以下、図面を参照して断熱性能診断装置10の構成について説明する。図1は、断熱性能の診断の様子を示すイメージ図である。断熱性能診断装置10は、ビルなどの建物100における断熱性能の劣化度合いを診断する装置である。図1では、説明を簡単にするために、単一の部屋のみを例示しているが、断熱性能診断装置10が対象とする建物100は、複数の階、複数の部屋を有したビルや工場などであってもよい。
後述するように断熱性能診断装置10は、診断対象の壁(以下「対象壁102」という)の内外面の温度分布を推定し、比較用温度分布として算出する。この比較用温度分布は、建物100が設計通りの断熱性能を維持している場合に得られるであろう温度分布、すなわち、理想の温度分布である。そして、断熱性能診断装置10は、対象壁102の内外面の実測温度分布と、この比較用温度分布と、の比較結果に基づいて、当該対象壁102の断熱性を診断する。実測温度分布は、例えば、赤外線カメラ110(サーモカメラ)等を用いて取得される。また、比較用温度分布は、固定値である建物仕様パラメータおよび変動値である熱環境パラメータの値に基づいて断熱性能診断装置10において算出される。ここで、熱環境パラメータは、温度センサや、日射センサ等のセンサで検知された環境計測値に加え、ビル管理システムで検知された、空調機の駆動状況や開口部(ドア等)の開閉状況、人員の入退室状況等を含んでもよい。この比較用温度分布(理想の温度分布)と実測温度分布との乖離が大きい場合には、建物100の断熱性能が低下していると判断できる。
図2は、断熱性能診断装置10の物理構成を示すブロック図である。図2に示すように、断熱性能診断装置10は、特定のプログラムに従って駆動する1以上のコンピュータで構築される。すなわち、断熱性能診断装置10は、図2に示すように、CPU12と、記憶装置14と、入力装置16と、出力装置18と、通信インターフェース(以下「通信I/F」という)20と、を備えており、これらが、バス22により接続されている。
CPU12は、各種演算を行なう。具体的には、CPU12は、必要に応じて、記憶装置14に記憶される断熱性能診断プログラムを読み込んで、断熱性能診断に必要な各種演算を行なう。このCPU12による処理の具体的内容については、後述する。
記憶装置14は、各種データ(プログラム含む)を記憶するもので、例えば、RAMやROMといった半導体メモリ、ハードディスクドライブ、ソリッドステートドライブ等を1以上組み合わせて構成される。この記憶装置14には、後述する断熱性能診断を行なうための断熱性能診断プログラムが記憶されている。また、記憶装置14には、建物の仕様や、断熱性診断時の熱環境、補正値、基礎情報等も記憶されている。
入力装置16は、オペレータからの操作指示およびデータ入力を受け付けるもので、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル、マイク等を1以上、組み合わせて構成される。出力装置18は、オペレータに各種情報を出力するもので、例えば、ディスプレイ、スピーカー等を1以上、組み合わせて構成される。
通信I/F20は、他の電子機器および情報端末とデータを遣り取りする。例えば、各種センサで検知された計測値、および、建物管理システムで検知された空調機の駆動状況等は、この通信I/F20を介して、断熱性能診断装置10に入力される。また、断熱性能診断装置10による診断結果は、この通信I/F20を介して、他の情報端末に送られてもよい。
なお、図2では、断熱性能診断装置10を、1台のコンピュータとして図示しているが、断熱性能診断装置10は、互いに通信可能な複数のコンピュータで構成されてもよい。したがって、例えば、断熱性能診断装置10は、メインコンピュータと、当該メインコンピュータと通信可能であるとともに断熱性能診断に必要な各種データを記憶したデータサーバと、で構成されてもよい。
図3は、断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。断熱性能診断装置10は、繰り返し述べるとおり、対象壁102の内外面を実際に測定して得られる実測温度分布と、断熱性能診断装置10で算出した比較用温度分布と、の比較に基づいて、断熱性能の劣化度合いを診断する装置である。この断熱性能診断装置10は、図3に示す通り、実測温度分布を取得する熱画像取得部24と、推定温度分布を算出する壁温度推定部26と、推定温度分布を補正して比較用温度分布を算出する補正部28等を有している。
