JP2016032436A - 不快臭を生成しないチゴサッカロミケス属酵母 - Google Patents

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Abstract

【課題】本発明の課題は、ジゴサッカロミケス属酵母において不快臭の生成に関与する遺伝子を探索し、この遺伝子の機能を欠損させることで発酵食品の製造工程において意図せずに発生する不快臭を低減する方法を確立することにある。【解決手段】不快臭の生成に関与する遺伝子を明らかにした。これらの遺伝子の単独破壊もしくは多重破壊によって得られた変異株は、イソ酪酸やイソ吉草酸などの生成量が親株と比較して著しく減少することを示した。また、この酵母を使用して醤油を製造した場合に、不快臭が低減し、かつ特徴的な香気が付与された、従来の醤油とは差別化された官能特性を有する醤油が製造可能であることを示した。【選択図】なし

Description

本発明は、BAT1遺伝子および/またはARO8遺伝子の機能が変異等により失われたことにより、不快な香気成分の生産が著しく抑制された、ジゴサッカロミケス(Zygosaccharomyces)属酵母に関するものである。
ジゴサッカロミケス属酵母は、ジゴサッカロミケス・バイリー(Zygosaccharomyces bailii)、ジゴサッカロミケス・ビスポラス(Zygosaccharomyces bisporus)、ジゴサッカロミケス・コンブチャエンシス(Zygosaccharomyces kombuchaensis)、ジゴサッカロミケス・レンタス(Zygosaccharomyces lentus)、ジゴサッカロミケス・メーリス(Zygosaccharomyces mellis)、ジゴサッカロミケス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)の6種に分類されるが、中でもジゴサッカロミケス・ルキシーは食品産業でよく用いられる。
ジゴサッカロミケス・ルキシーは、醤油、味噌などの食品の生産等において欠くことのできない有用な微生物であり、アルコールをはじめとする各種の香気成分を生成することにより、当該食品に特徴的な香味を付与する役割を担っている。しかし、ジゴサッカロミケス・ルキシーは同時にイソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸といった不快臭成分をも生成することが知られており(非特許文献1)、例えば醤油の製造工程においてこのような不快臭成分が蓄積することで、意図せず当該食品の品質が低下することがある。従って、このような不快臭成分を生成しないジゴサッカロミケス属酵母を使用することが出来れば、発酵食品の製造工程でのこれらの不快臭成分による汚染を低減させることが可能であると考えられるが、これらの不快臭成分の生成能が低減されたジゴサッカロミケス属酵母はこれまで提供されていなかった。
一方、サッカロミケス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)においては、イソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸のような不快臭成分は、それぞれバリン、イソロイシン、ロイシンのような分岐鎖アミノ酸を基質として生産されることが知られている(非特許文献2)。
サッカロミケス・セレビシエにおける不快臭成分の生合成では、まず上記分岐鎖アミノ酸(バリン、イソロイシン、ロイシン)が対応するα−ケト酸へと代謝される。この反応はBAT1、BAT2と称される遺伝子にコードされる分岐鎖アミノ酸アミノトランスフェラーゼによって触媒されていることが知られている。
しかしながら、ジゴサッカロミケス属の酵母においては、これまで不快臭の低減を目的とした育種は実施されてこなかった。
富田実、日本醸造協会誌、92、783−859(1997) Hazelwood AL, APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,74,2259−2266 (2008)
本発明者らは、これらの不快臭の生産に関わる遺伝子の機能を変異等により失わせ、不快臭の生産が著しく低減した酵母の作出を試みた。
ジゴサッカロミケス・ルキシーの全ゲノム配列は公共データベースGenolevures(http://www.genolevures.org/)等から利用可能である。そこで、サッカロミケス・セレビシエのBAT1、BAT2遺伝子をクエリに相同配列検索を行った結果、BAT2と類似した配列は存在しなかったが、BAT1と類似した配列がジゴサッカロミケス・ルキシーにおいても1つ見出された。
