以下では、本発明による電動車両の制御装置を、電動機(以下、電動モータ、或は単にモータと呼ぶ)を駆動源とする電気自動車に適用した例について説明する。
[一実施形態]
図1は、一実施形態における電動車両の制御装置を備えた電気自動車の主要構成を示すブロック図である。本発明の電動車両の制御装置は、車両の駆動源の一部または全部として電動モータ4(以下、単にモータ4ともいう)を備え、電動モータの駆動力により走行可能な電動車両に適用可能である。電動車両には、電気自動車だけでなく、ハイブリッド自動車や燃料電池自動車も含まれる。特に、本実施形態における電動車両の制御装置は、アクセルペダルの操作のみで車両の加減速や停止を制御することができる車両に適用することができる。この車両ではドライバは、加速時にアクセルペダルを踏み込み、減速時や停止時には、踏み込んでいるアクセルペダルの踏み込み量を減らすか、または、アクセルペダルの踏み込み量をゼロとする。なお、登坂路においては、車両の後退を防ぐためにアクセルペダルを踏み込みつつ停止状態に近づく場合もある。
モータコントローラ2は、車両システムを制御するコントローラとして機能する。モータコントローラ2は、車速V、アクセル開度θ(アクセル操作量)、モータ(三相交流モータ)4の回転子位相α、モータ4の三相交流電流iu、iv、iw等の車両状態を示す信号がデジタル信号として入力される。モータコントローラ2は、入力された信号に基づいて、モータ4の駆動力と回生制動力とを制御するためのPWM信号を生成する。また、モータコントローラ2は、生成したPWM信号に応じてインバータ3のスイッチング素子を開閉制御する。モータコントローラ2はさらに、ドライバによるアクセル操作量、あるいは、ブレーキペダル10の操作量に応じて、摩擦制動量指令値を生成する。
インバータ3は、相ごとに備えられた2個のスイッチング素子(例えば、IGBTやMOS−FET等のパワー半導体素子)をオン/オフすることにより、バッテリ1から供給される直流の電流を交流に変換し、モータ4に所望の電流を流す。
モータ4は、インバータ3から供給される交流電流により駆動力を発生し、減速機5およびドライブシャフト8を介して、左右の駆動輪9a、9bに駆動力を伝達する。また、モータ4は、車両の走行時に駆動輪9a、9bに連れ回されて回転するときに、回生駆動力を発生させることで、車両の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収する。この場合、インバータ3は、モータ4の回生運転時に発生する交流電流を直流電流に変換して、バッテリ1に供給する。
電流センサ7は、モータ4に流れる3相交流電流Iu、Iv、Iwを検出する。ただし、3相交流電流Iu、Iv、Iwの和は0であるため、任意の2相の電流を検出して、残りの1相の電流は演算により求めても良い。
回転センサ6は、例えばレゾルバやエンコーダであり、モータ4の回転子位相αを検出する。
ブレーキコントローラ11は、モータコントローラ2で生成された摩擦制動量指令値に応じたブレーキ液圧(マスタシリンダの圧力)を発生させるブレーキアクチュエータ指令値を摩擦ブレーキ13に出力する。また、ブレーキコントローラ11は、液圧センサ12により検出されるブレーキ液圧が摩擦制動量指令値に応じて決まる値に追従するようにフィードバック制御を行う。
液圧センサ12は、ブレーキ制動量検出手段として機能し、摩擦ブレーキ13のブレーキ液圧を検出することでブレーキ制動量Bを取得して、取得したブレーキ制動量Bをブレーキコントローラ11とモータコントローラ2へ出力する。
摩擦ブレーキ13は、摩擦制動部として機能する。具体的には、摩擦ブレーキ13は、左右の駆動輪9a、9bにそれぞれ設けられ、ブレーキ液圧に応じてブレーキパッドをブレーキロータに押しつけて、車両に制動力を発生させる。以下の説明では、この制動力の大きさを摩擦制動量と呼ぶ。
摩擦ブレーキ13による摩擦制動力は、アクセル操作量と車速等から算出されるドライバの意図する制動トルクに対して、最大回生制動トルクが不足する場合に、モータコントローラ2から出力される摩擦制動量指令値に応じて用いられる。また、摩擦制動力は、ドライバの意図する制動力が最大回生制動トルクより小さい場合であっても、バッテリ1の満充電時やモータ4の加熱保護等によって回生電力が制限されて、ドライバの所望する制動力を回生制動トルクだけでは賄えない場合にも用いられる。なお、摩擦制動力は、アクセル操作量に応じて要求される場合だけではなく、ドライバのブレーキペダル操作量により所望される制動力を達成するためにも用いられる。