熱画像取得部24は、対象壁102の内外面の温度を実測した実測温度分布を取得する。具体的には、熱画像取得部24は、赤外線カメラ110で撮像された熱画像を実測温度分布として取得する。熱画像は、周知の通り、物体から放射される赤外線から温度を特定し、この特定された温度に応じた画素値(色値または輝度値)で構成される画像である。したがって、熱画像の画素値は、当該画素に対応する範囲の温度と等価とみなせ、熱画像は、実測温度分布とみなせる。この熱画像(実測温度分布)は、オペレータが手動で撮影するようにしてもよいし、赤外線カメラ110を自動制御することで、自動で撮影されるようにしてもよい。
熱画像は、所定の分解能を有しており、各画素の画素値(色値または輝度値)は、当該画素に対応する区画の温度に応じて変化する。例えば、対象壁102の4m×4mの撮影範囲を画素数が8×8=64画素の赤外線カメラ110で撮影した場合、熱画像の1画素は、0.5m×0.5mの範囲の温度に対応した画素値(色値または輝度値)を有している。
壁温度推定部26は、推定条件に基づいて、対象壁102の内面および外面の温度分布を推定し、推定温度分布として機能する推定画像を出力する。より具体的には、壁温度推定部26は、各種物理法則に基づいて、対象壁102の熱モデルを構築し、この熱モデルに、推定条件を適用して、数値解析することで、対象壁102の温度分布を推定するもので、例えば、流体解析シミュレータ(CFD)である。
推定条件としては、推定画像(推定温度分布)の分解能、建物仕様パラメータ値、熱環境パラメータ値などが含まれる。推定画像の分解能は、熱画像の分解能と同じである。すなわち、熱画像の分解能が8×8=64画素の場合、推定画像の分解能も8×8=64画素となる。仕様記憶部32は、建物仕様パラメータの値を記憶しており、熱環境記憶部31は、熱環境パラメータの値を、一時記憶している。建物仕様パラメータは、建物の仕様を示すパラメータであり、その値が経時的に変化しないパラメータである。この建物仕様パラメータには、例えば、建物の立地条件(方位、標高など)、建物を構成する壁、床、天井、建具(窓、扉等)等の機械的構成(素材、厚み等)、建物内にある部屋および開口部(窓、ドア等)のサイズおよび位置、空調機および熱源の位置等が含まれる。
また、熱環境パラメータは、対象壁102周辺の熱環境を示すパラメータであり、その値が経時的に変化するパラメータである。この熱環境パラメータとしては、例えば、建物の外気温度、室内温度、日射量、室内発熱量等が含まれる。これら熱環境パラメータの値は、専用のセンサ114を用いて取得してもよいし、他の機器から提供されてもよい。例えば、外気温度や室内温度は、断熱性能診断のために設けられた専用の温度センサで取得されてもよいし、空調機に設けられた温度センサでの検知結果を建物管理システム112から提供されてもよい。また、日射量も専用のセンサで検知してもよいし、気象情報および建物の立地条件等から推定するようにしてもよい。また、室内発熱量は、例えば、建物管理システム112から提供される空調機の駆動状況、人の入退室状況等から取得される。こうした熱環境パラメータ値は、随時、取得され、熱環境記憶部31に一時記憶される。さらに、熱環境パラメータ値として、開口部(ドア、窓等)の開閉回数が含まれてもよい。壁温度推定部26は、この開口部の開閉回数に基づいて漏れ熱量を推定し、その漏れ熱量を推定画像に反映させてもよい。本例では、こうした熱環境パラメータ値は、可能な限り、建物管理システム112から提供される構成としている。かかる構成とすることで、専用のセンサが不要となり、断熱性診断に必要なコストを低減できる。
補正部28は、補正値記憶部30に記憶された補正値に基づいて、推定画像(推定温度分布)を補正して、比較用画像(比較用温度分布)を算出する。すなわち、上述したとおり、壁温度推定部26は、推定条件(仕様パラメータ値、熱環境パラメータ値)に基づいて、対象壁102の内外面の推定画像(推定温度分布)を推定する。ただし、壁温度推定部26から出力される推定画像には、モデル化誤差や、熱環境パラメータ値の計測ポイントの不足などに起因する推定誤差がある。この推定誤差が大きいと、断熱性能の劣化度合いを適切に診断できない。そこで、補正部28は、こうした推定誤差を相殺または低減するように推定画像を補正する。この補正部28による具体的な処理について、図4〜図6を参照して説明する。
図4は、補正値記憶部30に記憶されている補正値テーブル40のイメージ図である。図4に示す補正値テーブルは、8×8=64画素の推定画像を補正するための補正値を記録したテーブルである。この図4から明らかなとおり、本例において、補正値は、画素ごとに設定されており、8列8行の行列として記憶されている。
