以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
[1.スラグ処理プロセスの概要]
まず、図1を参照して、本発明の一実施形態に係るスラグ処理プロセスの概要を説明する。図1は、本実施形態に係るスラグ処理プロセスを示す工程図である。
図1に示すように、製銑工程(S1)で高炉を用いて溶銑が製造され、製鋼工程(S2)で転炉等を用いて銑鉄が鋼に精錬される。この製鋼工程(S2)は、溶銑中の硫黄、燐、炭素等を除去する脱硫、脱燐、脱炭の各工程と、溶鋼中に残った水素等の気体や硫黄等を除去して成分調整を行う二次精錬工程(S6)と、連続鋳造機で溶鋼を鋳造する鋳造工程(S7)とを含む。
上記製鋼工程(S2)では、転炉内で、酸化カルシウムを主成分とするフラックスを用いて溶銑が精錬される。この際、転炉内に吹き込まれた酸素により溶銑中のC、Si、P、Mn等が酸化され、当該酸化物は酸化カルシウムと結び付きスラグとして生成される。また、脱硫、脱燐、脱炭の各工程(S3、S4、S5)では、それぞれ成分の異なるスラグ(脱硫スラグ、脱燐スラグ、脱炭スラグ)が生成される。
本明細書では、上記製鋼工程で生成されるスラグを製鋼スラグと総称し、当該製鋼スラグは、脱硫スラグ、脱燐スラグ、脱炭スラグを含む概念である。また、高温の溶融状態にある製鋼スラグを溶融スラグと称し、同様に、溶融状態にある脱硫スラグ、脱炭スラグ、脱燐スラグをそれぞれ、溶融脱硫スラグ、溶融脱燐スラグ、溶融脱炭スラグと称する。
スラグ処理工程(S10)では、上記製鋼工程(S2)で生成された溶融スラグを、溶融状態のままで転炉から電気炉に搬送し、電気炉内で連続的に還元溶融改質することで、溶融スラグ中の有価物(Fe、P等の有価元素)を溶融スラグ層の下層である溶鉄層に回収する。この際、電気炉内では、溶融スラグ中のFe、P等の酸化物の還元処理や、スラグから粒鉄(鉄分)を分離する処理、スラグの塩基度の調整処理などが行われる。
この結果、溶融スラグから分離された燐分等を含む高燐溶鉄が回収されるとともに、製鋼スラグである溶融スラグが還元・改質されて、高炉スラグ相当の高品質の還元スラグが回収される。この還元スラグは、製鋼スラグと比べて低膨張性であるため、セメント原料、細骨材、セラミック製品等に有効にリサイクルすることができる。
さらに、上記回収された高燐溶鉄に対して脱燐処理(S11)を施して、溶鉄中のPを酸化させてスラグ中に移行させることで、高燐溶鉄が高燐酸スラグと溶鉄とに分離される。高燐酸スラグは、燐酸肥料や燐酸原料等としてリサイクルすることができる。また、溶鉄は、製鋼工程(S2)にリサイクルされ、転炉等に投入される。
なお、上記電気炉に収容する溶鉄として、高炉から出銑された溶銑を脱Si処理したものを用いると、高燐溶銑に対して脱燐処理(S11)を施すことで、低珪素溶銑が得られるため、そのまま転炉へリサイクル可能である。
以上、本実施形態に係るスラグ処理プロセスの概要について説明した。本プロセスは、上記製鋼工程(S2)で生成される種々の溶融スラグのうち、溶融脱燐スラグを処理対象とすることが好ましい。溶融脱燐スラグは、溶融脱炭スラグよりも低温であるが、粒鉄や燐酸を多く含有している。このため、溶融脱燐スラグを、酸化処理ではなく、還元処理によって溶融改質することで、本プロセスによる有価元素(Fe、P等)の回収効率が高くなる。そこで、以下の説明では、処理対象の溶融スラグとして、主に溶融脱燐スラグを用いる例について説明する。しかし、本発明の溶融スラグとしては、溶融脱燐スラグに限定されず、溶融脱硫スラグ、溶融脱炭スラグ等、製鋼工程で発生する任意の製鋼スラグを使用することが可能である。
[2.スラグ処理設備の構成]
続いて、図2を参照して、上記スラグ処理プロセスを実現するためのスラグ処理設備について説明する。図2は、本実施形態に係るスラグ処理設備の全体構成を示す模式図である。
図2に示すように、スラグ処理設備は、電気炉1と、電気炉1の斜め上方に配置されるスラグ保持炉2とからなる。また、スラグ保持炉2へ溶融スラグ4を投入するために、スラグ鍋3を用いており、このスラグ鍋3は製鋼工程で使用される転炉(図示せず。)とスラグ保持炉2との間を往復移動することができる。転炉から排出された溶融スラグ4はスラグ鍋3に投入される。スラグ鍋3は、転炉からスラグ保持炉2まで溶融スラグ4を搬送した後、スラグ保持炉2内に投入する。スラグ保持炉2は、溶融スラグ4を貯留して保持することもでき、当該保持した溶融スラグ4を電気炉1に連続的または間欠的に注入する。
なお、スラグ保持炉2内に保持される溶融スラグ4は、完全に溶融状態にある必要はなく、スラグ保持炉2から電気炉1に注入可能な流動性を有していればよい。すなわち、溶融スラグ4の一部が溶融し、残部が凝固している場合であっても、全体として流動性を有していればよい。
電気炉1は、炭材等の還元材および改質材などの副原料を用いて、溶融スラグ4を還元・改質する。電気炉1は、このように溶融スラグ4を溶融・還元するための還元型の電気炉であり、例えば、固定式の直流電気炉から構成される。電気炉1の外殻は、炉底11と炉壁12と炉蓋13からなり、炉蓋13の一側には、スラグ注入口14が形成されている。このように、電気炉1は、スラグ注入口14を除いては密閉された構造となっており、炉内空間を保温できるようになっている。
電気炉1の中央には、上部電極15と炉底電極16が上下に対向配置されている。この上部電極15と炉底電極16に直流電源を印加し、両電極15,16間でアーク放電を発生させることで、溶融スラグ4を還元する。なお、図示のように上部電極15を中空電極とすれば、別途の原料投入装置を設置しなくても、当該中空電極の内部を通じて副原料をアークスポットに投入可能となる。
電気炉1の炉壁12には、還元スラグを排出するための出滓口17と、溶鉄を排出するための出湯口18とが設けられている。出滓口17は、溶鉄層6上の溶融スラグ層5に対応する高さ位置に配置され、出湯口18は、炉底側の溶鉄層6に対応する高さ位置に配置される。
また、図2では、電気炉1に原料供給装置31,32,33がすべて設けられる場合を例示している。原料供給装置31は、鉄スクラップ、直接還元鉄(DRI)等の含鉄材料を電気炉1内に供給する場合に設けられる。また、原料供給装置33は、鉄分を含有するダスト粉等の微粉状の含鉄材料(例えばFeO粉)を、中空電極(上部電極15)を通じて電気炉1内に供給する場合に設けられる。これにより、電気炉1内でこれらの含鉄材料を溶融させてリサイクルできる。また、原料供給装置32は、溶融スラグ4の還元処理に必要な還元材および改質材等の副原料を供給するために必要であり、ここでは中空電極(上部電極15)を通じて電気炉1内に供給する場合について例示している。還元材としては、例えば、コークス粉、無煙炭粉、グラファイト粉などの微粉状の炭材が用いられる。また、改質材は、主にスラグ中のSiO2、Al2O3またはMgO濃度を調整するためのものであり、例えば、珪砂、フライアッシュ、MgO粉、廃耐火物粉などを使用できる。
