以下、本発明に係る塗り床及び塗り床の施工方法の好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
<塗り床の構成>
図1(a)に示されるように、塗り床1は、隙間2を有するコンクリート床3に設けられた追従目地部4と、コンクリート床3上と追従目地部4上とに形成された緩衝層5と、緩衝層5上に形成された塗り床部6とを有する。
コンクリート床3は、コンクリートパネル7とコンクリートパネル8とを含む。隙間2は、コンクリートパネル7,8の間に人為的に形成された空隙である。なお、隙間2は、コンクリートパネルに自然発生したひび割れ(クラック)であってもよい。また、隙間2は、コンクリートのひび割れ誘発目地と追従目地部4を兼用し、追従目地部4と塗り床部6とを施工した後に追従目地部4に自然発生したひび割れであってもよい。
追従目地部4は、隙間2を含むようにコンクリート床3に形成された断面矩形状の目地用溝9を有する。なお、目地用溝9の断面形状は、矩形状に限定されることはなく、U字状やV字状であってもよい。目地用溝9は、隙間2を跨ぐように、コンクリートカッターなどを用いてコンクリートパネル7とコンクリートパネル8とに形成される。目地用溝9の溝幅(W)は、コンクリート床3の表面3aに沿って隙間2の延びた方向と直交する方向の幅である。溝幅(W)は、隙間2の大きさ(A)よりも大きい。一例として、溝幅(W)は、下限値が5mmであり、上限値が20mmである。溝幅(W)が大きくなると、ひび割れ追従幅が向上する傾向にある。ここで、ひび割れ追従幅とは、塗り床1を構成する塗り床部6にひび割れが発生しない隙間2の最大変動幅をいう。また、溝幅(W)の下限値が5mmであるので、目地用溝9に充填材を充填する作業を容易に実施できる。一方、溝幅(W)が大きくなると、塗り床1の耐久性が低下する傾向にある。従って、塗り床1が所望の耐久性を発揮するために、溝幅(W)の上限値が20mmに設定される。目地用溝9の深さ(D)には特に制限はない。一例として、深さ(D)は、下限値が5mmであり上限値が40mmである。
目地用溝9には、充填材が充填されることによって、目地部10が形成される。すなわち、追従目地部4は、目地部10を含む。目地部10は、二面接着としてもよいし、三面接着としてもよい。二面接着の場合には、目地部10の両側面が目地用溝9の側壁9aに接着される。二面接着の場合には、目地部10の裏面は目地用溝9の目地底9bに接着されない。この場合、目地底9bには、ボンドブレーカーが貼り付けられる。ボンドブレーカーは、紙、布、プラスチックフィルム等の粘着テープや発泡体であり、目地部10と接着しないものをいう。なお、目地部10は、目地用溝9に対して、例えばプライマー等により接着されてもよい。この構成によれば、目地部10に対する目地用溝9の接着性が高まる。
目地部10をなす充填材は、比較的柔軟な樹脂材料により構成される。柔軟性を示す指標には、弾性係数及び伸びがある。充填材には、弾性係数の下限値が5N/mm2であり、上限値が600N/mm2である樹脂材料が用いられ、上限値が500N/mm2である樹脂材料がより好ましい。また、充填材には、伸びが2%以上である樹脂材料が用いられる。ここで、伸びとは、樹脂材料が破断する直前における最大ひずみであり、変形前の長さに対する破断する直前における長さの比率として定義される。このような伸びを有する充填材によれば、目地用溝9の溝幅(W)の拡大によって充填材が変形され、この変形によって充填材自体が破断されることを抑制できる。これら弾性係数と伸びとを有する樹脂材料には、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、塗り床材と同じ材料、及び塗り床材に硅砂などを添加した材料などがあるが、これらに限定されることはない。
緩衝層5は、追従目地部4上とコンクリートパネル7,8上とに形成される。なお、緩衝層5は、追従目地部4の目地部10上、コンクリートパネル7,8、または両方に対して、例えばプライマー等により接着されてもよい。この構成によれば、緩衝層5に対する目地部10、コンクリートパネル7,8、または両方の接着性が高まる。緩衝層5の厚みt1は、下限値が0.1mmであり、上限値が0.5mmである。緩衝層5の厚み(t1)が小さくなると、ひび割れ追従幅が小さくなる傾向にある。従って、実際の建物に生じ得るひび割れの変動幅に対応するために、緩衝層5の厚み(t1)の下限値は0.1mmに設定される。例えば、目地用溝9の溝幅(W)が5mmであるとき、緩衝層5の厚み(t1)が0.1mmより小さい場合には、ひび割れ追従幅が0.1mmより小さくなる。一方、緩衝層5の厚み(t1)が大きくなると、ひび割れ追従幅が大きくなるものの、塗り床1の耐久性が低下する傾向にある。従って、塗り床1が所望の耐久性を発揮するために、緩衝層5の厚み(t1)の上限値は0.5mmに設定される。
緩衝層5は、比較的柔軟な樹脂材料により構成される。緩衝層5の柔軟性を示す指標には、伸びがある。緩衝層5に用いられる樹脂材料の伸びは、後述する塗り床部6の伸びよりも大きい。緩衝層5には、伸びの下限値が25%である樹脂材料が用いられる。緩衝層5を有する塗り床1は、緩衝層5を有しない比較例に係る塗り床に対して伸びが3倍以上になる(後述する実施例3参照)。従って、塗り床1のひび割れ追従幅が大きくなる。緩衝層5を構成する樹脂材料は、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂などがあるが、これらに限定されることはない。なお、充填材と緩衝層をなす材料とは、別途規定される条件を満たす限りにおいて、同じものを用いてもよい。
塗り床部6は、塗り床材を塗布して継ぎ目のない膜を形成することにより、防水性や下地保護性などの性能と意匠性とを床に付与する。塗り床部6は、緩衝層5の表面5aに塗り床材を塗布することにより形成される。なお、塗り床部6は、緩衝層5、コンクリートパネル7,8、または両方に対して、例えばプライマー等により接着されてもよい。この構成によれば、緩衝層5、コンクリートパネル7,8、または両方に対する塗り床部6の接着性が高まる。塗り床部6の厚みは、0.5mm〜5mmであり、一例として0.8mmである。従って、緩衝層5と塗り床部6とを有する層の厚みは、1mm程度である。塗り床材に利用可能な材料として、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、メタクリル樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂などがある。
なお、図1(b)に示されるように、塗り床1Aは、緩衝層5Aと塗り床部6Aとにより構成されていてもよい。緩衝層5Aは、追従目地部4の上面全体とコンクリートパネル7,8の一部とに形成される。塗り床部6Aは、緩衝層5Aと、緩衝層5Aに覆われていないコンクリートパネル7,8上とに形成される。この場合、コンクリートパネル7,8上に形成される緩衝層5Aの幅(Wc)は、目地用溝9の溝幅(W)の2倍程度よりも大きいことが好ましい。
塗り床1の作用効果について説明する。まず、図2に示された比較例に係る塗り床100を例に、塗り床100におけるひび割れ発生のメカニズムを説明する。
図2(a)に示されるように、塗り床100は、目地部101と、塗り床部103とを有する。一方、塗り床100は、追従目地部4及び緩衝層5を有していない。目地部101は、コンクリート床102に形成されたひび割れに充填材が充填されている。塗り床部103は、コンクリート床102上に形成される。目地部101上における塗り床部103の領域103aは、目地部101に付着して一体として動く。塗り床部103の領域103bはコンクリート床102に付着して一体として動く。このため、コンクリート床102の目地部幅D1が変動すると、目地部101が伸縮するため、目地部101上の領域103aが目地部101の伸縮に追従する。従って、塗り床部103の領域103aは追従領域であり、追従領域は目地部幅D1の大きさ、すなわち目地部101と同じ幅であると想定し得る。
図2(b)に示されるように、コンクリート床102が収縮すると、目地部101とコンクリート床102との間で目地部幅D1が拡大する。このため、目地部101上の塗り床1の領域103aにひずみ(εa)が発生する。このとき、塗り床部103の領域103aに発生するひずみ(εa)は、εa=δa/Waにより得られる。ここで、(δa)は、目地部幅D1の変化量であり、(Wa)は領域103bの幅である。
塗り床100では、塗り床部103の領域103aの幅(Wa)が小さいため、変形量(δa)が僅かであってもひずみ(εa)は大きくなる。すなわち、追従目地部4を有しない下地に塗り床材を均一に塗布する施工方法では、目地部幅D1の変形が目地部101上のごくわずかな領域103aに集中し、塗り床部103に発生するひずみ(εa)が大きくなる傾向にある。
そして、ひずみ(εa)が塗り床部103の限界ひずみ(εu)を超えたとき、塗り床部103にひび割れD3が発生する。塗り床部103にひび割れD3が発生しない条件、すなわち塗り床部103のひずみ(ε)が限界ひずみ(εu)を越えない条件を数式で示すと式(3)のようになる。
ここで、(εu)は塗り床材の限界ひずみであり、(n)は低減係数である。また、(εu/n)はコンクリート床3に塗り床1を施工した状態での塗り床材の伸びである。
例えば、目地部幅D1=0.3mmであり、目地部幅D1の変化量(δa)がδ=0.10mmであり、目地用溝9の溝幅(Wa)がW=0.3mmであるとする。この場合、塗り床部103におけるひび割れD3の発生を防止するためは、塗り床材の限界ひずみ(εu)がεu>(δ/Wa)=(0.10mm/0.3mm)≒0.3(30%)である必要がある。従って、塗り床材には大きな伸びが必要となるが、一般に大きな伸びを有する塗り床材は採用できない場合が多い。さらに、塗り床100の構成では、角部102aが形状変化部となり、応力集中の基点となり得る。そして、この角部102a上には、直接に塗り床部103が形成されている。そうすると、角部102a近傍の塗り床部103には応力集中の影響が及ぶことになり、局所的にひずみが大きくなることも考えられる。
次に、塗り床の施工方法により施工される図3(a)に示された塗り床1の効果を説明する。図3(b)に示されるように、下地であるコンクリートパネル7,8が収縮すると隙間2が開き、追従目地部4全体の充填材にひずみ(ε)が発生する。目地部10と緩衝層5とは互いに付着しているため、追従目地部4上の緩衝層5及び塗り床部6の追従領域6aにもひずみ(ε)が発生する。
追従領域6aの幅は追従目地部4の溝幅(W)と同じであると考えることもできる。さらに、この追従領域6aは、緩衝層5によって更に広い領域と考えることもできる。従って、追従目地部4がない場合に比べて、塗り床1は大きな追従領域を確保できる。
隙間2の変化量(δ)と塗り床部6の変形量とが同じであるならば、塗り床1に発生するひずみ(ε)の大きさは追従領域6aの幅(W)によって決まる。従って、より大きい追従領域6aを有する塗り床1に発生するひずみ(ε)はより小さくなる傾向にある。発生するひずみ(ε)が小さいと、塗り床材の伸びが小さくても(すなわち、塗り床材の限界ひずみが小さくても)隙間2の変化量(δ)の増加による塗り床1のひび割れの発生を防止することができる。
従って、追従領域6aを有する塗り床1によれば、ひび割れ、ひび割れ誘発目地部又はコンクリートパネル間などの下地の隙間2に対して、追従目地部4を設けることにより追従目地部4全体が変形する。従って、塗り床1に発生するひずみ(ε)が小さくなるため、塗り床部6にひび割れが発生することを防ぐことができる。
さらに、塗り床1の追従領域6aは、比較的柔軟な樹脂材料を有する緩衝層5と、比較的硬質な樹脂材料を有する塗り床部6と、が積層されている。このように、互いに異なる特性を有する緩衝層5と塗り床部6とが積層されることにより、塗り床1の追従領域6aは、緩衝層5が有する柔軟性と、塗り床部6が有する耐久性とを併せ持つことが可能になる。例えば、隙間2が大きくなると、目地用溝9の溝幅(W)も隙間2の増大量に対応して大きくなる。ここで、緩衝層5が存在しない場合には、追従領域6aの幅は追従目地部4の溝幅(W)と同じであると考えることもできる。一方、緩衝層5が存在する場合には、緩衝層5が柔軟性を有するために、溝幅(W)の増大量が緩衝層5によってさらに拡大され、拡大された溝幅(W)の増大量が塗り床部6に伝わることになる。塗り床部6の変形範囲が拡大するということは、式(1)においてひずみが小さくなることである。
そのうえ、コンクリート床3に発生したひび割れ又はひび割れ変動によれば、目地用溝9のコンクリート床3側の角部9cに応力集中が生じ得る。この塗り床1では、目地用溝9のコンクリート床3側の角部9c上には緩衝層5が形成され、その緩衝層5の上に塗り床部6が形成されている。このため、目地用溝9のコンクリート床3側の角部9cに塗り床部6が直接に接触していない、すなわち、応力集中の基点となる形状変化部(角部9c)から塗り床部6までの距離が長くなるので、塗り床部6に対して応力集中の影響が及ぶことを抑制することができる。
従って、緩衝層5により、塗り床部6に発生する変形が拡大されると共に、塗り床部6への応力集中の影響が抑制されるので、塗り床部6のひび割れの発生が防止される。従って、緩衝層5を有する塗り床1によれば、ひび割れ追従幅の拡大と耐久性の向上とを両立させることができる。