図2は、モータコントローラ2によって行われるモータ電流制御の処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS201では、車両状態を示す信号がモータコントローラ2に入力される。ここでは、車速V(m/s)、アクセル開度θ(%)、モータ4の回転子位相α(rad)、モータ4の回転速度Nm(rpm)、モータ4に流れる三相交流電流iu、iv、iw、バッテリ1とインバータ3間の直流電圧値Vdc(V)、ブレーキ操作量、及び、ブレーキ制動量Bが入力される。
車速V(km/h)は、車両駆動時において駆動力を伝達する車輪(駆動輪9a、9b)の車輪速である。車速Vは、車輪速センサ14a、14bや、図示しない他のコントローラより通信にて取得される。または、車速V(km/h)は、回転子機械角速度ωmにタイヤ動半径rを乗算し、ファイナルギヤのギヤ比で除算することにより車速v(m/s)を求め、3600/1000を乗算することにより単位変換して求められる。
アクセル開度θ(%)は、ドライバによるアクセル操作量を示す指標として、図示しないアクセル開度センサから取得されるか、図示しない車両コントローラ等の他のコントローラから通信にて取得される。
モータ4の回転子位相α(rad)は、回転センサ6から取得される。モータ4の回転速度Nm(rpm)は、回転子角速度ω(電気角)をモータ4の極対数pで除算して、モータ4の機械的な角速度であるモータ回転速度ωm(rad/s)を求め、求めたモータ回転速度ωmに60/(2π)を乗算することによって求められる。回転子角速度ωは、回転子位相αを微分することによって求められる。
モータ4に流れる三相交流電流iu、iv、iw(A)は、電流センサ7から取得される。
直流電圧値Vdc(V)は、バッテリ1とインバータ3間の直流電源ラインに設けられた電圧センサ(不図示)、または、バッテリコントローラ(不図示)から送信される電源電圧値から求められる。
ブレーキ制動量Bは、液圧センサ12が検出したブレーキ液圧センサ値から取得される。あるいは、ドライバのペダル操作によるブレーキペダルの踏み込み量を検出するストロークセンサ(不図示)等による検出値(ブレーキ操作量)を使用しても良い。
ステップS202のトルク目標値算出処理では、モータコントローラ2が第1のトルク目標値Tm1*を設定する。具体的には、ステップS201で入力されたアクセル開度θおよびモータ回転速度ωmに応じて算出される駆動力特性の一態様を表した図3に示す第1のアクセル開度−トルクテーブルを参照することにより、第1のトルク目標値Tm1*を設定する。上述したように、本実施形態における電動車両の制御装置は、アクセルペダルの操作のみで車両の加減速や停止を制御することができる車両に適用可能であり、少なくともアクセルペダルの全閉によって車両を停止させることを可能とするために、図3に示すアクセル開度−トルクテーブルでは、アクセル開度が0(全閉)の時には、回生制動力が働くように負のモータトルクが設定されている。ただし、アクセル開度−トルクテーブルは、図3に示すものに限定されない。
ステップS203では、モータコントローラ2が停止制御処理を行う。具体的には、モータコントローラ2が、停車間際(所定車速以下、或いは、車速に比例する速度パラメータが予め定めた既定値以下)か否かを判定し、停車間際でない場合は、ステップS202で算出した第1のトルク目標値Tm1*をモータトルク指令値Tm*に設定し、停車間際の場合は、第2のトルク目標値Tm2*をモータトルク指令値Tm*に設定する。この第2のトルク目標値Tm2*は、モータ回転速度の低下とともに概ね勾配抵抗となる外乱トルク指令値Tdに収束するものであって、登坂路では正トルク、降坂路では負トルク、平坦路では概ねゼロである。これにより、モータトルクと勾配抵抗とが釣り合った状態が維持されることで、路面の勾配に関わらず、停車状態を維持することができる。
ここで、走行駆動源として機能するとともに車両に回生制動力を与えるモータを備えた車両が停車する場合は、まず回生制動力により減速する。しかしながら、バッテリ満充電時やモータの加熱保護等によって回生電力が制限されるシーンにおいては、ドライバの所望する減速度を得るために、回生制動力に加えて摩擦ブレーキによる摩擦制動力を車両に与える場合がある。この摩擦制動力は、モータトルクに対して勾配抵抗に関連しない抵抗成分として作用するため、登坂路における滑らかな停車を実現するためには、当該摩擦制動力の大きさ(摩擦制動量)に応じて外乱トルク推定値Tdを補正して、外乱トルク推定値Tdと勾配抵抗とを概ね一致させる必要がある。
したがって、ステップS203において外乱トルク推定値Tdを算出する際には、勾配に関連しない抵抗成分としてモータ4に作用する摩擦制動量を外乱トルク推定値から除外して、外乱トルク推定値を勾配外乱と概ね一致させるための外乱トルク補正処理が実行される。