補正部28は、補正値記憶部30に記憶されている各画素の補正値を、推定画像の各画素値に加算することで、比較用画像を算出する。例えば、対象壁102の内面推定画像のx列y行の画素値をE_TIx,y、x列y行の補正値をc_TIx,yとした場合、補正部28は、内面比較用画像のx列y行の画素値C_TIx,yを、C_TIx,y=E_TIx,y+c_TIx,yとして算出する。そして、同様の演算を、全ての画素について行なうことで、比較用画像が算出される。
ここで、補正値は、壁温度推定部26による推定誤差を相殺または低減するものであるが、この推定誤差は、対象壁102ごとに異なる。そのため、補正値は、対象壁102ごとに設定されている。また、同じ対象壁102であっても、推定時の熱環境によっても、推定誤差は変化する。そこで、本例では、熱環境パラメータ値に応じて、複数の熱環境グループを設定し、この熱環境グループごとに補正値を設定している。
補正値記憶部30には、熱環境グループと、この熱環境グループに含まれる熱環境との対応関係を示す熱環境データテーブル42も記憶されている。図5は、熱環境データテーブル42の一例を示す図である。後に詳説するように、補正値は、建物が劣化していない初期期間中に収集された熱画像(実測温度分布)および推定画像(推定温度分布)に基づいて学習される。補正値記憶部30には、この学習に用いられた熱画像および推定画像を取得した際の熱環境(熱環境パラメータ値のセット)と、当該熱環境が属する環境グループと、が対応付けられて熱環境データテーブル42として記憶されている。なお、この熱環境データテーブル42は、対象壁102ごとに用意されている。補正部28は、この熱環境データテーブル42を参照して、新たに生成された推定画像の補正に用いる補正値を特定する。
図6は、補正部28による推定画像の補正の流れを示すフローチャートである。断熱性診断のために推定画像が生成されれば(S10)、補正部28は、熱環境データテーブル42の中に、現在の熱環境と類似する熱環境があるか否かを判断する(S12)。判断の結果、類似する熱環境が存在する場合は、その熱環境が属する熱環境グループを特定し、その熱環境グループに対応する補正値を取得する(S14)。そして、この取得された補正値を、推定画像の各画素に加算することで、推定画像を補正した補正画像を生成する(S16)。補正画像が得られれば、補正部28は、この補正画像を、比較用画像として出力する(S18)。一方、ステップS12で類似の熱環境が見つからなかった場合、補正部28は、推定画像を、比較用画像として出力する(S19)。このように、推定画像を、対象壁102ごと、かつ、熱環境グループごとに設定された補正値で補正することにより、推定精度をより向上でき、ひいては、断熱性能診断の精度をより向上できる。
次に、再び、図3を参照して、断熱性能診断装置10の機能構成を説明する。比較部33は、比較用画像(比較用温度分布)と、熱画像(実測温度分布)と、を比較し、その両画像の類似度に基づいて、対象壁の断熱性能を診断する。すなわち、補正部28から出力される比較用画像は、対象壁102が、設計時の断熱性能を具備(仕様記憶部32に記憶された仕様パラメータ値を維持)している場合に得られるであろう理想の温度分布とみなすことができる。したがって、この比較用画像と、実測温度分布である熱画像と、が一致または類似している場合には、対象壁102は、設計通りの断熱性能を有していると診断できる。一方で、比較用画像と熱画像との相違が大きい場合(類似度が小さい場合)には、対象壁102の断熱性能は、設計時に比べて劣化していると診断できる。つまり、両画像の類似度は、対象壁102の断熱性能の劣化度合いを示す指標となる。建物の管理者は、この類似度(断熱性能の劣化度合い)に基づいて、建物の補修・改修などの判断を行なうことができる。
ここで、比較用画像と熱画像との類似度は、種々の公知の技術を用いて算出できる。例えば、比較部33は、比較用画像と熱画像それぞれの温度領域におけるヒストグラムを生成し、ヒストグラム成分ごとのハミング距離を、類似度を表す指標として算出してもよい。この場合、ハミング距離(類似度)が小さいほど、両画像が類似しており、断熱性能の劣化度合いが小さいと評価できる。また、別の形態として、比較部33は、画素ごとに比較用画像の画素値と熱画像の画素値との誤差を参照し、この誤差の二乗平均平方根を、類似度を表す指標として算出してもよい。この場合、二乗平均平方根(類似度)が小さいほど、両画像が類似しており、断熱性の劣化度合いが小さいと評価できる。比較部33によって算出された類似度(劣化度合い)は、出力記憶部34に記憶され、保存される。
