(1)物理パッケージの概略的な構成
図1は、光格子時計10の全体構成を示す概略図である。光格子時計は、物理パッケージ12と、光学系装置14と、制御装置16と、PC(Personal Computer)18を組み合わせて構成されている。
物理パッケージ12は、次に詳述するように、原子集団を捕捉し、光格子に閉じ込め、時計遷移を起こさせる装置である。光学系装置14は、レーザ発光装置、レーザ受光装置、レーザ分光装置などの光学的機器を備えた装置である。光学系装置14は、レーザを発光して物理パッケージ12に送る他、物理パッケージ12において原子集団が時計遷移により発光した光を受光して電気信号に変換し、周波数帯で分波するなどの処理を行う。制御装置16は、物理パッケージ12及び光学系装置14を制御する装置である。制御装置16は、光格子時計10に特化したコンピュータであり、プロセッサ及びメモリを備えたコンピュータハードウエアをソフトウエアによって制御することで動作する。制御装置16は、例えば、物理パッケージ12の動作制御、光学系装置14の動作制御などの他、計測により得られた時計遷移の周波数解析などの解析処理も行っている。物理パッケージ12、光学系装置14、及び制御装置16は、相互に密接に連携をして、光格子時計10を形成している。
PC18は、汎用的なコンピュータであり、プロセッサ及びメモリを備えたコンピュータハードウエアをソフトウエアによって制御することで動作する。PC18には、光格子時計10を制御するアプリケーションプログラムがインストールされている。PC18は、制御装置16に接続されており、制御装置16のみならず、物理パッケージ12と光学系装置14を含む光格子時計10の全体にかかる制御を行っている。また、PC18は、光格子時計10のUI(User Interface)となっており、ユーザは、PC18を通じて、光格子時計10の起動、時間計測、結果確認などを行うことができる。本実施形態では、物理パッケージ12を中心に説明を行う。なお、物理パッケージ12と、その制御に必要となる構成を含むものを物理パッケージシステムと呼ぶことがある。制御に必要となる構成は、制御装置16またはPC18に含まれる場合があるが、物理パッケージ12自体に内蔵される場合もある。
図2は、実施形態にかかる光格子時計の物理パッケージ12を模式的に示した図である。また、図3は、物理パッケージ12の外観の例を示す図であり、図4は図3に示した物理パッケージ12の内部構造を部分的に透視的に示す図である。図2〜4(及び以後の図)には、後述する原子が時計遷移分光の際に存在し得る対象空間(時計遷移空間52)を原点とするXYZ直交直線座標系を図示して、方向を明示している。
物理パッケージ12は、真空チャンバ20、原子オーブン40、ゼーマン減速器用コイル44、光学共振器46、MOT装置用コイル48、低温槽54、熱リンク部材56、冷凍機58、真空ポンプ本体60、及び、真空ポンプカートリッジ62を備える。
真空チャンバ20は、物理パッケージ12の主要部分を真空に保つ容器であり、略円柱形に形成されている。詳細には、真空チャンバ20は、大きな略円柱形状に形成された本体部22と、本体部22から突起した小さな略円柱形状に形成された突起部30とを備える。本体部22は、内部に後述する光学共振器46等を格納した部位である。本体部22は、円柱の側面をなす円筒壁24と、円柱の円形の面をなす前部円形壁26及び後部円形壁28とを備える。前部円形壁26は、突起部30が設けられた壁である。後部円形壁28は、突起部30とは反対側の壁であり、円筒壁24に比べて拡径された形状に形成されている。
突起部30は、円柱の側面をなす円筒壁32と、前部円形壁34とを備える。前部円形壁34は、本体部22から遠い側の円形の面である。突起部30における本体部22の側は、大部分が開口された形状となって本体部22と接続されており、壁部を有しない。
真空チャンバ20は、本体部22の円柱の中心軸(この軸をZ軸と呼ぶ)がほぼ水平になるように配置される。また、突起部30の円柱の中心軸(この軸はビーム軸となる)は、Z軸の鉛直方向下方において、Z軸に平行に延びている。
真空チャンバ20は、例えば、Z軸方向に35cm程度以下、X軸方向及びY軸方向に20cm程度以下に形成することを想定している。さらに小型化を進めて、Z軸方向の長さを30cm程度以下、25cm程度以下、あるいは、20cm程度以下とすることも想定される。また、X軸方向及びY方向についても、15cm程度以下、あるいは10cm程度以下とすることも十分に可能であると想定される。また、ビーム軸とZ軸の距離は、例えば、10〜20mm程度に設定される。
実施形態では、真空チャンバ20の本体部22下部における四隅付近には、4本の脚38が設けられており、真空チャンバ20を支える。真空チャンバ20は、内部が真空になった場合の気圧差に耐えられるように、SUS(ステンレス)などの金属を用いて、十分頑強に作られている。真空チャンバ20は、後部円形壁28と前部円形壁34とが取り外し可能に形成されており、保守点検時などに取り外される。
原子オーブン40は、突起部30の先端付近に設けられた装置である。原子オーブン40は、設置した個体金属をヒータで加熱し、熱運動により金属から飛び出した原子を細孔から放出して、原子ビーム42を形成する。原子ビーム42が通るビーム軸は、Z軸と平行に設定されており、X軸とは原点から若干離れた位置において交差するように設定されている。交差する位置は、後述する原子が捕捉される微小な空間である捕捉空間50に相当する。原子オーブン40は、基本的には、真空チャンバ20の内部に設けられているが、冷却のために、放熱部が真空チャンバ20の外にまで延びている。原子オーブン40では、例えば、750K程度にまで金属が加熱される。金属としては、例えば、ストロンチウム、水銀、カドミウム、イッテルビウムなどが選ばれるが、これらに特に限定されるものではない。
ゼーマン減速器用コイル44は、原子オーブン40のビーム軸の下流側において、真空チャンバ20の突起部30から本体部22に渡って配置されている。ゼーマン減速器用コイル44は、原子ビーム42の原子を減速するゼーマン減速器と、減速した原子を捕捉するMOT装置を融合させた装置である。ゼーマン減速器と、MOT装置は、いずれも原子レーザ冷却技術に基づく装置である。図2に示されたゼーマン減速器用コイル44には、ゼーマン減速器で用いられるゼーマンコイルと、MOT装置で用いられる1対のMOTコイルの一方が、一連のコイルとして設けられている。明確な区分けはできないが、大まかには、上流側から下流側までの大部分が、ゼーマン減速法に寄与する磁場を発生するゼーマンコイルに相当し、最下流側がMOT法に寄与する勾配磁場を生成するMOTコイルに相当する。
図示した例では、ゼーマンコイルは上流側ほど巻回数が多く下流側ほど巻回数が少ないディクリーシング型となっている。ゼーマン減速器用コイル44は、ゼーマンコイルとMOTコイルの内側に原子ビーム42が通るように、ビーム軸の周囲に軸対称に配置されている。ゼーマンコイルの内側には、空間的に勾配が付けられた磁場が形成され、ゼーマン減速光ビーム82が照射されることで、原子の減速が行われる。
光学共振器46は、Z軸周りに配置される円筒形の部品であり、内側に光格子が形成される。光学共振器46には、複数の光学部品が設置されている。X軸上の1対の光学ミラーと、それと平行してもう1対の光学ミラーを備え、計4枚のミラー間で光格子光を多重反射することで、ボウタイ型の光格子共振器を生成する。捕捉空間50で捕捉された原子集団は、この光格子の内部に閉じ込められる。また、光学共振器46では、共振器に入射させる2本(右回り、左回り)の光格子光の相対周波数をシフトさせた場合、光格子の定在波が移動する移動光格子を形成する。移動光格子によって、原子集団は、時計遷移空間52に移動される。実施形態では、移動光格子を含む光格子をX軸上に形成されるように設定されている。なお、光格子としては、X軸に加えて、Y軸上とZ軸の一方または両方にも格子が並ぶ2次元、または3次元のものを採用することも可能である。このように、光学共振器46は、光格子を形成する光格子形成部ということができる。光学共振器46も、原子レーザ冷却技術に基づく装置である。
MOT装置用コイル48は、捕捉空間50に対して、勾配磁場を生成する。MOT装置では、勾配磁場を形成した空間にXYZの3軸に沿ってMOT光が照射される。これにより、MOT装置は、捕捉空間50に原子を捕捉する。捕捉空間50は、X軸上に設定されている。図2に示されたゼーマン減速器用コイル44には、ゼーマン減速器で用いられるゼーマンコイルと、MOT装置で用いられる1対のMOTコイルの一方が、一連のコイルとして設けられている。この図では、MOT法に寄与する勾配磁場は、MOT装置用コイル48と、ゼーマン減速器用コイル44の一部と合わせて生成される。
低温槽54は、時計遷移空間52を囲むように形成され、内側の空間を低温に保つ。これにより、内側の空間では黒体輻射が低減される。低温槽54には、支持構造を兼ねた熱リンク部材56が取り付けられている。熱リンク部材56は、低温槽54から冷凍機58へ熱を伝導する。冷凍機58は、熱リンク部材56を介して、低温槽54を低温化する装置である。冷凍機58は、ペルチエ素子を備えており、低温槽54を例えば190K程度に冷却する。
真空ポンプ本体60と真空ポンプカートリッジ62は、真空チャンバ20を真空化するための装置である。真空ポンプ本体60と真空ポンプカートリッジ62は、その後に、真空チャンバ20の真空化を行う装置である。真空ポンプ本体60は、真空チャンバ20の外側に設けられており、真空ポンプカートリッジ62は、真空チャンバ20の内側に設けられている。真空ポンプカートリッジ62は、起動開始時に、真空ポンプ本体60に設けられたヒータによって加熱され活性化する。これにより、真空ポンプカートリッジ62が活性化されて、原子を吸着することで、真空化を行う。
真空ポンプカートリッジ62は、本体部22において、ゼーマン減速器用コイル44と並置するように設置されている。ゼーマン減速器用コイル44は、本体部22の円柱の中心軸に対して、X軸方向に偏心したビーム軸に沿って配置されている。このため、ゼーマン減速器用コイル44が偏心した方向とは反対側には、比較的大きな空間がある。真空ポンプカートリッジ62は、この空間に設置されている。
物理パッケージ12は、光学系の部品として、光格子光用耐真空光学窓64、66、MOT光用耐真空光学窓68、ゼーマン減速光およびMOT光用耐真空光学窓70、72、及び、光学ミラー74,76を備える。
光格子光用耐真空光学窓64、66は、真空チャンバ20の本体部22における向かい合う円筒壁24に対面して設けられた耐真空の光学窓である。光格子光用耐真空光学窓64,66は、光格子光を入射及び出射するために設けられている。
MOT光用耐真空光学窓68は、MOT装置で用いる3軸のMOT光のうち、2軸のMOT光を入射及び出射するために設けられている。
ゼーマン減速光およびMOT光用耐真空光学窓70、72は、ゼーマン減速光と1軸のMOT光を入射及び出射するために設けられている。
光学ミラー74,76は、ゼーマン減速光と1軸のMOT光の方向を変えるために設けられている。
また、物理パッケージは、冷却用の部品として、原子オーブン用冷却器90、ゼーマン減速器用冷却器92、及び、MOT装置用冷却器94を備える。
原子オーブン用冷却器90は、原子オーブン40を冷却する水冷装置である。原子オーブン用冷却器90は、真空チャンバ20の外に設けられており、原子オーブン40のうち真空チャンバ20の外に延びた放熱部を冷却する。原子オーブン用冷却器90は、冷却用の管である金属製の水冷管を備えており、内部に液体冷媒である冷却水を流すことで、真空チャンバ20を冷却する。