<塗り床の施工方法>
塗り床の施工方法について説明する。なお、以下の説明において、下記文献1〜文献6の内容を適宜用いる。
(1)日本塗り床工業会・著、「塗り床ハンドブック」、平成18年版、工文社、平成18年12月19日(文献1)。
(2)小柳光生ほか・著、「鉄筋コンクリート外壁のひび割れに関する研究」、日本建築学会、日本建築学会大会学術講演梗概集、1990年10月、pp.225〜pp.226(文献2)。
(3)大久保孝明ほか・著、「実建物の壁面に生じたひび割れ挙動計測に基づくひび割れ補修のための調査診断に関する考察」、日本建築学会、日本建築学会構造系論文集、2011年、pp.737〜pp.744(文献3)。
(4)特開平10−37114号公報(文献4)。
(5)「エービーシー商会改修総合カタログ」、[online]、エービーシー商会、[平成27年1月21日検索]、インターネット〈URL http://catalog.abc−t.co.jp/my_pageview/kaishyuaa/pageview/pageview.html#page_num=25〉(文献5)。
(6)高橋愛枝ほか・著、「食品工場の塗床材・工法の選定技術に関する研究」、大成建設技術センター報、2007年、第40号、pp.12−1〜pp.12−6(文献6)。
(7)日本工業標準調査会・審議、「フリーアクセスフロア試験方法・JIS−A−1450」、日本規格協会、平成21年5月20日改正(文献7)。
塗り床1のひび割れの発生には、塗り床1の施工後にコンクリート床3にひび割れが発生し、塗り床1にひび割れが及ぶ場合がある。また、塗り床1の施工前にコンクリート床3にひび割れ又は隙間2が形成され塗り床の施工後にそれらひび割れ等が変動して塗り床1にひび割れが及ぶ場合がある。塗り床1の施工方法は、後者のひび割れの発生形態に対応する。従って、塗り床1の施工方法は、塗り床1の施工前に発生した又は発生させたコンクリート床3のひび割れ部、又はコンクリートパネル7,8の間に形成されたひび割れ誘発目地部の補修に適用される。また、ひび割れ誘発目地と追従目地部4を兼用し、塗り床1施工後の追従目地部4にひび割れを発生させる施工方法にも適用可能である。
図4に示されるように、塗り床1の施工方法は、設計工程S10と、施工工程S20とを有する。設計工程S10は、塗り床1を施工するために必要な寸法を設定すると共に、塗り床1を構成する材料を選択する。施工工程S20は、設計工程S10において設定された寸法と選択された材料とを用いて塗り床1を施工する。
設計工程S10は、塗り床材を選択する工程S11と、充填材を選択する工程S12とを有する。
<塗り床材を選択する工程:S11>
工程S11では、ひび割れの発生の有無を評価する基準として、塗り床部6に発生するひずみ(ε)を採用する。そして、塗り床部6に発生するひずみ(ε)が塗り床部6の伸び以下となるように追従目地部4の寸法を設定し、且つ塗り床材の材料を選択する。工程S11では、塗り床材の物性である限界ひずみ(εu)、隙間2の変化量(δ)及び目地用溝9の溝幅(W)を設計パラメータとして用いる。
塗り床部6にひび割れが発生しないための第1のひび割れ防止条件を検討する。第1のひび割れ防止条件は、隙間2の拡大に伴う隙間2の変化量(δ)の増大により、追従領域6aを構成する塗り床部6に発生するひずみ(ε)が、塗り床材の伸びを超えないという条件である(図5(a)参照)。
なお、ここでいう塗り床材の伸びとは、低減係数(n)を用いて塗り床材の限界ひずみ(εu)を低減したものである。限界ひずみ(εu)の低減は、塗り床材に発生するひずみ(ε)が増大するに伴って目地部10と目地用溝9の側壁9aとの間に応力が集中することにより、塗り床材が局所的に破断することを考慮し、塗り床材の伸びを低減して評価するためのものである。低減係数(n)は、計算値と実験値の差を示すものともいえる。
第1のひび割れ防止条件に基づき、工程S11では、式(1)を利用して、塗り床材の伸び(εu/n)より塗り床部6に発生するひずみ(ε)が小さくなるように、目地用溝9の溝幅(W)を設定すると共に、塗り床材を選択する。
ここで、(δ/W)は塗り床部6に発生するひずみ(ε)を示し、(εu/n)は塗り床部6の伸びを示す。また、(ε)は塗り床材に発生するひずみであり、隙間2の変化量(δ)と溝幅(W)により算出される。(δ)は、隙間2の変化量を示す値であり、本実施形態ではδ=0.10mmに設定される。数値の設定根拠は後述する。(W)はコンクリート床3に沿って隙間2が延びた方向と直交する方向の目地用溝9の溝幅であり、工程S11における設計パラメータである。(εu)は塗り床材が破断する限界ひずみであり、工程S11における設計パラメータである。また、(εu)は塗り床材の固有の特性であり、塗り床材のカタログ値等から得られる。また、文献1に記載された塗り床材の引張試験方法を実施して実験的に得てもよい。(n)は定数である低減係数である。本実施形態ではn=1に設定される。数値の設定根拠は後述する。
まず、隙間2の変化量(δ)の設定根拠について説明する。塗り床部6に発生するひずみ(ε)は、コンクリートパネル7,8が収縮して隙間2が大きくなり、塗り床部6が引っ張られることにより発生する。従って、ひずみ(ε)を基準にした設計には、隙間2の最大変化幅を設定する必要がある。
文献2には、実建物を対象とした外壁の隙間幅変動の調査を約1年半行い、壁面の温度変化の影響による隙間の変化量の日変動及び年変動を調査した結果が開示されている。文献2には、隙間の変動の大きさは、日変動が約0.1mmであり、年変動が最大0.15mmであることが開示されている。また、文献3には、壁面の温度変化の影響による隙間の変化量の日変動を調査した結果が開示されている。この壁面温度の変化は、日射が主要因である。文献3には、隙間の変動の大きさは、日変動幅が0.1mmであることが開示されている。
ここで、塗り床1が主に採用される室内の床は、日射の影響を受けず温度変化が小さいため、外壁に比べてひび割れの変動の大きさも小さいと考えられる。従って、外壁の最大隙間変動幅をコンクリート床3の隙間2の変化量(δ)として、コンクリート床3の隙間2の変化量(δ)の設計値をδ=0.10mmに設定した。
低減係数(n)の設定根拠について説明する。低減係数(n)は応力集中を考慮した塗り床材の伸びを定めるための係数である。しかし、応力集中のメカニズムは複雑であるため、低減係数(n)を理論的に設定することは難しい。そこで、本実施形態では、塗り床1を模擬した試験体を作製し、この試験体を用いて引張試験を実施した結果を利用して低減係数(n)をn=1に設定した。なお、試験結果から低減係数(n)を決定した詳細については、後述する実施例1において説明する。また、塗り床1では、応力集中の基点となり得る形状変化部(角部9c)上に緩衝層5が形成される。そうすると、塗り床部6へ及ぼされる応力集中の影響は、角部102a(図2参照)上に直接に塗り床部を形成した構成よりも小さくなる。この点からも、低減係数(n)をn=1に設定した。
