以下、火花点火式ガソリンエンジンの制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、例示である。図1,2は、エンジン(エンジン本体)1の概略構成を示す。このエンジン1は、車両に搭載されると共に、少なくともガソリンを含有する燃料が供給される火花点火式ガソリンエンジンである。エンジン1は、複数の気筒18(一つのみ図示)が設けられたシリンダブロック11と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設され、潤滑油が貯留されたオイルパン13とを有している。各気筒18内には、コンロッド142を介してクランクシャフト15と連結されているピストン14が往復動可能に嵌挿されている。ピストン14の頂面には、ディーゼルエンジンでのリエントラント型のようなキャビティ141が形成されている。キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するときには、後述するインジェクタ67に相対する。尚、キャビティ141の形状についての詳細は後述する。
シリンダヘッド12と、気筒18と、キャビティ141を有するピストン14とは、燃焼室19を区画する(図3(b)参照)。尚、燃焼室19の形状は、図示する形状に限定されるものではない。例えばキャビティ141の形状、ピストン14の頂面形状、及び、燃焼室19の天井部の形状等は、適宜変更することが可能である。
このエンジン1は、理論熱効率の向上や、後述する圧縮着火燃焼の安定化等を目的として、15以上の比較的高い幾何学的圧縮比に設定されている。尚、幾何学的圧縮比は15以上20以下程度の範囲で、適宜設定すればよい。
シリンダヘッド12には、気筒18毎に、吸気ポート16及び排気ポート17が形成されていると共に、これら吸気ポート16及び排気ポート17には、燃焼室19側の開口を開閉する吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ配設されている。
吸気弁21及び排気弁22をそれぞれ駆動する動弁系の内、排気側には、排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える、例えば油圧作動式の可変機構(図2参照。以下、VVL(Variable Valve Lift)と称する)71が設けられている。VVL71は、その構成の詳細な図示は省略するが、カム山を一つ有する第1カムとカム山を2つ有する第2カムとの、カムプロファイルの異なる2種類のカム、及び、その第1及び第2カムのいずれか一方のカムの作動状態を選択的に排気弁に伝達するロストモーション機構を含んで構成されている。第1カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22は、排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動するのに対し、第2カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22が、排気行程中において開弁すると共に、吸気行程中においても開弁するような、いわゆる排気の二度開きを行う特殊モードで作動する。VVL71の通常モードと特殊モードとは、エンジンの運転状態に応じて切り替えられる。具体的に、特殊モードは、内部EGRに係る制御の際に利用される。尚、こうした通常モードと特殊モードとの切り替えを可能にする上で、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用してもよい。また、内部EGRの実行は、排気の二度開きのみによって実現されるのではない。例えば吸気弁21を二回開く、吸気の二度開きによって内部EGR制御を行ってもよいし、排気行程乃至吸気行程において吸気弁21及び排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを気筒18内に残留させる内部EGR制御を行ってもよい。
VVL71を備えた排気側の動弁系に対し、吸気側には、図2に示すように、クランクシャフト15に対する吸気カムシャフトの回転位相を変更することが可能な位相可変機構(以下、VVT(Variable Valve Timing)と称する)72と、吸気弁21のリフト量を連続的に変更することが可能なリフト量可変機構(以下、CVVL(Continuously Variable Valve Lift)と称する)73とが設けられている。VVT72は、液圧式、電磁式又は機械式の公知の構造を適宜採用すればよく、その詳細な構造についての図示は省略する。また、CVVL73も、公知の種々の構造を適宜採用することが可能であり、その詳細な構造についての図示は省略する。VVT72及びCVVL73によって、吸気弁21はその開弁タイミング及び閉弁タイミング、並びに、リフト量をそれぞれ変更することが可能である。
シリンダヘッド12にはまた、気筒18毎に、気筒18内に燃料を直接噴射するインジェクタ67が取り付けられている。インジェクタ67は、図3(b)に拡大して示すように、その噴口が燃焼室19の天井面の中央部分から、その燃焼室19内に臨むように配設されている。インジェクタ67は、エンジン1の運転状態に応じた噴射タイミングでかつ、エンジン1の運転状態に応じた量の燃料を、燃焼室19内に直接噴射する。この例において、インジェクタ67は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型のインジェクタである。これによって、インジェクタ67は、燃料噴霧が放射状に広がるように、燃料を噴射する。図3(b)に矢印で示すように、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで、燃焼室19の中央部分から放射状に広がるように噴射された燃料噴霧は、ピストン頂面に形成されたキャビティ141の壁面に沿って流動することにより、後述する点火プラグ25、26の周囲に到達するようになる。キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで噴射された燃料噴霧を、その内部に収めるように形成されている、と言い換えることが可能である。この多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、燃料の噴射後、点火プラグ25、26の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間を短くすると共に、燃焼期間を短くする上で有利な構成である。