断熱性能診断装置10には、さらに、補正値算出部36および基礎情報記憶部38が設けられている。基礎情報記憶部38は、建物の断熱性能が劣化していない初期期間中に取得された推定画像、熱画像、熱環境パラメータ値を、基礎情報として記憶している。補正値算出部36は、この基礎情報記憶部38に記憶された基礎情報に基づいて、補正値を算出する。この基礎情報および補正値の算出について説明する。
既述したとおり、基礎情報は、初期期間中に取得された推定画像、熱画像、熱環境パラメータ値を含む。ここで、初期期間とは、建物の断熱性が劣化していない期間である。すなわち、建物は、建設後、徐々に、その性能が劣化していくが、通常、建設から数年間は、建設当時と同等の断熱性能を維持する。この建設当時と同等の断熱性能を維持する期間を、本例では、初期期間とし、この初期期間中に取得された推定画像および熱画像に基づいて補正値を学習する。いわば、初期期間は、補正値学習の学習期間であるといえる。この初期期間(学習期間)は、断熱性能劣化の影響を避けるためには短いほど望ましいが、学習の精度向上のためには、長いほど望ましい。そこで、初期期間は、断熱性能劣化の影響を避けつつ、学習の精度向上のために、1年以上3年未満とすることが望ましい。特に、初期期間を1年以上とすれば、春夏秋冬それぞれの季節での温度分布(推定画像、熱画像)を得ることができるため、補正値の精度をより向上できる。
初期期間中、壁温度推定部26および熱画像取得部24は、定期的に、または、不定期的に推定画像および熱画像を取得する。この画像の取得タイミングは、様々な熱環境下での画像が得られるように、設定されることが望ましい。初期期間中に取得された推定画像、熱画像、および、これら画像を取得した際の熱環境パラメータ値は、互いに対応付けられて基礎情報として、基礎情報記憶部38に記憶される。例えば、基礎情報記憶部38には、図7に示すような基礎情報テーブル44が記憶される。基礎情報テーブル44には、画像を取得した日時であるサンプリング日時44aと、その際の熱環境パラメータ値44bと、各画像データのアドレス44cと、が記録されている。なお、図7において、E_TI,E_TO,A_TI,A_TOは、それぞれ、対象壁102の内面推定画像、外面推定画像、内面熱画像、外面熱画像を意味している。
補正値算出部36は、このようにして収集された基礎情報に基づいて、補正値を算出する。ここで、既述したとおり、初期期間は、建物の断熱性能が劣化していない期間である。そのため、初期期間中に取得された熱画像(実測温度分布)は、対象壁102が、設計時の断熱性能を具備(仕様記憶部32に記憶された仕様パラメータ値を維持)している場合に得られるであろう、理想の温度分布を示していると言える。換言すれば、この初期期間中の熱画像(理想の温度分布)と、推定画像と、の誤差は、壁温度推定部26の推定誤差であると言える。そこで、補正部28は、初期期間中の熱画像と推定画像との誤差を求め、この誤差を相殺または低減する値を補正値として算出する。この補正値の算出の流れについて図8を参照して説明する。
図8に示すように、基礎情報が収集できれば、補正値算出部36は、基礎情報に含まれる推定画像および熱画像を、取得時の熱環境パラメータ値に基づいて、いくつかの熱環境グループGn(n=1,2,・・・,N)に分ける(S20)。そして、n=1にセットしたうえで(S22)、熱環境グループGnに含まれる推定画像および熱画像を読み込む(S24)。
ここで、熱環境グループGnには、M個の内面推定画像、M個の内面熱画像、M個の外面推定画像、M個の外面熱画像が含まれる(Mは1以上の整数)。補正値算出部36は、このM個の推定画像および熱画像の画素値の差の平均を、画素ごとに求める(S26)。具体的には、m個目の内面推定画像および内面熱画像のx列y行の画素値を、それぞれ、E_TI
x,y(m)、A_TI
x,y(m)とした場合、x列y行の画素値の誤差平均値AveI
x,yを、以下の式に基づいて算出する。
同様に、m個目の外面推定画像および外面熱画像のx列y行の画素値を、それぞれ、E_TO
x,y(m)、A_TO
x,y(m)とした場合、x列y行の画素値の誤差平均値AveO
x,yは、以下の式に基づいて算出される。
このようにして得られた誤差平均値AveIx,y,AveOx,yは、実測値と推定値との差、すなわち、推定誤差の平均値とみなせる。そこで、補正値算出部36は、この誤差平均値を、当該画素の補正値として補正値記憶部30に記憶する(S28)。すなわち、上記の式で算出された誤差平均値AveIx,yを、熱環境グループGnにおける内面推定画像のx列y行の補正値として記憶し、誤差平均値AveOx,yを、熱環境グループGnにおけるx列y行の補正値として記憶する。
