JP2015057071A - シート状細胞培養物の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】
強度、安全性および有効性に優れたシート状細胞培養物を製造する。
【解決手段】
血清で被覆された培養基材上に、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度の細胞を播種する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法、および前記製造方法により製造されたシート状細胞培養物。
【選択図】なし

Description

本発明は、シート状細胞培養物の製造方法、および該製造方法により製造されたシート状細胞培養物に関する。
心臓はそのポンプ機能により全身に酸素を運搬しており、生命の維持に必須の役割を担っている。そのため、心疾患は死亡原因の上位をしめており、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患では、心筋組織に十分な酸素が行き渡らなくなり、この状態が長時間つづくと壊死をおこしてしまう。成人の心筋細胞は自己複製能に乏しいため、一度壊死すると再生することはなく心不全に陥ってしまう。このような状態に至ると、左心補助人工心臓を装着するか、最終的には心臓移植を受けるしか治療法がないのが現状である。
このような中で心不全の新たな治療法として研究が進められているのが、心臓への細胞移植である。これまでに、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、ES細胞、骨髄由来の細胞等の利用が、動物を用いた実験で報告されている。
このうち骨格筋芽細胞は、骨格筋組織中に存在し、筋組織が障害を受けた際に活性化され、増殖、融合することにより骨格筋組織を再生する。骨格筋芽細胞は、心筋と構造、機能などに類似する部分が多く、増殖して梗塞巣を修復できない心筋細胞の代わりに当該病巣を物理的に補填し、心臓のポンプ機能を改善できるのではないか、という考え方から心疾患への適応が期待されてきた。一方、近年ではその有効性にも関わらず移植細胞の生着率が低いことから、移植細胞の産生する液性因子が心筋組織に作用し、細胞死の抑制、血管新生などの作用によりその有効性を示すのではないかとも考えられている。また、骨格筋芽細胞を利用した細胞移植の場合、患者自身の細胞を用いることで免疫適合性の問題を回避することが可能であるという利点があり、海外では臨床試験も行われている。
しかし、移植細胞を細胞懸濁液の状態で組織へと投与した場合には、移植細胞の注入効率が悪いこと、レシピエント組織への穿刺による障害、広範囲な組織修復が困難である等の問題点が指摘されており、これを克服すべくスキャフォールドを利用した細胞構築物や細胞をシート状に形成した細胞シートが開発されてきた。
骨格筋芽細胞についても、適切な培養液中で一定期間増殖させることにより細胞シートの形成が可能であることが知られている(特許文献1)。同文献において、骨格筋芽細胞シートは、細胞を約9×10細胞/cmの密度で播種し、成長因子等を含む培養液中で十分な期間増殖させることにより形成している。しかしながら、このような製造方法においては、培養液中に含まれる成長因子、ステロイド剤、異種血清等の添加因子が製造物に残存する可能性があるという安全性の問題があった。また、かかる従来の製造方法においては、形成される細胞シートが物理的強度に乏しく、洗浄操作や移植手術、輸送の際の扱いが困難であるという問題点があった。さらに、近年では治療法としての細胞移植の作用メカニズムとして、移植細胞から産生される液性因子の働きが注目されているが、移植細胞からは治療の有効性に関わる因子の他、炎症性サイトカイン等、レシピエントに対して不利益な効果をもたらす因子も産生される可能性があるため、細胞シートの臨床応用にむけては、血管新生、細胞死の抑制等、有効性に関わる因子を多く産生し、炎症性サイトカイン産生の抑制された細胞シートを得ることが望ましい。したがって、上記のような従来技術の問題点を有しない、強度、安全性および有効性の高い細胞シートの製造が求められていた。
特表2007-528755号公報
本発明は、従来技術の問題点を有しない、強度、安全性および有効性に優れたシート状細胞培養物の製造を目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行う中で、骨格筋芽細胞を1.0×10個/cmを超える密度で播種した場合、播種された細胞が完全にシートを形成する以前に剥離が生じ、十分な強度をもつシート状細胞培養物を形成することができなかったが、前処理として培養基材に血清を被覆させた後に高密度の細胞を播種したところ、自然に剥離することなくシート状細胞培養物を形成することが可能であることを見出した。また、より低密度の播種密度3.5×10個/cmの場合において、血清被覆処理をした培養皿を使用することにより、かかる処理を行っていない培養皿を使用した場合に比べてシートを構成する細胞数が増加、すなわち、細胞回収率が上昇し、シートの強度も高まることを見出した。そして、さらに研究を続けたところ、多核化していない骨格筋芽細胞のシート状細胞培養物からは、分化が進み多核化した骨格筋芽細胞のシート状細胞培養物と比較して血管新生等の有効性に関わる作用を有する因子の産生が多い一方で、炎症性サイトカインの産生が低いこと、および、上記製造方法で作製されたシート状細胞培養物について分化の程度を評価したところ、分化の進行がみられないことを見出し、本発明を完成させた。
したがって、本発明は以下の(1)〜(10)に示されるものである。
(1)血清で被覆された培養基材上に、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度の細胞を播種する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
(2)細胞の密度が3.5×10以上、3.4×10個/cm未満である、上記(1)に記載の製造方法。
(3)シート状細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含む、上記(1)または(2)に記載の製造方法。