ゼーマン減速器用冷却器92は、真空チャンバ20の壁部に設けられ、ゼーマン減速器用コイル44を冷却する装置である。ゼーマン減速器用冷却器92は、金属製のパイプを備えており、内部に冷却水を流すことで、ゼーマン減速器用コイル44のコイルで発生するジュール熱を奪う。
MOT装置用冷却器94は、真空チャンバ20の円壁部に設けられた放熱部である。MOT装置用コイル48では、ゼーマン減速器用冷却器92よりも小さい(例えば1/10程度)が、コイルにジュール熱が発生する。そこで、MOT装置用コイル48からは、MOT装置用冷却器94の金属が真空チャンバ20の外まで延びており、大気中に熱を放出する。
さらに、物理パッケージ12は、磁場を補正するための部品として、3軸磁場補正コイル96、耐真空電気コネクタ98、冷凍機用個別磁場補償コイル102、及び、原子オーブン用個別磁場補償コイル104を備える。
3軸磁場補正コイル96は、時計遷移空間52における磁場を均一にゼロ化するためのコイルである。3軸磁場補正コイル96は、XYZの3軸方向の磁場を補正するように立体的な形状に形成されている。図4に示した例では、3軸磁場補正コイル96は、全体として略円筒形状に形成されている。3軸磁場補正コイル96を構成する各コイルは、各軸方向において、時計遷移空間52を中心として点対称な形状に形成されている。
耐真空電気コネクタ98は、真空チャンバ20内に電力を供給するためのコネクタであり、真空チャンバ20の円壁部に設けられている。耐真空電気コネクタ98からは、ゼーマン減速器用コイル44、MOT装置用コイル48、及び3軸磁場補正コイル96に電力が供給される。
冷凍機用個別磁場補償コイル102は、低温槽54を冷却する冷凍機58からの漏洩磁場を補償するためのコイルである。冷凍機58が備えるペルチエ素子は、相対的に大きな電流が流される大電流デバイスであり、大きな磁場を発生させる。ペルチエ素子の周囲は、高透磁率材によって磁場を遮蔽しているが、完全には遮蔽できず一部の磁場が漏洩する。そこで、冷凍機用個別磁場補償コイル102は、時計遷移空間52におけるこの漏洩磁場を補償するように設定されている。
原子オーブン用個別磁場補償コイル104は、原子オーブン40のヒータからの漏洩磁場を補償するためのコイルである。原子オーブン40のヒータも大電流デバイスであり、高透磁率材による遮蔽にもかかわらず、漏洩磁場が無視できない場合がある。たとえば、ヒータ回路を無誘導巻配線で構成したとしても、配線端末や絶縁層を介した配線などにおいて、現実的に誘導成分が残ってしまうことがある。また、たとえば、原子オーブンを高透磁率材で覆い磁気遮蔽を図った場合であっても、原子ビーム開口部など、現実的に覆えない部分が存在してしまうことがある。そこで、原子オーブン用個別磁場補償コイル104は、時計遷移空間52におけるこの漏洩磁場を補償するように設定されている。
(2)物理パッケージの動作
物理パッケージ12の基本的な動作について説明する。物理パッケージ12では、真空チャンバ20の内部に備わった真空ポンプカートリッジ62が原子を吸着することで、真空チャンバ20の内部が真空化される。これにより、真空チャンバ20の内部は、例えば、10−8Pa程度の真空状態となり、窒素、酸素などの空気成分の影響が排除される。使用する真空ポンプの種類に応じて、あらかじめ前処理を実施しておく。たとえば、非蒸発型ゲッターポンプ(NEGポンプ)やイオンポンプなどでは、それを稼働する前に、大気からある程度の真空度に粗引きしておく必要がある。この場合、真空チャンバに粗引きポートを備えておき、そのポートから例えばターボ分子ポンプなどを利用して十分に粗引きしておく。また、たとえば、真空ポンプ本体60としてNEGポンプを使用する場合には、あらかじめ、真空中で高温に熱する活性化という工程を実施しておく必要がある。
原子オーブン40では、金属がヒータによって加熱されて高温化し、原子蒸気を生成する。この過程で金属から飛び出した原子蒸気は、次々と細孔を通り抜け、集束され並進し、原子ビーム42を形成する。原子オーブン40は、原子ビーム42がZ軸に平行なビーム軸上に形成されるように設置されている。なお、原子オーブン40では、原子オーブン本体は、ヒータによって加熱されるが、原子オーブン本体と、それを支持する継手とは熱絶縁体を介して断熱され、さらに物理パッケージに接続される継手は、原子オーブン用冷却器90に依って冷却されており、物理パッケージ12へ高温化の影響が及ぶことを防止ないしは低減している。
ゼーマン減速器用コイル44は、ビーム軸に対して軸対称となるように設置されている。ゼーマン減速器用コイル44の内部には、ゼーマン減速光ビーム82及び1軸のMOT光ビーム84が照射されている。ゼーマン減速光ビーム82は、ゼーマン減速光およびMOT光用耐真空光学窓70から入射され、MOT装置用コイル48よりもビームの下流に設置された光学ミラー74によって反射される。これにより、ゼーマン減速光ビーム82は、原子ビーム42と重なりながら、ビーム軸にほぼ平行にビーム軸の上流に向かう。この過程で、磁場の強さに比例したゼーマン分裂による効果とドップラーシフトによる効果によって、原子ビーム42中の原子は、ゼーマン減速光を吸収し、減速方向に運動量を与えられて減速する。ゼーマン減速光は、ゼーマン減速器用コイル44の上流において、ビーム軸の脇に置かれた光学ミラー76によって反射され、ゼーマン減速光およびMOT光用耐真空光学窓72から出射される。なお、ゼーマン減速器用コイル44では、ジュール熱が発生するが、ゼーマン減速器用冷却器92による冷却が行われるため、高温化が防止される。
十分に減速された原子ビーム42は、ゼーマン減速器用コイル44の最下流側のMOTコイルと、MOT装置用コイル48とによって形成されるMOT装置に至る。MOT装置内では、捕捉空間50を中心に、線形的な空間勾配をもつ磁場が形成されている。また、MOT装置には、3軸方向において、正の側及び負の側からMOT光が照射されている。
Z軸方向のMOT光ビーム84は、Z軸の負方向に向けて照射され、さらに、ゼーマン減速光およびMOT光用耐真空光学窓72の外で反射されることでZ軸の正方向に向けても照射される。残る2軸のMOT光ビーム86a、86bは、MOT光用耐真空光学窓68と、図示を省略した光学ミラーによってMOT装置内に照射される。図4に示すように、この2軸は、Z軸に垂直で、かつ、X軸とY軸とそれぞれ45度をなす2つの方向に照射される。2本のMOT光ビーム86a、86bをZ軸に垂直とすることで、ゼーマン減速器用コイル44と、MOT装置用コイル48との間隔を狭めることができており、真空チャンバ20の小型化に寄与している。MOT光ビームを照射する方向をZ軸及びY軸とそれぞれ45度をなす角度に設定する場合、MOT光ビームがゼーマン減速器や低温槽と干渉しないように、ビーム軸方向の距離を大きくとる必要がある。この場合では、MOT光の2軸がZ軸に垂直であった場合に比べ、装置のサイズが大きくなってしまう。
MOT装置内では、原子ビームは、磁場勾配のために、捕捉空間50を中心に復元力を受けるようにして減速される。これにより、原子集団は、捕捉空間50に捕捉される。なお、捕捉空間50の位置の微調整は、3軸磁場補正コイル96の発生磁場のオフセット値調整によって行うことができる。また、MOT装置用コイル48で発生するジュール熱は、MOT装置用冷却器94によって真空チャンバ20外に排出される。
光格子光ビーム80は、光格子光用耐真空光学窓64から光格子光用耐真空光学窓66へ向けて、X軸上に入射される。X軸上には、2つの光学ミラーを備える光学共振器46が設置されて、反射を起こす。このため、X軸上では、光学共振器46の内部に、X軸方向に定在波が連なった光格子ポテンシャルを形成する。原子集団は、光格子ポテンシャルに捕獲される。
光格子は、波長を若干変化させることで、X軸に沿って移動させることができる。この移動光格子による移動手段によって、原子集団は、時計遷移空間52まで移動される。この結果、時計遷移空間52は、原子ビーム42のビーム軸から外れるため、高温の原子オーブン40が発する黒体輻射の影響を除去することができる。また、時計遷移空間52は、低温槽54によって囲われており、周囲の常温の物質が発する黒体輻射から遮蔽されている。一般に、黒体輻射は、物質の絶対温度の4乗に比例するため、低温槽54による低温化は、黒体輻射の影響除去に大きな効果がある。
時計遷移空間52では、光周波数を制御したレーザ光を原子に照射し、時計遷移(すなわち時計の基準となる原子の共鳴遷移)の高精度分光を行い、原子固有かつ不変な周波数を計測する。これにより、正確な原子時計が実現する。原子時計の精度を高めるためには、原子を取り巻く摂動を排除し、周波数を正確に読みだす必要がある。とくに重要なことは、原子の熱運動によるドップラー効果が引き起こす周波数シフトの除去である。光格子時計では、時計レーザの波長に比べ十分に小さい空間に、レーザ光の干渉によって作る光格子で原子を閉じ込めることで、原子の運動を凍結させる。一方で、光格子内では、光格子を形成するレーザ光によって原子の周波数がずれてしまう。そこで、光格子光ビーム80としては、「魔法波長」あるいは「魔法周波数」と呼ばれる特定の波長・周波数を選ぶことで、光格子が共鳴周波数に与える影響を除去する。
時計遷移は、さらに、磁場によっても影響を受ける。磁場中の原子は、磁場の強さに応じたゼーマン分裂を起こすため、時計遷移を正確に計測することができなくなる。そこで、時計遷移空間52では、磁場を均一化し、かつゼロにするように磁場の補正が行われる。まず、冷凍機58のペルチエ素子に起因する漏洩磁場は、漏洩磁場の大きさに応じた補償磁場を発生する冷凍機用個別磁場補償コイル102によって動的に補償される。同様にして、原子オーブン40のヒータに起因する漏洩磁場は、原子オーブン用個別磁場補償コイル104によって、動的に補償できるように設定されている。なお、ゼーマン減速器用コイル44及びMOT装置用コイル48については、時計遷移の周波数を計測するタイミングにおいて、電流信号をOFFとして、通電せず、磁場の影響が及ばないようにしている。時計遷移空間52の磁場は、さらに、3軸磁場補正コイル96によって補正される。3軸磁場補正コイル96は、各軸の方向に複数設けられており、磁場の一様成分のみならず、空間的に変化する成分についても除去することができる。
このようにして、擾乱を除去した状態で、原子集団はレーザ光により時計遷移を促される。時計遷移の結果発光する光は、光学系装置によって受光され、制御装置によって分光処理等されて、周波数が求められる。以下では、物理パッケージ12についての実施形態を詳細に説明する。
(3)磁場補正コイルの形状と設置態様
図5〜図11を参照して、物理パッケージ12における3軸磁場補正コイル96について説明する。ここでは、3軸磁場補正コイル96は、銅などの導線の周囲にポリイミド樹脂などで絶縁処理した被覆導線を巻回して所定の形状に形成することを想定している。
図5は、3軸磁場補正コイル96の全コイルを示す斜視図である。また、図6〜図11は、3軸磁場補正コイルを構成する個々のコイルを示す斜視図である。3軸磁場補正コイル96は、真空チャンバ20の本体部22の内壁付近に取り付けられる。このため、3軸磁場補正コイル96は、時計遷移空間52を中心とする略円筒の形状に形成されている。3軸磁場補正コイル96は、X軸、Y軸、Z軸の各軸方向において、それぞれ、第1コイル群と第2コイル群により形成されている。
