以下、エンジンの制御方法、及び、エンジンシステムの実施形態について、図面を参照しながら説明する。ここで説明するエンジン、エンジンシステム、及び、その制御方法は例示である。
図1は、エンジンシステムを例示する図である。図2は、エンジンの燃焼室の構造を例示する図である。図1における吸気側と排気側との位置と、図2における吸気側と排気側との位置とは、入れ替わっている。図3は、エンジンの制御装置を例示するブロック図である。
エンジンシステムは、エンジン1を有している。エンジン1は、シリンダー11を有している。シリンダー11の中で、吸気行程、圧縮行程、膨張行程及び排気行程が繰り返される。エンジン1は、4ストロークエンジンである。エンジン1は、四輪の自動車に搭載されている。エンジン1が運転することによって自動車は走行する。エンジン1の燃料は、この構成例においてはガソリンである。
(エンジンの構成)
エンジン1は、シリンダーブロック12と、シリンダーヘッド13とを備えている。シリンダーヘッド13は、シリンダーブロック12の上に載置される。シリンダーブロック12に、複数のシリンダー11が形成されている。エンジン1は、多気筒エンジンである。図1では、一つのシリンダー11のみを示す。
各シリンダー11には、ピストン3が内挿されている。ピストン3は、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されている。ピストン3は、シリンダー11の内部を往復動する。ピストン3、シリンダー11及びシリンダーヘッド13は、燃焼室17を形成する。
シリンダーヘッド13の下面、つまり、シリンダー11の天井部は、図2の下図に示すように、傾斜面1311と、傾斜面1312とによって構成されている。傾斜面1311は、後述する吸気バルブ21側の傾斜面1311であり、シリンダー11の中央部に向かって上り勾配となっている。傾斜面1312は、排気バルブ22側の傾斜面1312であり、シリンダー11の中央部に向かって上り勾配となっている。シリンダー11の天井部は、いわゆるペントルーフ型である。
ピストン3の上面には、キャビティ31が形成されている。キャビティ31は、ピストン3の上面から凹陥している。キャビティ31は、この構成例では、浅皿形状を有している。キャビティ31の中央部は、上方に隆起している。隆起部は、略円錐形状を有している。
エンジン1の幾何学的圧縮比は、15以上で、例えば30以下に設定されている。後述するように、このエンジン1では、一部の運転領域において、混合気が、圧縮着火燃焼する。比較的高い幾何学的圧縮比は、圧縮着火燃焼を安定化させる。
シリンダーヘッド13には、シリンダー11毎に、吸気ポート18が形成されている。吸気ポート18は、シリンダー11内に連通している。吸気ポート18は、詳細な図示は省略するが、いわゆるタンブルポートである。つまり、吸気ポート18は、シリンダー11の中にタンブル流が発生するような形状を有している。ペントルーフ型のシリンダー11の天井部と、タンブルポートとは、シリンダー11の中にタンブル流を発生させる。
吸気ポート18には、吸気バルブ21が配設されている。吸気バルブ21は、吸気ポート18を開閉する。動弁装置は、吸気バルブ21に接続されている。動弁装置は、吸気バルブ21を所定のタイミングで開閉する。動弁装置は、バルブタイミング及び/又はバルブリフトを可変にする可変動弁装置である。図3に示すように、動弁装置は、吸気S-VT(Sequential-Valve Timing)231を有している。吸気S-VT231は、油圧式又は電気式である。吸気S-VT231は、吸気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更する。
動弁装置はまた、吸気CVVL(Continuously Variable Valve Lift)232を有している。吸気CVVL232は、図5に例示するように、吸気バルブ21のリフト量を、所定の範囲内で連続的に変更できる。吸気CVVL232は、公知の様々な構成を採用できる。一例として、特開2007-85241号公報に記載されているように、吸気CVVL232は、リンク機構と、コントロールアームと、ステッピングモータとを備えて構成できる。リンク機構は、吸気バルブ21を駆動するためのカムを、カムシャフトの回転と連動して往復揺動運動させる。コントロールアームは、リンク機構のレバー比を可変的に設定する。リンク機構のレバー比が変わると、吸気バルブ21を押し下げるカムの揺動量が変わる。ステッピングモータは、コントロールアームを電気的に駆動することによってカムの揺動量を変更し、それによって、吸気バルブ21のリフト量を変更する。
シリンダーヘッド13には、シリンダー11毎に、排気ポート19が形成されている。排気ポート19は、シリンダー11内に連通している。
排気ポート19には、排気バルブ22が配設されている。排気バルブ22は、排気ポート19を開閉する。動弁装置は、排気バルブ22に接続されている。動弁装置は、排気バルブ22を所定のタイミングで開閉する。動弁装置は、バルブタイミング及び/又はバルブリフトを可変にする可変動弁装置である。図3に示すように、動弁装置は、排気S-VT241を有している。排気S-VT241は、油圧式又は電気式である。排気S-VT241は、排気カムシャフトの回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更する。
動弁装置はまた、排気VVL(Variable Valve Lift)242を有している。排気VVL242は、図示は省略するが、排気バルブ22を開閉するカムを切り替え可能に構成されている。排気CVVL242は、公知の様々な構成を採用できる。一例として、特開2018-168796号公報に記載されているように、排気VVL242は、第1のカムと、第2のカムと、第1のカムと第2のカムとを切り替える切り替え機構と、を有している。第1のカムは、排気行程において、排気バルブ22を開閉するよう構成されている。第2のカムは、図5に例示するように、排気行程において、排気バルブ22を開閉すると共に、吸気行程において、排気バルブ22を再び開閉するよう構成されている。排気VVL242は、排気バルブ22を、第1のカムと第2のカムとのいずれか一方によって開閉することにより、排気バルブ22のリフトを変更できる。
吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、及び、排気VVL242は、吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉を制御することによって、シリンダー11内への空気の導入量、及び、既燃ガスの導入量を調節する。吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、及び、排気VVL242は、吸気充填量を調節する。
シリンダーヘッド13には、シリンダー11毎に、インジェクタ6が取り付けられている。図2に示すように、インジェクタ6は、シリンダー11の中央部に配設されている。より詳細に、インジェクタ6は、傾斜面1311と傾斜面1312とが交差するペントルーフの谷部に配設されている。
インジェクタ6は、シリンダー11の中に燃料を直接噴射する。インジェクタ6は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型である。インジェクタ6は、図2に二点鎖線で示すように、シリンダー11の中央部から周辺部に向かって、放射状に広がるように燃料を噴射する。図2の下図に示すように、インジェクタ6が噴射された燃料噴霧の噴口の軸は、シリンダー11の中心軸Xに対して、所定の角度θを有している。尚、インジェクタ6は、図例では、周方向に等角度に配置された十個の噴口を有しているが、噴口の数、及び、配置は特に制限されない。
インジェクタ6には、燃料供給システム61が接続されている。燃料供給システム61は、燃料を貯留するよう構成された燃料タンク63と、燃料タンク63とインジェクタ6とを互いに連結する燃料供給路62とを備えている。燃料供給路62には、燃料ポンプ65とコモンレール64とが介設している。燃料ポンプ65は、コモンレール64に燃料を圧送する。燃料ポンプ65は、この構成例においては、クランクシャフト15によって駆動されるプランジャー式のポンプである。コモンレール64は、燃料ポンプ65から圧送された燃料を、高い燃料圧力で蓄える。インジェクタ6が開弁すると、コモンレール64に蓄えられていた燃料が、インジェクタ6の噴口からシリンダー11の中に噴射される。インジェクタ6に供給する燃料の圧力は、エンジン1の運転状態に応じて変更してもよい。尚、燃料供給システム61の構成は、前記の構成に限定されない。
シリンダーヘッド13には、シリンダー11毎に、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252が取り付けられている。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252はそれぞれ、シリンダー11の中の混合気に強制的に点火をする。図2に示すように、第1点火プラグ251は、二つの吸気バルブ21の間に配置され、第2点火プラグ252は、二つの排気バルブ22の間に配置されている。第1点火プラグ251の先端、及び、第2点火プラグ252の先端は、インジェクタ6を挟んだ吸気側と排気側とのそれぞれにおいて、シリンダー11の天井部の付近に位置している。尚、点火プラグは、一つでもよい。