(4)単離したシート状細胞培養物を洗浄する工程をさらに含む、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)シート状細胞培養物が、筋管への分化が抑制された骨格筋芽細胞を含む、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法により製造された、シート状細胞培養物。
(7)洗浄操作に対して十分な物理的強度を有する、上記(6)に記載のシート状細胞培養物。
(8)移植操作に耐え得る物理的強度を有する、上記(6)または(7)に記載のシート状細胞培養物。
(9)疾病または傷病の治療に用いる、上記(6)〜(8)のいずれかに記載のシート状細胞培養物。
(10)製造由来不純物を実質的に含まない、上記(6)〜(9)のいずれかに記載のシート状細胞培養物。
本発明の製造方法により、浸漬撹拌などの洗浄操作や、取出し、保持、移送などの移植操作に耐え得る十分な物理的強度を有するシート状細胞培養物が得られるため、従来の製法で得られた細胞シートよりもより容易かつ確実に製造・移植操作を行うことが可能となる。また、本発明の製造方法により、高い細胞回収率でシート状細胞培養物を得ることができるため、使用する細胞の有効利用が可能となり、コストの削減などに寄与する。さらに、本発明の製造方法により得られたシート状細胞培養物は、血管新生等の有効性に関わる作用を有する因子の産生が多い一方で、炎症性サイトカインの産生が低いため、治療上の有効性も、レシピエントに対する安全性も極めて高く、臨床的に極めて有用である。このため、ヒト医療および獣医療において多大な貢献が期待できる。
図1は、細胞を種々の密度で播種した場合のCK活性を測定したグラフである。 図2は、未分化シート状細胞培養物上清および多核化シート状細胞培養物上清における種々の炎症性サイトカインの量を比較したグラフである。 図3は、未分化シート状細胞培養物上清および多核化シート状細胞培養物上清における種々の液性因子の量を比較したグラフである。
本発明は、血清で被覆された培養基材上に、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度の細胞を播種する工程を含む、シート状細胞培養物の製造方法に関する。
本発明において、「培養基材」は、細胞がその上でシート状細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリクスなどが挙げられる。
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N−エチルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N−イソプロピルメタクリルアミド、N−シクロプロピルアクリルアミド、N−シクロプロピルメタクリルアミド、N−エトキシエチルアクリルアミド、N−エトキシエチルメタクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N−エチルメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−プロペニル)−モルホリン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN−イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。
上記培養基材は、種々の形状であってもよいが、平坦であることが好ましい。また、その面積は特に限定されないが、典型的には、1〜200cm、好ましくは2〜100cm、より好ましくは3〜50cmである。
本発明において、培養基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されている。「血清でコートされている」とは、培養基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材を血清と共にインキュベートすることにより得ることができる。インキュベートとは、血清を培養基材に接触させることを含む。血清としては、異種血清および同種血清を用いることができる。異種血清は、細胞培養物を移植する場合、レシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清、すなわち、レシピエントに由来する血清を含む。
培養基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で20〜60分程度放置して凝固させ、これを1000〜1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
培養基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、0.5〜90%(v/v)、好ましくは1〜60%(v/v)、より好ましくは5〜40%(v/v)である。
インキュベート時間も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、1〜72時間、好ましくは4〜48時間、より好ましくは5〜24時間、さらに好ましくは6〜12時間である。インキュベート温度も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、0〜60℃、好ましくは4〜45℃、より好ましくは室温〜40℃である。
インキュベート後に血清を廃棄してもよい。血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本発明の一態様においては、血清廃棄後に、培養基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、培養基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の培養基材洗浄手法、例えば、限定することなく、培養基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、5〜60秒間)撹拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
