本発明により製造される昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去して得られる組成物である。発明者らは、昆虫の脂溶性成分に含まれるn―アルカン及び/又はフィトステロールが、昆虫を摂食したヒト又は動物に対して成長遅滞を招く可能性があることを明らかにしたことで、本発明に到達した。
具体的には、本発明の昆虫は、昆虫の幼虫、、前蛹、蛹、成虫、卵、それらの乾燥物、それらの粉末、及びそれらの乾燥粉末からなる群から選ばれる一又は複数である。脂溶性成分の溶媒への溶出の効率を高めるためには、昆虫は乾燥物又は乾燥粉末であることが好ましい。昆虫の脂溶性成分の除去は、昆虫を溶媒に対して曝露させて脂溶性成分を溶出させ、脂溶性成分が溶出した溶媒を昆虫から分離することでなされる。昆虫の脂溶性成分の除去は1回又は複数回行うことができるが、除去の回数は昆虫に含まれる脂溶性成分の量に対応して変更可能である。
昆虫を溶媒に対して曝露させる手段としては、具体的には、昆虫を溶媒に浸漬、又は、昆虫を溶媒中で撹拌等が挙げられる。溶媒を昆虫から分離する手段としては、既知の固液分離の手法等が挙げられる。脂溶性成分が溶出した溶媒を昆虫から分離することで、脂溶性成分が除去された昆虫からなる食品用及び/又は飼料用の組成物を得ることができる。
昆虫を溶媒に対して曝露させる時間は、好ましくは2時間から48時間であり、昆虫種や昆虫の状態により変更可能である。例えば、昆虫が乾燥粉末であれば、昆虫に含まれる脂溶性成分が溶媒に効率よく溶出するため、溶媒への曝露時間を短くすることができる。
脂溶性成分を除去した組成物に含まれる脂質含量は、乾燥物当たり20重量%以下、19重量%以下、18重量%以下、17重量%以下、16重量%以下、15重量%以下、14重量%以下、13重量%以下、12重量%以下、11重量%以下、10重量%以下、9重量%以下、8重量%以下、7重量%以下、6重量%以下、5重量%以下、4重量%以下、3重量%以下、2重量%以下、又は1重量%以下であり得る。脂質含量は、ソックスレー法等の既知の方法で測定可能である。
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、少なくともn―アルカン及び/又はフィトステロールが可溶であることが好ましい。具体的には、溶媒は、有機溶媒であり、より好ましくは水(ただし、超臨界水及び亜臨界水を除く)以外の溶媒である。
n―アルカン及び/又はフィトステロールが可溶な溶媒で上述のように処理されて得られた食品用及び/又は飼料用の組成物は、n―アルカン及び/又はフィトステロールの含量が少ない。好ましくは、組成物におけるn―アルカン又はフィトステロールの含有量は200μg/g以下であり、より好ましくは150μg/g以下であり、さらに好ましく100μg/g以下であり、さらに好ましくは50μg/g以下である。また、組成物におけるn―アルカン及びフィトステロールを合算した含有量は、200μg/g以下であり、より好ましくは150μg/g以下であり、さらに好ましくは100μg/g以下である。
組成物におけるn―アルカン及び/又はフィトステロールの含有量は、既知のガスクロマトグラフィ質量分析法等によって検出され得る。したがって、本発明は、ガスクロマトグラフィ質量分析によって検出されるn―アルカン又はフィトステロールの含有量が一定の数値以下の組成物である。
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒としては、ヘキサン、アセトン、ベンゼン、トルエン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、ジクロロメタン、シクロヘキサン、クロロホルム、メタノール、エタノール、1―プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2―ブタノール、グリセリン、プロピレングリコール、エチルメチルケトン、1,1,1,2―テトラフルオロエタン、1,1,2―トリクロロエテン、亜酸化窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、エチレン、プロパン、ペンタン、ブタン、及び、それらの混合物からなる群から選ばれる一又は複数が挙げられる。