エンジン1の一側面には吸気通路40が接続されている。吸気通路40は、各シリンダー11の吸気ポート18に連通している。シリンダー11に導入される空気は、吸気通路40を流れる。吸気通路40の上流端部には、エアクリーナー41が配設されている。エアクリーナー41は、空気を濾過する。吸気通路40の下流端近傍には、サージタンク42が配設されている。サージタンク42よりも下流の吸気通路40は、シリンダー11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の下流端が、各シリンダー11の吸気ポート18に接続されている。
吸気通路40におけるエアクリーナー41とサージタンク42との間には、スロットルバルブ43が配設されている。スロットルバルブ43は、バルブの開度を調節することによって、シリンダー11の中への空気の導入量を調節できる。スロットルバルブ43は、エンジン1の運転中は、基本的には全開である。空気の導入量は、前述した可変動弁装置によって調節される。
エンジン1は、シリンダー11内にスワール流を発生させるスワール発生部を有している。スワール発生部は、吸気通路40に取り付けられたスワールコントロールバルブ56を有している。スワールコントロールバルブ56は、詳細な図示は省略するが、サージタンク42よりも下流において、各シリンダー11に接続されたプライマリ通路及びセカンダリ通路のうちのセカンダリ通路に配設されている。スワールコントロールバルブ56は、当該セカンダリ通路の断面を絞ることができる開度調節バルブである。スワールコントロールバルブ56の開度が小さいと、プライマリ通路からシリンダー11に流入する吸気流量が相対的に多くかつ、セカンダリ通路からシリンダー11に流入する吸気流量が相対的に少ないから、シリンダー11内のスワール流が強くなる。スワールコントロールバルブ56の開度が大きいと、プライマリ通路及びセカンダリ通路のそれぞれからシリンダー11に流入する吸気流量が、略均等になるから、シリンダー11内のスワール流が弱くなる。スワールコントロールバルブ56を全開にすると、スワール流が発生しない。
エンジン1の他側面には、排気通路50が接続されている。排気通路50は、各シリンダー11の排気ポート19に連通している。排気通路50は、シリンダー11から排出された排気ガスが流れる通路である。排気通路50の上流部分は、詳細な図示は省略するが、シリンダー11毎に分岐する独立通路を構成している。独立通路の上流端が、各シリンダー11の排気ポート19に接続されている。
排気通路50には、複数の触媒コンバーターを有する排気ガス浄化システムが配設されている。上流の触媒コンバーターは、例えば三元触媒511と、GPF(Gasoline Particulate Filter)512とを有している。下流の触媒コンバーターは、三元触媒513を有している。尚、排気ガス浄化システムは、図例の構成に限定されるものではない。例えば、GPFは省略してもよい。また、触媒コンバーターは、三元触媒を有するものに限定されない。さらに、三元触媒及びGPFの並び順は、適宜変更してもよい。
吸気通路40と排気通路50との間には、EGR通路52が接続されている。EGR通路52は、排気ガスの一部を吸気通路40に還流させるための通路である。EGR通路52の上流端は、排気通路50における上流の触媒コンバーターと下流の触媒コンバーターとの間に接続されている。EGR通路52の下流端は、吸気通路40におけるスロットルバルブ43とサージタンク42との間に接続されている。
EGR通路52には、水冷式のEGRクーラー53が配設されている。EGRクーラー53は、排気ガスを冷却する。EGR通路52にはまた、EGRバルブ54が配設されている。EGRバルブ54は、EGR通路52を流れる排気ガスの流量を調節する。EGRバルブ54の開度を調節することによって、冷却した排気ガスの還流量を調節することができる。
エンジン1の制御装置は、図3に示すように、エンジン1を運転するためのECU(Engine Control Unit)10を備えている。ECU10は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラーであって、中央演算処理装置(Central Processing Unit:CPU)101と、メモリ102と、I/F回路103と、を備えている。CPU101は、プログラムを実行する。メモリ102は、例えばRAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)により構成されてプログラム及びデータを格納する。I/F回路103は、電気信号の入出力をする。ECU10は、制御器の一例である。
ECU10には、図1及び図3に示すように、各種のセンサSW1~SW10が接続されている。センサSW1~SW10は、信号をECU10に出力する。センサには、以下のセンサが含まれる。
エアフローセンサSW1:吸気通路40におけるエアクリーナー41の下流に配置されかつ、吸気通路40を流れる空気の流量を計測する。
吸気温度センサSW2:吸気通路40におけるエアクリーナー41の下流に配置されかつ、吸気通路40を流れる空気の温度を計測する。
吸気圧センサSW3:サージタンク42に取り付けられかつ、シリンダー11に導入される空気の圧力を計測する。
筒内圧センサSW4:各シリンダー11に対応してシリンダーヘッド13に取り付けられかつ、各シリンダー11内の圧力を計測する。
水温センサSW5:エンジン1に取り付けられかつ、冷却水の温度を計測する。
クランク角センサSW6:エンジン1に取り付けられかつ、クランクシャフト15の回転角を計測する。
アクセル開度センサSW7:アクセルペダル機構に取り付けられかつ、アクセルペダルの操作量に対応したアクセル開度を計測する。
吸気カム角センサSW8:エンジン1に取り付けられかつ、吸気カムシャフトの回転角を計測する。
排気カム角センサSW9:エンジン1に取り付けられかつ、排気カムシャフトの回転角を計測する。
吸気カムリフトセンサSW10:エンジン1に取り付けられかつ、吸気バルブ21のリフト量を計測する。
ECU10は、これらのセンサSW1~SW10の信号に基づいて、エンジン1の運転状態を判断すると共に、予め定められている制御ロジックに従って、各デバイスの制御量を演算する。制御ロジックは、メモリ102に記憶されている。制御ロジックは、メモリ102に記憶しているマップを用いて、目標量及び/又は制御量を演算することを含む。
ECU10は、演算をした制御量に係る電気信号を、インジェクタ6、第1点火プラグ251、第2点火プラグ252、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、排気VVL242、燃料供給システム61、スロットルバルブ43、EGRバルブ54、及び、スワールコントロールバルブ56に出力する。
(エンジンの運転制御マップ)
図4は、エンジン1の制御に係るベースマップを例示している。ベースマップは、ECU10のメモリ102に記憶されている。ベースマップは、第1ベースマップ401、及び、第2ベースマップ402を含んでいる。ECU10は、エンジン1の冷却水温の高低に応じて、二種類のベースマップの中から選択したベースマップを、エンジン1の制御に用いる。第1ベースマップ401は、エンジン1の温間時のベースマップである。第2ベースマップ402は、エンジン1の冷間時のベースマップである。
第1ベースマップ401及び第2ベースマップ402は、エンジン1の負荷及び回転数によって規定されている。第1ベースマップ401は、負荷の高低及び回転数の高低に対して大別して、第1領域、第2領域、第3領域、及び、第4領域の四つの領域に分かれる。より詳細に、第1領域は、高回転領域411と、高負荷中回転領域412とを含む。高回転領域411は、低負荷から高負荷までの全体に広がる。第2領域は、高負荷低回転領域413、414に相当する。第3領域は、アイドル運転を含む低負荷領域415に相当しかつ、低回転及び中回転の領域に広がる。第4領域は、低負荷領域415よりも負荷が高くかつ、高負荷中回転領域412及び高負荷低回転領域413、414よりも負荷が低い、中負荷領域416、417である。
高負荷低回転領域413、414は、相対的に負荷が低い第1高負荷低回転領域413と、第1高負荷低回転領域413よりも負荷が高い領域であって、最大負荷を含む第2高負荷低回転領域414とに分かれる。中負荷領域416、417は、第1中負荷領域416と、第1中負荷領域416よりも負荷が低い第2中負荷領域417とに分かれる。
第2ベースマップ402は、第1領域、第2領域、及び、第3領域の三つの領域に分かれる。より詳細に、第1領域は、高回転領域421と、高負荷中回転領域422とを含む。第2領域は、高負荷低回転領域423、424に相当する。第3領域は、負荷方向については、アイドル運転を含む低負荷領域から中負荷領域まで広がると共に、回転数方向については、低回転及び中回転の領域に広がる低中負荷領域425である。
高負荷低回転領域423、424は、相対的に負荷が低い第1高負荷低回転領域423と、第1高負荷低回転領域423よりも負荷が高い領域であって、最大負荷を含む第2高負荷低回転領域424とに分かれる。
