JP2022151855A - 多能性幹細胞集団の製造方法 - Google Patents

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昌 神林
Sho Kambayashi
義和 河井
Yoshikazu Kawai
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Abstract

【課題】多能性幹細胞の培養環境を好適に制御し生産効率を向上させる。【解決手段】多能性幹細胞の培養の進行に伴って炭酸ガス供給量を変更することで、顕著に培養効率を向上できる。【選択図】なし

Description

本発明は、多能性幹細胞を培養対象とし浮遊培養における炭酸ガス供給量の制御による高効率な細胞集団の製造方法に関する。
ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞は、無限に増殖できる能力と様々な体細胞に分化する能力を有している。多能性幹細胞から分化誘導させた体細胞を移植する治療法の実用化は、難治性疾患や生活習慣病に対する治療法を根本的に変革できる可能性がある。例えば、多能性幹細胞から、神経細胞をはじめとして、心筋細胞、血液細胞、及び網膜細胞等の多種多様な体細胞に試験管内で分化誘導する技術が既に開発されている。
一方で、多能性幹細胞を用いた再生医療は、実用化に向けて課題が残されており、その課題の一つは、多能性幹細胞の生産性である。例えば、肝臓の再生には約2×1011個の細胞が必要と言われている。多能性幹細胞の培養方法は、平坦な基板上に細胞接着させて培養する接着培養と、液体培地中に細胞を浮遊させて培養する浮遊培養に大別される。接着培養により前記個数の細胞を培養するには10cm以上の基板が必要であり、これは一般的な10cmディッシュで約20,000枚分に相当する。このように、基板表面上での接着培養では得られる細胞数が培養面積に依存するため、スケールアップに膨大な面積が必要となり、再生医療に必要な量の細胞を供給することは困難である。浮遊培養では液体培地中で細胞を浮遊させながら培養するため、得られる細胞数は培地体積に依存する。そのため、浮遊培養でのスケールアップは接着培養に比べて現実的であり、細胞の大量生産に適している。例えば、非特許文献1には、浮遊培養の細胞培養容器としてスピナーフラスコを用い、液体培地を撹拌しながら多能性幹細胞を浮遊培養する方法が開示されている。
ところで、浮遊培養によれば、上述の通りスケールアップが現実的になり、細胞の大量生産が可能となるが、生産効率という点では課題が残されている。例えば、細胞の増殖速度、最大到達密度、継代時の細胞密度維持率等の課題が挙げられる。非特許文献2には培地灌流方式での浮遊培養法によって細胞増殖を向上させる方法が開示されている。特許文献1には間充織幹細胞の浮遊培養において炭酸ガスの通気量を制御することで生産性を高める方法が開示されている。
Olmer R.et al.,Tissue Engineering:Part C,Volume 18(10):772-784(2012) Kropp C.et al.,Stem Cells Translational Medicine,5:1289-1301(2016)
特表2016-526894号公報
特許文献3に示すように、浮遊培養において、灌流培養法を導入して細胞生産性の改善を図る検討や、炭酸ガスの供給量を制御することによって細胞の細胞生産性の向上を図る検討がなされてきている。しかし、培養環境の繊細な制御が必要とされる多能性幹細胞の浮遊培養においては、それらの文献での制御方法や手法では培養環境の制御が不十分で、制御しきれない場合があり、更なる培養環境の制御による培養効率の向上の余地がある。
そこで、本発明は、多能性幹細胞を浮遊培養した際に生じうる環境の変化に対応できる技術により、更に効率よく培養することができる多能性幹細胞集団の製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、多能性幹細胞を浮遊培養にて製造する方法において、培養の進行に伴って炭酸ガス供給量の調整を行うことで、顕著に培養効率を向上できることを見だし、本発明を完成するに至った。
本発明は以下を包含する。
(1)任意の時点から1つ以上の指標の変化に合わせて、液体培地中への炭酸ガス供給量を変化させて多能性幹細胞の浮遊培養を行う多能性幹細胞集団の製造方法。
(2)前記炭酸ガス供給量を変化させる方法が、培地への供給ガス中の炭酸ガス濃度を変化させる方法であり、供給ガス中の炭酸ガス濃度の範囲が0~10%の間である(1)記載の方法。
(3)前記供給ガス中の炭酸ガス濃度の変化を、多能性幹細胞が凝集塊を形成する前から開始する(2)記載の方法。
(4)前記浮遊培養の培地交換方式が灌流方式であり、単位時間当たりの培地灌流量を、任意の時点から1つ以上の培養変数の変化に合わせて培養体積の1~100%の範囲で連続的に変化させ浮遊培養を行う(1)~(3)いずれかに記載の方法。
(5)前記灌流を、多能性幹細胞が凝集塊を形成した後に開始する(4)記載の方法。
(6)前記灌流に用いる培地組成を、培養途中で切り替える(4)~(5)いずれかに記載の方法。
(7)前記灌流に用いる培地中の溶存炭酸ガス量が、前記培地中の溶存炭酸ガス量より低い量である(4)~(6)いずれかに記載の方法。
(8)前記培養変数の1つがpHであり、pHの低下を抑制するように単位時間当たりの培地灌流量を調整する(4)~(7)いずれかに記載の方法。
(9)前記培養変数の1つが細胞密度であり、細胞密度の増加に伴い単位時間当たりの培地灌流量を上昇させる(4)~(8)いずれかに記載の方法。
(10)前記培養変数の1つが細胞の乳酸産生速度であり、乳酸産生速度が1.0×10-10~2.5×10-9mmol/cell/hの範囲である(1)~(9)いずれかに記載の方法。
(11)前記液体培地が、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つを含有する(1)~(10)いずれかに記載の方法。
(12)前記液体培地が、FGF2及び/又はTGF-β1を含む(1)~(11)いずれかに記載の方法。
(13)前記液体培地が、ROCK阻害剤を含有する(1)~(12)いずれかに記載の方法。
(14)前記多能性幹細胞集団は、OCT4が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、SOX2が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、Nanogが陽性を呈する細胞の比率が90%以上である(1)~(13)いずれかに記載の方法。
(15)前記多能性幹細胞が、ES細胞及び/又は人工多能性幹細胞である(1)~(14)いずれかに記載の方法。
[1]多能性幹細胞を液体培地中で浮遊培養する浮遊培養工程を含む多能性幹細胞集団の製造方法であって、前記浮遊培養工程が、1つ以上の指標の変化に基づいて液体培地中への炭酸ガス供給量を変更することを含む、前記方法。
[2]前記変更が、培地への供給ガス中の炭酸ガス濃度を0~10%の範囲で変化させることを含む、[1]記載の方法。
[3]前記多能性幹細胞集団が細胞凝集塊を含み、前記細胞凝集塊の形成以前から前記供給ガス中の炭酸ガス濃度の変化を開始する[2]記載の方法。
[4]前記指標の1つが、前記多能性幹細胞が存在する培養液のpHであり、前記変更が前記pHの低下を抑制するように前記液体培地への供給ガス中の炭酸ガス濃度を変化させることを含む、[1]~[3]いずれかに記載の方法。
[5]前記炭酸ガス濃度の6時間の平均値が、前記変更の開始から1日以上後に0%~2.5%の範囲まで低減される、[1]~[4]いずれかに記載の方法。
[6]前記浮遊培養の培地交換方式が灌流方式であり、前記浮遊培養工程が、単位時間当たりの培地灌流量を培養体積の1~100%の範囲で制御することを更に含み、前記制御が1つ以上の培養変数に基づいて行われる、[1]~[5]いずれかに記載の方法。
[7]前記多能性幹細胞集団が細胞凝集塊を含み、前記細胞凝集塊の形成後に前記灌流方式における灌流を開始する[6]記載の方法。
[8]前記灌流方式における灌流に用いる液体培地の培養添加物組成を、培養途中で変化させる、[6]又は[7]に記載の方法。
[9]前記培養変数の1つが、前記多能性幹細胞が存在する培養液のpHであり、前記制御がpHの低下を抑制するように単位時間当たりの培地灌流量を変化させることを含む、[5]~[8]いずれかに記載の方法。
[10]前記培養変数の1つが細胞密度増加率であり、前記制御が前記細胞密度増加率の増加に基づいて単位時間当たりの培地灌流量を上昇させることを含み、前記細胞密度増加率は前記制御の開始時点の前記多能性幹細胞の細胞密度に対する細胞密度の比率を示す、[5]~[9]いずれかに記載の方法。
[11]前記培養変数の1つが前記多能性幹細胞の乳酸産生速度であり、乳酸産生速度が1.0×10-10mmol/cell/h~2.5×10-9mmol/cell/hの範囲に維持される、[5]~[10]いずれかに記載の方法。
[12]前記液体培地が、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つを含有する、[1]~[11]いずれかに記載の方法。
[13]前記液体培地が、FGF2及び/又はTGF-β1を含む、[1]~[12]いずれかに記載の方法。
[14]前記液体培地が、ROCK阻害剤を含有する、[1]~[13]いずれかに記載の方法。
[15]前記多能性幹細胞集団は、OCT4が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、SOX2が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、Nanogが陽性を呈する細胞の比率が90%以上である、[1]~[14]いずれかに記載の方法。
[16]前記多能性幹細胞が、ES細胞及び/又は人工多能性幹細胞である、[1]~[15]いずれかに記載の方法。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2021-051005号の開示内容を包含する。
本発明によれば、多能性幹細胞を浮遊培養したときの多能性幹細胞の増殖効率と最大到達密度を向上させ、効率よく多能性幹細胞集団を製造することができる。
比較例1、2、及び3に示す方法で多能性幹細胞を浮遊培養したときの培養4日目の細胞密度を示す特性図である。 実施例1に示す方法で多能性幹細胞を浮遊培養したときの、供給炭酸ガス濃度の推移を示す特性図である。 実施例1及び比較例1、3に示す方法で多能性幹細胞を浮遊培養したときの培養1~2日目の細胞の比増殖速度を示す特性図である。 実施例2に示す方法で多能性幹細胞を浮遊培養したときの、供給炭酸ガス濃度の推移を示す特性図である。 実施例1、2及び比較例1、2、3に示す方法で浮遊培養した際の、培養環境を表すパラメータの例としてpHを解析した結果を示す特性図である。
1.多能性幹細胞集団の製造方法
1-1.概要
本発明に係る多能性幹細胞集団の製造方法では、液体培地中にて炭酸ガス供給量を適切に調整しつつ多能性幹細胞を浮遊培養して多能性幹細胞集団を製造する。本発明に係る多能性幹細胞集団の製造方法により、浮遊培養における多能性幹細胞の増殖が促進され、効率的に多能性幹細胞集団を製造することができる。
1-2.用語の定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
≪細胞≫
本明細書において発明の対象となる「多能性幹細胞」とは、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有し、適切な条件下のインビトロ(in vitro)での培養において、多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞をいう。より具体的に、多能性とは、個体を構成する胚葉(脊椎動物では外胚葉、中胚葉及び内胚葉の三胚葉)に分化できる能力を意味する。このような細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)、胚性生殖幹細胞(EG細胞:embryonic germ cell)、生殖系幹細胞(GS細胞:Germline stem cell)、及び人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cells)等が挙げられる。
「ES細胞」とは、初期胚より調製された多能性幹細胞である。「EG細胞」とは、胎児の始原生殖細胞より調製された多能性幹細胞をいう(Shamblott M.J.et al.,1998,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,95:13726-13731)。「GS細胞」とは、細胞精巣より調製された多能性幹細胞をいう(Conrad S.,2008,Nature,456:344-349)。また、「iPS細胞」とは、分化済みの体細胞に少数の初期化因子をコードする遺伝子を導入することによって体細胞を未分化状態にするリプログラミングが可能となった多能性幹細胞をいう。
本明細書における多能性幹細胞は、多細胞生物に由来する細胞であればよい。好ましくは動物由来細胞、又は哺乳動物由来細胞である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物、そしてヒト、アカゲザル、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類が挙げられる。例えば、ヒト由来細胞を好適に使用することができる。
