2005年にBoydらがJAMAに発表している(非特許文献1)ように、同時に2種類以上の慢性疾患が併存することを多疾病罹患(Multimorbidity)と定義されている。アメリカにおいて2008年中に継続してメディケアに加入していた30,923,846人の67%が多疾病罹患であり、複数の慢性疾患の罹患率は年齢と共に増加し、85才以上では81.5%であったと報告されている(非特許文献2)。英国において40種類の限られた慢性疾患に絞って、多疾病罹患の頻度を調べたところ、42.2%が1種類の疾患のみで、23.2%が2種類以上の疾患を有する多疾病罹患の状態であったと報告されている(非特許文献3)。その結果として複数の慢性疾患が存在すると服薬数が多くなるのは当然であり、自治医科大学のFushikiらによる700例の高齢者の検討によると平均年齢79.5才の男女で平均服薬数が6.36剤であり、5剤以上の多剤投与(polypharmacy)は63%であったと報告されている(非特許文献4)。加えて、Greenらのコホート研究によれば多疾病罹患患者において処方医が1人増えると薬剤有害事象が29%増加すると報告されている(非特許文献5)。つまり、多疾病罹患がポリファーマシーの最大の原因であり、ポリファーマシーは薬剤に因る副作用の増加、薬剤費および医療費上昇の最大の原因であるため全世界的に問題となっている。現在、単一の慢性疾患に対するガイドラインは多数のそれぞれの慢性疾患に対し存在しているが、単一の慢性疾患に対するガイドラインは多疾病罹患には適応がないため現在存在しているそれぞれのガイドラインを使うことができない。複数の合併疾患がある場合の推奨の記述があるのは糖尿病と狭心症だけであるが、多疾病罹患状態に対する的確なガイドラインは存在していないのが現状である。実際に多疾患罹患にどのように対処するかという研究が必要であるが(非特許文献6)、ジョンズ・ホプキンス医大学のホームページには、多疾病罹患の予防策の研究を促進すべきことを強調している(非特許文献7)。
日本においても、日本人間ドック学会の統計によれば、基本項目すべてに異常のないスーパーノーマルは、集計の開始された1984年においては29.8%であったにもかかわらず、毎年減少し2014年には6.6%と過去最低であったと報告されており(非特許文献8)、多疾病罹患は確実に増加していると考えられ、その対策の開発が急務である。
認知症は、後天的原因により生じる知能の障害であり、アルツハイマー型認知症、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症の混合型、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、正常圧水頭症、前頭側頭葉症候群などに大別される。老年期の認知症性疾患の主なものはアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症であり、両者で75%〜80%を占めるとされ、アルツハイマー型認知症が優位に高率とされている。30才以上の認知症の有病率は、欧米や西太平洋先進地域において4〜6%と報告されているが、85才以上の高齢者になると20%〜33%に増加する。今後460万人/年の割合で認知症患者は増え続け、2020年には4230万人に、2040年では8110万人に増加すると推計され、認知症は世界中で今後急速に増加すると考えられる(非特許文献9)。つまり、アルツハイマー型認知症は、増加してきているが、正常圧水頭症、脳血管性認知症を除きアルツハイマー型認知症をはじめ認知症に対する治療は、原因が確定されていないため現在においても治療法は確立されていないことが最大の問題である。
また、軽度認知障害mild cognitive impairment (MCI)は、1999年にPetersenらにより提唱された概念であり(非特許文献10)、2003年にPetersenらにより新たな提唱された診断基準(非特許文献11)が現在、軽度認知障害(MCI)の診断に用いられている。つまり、軽度認知障害は、本人や家族から認知機能低下の訴えがあり、認知機能は正常ではないが認知症の診断基準も満たさず、複雑な日常生活動作に最低限の障害はあっても,基本的な日常生活機能は正常であることとされている。つまり、軽度認知障害(MCI)においては、認知症の行動・心理症状behavior and psychological symptoms of dementia(BPSD)は全く認められない。PetersenらがMayoクリニックで彼らの基準によるMCIの対象を15年以上に渡って追跡調査した結果、1年あたり平均12%の割合で認知症あるいはprobable ADへと進行し、6年で約80%が認知症に至ったと報告されている(非特許文献12)。この結果より、軽度認知障害(MCI)を改善できれば、当然アルツハイマー型認知症に進行する患者は少なくなると考えられる。しかし、2005年にMCI対するドネペジル塩酸塩による治験の成績が報告され、ドネペジル塩酸塩の服用によって1年間であれば有意に認知症への進行を抑制できるが、しかしその後は進展防御の効果はないことが報告され(非特許文献13)、ドネペジル塩酸塩を投与しても認知機能低下は結局は1年後には無治療状態と同様の経過をたどる。つまり、アルツハイマー型認知症の認知機能を改善する有効な薬剤が開発さていないのと同じように、軽度認知障害(MCI)においても認知機能低下を改善する有効な薬剤は開発できていない(非特許文献14)。