第2ベースマップ402の第1領域は、第1ベースマップ401の第1領域に対応し、第2ベースマップ402の第2領域は、第1ベースマップ401の第2領域に対応し、第2ベースマップ402の第3領域は、第1ベースマップ401の第3領域及び第4領域に対応する。
ここで、低回転領域、中回転領域、及び、高回転領域はそれぞれ、エンジン1の全運転領域を回転数方向に、低回転領域、中回転領域及び高回転領域の略三等分にしたときの、低回転領域、中回転領域、及び、高回転領域としてもよい。
また、低負荷領域、中負荷領域、及び、高負荷領域はそれぞれ、エンジン1の全運転領域を負荷方向に、低負荷領域、中負荷領域及び高負荷領域の略三等分にしたときの、低負荷領域、中負荷領域、及び、高負荷領域としてもよい。
(エンジンの燃焼形態)
次に、各領域におけるエンジン1の運転について詳細に説明をする。ECU10は、エンジン1に対する要求負荷(要求エンジン負荷)、及び、エンジン1の回転数(エンジン回転数)に応じて、吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉動作、燃料の噴射タイミング、及び、点火の有無を変える。吸気充填量、燃料の噴射タイミング、及び、点火の有無を変えることによって、シリンダー11内の混合気の燃焼形態が変わる。このエンジン1の燃焼形態は、均質SI燃焼、リタードSI燃焼、HCCI燃焼、SPCCI燃焼、及び、MPCI燃焼に変わる。図5は、各燃焼形態に対応する、吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉動作、燃料の噴射タイミング、及び、点火タイミングと、混合気が燃焼することによってシリンダー11内で生じる熱発生率の波形と、を例示している。図5の左から右にクランク角は進行する。以下、エンジン1の温間時を例に、各燃焼形態について説明する。
(均質SI燃焼)
エンジン1の運転状態が第1領域、つまり、高回転領域411、又は、高負荷中回転領域412にある場合に、ECU10は、シリンダー11内の混合気を火炎伝播燃焼させる。より具体的に、吸気S-VT231は吸気バルブ21の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を所定のリフト量に設定する。吸気バルブ21のリフト量は、後述する排気バルブ22のリフト量と実質的に同じである。排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気バルブ21と排気バルブ22とは、吸気上死点の付近において共に開弁する(符号701参照)。排気VVL242は、排気バルブ22を1回だけ開閉させる。この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、シリンダー11内には、比較的多量の空気と、比較的少量の既燃ガスとが導入される。既燃ガスは、基本的には、シリンダー11内に残留する内部EGRガスである。
インジェクタ6は、吸気行程の期間内に、シリンダー11内に燃料を噴射する(符号702参照)。インジェクタ6は、図例に示すように、一括噴射を行ってもよい。シリンダー11内に噴射された燃料は、強い吸気流動によって拡散する。シリンダー11内には、燃料濃度が均質な混合気が形成される。混合気の質量比率、つまり、既燃ガスを含むシリンダー11内の吸気の、燃料に対する質量比率G/Fは、20程度になる。尚、シリンダー11内の空気の、燃料に対する質量比率A/Fは、理論空燃比である。
第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は共に、圧縮上死点の付近において、混合気に点火する(符号703参照)。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、同時に点火をしてもよいし、タイミングをずらして点火をしてもよい。
第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252の点火後、混合気は火炎伝播燃焼する(符号704参照)。回転数が高すぎて圧縮着火燃焼が困難な高回転領域411、及び、負荷が高すぎて圧縮着火燃焼が困難な高負荷中回転領域412において、エンジン1は、燃焼安定性を確保しかつ異常燃焼を抑制しながら、運転できる。
この燃焼形態は均質な混合気を火花点火燃焼させるため、この燃焼形態のことを、均質SI燃焼と呼ぶ場合がある。
(リタードSI燃焼)
エンジン1の運転状態が第2領域、つまり、第1高負荷低回転領域413、又は、第2高負荷低回転領域414にある場合に、ECU10は、シリンダー11内の混合気を火炎伝播燃焼させる。より具体的に、エンジン1の運転状態が第2高負荷低回転領域414にある場合に、吸気S-VT231は吸気バルブ21の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を所定のリフト量に設定する。吸気バルブ21のリフト量は、後述する排気バルブ22のリフト量と実質的に同じである。排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気バルブ21と排気バルブ22とは、吸気上死点の付近において共に開弁する(符号705参照)。排気VVL242は、排気バルブ22を1回だけ開閉させる。この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、シリンダー11内には、比較的多量の空気と、比較的少量の既燃ガスとが導入される。既燃ガスは、基本的には、シリンダー11内に残留する内部EGRガスである。G/Fは、20程度である。
エンジン1の運転状態が第1高負荷低回転領域413にある場合に、吸気S-VT231は吸気バルブ21の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を、第2高負荷低回転領域414の場合よりも、小さくする。吸気バルブ21の閉時期は、第1高負荷低回転領域413の場合の方が、第2高負荷低回転領域414の場合よりも進角する(符号709参照)。排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気バルブ21と排気バルブ22とは、吸気上死点の付近において共に開弁する。排気VVL242は、排気バルブ22を1回だけ開閉させる。この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、第2高負荷低回転領域414にある場合よりも、シリンダー11内に導入される空気量が減って、既燃ガス量が増える。第1高負荷低回転領域413のG/Fは、第2高負荷低回転領域414のG/Fよりもリーンであって、そのG/Fは、25程度である。
第1高負荷低回転領域413、又は、第2高負荷低回転領域414は、負荷が高くかつ回転数が低い領域であるため、プリイグニッション又はノッキングといった異常燃焼が生じやすい。インジェクタ6は、圧縮行程の期間内に、シリンダー11内に燃料を噴射する(符号706、710参照)。シリンダー11内に燃料を噴射するタイミングを遅くすることによって、異常燃焼の発生が抑制される。インジェクタ6は、図例に示すように、一括噴射を行ってもよい。
相対的に負荷が高い第2高負荷低回転領域414において、インジェクタ6は、相対的に遅いタイミングで燃料をシリンダー11内に噴射する(符号706参照)。インジェクタ6は、例えば圧縮行程の後半、又は、圧縮行程の終期に、燃料を噴射してもよい。尚、圧縮行程の後半は、圧縮行程を前半と後半とに二等分した場合の後半に相当する。圧縮行程の終期は、圧縮行程を、初期、中期、終期の三等分した場合の終期に相当する。負荷が高い第2高負荷低回転領域414において、燃料の噴射タイミングが遅いことは、異常燃焼の抑制に有利である。
相対的に負荷が低い第1高負荷低回転領域413において、インジェクタ6は、相対的に早いタイミングで燃料をシリンダー11内に噴射する(符号710参照)。インジェクタ6は、例えば圧縮行程の中期に、燃料を噴射してもよい。ここで、圧縮行程の中期は、圧縮行程を、初期、中期、終期の三等分した場合の中期に相当する。
圧縮行程期間にシリンダー11内に噴射された燃料は、その噴射の流動によって拡散する。混合気を急速に燃焼させて、異常燃焼の発生の抑制と、燃焼安定性の向上を図る上で、燃料の噴射圧は高い方が好ましい。高い噴射圧は、圧縮上死点付近において、圧力が高くなっているシリンダー11内に、強い流動を生成する。強い流動は、火炎伝播を促進する。
第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は共に、圧縮上死点の付近において、混合気に点火する(符号707、711参照)。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、同時に点火をしてもよいし、タイミングをずらして点火をしてもよい。負荷が高い第2高負荷低回転領域414において、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、遅角した燃料の噴射タイミングに対応して、圧縮上死点よりも後のタイミングで、点火を行う。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252の点火後、混合気は火炎伝播燃焼する(符号708、712参照)。