インジェクタ67の燃料の噴射角度θは、比較的狭い角度(例えば45°程度)に設定されている。この狭い噴射角度θは、詳しくは後述するが、ピストン14の位置が、上死点から若干離れた下方に位置しているタイミングで燃料を噴射しても、気筒18の壁面に燃料が付着することを抑制しつつ、噴射した燃料をキャビティ141内に収めることを可能にする。狭い噴射角度θはまた、図3(c)に示すように、キャビティ141のリップ径(キャビティの上端開口径)を比較的小さくし、それに伴いスキッシュエリアを拡大する上でも有利な構成である。尚、スキッシュエリアの拡大は、後述するように、燃焼期間の短縮に有利になる。
インジェクタ67は、多噴口型のインジェクタに限定されず、外開弁タイプのインジェクタを採用してもよい。
図外の燃料タンクとインジェクタ67との間は、燃料供給経路によって互いに連結されている。この燃料供給経路上には、燃料ポンプ63とコモンレール64とを含みかつ、インジェクタ67に、比較的高い燃料圧力で燃料を供給することが可能な燃料供給システム62が介設されている。燃料ポンプ63は、燃料タンクからコモンレール64に燃料を圧送し、コモンレール64は圧送された燃料を、比較的高い燃料圧力で蓄えることが可能である。インジェクタ67が開弁することによって、コモンレール64に蓄えられている燃料がインジェクタ67の噴口から噴射される。ここで、燃料ポンプ63は、図示は省略するが、プランジャー式のポンプであり、例えばクランク軸とカム軸との間のタイミングベルトに連結されることにより、エンジン1によって駆動される。このエンジン駆動のポンプを含む構成の燃料供給システム62は、40MPa以上の高い燃料圧力の燃料を、インジェクタ67に供給することを可能にする。インジェクタ67に供給される燃料の圧力は、後述するように、エンジン1の運転状態に応じて変更される。尚、燃料供給システム62は、この構成に限定されるものではない。
シリンダヘッド12にはまた、図3に示すように、燃焼室19内の混合気に点火する点火プラグ25、26が取り付けられている(尚、図1では、点火プラグの図示を省略している)。このエンジン1は、点火プラグとして、第1点火プラグ25及び第2点火プラグ26の2つの点火プラグを備えている。2つの点火プラグ25、26は、各気筒18について2つずつ設けられた吸気弁21と排気弁22との間の位置のそれぞれにおいて、互いに相対するように配置され、それぞれ気筒18の中心軸に向かって斜め下向きに延びるように、シリンダヘッド12内を貫通して取り付けられている。こうして、図3(b)に示すように、各点火プラグ25、26の先端は、燃焼室19の中央部分に配置されたインジェクタ67の先端近傍で、燃焼室19内に臨んで配置される。ここで、前述の通り、ピストン14のキャビティ141のリップ径が、比較的小さく設定されているため、キャビティ141には、第1点火プラグ25及び第2点火プラグ26との干渉を回避するために、2つの凹部143、143が、径方向に相対するように形成されている(図3(b)(c)参照)。こうすることで、図3(a)(c)から明らかなように、キャビティ141の本体部分の形状は円形状となり、キャビティ141の中心位置においてインジェクタ76から放射状に噴射された燃料噴霧は、キャビティ141内においてほぼ均一に広がって、均質な混合気を形成することが可能になる。
エンジン1の一側面には、図1に示すように、各気筒18の吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、エンジン1の他側面には、各気筒18の燃焼室19からの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。
吸気通路30の上流端部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。また、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒18毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒18の吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、空気を冷却又は加熱する、水冷式のインタークーラ/ウォーマ34と、各気筒18への吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。吸気通路30にはまた、インタークーラ/ウォーマ34をバイパスするインタークーラバイパス通路35が接続されており、このインタークーラバイパス通路35には、当該通路35を通過する空気流量を調整するためのインタークーラバイパス弁351が配設されている。インタークーラバイパス弁351の開度調整を通じて、インタークーラバイパス通路35の通過流量とインタークーラ/ウォーマ34の通過流量との割合を調整することにより、気筒18に導入する新気の温度を調整する。
排気通路40の上流側の部分は、各気筒18毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドによって構成されている。この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置として、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とがそれぞれ接続されている。直キャタリスト41及びアンダーフットキャタリスト42はそれぞれ、筒状ケースと、そのケース内の流路に配置した、例えば三元触媒とを備えて構成されている。
