以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、自動車に搭載されたコモンレール式筒内直噴型多気筒(例えば直列4気筒)ディーゼルエンジン(圧縮自着火式内燃機関)に、本発明に係る燃焼状態診断装置を搭載した場合について説明する。
−エンジンの構成−
図1は本実施形態に係るディーゼルエンジン1(以下、単にエンジンという)およびその制御系統の概略構成図である。
この図1に示すように、本実施形態に係るエンジン1は、燃料供給系2、燃焼室3、吸気系6、排気系7等を主要部とするディーゼルエンジンシステムとして構成されている。
燃料供給系2は、サプライポンプ21、コモンレール22、インジェクタ(燃料噴射弁)23、機関燃料通路27等を備えている。
前記サプライポンプ21は、燃料タンクから汲み上げた燃料を高圧にした後、機関燃料通路27を介してコモンレール22に供給する。コモンレール22は、高圧燃料を所定圧力に保持(蓄圧)する蓄圧室としての機能を有し、この蓄圧した燃料を各インジェクタ23,23,…に分配する。インジェクタ23は、内部に圧電素子(ピエゾ素子)を備えたピエゾインジェクタである。
吸気系6は、シリンダヘッド15(図2参照)に形成された吸気ポート15aに接続される吸気マニホールド63を備え、この吸気マニホールド63に吸気管64が接続されている。また、この吸気系6には、上流側から順にエアクリーナ65、エアフローメータ43、吸気絞り弁(ディーゼルスロットル)62が配設されている。
排気系7は、シリンダヘッド15に形成された排気ポート71に接続される排気マニホールド72を備え、この排気マニホールド72に対して、排気管73が接続されている。また、この排気系7には排気浄化ユニット77が配設されている。この排気浄化ユニット77には、NOx吸蔵還元型触媒としてのNSR(NOx Storage Reduction)触媒75およびDPF(Diesel Paticulate Filter)76が備えられている。
図2に示すように、シリンダブロック11には、各気筒(4気筒)毎にシリンダボア12が形成されており、各シリンダボア12の内部にはピストン13が上下方向に摺動可能に収容されている。
ピストン13の頂面13aの上側には前記燃焼室3が形成されている。つまり、この燃焼室3は、シリンダブロック11の上部に取り付けられたシリンダヘッド15の下面と、シリンダボア12の内壁面と、ピストン13の頂面13aとにより区画形成されている。そして、ピストン13の頂面13aの略中央部には、キャビティ(凹陥部)13bが凹設されており、このキャビティ13bも燃焼室3の一部を構成している。
このキャビティ13bの形状としては、その中央部分(シリンダ中心線P上)では凹陥寸法が小さく、外周側に向かうに従って凹陥寸法が大きくなっている。
前記ピストン13は、コネクティングロッド18によってエンジン出力軸であるクランクシャフトに連結されている。また、燃焼室3に向けてグロープラグ19が配設されている。
前記シリンダヘッド15には、吸気ポート15aを開閉する吸気バルブ16および排気ポート71を開閉する排気バルブ17が配設されている。
さらに、図1に示す如く、このエンジン1には、過給機(ターボチャージャ)5が設けられている。このターボチャージャ5は、タービンシャフト51を介して連結されたタービンホイール52およびコンプレッサホイール53を備えている。本実施形態におけるターボチャージャ5は、可変ノズル式ターボチャージャであって、タービンホイール52側に可変ノズルベーン機構(図示省略)が設けられている。
前記吸気管64には、ターボチャージャ5での過給によって昇温した吸入空気を強制冷却するためのインタークーラ61が設けられている。
また、エンジン1には、排気の一部を吸気系6に適宜還流させる排気還流通路(EGR通路)8が設けられている。また、このEGR通路8にはEGRバルブ81とEGRクーラ82とが設けられている。
−センサ類−
エンジン1の各部位には各種センサが取り付けられている。例えば、前記エアフローメータ43は吸入空気量に応じた検出信号を出力する。レール圧センサ41はコモンレール22内に蓄えられている燃料の圧力に応じた検出信号を出力する。スロットル開度センサ42は吸気絞り弁62の開度に応じた検出信号を出力する。吸気圧センサ48は吸入空気圧力に応じた検出信号を出力する。吸気温センサ49は吸入空気の温度に応じた検出信号を出力する。
−ECU−
ECU100は、図示しないCPU、ROM、RAM等からなるマイクロコンピュータと入出力回路とを備えている。図3に示すように、ECU100の入力回路には、クランクポジションセンサ40、前記レール圧センサ41、スロットル開度センサ42、エアフローメータ43、A/Fセンサ44a,44b、排気温センサ45a,45b、水温センサ46、アクセル開度センサ47、吸気圧センサ48、吸気温センサ49、および、筒内圧センサ4Aなどが接続されている。
一方、ECU100の出力回路には、前記サプライポンプ21、インジェクタ23、吸気絞り弁62、EGRバルブ81、および、前記ターボチャージャ5の可変ノズルベーン機構54などが接続されている。
そして、ECU100は、前記した各種センサからの出力、その出力値を利用する演算式により求められた演算値、または、前記ROMに記憶された各種マップに基づいて、エンジン1の各種制御を実行する。
例えば、ECU100は、インジェクタ23の燃料噴射制御として、パイロット噴射(副噴射)とメイン噴射(主噴射)とを実行する。これらパイロット噴射およびメイン噴射の機能は周知であるため、ここでの説明は省略する。
燃料噴射を実行する際の燃料噴射圧は、コモンレール22の内圧により決定される。このコモンレール内圧として、一般に、コモンレール22からインジェクタ23へ供給される燃料圧力の目標値、即ち目標レール圧は、エンジン負荷(機関負荷)が高くなるほど、および、エンジン回転速度(機関回転速度)が高くなるほど高いものとされる。
なお、上述したパイロット噴射およびメイン噴射の他に、アフタ噴射やポスト噴射が必要に応じて行われる。これら噴射の機能も周知であるため、ここでの説明は省略する。
また、ECU100は、エンジン1の運転状態に応じてEGRバルブ81の開度を制御し、吸気マニホールド63に向けての排気還流量(EGR量)を調整する。
−燃焼形態の概略説明−
次に、本実施形態に係るエンジン1における燃焼室3内での燃焼形態の概略について説明する。
図4に示すように、気筒内に吸入されるガスには、吸気管64から吸入された新気と、EGR通路8から吸入されるEGRガスとが含まれる。
このようにして気筒内に吸入された新気およびEGRガスは、吸気行程において開弁している吸気バルブ16を介し、ピストン13(図4では図示省略)の下降に伴って気筒内に吸入されて筒内ガスとなる。この筒内ガスは、エンジン1の運転状態に応じて決定されるバルブ閉弁時にて吸気バルブ16が閉弁することにより気筒内(燃焼室3内)に密閉され(筒内ガスの閉じ込め状態)、その後の圧縮行程においてピストン13の上昇に伴って圧縮される。そして、ピストン13が圧縮上死点近傍に達すると、上述したECU100による噴射量制御によって所定時間だけインジェクタ23が開弁されることで燃料を燃焼室3内に直接噴射する(パイロット噴射やメイン噴射を実行する)。
図5は、メイン噴射実行時における燃焼室3およびその周辺部を示す断面図であり、図6は、この燃料噴射時における燃焼室3の平面図(ピストン13の上面を示す図)である。
(燃料の噴射形態)
次に、前記インジェクタ23から噴射された燃料の気筒内における形態について説明する。
インジェクタ23の各噴孔から噴射された燃料の噴霧A,A,…は略円錐状に拡散していく。一般に、前記パイロット噴射は、ピストン13が圧縮上死点に達するクランク角度位置よりも進角側のクランク角度位置で実行され、例えば図7に示すように、噴射燃料の略全量がキャビティ13bの外側の領域(ピストン13の頂面13aとシリンダヘッド15の下面との間の空間;以下、この空間を「キャビティ外領域」という)に向けて噴射されることになる。これにより、キャビティ外領域の予熱に寄与することになる。図8は、キャビティ外領域に燃料が噴射された状態で、ピストン13が圧縮上死点近傍まで移動した場合に噴霧が存在する領域を示す図である(図8において破線で囲む領域F1に噴霧が存在している)。
なお、このパイロット噴射(比較的少量の噴射)の噴射時期を遅角側に移行させてキャビティ13bの内部空間(以下、この空間を「キャビティ内領域」という)に向けて燃料を噴射した場合には、このキャビティ内領域を予熱することも可能である。
また、このパイロット噴射の噴射期間によっては、その噴射期間の前半ではキャビティ外領域に向けて燃料が噴射され、その噴射期間の後半ではキャビティ内領域に向けて燃料が噴射される場合もある。この際、キャビティ外領域およびキャビティ内領域がそれぞれ予熱されることになる。
また、前記メイン噴射は、ピストン13が圧縮上死点近傍に達したクランク角度位置において実行され、例えば図9(図9(a)はピストン13が圧縮上死点に向かって移動する圧縮行程での燃料噴射時を示し、図9(b)はピストン13が下死点に向かって移動する膨張行程での燃料噴射時を示している)に示すように、一般的には、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されることになる。
図10は、キャビティ内領域に燃料が噴射された際に噴霧が存在する領域を示す図である(図10において破線で囲む領域F2に噴霧が存在している)。
なお、前記メイン噴射で噴射される燃料は、必ずしも全量がキャビティ内領域に噴射されるとは限らず、早期噴射が行われる場合や噴射期間が長い場合などにあっては、そのメイン噴射の噴射開始時期や噴射終了時期によっては、一部の燃料がキャビティ外領域に噴射される場合もある。以下、具体的に説明する。
例えば図11(a)(ピストン13が圧縮上死点に向かって移動する圧縮行程での燃料噴射時)に示すように、ピストン13が圧縮上死点に達するクランク角度位置よりも所定量だけ進角側のクランク角度位置にある状態でメイン噴射が開始された場合には、このメイン噴射の噴射期間の初期に噴射された燃料については前記キャビティ外領域に向けて噴射されることになる。また、例えば図11(b)(ピストン13が下死点に向かって移動する膨張行程での燃料噴射時)に示すように、ピストン13が圧縮上死点に達したクランク角度位置よりも所定量だけ遅角側のクランク角度位置にある状態までメイン噴射が継続された場合には、このメイン噴射の噴射期間の終期に噴射された燃料については前記キャビティ外領域に向けて噴射されることになる。
また、図9(a)で示すピストン位置では、このピストン位置よりも進角側で燃料噴射が行われた場合には、その噴射燃料の一部はキャビティ外領域に向けて噴射されることになるため、この図9(a)で示すピストン位置は、キャビティ内噴射進角限界と呼ぶことができる。また、図9(b)で示すピストン位置では、このピストン位置よりも遅角側で燃料噴射が行われた場合には、その噴射燃料の一部はキャビティ外領域に向けて噴射されることになるため、この図9(b)で示すピストン位置は、キャビティ内噴射遅角限界と呼ぶことができる。
更に、図11(a)で示すピストン位置では、このピストン位置よりも遅角側で燃料噴射が行われた場合には、その噴射燃料の一部はキャビティ内領域に向けて噴射されることになるため、この図11(a)で示すピストン位置は、キャビティ外噴射遅角限界と呼ぶことができる。また、図11(b)で示すピストン位置では、このピストン位置よりも進角側で燃料噴射が行われた場合には、その噴射燃料の一部はキャビティ内領域に向けて噴射されることになるため、この図11(b)で示すピストン位置は、キャビティ外噴射進角限界と呼ぶことができる。
前述したキャビティ内噴射進角限界(図9(a))、キャビティ内噴射遅角限界(図9(b))、キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))、キャビティ外噴射進角限界(図11(b))に対応するクランク角度位置は、エンジン諸元やインジェクタ23から噴射される燃料の噴霧角等によって予め規定することができる。例えば燃料の噴霧角は周知の「広安の式」から算出することができ、この噴霧角と、インジェクタ23の噴孔の軸線方向やキャビティ13bの形状等のエンジン諸元とから各限界に対応するクランク角度位置を求めておくことができる。一例として、前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))はクランク角度で圧縮上死点前28°CAの位置であり、キャビティ内噴射進角限界(図9(a))はクランク角度で圧縮上死点前18°CAの位置である。また、キャビティ内噴射遅角限界(図9(b))はクランク角度で圧縮上死点後18°CAの位置であり、キャビティ外噴射進角限界(図11(b))はクランク角度で圧縮上死点後28°CAの位置である。これら値はこれに限定されるものではない。
そして、前記キャビティ内噴射進角限界(図9(a))とキャビティ内噴射遅角限界(図9(b))との間の期間のみにおいて燃料噴射が行われた場合には、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されることになる。また、前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))よりも進角側の期間で燃料噴射が行われた場合や、キャビティ外噴射進角限界(図11(b))よりも遅角側の期間で燃料噴射が行われた場合には、その期間に噴射された燃料はキャビティ外領域に向けて噴射されることになる。