実施例で記載する通り、このBAT1遺伝子の破壊だけでも不快臭を顕著に低減することができた。また、解析を進めていく中で、ジゴサッカロミケス属酵母の不快臭成分の生成は、BAT1遺伝子とは異なる、未知の遺伝子にも依存していることが示唆された。
すなわち本発明の課題は、ジゴサッカロミケス属酵母において不快臭の生成に関与する遺伝子群を探索し、これら遺伝子の機能を欠損させることで、発酵食品の製造工程において意図せずに発生する不快臭を低減する方法を確立することにある。
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、全く予想外なことに、ジゴサッカロミケス属酵母では、従来サッカロミケス・セレビシエにおいて不快臭成分の生合成に寄与するとされてきた分岐鎖アミノ酸の代謝経路とは全く関係しないARO8遺伝子が、不快臭の生成に関与することを発見した。
また、高食塩含有発酵食品より分離されたジゴサッカロミケス・ルキシーは、それぞれ配列が異なるBAT1遺伝子を2つ、ARO8遺伝子をゲノム上に2つ保有することを明らかにした。2つのBAT1遺伝子の破壊によって得られた変異株(bat1Δ/bat1Δ)は、親株と比較して不快臭成分であるイソ酪酸および2−メチルブタン酸の生成量が著しく減少し、さらに2つのARO8遺伝子を破壊することで得られた変異株(bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ)では、不快臭成分であるイソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸全ての生成量が顕著に減少することを発見した。
さらに、本発明者はこの変異株を、例えば醤油等の発酵食品の製造に適用させた場合、親株使用時と比較して著しく不快臭が低減されるばかりではなく、元の発酵食品と比較して官能特性を異にする発酵食品となることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、下記に示すようなものである。
(1)BAT1をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母。
(2)BAT1をコードする遺伝子およびARO8をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母。
(3)BAT1をコードする遺伝子および/またはARO8をコードする遺伝子の機能が欠損することにより、イソ酪酸、2−メチルブタン酸およびイソ吉草酸の生成量が、欠損していない親株に比較していずれも50%以下となっている、(1)または(2)に記載のジゴサッカロミケス属酵母。
(4)ジゴサッカロミケス属酵母がジゴサッカロミケス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)である(1)から(3)のいずれか1つに記載の酵母。
(5)製造工程において、(1)から(4)のいずれか1つに記載の酵母を添加することを特徴とする発酵食品。
(6)発酵食品が醤油または味噌である、(5)に記載の食品。
本発明の酵母は、イソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸等の不快臭の原因となる成分の生成量が著しく低減されるため、不快臭が低減された発酵食品の製造が可能である。また、イソ吉草酸やイソ酪酸とは異なる香り成分が増加することにより、従来の製法で製造したものとは香気特性が異なる発酵食品を製造することが可能である。
図1は、ジゴサッカロミケス・ルキシー ATCC2623 bat1Δ株の栄養要求性評価結果を示す。 図2は、ジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 bat1Δ/bat1Δ株の栄養要求性評価を示す。 図3は、ジゴサッカロミケス・ルキシー ATCC2623 aro8Δ/aro9Δ株の栄養要求性評価を示す。 図4は、ジゴサッカロミケス・ルキシー ATCC2623 bat1Δ aro8Δ株の栄養要求性評価を示す。 図5は、ジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 変異株の産膜形成の様子を示す。 図6は、ジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 bat1Δ/bat1Δ aro8Δaro8Δ株の栄養要求性評価結果を示す。 図7は、ジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 各変異株における不快臭成分の生成量を示す。 図8は、醤油にジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 変異株を添加したときの産膜形成の様子を示す。 図9は、醤油にジゴサッカロミケス・ルキシー Z3 変異株を添加したときの不快臭成分の生成量を示す。