吸気通路30におけるサージタンク33とスロットル弁36との間の部分と、排気通路40における直キャタリスト41よりも上流側の部分とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するためのEGR通路50を介して接続されている。このEGR通路50は、排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するためのEGRクーラ52が配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのEGRクーラバイパス通路53と、を含んで構成されている。主通路51には、排気ガスの吸気通路30への還流量を調整するためのEGR弁511が配設され、EGRクーラバイパス通路53には、EGRクーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのEGRクーラバイパス弁531が配設されている。
このように構成されたエンジン1は、パワートレイン・コントロール・モジュール(以下、PCMという)10によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。このPCM10が制御器を構成する。
PCM10には、図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW16の検出信号が入力される。この各種のセンサには、次のセンサが含まれる。すなわち、エアクリーナ31の下流側で、新気の流量を検出するエアフローセンサSW1及び新気の温度を検出する吸気温度センサSW2、インタークーラ/ウォーマ34の下流側に配置されかつ、インタークーラ/ウォーマ34を通過した後の新気の温度を検出する、第2吸気温度センサSW3、EGR通路50における吸気通路30との接続部近傍に配置されかつ、外部EGRガスの温度を検出するEGRガス温センサSW4、吸気ポート16に取り付けられかつ、気筒18内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサSW5、シリンダヘッド12に取り付けられかつ、気筒18内の圧力を検出する筒内圧センサSW6、排気通路40におけるEGR通路50の接続部近傍に配置されかつ、それぞれ排気温度及び排気圧力を検出する排気温センサSW7及び排気圧センサSW8、直キャタリスト41の上流側に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するリニアO2センサSW9、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するラムダO2センサSW10、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW11、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW12、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW13、吸気側及び排気側のカム角センサSW14,SW15、及び、燃料供給システム62のコモンレール64に取り付けられかつ、インジェクタ67に供給する燃料圧力を検出する燃圧センサSW16である。
PCM10は、これらの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによってエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じてインジェクタ67、第1及び第2点火プラグ25、26、吸気弁側のVVT72及びCVVL73、排気弁側のVVL71、燃料供給システム62、並びに、各種の弁(スロットル弁36、インタークーラバイパス弁351、EGR弁511、及びEGRクーラバイパス弁531)のアクチュエータへ制御信号を出力する。こうしてPCM10は、エンジン1を運転する。
図4は、エンジン1の運転領域の一例を示している。このエンジン1は、燃費の向上や排気エミッションの向上を目的として、エンジン負荷が相対的に低い低負荷域では、点火プラグ25、26による点火を行わずに、圧縮自己着火によって燃焼を行う圧縮着火燃焼を行う。しかしながら、エンジン1の負荷が高くなるに従って、圧縮着火燃焼では、燃焼が急峻になりすぎてしまい、例えば燃焼騒音等の問題を引き起こすことになる。そのため、このエンジン1では、エンジン負荷が相対的に高い高負荷域では、圧縮着火燃焼を止めて、点火プラグ25、26を利用した火花点火燃焼に切り替える。このように、このエンジン1は、エンジン1の運転状態、特にエンジン1の負荷に応じて、圧縮着火燃焼を行うCI(Compression Ignition)モードと、火花点火燃焼を行うSI(Spark Ignition)モードとを切り替えるように構成されている。但し、モード切り替えの境界線は、図例に限定されるものではない。
CIモードでは基本的に、例えば吸気行程乃至圧縮行程中の、比較的早いタイミングで、インジェクタ67が気筒18内に燃料を噴射することにより、比較的均質なリーン混合気を形成すると共に、その混合気を圧縮上死点付近において圧縮自己着火させる。尚、燃料噴射量は、エンジン1の負荷に応じて設定される。
また、CIモードでは、VVL71の制御によって、排気弁22を吸気行程中に開弁する排気の二度開きを行い、そのことによって内部EGRガスを気筒18内に導入する。内部EGRガスの導入は圧縮端温度を高め、圧縮着火燃焼を安定化させる。
エンジン負荷の上昇に伴い気筒18内の温度が自然と高まることから、過早着火を回避する観点から、内部EGR量は低下させる。例えばCVVL73の制御によって、吸気弁21のリフト量を調整することにより、内部EGR量を調整してもよい。また、スロットル弁36の開度調整によって、内部EGR量を調整してもよい。
エンジン負荷がさらに高まり、例えば図4に示す運転領域において、CIモードとSIモードとの切り替え境界線付近においては、内部EGRを実行することは、筒内温度が高くなりすぎて、圧縮着火をコントロールすることが困難になる。そこで、CIモードの運転領域において負荷の高い領域では、内部EGRの実行を止め、その代わりにEGR弁511を開いて、EGRクーラ52によって冷却された外部EGRガスを、気筒18内に導入する。このことにより、筒内温度を低く抑えることが可能になり、圧縮着火のコントロールが可能になる。