引き続き図2を参照して、上記構成の電気炉1を用いた溶融スラグ4の還元処理について説明する。
まず、電気炉1内に、種湯として、相当量の溶鉄(例えば、高炉から搬送された溶銑)を溶鉄層6として予め収容しておく。溶鉄のC濃度は通常1.5質量%〜4.5質量%である。電気炉1において、溶鉄のC濃度(質量%)と、還元処理後の溶融スラグ4(還元スラグ)のトータルFe濃度(T.Fe)(質量%)とは相関することが本発明者らの実験により確認されている。例えば、溶鉄のC濃度が3質量%を超えると、溶融スラグ4中の酸化物の還元が促進され、還元スラグの(T.Fe)を1質量%以下に低減できることができる。従って、還元スラグの所望の(T.Fe)に応じて、溶鉄層6の溶鉄のC濃度を調整しておくことが好ましい。
次いで、電気炉1に電力を供給して連続稼働させた上で、電気炉1の還元処理能力(例えば、電気炉1に対する単位時間あたり電力供給量)に応じた量の溶融スラグ4を、スラグ保持炉2から電気炉1内に注入する。電気炉1内に注入された溶融スラグ4は、溶鉄層6上に溶融スラグ層5を形成する。さらに、上記還元材(炭材)や改質材等の副原料も、例えば、上部電極15を通じて電気炉1内の溶融スラグ層5に連続的に投入する。また、電気炉1内では、溶鉄層6の温度が例えば1400℃〜1550℃、溶融スラグ層5の温度が例えば1500℃〜1650℃となるように制御される。この温度制御は、溶融スラグ4の供給量を調整することや、単位時間あたりの電力供給量が一定となる範囲内で電力供給量を調整することで実施できる。
この結果、電気炉1内で、上部電極15、炉底電極16間のアーク熱により、溶融スラグ層5中の溶融スラグ4の還元反応が進行する。この還元処理では、溶融スラグ4に含まれる酸化物(FeO、P2O5等)が、溶融スラグ層5中の炭材のCにより還元されて、Fe、Pが生成され、当該Fe、Pは、溶融スラグ層5から炉底側の溶鉄層6(溶鉄)に移行する。一方、余剰炭材のCは溶鉄層6に移行せず、溶融スラグ層5中に懸濁する。また、上記還元処理では、溶融スラグ4中のスラグ成分が改質材により改質される。
上記の還元処理においては、注入された溶融スラグ4に含まれるFeOは、溶鉄層6中の溶鉄に含まれるCよりも、溶融スラグ層5中の炭材のCと優先的に反応する(FeO+C→Fe+CO↑)。つまり、投入された炭材のCは、溶鉄層6に移行せず溶融スラグ層5に懸濁するので、溶鉄層6と溶融スラグ層5の界面で、FeO+C→Fe+CO↑の還元反応は起きにくい。このため、溶融スラグ層5の内部で当該還元反応が優先的に進行し、生成された還元鉄(Fe)は溶鉄層6に移行する。
このように、電気炉1による還元処理では、溶融スラグ層5中のFeOと溶鉄層6中のCとの反応よりも、溶融スラグ層5中のFeOとCとの反応の方が支配的である。従って、電気炉1内に溶融スラグ4を注入したときに、溶鉄層6上の溶融スラグ層5が、注入された溶融スラグ4と溶鉄層6の溶鉄との反応に対する緩衝帯となるので、溶融スラグ4と溶鉄の急激な反応を抑制できる。
つまり、溶融スラグ4を、FeO濃度の低い溶融スラグ層5に注入することにより、注入される溶融スラグ4のFeO濃度を希釈低減できるとともに、注入される溶融スラグ4と溶鉄層6の溶鉄との直接的な接触を抑制できる。よって、スラグ保持炉2から電気炉1への溶融スラグ4の注入時に、溶融スラグ4と溶鉄との急激に反応に起因する突沸現象(スラグフォーミング)を抑制でき、溶融スラグ4が電気炉1外に溢れ出す現象(オーバーフロー)を回避できる。
上記のようにして、電気炉1内の溶融スラグ層5に注入された溶融スラグ4に含まれる酸化物が還元処理されて、溶融スラグ4からFeやPが溶鉄層6に回収されるとともに、溶融スラグ4のスラグ成分が改質される。従って、溶融スラグ4の注入後、還元処理が進行すれば、溶融スラグ層5の成分は、溶融スラグ4(製鋼スラグ)から還元スラグ(高炉スラグ相当の高品質スラグ)に徐々に改質されていく。還元スラグに改質された溶融スラグ層5は、よりFeO濃度の低い緩衝帯となるので、スラグ保持炉2から新たに溶融スラグ4を当該溶融スラグ層5に注入する際に、スラグフォーミングをより確実に抑制できるようになる。
また、上記還元処理が進行すれば、Feが溶鉄中に移行するため、溶鉄層6の層厚も徐々に増加していく。
なお、溶融スラグ層5の層厚は、緩衝帯としての機能を発現させるという観点から、100mm〜600mmが好ましく、100mm〜800mmがより好ましい。このため、溶融スラグ4を注入して溶融スラグ層5の層厚が所定の層厚に達した場合には、出滓口17を開放して、溶融スラグ層5の還元スラグを排出する。また、溶鉄層6の界面が出滓口17に近づいた場合には、出湯口18を開放して、溶鉄層6の溶鉄(例えば高P溶銑)を排出する。このようにして、電気炉1の出滓口17から還元スラグを、出湯口18から溶鉄を、間欠的に排出、回収する。これにより、電気炉1内では、溶融スラグ4の還元処理を、中断することなく継続することができる。
また、上記電気炉1の稼働中(すなわち、還元処理中)には、炭材のCを用いて溶融スラグ4の酸化物を還元することにより、COおよびH2等を含む高温の排ガスが発生する。例えば、酸化鉄を還元する場合、FeO+C→Fe+CO↑の反応により、COガスが生成される。この排ガスは、電気炉1のスラグ注入口14を通じてスラグ保持炉2内に流入し、スラグ保持炉2内を排気経路として外部に排出される。このように電気炉1を密閉型とし、スラグ保持炉2を排気経路とすることで、電気炉1内の雰囲気は、還元反応により生じるCOガスと、炭材(還元材)から生じるH2を主成分とする還元雰囲気に維持される。従って、溶融スラグ層5の表面での酸化反応を防止できる。
[3.スラグ保持炉の構成]
次に、図3および図4を参照して、本実施形態に係るスラグ保持炉の構成について詳述する。図3は、本実施形態に係るスラグ保持炉2(保持姿勢)を示す縦断面図であり、図4は、本実施形態に係るスラグ保持炉2(注入姿勢)を示す縦断面図である。