本発明の溶媒には、水は用いられないが、超臨界水、及び/又は亜臨界水は使用され得る。超臨界流体や亜臨界流体の状態で使用される溶媒としては、二酸化炭素、メタン、エタン、エチレン、プロパン、ブタン、メタノール、エタノール、水等が挙げられる。
溶媒により脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法や、溶媒を使用する以外の方法で脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された組成物と比べて、摂食するヒト又は動物に対する安全性に優れる。溶媒を使用する以外の方法で脂溶性成分を除去する工程としては、圧搾、遠心分離等が挙げられる。
本発明の製造方法により製造された組成物を含有する飼料は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法によって製造された組成物を含有する飼料や、溶媒を使用する以外の方法で脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された組成物を含有する飼料と比較して、畜産動物や水産動物の摂餌量の向上、成長量の向上、飼料効率の向上等の効果が得られる。特に、本発明の製造方法により製造された組成物は、カタクチイワシ等の天然魚や加工残渣から製造される魚粉の代替として用いることができる。本発明の組成物を用いれば、魚粉を使用せず、且つ摂食した動物の成長に優れる飼料を提供することができる。
昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、昆虫に含有される食品及び/又は飼料として有用な成分、例えばタンパク質や多糖類等が溶出しにくい性質を有するものが好ましい。特に、昆虫には免疫賦活作用を有する多糖類が含有されるが(特許文献6参照)、昆虫に含有されるn―アルカン及び/又はフィトステロール等の成分によって、該多糖類の有する免疫賦活作用が抑制される場合があった。溶媒により脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法によって製造された昆虫を原料とする食品用及び/又は飼料用の組成物は、脂溶性成分を除去する工程を含まない製造方法によって製造された組成物と比べて、高い免疫賦活作用を発揮することができる。
したがって、昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられる溶媒は、特許文献6に記載の多糖類が不溶又は溶出しにくい溶媒が好ましい。具体的には、ヘキサン、リグロイン、ジエチルエーテル、石油エーテル等の低極性溶媒や、エタノール、又はそれらの混合溶媒等が挙げられる。
本発明の製造方法により製造された組成物は、n―アルカン及び/又はフィトステロールの含有量が、製造前と比較して減った状態にあり、製造前と同水準、又は製造前よりも増えた状態にはないことを特徴とする。したがって、昆虫から脂溶性成分を除去するために用いられた溶媒は、n―アルカン及び/又はフィトステロールが含有される。
n―アルカンとは、一般式CnH2n+2で表される鎖式飽和炭化水素であり、環状アルカンと非環状アルカンとに分類される。より具体的には、n―ヘプタン、n―オクタン、n―オクタン、n―ノナン、n―デカン、n―ウンデカン、n―ドデカン、n―トリデカン、n―テトラデカン、n―ペンタデカン、n―ヘキサデカン、n―ヘプタデカン、n―オクタデカン、n―ノナデカン、n―エイコサン、n―ヘンエイコサン、n―ドコサン、n―トリコサン、n―テトラコサン、n―ペンタコサン、n―ヘキサコサン、n―ヘプタコサン、n―オクタコサン、n―ノナコサン、n―トリアコンタン、n―ヘントリアコンタン、n―ドトリアコンタン、n―トリトリアコンタン等が挙げられる。
フィトステロールとは、ステロールに分類される化合物であり、β―シトステロール、カンペステロール、スティグマステロール、ブラシカステロール等が挙げられる。
