以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。
(繊維状セルロース含有樹脂組成物)
本発明は、繊維幅が1000nm以下であり、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースと、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体から選択される少なくとも一種と、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の対イオンとして有機オニウムイオンと、を含む繊維状セルロース含有樹脂組成物に関する。ここで、有機オニウムイオンは、下記(a)及び(b)から選択される少なくとも一方の条件を満たすものである。
(a)炭素数が5以上の炭化水素基を含む。
(b)総炭素数が17以上である。
なお、本明細書において、繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロースを微細繊維状セルロースと呼ぶこともある。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、上記構成を有するものであるため、繊維状セルロース含有樹脂組成物から形成されるシート等の成形体は、優れた基材剥離性を有する。例えば、ポリイミド樹脂を含む成形体を作製する際に用いる代表的な基材として、ガラス製の基材やSUS製の基材があるが、これらの基材の上にシート等の成形体を形成した場合に優れた基材剥離性が発揮される。
また、本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物において、微細繊維状セルロースは、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体から選択される少なくとも一種に対する分散性が良好である。このため、繊維状セルロース含有樹脂組成物から形成されるシート等の成形体はポリイミド樹脂の有する高い透明性を維持することができる。また、微細繊維状セルロースが均一に分散された成形体は、高強度を発揮する。
本発明で用いる微細繊維状セルロースは有機溶媒に対する分散性も良好である。このため、繊維状セルロース含有樹脂組成物にさらに有機溶媒を配合した場合であっても、良好な分散性を維持することができ、液状組成物中で沈降物を生成しない。また、繊維状セルロース含有樹脂組成物に有機溶媒を配合した液状組成物は、高粘度であり、かつ高透明である。したがって、このような液状組成物から形成されるシート等の成形体はポリイミド樹脂の有する高い透明性を維持し、さらに高強度である。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物の形態は、特に限定されるものではなく、例えば、液状体、ゲル状体、固形状体といった形態が挙げられる。本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体から選択される少なくとも一種の溶融樹脂に微細繊維状セルロースが分散したものであってもよく、微細繊維状セルロースが分散した溶融樹脂が硬化したものであってもよい。また、本発明は、繊維状セルロース含有樹脂組成物と有機溶媒と、を混合してなる液状組成物であってもよい。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物が固形状体である場合、その形態は特に限定されるものではないが、例えば、シート状物やペレット状物、粉粒物であることが好ましい。ここで、粉粒物は、粉状及び/又は粒状の物質である。なお、粉状物質は、粒状物質よりも小さいものをいう。一般的には、粉状物質は粒子径が1nm以上0.1mm未満の微粒子をいい、粒状物質は、粒子径が0.1mm以上10mm以下の粒子をいうが、特に限定されない。なお、本明細書においては、粉粒物は粉体と呼ぶこともある。本明細書における粉粒物の粒子径はレーザー回折法を用いて測定・算出することができる。具体的には、レーザー回折散乱式粒子径分布測定装置(Microtrac3300EXII、日機装株式会社)を用いて測定した値とする。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物中におけるポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体の合計含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して、30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましく、60質量%以上であることが特に好ましい。また、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体の合計含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して、99.9質量%以下であることが好ましく、99質量%以下であることがより好ましく、97質量%以下であることがさらに好ましい。繊維状セルロース含有樹脂組成物において、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体の合計含有量は、微細繊維状セルロースの含有量よりも多いことが好ましく、ポリイミド樹脂は主成分であることが好ましい。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物中における微細繊維状セルロースの含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して、0.1質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、3質量%以上であることがさらに好ましい。また、微細繊維状セルロースの含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して、70質量%以下であることが好ましく、60質量%以下であることがより好ましく、50質量%以下であることがさらに好ましく、40質量%以下であることが特に好ましい。微細繊維状セルロースの含有量を上記範囲内とすることにより、ポリイミド樹脂成形体の耐熱性や強度を維持しつつ、基材剥離性を効果的に高めることができる。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物においては、水の含有量は少ない方が好ましい。繊維状セルロース含有樹脂組成物における水の含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して、5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましい。また、繊維状セルロース含有樹脂組成物における水の含有量は0質量%であることも好ましい。なお、繊維状セルロース含有樹脂組成物中の水分含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物を水分計(エー・アンド・デイ社製、MS−70)に200mg載せ、140℃で加熱することで測定することができる。測定された水分量から繊維状セルロース含有樹脂組成物中の水分含有量を算出することができる。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物においては、微細繊維状セルロースは、ポリイミド樹脂やポリイミド前駆体と架橋構造を形成していない。なお、架橋構造とは、エステル基やアミド基に由来する架橋構造である。このような架橋構造の有無は例えば、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)を用いて赤外線吸収スペクトルの測定を行い、所定の波数におけるピークの有無を確認することにより判定できる。
(微細繊維状セルロース)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、繊維幅が1000nm以下であり、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースを含む。亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースの繊維幅は、100nm以下であることが好ましく、8nm以下であることがより好ましい。なお、繊維状セルロースの繊維幅は、たとえば電子顕微鏡観察などにより測定することが可能である。
繊維状セルロースの平均繊維幅は、たとえば1000nm以下である。繊維状セルロースの平均繊維幅は、たとえば2nm以上1000nm以下であることが好ましく、2nm以上100nm以下であることがより好ましく、2nm以上50nm以下であることがさらに好ましく、2nm以上10nm以下であることがとくに好ましい。繊維状セルロースの平均繊維幅を2nm以上とすることにより、セルロース分子として水に溶解することを抑制し、繊維状セルロースによる強度や剛性、寸法安定性の向上という効果をより発現しやすくすることができる。なお、繊維状セルロースは、たとえば単繊維状のセルロースである。
繊維状セルロースの平均繊維幅は、たとえば電子顕微鏡を用いて以下のようにして測定される。まず、濃度0.05質量%以上0.1質量%以下の繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、この懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅の広い繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。次いで、観察対象となる繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で該直線と垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、直線Yと交差する繊維の幅を目視で読み取る。このようにして、少なくとも互いに重なっていない表面部分の観察画像を3組以上得る。次いで、各画像に対して、直線X、直線Yと交差する繊維の幅を読み取る。これにより、少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。そして、読み取った繊維幅の平均値を、繊維状セルロースの平均繊維幅とする。
繊維状セルロースの繊維長は、とくに限定されないが、たとえば0.1μm以上1000μm以下であることが好ましく、0.1μm以上800μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上600μm以下であることがさらに好ましい。繊維長を上記範囲内とすることにより、繊維状セルロースの結晶領域の破壊を抑制できる。また、繊維状セルロースのスラリー粘度を適切な範囲とすることも可能となる。なお、繊維状セルロースの繊維長は、たとえばTEM、SEM、AFMによる画像解析より求めることができる。
繊維状セルロースはI型結晶構造を有していることが好ましい。ここで、繊維状セルロースがI型結晶構造を有することは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて同定できる。具体的には、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。微細繊維状セルロースに占めるI型結晶構造の割合は、たとえば30%以上であることが好ましく、40%以上であることがより好ましく、50%以上であることがさらに好ましい。これにより、耐熱性と低線熱膨張率発現の点でさらに優れた性能が期待できる。結晶化度については、X線回折プロファイルを測定し、そのパターンから常法により求められる(Seagalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。