図4に示されるように、塗り床材を選択する工程S11では、まず、隙間2の変化量(δ=0.10mm)と、所定の値に設定した目地用溝9の溝幅(W)を用いて、塗り床部6の追従領域6aに発生するひずみ(ε)を算出する(工程S11a)。例えば、溝幅(W)は、W=5mm〜20mmに設定される。続いて、所定の値に設定した限界ひずみ(εu)と低減係数(n=1)とを用いて塗り床部6の伸び(εu/n)を算出し、工程S11aで算出したひずみ(ε)と比較する(工程S11b)。塗り床材の限界ひずみ(εu)は0.01〜0.10(1%〜10%)の間における所定値に設定される。
ここで、伸び(εu/n)よりもひずみ(ε)が大きい場合には(工程S11b:NO)、塗り床部6にひび割れが発生すると想定されるため、溝幅(W)及び限界ひずみ(εu)を再設定する(工程S11c)。そして、再び工程S11aを実行する。一方、伸び(εu/n)よりもひずみ(ε)が小さい場合には(工程S11b:YES)、塗り床部6にひび割れは発生しないと想定されるため、塗り床材を選択する工程S11を終了し、充填材を選択する工程S12の処理を実行する。
<充填材を選択する工程:S12>
塗り床1において、塗り床部6のひび割れを防止する条件には、第1のひび割れ防止条件とは別の第2のひび割れ防止条件がある。隙間2が拡大する、すなわち変化量(δ)が増加すると、目地部10が引っ張られて目地部10と目地用溝9の側壁9aとの間に剥離応力が発生する。そして、剥離応力が目地部10と側壁9aとの間の付着強度よりも大きくなると、側壁9aから目地部10が剥離する(図5(b)参照)。この剥離によれば、塗り床部6の追従領域が領域6bになると考えられる。そうすると、狭い領域6bに変形が集中するため塗り床部6に発生するひずみ(ε)が大きくなり、塗り床部6にひび割れが発生する。従って、第2のひび割れ防止条件は、目地部10と目地用溝9の側壁9aとの間に発生する剥離応力が、目地部10と目地用溝9の側壁9aとの間の付着強度を越えないという条件である。
図4に示されるように、第2のひび割れ防止条件に基づき、充填材を選択する工程S12では、式(2)を利用して、充填材と目地用溝9の側壁9aとの間に発生する剥離応力が、目地部10と側壁9aとの間の付着強度よりも小さくなるように、目地部10を構成する充填材を選択する。
式(2)の左辺は目地部10と側壁9aとの間に発生する剥離応力を示す。式(2)の右辺は目地部10と側壁9aとの間の付着強度を示す。(Ef)は充填材の弾性係数であり、充填材を選択する工程S12における設計パラメータである。弾性係数(Ef)は充填材の材質とひずみ(ε)により決定される値であり、本実施形態では実験により求めた充填材の各ひずみ(ε)における割線弾性係数を用いる。例えば、弾性係数(Ef)は、5N/mm2〜600N/mm2に設定される。弾性係数(Ef)の詳細については、後述する。(σbf)は側壁9aに対する目地部10の付着強度であり、第2の設計工程S12における設計パラメータである。(σbf)は、充填材固有の材料特性であり、充填材のカタログ値等から得られる。隙間2の変化量(δ)は、塗り床材を選択する工程S11で用いた値(δ=0.10mm)である。目地用溝9の溝幅(W)は、塗り床材を選択する工程S11で設定した値である。
まず、充填材と側壁9aとの間に発生する剥離応力(σb)を算出し(工程S12a)、剥離応力(σb)と付着強度(σbf)とを比較する(工程S12b)。剥離応力(σb)が付着強度(σbf)よりも大きい場合には(工程S12b:NO)、充填材の剥離が発生し、塗り床部6にひび割れが発生するおそれがあるため、充填材の弾性係数(Ef)と付着強度(δbf)とを再設定し(工程S12c)、再び塗り床材を選択する工程S11の工程S11aから処理を実施する。
一方、剥離応力(σb)が付着強度(σbf)よりも小さい場合には(工程S12b:YES)、充填材の剥離が発生しない。この場合には、第1及び第2のひび割れ防止条件を満たす溝幅(W)が設定されると共に、充填材の材料と塗り床材の材料とが選択されたことになる。従って、設計工程S10を終了し、施工工程S20に進む。
施工工程S20では、塗り床1を施工する。施工工程S20は、目地用溝9を形成する工程S21と、目地部を形成する工程S22と、緩衝層5を形成する工程S23と、塗り床部6を形成する工程S24と、を有する。
まず、コンクリート床3に目地用溝9を形成する(目地用溝を形成する工程:S21)。目地用溝9の溝幅(W)は、塗り床材を選択する工程S11で設定された寸法とされ、深さ(D)は、5mm〜40mm又は50mmが目安である。なお、深さ(D)は、50mm以上であってもよい。目地用溝9の形成には、コンクリート床3を断面矩形状にはつることができるダイヤモンドカッターを用いる。なお、目地用溝9は、コンクリート床3の施工におけるコンクリート打設時に形成してもよい。文献4には、深さの下限値が20mmであり上限値が30mmである目地構造が開示されている。
続いて、工程S21で形成した目地用溝9に、充填材を充填して追従目地部4を形成する(目地部を形成する工程:S22)。このとき、目地用溝9の側壁9aと充填材とが接着する二面接着となるように充填材を目地用溝9に充填する(図1参照)。なお、充填材は、側壁9aに加え、さらに目地用溝9の目地底9bと接着した三面接着となるように充填材を目地用溝9に充填してもよい。この工程S22では、目地用溝9にプライマー等を塗布した後に、充填材を充填して追従目地部4を形成してもよい。続いて、コンクリートパネル7,8上と追従目地部4上とに緩衝層5を形成する(緩衝層を形成する工程:S23)。この工程S23では、コンクリートパネル7,8上及び目地部10上にプライマー等を塗布した後に、緩衝層5を形成してもよい。そして、緩衝層5上に塗り床部6を形成する(塗り床を形成する工程:S24)。塗り床1は、例えば公知のエポキシ樹脂の流しのべ工法を用いて、塗り床材を選択する工程S11において選択された材質の塗り床材を塗布することより形成される。この工程S24では、緩衝層5およびコンクリートパネル7,8の表面にプライマー等を塗布した後に、塗り床部6を形成してもよい。
以上の工程を実施することにより、塗り床1の施工が完了する。