回転数が低くて異常燃焼が発生しやすい運転状態において、エンジン1は、燃焼安定性を確保しかつ、異常燃焼を抑制しながら、運転できる。この燃焼形態は噴射タイミングを遅角させているため、この噴射形態のことをリタードSI燃焼と呼ぶ場合がある。
(HCCI燃焼)
エンジン1の運転状態が第3領域、つまり、低負荷領域415にある場合に、ECU10は、シリンダー11内の混合気を圧縮着火燃焼させる。より具体的に、エンジン1の運転状態が低負荷領域415にある場合に、排気VVL242は、排気バルブ22を2回、開閉させる。つまり、第1領域及び第2領域と、第3領域との間において、排気VVL242は、第1カムと第2カムとの切り替えを行う。排気バルブ22は、排気行程において開閉し、吸気行程において開閉する。排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。吸気S-VT231は吸気バルブ21の開閉時期を、遅角させる。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を小に設定する。吸気バルブ21の閉時期は、最も遅角している(符号713参照)。
この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、シリンダー11内には、比較的少量の空気と、多量の既燃ガスとが導入される。既燃ガスは、基本的には、シリンダー11内に残留する内部EGRガスである。混合気のG/Fは、40程度である。シリンダー11内に導入した多量の内部EGRガスは、筒内温度を高める。
インジェクタ6は、吸気行程の期間内に、シリンダー11内に燃料を噴射する(符号714参照)。前述したように、強い吸気流動によって燃料は拡散し、シリンダー11内に均質な混合気が形成される。インジェクタ6は、図例に示すように、一括噴射を行ってもよい。インジェクタ6は、分割噴射を行ってもよい。
エンジン1の運転状態が低負荷領域415にある場合に、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は共に、点火を行わない。シリンダー11内の混合気は、圧縮上死点の付近において、圧縮着火する(符号715参照)。エンジン1の負荷が低くて燃料量が少ないため、G/Fを燃料リーンにすることで、異常燃焼を抑制しながら、圧縮着火燃焼、より正確には、HCCI燃焼が実現する。また、内部EGRガスを多量に導入して、筒内温度を高めることによって、HCCI燃焼の安定性が高まると共に、エンジン1の熱効率も向上する。
(SPCCI燃焼)
エンジン1の運転状態が第2領域、より詳細には第1中負荷領域416にある場合に、ECU10は、シリンダー11内の混合気の一部を火炎伝播燃焼させ、残りを圧縮着火燃焼させる。より具体的に、排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。排気VVL242は、排気バルブ22を2回開閉させる(符号716参照)。内部EGRガスがシリンダー11内に導入される。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を、低負荷領域415のリフト量よりも大に設定する。吸気バルブ21の閉時期は、低負荷領域415の閉時期とほぼ同じである。吸気バルブ21の開時期は、低負荷領域415の開時期よりも進角する。この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、シリンダー11内に導入される空気量が増え、既燃ガスの導入量は減る。混合気のG/Fは、たとえば35である。
インジェクタ6は、圧縮行程の期間内に、シリンダー11内に燃料を噴射する(符号717参照)。インジェクタ6は、図例に示すように、一括噴射を行ってもよい。遅い燃料噴射は、リタードSI燃焼と同様に、異常燃焼の抑制に有利である。尚、インジェクタ6は、エンジン1の運転状態が、例えば第1中負荷領域416における低負荷の場合、吸気行程の期間と、圧縮行程の期間とのそれぞれにおいて、燃料を噴射してもよい。
第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は共に、圧縮上死点の付近において、混合気に点火する(符号718参照)。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252が点火した後の圧縮上死点付近において、混合気は火炎伝播燃焼を開始する。火炎伝播燃焼の発熱によりシリンダー11の中の温度が高くなりかつ、火炎伝播によりシリンダー11の中の圧力が上昇する。このことによって、未燃混合気が、例えば圧縮上死点後に自己着火し、圧縮着火燃焼を開始する。圧縮着火燃焼の開始後、火炎伝播燃焼と圧縮着火燃焼とは並行して進行する。熱発生率の波形は、図5に例示するように、二山になる場合がある(符号719参照)。
火炎伝播燃焼の発熱量を調節することによって、圧縮開始前のシリンダー11の中の温度のばらつきを吸収することができる。ECU10が点火タイミングを調節することにより火炎伝播燃焼の発熱量を調節できる。混合気は、目標のタイミングで自己着火するようになる。SPCCI燃焼は、ECU10が、点火タイミングの調節を通じて、圧縮着火のタイミングを調節する。この燃焼形態は、点火が圧縮着火をコントロールするため、この燃焼形態のことをSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)燃焼と呼ぶ場合がある。
(MPCI燃焼)
エンジン1の運転状態が第2中負荷領域417にある場合に、ECU10は、シリンダー11内の混合気を圧縮着火燃焼させる。より具体的に、排気S-VT241は排気バルブ22の開閉時期を所定の時期に設定する。排気VVL242は、排気バルブ22を2回開閉させる。内部EGRガスがシリンダー11内に導入される。吸気CVVL232は吸気バルブ21のリフト量を、第1中負荷領域416のリフト量よりも小に設定する。吸気バルブ21の閉時期は、第1中負荷領域416の閉時期とほぼ同じである。吸気バルブ21の開時期は、第1中負荷領域416の開時期よりも遅角する(符号720、724参照)。この吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉形態によって、シリンダー11内に導入される空気量が減り、既燃ガスの導入量は増える。G/Fは、例えば35~38である。
インジェクタ6は、吸気行程の期間内と、圧縮行程の期間内とのそれぞれにおいて、シリンダー11内に燃料を噴射する。インジェクタ6は、分割噴射を行う。第2中負荷領域417において、ECU10は、スキッシュ噴射と、トリガー噴射との二つの噴射形態を使い分ける。スキッシュ噴射は、インジェクタ6が、吸気行程期間内と、圧縮行程の中期において燃料を噴射する噴射形態である(符号721、722参照)。トリガー噴射は、インジェクタ6が、吸気行程期間内と、圧縮行程の終期において燃料を噴射する噴射形態である(符号725、726参照)。
スキッシュ噴射は、圧縮着火燃焼を緩慢にする噴射形態である。吸気行程期間内に噴射された燃料は、前述したように、強い吸気流動によってシリンダー11内に拡散する。シリンダー11内に均質な混合気が形成される。圧縮行程の中期に噴射された燃料は、図2の下図に例示するように、キャビティ31の外の、スキッシュ領域171に到達する。スキッシュ領域171は、シリンダーライナーに近いため、元々温度が低い領域である上に、燃料の噴霧が気化する際の潜熱によって、さらに温度が低下する。シリンダー11内の温度が局所的に低下すると共に、シリンダー11内において混合気が不均質になる。その結果、例えば筒内温度が高い場合に、異常燃焼の発生を抑制しつつ、混合気が所望のタイミングで圧縮着火する。スキッシュ噴射は、比較的緩慢な圧縮着火燃焼を可能にする。
図5の四角は、インジェクタ6の噴射期間であり、四角の面積は、燃料の噴射量に相当する。スキッシュ噴射において、圧縮行程中の燃料の噴射量は、吸気行程中の燃料の噴射量よりも多い。キャビティ31の外の、広い領域に燃料が噴射されるため、燃料の量が多くてもスモークの発生が抑制できる。燃料の量が多いほど、温度は低下する。圧縮行程中の燃料の噴射量は、要求される温度低下が実現できる量に設定すればよい。
トリガー噴射は、圧縮着火燃焼を促進させる噴射形態である。吸気行程期間内に噴射された燃料は、前述したように、強い吸気流動によってシリンダー11内に拡散する。シリンダー11内に均質な混合気が形成される。圧縮行程の終期に噴射された燃料は、図6に例示するように、シリンダー11内の高い圧力によって拡散しにくく、キャビティ31の中の領域に留まる。尚、キャビティ31の中の領域とは、シリンダー11の径方向に対して、キャビティ31の外周縁よりも径方向の内方の領域を意味する。ピストン3の頂面から凹陥するキャビティ31の内部も、キャビティ31の中の領域に含まれる。シリンダー11内の混合気は不均質である。また、シリンダー11の中央部は、シリンダーライナーから離れているため、温度が高い領域である。温度の高い領域に、燃料が濃い混合気塊が形成されるため、混合気の圧縮着火が促進される。その結果、例えば混合気のG/Fが大きい場合に、圧縮行程噴射後に混合気が速やか圧縮着火して、圧縮着火燃焼を促進できる。トリガー噴射は、燃焼安定性を高める。
