JP2011246803A - 電子ビーム溶接継手及び電子ビーム溶接用鋼材とその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】洋上風力発電用鉄塔の基礎部分を建設するのに最適な、母材、熱影響部、及び、溶融金属部の破壊靱性が適度にバランスした電子ビーム溶接用鋼材と、該鋼材に形成した電子ビーム溶接継手を提供する。
【解決手段】所定の成分組成を有し、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBが0.49〜0.60であり、かつ、電子ビーム溶接した後の溶融金属部のCTOD値δWM、熱影響部のCTOD値δHAZ、及び、母材のCTOD値δBMが、下記(2)式と(3)式を満足することを特徴とする電子ビーム溶接用鋼材。CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni+1/5Cr+1/5Mo+1/5V・・・(1)、0.15≦δWM/δBM≦1.1・・・(2)、0.15≦δHAZ/δBM≦1.1・・・(3)
【選択図】図3

Description

本発明は、電子ビームが被溶接部に照射され、溶接される電子ビーム溶接用鋼材とその製造方法、さらに、該鋼材の被溶接部に電子ビームを照射して形成した電子ビーム溶接継手に関するものである。
近年、地球環境の温暖化の一因であるCOガスの削減や、石油等の化石燃料の将来的な枯渇に対処するため、再生可能な自然エネルギーの利用が積極的に試みられている。風力発電も、有望視されている再生可能エネルギーの一つであり、大規模な風力発電プラントが建設されつつある。
風力発電に最も適している地域は、絶えず強風を期待できる地域であり、そのため、洋上風力発電が、世界的な規模で計画され、実現されている(特許文献1〜4、参照)。
洋上に風力発電用鉄塔を建設するためには、海底の地盤に、鉄塔の基礎部分を打ち込む必要がある。海水面から、風力発電用のタービンの翼高を十分に確保するためには、基礎部分も十分な長さが必要である。
そのため、鉄塔の基礎部分の構造は、板厚が50mm超、例えば、100mm程度、直径が4m程度の大断面を有する鋼管構造となり、鉄塔の高さは80m以上に達する。そして、近年、風力発電用鉄塔のような巨大な鋼構造物を、建設現場近くの海岸にて、電子ビーム溶接で、簡易に、しかも、高能率で組み立てることが求められている。
即ち、板厚100mmにも及ぶ極厚鋼板を、建設現場で、しかも、高能率で溶接するという、従来にない技術的要請がなされるようになった。
一般に、電子ビーム溶接、レーザービーム溶接などの高エネルギー密度ビーム溶接は、効率的な溶接である。しかし、レーザービームで溶接できる板厚には限度があり、従来の電子ビーム溶接は、高真空状態に維持した真空チャンバー内で行う必要があった。そのため、従来、高エネルギー密度ビーム溶接で溶接できる鋼板の板厚や大きさは、溶接装置の能力や、真空チャンバー内の大きさによって制限されていた。
これに対し、近年、被溶接部の近傍を減圧し、板厚100mm程度の極厚鋼板を効率よく現地溶接することができる電子ビーム溶接方法が提案されている。例えば、英国の溶接研究所では、低真空下で施工が可能な溶接方法(RPEBW:Reduced Pressured Electron Beam Welding:減圧電子ビーム溶接)が開発されている(特許文献5、参照)。
減圧電子ビーム溶接(RPEBW)を用いれば、風力発電用鉄塔のような大型鋼構造物を建設する場合にも、溶接する部分を、局所的に真空状態におき、効率的に溶接することができる。RPEBW法は、真空チャンバー内で溶接する方法に比べ、真空度が低い状態で溶接する溶接方法であるが、従来のアーク溶接に比べ、溶融金属部(WM)の靭性の向上が期待できる。
一般に、溶接構造物の安全性を定量的に評価する指標として、CTOD(Crack Tip Opening Displacement:亀裂端開口変位)試験で求められる、破壊力学に基づく破壊靭性値δcが知られている。破壊靭性には、試験片の大きさが影響するので、従来のVノッチシャルピー衝撃試験のような小型試験で良好な結果が得られても、大型鋼構造物の溶接継手に対するCTOD試験で、良好な破壊靭性値δcが得られるとは限らない。
また、電子ビーム溶接法は、電子ビームの持つエネルギーにより、溶接部の母材を一旦溶融し、凝固させて溶接する方法であり、通常、溶接部の成分組成は、母材とほぼ同等である。そのため、エレクトロガス溶接等の大入熱アーク溶接法のように、溶接ワイヤー等により、溶融金属部の硬さや、破壊靭性値δcなどの機械特性を調整することは難しい。
そこで、電子ビーム溶接継手の破壊靭性値δcを向上させるために、溶融金属部(WM)の硬さや、清浄度を適正化する方法が提案されている(例えば、特許文献6及び7、参照)。特許文献6には、溶融金属部の硬さを、母材の硬さの110%超220%以下とし、かつ、溶融金属部の幅が母材部の板厚の20%以下とすることが提案されている。また、特許文献7には、溶接金属中のOの量を20ppm以上とし、粒径2.0μm以上の酸化物の量を10個/mm以下とすることが提案されている。
特開2008−111406号公報 特開2007−092406号公報 特開2007−322400号公報 特開2006−037397号公報 国際公開99/16101号パンフレット 特開2007−21532号公報 特開2008−88504号公報
洋上風力発電用鉄塔の建設においては、鋼材を突き合せて溶接した後、溶接部に熱処理を施すことなく、そのまま使用するので、溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)には、優れた靭性が要求される。電子ビーム溶接の場合、溶接ワイヤーを使用しないので、母材の成分組成を調整して、溶融金属部及び熱影響部の靭性を制御することになる。
従来、溶融金属部における介在物、溶融金属部の硬さと母材の硬さの関係、又は、溶融金属部の幅を制御する方法が提案されているが、熱影響部の靭性が不十分であると、溶接継手の破壊靭性値は低下する。