繊維状セルロースの軸比(繊維長/繊維幅)は、とくに限定されないが、たとえば20以上10000以下であることが好ましく、50以上1000以下であることがより好ましい。軸比を上記下限値以上とすることにより、微細繊維状セルロースを含有するシートを形成しやすい。軸比を上記上限値以下とすることにより、たとえば繊維状セルロースを水分散液として扱う際に、希釈等のハンドリングがしやすくなる点で好ましい。
本実施形態における繊維状セルロースは、たとえば結晶領域と非結晶領域をともに有している。とくに、結晶領域と非結晶領域をともに有し、かつ軸比が高い微細繊維状セルロースは、後述する微細繊維状セルロースの製造方法により実現されるものである。
繊維状セルロースは亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基(単に亜リン酸基ともいう)を有する。本発明では、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基は、例えば、下記式(2)で表される置換基である。
式(2)中、bは自然数であり、mは任意の数であり、b×m=1である。αは、水素原子、飽和−直鎖状炭化水素基、飽和−分岐鎖状炭化水素基、飽和−環状炭化水素基、不飽和−直鎖状炭化水素基、不飽和−分岐鎖状炭化水素基、不飽和−環状炭化水素基、芳香族基、またはこれらの誘導基である。中でも、αは水素原子であることが特に好ましい。なお、式(2)におけるαには、セルロース分子鎖に由来する基は含まれない。
式(2)のαで表される飽和−直鎖状炭化水素基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、又はn−ブチル基等が挙げられるが、特に限定されない。飽和−分岐鎖状炭化水素基としては、i−プロピル基、又はt−ブチル基等が挙げられるが、特に限定されない。飽和−環状炭化水素基としては、シクロペンチル基、又はシクロヘキシル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和−直鎖状炭化水素基としては、ビニル基、又はアリル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和−分岐鎖状炭化水素基としては、i−プロペニル基、又は3−ブテニル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和−環状炭化水素基としては、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基等が挙げられるが、特に限定されない。芳香族基としては、フェニル基、又はナフチル基等が挙げられるが、特に限定されない。
また、αにおける誘導基としては、上記各種炭化水素基の主鎖又は側鎖に対し、カルボキシ基、ヒドロキシ基、又はアミノ基などの官能基のうち、少なくとも1種類が付加又は置換した状態の官能基が挙げられるが、特に限定されない。また、Rの主鎖を構成する炭素原子数は特に限定されないが、20以下であることが好ましく、10以下であることがより好ましい。Rの主鎖を構成する炭素原子数を上記範囲とすることにより、亜リン酸基の分子量を適切な範囲とすることができ、繊維原料への浸透を容易にし、微細セルロース繊維の収率を高めることもできる。
式(2)におけるβb+は有機物又は無機物からなる1価以上の陽イオンである。有機物からなる1価以上の陽イオンとしては、脂肪族アンモニウム、又は芳香族アンモニウムが挙げられ、無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、ナトリウム、カリウム、若しくはリチウム等のアルカリ金属のイオンや、カルシウム、若しくはマグネシウム等の2価金属の陽イオン、又は水素イオン等が挙げられるが、特に限定されない。これらは1種又は2種類以上を組み合わせて適用することもできる。有機物又は無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、βを含む繊維原料を加熱した際に黄変しにくく、また工業的に利用し易いナトリウム、又はカリウムのイオンが好ましいが、特に限定されない。
なお、微細繊維状セルロースは、亜リン酸基又は亜リン酸基由来の置換基に加えて、さらにリン酸基又はリン酸基に由来する基を有していてもよい。リン酸基又はリン酸基に由来する基は、例えば、下記式(1)もしくは(3)で表される置換基である。なお、リン酸基又はリン酸基に由来する基は、下記式(3)で表されるような縮合リンオキソ酸基であってもよい。
式(1)中、a及びbは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである)。α及びα’のうちa個がO-であり、残りはORである。ここで、Rは、水素原子、飽和−直鎖状炭化水素基、飽和−分岐鎖状炭化水素基、飽和−環状炭化水素基、不飽和−直鎖状炭化水素基、不飽和−分岐鎖状炭化水素基、不飽和−環状炭化水素基、芳香族基、またはこれらの誘導基である。なお、式(1)におけるαは、セルロース分子鎖に由来する基であってもよい。
式(3)中、a及びbは自然数であり、mは任意の数であり、nは2以上の自然数である(ただし、a=b×mである)。α1,α2,・・・,αn及びα’のうちa個がO-であり、残りはR又はORのいずれかである。ここで、Rは、水素原子、飽和−直鎖状炭化水素基、飽和−分岐鎖状炭化水素基、飽和−環状炭化水素基、不飽和−直鎖状炭化水素基、不飽和−分岐鎖状炭化水素基、不飽和−環状炭化水素基、芳香族基、またはこれらの誘導基である。なお、式(3)におけるαは、セルロース分子鎖に由来する基であってもよい。
式(1)及び(3)における各基の具体的例示は、式(2)における各基の具体的例示と同様である。また、式(1)及び(3)におけるβb+の具体的例示は、式(2)におけるβb+の具体的例示と同様である。
微細繊維状セルロースが亜リン酸基を置換基として有することは、微細繊維状セルロースを含有する分散液について赤外線吸収スペクトルの測定を行い、1210cm-1付近に亜リン酸基の互変異性体であるホスホン酸基のP=Oに基づく吸収を観察することで確認できる。また、繊維状セルロースがリン酸基を置換基として有することは、繊維状セルロースを含有する分散液について赤外線吸収スペクトルの測定を行い、1230cm-1付近にリン酸基のP=Oに基づく吸収を観察することで確認できる。また、繊維状セルロースが亜リン酸基やリン酸基を置換基として有することは、NMRを用いて化学シフトを確認する方法や、元素分析に滴定を組み合わせる方法などでも確認できる。
繊維状セルロースにおける亜リン酸基の導入量(亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の量)は、たとえば繊維状セルロース1g(質量)あたり0.10mmol/g以上であることが好ましく、0.20mmol/g以上であることがより好ましく、0.50mmol/g以上であることがさらに好ましく、1.00mmol/g以上であることがとくに好ましい。また、繊維状セルロースにおける亜リン酸基の導入量は、たとえば繊維状セルロース1g(質量)あたり5.20mmol/g以下であることが好ましく、3.65mmol/g以下であることがより好ましく、3.00mmol/g以下であることがさらに好ましい。ここで、単位mmol/gは、亜リン酸基の対イオンが水素イオン(H+)であるときの繊維状セルロースの質量1gあたりの置換基量を示す。亜リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易とすることができ、繊維状セルロースの安定性を高めることが可能となる。さらに、亜リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維状セルロースが含み得る有機オニウムイオンの含有量を適切な範囲とすることができる。これにより、ポリイミド樹脂や有機溶媒に対する繊維状セルロースの分散性を効果的に高めることができる。
繊維状セルロースに対するリンオキソ酸基(亜リン酸基を含む)の導入量は、たとえば中和滴定法により測定することができる。中和滴定法による測定では、得られた繊維状セルロースを含有するスラリーに、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリを加えながらpHの変化を求めることにより、導入量を測定する。
図1は、リンオキソ酸基を有する繊維状セルロース含有スラリーに対するNaOH滴下量とpHの関係を示すグラフである。繊維状セルロースに対するリンオキソ酸基の導入量は、たとえば次のように測定される。
まず、繊維状セルロースを含有するスラリーを強酸性イオン交換樹脂で処理する。なお、必要に応じて、強酸性イオン交換樹脂による処理の前に、後述の解繊処理工程と同様の解繊処理を測定対象に対して実施してもよい。
次いで、水酸化ナトリウム水溶液を加えながらpHの変化を観察し、図1の上側部に示すような滴定曲線を得る。図1の上側部に示した滴定曲線では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットしており、図1の下側部に示した滴定曲線では、アルカリを加えた量に対するpHの増分(微分値)(1/mmol)をプロットしている。この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が二つ確認される。これらのうち、アルカリを加えはじめて先に得られる増分の極大点を第1終点と呼び、次に得られる増分の極大点を第2終点と呼ぶ。滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの第1解離酸量と等しくなり、第1終点から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの第2解離酸量と等しくなり、滴定開始から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの総解離酸量と等しくなる。そして、滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量を滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して得られる値が、リンオキソ酸基導入量(mmol/g)となる。なお、単にリンオキソ酸基導入量(またはリンオキソ酸基量)と言った場合は、第1解離酸量のことを表す。
なお、図1において、滴定開始から第1終点までの領域を第1領域と呼び、第1終点から第2終点までの領域を第2領域と呼ぶ。例えば、リンオキソ酸基がリン酸基の場合であって、このリン酸基が縮合を起こす場合、見かけ上、リンオキソ酸基における弱酸性基量(本明細書では第2解離酸量ともいう)が低下し、第1領域に必要としたアルカリ量と比較して第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなる。一方、リンオキソ酸基における強酸性基量(本明細書では第1解離酸量ともいう)は、縮合の有無に関わらずリン原子の量と一致する。また、リンオキソ酸基が亜リン酸基の場合は、リンオキソ酸基に弱酸性基が存在しなくなるため、第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなるか、第2領域に必要としたアルカリ量はゼロとなる場合もある。この場合、滴定曲線において、pHの増分が極大となる点は一つとなる。
なお、上述のリンオキソ酸基導入量(mmol/g)は、分母が酸型の繊維状セルロースの質量を示すことから、酸型の繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基量(以降、リンオキソ酸基量(酸型)と呼ぶ)を示している。一方で、リンオキソ酸基の対イオンが電荷当量となるように任意の陽イオンCに置換されている場合は、分母を当該陽イオンCが対イオンであるときの繊維状セルロースの質量に変換することで、陽イオンCが対イオンである繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基量(以降、リンオキソ酸基量(C型))を求めることができる。
すなわち、下記計算式によって算出する。
リンオキソ酸基量(C型)=リンオキソ酸基量(酸型)/{1+(W−1)×A/1000}