本明細書で使用する多能性幹細胞は、ナイーブ型多能性幹細胞及びプライム型多能性幹細胞を含む。ナイーブ型多能性幹細胞は、着床前の内部細胞塊でみられる多能性に近い状態の細胞と定義され、プライム型多能性幹細胞は着床後のエピブラスト内でみられる多能性に近い状態の細胞と定義される。プライム型多能性幹細胞は、ナイーブ型多能性幹細胞と比較して、個体発生への寄与が低く、転写活性を有するX染色体が一本のみであり、転写抑制ヒストン修飾が高レベルであるといった特徴がある。また、プライム型多能性幹細胞のマーカーはOTX2遺伝子であり、ナイーブ型多能性幹細胞のマーカーはREX1、KLFファミリー遺伝子である。更に、プライム型多能性幹細胞が形成するコロニーの形状は扁平であり、ナイーブ型多能性幹細胞が形成するコロニーの形状はドーム状である。本明細書で使用する多能性幹細胞は、特に、プライム型多能性幹細胞を好適に使用することができる。
本明細書で使用する多能性幹細胞は、市販の細胞又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製した細胞を用いてもよい。なお、限定はしないが、本明細書の各発明に用いる場合、多能性幹細胞は、iPS細胞又はES細胞が好ましい。
本明細書で使用するiPS細胞が市販品の場合、限定はしないが、例えば253G1株、253G4株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株、RPChiPS771-2、WTC-11株、1231A3株、1383D2株、1383D6株、1210B2株、1201C1株、1205B2株等を使用することができる。
また、本明細書で使用するiPS細胞が臨床用株の場合、限定はしないが、例えばQHJI01s01株、QHJI01s04株、QHJI14s03株、QHJI14s04株、Ff-l14s03株、Ff-l14s04株、YZWI株等を使用することができる。
また、本明細書で使用するiPS細胞が新たに作製された細胞の場合、導入される初期化因子の遺伝子の組み合わせは、限定はしないが、例えばOCT3/4遺伝子、KLF4遺伝子、SOX2遺伝子及びc-Myc遺伝子の組み合わせ(Yu J,et al.2007,Science,318:1917-20.)、OCT3/4遺伝子、SOX2遺伝子、LIN28遺伝子及びNanog遺伝子の組み合わせ(Takahashi K,et al.2007,Cell,131:861-72.)を使用することができる。これらの遺伝子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、プラスミドを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入等、核酸としての導入、又はタンパク質としての導入等、高分子化合物を用いた方法であってもよい。また、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞を用いてもよい。更に、新規な手法で新たに作製された臨床グレードのiPS細胞を用いてもよい。
本明細書で使用するES細胞が市販品の場合、限定はしないが、例えばKhES-1株、KhEs-2株、KhEs-3株、KhEs-4株、KhEs-5株、SEES1株、SEES2株、SEES3株、SEES-4株、SEEs-5株、SEEs-6株、SEEs-7株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS-181株等を使用することができる。
≪多能性幹細胞集団≫
本明細書において「多能性幹細胞集団」とは、多能性幹細胞を少なくとも1細胞以上含む、1以上の細胞で構成される細胞の集合体のことをいう。多能性幹細胞集団は多能性幹細胞のみから構成されていてもよく、他の細胞を含んでもよい。その形態は特に限定されず、例えば、組織、組織片、細胞ペレット、細胞凝集塊、細胞シート、細胞浮遊液、細胞懸濁液、これらの凍結物等が挙げられる。本明細書における多能性幹細胞集団には、より小さいサイズの多能性幹細胞集団を複数含むことができる。多能性幹細胞集団に含まれる小さな多能性幹細胞集団は全て同じ形態である必要はない。また、本明細書における多能性幹細胞集団は単一細胞状態の細胞を含んでもよい。好ましくは、多能性幹細胞集団は細胞凝集塊を含む。
≪細胞凝集塊≫
本明細書において「細胞凝集塊」とは、浮遊培養において細胞凝集によって形成される塊状の細胞集団であって、スフェロイドとも呼ばれる。細胞凝集塊は、通常、略球状を呈する。細胞凝集塊を構成する細胞としては、1種類以上の前記多能性幹細胞を含めば特に限定されない。例えば、ヒト多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞等の多能性幹細胞で構成された細胞凝集塊は、多能性幹細胞マーカーを発現している及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞を含む。
多能性幹細胞マーカーは、多能性幹細胞で特異的に又は過剰に発現している遺伝子マーカーであり、例えば、Alkaline Phosphatase、Nanog、OCT4、SOX2、TRA-1-60、c-Myc、KLF4、LIN28、SSEA-4、SSEA-1又はこれらの組み合わせ等が例示できる。
多能性幹細胞マーカーは、当該技術分野において任意の検出方法により検出することができる。細胞マーカーを検出する方法としては、限定はしないが、例えばフローサイトメトリーが挙げられる。例えば、検出方法としてフローサイトメトリーを用い、検出試薬として蛍光標識抗体を用いる場合、ネガティブコントロール(アイソタイプコントロール)と比較してより強い蛍光が検出される細胞を、当該マーカーについて「陽性」と判定することができる。検出試薬について陽性を呈する細胞の比率は、本明細書において「陽性率」と記載されることがある。また、蛍光標識抗体としては、当該技術分野において公知の任意の抗体を使用することができる。例えば、イソチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、フィコエリスリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)又はこれらの組み合わせ等により標識された抗体が挙げられるが、これらに限定されない。
細胞凝集塊を構成する多能性幹細胞の割合は、例えば、多能性幹細胞マーカーの陽性率で判断することができる。細胞凝集塊を構成する細胞における多能性幹細胞マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上とすることができる。多能性幹細胞マーカーを発現する細胞の割合及び/又は多能性幹細胞マーカーの陽性率が前記数値範囲内である細胞凝集塊は、未分化性が高く、より均質な細胞集団である。
多能性幹細胞の割合は、1種類以上、2種類以上又は3種類以上の多能性幹細胞マーカーについて、その発現を検出することにより判断することができる。この場合、前記数値範囲内である多能性幹細胞マーカーの種類は特に限定しない。例えば、検出した多能性幹細胞マーカーの1種類以上、2種類以上、3種類以上又は全ての種類である。
≪浮遊培養≫
「浮遊培養」とは、細胞培養方法の一つで、細胞を液体培地中において浮遊状態で培養することをいう。本明細書において「浮遊状態」とは、培養容器等の表面(例えば、壁面、底面、蓋の下面等の内面、培養容器内の構造物(例えば攪拌翼等)の表面等)に存在する外部マトリクスに対する接着等によって固定されていない状態をいう。「浮遊培養法」は、細胞を浮遊培養する方法であって、この方法での細胞は、培養液中で凝集した細胞塊として存在する。細胞を浮遊させる方法としては、特に限定されないが、攪拌、旋回、振盪等がある。
一般に、細胞培養方法には、浮遊培養とは異なる他の培養方法として、接着培養法がある。「接着培養」とは、細胞を培養容器等の表面に存在する外部マトリクス等に接着させて培養することをいう。外部マトリクスとは、特に限定されないが、例えば、Laminin、Vitronectin、Gelatin、Collagen、E-Cadherinキメラ抗体又はこれらの組み合わせ等を使用することができる。なお、上述の多能性幹細胞は、通常、浮遊培養のみならず、接着培養での培養も可能である。
≪培地及び培地交換方式≫
本明細書において「培地」とは、細胞を培養するために調製された液状又は固形状の物質をいう。原則として、細胞の増殖及び/又は維持に不可欠の成分を必要最小限以上含有する。本明細書の培地は、特に断りがない限り、動物由来細胞の培養に使用する動物細胞用の液体培地が該当する。本明細書においては、しばしば、液体培地を単に「培地」と略称する。
本明細書において「基礎培地」とは、様々な動物細胞用培地の基礎となる培地をいう。基礎培地単体でも培養は可能であるが、様々な培養添加物を加えることにより、目的に応じた培地、例えば各種細胞に特異的な培地を調製することもできる。本明細書で使用する基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’S Modified Dulbecco’S Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’S Modified Eagle’S Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’S培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’S Modified Eagle’S Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等が挙げられるが、特に限定されない。DMEM/F12培地としては特に、DMEM培地とハムF12培地の重量比を60/40以上40/60以下の範囲、例えば58/42、55/45、52/48、50/50、48/52、45/55、又は42/58等で混合した培地を用いることが好ましい。その他、ヒトiPS細胞やヒトES細胞の培養に使用されている培地も好適に使用することができる。
本発明で用いる好ましい培地としては、血清を含まない培地、すなわち無血清培地が挙げられる。
本明細書において「培養添加物」とは、培養目的で培地に添加される血清及び気体成分以外の物質である。培養添加物の具体例として、限定はしないが、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、炭酸水素ナトリウム、増殖因子、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生剤又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。インスリン、トランスフェリン、及びサイトカインは、動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のタンパク質であってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。また、増殖因子としては、限定するものではないが、例えば、FGF2(Basic fibroblast growth factor-2)、TGF-β1(Transforming growth factor-β1)、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF、IGFBP-7又はこれらの組合せを使用することができる。抗生剤としては、限定するものではないが、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB又はこれらの組合せ等を使用することができる。本発明で用いる培地の培養添加物として、FGF2及び/又はTGF-β1を好適に使用することができる。
また、培地には、ROCK阻害剤を含有することが好ましい。ROCK阻害剤としては、Y-27632が挙げられる。ROCK阻害剤を培地に含有することで、基質や他の細胞への多能性幹細胞の非接着状態、及び/又は高せん断ストレス下での細胞死を大幅に抑制することができる。
更に、培地としては、プライム型多能性幹細胞を培養対象とする場合、LIFを含まない組成とすることが好ましい。更に、プライム型多能性幹細胞を培養対象とする場合、GSK3阻害剤及びMEK/ERK阻害剤のいずれか一方、又は両方を含まない培地組成とすることが好ましい。これらLIF、GSK3阻害剤、及びMEK/ERK阻害剤をいずれも含まない培地であれば、プライム型多能性幹細胞をナイーブ化することなく、且つ未分化状態を維持して培養することができる。
本発明で用いる培地は、前記培養添加物を1種類以上含むことができる。前記培養添加物を添加する培地としては、限定はしないが、前記基礎培地が一般的である。
培養添加物は、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で培地に添加することができる。例えば、L-アスコルビン酸は、2-リン酸アスコルビン酸マグネシウム等の誘導体の形態で培地に添加してもよく、セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウム等)の形態で培地に添加してもよい。また、インスリン、トランスフェリン、及びセレンに関しては、ITS試薬(インスリン-トランスフェリン-セレン)の形態で培地に添加することもできる。また、これら培養添加物が添加された培地、例えば、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つが添加された市販の培地を使用することもできる。インスリン及びトランスフェリンを添加した市販の培地としては、CHO-S-SFM II(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Hybridoma-SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、eRDF Dry Powdered Media(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社)、UltraDOMATM(BioWhittaker社)、UltraCHOTM(BioWhittaker社)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社)、STEMPRO(登録商標)hESC SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Essential8TM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、StemFit(登録商標)AK02N(味の素社)、mTeSR1(Veritas社)、及びTeSR2(Veritas社)等が挙げられる。