アルツハイマー型認知症または軽度認知障害においても多疾病罹患が起こり易く、自律神経障害としての便秘、過活動膀胱が高率に合併する。つまり、通常の慢性便秘の頻度は、systematic reviewによれば0.7〜79%(中央値16%)と報告されているが(非特許文献15)、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害患者はその殆どが高齢であるため便秘症は頻繁に見られる合併症である。介護施設、在宅高齢者7758人における認知障害は73.7%であり、便秘症は1967人(25.4%)であったと報告されている(非特許文献16)。
また、過活動膀胱は、Irwinらは18歳以上の一般住民の11.8%が過活動膀胱であり、年齢と共にその発生頻度は高くなる(非特許文献17)と報告しており、失禁は高齢者で非常に多く、在宅高齢者の5-10%、施設入居高齢者の約50%に認められると報告されている(非特許文献18)。さらに、アルツハイマー型認知症においてその44%が過活動膀胱の診断基準の一つである夜間頻尿を起こすことが報告されている(非特許文献19)。
さらに、アメリカの健康栄養調査(NHANES)によると、アメリカにおける慢性腎臓病(CKD)患者数は成人人口の約13%であり、日本においても慢性腎臓病(CKD)患者数は成人人口の13%を占めており1300万人と報告されており(非特許文献20)、Cardiovascular Health Cognition Studyにおいては中等度の腎機能障害があると認知症発症が37%増加することが示された(非特許文献21)。さらに、アルツハイマー型認知症患者の大部分が高齢であるため年齢的に腎機能が低下し易く慢性腎臓病(CKD)が合併しやすい。
つまり、アルツハイマー型認知症、および、軽度認知障害には、自律神経障害による便秘症、過活動膀胱が高率に合併し、慢性腎臓病も高頻度に合併が見られ多疾病罹患が高頻度に認められる。しかし、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害において、これらの合併疾患とのどのような組み合わせにも有効なガイドラインは全く存在しておらず、この多疾病罹患に対する特異的な治療薬は存在していない。
アルツハイマー型認知症の治療としては、薬物は3種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル塩酸塩,ガランタミン,リバスチグミン)と1種類の低親和性N-メチル-D-アスパラギン受容体拮抗薬(メマンチン)のみであるが,これらは症状改善薬でありいずれも認知機能に対する効果は一過性でアルツハイマー病型認知症の進行を抑制することはできず根本的な治療効果が期待されるものではない。アルツハイマー型認知症の原因が、βアミロイドであるという仮説により作成されたアミロイド能動ワクチンによる根本的な治療としての治験は髄膜脳炎のために中止された。その後の経過で脳のアミロイドβ蓄積は軽減されていたが、認知症の進行抑制はできなかったことが示された(非特許文献22)。
現在一般的に用いられているアルツハイマー型認知症治療薬自体に便秘、頻尿、尿失禁の副作用が存在している。そして、過活動膀胱治療薬においてはミラベグリン以外の過活動膀胱治療薬には便秘の副作用があり、ソリフェナシン、ミラベグロンにはクレアチニン上昇の副作用がある。結果として、便秘症、過活動膀胱、慢性腎臓病を高率に合併するアルツハイマー型認知症、および軽度認知障害の治療は非常な困難を伴い多剤投与となりやすい。
現在も、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害の患者に便秘、過活動膀胱、慢性腎臓病などが合併する場合、それぞれに対する薬剤が何の躊躇もなく投与され多剤投与となっている。そのため、副作用が複雑となり、副作用発生の頻度が増加することになる。薬剤の相互作用においては、2剤までしか研究されておらず多剤投与における相互作用、副作用は予想することが困難であることも問題である。
漢方薬治療においては、紀元3世紀初頭に記された金匱要略(Jingui Yaolue)において認知症に対して防已地黄湯を投与するように処方を示している。しかし、研究の結果、アルツハイマー型認知症に対しての漢方薬投与は認知症の行動・心理症状behavior and psychological symptoms of dementia(BPSD)などの症状改善はあるが,長期的に認知機能を改善する根本的な治療効果のある漢方薬は存在していないとされている。アルツハイマー型認知症に対して最も多く用いられる抑肝散は、BPSDに対して投与されており(非特許文献23)、日本神経学会認知症疾患治療ガイドライン2017にはレビー小体型認知症のBPSD抑制のために用いることが記載されている(非特許文献24)。また、抑肝散のみではBPSD抑制効果が得られない場合、脳血管障害性認知症に対して用いられる黄連解毒湯を追加投与することによりBPSD抑制があったが認知機能の改善は示されていない(非特許文献25)。