また、摩擦制動力は、車両の進行方向への駆動トルクに対して逆方向へ作用する勾配抵抗とみなされるので、摩擦制動量に応じて外乱トルク推定値Tdが補正される際は、車両の進行方向により補正の正負が変化する。したがって、登坂路における車速がゼロ近傍(所定車速以下)になった時に車両が微小後退した場合など、車体速度の正負が逆転した場合に勾配抵抗分の駆動トルクの補正量の正負が逆転し、車体に振動が発生する場合がある。
このような振動を抑制するために、本実施形態では、外乱トルク補正処理における外乱トルク推定値に対する補正量を車速Vに応じて調整する補正量調整処理も実行される。これらの処理を含む停止制御処理の詳細は、後述する。
続くステップS204では、モータコントローラ2が電流指令値算出処理を行う。具体的には、ステップS203で算出したトルク目標値Tm*(モータトルク指令値Tm*)に加え、モータ回転速度ωmや直流電圧値Vdcに基づいて、d軸電流目標値id*、q軸電流目標値iq*を求める。例えば、トルク指令値、モータ回転速度、および直流電圧値と、d軸電流目標値およびq軸電流目標値との関係を定めたテーブルを予め用意しておいて、このテーブルを参照することにより、d軸電流目標値id*およびq軸電流目標値iq*を求める。
ステップS205では、d軸電流idおよびq軸電流iqをそれぞれ、ステップS204で求めたd軸電流目標値id*およびq軸電流目標値iq*と一致させるための電流制御を行う。このため、まず初めに、ステップS201で入力された三相交流電流iu、iv、iwと、電動モータ4の回転子位相αとに基づいて、d軸電流idおよびq軸電流iqを求める。続いて、d軸、q軸電流指令値id*、iq*と、d軸、q軸電流id、iqとの偏差から、d軸、q軸電圧指令値vd、vqを算出する。
そして、d軸、q軸電圧指令値vd、vqと、電動モータ4の回転子位相αから、三相交流電圧指令値vu、vv、vwを求める。求めた三相交流電圧指令値vu、vv、vwと電流電圧値Vdcから、PWM信号tu(%)、tv(%)、tw(%)を求める。このようにして求めたPWM信号tu、tv、twにより、インバータ3のスイッチング素子を開閉することによって、電動モータ4をモータトルク指令値Tm*で指示された所望のトルクで駆動することができる。
ここで、ステップS203で実行される停止制御処理の説明に先立って、本実施形態における電動車両の制御装置の、モータトルクTmからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gp(s)について説明する。なお、この伝達特性Gp(s)は、外乱トルクの推定も含めた停止制御処理において、車両の駆動力伝達系をモデル化した車両モデルとして用いられる。
図4は、車両の駆動力伝達系をモデル化した図であり、同図における各パラメータは、以下に示すとおりである。
Jm:電動モータのイナーシャ
Jw:駆動輪のイナーシャ
M:車両の重量
Kd:駆動系の捻り剛性
Kt:タイヤと路面の摩擦に関する係数
N:オーバーオールギヤ比
r:タイヤの荷重半径
ωm:モータ回転速度
Tm:トルク目標値Tm*
Td:駆動輪のトルク
F:車両に加えられる力
V:車両の速度
ωw:駆動輪の角速度
そして、図4より、以下の運動方程式を導くことができる。
ただし、式(1)〜(3)中の符号の右上に付されているアスタリスク(*)は、時間微分を表している。
式(1)〜(5)で示す運動方程式に基づいて、モータ4のモータトルクTmからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gp(s)を求めると、次式(6)で表される。
ただし、式(6)中の各パラメータは、次式(7)で表される。
式(6)に示す伝達関数の極と零点を調べると、次式(8)の伝達関数に近似することができ、1つの極と1つの零点は極めて近い値を示す。これは、次式(8)のαとβが極めて近い値を示すことに相当する。
従って、式(8)における極零相殺(α=βと近似する)を行うことにより、次式(9)に示すように、Gp(s)は、(2次)/(3次)の伝達特性を構成する。
次に、ブレーキ制動量Bからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gb(s)について説明する。
図5は、車輪の制動力伝達系をモデル化した図であり、同図における各パラメータは、以下に示すとおりである。
rb:摩擦ブレーキ力が作用する作用点までの半径
F/B:摩擦ブレーキの作用点におけるブレーキ制動量
B:ブレーキ制動量
そして、図5より、以下の運動方程式を導くことができる。
ただし、式(10)中のF/Bは以下とする。
ωw>0 : F/B >0
ωw=0 : F/B =0
ωw<0 : F/B <0