図6は、X軸方向(1軸の光格子が形成される方向であり、移動光格子が移動する方向である)における第1コイル群120について示す図である。第1コイル群120は、時計遷移空間52を中心として、X軸方向に距離cだけ離間して設置された二つのコイル122,124からなる。コイル122,124はともにY軸方向の辺の長さがa、Z軸方向の辺の長さがbに設定された長方形に形成されている。また、コイル122,124は、時計遷移空間52に対して点対称な形状に形成されている。
第1コイル群120は、中心部のX軸方向の磁場を略均一に生成できるように、コイル122,124を正方形のヘルムホルツ型のコイルに形成している。正方形のヘルムホルツ型のコイルとは、コイル122,124がa=bの正方形に形成され、かつ、c/2a=0.5445程度であるものをいう。コイル122,124は、同じ方向に同じ大きさの電流を流したときには、X軸方向に均一度の高い磁場を形成するヘルムホルツコイルペアとなる。ただし、実施形態ではコイル122,124には、大きさ及び方向が異なる電流を流すことができる。なお、コイル122,124は、a≠bとした場合にも十分に磁場の均一性を高めることが可能である。a>bの場合には、Z軸方向の磁場分布に比べて、Y軸方向の磁場分布の偏差が少なくなる傾向にあり、a<bの場合には、Y軸方向の磁場分布に比べて、Z軸方向の磁場分布の偏差が少なくなる傾向にある。a≠bの場合において、cを最適化したものを長方形のヘルムホルツ型コイルと呼ぶことにする。第1コイル群120を長方形のヘルムホルツ型のコイルとすることも可能である。
第1コイル群120は、X軸方向の磁場成分について、その値とX軸方向への空間1階微分項を調整するために用いられる。まず、1)コイル122,124に同じ方向に同じ大きさの電流を流した場合には、時計遷移空間52に対してX軸方向にほぼ勾配のない均一な磁場を生成する。他方、2)コイル122,124に逆方向に同じ大きさの電流を流した場合には、時計遷移空間52に対してX軸方向にほぼ一様な勾配をもつ磁場を形成する。そして、コイル122,124に流す電流の大きさと方向を適当に変更した場合には、1)と2)の線形和からなる磁場が形成される。このため、第1コイル群120は、時計遷移空間52におけるX軸方向の磁場成分Bxについて、定数項成分の補正と、X軸方向の空間1階微分項の補正を行うことができる。
図7は、X軸方向における第2コイル群130について示す図である。第2コイル群130は、時計遷移空間52を中心として、X軸方向に離間して設置された二つのコイル132,134からなる。コイル132,134は、方形のコイルを半径eの同一の円筒面に乗るように曲率を持たせて変形した形状に形成されており、中心角はf、Z軸方向の高さはgに設定されている。この円筒面は、図6の第1コイル群120が固定される円筒面とほぼ同程度の半径に形成されているため、e2≒(a/2)2+(c/2)2の関係にある。また、コイル132,134は、時計遷移空間52に対して点対称な形状に形成されている。
第2コイル群130は、ヘルムホルツコイルの形状とは異なる非ヘルムホルツ型のコイルである。また、第2コイル群のコイル132,134は電気的に接続されており、同方向に同じ大きさの電流が流される。すなわち、コイル132,134には、ともに矢印136の方向に電流が流されるか、ともに矢印138の方向に電流が流される。第2コイル群130は、非ヘルムホルツ型のコイルであるため、中心である時計遷移空間52では、ヘルムホルツコイルに準じた一様な成分に加えて、非一様な成分も生成される。ただし、電流の大きさ及び方向が同じであるため、非一様な成分は、主として空間2階微分項の成分となる。すなわち、第2コイル群130は、時計遷移空間52におけるX軸方向の磁場成分Bxについて、定数項成分の補正と、X軸方向の空間2階微分項の補正とを行うことができる。
3軸磁場補正コイル96のうち、X軸方向の磁場成分Bxについて制御を行うのは、基本的には、X軸方向の第1コイル群120と第2コイル群130である。そこで、これらを合わせて、X軸磁場補正コイルと呼ぶことにする。補正を行う際には、まず、第2コイル群130によってX軸方向の空間2階微分項の値がゼロ化される。続いて、第1コイル群120によって、X軸方向の空間1階微分項の値をゼロ化するとともに、X軸方向の定数項の値をゼロにする調整を行う。
図8は、Y軸方向における第1コイル群140について示す図である。第1コイル群140は、方形のコイルが曲率を持つように変形し、時計遷移空間52を中心とする半径hの円筒面に乗るように形成されている。第1コイル群は、コイル143とコイル144からなる複合コイル142と、コイル146とコイル147からなる複合コイル145が、Y軸方向に離間して設置されている。コイル143、144、146、147は、中心角をi、Z軸方向の高さをjに設定されている。コイル143、144は互いの端を重ね合わせるかまたは隣接させて形成されている。同様にコイル146、147は、互いの端を重ね合わせるかまたは隣接させて形成されている。複合コイル142と複合コイル145は、時計遷移空間52を中心として点対称に形成されている。また、コイル143とコイル146、及び、コイル144とコイル147も、それぞれ、時計遷移空間52を中心として点対称に形成されている。
まず、3)コイル143、144に同方向に同じ大きさの電流を流した場合を考える。この場合、重ね合わせまたは隣接させた部分の電流が打ち消し合って、複合コイル142全体が大きな一つのコイルのようにふるまう。同様に、コイル146,147にも同方向に同じ大きさの電流を流した場合には、複合コイル145全体が大きな一つのコイルのようにふるまう。第1コイル群140は、複合コイル142と複合コイル145とが1対のヘルムホルツ型のコイルとなるように設定されている。図8に示した円筒面上のヘルムホルツ型のコイル(すなわち2つの方形のコイルを曲げて同一の円筒面上に配置したヘルムホルツ型のコイル)は、中心角が約120度に設定されているものをいう。Z軸方向の長さは特に限定されないが、Z軸方向の長さが円筒の半径に比べて長いほど、中心部の磁場均一性が高くなることが知られている。第1コイル群140は、流す電流の方向及び大きさを調整することで、中心付近において、磁場のY軸方向の成分を均一化することができる。
次に、4)ヘルムホルツコイルを形成する場合の電流から若干変更する。具体的には、コイル143とコイル147の電流のみを同方向に若干大きくする。この場合、磁場のY軸方向の成分がX軸方向の空間1階微分項の値をもつことになる。なお、厳密には、コイル143とコイル147が作る磁場は、X軸方向の成分ももっており、第1コイル群140の調整を行う場合には、X軸磁場補正コイルの調整も必要となる。
図9は、Y軸方向における第2コイル群150について示す図である。図9に示した第2コイル群150は、Y軸方向に向かい合う1対のコイル152,154からなる。コイル152,154はそれぞれ、半径kの円形コイルに曲率を持たせて、時計遷移空間52を中心とする半径lの円筒面上に載せた形状に形成された非ヘルムホルツ型のコイルである。非ヘルムホルツ型のコイルでは、磁場の空間2階微分項の成分も形成される。そこで、第2コイル群150は、Y軸方向の磁場成分ByにおけるX軸方向の空間2階微分項の制御に用いられる。
図8に示したY軸方向の第1コイル群140と図9に示したY軸方向の第2コイル群150は、基本的には、Y軸方向の磁場成分Byの補正するY軸磁場補正コイルを形成する。Y軸磁場補正コイルは、Y軸方向の磁場成分Byの定数項、X軸方向の空間1階微分項、及び、X軸方向の空間2階微分項を補正することができる。
図10は、Z軸方向における第1コイル群160を示す図である。第1コイル群160は、半径mの円形の複合コイル162、165が距離nを隔てて対面して配置されている。複合コイル162、165は、中心に対して点対称の関係にある。また、複合コイル162は、半円形のコイル163、164の互いの弦を重ね合わせるかまたは隣接させることで形成されている。半円形のコイル163はX軸の正の側に配置され、半円のコイル164はX軸の負の側に配置されている。同様に、複合コイル165は、X軸の正の側にある半円形のコイル166と、X軸の負の側にある半円のコイル167を組み合わせて形成されている。
複合コイル162、165は、ヘルムホルツ型のコイルとなるようにサイズ等が設定されている。円形のヘルムホルツコイルはm=nの関係にある。複合コイル162、165は、両者に同じ向きで同じ大きさの電流を流した場合に、中心付近におけるZ方向の磁場の均一度がヘルムホルツコイルと実質的に等価になる範囲に設定されている。ただし、複合コイル162を構成するコイル163、164では、電流の向き及び大きさを自由に変更することができる。このため、図8に示したY方向の第1コイル群140と同様にして、第1コイル群160は、Z方向の磁場成分Bzの定数項と、X軸方向の空間1階微分項について補正できる。
図11は、Z軸方向の第2コイル群170を示す図である。第2コイル群170は、半径pの円形のコイル172,174が、Z軸方向に距離qだけ離間して対面配置されている。第2コイル群170は、非ヘルムホルツ型のコイルである。非ヘルムホルツ型のコイルでは、一様ではない成分を有する。このため、Z軸方向の磁場成分BzのX軸方向の空間2階微分項について補正することができる。
図10に示したZ軸方向の第1コイル群160と図11に示したZ軸方向の第2コイル群170は、基本的にはZ軸方向の磁場成分Bzを補正するZ軸磁場補正コイルを形成する。Z軸磁場補正コイルは、Z軸方向の磁場成分Bzの定数項、X軸方向の空間1階微分項、及び、X軸方向の空間2階微分項を補正することができる。
図5に示した3軸磁場補正コイル96は、X軸磁場補正コイル、Y軸磁場補正コイル、及び、Z軸磁場補正コイルを組み合わせて制御することで形成されている。3軸磁場補正コイル96は、X軸方向の磁場成分Bxについては、定数項、X軸方向の空間1階微分項、X軸方向の空間2階微分項を補正可能である。Y軸方向の磁場成分Byについては、定数項、X軸方向の空間1階微分項、X軸方向の空間2階微分項を補正可能である。そして、Z軸方向の磁場成分Bzについては、定数項、X軸方向の空間1階微分項、X軸方向の空間2階微分項を補正可能である。
3軸磁場補正コイル96では、時計遷移空間52の磁場の値を均一にゼロにする補正を行う。時計遷移空間52は、1次元の光格子では、例えば、X軸方向(格子の方向)に10mm、Y軸及びZ軸の方向に1〜2mm程度の大きさに設定される。この空間を、例えば、磁場の誤差が3μG以内、1μG以内あるいは0.3μG以内となるように磁場を制御する。3軸磁場補正コイル96で用いるヘルムホルツ型のコイル及び非ヘルムホルツ型のコイルは、この磁場を形成できるように精度が設定される。
3軸磁場補正コイル96は、図4に示すように、時計遷移空間52を中心として点対称性を有する形状に形成されており、時計遷移空間52の磁場補正を精度よく行うことが可能である。しかし、巨視的に見れば、捕捉空間50も3軸磁場補正コイルの中心付近に存在する。このため、MOT装置による捕捉空間50の磁場を補正するために利用することも可能となる。すなわち、MOT装置を起動して原子ビーム42から原子を捕捉する期間には、捕捉空間50の磁場補正を行うように電流を制御する。そして、捕捉が終わった後には、ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48への送電を停止するとともに、時計遷移空間52の磁場補正を行うようにすればよい。こうすることで、捕捉空間50の位置を高精度で調整し、効率よく光格子に原子集団を閉じ込めることが可能となる。