トリガー噴射において、圧縮行程中の燃料の噴射量は、吸気行程中の燃料の噴射量よりも少ない。圧縮行程中の燃料の噴射は、前述したように、圧縮行程の終期に行われるため、噴射された燃料は、キャビティ31の中に留まって拡散しにくい。燃料量を少なくすることによって、スモークの発生を抑制することができる。圧縮行程中の燃料の噴射量は、要求される圧縮着火の促進効果と、スモークの発生の抑制とを両立できる量に設定すればよい。
スキッシュ噴射及びトリガー噴射は共に、シリンダー11内の混合気を不均質にする。この点で、均質な混合気が形成されるHCCI燃焼とは異なる。スキッシュ噴射及びトリガー噴射は共に、不均質な混合気を形成することによって、圧縮着火のタイミングをコントロールできる。
この燃焼形態は、インジェクタが複数回の燃料噴射を行うため、この燃焼形態のことをMPCI(Multiple Premixed fuel injection Compression Ignition:多段予混合燃料噴射圧縮着火)燃焼と呼ぶ場合がある。
尚、エンジン1の冷間時には、図4の第2ベースマップ402に示すように、温間時の第1ベースマップ401において、燃焼形態が、HCCI、MPCI、及びSPCCIであった第3領域において、均質SI燃焼、又は、SPCCI燃焼を行う。これは、エンジン1の温度が低いため、圧縮着火燃焼が不安定になるためである。エンジン1の始動後、水温が上昇するに従い、ECU10は、ベースマップを、冷間時の第2ベースマップ402から温間時の第1ベースマップ401に切り替える。ECU10は、ベースマップが切り替えられると、エンジン1の回転数及び負荷が変化しなくても、燃焼形態を、例えば均質SI燃焼からHCCI燃焼へ切り替える場合がある。
(エンジンの負荷の高低に対するエンジン制御の詳細)
ここで、図5に示す各燃焼形態のタイミングチャートにおいて、図の下側の燃焼形態はエンジン1の負荷が低い場合の燃焼形態であり、図の上側の燃焼形態はエンジンの負荷が高い場合の燃焼形態である。エンジン1の負荷が高いと、混合気のG/Fは小さい。エンジン1の負荷が低いと、混合気のG/Fは大きい。つまり、シリンダー11内に導入される空気量が少なくかつ、既燃ガス量が多い。
次に、エンジンの負荷が変化することに対する燃料の噴射タイミングを比較する。ここで、燃料の噴射タイミングに関し、噴射重心を定義する。図7は、噴射重心を説明するための図である。図7の横軸はクランク角であり、クランク角は、図の左から右へ進行する。噴射重心は、1サイクル中に噴射された燃料の、クランク角に対する質量中心である。噴射重心は、1サイクル中における燃料の噴射タイミングと噴射量とから定まる。図7のチャート71は、一括噴射の場合の噴射タイミングsoi_1(start of injection)及び噴射期間pw_1を示している。図7の四角の左端は噴射開始のタイミング、右端は噴射終了のタイミングであり、四角における左右の長さは噴射期間に相当する。1燃焼サイクルにおける燃料の噴射圧力は一定である。そのため、噴射量は噴射期間に比例する。噴射重心を算出するに際して、噴射量は噴射期間で代用できる。
一括噴射の場合の噴射重心ic_gは、一回の噴射期間の中央のクランク角ic_1に一致する。クランク角ic_1、つまり、噴射重心ic_gは、噴射開始のタイミングsoi_1と、噴射期間pw_1と、エンジン1の回転数Neと、から次式(1)で表すことができる。
ic_1=soi_1+(pw_1*Ne*360/60)/2=soi_1+3* pw_1*Ne (1)
図7のチャート72は、チャート71の場合よりも噴射開始のタイミングが遅角した例を示している。チャート72も一括噴射であるため、噴射重心は、式(1)で算出できる。一括噴射の場合、噴射開始のタイミングが遅角すると、噴射重心も遅角する。
尚、図示は省略するが、噴射開始のタイミングが同じでかつ、噴射期間が変わると、噴射重心は変わる。
図7のチャート73は、分割噴射の場合を例示している。チャート73の第1噴射の、噴射タイミング及び噴射期間は、チャート71の第1噴射の噴射タイミング及び噴射期間と同じである。第2噴射の開始タイミングは、第1噴射の開始タイミングよりも遅い。
第1噴射及び第2噴射の2回の噴射を含む場合、噴射重心ic_gは、1サイクル中に噴射された燃料の、クランク角に対する質量中心であるから、次式で定義される。
ic_g=(pw_1*ic_1+pw_2*ic_2)/(pw_1+pw_2) (2)
ic_1は、式(1)により算出できる。同様に、ic_2は、次式により算出できる。
ic_2=soi_2+(pw_2*Ne*360/60)/2=soi_2+3*pw_2*Ne (3)
式(1)、(2)、(3)から、噴射重心ic_gは、次式から算出できる。
ic_g=(pw_1*(soi_1+3*pw_1*Ne)+pw_2*(soi_2+3*pw_2*Ne))/(pw_1+pw_2) (4)
図7のチャート73の噴射重心ic_gは、第1噴射に対して第2噴射が追加されることによって、チャート71の噴射重心ic_gよりも遅角している。
尚、式(4)を一般化して、1サイクル中に、インジェクタ6がn回の燃料噴射を行う場合、噴射重心ic_gは、次式から算出できる。
ic_g=
(pw_1*(soi_1+3*pw_1*Ne)+…+pw_n*(soi_n+3* pw_n*Ne))/(pw_1+…+pw_n) (5)
図5に示すように、エンジン1の負荷が低い場合、混合気のG/Fは大きい(例えばG/F=40)。インジェクタ6は、吸気行程の期間に燃料を噴射する。噴射重心は進角側である。エンジン1の負荷が高いと、混合気のG/Fは小さい(例えばG/F=35又は38)。インジェクタ6は、吸気行程の期間と圧縮行程の期間とに燃料を噴射する(符号721、722、725、726)。噴射重心は、相対的に遅角する。
エンジン1の負荷がさらに高いと、混合気のG/Fはさらに小さい(例えばG/F=35)。インジェクタ6は圧縮行程の期間に燃料を噴射する(符号717)。噴射重心は、相対的にさらに遅角する。
エンジン1の負荷がさらに高いと、混合気のG/Fはさらに小さい(例えばG/F=20又は25)。インジェクタ6は吸気行程の期間に燃料を噴射する(符号702)、又は、圧縮行程の期間に燃料を噴射する(符号706、710)。噴射重心は、相対的に進角する、又は、相対的に遅角する。
HCCI燃焼と均質SI燃焼とを比較する、又は、HCCI燃焼とリタードSI燃焼とを比較すると、HCCI燃焼は、混合気のG/Fが大きいのに対し、均質SI燃焼又はリタードSI燃焼は、混合気のG/Fが小さい。仮に、このエンジン1が、HCCI燃焼と、均質SI燃焼又はリタードSI燃焼とを切り替えるだけのエンジンであるとする。この場合、エンジン1の負荷が変化して、燃焼形態を切り替える際に、混合気のG/Fを大きく変更しなければならない。ところが、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、及び、排気VVL242を含む可変動弁装置の応答性はそれほど高くない。混合気のG/Fを瞬時に変えることは困難である。
MPCI燃焼又はSPCCI燃焼は、混合気のG/Fが、HCCI燃焼のG/FとSI燃焼のG/Fとの中間で行われる。HCCI燃焼のG/Fと、MPCI燃焼又はSPCCI燃焼のG/Fとの間のG/Fの変更、又は、SI燃焼のG/Fと、MPCI燃焼又はSPCCI燃焼のG/Fとの間のG/Fの変更は、速やかに実行できる。
詳細は後述するが、MPCI燃焼またはSPCCI燃焼は、噴射重心が、HCCI燃焼よりも遅角していることにより、混合気が中間のG/Fである場合に、燃焼安定性を確保することと、異常燃焼を抑制することとを可能にする燃焼形態である。このエンジン1は、エンジンの負荷の変化に対して、混合気のG/Fを速やかに変化させて、SI燃焼、HCCI燃焼、MPCI燃焼、及び、SPCCI燃焼の間で、燃焼形態をシームレスに切り替えることができる。その結果、エンジン1の負荷領域の全域に亘って、燃焼安定性の確保と、異常燃焼の抑制とが実現する。
尚、MPCI燃焼において、インジェクタ6は、吸気行程期間の噴射と、圧縮行程期間の噴射とを行う。混合気のG/Fが、HCCI燃焼のG/FとSI燃焼のG/Fとの中間のG/Fである場合に、インジェクタ6は、分割噴射に代わって、噴射重心が、HCCI燃焼時の噴射重心よりも遅角するように、燃料を一括で噴射してもよい。噴射重心が遅角すると、燃料の噴射から点火までの時間が短くなるから、シリンダー11内の混合気が均質にならなくなる。不均質な混合気は、中間のG/Fの場合に、燃焼安定性の確保と、異常燃焼の抑制とを実現する。
(吸気バルブ及び排気バルブの開閉形態の変形例)
図5は、排気VVL242が、排気バルブ22を、排気行程と吸気行程とのそれぞれにおいて開弁するよう構成された例を示していた。可変動弁装置の構成例は、これに限らない。次に、図8を参照しながら、可変動弁装置の変形例を説明する。