つまり、これは認知機能の改善ができないばかりでなく、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害に高頻度に合併する他の疾患である便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病を1剤で軽快させることを目的とする薬剤とは全くかけ離れて無関係であり別次元のものである。半夏白朮天麻湯を投与し認知機能が改善したとの報告はあるが(非特許文献26)、観察期間が4週間でありドネペジル塩酸塩と同様一時的なものと考えられる以上にアルツハイマー型認知症に高頻度に合併する疾患である便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病を軽快させることはできない。つまり、アルツハイマー型認知症、および軽度認知障害の認知機能改善薬を開発するために1700年もの非常に長い期間研究しているにもかかわらず、漢方薬では認知機能を改善する薬物の開発は困難を極めており、さらにはアルツハイマー型認知症、および軽度認知障害に高頻度に合併する便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病の多疾病罹患を一剤で改善する薬剤を当業者の誰ひとりとして開発できていない。
また、便秘症には防風通聖散をはじめとして多種類の漢方薬が使われ(非特許文献27)成果を上げているが、過活動膀胱に対しては牛車腎気丸を主とした漢方薬が使われ(非特許文献28)、慢性腎臓病(CKD)には漢方治療薬は防己黄耆湯などが使われる(非特許文献29)が、過活動膀胱と慢性腎臓においては病臨床的に認められ長期的に成果を上げているものは殆どない。
近年アルツハイマー型認知症、および軽度認知障害、さらにはそれらに合併する疾患が著しく増加している状況となっている。しかし、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害における多疾病罹患において、それらの疾患自体および合併する便秘症、過活動膀胱、慢性腎臓病のそれぞれ個別の疾患を軽快させること自体が非常に困難である。またそれ以上に、この多疾病罹患は、神経疾患に合併する消化器疾患、泌尿器疾患、腎疾患の分野の異なる疾患の集合であるため1剤でそれらの複数の疾患を同時に軽快させようという発想すらなく、そのため、これらの多疾病罹患において1剤で同時に合併する疾患を治療できる薬剤を研究する研究者、漢方薬の当業者も存在しておらず、当然のことながらそれらの多疾病罹患治療薬に関する研究結果の報告も存在しておらず、結果としてその様な薬剤は存在していない。
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以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の組成物は、黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ:Formula antidote coptidis)および苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ:Formula glycyrrhizae atractylodis cinnamomi hoelen)を有効成分として含む、黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤である漢方薬である。
黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)は、生薬である黄連(オウレン)(Coptidis Rhizoma)、黄ごん(オウゴン)(Scutellariae Radix)、黄柏(オウバク)(Phellodendri Cortex)および山梔子(サンシシ)(Gardeniae Fructus)を配合した漢方薬である。成人における1日量における、それぞれの乾燥生薬の配合重量は、例えば黄連1.5g〜2.0g、黄ごん3.0g、黄柏1.5g〜3.0g、山梔子2.0g〜3.0gである。
以下、黄連、黄ごん、黄柏および山梔子について説明するが、以下に示したもの以外のものを指すこともある。黄連は、キンポウゲ科(Ranunculaceae)のオウレンCoptis japonica Makinoまたは他の同属植物の根をほとんど除いた根茎を乾燥したものをいう。黄ごんはシソ科(Labiatae)のコガネバナScutellaria baicalensis Georgiの周皮を除いた根を乾燥したものをいう。黄柏はミカン科(Rutaceae)キハダPhellodendron amurense RUPR.またはその他同属植物の周皮(コルク皮)を除いた樹皮を乾燥したものをいう。その他同属植物として例えばシナキハダPhellodendron chinense Schneiderが挙げられる。山梔子はアカネ科(Rubiaceae)のクチナシGardenia jasminoides ellisまたはその他同属植物の果実を乾燥したものをいう。
黄連解毒湯は上記の4種類の生薬のエキス製剤を入手して上記配合重量で混合することにより製造することができる。あるいは、上記4種類の乾燥生薬を上記配合重量で600mlの湯に入れ1時間かけて300mlにまで煮出(濃縮)し、その300mlを1日量として製造することができる。それぞれの漢方薬1回100mlを混合し1回200mlとし毎食前に1日3回服用してもよい。それぞれの漢方薬1回150mlを混合し1回300mlとし朝夕食前に1日2回服用するようにしてもよい。