図12は、3軸磁場補正コイル96を取り付ける円筒形のホルダ180を示す図である。ホルダ180は、円環状のフレーム182,184の間を8本の直線状のフレーム186で繋いで形成されている。3軸磁場補正コイル96は、ホルダ180の内壁及び外壁に取り付けられる。そして、ホルダ180は、真空チャンバ20の本体部22の後部円形壁28に固定される。3軸磁場補正コイル96をホルダ180に取り付けることで、物理パッケージ12の組み立て及び保守点検作業が効率化される。
ホルダ180は、3軸磁場補正コイル96が作る磁場に影響を与えないように、低透磁率材である樹脂、アルミなどを用いて形成される。また、ホルダ180は、本体部22の円柱の中心軸と同軸にして、本体部22の内部に設置される。ホルダ180は、本体部22の内径に近いサイズに形成される。このため、3軸磁場補正コイル96及びホルダ180は、本体部22の内部のスペースをほとんど占有しない。ただし、X軸方向の第1コイル群120であるコイル122,124については、本体部22の内側を直線的に横切って取り付けられる。
ホルダ180は、フレームを用いて疎構造に形成されている。疎構造とは、各面に多くの隙間がある構造をいう。ホルダ180を疎構造とすることで、軽量化される他、真空チャンバ20に入出射されるレーザ光などとの干渉防止が容易となる。
3軸磁場補正コイル96は、ホルダ180の内壁及び外壁に分散して取り付ける代わりに、例えば、全てホルダ180の内壁に取り付けてもよいし、全てホルダ180の外壁に取り付けてもよい。この場合には、例えば、3軸磁場補正コイル96を外壁に押し付ける円環形状の留め具、あるいは、内壁に押し付ける円環形状の留め具を使って、簡単に固定をすることが可能となる。また、3軸磁場補正コイル96は、ホルダ180を使わずに、本体部22の内壁に固定することも可能である。
以上に示した3軸磁場補正コイル96は、被覆導線を1周または複数周巻回して形成することを想定した。しかし、3軸磁場補正コイル96は、一部または全部を、フレキシブルプリント基板で形成することが可能である。
図13は、平面上に展開されたフレキシブルプリント基板を示す図である。フレキシブルプリント基板には、補正コイル190が形成されている。補正コイル190は、プリントされた銅などの電気伝導体からなり磁場形成に参加する電流路192と、シート状のフレキシブルな樹脂等で形成された絶縁部194から成り、フレキシブルに曲げることができる。各電流路192は一端に集中的に設けられた配線路196に接続されている。配線路196も、電気伝導体のプリントにより形成されている。配線路は、電流が往復するペアを隣接配置して、周囲に形成する磁場を相殺している。配線路196はターミナルコネクタ198に接続されている。
図14は、真空チャンバ20の本体部22にあわせて、円筒形状に折り曲げた補正コイル190を示す図である。補正コイル190は、2つの端が接続または隣接配置された境界部199を備える。なお、図14では、配線路196とターミナルコネクタ198は省略している。
上述した被覆導線を巻回した3軸磁場補正コイル96と同様に、フレキシブルプリント基板で構成する3軸磁場補正コイルも、本体部22の円筒形状の内壁または円筒形状のホルダ180に取り付けられることを想定している。ただし、3軸磁場補正コイル96では、円筒面上に配置された電流路の他に、円筒面から遊離した電流路が存在した。具体的には、図6に示したX軸方向の第1コイル群120における長さaの辺と、図10に示したZ軸方向における第1コイル群160の直線部分は、円筒面から遊離している。そこで、以下では、3軸磁場補正コイル96を構成する電流路のうち、円筒面に配置された電流路を、フレキシブルプリント基板で形成する例について説明する。
図15と図16は、図10に示したZ軸方向における第1コイル群160の円形部分のコイルをフレキシブルプリント基板により形成する例を示す図である。図15に示すように、黒色線の電流路202に反時計回りの電流を流し、灰色線の電流路200には電流を流さない。このとき、隣接し互いに反対方向に流れる電流は、相殺し合うことを考慮すると、図16に示した仮想的な電流路203に電流を流す場合と等価であると考えられる。
図17と図18は、図8に示したY軸方向における第1コイル群140における最外周のコイルを、フレキシブルプリント基板により形成する例について示す図である。図17では、黒色線の電流路206に反時計回りの電流を流し、灰色線の電流路204には電流を流さない。このとき、隣接し互いに反対方向に流れる電流は、相殺し合うことを考慮すると、図18に示した仮想的な電流路208に電流を流す場合と等価であると考えられる。
このようにして、フレキシブルプリント基板では、円筒面の外周を円筒中心軸周りに一周して還流する電流路、円筒面内を円筒中心軸を周ることなく還流する電流路など、様々な電流路を形成することができる。
フレキシブルプリント基板では、図13のように、展開図において、長方形の電流路から成るパターンをプリントすることができる。また、図19に示した補正コイル210のように、長方形の電流路212と円形の電流路214を含む複合的なパターンもプリントすることができる。物理パッケージ12では、真空チャンバ20の壁面付近には、レーザ光の経路、耐真空光学窓などが設けられるため、円形の電流路214を設けて干渉を防止することが有効となる。また、フレキシブルプリント基板では、図16、図18に示したようなコイルを形成してもよい。また、フレキシブルプリント基板は、複数枚を重ねて利用することが可能であり、複数枚を用いて3軸磁場補正コイルの一部または全部を形成することができる。
フレキシブルプリント基板では、絶縁部194の樹脂から微量なガスが放出される場合がある。そこで、絶縁部194は、ポリイミド系樹脂など、ガスの放出量が少ない材料を選択する。また、製造工程では、脱気処理、脱泡処理、洗浄処理等を行う他、適当な温度での焼出処理を行うことが考えられる。
フレキシブルプリント基板により形成された3軸磁場補正コイルは、様々な形で真空チャンバ20に設置可能である。例えば、3軸磁場補正コイルを円筒形状に曲げた状態で、本体部22に内壁面付近に設置し、3軸磁場補正コイルを本体部22に押し付けるような留め具で固定することが考えられる。あるいは、ホルダ180に取り付けて設置してもよい。疎構造なホルダ180に代えて、面的にフレキシブルプリント基板を支持できるように、面に孔があまり無い密構造なホルダを用いてもよい。
他方、円筒面から遊離した電流路については、被覆導線を用いて別途形成することができる。あるいは、ホルダの構造を変更することで、円筒面から遊離した電流路についても、フレキシブルプリント基板を用いて形成することが可能となる。
フレキシブルプリント基板を利用した3軸磁場補正コイルは、被覆導線を巻回した3軸磁場補正コイル96に比べて、真空チャンバ20への装着が容易となる他、製造再現性の高さ、製品歩留まり向上などの利点がある。
なお、3軸磁場補正コイルのコイル形状は、他にも様々に設定可能である。例えば、3軸のそれぞれにおいて、2つの円形コイルの中間に、サイズの大きい円形コイルを並べることで、マックスウェル型の3軸磁場補正コイルを形成することができる。マックスウェル型の3軸磁場補正コイルでは、磁場の定数項、空間1階微分項、及び空間2階微分項の成分について補正をすることができる。
さらに、3軸のそれぞれにおいて、所定の大きさと間隔で設けられた大きな1対の円形コイルの外側に、所定の大きさと間隔で設けられた小さな円形コイルを配置することで、テトラ型の軸磁場補正コイルを形成することができる。テトラ型の3軸磁場補正コイルでは、定数項、空間1階微分項、空間2階微分項、及び空間3階微分項の成分の補正を行うことが可能となる。
以上に示した軸磁場補正コイルは、全体として球または球を若干ゆがめた形状を有する。このため、特に、略球形状の真空チャンバの内壁または内壁付近に取り付けることで、真空チャンバの内部空間を有効活用することが可能となる。
図20は、図4に対応する図であり、物理パッケージ218の外観と内部を概略的に示す図である。図4と同一または対応する構成には、同一の符号を付している。物理パッケージ218の真空チャンバ220は、略球形状の本体部222と、突起部30によって形成されている。
本体部222の内部には、時計遷移空間52を中心とし、円形コイルにより形成された3軸磁場補正コイル224が設けられている。図面の簡潔化のため、図20では、各軸方向に1対のヘルムホルツ型のコイルを図示しているにすぎないが、実際には、各軸にはさらに1対以上の非ヘルムホルツ型のコイルも設けることを想定している。3軸磁場補正コイル224の外縁は、ほぼ球面となるように設定することができる。このため、略球形の本体部222の内壁付近に設置することで、本体部222の内部空間に設置される他の部品との干渉を防止することが可能となり、設計自由度も高まる。
同様にして、3軸磁場補正コイルは、正方形コイルを用いて構築することも可能である。円形コイルと同様に、1対の正方形コイルを用いたヘルムホルツ型の3軸磁場補正コイル、3つの正方形コイルを用いたマックスウェル型の3軸磁場補正コイル、2対の正方形コイルを用いたテトラ型の3軸磁場補正コイルなどを採用することができる。これらの3軸磁場補正コイルは、全体として立方体または立方体を若干ゆがめた形状を有する。そこで、略立方体形状または略直方体形状の真空チャンバの内壁または内壁面に取り付けることで、真空チャンバの内部空間を有効活用することが可能となる。
3軸磁場補正コイルは、本体部22の内壁よりも時計遷移空間52に近い位置に取り付けることも可能である。図21は、図1に示した光学共振器46の内側付近を簡略的に示す図である。ただし、図21では、図1の3軸磁場補正コイル96に代えて、ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48との間の空間に、立方体型の3軸磁場補正コイル230を設けている。3軸磁場補正コイル230は、低温槽54の内部の時計遷移空間52を中心として配置されている。3軸磁場補正コイル230は、3軸方向ともに、正方形コイルからなる2対のコイル群により形成されている。2対のコイル群のうち1対はヘルムホルツ型のコイルであり、もう1対は非ヘルムホルツ型のコイルである。3軸磁場補正コイル230は、電流の大きさ及び方向を特に制限しない場合には、空間3階微分項までの磁場成分を補償することができる。あるいは、図5〜図11に示した3軸磁場補正コイル96の非ヘルムホルツ型のコイルのように、同じ向きに同じ大きさの電流を流すようにした場合には、空間2階微分項までの磁場成分を簡易に補償することができる。
3軸磁場補正コイル230は、図5〜図11に示した3軸磁場補正コイル96に比べて、非常に小型であり、かつ、時計遷移空間52に接近している。このため、時計遷移空間52に形成する磁場は、比較的小さな空間スケールで変化することになる。しかし、3軸磁場補正コイル230は、ヘルムホルツ型のコイルにより、比較的広い範囲にわたって、定数項成分及び空間1階微分項成分を補償することができる。また、非ヘルムホルツ型のコイルにより、少なくとも空間2階微分項の磁場成分も補償することができる。したがって、時計遷移空間52の磁場は、十分に高い精度で一様にゼロ化される。また、3軸磁場補正コイル230は、時計遷移空間52に近い位置にあることから、磁場を形成するために流す電流を非常に小さくすることが可能であり、省電力性に優れている。