A[mmol/g]:繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基由来の総アニオン量(リンオキソ酸基の総解離酸量)
W:陽イオンCの1価あたりの式量(たとえば、Naは23、Alは9)
なお、滴定法によるリンオキソ酸基量の測定においては、水酸化ナトリウム水溶液1滴の滴下量が多すぎる場合や、滴定間隔が短すぎる場合、本来より低いリンオキソ酸基量となるなど正確な値が得られないことがある。適切な滴下量、滴定間隔としては、例えば、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を5〜30秒に10〜50μLずつ滴定するなどが望ましい。また、繊維状セルロース含有スラリーに溶解した二酸化炭素の影響を排除するため、例えば、滴定開始の15分前から滴定終了まで、窒素ガスなどの不活性ガスをスラリーに吹き込みながら測定するなどが望ましい。
また、亜リン酸基に加えて、リン酸基、縮合リン酸基のいずれかまたは両方を含む場合において検出されるリンオキソ酸が、亜リン酸、リン酸、縮合リン酸のどれに由来するのかを区別する方法としては、例えば、酸加水分解などの縮合構造を切断する処理を行ってから上述した滴定操作を行う方法や、酸化処理などの亜リン酸基をリン酸基へ変換する処理を行ってから上述した滴定操作を行う方法などが挙げられる。
<微細繊維状セルロースの製造工程>
<繊維原料>
微細繊維状セルロースは、セルロースを含む繊維原料から製造される。セルロースを含む繊維原料としては、とくに限定されないが、入手しやすく安価である点からパルプを用いることが好ましい。パルプとしては、たとえば木材パルプ、非木材パルプ、および脱墨パルプが挙げられる。木材パルプとしては、とくに限定されないが、たとえば広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、サルファイトパルプ(SP)、溶解パルプ(DP)、ソーダパルプ(AP)、未晒しクラフトパルプ(UKP)および酸素漂白クラフトパルプ(OKP)等の化学パルプ、セミケミカルパルプ(SCP)およびケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等の半化学パルプ、砕木パルプ(GP)およびサーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等の機械パルプ等が挙げられる。非木材パルプとしては、とくに限定されないが、たとえばコットンリンターおよびコットンリント等の綿系パルプ、麻、麦わらおよびバガス等の非木材系パルプが挙げられる。脱墨パルプとしては、とくに限定されないが、たとえば古紙を原料とする脱墨パルプが挙げられる。本実施態様のパルプは上記の1種を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
上記パルプの中でも、入手のしやすさという観点からは、たとえば木材パルプおよび脱墨パルプが好ましい。また、木材パルプの中でも、セルロース比率が大きく解繊処理時の微細繊維状セルロースの収率が高い観点や、パルプ中のセルロースの分解が小さく軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースが得られる観点から、たとえば化学パルプがより好ましく、クラフトパルプ、サルファイトパルプがさらに好ましい。なお、軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースを用いると粘度が高くなる傾向がある。
セルロースを含む繊維原料としては、たとえばホヤ類に含まれるセルロースや、酢酸菌が生成するバクテリアセルロースを利用することもできる。また、セルロースを含む繊維原料に代えて、キチン、キトサンなどの直鎖型の含窒素多糖高分子が形成する繊維を用いることもできる。
<亜リン酸基導入工程>
微細繊維状セルロースの製造工程は、亜リン酸基導入工程を含む。亜リン酸基導入工程は、セルロースを含む繊維原料が有する水酸基と反応することで、亜リン酸基を導入できる化合物から選択される少なくとも1種の化合物(以下、「化合物A」ともいう)を、セルロースを含む繊維原料に作用させる工程である。この工程により、亜リン酸基導入繊維が得られることとなる。
本実施形態に係る亜リン酸基導入工程では、セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応を、尿素及びその誘導体から選択される少なくとも1種(以下、「化合物B」ともいう)の存在下で行ってもよい。一方で、化合物Bが存在しない状態において、セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応を行ってもよい。
化合物Aを化合物Bとの共存下で繊維原料に作用させる方法の一例としては、乾燥状態、湿潤状態またはスラリー状の繊維原料に対して、化合物Aと化合物Bを混合する方法が挙げられる。これらのうち、反応の均一性が高いことから、乾燥状態または湿潤状態の繊維原料を用いることが好ましく、特に乾燥状態の繊維原料を用いることが好ましい。繊維原料の形態は、とくに限定されないが、たとえば綿状や薄いシート状であることが好ましい。化合物Aおよび化合物Bは、それぞれ粉末状または溶媒に溶解させた溶液状または融点以上まで加熱して溶融させた状態で繊維原料に添加する方法が挙げられる。これらのうち、反応の均一性が高いことから、溶媒に溶解させた溶液状、特に水溶液の状態で添加することが好ましい。また、化合物Aと化合物Bは繊維原料に対して同時に添加してもよく、別々に添加してもよく、混合物として添加してもよい。化合物Aと化合物Bの添加方法としては、とくに限定されないが、化合物Aと化合物Bが溶液状の場合は、繊維原料を溶液内に浸漬し吸液させたのちに取り出してもよいし、繊維原料に溶液を滴下してもよい。また、必要量の化合物Aと化合物Bを繊維原料に添加してもよいし、過剰量の化合物Aと化合物Bをそれぞれ繊維原料に添加した後に、圧搾や濾過によって余剰の化合物Aと化合物Bを除去してもよい。
本実施態様で使用する化合物Aは、亜リン酸基を有する化合物及びその塩から選択される少なくとも1種である。亜リン酸基を有する化合物としては亜リン酸を挙げることができ、亜リン酸としては、たとえば99%亜リン酸(ホスホン酸)が挙げられる。亜リン酸基を有する化合物の塩としては、亜リン酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などが挙げられ、これらは種々の中和度とすることができる。これらのうち、リンオキソ酸基の導入の効率が高く、後述する解繊工程で解繊効率がより向上しやすく、低コストであり、かつ工業的に適用しやすい観点から、亜リン酸、亜リン酸のナトリウム塩、亜リン酸のカリウム塩、または、亜リン酸のアンモニウム塩が好ましく用いられる。
繊維原料に対する化合物Aの添加量は、特に限定されないが、たとえば化合物Aの添加量をリン原子量に換算した場合において、繊維原料(絶乾質量)に対するリン原子の添加量が0.5質量%以上100質量%以下となることが好ましく、1質量%以上50質量%以下となることがより好ましく、2質量%以上30質量%以下となることがさらに好ましい。繊維原料に対するリン原子の添加量を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースの収率をより向上させることができる。一方で、繊維原料に対するリン原子の添加量を上記上限値以下とすることにより、収率向上の効果とコストのバランスをとることができる。
本実施態様で使用する化合物Bは、上述のとおり尿素及びその誘導体から選択される少なくとも1種である。化合物Bとしては、たとえば尿素、ビウレット、1−フェニル尿素、1−ベンジル尿素、1−メチル尿素、および1−エチル尿素などが挙げられる。
反応の均一性を向上させる観点から、化合物Bは水溶液として用いることが好ましい。また、反応の均一性をさらに向上させる観点からは、化合物Aと化合物Bの両方が溶解した水溶液を用いることが好ましい。
繊維原料(絶乾質量)に対する化合物Bの添加量は、とくに限定されないが、たとえば1質量%以上500質量%以下であることが好ましく、10質量%以上400質量%以下であることがより好ましく、100質量%以上350質量%以下であることがさらに好ましい。
セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応においては、化合物Bの他に、たとえばアミド類またはアミン類を反応系に含んでもよい。アミド類としては、たとえばホルムアミド、ジメチルホルムアミド、アセトアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。アミン類としては、たとえばメチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。これらの中でも、特にトリエチルアミンは良好な反応触媒として働くことが知られている。
亜リン酸基導入工程においては、繊維原料に化合物A等を添加又は混合した後、当該繊維原料に対して加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理温度としては、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、亜リン酸基を効率的に導入できる温度を選択することが好ましい。加熱処理温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。また、加熱処理には、種々の熱媒体を有する機器を利用することができ、たとえば撹拌乾燥装置、回転乾燥装置、円盤乾燥装置、ロール型加熱装置、プレート型加熱装置、流動層乾燥装置、気流乾燥装置、減圧乾燥装置、赤外線加熱装置、遠赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置、高周波乾燥装置を用いることができる。
本実施形態に係る加熱処理においては、たとえば薄いシート状の繊維原料に化合物Aを含浸等の方法により添加した後、加熱する方法や、ニーダー等で繊維原料と化合物Aを混練又は撹拌しながら加熱する方法を採用することができる。これにより、繊維原料における化合物Aの濃度ムラを抑制して、繊維原料に含まれるセルロース繊維表面へより均一に亜リン酸基を導入することが可能となる。これは、乾燥に伴い水分子が繊維原料表面に移動する際、溶存する化合物Aが表面張力によって水分子に引き付けられ、同様に繊維原料表面に移動してしまう(すなわち、化合物Aの濃度ムラを生じてしまう)ことを抑制できることに起因するものと考えられる。
また、加熱処理に用いる加熱装置は、たとえばスラリーが保持する水分、及び化合物Aと繊維原料中のセルロース等が含む水酸基等との脱水縮合(リン酸エステル化)反応に伴って生じる水分、を常に装置系外に排出できる装置であることが好ましい。このような加熱装置としては、例えば送風方式のオーブン等が挙げられる。装置系内の水分を常に排出することにより、リン酸エステル化の逆反応であるリン酸エステル結合の加水分解反応を抑制できることに加えて、繊維中の糖鎖の酸加水分解を抑制することもできる。このため、軸比の高い微細繊維状セルロースを得ることが可能となる。
加熱処理の時間は、たとえば繊維原料から実質的に水分が除かれてから1秒以上300分以下であることが好ましく、1秒以上1000秒以下であることがより好ましく、10秒以上800秒以下であることがさらに好ましい。本実施形態では、加熱温度と加熱時間を適切な範囲とすることにより、亜リン酸基の導入量を好ましい範囲内とすることができる。
亜リン酸基導入工程は、少なくとも1回行えば良いが、2回以上繰り返して行うこともできる。2回以上の亜リン酸基導入工程を行うことにより、繊維原料に対して多くの亜リン酸基を導入することができる。本実施形態においては、好ましい態様の一例として、亜リン酸基導入工程を2回行う場合が挙げられる。