本発明において、培養基材を、成長因子でコートしてもよい。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。成長因子による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、例えば、0.0001μg/mL〜1μg/mL、好ましくは0.0005μg/mL〜0.05μg/mL、より好ましくは0.001μg/mL〜0.01μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
本発明において、培養基材を、ステロイド剤でコートしてもよい。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。ステロイド剤による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、デキサメタゾンとして、例えば、0.1μg/mL〜100μg/mL、好ましくは0.4μg/mL〜40μg/mL、より好ましくは1μg/mL〜10μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
培養基材は、血清、成長因子およびステロイド剤のいずれか1つでコートしても、これらの任意の組合わせ、すなわち、血清と成長因子、血清とステロイド剤、または血清と成長因子とステロイド剤の組合わせでコートしてもよい。複数の成分でコートする場合、これらの成分を混合して同時にコートしてもよいし、別々の工程でコートしてもよい。
培養基材は、血清等でコートした後直ちに細胞を播種してもよいし、コートした後に保存しておき、その後細胞を播種することもできる。コートした基材は、例えば4℃以下、好ましくは−20℃以下、より好ましくは−80℃以下に保つことにより長期間保存することができる。
本発明の製造方法において、細胞は、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種する。「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を実質的に含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる従来法では、シート状細胞培養物を形成するために、約6,500個/cmの密度の細胞をプレートに播種していたが(例えば、特許文献1参照)、かかる密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養してもシート状の細胞培養物を形成することはできない。したがって、本発明の製造方法における播種密度は、成長因子を含む培養液を用いる従来法におけるものよりも高いものである。このため、本明細書中では、かかる播種密度を、単に「高密度」と記すこともある。かかる密度は、具体的には、例えば、骨格筋芽細胞について典型的には300,000個/cm以上である。播種密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、3.4×10個/cm未満である。
したがって、本発明の製造方法における骨格筋芽細胞の播種密度は、ある態様では3.0×10〜3.4×10個/cm、別の態様では3.5×10〜3.4×10個/cm、さらに別の態様では1.0×10〜3.4×10個/cm、さらに別の態様では3.0×10〜1.7×10個/cm、別の態様では3.5×10〜1.7×10個/cm、さらに別の態様では1.0×10〜1.7×10個/cmである。上記範囲は、上限が3.4×10個/cm未満である限り、上限および下限の両方、または、そのいずれか一方を含んでもよい。したがって、本発明の製造方法における骨格筋芽細胞の播種密度は、例えば、3.0×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、3.5×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、1.0×10個/cm以上3.4×10個/cm未満(下限を含み、上限は含まない)、1.0×10個/cm超3.4×10個/cm未満(下限も上限も含まない)、1.0×10個/cm超1.7×10個/cm以下(下限は含まないが、上限は含む)であってもよい。当業者であれば、骨格筋芽細胞以外の細胞について、本発明に適した細胞密度を、本明細書の教示に従い、実験により適宜決定することができる。
培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本発明においては、骨格筋芽細胞は、細胞培養物は形成するが、分化に移行しない密度で播種される。本発明の好ましい態様において、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞培養物形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本態様において、細胞培養物形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
本発明において、細胞の培養は、対象となる細胞がシート状の細胞培養物を形成するのに適した条件で行われる。
本発明において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1つの細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
本発明のシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本発明の細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本発明の細胞培養物は、好ましくは、細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