一つの熱環境グループGnについて補正値が算出できれば、nをインクリメントしたうえで(S32)、ステップS24〜S28を繰り返す。そして、全ての熱環境グループについて補正値を算出できれば(ステップS30においてn=Nに達すれば)、補正値算出の処理は、終了となる。
以上の説明から明らかなとおり、本例によれば、対象壁102の理想の温度分布を比較用温度分布(比較用画像)として断熱性能診断装置10で算出し、この比較用温度分布(比較用画像)と実測温度分布(熱画像)との比較に基づいて、対象壁102の断熱性能を診断している。かかる構成とすることで、室内外の温度差が定常状態にない場合であっても、断熱性能を診断できる。
また、本例では、初期期間中に取得された実測温度分布(熱画像)および推定温度分布(推定画像)に基づいて、推定誤差を相殺または減少させる補正値を算出し、この補正値に用いて断熱性診断のために算出された推定温度分布(推定画像)を補正し、比較用温度分布(比較用画像)を算出している。これにより比較用温度分布の精度、ひいては、断熱性能の診断精度をより向上できる。
また、本例では、補正値を、熱環境グループごとに、また、画素ごとに設定している。そのため、比較用温度分布の精度、ひいては、断熱性能の診断精度をより向上できる。ただし、少なくとも、基礎情報に基づいて算出されるのであれば、補正値は、熱環境グループごとに設定されていなくてもよい。
また、補正値は、初期期間中に取得された推定画像と熱画像との誤差を相殺できる値であれば、その算出方法は、適宜、変更されてもよい。例えば、上述の例では、画素値の誤差平均値を補正値として用いているが、補正値は、画素値の誤差を代表する統計値であれば、他の値でもよい。例えば、画素値の誤差の中央値や、最頻値を補正値としてもよい。また、上述の例では、初期期間中の推定画像と熱画像との画素値の差分に基づいて補正値を算出しているが、差分ではなく、両画像の画素値の比率に基づいて補正値を算出してもよい。例えば、初期期間中の熱画像の画素値を、推定画像の画素値で割った値(比率)の平均値を、補正値として算出してもよい。この場合、補正部28は、推定画像の画素値に、補正値を加算するのではなく、乗算すればよい。
また、補正値は、画素ごとではなく、より大きい単位ごとに設定されてもよい。例えば、補正値は、推定画像を4つに区分したエリアごとに設定されてもよい。また、別の形態として、補正値は、一つの推定画像について一つ設定されてもよい。
次に、他の形態について説明する。図9は、他の断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。この断熱性能診断装置10は、補正値算出に用いる推定画像および熱画像を、その画像取得時の熱環境に基づいて重み付けする重み付け部46を有する点で、図3の診断装置と相違する。すなわち、この断熱性能診断装置10は、熱環境が定常的な状態で取得された推定画像および熱画像の重みを重くする。
具体的に説明すると、この断熱性能診断装置10は、初期期間中に、定期的に、熱環境パラメータ値を取得し、取得した値を熱環境ログデータとして基礎情報記憶部38に記憶する。この熱環境ログデータのサンプリング周期は、推定画像および熱画像のサンプリング周期と同じ、または、小さいことが望ましい。
重み付け部46は、M−1回目の画像取得時からM回目の画像取得時までの期間における熱環境パラメータ値の変動度合いに基づいて、M回目の画像の重みを決定する。例えば、図7に示すような基礎情報が収集された場合において、2017年7月10日17:20に取得された画像の重みは、その一つ前の画像取得時である2017年7月10日13:45から2017年7月10日17:20までに取得された熱環境パラメータ値の変動度合いに基づいて決定する。変動度合いの算出方法としては、種々考えられるが、本例では、前回パラメータ値との差が規定未満となった回数を、変動度合いの評価値としている。