本発明の組成物の原料となる昆虫は、動物界の中で節足動物門(Arthropoda)に属し、昆虫綱(Insecta)に分類される生物の総称である。昆虫綱(Insecta)は、無翅亜綱(Apterygota)と、有翅亜綱(Pterygota)とに分類される。無翅亜綱(Apterygota)は、粘管目(Collembola)、原尾目(Protura)、総尾目(Thysanura)等に分類される。また、有翅亜綱(Pterygota)は、蜉蝣目(Ephemeroptera)、せき翅目(Plecoptera)、蜻蛉目(Odonata)、粘脚目(Embioptera)、直翅目(Orthoptera)、革翅目(Dermaptera)、等翅目(シロアリ目)(Isoptera)、紡脚目(シロアリモドキ目)(Empioptera)、噛虫目(Psocoptera)、食毛目(Mallophaga)、蝨目(Anoplura)、総翅目(Thysanoptera)、半翅目(Hemiptera)、膜翅目(Hymenoptera)、撚翅目(Strepsiptera)、鞘翅目(Coleoptera)、脈翅目(Neuroptera)、長翅目(Mecoptera)、毛翅目(Trichoptera)、鱗翅目(Lepidoptera)、双翅目(Diptera)、隠翅目(Aphaniptera)等に分類される。
昆虫を食品や飼料として利用する場合には、容易に且つ効率的な飼育が可能である昆虫種や、人工的な飼育手法が確立した昆虫種が適していると考えられる。具体的には、双翅目(Diptera)では、イエバエ科(Muscidae)に属するイエバエ(Musca domestica)、ニクバエ科(Sarcophagidae)に属するセンチニクバエ(Sarcophaga peregrina)、ミバエ科(Tephritidae)に属するミカンバエ(Tetradacus tsuneonis)、ミカンコミバエ(Strumeta dorsalis)、ウリミバエ(Bactrocera cucurbitae/Zeugodacus cucurbitae)、ミズアブ科(Stratiomyiidae)に属するアメリカミズアブ(Hermetia illucens)、コウカアブ(Ptecticus tenebrifer)等が挙げられる。
また、鱗翅目(Lepidoptera)では、カイコガ科(Bombycidae)に属するカイコガ(Bombyx mori)、ヤママユガ科(Saturniidae)に属するシンジュサン(Samia Cynthia pryeri)、サクサン (Antheraea pernyi)、ヤママユ(ヤママユガ、テンサンともいう。)(Antheraea yamamai)、モパネワーム(Gonimbrasia belina)等が挙げられる。鞘翅目(Coleoptera)では、ゴミムシダマシ上科(Tenebrionoidea)、ゴミムシダマシ科 (Tenebrionidae)に属するコメノゴミムシダマシ(Tenebrio obscurus)、チャイロゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)、ツヤケシオオゴミムシダマシ(Zophobas atratus Fabricius)等のいわゆるミールワーム、直翅目(Orthoptera)では、コオロギ科(Grylloidea)に属するフタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)、ヨーロッパイエコオロギ(Acheta domesticus)等が挙げられる。しかしながら、本発明はこれら具体的に例示した昆虫種に限定されるものではない。
本発明の組成物の原料には、昆虫の幼虫、前蛹、蛹、成虫、又は卵を利用することができるが、本発明の組成物を飼料又は飼料原料として用いる場合には、昆虫の幼虫、前蛹、又は蛹を利用することが好ましい。
本発明の組成物は、水産養殖用及び/又は畜産用の飼料として、水産養殖動物及び/又は畜産動物に供与できるが、該組成物を原料の一つとして含有した配合飼料として供与してもよい。具体的には、本発明の組成物を、動物性タンパク質を供給する原料である魚粉を代替する原料として利用することができる。
