JP2005314346A - 化合物ライブラリーを用いて金属と反応する化合物をスクリーニングする方法およびそれを用いた金属微粒子の生産方法、並びに水溶液中で金属と反応することができる化合物 - Google Patents

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Abstract

【課題】 水溶液中で金属のナノ構造体の形成を促進可能な化合物をスクリーニングする方法、スクリーニングされた化合物を用いて金属の微粒子を生産する方法、並びに水溶液中で金属と反応して金属のナノ構造体形成を制御することができる化合物を提供することにある。
【解決手段】 化合物ライブラリー、例えばペプチドライブラリーを作製し、金属の水溶液、たとえば塩化金(III)酸ナトリウム水溶液と反応させ、特異的な呈色反応を示す化合物を抽出、同定することによりスクリーニングを行う。スクリーニングされた化合物を金属水溶液と反応させることにより金属微粒子を生産することができる。化合物の種類、濃度を変えることで微粒子の粒形、大きさを制御することができる。
【選択図】 図10

Description

本発明は、化合物ライブラリーを用いて金属と反応する化合物をスクリーニングする方法およびそれを用いた金属微粒子の生産方法、並びに水溶液中で金属と反応することができる化合物に関するものであり、特に、水溶液中で金属のナノ構造体形成を促進可能な化合物をスクリーニングする方法、およびそれを用いた金属微粒子の生産方法、並びに分子中に少なくとも2以上のトリプトファンを含む化合物等、水溶液中で金属と反応して金属のナノ構造体形成を制御することができる化合物に関するものである。
ナノスケールでの物質の制御を目的とするナノテクノロジーには、物体を微細加工していくことでナノ構造を作るトップダウン式の技術と、原子や分子を組み立ててナノ構造を作り上げるボトムアップ式の技術がある。粒形がナノオーダーの超微粒子は、バルクとは異なる性質を示すことから、種々の電子材料の新素材として注目されている。これまで、電子デバイスなどは、主にリソグラフィーのようなトップダウン式の方法で作製されてきた。しかし、半導体の微細化等に見られるように、微細化は加工の極限に達し、限界が近づいているといわれている。また、トップダウン式の方法では大規模な工場や大型の電子ビーム露光装置等を必要とし、コストも膨大なものとなってきている。そのため、近年、ボトムアップ式でのナノ構造構築、すなわち自己組織化して配線等を作製する方法が求められている。その一つに、生物が行う微細構造構築を模倣するアプローチがあり、生物を模倣したプロセスを利用してボトムアップ式で電子デバイス等を作製する研究はバイオナノテクノロジーと呼ばれ注目されている。
バイオナノテクノロジーの中でも、生物による無機物質の合成のことをバイオミネラリゼーションという。近年、バイオミネラリゼーションに関わる遺伝子及び遺伝子産物の同定を行い、その結果を利用して人工タンパク質を合成し、無機結晶の成長制御を試みる研究が行われており、例えば炭酸カルシウムやシリカの合成に活用されている(非特許文献1)。
さらに近年、コンビナトリアルケミストリーを利用したバイオナノテクノロジーが研究され始めている。コンビナトリアルケミストリーとは、複数の異なる要素を組み合わせて、ライブラリーと呼ばれる多数の化合物群を作り出し、その中から望みの性質を持つ物質を迅速に見つけ出す方法である。コンビナトリアルケミストリーは、主に新薬発見の高速化のために用いられてきた方法であるが、近年、半導体、金属、金属酸化物等の表面を認識する化合物の探索法としての利用が試みられている(非特許文献2)。金属や半導体表面を認識するペプチドが明らかになれば、穏やかな条件下で量子ドットを二次元配列させたり、複数の金属を規則正しく配列させたりすることができる可能性があるため有用である。
現在、コンビナトリアルケミストリーの手法の中でも、ファージディスプレイ(phage display)法と細胞表層ディスプレイ(cell-surface display)法が利用されている。ファージディスプレイ法とは、バクテリオファージのコートタンパク質をランダム化してライブラリーとし、ターゲット分子を認識するペプチドを探す方法である。例えば、銀微粒子の表面を認識するアミノ酸配列が見出され、得られたアミノ酸配列を持つペプチドが銀微粒子の成長を促進することが明らかとなっており(非特許文献3)、また、M13バクテリオファージのキャプシドに見出されるペプチドを用いたドットナノワイヤを作製する手法等が報告されている(非特許文献4,5)。一方、細胞表層ディスプレイ法とは、細胞表層タンパク質をアンカーとして用い、ランダムなペプチドをアンカータンパク質との融合タンパク質として発現させる方法である。例えば、細胞表層ディスプレイ法によって、金の紛体に結合するペプチドが見出され、得られたアミノ酸配列を持つペプチドが金微粒子の成長に影響を及ぼすことが明らかになっている(非特許文献6)。また、金属微粒子の製造方法としては、例えば、金属イオンの混合水溶液に超音波を照射することにより、金属微粒子を製造する方法が知られている(特許文献1)。
このように、近年バイオナノテクノロジーを用いた新規なボトムアップ式のナノ構造構築法の研究が盛んになっており、また、バイオナノテクノロジーにコンビナトリアルケミストリーを応用する研究も始められている。