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明で親株として用いる酵母は、ジゴサッカロミケス属に属する酵母である。中でも、食品産業でよく用いられるジゴサッカロミケス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)が好ましい。ジゴサッカロミケス・ルキシーとしては任意の株を用いることができ、ATCC2623株等の一般に入手可能な株や、醤油諸味・味噌等の発酵食品から採取した株を用いることが可能である。
本発明の酵母は、BAT1をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母である。BAT1は、をコードする遺伝子の配列は、ジゴサッカロミケス・ルキシーの全ゲノム配列の公共データベースGenolevures(http://www.genolevures.org/)においてZYRO0G00396gとして示される配列、または配列表の配列番号1および配列番号3に示される。
また、本発明の酵母は、BAT1をコードする遺伝子およびARO8をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母である。ARO8をコードする遺伝子の配列は、ジゴサッカロミケス・ルキシーの全ゲノム配列の公共データベースGenolevures(http://www.genolevures.org/)においてZYRO0C06028gとして示される配列、または配列表の配列番号2および配列番号4に示される。
本発明の酵母では、BAT1をコードする遺伝子の機能を欠損させることにより、不快臭成分の生成を一定量抑えることができる。また、BAT1をコードする遺伝子に加えてさらにARO8をコードする遺伝子の機能を欠損させることにより、不快臭成分の生成をより著しく抑制することが可能である。
本発明の酵母は、たとえば通常の相同組換えによる遺伝子破壊法または変異導入法によって、BAT1をコードする遺伝子および/またはARO8をコードする遺伝子の機能を欠損させることで得ることができる。
相同組換えによって、配列表1−4に記載のオリゴヌクレオチドを欠損させる方法としては、一般的に実施されている遺伝子破壊方法を用いることができる。遺伝子破壊に用いるDNA断片の作成を行う場合は、まず、適当なマーカー遺伝子と配列表1−4に記載のオリゴヌクレオチドの両方に相補的に結合可能なオリゴヌクレオチドプライマーを設計する。設計したオリゴヌクレオチドプライマーを用いて、適当なマーカー遺伝子を含む配列を鋳型にPCRを行うことで遺伝子破壊に用いるDNA断片を取得することが可能である。用いるマーカー遺伝子としては、薬剤耐性遺伝子としては、ジェネティシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ノーセオスリシン耐性遺伝子、及びハイグロマイシン耐性遺伝子などを、親株の栄養要求性を相補する遺伝子としては、URA3遺伝子、LEU2遺伝子、及びADE2遺伝子などをあげることができるが、これらの遺伝子に制限は無く、選抜の指標として使用できる遺伝子であればどのような遺伝子であってもかまわない。
また、酵母を作成した遺伝子破壊用DNA断片を用いて形質転換する方法としては、エレクトロポレーション法、酢酸リチウム法、及び凍結融解法などをあげることができるが、これらの方法に特段の制限は無く、遺伝子破壊用のDNA断片を酵母に導入することができる方法であればどのような技術であってもかまわない。
相同組換え法によって所期の遺伝子が酵母に導入されたことを確認する方法としては、公知の方法を用いることができる。たとえば、遺伝子を導入する際に、親株として栄養要求性の突然変異株を、マーカー遺伝子として当該栄養要求性を補償するような機能を持つ遺伝子を用い、形質転換後に栄養要求性培地上で正常に生育した株を選抜する方法などが挙げられる。ただし、このような栄養要求性だけでは、目的とする遺伝子座が導入したマーカー遺伝子と置換されたかどうか確認できない。従って、栄養要求性に合わせて適宜PCR法、サザンハイブリダイゼーション法等を用いて、目的とする遺伝子座がマーカーによって置換されていることを確認する必要がある。