そして、図4、図5より、以下の運動方程式を導くことができる。
式(1)、(3)、(4)、(5)、(11)で示す運動方程式に基づいて、ブレーキ制動量Bからモータ回転速度ωmまでの伝達特性Gb(s)を求めると、次式(12)で表される。
ただし、式(12)中の各パラメータは、次式(13)で表される。
続いて、図6〜11を参照して、ステップS203で実行される停止制御処理の詳細について説明する。
<停止制御>
図5は、停止制御処理を実現するためのブロック図である。停止制御処理は、モータ回転速度F/Bトルク設定器501と、外乱トルク推定器502と、加算器503と、トルク比較器504とを用いて行われる。以下、それぞれの構成について詳細を説明する。
モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、検出されたモータ回転速度ωmに基づいて、モータ回転速度フィードバックトルク(以下、モータ回転速度F/Bトルクと呼ぶ)Tωを算出する。詳細は図7を用いて説明する。
図7は、モータ回転速度ωmに基づいて、モータ回転速度F/BトルクTωを算出する方法を説明するための図である。モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、乗算器601を備え、モータ回転速度ωmにゲインKvrefを乗算することにより、モータ回転速度F/BトルクTωを算出する。ただし、Kvrefは、電動車両の停止間際に電動車両を停止させるのに必要な負(マイナス)の値であり、例えば、実験データ等により適宜設定される。モータ回転速度F/BトルクTωは、モータ回転速度ωmが大きいほど、大きい制動力が得られるトルクとして設定される。
なお、モータ回転速度F/Bトルク設定器501は、モータ回転速度ωmにゲインKvrefを乗算することによりモータ回転速度F/BトルクTωを算出するものとして説明したが、モータ回転速度ωmに対する回生トルクを定めた回生トルクテーブルや、モータ回転速度ωmの減衰率を予め記憶した減衰率テーブル等を用いて、モータ回転速度F/BトルクTωを算出してもよい。
図6に戻って説明を続ける。外乱トルク推定器502は、検出されたモータ回転速度ωmと、モータトルク指令値Tm*とに基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出する。外乱トルク推定器502の詳細は図8を用いて説明する。
図8は、モータ回転速度ωmと、モータトルク指令値Tm*と、ブレーキ制動量Bおよび車速Vを示す速度パラメータとしての車輪速ωwに基づいて算出されるブレーキトルク補正値とに基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出する方法を説明するためのブロック図である。外乱トルク推定器502は、制御ブロック801と、制御ブロック802と、ブレーキトルク推定器803と、加減算器804と、制御ブロック805とを備える。
制御ブロック801は、H(s)/Gp(s)なる伝達特性を有するフィルタとしての機能を担っており、モータ回転速度ωmを入力してフィルタリング処理を行う事により、第1のモータトルク推定値を算出する。Gp(s)は、車両へのトルク入力とモータの回転速度の伝達特性のモデルであり、式(9)で表される。H(s)は、分母次数と分子次数との差分が、モデルGp(s)の分母次数と分子次数との差分以上となる伝達特性を有するローパスフィルタである。
制御ブロック802は、H(s)なる伝達特性を有するローパスフィルタとしての機能を担っており、モータトルク指令値Tm*を入力してフィルタリング処理を行うことにより、第2のモータトルク推定値を算出する。
ブレーキトルク推定器803は、ブレーキ制動量Bと車輪速ωwとに基づいて、摩擦ブレーキ13が車両に与える制動力としてのブレーキトルク推定値を算出する。そして、算出したブレーキトルク推定値に車輪速ωwに応じた比率を乗じた値を、ブレーキトルク補正値として出力する。
ブレーキトルク推定器803の詳細を、図9を用いて説明する。図9は、ブレーキ制動量Bと車輪速ωwとに基づいて、ブレーキトルク補正値を算出する方法を説明するための制御ブロック図である。
制御ブロック901は、上述した伝達特性Gb(s)にて、ブレーキ制動量Bをフィルタリング処理して、ブレーキ回転数推定値を算出する。ここで、ブレーキによる制動力は、車両の前進時、後退時ともに減速方向に作用するので、車両前後速度(車体速度、車輪速度、モータ回転速度、ドライブシャフト回転数、またはこれらの値に比例する速度パラメータ)の符号に応じてブレーキトルク推定値の符号を反転させる必要がある。従って、制御ブロック901は、ブレーキ回転数推定値の符号を、入力される車輪速ωwに応じて、車両が前進なら負に、車両が後退なら正に設定する。