また、市販のものを用いることもできる。市販のものとして、オースギ黄連解毒湯エキスT錠(大杉製薬)、クラシエ黄連解毒湯エキス錠(クラシエ薬品)、コタロー黄連解毒湯エキス細粒(小太郎漢方製薬)、サカモト黄連解毒湯エキス顆粒-S(阪本漢法製薬)、ツムラ黄連解毒湯エキス顆粒(医療用)(ツムラ)、JPS黄連解毒湯エキス顆粒(調剤用)(ジェーピーエス)等がある。
苓桂朮甘湯(リョウケイジュツカントウ)は、茯苓(ブクリョウ)(Hoelen)、蒼朮(ソウジュツ)(Atractylodis Lanceae Rhizoma)もしくは白朮(ビャクジュツ)(Atractylodis Rhizoma)、桂皮(ケイヒ)(Cinnamomi Cortex)並びに甘草(カンゾウ)(Glycyrrhizae Radix)を配合した生薬である。成人における1日量における、それぞれの乾燥生薬の配合重量比は、例えば、茯苓4g〜6g、蒼朮もしくは白朮2g〜3g、桂皮3g〜4g、甘草1g〜2gである。
以下、茯苓および桂皮について説明するが、以下に示したもの以外のものを指すこともある。蒼朮もしくは白朮並びに甘草は上記のとおりである。
茯苓は、サルノコシカケ科(Polyporaceae)のマツホドPoria cocos Wolfの菌核をそのまま、または外層をほとんど除いて乾燥したものをいう。桂皮はクスノキ科(Lauraceae)のCinnamomum cassia Blumeまたはその他同属植物の樹皮を乾燥したものをいう。
黄連解毒湯または苓桂朮甘湯に含まれる生薬のエキスは、例えば上記生薬を水もしくは熱水、エタノール、酢酸等でエキスを抽出し、スプレードライや凍結乾燥により乾燥し粉末として用いることができる。該粉末を混合し、黄連解毒湯または苓桂朮甘湯を製造し、これらを混合し合剤を製造する。
黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤は成人1日用量として黄連解毒湯乾燥エキス末2.5〜10g、好ましくは5〜10g、さらに好ましくは7〜8g、特に好ましくは7.5gと苓桂朮甘湯乾燥エキス末2.5〜10g、好ましくは5〜10g、さらに好ましくは7〜8g、特に好ましくは7.5gを混合すればよい。この場合、それぞれの漢方薬1回100mlを混合し1回200mlとし毎食前に1日3回服用してもよい。それぞれの漢方薬1回150mlを混合し1回300mlとし朝夕食前に1日2回服用してもよい。市販漢方薬エキスを用いる場合、市販黄連解毒湯エキスおよび市販苓桂朮甘湯の指定された1日量をそれぞれ3分割し、混合して1日3回食前に服用してもよい。また、市販黄連解毒湯エキスおよび市販苓桂朮甘湯の指定された1日量をそれぞれ2分割し、混合して1日2回朝夕食前に服用してもよい。混合したものを通常の製剤に用いる適当な賦形剤、補助剤等を加えて製剤製造の常法に従って散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、液剤、シロップ剤等の経口製剤とすることにより本発明の組成物を得ることができる。また、その他適宜結合剤、崩壊剤、界面活性剤、矯味剤、香料を配合してもよい。賦形剤として例えば、デンプン、デキストリン、乳糖、白糖、マンニット、結晶セルロース、無水ケイ酸等が挙げられる。
本発明の組成物は、その剤型に応じて異なるが、通常全組成物中黄連解毒湯および苓桂朮甘湯が0.1〜100重量%程度含まれる。本発明の組成物の患者への投与量は患者の年齢を考慮して、1日1回または数回に分けて、数日から数十カ月、あるいは数年から十数年にわたって投与すればよい。
本発明の黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤は、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)とそれらに合併する過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病からなる群の少なくとも1つの疾患を一剤で治療する漢方薬である。アルツハイマー型認知症に罹患している患者または軽度認知障害を有する患者は、過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病からなる群から選択される疾患の1つ、2つまたは3つを高率に合併していることが多い。例えば、本発明者らが検討したアルツハイマー型認知症を罹患している患者18例および軽度認知障害を有する患者22例を用いた検査では、アルツハイマー型認知症に罹患している患者または軽度認知障害を有する患者の92.5%は過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病のいずれかを合併しており、82.5%は過活動膀胱を合併しており、72.5%は便秘症を合併しており、50%は慢性腎臓病を合併していた。このように、同時に複数の疾患が併存することを多疾病罹患という。また、過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病のすべてを合併している患者は32.5%であり、過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病の2疾患を合併している患者は47.5%であり、いずれの疾患も合併していない患者は7.5%であった。