また、変異導入法としては、公知の処理方法を用いることができ、紫外線、イオンビーム、放射線等を照射させる物理的方法、エチルメタンスルホネート、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、亜硝酸、アクリジン色素等の変異剤を用いる化学的方法がある。特に好ましくは、イオンビーム、紫外線を照射させる方法を挙げることができる。
BAT1やARO8の機能が確かに欠損しているかを確認するためには、対象の株がバリン、イソロイシン、ロイシン要求性となっているかを検証すればよい。BAT1やARO8による酵素反応は可逆反応であり、分岐鎖アミノ酸を分解するだけでなく、それぞれの分岐鎖アミノ酸の生合成経路の最終段階としても働いている。したがって、これらの遺伝子の機能欠損株は分岐鎖アミノ酸を合成することができず、分岐鎖アミノ酸要求性となるため、相同組換えや変異導入によって遺伝子の機能が欠損したか否かは、対象の株がバリン、イソロイシン、ロイシン要求性となっているかを検証することによって確認することが可能である。
対象とするジゴサッカロミケス・ルキシー株がバリン、イソロイシン、ロイシン要求性となっているかを検証する方法としては、たとえばイーストナイトロジェンベース・アミノ酸不含、グルコースのみから成る最少培地にイソロイシン、バリン、ロイシンをそれぞれ少なくとも1種添加し、各培地における対象株の生育の度合いを見ることによって確認できる。バリン、イソロイシンに対して要求性を示す株であればBAT1をコードする遺伝子が機能欠損していると判断でき、バリン、イソロイシン、ロイシンのいずれに対しても要求性を示す株であれば、BAT1に加えてARO8をコードする遺伝子が機能欠損していると判断できる。
さらに本発明のジゴサッカロミケス・ルキシー株は、イソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸から成る不快臭成分の生成量が、いずれも親株の50%未満、より好ましくは20%未満となっていることを特徴とする。上記不快臭成分の生成量の測定方法としては、下記のような方法に拠ればよい。
まず、SCD液体培地(イーストナイトロジェンベース アミノ酸・硫酸アンモニウム不含0.17%、ドロップアウトミックス0.14%、グルコース2%)にイソロイシン0.4%、バリン0.4%、ロイシン0.6%、寒天2.0%を添加した固体培地を作成する。この上に、培養した酵母を水に懸濁した溶液を重層し、プレートを逆さまにすることで余剰の懸濁液を除去し、プレート全面に均一に植菌する。このプレートを30度で7日間培養し、スプレッダーで表面の酵母を除去した後、1ミリのメッシュで培地を細断する。細断した培地をチューブに回収し、滅菌水15mlを加えた後、4度で一晩静置する。デカントと遠心分離で液部を6ml回収し、3mlのジエチルエーテルを加え香気成分を抽出する。ジエチルエーテル層を回収し、無水硫酸ナトリウムを適当量添加し、脱水する。100mg/Lの2,3−ジメチルピラジン溶液と等量混合し、GCMS解析によりイソ酪酸、2−メチルブタン酸、イソ吉草酸を定量する。
GCMS測定では、サンプルをスプリットレスでアプライし、40度で10分ホールドした後、1分当たり10度の割合で250度まで昇温し、20分保持する。1秒に2.5回の割合で、m/zが20−400のイオンをスキャンし、標準物質のリテンションタイムとマススペクトルとが一致することをもって、目的の物質を同定し、あらかじめ作成した検量線から目的の物質を定量することができる。
なお、ジゴサッカロミケス・ルキシーの中には、発酵食品の製造過程において産膜を生じ、これが不快臭生成の基となるとされる場合があるが、本願発明のジゴサッカロミケス・ルキシーは産膜の産生自体には影響を及ぼさず、不快臭成分の生成のみを低減させることを特徴とするものである。
本発明の酵母を食品の製造に用いる場合、当該食品としては、醤油、味噌などの酵母を用いて製造される発酵食品を使用することができる。また、発酵食品以外にも、酵母の混入によって不快臭が生じる可能性がある任意の食品を使用してもよい。さらに当該食品は、最終製品でなく、製造工程の途中段階である中間製品であっても構わない。
食品の製造工程に当該酵母を使用する場合、その添加時期に特段の制限は無く各工程で適切な時期に添加すればよいが、醤油醸造であれば、仕込後0−6ヶ月の間、より好ましくは1−2ヵ月の間に当該食品に混入することが望ましい。また、完成した醤油に当該酵母を使用することも可能である。