ところで、塗り床部6のひび割れは、塗り床部6に発生するひずみ(ε)が塗り床材の伸びを超えた際に起こると考えられる。従って、塗り床部6のひび割れ発生を評価するためには、塗り床部6の変形量ではなく、塗り床部6のひずみ(ε)を用いる方が有利である。
従来は、ひずみではなく、変形量を用いて塗り床の設計を行っていた。このような設計法の例として、文献5及び文献6に開示されたゼロスパンテンション試験を利用した塗り床の評価及び設計法がある。ゼロスパンテンション試験は、ひび割れを有する試験体に塗り床を施工した試験体を引っ張り、塗り床が破断したときのひび割れの大きさを評価する試験である。
ゼロスパンテンション試験では、塗り床部のひび割れが発生したときの隙間の変化量は得られるが、塗り床部の変形領域を特定し難く、塗り床部のひずみ(ε)を評価することは困難であった。従って、従来の塗り床の施工方法では、ゼロスパンテンション試験の変形量で得たひび割れ追従幅を利用して塗り床を設計していた。このため、塗り床部に発生するひずみ(ε)と塗り床部の伸びとを用いて塗り床部の追従幅を評価し、設計している事例はなかった。
また、変形量による塗り床部の評価及び設計では、塗り床部6のひび割れ対策として取り得る方法は、塗り床材の材質の選択のみであった。例えば、文献1には、硬質なエポキシ樹脂の塗り床材に対してより軟質のウレタン樹脂の塗り床材を選択するといった方法が開示されている。しかし、塗り床材の材質の選択によれば、塗り床に要求される硬度、耐摩耗性、耐薬品性、耐熱性などの性能を同時に満足することが困難であった。
一方、追従目地部4を設けた場合には、塗り床部6の変形領域が追従目地部4の領域とみなすこともできるので、ひずみ(ε)の評価が可能である。従って、塗り床の施工方法では、塗り床1にひび割れが発生する条件を評価するためにひずみ(ε)を採用し、塗り床部6のひび割れは、塗り床部6に発生するひずみ(ε)が塗り床部6の伸びを越えたときに発生すると規定した。すなわち、塗り床1の施工方法では、ひずみ(ε)が塗り床部6の伸び以下となるように追従目地部4を形成して塗り床部6におけるひび割れの発生を防止している。
そこで、塗り床材を選択する工程S11では、塗り床部6に発生するひずみ(ε)が限界ひずみ(εu)で規定される伸びよりも小さくなる条件を規定した式(1)を利用して、式(1)を満たす目地用溝9の溝幅(W)を設定し塗り床材の材質を選択した。この塗り床材を選択する工程S11によれば、塗り床部6の伸びに起因する塗り床部6のひび割れの発生を防止可能な溝幅(W)を設定し塗り床材を定量的に選択できる。この方法によれば、塗り床材の材質と、目地用溝9の溝幅(W)と、を塗り床部6のひび割れを防止する設計におけるパラメータとして利用することができる。
また、塗り床部6のひび割れは、目地用溝9に充填された目地部10と目地用溝9の側壁9aとの剥離によっても発生する。そこで、充填材を選択する工程S12では、目地部10が側壁9aから剥離しない条件を規定した式(2)を利用して、式(2)を満たす目地部10の材質を選択した。この充填材を選択する工程S12によれば、目地部10の剥離に起因する塗り床部6のひび割れの発生を防止可能な充填材を定量的に選択できる。
さらに、塗り床材を選択する工程S11と充填材を選択する工程S12とによれば、塗り床材と充填材を定量的に選択することができるため、必要以上の弾力性を有する軟質の塗り床材と充填材を選択することがない。従って、耐久性の低下を抑制可能な塗り床1を施工できる。
また、溝幅(W)の下限値が5mmであるため、塗り床部6を隙間2の変化量(δ)の増加に好適に追従させることができる。より詳細には、追従目地部4が隙間2の変化量(δ)の増加に追従する条件を検討した場合、塗り床部6にひび割れが発生しない第1のひび割れ防止条件の式(1)に、隙間2の変化量(δ=0.10mm)、低減係数(n=1)、実験値である硬質なエポキシ樹脂の塗り床材の限界ひずみ(εu=0.02)を代入し、目地用溝9の溝幅(W)を算出すると、溝幅(W≧5mm)であることがわかる。従って、隙間2の変動幅(δ=0.10mm)、低減係数(n=1)、実験値である硬質なエポキシ樹脂の塗り床材の限界ひずみ(εu=0.02)の条件下では、溝幅(W)は5mm以上とすることが好ましい。
さらに、溝幅(W)の上限値が20mmであるため、充填材が充填された目地用溝9上を台車が通過するときに、台車の重量が目地部10のみに作用することを防止できる。従って、台車の通過に対する塗り床1の耐久性を確保することができる。より詳細には、式(1)より、溝幅(W)が大きいほど追従目地部4の追従幅能は大きくなることがわかる。一方、重量物を載せた台車が追従目地部4の上を通過しても塗り床部6が健全であることが要求されるが、溝幅(W)が大きくなると塗り床部6の耐久性が問題になる。
図6(a)に示されるように、追従目地部4の上にキャスターCを有する台車(不図示)が通過する際、追従目地部4のみにキャスターCからの荷重が作用すると追従目地部4が変形し、塗り床部6が割れる可能性がある。従って、図6(b)に示されるように、キャスターCの接地長さLより溝幅(W)を小さくする。台車等で一般に用いられるキャスターCは、ウレタン製の車輪であって直径が150mmである。この場合に、重量物を載せた状態のキャスターの接地長さLはL=25mm程度となる。従って、キャスターCの通過に対する耐久性の観点からすると、溝幅(W)は20mm以下であればよい。
また、弾性係数(Ef)の下限値が5N/mm2であるため、外部からの荷重や衝撃に対する充填材の変形やひび割れの発生を防止できる。より詳細には、充填材の弾性係数(Ef)が小さく充填材が柔らかいほど、第2のひび割れ防止条件を規定する式(2)の左辺が小さくなるため、追従目地部4の追従幅能は大きくなる。一方、弾性パテやシーリング材の柔らかい材料を充填材に用いると、文献1より外部からの荷重や衝撃に対して追従目地部4が変形し、塗り床部6でひび割れが発生しやすくなるおそれがある。従って、弾性パテやシーリング材の弾性係数は3.2N/mm2程度(実験値)であるため、充填材の弾性係数は5N/mm2以上とすることが好ましい。
また、弾性係数(Ef)の上限値が600N/mm2であるため、隙間2の変化量(δ)が増加したときに、充填材と目地用溝9の側壁9aとの間に発生する剥離応力(σb)の大きさを制限できる。より詳細には、充填材の弾性係数(Ef)が大きいと、隙間2の変化量(δ)の増加時に、目地部10に大きな剥離応力(σb)が発生し、目地部10と側壁9aとの間に剥離が発生する可能性が高まる。従って、塗り床部6にひび割れが発生しない第2のひび割れ防止条件の式(2)に、隙間2の変化量(δ=0.10mm)、目地幅(W=20mm)、充填材の付着強度(σbf=3N/mm2)を代入すると、目地部10の弾性係数(Ef)は、800N/mm2以下が得られる。従って、目地部10の弾性係数は600N/mm2以下とすることが好ましく、500N/mm2以下とすることがより好ましい。