これに対し、SIモードでは基本的に、詳しくは後述するが、吸気行程から膨張行程初期までの間で、インジェクタ67が気筒18内に燃料を噴射することにより、均質乃至成層化した混合気を形成すると共に、圧縮上死点付近において点火を実行することによってその混合気に着火する。SIモードではまた、理論空燃比(λ=1)でエンジン1を運転する。これは、三元触媒の利用を可能にするから、エミッション性能の向上に有利になる。
SIモードでは、スロットル弁36を全開にする一方で、EGR弁511の開度調整により、気筒18内に導入する新気量と外部EGRガス量とを調整することにより、充填量を調整する。これは、ポンプ損失の低減と共に、冷却損失の低減にも有効である。また、冷却した外部EGRガスを導入することによって、異常燃焼の回避に寄与すると共に、Raw NOxの生成を抑制するという利点もある。尚、全開負荷域では、EGR弁511を閉弁することにより、外部EGRを中止する。
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、前述の通り、15以上(例えば18)に設定されている。高い圧縮比は、圧縮端温度及び圧縮端圧力を高くするため、CIモードでは、圧縮着火燃焼の安定化に有利になる。一方で、この高圧縮比エンジン1は、高負荷域においてはSIモードに切り替えるため、過早着火やノッキングといった異常燃焼が生じやすくなってしまうという不都合がある。
そこでこのエンジン1では、先ず、エンジンの運転状態が高負荷の低速域(図4の(1)参照。尚、ここでいう「低速域」は、エンジン1の運転領域を低、中、高速の3つに区分したときの低速域に相当する。)にあるときには、燃料の噴射形態を従来とは大きく異ならせたSI燃焼を実行することによって、異常燃焼を回避するようにしている。具体的に、この燃料の噴射形態は、従来と比較して大幅に高圧化した燃料圧力でもって、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけての大幅に遅角した期間(以下、この期間をリタード期間と呼ぶ)内で、インジェクタ67によって、気筒18内に燃料噴射を実行するものである。この特徴的な燃料噴射形態を、以下においては「高圧リタード噴射」又は単に「リタード噴射」と呼ぶ。
一方、エンジンの運転状態が高負荷の高速域(図4の(2)参照。尚、ここでいう「高速域」は、エンジン1の運転領域を低、中、高速の3つに区分したときの中速及び高速域に相当する。)にあるときには、燃料の噴射を、リタード期間ではなく、吸気弁21が開弁している吸気行程期間内に行う。以下においては、この燃料噴射形態を「吸気行程噴射」と呼ぶ。
先ず、高圧リタード噴射について、図面を参照しながら説明する。図5は、前述した高圧リタード噴射によるSI燃焼(実線)と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)とにおける、熱発生率(上図)及び未燃混合気反応進行度(下図)の違いを比較する図である。図5の横軸は、クランク角である。この比較の前提として、エンジン1の運転状態は共に高負荷の低速域であり、噴射する燃料量は、高圧リタード噴射によるSI燃焼と従来のSI燃焼との場合で互いに同じである。
先ず、従来のSI燃焼では、吸気行程中に気筒18内に所定量の燃料噴射を実行する(上図の破線)。気筒18内では、その燃料の噴射後、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に、比較的均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点以降の、白丸で示す所定タイミングで点火が実行され、それによって燃焼が開始する。燃焼の開始後は、図5の上図に破線で示すように、熱発生率のピークを経て燃焼が終了する。ここで、燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間が未燃混合気の反応可能時間(以下、単に反応可能時間という場合がある)に相当し、図5の下図に破線で示すように、この間に未燃混合気の反応は次第に進行する。同図における点線は、未燃混合気が着火に至る反応度である、着火しきい値を示しており、従来のSI燃焼は、低速域であることと相俟って、反応可能時間が非常に長く、その間、未燃混合気の反応が進行し続けてしまうことから、点火の前後に未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えてしまい、過早着火又はノッキングといった異常燃焼を引き起こす。
これに対し、高圧リタード噴射は反応可能時間の短縮を図り、そのことによって異常燃焼を回避することを目的とする。すなわち、反応可能時間は、図5にも示しているように、インジェクタ67が燃料を噴射する期間((1)噴射期間)と、噴射終了後、点火プラグ25、26の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間((2)混合気形成期間)と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間((3)燃焼期間)と、を足し合わせた時間、つまり、(1)+(2)+(3)である。高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間及び燃焼期間をそれぞれ短縮し、それによって、反応可能時間を短くする。このことについて、順に説明する。
先ず、高い燃料圧力は、単位時間当たりにインジェクタ67から噴射される燃料量を相対的に多くする。このため、図6の中段に(1)で示す図のように、燃料噴射量を一定とした場合に、燃料圧力と燃料の噴射期間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど噴射期間は長くなり、燃料圧力が高いほど噴射期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、噴射期間を短縮する。