制御ブロック902は、ローパスフィルタH(s)を用いた、H(s)/Gp(s)なる伝達特性を有するフィルタとしての機能を担っており、ブレーキ回転数推定値を入力してフィルタリング処理を行う事により、ブレーキトルク推定値を算出する。算出したブレーキトルク推定値は、補正率調整器903へ出力される。
ABS関数904は、入力される車輪速ωwの絶対値を算出して、算出した値をローパスフィルタ905へ出力する。
ローパスフィルタ905は、車輪速ωwの絶対値に対して高周波ノイズをキャンセルするフィルタリング処理を施して得た値を、補正率算出器906に出力する。
補正率算出器906は、外乱トルク推定値からキャンセルするブレーキトルク推定値の割合を車速に応じて決定する。具体的には、補正率算出器906は、車輪速ωwの絶対値に応じて、外乱トルク推定値に加算するブレーキトルク推定値の割合(ブレーキトルク補正率)を算出し、算出したブレーキトルク補正率を補正率調整器903に出力する。ブレーキトルク補正率の算出方法について、図10を参照して説明する。
図10は、車速V(車輪速ωw)と、ブレーキトルク補正率[%]との関係の一例を示す図である。図示するとおり、補正率算出器906は、車輪速ωwの絶対値が所定値(1km/h)未満の場合に、車輪速ωwの絶対値が小さくなるのに応じてブレーキトルク補正率を小さくする。当該所定値は、電動車両が停車すると判定し得る値であればよく、本実施形態では例えば1km/hに設定される。したがって、本実施形態におけるブレーキトルク補正率は、車輪速ωwが1km/h以上であれば1(100%)に設定される。そして、車両がさらに減速し、車速が徐々に0に近づくのに応じて、ブレーキトルク補正率はより小さい値に設定され、車輪速ωwが0.5km/hまで下がると、ブレーキトルク補正率は0(0%)に設定される。算出されたブレーキトルク補正率は、補正率調整器903へ出力される。
補正率調整器903は、制御ブロック902から出力されたブレーキトルク推定値と、ブレーキトルク補正率とを乗算して、ブレーキトルク補正値を算出する。ブレーキトルク補正値をこのように算出することにより、外乱トルク推定値に対する補正量を車速に応じて調整することができる。すなわち、本実施形態では、例えば車輪速ωwが1km/h以上であれば、ブレーキトルク補正率は1(100%)なので、制御ブロック902から出力されたブレーキトルク推定値がそのままブレーキトルク補正値として出力される。車輪速ωwが1km/h未満であれば、その値に応じたブレーキトルク補正率をブレーキトルク推定値に乗じることによって、車輪速ωwが1km/h以上である時よりも外乱トルク推定値に対する補正量が低減されたブレーキトルク補正値が出力される。なお、車輪速ωwが例えば0.5km/h以下になると、ブレーキトルク補正率が0%となり、外乱トルク推定値への補正量は0となる。算出されたブレーキトルク補正値は、図8に示す加減算器804へ出力される。
加減算器804は、第2のモータトルク推定値から第1のモータトルク推定値を減算するとともに、ブレーキトルク補正値を加算する。加減算器804において、車両の進行方向に対して負の符号を持つブレーキトルク補正値が加算されることで、ブレーキ制動量Bに起因するブレーキトルクが適切な割合でキャンセルされた外乱トルク推定値Tdを後段において算出することができる。算出した値は、制御ブロック805へ出力される。
ここで、制御ブロック805の説明に先立って、図9を用いて説明したブレーキトルク補正値による外乱トルク推定値の補正フローについて、図11に示すフローチャートを参照して説明する。
図11は、ブレーキトルク補正値による外乱トルク推定値の補正処理において、特に、当該補正処理における補正量を車速Vに応じて調整するための処理を説明するフローチャートである。
ここで、車両が登坂路において減速し、停車に至る場面では、車速が徐々に0に近づいていく。この時、上述の停止制御において、車輪速センサの精度や、ギヤのバックラッシュに起因するモータ回転数の微小な変化等により、車速が0をオーバーシュートし、進行方向に対して負の方向に微小後退してしまう場合がある。そうすると、ブレーキトルク推定値の符号は車輪速ωwに応じて設定されるので、外乱トルク推定値を補正するためのブレーキトルク補正値の符号が車両の進行方向に応じて反転する。その結果、ブレーキトルク補正値が加算される外乱トルク推定値の値が急変するので、それに応じて、外乱トルク推定値に収束するモータトルク(制駆動トルク)が急変し、車両に振動が発生する。
以下に説明するフローは、車両が減速し停車に至る場面において、摩擦ブレーキ13による摩擦制動力がモータ4に作用し、且つ、車速が0をオーバーシュートする場合でも、外乱トルク推定値の急変を抑制して、車両の振動発生を抑えるための処理である。