本発明の一態様において、細胞の培養は、所定の期間内、好ましくは、細胞が分化に移行しない期間内に行われる。したがって、この態様において、細胞は、培養期間中、未分化の状態に維持される。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現、クレアチンキナーゼ(CK)活性、細胞の多核化、筋管の形成などを分化の指標とすることができる。本発明の好ましい態様において、培養期間は48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。
培養に用いる細胞培養液(単に「培養液」もしくは「培地」と呼ぶ場合もある)は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。一例として、下記表1にMCDB131およびDMEMの組成を示す。
基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。
基礎培地に含まれるアミノ酸としては、限定されずに、例えば、L−アルギニン、L−シスチン、L−グルタミン、グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−セリン、L−トレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリンなどが、ビタミン類としては、限定されずに、例えば、D−パントテン酸カルシウム、塩化コリン、葉酸、i−イノシトール、ナイアシンアミド、リボフラビン、チアミン、ピリドキシン、ビオチン、リポ酸、ビタミンB12、アデニン、チミジンなどが、そして、電解質としては、限定されずに、例えば、CaCl、KCl、MgSO、NaCl、NaHPO、NaHCO、Fe(NO、FeSO、CuSO、MnSO、NaSiO、(NH)6Mo24、NaVO、NiCl、ZnSOなどがそれぞれ含まれる。基礎培地には、これらの成分のほか、D−グルコースなどの糖類、ピルビン酸ナトリウム、フェノールレッドなどのpH指示薬、プトレシンなどを含んでもよい。
本発明の一態様において、基礎培地に含まれるアミノ酸の濃度は、L−アルギニン:63.2〜84mg/L、L−シスチン:35〜63mg/L、L−グルタミン:4.4〜584mg/L、グリシン:2.3〜30mg/L、L−ヒスチジン:42mg/L、L−イソロイシン:66〜105mg/L、L−ロイシン:105〜131mg/L、L−リジン:146〜182mg/L、L−メチオニン:15〜30mg/L、L−フェニルアラニン:33〜66mg/L、L−セリン:32〜42mg/L、L−トレオニン:12〜95mg/L、L−トリプトファン:4.1〜16mg/L、L−チロシン:18.1〜104mg/L、L−バリン:94〜117mg/Lである。
また、本発明の一態様において、基礎培地に含まれるビタミン剤の濃度は、D−パントテン酸カルシウム:4〜12mg/L、塩化コリン:4〜14mg/L、葉酸:0.6〜4mg/L、i−イノシトール:7.2mg/L、ナイアシンアミド:4〜6.1mg/L、リボフラビン:0.0038〜0.4mg/L、チアミン:3.4〜4mg/L、ピリドキシン:2.1〜4mg/Lである。
細胞培養液は、上記のほか、血清、成長因子、ステロイド剤成分、セレン成分などの1種または2種以上の添加物を含んでもよい。しかし、これらの成分は臨床においてはレシピエントに対するアナフィラキシーショック等の副作用要因となり得ることが否定できない製造工程由来不純物であり、臨床への適用にあたっては排除すべき成分である。したがって、本発明の好ましい態様において、細胞培養液は、これらの添加物の少なくとも1種の有効量を含まない。また、本発明のより好ましい態様において、細胞培養液は、これらの添加物の少なくとも1種を実質的に含まない。さらに、本発明の特に好ましい態様において、細胞培養液は、添加物を実質的に含まない。したがって、細胞培養液は、基礎培地のみを含んでもよい。
細胞培養液に含まれる血清としては、異種血清および同種血清が挙げられる、ここで「異種血清」は、細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。本発明においては、移植時の副作用を回避するために、同種血清が好ましく、自己血清がさらに好ましい。
本発明の一態様において、細胞培養液は血清を実質的に含まない。血清を実質的に含まない細胞培養液のことを、本明細書中で「無血清培地」と呼ぶこともある。ここで、「血清を実質的に含まない」とは、培養液における血清の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度(例えば、細胞培養物中の血清アルブミン含量が50ng未満となる量)であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないことを意味する。本発明においては、移植時の副作用を回避するために、細胞培養液は異種血清を実質的に含まないことが好ましく、非自己血清を実質的に含まないことがさらに好ましい。
本発明の一態様において、細胞培養液は有効量の成長因子を含まない。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。また、「有効量の成長因子」とは、細胞の増殖を、成長因子がない場合に比べて、有意に促進する成長因子の量、または、便宜的に、当該技術分野において細胞の増殖を目的として通常添加する量を意味する。細胞増殖促進の有意性は、例えば、当該技術分野で知られた任意の統計学的手法、例えば、t検定などにより適宜評価することができ、また、通常の添加量は当該技術分野の種々の公知文献から知ることができる。具体的には、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの有効量は、例えば0.005μg/mL以上である。