吉野勝美監修:ナノ・IT時代の分子機能材料と素子開発、エヌ・ティー・エス(2004) Sandra R.Whaley, D.S.English, Evelyn L.Hu, Paul F.Barbara and Angela M.Belcher., Nature, 405, 665-668(2000) Rajesh R. Naik, Sarah J. Stringer, gunjan Agarwal, Sharon E. Jones and Morley O.Stone., Nature Materials, Vol1, 169(2002) C.Mao, C.E.Flynn, A.Hayhurst, R.Sweeney, J.Qi, G.Georgiou, B.Iverson and A.M.Belcher., PNAS, 100, 6946-6951(2003) C.Mao, D.J.Solis, B.D.Reiss, S.T.Kottmann, R.Y.Aweeny, A.Hayhurst, G.Georgiou, B.Iverson and A.M.Belcher., Science, 303, 213-217(2004) Stanley Brown, Mehmet Sarikaya and Erik Johnson., J.Mol.Biol.299, 725-735(2000) Stanley Brown, Nature Biotechnology, 15, 269(1997) 特開2001−152213号公報(公開日:2001年6月5日)
このように、近年ボトムアップ式のナノテクノロジーにおいて利用可能な生体分子の探索が始められ、実際に貴金属や半導体表面を特異的に認識するペプチドが明らかになってきている。しかしながら、現在までに行われている研究は、無機材料の固体表面を認識する化合物を探索するものであり、水溶液中で金属イオンを還元してナノ構造形成を促す化合物の探索については報告されていない。
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、水溶液中で金属のナノ構造体の形成を促進可能な化合物をスクリーニングする方法、スクリーニングされた化合物を用いて金属の微粒子を生産する方法、並びに水溶液中で金属と反応して金属のナノ構造体形成を制御することができる化合物を提供することにある。
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、コンビナトリアルケミストリーの手法を用いて、水溶液中で金属を還元し、金属の微粒子を生成することができる化合物のスクリーニング方法を独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明にかかる金属と反応する化合物のスクリーニング方法は、上記課題を解決すべく、化合物ライブラリーを作製するライブラリー作製工程と、ライブラリー作製工程により得られた化合物ライブラリーの水溶液を、スクリーニング対象となる金属をイオンとして含む金属水溶液と混合し反応させる金属イオン反応工程と、化合物ライブラリーの中から、金属水溶液中の金属イオンと反応した化合物を抽出する抽出工程と、抽出工程により抽出された化合物を同定する同定工程と、を含むことを特徴としている。これにより、きわめて多数の化合物ライブラリーの中から、金属を識別し、水溶液中で還元することができる化合物を効率よくスクリーニングすることが可能となる。
上記スクリーニング方法における化合物ライブラリー作製工程としては、1ビーズ1分子法を用いることが好ましい。1ビーズ1分子法を用いることにより、多数の化合物を簡便に同時合成することができ、混合物のままスクリーニングすることができる。
上記金属としては、典型金属であっても遷移金属であってもよいが、遷移金属としては、第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることが好ましく、金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることがさらに好ましい。
上記スクリーニング方法においては、上記抽出工程で抽出される化合物は、ペプチドであることが好ましい。または、少なくとも1以上がインドール環を含むことが好ましい。
上記インドール環を含む化合物はペプチドであることが好ましい。上記ペプチドは、少なくとも2以上のトリプトファンを含むことが好ましく、少なくとも2以上のトリプトファンが隣接して配列することがさらに好ましい。また、上記ペプチドが配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことが好ましく、さらに、上記ペプチドが配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることが好ましい。
本発明にかかる金属微粒子を生産する方法は、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法によって同定された化合物を水溶液中で金属と反応させ、金属イオンを還元することにより、金属微粒子を生産することを特徴とする。