例えば、2017年7月10日の熱環境ログデータ48として、図10に示すデータが取得されたとする。また、規定値として1℃が設定されたとする。この場合において、2017年7月10日17:20の画像の重み付けを決定する場合、重み付け部46は、13:45〜17:20までに取得された熱環境パラメータ値、すなわち、14時、15時、16時、17時に取得された熱環境パラメータ値それぞれについて、前回の熱環境パラメータ値との差を算出する。そして、得られた差が、規定値未満となる回数を、その区間の変更評価値としている。図10の例では、14時から17時までの区間において、熱環境パラメータ値である外気温度の単位時間当たりの変動量が、規定値である1度未満となるのは、14時および15時の2回であるため、変動評価値は、「2」となる。さらに、この変動評価値を、その区間のサンプル数で割って正規化した値が、重み係数となる。図10の例では、2017年7月10日17:20に取得された画像の重み係数は、2/4=0.5となる。
同様に、2017年7月10日22:00に取得された画像の重み係数は、18時、19時、20時、21時、22時の外気温度の変動量に基づいて決定されるもので、変動評価値は「4」、重み係数は、4/5=0.8となる。
重み付け部46は、上記の手順で、基礎情報を構成する各画像の重み係数を算出する。算出された重み係数は、基礎情報を構成する各画像と関連付けられて基礎情報記憶部38に記憶される。図11は、基礎情報記憶部38に記憶される重み係数テーブル50の一例を示す図である。
図12は、重み付け部46による重み付け処理の流れを示すフローチャートである。図12に示すように、重み付け部46は、まず、M−1回目の画像取得時からM回目の画像取得時までの間に熱環境データログとして収集された熱環境パラメータ値をP(0)〜P(N)として読み込む(S36)。続いて、演算用パラメータi,kをゼロに初期化する(S38)。次に、重み付け部46は、i−1番目とi番目の熱環境パラメータ値の変動量ΔP(i)を算出する(S40)。すなわち、ΔP(i)=|P(i)−P(i−1)|の演算を行なう。続いて、重み付け部46は、得られた変動量ΔP(i)を、規定の基準値ΔP_defと比較する(S42)。比較の結果、変動量ΔP(i)が、基準値ΔP_def未満の場合、変動評価値kに1を加算する(S44)。一方、ΔP(i)≧ΔP_defの場合、変動評価値kに1を加算することなく、ステップS46に進む。
ステップS46では、パラメータiが、区間のサンプル数Nに達したか否かを確認する(S46)。確認の結果、i<Nであれば、パラメータiをインクリメントしたうえで(S48)、ステップS40に戻る。一方、i=Nであれば(S46でYes)、重み付け部46は、変動評価値kを、サンプル数Nで割った値K=k/Nを、M回目の画像の重み係数として基礎情報記憶部38に記憶する(S50)。
次に、各画像を重み付けした場合の補正値算出処理について図13を参照して説明する。この場合、補正値算出部36は、図8の場合と同様に、基礎情報として取得した画像のグループ分け(S20)、パラメータnの初期化をした後(S22)、グループGnの画像セットを読み込む(S24)。続いて、補正値算出部36は、実測温度と推測温度との差分の加重平均値を画素ごとに算出する(S26*)。すなわち、式2、式4に替えて、以下の式5、式6で加重平均値WAveI
x,y、WAveO
x,yを算出する。なお、式5、式6においてKmは、m番目の画像の重み係数を意味している。
加重平均値が得られれば、補正値算出部36は、上記の式で算出された加重平均値WAveIx,yを、熱環境グループGnにおける内面推定画像のx列y行の補正値として記憶し、加重平均値WAveOx,yを、熱環境グループGnにおけるx列y行の補正値として記憶する(S28*)。そして、一つの熱環境グループGnについて補正値が算出できれば、nをインクリメントしたうえで(S32)、ステップS24〜S30を繰り返す。そして、全ての熱環境グループについて補正値を算出できれば(ステップS30においてn=Nに達すれば)、補正値算出の処理は、終了となる。
以上の説明から明らかなとおり、本例では、熱環境が定常状態に近いほど重み係数が大きくなるように、熱画像・推定画像を重み付けしたうえで、補正値を算出している。かかる構成とするのは、定常状態に近いほど、データに含まれる誤差が少なく、信頼性が高いためである。そして、信頼性の高いデータの重み係数を大きくすることで、より正確な補正値を求めることができ、比較用温度分布の精度、ひいては、断熱性能の診断精度をより向上できる。
次に、他の形態について説明する。図14は、他の断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。この断熱性能診断装置10は、補正値を、リカレントニューラルネットワーク等の機械学習モデルを利用して算出する点で、図3の診断装置と相違する。すなわち、この断熱性能診断装置において、補正値算出部36は、機械学習モデル52を有している。補正値算出部36は、基礎データとして収集された熱環境パラメータ値の数値列、推定画像の画素値の数値列、熱画像の画素値の数値列を連結した数値列をベクトルデータとして、機械学習モデル52に入力する。機械学習モデル52は、入力されたベクトルデータに基づいて学習し、推定画像を入力、比較用画像を出力とする補正モデルを構築する。構築された補正モデルは、補正値記憶部30に記憶される。