また、例えば図12(a)(ピストン13が圧縮上死点に向かって移動する圧縮行程での燃料噴射時)に示すように、キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))からキャビティ内噴射進角限界(図9(a))に亘って燃料噴射が行われた場合や、例えば図12(b)(ピストン13が下死点に向かって移動する膨張行程での燃料噴射時)に示すように、キャビティ内噴射遅角限界(図9(b))からキャビティ外噴射進角限界(図11(b))に亘って燃料噴射が行われた場合には、噴射燃料の一部はキャビティ内領域に向けて噴射され、他はキャビティ外領域に向けて噴射されることになる。つまり、燃料がキャビティ内領域とキャビティ外領域とに噴き分けられることになる。このような状況は、メイン噴射によって燃料が噴射される場合に限らず、前記パイロット噴射によって燃料が噴射される場合にも当て嵌まる。
図13は、噴射燃料の一部がキャビティ内領域に向けて噴射され、他がキャビティ外領域に向けて噴射された状態で、ピストン13が圧縮上死点近傍まで移動した場合に噴霧が存在する領域を示す図である(キャビティ外領域に向けて噴射された噴霧が破線F1で囲む領域に存在し、キャビティ内領域に向けて噴射された噴霧が破線F2で囲む領域に存在している)。
このように燃料がキャビティ外領域とキャビティ内領域とに噴き分けられた場合、各領域に存在する燃料量が所定量を超えない範囲内である状況では、各領域の噴霧およびその既燃ガスの大部分は、その噴射された領域内に留まり、他方の領域内に流れ込む量(キャビティ外領域に向けて噴射された噴霧およびその既燃ガスがキャビティ内領域に流れ込む量、および、キャビティ内領域に向けて噴射された噴霧およびその既燃ガスがキャビティ外領域に流れ込む量)は殆ど無い。
これは、キャビティ外領域に向けて噴射された噴霧が燃焼する際、キャビティ内領域のガスが、キャビティ13bの内壁の抗力によって、キャビティ外領域からの燃焼ガスの流入を抑制するからである。また、キャビティ外領域では燃料密度が低く、燃焼の運動エネルギも小さいことから、キャビティ内領域への流入は抑制される。また、キャビティ外領域での燃焼の運動エネルギが大きくなったとしても、キャビティ内領域の容積は小さいため、このキャビティ内領域で圧縮されるガスの抗力により、キャビティ内領域への流入は抑制される。
また、キャビティ内領域に向けて噴射された噴霧が燃焼する際、この燃焼は前記TDC近傍で発生するので、キャビティ外領域の容積は小さくなっており(例えば図9(a)に示す状態を参照)、シリンダヘッド15の下面からの抗力によって、キャビティ内領域からキャビティ外領域への噴霧および既燃ガスの流出は抑制されることになる。
以上のことから、キャビティ外領域に向けて噴射された燃料の燃焼は、このキャビティ外領域のみでの燃焼として扱うことができる。同様に、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料の燃焼は、このキャビティ内領域のみでの燃焼として扱うことができる。つまり、各燃焼を個別に扱うことができる。
また、燃料の噴射期間は、燃料噴射量と燃料圧力(コモンレール22の内部圧力)とによって決定される。つまり、燃料圧力が一定である場合、燃料噴射量が多いほど(前述した如くエンジン負荷が高いほど)噴射期間は長くなり、燃料噴射量が一定である場合、燃料圧力が低いほど噴射期間は長くなる。そして、エンジン回転速度が一定である場合、燃料の噴射期間が長いほど、燃料がキャビティ外領域とキャビティ内領域とに噴き分けられる状況を招き易くなる。
図14は、クランク角度位置と、各クランク角度位置においてインジェクタ23から噴射されている燃料量に対するキャビティ内領域への噴射量(キャビティ内領域へ供給される燃料量)の比率(以下、「キャビティ内燃料分配率」という)との関係を示す図である。この図14では、横軸がクランク角度であり、縦軸がキャビティ内燃料分配率となっている。キャビティ内領域へ燃料が噴射されていない期間(噴射燃料の全量がキャビティ外領域へ噴射されている期間)ではキャビティ内燃料分配率は「0」となっている。また、噴射燃料の全量がキャビティ内領域へ噴射されている期間ではキャビティ内燃料分配率は「1」となっている。
図14におけるクランク角度位置αは前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))のピストン位置に対応している。図14におけるクランク角度位置βは前記キャビティ内噴射進角限界(図9(a))のピストン位置に対応している。また、図14におけるクランク角度位置γは前記キャビティ内噴射遅角限界(図9(b))のピストン位置に対応している。さらに、図14におけるクランク角度位置δは前記キャビティ外噴射進角限界(図11(b))のピストン位置に対応している。
この図14に示すように、インジェクタ23からの燃料噴射時期が、図中のクランク角度位置αよりも進角側である場合や、図中のクランク角度位置δよりも遅角側である場合には、噴射燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射されることになるため、キャビティ内燃料分配率は「0」となる。
また、インジェクタ23からの燃料噴射時期が、図中のクランク角度位置βとγとの間である場合には、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されることになるため、キャビティ内燃料分配率は「1」となる。
また、インジェクタ23からの燃料噴射時期が、図中のクランク角度位置αとβとの間である場合や、図中のクランク角度位置γとδとの間である場合には、インジェクタ23から噴射された燃料はキャビティ外領域とキャビティ内領域とに噴き分けられることになるため、その燃料噴射時期に応じてキャビティ内燃料分配率は「0」〜「1」の間の値となる。具体的に、図中のクランク角度位置αとβとの間で燃料が噴射されている場合には、クランク角度位置αからβに移っていくに従ってキャビティ内燃料分配率は「1」に近付いていく。また、図中のクランク角度位置γとδとの間で燃料が噴射されている場合には、クランク角度位置γからδに移っていくに従ってキャビティ内燃料分配率は「0」に近付いていく。
このように、インジェクタ23からの燃料噴射時期に応じてキャビティ内燃料分配率は変化していく。
以下の説明では、前記クランク角度位置αよりも進角側の期間を第1期間(燃料が噴射された場合にその全量がキャビティ外領域に向けて噴射される期間;本発明でいうキャビティ外燃料噴射期間)、前記クランク角度位置αとβとの間の期間を第2期間(燃料が噴射された場合にその一部がキャビティ内領域に向けて噴射され、他がキャビティ外領域に向けて噴射される期間であって、期間の経過に伴ってキャビティ内領域に向けて噴射される燃料量が増大していく期間;本発明でいう遷移燃料噴射期間)、前記クランク角度位置βとγとの間の期間を第3期間(燃料が噴射された場合にその全量がキャビティ内領域に向けて噴射される期間;本発明でいうキャビティ内燃料噴射期間)、前記クランク角度位置γとδとの間の期間を第4期間(燃料が噴射された場合にその一部がキャビティ内領域に向けて噴射され、他がキャビティ外領域に向けて噴射される期間であって、期間の経過に伴ってキャビティ外領域に向けて噴射される燃料量が増大していく期間;本発明でいう遷移燃料噴射期間)、前記クランク角度位置δよりも遅角側の期間を第5期間(燃料が噴射された場合にその全量がキャビティ外領域に向けて噴射される期間;本発明でいうキャビティ外燃料噴射期間)とそれぞれ呼ぶこととする。
前記キャビティ内領域およびキャビティ外領域それぞれの燃料量を求めるためには、インジェクタ23から噴射された総燃料量に対する各領域の燃料分配率を求めることが必要である。以下、インジェクタ23から噴射された総燃料量に対するキャビティ内領域の燃料分配率を「キャビティ内領域総燃料分配率」と呼び、インジェクタ23から噴射された総燃料量に対するキャビティ外領域の燃料分配率を「キャビティ外領域総燃料分配率」と呼ぶこととする。
前述した如くインジェクタ23からの燃料噴射期間が前記第3期間である場合にはキャビティ内燃料分配率が「1」となっているため、総燃料噴射期間に対する第3期間での燃料噴射期間の比率が、前記キャビティ内領域総燃料分配率のうちの第3期間分(総燃料噴射期間に対する第3期間での燃料噴射期間の比率×「1」)として算出可能である。
これに対し、前記第2期間にあっては、キャビティ内燃料分配率が変化していくため、この期間におけるキャビティ内燃料分配率の代表値を求め、総燃料噴射期間に対する第2期間での燃料噴射期間の比率に、前記キャビティ内燃料分配率の代表値を乗算して、前記キャビティ内領域総燃料分配率のうちの第2期間分(総燃料噴射期間に対する第2期間での燃料噴射期間の比率×第2期間でのキャビティ内燃料分配率の代表値)を算出することが必要である。また、前記第4期間においても同様である。
以下、このキャビティ内燃料分配率の代表値を求めるための手法を図15を用いて具体的に説明する。図15は、前記第2期間における所定期間で燃料が噴射されている場合のクランク角度位置とキャビティ内燃料分配率との関係を示している。
この図15に示す波形は、クランク角度位置の変化に対するキャビティ内燃料分配率の変化をWiebe関数によって簡易化したものであり、第2期間の始期であるACOを「0(X=0)」とし、この「ACO=0」のタイミングでのキャビティ内燃料分配率を「0」とするように、また、第2期間の終期であるACIを「1(X=1)」とし、この「ACI=1」のタイミングでのキャビティ内燃料分配率を「1」とするようにWiebe関数の形状パラメータであるa項およびm項が設定されている。例えばa=8.06、m=2.54にそれぞれ設定されている。
今、この第2期間中における図中のタイミングAisで燃料噴射が開始され、タイミングAieで燃料噴射が終了した場合について考える。
この場合、クランク角度が角度位置α(ACO=0)に達した時点から燃料噴射が開始した時点までの期間の長さXis、および、クランク角度が角度位置αに達した時点から燃料噴射が終了した時点までの期間の長さXieは、以下の式(1),(2)で与えられる。
Xis=(Ais−ACO)/(ACI−ACO) …(1)
Xie=(Aie−ACO)/(ACI−ACO) …(2)
そして、この場合のキャビティ内燃料分配率の代表値f(X)としては、以下の式(3)によって算出される。
f(X)={f(Xis)+f(Xie)}/2 …(3)
ここで、f(Xis)はタイミングAisにおけるキャビティ内燃料分配率であり図中のYisに相当する。また、f(Xie)はタイミングAieにおけるキャビティ内燃料分配率であり図中のYieに相当する。
このようにして、キャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられた場合のキャビティ内燃料分配率の代表値f(X)を算出することが可能である。
そして、実際には、前記第2期間だけでなく、第1、第3、第4および第5の各期間でも燃料噴射が行われる可能性があるので、これら期間での燃料噴射も考慮して、燃料噴射期間全体を対象とした総燃料分配率(キャビティ内領域総燃料分配率)を算出することが必要である。
このため、まず、各期間i(i=1〜5)それぞれにおける燃料噴射率ΔAinj(i)を以下の式(4)で求める。
ΔAinj(i)=期間X(i)/総燃料噴射期間 …(4)
この式(4)における「i」は対象とする期間1〜5に対応する値である。
つまり、インジェクタ23からの総燃料噴射期間に対する第1〜第5の各期間での噴射期間の比率が、それぞれの期間における燃料噴射率(ΔAinj(1)〜ΔAinj(5))として算出される。
また、第1期間および第5期間におけるキャビティ内燃料分配率は「0」であり、第3期間におけるキャビティ内燃料分配率は「1」である(図14を参照)。このため、第1期間および第5期間における燃料噴射率(ΔAinj(1)、ΔAinj(5))はキャビティ内領域総燃料分配率に寄与しないことになり、第3期間における燃料噴射率(ΔAinj(3))は噴射燃料の全量がキャビティ内領域総燃料分配率に寄与する(キャビティ内領域総燃料分配率を左右する)ものとなる。また、第2期間および第4期間におけるキャビティ内燃料分配率(ΔAinj(2)、ΔAinj(4))はそれぞれの期間における燃料噴射期間(燃料噴射期間の長さ)に応じて変化する。
このため、燃料噴射の全期間を対象とするキャビティ内領域総燃料分配率は以下の式(5)によって求めることができる。
キャビティ内領域総燃料分配率=ΔAinj(2)×f(X(2))+ΔAinj(3)
+ΔAinj(4)×f(X(4)) …(5)
これにより、燃料噴射期間の全体を対象としたキャビティ内領域の総燃料分配率が算出されることになる。
そして、インジェクタ23からの総燃料噴射量に、このキャビティ内領域総燃料分配率を乗算すれば、キャビティ内領域に存在する燃料量が算出できる。また、このキャビティ内領域総燃料分配率から前記キャビティ外領域総燃料分配率を求め(1−キャビティ内領域総燃料分配率)、このキャビティ外領域総燃料分配率に総燃料噴射量を乗算すれば、キャビティ外領域に存在する燃料量が算出できる。なお、キャビティ内領域に存在する燃料量を、前記総燃料噴射量から減算することによってもキャビティ外領域に存在する燃料量は算出可能である。