なお、板状又は箔状のNi(インサートメタル)を溶接面に張付けて電子ビーム溶接を行い、溶融金属部(WM)の靭性を、母材の靭性以上に高めることができる。しかし、この場合も、母材の成分組成が適正でないと、溶融金属部の硬さと熱影響部の硬さの差が顕著となり、溶接部において、靭性が大きくばらつくことになる。
また、本発明者らの検討によれば、電子ビーム溶接継手においては、靱性向上のための成分組成が、溶融金属部と熱影響部(母材)とで、必ずしも一致しない。そのため、従来のアーク溶接用高HAZ靭性鋼に、そのまま、電子ビーム溶接を施しても、溶融金属部で、高い靱性は得られない。一方、電子ビーム溶接により形成される溶融金属部の靱性を考慮して、アーク溶接用鋼材の成分組成を最適化しても、熱影響部で高靱性は得られない。
即ち、電子ビーム溶接とアーク溶接は、溶接手法及び形成される継手構造の点で基本的に異なるから、電子ビーム溶接に係る課題は、アーク溶接に係る課題解決手法で解決することはできない。
本発明は、このような実情に鑑みなされたものであり、本発明の目的は、洋上風力発電用鉄塔の基礎部分を構成する、板厚45mm以上の電子ビーム溶接用鋼材であって、高強度で、かつ、溶融金属部(WM)、熱影響部(HAZ)、及び、母材(BM)の破壊靱性が適度にバランスした電子ビーム溶接継手を形成することができる鋼材とその製造方法、及び、上記鋼材の被溶接部に電子ビームを照射して形成した破壊靱性に優れる電子ビーム溶接継手を提供することである。
本発明においては、Mnを1.5質量%以上添加して、焼入れ性を確保するとともに、強力な脱酸元素であるAlを添加して、Ti窒化物を析出させ、Ti窒化物を、粒成長を抑制するピンニング粒子や、粒内変態の生成核として利用し、母材部(BM)、熱影響部(HAZ)、及び、溶融金属部(WM)の破壊靭性を適度にバランスさせることを基本思想とする。
特に、溶接ワイヤーを使用せず、WM幅及びHAZ幅が狭く、入熱量が低い電子ビーム溶接においては、Ti窒化物が、熱影響部(HAZ)におけるオーステナイト粒の粗大化を抑制して、溶接部における破壊靱性の向上に貢献する。
そして、本発明においては、新たに導入した電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBを制御して、母材部(BM)、溶融金属部(WM)、及び、熱影響部(HAZ)の破壊靱性を、適度にバランスさせ、溶接部において所要の破壊靱性を確保する。さらに、本発明においては、焼入れ性を高めるためMn量を増大し、一方で、Cr、Mo、Cu、Ni、及び/又は、Nbの各量を低減し、電子ビーム溶接用鋼材の製造コストを低減する。
電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBは、電子ビーム溶接継手の破壊靭性の向上のため、本発明者らが、新規に導入した指標である。指標CeEBの技術的意義については、併せて導入した指標(比)“C/CeEB”(C:C含有量)の技術的意義と併せて後述する。
本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1)鋼材の被溶接部に電子ビームを照射して形成する溶接継手であって、該鋼材が、質量%で、C:0.02〜0.1%、Si:0.05〜0.30%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、O:0.0045%以下、Al:0.004%超〜0.05%、Ti:0.005〜0.015%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、Nb及び/又はVを、Nb:0.020%以下、V:0.030%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、さらに、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBが0.49〜0.60であることを特徴とする電子ビーム溶接継手。
CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
+1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
(2)前記電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBに対するC量の比(C/CeEB)が0.04〜0.18であることを特徴とする上記(1)に記載の電子ビーム溶接継手。
(3)前記鋼材が、さらに、質量%で、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:0.25%以下、及び、Ni:0.50%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の電子ビーム溶接継手。
(4)前記鋼材の厚さが45〜150mmであることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の電子ビーム溶接継手。
(5)前記電子ビーム溶接継手において、10Pa以下の真空度で溶接した後の溶融金属部のCTOD値δWM、熱影響部のCTOD値δHAZ、及び、母材のCTOD値δBMが、下記(2)式と(3)式を満足することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の電子ビーム溶接継手。
0.15≦δWM/δBM≦1.1 ・・・(2)
0.15≦δHAZ/δBM≦1.1 ・・・(3)
ただし、δWM、δHAZ、及び、δBMは、0℃で三点曲げCTOD試験を6回行ったときのCTOD値の最低値である。
(6)上記(1)に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、質量%で、C:0.02〜0.1%、Si:0.05〜0.30%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、O:0.0045%以下、Al:0.004%超〜0.05%、Ti:0.005〜0.015%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、Nb及び/又はVを、Nb:0.020%以下、V:0.030%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、さらに、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBが0.49〜0.60であることを特徴とする電子ビーム溶接用鋼材。
CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
+1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
(7)上記(2)に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、前記電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBに対するC量の比(C/CeEB)が0.04〜0.18であることを特徴とする上記(6)に記載の電子ビーム溶接用鋼材。
(8)上記(3)に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、さらに、質量%で、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:0.25%以下、及び、Ni:0.50%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(6)又は(7)に記載の電子ビーム溶接用鋼材。
(9)上記(4)に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、厚さが45〜150mmであることを特徴とする上記(6)〜(8)のいずれかに記載の電子ビーム溶接用鋼材。
(10)上記(6)〜(9)のいずれかに記載の電子ビーム溶接用鋼材の製造方法であって、上記(6)〜(8)のいずれかに記載の成分組成を有する鋼材を、950〜1150℃に加熱し、その後、加工熱処理を施すことを特徴とする電子ビーム溶接用鋼材の製造方法。
電子ビーム溶接継手において、所定のCTOD値(破壊靭性値)を確保するためには、母材部(BM)、溶融金属部(WM)、及び、熱影響部(HAZ)の破壊靱性値を、適度にバランスさせることが重要である。
即ち、母材部の破壊靭性と熱影響部の破壊靱性が優れていても、溶融金属部の破壊靱性が劣っていると、溶融金属部が破壊の起点となり、溶接継手としての破壊靱性が劣化する。また、溶融金属部の破壊靱性が優れていても、熱影響部の破壊靭性が劣っていると、熱影響部を起点として破壊が進行する。
大入熱溶接を適用した降伏強度355MPa級の鋼材の溶接部(溶融金属部及び熱影響部)での脆性破壊は、旧オーステナイト周辺に生成する粗大な粒界フェライトや、旧オーステナイト内部にラス状に生成する上部ベイナイトやフェライトサイドプレート等が破壊の起点になって発生する。
そして、上部ベイナイトや、旧オーステナイト粒界から生成した粗大なフェライトが起点となって脆性破壊するときの破面単位は、旧オーステナイトの粒径に依存する。したがって、析出物によるピンニング効果や粒内変態を利用して、溶融金属部及び熱影響部における旧オーステナイトの粒径を小さくすることにより、溶接部の破壊靭性を改善することができる。
そこで、本発明においては、適量のAl及びTiを添加して、母材だけでなく、溶融金属部(WM)にも、微細なTiNを生成させる。入熱量が低い電子ビーム溶接では、熱影響部(HAZ)に、微細なTiNが残存して、ピンニング粒子として作用するので、熱影響部(HAZ)における粒成長が抑制されて、破壊靭性が向上する。
また、微細なTiNは、粒内変態の生成核となり、溶融金属部及び熱影響部に、粒内フェライトを生成させる。その結果、溶融金属部及び熱影響部の組織が微細になり、母材部、熱影響部、及び、溶融金属部の破壊靭性が向上するとともに、これら3つの破壊靱性のバランスが向上する。
本発明によれば、降伏強度355MPa級の鋼材の電子ビーム溶接継手において、溶融金属部及び熱影響部における破壊靭性の劣化を抑制することができ、母材部、熱影響部、溶融金属部の破壊靭性が適度にバランスした電子ビーム溶接継手を提供し、かつ、該溶接継手を形成し得る鋼材を低コストで提供することができる。
鋼材の強度及び靭性と金属組織との関係を定性的に示す図である。 焼入れ性と他の指標との関係を定性的に示す図である。(a)に、焼入れ性と溶融金属部の結晶粒径との関係を定性的に示し、(b)に、焼入れ性と熱影響部の高炭素マルテンサイト量との関係を定性的に示す。 母材の硬さに対する溶融金属部の硬さの比と溶融金属部及び熱影響部の破壊靭性との関係を定性的に示す図である。 CeEBと溶接金属部及び熱影響部の破壊靭性値(δc)の関係を定性的に示す図である。 破壊靭性値とC/CeEBとの関係を定性的に示す図である。(a)に、溶融金属部の破壊靭性値とC/CeEBとの関係を定性的に示し、(b)に、熱影響部の破壊靭性値とC/CeEBとの関係を定性的に示す。 ノッチを導入した試験片を示す図である。
洋上風力発電用鉄塔の建設においては、鋼材を、溶接後、継手部に熱処理を施すことなく、そのまま使用するので、溶融金属部及び熱影響部には、優れた靭性が要求される。電子ビーム溶接の場合、溶接ワイヤーを使用しないので、母材の成分組成を調整して、溶融金属部及び熱影響部の靭性を制御することになる。
従来、電子ビーム溶接は、CrやMoを含有する高強度鋼(Cr−Mo高強度鋼)やステンレス鋼など、溶融金属部の酸化物の生成が問題とされる鋼材に適用されてきた。これは、ステンレス鋼の熱影響部には脆化相が生成せず、Cr−Mo高強度鋼の熱影響部の組織は、図1に定性的に示すように、靭性に優れる下部ベイナイトとなり、溶融金属部の酸化物の制御によって、靭性が顕著に向上するためである。
一方、洋上風力発電用鉄塔などに使用される鋼材は、YPが約355MPaの構造用鋼であり、Cr−Mo高強度鋼に比べて強度が低く、熱影響部の組織は、図1に定性的に示すように靭性が低い上部ベイナイトになる。このような鋼材を電子ビーム溶接すると、特に、熱影響部では、粒界フェライトや上部ベイナイトなどの粗大な組織が発達し、高炭素マルテンサイトが生成し易い。したがって、構造用鋼を電子ビーム溶接する場合、熱影響部の靭性の確保は容易ではない。