また、本発明にかかる粒径が500nm以下の金属微粒子を生産する方法は、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法によって同定された化合物を水溶液中で金属と反応させ、金属イオンを還元することにより、粒径が500nm以下の金属微粒子を生産することを特徴とする。
また、本発明にかかる粒径が200nm以下の金属微粒子を生産する方法は、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法によって同定された化合物を水溶液中で金属と反応させ、金属イオンを還元することにより、粒径が200nm以下の金属微粒子を生産することを特徴とする。
さらに、上記金属は典型金属であっても遷移金属であってもよいが、上記遷移金属が第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることが好ましい。また、上記遷移金属は金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることが好ましい。これらの本発明にかかる金属微粒子の生産方法により、金属微粒子を生産することができ、また、化合物の種類、化合物の濃度を変えることにより、金属の形状、大きさを制御することが可能となる。
また、本発明にかかる化合物は、水溶液中で金属と反応することができる化合物であって、該化合物はペプチドであることが好ましい。また、本発明に係る化合物は、分子中に少なくとも1以上のインドール環を含み、水溶液中で金属と反応することができることを特徴とする。さらに、上記化合物はペプチドであることが好ましい。また、上記化合物においては、分子中に少なくとも2以上のトリプトファンを含むことが好ましく、少なくとも2以上のトリプトファンが隣接して配列することがさらに好ましい。また、上記化合物が配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことが好ましく、配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。
上記化合物が水溶液中で反応する金属は典型金属であっても遷移金属であってもよいが、上記遷移金属が第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであるものであることが好ましい。また、上記遷移金属は金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることが好ましい。
以上のように、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法は、化合物ライブラリーを作製するライブラリー作製工程と、ライブラリー作製工程により得られた化合物ライブラリーの水溶液を、スクリーニング対象となる金属をイオンとして含む金属水溶液と混合し反応させる金属イオン反応工程と、化合物ライブラリーの中から、金属水溶液中の金属イオンと反応した化合物を抽出する抽出工程と、抽出工程により抽出された化合物を同定する同定工程と、を含む。それゆえ、ライブラリー作製工程によって得られる、極めて多数の化合物ライブラリーには、既に、目的化合物またはそれに極めて近い化合物が含まれている。そこで、金属イオン反応工程、抽出工程、同定工程を経ることにより、試行錯誤の有機合成を行うことなく、非常に効率的に、金属のナノ構造体形成を促進可能な候補化合物を得ることができるという効果を奏する。
さらに、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法により同定された化合物を水溶液中で金属と反応させ、これらのイオンを還元することにより、粒径がナノオーダーの金属の微粒子を生産することができるという効果を奏する。また、化合物の種類、化合物の濃度を変えることにより、金属の形状、大きさを制御することが可能となり、使用目的に応じた金属ナノ構造体を提供することができるという効果を奏する。
さらに、本発明にかかる化合物は、水溶液中で金属と反応することができ、水溶液中において、粒径がナノオーダーの貴金属等の微粒子生産に好適に用いることができるという効果を奏する。
本発明の実施の一形態について以下に詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
本実施の形態では、本発明にかかる化合物のスクリーニング方法、本発明にかかる金属微粒子の生産方法、本発明にかかる化合物の順に、本発明を詳細に説明する。
(1)本発明にかかる化合物のスクリーニング方法
本発明にかかる化合物のスクリーニング方法は、化合物ライブラリーを作製するライブラリー作製工程と、ライブラリー作製工程により得られた化合物ライブラリーの水溶液を、スクリーニング対象となる金属をイオンとして含む金属水溶液と混合し反応させる金属イオン反応工程と、化合物ライブラリーの中から、金属水溶液中の金属イオンと反応した化合物を抽出する抽出工程と、抽出工程により抽出された化合物を同定する同定工程を含む。そこで、本発明を構成する各工程について説明する。
<ライブラリー作製工程>