ステップS1100では、モータコントローラ2は、車両の減速制御が実行されているか否かを判定する。具体的には、モータコントローラ2は、ドライバがアクセルペダルを離すことによりアクセルペダル開度(アクセル操作量)が小さくなる場合に、減速制御が実行中であると判定する。また、ドライバがブレーキペダルを踏んだことを検知した場合にも減速制御が実行中であると判定してもよい。減速制御実行中と判定された場合は、続くステップS1101の処理が実行される。減速制御が実行されていないと判定された場合はステップS1100の処理を、減速制御実行中と判定されるまで一定のサイクルでループする。
ステップS1101では、モータコントローラ2は、ブレーキ制動量Bを検出する。ブレーキ制動量Bは、液圧センサ12が検出したブレーキ液圧センサ値またはブレーキコントローラ11から摩擦ブレーキ13へ出力されるブレーキアクチュエータ指令値から検出される。あるいは、ドライバによるブレーキペダル操作量から取得されてもよい。ブレーキ制動量Bが検出された後、モータコントローラ2は、続くステップS1102の処理を実行する。
ステップS1102では、モータコントローラ2は、ステップS1101で取得したブレーキ制動量Bが所定値より大きいか否かを判定する。本ステップは、車両が停止に至る場面で、車速が0をオーバーシュートし得るか否かを判定するためのステップである。ここで、減速制御中において、車両の進行方向への駆動トルクの絶対値以上の摩擦制動力を車両に作用させれば、車両は微小後退することなく摩擦制動力によって停止することができる。したがって、本実施形態における所定値には、摩擦ブレーキ13によって車両の進行方向への駆動トルクの絶対値以上の摩擦制動力を出力するブレーキ制動量に相当する値が設定される。なお、本ステップで指標となる所定値は、予め用意したブレーキ制動量Bと、摩擦ブレーキ13によるブレーキトルクの関係を収めたマップを参照して求めても良いし、上述した伝達特性Gb(s)に基づいて算出しても良い。
したがって、モータコントローラ2は、ブレーキ制動量Bが上記所定値より大きければ、ブレーキトルク推定値に基づく外乱トルク推定値の補正量を調整するため、続くステップS1103の処理を実行する。ブレーキ制動量Bが上記所定値以下であれば、車速が0をオーバーシュートすることはないので、ブレーキトルク推定値による補正量の調整(ステップS1103〜ステップS1105)は行わずに、ステップS1106の処理を実行する。
ステップS1103では、モータコントローラ2は、モータ回転数あるいは車輪速等の車速に比例する速度パラメータを取得する。なお、極低速域での車速検出精度の観点からは、より低速域での検出精度に優れたレゾルバにより検出されるモータ回転数を取得するのが好ましい。
ステップS1104では、モータコントローラ2は、取得した車速が予め定めた既定値以下であるか否かを判定する。本ステップは、車両が極低速域にあって、車両がまもなく停止するか否かを判定するためのステップである。したがって、ここでの既定値には、例えば1km/hが設定される。これにより、車両が停止に至る場面で、車速が0をオーバーシュートし得る直前のタイミングを検知することができる。モータコントローラ2は、車速が1km/hより小さければ、車両がまもなく停止すると判定して、外乱トルク推定値の補正量を調整するために続くステップS1105の処理を実行する。車速が1km/h以上であれば、車両はまだ停止しないと判定して、補正量の調整を行わずに、ステップS1106の処理を実行する。なお、本ステップにおける処理では、ステップS1103で検知した車速と前サイクルのステップS1103で検知した車速とを比較して、車両の減速方向から車両がまもなく停止するか否かを判定してもよい。
ステップS1105は、図9で示した補正率算出器906における処理であって、摩擦ブレーキ13による摩擦制動力が車両に作用し、且つ、車速が0をオーバーシュートし得る場面でも車両の制駆動トルクの急変を抑制するために、外乱トルク推定値を補正するブレーキトルク推定値の割合を算出する。すなわち、図10に示す車速[km/h]とブレーキトルク補正率[%]との関係に基づいて、ステップS1103で検出した車速に応じたブレーキトルク補正率を算出する。
ステップS1106は、図9で示した補正率調整器903における処理であって、ブレーキトルク推定値とステップS1105で算出したブレーキトルク補正率とを乗算することにより、外乱トルク推定値を補正するブレーキトルク補正値を算出する。これにより、摩擦ブレーキ13による摩擦制動力が車両に作用し、且つ、車速が0をオーバーシュートし得る場合には、外乱トルク推定値の補正量を車速に応じて低減したブレーキトルク補正値を算出することができる。