なお、本発明で用いる好ましい培地としては、例えば、培養添加物として、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの増殖因子を含む無血清培地が挙げられる。また、培養添加物として、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの増殖因子(好ましくはFGF2及びTGF-β1)を含み、血清を含まないDMEM/F12培地も好適に使用することができる。
本明細書において「培地交換方式」とは、細胞の生存・増殖のための栄養供給源としての培地の細胞への供給方法、及び細胞により栄養素が消費され代謝産物が蓄積された培地の除去方法をいう。培地交換方式としては、特に限定されないが、例えば回分方式、灌流方式等が挙げられる。回分方式とは、任意の培養時間ごとに培養系中の培地(本明細書においては、しばしば「培養液」と称する)の任意量(例えば、全量、半量)を新たな培地と交換することをいう。灌流方式とは、一定の時間にわたり培養系中の培地を除去及び供給することで培地交換を行い続けることをいい、単位時間当たりの培地除去及び供給量を培地灌流量という。培地の灌流は連続的に行ってもよいし、間欠的に複数回に分けて行ってもよい。
回分方式による培地交換は常法により行うことができ、その方法は特に限定しない。例えば、一度に交換する培地量、培地交換の間隔、培地交換に使用する培地等は、灌流方式による場合と同様に、任意に選択することができる。培地交換操作に用いる機器も特に限定されず、例えば、ピペッター、マイクロピペット、連続分注器等が挙げられ、これらを単体で又は組み合わせて使用することができる。これらの機器は、一度の培地交換において1種類を使用しても、複数種類を使用してもよく、培地交換ごとに異なる種類の機器を使用してもよい。
≪ガス供給≫
本明細書において「ガス供給」とは、細胞を培養中の培養液にガスを通気することで、細胞が生存、及び又は増殖等をするために必要な酸素や二酸化炭素を培養液中に供給することをいう。ガス供給に用いるガスの成分としては、酸素、窒素、二酸化炭素、その他大気中に存在するガス成分がある。供給ガス中のそれぞれの成分の割合としては、酸素の下限は、1%、2%、3%、4%、5%、10%、又は20%が好ましく、上限は100%、90%、80%、70%、60%、50%、40%、30%、又は20%が好ましい。二酸化炭素の下限は、5%、4%、3%、2%、1%、又は0%が好ましく、上限は20%、10%、9%、8%、7%、6%、又は5%が好ましい。酸素と二酸化炭素の割合としては、互いに独立に任意の割合を選択することができ、例えば、酸素と二酸化炭素以外の成分として窒素を加えることによりガス中の酸素濃度と二酸化炭素濃度を調整すればよい。また、供給ガスの調製は、それぞれ精製された酸素と二酸化炭素と窒素を混合することにより行ってもよいし、空気に酸素や二酸化炭素や窒素を混合することにより行ってもよい。限定するものではないが、酸素と二酸化炭素と窒素の供給ガス中の比率としては、例えば、20:5:75、20:4:76、20:3:77、20:2:78、20:1:79、20:0:80、5:5:90、5:0:95、40:5:55、50:0:60等が挙げられる。なお、前記比率は培養中一定である必要はなく、随時変化してもよい。また、細胞培養液に供給するガスは無菌状態であることが好ましく、限定するものではないが、フィルターを通して培養液に供給することが好ましい。なお本明細書中において、「二酸化炭素」のことを「炭酸ガス」、「供給ガス中の二酸化炭素濃度」のことを「炭酸ガス濃度」と記述することがある。また、「液体培地中の二酸化炭素濃度」のことを「溶存炭酸ガス濃度」と記述することがある。
1-3.培養工程
本態様の方法は、浮遊培養工程を必須で含んでいる。また、本態様の方法は多能性幹細胞集団の回収工程を含むものでもよい。以下、それぞれの工程について、説明をする。
1-3-1.浮遊培養工程
「浮遊培養工程」は、多能性幹細胞集団を、未分化状態を維持した状態で増殖させるために培養する工程である。浮遊培養としては、当該分野で既知の動物細胞の培養方法を利用することができる。例えば、細胞を細胞非接着性の容器中で液体培地中に攪拌させる浮遊培養法であってよい。
(細胞)
本工程で使用する細胞は、浮遊培養において細胞凝集が可能な細胞である。上述の「1-2.用語の定義」における「多能性幹細胞」の項で記載したように、動物細胞、ヒト細胞等が好ましい。また、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞も好適に使用することができる。本工程で使用する多能性幹細胞は、一つの細胞でも良いし、複数細胞からなる細胞集団(多能性幹細胞集団)でもよい。前記多能性幹細胞が多能性幹細胞集団の場合、前記細胞集団において多能性幹細胞マーカー(例えばOCT4、SOX2、Nanog)を発現する及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞の割合(比率)は、例えば90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%以下である。
(培養容器)
浮遊培養に用いる培養容器は、特に限定されないが、容器内面にタンパク質の吸着を抑える処理がなされている培養容器が好ましい。培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、ディッシュ状、フラスコ状、ウェル状、バッグ状、スピナーフラスコ状等の形状の培養容器が挙げられる。例えば、0.3c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を培養容器として使用できる。
使用する培養容器の容量は、適宜選択することができ、特に限定されないが、培地を収容し培養可能な体積の下限が、1mL、2mL、4mL、10mL、20mL、30mL、50mL、100mL、200mL、500mL、1L、3L、5L、10L、又は20Lで、上限が、100L、50L、20L、10L、5L、3L、1L、500mL、200mL、100mL、50mL、又は30mLであることが好ましい。また、任意の容量の攪拌翼型リアクターを使用する場合は、当該リアクターの各メーカー指定のワーキングボリュームの範囲内とすることができる。
また、本明細書中で、実際に培養容器中に収容し細胞培養を行っている培地体積のことを培養体積、又は培養液量と表記する。
(培地)
浮遊培養に使用する培地は、上記「1-2.用語の定義」で説明した基礎培地にROCK阻害剤を含む培地である。ROCK阻害剤を含み、かつ多能性幹細胞を増殖及び/又は維持できる培地であれば、限定はしない。特に、白血病阻止因子を含まない培地を使用することが好ましい。
また、本工程の培地交換方式として、灌流方式を用いる場合、本工程に使用する培地の培養添加物組成は一定でなくてもよい。具体的には、本工程の培養開始時の培地の培養添加物組成と、本工程の培養中に、灌流方式による培地交換に使用する培地の培養添加物組成は異なっていてもよい。また、本工程の培養中に、灌流方式による培地交換に使用する培地は複数種類使用してもよく、培養中の任意の時点で、灌流方式による培地交換に使用する培地を異なる培養添加物組成のものに切り替えてもよい。または、灌流に用いる液体培地の培養添加物組成を培養途中で変化させることもできる。このように培地の培養添加物組成を変化させることで、様々な単位時間当たりの培地灌流量に合わせて培養系中の任意の培養添加物や培地成分の濃度を連続的に制御し、適切な濃度推移にすることが可能となる。
例えば、ROCK阻害剤は、本工程の培養開始時の液体培地中の終濃度として下限を1μM、2μM、3μM、5μM、7μM、又は10μMとすることができる。
本工程の培養開始時の液体培地中のROCK阻害剤の濃度の上限は、特に限定されず、細胞死を生じさせない範囲、未分化状態からの逸脱を生じさせない範囲及びROCK阻害剤の溶解度等の条件に応じて決定することができる。
例えば、本工程の灌流方式による液体培地中のROCK阻害剤は、培養開始時の液体培地中の終濃度として、上限を50μM、40μM、30μM、又は20μMとすることができる。
また特に限定するものではないが、本工程の灌流方式による培地交換に使用する液体培地中のROCK阻害剤の濃度は、本工程の培養開始時の液体培地中のROCK阻害剤の濃度より低いことが好ましい。
本工程の灌流方式による培地交換に使用する液体培地中の終濃度としてのROCK阻害剤の濃度の上限は、特に限定されず、細胞死を生じさせない範囲、未分化状態からの逸脱を生じさせない範囲及びROCK阻害剤の溶解度等の条件に応じて決定することができる。
例えば、本工程の灌流方式による培地交換に使用する液体培地中の終濃度としてのROCK阻害剤は、上限を50μM、40μM、30μM、又は20μMとすることができる。
また、ROCK阻害剤は、本工程の灌流方式による培地交換に使用する液体培地中の終濃度として下限を0μM、1μM、2μM、3μM、5μM、7μM、又は10μMとすることができる。
培地中のROCK阻害剤の濃度が前記範囲内であればROCK阻害剤の添加方法については特に限定しない。例えば、培地にROCK阻害剤を総量で前記濃度範囲となるように直接投与して調製してもよいし、別の溶媒で希釈したROCK阻害剤溶液を培地と混合することにより添加してもよい。
本発明において、培養の進行に伴い供給する炭酸ガスの量を減少させることができる。つまり培養液中の溶存炭酸ガス濃度を減少させていくことができる。一方、前記灌流により培地交換を行う際に、前記灌流に用いる培地中の溶存炭酸ガス濃度が培養液中の溶存炭酸ガス濃度より高い場合、培養液中の溶存炭酸ガス濃度が増加してしまう。よって、前記灌流に用いる培地中の溶存炭酸ガス濃度は、前記培養液中の溶存炭酸ガス濃度より低いことが好ましい。
(播種密度)
灌流方式による浮遊培養に際して、新たな培地に播種する細胞の密度(播種密度)は、播種に使用する細胞の状態、本工程での培養時間や、培養後に必要な細胞数を勘案して適宜調整することができる。限定はしないが、通常、下限は0.01×10cells/mL、0.1×10cells/mL、1×10cells/mL、又は2×10cells/mL、そして、上限は20×10cells/mL、又は10×10cells/mLの範囲とすることができる。播種密度により、特に培養初期の増殖効率が左右されるため、例えば、播種密度の下限を1×10cells/mL、上限を5×10cells/mLとすることが好ましい。
(培養条件)
培養温度、時間、CO濃度、O濃度等の培養条件は特に限定しない。当該分野における常法の範囲で行えばよい。例えば、培養温度は下限が20℃、又は35℃、そして上限が45℃、又は40℃であればよいが、好ましくは37℃である。また、培養時間は、例えば、1継代期間当たりの下限を0.5時間、又は6時間、そして上限が192時間、120時間、96時間、72時間、又は48時間の範囲とすることができる。培養時のCO濃度は、例えば、下限を0%、0.5%、1%、2%、3%、4%、又は5%、そして上限を10%、又は5%とすることができ、5%とすることがより好ましい。培養時のO濃度は、例えば、下限を3%、又は5%、そして上限を21%、又は20%とすることができ、21%とすることがより好ましい。
(培養方法)
本工程の浮遊培養において、ガス供給の方法は任意の方法を用いることができ、一般的な培養方法で用いられる定法を用いればよい。限定するものではないが、例えば、供給ガスを培養液の液面上に通気させ供給してもよく、スパージャーを用いて培養液中でバブリングしてもよい。ただし、より好ましいのは培養液の液面上に通気させる方法である。
供給ガスの量については、インキューベータのような培養機器内で細胞を培養する場合であれば、その機器内部を十分満たす量であればよい。また、バイオリアクターのような容器を用いて細胞を培養する場合であれば、容器についているガス供給ポートから通気することになるが、その量は培養体積、培養液面の面積、培養細胞のガス要求性、培養液中のガス移動速度等を勘案して適切に決定すればよい。一例として、0.3c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を用いて培養液量142mLで培養する場合、供給ガス量は3L/hが適切である。前記培養液量より培養液の量を増加させる場合は供給ガス量を増加させてもよいし、前記培養液量より減少する場合は供給ガス量を減少させてもよい。