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものではない。
(実施例1)ジゴサッカロミケス・ルキシーにおける不快臭生成に関与する遺伝子の同定
(1−1)ジゴサッカロミケス・ルキシーにおけるBAT1遺伝子の探索
サッカロミケス・セレビシエにおいてBAT1及びBAT2遺伝子が不快臭成分の生合成経路に関わることが知られていたことから、ジゴサッカロミケス・ルキシーにおいても同様の遺伝子が存在するかを確認するため、サッカロミケス・セレビシエのBAT1遺伝子またはBAT2遺伝子の推定翻訳産物をクエリとし、ジゴサッカロミケス・ルキシーのゲノムデータベースに対する相同性検索を行った。その結果、ゲノムデータベース上ではジゴサッカロミケス・ルキシーは1つのBAT1遺伝子ZYRO0G00396gを持つことが明らかとなった。
そこで、ジゴサッカロミケス・ルキシーのBAT1遺伝子を破壊するため、表1に示すプライマーを用い、ジェネティシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことで、BAT1遺伝子破壊コンストラクトを作成した。
Figure 2016032436
このコンストラクトを用いて、ゲノムシーケンスに用いられたATCC2623株のウラシル要求性株および食塩を高含有する醤油諸味より分離されたジゴサッカロミケス・ルキシーZ3株(以下これらの株を「親株」と称することがある)を形質転換した。
BAT1、BAT2による反応は可逆反応であり、分岐鎖アミノ酸を分解するだけでなく、生合成経路の最終段階としても働いている。したがって、サッカロミケス・セレビシエのBAT1、BAT2の二重遺伝子破壊株は分岐鎖アミノ酸を合成することができず、分岐鎖アミノ酸要求性となる(Kispal G, Journal of BiologicalChemistry, 271, 24458−24464 (1996))。
そこで、得られたジゴサッカロミケス・ルキシー形質転換株についても栄養要求性を確認するため、最少培地(イーストナイトロジェンベース・アミノ酸不含0.67%、グルコース2%、寒天2%)に要求性を見たい分岐鎖アミノ酸(イソロイシン、バリン、ロイシン)以外のアミノ酸を各0.05%添加した培地を調製し、ここに細胞懸濁液を滴下して30度で5日間培養した。
その結果、図1に示すとおりATCC2623株のウラシル要求性株を親株とした形質転換株は、イソロイシン及びバリン要求性を示すことが確認された。しかし、食塩を高含有する醤油諸味より分離されたジゴサッカロミケス・ルキシーZ3株において、このBAT1遺伝子を破壊しても、その栄養要求性になんら変化は認められず、不快臭成分の合成は抑制されていないと考えられた。醤油から分離される大部分の株は由来の異なる複数のゲノムが混在する異質倍数体であることが知られており(Tanaka Y,Food Microbiology,31,100−106 2012)、したがって醤油諸味由来であるジゴサッカロミケス・ルキシーZ3株においても配列が異なるBAT1遺伝子が他にも存在することが予想されたため、この遺伝子のクローニングを試みた。
(1−2)醤油由来ジゴサッカロミケス・ルキシーにおけるBAT1様遺伝子の探索
醤油諸味より分離されたジゴサッカロミケス・ルキシーZ3のもう1つのBAT1様遺伝子を同定するため、ショットガンクローニングを行った。まず、ジゴサッカロミケス・ルキシーZ3株のゲノミックDNAを制限酵素Sau3AIで処理した。制限酵素処理産物をアガロースゲル電気泳動により分離し、5〜8キロベースペアの断片を回収した。回収したDNA断片を、事前にBamH1処理しておいたURA3遺伝子を有する多コピー型のプラスミドとライゲーションし、Z3株のゲノミックDNAライブラリーを構築した。構築したゲノミックライブラリーで大腸菌DH5α株を形質転換した後、大腸菌からプラスミドを回収し、ライブラリーの品質を確認した結果、平均インサート長6.8キロベース、インサート保持率80%以上の約20,000の独立したクローンから構成されるライブラリーが構築できた。