したがって、「有効量の成長因子を含まない」とは、本発明における培養液における成長因子の濃度がかかる有効量未満であることを意味する。例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは0.005μg/mL未満、より好ましくは0.001μg/mL未満である。本発明の好ましい態様においては、培養液における成長因子の濃度は、生体における通常の濃度未満である。かかる態様においては、例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは5.5ng/mL未満、より好ましくは1.3ng/mL未満、さらに好ましくは、0.5ng/mL未満である。さらに好ましい態様において、本発明における培養液は、成長因子を実質的に含まない。ここで、実質的に含まないとは、培養液中の成長因子の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液に成長因子を積極的に添加しないことを意味する。したがって、この態様においては、培養液は、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度の成長因子を含まない。
本発明の一態様において、細胞培養液は、ステロイド剤成分を実質的に含まない。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。したがって、「ステロイド剤成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの化合物の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの化合物を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のステロイド剤成分を含まないことを意味する。
本発明の一態様において、細胞培養液は、セレン成分を実質的に含まない。ここで「セレン成分」は、セレン分子、およびセレン含有化合物、特に、生体内でセレン分子を遊離し得るセレン含有化合物、例えば、亜セレン酸などを含む。したがって、「セレン成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの物質の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のセレン成分を含まないことを意味する。具体的には、例えば、ヒトの場合、培養液中のセレン濃度は、ヒト血清中の正常値(例えば、10.6〜17.4μg/dL)に、培地中に含まれるヒト血清の割合を乗じた値よりも低い(すなわち、ヒト血清の含量が10%であれば、セレン濃度は、例えば、1.0〜1.7μg/dL未満である)。
本発明の上記好ましい態様においては、生体に適用する細胞培養物を作製する場合に従来必要であった、成長因子、ステロイド剤成分、異種血清成分などの製造工程由来不純物を、洗浄などにより除去する工程が不要となる。したがって、本発明の方法の一態様は、この製造工程由来不純物を除去する工程を含まない。
ここで、「製造工程由来不純物」とは、典型的には、製造各工程に由来する以下に列挙するものが含まれる。すなわち、細胞基材に由来するもの(例えば、宿主細胞由来タンパク質、宿主細胞由来DNA)、細胞培養液に由来するもの(例えば、インデューサー、抗生物質、培地成分)、あるいは細胞培養以降の工程である目的物質の抽出、分離、加工、精製工程に由来するものなどである(例えば、医薬審発第571号参照)。
また、本発明の方法により製造されたシート状細胞培養物は、洗浄操作に耐え得る物理的強度を有しているため、本発明の方法は、上記製造工程由来不純物等を洗浄などにより除去する工程を含んでもよい。したがって、本発明の一態様は、単離したシート状細胞培養物を洗浄する工程をさらに含む。かかる工程を加えることにより、上記製造工程由来不純物を実質的に含む細胞培養液を用いても、かかる不純物を実質的に含まないシート状細胞培養物を得ることが可能となる。
細胞の培養は、当該技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃、5%COでの培養が挙げられる。培養期間は、細胞培養物の十分な形成、および、細胞分化防止の観点から、好ましくは48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。本発明の方法において、細胞は実質的に増殖しないため、従来の方法のように細胞培養物が所望の大きさに成長するのを待つことなく、所望の大きさおよび形状の細胞培養物を短期間で得ることが可能となる。細胞培養物の大きさや形状は、培養容器の細胞付着面の大きさ・形状を調整すること、または、培養容器の細胞付着面に、所望の大きさ・形状の型枠を設置し、その内部で細胞を培養することなどにより任意に調節することができる。
本方法は、細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含んでもよい。細胞培養物の基材からの単離は、細胞培養物が少なくとも部分的に、シート構造を保ったまま、足場となっている基材から遊離(剥離)できれば特に限定されず、例えば、タンパク分解酵素、例えばトリプシンによる酵素処理および/または浸漬撹拌、ピペッティングなどの機械的処理によって行うことができる。また、細胞を、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面を被覆した培養基材上で培養して細胞培養物を形成させることにより、所定の刺激を加えることで、非酵素的に遊離することもできる。
本発明の方法は、細胞の採取から、細胞の増殖および細胞培養物の作製を経て、細胞培養物の適用に至る、再生治療の一工程として位置づけることもできる。したがって、本発明は、
(i)対象から採取した組織または生体液から所望の細胞を単離する工程、
(ii)単離した細胞を増殖させる工程、
(iii)血清で被覆された培養基材上に、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度の細胞を播種する工程、
(iv)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程、および
(v)形成された培養物を基材から単離する工程、および任意に
(vi)単離したシート状細胞培養物を洗浄する工程
を含む、再生治療用シート状細胞培養物の製造方法にも関する。
本発明はまた、上記製造方法によって作製されたシート状細胞培養物に関する。