また、高い燃料圧力は、気筒18内に噴射する燃料噴霧の微粒化に有利になると共に、燃料噴霧の飛翔距離を、より長くする。このため、図6の下段に(A)で示す図のように、燃料圧力と燃料蒸発時間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど燃料蒸発時間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃料蒸発時間は短くなる。また、図6の下段に(B)で示す図のように、燃料圧力と点火プラグ25、26の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間は概ね、燃料圧力が低いほど到達までの時間は長くなり、燃料圧力が高いほど到達までの時間は短くなる。尚、点火プラグ25、26の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間は、インジェクタ67の先端から点火プラグ25、又は、点火プラグ26までの噴霧飛翔距離と、燃料圧力に比例する燃料噴射速度と、から算出可能である。混合気形成期間は、燃料蒸発時間と、点火プラグ25、26の周りへの燃料噴霧到達時間とを足し合わせた時間((A)+(B))であるから、図6の中段に(2)で示す図のように、燃料圧力が高いほど混合気形成期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、燃料蒸発時間及び点火プラグ25、26の周りへの燃料噴霧到達時間がそれぞれ短くなる結果、混合気形成期間を短縮する。これに対し、同図に白丸で示すように、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、混合気形成期間が大幅に長くなる。尚、前述したように、多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、燃料の噴射後、点火プラグ25、26の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間を短くする結果、混合気形成期間の短縮に有効である。
このように、噴射期間及び混合気形成期間を短縮することは、燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを、比較的遅いタイミングにすることを可能にする。そこで、高圧リタード噴射では、図5の上図に示すように、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内に燃料噴射を行う。高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射することに伴い、その気筒内の乱れが強くなり、気筒18内の乱れエネルギが高まるが、この高い乱れエネルギは、燃料噴射のタイミングが比較的遅いタイミングに設定されることと相俟って、燃焼期間の短縮に有利になる。
すなわち、図6の下段に(D)で示す図のように、燃料噴射をリタード期間内に行った場合、燃料圧力と燃焼期間内での乱流エネルギとの関係は概ね、燃料圧力が低いほど乱流エネルギが低くなり、燃料圧力が高いほど乱流エネルギは高くなる。尚、同図に破線で示す線は、燃料噴射を吸気行程中に行った場合の例である。仮に高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射するとしても、その噴射タイミングが吸気行程中にある場合は、点火タイミングまでの時間が長いことや、吸気行程後の圧縮行程において気筒18内が圧縮されることに起因して、気筒18内の乱れは減衰してしまう。その結果、吸気行程中に燃料噴射を行った場合、燃焼期間内での乱流エネルギは、燃料圧力の高低に拘わらず比較的低くなってしまう。
図6の下段に(C)で示す図のように、燃焼期間での乱流エネルギと燃焼期間との関係は概ね、乱流エネルギが低いほど燃焼期間が長くなり、乱流エネルギが高いほど燃焼期間が短くなる。従って、図6の(C)(D)から、燃料圧力と燃焼期間との関係は、図6の中段に(3)で示す図のように、燃料圧力が低いほど燃焼期間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃焼期間は短くなる。すなわち、高圧リタード噴射は、燃焼期間を短縮する。これに対し、同図に白丸で示すように、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、燃焼期間が長くなる。尚、多噴口型のインジェクタ67は、気筒18内の乱れエネルギの向上に有利であって、燃焼期間の短縮に有効であると共に、その多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせによって、燃料噴霧をキャビティ141内に収めることもまた、燃焼期間の短縮に有効である。
図6の(3)の図に示す燃料圧力と燃焼期間との関係から、言い換えると、その曲線形状から、燃料圧力を例えば40MPa以上に設定することによって、燃焼期間を効果的に短縮化することが可能である。また、40MPa以上の燃料圧力は、噴射期間及び混合気形成期間も、それぞれ有効に短縮化することが可能である。尚、燃料圧力は、少なくともガソリンを含有する、使用燃料の性状に応じて適宜設定するのが好ましい。その上限値は、一例として、120MPaとしてもよい。
このように高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間、及び、燃焼期間をそれぞれ短縮し、その結果、図5に示すように、燃料の噴射開始タイミングSOIから燃焼終了時期θendまでの、未燃混合気の反応可能時間を、従来の吸気行程中での燃料噴射の場合と比較して大幅に短くすることを可能にする。この反応可能時間を短縮する結果、図6の上段に示す図のように、従来の低い燃料圧力での吸気行程噴射では、白丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応進行度が、着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうところ、高圧リタード噴射は、黒丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応の進行を抑制し、異常燃焼を回避することが可能になる。尚、図6の上図における白丸と黒丸とで、点火タイミングは互いに同じタイミングに設定している。