ここで、ブレーキトルク補正率の初期値は1(100%)とする。したがって、摩擦ブレーキ13による摩擦制動量が所定値以下(ステップS1102参照)、あるいは、車両がまだ停止するには至らず、車速が0をオーバーシュートし得ない場面であれば(ステップS1104参照)、ブレーキトルク推定値の値がそのままブレーキトルク補正値として算出される。
続くステップS1107では、モータコントローラ2が、ブレーキトルク補正値に基づいて外乱トルク推定値を補正する。より具体的には、モータコントローラ2は、図8で示す加減算器804において、第2のモータトルク推定値から第1のモータトルク推定値を減算した値に、ブレーキトルク補正値を加算する。これにより、ブレーキ制動量Bに起因するブレーキトルクが車速に応じて適切な割合でキャンセルされた外乱トルク推定値Tdを算出することができる。
以上がブレーキトルク補正値による外乱トルク推定値の補正フローの詳細である。図8に戻って停止制御の説明を続ける。
加減算器804で算出された外乱トルク推定値は、制御ブロック805へ出力される。制御ブロック805は、後述するHz(s)なる伝達特性を有するフィルタであり、加減算器804の出力を入力してフィルタリング処理を行う事により、外乱トルク推定値Tdを算出する。
ここで、伝達特性Hz(s)について説明する。式(9)を書き換えると、次式(14)が得られる。ただし、式(14)中のζz、ωz、ζp、ωpはそれぞれ、式(15)で表される。
以上より、Hz(s)は次式(16)で表される。
ここで、モータ4に作用する外乱としては、空気抵抗、乗員数や積載量に起因する車両質量の変動によるモデル化誤差、タイヤの転がり抵抗、路面の勾配抵抗等が考えられるが、停車間際で支配的となる外乱要因は勾配抵抗である。外乱要因は運転条件により異なるが、外乱トルク推定器502は、モータトルク指令値Tm*とモータ回転速度ωmと勾配に関連しない抵抗成分であって、車速に応じて適切な割合に調整されたブレーキトルク補正値と、車両モデルGp(s)に基づいて、外乱トルク推定値Tdを算出するので、ドライバのブレーキ操作量に関わらず、上述した外乱要因を一括して推定することができる。これにより、いかなる運転条件においても、減速からの滑らかな停車を実現することができる。
図6に戻って説明を続ける。加算器503は、モータ回転速度F/Bトルク設定器501によって算出されたモータ回転速度F/BトルクTωと、外乱トルク推定器502によって算出された外乱トルク推定値Tdとを加算することによって、第2のトルク目標値Tm2*を算出する。
トルク比較器504は、第1のトルク目標値Tm1*と第2のトルク目標値Tm2*の大きさを比較し、値が大きい方のトルク目標値をモータトルク指令値Tm*に設定する。車両の走行中、第2のトルク目標値Tm2*は第1のトルク目標値Tm1*よりも小さく、車両が減速して停車間際(車速に対応する速度パラメータが所定値以下)になると、第1のトルク目標値Tm1*よりも大きくなる。従って、トルク比較器504は、第1のトルク目標値Tm1*が第2のトルク目標値Tm2*より大きければ、停車間際以前と判断して、モータトルク指令値Tm*を第1のトルク目標値Tm1*に設定する。また、トルク比較器504は、第2のトルク目標値Tm2*が第1のトルク目標値Tm1*より大きくなると、車両が停車間際と判断して、モータトルク指令値Tm*を第1のトルク目標値Tm1*から第2のトルク目標値Tm2*に切り替える。なお、停車状態を維持するため、第2のトルク目標値Tm2*は、登坂路では正トルク、降坂路では負トルク、平坦路では概ねゼロに収束する。
なお、停車間際を判定する指標となる上記所定値は、図11を参照して説明したステップS1104において車両がまもなく停止するか否かを判定する指標となる既定値以上の車速である。
以下、本実施形態における電動車両の制御装置を電気自動車に適用した際の効果について、図12を参照して説明する。
図12は、本実施形態における電動車両の制御装置による制御結果の一例と、従来制御による制御結果とを比較する図である。図12は、一定勾配の登坂路で停車する場合の制御結果であり、上から順に、(a)車速、(b)ブレーキ制動量B、(c1)従来制御におけるブレーキトルク推定値、(d1)従来制御におけるモータトルク、(c2)本実施形態において補正されたブレーキトルク推定値(ブレーキトルク補正値)、(d2)本実施形態におけるモータトルクである。
時刻t1では、時刻t1以前から一定量のブレーキ制動量Bが使用されることにより車両が減速していき、車速が所定値(例えば、1km/h)を下回る。この時、ブレーキトルク推定値は、図示のとおり負の方向に、ブレーキ制動量Bのトルク換算値として算出される。