本発明の黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤は、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害の認知機能を改善し、かつアルツハイマー型認知症または軽度認知障害に合併する過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病からなる群の1つ、2つまたは3つの疾患を軽快し治療し得る。すなわち、本発明の黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤は、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害と過活動膀胱、便秘症および慢性腎臓病からなる群の少なくとも1つの疾患の多疾病罹患を一剤で治療する漢方薬である。
アルツハイマー型認知症とは、脳が委縮していく神経変性疾患であるアルツハイマー病に罹患した患者に現れる認知症をいう。
軽度認知障害とは、認知症の前段階に当たり健常者と認知症の中間の段階と考えられ、正常化老化過程で予想されるよりも認知機能が低下しているが、認知症とまでは言えない状態をいう。軽度認知障害の定義として、1.本人または家族が認知機能低下(記憶、決定、理由づけ、実行)を訴えている、2.認知機能は正常ではないが、認知症の診断基準を満たさない、3.複雑な日常動作に最低限の障害はあるが、日常生活は普通に過ごせる、の3つが挙げられる。
アルツハイマー型認知症および軽度認知障害は、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(Mini Mental State Examination: MMSE)により診断することができる。長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は、30点満点の全9項目のテストの結果から認知症の傾向を探るテストであり、MMSEは30点満点の9項目13の質問からなる検査であり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力等をカバーする検査である。
HDS-Rによるテストで20点以上であった場合に、認知機能は正常であり、アルツハイマー型認知症または軽度認知障害が改善したと判断することができる。
過活動膀胱は、膀胱の不随意の収縮による尿意切迫感を伴う排尿障害をいい、例えば、尿意切迫感があり、かつ夜間排尿が3回以上ある場合に過活動膀胱と診断する。夜間頻尿が1回以下になったときに過活動膀胱が軽快し治療できたと判断することができる。
便秘症は生活習慣、病気、薬剤の副作用等の種々の原因となって起こる排便が少ない状態をいう。便秘症か否かはROME III診断基準(Longstreth GF, et al., Gastroenterology 130: 1480-1491, 2006.)に基づいて判断することができ、該基準に基づいて便秘症が軽快し治療できたと判断することができる。
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)とは腎臓の障害が慢性的に続いている状態をいい、腎障害の存在(蛋白尿または血尿がある、画像診断で傷害が認められる、など)および腎機能の低下(eGFR(推算糸球体濾過値)が60ml/分/1.73m2未満)の状態のいずれかまたは両方が3ヵ月以上続く場合、慢性腎臓病に罹患していると診断される。例えば、eGFR(推算糸球体濾過値)が60ml/分/1.73m2以上の場合に、慢性腎臓病が軽快し治療できたと判断することができる。
本発明の黄連解毒湯および苓桂朮甘湯の合剤の投与量は、例えば成人における場合、市販医療用漢方エキス製剤で1日用量が7.5gあれば、各々の漢方薬2.5gずつの混合合剤を食前に1日3回経口投与すればよい。各々の患者の反応により異なるが、患者の症状が軽快するまで投与する。
さらに、本発明の組成物を食品、飲料品に混合し飲食品組成物または飼料組成物として使用することができる。この際、飲食品または飼料の1回の摂取分量に対して黄連解毒湯および苓桂朮甘湯を例えば市販医療用漢方薬エキスが人において1日量が7.5gの場合、100mg/kgの量となるように配合すればよい。本発明の組成物は、粉末、顆粒状、液状、ペースト状などの飲食品組成物または飼料組成物として用いることもできる。飲食品は、機能性表示食品、健康飲食品、特定保健用飲食品、栄養機能飲食品、健康補助飲食品等を含む。ここで、特定保健用食品とは、食生活において特定の保健の目的で摂取をし、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をする食品をいう。また、機能性表示食品とは、事業者の責任で、化学的根拠を基に商品パッケージに機能性を表示する食品をいう。本発明の組成物には、例えば、「認知機能を維持する」、「認知機能の一部を維持する」、「便秘を改善する」、「排尿障害を改善する」、「過活動膀胱を改善する」、「腎機能を改善する」、「認知機能を維持すると共に、便秘、過活動膀胱もしくは排尿障害、ならびに腎機能のいずれか1つ、2つまたは3つを改善する」等の表示をすればよい。