組織と靭性との関係については、結晶粒径の微細化が特に溶融金属部の靭性の向上に有効であること、高炭素マルテンサイトが特に熱影響部の靭性を低下させることが知られている。また、成分と組織との関係については、焼入れ性指標Ceqを大きくすると、図2(a)に示すように溶融金属部の粒径が微細になること、図2(b)に示すように熱影響部の高炭素マルテンサイトが増加することが知られている。
また、溶融金属部及び熱影響部の靭性を高めるには、溶融金属部の硬さと母材の硬さのバランスが重要である。即ち、図3に示したように、母材の硬さに対して、溶融金属部の硬さを高めると、溶融金属部の靭性は向上するものの、熱影響部の靭性は、溶融金属部の硬化の影響によって低下する。したがって、靭性の劣る上部ベイナイトの生成を防止するために焼入れ性を高めると、溶融金属部の硬化の影響によって、熱影響部の靭性が損なわれるという問題が生じる。
このように、鋼の焼入れ性とWMの結晶粒径やHAZの高炭素マルテンサイトとの関係、母材の硬さに対するWMの硬さの比と溶接継手の靭性との関係は、定性的には公知であった。しかし、従来、鋼材の成分によって溶接継手の破壊靭性のバランスを制御するという考え方は存在しなかった。そのため、例えば、焼入れ性を高めた母材を電子ビーム溶接すると、WMの靭性は向上するものの、HAZの靭性が著しく低下するなどの問題が生じた。
そこで、本発明者らは、電子ビーム溶接継手において、所要の靭性を確保するため、電子ビーム溶接に適した焼入れ性を表示する指標を検討し、新たに“CeEB”を考案し導入した。
本発明者らは、電子ビーム溶接継手において、所要の靭性を確保するため、電子ビーム溶接に適した焼入れ性を表示する指標を検討し、新たに“CeEB”を考案し導入した。即ち、下記(1)式で定義する“電子ビーム焼入れ性指標CeEB”は、電子ビーム溶接継手の破壊靭性をより高めるために、組織の形成に大きく影響する焼入れ性に着目し、所要の組織の生成を確実に確保することを考慮した新たな指標である。
CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
+1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
上記(1)式で定義するCeEBは、硬さと相関する公知の炭素当量Ceq(=C+1/6Mn+1/15Cu+1/15Ni+1/5Cr+1/5Mo+1/5V)を基に、Mnが、電子ビーム溶接の際に蒸発して減少して焼入れ性が低下することを考慮して考案した指標である。なお、経験的に得られた焼入れ性の低下の度合いに基づいて、Mnの係数を9/40(>1/6)とした。
指標CeEBは、電子ビーム溶接前の母材において焼入れ性を所要の範囲内で確保し、溶融金属部において、微細なフェライトの生成を促進し、かつ、熱影響部において、靭性を低下させる上部ベイナイトや、高炭素マルテンサイトなどの生成を抑制するための指標である。
図4に、電子ビーム溶接継手における溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)の破壊靱性値(δc)とCeEBとの関係を定性的に示す。実線の曲線は溶融金属部の破壊靭性値(δcmn)であり、破線の曲線は熱影響部の破壊靭性値(δcha)である。二点鎖線の曲線は、WMの硬さの変化を無視した仮想的な熱影響部の破壊靭性値(HAZ靭性の予測値)である。このようなHAZ靭性の予測値は、HAZの熱履歴を模擬した熱処理を施した試験片を用いて破壊靭性試験を行った場合などに得られる破壊靭性値である。
指標CeEBが大きくなると、WMの組織が微細になってδcmnが向上し、HAZでは高炭素マルテンサイトの増加とHAZの硬化によってHAZ靭性の予測値が低下する。また、CeEBが大きくなるとWMが硬化し、その影響を受けて、δchaはHAZ靭性の予測値よりも低下する。
このように、指標CeEBによって溶融金属部及び熱影響部の破壊靭性を総合的に評価することが可能になり、CeEBを適正範囲に定めれば、溶融金属部及び熱影響部の破壊靱性値を一点鎖線で示す目標値以上にすることができる。後述するピンニング粒子を活用する場合は、効果に応じてδcmn及びδchaが向上することになる。
次に、本発明者らは、母材のC量及びCeEBと、母材、溶融金属部、及び、熱影響部の靭性の関係について検討した。その結果、母材のC量とCeEBとの比“C/CeEB”を特定の範囲に調整することが好ましいことが解った。以下に、比“C/CeEB”の技術的意義について説明する。
比“C/CeEB”は、溶接金属部の焼入れ性と、熱影響部及び母材部の焼入れ性が極端に偏らないようにするための指標である。図5(a)に、CeEBと溶接金属部の破壊靭性値との関係を示し、図5(b)に、CeEBと熱影響部の破壊靭性値との関係を示す。
CeEBは焼入れ性の指標であるから、CeEBが大きくなると、溶融金属部では粒径が微細になるため破壊靭性値が高くなり、熱影響部では高炭素マルテンサイトの生成が促進されて破壊靭性値が低下する。また、電子ビーム溶接では、溶融金属部のMnの一部が蒸発して、Mn量が減少する。
そのため、図5(a)に示すように、溶融金属部の破壊靭性を向上させるためには、C/CeEBを高めて焼入れ性を確保することが好ましい。一方、熱影響部では、C量の増加によって高炭素マルテンサイトの生成が促進される。そのため、図5(b)に示すように、破壊靭性値を確保するには、C/CeEBを制限することが好ましい。
さらに、本発明者らは、溶融金属部の破壊靭性値と熱影響部の破壊靱性値のバランスを改善する手法について検討した。その結果、TiNがピンニング粒子として機能し、熱影響部における粒成長が抑制され、熱影響部及び溶融金属部の靭性が向上することが解った。また、TiNを生成核とする粒内変態を利用して、粒内フェライトを生成させると、熱影響部及び溶融金属部の靭性が向上することが解った。