本浮遊培養工程において、液体培地に供給する炭酸ガス濃度は可変である。一般的な細胞培養方法においては、炭酸ガス濃度をはじめとするガス濃度は培養を通して一定であるが、培養中に逐次変化する細胞の状態や培地環境に対応するためには適切に変化させる必要がある。本工程において、供給ガス中の炭酸ガス濃度の下限は0%、1%、1.5%、2%又は2.5%が好ましく、上限は10%、9%、8%、7%、6%、又は5%が好ましい。なお、液体培地に供給される炭酸ガス供給量は供給ガス中の炭酸ガス濃度と、供給ガスの供給量を掛けた量である。つまり、培養液への炭酸ガスの供給量を変化させる方法としては、供給ガス中の炭酸ガス濃度を変化させる方法、炭酸ガスが含まれる供給ガスの供給量を変化させる方法、又はその両者を組み合わせた方法を用いることができる。
培養が進行するにつれ、細胞が増殖することで、細胞自身が酸素を消費し二酸化炭素を排出する総量が増加すると考えられる。このため、外部からの炭酸ガスの供給量を変更することで培養環境をより一定に制御できる。また、これに加えて培養の進行に伴い細胞が排出する二酸化炭素以外の代謝物の培養環境への影響も炭酸ガスの供給量を減らすことで制御できる。つまり、本工程において、炭酸ガスの供給量を培養の進行に伴って減少させることが好ましく、例えば、供給ガスの供給量が一定の場合、炭酸ガス濃度は培養の進行に伴って減少させることが好ましい。ただし、単調的な減少である必要はなく、炭酸ガス濃度を上下させバランスを調整しながら徐々に減少させていく方法でもよい。
例えば、特定の長さの時間の炭酸ガス濃度の平均値が、その前の同じ長さの時間の炭酸ガス濃度の平均値と比較して同等以下になるように減少させることができる。この場合の時間は特に限定しないが、例えば、0.5時間、1時間、1.5時間、2時間、2.5時間、3時間、4時間、5時間、6時間、8時間、12時間、18時間又は24時間とすることができる。また、例えば、1時間~6時間又は2時間~4時間の長さとすることができる。この時間で区切られた時間区間は、培養時間の中で位置が固定されていてもよく(例えば、培養開始後0時間~6時間の区間)、注目する時点に応じて設定されてもよい(例えば、注目する時点の直前の6時間)。
炭酸ガス濃度の減少速度は特に限定しない。例えば、炭酸ガス濃度は、減少の開始から一定期間の後に0%~5%、0%~4%、0%~3%、0%~2.5%の範囲まで低減される。例えば、減少の開始から0.5日以上、1日以上又は1.5日以上の後に上記範囲まで低減されればよい。また、炭酸ガス濃度として、例えば、上述したような一定の長さの時間の炭酸ガス濃度の平均値を用いることができる。ここで用いる時間の長さは上述の時間の長さと独立に選択することができる。例えば、2時間~4時間の炭酸ガス濃度の平均値が、その前の同じ長さの時間の炭酸ガス濃度の平均値と比較して同等以下になるように減少させることができ、それにより、炭酸ガス濃度の6時間の平均値を、減少の開始から1日以上後に0%~2.5%の範囲まで低減することができる。
また、液体培地中への炭酸ガス供給量は1つ以上の指標に基づいて変更することができる。炭酸ガス濃度を培養の進行に伴って減少させるための指標としては、例えばpH、細胞密度、乳酸濃度、細胞の乳酸産生速度等が挙げられる。この指標は、培地灌流量の制御に使用される培養変数とは独立に、又は培養変数と関連して選択することができる。これら指標の単独、又は複数の組み合わせに対して比例又は逆比例するように炭酸ガスの供給量を減少させればよい。したがって、これらの指標に関しても、培養変数に関して後述する数式を使用することができる。
この場合、通常、補正係数Mの符号は後述する培養変数において用いる場合と逆転する。例えば、指標として細胞密度、細胞密度増加率、細胞数、細胞凝集塊のサイズ又は体積を用いる場合には、一般にこれらの変数が増加するほど炭酸ガス濃度を減少させることが好ましいため、Mとして負の値を用いる。一方、例えば、指標として細胞密度の代わりにpHを用いる場合、一般にpHが低下するほど炭酸ガス濃度を減少させることが好ましいため、Mとして正の値を用いる。
例えば、培養液のpHを指標の1つとすることできる。この場合、pHの低下を抑制するように供給ガス中の炭酸ガス濃度を変化させることにより、炭酸ガス供給量を変更する(特に減少させる)ことができる。具体的には、例えば、供給ガス中の炭酸ガス濃度をpHの値に比例するように設定することができる。
炭酸ガス濃度を減少させ始めるタイミングは任意である。また、上述した培地の灌流を開始するタイミングと異なり、炭酸ガス濃度を減少させ始めるタイミングは細胞が凝集塊を形成する前でもよく、培養開始時点から炭酸ガス濃度を減少させ始めてもよい。炭酸ガス濃度を減少させ始めるタイミングは、好ましくは、培養開始時点である。上述の通り、単細胞状態で培養を開始した場合には、凝集塊を形成する前において液体培地を灌流することは好ましくないため、炭酸ガス濃度の調整を行うことにより、灌流による培養環境の制御ができない期間においても細胞の比増殖速度を向上させることが可能となる。
本工程の浮遊培養において、培養中の培地は流動状態にある。「流動培養」とは、培地を流動させる条件下で培養することをいう。流動培養の場合、細胞の凝集を促進するように培地を流動させる方法が好ましい。そのような培養方法として、例えば、旋回培養法、揺動培養法、撹拌培養法、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
「旋回培養法」(振盪培養法を含む)とは、旋回流による応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように培地が流動する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む培地を収容した培養容器を概ね水平面に沿って円、楕円、変形した円、変形した楕円等の閉じた軌道を描くように旋回させることにより行う。
旋回速度は特に限定されないが、下限は1rpm以上、10rpm以上、50rpm以上、60rpm以上、70rpm以上、80rpm以上、83rpm以上、85rpm以上、又は90rpm以上とすることができる。一方、上限は200rpm以下、150rpm以下、120rpm以下、115rpm以下、110rpm以下、105rpm以下、100rpm以下、95rpm以下、又は90rpm以下とすることができる。旋回培養に使用するシェーカーの振幅は特に限定されないが、下限は、例えば1mm以上、10mm以上、20mm以上、又は25mm以上とすることができる。一方、上限は、例えば200mm以下、100mm以下、50mm以下、30mm以下、又は25mm以下とすることができる。旋回培養の際の回転半径も特に限定されないが、好ましくは振幅が前記の範囲となるように設定される。回転半径の下限は例えば5mm以上又は10mm以上であり、上限は例えば100mm以下又は50mm以下とすることができる。特に、本方法を細胞凝集塊の製造方法等として利用する場合、旋回条件を前記範囲にすることで、適切なサイズの細胞凝集塊を製造することが容易となるため好ましい。
「揺動培養法」とは、揺動(ロッキング)撹拌のような直線的な往復運動により培地に揺動流を付与する条件で培養する方法をいう。具体的には、細胞を含む培地を収容した培養容器を概ね水平面に垂直な平面内で揺動させることにより行う。揺動速度は特に限定されないが、例えば1往復を1回とした場合、下限は1分間に2回以上、4回以上、6回以上、8回以上、又は10回以上、一方、上限は1分間に15回以下、20回以下、25回以下、又は50回以下で揺動すればよい。揺動の際、垂直面に対して若干の角度、すなわち揺動角度を培養容器につけることが好ましい。揺動角度は特に限定されないが、例えば、下限は0.1°以上、2°以上、4°以上、6°以上、又は8°以上、一方、上限は20°以下、18°以下、15°以下、12°以下又は10°以下とすることができる。本方法を細胞凝集塊の製造方法等として利用する場合、揺動条件を前記範囲とすることで、適切なサイズの細胞凝集塊を製造することが容易となるため好ましい。
更に、上記旋回と揺動とを組み合わせた運動により撹拌しながら培養することもできる。
「攪拌培養法」とは、攪拌翼やスターラーにより培養液を攪拌し、細胞、及び/又は細胞凝集塊等が培養液中に分散する条件で培養する方法をいう。攪拌翼による攪拌により培養中の培地を流動状態にする場合、特に限定されないが、その攪拌速度は下限が1rpm、5rpm、10rpm、20rpm、30rpm、40rpm、50rpm、60rpm、70rpm、80rpm、90rpm、100rpm、110rpm、120rpm、又は130rpmで、上限が200rpm、190rpm、180rpm、170rpm、160pm、150rpm、140rpm、130rpm、120rpm、110rpm、100rpm、90rpm、80rpm、70rpm、60rpm、50rpm、40rpm、又は30pmであることが好ましい。
また、攪拌翼のついたリアクター等を用いた攪拌方式での浮遊培養である「撹拌培養法」においては、培養中の細胞にかかる剪断応力を制御することが好ましい。多能性幹細胞を含む動物細胞は、一般的に、他の種類の細胞と比較して物理的ストレスに弱い場合が多い。そのため、攪拌培養に際して細胞に負荷される剪断応力が大きすぎると、細胞が物理的なダメージを受け、増殖能が低下したり、多能性幹細胞であれば未分化性を維持できなくなったりする場合がある。
攪拌培養において細胞に負荷される剪断応力は、限定されないが、例えば翼先端速度に依存する。翼先端速度とは、攪拌翼先端部の周速であり、翼径[m]×円周率×回転数[rps]=翼先端速度[m/s]として求めることができる。なお、翼径が、攪拌翼の先端形状により複数求められる場合には、最も大きな距離とすることができる。
また、翼先端速度は、特に限定されないが、下限は0.05m/s、0.08m/s、0.10m/s、0.13m/s、0.17m/s、0.20m/s、0.23m/s、0.25m/s、又は0.30m/sとすることが好ましい。翼先端速度をこの範囲とすることで、多能性幹細胞の未分化を維持しながら、細胞同士の過凝集を抑制することができる。
更に、翼先端速度は、特に限定されないが、上限は1.37m/s、1.00m/s、0.84m/s、0.50m/s、0.42m/s、0.34m/s、又は0.30m/sとすることが好ましい。翼先端速度をこの範囲とすることで、多能性幹細胞の未分化を維持しながら、培養系内の培地の流動状態を安定化することができる。
灌流方式による培地交換は、培養液中に播種した細胞が互いに接着し凝集塊を形成している状態で開始することが好ましい。例えば、培地交換を灌流方式により行う場合、細胞凝集塊の形成後に前記灌流方式による灌流を開始することが好ましい。これにより、後述する、培養液中から細胞を除き培地のみを除去するフィルターを用いて、培地交換の際に細胞凝集塊を培養液中に留めることができる。なお、培養液中の細胞全てが凝集塊を形成している必要はなく、単細胞状態の細胞が存在してもよい。灌流開始時点で単細胞状態の細胞は培地の灌流下で細胞凝集塊を形成してもよい。培地の灌流を開始する際の、播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合の下限は、特に限定するものではないが、10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、又は80%が好ましく、上限は300%、200%、150%、140%、130%、120%、110%、100%、90%、又は80%が好ましい。一般に、浮遊培養に播種した細胞は一部が死滅し、一時的に播種量に対して細胞数が低下するが、この低下の割合が低いほうが好ましい。また培地交換を灌流方式により行う場合、灌流開始時点の、播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合が高すぎると、灌流開始までに栄養素の枯渇が進行し細胞に悪影響を与える懸念がある。そのため、その割合は高すぎないことが好ましい。このことから、播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合の範囲は、下限を50%、上限を150%とすることが好ましい。
また、灌流方式による培地交換は、培養液中の細胞が互いに接着し凝集塊を形成している状態であれば、開始のタイミングは任意に設定することができる。特に限定するものではないが、灌流を開始するタイミングは、例えば、細胞を播種して培養を開始した後72時間以降、60時間以降、48時間以降、42時間以降、36時間以降、30時間以降、24時間以降、18時間以降、又は12時間以降が好ましい。
灌流開始時の単位時間当たりの培地灌流量(本明細書においては、しばしば「基準灌流量」と称する)は任意に定めることができる。基準灌流量は、所定の時間で培地体積を100%置換する培地灌流量に、培養開始時の培養条件に基づく開始係数を掛けた培地灌流量を指す。ここで、所定の時間の長さは特に限定しない。例えば、1時間、3時間、5時間、6時間、9時間、12時間、15時間、18時間、20時間、24時間、30時間、36時間、42時間、48時間、60時間、72時間とすることができる。
特に限定するものではないが、例えば、所定の時間が24時間である場合、培養体積に、24時間に対する単位時間の長さの割合を掛けた値に基づいて、基準灌流量を定めることができる。具体的には、例えば、単位時間の長さが1時間である場合、所定の時間が24時間のときの基準灌流量は、培養体積を24で除した値に基づく。
開始係数として、例えば、これに、細胞の播種密度や、灌流開始時の播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合等の培養開始時の培養条件に応じた適切な値を掛けた値を、基準灌流量として定めることができる。前記開始係数の下限は、0.1、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、又は1.0、上限は2.0、1.9、1.8、1.7、1.6、1.5、1.4、1.3、1.2、1.1、又は1.0が好ましい。