さらに、本発明の組成物は、昆虫に含有される免疫賦活作用を有する多糖類の効果が発揮されるため、水産養殖動物及び/又は畜産動物用の医薬品、飼料添加物や栄養補助剤はもちろん、ヒト用の医薬品、健康食品や栄養補助剤としても利用することができる。
実施例を参照して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されない。
実施例1.組成物の製造
イエバエ(Musca domestica)の幼虫、アメリカミズアブ(Hermetia illucens)の幼虫、及びミールワーム(Tenebrio molitor)の幼虫を原料に、溶媒はヘキサン、並びにヘキサン及びエタノールを9:1で混合した混合溶媒を用いて、組成物を製造した。また、比較例として、ミールワーム幼虫を原料として、溶媒を使用せず、圧搾により脂溶性成分を除去する工程で組成物を製造した。製造された組成物に含まれるn―アルカン及びフィトステロールをガスクロマトグラフィ質量分析計で測定した。n―アルカン及びフィトステロール、nアルカン、並びにフィトステロールについて、ガスクロマトグラフィ質量分析計のスペクトルの面積から定量した含有量を表した結果を図1〜図3に示す。ヘキサン、並びにヘキサン及びエタノールの混合溶媒を用いて製造された組成物は、処理前や圧搾による比較例よりも、n―アルカン及びフィトステロールが大きく減少した。ヘキサン、並びにヘキサン及びエタノールの混合溶媒は、n―アルカン及びフィトステロールが可能であり、昆虫への曝露によりこれらの溶媒に対してn―アルカン及びフィトステロールが溶出されたことが明らかとなった。
さらに、ミールワームの幼虫を原料としてヘキサンにより脂溶性成分を除去する工程で製造した実施例、圧搾により脂溶性成分を除去する工程で製造した比較例、及び未処理の原料の脂溶性成分のトータルイオンクロマトグラムを解析した結果を図4に示す。比較例では、特定のピークを持つ物質の蓄積が見られた。比較例で蓄積した物質は極性が低いn―アルカンとみられ、実施例ではほとんど確認されなかった。
実施例2.溶媒により昆虫に含まれる脂溶性成分を除去する工程を含む製造方法で製造された昆虫を原料とする組成物を含有する飼料による飼育試験
乾燥したイエバエ幼虫の粉末からなる組成物(以下、「比較例」とする。)を飼料原料とする飼料と、乾燥したイエバエ幼虫からヘキサン・エタノールを9:1の割合で混合した溶媒により脂溶性成分を除去して得られた組成物(以下、「実施例」とする。)を飼料原料とする飼料との成長比較試験を行った。試験魚にはマダイ稚魚を用い、カタクチイワシ製の魚粉を40乾燥重量%含む飼料を対照として、実施例及び比較例でそれぞれ魚粉を完全に置換し、28日間の飼育試験を行った。結果を図5に示す。実施例のイエバエ幼虫の組成物を40乾燥重量%含む飼料で生育したマダイは、対照区とほぼ同等の成長が得られたものの、比較例のイエバエ幼虫の組成物を40乾燥重量%含む飼料で生育したマダイは、増重量及び増尾叉長が対照に比べて大きく減退した。したがって、溶媒により脂溶性成分を除去したイエバエ幼虫を飼料原料として用いた飼料が有効であることがわかった。
続いて、乾燥したミールワーム幼虫からヘキサン・エタノールを9:1の割合で混合した溶媒により脂溶性成分を除去して得られた組成物(以下、「実施例」とする。)を飼料原料とする飼料の成長比較試験を行った。各試験飼料の組成を表1に示す。試験区3の飼料には、各区で用いる飼料の油分含量が同等となるよう、実施例を製造する際に除去して得られた脂溶性成分を油分として添加した。
試験魚にはマダイ稚魚を用い、カタクチイワシ製の魚粉を65乾燥重量%含む飼料を対照として、実施例及び比較例でそれぞれ魚粉を完全に置換し、飽食給餌で28日間の飼育試験を行った。結果を図6に示す。実施例の組成物を含有する飼料は、対照区の飼料に比べて摂餌量が多く、成長に優れた。特に、魚粉を全て実施例で置換した試験区1は最も優れた給餌量・増重量を示した。一方で、溶媒により除去された脂溶性成分を添加した飼料では、魚油を添加した飼料に比べて給餌量・増重量が明らかに劣ることから、該脂溶性成分に成長遅滞を招く物質が含まれていると考えられた。したがって、溶媒により脂溶性成分を除去したミールワーム幼虫を飼料原料として用いた飼料が有効であることがわかった。