補正部28は、壁温度推定部26で算出された推定画像を、この補正モデルを用いて補正する。具体的には、補正部28は、壁温度推定部26で算出された推定画像の画素値の数値列、画像取得時の熱環境パラメータ値の数値列を、この補正モデルに入力する。数値列を入力することにより補正モデルは、比較用画像の画素値の数値列を出力する。補正部28は、この出力された数値列に基づいて、補正用画像を構築し、比較部33に送る。
このように推定画像の補正に機械学習モデルを用いることで、比較用温度分布の精度、ひいては、断熱性能の診断精度をより向上できる。
次に、他の形態について説明する。図15は、他の断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。この断熱性能診断装置10は、補正部28が、壁温度推定部26から出力された推定画像ではなく、壁温度推定部26に入力される推定条件、特に、仕様パラメータ値を補正する点で、図3の診断装置と相違する。
具体的には、この断熱性能診断装置10において、補正値算出部36は、初期期間中に取得された熱画像および熱環境パラメータ値に基づいて、仕様パラメータ値を補正する補正値を算出する。断熱性能診断のために推定画像を算出する際、補正部28は、壁温度推定部26に入力する仕様パラメータ値を補正する。
こうした仕様パラメータ値を補正する補正値は、例えば、初期期間中に、熱画像と類似する推定画像が得られるまで、壁温度推定部26に入力する仕様パラメータ値を徐々に変更することで得られる。すなわち、補正値算出部36は、初期期間中に熱画像が得られれば、当該熱画像取得時の熱環境パラメータ値と、仕様パラメータ値を仮の補正値で補正した補正後仕様パラメータ値と、を壁温度推定部26に入力して、推定画像を取得する。推定画像が得られれば、補正値算出部36は、当該推定画像と熱画像とを比較し、両者が一定以上、類似しているか否かを判定する。なお、この類似度の判定は、比較部33における比較用画像と熱画像との類似度判定と同様の技術を用いることができる。すなわち、推定画像と熱画像それぞれの温度領域におけるヒストグラムを生成し、ヒストグラム成分ごとのハミング距離を類似度を表す指標として算出してもよい。また、推定画像と熱画像の画素値の誤差の二乗平均平方根を類似度を表す指標として算出してもよい。判定の結果、両者が類似していれば、その時点での仮の補正値を、補正値として熱環境パラメータ値と関連付けて記憶する。一方、推定画像と熱画像が類似していない場合、補正値算出部36は、仮の補正値を変更したうえで、再度、壁温度推定部26に熱環境パラメータ値および補正後仕様パラメータ値を入力して、推定画像を取得する。そして、最終的に、熱画像と類似した推定画像が得られるまで、この手順を繰り返す。こうした補正値の算出には、例えば、遺伝的アルゴリズム等を利用してもよい。
次に、他の形態について説明する。図15は、他の断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。この断熱性能診断装置10は、熱画像の撮影可能エリアを提示するエリア提示部54を有する点で、図3の断熱性能診断装置10と異なる。
適切に断熱性能を診断するためには、推定画像が表す領域と、熱画像が撮像した領域は、同一である必要がある。例えば、推定画像が、ある対象壁の中央4×4の領域の温度分布を示す場合、熱画像は、同じ対象壁の中央4×4の領域を撮像した画像であることが望まれる。ここで、推定画像が表す領域は、コンピュータ上で指定するだけであるため、自由に調整できる。一方、熱画像の撮像領域は、赤外線カメラ110の位置および画角によって決まるが、所望の撮像領域を撮影できる撮影ポイントを、人が特定することは困難であった。そこで、図16に示す断熱性能診断装置10では、所望の撮像領域を赤外線カメラ110で撮影可能なエリアを撮影可能エリアとして算出し、オペレータに提示するエリア提示部54を設けている。