繊維原料に対する亜リン酸基の導入量は、たとえば微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.10mmol/g以上であることが好ましく、0.20mmol/g以上であることがより好ましく、0.50mmol/g以上であることがさらに好ましく、1.00mmol/g以上であることがとくに好ましい。また、繊維原料に対する亜リン酸基の導入量は、たとえば微細繊維状セルロース1g(質量)あたり5.20mmol/g以下であることが好ましく、3.65mmol/g以下であることがより好ましく、3.00mmol/g以下であることがさらに好ましい。亜リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易にし、微細繊維状セルロースの安定性を高めることができる。さらに、亜リン酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維状セルロースが含み得る有機オニウムイオンの含有量を適切な範囲とすることができ、これにより、ポリイミド樹脂や有機溶媒に対する繊維状セルロースの分散性を効果的に高めることができる。
<洗浄工程>
本実施形態における微細繊維状セルロースの製造方法においては、必要に応じて亜リン酸基導入繊維に対して洗浄工程を行うことができる。洗浄工程は、たとえば水や有機溶媒により亜リン酸基導入繊維を洗浄することにより行われる。また、洗浄工程は後述する各工程の後に行われてもよく、各洗浄工程において実施される洗浄回数は、とくに限定されない。
<アルカリ処理工程>
微細繊維状セルロースを製造する場合、亜リン酸基導入工程と、後述する解繊処理工程との間に、繊維原料に対してアルカリ処理を行ってもよい。アルカリ処理の方法としては、特に限定されないが、例えばアルカリ溶液中に、亜リン酸基導入繊維を浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されず、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。本実施形態においては、汎用性が高いことから、たとえば水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムをアルカリ化合物として用いることが好ましい。また、アルカリ溶液に含まれる溶媒は、水または有機溶媒のいずれであってもよい。中でも、アルカリ溶液に含まれる溶媒は、水、またはアルコールに例示される極性有機溶媒などを含む極性溶媒であることが好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒であることがより好ましい。アルカリ溶液としては、汎用性が高いことから、たとえば水酸化ナトリウム水溶液、または水酸化カリウム水溶液が好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の温度は、特に限定されないが、たとえば5℃以上80℃以下であることが好ましく、10℃以上60℃以下であることがより好ましい。アルカリ処理工程における亜リン酸基導入繊維のアルカリ溶液への浸漬時間は、特に限定されないが、たとえば5分以上30分以下であることが好ましく、10分以上20分以下であることがより好ましい。アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量は、特に限定されないが、たとえば亜リン酸基導入繊維の絶対乾燥質量に対して100質量%以上100000質量%以下であることが好ましく、1000質量%以上10000質量%以下であることがより好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の使用量を減らすために、亜リン酸基導入工程の後であってアルカリ処理工程の前に、亜リン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄してもよい。アルカリ処理工程の後であって解繊処理工程の前には、取り扱い性を向上させる観点から、アルカリ処理を行った亜リン酸基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄することが好ましい。
<酸処理工程>
微細繊維状セルロースを製造する場合、亜リン酸基を導入する工程と、後述する解繊処理工程の間に、繊維原料に対して酸処理を行ってもよい。例えば、亜リン酸基導入工程、酸処理、アルカリ処理及び解繊処理をこの順で行ってもよい。
酸処理の方法としては、特に限定されないが、たとえば酸を含有する酸性液中に繊維原料を浸漬する方法が挙げられる。使用する酸性液の濃度は、特に限定されないが、たとえば10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。また、使用する酸性液のpHは、特に限定されないが、たとえば0以上4以下であることが好ましく、1以上3以下であることがより好ましい。酸性液に含まれる酸としては、たとえば無機酸、スルホン酸、カルボン酸等を用いることができる。無機酸としては、たとえば硫酸、硝酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸、リン酸、ホウ酸等が挙げられる。スルホン酸としては、たとえばメタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸等が挙げられる。カルボン酸としては、たとえばギ酸、酢酸、クエン酸、グルコン酸、乳酸、シュウ酸、酒石酸等が挙げられる。これらの中でも、塩酸または硫酸を用いることがとくに好ましい。
酸処理における酸溶液の温度は、特に限定されないが、たとえば5℃以上100℃以下が好ましく、20℃以上90℃以下がより好ましい。酸処理における酸溶液への浸漬時間は、特に限定されないが、たとえば5分以上120分以下が好ましく、10分以上60分以下がより好ましい。酸処理における酸溶液の使用量は、特に限定されないが、たとえば繊維原料の絶対乾燥質量に対して100質量%以上100000質量%以下であることが好ましく、1000質量%以上10000質量%以下であることがより好ましい。
<解繊処理>
亜リン酸基導入繊維を解繊処理工程で解繊処理することにより、微細繊維状セルロースが得られる。解繊処理工程においては、たとえば解繊処理装置を用いることができる。解繊処理装置は、特に限定されないが、たとえば高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、またはビーターなどを使用することができる。上記解繊処理装置の中でも、粉砕メディアの影響が少なく、コンタミネーションのおそれが少ない高速解繊機、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザーを用いるのがより好ましい。
解繊処理工程においては、たとえば亜リン酸基導入繊維を、分散媒により希釈してスラリー状にすることが好ましい。分散媒としては、水、および極性有機溶媒などの有機溶媒から選択される1種または2種以上を使用することができる。極性有機溶媒としては、とくに限定されないが、たとえばアルコール類、多価アルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、非プロトン極性溶媒等が好ましい。アルコール類としては、たとえばメタノール、エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール等が挙げられる。多価アルコール類としては、たとえばエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどが挙げられる。ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。エーテル類としては、たとえばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノn−ブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等が挙げられる。エステル類としては、たとえば酢酸エチル、酢酸ブチル等が挙げられる。非プロトン性極性溶媒としてはジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチル−2−ピロリジノン(NMP)等が挙げられる。
解繊処理時の微細繊維状セルロースの固形分濃度は適宜設定できる。また、亜リン酸基導入繊維を分散媒に分散させて得たスラリー中には、例えば水素結合性のある尿素などの亜リン酸基導入繊維以外の固形分が含まれていてもよい。
(有機オニウムイオン)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、微細繊維状セルロースが有する亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の対イオンとして、有機オニウムイオンを含む。本発明においては、少なくとも一部の有機オニウムイオンは、微細繊維状セルロースの対イオンとして存在しているが、繊維状セルロース含有樹脂組成物中には、遊離した有機オニウムイオンが存在していてもよい。なお、有機オニウムイオンは、繊維状セルロースと共有結合を形成するものではない。
有機オニウムイオンは、下記(a)及び(b)から選択される少なくとも一方の条件を満たす。
(a)炭素数が5以上の炭化水素基を含む。
(b)総炭素数が17以上である。
すなわち、微細繊維状セルロースは、炭素数が5以上の炭化水素基を含む有機オニウムイオン、及び総炭素数が17以上の有機オニウムイオンから選択される少なくとも一方を、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の対イオンとして含む。有機オニウムイオンを、上記(a)及び(b)から選択される少なくとも一方の条件を満たすものとすることにより、ポリイミド樹脂や有機溶媒に対する微細繊維状セルロースの分散性を高めることができ、ポリイミド樹脂成形体の基材剥離性を高めることができる。
炭素数が5以上の炭化水素基は、炭素数が5以上のアルキル基又は炭素数が5以上のアルキレン基であることが好ましく、炭素数が6以上のアルキル基又は炭素数が6以上のアルキレン基であることがより好ましく、炭素数が7以上のアルキル基又は炭素数が7以上のアルキレン基であることがさらに好ましく、炭素数が10以上のアルキル基又は炭素数が10以上のアルキレン基であることが特に好ましい。中でも、有機オニウムイオンは炭素数が5以上のアルキル基を有するものであることが好ましく、炭素数が5以上のアルキル基を含み、かつ総炭素数が17以上の有機オニウムイオンであることがより好ましい。
有機オニウムイオンは、下記一般式(A)で表される有機オニウムイオンであることが好ましい。
上記一般式(A)中、Mは窒素原子又はリン原子であり、R1〜R4は、それぞれ独立に水素原子又は有機基を表す。但し、R1〜R4の少なくとも1つは、炭素数が5以上の有機基であるか、R1〜R4の炭素数の合計が17以上であることが好ましい。
中でも、Mは、窒素原子であることが好ましい。すなわち、有機オニウムイオンは有機アンモニウムイオンであることが好ましい。また、R1〜R4の少なくとも1つは、炭素数が5以上のアルキル基であり、かつR1〜R4の炭素数の合計が17以上であることが好ましい。
このような有機オニウムイオンとしては、例えば、ラウリルトリメチルアンモニウム、セチルトリメチルアンモニウム、ステアリルトリメチルアンモニウム、オクチルジメチルエチルアンモニウム、ラウリルジメチルエチルアンモニウム、ジデシルジメチルアンモニウム、ラウリルジメチルベンジルアンモニウム、トリブチルベンジルアンモニウム、メチルトリ−n−オクチルアンモニウム、ヘキシルアンモニウム、n−オクチルアンモニウム、ドデシルアンモニウム、テトラデシルアンモニウム、ヘキサデシルアンモニウム、ステアリルアンモニウム、N,N−ジメチルドデシルアンモニウム、N,N−ジメチルテトラデシルアンモニウム、N,N−ジメチルヘキサデシルアンモニウム、N,N−ジメチル−n−オクタデシルアンモニウム、ジヘキシルアンモニウム、ジ(2−エチルヘキシル)アンモニウム、ジーn−オクチルアンモニウム、ジデシルアンモニウム、ジドデシルアンモニウム、ジデシルメチルアンモニウム、N,N−ジドデシルメチルアンモニウム、ポリオキシエチレンドデシルアンモニウム、アルキルジメチルベンジルアンモニウム、ジ−n−アルキルジメチルアンモニウム、ベヘニルトリメチルアンモニウム、テトラフェニルホスホニウム、テトラオクチルホスホニウム、アセトニルトリフェニルホスホニウム、アリルトリフェニルホスホニウム、アミルトリフェニルホスホニウム、ベンジルトリフェニルホスホニウム、エチルトリフェニルホスホニウム、ジフェニルプロピルホスホニウム、トリフェニルホスホニウム、トリシクロヘキシルホスホニウム、トリ−n−オクチルホスホニウム等を挙げることができる。なお、アルキルジメチルベンジルアンモニウム、ジ−n−アルキルジメチルアンモニウムにおけるアルキル基として、炭素数が8以上18以下の直鎖アルキル基が挙げられる。