当該ライブラリーからプラスミドDNAを大量調整し、ATCC2623株のウラシル要求性株のBAT1破壊株を形質転換し、イソロイシン・バリン要求性が抑圧された(要求性を示さなくなった)株をスクリーニングした。その結果、イソロイシン・バリン要求性が抑圧された株が複数得られたので、これらの株が保持するプラスミドDNAを回収し、一旦大腸菌で増幅した後、シーケンス解析に供した。シーケンスの結果、ジゴサッカロミケス・ルキシーゲノムデータベースのBAT1遺伝子と完全に一致する配列(配列表の配列番号3)と、それに類似した配列(配列表の配列番号1)とが得られた。後者が目的の遺伝子であると判断し、これを破壊するために、表2のプライマーを用いゼオシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことで2つ目のBAT1様遺伝子を破壊するための破壊コンストラクトを作成した。このコンストラクトで、前述のZ3のBAT1遺伝子機能欠損株(以下「bat1Δ」と表記)株を形質転換し、配列番号1および3に示した双方の遺伝子が欠損しているZ3bat1Δ/bat1Δ株を得た。Z3bat1Δ/bat1Δ株についても実施例1−1と同様の方法で分岐鎖アミノ酸要求性を確認したところ、図2に示すとおり、この株はATCC2623株のウラシル要求性株のBAT1破壊株と同様にイソロイシン・バリン要求性を示すことが確認された。
Figure 2016032436
(1−3)ジゴサッカロミケス・ルキシーにおけるARO8、ARO9様遺伝子の探索
サッカロミケス・セレビシエにおいて分岐鎖アミノ酸アミノトランスフェラーゼをコードするBAT1及びBAT2遺伝子を破壊した場合、イソロイシン・バリン・ロイシン要求性になることが知られている。しかし、ジゴサッカロミケス・ルキシーにおいては、分岐鎖アミノ酸アミノトランスフェラーゼをコードする遺伝子を破壊してもロイシン要求性にはならなかった。
このことは、ジゴサッカロミケス・ルキシーがBAT1などの分岐鎖アミノ酸アミノトランスフェラーゼ以外にも不快臭成分の生合成を担う酵素遺伝子を有していることを示唆している。そこで、本発明者らは芳香族アミノ酸アミノトランスフェラーゼをコードするARO8とARO9について解析を行った。
サッカロミケス・セレビシエのARO8,ARO9遺伝子の推定翻訳産物をクエリとし、ジゴサッカロミケス・ルキシーのゲノムデータベースに対する相同性検索を行った。その結果、ジゴサッカロミケス・ルキシーはARO8遺伝子ZYRO0C06028g及びARO9遺伝子ZYRO0G05346gを各1つ有することが明らかになった。
そこで、表3のプライマーを用い、ジェネティシン耐性遺伝子を有するプラスミドまたはゼオシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことでARO8遺伝子破壊コンストラクトを、表4のプライマーを用いゼオシン耐性遺伝子を有するプラスミドまたはノーセオスリシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことでARO9遺伝子破壊コンストラクトをそれぞれ作成した。
これらの破壊コンストラクトでATCC2623のウラシル要求性株を親株として用い形質転換し、ARO8遺伝子機能欠損株(以下「aro8Δ」と表記)、ARO9遺伝子機能欠損株(以下「aro9Δ株」と表記)、およびARO8遺伝子、ARO9遺伝子二重機能欠損株(以下「aro8Δaro9Δ株」と表記)を作製した。その結果、図3に示すとおり、ホモロジー検索でジゴサッカロミケス・ルキシーから見出されたARO8遺伝子ZYRO0C06028g及びARO9遺伝子ZYRO0G05346gの機能を同時に欠損させたaro8Δaro9Δ株は、サッカロミケス・セレビシエのそれと同様にチロシン、フェニルアラニン要求性を示した。
Figure 2016032436
Figure 2016032436
次に、ARO8やARO9がジゴサッカロミケス・ルキシーのロイシン代謝に関与しているのかどうかを確認するため、ATCC2623のウラシル要求性株のbat1Δ株を上記のARO8遺伝子破壊コンストラクト、ARO9遺伝子破壊コンストラクトで形質転換し、BAT1遺伝子、ARO8遺伝子二重機能欠損株(以下「bat1Δaro8Δ株」と表記)、BAT1遺伝子、ARO9遺伝子二重機能欠損株(以下「bat1Δaro9Δ株」と表記)、およびBAT1遺伝子、ARO8遺伝子、ARO9遺伝子三重機能欠損株(以下「bat1Δaro8Δaro9Δ株」と表記)を作製した。これらの株の栄養要求性を確認した結果、bat1Δaro8Δ株がイソロイシン、バリン、ロイシン要求性であることが確認された(図4)。この結果から、BAT1遺伝子に加えてARO8遺伝子もロイシン代謝に関与することが初めて示され、分岐鎖アミノ酸代謝が抑制されたこれらの機能欠損株において、不快臭が低減する可能性が示唆された。
(1−4)醤油由来ジゴサッカロミケス・ルキシーにおけるARO8、ARO9様遺伝子の探索
醤油由来のZ3株において、BAT1遺伝子とARO8遺伝子の機能を同時に欠損させた場合に不快臭が低減するのかを実証するために、BAT1遺伝子とARO8遺伝子の二重破壊株を作製した。