本発明は、母材のC量、CeEB、及び、C/CeEBを適正な範囲内に制御し、適量のAl、Tiなどを添加して、母材の破壊靭性値に対する溶融金属部及び熱影響部の破壊靭性値の比を向上させ、破壊靱性値δcのばらつきを極力抑制した電子ビーム溶接継手と、該溶接継手を形成することができる鋼材である。
本発明の鋼材は、質量%で、C:0.02〜0.1%、Si:0.05〜0.30%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、O:0.0045%以下、Al:0.004%超〜0.05%、Ti:0.005〜0.015%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、Nb及び/又はVを、Nb:0.020%以下、V:0.030%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる。
以下、各元素の添加理由及び添加量について説明する。なお、%は質量%を意味する。
Cは、強度の向上に寄与する元素である。溶接構造体としての強度を確保するため、0.02%以上添加する。また、C量が少ないと、溶融金属部の焼入れ性が不足して、靭性を損うことがある。好ましい下限は0.03%であり、より好ましくは0.04%である。一方、Cが0.1%を超えると焼入性が増大し、特に、溶融金属部及び熱影響部の靭性が低下するので、上限は0.1%とする。好ましい上限は0.08%であり、より好ましくは0.06%である。
Siは、脱酸元素であり、鋼板の強度を確保するためにも有効な元素である。そのため、0.05%以上添加する。しかし、Siを過剰に添加すると、島状マルテンサイトが多量に生成し、特に、溶融金属部及び熱影響部の靭性が低下するので、上限を0.30%とする。好ましい上限は0.20%であり、より好ましくは、0.15%である。
Mnは、靭性を確保し、かつ、焼入れ性を高めて鋼板の強度を確保するのに有効な元素である。1.5%未満では、鋼材の靭性、強度、及び、焼入れ性を十分に確保できないし、また、電子ビーム溶接時、Mnが溶融金属部から蒸発して、溶融金属部の焼入れ性が低下する。したがって、鋼材の靭性、強度、及び、焼入れ性、さらに、溶融金属部の焼入れ性を確保するため、1.5%以上のMnを添加する。
Mnの好ましい下限は1.7%、より好ましくは1.8%である。ただし、Mnが2.5%を超えると、焼入れ性が増大し、特に、熱影響部の靭性が低下するので、上限を2.5%とする。好ましい上限は2.4%であり、より好ましくは2.3%である。
Pは、不純物であり、母材(BM)、溶融金属部(WM)、及び、熱影響部(HAZ)の靭性に悪影響を及ぼす。特に、溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)の靭性を確保するためには、Pは、少ないことが好ましく、0.015%以下に抑える。好ましくは0.010%以下である。製造コストの観点から、Pは0.001%以上が好ましい。
Sは、MnSを形成する元素である。MnSは、微細なTiNを核として析出し、Mn希薄領域を形成して、粒内フェライトの生成(粒内変態)を促進する。粒内変態を促進するためには、Sを0.0001%以上含有させることが好ましい。好ましい下限は0.001%である。一方、Sを過剰に含有すると、特に、溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)の靭性が低下するので、0.010%以下に抑える。好ましくは0.005%以下である。
Alは、本発明において重要な脱酸元素である。Alは、Ti酸化物の生成を抑制して、微細なTiNを析出させるので、0.004%を超えて添加する。好ましい下限は0.010%である。一方、0.05%を超えると、破壊の起点となるAl酸化物が生成して、靭性が低下するので、上限を0.05%とする。熱影響部(HAZ)及び溶融金属部(WM)の靭性を高める点から、上限は0.03%が好ましい。
Tiは、本発明において極めて重要な元素である。Tiは、Nと結合して、微細な窒化物(TiN)を形成する。入熱量が低い電子ビーム溶接継手においては、微細なTiNのピンニング効果により、熱影響部(HAZ)におけるオーステナイト粒の粗大化が抑制される。また、微細なTiNは、粒内変態の生成核として機能し、熱影響部(HAZ)及び溶融金属部(WM)の靭性の向上に寄与する。
このような添加効果を十分に得るため、Tiは0.005%以上添加する。下限は0.007%が好ましい。一方、Tiが過剰であると、粗大なTiNが生成し、かえって靭性が劣化するので、上限は0.015%とする。好ましい上限は0.012%である。
Nは、Tiと結合して、微細なTi窒化物を形成する元素である。本発明では、極めて重要な元素である。微細なTi窒化物のピンニング効果による粒径の粗大化の抑制や、粒内変態による粒径の微細化によって、溶融金属部及び熱影響部の靭性を高めるため、下限を0.0020%とする。好ましい下限は0.0030%である。
一方、Nが過剰であると、溶融金属部及び熱影響部の靭性に悪影響を及ぼすので、上限を0.0060%とする。好ましい上限は0.0050%である。
Oは、不純物であり、少ないほうが好ましい。Oが過剰であると、破壊の起点となる酸化物が生成し、母材部及び熱影響部の靭性に悪影響を及ぼすので、上限を0.0045%とする。脱酸元素のAlが少ない場合、微細なTi酸化物が生成し、溶融金属及び熱影響部における粒内変態の際の生成核として作用して、靭性が向上するので、Oの下限は0.0010%が好ましい。
なお、電子ビーム溶接継手の溶融金属部のO量は、母材のO量よりも少なくなるので、下限は0.0015%が好ましく、さらに好ましくは0.0020%である。
本発明の鋼材は、さらに、Nb及び/又はVを、以下の理由で、一定の限度内で含有してもよい。
Nbは、母材の焼入れ性を向上させて、強度を高めるのに有効な元素であり、必要に応じて添加する。添加効果を得るためには、0.001%以上添加する。好ましくは0.003%以上添加する。ただし、過剰に添加すると、溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)の靭性が低下するので、上限を0.020%とする。好ましい上限は0.012%であり、より好ましくは0.010%である。