図3に示すように、スラグ保持炉2は、耐熱性の容器であり、高温の溶融スラグ4を保持し、電気炉1に注入する機能を有する。このスラグ保持炉2は、溶融スラグ4を保持するとともに、電気炉1への溶融スラグ4の注入量を調整可能な構造であり、かつ、電気炉1で発生した排気ガスの排気経路としても機能する。かかるスラグ保持炉2は、溶融スラグ4を貯留・保持するためのスラグ保持炉本体20(以下、「炉本体20」という。)と、炉本体20内の溶融スラグ4を電気炉1に注入するための注ぎ口部21とを備えている。
炉本体20は、下部壁22、側壁23、上部壁24からなる密閉型の容器であり、溶融スラグ4を貯留するための内部空間を有する。下部壁22は、鉄皮22aおよびその外側の断熱材22bと、鉄皮22aの内側の内張耐火物22cとから構成され、強度および耐熱性に優れる。なお、側壁23、上部壁24の内面にも内張耐火物が施されている。
炉本体20の炉蓋27側の上部には、ガス排出口25、スラグ投入口26が設けられる。ガス排出口25は、上記電気炉1の排ガスを排出するための排気口であり、集塵機(図示せず。)等の吸気装置に接続される。この吸気装置により、スラグ保持炉2内の雰囲気が負圧状態に維持される。スラグ投入口26は、上方のスラグ鍋3から炉本体20内に溶融スラグ4を投入するための開口である。このスラグ投入口26には開閉式の炉蓋27が設置されており、溶融スラグ4の投入時には炉蓋27が開放される。一方、溶融スラグ4の非投入時には炉、炉蓋27が閉められてスラグ投入口26が閉塞されるため、炉本体20内への外気の進入を防ぎ、炉本体20内を保温できる。
注ぎ口部21は、炉本体20の電気炉1側に設けられる筒状部分である。注ぎ口部21の内部空間は炉本体20から電気炉1に溶融スラグ4を注入するためのスラグ注入路28となり、注ぎ口部21の先端部に形成される開口が注ぎ口29となる。スラグ注入路28は、炉本体20の内部空間と比べて上下方向および炉幅方向(図3の紙面垂直方向)とも狭くなっており、注入方向前方に向かうにつれて下方に湾曲している。また、炉本体20の内部空間も注ぎ口部21側に向かうにつれて徐々に狭くなっている。かかる炉本体20および注ぎ口部21の形状とすることで、炉本体20内の溶融スラグ4を電気炉1に注入する際に、注入量を調整するのに適している。
スラグ保持炉2の注ぎ口部21は、電気炉1のスラグ注入口14に連結されている。図示の例では、注ぎ口部21よりも電気炉1のスラグ注入口14を太くし、注ぎ口部21の先端をスラグ注入口14内に挿入するような連結構造であり、両者の間には隙間が存在する。なお、注ぎ口部21とスラグ注入口14の連結構造は、かかる例に限定されず、ベローズ等を用いて両者を気密に連結する、または両者の隙間に充填材を詰めて連結するなど、多様に変更可能である。
上記のスラグ保持炉2の構造により、炉蓋27を閉めた状態で、集塵機(図示せず。)を稼働させてスラグ保持炉2内の雰囲気を負圧状態にしたときには、スラグ保持炉2は、電気炉1で発生した排ガスの排気経路として機能する。すなわち、電気炉1内の還元処理により発生したCOおよびH2等を含む排ガスは、図3の矢印で示すように、電気炉1のスラグ注入口14およびスラグ保持炉2の注ぎ口部21を通じて、負圧状態のスラグ保持炉2の炉本体20内に流入する。この際、スラグ保持炉2内は負圧に維持されているため、電気炉1とスラグ保持炉2の連結部の隙間から外気が進入することはあっても、電気炉1内の排ガスが当該隙間から外部に漏洩することはない。さらに、スラグ保持炉2内に流入した排ガスは、炉本体20内に進みガス排出口25から排出され、集塵機(図示せず。)に到達して処理される。
(傾動装置)
スラグ保持炉2の炉本体20の下部側には、傾動装置40が設けられている。傾動装置40は、スラグ保持炉2を注ぎ口部21側に傾動させて、炉本体20内の溶融スラグ4を注ぎ口部21から電気炉1内に注入する機能を有する。この傾動装置40は、シリンダ41と、支持部材42,43と、傾動軸44と、台車45を備える。
シリンダ41は、例えば油圧シリンダで構成され、スラグ保持炉2を傾動させるための動力を発生させる。シリンダ41の上端は、炉本体20の下部壁22においてスラグ保持炉2を電気炉1側に傾動可能に離間した位置に連結され、シリンダ41の下端は、台車45の上面に連結される。傾動軸44は、スラグ保持炉2の注ぎ口部21の下方に設けられ、スラグ保持炉2の傾動動作の中心軸となる。支持部材42,43は、傾動軸44で相互に回動可能に連結されている。支持部材42の上端は、注ぎ口部21の下部側に連結され、支持部材43の下端は、台車45の上面に連結される。これらのシリンダ41、支持部材42,43、傾動軸44によって、スラグ保持炉2が傾動可能に支持される。
かかる構成の傾動装置40により、傾動軸44を中心としてスラグ保持炉2を保持姿勢(図3)と注入姿勢(図4)との間で傾動させることが可能である。ここで、保持姿勢とは、図3に示すように、スラグ保持炉2が溶融スラグ4を電気炉1に注入することなく、炉本体20内に保持するときの姿勢である。一方、注入姿勢とは、図4に示すように、スラグ保持炉2が注ぎ口部21側に傾動して、炉本体20内の溶融スラグ4を電気炉1内に注入するときの姿勢である。
スラグ保持炉2を保持姿勢から注入姿勢に変えるときには、シリンダ41を伸張させて、炉本体20の後部を持ち上げ、傾動軸44を中心としてスラグ保持炉2を電気炉1側に傾動させる。これにより、図4に示すように、炉本体20に対して注ぎ口部21の位置が相対的に低くなるので、炉本体20内に保持されている溶融スラグ4が、注ぎ口部21側に向かって流動し、スラグ注入路28を通じて注ぎ口29から流下し、電気炉1内に注ぎ込まれる。一方、スラグ保持炉2を注入姿勢から保持姿勢に変えるときには、シリンダ41を収縮させて、炉本体20を保持姿勢に戻す。これにより、図3に示すように、炉本体20に対して注ぎ口部21の位置が相対的に高くなり、炉本体20内の溶融スラグ4の液面がスラグ注入路28よりも低くなるので、溶融スラグ4が電気炉1へ注入されずに炉本体20内に保持される。
ここで、スラグ保持炉2が注入姿勢にあるときに、シリンダ41の伸張長さを制御することによってスラグ保持炉2の傾動角度を調節し、溶融スラグ4の注入速度を制御することができる。図示された例では、スラグ保持炉2の傾動角度423を、スラグ保持炉2が保持姿勢(図3)にあるときの支持部材42の中心軸421と、スラグ保持炉2が注入姿勢(図4)にあるときの支持部材42の中心軸422とがなす角度として定義している。傾動角度423が大きいほど、炉本体20に対して注ぎ口部21の位置が低くなり、大きな注入速度で溶融スラグ4が電気炉1内に注入される。