図8の符号81には、前記とは異なる排気バルブ22のリフトカーブを示している。均質SI燃焼のリフトカーブ811、第2リタードSI燃焼のリフトカーブ812、及び、第1リタードSI燃焼のリフトカーブ813は、図5のリフトカーブ701、705、709とそれぞれ同じである。SPCCI燃焼のリフトカーブ814、MPCI燃焼のリフトカーブ815及びHCCI燃焼のリフトカーブ816は、図5のリフトカーブ716、720、724、713とは異なる。図8の符号81において、排気バルブ22は、排気行程で開弁し、最大リフトを超えてリフト量が次第に減少した後、閉弁をせずに、所定のリフトを維持する。排気バルブ22は閉弁しないまま、吸気上死点を超えて、吸気行程における所定のタイミングで閉じる。排気バルブ22を閉じずに、開弁した状態を維持することによって、エンジン1の損失低減に有利になる。尚、SPCCI燃焼のリフトカーブ814、MPCI燃焼のリフトカーブ815及びHCCI燃焼のリフトカーブ816のそれぞれにおいて、吸気バルブ21のリフトカーブは、図5のリフトカーブ716、720、724、713と同じである。
図8の符号82には、さらに別の排気バルブ22のリフトカーブを示している。この変形例において、可変動弁装置は、吸気CVVL232及び排気VVL242を備えていない。可変動弁装置は、吸気S-VT231及び排気S-VT241を備えている。可変動弁装置は、吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉時期を変えることができる。
符号82は、吸気上死点を挟んで、吸気バルブ21と排気バルブ22との両方が閉弁しているネガティブオーバーラップ期間を設けることにより、内部EGRガスを、シリンダー11内に留める。つまり、排気バルブ22を吸気上死点に到達する前に閉じる。
エンジン1の負荷が下がって、シリンダー11内に導入する既燃ガスの量を増やす場合、排気バルブ22の閉弁時期は進角する。また、シリンダー11内に導入する空気の量を減らす場合、吸気バルブ21の閉弁時期が、吸気下死点以降から離れるように遅角する。ネガティブオーバーラップ期間は、エンジン1の負荷が低くなるに従い長くなる。
尚、図示は省略するが、可変動弁装置は、吸気上死点を挟んで、吸気バルブ21と排気バルブ22との両方が開弁しているポジティブオーバーラップ期間を設けることにより、内部EGRガスを、シリンダー11内に再導入してもよい。
(燃焼形態の決定)
ECU10は、前述した各種のセンサSW1~SW10の計測信号に基づいて、エンジン1の運転状態を判断する。ECU10は、判断した運転状態に応じて、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、排気VVL242を制御する。吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、排気VVL242は、ECU10からの制御信号を受けて、吸気バルブ21及び排気バルブ22の開閉を制御する。それによって、シリンダー11内に対する吸気充填量が調節される。より詳細には、シリンダー11内に導入される空気量と既燃ガス量とが調節される。
ECU10はまた、エンジン1の運転状態に応じて、燃料の噴射量、及び、噴射タイミングを調節する。インジェクタ6は、ECU10からの制御信号を受けて、指定された量の燃料を、指定されたタイミングでシリンダー11内に噴射する。
ECU10はさらに、エンジン1の運転状態に応じて、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252を制御する。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、ECU10からの制御信号を受けて、指定されたタイミングで混合気に点火する。ECU10は、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252に制御信号を出力しない場合もある。この場合、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、混合気に点火しない。
前述したように、このエンジン1は、その運転状態に応じて複数種類の燃焼形態を切り替えて運転を行う。これによって、広い運転領域の全域に亘って、燃焼安定性の確保と異常燃焼の抑制とを実現する。
図9は、それぞれの燃焼形態において、燃焼安定性の確保と異常燃焼の抑制とが可能となる、混合気のG/Fと筒内温度TIVCとの関係を例示している。筒内温度TIVCは、より正確には、吸気バルブ21が閉じたときの筒内温度である。また、図9は、エンジン1の回転数が2000rpmでかつ、IMEP(Indicated Mean Effective Pressure(図示平均有効圧力))が、約400kPaである場合の例である。
(均質SI燃焼)
均質SI燃焼は、G/Fが相対的に小さい場合において、燃焼安定性の確保と異常燃焼の抑制とが可能である。G/Fが大きくなると、つまり、G/Fがリーンになると、混合気の燃焼期間が長くなる。点火タイミングを進角することによって燃焼期間を短くしようとしても、G/Fが大きくなりすぎると、燃焼安定性の確保できなくなる。つまり、均質SI燃焼が可能な最大のG/Fが存在する(図9の実線参照)。
また、内部EGRガスの増量によってTIVCが高温になると、燃焼の緩慢化により燃焼期間が長くなる。TIVCがある程度の温度になるまでは、点火タイミングを進角することによって燃焼期間を短くできる。TIVCがさらに高温になると、異常燃焼を招きやすくなる。点火タイミングを遅角することによって異常燃焼を抑制しようとしても、TIVCが高温になりすぎると、点火タイミングが遅くなりすぎて、燃焼安定性が確保できなくなる。つまり、均質SI燃焼が可能な最高の筒内温度TIVCも存在する。
(HCCI燃焼)
HCCI燃焼は、G/Fが相対的に大きくかつ、筒内温度TIVCが相対的に高い場合において、燃焼安定性の確保と異常燃焼の抑制とが可能である。G/Fが小さくなると、つまり、G/Fがリッチになると、圧縮着火燃焼が激しくなりすぎて、異常燃焼を招いてしまう。筒内温度TIVCを下げることによって、着火時期を遅らせて燃焼を緩慢化しようとしても、筒内温度TIVCが低くなり過ぎると、燃焼安定性が悪化してしまう。つまり、HCCI燃焼が可能な最小のG/Fが存在し、HCCI燃焼が可能な最低の筒内温度TIVCが存在する(図9の実線参照)。
図9から明らかなように、均質SI燃焼が可能な「G/F-TIVC範囲」と、HCCI燃焼が可能な「G/F-TIVC範囲」とは、離れている。前述したように、仮にエンジン1の負荷が変化することに応じて、均質SI燃焼とHCCI燃焼との切り替えのみを行うようにすると、その切り替えに合わせて混合気のG/F、及び、筒内温度TIVCを大きく変更しなければならない。混合気のG/F、及び、筒内温度TIVCは主に、吸気充填量の調節によって調節されるが、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、及び排気VVL242の応答遅れにより、混合気のG/F、及び、筒内温度TIVCを、燃焼形態の切り替えに対応して瞬時に変化させることは困難である。
(リタードSI燃焼)
前述したように、均質SI燃焼の運転可能範囲に対して、混合気のG/Fをリーンにする、又は、筒内温度TIVCを高くすると、燃焼安定性が確保できなくなる。リタードSI燃焼では、前述したように、圧縮上死点付近、つまり、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252の点火前に、インジェクタ6がシリンダー11内に燃料を噴射する。点火の直前までシリンダー11内に燃料を噴射しないため、プリイグニッションを回避できる。
圧縮上死点付近における燃料の噴射によって、シリンダー11内に流動が生じ、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252の点火後、火炎は、その流動を利用して速やかに伝播する。こうして、急速燃焼が実現し、ノッキングを抑制しながら、燃焼安定性が確保できる。リタードSI燃焼が可能な「G/F-TIVC範囲」は、均質SI燃焼が可能な「G/F-TIVC範囲」よりも、混合気のG/Fが大きい(図9の破線参照)。リタードSI燃焼は、均質SI燃焼に対して、G/Fのリーン側に、運転可能範囲を拡大する。
(SPCCI燃焼)
リタードSI燃焼の運転可能範囲に対して、混合気のG/Fをさらにリーンにする、又は、筒内温度TIVCをさらに高くすると、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252の点火によって火炎伝播燃焼が開始した後、ノッキングとは異なる燃焼であって、穏やかな圧縮着火燃焼が開始する。制御された圧縮着火燃焼を含むSPCCI燃焼は、リタードSI燃焼が可能な「G/F-TIVC範囲」よりも、G/Fが大きい(図9の一点鎖線参照)。SPCCI燃焼は、均質SI燃焼及びリタードSI燃焼に対して、G/Fのリーン側に、運転可能範囲を拡大する。しかしながら、SPCCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」と、HCCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」との間には、未だ、大きなギャップが存在している。
(MPCI燃焼)
MPCI燃焼は、HCCI燃焼の運転可能範囲に対して、G/Fのリッチ側及びTIVCの低温側のそれぞれに、運転可能範囲を拡大する。