好ましい態様において、本発明のシート状細胞培養物は、浸漬撹拌などの洗浄操作や、取出し、保持、移送などの移植操作に対して十分な物理的強度を有する。十分な物理的強度を有するとは、上記操作を施しても細胞培養物のシート状構造が損なわれないことを意味し、これは、例えば、得られたシート状細胞培養物に実際に上記操作を施し、シート状構造が保たれていることを肉眼的または顕微鏡的に調査することにより確認することができる。ここで、浸漬撹拌による洗浄操作とは、典型的には、シート状細胞培養物の入った培養容器に同培養物が十分浸漬する量の緩衝液を加え、培養容器ごと振とう撹拌することをいう。したがって、十分な物理的強度を有することは、かかる浸漬撹拌による洗浄操作と同様の物理的ストレスをシート状細胞培養物に加えることによっても確認することができる。また、上記製造方法によって作製されたシート状細胞培養物であれば、通常かかる十分な物理的強度を有する。
本発明の細胞培養物の好ましい態様において、細胞培養物は非自己血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない。より好ましい態様において、本発明の細胞培養物は、上記成分を含む製造工程由来不純物を実質的に含まない。この細胞培養物は、細胞を、非自己血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない培養液で培養して、細胞培養物を形成させることにより作製することができる。ここで、細胞培養物が非自己血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まないとは、細胞培養物が、これらの成分を、レシピエントに悪影響を与える濃度で含まないことを少なくとも意味するが、細胞培養物の形成を、非自己血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない培養液で行うことにより、かかる条件を充足することができる。さらに好ましい態様において、本発明の細胞培養物は、製造工程由来不純物のほか、自己血清も実質的に含まない。ここで、「実質的に含まない」の意味は、上記と同様である。
本発明の細胞培養物の好ましい態様において、細胞培養物は炎症性サイトカインが低減されている。炎症性サイトカインとは、炎症に伴い産生されるサイトカインの総称であり、例えば、限定することなく、TNF−α、IL−1(IL−1α、IL−1βなど)、IL−4、IL−5、IL−6、IL−13などが挙げられる。したがって、「炎症性サイトカインが低減されている」とは、これらのサイトカインの存在量または産生量(分泌量)が、分化した細胞培養物に比べて低減していることを意味する。したがって、サイトカインは、遺伝子の転写からタンパク質の分泌に至る過程のいずれにおける形態で存在してもよく、例えば、mRNAなどの転写物の形態や、タンパク質の形態で存在していてもよい。低減の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、分化した細胞培養物に比べて15%以上、好ましくは25%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは70%以上の低減である。
サイトカインの量は、遺伝子レベルでは、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロッティング法、RNaseプロテクションアッセイ、RT−PCR、リアルタイムPCR等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法、in vitro転写法等の任意の公知の遺伝子発現解析法により、また、タンパク質レベルでは、免疫沈降法、ウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免役組織化学法、免疫細胞化学法等の任意の公知のタンパク質検出法により検出することができる。検体としては、細胞培養物が含浸された培地や、細胞培養物の一部などを用いることができる。
本発明の好ましい態様において、細胞培養物は治療上有用な生理活性物質を含む。かかる物質は、治療上何らかの有用性を有するものであれば特に限定されないが、例えば、血管新生、細胞死の抑制、組織リモデリング、心臓発生、幹細胞の誘導等に関与する物質を含み、より具体的には、限定されずに、例えば、VEGF、PIGF、アンギオゲニン、アンギオポエチン、HGF、PDGF(PDGF−AB、PDGF−BBなど)、BAG−1、BCL−2、MMP(MMP−2、MMP−3、MMP−9、MMP−10など)、TIMP、TNNT2、TNNC1、IGF−1などが挙げられる。
これらの物質を「含む」とは、これらの存在量または産生量(分泌量)が細胞培養物において検出できることを意味する。本発明の好ましい態様において、細胞培養物は、これらの物質を分化した細胞培養物よりも多く含む。増大の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、分化した細胞培養物に比べて1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上である。これらの物質は、遺伝子の転写からタンパク質の分泌に至る過程のいずれにおける形態で存在してもよく、例えば、mRNAなどの転写物の形態や、タンパク質の形態で存在していてもよい。これらの物質の存在は、上記のサイトカインと同様に検出および/または定量できる。
本発明の好ましい態様において、細胞培養物は未分化の状態である。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現、クレアチンキナーゼ(CK)活性、細胞の多核化などを分化の指標とすることができる。また、未分化細胞では、分化細胞に比べて炎症性サイトカインが少なく、治療上有用な生理活性物質が多いことから、これを指標に分化の有無を判断することもできる。未分化の状態の細胞培養物を得る手法としては、例えば、細胞を本発明の方法に従って、48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内の期間培養することが挙げられる。