Vは、少量の添加で、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗を高める作用をなす元素であり、必要に応じて添加する。添加効果を得るためには、0.005%以上添加する。好ましくは0.010%以上添加する。ただし、過剰に添加すると、溶融金属部(WM)及び熱影響部(HAZ)の靭性が低下するので、上限を0.030%とする。好ましい上限は0.025%であり、より好ましくは0.020%である。
本発明の鋼材は、必要に応じ、さらに、Cr、Mo、Cu、及び、Niの1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素は靭性の向上に有効であるので、Cr、Mo、Cu、及び/又は、Niを、それぞれ、0.05%以上添加する。
しかし、Cr、Mo、Cu、及び、Niは高価であるので、経済的観点から、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:0.25%以下、Ni:0.50%以下とする。特に、Mn量を高めた本発明の鋼材では、これらの元素を過剰に添加すると、焼入れ性が高くなりすぎて、靭性のバランスを損なうことがある。好ましくは、Cr、Mo、Cu、及び/又は、Niの合計量を0.70%以下とする。さらに好ましくは0.50%以下とする。
本発明の鋼材においては、上記成分組成のもとで、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBを0.49〜0.60とする。
CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
+1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBは、電子ビーム溶接に特有の溶融金属部におけるMn量の減少を考慮して焼入れ性を表示する指標である。CeEBが0.49未満であると、溶融金属部の焼入れ性が不足し、上部ベイナイトが生成して、溶接継手の破壊靭性が不十分になる。
CeEBを0.50以上、好ましくは0.51以上にすると、破壊靱性が、さらに向上する。しかし、CeEBが0.60を超えると、熱影響部(HAZ)が硬化して、溶接継手の破壊靭性が不十分になる。それ故、CeEBの上限は0.59が好ましく、より好ましくは0.58である。
電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBに対するC量の比(C/CeEB)は、溶融金属部の焼入れ性と、熱影響部及び母材の焼入れ性のバランスを表示する指標であり、0.04〜0.18が好ましい。電子ビーム溶接では、Mnが蒸発して、溶融金属部のMn量が母材のMn量より少なくなるので、母材のC量を増加して、焼入れ性を確保することが好ましいが、C量が過剰になると、熱影響(HAZ)に、高炭素マルテンサイトが生成する。
C/CeEBが0.04未満であると、溶融金属部の焼入れ性が不足して、破壊靭性が低下するので、下限を0.04とする。好ましい下限は0.05である。一方、C/CeEBが0.18を超えると、熱影響部の硬度が上昇し、破壊靭性が低下することがあるので、上限は0.18とする。好ましい上限は0.15であり、さらに好ましくは、0.10である。
本発明の鋼材は、電子ビーム溶接で形成した溶接継手において、溶融金属部のCTOD値:δWM、熱影響部のCTOD値:δHAZ、及び、母材のCTOD値:δBMが、下記(2)式と(3)式を満足することが好ましい。
0.15≦δWM/δBM≦1.1 ・・・(2)
0.15≦δHAZ/δBM≦1.1 ・・・(3)
ただし、δWM、δHAZ、及び、δBMは、0℃で三点曲げCTOD試験を6回行ったときのCTOD値の最低値である。なお、δBM、δHAZ、及び、δWMのうち、δBMが最も大きくなるが、測定データのばらつきを考慮して、δWM/δBM、及び、δHAZ/δBMの上限を1.1とする。
δWM/δBM、及び、δHAZ/δBMが0.15未満になると、δWM、δHAZ、及び、δBMのバランスが極端に悪くなり、溶接部の破壊靱性が大きく低下するので、δWM/δBM、及び、δHAZ/δBMの下限は0.15とする。本発明のように、微細なTiNを利用する鋼を電子ビーム溶接する場合は、HAZ、WMの破壊靭性を母材と同等にまで高めることは難しい。したがって、特に、母材の破壊靭性を高める必要がある場合、δWM/δBM、及び、δHAZ/δBMの好ましい上限は0.40であり、より好ましくは0.3である。
即ち、本発明の鋼材によれば、電子ビーム溶接後の溶接継手における溶融金属部及び熱影響部の破壊靭性は、母材の破壊靱性と比較して、著しく劣化せず、各部の破壊靱性が適度にバランスした溶接継手を得ることができる。
電子ビーム溶接は、簡易な設備で達成できる低真空度、例えば、10Pa以下の減圧下で行うことができる。真空度の下限は、設備の能力にもよるが、10-2Paが好ましい。溶接条件は、加速電圧130〜180V、ビーム電流100〜130mA、溶接速度100〜250mm/分の範囲内で、装置の性能や鋼材の板厚に応じて決定する。例えば、板厚80mmの場合、加速電圧175V、ビーム電流120mA、及び、溶接速度125mm/分程度が推奨される。
次に、本発明の鋼材の製造方法について説明する。本発明の鋼材は、素材であるスラブ(鋼片)などの鋼材を加熱し、次いで、熱間圧延及び熱処理などの加工熱処理を施して製造される。鋼材(鋼片)の製造方法は、工業的には、連続鋳造法が好ましい。連続鋳造法によれば、鋳造後の冷却速度を高めて、生成する酸化物とTi窒化物を微細化することができるので、靭性向上の点から、連続鋳造法が好ましい。
一般に、高Mn鋼は、炭素鋼や低合金鋼に比較して熱間加工性が劣るので、適正な条件で、加工熱処理を施す必要がある。本発明においては、まず、前記成分組成の鋼材(鋼片)を、950〜1150℃に加熱する。加熱温度が950℃未満であると、熱間圧延時の変形抵抗が大きくなり、生産性が低下する。一方、1150℃を超えて加熱すると、鋼材(鋼片)のTi窒化物が粗大化して、鋼材(母材)や熱影響部の靱性が低下することがある。