先ず、HCCI燃焼の運転可能範囲から混合気のG/Fをリッチにすると、圧縮着火燃焼が激しくなって異常燃焼を招く。圧縮着火燃焼を緩慢化させるために、MPCI燃焼のスキッシュ噴射は、圧縮行程の中期にシリンダー11内に燃料を噴射する。前述したように、噴射された燃料は、キャビティ31の外のスキッシュ領域171に到達して、スキッシュ領域171の燃料濃度を、局所的に高めると共に、温度を低下させる。その結果、圧縮着火のタイミングが遅角化すると共に、燃焼が緩慢化する。スキッシュ噴射は主に、HCCI燃焼の運転可能範囲に対して、G/Fのリッチ側に、運転可能範囲を拡大する。
次に、HCCI燃焼の運転可能範囲からTIVCを低温にすると、圧縮着火のタイミングが遅角し、燃焼が緩慢になりすぎて燃焼安定性が低下する。圧縮着火のタイミングが進角するように、MPCI燃焼のトリガー噴射は、圧縮行程の終期にシリンダー11内に燃料を噴射する。前述したように、噴射された燃料は、キャビティ31の中において、拡散せずに、燃料濃度が高い混合気塊を形成する。その結果、燃料の噴射後、速やかに圧縮着火が開始して、周囲の均質な混合気も、速やかに自着火燃焼をする。トリガー噴射は主に、HCCI燃焼の運転可能範囲に対して、TIVCの低温側に、運転可能な範囲を拡大する。
MPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」の一部は、SPCCI領域の「G/F-TIVC範囲」と重なっている。均質SI燃焼及びリタードSI燃焼の「G/F-TIVC範囲」と、HCCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」とのギャップが埋まる。
ここで、MPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は、スキッシュ噴射を行う領域と、トリガー噴射を行う領域とに分割される(図9に破線で示す分割線参照)。スキッシュ噴射を行う領域は、MPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」において、G/Fが相対的に小さくかつ、筒内温度TIVCが相対的に高い領域である。トリガー噴射を行う領域は、MPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」において、G/Fが相対的に大きくかつ、筒内温度TIVCが相対的に低い領域である。
(エンジンの運転制御)
ECU10は、図4に示すベースマップに従い、エンジン1の要求負荷及び回転数に対応する燃焼形態が実現するように、混合気のG/Fと、筒内温度TIVCと、を調節する。
ところが、可変動弁装置の応答遅れ等に起因して、混合気のG/F、及び/又は、筒内温度TIVCがエンジン1の運転状態に対応せずに、ずれる場合がある。混合気のG/F、及び/又は、筒内温度TIVCが目標のG/F、及び/又は、目標の筒内温度TIVCからずれていると、混合気を、狙いの燃焼形態で燃焼させることができず、燃焼安定性が低下したり、異常燃焼が生じたり恐れがある。そこで、ECU10は、エンジン1の運転状態に応じて燃焼形態を仮設定し、目標のG/F、及び/又は、目標の筒内温度TIVCを定めて可変動弁装置を制御する。ECU10はまた、実際のG/F、及び/又は、実際の筒内温度TIVC、正確には予測したG/F、及び/又は、予測した筒内温度TIVCに応じて燃焼形態を切り替えて、燃料の噴射タイミング、及び、点火の要否を、調節する。
図10は、エンジン1の運転制御に係る選択マップを例示している。図10は、図4の第1ベースマップ401においてHCCI燃焼を行う第3領域、つまり、低負荷領域415を拡大して示している。低負荷領域415は、エンジン1の回転数と負荷とによって規定されている。低負荷領域415内は、図10に例示するように、エンジン1の負荷と回転数とについて、さらに細分化されている。図10の選択マップは、一例として、低負荷領域415が9分割されているが、その分割数は、特に限定されない。尚、図示は省略するが、図4のベースマップにおける各領域についても、選択マップが設定されている。
低負荷領域415内の分割領域毎に、図9に対応する「G/F-TIVC範囲」が設定されている。「G/F-TIVC範囲」は、前述したように、混合気のG/Fと、筒内温度TIVCと、に応じて、燃焼形態を定めている。ECU10は、エンジン1の要求負荷と回転数とに応じて、図4のベースマップ従い、燃焼形態を設定(つまり、仮設定)し、吸気充填量の調節を行うと共に、図10の選択マップに従い、その要求負荷と回転数と、予測したG/Fと予測した筒内温度TIVCと、に応じて、燃焼形態を、最終的に決定する。
ここで、図10に例示するように、エンジン1の負荷と回転数とに応じて、「G/F-TIVC範囲」は変化している。回転数が高い場合、筒内温度が高温でも、HCCI燃焼、MPCI燃焼、及びSPCCI燃焼は可能になる。エンジン1の回転数が低い場合、温度が下がらないと、HCCI燃焼及びMPCI燃焼は可能でない。
また、同一負荷で比較をした場合に、エンジン1の回転数が高くなるほど、SPCCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は拡大し、リタードSI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は縮小する。逆に、エンジン1の回転数が低くなるほど、SPCCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は縮小し、リタードSI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は拡大する。
また、同一回転数で比較をした場合に、HCCI燃焼及びMPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」は共に、エンジン1の負荷が低いほど、筒内温度TIVCの最低温度は、高温側へ移動する。
このように、エンジン1の負荷と回転数とに応じて、「G/F-TIVC範囲」は変化することになる。特に、図11に例示するように、各制御因子のうち、選択されるべき燃焼形態の境となるG/F(以下、切替G/Fとも呼ぶ)の大きさは、筒内温度TIVCが一定でかつ、要求負荷を固定した状態では、エンジン回転数に応じて大きく変化することになる。
図11は、同一の筒内温度TIVCにおいて、混合気の全てを圧縮着火燃焼させる燃焼形態(MPCI燃焼又はHCCI燃焼)と、混合気の少なくとも一部を火炎伝播燃焼させる燃焼形態(SPCCI燃焼、リタードSI燃焼、又は均質SI燃焼)との境となる切替G/Fと、エンジン回転数との関係を例示するグラフである。
ここで、図11における筒内温度TIVCは、少なくともHCCI燃焼を実現可能な温度であって、例えば400K前後に設定されている。また、図11における要求負荷の範囲は、図4及び図10に示すHCCI燃焼が可能な要求負荷以下の値である。
また、図11の縦軸は、MPCI燃焼とSPCCI燃焼との境となる切替G/Fであり、MPCI燃焼の「G/F-TIVC範囲」によって規定される。ECU10は、この切替G/F以上であればMPCI燃焼又はHCCI燃焼を実行する一方、この切替G/Fよりも低ければSPCCI燃焼、リタードSI燃焼、又は均質SI燃焼を実行する。
また、図11中、黒四角で示したプロットは、要求負荷が相対的に高い場合の切替G/Fを示し、黒丸で示したプロットは、黒四角で示したプロットよりも要求負荷が相対的に低い場合の切替G/Fを示し、黒三角で示したプロットは、黒丸で示したプロットよりも要求負荷が相対的に低い場合の切替G/Fを示す。
例えば、図11中のプロットA1~A3は、それぞれ、図10に示したプロットA1~A3に対応している。もちろん、図10に示す選択マップ及び図11に示すグラフは、説明のための例示に過ぎない。選択マップの態様は、要求負荷及び回転数に応じてシームレスに変化する。その変化に応じて、図11に示すグラフもまた、連続的に変化することになる。つまり、図11に示す各プロットは、図10の各マップに対応するものの、それらのプロットは例示に過ぎず、筒内温度TIVCを一定にした場合、同様の傾向が示されるようになっている。
図11に示すように、要求負荷を固定した状態では、回転数(エンジン回転数)が低い場合の切替G/Fの大きさは、回転数が高い場合の切替G/Fよりも小さいことがわかる。回転数が相対的に低い場合には、相対的に高い場合に比してピストンスピードが遅くなる、そのため、回転数が低い場合は、回転数が高い場合における切替G/Fよりも小さな切替G/Fを用いたとしても、MPCI燃焼およびHCCI燃焼を適切に実現することができるようになる。
尚、図11に示すように、切替G/Fは要求負荷にも依存しているものの、少なくとも要求負荷を固定した状態においては、切替G/Fと回転数との関係は、各要求負荷において共通となる。
これらのことから、本実施形態では、ECU10は、既燃ガスを含む前記シリンダー内の吸気の、燃料に対する質量比率(G/F)を予測し、要求負荷が第1エンジン負荷でありかつ回転数が第1エンジン回転数である場合に、G/Fが第1G/Fよりも高いと予測するときには、インジェクタ6、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252を制御することでHCCI燃焼又はMPCI燃焼を実行させる一方、G/Fが第1G/Fよりも低いと予測するときには、インジェクタ6を制御することでSPCCI燃焼、リタードSI燃焼、又は均質SI燃焼を実行させる。