塗り床の施工方法によれば、比較的硬く且つ伸びが小さい塗り床材又は比較的弾性係数が高い充填材を用いた場合であっても、目地用溝9の溝幅(W)を設定し、且つ緩衝層5を設けることにより、ひび割れの発生を防止可能な塗り床1を施工できる。さらに、塗り床部6のひび割れが防止されるので、意匠性を保つことが可能な塗り床1を施工することができる。
<実施例1>
実施例1では、緩衝層5を備えることにより塗り床1のひび割れ追従幅が大きくなることを確認した。この確認では、塗り床1を模擬した試験体の引張試験を実施した。実施例1の引張試験は、試験体に引張力を加えることでひび割れの挙動を模擬する。そして、塗り床部6にひび割れが発生したときの隙間2の変化量(δ)(ひび割れ追従幅)を評価する。
図7(a)〜図7(d)に示されるように、試験体20を作製した。より詳細には、ボルト21を打ち込んだモルタルブロック22をスパン中央で割裂してひび割れ23を発生させた(図7(a)参照)。次に、コンクリートカッターを用いてひび割れ23を含むように目地用溝24を両面に形成した(図7(b)参照)。モルタルブロック22の寸法は、40mm×40mm×160mmである。また、目地用溝24の寸法は、溝幅(W)が5mm,10mm,20mmのいずれかであり、深さ(D)が10mmである。続いて、目地用溝24に充填材を充填することにより、目地部26を形成した(図7(c)参照)。そして、充填材の硬化後に緩衝層25と塗り床部27とを両面に形成した(図7(d)参照)。なお、緩衝層25及び塗り床部27の形成にあたっては、引張試験時に偏心が発生しないように留意した。
実施例1では、図8に示された第1〜第10の条件のそれぞれに対応する10個の試験体20を作製した。実験パラメータは、目地用溝24の溝幅(W)と、緩衝層25の有無と、緩衝層25の厚み(t1)とである。なお、第1、第2、第5、第8の条件は、緩衝層25を有しない点で、比較例としての条件である。緩衝層25がない条件(第1、第2、第5、第8の条件)では、塗り床部27の厚みを1mmとした、緩衝層25がある条件(第3、第4、第6、第7、第9、第10の条件)では、塗り床部27の厚みを0.8mmとした。塗り床材として、エポキシ樹脂を採用した。このエポキシ樹脂は、文献6に開示された塗り床材の引張試験方法により測定された限界ひずみが1.6%である。充填材として、柔軟性エポキシ樹脂を採用した。この柔軟性エポキシ樹脂は、伸びが25%以上であり、且つひずみが塗り床の限界ひずみである1.6%の時の弾性係数の下限値が3N/mm2であり上限値が110N/mm2である。目地用溝24の目地底には、ボンドブレーカーは配置せずに、目地部26は三面接着とした。緩衝層25には、伸びが80%以上である材料を用いた。
まず、ひび割れ追従幅の実験値を評価した。図8の表は、ひび割れ追従幅の実験値を示す。また、図9のグラフは、緩衝層25の厚み(t1)とひび割れ追従幅との関係を示す。図9のプロットG9aは、目地用溝24がない条件(すなわち、目地用溝24の溝幅(W)がゼロ:第1の条件)の結果を示す。図9のグラフG9bは、目地用溝24の溝幅(W)が5mmである条件(第2、第3、第4の条件)の結果を示す。グラフG9cは、目地用溝24の溝幅(W)が10mmである条件(第5、第6、第7の条件)の結果を示す。グラフG9dは、目地用溝24の溝幅(W)が20mmである条件(第8、第9、第10の条件)の結果を示す。
図8及び図9に示されるように、緩衝層25がない条件(比較例:第1、第2、第5、第8の条件)の試験体20よりも、緩衝層25がある条件(第3、第4、第6、第7、第9、第10の条件)の試験体20の方が、全ての場合において、ひび割れ追従幅が大きかった。従って、緩衝層25は、塗り床1のひび割れの発生を防止に対して有効であることが確認できた。また、緩衝層25の厚み(t1)が厚くなるほど、ひび割れ追従幅が大きくなる傾向にあることが確認できた。
また、図8の表には、ひび割れ追従幅の理論値も示す。この理論値は、式(1)に対して、限界ひずみ(εu=1.6%)、低減係数(n=1)、溝幅(W=5mm,10mm,20mm)を代入して得た。そして、ひび割れ追従幅の実験値と、ひび割れ追従幅の理論値とを利用して、低減係数(n)(=理論値/実験値)を算出した。
緩衝層25がない条件(比較例:第1、第2、第5、第8の条件)では、低減係数(n)は、1以上であった。これは、目地部26と目地用溝24の側壁との間に、応力が集中しているためであると予想された。一方、緩衝層25がある条件(第3、第4、第6、第7、第9、第10の条件)では、低減係数(n)は、1未満であった。また、緩衝層25の厚み(t1)が大きいほど低減係数(n)が小さくなる傾向にあった。これは、緩衝層25により、目地部26の幅(溝幅(W))よりも広い範囲にひずみが分散し、且つ目地用溝24の側壁と目地部26との間における応力の集中が軽減されているためであると予想された。
例えば、図9のグラフG9bに示されるように、目地用溝24の溝幅(W)が5mmであるとき、緩衝層25の厚み(t1)の下限値を0.1mmとすれば、コンクリートに発生するひび割れの想定変動幅(0.1mm)よりも大きくなることがわかった。従って、緩衝層25の厚み(t1)の下限値は0.1mmとすることが妥当であることがわかった。
<実施例2>
実施例2では、緩衝層25を備える塗り床1の耐久性を確認した。ここで言う耐久性とは、塗り床1に物体が落下したときに生じる衝撃に対する強さ(以下、単に「衝撃強さ」ともいう)をいう。実施例2の試験は、文献1に記載された塗り床材の衝撃試験方法に準拠した。この試験方法は、塗り床1の表面からの高さが1mである位置から、塗り床1へ鋼玉を落下させて塗り床1に衝撃力を与える。この鋼玉の落下は、塗り床部27におけるひび割れ、浮きあるいは剥がれが発生するまで繰り返す。そして、ひび割れ、浮きあるいは剥がれが発生しない最大の落下回数を実験値として取得した。この得られた実験値は、文献1に記載された評価区分に従って分類した。この評価区分では、ひび割れ、浮きあるいは剥がれが発生しない落下回数が、10回以上である場合を衝撃区分A(非常に高い)とし、5〜9回である場合を衝撃区分B(高い)とし、1〜4回である場合を衝撃区分C(ある)とした。また、1回の落下によってひび割れ、浮きあるいは剥がれが発生した場合には、衝撃区分D(ない)とした。