鋼材(鋼片)を950〜1150℃に加熱した後、加工熱処理を施す。加工熱処理は、鋼材の強度及び靱性を高めるために有効で、例えば、(1)制御圧延(CR)、(2)制御圧延−加速冷却(ACC)、(3)圧延後直接焼入れ−焼戻し処理(QT)等の方法がある。本発明では、破壊靭性の向上の点で、(2)制御圧延−加速冷却、及び、(3)圧延後直接焼入れ−焼戻し処理が好ましい。
未再結晶温度域(約900℃以下)で行う制御圧延は、鋼材の組織を微細化し、強度及び靭性の向上に有効である。本発明では、加工フェライトの生成を防止するため、制御圧延を、Ar変態点以上の温度で終了することが好ましい。
特に、制御圧延を行なう場合、引続き、加速冷却を行うと、ベイナイトやマルテンサイトなどの硬質相が生成して、強度が向上する。強度及び靭性を確保するためには、加速冷却の停止温度は、400〜600℃が好ましい。圧延後の直接焼入れは、制御圧延の温度域より高温の温度域で熱間圧延を行った後、水冷等によって焼入れる方法である。この方法によれば、通常、強度が上昇するので、焼戻しを行って靭性を確保する。焼戻し温度は、400〜600℃が好ましい。
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
(実施例1)
表1及び表2に示す成分組成の鋼材を用いて、表3及び表4に示す条件により、鋼材を製造した。鋼材から試験片を採取し、引張試験及びCTOD試験を行い、母材の引張強度及び破壊靭性値を測定した。母材の強度は、板厚1/2部から圧延方向を長手方向として試験片を採取し、JIS Z 2241に基づいて測定した。なお、降伏応力が355〜420MPaであるものを良好と評価した。
鋼材に電子ビーム溶接を施し、I開先の突合せ溶接継手を作製した。電子ビーム溶接は、RPEBW法を採用し、1mbar程度の真空下で、電圧175V、電流120mA、溶接速度125mm/分程度の条件で行った。溶接ビード幅は3.0〜5.5mmである。
そして、溶接継手から、(a)板厚60mm未満の場合は、t(板厚)×2tの試験片、(b)板厚60mm以上の場合は、t(板厚)×tの試験片を、各6本採取した。試験片に、ノッチとして、50%疲労亀裂を、溶融金属部(WM)の中央、融合部(FL)、及び、母材(BM)の各位置に導入した。ノッチを導入した試験片を図6に示す。
なお、電子ビーム溶接では熱影響部の幅が狭いので、溶融金属部にノッチを導入した試験片を用い、熱影響部のCTOD値δHAZを測定した。
試験温度0℃で、CTOD試験を実施し、破壊靭性値δcを求めた。各ノッチ位置で、6本の最低値を、それぞれ、破壊靭性値δWM、δHAZ、δBMとした。表3及び表4には、溶接継手の溶融金属部(WM)のCTOD値δWM、熱影響部(HAZ)のCTOD値δHAZ、及び、母材(BM)のCTOD値δBMに基づくδWM/δBM、及び、δHAZ/δBMを示した。
Figure 2011246803
Figure 2011246803
Figure 2011246803
Figure 2011246803
表1及び表3に示すように、発明例の鋼材No.1〜30は、成分組成、CeEB、C/CeEBが、いずれも、本発明の範囲内にあり、母材(BM)、熱影響部(HAZ)、及び、溶融金属部(WM)のδcの比、δHAZ/δBM、及び、δWM/δBMは十分な値を示している。
これに対し、表2及び表4に示すように、鋼材No.31は、C量が少なく、Mn量が多く、また、CeEBが高く、C/CeEBが低いため、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値は低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMは十分な値を示していない。
鋼材No.32は、C量が多く、C/CeEBが高いため、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値は不十分である。鋼材No.34は、Mn量が少なく、CeEBが低いため、母材(BM)の強度が低く、さらに、溶融金属部(WM)の焼入れ性が不足して、溶融金属部(WM)のCTOD値が低下し、δWM/δBMの値は不十分である。
鋼材No.33は、Si量が多いため、脆化相の生成が多く、熱影響部(HAZ)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMの値が不十分である。鋼材No.35は、Mn量が多く、CeEBが高いため、熱影響部(HAZ)のCTOD値が低くなり、δHAZ/δBMの値が不十分である。
鋼材No.36及びNo.37は、それぞれ、P量及びS量が多いため、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値が不十分である。鋼材No.38及びNo.39は、それぞれ、Nb量及びV量が多いため、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値が不十分である。
鋼材No.40は、Ti量が少なく、鋼材No.43は、N量が少ないため、TiNの生成が不十分になり、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値が不十分である。
鋼材No.41は、Ti量が多く、鋼材No.44は、N量が多いため、TiNが粗大になり、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値が不十分である。鋼材No.42は、Al量が多く、鋼材No.45は、O量が多く、破壊の起点となる酸化物が多いため、熱影響部(HAZ)と溶融金属部(WM)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMとδWM/δBMの値が不十分である。