そして、本実施形態では、ECU10は、第1エンジン負荷において回転数が第1エンジン回転数よりも小さい第2エンジン回転数である場合に、G/Fが、第1G/Fよりも小さい第2G/Fよりも低いと予測するときには、インジェクタ6、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252を制御することでHCCI燃焼又はMPCI燃焼を実行させる一方、G/Fが第2G/Fよりも高いと予測するときには、インジェクタ6を制御することでSPCCI燃焼、リタードSI燃焼、又は均質SI燃焼を実行させる。
ここで、第1エンジン負荷は、少なくともHCCI燃焼又はMPCI燃焼を実行可能な範囲で任意に設定された要求負荷である。
したがって、本実施形態に係るECU10は、第2エンジン回転数では、少なくとも一部の混合気が火炎伝播燃焼する燃焼形態と、全ての混合気が圧縮着火燃焼する燃焼形態との境となる切替G/F(第2G/F)の大きさを、第1エンジン回転数における切替G/F(第1G/F)よりも小さく設定することになる。その結果、MPCI燃焼又はHCCIを実施可能なG/Fの範囲を低G/F側に拡大することが可能となる。このG/Fの範囲を拡大することで、火炎伝播燃焼から圧縮着火燃焼への切替をより早期に行うことが可能となり、ひいては、燃費性能を向上させることができるようになる。
また、図10に示すように、MPCI燃焼又はHCCI燃焼と、SPCCI燃焼、リタードSI燃焼、又は均質SI燃焼と、を使い分けるための切替G/F(第1G/F、第2G/F)に加えてさらに、MPCI燃焼とHCCI燃焼とを使い分けるための切替G/F(第3G/F)も設定される。具体的に、本実施形態に係るECU10は、シリンダー11内の全ての混合気が圧縮着火燃焼するようにインジェクタ6を制御する場合に、G/Fが第1G/Fよりも大きい第3G/Fよりも高いと予測するときにはHCCI燃焼を実行し、G/Fが第1G/Fよりも高くかつ第3G/Fよりも低いと予測するときにはMPCI燃焼を実行する。
前述のように、ECU10は、HCCI燃焼を実行する場合には、吸気行程期間内に燃料を噴射するようにインジェクタ6を制御し、MPCI燃焼を実行する場合には、吸気行程期間内と、圧縮行程期間内とのそれぞれに燃料を噴射するようインジェクタ6を制御するように構成されている。
さらに、図10に示すように、SPCCI燃焼と、リタードSI燃焼又は均質SI燃焼と、を使い分けるための切替G/F(第4G/F)も設定される。具体的に、本実施形態に係るECU10は、シリンダー11内の混合気の少なくとも一部が火炎伝播燃焼するようにインジェクタ6、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252を制御する場合に、G/Fが第4G/Fよりも高いと予測するときにはSPCCI燃焼を実行し、G/Fが第4G/Fよりも低いと予測するときにはリタードSI燃焼または均質SI燃焼を実行する。
このように、各燃焼形態に対応した切替G/Fを設定することで、少なくとも一部の混合気が火炎伝播燃焼する燃焼形態(均質SI燃焼、リタードSI燃焼、SPCCI燃焼)、又は、全ての混合気が圧縮着火燃焼する燃焼形態(MPCI燃焼、HCCI燃焼)へ、燃焼形態をシームレスに切り替えることができる。これにより、燃焼安定性の確保と、異常燃焼の抑制とが実現する。
次に、図12及び図13を参照しながら、ECU10が実行するエンジン1の運転制御の手順を説明する。先ずステップS1において、ECU10は、各種のセンサの計測信号を取得し、続くステップS2において、ECU10は、エンジン回転数Neと、アクセル開度APOとから、目標トルクTq(又は要求負荷)を演算する。
ステップS3において、ECU10は、エンジン1の冷却水温に基づいて、図4の第1ベースマップ401、又は、第2ベースマップ402を選択すると共に、演算した目標トルクTqとエンジン1の回転数Neと、選択したベースマップとから、燃焼形態を仮決定する。
ステップS4において、ECU10は、エンジン1の運転状態から、吸気バルブ21及び排気バルブ22それぞれの、目標のバルブタイミングTV及び目標のバルブリフトVLを演算する。目標のバルブリフトVLは、吸気CVVL232が連続的に変更する吸気バルブ21のバルブリフトと、排気VVL242が切り替える排気バルブ22のカムとを含む。また、ステップS4において、ECU10は、目標の燃料噴射量Qfを演算する。
ステップS5において、ECU10は、目標のバルブタイミングVT及びバルブリフトVLになるように、吸気S-VT231、吸気CVVL232、排気S-VT241、及び排気VVL242へ制御信号を出力する。
ステップS6において、ECU10は、吸気カム角センサSW8、排気カム角センサSW9、及び、吸気カムリフトセンサSW10の計測信号に基づいて、吸気バルブ21の実際のバルブタイミングVT及びバルブリフトVL、並びに、排気バルブ22の実際のバルブタイミングVT及びバルブリフトVLを検出する。
ステップS7において、ECU10は、実際のバルブタイミングVT及びバルブリフトVLと、空気の温度Tair、及び、エンジン1の水温Thwとに基づいて、シリンダー11内に導入される既燃ガス量(EGR量)と、空気量とを推定する。
そして、ステップS8において、ECU10は、燃料噴射量Qfと、ステップS7で推定した既燃ガス量及び空気量とから、混合気のG/Fと、筒内温度TIVCとを予測する。
次に、ステップS9において、ステップS2で算出した目標トルクTqとステップS1で取得した回転数Neとに基づいて、燃焼形態を切り換えるためのG/F、すなわち切替G/Fを設定する。この切替G/Fは、前述の第1及び第2G/F、第3G/F並びに第4G/Fのように、HCCI燃焼、MPCI燃焼、SPCCI燃焼、及びSI燃焼のそれぞれについて設定される。なお、ここでいう「SI燃焼」の語には、リタードSI燃焼と均質SI燃焼とが含まれる。
ステップS10では、ECU10は、ステップS8で予測されたG/Fに応じた燃焼形態を決定する。具体的に、このステップS10では、ECU10は、図13に示すフローを実行する。
具体的に、ステップS101において、ECU10は、予測されたG/FがHCCI燃焼への切替G/F以上であるか否かを判定する。ECU10は、予測されたG/FがHCCI燃焼への切替G/F以上である場合(ステップS101:YES)にはステップS102に進む一方で、予測されたG/FがHCCI燃焼への切替G/Fよりも低い場合(ステップS101:NO)には、ステップS103に進む。
ステップS102に進んだ場合、ECU10は、燃焼形態をHCCI燃焼に設定する。
一方で、ステップS103に進んだ場合、ECU10は、予測されたG/FがMPCI燃焼への切替G/F以上であるか否かを判定する。ECU10は、予測されたG/FがMPCI燃焼への切替G/F以上である場合(ステップS103:YES)には、ステップS104に進む一方で、予測されたG/FがMPCI燃焼への切替G/Fよりも低い場合(ステップS103:NO)には、ステップS105に進む。
ステップS104に進んだ場合、ECU10は、燃焼形態をMPCI燃焼に設定する。
一方で、ステップS105に進んだ場合、ECU10は、予測されたG/FがSPCCI燃焼への切替G/F以上であるか否かを判定する。ECU10は、予測されたG/FSPCCI燃焼への切替G/F以上である場合(ステップS105:YES)には、ステップS106に進む一方で、予測されたG/FがSPCCI燃焼への切替G/Fよりも低い場合(ステップS105:NO)には、ステップS107に進む。
ステップS106に進んだ場合、ECU10は、燃焼形態をSPCCI燃焼に設定する。
一方、ステップS107に進んだ場合、ECU10は、燃焼形態をSI燃焼に設定する。
図12に戻って、ステップS10において燃焼形態の選択が完了した後は、ステップS11に進んで、ECU10は、決定した燃焼形態に対応する、点火時期IGTと、噴射パターン、つまり、噴射タイミングとを決定する。
ステップS12において、ECU10は、インジェクタ6に制御信号を出力する。インジェクタ6は、決定された噴射パターンに従って、燃料を噴射する。ECU10はまた、点火を行う場合、第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252へ制御信号を出力する。第1点火プラグ251及び第2点火プラグ252は、混合気に点火する。
図11のフローに従うことによって、ECU10は、要求エンジン負荷に応じて混合気のG/Fを変える場合に、可変動弁装置の応答遅れを考慮して、インジェクタ6が燃料を噴射するタイミングを設定できる。シリンダー11内の状態に適合した燃焼形態で、混合気が燃焼するため、エンジン1は、燃焼安定性が基準を満たしかつ、異常燃焼を抑制できる。
尚、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、前述した構成のエンジンに限らない。ここに開示する技術は、様々な構成のエンジンに適用可能である。