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
実施例においては、市販漢方薬エキス(株式会社ツムラ)を用い、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬は、1日投与量として黄連解毒湯乾燥エキス末7.5gと苓桂朮甘湯乾燥エキス末7.5gを投与した。
1.対象:
対象は、2002年6月18日より2017年7月27日の間経過を追い評価した認知障害のある49例(アルツハイマー型認知症22例、軽度認知障害27例)(男:女=5:44)、平均年齢82.0±1.1才であり、49例中control群は9例(アルツハイマー型認知症4例、軽度認知障害5例)であり、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬治療群は40例(アルツハイマー型認知症18例、軽度認知障害22例)であった。対象49例全てに複数の合併症があったが、40例の黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬治療群において便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病とのいずれかとの合併は92.5%(37/40)(アルツハイマー型認知症18例中17例、軽度認知障害22例中20例)であり、便秘症の合併72.5%(29/40)(アルツハイマー型認知症18例12例、軽度認知障害22例中17例)、過活動膀胱の合併82.5%(33/40)(アルツハイマー型認知症18例中15例、軽度認知障害22例中18例)、慢性腎臓病50%(20/40)(アルツハイマー型認知症18例中9例、軽度認知障害22例中11例)であった。また、3疾患との合併13例、2疾患との合併19例、1疾患との合併5例、3疾患との合併なし3例であった。control群9例においては便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病とのいずれかとの合併は88.9%(8/9)であり、便秘症の合併55.6%(5/9)、過活動膀胱の合併33.3%(3/9)、慢性腎臓病の合併55.6%(5/9)であり、便秘症、過活動膀胱および慢性腎臓病の3疾患との合併1例、2疾患との合併3例、1疾患との合併4例、3疾患との合併なし1例であった。
2.方法:
対象のアルツハイマー型認知症は、ICD-10における診断基準と頭部MRIなどの画像診断により臨床的に診断し、軽度認知障害は、2003年のPetersenらの診断基準(Petersen RC, et al., Arch Neurol 62: 1160-1163, 2005)と頭部MRIなどの画像診断により臨床的に診断した。改定長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)とMini-Mental-State Examination(MMSE)との相関は0.94と非常に高い値を示し(加藤伸司、他: 改定長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)の作成. 老年精神医学雑誌2巻 11号: 1339-1347. 1991)、さらに、HDS-Rにおいてカットオフ値を20/21点と設定すると認知症の鑑別は感度0.90、特異性0.82で年齢や教育年数の影響はなく再現性が高いため、客観性を重視しHDS-Rを用い点数化し経過、治療効果を示した。
便秘症の診断は、RomeIII(Longstreth GF, et al., Gastroenterology 130: 1480-1491, 2006.)に基づいて分類し診断した。
過活動膀胱の診断は、日本排尿機能学会過活動膀胱診療ガイドラインを用い、過活動膀胱症状質問表(OABSS)により経過を観察したが、おむつを使用している例が多く診断に障害を伴っているため尿意切迫感があり、かつ夜間排尿が3回以上のものを過活動膀胱とし、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与にて夜間頻尿が1回以下になったものを有効とした。便秘症の治療効果の判定は、治療後に排便が1回/2日以下で排便がスムーズに行われる様になったものを有効とした。慢性腎臓病の診断は、KDIDO CKD guideline 2012を日本人用に改編した日本腎臓病学会慢性腎臓病診断基準に基づいて行い、経過はeGFR(推算糸球体濾過値)で表し、eGFRの正常値は、60ml/分/1.73m2以上とした。それぞれの疾患において診断基準成立前から経過を観察していた症例は、成立した診断基準をそれぞれの症例に適応し表した。
用いた薬剤は、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬であり、有効性は、投与前後、およびcontrol群と比較して行った。対象49例の観察期間は810.0±126.0日(56日〜4883日)であり、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群の観察期間は731.2±875.3日であった。Control群においては、観察開始から観察終了までの1152±883.4日間(318日〜2905日)で評価した。統計処理は、mean±SDもしくはmean±SE 、T-test、Chi square testを用いた。