実施例2では、文献1に定義された方法及び形態に従って試験体を作製した。また、実施例2では、図10の表に示された第11〜第21の条件のそれぞれに対応する試験体を作製した。第11〜第21の条件は、目地用溝24の溝幅(W)と、緩衝層25の有無、及び緩衝層25の厚み(t1)を実験パラメータとしている。なお、第11、第14、第18の条件は、緩衝層25を有しない点で、比較例としての条件である。
第11の条件は、目地用溝24及び緩衝層25を備えない条件であり、一般の塗り床を想定した条件である。第12、第13の条件は、目地用溝24を備えず緩衝層25を備える条件であり、塗り床1において目地部26が形成されていない領域であって緩衝層25がある部分(例えば、図7(d)の領域A1)を想定した条件である。第14、第18の条件は、目地用溝24を備えるが緩衝層25を備えない条件である。第15〜第17の条件及び第19〜第21の条件は、目地用溝24及び緩衝層25を備える条件であり、目地部26上に緩衝層25が形成された部分(例えば、図7(d)の領域A2)を想定している。
塗り床部27の厚みは、緩衝層25がない条件(比較例:第11、第14、第18の条件)では1mmとした。緩衝層25がある条件(第12、第13、第15、第16、第17、第19、第20、第21の条件)では0.8mmとした。塗り床材として、エポキシ樹脂を採用した。このエポキシ樹脂は、文献6に開示された塗り床材の引張試験方法により測定された限界ひずみが1.2%である。充填材として、柔軟性エポキシ樹脂を採用した。この柔軟性エポキシ樹脂は、伸びが25%以上であり、且つひずみが塗り床の限界ひずみである1.2%の時の弾性係数の下限値が31N/mm2であり上限値が70N/mm2である。目地用溝24の目地底には、ボンドブレーカーは配置せずに、目地部26は三面接着とした。緩衝層25には、伸びが62%である材料を用いた。
図10の表は、ひび割れ、浮き又は剥がれが発生しない落球回数とその衝撃区分を示す。また、図11のグラフは、緩衝層25の厚み(t1)とひび割れ等が発生しない落球回数との関係を示す。グラフG11aは、目地用溝24がない条件(第11、第12、第13の条件)の結果を示す。グラフG11bは、目地用溝24の溝幅(W)が10mmである条件(第14、第15、第16、第17の条件)の結果を示す。グラフG11cは、目地用溝24の溝幅(W)が20mmである条件(第18、第19、第20の条件)の結果を示す。グラフG11dは、目地用溝24の溝幅(W)が40mmである条件(第21の条件)の結果を示す。
グラフG11aを確認すると、緩衝層25の厚み(t1)が0.2mmより大きくなると、塗り床1における領域A1(図1参照)の衝撃強さは低下し始める傾向にあることがわかった。そして、緩衝層25の厚み(t1)が0.5mmより大きくなると、衝撃強さの区分が衝撃区分BからCに低下することが予想された。この結果によれば、緩衝層25の厚み(t1)の上限値を0.5mmとすることにより、塗り床1における領域A1の衝撃強さを、衝撃区分Bに維持できることがわかった。
グラフG11b及びグラフG11cを確認すると、いずれの目地用溝24の溝幅(W)においても、緩衝層25の厚み(t1)が大きくなるほど、衝撃強さが低下する傾向にあることがわかった。また、目地用溝24の溝幅(W)が大きくなるほど、衝撃強さが低下する傾向にあることがわかった。
グラフG11b及びグラフG11cを確認すると、目地用溝24の溝幅(W)が大きくなるほど衝撃強さが低下する傾向にあることがわかった。例えば、グラフG11cを確認すると、緩衝層25の厚み(t1)が0.2mm〜0.5mmであり、且つ目地用溝24の溝幅(W)が20mmである場合には、ひび割れ等が発生しない落球回数が1回であることがわかった。また、グラフG11bを確認すると、目地用溝24の溝幅(W)が40mmである場合には、塗り床1の衝撃強さは衝撃区分Dであり、実使用に当たって耐久性に問題が発生する可能性があることがわかった。従って、目地用溝9の溝幅(W)の上限値は20mmに設定した。
グラフG11bを確認すると、塗り床1における領域A2(図1参照)の衝撃強さは、緩衝層25の厚み(t1)が大きくなるほど低下する傾向にあることがわかった。そして、緩衝層25の厚み(t1)が0.5mmより大きくなると、衝撃強さの区分が衝撃区分Dとなることがわかった。この結果によれば、緩衝層25の厚み(t1)の上限値を0.5mmとすることにより、塗り床1における領域A2の衝撃強さを、衝撃区分Cにできることがわかった。換言すると、緩衝層25の厚み(t1)が0.5mmより大きい場合には、衝撃強さの観点では塗り床として不適格であることがわかった。従って、緩衝層25の厚み(t1)の上限値は0.5mmに設定した。
<実施例3>
実施例3では、緩衝層25に用いる材料の特性とひび割れ追従幅との関係について確認した。ここで言う材料特性とは、伸びをいう。この確認では、実施例1と同様に、塗り床1を模擬した試験体20の引張試験を実施した。
実施例3では、図12の表に示された第22〜第25の条件のそれぞれに対応する4個の試験体20を作製した。実験パラメータは、材料の伸びである。伸びが2%である材料A(第22の条件)、伸びが27%である材料B(第23の条件)、伸びが69%である材料C(第24の条件)及び伸びが71%である材料D(第25の条件)を準備した。なお、第22の条件は、材料の伸びが25%より小さい点で、比較例としての条件である。
塗り床部27の厚みは、0.8mmとした。塗り床材として、エポキシ樹脂を採用した。このエポキシ樹脂は、文献1に開示された塗り床材の引張試験方法により測定された限界ひずみが1.6%である。目地用溝24の溝幅(W)は、5mmとした。充填材として、エポキシ樹脂を採用した。この柔軟性エポキシ樹脂は、伸びが25%以上であり、且つひずみが塗り床の限界ひずみである1.6%の時の弾性係数の下限値が3N/mm2であり上限値が31N/mm2である。目地用溝24の目地底には、ボンドブレーカーは配置せずに、目地部26は三面接着とした。
図12の表は、それぞれの条件と、ひび割れ追従幅とを示す。また、図13のグラフは、緩衝層25の伸びとひび割れ追従幅との関係を示す。
図13に示されるように、緩衝層25の伸びが大きいほど、ひび割れ追従幅が大きくなる傾向にあることがわかった。さらに、25%以上の伸びを有する緩衝層25(第23、第25の条件)を備える塗り床1は、緩衝層25を備えない塗り床に対してひび割れ追従幅が3倍以上になることがわかった。従って、緩衝層25の材料には、25%以上の伸びを有する材料を用いることが望ましいことがわかった。
<実施例4>