図22は、図21のAの方向から見た側面図である。図22に示すように、捕捉空間50には、Z軸に垂直で、かつ、X軸とY軸とそれぞれ45度の角度をなす2つのMOT光ビーム86a、86bが照射されている。また、紙面に垂直な方向にもMOT光ビーム84が照射されている。この捕捉空間50及びその周囲に形成される勾配磁場を調整するため、バイアスコイル234が、捕捉空間50を中心として配置されている。バイアスコイル234は、ビーム軸に沿って向かい合う1対のヘルムホルツ型の円形コイル234aと、X軸に沿って向かい合う1対のヘルムホルツ型の正方形コイル234bと、Y軸に沿って向かい合う1対のヘルムホルツ型の正方形コイル234cからなる。バイアスコイル234は、各軸のコイルによって定数項成分または空間1階微分項の成分を調整することで、勾配磁場を所望の分布に補正する。
捕捉空間50を通るX軸には、光格子光ビーム80が照射されている。時計遷移空間に52を含む低温槽54は、この光格子光ビーム80上に設けられている。そして、低温槽54の周囲には、時計遷移空間52を中心として、3軸磁場補正コイル230が設けられている。3軸磁場補正コイル230は、面の法線がZ軸に平行となるコイル群230bと、面の法線がZ軸に垂直かつX軸及びY軸と45度の角度をなす2つのコイル群230a、230cによって構成されている。すなわち、3軸磁場補正コイル230は、X軸、Y軸、Z軸に沿った立方体形状を、Z軸周りに45度回転させた状態に配置されている。
3軸磁場補正コイル230は、MOT装置を支持する支持部材であるフランジ44a,48aに支持されている。このため、3軸磁場補正コイル230は、MOT装置の中心である捕捉空間50に接近して配置される必要がある。他方、3軸磁場補正コイル230は、捕捉空間50を通るMOT光ビーム86a,86bとの干渉を避けるように配置する必要がある。そこで、3軸磁場補正コイル230は、Z軸と、MOT光ビーム86a、86bに沿った形状で配置されている。
3軸磁場補正コイル230は、各軸方向ともにヘルムホルツ型のコイルと非ヘルムホルツ型コイルを備えており、空間高階微分項の補正を含む広い空間の磁場均一化が可能である。このため、光格子光ビーム80の方向であるX軸方向についても、高精度に磁場を補正することが可能となっている。
ただし、3軸磁場補正コイル230は、捕捉空間50を囲っていないため、捕捉空間50の磁場補正を行うことができない。このため、上述のように、捕捉空間50には、勾配磁場を補正するバイアスコイル234が設けられている。
図20及び図21では、正方形コイルからなる3軸磁場補正コイル230を例に挙げた。しかし、例えば、正方形コイルに代えて円形コイルを用いるなど、他の形状のコイルを用いることも可能である。また、例えば、図5〜図11に示した円筒形状の3軸磁場補正コイル96を採用してもよい。
3軸磁場補正コイルは、時計遷移空間52に近い位置と、本体部22の内壁付近の両方に設けることも可能である。例えば、本体部22の内壁付近には、ヘルムホルツ型のコイルを設け、時計遷移空間52に近い位置には、非ヘルムホルツ型のコイルを設けることが考えられる。時計遷移空間52に近い位置に非ヘルムホルツ型のコイルを設けることで、大きな曲率をもつ磁場の補正を容易に行うことが可能となる。
(4)磁場補正コイルの調整
3軸磁場補正コイルによる磁場の調整について説明する。磁場の補正は、時計遷移空間52の周辺に対し、定期的な磁場分布を観測し、不均一な磁場分布になっていればそれを相殺するように、3軸磁場補正コイル96の電流を操作する。磁場分布の観察は、光格子に閉じ込められた原子集団を、光移動光格子によって移動させることで行う。これらの操作によって、原子群に含まれる個々の原子が、常に同じゼロ地磁場下に置かれる状況が具現化される。
図23Aと図23Bは、3軸磁場補正コイルの調整過程を模式的に示す図である。図23Aには、移動光格子に閉じ込められた原子集団240をX軸に沿って移動させている状態を示している。また、図23Bは、蛍光遷移と時計遷移の関係について示している。
図23Aに示すように、原子集団240は、X軸方向に連なる格子の中に、ある程度の空間的な広がりをもって閉じ込められている。図中では、原子集団240が移動する代表的なX座標上の位置を、位置X1,位置X2,位置X3,位置X4,位置X5という具合に表している。これらは、磁場の補正用に設定された補正用空間242内に設定された位置である。補正用空間242は、実際の計測を行う時計遷移空間52を含む広い範囲に設定されている。実施形態では、光格子がX軸方向に延びる1次元の格子を採用しており、原子集団240がX軸方向に拡がって分布していることから、特に、X軸方向の磁場を高い精度で一様にゼロ化することを目指している。そこで、補正用空間242は、X軸方向に拡がりをもって設定されている。なお、光格子を2次元的に形成する場合には、時計遷移空間52を2次元方向に広げた補正用空間を設定することが望ましく、光格子を3次元的に形成する場合には時計遷移空間52を3次元方向に広げた補正用空間を設定することが望ましい。
移動した補正用空間242内の各位置において、時計遷移を励起するレーザ光を原子集団240に照射し、時計遷移を励起する。レーザ光の周波数を掃引して、各位置での時計遷移の周波数を計測する。時計遷移の励起率の観測には電子棚上げ法を用いる。電子棚上げ法では、時計遷移を励起後、原子を蛍光観測空間243に移動させる。図24Bに示すように、蛍光遷移の光を照射することにより、原子は励起率に応じて蛍光244を発光し、受光器246によって蛍光が観測される。時計遷移は各位置における磁場の大きさによってゼーマン分裂している。このため、ゼーマン分裂の情報から各位置における磁場分布が求められる。図23Aの下部には、こうして求めたX軸上の周波数分布を示している。この手法により、蛍光が観測できない場所(クライオヘッド内等)でも磁場を測定することが可能となる。また、時計遷移の励起率の測定には、電子棚上げ法の他にも、原子の位相シフトの測定を利用した非破壊測定法なども適用可能である。
図24と図25は、3軸磁場補正コイルによる磁場の補正手順を説明するフローチャートである。まず、図24に示す手順に従って、キャリブレーションが行われる。キャリブレーションでは、3軸磁場補正コイルを構成する全てのコイルの電流が止められ(0Aにセットされ)、3軸方向の磁場の分布が計測される(S10)。この磁場の計測は、例えば、小型のコイル、ホール素子などの磁気センサを用いて3軸方向の磁場を計測する。計測される磁場は、3軸磁場補正コイルを使用しない状態におけるバックグラウンドの値を表す。次に、全コイル(n個とする)に対し、一つずつ同じ大きさの電流(図24では1Aとしている)を流し、3軸方向の磁場分布を磁場センサ等により計測する(S12〜S18)。得られた磁場の分布から、バックグラウンドの磁場を引くことで、各コイルが1Aの電流で形成する基本磁場を求めることができる。
このキャリブレーションでは、補正用空間242の磁場を計測してもよい。しかし、補正用空間242は、低温槽54の中にあり、磁気センサの設置は必ずしも容易ではない。そこで、補正用空間242の近傍で磁場を計測し、電磁界シミュレーションの結果と合わせて、磁場を推定するようにしてもよい。磁場の計測は、真空ではなく、大気の下で行うことも可能である。これにより、3軸磁場補正コイルの各コイルが1Aの電流で形成する基本的な磁場分布を把握することが可能となる。このキャリブレーションは、原則として、物理パッケージ12を作成した段階で1度行えば十分である。
次に、図25に示す手順に従って、磁場の補正が行われる。まず、上述のように、原子集団240を移動光格子により移動させて、補正用空間242における各位置での時計遷移の周波数を計測する(S20)。そして、ゼーマン分裂の効果を見積もることで、補正用空間242における磁場分布を求める(S22)。この磁場分布は、磁場の絶対値として得られる。
続いて、各コイルが補正する磁場に対応した電流を最小二乗法などの最適化手法を用いて決定する(S24)。すなわち、各コイルが形成する基本的な磁場を重ね合わせた場合に、補正用空間242に形成される磁場が一様にゼロとなるような重ね合わせの係数が求められる。なお、上述のように、へルムホルツ型のコイルと非ヘルムホルツ型のコイルの両方を用いる場合には、まず、非ヘルムホルツ型のコイルが生成する空間高階微分項について最小二乗法などにより最適な重ね合わせの係数を求める。次に、ヘルムホルツ型のコイルが生成する定数項および空間1階微分項について、最小二乗法などにより最適な重ね合わせを求める。これにより、計算が簡単化され、また、計算精度も高くなる。求めた重ね合わせの係数は、個々のコイルに流す電流の方向及び大きさとなる。求めた電流を3軸磁場補正コイルに流すことで、3軸の磁場を補正することができる(S26)。
図25に示した補正は、磁場があまり変動しない通常の条件下では、必ずしも頻繁に行わなくてよい。例えば、時計遷移空間52における時計遷移の計測を繰り返す場合において、所定回数ごとに、図25に示した補正を行えば十分である。また、時計遷移空間52における時計遷移を計測した場合において、ゼーマン分裂の大きさを常に確認し、所定以上の大きさになった場合に、図25に示した補正を実施することも考えられる。
3軸磁場補正コイルにおける磁場の補正を、補正用空間242の範囲に対して行った場合には、時計遷移空間52の範囲に対して行った場合に比べて、時計遷移空間52の磁場の一様なゼロ化を安定的に行うことが期待できる。これは、例えば、時計遷移空間52のように狭い空間のみを対象とした場合には、磁場の若干のゆらぎ、磁場計測の誤差、各コイルの基本磁場の誤差など様々な細かなスケールの乱れの影響を受けるためと考えられる。実際、実験的には、補正用空間242を対象として補正を行うことで、精度が向上する結果が得られている。
図23A及び図25に示した例では、移動光格子を用いて、原子集団240を、補正用空間242の各所に移動させた。これに対し、図26は、一度で、補正用空間242内の磁場分布を計測する例を模式的に示す図である。
図26では、補正用空間242の全域にわたって、原子集団250が光格子に閉じ込められている。原子集団250の蛍光252a、252b、252c、252d、252eは、CCDカメラ254によって、空間位置情報を残したまま一度に受光され、周波数が求められる。これにより、ただちに、補正用空間242の磁場分布が求められる。
(5)個別磁場補償コイル
上記(1)で説明したように、大電流デバイスであるペルチエ素子(冷凍機58)については冷凍機用個別磁場補償コイル102を設け、時計遷移空間52の磁場の補償を行っている。また、原子オーブン40のヒータについては原子オーブン用個別磁場補償コイル104を設けて、時計遷移空間52の磁場の補償を行っている。大電流デバイスからの大きな漏洩磁場を全て3軸磁場補正コイルで補償する場合には、3軸磁場補正コイルの高次化、電流増大などが必要となってしまう。そこで、個別磁場補償コイルを設けて磁場を補償することが有効となる。ここでは、冷凍機用個別磁場補償コイル102を例に挙げて、詳細に説明する。
図27は、低温槽54、熱リンク部材56、冷凍機58、及び、冷凍機用個別磁場補償コイル102の構成例を模式的に示す図である。低温槽54は、時計遷移空間52を囲む中空の部品である。図示を省略したが低温槽54の壁部には、内部に光格子光を通すための開口部がX軸に沿って設けられている。低温槽54は、熱伝導性の高い無酸素銅などを用いて作られている。