高圧リタード噴射は、気筒18内への燃料噴射の形態を工夫することによって異常燃焼を回避する。これとは異なり、異常燃焼の回避を目的として点火タイミングを遅角することが、従来から知られている。点火タイミングの遅角化は、未燃混合気の温度及び圧力の上昇を抑制することによって、その反応の進行を抑制する。しかしながら、点火タイミングの遅角化は熱効率及びトルクの低下を招くのに対し、高圧リタード噴射を行う場合は、燃料噴射の形態の工夫によって異常燃焼を回避する分、点火タイミングを進角させることが可能であるから、熱効率及びトルクが向上する。つまり、高圧リタード噴射は、異常燃焼を回避するだけでなく、その回避可能な分だけ、点火タイミングを進角することを可能にして、燃費の向上に有利になる。
前述の通り、高圧リタード噴射は、燃料噴射をリタード期間内に行うことによって未燃混合気の反応可能時間を短縮させるものの、この反応可能時間の短縮は、エンジン1の回転数が比較的低い低速域においては、クランク角変化に対する実時間が長いため、有効であるのに対し、エンジン1の回転数が比較的高い高速域においては、クランク角変化に対する実時間が短いため、それほど有効でない。また、例えば図7に示すように、リタード噴射は、エンジン回転数が比較的低いときには、高い図示熱効率が得られる一方で、エンジン回転数が高くなると、図示熱効率が低下してしまう。
図8(a)は、エンジン回転数に対する未燃混合気の反応可能時間の変化を示している。リタード噴射では、エンジン回転数の高低に拘わらず、反応可能時間はほぼ同じになる。一方で、リタード噴射は、燃料噴射時期を圧縮上死点付近に設定するため、圧縮行程においては、燃料を含まない、言い換えると比熱比の高い空気が圧縮されることになる。このことは、圧縮上死点における気筒18内の温度(つまり、圧縮端温度)を高くしてしまう。例えば図8(b)は、リタード噴射時の圧縮端圧力と、吸気行程噴射時の圧縮端圧力との相違を、同図(c)はリタード噴射時の圧縮端温度と、吸気行程噴射時の圧縮端温度との相違をそれぞれ示している。これによると、圧縮行程中の筒内ガスの比熱比が相対的に高くなるリタード噴射時は、圧縮端圧力及び圧縮端温度が相対的に高く、特に圧縮端温度が高くなってしまう。この高い圧縮端温度がノッキングを招くため、リタード噴射時には点火タイミングを遅角化して、ノッキングを回避する必要がある。このことが、図7に示すように、リタード噴射時の高回転での熱効率の低下を招くのである。
そこで、このエンジン1では、高負荷の高速域においては、リタード噴射ではなく、吸気行程噴射を行う。図9は、高圧リタード噴射(同図(a)参照)と、吸気行程噴射(同図(b)参照)との噴射タイミング及び点火タイミングを比較する図である。尚、図に示す噴射タイミングや点火タイミングは、高圧リタード噴射及び吸気行程噴射の一例であり、噴射タイミングや点火タイミングは図例のタイミングに限定されない。
前述の通り、高圧リタード噴射では、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内(図例では、圧縮上死点前の圧縮行程後期)に燃料噴射を行い、圧縮上死点近傍において点火を行う。この点火は、第1点火プラグ25、又は、第2点火プラグ26のいずれか一方を駆動させることによって行う。高圧リタード噴射によって十分に短い燃焼時間が確保されるためである。これによって、燃焼が開始し、同図に実線で示すように、熱発生率のピークを経て燃焼が終了する。尚、第1及び第2点火プラグ25、26の双方を駆動させてもよい。
この高圧リタード噴射に対し、吸気行程噴射では、図9(b)に破線で示すように吸気弁21が閉じるまでの、言い換えると吸気弁21が開いている間の吸気行程期間内において、燃料噴射を行う。尚、図例では、エンジン1の運転領域が高負荷の高速域であるため、吸気弁21の閉弁タイミングは、吸気下死点よりも遅く設定されている。この吸気行程噴射は、ピストン14のキャビティ141内に燃料をできるだけ収めるために、ピストン14の位置が吸気上死点近傍にあるタイミングで行うことが好ましい。尚、前述の通り、インジェクタ67の噴射角度θが比較的狭い角度に設定されていることから、ピストン14が吸気上死点から多少離れていても、燃料はキャビティ141内に収まりやすい。つまり、インジェクタ67の噴射角度θを狭く設定することは、吸気行程噴射における燃料の噴射タイミングの自由度を高める。
吸気行程噴射では、気筒内の圧力が比較的低い状態で燃料を噴射する上に、前述したような未燃混合気の反応時間を短縮するような要求もないため、高圧リタード噴射のような高い燃料圧力が不要である。そこで、吸気行程噴射では、燃料圧力を、高圧リタード噴射時の燃料圧力よりも低下させる。燃料圧力は、40MPa未満、例えば20MPa程度に設定してもよい。これは、燃料ポンプ63の駆動を抑制し、エンジン1の機械損失が低下するため、燃費の向上に有利になる。
そうして、吸気行程噴射では、圧縮行程中の筒内ガス(つまり、燃料を含む混合気)の比熱比を下げ、それによって圧縮端温度を低く抑える。こうして圧縮端温度が低くなることで、ノッキングを抑制することが可能になるから、点火タイミングを進角させることが可能になる。吸気行程噴射においては、高圧リタード噴射と同様に、圧縮上死点付近において点火を行う。但し、吸気行程噴射における点火は、燃焼期間を短縮させる観点から、第1及び第2点火プラグ25、26を共に駆動させる二点点火とする。第1及び第2点火プラグ25、26は同時に点火を行えばよい。第1及び第2点火プラグ25、26を時間差をおいて駆動してもよい。
エンジン1が高負荷の高回転域にあるときの、高圧リタード噴射と吸気行程噴射との、筒内の状態や燃焼状態の相違を、図10を参照しながら説明する。図10は、高圧リタード噴射時と、吸気行程噴射時との、(a)熱発生率、(b)質量燃焼割合、(c)未燃混合気反応進行度、(d)未燃混合気温度、及び(e)比熱比それぞれの、クランク角に対する変化を示している。
先ず、図10(c)に一点鎖線で示すように、高圧リタード噴射の一例として、圧縮上死点前に燃料を噴射すると仮定する。高圧リタード噴射では、同図(e)に一点鎖線で示すように、圧縮行程中における筒内ガスの比熱比が比較的高くなるから、同図(d)に一点鎖線で示すように、圧縮行程中に未燃混合気温度が大きく上昇することになる。尚、図示は省略するが、高圧リタード噴射時の未燃混合気圧力は、吸気行程噴射時とほとんど変わらない。