なお、一般式(A)に示した通り、有機オニウムイオンの中心元素は合計4つの基または水素と結合している。上述した有機オニウムイオンの名称で、結合している基が4つ未満である場合、残りは水素原子が結合して有機オニウムイオンを形成している。例えば、N,N−ジドデシルメチルアンモニウムであれば、名称からドデシル基が2つ、メチル基が1つ結合していると判断できる。この場合、残りの1つには水素が結合し、有機オニウムイオンを形成している。
有機オニウムがO原子を含む場合、O原子に対するC原子の質量比率(C/O比)は大きいほど好ましく、例えば、C/O>5であることが好ましい。C/O比を5よりも大きくすることにより、微細繊維状セルロース含有スラリーに、有機オニウムイオンまたは、中和により有機オニウムイオンを形成する化合物を添加した際に、微細繊維状セルロース濃縮物が得られやすくなる。
有機オニウムイオンの分子量は、2000以下であることが好ましく、1800以下であることがより好ましい。有機オニウムイオンの分子量を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースのハンドリング性を高めることができる。また、有機オニウムイオンの分子量を上記範囲内とすることにより、繊維状セルロース含有樹脂組成物における繊維状セルロースの含有率が低下してしまうことを抑制できる。
有機オニウムイオンの含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して1.0質量%以上であることが好ましく、1.5質量%以上であることがより好ましく、2.0質量%以上であることがさらに好ましい。また、有機オニウムイオンの含有量は繊維状セルロース含有樹脂組成物の全質量に対して30質量%以下であることが好ましく、20質量%以下であることがより好ましい。
また、繊維状セルロース含有樹脂組成物における有機オニウムイオンの含有量は、微細繊維状セルロース中に含まれる亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の量に対して、等モル量から2倍モル量であることが好ましいが、特に限定されない。なお、有機オニウムイオンの含有量は、有機オニウムイオンに典型的に含まれる原子を追跡することで測定することができる。具体的には、有機オニウムイオンがアンモニウムイオンの場合は窒素原子を、有機オニウムイオンがホスホニウムイオンの場合はリン原子の量を測定する。なお、微細繊維状セルロースが有機オニウムイオン以外に、窒素原子やリン原子を含む場合は、有機オニウムイオンのみを抽出する方法、例えば、酸による抽出操作などを行ってから、目的の原子の量を測定すれば良い。
(ポリイミド樹脂)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体から選択される少なくとも一種を含む。ポリイミド樹脂としては、いわゆるポリイミドを挙げることができるが、ポリアミドイミド、ポリベンズイミダゾール、ポリイミドエステル、ポリエーテルイミド、ポリシロキサンイミド等に代表されるように、その構造中にイミド基を有する樹脂であってもよい。
ポリイミド樹脂は、公知のジアミンと酸無水物とを溶媒の存在下で反応させることで得られるポリイミド前駆体を、加熱または触媒等を用いてイミド化することで得られる。
ジアミンとしては、例えば、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、2’−メトキシ−4,4’−ジアミノベンズアニリド、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、2,2’−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、2,2’−ジメチル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジヒドロキシ−4,4’−ジアミノビフェニル、4,4’−ジアミノベンズアニリド等が挙げられる。
酸無水物としては、例えば、無水ピロメリット酸、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’ −ジフェニルスルフォンテトラカルボン酸二無水物、4,4’−オキシジフタル酸無水物等が挙げられる。
なお、ジアミンと酸無水物は、それぞれ、1種のみを使用してもよく、2種以上を併用することもできる。
ジアミンと酸無水物との反応は有機溶媒中で行うことが好ましく、このような有機溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ヘキサメチルホスホルムアミド、フェノール、クレゾール、γ−ブチロラクトン等を挙げることができる。これらの有機溶媒は単独で用いてもよく、混合して用いてもよい。
ポリイミド前駆体は、公知の方法で合成することができ、例えば、ランダム重合やブロック重合により合成できる。ポリイミド前駆体を合成する際には、ジアミンと酸無水物を含む有機溶媒の温度を0〜100℃とし、1分〜100時間反応させることでポリイミド前駆体の溶媒溶液を得ることができる。
ポリイミド前駆体としては、ポリアミド酸、ポリアミド酸塩、ポリアミド酸アルキルエステル、ポリアミド酸トリメチルシリルエステル、テトラカルボン酸ジエステルとジアミンの混合溶液などを挙げることができる。中でも、ポリイミド前駆体は、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを含む成分から合成されるポリアミド酸であることが好ましい。
ポリイミド前駆体の溶媒溶液は、ポリアミド酸溶液であることが好ましく、市販品を用いてもよい。例えば、宇部興産株式会社製のU−ワニス−A、U−ワニス−S、新日鐵化学株式会社製のSPI−200N、SPI−300N、東レ株式会社製のトレニース#3000、日立化成工業株式会社製のPIQ、新日本理化株式会社のリカコートSN−20等を用いることができる。
ポリイミド樹脂は、ポリイミド前駆体を、加熱または触媒等を用いてイミド化することで得られる。イミド化反応を行う際には、ポリイミド前駆体の溶媒溶液にイミド化触媒を添加してもよい。イミド化触媒としては、イミダゾール、2−イミダゾール、1,2−ジメチルイミダゾール、2−フェニルイミダゾール、ベンズイミダゾール、イソキノリン、置換ピリジンなどを挙げることができる。
ポリイミド前駆体を加熱する際には、支持基材上にポリイミド前駆体の溶媒溶液を塗布し、加熱乾燥を行うキャスト法を採用してもよい。なお、本発明において、ポリイミド前駆体の溶媒溶液を加熱する際には、後述するように、ポリイミド前駆体の溶媒溶液には、予め微細繊維状セルロースが混合される。
(液状組成物)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、有機溶媒を含むものであってもよい。この場合、有機溶媒は、ポリイミド前駆体の溶媒溶液に含まれる有機溶媒であってもよく、ポリイミド前駆体の溶媒溶液に含まれる有機溶媒とは別途添加されるものであってもよい。すなわち、本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は液状組成物であってもよく、液状組成物は、上述した繊維状セルロース含有樹脂組成物と、有機溶媒と、を混合してなるものであってもよい。なお、本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物が液状組成物である場合、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体から選択される少なくとも一種は、ポリイミド前駆体を含む溶媒溶液であることが好ましく、ポリアミド酸溶液であることがより好ましい。
有機溶媒は、特に限定されるものではないが、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール(IPA)、1−ブタノール、m−クレゾール、グリセリン、酢酸、ピリジン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)、酢酸エチル、アニリン、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホルムアミド、フェノール、γ−ブチロラクトン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、p−キシレン、ジエチルエーテルクロロホルム等を挙げることができる。中でも、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、メチルエチルケトン(MEK)、トルエン、メタノールは好ましく用いられる。
有機溶媒の25℃における比誘電率は、60以下であることが好ましく、50以下であることがより好ましい。本発明の微細繊維状セルロースは、比誘電率の低い有機溶媒中においても優れた分散性を発揮することができるため、有機溶媒の25℃における比誘電率は、45以下であってもよく、40以下であってもよく、35以下であってもよい。
有機溶媒のハンセン溶解度パラメーター(Hansen solubility parameter,HSP値)のδpは、5MPa1/2以上20MPa1/2以下であることが好ましく、10MPa1/2以上19MPa1/2以下であることがより好ましく、12MPa1/2以上18MPa1/2以下であることがさらに好ましい。また、δhは、5MPa1/2以上40MPa1/2以下であることが好ましく、5MPa1/2以上30MPa1/2以下であることがより好ましく、5MPa1/2以上20MPa1/2以下であることがさらに好ましい。また、δpが0MPa1/2以上4MPa1/2以下の範囲であり、δhが0MPa1/2以上6MPa1/2以下の範囲であることを同時に満たすことも好ましい。
有機溶媒の含有量は、液状組成物中に含まれる固形分の全質量に対して、30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましい。また、有機溶媒の含有量は、液状組成物中に含まれる固形分の全質量に対して、98質量%以下であることが好ましく、97質量%以下であることがより好ましい。なお、液状組成物の分散媒は有機溶媒であることが好ましいが、有機溶媒の他に水をさらに含有していてもよい。
液状組成物における固形分濃度は、液状組成物の全質量に対して、1質量%以上であることが好ましく、3質量%以上であることがより好ましい。また、液状組成物における固形分濃度は、液状組成物の全質量に対して、70質量%以下であることが好ましく、60質量%以下であることがより好ましい。
(任意成分)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、さらに他の任意成分を含有していてもよい。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、任意成分として、ポリイミド以外の樹脂や樹脂の前駆体を含んでいてもよい。このような樹脂の種類は特に限定されるものではないが、例えば、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂を挙げることができる。具体的には、アクリル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、シリコーン系樹脂、フッ素系樹脂、塩素系樹脂、エポキシ系樹脂、メラミン系樹脂、フェノール系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ジアリルフタレート系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、アルコール系樹脂、セルロース誘導体、及びこれらの樹脂の前駆体、が挙げられる。なお、セルロース誘導体としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどを挙げることができる。