より具体的には、オペレータは、熱画像として撮影したい撮影領域と、撮影に用いる赤外線カメラ110の画角と、を断熱性能診断装置10に入力する。なお、熱画像の撮影領域は、壁温度推定部26で算出される推定画像が表す領域と同じであるため、オペレータが入力するのではなく、壁温度推定部26から自動的に入力されるようにしてもよい。エリア提示部54は、指定された撮影領域と赤外線カメラ110の画角、許容可能な歪み量等に基づいて、熱画像の撮影が可能なエリアを計算し、オペレータに提示する。
図17は、エリア提示部54による撮影可能エリアの提示例を示す図である。図17において、黒塗りした範囲が、指定された撮影領域58であり、薄墨ハッチングを施した範囲が、当該撮影領域を撮影可能な撮影可能エリア60である。図17では、撮影可能エリア60は、扇形となっているため、当該扇形の内径R1、外径R2、中心角α等の数値もオペレータに提示される。
このように断熱性能診断装置10において、熱画像の撮影可能エリアを演算し、オペレータに提示することで、熱画像取得の手間を軽減できる。
次に、他の形態について説明する。図18は、他の断熱性能診断装置10の機能ブロック図である。この断熱性能診断装置10は、発熱体の位置を解析する解析部62を有する点で、図3の断熱性能診断装置10と異なる。
すなわち、建物内には、複数の発熱体、例えば、エアコン室内機や、照明、人等が存在する。壁温度推定部26による推定精度、あるいは、補正値算出部36で算出される補正値の精度を向上させるためには、発熱体の発熱量および位置も、熱環境パラメータの一種として収集することが望ましい。ここで、エアコン室内機や照明などの建物の設備となっている発熱体の位置は、既知であり、通常、建物管理システム112において把握されている。一方、建物管理システム112が位置を特定できない発熱体も多い。例えば、オフィスビルにおいて、当該オフィスに勤務する社員(人)も発熱体である。こうした社員の有無は、入退室記録を参照することで、把握できるが、入室した社員の位置は、建物管理システム112で把握することはできない。しかし、一般に、社員は、自身の座席にいることが多く、その座席位置は、ほぼ一定となっている。
そこで、解析部は、初期期間中に取得できた熱画像に基づいて、建物管理システム112で位置把握できない発熱体の位置を解析する。具体的には、解析部62は、初期期間中に、熱画像と、当該熱画像のサンプリング時における各種熱環境パラメータの値と、を収集する。このとき熱環境パラメータとして、図7に示すような温度や日射量に加え、発熱体の発熱量も収集し、基礎情報記憶部38に記憶する。
図19は、発熱体の発熱量の記録の一例を示す図である。図19に示すように基礎情報記憶部38には、サンプリング日時ごとに、発熱体の発熱量と、その位置と、が記録されている。ここで、エアコン室内機の発熱量は、エアコンの駆動状態(冷房量、暖房量等)から特定できる。また、照明の発熱量は、照明のオン/オフ状態から特定できる。社員Aの発熱量は、当該社員Aの入退室記録と、一般的な人の発熱量と、で特定できる。また、エアコン室内機や照明等のビル設備の配置は、当該ビルの設備図などから特定できる。一方、社員Aの配置は、建物管理システム112で把握することはできないため、初期状態では、空欄のままとなっている。
初期期間中に複数の熱画像が取得できれば、解析部62は、当該熱画像および熱画像取得時の熱環境パラメータ値に基づいて、位置不明な発熱体(例えば社員A)の配置を解析する。図20は、発熱体の配置解析の流れを示すフローチャートである。
解析部62は、まず、配置を特定したい発熱体を仮位置に配置する(S52)。そして、その仮位置も含めた熱環境パラメータ値を壁温度推定部26に入力し、各熱画像に対応する推定画像を算出する(S54)。推定画像が算出できれば、解析部62は、複数の熱画像と、複数の推定画像とを比較する(S56)。比較の結果、両者が類似している場合(例えば、画素値の誤差の二乗平均平方根値が規定値未満)、発熱体の配置が適切であるとして、現在の仮位置を、発熱体の位置として記憶する(S60)。一方、両者が類似していない場合、仮位置を修正したうえで(S58)、ステップS54に戻る。そして、両画像が十分に類似するまで、ステップS54〜S60を繰り返す。
このように発熱体の配置を、初期期間中に取得された熱画像に基づいて解析して推定することで、推定画像の推定精度を向上できる。なお、こうした発熱体の仮位置の決定には、例えば、遺伝的アルゴリズムを用いてもよい。
また、このように発熱体の位置を特定しても、推定画像と熱画像との間には、誤差が残ることが予想される。したがって、発熱体の位置を特定する場合でも、これまで説明した形態と同様に、補正値算出部36は、誤差を相殺または減少する補正値を算出し、補正部28は、この補正値に基づいて断熱性能診断に用いる推定画像を補正する。