3.結果:
Control群(n=9)の観察開始時の年齢は83.56±5.25才、HDS-Rは20.67±6.52、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群(n=40)開始時の年齢は81.5±8.02才、HDS-Rは19.95±5.94であり、両群間の年齢および、HDS-Rに有意な差はなかった。また、両群の観察期間に有意な差はなかった。Control群(n=9)において1152±883.4日間の観察期間でHDS-Rは、観察開始時20.67±6.52であり、観察終了時14.56±7.73と有意に(P<0.01)低下していた(図1)。黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群(n=40)においては、810.0±126.0日の観察期間においてのHDS-Rは、投与開始時19.95±5.94であり、観察終了時24.30±5.19であり有意に(p<0.001)認知機能が回復していた(図2)。認知機能の回復は、97.5%(39/40)の症例に認められた。観察および治療開始時のHDS-Rは、control群と黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群の間に有意な差はなかった(図3)が、観察終了時においてControl群のHDS-Rに比し黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群のHDS-Rは有意に高くなっていた(p<0.001)(図4)。混合漢方薬投与群において便秘症、過活動膀胱、慢性腎臓病のいずれも合併していない3例も認知機能が改善した。つまり、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与により有意に認知機能の回復が得られた。
便秘症は、control群(n=9)における合併は5例55.6%であったが観察期間前後で軽快したものはなかった。黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群(n=40)において29例72.5%が便秘症であり、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与により29例中24例82.8%(アルツハイマー型認知症12例中10例、軽度認知障害17例中14例)が軽快し、control群に比し黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与により有意に便秘症が軽快した(p<0.01)。
過活動膀胱は、control群(n=9)における合併は3例33.3%であったが観察期間前後で軽快したものはなかった。黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群(n=40)において33例82.5%が過活動膀胱であったが、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与にて33例中25例79.3%(アルツハイマー型認知症15例中14例、軽度認知障害18例中11例)が軽快し、control群に比し黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与により有意に過活動膀胱が軽快した(p<0.05)。
慢性腎臓病は、control群(n=8)におけるeGFRは観察開始時62.93±16.53であり、観察終了時52.52±14.00と有意(p<0.01)に低下していたが、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与群(n=40)においては、投与開始時62.20±19.08であり観察終了時62.00±17.59で有意差はなくeGFRの低下はなかった。また、control群においては、観察開始時慢性腎臓病は0例であったが、観察終了時には50.0%(4/8)が慢性腎臓病に陥っていた。混合漢方薬投与群においては、黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与開始時に50%(20/40)の患者が慢性腎臓病であったが、混合漢方薬投与後には、eGFRの有意な低下はなかった(46.71±2.18 vs 48.51±2.02)(mean±SE)。さらに、20例中13例65.0%が黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬投与により投与開始時に比しeGFRが増加していた。
4.結論:
黄連解毒湯と苓桂朮甘湯の混合漢方薬は、アルツハイマー型認知症、または軽度認知症における認知機能を改善するとともに、それらに高率に合併する便秘症、過活動膀胱、そして慢性腎臓病を軽快させ、アルツハイマー型認知症または軽度認知症における便秘症、過活動膀胱、そして慢性腎臓病のどの様な組み合わせの多疾病罹患であっても治療できることを特徴とする薬剤である。