台車45は、傾動装置40を移動可能に支持する。台車45を用いてスラグ保持炉2を後退または前進させることで、スラグ保持炉2を容易に検査、交換または補修等することが可能となる。
以上のように、傾動装置40を用いてスラグ保持炉2を傾動させることで、溶融スラグ4を電気炉1に間欠的に注入したり、その注入量を制御したりすることが可能になる。電気炉1への溶融スラグ4の注入時には、注入された溶融スラグ4が電気炉1内の溶鉄と急激に反応して電気炉1からオーバーフローしないように、傾動装置40を用いて注入量を適切に制御(すなわち、スラグ保持炉2の傾動角度423を調整)しながら、溶融スラグ4を間欠的に注入することが好ましい。溶融スラグ4の注入時に、注入速度が速すぎると、電気炉1内で溶融スラグ4がフォーミング状態になり、オーバーフローが発生し得る場合がある。この場合は、傾動装置40によりスラグ保持炉2の傾動角度423を小さくして、溶融スラグ4の注入を一時停止するか、または、注入量を低下させて、電気炉1内での反応を沈静化することが好ましい。
なお、スラグ保持炉2から電気炉1に溶融スラグ4を間欠的に注入する方法としては、溶融スラグ4の注入と中断を適宜繰り返しながら注入する方法や、所定の時間間隔でスラグ保持炉2内に保持されている所定量の溶融スラグ4をまとめて注入する方法などがあるが、本発明の実施形態においてはどのような方法が採用されてもよい。また、スラグ保持炉2から電気炉1に溶融スラグ4を連続的に注入することも可能である。なお、溶融スラグ4を間欠的に注入する場合、1回にまとめて注入する溶融スラグ4の総量が、スラグフォーミングによるオーバーフローが発生しない量であることを、事前に実験等で確認しておくことが望ましい。
(制御装置)
上記の傾動装置40には、制御装置50が接続されている。制御装置50は、溶融スラグ4の注入中に傾動装置40を制御して、溶融スラグ4の注入速度を調節する傾動制御部51を含む。傾動制御部51は、例えば、制御回路、またはメモリに格納されたプログラムをCPU(Central Processing Unit)が実行するコンピュータとして実現されうる。傾動制御部51は、オペレータに情報を提示するモニタなどの出力装置と、オペレータの操作入力を取得するボタンなどの入力装置とを有していてもよい。
傾動制御部51では、溶融スラグが電気炉1の還元処理能力に応じた目標注入速度で注入された場合の予定累積注入量を算出し、実績累積注入量の予定累積注入量に対する差分に基づいて、前記溶融スラグの注入速度を調節する機能を有する。
ここで、電気炉の還元処理能力とは、電気炉1への供給電力量、より具体的には電気炉1の電極15,16に印加される電力量に対応して算出される、還元可能な溶融スラグ量を意味する。電気炉1への供給電力量は電力制御部52から通知されるため、当該供給電力量に基づいて電気炉1の還元処理能力を算出し、電気炉1の還元処理能力に応じた溶融スラグ4の目標注入速度を決定することができる。溶融スラグ4の目標注入速度と、予定される注入時間とに基づいて当該注入時間における予定累積注入量が算出される。
一方、溶融スラグ4の実績累積注入量とは、溶融スラグ4が電気炉1へ注入された量の累積値を意味しており、後述の通り、溶融スラグ4を含んだスラグ保持炉2の質量変化量として、秤量器55によって測定することができる。傾動制御部51は、溶融スラグ4の目標注入速度に基づいて算出される予定累積注入量と、溶融スラグ4の実績累積注入量との差分に基づいて、この差分を小さくする様に、溶融スラグ4の注入速度を調節する。なお、この調節制御の詳細については後述する。
本明細書において、「溶融スラグ4の注入速度」は、溶融スラグ4の単位時間あたりの注入量を意味する。なお、溶融スラグ4が所定の時間間隔で間欠的に注入される場合には、例えば注入の1サイクルの平均注入量として注入速度が定義される。
電力制御部52も、傾動制御部51と同様に、例えば制御回路、またはメモリに格納されたプログラムをCPUが実行するコンピュータとして実現される。電力制御部52は、例えば温度計53,54によって測定される溶融スラグ層5および溶鉄層6の温度に基づいて、電気炉1への供給電力量を制御している。例えば、電力制御部52は、溶融スラグ層5または溶鉄層6の温度が所定の値を超えて過熱しそうになった場合に、電気炉1への供給電力量を減少させて、溶融スラグ層5または溶鉄層6の過熱を防止する。このような場合に、傾動制御部51は、電力制御部52から通知される電気炉1への供給電力量の変動に応じて、溶融スラグ4の目標注入速度を再計算する。
その一方で、傾動制御部51は、秤量器55によって測定される、内部の溶融スラグ4を含んだスラグ保持炉2の質量の時間変化量に基づいて、溶融スラグ4の注入量を積算して、実績累積注入量を算出する。傾動制御部51は、この実績累積注入量を、溶融スラグ4が所定の目標注入速度で注入され続けたと仮定した場合の予定累積注入量と比較し、この差分を小さくする様に、溶融スラグ4の注入速度を調節する。すなわち、傾動制御部51は、上記の差分に基づいて、スラグ保持炉2の傾動角度423を調整する。
また、実績累積注入量と予定累積注入量との差分が大きくなっている場合には、スラグ保持炉2の注ぎ口部への凝固スラグの付着などのために、スラグが注入されにくくなっていると考えられる。その場合は、傾動制御部51は、実績累積注入量が予定累積注入量に近づくように傾動角度423をさらに大きな角度に調節する。
このような傾動制御部51の制御によって、何らかの原因により、所定の傾動角度423ではスラグ保持炉2から電気炉1に予定された量の溶融スラグ4が注入されない場合でも、溶融スラグ4の注入速度と電気炉1の還元処理能力とを均衡させ、電気炉1内での還元反応を安定させることができる。
しかしながら、上記のような傾動制御部51による制御によってもなお、スラグ保持炉2から電気炉1に注入される溶融スラグ4が予定された量まで回復しない場合には、電力制御部52が電気炉1への電力供給量を減少させることによって電気炉1の還元処理能力を一時的に低下させる。これによって、電気炉1の還元処理能力に基づく溶融スラグ4の目標注入速度が減少することになり、結果として実績累積注入量と予定累積注入量との差分を縮小させることができる。なお、実績累積注入量と予定累積注入量との差分が十分に小さくなった場合には、傾動角度423や電力供給量など制御値の一時的な変更は元に戻され、当初予定された電力供給量、およびその電力供給量に基づいて算出された目標注入速度での制御が再開される。