鋼材No.46〜No.49の成分組成は本発明の範囲内であるが、鋼材No.46は、CeEBが低く、鋼材No.47は、C/CeEBが低いため、溶融金属部(WM)の焼入れ性が不足して、CTOD値が低下し、δWM/δBMの値が不十分である。鋼材No.48は、CeEBが高く、鋼材No.49は、C/CeEBが高いため、熱影響部(HAZ)のCTOD値が低く、δHAZ/δBMの値が不十分である。
本発明によれば、降伏強度355MPa級の鋼材の電子ビーム溶接継手の溶融金属部及び熱影響部において、母材の破壊靱性に比較して、破壊靭性の劣化が少ないので、各部の破壊靱性が高度にバランスした電子ビーム溶接継手と、該溶接継手を形成でき、洋上風力発電用鉄塔の基礎部分の建設に適した鋼材を安価に提供することができる。よって、本発明は、大型鋼構造物建設産業において利用可能性が高いものである。

Claims (10)

  1. 鋼材の被溶接部に電子ビームを照射して形成する電子ビーム溶接継手であって、該鋼材が、質量%で、C:0.02〜0.1%、Si:0.05〜0.30%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、O:0.0045%以下、Al:0.004%超0.05%以下、Ti:0.005〜0.015%、N:0.0020〜0.0060%、を含有し、Nb及び/又はVを、Nb:0.020%以下、V:0.030%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、さらに、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBが0.49〜0.60であることを特徴とする電子ビーム溶接継手。
    CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
    +1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
    ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
  2. 前記電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBに対するC量の比(C/CeEB)が0.04〜0.18であることを特徴とする請求項1に記載の電子ビーム溶接継手。
  3. 前記鋼材が、さらに、質量%で、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:0.25%以下、及び、Ni:0.50%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の電子ビーム溶接継手。
  4. 前記鋼材の厚さが45〜150mmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の電子ビーム溶接継手。
  5. 前記電子ビーム溶接継手において、10Pa以下の真空度で溶接した後の溶融金属部のCTOD値δWM、熱影響部のCTOD値δHAZ、及び、母材のCTOD値δBMが、下記(2)式と(3)式を満足することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の電子ビーム溶接継手。
    0.15≦δWM/δBM≦1.1 ・・・(2)
    0.15≦δHAZ/δBM≦1.1 ・・・(3)
    ただし、δWM、δHAZ、及び、δBMは、0℃で三点曲げCTOD試験を6回行ったときのCTOD値の最低値である。
  6. 請求項1に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、質量%で、C:0.02〜0.1%、Si:0.05〜0.30%、Mn:1.5〜2.5%、P:0.015%以下、S:0.010%以下、O:0.0045%以下、Al:0.004%超0.05%以下、Ti:0.005〜0.015%、N:0.0020〜0.0060%を含有し、Nb及び/又はVを、Nb:0.020%以下、V:0.030%以下に制限し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、さらに、下記(1)式で定義する電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBが0.49〜0.60であることを特徴とする電子ビーム溶接用鋼材。
    CeEB=C+9/40Mn+1/15Cu+1/15Ni
    +1/5Cr+1/5Mo+1/5V ・・・(1)
    ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及び、Vは、それぞれ、鋼材成分の含有量(質量%)である。
  7. 請求項2に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、前記電子ビーム溶接焼入れ性指標CeEBに対するC量の比(C/CeEB)が0.04〜0.18であることを特徴とする請求項6に記載の電子ビーム溶接用鋼材。
  8. 請求項3に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材であって、さらに、質量%で、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Cu:0.25%以下、及び、Ni:0.50%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項6又は7に記載の電子ビーム溶接用鋼材。
  9. 請求項4に記載の電子ビーム溶接継手を形成する鋼材の厚さが45〜150mmであることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の電子ビーム溶接用鋼材。
  10. 請求項6〜9のいずれか1項に記載の電子ビーム溶接用鋼材の製造方法であって、請求項6〜8のいずれか1項に記載の成分組成を有する鋼材を、950〜1150℃に加熱し、その後、加工熱処理を施すことを特徴とする電子ビーム溶接用鋼材の製造方法。
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