時刻t1からt2にかけては、車速が徐々に0に近づいて行く。また、時刻t1からt2にかけての従来制御におけるブレーキトルク推定値は、車速に応じて補正されないので、ブレーキ制動量Bと同様に一定値である。
時刻t2では、車両が停車しようとするが、車速センサや勾配センサ等のセンサ精度や、ギヤバックラッシュの影響等により、車速が0をオーバーシュートしており、車両が微小後退してしまう。
この時、従来制御では、車両の進行方向が逆転したのに伴いブレーキトルク推定値の符号が反転し、それに応じて車両のモータトルク(制駆動トルク)の正負方向が急変してしまうので、収束すべき外乱トルク推定値に対してモータトルクがオーバーシュートする。その結果、車両に前後方向のショックや振動が発生する。
また、時刻t3〜t6においても、従来技術では、t2と同様にブレーキトルク推定値の符号が反転するたびに、モータトルクの急変に伴い振動が発生してしまう。
これに対して、本実施形態に係る電動車両の制御装置による制御結果の一例について説明する。
上記のとおり、時刻t1において所定値(1km/h)を下回った車速は、時刻t1〜t2にかけて徐々に0に近づいていく。この時、本実施形態の電動車両の制御装置によれば、図10で示した車速(車輪速ωw)とブレーキトルク補正率[%]との関係を示すテーブルに基づいて、車速に応じたブレーキトルク補正値が算出される。ブレーキトルク補正値は、ブレーキトルク推定値が補正された値であって、車速に応じて低減されるので、図示するとおり、車速が0に近づくほど小さくなる。
その結果、車速が0となる時刻t2時点におけるブレーキトルク補正値は0となる。したがって、本実施形態の電動車両の制御装置によれば、車速が0を跨ぐタイミングにおける外乱トルク推定値(不図示)の補正量は0であり、外乱トルク推定値が急変することはないので、図示する通り、モータトルクの急変が抑制され、それに伴って生じる車両の振動を抑えることができる。
また、時刻t3〜t6において車速が0を跨ぐ場面でも、ブレーキトルク補正値は車速に応じて0となるので、モータトルクの急変が抑制され、車両の振動発生を抑制することができる。
以上、一実施形態の電動車両の制御装置は、走行駆動源として機能するとともに車両に回生制動力を与えるモータ4と、車両に摩擦制動力を与える摩擦制動部と、を備える電動車両の制御方法を実現する装置であって、モータの回転速度または当該回転速度に比例する速度パラメータを検出し、モータ4に作用する外乱トルク推定値を算出し、摩擦ブレーキ13によるブレーキ制動量Bを検出または推定し、ブレーキ制動量Bに応じて外乱トルク推定値を補正する。そして、電動車両が所定車速以下になると、モータの回転速度または速度パラメータの低下とともにモータトルクが外乱トルクに収束するようにモータ4を制御し、電動車両が所定値以下においてブレーキ制動量Bが所定値以上のとき、外乱トルク推定値に対する補正量を低減する。これにより、車両が減速し停車に至る場面において、車速が0をオーバーシュートする場合でも、車速が小さくなるのに応じて外乱トルク推定値への補正量が低減されるので、補正による外乱トルク推定値の急変を抑制して、車両の振動発生を抑えることができる。
また、一実施形態の電動車両の制御装置によれば、摩擦制動部は、車両が備える摩擦ブレーキ13であって、ブレーキ制動量Bから、車両が前進なら負の符号に、車両が後進なら正の符号に設定されたブレーキトルク推定値を算出し、補正は、外乱トルク推定値からブレーキトルク推定値を加算することにより実行される。また、停車間際以降において所定値以下のブレーキ制動量Bが検出された場合は、モータ4の回転速度または速度パラメータが小さくなるほど、外乱トルク推定値に加算するブレーキトルク推定値の絶対値を小さくする。これにより、車両が減速し停車に至る場面において、摩擦ブレーキ13による摩擦制動量が車両に作用する場合に、外乱トルク推定値からブレーキ制動量をキャンセルする補正が実行されるとともに、車速が小さくなるのに応じて外乱トルク推定値からキャンセルされるブレーキ制動量の割合が小さくなるので、補正による外乱トルク推定値の急変を抑制して、車両の振動発生を抑えることができる。
本発明は、上述した一実施の形態に限定されることはない。例えば、上述した説明では、アクセル操作量が所定値以下であり、かつ、電動車両が停車間際になると、電動モータ4の回転速度の低下とともにモータトルク指令値Tm*を補正後の外乱トルク推定値Tdに収束させるものとして説明した。しかし、車輪速や車体速度、ドライブシャフトの回転速度などの速度パラメータは、電動モータ4の回転速度と比例関係にあるため、電動モータ4の回転速度に比例する速度パラメータの低下とともにモータトルク指令値Tm*を外乱トルク推定値Tdに収束させるようにしてもよい。