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物は、任意成分として、水溶性高分子を含んでいてもよい。水溶性高分子としては、たとえば、キサンタンガム、グアーガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、クインスシード、アルギン酸、プルラン、カラギーナン、ペクチンなどに例示される増粘多糖類、カチオン化デンプン、生デンプン、酸化デンプン、エーテル化デンプン、エステル化デンプン、アミロース等のデンプン類、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン等のグリセリン類等、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の金属塩等を挙げることができる。
なお、繊維状セルロース含有樹脂組成物が任意成分として上述したような樹脂や水溶性高分子を含む場合、このような任意成分の含有量は、ポリイミド樹脂及びポリイミド前駆体の合計含有量に比べて少ない。すなわち、繊維状セルロース含有樹脂組成物における樹脂主成分は、ポリイミド樹脂及び/又はポリイミド前駆体である。
任意成分としては、例えば、界面活性剤、有機イオン、カップリング剤、無機層状化合物、無機化合物、レベリング剤、防腐剤、消泡剤、有機系粒子、潤滑剤、帯電防止剤、紫外線防御剤、染料、顔料、安定剤、磁性粉、配向促進剤、可塑剤、分散剤、架橋剤、充填剤、難燃剤、着色剤、摺動性改良剤、酸化防止剤、導電剤等を挙げることができる。
繊維状セルロース含有樹脂組成物中に含まれる任意成分の含有量は、繊維状セルロース含有樹脂組成物中に含まれる固形分の全質量に対して、40質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましい。
(繊維状セルロース含有樹脂組成物の製造方法)
繊維状セルロース含有樹脂組成物の製造工程は、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する微細繊維状セルロースを含有するスラリーに、有機オニウムイオンまたは、中和により有機オニウムイオンを形成する化合物を添加し、微細繊維状セルロース濃縮物を得る工程(工程a)と、微細繊維状セルロース濃縮物に有機溶媒を添加し、再分散スラリーを得る工程(工程b)と、再分散スラリーとポリイミド前駆体を混合する工程(工程c)と、を有することが好ましい。
工程aでは、上述した解繊処理工程で得られた微細繊維状セルロース含有スラリーに、上述したような有機オニウムイオンまたは、中和により有機オニウムイオンを形成する化合物を添加する。この際、有機オニウムイオンは、有機オニウムイオンを含有した溶液として添加することが好ましく、有機オニウムイオンを含有した水溶液として添加することがより好ましい。
有機オニウムイオンを含有した水溶液は、通常、有機オニウムイオンと、対イオン(アニオン)を含んでいる。有機オニウムイオンの水溶液を調製する際、有機オニウムイオンと、対応する対イオンが既に塩を形成している場合は、そのまま水に溶解させればよい。有機オニウムイオンの水溶液を調製する際、有機オニウムイオンと、対応する対イオンが既に塩を形成している場合は、水又は熱水に溶解することが好ましい。
また、有機オニウムイオンは、例えば、ドデシルアミンなどのように、酸によって中和されて始めて生成する場合もある。この場合、有機オニウムイオンは、中和により有機オニウムイオンを形成する化合物と酸との反応により得られる。この場合、中和に使用する酸としては、塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸や乳酸、酢酸、ギ酸、シュウ酸等の有機酸が挙げられる。凝集工程では、中和により有機オニウムを形成する化合物を微細繊維状セルロース含有スラリーに直接加え、微細繊維状セルロースが含む亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を対イオンとして、有機オニウムイオン化させても良い。
有機オニウムイオンの添加量は、微細繊維状セルロースの全質量に対し、2質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましく、100質量%以上であることが特に好ましい。なお、有機オニウムイオンの添加量は、微細繊維状セルロースの全質量に対し、1000質量%以下であることが好ましい。
また、添加する有機オニウムイオンのモル数は、微細繊維状セルロースが含む亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の量(モル数)に価数を乗じた値の0.2倍以上であることが好ましく、0.5倍以上であることがより好ましく、1.0倍以上であることがさらに好ましい。なお、添加する有機オニウムイオンのモル数は、微細繊維状セルロースが含む亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の量(モル数)に価数を乗じた値の10倍以下であることが好ましい。
有機オニウムイオンを添加し、撹拌を行うと、微細繊維状セルロース含有スラリー中に凝集物が生じる。この凝集物は、対イオンとして有機オニウムイオンを有する微細繊維状セルロースが凝集したものである。凝集物が生じた微細繊維状セルロース含有スラリーを減圧濾過することで、微細繊維状セルロース凝集物(微細繊維状セルロース濃縮物ともいう)を回収することができる。
得られた微細繊維状セルロース凝集物は、イオン交換水で洗浄してもよい。微細繊維状セルロース凝集物をイオン交換水で繰り返し洗うことで、微細繊維状セルロース凝集物に含まれる余剰な有機オニウムイオン等を除去することができる。
得られた微細繊維状セルロース濃縮物中のP原子の含有量に対するN原子の含有量の比(N/Pの値)は0.6よりも大きいことが好ましく、1.0よりも大きいことがより好ましい。また、得られた微細繊維状セルロース濃縮物中のP原子の含有量に対するN原子の含有量の比(N/Pの値)は5.0以下であることが好ましい。なお、微細繊維状セルロース濃縮物中のP原子の含有量とN原子の含有量は適宜元素分析により算出することができる。元素分析としては、例えば、適当な前処理の後に微量窒素分析やモリブデンブルー法などを行うことができる。なお、微細繊維状セルロース濃縮物以外の組成物が、P原子、N原子を含む場合は、当該組成物と微細繊維状セルロース濃縮物を適当な方法で分離した後に元素分析を行ってもよい。
得られた微細繊維状セルロース濃縮物の固形分濃度は、5質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましく、20質量%以上であることがさらに好ましい。なお、微細繊維状セルロース濃縮物の固形分濃度の上限値は特に限定されるものではなく、100質量%であってもよい。
工程bでは、微細繊維状セルロース濃縮物に有機溶媒を添加し、再分散スラリーを得る。ここでは、有機溶媒としては、上述した有機溶媒を好ましく用いることができる。微細繊維状セルロース濃縮物を有機溶媒に分散させる際に用いる分散装置としては、たとえば上記解繊処理において記載した解繊処理装置と同様のものを使用することができる。また、超音波処理を施すことで微細繊維状セルロース濃縮物を有機溶媒中に分散させてもよい。
工程cでは、再分散スラリーとポリイミド前駆体を混合する。工程cでは、ポリイミド前駆体は、ポリイミド前駆体の溶媒溶液であることが好ましく、ポリアミド酸溶液であることがより好ましい。
工程cにおいて、再分散スラリーとポリイミド前駆体を混合する手法は、特に限定されないが、例えば、ペイントシェイカ、サンドミル、ボールミル、ビーズミル、ニーダー、ロールミキサー、ミキサー、ディゾルバー、ホモジナイザー、超音波処理装置、等を用いる手法が挙げられる。
なお、繊維状セルロース含有樹脂組成物の製造工程は、工程cの後に、さらに混合液を加熱する工程を含んでもよい。これにより、ポリイミド前駆体のイミド化反応が進行し、固形状の繊維状セルロース含有樹脂組成物が得られてもよい。また、繊維状セルロース含有樹脂組成物からシート等の成形体を形成する際には、成形工程はシート化工程において、再分散スラリーとポリイミド前駆体の混合液を加熱することが好ましい。
(用途)
本発明の繊維状セルロース含有樹脂組成物の用途はとくに限定されない。一例としては、繊維状セルロース含有樹脂組成物を用いて製膜し、各種シートとして使用することができる。このようなシートは、各種のディスプレイ装置、各種の太陽電池、等の光透過性基板の用途に適している。また、電子機器の基板、電子回路の電気絶縁材、電気素子の表面保護膜、家電の部材、各種の乗り物や建物の窓材、内装材、外装材、包装用資材等の用途にも適している。さらに、糸、フィルタ、織物、緩衝材、スポンジ、研磨材などの他、シートそのものを補強材として使う用途にも適している。
(成形体)
本発明は、上述した繊維状セルロース含有樹脂組成物、もしくは、上述した液状組成物から形成される成形体に関するものでもある。本発明では、ポリイミド樹脂や有機溶媒との相溶性に優れた微細繊維状セルロースを用いているため、成形体は、優れた曲げ弾性率を有し、さらに強度と寸法安定性にも優れている。加えて、本発明の成形体は透明性にも優れている。なお、成形体における、微細繊維状セルロース、ポリイミド樹脂、有機オニウムイオンの含有割合の好ましい範囲は、繊維状セルロース含有樹脂組成物における含有割合の好ましい範囲と同様である。
本発明の成形体の形態は特に限定されるものではないが、成形体は、例えば、シート状であることが好ましい。本発明は、上述した繊維状セルロース含有樹脂組成物、もしくは、上述した液状組成物から形成されるシートに関するものであってもよい。本発明の成形体がシート状である場合、該シートのヘーズは、20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましく、5%以下であることがさらに好ましい。このように、本発明では、透明性の高いシートや成形体が得られる。
成形体の成形方法には特に制限はなく、射出成形法や加熱加圧成形法等を採用することができる。また、成形体をシートから成形する場合、プレス成形法又は真空成形法によって成形してもよい。この場合、成形体を成形する際には基材もしくは成形型を用いてもよく、成形後には、成形体を基材から剥離する、もしくは成形型から離型する工程を含むことが好ましい。すなわち、成形体を製造する工程は、上述した繊維状セルロース含有樹脂組成物、もしくは、液状組成物から、基材もしくは成形型を用いて、成形体を形成する工程と、成形体を基材から剥離する、もしくは成形型から離型する工程と、を含むことが好ましい。
成形体がシート状である場合、シートを製造する工程は、上述した繊維状セルロース含有樹脂組成物、もしくは、液状組成物を基材上に塗布し塗膜を形成する工程と、塗膜を加熱してシートを形成する工程と、シートを基材から剥離する工程と、を含むことが好ましい。このように、本発明で得られるシートは、支持基材から剥離された基材レスシートである。
塗膜を形成する工程で用いる基材の材質は、とくに限定されないが、例えば、ガラス基材、金属基材、ポリイミド基材、金属箔・樹脂積層基材等を挙げることができる。中でも、基材は、ガラス基材又は金属基材であることが好ましい。金属基材を用いる場合は、SUS製の金属基材を用いることが特に好ましい。
塗工工程において、繊維状セルロース含有樹脂組成物や液状組成物の粘度が低く、基材上で展開してしまう場合には、所定の厚みおよび坪量のシートを得るため、基材上に堰止用の枠を固定して使用してもよい。堰止用の枠としては、とくに限定されないが、たとえば乾燥後に付着するシートの端部が容易に剥離できるものを選択することが好ましい。このような観点から、ガラス板、金属板又はポリイミド板を成形したものを用いることが好ましい。