本発明では、まず、水溶液中で対象の金属等と反応させるための化合物ライブラリーを作製した。化合物ライブラリーの作製方法としては、従来公知の種々の方法を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、化合物がペプチドである場合、後述する実施例においては、1ビーズ1分子法の一例である1ビーズ1ペプチド法(Lam K.S., Salmon S.E., Hersh E.M., Hruby V.J., Kazmierski W.M. and Knapp R.J. A New Type of Synthetic Peptide Library for Identifying Ligand-Binding Activity, Nature, 354, 82(1991))を用いている。
1ビーズ1分子法とは、1つのポリスチレンビーズに1種類のみの分子が結合しているようなライブラリーを作製し、ターゲット分子を特異的に認識する分子を探索する手法であり、コンビナトリアルケミストリーの一手法である。1ビーズ1分子法は、多数の化合物を簡便に同時合成することができ、混合物のままスクリーニングすることができるので効率がよく、できるだけ多くの種類の化合物からなるライブラリーを得るのに適した方法である。
1ビーズ1ペプチド法は、上記ポリスチレンビーズに結合させる分子としてペプチドを用いた方法である。1ビーズ1ペプチド法の一例として、3種類のアミノ酸を用いてできる2残基ペプチドのライブラリーを作製する場合の概略を図1に示した。図1において、四角形はそれぞれアミノ酸を表している。まず、表面にリンカーを介してアミノ基が結合したポリスチレンビーズを多数用意し、これを三等分する。三等分したそれぞれのビーズに異なるアミノ酸をカップリングした後、この三等分したビーズを混合する。この操作をもう一度繰り返すと、3×3=9種類のペプチドがすべて合成されたことになる。実際には、一つのビーズ上には100pmol程度のペプチドが結合している。1ビーズ1ペプチド法では、20種類のアミノ酸で構成される5残基のランダムペプチドライブラリーが作製される。
上記の1ビーズ1分子法以外の方法としては、例えば、液相合成による混合物合成法、パラレル合成法等の方法を用いることもできる。
<金属イオン反応工程>
ライブラリー作製工程により作製した化合物ライブラリーを、識別対象とする金属の水溶液と混合し反応させた。反応工程は、化合物ライブラリーに含まれる化合物を、識別対象とする金属の水溶液中の金属イオンと反応させることができるものであればよく、特に限定されるものではない。ここでいう「化合物と金属イオンとの反応」とは、化合物により金属イオンを還元することを指す。
例えば、作製したライブラリーを金属の水溶液に浸し、室温でインキュベートする方法等により、反応を行うことができる。金属としては、特に限定されるものではなく、典型金属であっても遷移金属であってもよい。典型金属としては、例えばリチウム、ベリリウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、ルビジウム、ストロンチウム、セシウム、バリウム、フランシウム、ラジウム、アルミニウム、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、水銀、タリウム、鉛等が挙げられる。また、遷移金属とは、長周期型周期表において第3族ないし第11族に含まれる金属をいう。遷移金属としては、特に限定されるものではないが、第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含む金属を好適に用いることができ、中でも金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムなどの貴金属を特に好適に用いることができる。後述する実施例においては、金、銀、白金、パラジウム、ニッケルの標準還元電位が高く還元されやすいため、これらのイオンを還元できるペプチドのスクリーニングが他の元素に比べて容易であると考えられることから、金、銀、白金、パラジウム、ニッケルを用いているが、もちろんこれに限定されるものではない。金属の存在形態としては、塩、ハロゲン化物や、水酸化物等の他、遊離のイオン等であってもよい。例えば、塩化金(III)、テトラクロロ金(III)酸塩、硝酸銀、フッ化銀、テトラクロロ白金(II)酸塩、ヘキサクロロ白金(IV)酸塩、塩化パラジウム、テトラクロロパラジウム(II)酸塩、二塩化ニッケル、硫化カドミウム等を用いることができる。
<抽出工程>
抽出工程は、化合物ライブラリーに含まれる化合物のうち、識別対象とする金属水溶液中の金属イオンと反応した化合物を検出し、採取する工程であり、従来公知の定性分析法を利用することができ、特に限定されるものではない。例えば、金属イオン反応工程の反応液中に生成した金属微粒子の特異的な発色を光学顕微鏡で観察し、水溶液中の金属イオンとは異なる色を特に強く呈しているビーズを採取する方法等を用いることができる。抽出される化合物は単数であっても複数であっても構わないが、複数の化合物であることが好ましく、抽出される化合物のうち少なくとも1以上がインドール環を含むことが好ましい。インドール環を含む化合物としては、トリプトファンを含有するタンパク質、ペプチドや、インドールアルカロイド等が挙げられる。インドール環を含む化合物がペプチドである場合は、分子中に少なくとも2以上のトリプトファンを含むことが好ましく、少なくとも2以上のトリプトファンが分子内で隣接して配列していることがさらに好ましい。ここで、「2以上のトリプトファンが分子内で隣接して配列していること」には、2以上のトリプトファンがアミド結合により直鎖状に結合している場合の他、分子内で空間的に隣り合って存在する場合も含まれる。インドール環を含む化合物がペプチドである場合は、配列番号1ないし6のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことが好ましく、配列番号1ないし6のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。