開始係数は、目的や条件に応じて適宜設定することができるが、例えば、特定の条件における開始係数を1.0として、その特定の条件からの逸脱の大きさ(例えば、特定の細胞の播種密度に対する実際の細胞密度の比率、又は特定の灌流開始時の播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合に対する実際の灌流開始時の播種した細胞数に対する凝集塊を形成している細胞数の割合の比率等)に基づいた値を開始係数として使用することができる。特定の条件としては、例えば、同種の細胞を使用した場合の標準的な培養条件、細胞の提供者推奨の培養条件等が挙げられる。
灌流を開始させた後、本発明の方法を用いて培地灌流量の制御を開始するタイミングは任意に設定できる。灌流を開始させると同時に培地灌流量の制御を開始してもよいし、培地を灌流させた後6時間以降、12時間以降、18時間以降、又は24時間以降に培地灌流量の制御を開始してもよい。乳酸濃度やpH等の培養環境が大きく変化し細胞に悪影響が生じ始める以前に培地灌流量の制御を開始することが好ましい。
灌流方式による培地交換の単位時間当たりの培地灌流量(本明細書においては、しばしば「変動灌流量」と称する)の下限は、培養体積の1%、3%、4%、5%、10%、20%、30%、40%、又は50%、そして上限は100%、90%、80%、70%、60%、又は50%が好ましい。なお、ここでの単位時間当たりの培地灌流量とは、1時間当たりの培地灌流量のことを指す。
上記の範囲で、培養の進行に伴って変動灌流量を制御することが好ましい。換言すれば、浮遊培養工程において、基準灌流量及び特定の培養条件に基づく培養変数により、変動灌流量を培養体積の1%~100%の範囲に制御することができる。変動灌流量が本発明の方法により制御された量であれば、その推移は任意である。例えば、単位時間中一定の量で灌流してもよいし、単位時間中の前半は培地灌流量を少なくし、後半は培地灌流量を多くしてもよい。単位時間中の一部のみ灌流を停止して間欠灌流にしてもよい。培養の進行に伴う変動灌流量の制御は、1つ以上の培養変数に基づくことが好ましい。培養変数は、特定の培養条件に基づく変数であり、具体的な培養変数としては、細胞密度、細胞数、細胞凝集塊サイズ若しくは体積、培養液中の乳酸量、培養液中のpH、単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量等が挙げられる。また、培地灌流量の制御の開始時点の細胞密度に対する細胞密度の比率である、細胞密度増加率を培養変数に設定することもでき、培地灌流量の制御の開始時点の細胞凝集塊体積に対する細胞凝集塊の体積比率である、凝集塊体積増加率を培養変数に設定することもできる。例えば、培養変数の1つが細胞密度増加率である場合、細胞密度増加率の上昇に基づいて変動灌流量を上昇させることにより、培地灌流量を制御することができる。また、例えば、培養変数の1つが凝集塊体積増加率である場合、凝集塊体積増加率の上昇に基づいて変動灌流量を上昇させることにより、培地灌流量を制御することができる。
これらの1つ以上の培養変数の変化に合わせて単位時間当たりの培地灌流量の連続的又は間欠的に変化させることができる。例えば、1つ以上の培養変数とそれぞれ比例関係となるように単位当たりの培地灌流量を制御することができる。つまり、複数の培養変数に基づく場合には、各培養変数に対して、他の培養変数を定数としたときに比例関係が成り立つように培地灌流量を制御することができる。
例えば、細胞密度を培養変数とした場合、細胞密度の増加に伴い単位時間当たりの培地灌流量を上昇させることができる。例えば、細胞密度の増加に比例して上昇させることができる。pHを培養変数とした場合、pHの低下を抑制するように単位時間当たりの培地灌流量を制御することができる。なお、pHの低下を抑制するとは、pHの値が低下しないように維持、微増させること、又はpHの値の低下速度を緩和することである。pHの低下の抑制は、培地灌流量を上昇させること、及び/又は後述のように培地への炭酸ガス供給量を減少させることで可能である。そのため、例えば、pHの低下に基づいて前記単位時間当たりの培地灌流量を上昇させることにより、pHの低下を抑制することができる。
以下、培養変数として細胞密度等を用いた場合を例にとり、培地灌流量の制御を数式を用いて説明する。しかし、これはあくまで例示であり、培養変数として他の情報を使用した場合であっても、同様の方法で培地灌流量を制御することができる。
例えば、培養変数の1つが細胞密度増加率であるとき、単位時間当たりの培地灌流量を制御しはじめる際の培地灌流量(つまり、基準灌流量)をFとし、その際の細胞密度をC、その後の各培養時間での任意の時間の細胞密度をCとした場合、当該任意の時間での単位時間当たりの培地灌流量(つまり、変動灌流量)Fは、細胞密度増加率に比例する下記の数1とすることができる。
Figure 2022151855000001
Cの値は事前に想定される値を用いてもよく、また培養中に実測した値を反映させてもよい。例えば、培養前半は想定されるCの値を用い、培養後半は培養中の実測のCの値を適用する等培養途中で切り替えてもよい。
また前記細胞密度は細胞数、細胞凝集塊のサイズ又は体積に置き換えることも可能である。例えば、細胞密度を細胞凝集塊体積とした場合(Cを培養中の任意の時間の細胞凝集塊体積、Cを制御の開始時点の細胞凝集塊体積とした場合)には、培養変数の1つが細胞凝集塊体積増加率のときのF(変動灌流量)を、細胞凝集塊体積増加率に比例する数1とすることができる。また前記数1の式に、細胞株やその細胞株の培養履歴による細胞特性の差等を補正するための補正係数としてMを掛けた下記の数2とすることができる。
Figure 2022151855000002
なお、細胞特性の差としては、限定するものではないが、培養液中の乳酸への耐性が挙げられ、細胞に顕著な悪影響を与えない乳酸濃度の上限値を反映させて設定することができる。Mの値は、上述した炭酸ガス濃度の変更の下限値を反映させて設定することもできる。通常、炭酸ガス濃度の変更の下限値が低ければMの値は小さくすることができる。特に限定するものではないが、例えば補正係数Mは細胞株による過酷培養環境への耐性の差を表す値とみなすことができる。補正係数Mの値の絶対値としては、下限は0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、又は1.0、上限は2.0、1.9、1.8、1.7、1.6、1.5、1.4、1.3、1.2、1.1、又は1.0が好ましい。Mの値は正であっても負であってもよい。例えば、培養変数として細胞密度、細胞密度増加率、細胞数、細胞凝集塊のサイズ又は体積を用いる場合には、一般にこれらの変数が増加するほど培地灌流量を増加させることが好ましいため、Mとして正の値を用いる。一方、例えば、培養変数として細胞密度の代わりにpHを用いる場合、一般にpHが低下するほど培地灌流量を増加させることが好ましいため、Mとして負の値を用いる。
例えば、補正係数Mの値として、ヒトiPS細胞の特定の株(例えば、1231A3株又は1383D6株等)における培養液中の乳酸への耐性を1.0とした場合の、使用する細胞株における培養液中の乳酸への耐性の値を設定することができる。使用する細胞株の乳酸への耐性は、例えば、乳酸を添加して培養することにより算出したIC50値に基づいて判断することができるし、試験的に培養を行い細胞増殖が低下し始めた前後の蓄積乳酸濃度に基づいて判断することもできる。乳酸への耐性の情報は、細胞株の提供者から提供されたものでも、実際に測定して得たものでもよい。
また、補正係数Mの値として、培養液中の低いpHへの耐性を示す値を使用することもできる。この場合、例えば、Mの値は、使用する細胞株の至適pH、又は上述した炭酸ガス濃度の下限値を反映させて設定することもできる。通常、至適pHが高いほど、及び/又は炭酸ガス濃度の調整の下限値が低いほど、Mの値を小さくすることができる。例えば、補正係数Mの値として、ヒトiPS細胞の特定の株における培養液中のpHへの耐性を1.0とした場合の、使用する細胞株における培養液中のpHへの耐性の値を設定することができる。pHへの耐性の情報は、細胞株の提供者から提供されたものでも、実際に測定して得たものでもよい。
また前記数2の式に、単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量により変化する変数Kを掛けて下記の数3とすることも可能である。
Figure 2022151855000003
Kはある時点での単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をL、その後の各培養時間での単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をLとした場合、下記の数4とすることができる。
Figure 2022151855000004
ここで、ある時点における単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量は、その時点までの単位時間における培養液中の乳酸量の変化を、その単位時間内の平均の細胞数で割った値(その時点までの単位時間における培養液中の乳酸濃度の変化をその単位時間内の平均の細胞密度で割った値)を指す。ここで、培養液中の乳酸量又は乳酸濃度としては、例えば、培養液中で直接測定した値、培養液から少量採取したサンプルにおいて測定した値又は灌流により培養系から除去された培地において測定した値を使用することができる。
培地灌流量を変化させ始める時点の乳酸濃度の上限は10mM、9mM、8mM、又は7mMであることが好ましい。乳酸濃度を制御したい場合、培地灌流量を変化させ始める時点の乳酸濃度が高い場合、通常、灌流に使用する培地量が増加する。
単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量は、細胞株間や培養条件等により変わりうるため、用いる細胞に合わせて事前に測定し確認することが好ましい。またその下限は、1.0×10-10mmol/cell/h、3.0×10-10mmol/cell/h、5.0×10-10mmol/cell/h、7.0×10-10mmol/cell/h、1.0×10-9mmol/cell/h、1.1×10-9mmol/cell/h、1.2×10-9mmol/cell/h、又は1.3×10-9mmol/cell/h、上限は、2.5×10-9mmol/cell/h、2.0×10-9mmol/cell/h、1.9×10-9mmol/cell/h、1.8×10-9mmol/cell/h、1.7×10-9mmol/cell/h、1.6×10-9mmol/cell/h、1.5×10-9mmol/cell/h、1.4×10-9mmol/cell/h、又は1.3×10-9mmol/cell/hが好ましい。浮遊培養工程中の乳酸産生速度は、上記の下限値と上限値の間に維持されることが好ましい、なお培養中の単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量の変化は、HK2遺伝子の発現量とその変化からも想定することが可能である。
なお、培養中は基本的に上記式に従って培地灌流量を制御することが好ましいが、任意の方法により測定する培養液中の乳酸濃度やpHの値等が当初の想定範囲を逸脱している場合、つまり細胞に悪影響を及ぼさない値の範囲を超過している場合、又は細胞に悪影響を及ぼさない値の範囲内であるが、継続して当初の想定範囲外であり、余分量の灌流が必要となっている場合、一時的に上記式の適用を停止し、培地灌流量を任意量増加、減少、若しくは維持することで培養液中の乳酸濃度やpHの値を想定範囲に戻してもよい。想定範囲は、コストや設備等の条件に従って適宜定めることができる。好ましくは、想定範囲は、細胞に悪影響を及ぼさない乳酸濃度やpHの値の範囲内で設定される。細胞株等により変化するため特に限定するものではないが、細胞に悪影響を及ぼさない乳酸濃度の上限値としては、例えば、20mM、18mM、16mM、14mM、12mM、10mM、又は8mMが挙げられる。また細胞に悪影響を及ぼさないpHの下限値としては、例えば、6.5、6.6、6.7、6.8、6.9、又は7.0が挙げられる。浮遊培養工程中又は制御の開始時点のpHは、上記の下限値以上に維持されることが好ましい。一方、浮遊培養工程中又は制御の開始時点の培養液中の乳酸濃度は、上記の上限値以下に維持されることが好ましい。
細胞密度が8.0×10cells/mLに到達した後は培養環境の変化の生じやすさの度合いが大きいため、細胞密度が8.0×10cells/mLに到達した後の任意の培養6時間当たりに培地交換に使用する培地の総量が、当該任意の培養6時間の直前の培養6時間当たりに培地交換に使用する培地の総量より多くなるように培地灌流量を制御することが好ましい。換言すれば、培地灌流量の制御は、多能性幹細胞の細胞密度が8.0×10cells/mLに到達した後の任意の培養6時間の培地灌流量を、その直前の培養6時間の培地灌流量より増加させることを含むことが好ましい。
なお灌流方式による培地交換は、培養を継続しつつ容器内から細胞をフィルター等で分離した培養液を連続的に吸引し、かつ新しい培地を連続的に流加すればよい。使用するフィルターの目開きの大きさは、細胞凝集塊より小さいものであればよい。また、培養液中の死細胞等が通過可能な大きさでもよい。特に限定はしないが、下限は0.1μm、1μm、5μm、10μm、又は20μmが好ましく、上限は40μm、35μm、30μm、25μm、20μm、又は15μmが好ましい。
