導体を接触させるステップと
を含む、方法。 - (3)前記ステップ(2)の後、イミダゾールまたはその誘導体を前記複合体から分離するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
- 前記点変異が、アラニン残基またはグリシン残基による置換である、請求項1または2に記載の方法。
- 前記イミダゾールまたはその誘導体が、1~500mMの濃度である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
- 前記イミダゾールまたはその誘導体が、イミダゾールならびにイミダゾール環の2位および/または4位に置換基を有するイミダゾール誘導体からなる群から選択される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
- インビトロで実施される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
- インビボで実施される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
- 化膿レンサ球菌由来のCas9ヌクレアーゼのアミノ酸配列に基づく番号付けで840番目の位置に対応するヒスチジン残基における点変異を含む不活性化Cas9ヌクレアーゼまたはそれをコードする核酸と、イミダゾールまたはその誘導体とを含む、ゲノム編集のためのキット。
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