(燃料噴射期間のパターン)
次に、燃料噴射期間の各パターンについて説明する。
図16(a)は、前記第1期間で燃料噴射が開始される場合の燃料噴射期間のパターンを示している(図中の各矢印が燃料噴射期間を表している)。このように第1期間で燃料噴射が開始された場合、燃料噴射の終了期間としては、第1期間〜第5期間の何れかが挙げられる。第1期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印a1を参照)、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射されることになり、式(5)から算出されるキャビティ内領域総燃料分配率は「0」となる。第2期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印a2を参照)、圧縮行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第1項のみによってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第3期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印a3を参照)、燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第1項および第2項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第4期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印a4を参照)、膨張行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の各項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第5期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印a5を参照)、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射される状態となった後に燃料噴射が終了することになり、この場合も、式(5)における右辺の各項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。
図16(b)は、前記第2期間で燃料噴射が開始される場合の燃料噴射期間のパターンを示している(図中の各矢印が燃料噴射期間を表している)。このように第2期間で燃料噴射が開始された場合、燃料噴射の終了期間としては、第2期間〜第5期間の何れかが挙げられる。第2期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印b1を参照)、圧縮行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第1項のみによってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第3期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印b2を参照)、燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第1項および第2項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第4期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印b3を参照)、膨張行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の各項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第5期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印b4を参照)、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射される状態となった後に燃料噴射が終了することになり、この場合も、式(5)における右辺の各項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。
図16(c)は、前記第3期間で燃料噴射が開始される場合の燃料噴射期間のパターンを示している(図中の各矢印が燃料噴射期間を表している)。このように第3期間で燃料噴射が開始された場合、燃料噴射の終了期間としては、第3期間〜第5期間の何れかが挙げられる。第3期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印c1を参照)、燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されることになり、式(5)から算出されるキャビティ内領域総燃料分配率は「1」となる。第4期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印c2を参照)、膨張行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第2項および第3項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第5期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印c3を参照)、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射される状態となった後に燃料噴射が終了することになり、この場合も、式(5)における右辺の第2項および第3項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。
図16(d)には、前記第4期間で燃料噴射が開始される場合の燃料噴射期間のパターンを示している(図中の各矢印が燃料噴射期間を表している)。このように第4期間で燃料噴射が開始された場合、燃料噴射の終了期間としては、第4期間および第5期間の何れかが挙げられる。第4期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印d1を参照)、膨張行程においてキャビティ外領域とキャビティ内領域とに燃料が噴き分けられている途中で燃料噴射が終了することになり、式(5)における右辺の第3項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。第5期間で燃料噴射が終了する場合には(図中の矢印d2を参照)、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射される状態となった後に燃料噴射が終了することになり、この場合も、式(5)における右辺の第3項によってキャビティ内領域総燃料分配率が決定される。
図16(e)には、前記第5期間で燃料噴射が開始される燃料噴射期間のパターンを示している(図中の矢印が燃料噴射期間を表している)。燃料噴射の終了期間としては、第5期間のみが挙げられる(図中の矢印e1を参照)。この場合、燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射されることになり、式(5)から算出されるキャビティ内領域総燃料分配率は「0」となる。
このようにして、燃料噴射期間に応じてキャビティ内領域総燃料分配率を求めることができ、インジェクタ23からの総燃料噴射量に、このキャビティ内領域総燃料分配率を乗算することで、キャビティ内領域に存在する燃料量が算出可能である。
次に、燃料噴射時期と発生熱量との関係について説明する。図17は、燃料噴射率波形と熱発生率波形との関係の一例を示している。図中のTDCはピストン13の圧縮上死点に対応したクランク角度位置である。また、図17の下段に示す波形は、インジェクタ23から噴射される燃料の噴射率(クランク軸の単位回転角度当たりの燃料噴射量)波形の複数のパターンを示している。図17の上段に示す波形は、各燃料の噴射率それぞれに対応した熱発生率(クランク軸の単位回転角度当たりの熱発生量)の変化(熱発生率波形)を示している。
この図17に示す燃料噴射率波形のうち実線a、破線b、一点鎖線cで示すものは、前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))よりも進角側で燃料噴射が開始され且つこのキャビティ外噴射遅角限界よりも進角側で燃料噴射が終了しており、噴射燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射される場合である。実線aで示した燃料噴射率波形に対応する熱発生率波形を実線Aで示し、破線bで示した燃料噴射率波形に対応する熱発生率波形を破線Bで示し、一点鎖線cで示した燃料噴射率波形に対応する熱発生率波形を一点鎖線Cで示している。
また、この図17に示す燃料噴射率波形のうち実線d、破線eで示すものは、前記キャビティ内噴射進角限界(図9(a))よりも遅角側で燃料噴射が開始され且つキャビティ内噴射遅角限界(図9(b))よりも進角側で燃料噴射が終了しており、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射される場合である。実線dで示した燃料噴射率波形に対応する熱発生率波形を実線Dで示し、破線eで示した燃料噴射率波形に対応する熱発生率波形を破線Eで示している。
この図17に示す燃料噴射率波形のように、各燃料噴射における噴射量が等しいにも拘わらず、キャビティ外領域に噴射された燃料が燃焼する場合には、クランク軸の単位回転角度当たりの熱発生量は比較的少なく、緩慢な燃焼となっている(図17における熱発生率波形A,B,Cを参照)。これは、噴射燃料が容積の比較的大きなキャビティ外領域に噴射されたことで、比較的低密度の(燃料密度が低い)混合気が生成されたためである。この場合の燃料の燃焼としては主に低温酸化反応から開始されることになる。
これに対し、キャビティ内領域に噴射された燃料が燃焼する場合には、クランク軸の単位回転角度当たりの熱発生量は比較的多く、急峻な燃焼となっている(図17における熱発生率波形D,Eを参照)。これは、噴射燃料が容積の比較的小さなキャビティ内領域に噴射されたことで、燃焼場の温度が急速に上昇すると共に、この温度場に比較的高密度の(燃料密度が高い)混合気が生成されているためである。この場合の燃料の燃焼としては主に高温酸化反応から開始されることになる。
以上のようにしてインジェクタ23の各噴孔から噴射された燃料の噴霧A,A,…は、時間の経過に伴って筒内ガスと混ざり合いながら混合気となって筒内においてそれぞれ略円錐状に拡散していき(キャビティ内領域またはキャビティ外領域、或いは、キャビティ内領域およびキャビティ外領域の両領域において拡散していき)、自己着火によって燃焼する。つまり、この各燃料の噴霧A,A,…は、それぞれ筒内ガスと共に燃焼場を形成し、その燃焼場でそれぞれ燃焼が開始されることになる。
そして、この燃焼により発生したエネルギは、前述したように、ピストン13を下死点に向かって押し下げるための運動エネルギ(エンジン出力となるエネルギ)、燃焼室3内を温度上昇させる熱エネルギ、シリンダブロック11やシリンダヘッド15を経て外部(例えば冷却水)に放熱される熱エネルギとなる。
そして、燃焼後の筒内ガスは、排気行程において開弁する排気バルブ17を介し、ピストン13の上昇に伴って排気ポート71および排気マニホールド72へ排出されて排ガスとなる。
−熱発生率波形の作成、燃焼状態診断、および、制御パラメータの補正−
次に、本実施形態の特徴である熱発生率波形の作成(理想熱発生率波形の作成)、燃焼状態診断(気筒内での燃料の各反応形態の診断)、および、その診断結果に応じて実行される制御パラメータの補正について説明する。
この熱発生率波形の作成、燃焼状態診断、および、制御パラメータの補正では、図18に示すように、(1)理想熱発生率波形の作成、および、(2)実熱発生率波形の作成、が行われた後、(3)理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態診断が行われる。そして、(4)この燃焼状態診断の結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正が行われることになる。これら(1)〜(4)の各動作を行うための構成の全てが車両に搭載(実装)されていてもよいし、(1)の動作のみが実験室等によって行われ、その結果(作成された理想熱発生率波形)が前記ROMに記憶され、(2)〜(4)の各動作を行うための構成が車両に搭載された構成となっていてもよい。
そして、本実施形態の特徴としては、筒内を前記キャビティ内領域とキャビティ外領域とに分割し、それぞれにおける燃焼状態を個別に規定するようにしている。このため、前記(1)理想熱発生率波形の作成においては、キャビティ内領域を対象とした理想熱発生率波形の作成、および、キャビティ外領域を対象とした理想熱発生率波形の作成が個別に行われ、これら理想熱発生率波形を合成することによって筒内全体を対象とした理想熱発生率波形(合成理想熱発生率波形)が作成される。この際(各領域毎の理想熱発生率波形を作成する際)、前記キャビティ内領域総燃料分配率を利用して求められるキャビティ内領域の燃料量、および、キャビティ外領域の燃料量が利用されることになる。