[4.スラグ目標注入速度の算出]
次に、図5および図6を参照して、本実施形態における溶融スラグの目標注入速度の算出について説明する。図5は、本実施形態における溶融スラグ4の目標注入速度の算出について説明するための図である。
図5に示すように、溶融スラグ4の目標注入速度Vtは、供給電力Pactから算出される実効電力Peffに基づいて算出される。以下、それぞれの算出過程についてさらに詳しく説明する。
供給電力Pactは、電力制御部52による電気炉1への単位時間あたりの供給電力量である。電力制御部52は、基本的には供給電力Pactを所定の値で一定に制御するが、上記のように溶融スラグ層5や溶鉄層6の温度が所定の値を超えたことが温度計53,54によって検出されたような場合には、供給電力Pactを減少させる。電力制御部52は、例えば供給電力Pactの制御の開始時、および供給電力Pactの変更時に、供給電力Pactの値を傾動制御部51に通知する。
傾動制御部51は、通知された供給電力Pactに基づいて、実効電力Peffを算出する。実効電力Peffは、供給電力Pactから、回路損失電力Ploss1および熱損失電力Ploss2を差し引くことによって算出される。ここで、回路損失電力Ploss1は、電気炉1の電気系統における回路損失に相当する電力であり、電気系統の抵抗値や電気系統を流れる二次電流値などに基づいて算出することができる。熱損失電力Ploss2は、電気炉1の炉体から外部に放出される熱に相当する電力であり、電気炉1の炉底11、炉壁12、および炉蓋13のそれぞれからの放熱量、および排ガス熱量に基づいて算出することができる。
なお、傾動制御部51で実効電力Peffの算出のために用いられる回路損失電力Ploss1および熱損失電力Ploss2の値は、例えば予め実測などによって定量されて傾動制御部51において記憶されていてもよい。あるいは、回路損失電力Ploss1および熱損失電力Ploss2の値には、実測の結果などに基づく固定値が用いられてもよい。
さらに、傾動制御部51は、実効電力Peffに基づいて目標注入速度Vtを算出する。ここで、目標注入速度Vt(kg/min)は、実効電力Peff(kW)を電力原単位rC(kW・min/kg)で除することによって求められる。電力原単位rCは、電気炉1における溶融スラグ4の還元反応に必要とされるエネルギーを、単位質量あたりの電力量として表現したものである。電力原単位は、単位スラグ量当たりのスラグ中の酸化物の還元熱による理論計算値を利用する他、実測の結果などに基づく固定値が用いられても良い。
以上のような算出過程を経て、傾動制御部51は溶融スラグ4の目標注入速度Vtを算出する。さらに、算出された目標注入速度Vtに基づいて、電気炉1に投入される炭材などの副原料の投入速度(単位時間当たりの投入量)が決定されることが好ましい。
図6は、本実施形態における供給電力Pactと溶融スラグ4の目標注入速度Vtとの関係、および累積供給電力量と溶融スラグの予定累積注入量との関係を示すグラフである。ここで、図6(A)に示す例では、時刻tの時点で、電力制御部52が供給電力Pactを、Pact1からPact1よりも小さいPact2に変更している。変更後の供給電力Pact2を電力制御部52から通知された傾動制御部51は、供給電力Pact2に基づいて上記の目標注入速度Vtの算出を再実行し、その結果に基づいて、目標注入速度Vtを、Vt1からVt1よりも小さいVt2に変更する。ここで、目標注入速度Vt1,Vt2は、電気炉1への供給電力Pact1,Pact2に基づいてそれぞれ算出されているため、電気炉1の還元処理能力に応じた目標注入速度である。この結果、図6(B)に示すように、時刻t以降、累積供給電力量の増加が緩やかになるのにあわせて、溶融スラグ4の予定累積注入量の増加も緩やかになる。従って、電気炉1への供給電力Pactが抑制されて還元処理能力が低下した場合には、低下した還元処理能力に見合った分の溶融スラグ4が電気炉1に注入されることになり、引き続き電気炉1において安定した還元処理を行わせることができる。
[5.溶融スラグの実績累積注入量に応じた注入速度の調整制御]
次に、図7〜図9を参照して、本実施形態における溶融スラグの実績累積注入量に応じた注入速度の調節制御について説明する。図7は、本実施形態における溶融スラグ4の注入速度の調節制御の例を示すフローチャートである。
図示された例では、まず、傾動制御部51が、溶融スラグ4の予定累積注入量Q
planを算出する(ステップS101)。予定累積注入量Q
planは、時刻t
aから時刻t
bまで、上記の図5に示したような算出過程によって算出される目標注入速度V
tで溶融スラグ4が注入され続けた場合の溶融スラグ4の注入量の積分値である。従って、予定累積注入量Q
planは、例えば以下の式1のように表せる。なお、V
t(t)は、例えば上記の図6(A)に例示したような目標注入速度V
tの各時刻tにおける値を表す。
次に、傾動制御部51は、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactを算出する(ステップS103)。実績累積注入量Qactは、例えば時刻taから時刻tbまでの間の溶融スラグ4の注入量の実績値である。時刻taから時刻tbまでの間にスラグ鍋3からスラグ保持炉2への溶融スラグ4の投入がなければ、実績累積注入量Qactは、秤量器55によって測定された、時刻taと時刻tbとの間におけるスラグ保持炉2の質量変化(電気炉1に注入された溶融スラグ4の分だけ質量が減少する)として、例えば以下の式2のように表せる。なお、W(t)は、各時刻tにおけるスラグ保持炉2の質量を表す。
次に、傾動制御部51は、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactを予定累積注入量Qplanと比較する(ステップS105,S107)。ここで、実績累積注入量Qactが予定累積注入量Qplanを下回り、かつ、これらの注入量の差分(|QPlan−Qact|)が閾値th1を超える場合(ステップS105でYESの場合)、傾動制御部51は、注入速度を増加させるための制御を実行する(ステップS120)。なお、このステップS120における具体的な制御の内容については後述する。