低温槽54には、熱リンク部材56が取り付けられている。熱リンク部材56は、低温槽54を支持する支持構造と、低温槽54から熱を奪う経路とを兼ねた部材である。熱リンク部材56も熱伝導性の高い無酸素銅などを用いて作られる。
冷凍機58は、ペルチエ素子58a、放熱板58b、断熱部材58c、パーマロイ磁場シールド58d、58eを備える。ペルチエ素子58aは、熱リンク部材56に接続されており、電流を流されることで、熱リンク部材56から熱を奪う。放熱板58bは、熱伝導性の高い無酸素銅などによって作られた部材である。放熱板58bは、真空チャンバ20の外壁に設けられて、ペルチエ素子58aから伝えられる熱を、真空チャンバ20の外部に放出する。
断熱部材58cは、パーマロイ磁場シールド58dと熱リンク部材56との間の断熱性を確保する。断熱部材58cは、熱伝導性の低いシリカなどの部材によって作られており、さらに、パーマロイ磁場シールド58dと熱リンク部材56との接点を減らすために球形に形成されている。パーマロイ磁場シールド58eは、磁場遮蔽体であり、熱伝導性が高く、透磁率も高いパーマロイを用いて作られている。パーマロイ磁場シールド58eは、ペルチエ素子58aと放熱板58bの間に設けられており、ペルチエ素子58aから放熱板58bへと熱を伝導する。
低温槽54には、熱電対、サーミスタなどを用いた温度センサ260が設けられており、計測した温度T1を制御装置262に入力する。また、放熱板58bまたはその周辺には、温度センサ264が設けられており、計測した温度T2を制御装置262に入力する。
制御装置262は、低温槽54の温度T1を常に一定の低温(例えば190K)に保つように電流を制御している。制御は、例えば、放熱板58bの側の温度T2も考慮したPID(Proportional Integral Differential)制御によって行われる。決定された電流は、電流路266を通じて、ペルチエ素子58aに流される。
ペルチエ素子58aは、流す電流に応じて、熱を移動させる熱電素子である。電流が流されることで、ペルチエ素子58aは、低温側の熱リンク部材56(そして熱リンク部材56に接続された低温槽54)から熱を奪い、高温側のパーマロイ磁場シールド58e(そしてパーマロイ磁場シールド58eに接続された放熱板58b)に熱を放出する。
ペルチエ素子58aは、例えば数アンペア程度の大きな電流が流される。このため、大きな磁場を発生させる。ペルチエ素子58aは、高透磁率材であるパーマロイ磁場シールド58dとパーマロイ磁場シールド58eによって大部分が覆われている。このため、発生した磁場の多くは、これらの部材の内部を流れて、外部に漏れださない。しかし、熱リンク部材56とペルチエ素子58aとの間には、熱伝導の効率の観点から、磁場シールドを設けることができない。このため、漏洩磁場270が発生している。漏洩磁場270は、低温槽54の内部の時計遷移空間52における磁場を乱すことになる。
そこで、実施形態では、磁場シールドができない開口部位となる熱リンク部材56の周囲に、冷凍機用個別磁場補償コイル102を設けている。冷凍機用個別磁場補償コイル102は、電流が流された場合に、補償磁場272を生成する。
冷凍機用個別磁場補償コイル102には、電流路266から分岐した電流路268によって電流が流される。すなわち、ペルチエ素子58aと冷凍機用個別磁場補償コイル102とは同一の電流路に並列接続された関係にある。ペルチエ素子58aの電気抵抗と冷凍機用個別磁場補償コイル102の電気抵抗は、温度によって若干変化するが、計測を行う温度環境ではどちらもほぼ定数値であるとみなしてよい。したがって、制御装置262から電流路266に流される電流は、一定の割合で、ペルチエ素子58aと冷凍機用個別磁場補償コイル102に配分される。
ペルチエ素子58aに流す電流が増加する場合には、その電流の増加分に比例して、冷凍機用個別磁場補償コイル102に流れる電流も増加する。このため、ペルチエ素子58aからの漏洩磁場270が増大した場合には、冷凍機用個別磁場補償コイル102が生成する補償磁場272も同じだけ増大する。冷凍機用個別磁場補償コイル102は、電流路266にある大きさの電流が流される場合に、低温槽54の内部の時計遷移空間52における漏洩磁場270を補償する(反対向きで同じ大きさの磁場を生成する)ように形成されている。このため、電流が変化した場合にも、磁場の補償することができる。なお、電流路266、268にも電流が流れるが、電流路266、268では往復する電流が近接して流されるため、生成される磁場は小さく問題とはならない。
電流路266、268の配置は、冷凍機用個別磁場補償コイル102に流す電流を漏洩磁場270に応じて動的に変化させる補償電流制御手段ということができる。補償電流制御手段は、他の形態で構築することも可能であり、例えば、制御装置262が、演算により求めた必要な電流を冷凍機用個別磁場補償コイル102に流す態様を挙げることができる。
図27に示した例では、冷凍機用個別磁場補償コイル102は、熱リンク部材56の周囲に巻回された一つのコイルよって形成されるものとした。この構成では、冷凍機用個別磁場補償コイル102は、真空チャンバ20の壁近くに設けられるため、低温槽54付近の構成が煩雑化することを防止できる。しかし、冷凍機用個別磁場補償コイル102の設置場所は特に限定されることはなく、例えば、低温槽54の近傍に設置することも可能である。冷凍機用個別磁場補償コイル102を低温槽54の近傍に設置する場合には、冷凍機用個別磁場補償コイル102の小型化及び省電力化を図ることが可能となる。
冷凍機用個別磁場補償コイル102は一つのコイルではなく、複数のコイルによって形成されてもよい。時計遷移空間52における漏洩磁場の分布が複雑な場合には、複数のコイルを用いることで、比較的簡単に補償できる可能性がある。
電流デバイスと、個別磁場補償コイルと、補償電流制御手段は、磁場補償モジュールを構成する。磁場補償モジュールは、精密な磁場補償を可能とするため、光格子時計10をはじめとする各種のデバイスに適用することができる。
(6)ゼーマン減速器
図28は、ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48の断面図である。図示したゼーマン減速器用コイル44では、ビーム軸と同軸に配置された長い円筒形状のボビン280の周りに、コイル282が巻回されている。ボビンの中心付近の中空部分は、ビーム軸に沿って原子ビーム42が流される空間である。
機能的な観点からいえば、コイル282の大部分は、ビーム軸の上流側から下流に向かって巻回数がほぼ漸減しているディクリーシング型のゼーマンコイル部284となっている。そして、コイル282のビーム軸方向の最下流付近は、巻回数の多いMOTコイル部286となっている。ゼーマンコイル部284とMOTコイル部286の被覆導線は連続しており、また、ゼーマンコイル部284が作る磁場はMOTコイル部286の付近にまで広がり、MOTコイル部286が作る磁場はゼーマンコイル部284の下流側にまで広がる。したがって、ゼーマンコイル部284とMOTコイル部286の境界は明確には定義できないことに注意されたい。
ボビン280のビーム軸上流側には、ゼーマンコイル部284の最大半径部位よりも半径の大きい円盤形状の上流フランジ288が設けられている。上流フランジ288は、真空チャンバ20の突起部30における円筒壁32に取り付けられている。また、上流フランジ288の前部には、図示を省略したミラー支持部が取り付けられている。ミラー支持部の先端には、光学ミラー76が取り付けられている。
ボビン280のビーム軸下流側には、MOTコイル部286と同程度の半径に形成された2枚の円環形状の下流フランジ290、292が設けられている。下流フランジ290は、ビーム軸方向に比較的厚い円環形状に形成されており、ゼーマンコイル部284とMOTコイル部286との境界付近に設けられている。下流フランジ292は、ビーム軸方向に比較的薄い円環形状に形成されており、MOTコイル部286の下流側に設けられている。下流フランジ290、292は、上部を上部支持部材312に取り付けられ、下部を下部支持部材314に取り付けられる。上部支持部材312と、下部支持部材314は、それぞれ、真空チャンバ20の本体部22における後部円形壁28に取り付けられている。
MOT装置用コイル48は、ゼーマン減速器用コイル44の下流側に、所定の距離だけ離間して配置されている。MOT装置用コイル48は、ビーム軸に同軸に設けられた短い円筒形状のボビン300の周りに、MOTコイル302が巻回されている。ボビン300のビーム軸上流側には、MOTコイル302と同程度の半径をもつ薄い円環形状のフランジ304が設けられている。また、ボビン300のビーム軸方向下流側には、MOTコイル302と同程度の半径をもつ比較的厚い円環形状のフランジ306が設けられている。フランジ304、306の上部は、上部支持部材312に取り付けられて、固定されている。
ゼーマン減速器用コイル44は、ボビン280、上流フランジ288及び下流フランジ290,292が、熱伝導性が高く、低透磁率な銅などを用いて形成されている。また、ボビン280、上流フランジ288及び下流フランジ290,292は、溶接によって高強度にかつ密着して結合されている。
ゼーマン減速器用コイル44では、ビーム軸の上流側に多くのコイルが巻回されており、下流側に比べて上流側の重量が重い。そこで、上流フランジ288を真空チャンバ20の突起部30における円筒壁32に結合することで、ゼーマン減速器用コイル44は、安定して真空チャンバ20内部に配置される。
また、ゼーマン減速器用コイル44では、コイル282に流される電流によって発熱する。真空チャンバ20内は真空であるため、大気中と異なり、気体を介した熱伝導は生じない。このため、ゼーマン減速器用コイル44では、黒体輻射による若干の冷却作用も生じるが、主として、コイル282の熱を、固体を介した熱伝導により取り除く必要がある。ボビン280は、コイル282と接触しており、コイル282から熱が効果的に伝導される。また、上流フランジ288と、下流フランジ290、292も、コイル282との接触面積が大きく、コイル282からの熱を奪う。図2に示したように、上流フランジ288は、突起部30の円筒壁32において、ゼーマン減速器用冷却器92に接続されている。ゼーマン減速器用冷却器92は、銅などで作られた水冷管の中に冷却水を循環することで、上流フランジ288を冷却する。こうして、ゼーマン減速器用コイル44の過剰な高温化が防止される。
MOT装置用コイル48のボビン300、フランジ304、306も、熱伝導性が高く、低透磁率な銅などを用いて形成されている。また、ボビン300、フランジ304、306は、溶接によって高強度にかつ密着して結合されている。MOT装置用コイル48のMOTコイル302は、ゼーマン減速器用コイル44のコイル282に比べて小型かつ軽量であり、MOT装置用コイル48全体も軽量である。このため、MOT装置用コイル48は、フランジ304、306が固定された上部支持部材312を介して、後部円形壁28に安定的に取り付けられる。
また、MOT装置用コイル48のMOTコイル302では、ゼーマン減速器用コイル44のコイル282に比べて流される電流が小さく、発熱量も小さい。また、MOT装置用コイル48では、MOTコイル302の3方向の周囲を、ボビン300、フランジ304、306によって囲まれている。このため、MOTコイル302で発生した熱は、上部支持部材312を介して、MOT装置用冷却器94に伝えられる。MOT装置用冷却器94は、水冷方式を採用することを想定している。しかし、除去する熱量が小さい場合には、空冷方式とすることも可能である。