そして、前記(3)燃焼状態診断においては、この筒内全体を対象とした理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態診断が行われるようになっている。
より具体的に、前記理想熱発生率波形の作成にあっては、(1−A)反応領域の分割、(1−B)燃料の反応形態の分離、(1−C)分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成、(1−D)理想熱発生率波形モデルのフィルタリング(フィルタ処理)による理想熱発生率波形の作成および理想熱発生率波形の合成、が順に行われる。
以下、各動作について具体的に説明する。
(1)理想熱発生率波形の作成
前記理想熱発生率波形の作成について説明する。まず、理想熱発生率波形の作成の概略について説明する。なお、以下では前記キャビティ内領域およびキャビティ外領域のうち燃料噴射が行われた領域を「対象領域」と呼ぶこととする(一方の領域に燃料噴射が行われた場合には、この一方の領域が対象領域に該当し、両領域に燃料噴射が行われた場合には、この両領域が対象領域に該当することになる)。
前記インジェクタ23から対象領域に噴射された燃料の反応(化学反応等)の律速条件としては、対象領域内温度、対象領域内酸素量(対象領域内の酸素密度に相関がある値)、対象領域内燃料量(対象領域内の燃料密度に相関がある値)、対象領域内燃料分布が挙げられる。これらのうち、制御自由度の低い順としては、対象領域内温度、対象領域内酸素量、対象領域内燃料量、対象領域内燃料分布の順である。
つまり、対象領域内温度は、燃料が反応する前段階にあっては、吸入空気温度とエンジン1の圧縮比とによって略決定されることになり、制御の自由度は最も低い。また、この対象領域内温度は、先行して燃料噴射が行われた場合(例えば予熱のための燃料噴射が行われた場合)に、その燃料の燃焼による予熱量によっても変動する。また、対象領域内酸素量は、前記吸気絞り弁62の開度や、前記EGRバルブ81の開度によって調整できるため、対象領域内温度に比べて制御自由度は高い。また、この対象領域内酸素量は、ターボチャージャ5による過給率によっても変動する。さらに、この対象領域内酸素量は、先行して燃料噴射(予熱のための燃料噴射等)が行われた場合に、その燃料の燃焼による酸素消費量によっても変動する。また、対象領域内燃料量は、前記サプライポンプ21による燃料噴射圧力(コモンレール圧力)の制御や前記インジェクタ23からの燃料の多段噴射それぞれの噴射期間の制御によって調整できるため、対象領域内酸素量に比べて制御自由度は高い。また、対象領域内燃料分布も、前記燃料噴射圧力の制御や前記燃料の多段噴射それぞれの噴射期間の制御によって調整が可能であることから制御自由度は高いものである。
そして、本実施形態では、エンジン1の暖機運転が完了しており、且つ外気温度が所定温度(例えば0℃)以上であることを条件として、前記制御自由度の低い順に、燃料の反応状態を決定する条件の優先順位を高く設定している。なお、ここでは、対象領域内温度、対象領域内酸素量および対象領域内燃料量の量的条件を、対象領域内燃料分布よりも優先順位の高いものとしている。つまり、対象領域内温度を機軸として燃料の各反応の開始タイミング(反応開始時期)を決定するものとしている。即ち、対象領域内温度(対象領域内の圧縮ガス温度)から基準温度到達角度(各反応形態それぞれの反応開始タイミングにおけるクランク角度位置)を確定する。
そして、この反応開始時期を基点として、反応速度、反応量、反応期間をそれぞれ求めて各反応形態毎に理想熱発生率波形モデルを対象領域について作成するようにしている。つまり、対象領域内に噴射された燃料の複数の反応形態それぞれの反応速度、反応量、反応期間を対象領域内環境(反応開始時期を決定する対象領域内ガス温度等)および燃料組成(反応に寄与する燃料量および燃料密度を含む)に応じて算出して、各反応それぞれにおける理想熱発生率波形モデルを作成するようにしている。即ち、キャビティ内領域およびキャビティ外領域のうち一方の領域に燃料噴射が行われた場合には、この一方の領域(対象領域)に対して理想熱発生率波形モデルが作成され、両領域に燃料噴射が行われた場合には、これら両領域(両対象領域)に対して理想熱発生率波形モデルが個別に作成されることになる。
前述したように、この理想熱発生率波形モデルの作成は、キャビティ内領域およびキャビティ外領域のうち噴霧の存在する領域においてのみ実施される。これは、噴霧が存在しない場合には、燃料の反応が生じていないため理想熱発生率波形モデルの作成ができないからである。何れの領域に噴霧が存在しているか(或いは両領域に噴霧が存在しているか否か)の判定は、前述した如く燃料の噴射期間に基づいて求めることができる。
理想熱発生率波形モデルの作成動作として、具体的には、前記反応開始時期における対象領域内ガス温度(基準温度)および燃料組成等に対応した基準反応速度効率[J/CA2/mm3]と、基準反応量効率[J/mm3]とを各反応形態毎に確定し、燃焼場に対する酸素供給能力(酸素密度)から前記基準反応速度効率および基準反応量効率を修正し、これら修正された反応速度効率と反応量効率とから反応速度および反応量を確定する。また、反応速度に対しては、後述するエンジン回転速度に応じた補正を行う。なお、前記「反応速度効率」は「反応速度勾配」とも呼ばれ、また、前記「反応量効率」は「燃焼効率」とも呼ばれる。以下では、「反応速度効率」を「反応速度勾配」として説明する。
そして、前記反応開始時期、反応速度および反応量から後述する理想熱発生率波形モデル(三角形モデル)を作成し、これにより、反応期間を確定する。この反応期間としては以下の式(6)により求められる。
反応期間=2×(反応量/反応速度)1/2 …(6)
なお、前記理想熱発生率波形モデル(三角形モデル)の作成の詳細については後述する。
(1−A)反応領域の分割
次に、前記理想熱発生率波形の作成の第1手順である反応領域の分割について具体的に説明する。
前述したように、インジェクタ23から筒内に噴射された燃料が存在する領域としては、キャビティ外領域およびキャビティ内領域がある。
そして、前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))よりも進角側で燃料噴射が行われた場合や、キャビティ外噴射進角限界(図11(b))よりも遅角側で燃料噴射が行われた場合には、噴射燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射されることになり、この燃料の略全量はキャビティ外領域に存在し、キャビティ内領域には殆ど噴霧が存在しないことになる。このため、インジェクタ23から筒内に噴射された燃料量がそのままキャビティ外領域に存在する燃料量となる。
また、前記キャビティ内噴射進角限界(図9(a))とキャビティ内噴射遅角限界(図9(b))との間の期間のみにおいて燃料噴射が行われた場合には、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射されることになり、この燃料の略全量はキャビティ内領域に存在し、キャビティ外領域には殆ど噴霧が存在しないことになる。このため、インジェクタ23から筒内に噴射された燃料量がそのままキャビティ内領域に存在する燃料量となる。
更に、前記キャビティ外噴射遅角限界(図11(a))からキャビティ内噴射進角限界(図9(a))に亘って燃料噴射が行われた場合や、キャビティ内噴射遅角限界(図9(b))からキャビティ外噴射進角限界(図11(b))に亘って燃料噴射が行われた場合には、噴射燃料の一部はキャビティ外領域に向けて噴射され、他はキャビティ内領域に向けて噴射されることになり、この噴射された燃料の一部はキャビティ外領域に存在し、他はキャビティ内領域に存在することになる。この場合に、キャビティ外領域に存在する噴霧量(燃料量)とキャビティ内領域に存在する噴霧量との比率は、前述した如く、式(5)で算出されたキャビティ内領域総燃料分配率等に基づいて算出することができる。
つまり、インジェクタ23からの総燃料噴射量にキャビティ内領域総燃料分配率を乗算することによってキャビティ内領域に向けて噴射された燃料の量(キャビティ内領域に存在する噴霧量)を算出することができる。また、このキャビティ内領域に向けて噴射された燃料の量を前記総燃料噴射量から減算することによってキャビティ外領域に向けて噴射された燃料の量(キャビティ外領域に存在する噴霧量)を算出することができる。
このように本実施形態では、筒内をキャビティ外領域とキャビティ内領域とに分割(区画)し、それぞれについての燃料量を前記キャビティ内領域総燃料分配率を利用して個別に求めるようにしている。
また、これらキャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれの温度(燃料噴射実行時の各領域の温度)も個別に求めるようにしている。この温度を求めるための手法としては、吸気温度、ピストン位置(吸入ガスの圧縮度合い)、前記パイロット噴射等による対象領域の予熱状態等をパラメータとし、予め実験やシミュレーションによって、これらパラメータとキャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれの温度との関係を求めてマップ化し、このマップを前記ROMに記憶させている。つまり、吸気温度、ピストン位置、各領域の予熱状態等のパラメータを前記マップに当て嵌めることでキャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれの温度が個別に求められるようになっている。また、キャビティ内領域の温度を求める際に、前記キャビティ内領域総燃料分配率を利用してもよい。具体的には、圧縮比に基づいて算出される圧縮ガス温度と、キャビティ内領域総燃料分配率から得られた燃料量と燃料の単位質量当たりの発生熱量との積で得られる温度上昇分との和をキャビティ内領域の温度として求めるものである。キャビティ外領域の温度も同様に求めることが可能である。
なお、これら温度を求めるための手法としてはこれに限らず、筒内平均温度から所定温度を減算した値をキャビティ外領域の温度として設定し、筒内平均温度に所定温度を加算した値をキャビティ内領域の温度として設定するようにしてもよい。この場合に減算および加算される前記所定温度は、エンジン1の運転状態に応じたマップ値が実験またはシミュレーションによって求められ、このマップ値に従って可変とされる。また、熱エネルギ方程式Q=mcT(Q:熱エネルギ、m:質量、c:比熱、T:温度)から温度を算出するようにしてもよい。ここで、Qは対象領域(キャビティ外領域またはキャビティ内領域)への投入熱エネルギ、mは対象領域でのガスの質量、cはガスの比熱、Tは対象領域の温度である。
また、対象領域における酸素量は、前記パイロット噴射等が行われた際に燃焼に寄与した酸素量を、対象領域に存在していた酸素量から減算することによって求めることができる。これら燃焼に寄与した酸素量や対象領域に存在していた酸素量は、予め実験またはシミュレーションによって求められている。また、対象領域に存在していた酸素量は、吸気温度や筒内圧力等をパラメータとして算出することも可能である。
(1−B)燃料の反応形態の分離
次に、前記理想熱発生率波形の作成の第2手順である燃料の反応形態の分離について説明する。
前記インジェクタ23から燃料噴射が行われた場合、対象領域内においては、気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、高温酸化反応が対象領域内環境に応じて行われる。更に、高温酸化反応は、予混合燃焼による高温酸化反応と拡散燃焼による高温酸化反応とに分離できる。つまり、キャビティ外領域およびキャビティ内領域のそれぞれに燃料が噴射された場合には、これら領域それぞれにおいて、これら反応がそれぞれの環境に応じて行われる。以下、各反応形態について説明する。
(a)気化反応
気化反応は、前記インジェクタ23から噴射された燃料が対象領域内の熱を受けて気化するものである。この反応は、一般的には対象領域内ガス温度が500K以上となっている環境下に燃料が晒された状態で、燃料噴霧の拡散がある程度進んだ際に開始する噴霧律速の反応となっている。
ディーゼルエンジン1で使用されている軽油の沸点は、一般には453K〜623Kであって、対象領域内に燃料噴射が行われる実用域(例えば前記パイロット噴射が行われる時期)はBTDC(圧縮上死点前)40°CAである。このタイミングにおける対象領域内ガス温度は一般には550K〜600K程度まで上昇しているため(寒冷地以外)、この気化反応においては、温度律速条件を考慮する必要はない。
そして、この気化反応における前記基準反応量効率としては、例えば1.14[J/mm3]となっている。
また、この気化反応における有効噴射量(気化反応に寄与する燃料量)としては、燃料噴射量から壁面付着量(シリンダボア12の壁面(キャビティ外領域に噴射された場合)やキャビティ13bの内壁面(キャビティ内領域に噴射された場合)に付着した燃料量)および未燃浮遊燃料量(噴霧塊の外周囲に存在して反応に寄与しない燃料)を減算した量である。以下、これら燃料量を未燃燃料量という。これら未燃燃料量は、噴射量(燃料の貫徹力に相関がある)と噴射時期(気筒内圧力に相関がある)に応じて実験的に求めることが可能である。