本浮遊培養工程では、増殖により得られる細胞数を任意に設定することができる。目的とする細胞数や細胞の状態は、培養する細胞の種類、細胞凝集の目的、培地の種類や培養条件に応じて適宜決めることができる。例えば、細胞増殖の程度は、培養開始時の細胞播種量に対して、特に限定されないが、下限が2倍、3倍、4.5倍、5倍、6倍、6.5倍、7倍、8倍、9倍、又は10倍であればよい。一方、その上限は特に設けるものではないが、例えば100倍、50倍、40倍、30倍、20倍、又は10倍にすることができる。特に、10倍以上に増殖することが好ましい。細胞増殖の程度は、例えば、培養1日目、培養2日目、培養3日目、培養4日目、培養5日目、培養6日目又はそれ以降に測定することができる。また、異なる日に複数回にわたって測定を行ってもよい。
なお、本浮遊培養工程では、培養途中の多能性幹細胞の一部を取り出し、細胞数や細胞凝集塊サイズを確認することができる。培養中に取り出した多能性幹細胞の凝集塊を例えば酵素処理で単一細胞にほぐしトリパンブルー法等の方法で生細胞数を測定することができる。あるいは、培養中に取り出した多能性幹細胞の凝集塊の個数やサイズから細胞数を見積もることも可能である。また細胞凝集塊サイズ、又は細胞凝集塊体積は、特に限定しないが、レーザー方式によるサイズ測定、画像を取得し画像からサイズを算出する方法等により測定できる。
本浮遊培養工程で製造される多能性幹細胞集団は細胞凝集塊を含むことができ、細胞凝集塊のサイズとしては、限定しないが、顕微鏡で観察したとき、同一培養系中の細胞凝集塊の観察像での最大幅のサイズの平均直径が、下限は40μm、50μm、60μm、70μm、80μm、90μm、又は100μm、一方その上限は500μm、400μm、300μm、250μm、200μm、又は150μmとすることができる。この範囲の細胞凝集塊は、内部の細胞にも酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。細胞凝集塊のサイズは、特に好ましくは、下限が40μm、上限が250μmである。細胞凝集塊等の多能性幹細胞集団は、浮遊培養工程において回収することができる。細胞凝集塊等の多能性幹細胞集団の回収方法は、当該分野の細胞培養方法で使用される常法に従えばよく、特に限定はしない。
本浮遊培養工程で製造される多能性幹細胞集団のうち、重量基準で下限が30%、40%、50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、98%、又は100%が上記のサイズ範囲内の細胞凝集塊であることが好ましい。
本浮遊培養工程による培養終点の細胞密度の下限は、1バッチでの生産効率を高くするという観点から、1.0×10cells/mL、2.0×10cells/mL、又は3.0×10cells/mLが好ましい。
また、本浮遊培養工程では、灌流方式により培養系中から除去した培地を用いて、培地中の栄養素や代謝産物の濃度を測定することができる。例えば、限定するものではないが、酵素電極反応を用いた培地成分測定装置を用いて除去培地中のグルコース濃度や乳酸濃度等を測定することが可能である。これらの情報を培地灌流量の制御に反映させてもよい。
灌流方式により培養系中から除去した培地中のグルコース濃度は、特に限定しないが、下限が1mM、2mM、3mM、4mM、5mM、6mM、7mM、8mM、9mM、又は10mM、上限が20mM、19mM、18mM、17mM、16mM、15mM、14mM、13mM、12mM、又は11mMであることが好ましい。例えば、下限を4mM、上限を16mMとすることができる。また、灌流方式により培養系中から除去した培地中の乳酸濃度は、下限が0mM、1mM、2mM、3mM、4mM、5mM、6mM、7mM、8mM、9mM、又は10mM、上限が20mM、19mM、18mM、17mM、16mM、15mM、14mM、13mM、12mM、又は11mMであることが好ましい。例えば、下限を0mM、上限を12mMとすることができる。
また、本浮遊培養工程では、培養途中の多能性幹細胞の一部を取り出し、細胞数や未分化状態を維持しているか確認することができる。例えば、培養中に取り出した多能性幹細胞に発現する多能性幹細胞マーカーの発現を測定することで、未分化状態を維持しているか確認することができる。多能性幹細胞マーカーとしては、例えば、Alkaline Phosphatase、Nanog、OCT4、SOX2、TRA-1-60、c-Myc、KLF4、LIN28、SSEA-4、SSEA-1等が例示できる。これら多能性幹細胞マーカーの検出方法も、上述したように、例えばフローサイトメトリーが挙げられる。
培養中に取り出した多能性幹細胞のなかで多能性幹細胞マーカーの陽性率が、例えば、80%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%以下の場合、未分化を維持していると判断することができる。複数の多能性幹細胞マーカーを用いた場合の陽性率と未分化性の判断は上述した通りである。
また、本工程において、培養途中で取り出した多能性幹細胞における三胚葉マーカー(内胚葉系細胞マーカー、中胚葉系細胞マーカー及び外胚葉系細胞マーカー)の発現を測定することで、未分化状態を維持しているか確認することができる。すなわち、これら内胚葉系細胞マーカー、中胚葉系細胞マーカー及び外胚葉系細胞マーカーの陽性率がいずれも、例えば、20%以下、10%以下、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下、5%以下、4%以下、3%以下、2%以下、1%以下、又は検出限界以下の場合、未分化を維持していると判断することができる。
内胚葉系細胞マーカーとは、内胚葉系細胞に特異的な遺伝子であり、例えば、SOX17、FOXA2、CXCR4、AFP、GATA4、EOMES等を挙げることができる。なお内胚葉系細胞は、消化管、肺、甲状腺、膵臓、肝臓等の器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)等へと分化する。
中胚葉系細胞マーカーとは、中胚葉系細胞に特異的な遺伝子であり、例えば、T(BRACHYURY)、MESP1、MESP2、FOXF1、HAND1、EVX1、IRX3、CDX2、TBX6、MIXL1、ISL1、SNAI2、FOXC1及びPDGFRα等を挙げることができる。なお中胚葉系細胞は、体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)等へと分化する。
外胚葉系細胞マーカーとは、外胚葉系細胞に特異的な遺伝子であり、例えば、FGF5、NESTIN、SOX1、PAX6等を挙げることができる。なお外胚葉系細胞は、皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)、水晶体、末梢神経系等を形成する。また、外胚葉の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄等の中枢神経系のニューロンやメラノサイト等の元にもなる。
これら三胚葉マーカー(内胚葉系細胞マーカー、中胚葉系細胞マーカー及び外胚葉系細胞マーカー)の発現は、当該技術分野において任意の検出方法により測定することができる。三胚葉マーカー(内胚葉系細胞マーカー、中胚葉系細胞マーカー及び外胚葉系細胞マーカー)の発現を測定する方法としては、多能性幹細胞マーカーにおいて記載したフローサイトメトリーを用いた方法の他、限定はしないが、例えば定量的リアルタイムPCR解析、RNA-Seq法、ノーザンハイブリダイゼーション又はDNAアレイを利用したハイブリダイゼーション法等が挙げられる。定量的リアルタイムPCR解析においては、測定対象のマーカーの発現量を内部標準遺伝子の発現量に対する相対発現量に換算し、当該相対発現量に基づいてマーカーの発現量を評価できる。内部標準遺伝子としては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)遺伝子やβ-アクチン(ACTB)遺伝子を挙げることができる。この検出方法は、上述した多能性幹細胞マーカーの発現の解析においても使用することができる。
本工程後、後述する回収工程前(例えば、直前)の細胞の比増殖速度の下限は、0.2day-、0.3day-、0.4day-、0.5day-、又は0.6day-であることが好ましい。また、比増殖速度の上限は特に限定しない。例えば、1.5day-、1.4day-、又は1.3day-であることが好ましい。
1-3-2.浮遊培養工程の後の処理(回収工程)
浮遊培養工程の後に、培養液から培養した多能性幹細胞又は多能性幹細胞集団(例えば、細胞凝集塊)を回収し、多能性幹細胞集団を分散処理する工程を行っても良い。本工程は任意である。
「(細胞又は多能性幹細胞集団の)回収」とは、培養液と多能性幹細胞集団とを分離して細胞又は多能性幹細胞集団を取得することをいう。細胞又は多能性幹細胞集団の回収方法は、当該分野の細胞培養方法で使用される常法に従えばよく、特に限定はしない。「(多能性幹細胞集団の)分散処理」とは、回収した多能性幹細胞集団において単一細胞化、又は凝集塊分割することをいい、当該分野の細胞培養方法で使用される常法に従えばよい。
浮遊培養の工程の後、細胞又は多能性幹細胞集団は培養液中に浮遊した状態で存在する。したがって、これらの回収は、静置又は遠心分離により上清の液体成分を除去することで達成できる。また、濾過フィルターや中空糸分離膜等を用いて回収することもできる。静置により液体成分を除去する場合、培養液の入った容器を静置状態に5分程度置き、沈降した細胞や細胞凝集塊等の多能性幹細胞集団を残して上清を除去すればよい。また遠心分離により液体成分を除去する場合、遠心力によって細胞がダメージを受けない遠心加速度と処理時間で行えばよい。例えば、遠心加速度の下限は、細胞を沈降できれば特に限定はされないが、例えば100×g、300×g、800×g、又は1000×gであればよい。一方、上限は細胞が遠心力によるダメージを受けない、又は受けにくい速度であればよく、例えば1400×g、1500×g、又は1600×gであればよい。また処理時間の下限は、上記遠心加速度により細胞を沈降できる時間であれば特に限定はされないが、例えば30秒、1分、3分、又は5分であればよい。また、上限は、上記遠心加速度により細胞がダメージを受けない、又は受けにくい時間であればよく、例えば10分、8分、6分、又は30秒であればよい。フィルトレーションで液体成分を除去し、細胞凝集塊を回収する場合、例えば、不織布やメッシュフィルターに培養液を通して濾液を除去し、残った細胞凝集塊を回収すればよい。また、中空糸分離膜で液体成分を除去する場合、例えば、細胞濃縮洗浄システム(カネカ社)のような中空糸分離膜を備えた装置を用いて培養液と細胞を分離し、回収すればよい。
回収した細胞は、必要に応じて洗浄することができる。洗浄方法は、限定しない。洗浄液には、バッファ(PBSバッファを含む)、生理食塩水、又は培地(基礎培地が好ましい)を使用すればよい。
これらの多能性幹細胞集団の回収及び洗浄の方法は、浮遊培養工程において細胞凝集塊等の多能性幹細胞集団を回収する場合にも使用することができる。
(単一細胞化)
浮遊培養工程の後に回収した多能性幹細胞集団は、「単一細胞化」することができる。単一細胞化とは、細胞凝集塊等のように複数の細胞が互いに接着又は凝集した細胞集団を分散させて、単一の遊離した細胞状態にすることをいう。なお、単一の遊離した細胞状態とは、多能性幹細胞集団から遊離した単一の細胞が存在する状態とすればよく、多能性幹細胞集団を構成する全ての細胞が単一の遊離した状態となる必要は無い。
単一細胞化には、剥離剤及び/又はキレート剤を使用する。剥離剤としては、特に限定しないが、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、プロナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼの他、市販のAccutase(商標登録)、Accumax(商標登録)、TrypLETM Express Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、TrypLETM Select Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)等を利用することができる。キレート剤としては、特に限定しないが、例えば、EDTA又はEGTA等を利用することができる。
単一細胞化にトリプシンを使用する場合、溶液中の濃度の下限は、多能性幹細胞集団を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15体積%、0.18体積%、0.20体積%、又は0.24体積%であればよい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、0.30体積%、0.28体積%、又は0.25体積%であればよい。また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限は、トリプシンの作用によって多能性幹細胞集団が十分に分散される時間であれば特に限定はされず、例えば5分、8分、10分、12分、又は15分であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば30分、28分、25分、22分、20分、又は18分であればよい。なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載の、細胞を分散させて単一状態にできる濃度で使用すればよい。
単一細胞化にEDTAを使用する場合、溶液中の濃度の下限は、多能性幹細胞集団を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.01mM、0.1mM、又は0.5mMが好ましい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、100mM、50mM、10mM、又は5mMが好ましい。なお、単一細胞化にあたり剥離剤とキレート剤の両方をそれぞれ少なくとも1種類以上使用することが好ましい。前記剥離剤及び/又はキレート剤による処理後に、細胞凝集塊等の多能性幹細胞集団に対して軽度の応力を加えることで単一細胞化を促進することができる。この応力を加える処理としては、特に限定しないが、例えば、細胞を溶液ごと複数回ピペッティングする方法や、攪拌翼による攪拌等が考えられる。更に、必要に応じて、細胞をストレーナーやメッシュに通過させてもよい。