一方、実績累積注入量Qactが予定累積注入量Qplanを上回り、かつ、これらの注入量の差分(|Qplan−Qact|)が閾値th2を超える場合(ステップS107でYESの場合)、傾動制御部51は、注入速度を減少させるための制御を実行する(ステップS140)。なお、このステップS140における具体的な制御の内容についても後述する。閾値th2は、上記の閾値th1と同じ値であってもよいし、異なる値であってもよい。なお、閾値th1,th2のように、注入速度の制御を実行する条件として用いられる閾値を、本明細書では第1の閾値ともいう。
上記のステップS105,S107のいずれでもNOと判定された場合は、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactが予定累積注入量Qplanに対して適切な範囲(差分が所定の閾値の範囲内)となっているため、傾動制御部51は注入速度の調節制御を実行しない。
図8は、本実施形態において溶融スラグ4の注入速度を増加させるための制御の例を示すフローチャートである。なお、図示された制御工程は、上記の図7のフローチャートにおいてステップS120として説明された工程に対応する。
図示された例では、まず、シリンダ41を伸長させて、スラグ保持炉2の傾動角度423を増加させる(ステップS121)。ここで、シリンダ41の伸張長さの制御は、傾動制御部51によって自動的に実行されてもよいし、傾動制御部51のモニタに表示された実績累積注入量Qactや予定累積注入量Qplanなどの情報を参照したオペレータが傾動制御部51に与える操作入力に従って実行されてもよい。
なお、傾動角度423は、溶融スラグ4の注入速度の制御値である。つまり、傾動角度423を増加させれば、溶融スラグ4の注入速度も増加すると予想されるが、上述のように、凝固してスラグ保持炉2の内面に付着したスラグなどのために、必ずしも溶融スラグ4の注入速度が予想されたとおりに増加しない場合がある。
そこで、上記のステップS121で傾動角度423を増加させた後、傾動制御部51は、再び溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分(|Qplan−Qact|)を算出し、差分が閾値th3よりも大きいか否かを判定する(ステップS123)。閾値th3は、上記の閾値th1よりも大きい値である。
ステップS123において差分が閾値th3よりも大きいと判定された場合(YES)、ステップS121で傾動角度423を増加させたことによっては溶融スラグ4の注入速度が十分に増加しておらず、傾動角度423を増加させた後も実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分が拡大したと推定される。この場合、電力制御部52が、電気炉1への供給電力Pactを減少させる制御を実行する(ステップS125)。なお、閾値th3のように、供給電力の制御を実行する条件として用いられる閾値を、本明細書では第2の閾値ともいう。第2の閾値は、第1の閾値よりも大きい値である。
ここで、電力制御部52による供給電力Pactの制御は、傾動制御部51から制御信号が送信されることによって自動的に実行されてもよいし、傾動制御部51のモニタに表示された実績累積注入量Qactや予定累積注入量Qplanなどの情報を参照したオペレータが傾動制御部51または電力制御部52に与える操作入力に従って実行されてもよい。また、ステップS125における電力制御部52による供給電力Pactの制御は、例えば供給電力Pactを0にすること(電力オフ)によって実行されてもよいし、所定の減少幅だけ供給電力Pactを減少させつつ電力の供給は継続することによって実行されてもよい。
次に、傾動制御部51は、再び溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分(|Qplan−Qact|)を算出し、差分が0になったか否かを判定する(ステップS127)。ステップS121での傾動角度423の増加、およびステップS125での供給電力Pactの減少によって、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分は縮小して0に近づくと予想される。傾動制御部51は、差分が0になった(または、0に近い所定の範囲まで低下した)場合に、傾動角度423や供給電力Pactなどの制御値を元に戻す(ステップS129)。
図9は、本実施形態において溶融スラグ4の注入速度を減少させるための制御の例を示すフローチャートである。なお、図示された制御工程は、上記の図7のフローチャートにおいてステップS140として説明された工程に対応する。
図示された例では、まず、シリンダ41を収縮させて、スラグ保持炉2の傾動角度423を減少させる(ステップS141)。ここで、上記の図8に示したステップS121と同様に、シリンダ41の伸張長さの制御は、例えば傾動制御部51によって自動的に実行されてもよいし、傾動制御部51のモニタに表示された実績累積注入量Qactや予定累積注入量Qplanなどの情報を参照したオペレータが傾動制御部51に与える操作入力に従って実行されてもよい。
次に、傾動制御部51は、再び溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分(|Qplan−Qact|)を算出し、差分が0になったか否かを判定する(ステップS143)。ステップS141での傾動角度423の減少によって、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分は縮小して0に近づくと予想される。傾動制御部51は、差分が0になった(または、0に近い所定の範囲まで低下した)場合に、傾動角度423を元に戻す(ステップS145)。
なお、図9に例示した制御工程では、電力制御部52による供給電力Pactの制御は実行されない。これは、多くの場合、通常時の供給電力Pactは安全に操業可能な範囲の上限近くに設定されていることが多く、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactが多すぎたからといって供給電力Pactを増加させることは容易でないためである。また、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactが少ない(実際の注入速度が目標注入速度Vtよりも小さい)場合には、傾動角度423を増加させても、凝固してスラグ保持炉2の内面に付着したスラグなどのために注入速度が増加しない可能性があるのに対し、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactが多い(実際の注入速度が目標注入速度Vtよりも大きい)場合には、傾動角度423を減少させれば注入速度も減少する可能性が高い。但し、通常時の供給電力Pactが安全に操業可能な範囲に対して余裕をもって設定されているような場合には、上記の制御工程においても、図8に示したステップS125のように電力制御部52が供給電力Pactを制御してもよい。この場合、供給電力の制御を実行する条件として用いられる閾値(第2の閾値)は、注入速度を減少させるための制御を実行する条件として用いられる閾値th2(第1の閾値)よりも大きい値である。