ただし、前述のとおり、Z3株は異質倍数体であり配列の異なる2つのARO8遺伝子を有することが考えられたため、まずはこの遺伝子のクローニングを試みた。実施例1−2にて作成したゲノムライブラリーでATCC2623ura3Δbat1Δaro8Δ株を形質転換し、ロイシン要求性を抑圧するコロニーを選抜した。その結果、ロイシン要求性が抑圧された株が複数得られたので、これらの株が保持するプラスミドDNAを回収し、一旦大腸菌で増幅した後、シーケンス解析に供した。その結果、ゲノムデータベースのARO8遺伝子と完全に一致する配列(配列表の配列番号4)及びそれに類似した配列(配列表の配列番号2)が得られた。
そこで、これらの遺伝子を破壊するために、表3のプライマーを用いジェネティシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことでARO8遺伝子破壊コンストラクトを、表5のプライマーを用いゼオシン耐性遺伝子を有するプラスミドを鋳型にPCRを行うことでもう一方のARO8様遺伝子破壊コンストラクトを作成した。
これらのコンストラクトで前述のZ3bat1Δ/bat1Δ株を形質転換するためには、2つのBAT1遺伝子を破壊するために利用した2つのマーカーを事前に除去する必要がある。そこで、Z3bat1Δ/bat1Δ株のマーカーリサイクルを目的として一旦Creリコンビナーゼを有するプラスミドで形質転換し、その作用によってゲノム内に挿入されたマーカー遺伝子が脱落した株を取得した。この株をYPD(イーストエクストラクト1%、ペプトン2%、グルコース2%)培地で培養し、導入したCreリコンビナーゼを有するプラスミドを脱落させた。この株を前述のARO8遺伝子破壊コンストラクトおよびARO8様遺伝子破壊コンストラクトで形質転換し、配列番号1、2、3および4に示した全ての遺伝子が欠損したZ3のBAT1遺伝子、BAT1様遺伝子、ARO8遺伝子、ARO8様遺伝子多重破壊株(以下「bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株」と表記)を作製した。
Figure 2016032436
次に、作製したこれらの株が産膜を形成するかどうか確認するために、YPD液体培地でフルグロースするまで酵母を前培養し、培養液の一部を1.8M NaClを含むYPD液体培地に植え継ぎ、30度で5日間静置培養した。その結果、図5に示すとおり、試験に供したZ3bat1Δ/bat1Δ株およびZ3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株は親株と同様に産膜を形成した。また、Z3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株はATCC2623ura3Δbat1Δaro8Δ株と同様に、イソロイシン・バリン要求性だけではなくロイシン要求性も示した(図6)。
(実施例2)遺伝子機能欠損株における不快臭成分の生成
次に、Z3親株、Z3bat1Δ/bat1Δ株およびZ3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株の不快臭成分の生成量を測定した。
SCD液体培地(イーストナイトロジェンベース アミノ酸・硫酸アンモニウム不含0.17%、ドロップアウトミックス0.14%、グルコース2%)にイソロイシン0.4%、バリン0.4%、ロイシン0.6%、ウラシル0.15%、寒天2.0%を添加した固体培地を作成した。この培地上に培養した酵母の水懸濁液を重層した後、プレートを逆さまにすることで余剰の懸濁液を除去し、酵母菌体をプレート全面に均一に植菌した。このプレートを30度で7日間培養し、スプレッダーで表面の酵母を除去した後、1ミリのメッシュで培地を細断した。細断した培地をチューブに回収し、滅菌水15mlを加えた後、4度で一晩静置した。デカントと遠心分離で液部を6ml回収し、3mlのジエチルエーテルを加え香気成分を抽出した。ジエチルエーテル層を回収し、無水硫酸ナトリウムを適当量添加し、脱水した。100mg/Lの2,3−ジメチルピラジン溶液と等量混合し、GCMS解析により目的の成分を定量した。GCMSはVARIAN 1200 plus CP−3800を使用した。カラムはCPWAX−52CBを用いた。220度にあらかじめ加温した注入口に2マイクロリッターのサンプルをスプリットレスでアプライした。40度で10分ホールドした後、1分当たり10度の割合で250度まで昇温し、20分保持した。1秒に2.5回の割合で、m/zが20−400のイオンをスキャンした。標準物質のリテンションタイムとマススペクトルとが一致することをもって、目的の物質を同定し、あらかじめ作成した検量線から目的の物質を定量した。