単一細胞化した細胞は、静置又は遠心分離により剥離剤を含む上清を除去して回収することができる。回収した細胞は、必要に応じて洗浄してもよい。遠心分離の条件や洗浄方法については上記と同様に行えばよい。
更に、本工程において単一細胞化した細胞を、後述する「回収後の培養工程」に供してもよい。なお、単一細胞化した細胞を後述する「回収後の培養工程」に供するまでの間は、単一細胞化した細胞は洗浄した液に懸濁されている状態で維持すればよく、またその際の温度は限定しない。例えば、室温でも、冷蔵でもよい。あるいは、一度単一細胞化した細胞を当該分野の常法で凍結して保存し、解凍してから「回収後の培養工程」に供してもよい。また、この際の維持及び保存の時間は任意である。
(凝集塊分割)
浮遊培養工程の後に回収した多能性幹細胞集団が細胞凝集塊を含む場合、「凝集塊分割」することができる。凝集塊分割とは、複数の細胞が互いに接着又は凝集した細胞凝集塊をより小さな細胞凝集塊へと分割することをいう。なお、分割された細胞凝集塊とは、元の細胞凝集塊等から分割されたより小さな細胞凝集塊を含むものを指し、元の細胞凝集塊等から単一に遊離した細胞が混在していてもよい。
凝集塊分割には、物理的手法、及び/又は生物・化学的手法を用いればよい。例えば、特に限定しないが、回収した細胞凝集塊等を、回収した細胞凝集塊のサイズより網目が小さいメッシュに押し付けて通過させることによって、又は回収した細胞凝集塊等にボツリヌス菌由来ヘマグルチニンを作用させることで細胞間の接着又は凝集を緩めることによっても、凝集塊等を分割することができる。
分割した細胞凝集塊は、静置又は遠心分離により上清を除去して回収することができる。回収した細胞は、必要に応じて洗浄してもよい。遠心分離の条件や洗浄方法については上記と同様に行えばよい。また分割した細胞凝集塊は後述する「回収後の培養工程」に供することができる。
1-3-3.浮遊培養工程の後の処理(回収後の培養工程)
上述した浮遊培養工程、それに続く回収工程の後に行う「継代後の培養工程」は、浮遊培養工程、それに続く回収工程の後に得られる多能性幹細胞集団を培養する工程である。本工程は任意工程である。
本工程においては、未分化を維持し増殖させてもよく、また未分化を維持せず分化誘導を行ってもよい。回収工程後の培養方式については特に限定は無い。回収工程及び本工程を行う場合、結果として、浮遊培養工程にて培養された細胞は継代されることにあり得る。前記継代は、浮遊培養から浮遊培養への継代であることが好ましい。上述した浮遊培養工程において、灌流方式で培養を行う場合、適切な培地灌流量での灌流方式で多能性幹細胞を浮遊培養することによって、本工程開始時の細胞数維持率を高く保つことができ、その後の生産効率を向上させることができる。
本工程での細胞培養方法は、基本的に上述の「1-3-1.浮遊培養工程」に記載の培養方法に準ずる。したがって、ここでは浮遊培養工程に既述の方法と共通する説明については省略し、本工程に特徴的な点についてのみ詳述する。
(細胞)
本工程で使用する細胞は、継代工程で調製された細胞である。細胞の種類は、浮遊培養工程に記載のように、多能性幹細胞であり、例えば、iPS細胞やES細胞のような多能性幹細胞を好適に使用することができる。また培地に播種する際の細胞の状態は、単一細胞の状態であることが好ましい。
(細胞容器)
本工程で使用する細胞容器は浮遊培養工程の記載と同様でよい。
(培地)
本工程では必ずしも灌流方式である必要はなく回分方式や他の方式であってもよい。ただし、本工程の後にも更に継代工程を行い浮遊培養へと継代する場合は、本工程においても上述の灌流方式にて浮遊培養することが好ましい。
また、培地の種類は、浮遊培養工程で説明した細胞を増殖及び/又は未分化維持できる培地であってもよいし、また、特定の添加剤を加えた、細胞を維持せず分化させる培地でもよい。
(播種密度)
上述した回収工程で調製した細胞を新たな培地に播種する際、細胞の密度(播種密度)は、特に限定されず、培養時間や培養後の細胞状態、培養後に必要な細胞数を勘案して適宜調整することができる。限定はしないが、通常、下限は0.01×10cells/mL以上、0.1×10cells/mL以上、1×10cells/mL以上、又は2×10cells/mL以上、そして、上限は20×10cells/mL以下、又は10×10cells/mL以下の範囲とすることができる。具体的には、例えば、播種密度の下限を2×10cells/mL以上、上限を4×10cells/mL以下とすることができる。
また、一般的に浮遊培養で継代した細胞は播種後に一定数が死滅し、一時的に細胞密度が播種密度より低下することが知られているが、本工程において播種密度に対する播種1日後の細胞密度の割合としては下限が60%、70%、80%、又は90%が好ましい。
(培養方法)
本工程において、培養中の培地の流動状態は問わない。すなわち、培養は、静置培養でもよいし、浮遊培養工程に記載の流動培養でもよい。ただし、典型的に浮遊培養では流動培養が採用される。一方、分化誘導に供する場合は静置培養が好まれる場合もある。浮遊培養を目的として静置培養が採用される場合は、限定しないが、細胞非接着性の処理がされた浮遊培養用プレートやマルチウェルプレートを用いればよい。
1-3-4.浮遊培養工程の後の処理(回収後の培養工程の後の処理)
上述した回収後の培養工程の後、細胞又は多能性幹細胞集団を回収する工程を行っても良い。本工程は任意である。
細胞又は多能性幹細胞集団を回収する工程では、常法により培養液と細胞又は多能性幹細胞集団とを分離し、分離した細胞又は多能性幹細胞集団を回収する。この時、細胞は、隣接する多能性幹細胞から剥離又は分散処理によって単一の細胞として回収してもよいし、多能性幹細胞集団のまま回収してもよい。具体的な方法については、上述の「1-3-2.浮遊培養工程の後の処理(回収工程)」で詳述している。回収した細胞又は細胞凝集塊は、そのまま、又は必要に応じてバッファ(PBSバッファを含む)、生食、又は培地(回収工程の後の浮遊培養工程で使用する培地か基礎培地が好ましい)で洗浄後、所望の工程に供すればよい。
1-4.効果
本発明の多能性幹細胞集団の製造方法によれば、多能性幹細胞の特性に合わせて浮遊培養の進行に伴い炭酸ガス供給量を変更することで、顕著に培養効率を向上させることができる。また培養の進行に合わせて培地灌流量を制御する灌流培養を組み合わせて用いることで、相乗的に培養効率を向上できる。多能性幹細胞の培養効率を向上するとは、浮遊培養中の細胞の増殖能、増殖速度の低下を抑制すること、及び/又は浮遊培養中の細胞の増殖能、増殖速度を向上させることと同義である。すなわち、従来の方法で培養した培養液の細胞数と、本発明の方法で同期間培養した培養液の細胞数を比べると、後者の方が高いこととなる。
本発明の多能性幹細胞集団の製造方法を適用することによって、浮遊培養における細胞の製造効率を向上できることから、浮遊培養によって多能性幹細胞集団を効率よく製造することができる。すなわち、所望の細胞数からなる多能性幹細胞集団を比較的短期間で製造することができる。これにより、多能性幹細胞集団の製造に係るコストを大幅に抑制することができる。
以下、実施例により、本発明に係る多能性幹細胞集団の製造方法を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
本実施例等は、本出願の優先権の主張の基礎となる日本国特許出願番号2021-051005号の参考例、比較例、実施例及び評価例に対応する。本出願と日本国特許出願番号2021-051005号の図面は、図1と図1、図2と図2、図3と図3、図4と図4、図5と図5がそれぞれ対応する。また、本出願と日本国特許出願番号2021-051005号の表は、表1と表1、表2と表2、表3と表3、表4と表4、表5と表5、表6と表6、表7と表7、表8と表8、表9と表9がそれぞれ対応する。また、本出願と日本国特許出願番号2021-051005号の配列は、配列番号1と配列番号1、配列番号2と配列番号2、配列番号3と配列番号3、配列番号4と配列番号4、配列番号5と配列番号5、配列番号6と配列番号6、配列番号7と配列番号7、配列番号8と配列番号8がそれぞれ対応する。
(参考例1:ヒトiPS細胞1383D6株の接着培養)
Vitronectin(VTN-N)Recombinant Human Protein、Truncated(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を0.5μg/cmでコーティングした細胞培養用ディッシュに、ヒトiPS細胞1383D6株(京都大学iPS細胞研究所)を10000cells/cmで播種し、37℃、5%CO雰囲気下で接着培養を行った。培地はStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、毎日培地交換を行った。細胞播種時のみY-27632(富士フイルム和光純薬社)を最終濃度が10μMとなるように培地に添加した。細胞を播種した日を培養0日目とし、培養4日目に継代のためAccutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で細胞を5分間処理して培養面から剥離し、ピペッティングによって単一細胞に分散した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して生細胞数を測定した。その後同様に細胞を播種し接着培養を継続した。
(比較例1:ヒトiPS細胞1383D6株の適切な灌流方式による浮遊培養)
参考例1で培養した細胞の継代時に、浮遊培養へと播種した。培養容器としてBioBlu 0.3c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を用い、また培養を制御するためのリアクターシステムとしてDASbox(Eppendorf社)を用いた。DASboxに備え付けのpHセンサー、培地灌流用ポンプは事前にメーカー指定の方法でキャリブレーションを行った。培養液量は142mL、培養開始時の細胞密度は3.0×10cells/mLとなるように細胞を播種し培養を開始した。培地は10μMのY-27632、20μMのIWR-1 endoを添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、培養中、培養温度は37℃、供給ガス中の炭酸ガス濃度は5%、酸素濃度は約20%、供給ガス量は3.0L/hを保ち培養液の上面通気を行った。攪拌速度は培養1日目までは130pm、それ以降は120rpmとした。培養開始時点を培養0日目として、培地の灌流は培養1日目に開始した。培地灌流量は、表1に示すように、1時間ごとに変化させた。灌流開始時の単位時間当たりの培地灌流量(基準灌流量)は、培養体積142mLを24時間で割った5.92mLに、播種量3.0×10cells/mLと想定される播種量に対する灌流開始時の細胞密度80%から設定した定数1.25を掛けたF=7.40mL/hとした。単位時間当たりの培地灌流量は、培養3日目までは上述の数2の式を用いて、Cを播種量3.0×10cells/mLと想定される播種量に対する灌流開始時の細胞密度80%から算出した細胞数として設定した。Cは経験的に予測した想定細胞密度推移から算出した細胞数とした。細胞株等の影響を補正する定数Mは1とした。また、培養3日目以降は、上述の数3の式を用いて、培養3日目時点の、細胞株の事前情報から想定される単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をL、各培養時間での単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をLとしてKを算出し、単位時間当たりの培地灌流量を設定した。細胞株等の影響を補正する定数Mは1とした。また灌流に用いる培地の組成を培養1~2日目と培養2~4日目で切り替えており、それぞれY-27632の濃度が異なり、培養1~2日目は4.7μM、培養2~4日目は2μMである。また両培地とも20μMのIWR-1 endoと1μMのLY333531を添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用している。また、培養液中から細胞凝集塊を除いて培地のみを吸引除去するため、目開き30μmの焼結金網フィルターを通して培地の除去を行った。
Figure 2022151855000005
(比較例2:ヒトiPS細胞1383D6株の回分方式による浮遊培養)
培地交換を回分方式で行ったこと以外は比較例1と同様の条件で細胞を培養した。培地交換は1日ごとに全量の交換を実施した。培地はStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、各培地交換に使用した培地の添加剤濃度は表2に示す。
Figure 2022151855000006
(比較例3:ヒトiPS細胞1383D6株の流量一定灌流方式による浮遊培養)
培地の灌流量以外は比較例1と同様の条件で細胞を培養した。培地の灌流は比較例1と同様に培養1日目から開始した。培地灌流量は1日当たりの培地使用量が比較例1と同量になるよう5.92mL/hの一定で培養した。
(評価例1:培養4日目の細胞密度確認)