具体的に、キャビティ内領域に燃料が噴射される場合に比べてキャビティ外領域に燃料が噴射される場合の方が、噴霧が拡散し易いため、総噴射燃料量に対する未燃燃料量の比率は高くなる。例えば、キャビティ内領域に燃料が噴射された場合の未燃燃料量の比率は15%程度であるのに対し、キャビティ外領域に燃料が噴射された場合の未燃燃料量の比率は20%程度である。これら値はこれに限らず、各領域の温度や圧力、および、燃料噴射圧力等によって変動するため、予め実験やシミュレーションによって求められている。
そして、前記気化反応における反応量としては、以下の式(7)により求められる。
気化反応における反応量=−1.14×有効噴射量 …(7)
なお、この気化反応は吸熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては負の値となる。
(b)低温酸化反応
低温酸化反応は、ディーゼルエンジン1の燃料である軽油中に含まれる低温酸化反応成分(n−セタン(C16H34)等の直鎖単結合組成の燃料等)が燃焼する反応である。この低温酸化反応成分は、対象領域内温度が比較的低い場合であっても着火が可能な成分であって、このn−セタン等の量が多いほど(高セタン燃料であるほど)対象領域内での低温酸化反応が進み易く着火遅れが抑制されることになる。具体的に、n−セタン等の低温酸化反応成分は、対象領域内温度が約750Kに達した時点で燃焼(低温酸化反応)を開始する。なお、n−セタン等以外の燃料成分(高温酸化反応成分)は対象領域内温度が約900Kに達するまで燃焼(高温酸化反応)を開始しない。
そして、この低温酸化反応における前記基準反応速度勾配(基準反応速度効率)としては、例えば0.294[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば5.0[J/mm3]となっている。
また、この低温酸化反応の反応速度および反応量は、前記基準反応速度勾配および基準反応量効率に基づいて算出される(例えば前記有効噴射量を乗算することで算出される)。更に、前記低温酸化反応の反応速度を算出するに当たっては、前記基準反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた係数(回転速度補正係数=(基準回転速度/実回転速度)2)が乗算される。なお、この回転速度補正係数を求めるための基準回転速度としては任意の回転速度(例えば2000rpm)が設定可能である。これにより、ガス組成等が変化しても反応速度を時間に依存した値として求めることができる。
なお、回転速度補正係数は、図19に示す回転速度補正係数マップから求められるものであってもよい。この図19に示す回転速度補正係数マップは、基準回転速度を2000rpmに設定したものである。エンジン1の実回転速度が基準回転速度(2000rpm)以上である領域では、「(基準回転速度/実回転速度)2」に応じた値(図中に一点鎖線で示すエンジン回転速度に応じた値)として回転速度補正係数が求められる。これに対し、エンジン1の実回転速度が基準回転速度(2000rpm)未満である領域では、「(基準回転速度/実回転速度)2」に応じた値に対して所定割合だけ補正(低い側に補正)された値が回転速度補正係数として求められる(基準回転速度未満である領域の実線を参照)。この場合の補正割合は実験やシミュレーションによって求められている。
前記基準回転速度は、上述した値には限定されず、エンジン1の使用頻度が最も高い回転速度域に設定することが好ましい。
なお、この低温酸化反応は発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
(c)熱分解反応
熱分解反応は、燃料成分の熱分解を行う反応であって、その反応温度は例えば約800Kとなっている。
また、この熱分解反応における前記基準反応速度勾配としては、例えば0.384[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば5.0[J/mm3]となっている。
また、この熱分解反応の反応速度および反応量も、前記基準反応速度勾配および基準反応量効率に基づいて算出される(例えば前記有効噴射量を乗算することで算出される)。更に、前記熱分解反応の反応速度を算出するに当たっても、前記基準反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた前記回転速度補正係数が乗算される。
なお、本実施形態では、この熱分解反応を吸熱反応として扱うものとする。つまり、反応量(発生熱量)が負の値であるものとする。
(d)予混合燃焼による高温酸化反応
予混合燃焼による高温酸化反応の反応温度は例えば約900Kとなっている。つまり、対象領域内温度が900Kに達したことで燃焼を開始する反応が、この予混合燃焼による高温酸化反応である。
また、この予混合燃焼による高温酸化反応における前記基準反応速度勾配としては、例えば4.3[J/CA2/mm3]となっている。また、基準反応量効率としては、例えば30.0[J/mm3]となっている。
また、この予混合燃焼による高温酸化反応の反応量も、前記基準反応量効率に基づいて算出される(例えば有効噴射量を乗算することで算出される)。なお、この予混合燃焼による高温酸化反応は発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
本実施形態の特徴は、この予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度を算出する際に使用される反応速度勾配を求める手法にある。
詳しくは後述するが、この予混合燃焼による高温酸化反応にあっては、対象領域に存在する燃料量(燃料密度)に応じて反応速度勾配が変化する。つまり、予混合燃焼による高温酸化反応における反応速度勾配は常に前記基準反応速度勾配の一定値ではなく燃料量に応じた値となる。
そして、この反応速度勾配に基づいて予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度が算出される(例えば有効噴射量を乗算することで算出される)。
更に、この予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度を算出するに当たっても、前記基準反応速度勾配に有効噴射量を乗算した値(基準反応速度)に対してエンジン回転速度に応じた前記回転速度補正係数が乗算される。
この予混合燃焼による高温酸化反応における前記反応速度勾配の算出手法の詳細については後述する。
(e)拡散燃焼による高温酸化反応
拡散燃焼による高温酸化反応の反応温度は例えば約1000Kとなっている。つまり、温度が1000K以上となっている対象領域内に向けて噴射された燃料が、噴射後、直ちに燃焼を開始する反応が、この拡散燃焼による高温酸化反応である。
また、この拡散燃焼による高温酸化反応における反応速度は、コモンレール圧力に応じて変化し、以下の式(8)および式(9)から求められる。
GrdB=A×コモンレール圧力+B …(8)
Grd=GrdB×(基準エンジン回転速度/実エンジン回転速度)2
×(d/基準d)×(N/基準N) …(9)
GrdB:基準反応速度、Grd:反応速度、d:インジェクタ23の噴孔径、N:インジェクタ23の噴孔数、A,B:実験等により求められた定数
なお、前記式(9)は、インジェクタ23の基準噴孔径に対する実噴孔径の比、および、インジェクタ23の基準噴孔数に対する実噴孔数の比が乗算されていることにより、一般化された式となっている。また、この式(9)は、回転速度補正係数が乗算されていることで、エンジン回転速度に応じて補正された反応速度が求められるものとなっている。
また、この拡散燃焼による高温酸化反応の基準反応量効率としては、例えば30.0[J/mm3]となっており、この拡散燃焼による高温酸化反応の反応量も、前記基準反応量効率に基づいて算出される(例えば有効噴射量を乗算することで算出される)。
なお、この拡散燃焼による高温酸化反応も発熱反応であるため、この反応量(発生熱量)としては正の値となる。
以上のようにして燃料の反応形態を分離することができる。
(1−C)分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成
次に、前記キャビティ内領域およびキャビティ外領域それぞれにおいて分離された各反応形態それぞれに対する理想熱発生率波形モデルの作成について説明する。
上述の如く反応形態を分離したことにより、それぞれの反応形態における理想熱発生率波形モデルが作成可能となる。つまり、気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、予混合燃焼による高温酸化反応、拡散燃焼による高温酸化反応それぞれに対して、理想熱発生率波形モデルが作成可能となる。
本実施形態では、各反応それぞれに対し、理想熱発生率波形モデルを二等辺三角形に近似させるものとしている。つまり、上述した反応開始温度を基点として、反応速度を二等辺三角形の斜辺の勾配とし、反応量を二等辺三角形の面積とし、反応期間を二等辺三角形の底辺の長さとする理想熱発生率波形モデルを作成する。前記反応開始温度としては、上述したように、気化反応では約500K、低温酸化反応では約750K、熱分解反応では約800K、予混合燃焼による高温酸化反応では約900K、拡散燃焼による高温酸化反応では約1000Kとなっている。以下の理想熱発生率波形モデルの作成は、上述した各反応形態それぞれに対して適用される。以下、具体的に説明する。
(a)反応速度(反応速度勾配)
反応速度は、前記反応速度勾配に基づいて設定され、理想熱発生率波形モデルを二等辺三角形に近似させた場合、熱発生率が上昇する期間での反応速度と、熱発生率が下降する期間での反応速度とでは、それらの絶対値は一致している。
なお、前記熱発生率が上昇する期間での反応速度に対して、熱発生率が下降する期間での反応速度が低い場合(理想熱発生率波形モデルが不等辺三角形である場合)には、前記上昇勾配に所定値α(<1)を乗算することで下降勾配が求められることになる。
前記拡散燃焼による高温酸化反応での理想熱発生率波形モデルにあっては、反応速度は噴射率波形勾配に比例し、燃料噴射圧(コモンレール内圧)が一定であれば反応速度も一定である。また、他の反応(例えば予混合燃焼による高温酸化反応)での理想熱発生率波形モデルにあっては、反応速度は燃料噴射量に比例することになる。
前述した如く、本実施形態では、筒内をキャビティ外領域とキャビティ内領域とに分割し、それぞれについての理想熱発生率波形モデルを作成するようにしている。また、前記予混合燃焼による高温酸化反応では、燃焼場における燃料密度等の物理量に応じて反応速度勾配が変化する。このため、本実施形態では、反応速度についても各領域それぞれについて個別に求め、それに基づいて理想熱発生率波形モデルを作成するようにしている。以下、具体的に説明する。
図20は、インジェクタ23から噴射された燃料の全量がキャビティ内領域に向けて噴射される場合のキャビティ内領域における酸素密度(領域内の酸素量/反応開始時の領域容積)と反応速度勾配基準値(キャビティ内領域における予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度勾配の基準値)との関係を、燃料噴射量が異なる3パターンについて示した図である。これら関係は例えば実験やシミュレーションによって求められている。また、この図20では、実線Qv1、一点鎖線Qv2、二点鎖線Qv3の順に、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料噴射量が多くなっている。なお、予混合燃焼による高温酸化反応が開始される前段階での反応(例えば低温酸化反応)によって酸素が消費されている場合には、この消費後の酸素量(残存酸素量)に従って酸素密度が規定されることになる。
この図20に示すように、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料量が比較的少ない実線Qv1で示すものにあっては、酸素密度が図中のρ1以上である場合には反応速度勾配基準値は一定の値となっている。これに対し、酸素密度が図中のρ1未満である場合には、その酸素密度が低くなるに従って反応速度勾配基準値は小さくなっていく。これは、酸素密度が低くなることで燃焼効率が低下していくためである。
また、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料量が前記実線で示したものよりも多い一点鎖線Qv2で示すものにあっては、酸素密度が図中のρ2以上である場合には反応速度勾配基準値は一定の値となっている。これに対し、酸素密度が図中のρ2未満である場合には、その酸素密度が低くなるに従って反応速度勾配基準値は小さくなっていく。このρ2は前記ρ1よりも小さい値となっている。つまり、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料量が多くなっていることにより、酸素密度が低下することに伴って反応速度勾配基準値が低下し始める酸素密度の値は小さくなっている。即ち、酸素密度がρ2に低下するまで反応速度勾配基準値が高く維持されている。