その結果、図7に示すとおり、Z3bat1Δ/bat1Δ株では、不快臭成分であるイソ吉草酸の生成は親株と比較して半分程度に減少し(親株比で0.45)、イソ酪酸や2−メチルブタン酸の生成はさらに顕著に減少した(それぞれ親株比で0.11、0.04)。また、さらに2つのARO8遺伝子を破壊したZ3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株では、イソ酪酸、2−メチルブタン酸およびイソ吉草酸全てが顕著に減少した(それぞれ親株比で0.06、0.03、0.14)。これらの結果から、BAT1遺伝子の破壊だけでも不快臭の生成を抑制するのには効果的であるが、BAT1遺伝子に加えさらにARO8遺伝子を破壊することで、より効果的に不快臭成分の生成を抑制できることが示された。
(実施例3)本発明の酵母を利用した醸造食品の製造
次に、実際の醤油において同様の効果が得られるかどうか検証した。
市販の醤油を2倍希釈したサンプル10ミリリットルをプラスチックシャーレに入れ、被検菌を植菌し、30度で7日間培養した。その結果、図8に示すとおり、試験に供したZ3bat1Δ/bat1Δ株およびZ3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株は、親株と同様に醤油表面に産膜を形成した。次に、6ミリリットルの醤油を回収し、3mlのジエチルエーテルを加え香気成分を抽出し、前述の方法と同様に不快臭成分の生成量を測定した。その結果、図9に示すとおり、Z3bat1Δ/bat1Δ株では、不快臭成分であるイソ吉草酸の生成量は減少し(親株比で0.27)、イソ酪酸や2−メチルブタン酸の生成も顕著に減少した(それぞれ親株比で0.18、0.07)。さらに、2つのARO8遺伝子を追加で破壊したZ3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株では、イソ酪酸、2−メチルブタン酸およびイソ吉草酸全ての生成量が顕著に減少した(それぞれ親株比で0.1、0.01、0.02)。これらの結果から、BAT1遺伝子の破壊だけでも不快臭の生成を抑制するのに効果的であるが、BAT1遺伝子に加えさらにARO8遺伝子を破壊することで、より効果的に不快臭成分の生成を抑制できることが醤油においても示された。
次に、官能評価により、当該醤油において不快臭が低減しているかどうかについての検討を実施した。その結果、表6に示すとおり、Z3bat1Δ/bat1Δ株を用いた試作品(表6中「bat1Δ」)の不快臭は親株と比較して低減はしているが、やや不快臭を感じる状態であった。一方、Z3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株を用いた試作品(表6中「bat1Δaro8Δ」)は不快臭がほぼ感じられない状態となっていた。また、予想外なことに、Z3bat1Δ/bat1Δ aro8Δ/aro8Δ株を使用した試作品は、特有の香気が醤油に付与されており、元の醤油とは官能的な性質を異にするものとなった。これらのことから、本特許で開発した酵母を用いることで、元の醤油とは差別化された官能特性を持つ醤油の開発が可能であると考えられた。
Figure 2016032436

Claims (6)

  1. BAT1をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母。
  2. BAT1をコードする遺伝子およびARO8をコードする遺伝子の機能が欠損している、ジゴサッカロミケス属酵母。
  3. BAT1をコードする遺伝子および/またはARO8をコードする遺伝子の機能が欠損することにより、イソ酪酸、2−メチルブタン酸およびイソ吉草酸の生成量が、欠損していない親株に比較していずれも50%以下となっている、請求項1または2に記載のジゴサッカロミケス属酵母。
  4. ジゴサッカロミケス属酵母がジゴサッカロミケス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)である請求項1から3のいずれか1項に記載の酵母。
  5. 製造工程において、請求項1から4のいずれか1項に記載の酵母を添加することを特徴とする発酵食品。
  6. 発酵食品が醤油または味噌である、請求項5に記載の食品。
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