組成物を基材に塗工する塗工機としては、とくに限定されないが、たとえばロールコーター、グラビアコーター、ダイコーター、カーテンコーター、エアドクターコーター等を使用することができる。被膜(シート)の厚みをより均一にできることから、ダイコーター、カーテンコーター、スプレーコーターがとくに好ましい。
組成物を基材へ塗工する際の液状組成物の温度および雰囲気温度は、特に限定されないが、たとえば5℃以上80℃以下であることが好ましく、10℃以上60℃以下であることがより好ましく、15℃以上50℃以下であることがさらに好ましく、20℃以上40℃以下であることが特に好ましい。
塗工工程においては、シートの仕上がり坪量が好ましくは10g/m2以上100g/m2以下となるように、より好ましくは20g/m2以上60g/m2以下となるように、組成物を基材に塗工することが好ましい。坪量が上記範囲内となるように塗工することで、より強度に優れたシートが得られる。
塗工工程は、基材上に塗工した組成物を乾燥させる工程を含む。このような工程は硬化工程ともいう。硬化工程は、とくに限定されないが、たとえば非接触の乾燥方法、もしくはシートを拘束しながら乾燥する方法、またはこれらの組み合わせにより行われる。非接触の乾燥方法としては、とくに限定されないが、たとえば熱風、赤外線、遠赤外線もしくは近赤外線により加熱して乾燥する方法(加熱乾燥法)、または真空にして乾燥する方法(真空乾燥法)を適用することができる。加熱乾燥法と真空乾燥法を組み合わせてもよいが、通常は、加熱乾燥法が適用される。赤外線、遠赤外線または近赤外線による乾燥は、とくに限定されないが、たとえば赤外線装置、遠赤外線装置または近赤外線装置を用いて行うことができる。加熱温度(硬化温度)は、80℃以上であることが好ましく、100℃以上であることがより好ましい。また、加熱温度(硬化温度)は、200℃以下であることが好ましい。このように、本発明においては、ポリイミド樹脂の硬化工程を比較的低温で行うことができ、これにより加熱による変色や変質を抑制することができる。
(積層体)
本発明は、上述した成形体を備える積層体に関するものであってもよい。この場合、積層体は、シート状の成形体を備えるものであることが好ましく、シート状の成形体の両面に他の層が形成されてなる積層体であってもよく、シート状の成形体の片面に他の層が形成されてなる積層体であってもよい。
他の層としては、樹脂層や無機層を挙げることができる。また、他の層は微細繊維状セルロース及び水溶性高分子から選択される少なくとも1種を含む層であることも好ましい。
上述した成形体と他の層の間には、接着層が設けられていてもよい。成形体と他の層の間に接着層が設けられる場合は、接着層を構成する接着剤として、例えば、アクリル系樹脂を挙げることができる。また、アクリル系樹脂以外の接着剤としては、例えば、塩化ビニル樹脂、(メタ)アクリル酸エステル樹脂、スチレン/アクリル酸エステル共重合体樹脂、酢酸ビニル樹脂、酢酸ビニル/(メタ)アクリル酸エステル共重合体樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、エチレン/酢酸ビニル共重合体樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、エチレンビニルアルコール共重合体樹脂や、SBR、NBR等のゴム系エマルジョンなどが挙げられる。
他の層の厚みは、特に限定されるものではないが、5μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましい。また、他の層の厚みは10000μm以下であることが好ましく、1000μm以下であることがより好ましい。後述するALDなどの手法で他の層を形成する場合は、1000nm以下であっても良い。
<樹脂層>
樹脂層は、天然樹脂や合成樹脂を主成分とする層である。ここで、主成分とは、樹脂層の全質量に対して、50質量%以上含まれている成分を指す。樹脂の含有量は、樹脂層の全質量に対して、60質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることがより好ましく、80質量%以上であることがさらに好ましく、90質量%以上であることが特に好ましい。なお、樹脂の含有量は、100質量%とすることもでき、95質量%以下であってもよい。
天然樹脂としては、例えば、ロジン、ロジンエステル、水添ロジンエステル等のロジン系樹脂を挙げることができる。
合成樹脂としては、例えば、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリウレタン樹脂及びアクリル樹脂から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
樹脂層を構成する樹脂は1種を単独で用いてもよく、複数の樹脂成分が共重合又は、グラフト重合してなる共重合体を用いてもよい。また、複数の樹脂成分を物理的なプロセスで混合したブレンド材料として用いてもよい。
<無機層>
無機層を構成する物質としては、特に限定されないが、例えばアルミニウム、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、錫、ニッケル、チタン;これらの酸化物、炭化物、窒化物、酸化炭化物、酸化窒化物、もしくは酸化炭化窒化物;又はこれらの混合物が挙げられる。高い防湿性が安定に維持できるとの観点からは、酸化ケイ素、窒化ケイ素、酸化炭化ケイ素、酸化窒化ケイ素、酸化炭化窒化ケイ素、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、酸化炭化アルミニウム、酸化窒化アルミニウム、又はこれらの混合物が好ましい。
無機層の形成方法は、特に限定されない。一般に、薄膜を形成する方法は大別して、化学的気相成長法(Chemical Vapor Deposition、CVD)と物理成膜法(Physical Vapor Deposition、PVD)とがあるが、いずれの方法を採用してもよい。CVD法としては、具体的には、プラズマを利用したプラズマCVD、加熱触媒体を用いて材料ガスを接触熱分解する触媒化学気相成長法(Cat−CVD)等が挙げられる。PVD法としては、具体的には、真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等が挙げられる。
また、無機層の形成方法としては、原子層堆積法(Atomic Layer Deposition、ALD)を採用することもできる。ALD法は、形成しようとする膜を構成する各元素の原料ガスを、層を形成する面に交互に供給することにより、原子層単位で薄膜を形成する方法である。成膜速度が遅いという欠点はあるが、プラズマCVD法以上に、複雑な形状の面でもきれいに覆うことができ、欠陥の少ない薄膜を成膜することが可能であるという利点がある。また、ALD法には、膜厚をナノオーダーで制御することができ、広い面を覆うことが比較的容易である等の利点がある。さらにALD法は、プラズマを用いることにより、反応速度の向上、低温プロセス化、未反応ガスの減少が期待できる。
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例により限定されるものではない。
<製造例1>
〔微細繊維状セルロース分散液Aの製造〕
原料パルプとして、王子製紙製の針葉樹クラフトパルプ(固形分93質量%、坪量245g/m2シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)が700ml)を使用した。
この原料パルプに対してリンオキソ酸化処理を次のようにして行った。まず、上記原料パルプ100質量部(絶乾質量)に、亜リン酸(ホスホン酸)と尿素の混合水溶液を添加して、亜リン酸(ホスホン酸)33質量部、尿素120質量部、水150質量部となるように調製し、薬液含浸パルプを得た。次いで、得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で250秒加熱し、パルプ中のセルロースに亜リン酸基を導入し、亜リン酸化パルプを得た。
次いで、得られた亜リン酸化パルプに対して洗浄処理を行った。洗浄処理は、亜リン酸化パルプ100g(絶乾質量)に対して10Lのイオン交換水を注いで得たパルプ分散液を、パルプが均一に分散するよう撹拌した後、濾過脱水する操作を繰り返すことにより行った。ろ液の電気伝導度が100μS/cm以下となった時点で、洗浄終点とした。
洗浄後の亜リン酸化パルプに対して、さらに上記亜リン酸化処理、上記洗浄処理をこの順に1回ずつ行った。
次いで、洗浄後の亜リン酸化パルプに対して中和処理を次のようにして行った。まず、洗浄後の亜リン酸化パルプを10Lのイオン交換水で希釈した後、撹拌しながら1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加することにより、pHが12以上13以下の亜リン酸化パルプスラリーを得た。次いで、当該亜リン酸化パルプスラリーを脱水して、中和処理が施された亜リン酸化パルプを得た。次いで、中和処理後の亜リン酸化パルプに対して、上記洗浄処理を行った。
これにより得られた亜リン酸化パルプに対しFT−IRを用いて赤外線吸収スペクトルの測定を行った。その結果、1210cm-1付近に亜リン酸基の互変異性体であるホスホン酸基のP=Oに基づく吸収が観察され、パルプに亜リン酸基(ホスホン酸基)が付加されていることが確認された。また、得られた亜リン酸化パルプを供試して、X線回折装置にて分析を行ったところ、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークが確認され、セルロースI型結晶を有していることが確認された。なお、得られた亜リン酸化パルプについて、後述する〔亜リン酸基量の測定〕に記載の測定方法で測定される亜リン酸基量(第1解離酸量)は1.51mmol/gだった。なお、総解離酸量は、1.54mmol/gであった。
得られた亜リン酸化パルプにイオン交換水を添加し、固形分濃度が2質量%のスラリーを調製した。このスラリーを、湿式微粒化装置(スギノマシン社製、スターバースト)で200MPaの圧力にて6回処理し、微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液Aを得た。
X線回折により、この微細繊維状セルロースがセルロースI型結晶を維持していることが確認された。また、微細繊維状セルロースの繊維幅を、透過型電子顕微鏡を用いて測定したところ、3〜5nmであった。
<製造例2>
〔微細繊維状セルロース分散液Bの製造〕
原料パルプとして、王子製紙製の針葉樹クラフトパルプ(固形分93質量%、坪量208g/m2シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)が700ml)を使用した。この原料パルプに対してTEMPO酸化処理を次のようにして行った。
まず、乾燥質量100質量部相当の上記原料パルプと、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル)1.6質量部と、臭化ナトリウム10質量部を、水10000質量部に分散させた。次いで、13質量%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1.0gのパルプに対して10mmolになるように加えて反応を開始した。反応中は0.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10以上10.5以下に保ち、pHに変化が見られなくなった時点で反応終了と見なした。
次いで、得られたTEMPO酸化パルプに対して洗浄処理を行った。洗浄処理は、TEMPO酸化後のパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、5000質量部のイオン交換水を注ぎ、撹拌して均一に分散させた後、濾過脱水する操作を繰り返すことにより行った。ろ液の電気伝導度が100μS/cm以下となった時点で、洗浄終点とした。