高圧リタード噴射時はこの高い筒内温度に起因して、同図(c)に一点鎖線で示すように、燃料の噴射後、未燃混合気反応進行度が急速に高まり、点火前に、未燃混合気反応進行度が、着火しきい値を超えてしまうことになる。つまり、過早着火してしまう。過早着火を回避しようとすれば、同図(c)に白抜きの矢印で示すように、燃料噴射のタイミングを遅らせて、例えば圧縮上死点以降の膨張行程に設定することで、未燃混合気反応進行度を緩やかに上昇させることが必要になる(同図(c)の破線参照)。
また、ノッキング(エンドガスノック)を回避しようとすれば、質量燃焼割合が90%になるまでに、未燃混合気の反応進行度が着火しきい値に達していない必要があるが(同図(b)(c)の破線を参照)、高圧リタード噴射では、前述の通り、気筒18内の温度が高くなっているため、同図(a)に白抜きの矢印で示すように点火タイミングを遅角させなければ、ノッキングを回避することができなくなる。こうした点火タイミングのリタードは、同図(a)に破線で示すように、燃焼重心位置が圧縮上死点から大きく離れることになるから、熱効率及びトルクの低下、ひいては燃費の悪化を招くことになる。尚、ここでの点火は、二点点火である。
これに対し、吸気行程噴射では、図10では図外となる、吸気行程期間内において燃料噴射を行うため、圧縮行程中は、比較的比熱比の低い混合気が圧縮されることになるから(同図(e)の実線参照)、同図(d)に実線で示すように、未燃混合気温度の上昇が抑制されて、圧縮端温度が低く抑えられる。このため、過早着火の抑制に有利になる。
また、圧縮端温度が低く抑えられているため、ノッキングの回避にも有利であり、点火タイミングを遅角化しなくても、ノッキングを回避することが可能になる(同図(b)(c)の実線参照)。こうして、同図(a)に実線で示すように、点火タイミングをできるだけ圧縮上死点に近づけることにより、燃焼重心位置を圧縮上死点に近づけて、熱効率及びトルクの向上に有利になり、ひいては燃費が向上する。
以上のように、高圧リタード噴射は、高回転域においては、過早着火及びノッキングを回避するために燃料の噴射タイミング及び点火タイミングを遅らせなければならず、その遅角量は、エンジン回転数が高まれば高まるほど大きくなる。その結果、図11に示すように、エンジン回転数と燃焼重心位置との関係においては、高圧リタード噴射は、エンジン回転数が高くなるに従って、燃焼重心位置が遅角側へと移行することになる。こうして、図7に示すように、高圧リタード噴射は、エンジン回転数が相対的に低い低速域では高い図示熱効率を確保することが可能な一方で、エンジン回転数が相対的に高い高速域では図示熱効率が低下してしまう。
これに対し、吸気行程噴射は、エンジン回転数が相対的に低い低速域では、未燃混合気の反応可能時間が長くなって過早着火が生じ得ることから、これを行うことができない一方で、エンジン回転数が相対的に高い高速域では、図11に示すように、過早着火及びノッキングを効果的に抑制しつつ、燃焼重心位置を進角側に維持することが可能であり、図7に示すように、吸気行程噴射は、エンジン回転数が相対的に高い高速域で高い図示熱効率を達成することが可能になる。
従って、このエンジン1では、図4に示す(1)の領域、すなわち高負荷の低回転域では、高圧リタード噴射とすることで異常燃焼を回避しつつ熱効率を向上させる。一方、図4に示す(2)の領域、すなわち高負荷の高回転域では、吸気行程噴射とすることで異常燃焼を回避しつつ熱効率を向上させる。
エンジン1の高負荷の高回転域ではまた、前述の通り、吸気行程噴射と共に、二点点火を実行する。図12は、高負荷、高回転域の吸気行程噴射を前提として、一点点火と二点点火とを比較する図であり、図12は、(a)熱発生率、(b)質量燃焼割合、(c)未燃混合気反応進行度、及び(d)未燃混合気温度それぞれの、クランク角に対する変化を示している。
先ず、同図に一点鎖線で示すように、圧縮上死点前のタイミングで、一点点火を行うと仮定する。この場合は、火炎の広がりが遅くなるため、質量燃焼割合が90%に到達するまでに、未燃混合気反応進行度が着火しきい値を超えるようになり、ノッキングが生じるようになる(同図の(b)(c)参照)。そのため、一点点火でノッキングを回避しようとすれば、同図(a)に白抜きの矢印で示すように、点火タイミングを遅角化しなければならず、それに伴い破線で示すように、燃焼重心位置が遅角側へと移動することになる。つまり、熱効率及びトルクの向上には不利になる。
これに対し、二点点火を行うことは、燃焼室19内の複数の火種のそれぞれから火炎が広がるため、火炎の広がりが早くて燃焼期間が短くなる。このため、二点点火は、点火タイミングは圧縮上死点以降になったとしても、同図(a)に実線で示すように、燃焼重心位置はできるだけ進角側に位置するようになり、熱効率及びトルクの向上、ひいては燃費の向上に有利になる。尚、点火プラグの数は、2個に限定されるものではない。また、高圧リタード噴射時に、多点点火を行ってもよい。
図13は、吸気行程噴射における、キャビティ141のリップ径と、燃焼期間との関係の一例を示している。図3(c)に示すように、リップ径を小さくすることは、スキッシュエリアが大きくなることであるため(尚、ピストン径は同じであると仮定する)、図13における左側ほど、スキッシュが強くなることに対応する。同図から明らかなように、一点点火においても、二点点火においても、リップ径を小さくし、スキッシュを強めることによって、気筒18内の流動が強くなり、燃焼期間を短くすることが可能である。特に、二点点火と、小さいリップ径との組み合わせは、目標レベル程度にまで燃焼期間を短くすることが可能である。このことは、ノッキングの回避に有利であり、熱効率及びトルクの向上に有利である。
尚、前述の通り、リップ径を小さくすることは、インジェクタ67から噴射された燃料噴霧をキャビティ141内に収める上では不利になるものの、インジェクタ67の燃料の噴射角度θを比較的狭く設定することにより、リップ径を小さくすることは可能である。従って、この構成は、比較的小さなキャビティと、強いスキッシュとの組み合わせにより、燃焼期間の短縮に有利になる。