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した条件例にすぎず、本発明が以下の実施例の条件に限定されるものではない。
(実施例1)
まず、図10を参照して、本発明の実施例1について説明する。実施例1では、電気炉1として、密閉型の直流電気炉を用いた。溶融スラグ4としては、転炉から排出された溶融状態の溶融スラグを用い、当該溶融スラグ4を、流動性を有する溶融状態のままスラグ保持炉2に投入した。さらに、電気炉1内に、約130トンの銑鉄からなる溶鉄層6と、当該溶鉄層6上に、還元処理された溶融スラグ(還元スラグ)からなる約200mm厚みの溶融スラグ層5とが存在している条件下で、スラグ保持炉2から電気炉1内の溶融スラグ層5に溶融スラグ4を間欠的に注入し、電気炉1の電極15,16に30MWの電力を印加して、電気炉1内で溶融スラグ4の還元処理を行った。
図10は、本実施例における電気炉1への供給電力と、溶融スラグ4の注入速度と、溶融スラグ4の累積注入量との関係を示すグラフである。本実施例では、時刻0から、電気炉1への供給電力Pactを30MWに設定して溶融スラグ4の還元処理が開始された。このとき、スラグ保持炉2からの溶融スラグ4の目標注入速度Vtは、上記の図5に示したような計算の結果、800kg/minに設定された。この目標注入速度Vtは、電気炉1への供給電力Pactに基づいて算出されているため、電気炉1の還元処理能力に応じた目標注入速度である。なお、電気炉1における回路損失および熱損失に相当する電力としては、実測の結果に基づき9MWの固定値を採用している。
処理開始時に、シリンダ41を伸張させてスラグ保持炉2を目標注入速度Vt(800kg/min)に対応する傾動角度423で傾動させたところ、図10において溶融スラグ注入速度の目標値(太線)に対する実績値(細線)で示されるように、若干変動しながらも平均すれば目標注入速度Vt(800kg/min)に近い注入速度で溶融スラグ4を注入することができた。したがって、図10に示された溶融スラグ累積注入量では、計画値(太線)に実績値がほぼ一致している(そのため、実績値を示す細線は図示されていない)。
ところが、時刻t1(21分)において、溶融スラグ層5および溶鉄層6の温度が規定の値(溶融スラグ層5は約1450℃、溶鉄層6は約1550℃)よりも約100℃上昇していることが温度計53,54によって検出されたため、電力制御部52が電気炉1への供給電力Pactを30MWから15MWに変更した。これに伴って、傾動制御部51は計算を再実行し、溶融スラグ4の目標注入速度Vtを350kg/minに変更した。これに対応して、傾動制御部51がシリンダ41を収縮させてスラグ保持炉2の傾動角度423を変更後の目標注入速度Vtに応じた値まで小さくしたところ、ここでも平均すれば変更後の目標注入速度Vt(350kg/min)に近い注入速度で溶融スラグ4を注入することができた。
その後、時刻t2(27分)において、溶融スラグ層5および溶鉄層6の温度が規定の値付近(本実施例では、±25℃程度の範囲内とした)まで下がったため、電力制御部52が電気炉1への供給電力Pactを15MWから30MWに戻した。これに伴って、傾動制御部51は溶融スラグ4の目標注入速度Vtを350kg/minから800kg/minに戻した。ここでも、平均すれば目標注入速度Vt(800kg/min)に近い注入速度で溶融スラグ4を注入することができた。なお、本実施例では時刻t3(41分)で処理を終了したが、実際にはさらに長時間にわたって処理を継続することができる。
本実施例では、電気炉1への供給電力Pactに基づいて目標注入速度Vtを算出することによって、供給電力Pactの変動にかかわらず、電気炉1の還元処理能力に応じた目標注入速度Vtで溶融スラグ4を注入することができた。この結果、スラグ注入中に急激なスラグフォーミングを発生させることなく、電気炉1において連続的かつ安定的に溶融スラグ4を還元処理することができた。
(実施例2)
次に、図11を参照して、本発明の実施例2について説明する。本実施例でも、実施例1と同様の条件で、電気炉1内で溶融スラグ4の還元処理を行ったが、溶融スラグ4の実際の注入速度が目標注入速度Vtを大きく下回ったために、傾動制御部51による注入速度の調節制御が実行された。
図11は、本実施例における電気炉1への供給電力と、溶融スラグ4の注入速度と、溶融スラグ4の累積注入量との関係を示すグラフである。本実施例でも、第1の実施例と同様に、時刻0から、電気炉1への供給電力Pactを30MWに設定して溶融スラグ4の還元処理が開始された。このとき、溶融スラグ4の目標注入速度Vtは、上記の図5に示したような計算の結果、800kg/minに設定された。なお、電気炉1における回路損失および熱損失に相当する電力としては、実施例1と同様に、9MWの固定値を採用している。ところが、シリンダ41を伸張させて、目標注入速度Vt(800kg/min)に対応する傾動角度423でスラグ保持炉2を傾動させても、図11で溶融スラグ注入速度の目標値(太線)および実績値(細線)で示されるように、実際の溶融スラグ4の注入速度が目標注入速度Vtを大きく下回った。
この結果、溶融スラグ累積注入量の目標値(太線)および実績値(細線)で示されるように、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの間に差分が生じ、徐々に拡大した。そして、時刻t1(10分)の時点で、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分が、図7で説明した閾値th1を超えたため、傾動制御部51が、スラグ保持炉2の傾動角度423を注入速度1200kg/minに相当する角度まで増加させる制御を実行した。