本発明の細胞培養物は、対象の疾病、傷病の治療に用いることができる。例えば、骨格筋芽細胞による細胞培養物は、心疾患、例えば、心筋梗塞、拡張型心筋症などに、移植片などの形態で用いることができる。したがって、本発明の別の態様は、上記細胞培養物を含む移植片に関する。
本発明はまた、血清および/または成長因子および/またはステロイド剤がコートされた培養基材に関する。本発明の培養基材は、このましくは、上記の本発明によるシート状細胞培養物の製造に用いられる。コートの手法などは、本発明のシート状細胞培養物の製造方法に関して上記したとおりである。
本発明はさらに、(i)培養基材を血清と共にインキュベートする工程、および(ii)血清を廃棄する工程を含む、上記培養基材の製造方法に関する。具体的な製造手法は、本発明のシート状細胞培養物の製造方法に関して上記したとおりである。本発明の一態様において、工程(ii)の後に、(iii)培養基材を無血清洗浄液で洗浄する工程が追加されてもよい。
本発明はさらにまた、培養基材と、血清、成長因子、ステロイド剤からなる群から選択されるコーティング剤とを含む、上記培養基材の製造キットに関する。同キットにおいて、コーティング剤は、種々の保存可能な形態、例えば、冷蔵、冷凍または凍結乾燥された状態で、適切な容器、例えば、種々の材質(ガラス、プラスチックなど)のバイアル、アンプル、ボトル、チューブ等に収納されていてもよい。本発明のキットは、上記のほか、コーティング剤を希釈および/または再構成するための媒体、例えば、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)、ならびに、培養基材のコーティング手法に関する情報を含む説明書や、CD、DVD等の電子記録媒体などを含んでいてもよい。本キットに含まれる培養基材やコーティング剤等は、好ましくは滅菌された状態で提供することができる。滅菌手法としては、限定することなく、エチレンオキサイドガスなどによるガス滅菌、紫外線や放射線(例えばγ線)による滅菌などが挙げられる。
本発明はまた、細胞培養物を未分化状態に維持することによる、細胞培養物における炎症性サイトカインを低減する方法に関する。本発明はさらに、細胞培養物を未分化状態に維持することによる、細胞培養物に含まれる治療上有用な生理活性物質の低減を抑制する方法に関する。これらの方法において、細胞培養物を未分化状態に維持する手法としては、例えば、細胞の培養を、所定の期間内、好ましくは、細胞が分化に移行しない期間内に行うことが挙げられる。これらの方法の好ましい態様において、培養期間は48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。これらの方法における各工程、炎症性サイトカインおよび治療上有用な生理活性物質は、基本的に、本発明のシート状細胞培養物の製造方法およびシート状細胞培養物に関して上記したとおりである。これらの方法において、「炎症性サイトカインを低減する」とは、これらのサイトカインの存在量または産生量(分泌量)を、分化した細胞培養物に比べて低減させることを意味する。低減の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、分化した細胞培養物に比べて15%以上、好ましくは25%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは70%以上の低減である。また、「治療上有用な生理活性物質の低減を抑制する」とは、これらの物質の存在量または産生量(分泌量)を、分化した細胞培養物に比べて増大した状態に維持することを意味する。増大の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、分化した細胞培養物に比べて1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上である。
炎症性サイトカインまたは治療上有用な生理活性物質の量は、遺伝子レベルでは、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロッティング法、RNaseプロテクションアッセイ、RT−PCR、リアルタイムPCR等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法、in vitro転写法等の任意の公知の遺伝子発現解析法により、また、タンパク質レベルでは、免疫沈降法、ウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免役組織化学法、免疫細胞化学法等の任意の公知のタンパク質検出法により検出することができる。検体としては、細胞培養物が含浸された培地や、細胞培養物の一部などを用いることができる。
以下に、本発明を実施例に基づいてさらに説明するが、かかる実施例は、本発明の例示であり、本発明を限定するものではない。また、下記実施例においては、特に別記しない限り、骨格筋芽細胞はヒト由来のものであり、細胞の培養は37℃、5%COの条件で行うものとする。
実施例1 播種密度/血清被覆処理によるシート状細胞培養物の強度への影響
温度応答性培養皿(24ウェルプレート、セルシード製)を用意し、一部のウェルには血清を含有する培地(DMEM/F12に20%のヒト血清(Cambrex製または研究採血由来)を含むもの、以下、血清含有培地と記す)を添加し、37℃、5%COの条件でインキュベートすることにより、血清被覆処理を施した。次に骨格筋芽細胞(Lonza製)を血清含有培地に懸濁し、血清を被覆した培養皿、もしくは無処理の培養皿に3.5×10、1.0×10、1.4×10、1.7×10、3.4×10個/cmの各密度で播種した。24時間培養後、温度応答性培養皿より細胞培養物を剥離し、シート形成の可否およびその強度について評価した。その結果、無処理の培養皿を用いた場合には、1.0×10個/cmを超える密度で播種した場合、播種された細胞が完全にシートを形成する以前に剥離が生じ、十分な強度を有するシート状細胞培養物を形成することができなかった。一方、血清を被覆処理した培養皿を使用した場合には自然に剥離することなくシート状細胞培養物を形成することが可能であった。なお、細胞播種密度3.4×10個/cmではシート状細胞培養物を得ることができなかった。