また、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料量が前記一点鎖線で示したものよりもさらに多い二点鎖線Qv3で示すものにあっては、酸素密度が図中のρ3以上である場合には反応速度勾配基準値は一定の値となっている。これに対し、酸素密度が図中のρ3未満である場合には、その酸素密度が低くなるに従って反応速度勾配基準値は小さくなっていく。このρ3は前記ρ2よりも小さい値となっている。つまり、キャビティ内領域に向けて噴射された燃料量が多くなっていることにより、酸素密度が低下することに伴って反応速度勾配基準値が低下し始める酸素密度の値は小さくなっている。即ち、酸素密度がρ3に低下するまで反応速度勾配基準値が高く維持されている。
このように、キャビティ内領域における反応速度(予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度)を算出するために使用される反応速度勾配の基準値は、キャビティ内領域の酸素密度および燃料量によって変化する。
一方、インジェクタ23から噴射された燃料の全量がキャビティ内領域に向けて噴射された場合におけるキャビティ外領域における反応速度勾配は、このキャビティ外領域の容積がキャビティ内領域に比べて大きく比較的低密度の混合気が生成されることから、前記キャビティ内領域における反応速度勾配基準値に比べて小さくなっている。例えば同一酸素密度で且つ同一燃料量であっても、キャビティ外領域における反応速度勾配は、キャビティ内領域における反応速度勾配基準値に対して1/3程度(図20から求められる反応速度勾配に対して1/3程度)に設定される。この値はこれに限定されるものではなく、実験やシミュレーションによって適宜設定される。つまり、このキャビティ外領域における反応速度(予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度)を算出するために使用される反応速度勾配も、酸素密度および燃料量によって変化することになる。
そして、インジェクタ23から噴射された燃料がキャビティ内領域とキャビティ外領域とに噴き分けられる場合には、後述する反応速度勾配比率Aを利用して反応速度勾配が算出されることになる。具体的には前記反応速度勾配基準値に反応速度勾配比率Aが乗算されることでキャビティ内領域における反応速度勾配が求められることになる。
前記反応速度勾配比率Aは、燃料噴射が行われるクランク角度位置に応じて変化する。
図21は、燃料噴射が行われるクランク角度位置と、前記キャビティ内領域の反応速度勾配基準値に反応速度勾配比率Aを乗算することで得られる反応速度勾配との関係を示す図である。
この図21に示すように、前記キャビティ外噴射遅角限界CA1(図11(a)に示すピストン位置に相当)よりも進角側で燃料噴射が行われている場合にあっては、反応速度勾配は最小(一定値)となる。これは、キャビティ内領域への燃料噴射量が少なく、また、前述した如く、キャビティ外領域での燃焼が緩慢であるからである。具体的に、早期噴射された場合に燃料が供給されるキャビティ外領域はピストン13の移動に伴って容積が大きく変化するが、反応の開始時期は「温度律速」であって固定化されているため、反応開始時期におけるキャビティ外領域の容積は固定化されることになり、前記反応速度勾配の最小値は一定値となる。
一方、キャビティ内噴射進角限界CA2(図9(a)に示すピストン位置に相当)よりも遅角側(圧縮上死点近傍)で燃料噴射が行われている場合にあっては、反応速度勾配は最大(一定値)となる。これは、キャビティ内領域への燃料噴射量が多く、前述した如く、キャビティ内領域での燃焼が急峻であるからである。具体的に、ピストン13の圧縮上死点付近であってもピストン13の移動に伴って行程容積は変化することになるが、前述した如くキャビティ内領域はキャビティ外領域から隔離された空間(閉塞された固定空間)として扱うことができるので、前記反応速度勾配の最大値は一定値となる。
そして、キャビティ外噴射遅角限界CA1とキャビティ内噴射進角限界CA2との間の期間で燃料噴射が行われている場合にあっては、反応速度勾配は前記燃料分配率に応じた値となる。つまり、この期間中の進角側ではキャビティ内燃料分配率が低いため反応速度勾配も低くなっているのに対し、この期間中の遅角側ではキャビティ内燃料分配率が高いため反応速度勾配も高くなっている。
この場合における前記キャビティ内領域の反応速度勾配は、以下の式(10)で求められる反応速度勾配比率Aを用いて式(11)から算出することが可能である。
反応速度勾配比率A=0.7×キャビティ内領域総燃料分配率+0.3 …(10)
反応速度勾配=キャビティ内領域の反応速度勾配基準値×A …(11)
ここで、キャビティ内領域の反応速度勾配基準値は、図20から求められた値である。つまり、このキャビティ内領域の反応速度勾配基準値は酸素密度および燃料噴射量をパラメータとして規定される値であり、反応速度勾配比率Aはキャビティ内領域総燃料分配率(総噴射量に対するキャビティ内領域への噴射量の比率)をパラメータとして規定される値であって、これらパラメータから反応速度勾配(予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度勾配)は算出されることになる。
このため、噴射された燃料の全量がキャビティ内領域に供給された場合には、キャビティ内領域総燃料分配率が「1」となって反応速度勾配比率Aも「1」となることから、前記反応速度勾配基準値がそのまま反応速度勾配として算出されることになる。また、インジェクタ23から噴射された燃料がキャビティ内領域とキャビティ外領域とに噴き分けられている場合には、キャビティ内領域総燃料分配率に応じて反応速度勾配が算出されることになる。
このように、反応速度勾配は、対象領域の燃料分配率(式(10)ではキャビティ内領域燃料分配率)に基づいて算出することが可能であり、この対象領域の燃料分配率は、前述したように燃料噴射時期および燃料噴射量に基づいて算出することが可能である。つまり、前記反応速度勾配は、インジェクタ23からの燃料噴射時期および燃料噴射量に基づいて算出することが可能となっている(請求項1)。また、図21に示すように、第2期間(前記遷移燃料噴射期間)においてインジェクタ23から燃料が噴射される場合には、燃料噴射時期がピストン13の圧縮上死点に近付くほど前記反応速度勾配は大きい値として求められることになる(請求項3)。
なお、前記反応速度勾配の算出手法としては、実験やシミュレーションによって得られた酸素密度と反応速度勾配との関係に対して、燃料噴射時期に応じた所定の勾配補正係数を乗算することによって算出するようにしてもよい。
(b)発生熱量(面積)
各反応における熱効率[J/mm3]は燃焼期間を適正化すれば定数(例えば高温酸化反応の場合は30J/mm3)と見なすことができる。このため、発生熱量としては、この熱効率に燃料噴射量(前記有効噴射量)を乗算したものとなる。
但し、前記低温酸化反応については高温酸化反応との和で完結し、拡散燃焼による高温酸化反応では単独で完結することになる。
このようにして求められた発生熱量が理想熱発生率波形モデルである三角形の面積に相当することになる。
(c)燃焼期間(底辺)
以上の三角形の勾配(反応速度)および三角形の面積(発生熱量)から三角形の底辺の長さに相当する燃焼期間が求められる。
図22に示すように、三角形の面積(発生熱量に相当)をS、底辺の長さ(燃焼期間に相当)をL、高さ(熱発生率ピーク時点での熱発生率に相当)をH、燃焼開始時点から熱発生率ピーク時点までの期間をA、熱発生率ピーク時点から燃焼終了時点までの期間をB(理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合にはB=A)、上昇勾配(熱発生率が上昇する期間での反応速度に相当)をG、この上昇勾配に対する下降勾配(熱発生率が下降する期間での反応速度に相当)の比をα(≦1)とした場合、以下の関係が成り立つ。なお、図22(a)は理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合を、図22(b)は理想熱発生率波形モデルが不等辺三角形の場合をそれぞれ示している。
H=A×G=B×α×G
これより、B=A/αとなる。
S=A2×G/2+A×G×B/2=(1+1/α)×A2×G/2
よって、A=SQRT[2S/{(1+1/α)G}]となる。
従って、底辺の長さLは、
L=A+B=A(1+1/α)
=(1+1/α)×SQRT[2S/{(1+1/α)G}]
理想熱発生率波形モデルが二等辺三角形の場合にはα=1であり、
L=2×SQRT(S/G)=2×SQRT(30×Fq/G)となる。
(Fqは燃料噴射量(有効噴射量)であり、上述した如く燃料1mm3当たりの発生熱量を30Jとした場合には「30×Fq」が三角形の面積Sとなる)
このようにして、噴射量(噴射量指令値:発生熱量に相関のある値)と勾配(反応速度)が与えられれば燃焼期間が確定されることになる。
以下、理想熱発生率波形モデルを三角形(特に二等辺三角形)に近似できる理由について説明する。図23(a)は、インジェクタ23から燃料噴射が行われた場合における経過時間と1つの反応形態における気筒内への燃料供給量(その反応形態で使用される燃料の量)との関係を示している。また、この図23(a)では、その燃料供給量が得られる燃料噴射期間を10個の期間に区分している。つまり、その燃料噴射期間を、互いに燃料供給量が等しい10個の期間に区分しており、それぞれに第1の期間から第10の期間の期間番号を付している。つまり、第1の期間での燃料噴射が終了した後、燃料噴射が途切れることなく第2の期間での燃料噴射が開始され、第2の期間での燃料噴射が終了した後、燃料噴射が途切れることなく第3の期間での燃料噴射が開始されるといった噴射形態で第10の期間の終了時点まで燃料噴射が継続されることになる。
また、図23(b)は前記各期間で噴射された燃料の反応量(この図23(b)に示すものは発熱反応における発熱量)を示している。この図23(b)に示すように、第1の期間での燃料噴射が開始され、第2の期間での燃料噴射が開始されるまでの間(図23(b)における期間t1)は、第1の期間で噴射された燃料の反応のみが行われている。そして、第2の期間での燃料噴射が開始され、第3の期間での燃料噴射が開始されるまでの間(図22(b)における期間t2)は、第1の期間で噴射された燃料の反応および第2の期間で噴射された燃料の反応が共に行われている。このようにして、新たな噴射期間を迎える度に、燃料の総反応量としては次第に増加していく(新たに噴射が開始された期間の燃料分だけ総反応量が増加していく)。この増加期間が、前記理想熱発生率波形モデルの正側の勾配の期間(反応のピーク位置よりも進角側の期間)に相当する。
その後、第1の期間で噴射された燃料の反応が終了する。この時点(図23(b)におけるタイミングT1)では、第2の期間以降で噴射された燃料の反応は終了しておらず、第2の期間から第10の期間で噴射された燃料の反応が継続している。そして、第2の期間で噴射された燃料の反応が終了すると(図23(b)におけるタイミングT2)、第3の期間以降で噴射された燃料の反応は終了していないため、第3の期間から第10の期間で噴射された燃料の反応が継続することになる。このようにして、各期間で噴射された燃料の反応が順次終了していくことにより、燃料の総反応量としては次第に減少していく(反応が終了した燃料分だけ総反応量が減少していく)。この減少期間(図23(b)において反応量を破線で示している期間)が、前記理想熱発生率波形モデルの負側の勾配の期間(反応のピーク位置よりも遅角側の期間)に相当する。
以上のような形態で燃料の反応が行われるため、理想熱発生率波形モデルは三角形(二等辺三角形)として近似できることになる。
以上が、燃料の各反応形態に対する理想熱発生率波形モデルの作成手順である。
(1−D)理想熱発生率波形モデルのフィルタリングによる理想熱発生率波形の作成
以上のようにして理想熱発生率波形モデルを作成した後、この理想熱発生率波形モデルを周知のフィルタ処理(例えばWiebeフィルタによる処理)によって円滑化することにより、理想熱発生率波形を作成する。以下、具体的に説明する。
図24は、キャビティ外領域に1回の燃料噴射が行われた場合の各反応形態における理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)の一例を示している。この図24では、1回の燃料噴射によって気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応が順次行われた理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)となっている。具体的に、図中のIは気化反応の理想熱発生率波形モデル、IIは低温酸化反応の理想熱発生率波形モデル、IIIは熱分解反応(吸熱となる熱分解反応)の理想熱発生率波形モデル、IVは予混合燃焼による高温酸化反応の理想熱発生率波形モデル、Vは拡散燃焼による高温酸化反応の理想熱発生率波形モデルである。
また、図25は、このキャビティ外領域に1回の燃料噴射が行われた場合の理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理によって円滑化することで得られた各波形を合成することにより作成された理想熱発生率波形(キャビティ外噴射理想熱発生率波形)を示している。このように、各反応(気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応)それぞれに応じた理想熱発生率波形モデル(二等辺三角形)がフィルタ処理によって円滑化されて合成されることでキャビティ外領域のみを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