図28の例では、コイル282の巻回数は、大まかには短調に減少しているが、詳細には、ビーム軸方向に凹凸が形成されている。凹凸を持たせる理由のひとつは、ビーム軸上の特定の位置で、所望の磁場強度を得るためである。例えば、原子を捕捉する捕捉空間50では、磁場をゼロにする必要がある。また、別の理由として、省電力の観点から、磁場が不要な位置には磁場を発生させない構成としていることが挙げられる。ゼーマン減速器用コイル44では、原子を減速するため、あるいは、原子を拘束するために必要な磁場を発生すれば十分である。さらに、凹凸を持たせる理由として、機械的支持あるいは熱的放熱からの要請が挙げられる。巻回数が多くなるとコイルの重量が増加するため、支持が難しくなる。また、コイルからの放熱量が増大する。このため、支持に有利な部位、あるいは、放熱効率が高い部位でコイルの巻回数を増やすことが考えられる。図28に示した例では、ゼーマン減速器用コイル44のコイル282は、上流フランジ288と接触する部位において巻回数が多い相対的に凸な形状に形成され、その下流側は相対的に巻回数が少ない相対的に凹な形状に形成されている。このため、ゼーマン減速器用コイル44の重心は上流フランジ288の側に移動しており、上流フランジ288による固定を安定化させている。また、コイル282と上流フランジ288との接触面積も大きくなるため、コイル282から上流フランジ288に効率的に熱伝導を行うことができる。
ここで、図29を参照して、コイル中のボイド(void)について説明する。図29は、2つのゼーマンコイル320、330の上部についての断面図である。ゼーマンコイル320は、部位322を含めてコイル巻回数はビーム軸方向に短調減少している。他方、ゼーマンコイル330は、ボイドと呼ばれる部位332において局所的に巻回数が少ない。しかし、ゼーマンコイル330では、ビーム軸方向における部位332の前後において巻回数が局所的に多く形成されている。このため、ゼーマンコイル330の全体によって作り出される磁界の分布は、ゼーマンコイル320が作り出す磁界の分布と実質的に等しくなる。
ボイドとその周囲のコイル形状をどう形成するかは、理論的に求めることができる。単位電流成分が発生する磁場分布は、ビオ・サバールの法則に従う。また、磁場分布から電流分布への変換は、デコンボリューション法、あるいは広く逆問題として取り扱うことができる。逆問題によって最小電流路の解を求める手法は、例えば、Mansfield P, Grannell PK.著「NMR diffraction in solids.」J Phys C: Solid State Phys 6:L422-L427 1973年に記載されている。しかしながら、最小電流にこだわらなければ、いくつかの重解が存在することは自明である。図29において、所望の磁場分布を満たす最小電流路の解がゼーマンコイル320であるとして、ボイドの周囲の電流密度を増やしたゼーマンコイル330もまた、所望の磁場分布を形成することが可能となる。
図28に示したコイル282では、コイル282の途中に下流フランジ290が設けられた。これは、下流フランジ290は、大きなボイドの位置に設けられたことに相当する。そして、下流フランジ290のビーム方向前後では、下流フランジ290を設けない場合に比べて巻回数を多く設定することで、下流フランジ290の影響を除去または低減している。
図30は、ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48における磁場分布を示す図である。横軸はビーム軸上の位置を表しており、原点は、捕捉空間50に相当する。縦軸はビーム軸上における磁場の大きさを表している。ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48はビーム軸に対して対称に形成されているため、ビーム軸上の磁場はビーム軸方向の成分のみを有する。ビーム軸上には、ゼーマン減速器用コイル44のコイル282が配置される位置と、MOT装置用コイル48のMOTコイル302が配置される位置も示している。グラフ中の点は、計算により求めた磁場の値を示し、グラフ中の細線はゼーマン減速により捕捉空間50に向けて原子を減速する上で理想的な磁場の値を示している。
磁場はコイル282の上流側の端部よりも若干下流側で最大となる。最大値をとる位置より少し上流側では急激に磁場の値が減少し、さらに上流側でなだらかゼロに近づく。理想的な磁場は、コイル282の外側では磁場がゼロとなり、磁場が外部に漏れださない分布である。しかし、電流による磁場の生成は空間的に広がりをもつため、例えば、外部磁場を補償する(打ち消す)逆向きのコイルを設けない場合には、コイル282の外側の磁場を全てゼロにすることはできない。
磁場が最大値をとる位置より下流側では、磁場は単調に減少する。コイルの巻回数は、上述のように若干の凹凸をもつが、周辺のコイルの影響によって、ゼーマン減速を行う上で理想的な単調減少の磁場が作られている。この勾配を有する磁場は、ゼーマン減速を行う上での理想的な磁場分布とほぼ一致しており、原子を捕捉空間50に向けて、着実に減速できることを示している。
磁場は、コイル282の下流側の端部よりも手前から、急激に減少する。この付近にあるMOTコイル部286は、巻回数が多いが、さらに下流側にコイルが存在しないことから、磁場の値が急速に減少する。
磁場は、ほぼ一定の傾きで減少し、捕捉空間50でゼロとなる。さらに、磁場は同じ傾きで減少し、MOT装置用コイル48のMOTコイル302の付近で最小値(負の値が最大)となる。これは、MOTコイル302が、コイル282とは逆向きに電流を流しているためである。コイル282のMOTコイル部286付近からMOTコイル302の付近は、近似的にはヘルムホルツ型のコイルが形成されている。このため、MOTコイル302に逆向きの電流を流すことで、傾きが一定となる磁場を形成することができる。また、図示を省略するが、ビーム軸に垂直な方向にも、傾きが一定となる磁場が形成されている。MOT装置で形成されるこの勾配磁場中には、3軸のそれぞれからMOT光ビームが照射される。これにより、原子を原点である捕捉空間50に捕捉することが可能となる。MOTコイル302よりも下流側では、磁場は徐々にゼロに近づく。
このように、ゼーマン減速器用コイル44とMOT装置用コイル48とを組み合わせて設置することで、ゼーマン減速器とMOT装置を別々に設ける場合に比べて、ビーム軸方向の長さを短縮することが可能となる。また、全体のコイル長さも短くできるため、省電力化と発熱量低減を図ることができる。
なお、バックグラウンドの磁場が存在する場合には、磁場がゼロとなる位置が捕捉空間50からずれてしまう。そこで、原子を捕捉する過程では、3軸磁場補正コイル96、あるいは、勾配磁場を補正するバイアスコイルを調整して、捕捉空間50付近のバックグラウンドの磁場を打ち消す補償磁場を生成することができる。
次に、図31Aと図32Bを参照して、インクリーシング型のゼーマン減速器用コイル340の例を示す。図31Aは、ゼーマン減速器用コイル340を真空チャンバ20の内部に取り付ける前の状態を示す断面図であり、図31Bは、取り付け後の状態を示す断面図である。図31Aに示したゼーマン減速器用コイル340のコイル342は、ビーム軸の上流側の大部分がゼーマンコイルの機能をもつゼーマンコイル部344となっている。また、コイル342の最下流側はゼーマンコイルの機能とMOTコイルの機能が混在したMOTコイル部346となっている。ゼーマンコイル部344では、上流側の端部から下流側に向けて、コイルの巻回数が単調増加している。そして、下流側の端部近くでは、凹凸が繰り返された後、最下流側で巻回数が最大となる。巻回数最大の付近を便宜的にMOTコイル部346と呼んでいるが、上述の通り、機能的にはゼーマンコイルの役割も果たしている。
ゼーマン減速器用コイル340は、内側にボビンを備えている。また、上流側の端部にはフランジ350が設けられ、下流側の端部近くではコイル342の途中にフランジ352が設けられ、下流の端部にはフランジ354が設けられている。フランジ350、352、354はボビンに溶接されている。
最上流のフランジ350には、図示を省略したミラー支持部が取り付けられており、ミラー支持部には光学ミラー76が固定されている。
下流側のフランジ352、354は、ボビン以外の部位でも相互に連結されて強度を高められている。フランジ352は、薄くかつ半径の大きな円盤となっている。フランジ352は、リング状に作られた円環支持部370に取り付けられる。円環支持部370のリングは、内部に冷却水を流す水冷管372を備えており、フランジ352を通じてコイル342を冷却する。円環支持部370には上部に左右2本の梁374が取り付けられ、下部に水冷管を兼ねた左右2本の梁376が取り付けられている。梁374、376は、真空チャンバ20の本体部22における後部円形壁28に取り付けられており、ゼーマン減速器用コイル340を含む全体を支持している。また、梁374、376は、コイル342の熱を後部円形壁28に伝える排熱経路となっている。なお、梁376に流す冷却水は、冷凍機58における放熱板58bにも循環させることができる。
この構成では、MOT装置用コイル380は、別途設けられた支持部材によって後部円形壁28に取り付けられることを想定している。また、ゼーマン減速器用コイル340は、位置決め機構によって、MOT装置用コイル380と位置決めされることを想定している。
図32は、図30に対応する図であり、インクリーシング型のゼーマン減速器用コイル340とMOT装置用コイル380を用いた場合の磁気分布を示している。磁気は、ゼーマン減速器用コイル340のコイル342よりも下流側から徐々に増加して、MOTコイル部346の手前付近で最大の値となる。この磁気の増加は、ゼーマン減速を実現するために必要となるターゲットの曲線によく一致している。最大値をとる位置よりも下流側では、磁気は急速に減少する。そして、原点である捕捉空間50の前後ではほぼ一定の傾きでプラスからマイナスへと減少しており、捕捉空間50でゼロとなっている。磁場は、MOT装置用コイル380の付近で最小となり、その後は徐々にゼロに近づく。
捕捉空間50の前後のMOT装置を構成する部位においては、図30のディクリーシング型の場合に比べて、磁場の傾きが急激になっている。これは、コイル342におけるMOTコイル部346の巻回数が大きいこと、向かい合うMOT装置用コイル380のコイル巻回数も大きいことなどが理由である。磁場の傾きを急にすることで、ビーム軸方向に短い距離で原子を捕捉することができる。
また、図32に示したインクリーシング型のゼーマン減速器用コイル340は、図30のディクリーシング型のゼーマン減速器用コイル44に比べて、ビーム軸方向の長さを短縮することができている。これは、インクリーシング型では、効率的に原子を減速できるためである。インクリーシング型では、ディクリーシング型に比べて、原子の減速に要する磁場を抑制できるため、省電力化できる利点がある。
他方、インクリーシング型のゼーマン減速器用コイル340では、捕捉空間50の側の方が重いため、真空チャンバ20の内部で支持することが難しくなる。また、インクリーシング型では、捕捉空間50の側のコイル巻回数が多いため、真空チャンバ20の中央付近での発熱量が多くなり、冷却が難しくなる課題がある。しかし、上述のように、ゼーマン減速器用コイル340は、冷却機能が付いた円環支持部370によって、真空チャンバ20の中央付近で支持されているため、これらの問題は生じない。