さらに、上記と同様に血清被覆処理を施した、または施さない温度応答性培養皿(φ3.5cm、セルシード製)を用意し、骨格筋芽細胞を血清含有培地に懸濁して3.5×10個/cmの密度で播種した。24時間培養後、温度応答性培養皿よりシート状細胞培養物を剥離し、その強度を浸漬撹拌による損傷の程度に基づいて評価したところ、血清を被覆した培養皿を用いた場合に、より強度に優れたシート状細胞培養物を得ることができた。また、剥離したシート状細胞培養物を構成する細胞数について検討したところ、血清を被覆した培養皿を用いた場合には、無処理の培養皿を用いた場合に比べより多くの細胞からシート状細胞培養物が形成されており、細胞の回収率が、無処理培養皿を用いた場合の69.8%に比べ、96.3%と顕著に高いことが明らかとなった(表3)。
さらに、形成されたシート状細胞培養物について、播種密度による強度を評価したところ、播種密度を増加させることにより、より強度に優れたシート状細胞培養物を得ることができた。
実施例2 分化の評価
温度応答性培養皿(24ウェルプレート、セルシード製)を用意し、一部のウェルには、実施例1と同様に血清の被覆処理を施した。次に骨格筋芽細胞を血清含有培地に懸濁し、血清を被覆したウェル、もしくは無処理のウェルに1.0×10、1.4×10、1.7×10個/cmの各密度で播種した。24時間培養後、形成されたシート状細胞培養物からタンパク質を抽出し、クレアチンキナーゼ(CK)の活性を測定した。CKは骨格筋の分化指標の1つであり、分化が進むとCKの活性が高値を示す。具体的には、まず形成されたシート状細胞培養物に細胞可溶化試薬(CelLyticM、sigma製)と、プロテアーゼ阻害剤(Protease Inhibitor Cocktail、sigma社)とを加え、シェーカーで振とうしながら室温で15分間インキュベートした。細胞可溶化液を回収し、4℃、15000gの条件で15分間遠心し、上清を回収してタンパク質抽出液とし、測定に供した。CK活性の測定は、EnzyChromTM Creatine Kinase Assay Kit(BioAssay Systems製)を使用し、添付のプロトコールに従って行った。また、抽出液のタンパク質濃度をBCA法により測定し、タンパク濃度あたりのCK活性値を算出した。測定の結果、血清を被覆した培養皿を用いたシート状細胞培養物では、播種細胞密度を増加させても活性の上昇は認められず、分化の進行はみられなかった(図1)。
実施例3 液性因子の測定
温度応答性培養皿(φ3.5cm、セルシード製)に骨格筋芽細胞を3.5×10個/cmの密度で播種し、4日間培養した後に培養上清を回収した(未分化シート状細胞培養物上清)。また、温度応答性培養皿に播種した骨格筋芽細胞を分化誘導培地(DMEM200mlに100μg/mlのIGF−1を100μl、7.5%のBSA溶液を2.6ml混合したもの)にて4日間培養することにより多核化細胞(分化した細胞)とした後、さらに4日間培養して多核化細胞の培養上清を回収した(多核化シート状細胞培養物上清)。抗体アレイ(RayBio(R) Human Cytokine Antibody Array G Series 2000、RayBiotech製)を用いて、未分化シート状細胞培養物および多核化シート状細胞培養物の培養上清中に含まれる液性因子の測定を行った。その結果、多核化シート状細胞培養物では骨格筋芽シート状細胞培養物に比べてIL−1α、IL−4、IL−5、IL−13などの炎症性サイトカインの産生が多いことが明らかとなった(図2)。IL−1αは炎症反応の誘導、T細胞やB細胞の活性化に関与し、IL−4、IL−13はB細胞の活性化や抗体産生を誘導し、IL−5は主として好酸球の活性化に働くが、いずれもアレルギー反応の誘導に関わりの深いサイトカインである。
また、幹細胞移植における有効性メカニズムの1つとして考えられている各種液性因子については、未分化シート状細胞培養物において多核化シート状細胞培養物と比較してPDGF−AB、PDGF−BBといった有効性に関わる作用を有する因子の産生が顕著に多いことが明らかとなった(図3)。
したがって、培養皿表面を血清で被覆した場合、細胞の播種数を多くしてもシート状細胞培養物の形成が可能であり、さらに治療上有効に作用する因子の産生が期待される。

Claims (8)

  1. 血清で被覆された培養基材上に、3.5×10以上、3.4×10個/cm未満の密度の細胞を播種する工程と、細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程とを含む、シート状細胞培養物の製造方法。
  2. シート状細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
  3. 単離したシート状細胞培養物を洗浄する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の製造方法。
  4. シート状細胞培養物が、筋管への分化が抑制された骨格筋芽細胞を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
  5. シート状細胞培養物が、洗浄操作に対して十分な物理的強度を有する、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
  6. シート状細胞培養物が、移植操作に耐え得る物理的強度を有する、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
  7. シート状細胞培養物が、疾病または傷病の治療用である、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
  8. シート状細胞培養物が、製造工程由来不純物を実質的に含まない、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
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