一方、図26は、キャビティ内領域に1回の燃料噴射が行われた場合の各反応形態における理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)の一例を示している。この図26では、キャビティ内領域の温度が急速に上昇することに起因し、1回の燃料噴射によって気化反応、熱分解反応が順に行われた後、低温酸化反応と予混合燃焼による高温酸化反応とが並行し、これらの反応の開始後に、拡散燃焼による高温酸化反応が行われた理想熱発生率波形モデル(各反応に対応した二等辺三角形)となっている。具体的に、図中のI’は気化反応の理想熱発生率波形モデル、II’は低温酸化反応の理想熱発生率波形モデル、III’は熱分解反応(吸熱となる熱分解反応)の理想熱発生率波形モデル、IV’は予混合燃焼による高温酸化反応の理想熱発生率波形モデル、V’は拡散燃焼による高温酸化反応の理想熱発生率波形モデルである。
また、図27は、このキャビティ内領域に1回の燃料噴射が行われた場合の理想熱発生率波形モデルをフィルタ処理によって円滑化することで得られた各波形を合成することにより作成された理想熱発生率波形(キャビティ内噴射理想熱発生率波形)を示している。このように、各反応(気化反応、低温酸化反応、熱分解反応、各高温酸化反応)それぞれに応じた理想熱発生率波形モデル(二等辺三角形)がフィルタ処理によって円滑化されて合成されることでキャビティ内領域のみを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
以上のように、1回の燃料噴射において、その燃料の略全量が前記キャビティ外領域に噴射された場合には、例えば図25に示すような理想熱発生率波形が作成されることになる。一方、1回の燃料噴射において、その燃料の略全量が前記キャビティ内領域に噴射された場合には、例えば図27に示すような理想熱発生率波形が作成されることになる。
更に、1回の燃料噴射において、燃料の一部がキャビティ外領域に噴射され、他の燃料がキャビティ内領域に噴射された場合、つまり、燃料がキャビティ外領域とキャビティ内領域とに噴き分けられた場合には、これらキャビティ外領域を対象とする理想熱発生率波形とキャビティ内領域を対象とする理想熱発生率波形とがそれぞれ作成され、これらを合成することにより、筒内全体を対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。例えば、キャビティ外領域に1回の燃料噴射が行われた場合の理想熱発生率波形が図25に示すものであり、キャビティ内領域に1回の燃料噴射が行われた場合の理想熱発生率波形が図27に示すものであった場合には、筒内全体を対象とした理想熱発生率波形として図28に示すような理想熱発生率波形(気筒内理想熱発生率波形)が作成されることになる。
なお、実際のエンジン1では、メイン噴射以外にパイロット噴射やアフタ噴射等が行われる。このため、これらパイロット噴射やアフタ噴射に対しても、前述の場合と同様に対象領域における理想熱発生率波形モデルを作成し、これをフィルタ処理によって円滑化することにより理想熱発生率波形が作成される。一般にパイロット噴射はピストン13の圧縮上死点よりも所定角度以上進角側のクランク角度位置で実行され、アフタ噴射はピストン13の圧縮上死点よりも所定角度以上遅角側のクランク角度位置で実行されるため、これら噴射はキャビティ外領域に向けて行われる。このため、これら噴射を対象とする理想熱発生率波形は前記キャビティ外噴射理想熱発生率波形として求められることになる。
そして、前記メイン噴射における筒内全体を対象とした理想熱発生率波形と、これら理想熱発生率波形(パイロット噴射やアフタ噴射を対象とする理想熱発生率波形)とを合成することによって1サイクルを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
また、メイン噴射を複数回に分割して実行(分割メイン噴射)した場合にあっても、各メイン噴射それぞれにおける理想熱発生率波形同士を合成することによって1サイクルを対象とした理想熱発生率波形が作成されることになる。
このように複数回の噴射が実行される場合に、それぞれの理想熱発生率波形を合成するに当たっては、前段(進角側)で燃料が噴射されるタイミングでの対象領域内温度と、その後に(遅角側で)燃料が噴射されるタイミングでの対象領域内温度とが互いに異なっていることを考慮する必要がある。具体的には、エンジンの定常運転状態において、進角側で燃料が噴射されるタイミングにおいて前記予熱等が行われていない場合には、外部から吸入される新気、気筒内の残留ガスおよびEGRガス等のガスがピストン13の移動に伴って温度上昇したことによる圧縮ガス温度を基点として反応が開始される。なお、エンジンの始動時やフューエルカットからの燃料噴射復帰時等にあっては、外部から吸入される新気がピストン13の移動に伴って温度上昇したことによる圧縮ガス温度を基点として反応が開始されることになる。一方、その遅角側で燃料が噴射される場合には、前記圧縮ガス温度に対して、既燃ガス(進角側で噴射された燃料の燃焼ガス)の温度等が加算されて温度上昇した温度場に対して燃料が噴射されることになるため、既燃ガスによる温度上昇がない場合に比べて反応開始時期が進角側に移行することになる。このことを考慮し、進角側で噴射された燃料の反応による理想熱発生率波形、および、遅角側で噴射された燃料の反応による理想熱発生率波形それぞれを前述した温度変化を考慮して求める。つまり、各噴射における各反応の開始時点等を温度管理によって規定する。これにより、各噴射における各反応の開始時点を適切に求めることが可能になる。その結果、反応の開始順序や反応同士が並行される期間等を適正に規定することが可能になり、各噴射に応じて作成された理想熱発生率波形を合成することによる理想熱発生率波形を高い精度で作成することが可能になる。
(2)実熱発生率波形の作成
前記理想熱発生率波形と比較される実熱発生率波形は、前記筒内圧センサ4Aによって検出される筒内圧力の変化に応じて作成される。つまり、気筒内での熱発生率と筒内圧力との間には相関がある(熱発生率が高いほど筒内圧力は高くなる)ので、この筒内圧センサ4Aによって検出される筒内圧力から実熱発生率波形を作成することができる。この検出した筒内圧力から実熱発生率波形を作成する処理については公知であるため、ここでの説明は省略する。
(3)理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断
燃焼状態の診断(反応形態の診断)としては、前記理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離の大きさに基づいて行われる。例えば、その乖離が予め設定された閾値(本発明でいう異常判定乖離量)以上となっている反応形態が存在している場合には、その反応形態に異常が生じていると診断することになる。例えば熱発生率の偏差が10[J/°CA]以上となっている反応形態が存在する場合や、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形のクランク角度側への偏差(進角側または遅角側の偏差)が3°CA以上となっている反応形態が存在する場合には、その反応形態に異常が生じていると診断する。これら値はこれに限定されるものではなく、実験やシミュレーションによって適宜設定される。
例えば、図28に示した理想熱発生率波形が作成された場合を例に挙げて説明すると、図29に破線で示す実熱発生率波形のように、実線で示した理想熱発生率波形(図28で示した波形)に対して各高温酸化反応(予混合燃焼による高温酸化反応および拡散燃焼による高温酸化反応)における実熱発生率波形が遅角側にずれており、その偏差が閾値を超えている場合には、各高温酸化反応に異常が生じている、つまり、各高温酸化反応の反応開始時期に異常が生じていると診断することになる。
また、図29に一点鎖線で示す実熱発生率波形のように、実線で示した理想熱発生率波形に対して各高温酸化反応における熱発生率波形のピーク値が高く、その偏差が閾値を超えている場合には、各高温酸化反応に異常が生じている、つまり、各高温酸化反応での反応量に異常が生じていると診断することになる。また、このような診断は、高温酸化反応に限らず、前記気化反応、低温酸化反応、熱分解反応それぞれに対しても同様に行われる。
なお、前記反応形態に異常が生じているか否かを診断するためのパラメータとしては、上述した反応時期の偏差(着火遅れ等)や、熱発生率波形のピーク値の偏差に限らず、反応速度の偏差、反応期間の偏差、ピーク位相等も挙げられる。
(4)診断結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正
前記理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断において、上述した如く理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離が予め設定された閾値を超える反応形態が存在する場合、その反応形態に異常が生じていると診断され、この乖離を小さくするようにエンジン1の制御パラメータが補正されることになる。
例えば、実熱発生率波形が、図29に破線で示したものである場合には、燃料の着火遅れが生じており、酸素不足であると判断して、前記インタークーラ61による吸気の冷却能力を高めるようにしたり、EGRバルブ81の開度を小さくしてEGRガス量を減量したり、吸気の過給率を上昇させたりすることで酸素不足を解消する。
また、実熱発生率波形が、図29に一点鎖線で示したものである場合には、燃料の反応量が大きすぎると判断して、燃料噴射量の減量補正や、EGRガスの増量補正等を行う。
その他の補正動作として、実熱発生率波形における反応開始時期が理想熱発生率波形に対して遅角側に位置している場合には、吸気の過給率を上昇させたり、対象領域に対するパイロット噴射による予熱量を増量させる等の補正を行うことも挙げられる。
また、実熱発生率波形を理想熱発生率波形に近付けるための制御パラメータとしては、上述したもの以外に、燃料噴射時期、気筒内のガス組成、吸入空気量(ガス量)、各種の学習値(燃料噴射量や燃料噴射時期の学習値など)であってもよい。例えば、対象領域の酸素密度に過不足が生じている場合、学習値としては、EGRガスの補正や吸気の過給率の補正を行うように学習する。また、対象領域の燃料密度に過不足が生じている場合、学習値としては、燃料噴射時期や、燃料噴射圧力や、燃料噴射量の補正を行うように学習する。
このような制御パラメータの補正は、この制御パラメータの補正によって実熱発生率波形を理想熱発生率波形に略一致させることが可能な場合に実行される。具体的には、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量が所定の補正可能乖離量以下である場合に実行される。この補正可能乖離量としては、実験またはシミュレーションによって予め設定されている。そして、理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量が前記補正可能乖離量を超えている場合には、制御パラメータの補正量が所定のガード値を超えることになるので、これによってエンジン1を構成している機器の一部に故障が生じていると診断する。具体的には、気筒内温度、酸素密度、燃料密度それぞれの下限値を予め設定しておき、これら気筒内温度、酸素密度、燃料密度の何れかがその下限値を下回っている場合には、エンジン1の制御パラメータの補正量が所定のガード値を超えるとして、エンジン1に故障が生じていると診断することになる。
この場合、前記制御パラメータの補正を行うことなく、例えば、車室内のメータパネル上のMIL(警告灯)を点灯させて運転者に警告を促すと共に、前記ECU100に備えられたダイアグノーシスに異常情報が書き込まれることになる。
以上説明したように、本実施形態では、筒内をキャビティ内領域とキャビティ外領域とに分割し、各領域を対象として熱発生率波形を作成している。つまり、温度や燃料密度等の物理量が互いに異なっている可能性のあるキャビティ内部領域およびキャビティ外部領域それぞれに対し、各領域に噴射された燃料の反応状態を領域内の環境に応じて個別に求めて理想熱発生率波形をそれぞれ作成している。このため、筒内全体のガス温度等を平均化して燃焼状態(熱発生率波形)を規定する従来技術に比べて、各領域における燃料の反応状態をより正確に規定することができ、作成された理想熱発生率波形に高い信頼性を得ることが可能になる。
また、本実施形態では、前記熱発生率波形を作成するに際し、予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度勾配が燃焼場における燃料密度等の物理量に応じて変化することを考慮し、この反応速度勾配を、キャビティ内領域の酸素密度および燃料量に基づいて求め、この反応速度勾配を利用して反応速度を決定するようにしている。このため、予混合燃焼による高温酸化反応の反応速度を正確に反映した熱発生率波形を作成することができる。