また、得られたTEMPO酸化パルプを供試して、X線回折装置にて分析を行ったところ、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークが確認され、セルロースI型結晶を有していることが確認された。
得られたTEMPO酸化パルプにイオン交換水を添加し、固形分濃度が2質量%のスラリーを調製した。このスラリーを、湿式微粒化装置(スギノマシン社製、スターバースト)で200MPaの圧力にて6回処理し、微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液Bを得た。
X線回折により、この微細繊維状セルロースがセルロースI型結晶を維持していることが確認された。また、微細繊維状セルロースの繊維幅を、透過型電子顕微鏡を用いて測定したところ、3〜5nmであった。なお、TEMPO酸化パルプについて、後述する測定方法で測定されるカルボキシ基量は、1.80mmol/gだった。
<製造例3>
〔微細繊維状セルロース分散液Cの製造〕
原料パルプとして、王子製紙製の針葉樹クラフトパルプ(固形分93質量%、坪量208g/m2シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)が700ml)を使用した。
上記原料パルプにイオン交換水を添加し、固形分濃度が2質量%のスラリーを調製した。このスラリーを、湿式微粒化装置(スギノマシン社製、スターバースト)で200MPaの圧力にて6回処理し、微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液Cを得た。
<実施例1>
〔微細繊維状セルロース再分散スラリーAの製造〕
1.12質量%のN,N−ジドデシルメチルアミン水溶液100gに0.28gの乳酸を添加して事前に中和した後、製造例1で得られた微細繊維状セルロース分散液A 100gに添加した。ディスパーザーで5分間撹拌処理を行ったところ、微細繊維状セルロース分散液中に凝集物が生じた。凝集物が生じた微細繊維状セルロース分散液を減圧濾過することにより、微細繊維状セルロース凝集物を得た。得られた微細繊維状セルロース凝集物をイオン交換水で繰り返し洗うことで、微細繊維状セルロース凝集物に含まれる余剰なN,N−ジドデシルメチルアミン、乳酸及び溶出したイオン等を除去した。得られた微細繊維状セルロース凝集物を30℃、相対湿度40%の条件下で乾燥し、微細繊維状セルロース濃縮物Aを得た。微細繊維状セルロース濃縮物に含まれる亜リン酸基の対イオンは、N,N−ジドデシルメチルアンモニウム(DDMA+)となっていた。得られた微細繊維状セルロース濃縮物Aの固形分濃度は93質量%であった。
微細繊維状セルロース濃縮物に、微細繊維状セルロースの含有量が2.0質量%となるようN−メチルー2ーピロリドン(NMP)を添加した。その後、超音波処理装置(ヒールシャー製、UP400S)を用いて超音波処理を10分間行い、微細繊維状セルロース再分散スラリーAを得た。
〔微細繊維状セルロース/ポリイミド複合シートの製造〕
微細繊維状セルロース10質量部に対しポリイミド前駆体が90質量部となるよう、得られた微細繊維状セルロース再分散スラリーAをポリイミドワニス(宇部興産社製、U−ワニス−A)に添加した後、φ1.0mmのジルコニアビーズを用いてペイントシェイカ(東洋精機社製)で3時間処理し、固形分濃度が10質量%である微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液を得た。
得られた微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液を、シートの仕上がり坪量が100g/m2となるように計量して、ガラス製シャーレ又はSUS製シャーレに流涎し、180℃の熱風乾燥機で5時間乾燥させた後、ガラス製シャーレ又はSUS製シャーレから剥離し、微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートを得た。
<実施例2>
微細繊維状セルロース5質量部に対しポリイミド前駆体が95質量部となるよう、得られた微細繊維状セルロース再分散スラリーAをポリイミドワニスに添加した以外は、実施例1と同様にして微細繊維状セルロース濃縮物A、微細繊維状セルロース再分散スラリーA、微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液及び微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートを得た。
<比較例1>
製造例1で得られた微細繊維状セルロース分散液Aを30℃、相対湿度40%の条件下で乾燥し、微細繊維状セルロース濃縮物を得た。微細繊維状セルロースの含有量が2.0質量%となるようN−メチルー2ーピロリドン(NMP)を添加した。その後、超音波処理装置(ヒールシャー製、UP400S)を用いて超音波処理を10分間行い、微細繊維状セルロース再分散スラリーを得た。得られた微細繊維状セルロース再分散スラリーを用いて実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液及び微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートを得た。なお、微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートは、ガラス製シャーレ及びSUS製シャーレから剥離することはできなかった。
<比較例2>
製造例2で得られた微細繊維状セルロース分散液Bを微細繊維状セルロース分散液Aの代わりに用いた以外は比較例1と同様にして、微細繊維状セルロース濃縮物、微細繊維状セルロース再分散スラリー、微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液及び微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートを得た。なお、微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートは、ガラス製シャーレ及びSUS製シャーレから剥離することはできなかった。
<比較例3>
製造例3で得られた微細繊維状セルロース分散液Cを微細繊維状セルロース分散液Aの代わりに用いた以外は比較例1と同様にして、微細繊維状セルロース濃縮物、微細繊維状セルロース再分散スラリー、微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液及び微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートを得た。なお、微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートは、ガラス製シャーレ及びSUS製シャーレから剥離することはできなかった。
<比較例4>
微細繊維状セルロース再分散スラリーをポリイミドワニスに添加しなかったこと以外は比較例1と同様にして、樹脂組成物溶液及びポリイミドシートを得た。ポリイミドシートは、ガラス製シャーレ及びSUS製シャーレから剥離することはできなかった。
<評価>
〔亜リン酸基量の測定〕
微細繊維状セルロースの亜リン酸基量は、対象となる微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液をイオン交換水で含有量が0.2質量%となるように希釈して作製した繊維状セルロース含有スラリーに対し、イオン交換樹脂による処理を行った後、アルカリを用いた滴定を行うことにより測定した。
イオン交換樹脂による処理は、上記繊維状セルロース含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った後、目開き90μmのメッシュ上に注いで樹脂とスラリーを分離することにより行った。
また、アルカリを用いた滴定は、イオン交換樹脂による処理後の繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を5秒に10μLずつ加えながら、スラリーが示すpHの値の変化を計測することにより行った。なお、滴定開始の15分前から窒素ガスをスラリーに吹き込みながら滴定を行った。この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が二つ観測される。これらのうち、アルカリを加えはじめて先に得られる増分の極大点を第1終点と呼び、次に得られる増分の極大点を第2終点と呼ぶ(図1)。滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の第1解離酸量と等しくなる。また、滴定開始から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の総解離酸量と等しくなる。なお、滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除した値を亜リン酸基量(mmol/g)とした。
〔カルボキシ基量の測定〕
微細繊維状セルロースのカルボキシ基量は、対象となる微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有スラリーにイオン交換水を添加して、含有量を0.2質量%とし、イオン交換樹脂による処理を行った後、アルカリを用いた滴定を行うことにより測定した。
イオン交換樹脂による処理は、0.2質量%の微細繊維状セルロース含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社製、コンディショング済)を加え、1時間振とう処理を行った後、目開き90μmのメッシュ上に注いで樹脂とスラリーを分離することにより行った。
また、アルカリを用いた滴定は、イオン交換樹脂による処理後の繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を5秒に10μLずつ加えながら、スラリーが示すpHの値の変化を計測することにより行った。水酸化ナトリウム水溶液を加えながらpHの変化を観察すると、図2に示されるような滴定曲線が得られる。図2に示されるように、この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が一つ観測される。この増分の極大点を第1終点と呼ぶ。ここで、図2における滴定開始から第1終点までの領域を第1領域と呼ぶ。第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中のカルボキシ基量と等しくなる。そして、滴定曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象の微細繊維状セルロース含有スラリー中の固形分(g)で除すことで、カルボキシ基の導入量(mmol/g)を算出した。
なお、上述のカルボキシ基導入量(mmol/g)は、カルボキシ基の対イオンが水素イオン(H+)であるときの繊維状セルロースの質量1gあたりの置換基量(以降、カルボキシ基量(酸型)と呼ぶ)を示している。
〔基材からの剥離性〕
微細繊維状セルロース含有樹脂組成物溶液を、シートの仕上がり坪量が100g/m2となるように計量して、ガラス製シャーレ又はSUS製シャーレに流涎し、180℃の熱風乾燥機で5時間乾燥させた。その後、シートをガラス製シャーレ又はSUS製シャーレから剥離した。その際のシートの状態から剥離性を評価した。
○:シートに割れや裂けがなく、基材から剥離することが可能。
×:シートが基材に密着し、基材から剥離することが不可能であるか、もしくは、剥離時にシートに割れや裂けが発生する。
実施例で得られた微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートは、基材からの剥離性に優れていた。一方、比較例で得られた微細繊維状セルロース含有ポリイミドシートは、基材から剥離することができなかった。
なお、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の対イオンをポリエーテルアンモニウムとした場合には、微細繊維状セルロースの凝集物を得ることが困難であった。