図31Aと図31Bに示したインクリーシング型のゼーマン減速器用コイル340の取り付け態様は一例にすぎず、他の態様もとることができる。図33Aと図33Bを参照して、変形例について説明する。
図33Aは、ゼーマン減速器用コイル390を真空チャンバ20の内部に取り付ける前の状態を示す斜視図であり、図33Bは取り付け後の状態を示す斜視図である。ゼーマン減速器用コイル390のコイル392は、ゼーマン減速器用コイル340と同様に巻回されており、ボビン及び複数のフランジ394、396、398を備える構成もほぼ同様である。ただし、ゼーマン減速器用コイル390では、ビーム方向の下端近くに設けられたフランジ396の形状が下半分程度の半円形状となっている。そして、フランジ396を支持する部位も円環を半分にした略U字型の半円環支持部400となっている。半円環支持部400には水冷管402が設けられている。
図33Aと図33Bに示した態様では、フランジ396が半円形状となったことで、冷却水の循環が同程度である場合の冷却性能が若干低下する。その一方で、ゼーマン減速器用コイル390では、フランジ396の上部に空間があるため、真空チャンバ20の内部において、光学共振器46の側から原子オーブン40の側へアクセスしやすくなっている。また、半円環支持部400の上部に空間ができたことで、光学共振器46の取り外しなども容易となっている。さらに、水冷管の上下方向の距離が短くなったことで、水冷管内における対流に起因した流れの乱れを防止しやすくなっている。なお、図33A、33Bに示したフランジ396には、面内に適宜孔部を設けることができる。孔部を設ける場合には、熱伝導の効率は低下するが、軽量化が可能となる。同様にして、図31A、31Bに示したフランジ352にも、面内に孔部を設けることが可能である。
図34は、別の形態にかかるインクリーシング型のゼーマン減速器用コイル410の断面図である。ゼーマン減速器用コイル410では、ビーム方向に厚みの異なるボビン412を用いている。円筒形状のボビン412は、内径は一定であるが、外径は、ビーム方向の上流から下流に向けて階段状に漸減している。そして、ボビン412の周囲に巻回されたコイル414は、ビーム軸方向の下流側ほど多く巻回されている。このため、コイル414の外径はビーム軸方向にほぼ一定である。
図34に示した構成では、ボビン412の外径を大きくすることで、ボビン412とコイル414との接触面積が大きくなるため、コイル414からボビン412への熱伝導効率が向上する。また、ボビン412の段差を利用して被覆導線を巻回できるため、コイル414の設置が容易となる。
なお、本実施形態に限らないが、コイル414を構成する被覆導線は、断面が丸い丸線ではなく、断面が方形状の平角線を用いることで、ボビン412等との熱伝導効率が一層向上する。また、次に示すように、コイル414の周囲を熱伝導性のカバーで覆う場合には、コイル414の外径が一定であるため、カバーをコイル414に密着させて、カバーを通じた熱の除去を行うことが容易となる。
これまで、ゼーマン減速器を真空チャンバ20の内部に設置する例について説明してきた。コイルで発生するジュール熱を除去する冷却機構を設けることで、ゼーマン減速器を真空チャンバ20内に熱的に安定して設置することができる。以下では、別の例として、コイルの一部または全部をカバーで密封する(すなわち、カプセル化する)例について説明する。
図35Aと図35Bは、ゼーマン減速器用コイル420とカバー440を示す側断面図である。図35Aは、ゼーマン減速器用コイル420にカバー440を取り付ける前の状態を示す図であり、図35Bは取り付け後の状態を示す図である。ゼーマン減速器用コイル420は、ビーム軸の方向にコイルの巻回数が漸減するディクリーシング型である。
ゼーマン減速器用コイル420のボビン422には、ビーム軸の上流側の端部にフランジ424が設けられ、下流側の途中位置にもフランジ426が設けられている。ボビン422とフランジ424、426は、上述の例と同様に、銅などで形成されて高い熱伝導性が確保されている。フランジ424,426の外周には、ともに、インジウムで作られたシール部材428,430が設けられている。シール部材428,430は、環状(リング状ともいう)の比較的薄いシート状に形成されるか、あるいは、環状の比較的肉厚の形状に形成される。インジウムは、大きな温度変化がある場合にも、安定的に真空シールを可能とする特徴がある。また、フランジ426には、耐真空コネクタであるハーメチックコネクタ432が設けられている。
ボビン422には、フランジ424とフランジ426との間にコイル434が巻回されており、フランジ426の下流側にコイル436が巻回されている。コイル434、436は、ともに、銅を樹脂で絶縁した被覆導線によって形成されている。コイル434とコイル436は、ハーメチックコネクタ432を介して電気的に接続されている。
カバー440は、円筒形に形成されている。カバー440は、ボビン422、フランジ424、426及びコイル434,436と同じ銅を用いて形成されており、熱膨張による変形を抑制している。
カバー440は、フランジ424からフランジ426までを覆うように設置される。すなわち、カバー440の上流側端部の内周部の一部は、フランジ424の外周部の一部を囲んでおり、シール部材428でシールされている。また、カバー440の下流側端部の内周部の一部は、フランジ426の外周部の一部を囲んでおり、シール部材430でシールされている。カバー440は、フランジ424からフランジ426までの長さに対して、プラスの公差をもつように作られており、確実に、両者を囲むことができる。
カバー440の内側は、シール部材428、430が確実にシールをできるのであれば、気圧の設定は自由である。例えば、大気圧の空気を封入してもよいし、粗引きの真空とすることもできる。粗引きの真空とは、ターボポンプなどを用いて希薄化した状態であり、例えば1Pa〜0.1Pa程度に設定される。カバー440の内側を粗引きの真空とした場合には、真空チャンバ20を真空にした状態において、カバー440の内外における圧力差が小さくなるため、シール部材428,430によるシール面の引き離れを強く防止することができる。
カバー440の内側に、窒素、ヘリウムなどの不活性ガスを封入することも可能である。不活性ガスは、コイル434が高温化した場合に、コイルで使われる樹脂との反応性が低い気体が選ばれる。不活性ガスの圧力も特に限定されるものではなく、例えば、1気圧であってもよいし、粗引きの真空状態としてもよい。また、カバー440の内側には、例えば、発泡ウレタンなどの軽量な樹脂を充填するようにしてもよい。この場合には、カバー440の強度を高めることが可能となる。
ゼーマン減速器用コイル420は、通電時には、ジュール熱によって高温化する。ジュール熱は、巻回数の少ないコイル436よりも、巻回数の多いコイル434において多く発生する。このため、コイル434は高温化する傾向にある。高温化が進んだ場合、コイル434を構成する被覆導線の樹脂に含まれる微量なガスが樹脂から放出される(このガスをアウトガスという)。しかし、ゼーマン減速器用コイル420では、コイル434は、ボビン422、フランジ424、426及びカバー440で密閉されており、アウトガスが真空チャンバ20の内部に漏れ出すことはない。このため、アウトガスによる時計遷移の誤差の発生が防止される。したがって、カバー440で密閉したゼーマン減速器用コイル420は、真空中で設置する際の利便性が高い真空設置用コイルとして機能する。
カバー440は、フランジ424とフランジ426との間の熱伝導媒体ともなる。すなわち、フランジ424とフランジ426との間は、ボビン422のみならず、カバー440によっても熱伝導が行われるため、コイル434,436の冷却を促進する効果もある。
以上の説明では、カバー440は、フランジ424,426の外周を覆うものとし、コイル434には接触しないことを想定した。しかし、カバー440をコイル434の外表面の一部または全部に接触させるようにしてもよい。この場合には、コイル434からの熱は、カバー440に直接熱伝導されるため、放熱効率が高められる。特に、図34に示したコイル414のように、コイル414の外径が一定である場合には、カバー440の内周に密着させることが容易となる。また、カバー440をコイル434の外表面と接触させる形状を形成することが難しい場合には、カバー440とコイル434との間に、熱伝導性のある部材を挿入するようにしてもよい。
図35Aと図35Bに示した実施形態では、カバー440は、コイル434を覆っていない。これは、コイル434の巻回数が少なく、アウトガスの放出対策を行う必要性が低いためである。また、コイル434はMOT装置を構成するMOTコイル部を含む部分であり、近傍には光学共振器46などが配置されることから、コイル434をカバーで覆って大口径化することを回避している。しかし、周囲の装置・部品との干渉を回避可能であるならば、コイル434を含む全体をカバーで覆いカプセル化するようにしてもよい。
また、図35Aと図35Bの例では、ディクリーシング型のゼーマン減速器用コイル420を例に挙げた。しかし、インクリーシング型の場合にも、巻回数の多い部分を含む一部または全部をカプセル化することが可能である。
なお、以上の説明においては、カバー440は、インジウムのシール部材428、430を用いて、フランジ424、426と密着させて、内部を気密化するものとした。しかし、インジウムに代えて、他の材質で形成されたシール部材を用いてもよい。シール部材を使った場合には、例えば、固定ネジを用いて、カバー440をフランジ424,426に着脱することが可能となる。しかし、例えば、カバー440とフランジ424,426とを、溶接、真空ロウ付けなどの半永久的な密閉手法により密着させて、内部を気密化するようにしてもよい。
以上の説明においては、光格子時計を例に挙げた。しかし、本実施形態の各技術は、当業者であれば、光格子時計以外にも適用可能である。具体的には、光格子時計以外の原子時計、あるいは、原子を使った干渉計である原子干渉計にも適用可能である。さらに、本実施形態は、原子(イオン化された原子を含む)に対する各種の量子情報処理デバイスにも適用可能である。ここで、量子情報処理デバイスとは、原子や光の量子状態を利用して計測、センシング、情報処理を行う装置をいい、原子時計、原子干渉計の他に、磁場計、電場計、量子コンピュータ、量子シミュレータ、量子中継器などを例示することができる。量子情報処理デバイスの物理パッケージでは、本実施形態の技術を利用することで、光格子時計の物理パッケージと同様に、小型化または可搬化を達成することができる。なお、こうしたデバイスでは、時計遷移空間は、時計計測を目的とする空間ではなく、単に、時計遷移分光を起こす空間として扱われる場合があることに注意されたい。
これらのデバイスでは、例えば、本実施形態にかかる3軸磁場補正コイルを設けることで、装置の精度向上を達成できる可能性がある。また、本実施形態にかかる3軸を真空チャンバ内に設けることで、物理パッケージの小型化、可搬化、または、高精度化を実現できる可能性がある。さらに、磁場補償モジュールを導入することで、磁場分布を高い精度で制御することが可能となる。また、真空チャンバを用いた物理パッケージにおいて、真空設置用コイルを設置することは効果的である。
以上の説明においては、理解を容易にするため、具体的な態様について示した。しかし、これらは実施形態を例示するものであり、他にも様々な実施形態をとることが可能である。