そして、このエンジン1は、前述の通り幾何学的圧縮比が高く設定されているため、気筒18内の圧縮開始時温度が所定温度以上となるような環境条件下におけるエンジン始動時にも、過早着火やノッキングが発生する可能性がある。ここで、圧縮開始時温度は、吸気弁21が閉弁したときの気筒18内の温度であり、気筒18内の圧縮開始時温度が所定温度以上となるような環境条件下は、具体的には、外気温が所定温度以上となるような
外気温が極めて高い環境下、又は、エンジン1の温度が所定温度以上の熱間状態を挙げることができる。
図14は、圧縮開始時温度と、点火時における未燃混合気反応進行度との関係を示している。同図における二点鎖線は、幾何学的圧縮比εが18のときでかつ、吸気行程中に燃料を噴射した場合の例を示している。また、参考として、一点鎖線は、本エンジン1よりも幾何学的圧縮比εが低い、ε=14のときでかつ、吸気行程中に燃料を噴射した場合の例を示している。尚、吸気弁の閉弁タイミングは共に、吸気下死点後110°CAに設定されている。一点鎖線と二点鎖線とを比較すると、幾何学的圧縮比εが高くなることで、圧縮開始時温度が比較的低くても(T1参照)、点火時における未燃混合気反応進行度が、着火しきい値を超えてしまう。高い幾何学的圧縮比εの高圧縮比エンジン1では、幾何学的圧縮比εが低いエンジンよりも圧縮端温度及び圧縮端圧力が高くなるから、圧縮開始時温度が所定温度(T1)以上となるような環境条件下でのエンジン始動時に吸気行程噴射を行うと、気筒18内の混合気が、圧縮行程中に高温に長時間曝される結果、初爆時には過早着火を招き、初爆以降はノッキングを招いてしまうのである。一方、幾何学的圧縮比εが低いエンジン1では、圧縮開始時温度が所定温度(T2)以上となるような環境条件下でのエンジン始動時に過早着火やノッキングを招いてしまうものの、圧縮開始時温度が所定温度(T2)以上となるような環境条件は実質的に存在しないため問題とならない。つまり、幾何学的圧縮比εが高い高圧縮比エンジン1では、例えば40℃以上の外気温のときや、エンジン1が熱間状態で始動するときに、圧縮開始時温度が所定温度(T1)以上となるような環境条件となり得るのであり、エンジン始動時に過早着火やノッキングを招いてしまうという特有の問題を有しているのである。
そこで、高圧縮比エンジン1では、圧縮開始時温度が所定温度(T1)以上となるような環境条件下でのエンジン始動時には、リタード噴射を利用する(図9(a)参照。但し、このときの熱発生率は、図示の通りではない)。すなわち、燃料噴射時期を、圧縮行程後期から膨張行程初期に設定する。こうすることで、圧縮行程中は、気筒18内に未燃混合気が存在しなくなると共に、未燃混合気の反応可能時間が短くなる。その結果、図14に実線で示すように、圧縮開始時温度が高い環境条件下においても、点火時に未燃混合気反応進行度が着火しきい値を超えてしまうことが回避されて、過早着火及びノッキングが有効に回避される。また、気筒18内の温度は比較的高いため、圧縮上死点付近において噴射した燃料の気化霧化は促進される結果、燃料噴射後、膨張行程において点火を行うことで確実に燃焼し、エンジン1の始動性が良好になる。尚、このときの点火は、第1及び第2点火プラグ25、26のいずれか一方の点火プラグを駆動させることで行ってもよいし、第1及び第2点火プラグ25、26の双方を駆動させることで行ってもよい。
このエンジン1の始動時のリタード噴射では、燃料圧力は低く設定してもよい(40MPa未満、例えば20MPa程度)。これは、エンジン1の始動時には、燃焼期間を短縮させたいという要求がないため、燃料圧力を高くする必要性に乏しいためである。
また、リタード噴射は、エンジン1の始動時であっても、圧縮開始時温度が所定温度(T1)以上となる環境条件下のみで行うことが好ましく、圧縮開始時温度が所定温度(T1)未満となる環境条件下のエンジン始動時には、吸気行程噴射を行うことが好ましい(図9(b)参照。但し、このときの熱発生率は、図示の通りではない)。圧縮開始時温度が所定温度未満となる環境条件下では、吸気行程中に燃料噴射を行っても、過早着火やノッキングは生じにくい上に、気筒18内の温度が相対的に低く、燃料の気化霧化には不利な環境条件下であるため、早期に燃料を噴射することで混合気形成期間を十分に確保することが、エンジン1の始動性を高める上で有利になるためである。
さらに、エンジン1の始動時にリタード噴射を行うような、圧縮開始時温度が所定温度以上となる環境条件下においては、吸気弁21の閉弁タイミングを、吸気下死点以降で、相対的に遅く設定することにより、有効圧縮比を相対的に低く設定することが好ましい。これは、圧縮開始時温度が所定温度以上となる環境条件下で、圧縮端温度及び圧縮端圧力が高くなりすぎることを回避して、過早着火やノッキングの回避に有利になる。図14の実線は、吸気弁21の閉弁タイミングが遅い状態(吸気下死点後110°CA)を示し、破線は、吸気弁21の閉弁タイミングが相対的に早い状態(吸気下死点後85°CA)を示しており、吸気弁21を遅閉じにすることで、未燃混合気反応進行度をさらに下げることが可能である。尚、実線及び破線は共に、リタード噴射である。
これに対し、エンジン1の始動時に吸気行程噴射を行うような、圧縮開始時温度が所定温度未満となる環境条件下においては、吸気弁21の閉弁タイミングを、吸気下死点以降で、相対的に早く設定することが好ましい。これによって、吸気量(つまり、新気量)を十分に確保して、エンジン1の始動性向上に有利になる。
尚、吸気行程期間内における燃料噴射は、気筒18内に設けたインジェクタ67ではなく、別途、吸気ポート16に設けたポートインジェクタを通じて、吸気ポート16内に燃料を噴射してもよい。また、点火プラグは、一つであってもよい。
また、ここに開示する技術は、前述したような自然吸気エンジンに限らず、過給機付きエンジンに適用することも可能である。過給機付きエンジンでは、CIモードの領域を高負荷側に拡大させることが可能になる。
さらに、高圧リタード噴射は、必要に応じて分割噴射にしてもよく、同様に、吸気行程噴射もまた、必要に応じて分割噴射にしてもよい。
加えて、前記の構成では、エンジン1の運転状態が低速域内における低負荷域にあるときには、圧縮着火燃焼を行うCIモードとしているが、これに代えて、エンジン1の運転状態が低速域内における低負荷域にあるときには、成層化したリーン混合気に火花点火により燃焼を行う運転モードとしてもよい。