ところで、目地部26と目地用溝24の側壁との間における目地部26の剥離を防止する観点から、目地部26をなす充填材は、弾性係数を所定の上限値よりも小さくする必要がある。一方、キャスター走行などの塗り床1に外力が作用する環境では、当該外力による変形割れを防止する観点から、目地部26をなす充填材は、弾性係数を所定の下限値よりも大きくする必要がある。ここで、外力には、コンクリート床3の膨張及び収縮によって目地部26に作用する引張力や、キャスター走行によって目地部26に作用する押圧力などがある。そこで、実施例4では、引張力に対する耐久性と、キャスター走行に対する耐久性を確認した。
引張力に対する耐久性の確認では、充填材の弾性係数と、塗り床1の損傷の形態との関係を確認した。ここで損傷の形態とは、ひび割れや剥離といった損傷が発生した箇所が、緩衝層25であるか塗り床部27であるかをいう。この確認では、実施例1と同様に、塗り床1を模擬した試験体の引張試験を実施した。
キャスター走行に対する耐久性の確認では、ローリングロード試験を実施して、ひび割れの発生の有無を確認した。この試験は、JIS−A−1450に規定されているフリーアクセスフロア試験方法に準拠した。この試験において、荷重を1000Nとし、走行回数を5000往復とした。
実施例4では、図14の表に示された第26〜第30の条件のそれぞれに対応する5個の試験体を作製した。実験パラメータは、充填材の弾性係数である。第26の条件は、充填材の弾性係数が2000N/mm2であるエポキシ樹脂である。第27の条件は、充填材の弾性係数が110N/mm2である可とう性エポキシ樹脂である。第28の条件は、充填材が弾性係数が70N/mm2である可とう性エポキシ樹脂である。第29の条件は、充填材が弾性係数が31N/mm2である可とう性エポキシ樹脂である。第30の条件は、充填材が弾性係数が3.2N/mm2であるシーリング材である。なお、第30の条件は、充填材の弾性係数が5N/mm2よりも小さい点で、比較例としての条件である。また、充填材の弾性係数は、実施例5に記載された測定法に従って得られた値であり、ひずみが3%であるときの割線弾性係数とした。
塗り床部27の厚みは、0.8mmとした。塗り床材として、エポキシ樹脂を採用した。このエポキシ樹脂は、文献6に開示された塗り床材の引張試験方法により測定された限界ひずみが1%〜1.4%である。目地用溝24の溝幅(W)は、10mmとした。目地用溝24の目地底には、ボンドブレーカーは配置せずに、目地部26は三面接着とした。緩衝層25の厚みは、0.2mmとした。緩衝層25には、伸びが42%以上である材料を用いた。
図14の表には、第26の条件から第30の条件と、それぞれの条件におけるひび割れが発生した位置を示す。なお、第30の条件の結果は、文献調査により得た結果である。第26の条件では、ひび割れが発生位置が充填材であった。第26の条件では、充填材の弾性係数が600N/mm2を超えており、式(2)を満たしていなかった。第27の条件から第30の条件では、ひび割れの発生位置が塗り床材であった。これら第27の条件から第30の条件では、充填材の弾性係数が600N/mm2以下であり、式(2)を満たすことがわかった。
充填材における弾性係数の下限値が31N/mm2であり上限値が2000N/mm2である試験体は、ローリングロード試験においてひび割れなどの破損は発生しなかった。従って、弾性係数の下限値が5N/mm2であり上限値が600N/mm2であり、さらに上限値を500N/mm2とした充填材を用いることにより、キャスター走行等に対する塗り床1の耐久性を確保できることがわかった。また、シーリング材相当の弾性係数を有する充填材では、キャスター走行等に対する塗り床1の耐久性を確保できないことがわかった。従って、充填材の弾性係数は、シーリング材の弾性係数より大きくする必要があることがわかった。
<実施例5>
実施例5では、充填材の弾性係数(Ef)と充填材のひずみ(εx)との関係を決定するために、充填材からなる試験片の引張試験を実施した。一般に、樹脂材料はひずみと応力との関係において線形となる領域がほとんど存在せず、充填材の弾性係数(Ef)はひずみ(εx)の大きさによって変化する。従って、実施例5では引張試験により得られた応力−ひずみ線図からひずみ−弾性係数の関係を算出した。
引張試験は、JIS−K−7161に規定されているプラスチックの引張特性の試験方法に準拠した。そして、ひずみ(εx)の範囲が0%〜10%となる範囲において応力値とひずみ値を測定し、応力−ひずみ線図を得た。
上述したように充填材の弾性係数(Ef)はひずみ(εx)の大きさにより変化するため、充填材の弾性係数(Ef)の評価には割線弾性係数を用いた。割線弾性係数とは、応力−ひずみ線図上の所定の一点と原点とを直線で結んだ場合の直線の傾きであり、ひずみ(εx)の関数である式(4)により示される。
ここで、(Ef)は、充填材のひずみ(εx)に対応する充填材の割線弾性係数である。また、(εx)は充填材のひずみである。(y)は充填材のひずみ(εx)に対応する応力であり、この(y)は、応力−ひずみ線図から得られる。
図15(a)及び図15(b)は、引張試験で得た応力−ひずみ線図と式(5)とを用いて算出した充填材のひずみ(εx)と弾性係数(Ef)との関係を示すグラフである。横軸はひずみ(εx)を示す。縦軸は弾性係数(Ef)を示す。図15(a)のグラフG15aはエポキシ樹脂系の充填材の弾性係数(Ef)を示す。図15(b)のグラフG15bは弾性エポキシ樹脂系の充填材の弾性係数(Ef)を示す。
ひずみ(εx)が0%〜2%の間では、エポキシ樹脂系の充填材の弾性係数(Ef)は170N/mm2〜500N/mm2程度であり(図15(a)の区間S1参照)、弾性エポキシ樹脂系の充填材の弾性係数(Ef)は40N/mm2〜250N/mm2程度であることがわかった(図15(b)の区間S2参照)。また、グラフG15a,G15bを確認すると、ひずみ(εx)と弾性係数(Ef)の関係は、ひずみ(εx)が増加すると弾性係数(Ef)はひずみ(εx)が0%〜2%の間(区間S1及び区間S2)において著しく低下し、その後漸減する傾向を示すことがわかった。
従って、実施例5により得られた図15(a)及び図15(b)から、ひずみ(εx)に対応する弾性係数(Ef)が得ることができる。なお、ひずみ(εx)に対応する弾性係数(Ef)は図15(a)及び図15(b)から読み取ってもよいし、ひずみ(εx)を変数とするグラフG15a,G15bの近似式を算出し、この近似式にひずみ(ε)を代入して弾性係数(Ef)を算出してもよい。
以上、本発明の塗り床の施工方法について説明したが、本発明は、上記実施形態に限られるものではない。上述した実施形態で設計値として設定した隙間2の変動幅(δ)や塗り床材の限界ひずみ(εu)、低減係数(n)などは上述の値に限定されることはない。例えば、より厳しい条件となるように、隙間2の変動幅(δ)を0.15mmとし、塗り床材の限界ひずみ(εu)を0.03に設定することもできる。