そして、本実施形態では、これら理想熱発生率波形を合成して気筒内全体を対象とする理想熱発生率波形を作成し、この理想熱発生率波形を利用して燃焼状態の診断を行っている。このため、燃料の複数の反応形態それぞれに対し、実熱発生率波形が理想熱発生率波形から所定量以上乖離している場合には、その反応形態に異常が生じていると診断することができる。つまり、各反応形態を個別に扱い、それぞれについて異常の有無を診断することができる。このため、異常が生じている反応形態の特定を高い精度で行うことができ、診断精度の向上を図ることができる。そして、異常であると診断された反応形態に対して改善策(制御パラメータの補正)を講じることで(乖離が所定の補正可能乖離量以下である場合)、その反応形態の反応状態を適正化するための最適な制御パラメータを補正することが可能になり、効果的な補正動作が行える。これにより、燃料の各反応全体を理想的な反応に近付ける(各反応の実熱発生率波形を理想熱発生率波形に近付ける)ことが可能になって、エンジン1の制御性を大幅に改善することができる。
また、反応に異常が生じていると診断された場合において、その異常が解消可能であるか否かを、前記理想熱発生率波形に対する実熱発生率波形の乖離量に基づいて判断するようにしているため、制御パラメータの補正によって正常な反応状態が得られる状態と、部品交換などのメンテナンスが必要な状態とを正確に判別することが可能になる。
(変形例1)
次に、変形例1について説明する。本変形例は、キャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれを更に細分化し、この細分化した各領域それぞれについて理想熱発生率波形モデルを作成し、この理想熱発生率波形モデルのフィルタリングにより理想熱発生率波形を作成するものである。以下、具体的に説明する。
インジェクタ23から噴射される燃料の噴射量が比較的多い場合は、その貫徹力により、主たる噴霧(噴霧塊)はインジェクタ23から離れた領域に達する。
例えば、燃料がキャビティ外領域に噴射された場合には、その燃料は貫徹力によってシリンダボア12の壁面付近にまで到達する。このため、インジェクタ23の周辺部分では噴霧の燃料密度が比較的低く、その外周側(シリンダボア12の壁面側)では噴霧の燃料密度が比較的高くなっている。
同様に、燃料がキャビティ内領域に噴射された場合には、その燃料は貫徹力によってキャビティ13bの内壁面付近にまで到達する。このため、インジェクタ23の周辺部分では噴霧の燃料密度が比較的低く、その外周側(キャビティ13bの内壁面側)では噴霧の燃料密度が比較的高くなっている。
このように、噴霧の燃料密度が比較的高くなっている領域(本発明でいう「キャビティ内第2燃料密度領域」)が所謂ドーナツ形状の領域として生成され、その内側の領域(本発明でいう「キャビティ内第1燃料密度領域」)が噴霧の燃料密度が比較的低くなっている領域として生成される。これら燃料密度が比較的高くなっている領域と燃料密度が比較的低くなっている領域との燃料量の比は、例えば8:2となっている。この比はこれに限定されるものではなく、燃料噴射量、燃料噴射圧力、筒内圧力等をパラメータとして実験またはシミュレーションによって予め求められている。
この際、前記キャビティ内領域総燃料分配率を利用して算出されたキャビティ内領域の噴射量を前記比率によって分けることで、キャビティ内第2燃料密度領域の燃料量とキャビティ内第1燃料密度領域の燃料量とが算出可能となる。
そして、噴霧の燃料密度が高いキャビティ内の外周側領域では急峻な燃焼となっているのに対し、噴霧の燃料密度が低いキャビティ内の中央領域では緩慢な燃焼となっている。
また、キャビティ外領域に向けて燃料が噴射された場合においても同様に、燃料密度が比較的高くなっている領域(外周側の領域;本発明でいう「キャビティ外第2燃料密度領域」)と燃料密度が比較的低くなっている領域(内周側の領域;本発明でいう「キャビティ外第1燃料密度領域」)とが存在している。各領域における燃焼状態も前記キャビティ内領域に向けて燃料が噴射された場合と同様である。
なお、このように、燃料密度が比較的高くなっている領域と燃料密度が比較的低くなっている領域が発生するのは、前記燃料の貫徹力が比較的大きく、燃料の飛行距離が比較的長くなっている場合である。この燃料の貫徹力は、インジェクタ23の開弁期間が所定期間よりも長い場合に大きくなる。つまり、燃料噴射量が比較的多い場合である。このため、燃料噴射量が所定量以上(例えば10mm3以上)である燃料噴射時に前記燃料密度が比較的高くなっている領域と燃料密度が比較的低くなっている領域が発生することになる。
本変形例では、このように対象領域において、噴霧の燃料密度が比較的高い領域(以下、燃料高密度領域という)と比較的低い領域(以下、燃料低密度領域という)とが存在していることを考慮し、キャビティ外領域に燃料が噴射されている場合には、このキャビティ外領域における燃料高密度領域および燃料低密度領域のそれぞれを対象として、前述した場合と同様に理想熱発生率波形モデルを作成し、これら理想熱発生率波形モデルのフィルタリング(フィルタ処理)によって理想熱発生率波形を作成する。また、キャビティ内領域に燃料が噴射されている場合には、このキャビティ内領域における燃料高密度領域および燃料低密度領域のそれぞれを対象として、前述した場合と同様に理想熱発生率波形モデルを作成し、これら理想熱発生率波形モデルのフィルタリング(フィルタ処理)によって理想熱発生率波形を作成する。つまり、キャビティ外領域およびキャビティ内領域の両領域に燃料が噴射されている場合には、気筒内を4つの領域に分割し、これら領域を個別に扱って、それぞれについて理想熱発生率波形を作成する。
そして、これら領域(例えば4つの領域)それぞれを対象として個別に作成された理想熱発生率波形を合成することにより、筒内全体を対象とした理想熱発生率波形を作成するようにしている。
各理想熱発生率波形モデルの作成動作、これら理想熱発生率波形モデルのフィルタリングによる理想熱発生率波形の作成動作、各理想熱発生率波形の合成動作、理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断動作、診断結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正については前記実施形態のものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
本変形例によれば、キャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれを更に細分化して各領域(例えば前記4領域)それぞれにおける燃料の反応形態を規定することが可能であるため、これら領域それぞれの理想熱発生率波形を合成することによって得られた筒内全体を対象とした理想熱発生率波形によりいっそう高い信頼性を得ることが可能である。その結果、燃焼状態診断の信頼性の向上を図ることができる。
(変形例2)
次に、変形例2について説明する。前記実施形態および変形例1は、燃料噴射量が所定量以上である場合における理想熱発生率波形の作成について説明した。本変形例では、燃料噴射量が所定量未満である場合、つまり小噴射量である場合の理想熱発生率波形の作成について説明する。
小噴射量である場合(例えば10mm3未満である場合)、インジェクタ23から噴射された燃料の貫徹力が小さいため、燃料の飛行距離も短くなる。このため、噴霧の形成される領域の体積も小さくなる。
本変形例では、前記理想熱発生率波形モデルを作成するに際し、燃料噴射量が所定量未満であった場合には、噴霧の形成領域を縮小して扱うようにしている。
小噴射量である場合には、キャビティ内領域に燃料が噴射されたとしても、その噴霧塊がキャビティ13bの内壁面の影響を受けることなく(キャビティ13bの内壁面に衝突することなく)拡散していくことになる。このため、キャビティ内領域に噴射されていても、比較的低密度の混合気が燃焼することになるため、その燃焼は緩慢になる。つまり、この場合、キャビティ外領域に燃料が噴射された場合と、キャビティ内領域に燃料が噴射された場合とでは噴霧密度による燃焼形態の差は殆ど生じず、各領域の温度および酸素密度によって燃焼形態に差が生じることになる。このため、前記理想熱発生率波形モデルの作成にあっては、これら温度および酸素密度に基づいて各反応形態毎に理想熱発生率波形モデルが作成されることになる。その他、理想熱発生率波形モデルのフィルタリングによる理想熱発生率波形の作成動作、各理想熱発生率波形の合成動作、理想熱発生率波形と実熱発生率波形との比較による燃焼状態の診断動作、診断結果に応じたエンジン1の制御パラメータの補正については前記実施形態のものと同様であるので、ここでの説明は省略する。
なお、本変形例の如く小噴射量である場合においても、前記変形例1の場合と同様に、インジェクタ23近傍の燃料密度が比較的低くなっている領域と、その領域の外周側であって燃料密度が比較的高くなっている領域とに分割し、それぞれに対して個別に熱発生率波形を作成するようにしてもよい。
(変形例3)
次に、変形例3について説明する。本変形例は、理想熱発生率波形の作成動作の簡素化を図るためのものである。
具体的には、前記反応速度が異なる2種類の理想熱発生率波形を予め作成しておき、燃料噴射開始時期や燃料噴射圧力に応じて、前記2種類の理想熱発生率波形を補間計算することによって理想熱発生率波形を作成するものである。以下、具体的に説明する。
図30における理想熱発生率波形Iおよび理想熱発生率波形IIは、予め作成された2種類の理想熱発生率波形である。例えば、理想熱発生率波形Iは、燃料噴射時期が早期(例えば圧縮上死点前40°CAで燃料噴射が開始された場合)であって、噴射燃料の略全量がキャビティ外領域に向けて噴射された場合の理想熱発生率波形を示している。また、この理想熱発生率波形Iで示す3種類の波形は、それぞれ燃料噴射圧力が異なっており、破線で示す波形Ia、実線で示す波形Ib、一点鎖線で示す波形Icの順で燃料噴射圧力が高くなっている。
また、理想熱発生率波形IIは、燃料噴射時期がピストン13の圧縮上死点近傍(例えば圧縮上死点前15°CAで燃料噴射が開始された場合)であって、噴射燃料の略全量がキャビティ内領域に向けて噴射された場合の理想熱発生率波形を示している。また、この理想熱発生率波形IIで示す3種類の波形も、それぞれ燃料噴射圧力が異なっており、破線で示す波形IIa、実線で示す波形IIb、一点鎖線で示す波形IIcの順で燃料噴射圧力が高くなっている。
これら波形は、実験やシミュレーションによって予め求められて前記ROMに記憶されている。
そして、実際に理想熱発生率波形を作成するに当たっては、燃料噴射開始時期や燃料噴射圧力を、前記理想熱発生率波形IおよびIIの間で補間計算することで、新たな理想熱発生率波形が作成されることになる。この際、反応速度についても補間計算されて理想熱発生率波形が作成されることになる。
図30における理想熱発生率波形IIIは、前記理想熱発生率波形IおよびIIにおける燃料噴射時期および燃料噴射圧力の略中間値であった場合に作成される理想熱発生率波形を示している。この理想熱発生率波形IIIで示す3種類の波形も、それぞれ燃料噴射圧力が異なっており、破線で示す波形IIIa、実線で示す波形IIIb、一点鎖線で示す波形IIIcの順で燃料噴射圧力が高くなっている。つまり、理想熱発生率波形IIIaは前記波形Iaおよび波形IIaを補間計算することにより得られたものであり、理想熱発生率波形IIIbは前記波形Ibおよび波形IIbを補間計算することにより得られたものであり、理想熱発生率波形IIIcは前記波形Icおよび波形IIcを補間計算することにより得られたものである。
なお、このような補間計算によって理想熱発生率波形を求めるための条件としては、反応場の容積と温度変化が各波形において共通している必要がある。
以上のような理想熱発生率波形の作成手法によれば、理想熱発生率波形の作成の大幅な簡素化を図ることができる。
−他の実施形態−
以上説明した実施形態および各変形例は、自動車に搭載された直列4気筒ディーゼルエンジン1に本発明を適用した場合について説明した。本発明は、自動車用に限らず、その他の用途に使用されるエンジンにも適用可能である。また、気筒数やエンジン形式(直列型エンジン、V型エンジン、水平対向型エンジン等の別)についても特に限定されるものではない。また、本発明は軽油を燃料とするディーゼルエンジンに限らず、ガソリンやその他の燃料を使用するエンジンに対しても適用が可能である。
また、前記実施形態および各変形例では、本発明に係る燃焼状態診断装置を車載のECU100のROMに格納(車両に実装)し、エンジン1の運転状態において燃焼状態の診断を行うようにしていた。本発明はこれに限らず、実験装置(エンジンベンチ試験器)に前記燃焼状態診断装置を備えさせ、エンジン1の設計段階において、この実験装置上でエンジン1を試験運転させる際に燃焼状態の診断を行って、制御パラメータの適正値を取得するといった使用形態に適用することも可能である。
また、前記実施形態は、キャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれについて理想熱発生率波形を作成し、これらを合成することによって燃焼状態の診断に利用するものであった。また、変形例1は、キャビティ外領域およびキャビティ内領域それぞれにおいて燃料高密度領域および燃料低密度領域の理想熱発生率波形を作成し、これらを合成することによって燃焼状態の診断に利用するものであった。本発明は、これに限定されるものではなく、前記領域毎に作成された理想熱発生率波形を個別に用いて燃焼状態の診断を行うようにしたり、エンジンの設計や制御パラメータの適合値を求めるために利用してもよい。
また、前記実施形態および各変形例では、通電期間においてのみ全開の開弁状態となることにより燃料噴射率を変更するピエゾインジェクタ23を適用したエンジン1について説明したが、本発明は、可変噴射率インジェクタを適用したエンジンへの適用も可能である。