ところが、それでもなお、実際の溶融スラグ4の注入速度は目標注入速度Vtよりも低く、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分はさらに拡大した。時刻t2(21分)の時点で、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分が、図8で説明した閾値th3をも超えたため、電力制御部52が電気炉1への供給電力Pactを0にする制御を実行した。
これによって、予定累積注入量Qplanが増加しなくなった結果、実績累積注入量Qactとの差分は縮小し、時刻t3(27分)の時点で差分が0になったため、傾動制御部51および電力制御部52は、傾動角度423および供給電力Pactを元に戻した。具体的には、傾動制御部51が傾動角度423を注入速度800kg/minに相当する角度に戻し、電力制御部52が供給電力Pactを30MWにして電気炉1への電力の供給を再開した。
しかし、その後も、実際の溶融スラグ4の注入速度は目標注入速度Vtよりも低く、時刻t4(32分)の時点で、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分が再び閾値th1を超えた。ここでも時刻t1と同様に、傾動制御部51がスラグ保持炉2の傾動角度423を注入速度1200kg/minに相当する角度まで増加させる制御を実行したところ、今度は溶融スラグ4の注入速度が増加し、平均すると1200kg/min程度の注入速度で溶融スラグ4が注入された。
この結果、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分は縮小し、時刻t5(39分)の時点で差分が0になったため、傾動制御部51はスラグ保持炉2の傾動角度423を注入速度800kg/minに相当する角度に戻した。その後も実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの間には大きな差が生じることなく、時刻t6(41分)で処理が終了した。
本実施例では、実際の溶融スラグ4の注入速度が、電気炉1への供給電力Pactに基づいて算出された目標注入速度Vtを大きく下回る事態が発生したものの、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分に基づいてスラグ保持炉2の傾動角度423を制御して溶融スラグ4の注入速度を増加させること、および電気炉1への供給電力Pactを制御して電気炉1の還元処理能力を一時的に抑制することによって、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分のさらなる拡大を防止することができた。この結果、スラグ注入中に急激なスラグフォーミングを発生させることなく、電気炉1において連続的かつ安定的に溶融スラグ4を還元処理することができた。
(実施例3)
次に、図12を参照して、本発明の実施例3について説明する。本実施例でも、実施例1と同様の条件で、電気炉1内で溶融スラグ4の還元処理を行ったが、溶融スラグ4の実際の注入速度が目標注入速度Vtを大きく上回ったために、傾動制御部51による注入速度の調節制御が実行された。
図12は、本実施例における電気炉1への供給電力と、溶融スラグ4の注入速度と、溶融スラグ4の累積注入量との関係を示すグラフである。本実施例でも、第1の実施例と同様に、時刻0から、電気炉1への供給電力Pactを30MWに設定して溶融スラグ4の還元処理が開始された。このとき、溶融スラグ4の目標注入速度Vtは、上記の図5に示したような計算の結果、800kg/minに設定された。なお、電気炉1における回路損失および熱損失に相当する電力としては、実施例1、2と同様に、9MWの固定値を採用している。ところが、シリンダ41を伸張させて、目標注入速度Vt(800kg/min)に対応する傾動角度423でスラグ保持炉2を傾動させたところ、図12で溶融スラグ注入速度の目標値(太線)および実績値(細線)で示されるように、実際の溶融スラグ4の注入速度が目標注入速度Vtを大きく上回った。
この結果、溶融スラグ累積注入量の目標値(太線)および実績値(細線)で示されるように、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの間に差分が生じ、徐々に拡大した。そして、時刻t1(11分)の時点で、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分が、図7で説明した閾値t2を超えたため、傾動制御部51が、スラグ保持炉2の傾動角度423を縮小させて、スラグ保持炉2を保持姿勢に戻す制御を実行した。この結果、図示されるように溶融スラグ4の注入速度は0になった。
これによって、実績累積注入量Qactが増加しなくなった結果、予定累積注入量Qplanとの差分が縮小し、時刻t2(18分)の時点で差分が0になったため、傾動制御部51は、傾動角度423を再び目標注入速度Vt(800kg/min)に対応する角度に設定し、溶融スラグ4の注入を再開した。その後は、実際の溶融スラグ4の注入速度が平均すれば800kg/min程度で安定し、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの間に大きな差が生じることはなく、時刻t3(41分)で処理が終了した。
本実施例では、実際の溶融スラグ4の注入速度が、電気炉1への供給電力Pactに基づいて算出された目標注入速度Vtを大きく上回る事態が発生したものの、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分に基づいてスラグ保持炉2の傾動角度423を制御することによって、実績累積注入量Qactと予定累積注入量Qplanとの差分のさらなる拡大を防止することができた。この結果、スラグ注入中に急激なスラグフォーミングを発生させることなく、電気炉1において連続的かつ安定的に溶融スラグ4を還元処理することができた。
以上の結果から、電気炉の還元処理能力に応じて溶融スラグ4の目標注入速度Vtを設定し、さらに、目標注入速度Vtに基づいて算出される予定累積注入量Qplanと、溶融スラグ4の実績累積注入量Qactとの差分に基づいて溶融スラグ4の注入速度を調節することによって、例えば何らかの原因で実際の溶融スラグ4の注入速度が目標注入速度Vtから乖離したような場合にも、電気炉1において連続的かつ安定的に溶融スラグ4を還元処理できることが実証された。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。