比較例1、2及び3の培養4日目の細胞凝集塊をAccutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単一細胞化した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して生細胞数を測定した。その結果を表3及び図1に示す。
Figure 2022151855000007
表3及び図1に示すように、比較例1の細胞密度が最も高く、適切な培地灌流法により生産性が向上することが分かる。
(実施例1:ヒトiPS細胞1383D6株の炭酸ガス濃度を制御した適切な灌流方式による浮遊培養)
参考例1で培養した細胞の継代時に、浮遊培養へと播種した。培養容器としてBioBlu 0.3c Single-Use Vessel(Eppendorf社)を用い、また培養を制御するためのリアクターシステムとしてDASbox(Eppendorf社)を用いた。DASboxに備え付けのpHセンサー、培地灌流用ポンプは事前にメーカー指定の方法でキャリブレーションを行った。培養液量は142mL、培養開始時の細胞密度は3.0×10cells/mLとなるように細胞を播種し培養を開始した。培地は10μMのY-27632、20μMのIWR-1 endoを添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用し、培養中、培養温度は37℃、供給ガス量は3.0L/hを保ち培養液の上面通気を行った。供給ガス中の炭酸ガス濃度は、培養開始時は5%、その後図2に示すように培養液中のpHの低下を抑制するように徐々に調整しながら最低2%まで減少させた。なお、供給ガスは空気に任意量の炭酸ガスを混合することで調製した。攪拌速度は培養1日目までは130pm、それ以降は120rpmとした。培養開始時点を培養0日目として、培地の灌流は培養1日目に開始した。培地灌流量は、表4に示すように、1時間ごとに変化させた。灌流開始時の単位時間当たりの培地灌流量(基準灌流量)は、培養体積142mLを24時間で割った5.92mLに、当培地等の培養条件で播種量3.0×10cells/mLと想定される播種量に対する灌流開始時の細胞密度80%から設定した定数1.1を掛けたF=6.51mL/hとした。単位時間当たりの培地灌流量は、前記数3の式を用いて、Cを播種量3.0×10cells/mLと想定される播種量に対する灌流開始時の細胞密度80%から算出した細胞数として設定した。Cは経験的に予測した想定細胞密度推移から算出した細胞数とした。細胞株等の影響を補正する定数Mは1とした。また、培養開始時点の細胞株の事前情報から想定される単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をL、各培養時間での単位時間当たりに代謝により産生される1細胞当たりの乳酸量をLとしてKを算出し、単位時間当たりの培地灌流量を設定した。細胞株等の影響を補正する定数Mは1とした。また灌流に用いる培地の組成を培養1~2日目と培養2~4日目で切り替えており、それぞれY-27632の濃度が異なり、培養1~2日目は4.7μM、培養2~4日目は2μMである。また両培地とも20μMのIWR-1 endoと1μMのLY333531を添加したStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)を使用している。また、培養液中から細胞凝集塊を除いて培地のみを吸引除去するため、目開き30μmの焼結金網フィルターを通して培地の除去を行った。
Figure 2022151855000008
(評価例2:培養1~2日目の細胞の比増殖速度)
実施例1、比較例1、3の培養1、2日目の細胞凝集塊をAccutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単一細胞化した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して生細胞数を測定した。その結果から、細胞の比増殖速度を算出した結果を表5及び図3に示す。
Figure 2022151855000009
表5及び図3に示すように、適切な培地灌流量での灌流方式に加えて炭酸ガス濃度の調整を行い培養したところ、培養1~2日目の比増殖速度が顕著に向上することがわかる。細胞培養の際は一般的に、細胞密度が低い培養初期が律速となり生産性が阻害されることが多く、本発明により前記問題を解消できることが示された。
(評価例3:定量的リアルタイムPCR解析)
以下に示す手順で定量的リアルタイムPCR解析を行った。比較例1、2、3及び実施例1の培養2日目の細胞をTRIzolTMReagent(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて溶解させた。PureLink(登録商標)RNA Miniキット(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、TRIzolTM Reagentで溶解させた溶液からtotal RNAを単離及び精製した。精製したRNAをBioSpec-nano(島津製作所社)を用いて濃度測定し、500ng分取した。分取したRNAに対し、ReverTra Ace(登録商標)qPCR RT Master mix(東洋紡社)を2μLとRnase Free dHOを添加して10μLに調製し、SimpliAmp Thermal Cycler(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いてcDNA合成を行った。cDNA合成の反応条件は、37℃で15分反応後、50℃で5分反応、98℃で5分反応を連続して行い、4℃に冷却した。合成したcDNA溶液を10mM Tris-HCl pH8.0(ナカライテスク社)で100倍に希釈し、384well PCRプレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)に5μL/wellで添加した。KOD SYBR(登録商標)qPCR Mix(東洋紡社)、50μMに調製したForwardプライマー、50μMに調製したReverseプライマー、DEPC処理水(ナカライテスク社)を100:1:1:48の割合で混合し、この混合液を15μL/wellで前記384well PCRプレートに添加して混合した。プライマーはACTB、OCT4、SOX2、NANOG、HK2を用いた。384well PCRプレートを遠心分離してウェル内の気泡を除去し、QuantStudio 7 Flex Real-Time PCR System(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて定量的リアルタイムPCR解析を実施した。反応条件を表6に示す。
Figure 2022151855000010
定量的リアルタイムPCR解析に使用したプライマーの塩基配列を以下に示した。
ACTB(Forward):5’-CCTCATGAAGATCCTCACCGA-3’(配列番号1)
ACTB(Reverse):5’-TTGCCAATGGTGATGACCTGG-3’(配列番号2)
OCT4(Forward):5’-AGTGGGTGGAGGAAGCTGACAAC-3’(配列番号3)
OCT4(Reverse):5’-TCGTTGTGCATAGTCGCTGCTTGA-3’(配列番号4)
SOX2(Forward):5’-CACCAATCCCATCCACACTCAC-3’(配列番号5)
SOX2(Reverse):5’-GCAAAGCTCCTACCGTACCAC-3’(配列番号6)
NANOG(Forward):5’-AGCCTCCAGCAGATGCAAGAACTC-3’(配列番号7)
NANOG(Reverse):5’-TTGCTCCACATTGGAAGGTTCCCA-3’(配列番号8)
遺伝子発現を測定した結果を表7に示した。
Figure 2022151855000011
表7に示す通り、実施例1で得られた細胞の未分化性を表す各遺伝子ともに発現量は十分であり、多能性幹細胞における未分化性が保たれていることが示された。
(実施例2:ヒトiPS細胞1383D6株の炭酸ガス濃度調整と組み合わせた流量一定灌流方式による浮遊培養)
炭酸ガス濃度を培養の進行に伴って調整したことと培養開始時の細胞密度を2.0×10cells/mLとなるように細胞を播種した以外は比較例3と同様の条件で培養した。培養開始時の炭酸ガス濃度は5%で、その後培養液中のpHの低下を抑制するように最低0%まで徐々に調整しながら図4に示すように低下させた。
(評価例4:培養3日目の細胞の生存率)
実施例2の炭酸ガス濃度が0%となった後である培養3日目の細胞凝集塊をAccutase(イノベーティブセルテクノロジー社)で10分間処理して、ピペッティングによって単一細胞化した。この細胞を最終濃度10μMのY-27632を含むStemFit(登録商標)AK02N(味の素社)で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して生細胞率を測定した。その結果を表8に示す。
Figure 2022151855000012
表8に示すように、炭酸ガス濃度が0%となった後の培養液中の細胞生存率は一般的な細胞培養時の値と同等の高い数値を示している。
(評価例5:定量的リアルタイムPCR解析)
評価例3と同様の手順で実施例2の炭酸ガス濃度が0%となった後である培養3日目の細胞のOCT4、NANOG、SOX2の遺伝子発現量を測定した。結果を表9に示す。
Figure 2022151855000013
表9に示すように、炭酸ガス濃度が0%となった後の培養液中の細胞の各遺伝子の発現量は十分に高く、未分化性を維持していることが確認できた。一般的に、細胞培養時は炭酸ガスを一定量供給することが常識とされ、炭酸ガスを供給しないという選択は細胞に悪影響を与える恐れがあるとの通念から憚られるものであるが、評価例4、5に示すように炭酸ガス濃度を徐々に下げ最終的に供給しない状態になった際も細胞は死滅せず生存し、未分化性を維持していることを示した。
(評価例6:培養環境パラメータの測定)
比較例1、2、3、及び実施例1、2の培養中の培養環境を表すパラメータの一例として、pHの値をリアクターシステムDASbox付属のpHセンサーを用いて測定した。その結果を図5に示す。
図5に示す通り、適切な培地灌流量での灌流培養法と、供給する炭酸ガス濃度の調整培養法を組み合わせることで、培養環境を好適に一定に維持することができることをpHをパラメータの一例として用いて確認できた。

Claims (16)

  1. 多能性幹細胞を液体培地中で浮遊培養する浮遊培養工程を含む多能性幹細胞集団の製造方法であって、前記浮遊培養工程が、1つ以上の指標の変化に基づいて液体培地中への炭酸ガス供給量を変更することを含む、前記方法。
  2. 前記変更が、培地への供給ガス中の炭酸ガス濃度を0~10%の範囲で変化させることを含む、請求項1記載の方法。
  3. 前記多能性幹細胞集団が細胞凝集塊を含み、前記細胞凝集塊の形成以前から前記供給ガス中の炭酸ガス濃度の変化を開始する請求項2記載の方法。
  4. 前記指標の1つが、前記多能性幹細胞が存在する培養液のpHであり、前記変更が前記pHの低下を抑制するように前記液体培地への供給ガス中の炭酸ガス濃度を変化させることを含む、請求項1~3いずれかに記載の方法。
  5. 前記炭酸ガス濃度の6時間の平均値が、前記変更の開始から1日以上後に0%~2.5%の範囲まで低減される、請求項1~4いずれかに記載の方法。
  6. 前記浮遊培養の培地交換方式が灌流方式であり、
    前記浮遊培養工程が、単位時間当たりの培地灌流量を培養体積の1~100%の範囲で制御することを更に含み、
    前記制御が1つ以上の培養変数に基づいて行われる、請求項1~5いずれかに記載の方法。
  7. 前記多能性幹細胞集団が細胞凝集塊を含み、前記細胞凝集塊の形成後に前記灌流方式における灌流を開始する請求項6記載の方法。
  8. 前記灌流方式における灌流に用いる液体培地の培養添加物組成を、培養途中で変化させる、請求項6又は7に記載の方法。
  9. 前記培養変数の1つが、前記多能性幹細胞が存在する培養液のpHであり、前記制御がpHの低下を抑制するように単位時間当たりの培地灌流量を変化させることを含む、請求項6~8いずれかに記載の方法。
  10. 前記培養変数の1つが細胞密度増加率であり、前記制御が前記細胞密度増加率の増加に基づいて単位時間当たりの培地灌流量を上昇させることを含み、前記細胞密度増加率は前記制御の開始時点の前記多能性幹細胞の細胞密度に対する細胞密度の比率を示す、請求項6~9いずれかに記載の方法。
  11. 前記培養変数の1つが前記多能性幹細胞の乳酸産生速度であり、乳酸産生速度が1.0×10-10mmol/cell/h~2.5×10-9mmol/cell/hの範囲に維持される、請求項6~10いずれかに記載の方法。
  12. 前記液体培地が、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1つを含有する、請求項1~11いずれかに記載の方法。
  13. 前記液体培地が、FGF2及び/又はTGF-β1を含む、請求項1~12いずれかに記載の方法。
  14. 前記液体培地が、ROCK阻害剤を含有する、請求項1~13いずれかに記載の方法。
  15. 前記多能性幹細胞集団は、OCT4が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、SOX2が陽性を呈する細胞の比率が90%以上であり、Nanogが陽性を呈する細胞の比率が90%以上である、請求項1~14いずれかに記載の方法。
  16. 前記多能性幹細胞が、ES細胞及び/又は人工多能性幹細胞である、請求項1~15いずれかに記載の方法。
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