<同定工程>
同定工程は、抽出工程により抽出された化合物の構造を決定する工程であればよく、従来公知の方法を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、抽出工程により抽出された化合物をプロテインシーケンサに供し、アミノ酸配列分析を行う方法等を用いることができる。
(2)本発明にかかる金属微粒子生産方法
本発明にかかる金属微粒子生産方法は、本発明にかかるスクリーニング方法によりスクリーニングされた化合物を合成、精製し、精製された化合物を水溶液中で対象とする金属イオンと反応させ、微粒子を形成できるものであればよい。例えば、金微粒子の生産方法として、本発明にかかるスクリーニング法によりスクリーニングされたペプチドをFmoc合成法によって合成し、合成されたペプチドを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって精製し、質量分析計によって同定した後、このペプチドの水溶液に塩化金(III)酸ナトリウムの水溶液を加えて反応させる方法を挙げることができる。本発明において、得られる微粒子は金属の微粒子であればよい。金属は典型金属であっても遷移金属であってもよいが、遷移金属としては第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることが好ましく、金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることがさらに好ましい。ここで、本発明で用いられる化合物の濃度は、特に限定されるものではないが、化合物の濃度を変更することにより、生産される微粒子の形状や大きさを制御することが可能である。例えば、化合物として配列番号1ないし6に記載したいずれかのペプチドを用いた場合は、後述する実施例に示したように、ペプチド濃度が低いほど核生成速度が遅く、板状粒子が生成されやすく、最大粒径が大きくなる傾向が見られた。微粒子の粒径は特に限定されるものではないが、微粒子の凝集を防ぐため500nm以下であることが好ましく、微粒子の凝集をより一層防ぐことができるため、200nm以下であることがさらに好ましい。
(3)本発明にかかる化合物
本発明にかかる化合物は、水溶液中で金属と反応することができる化合物であって、該化合物はペプチドであればよい。または、分子中に少なくとも1以上のインドール環を含み、水溶液中で金属と反応することができるものであればよく、特に限定されるものではない。例えば、分子中にトリプトファンを含む水溶性タンパク質、ペプチド、インドールアルカロイド等を挙げることができるが、上記化合物はペプチドであることが好ましい。また、上記化合物は分子中に少なくとも2以上のトリプトファンを含むことが好ましく、少なくとも2以上のトリプトファンが隣接して配列することがさらに好ましい。このような化合物を用いることにより、水溶液中で目的とする金属微粒子を効率よく得ることができる。
また、上記化合物は配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことが好ましく、配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。このような化合物を用いることにより、水溶液中で目的とする金属微粒子をより一層効率よく得ることができる。
本発明にかかる化合物と水溶液中で反応する金属としては、典型金属であっても遷移金属であってもよく、特に限定されるものではない。上記遷移金属としては、第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることが好ましく、さらに、上記遷移金属が金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることがより好ましい。本発明にかかる化合物をこれらの金属と反応させることにより、金属の粒径がナノオーダーの金属微粒子を得ることができる。
(4)本発明の利用(有用性)
本発明により、水溶液中で金属のイオンを還元してナノ構造を形成する化合物のスクリーニング法が初めて提供された。本発明によれば、目的とする金属分子を特異的に認識可能な化合物を極めて多数のライブラリーの中から短時間に効率よくスクリーニングすることができ、従来のように試行錯誤の有機合成を行わずに候補化合物を得ることができるため、製品開発の短縮化を図ることができ、非常に有用である。また、本発明にかかるスクリーニング方法は、スクリーニング条件を整えることで、種々の金属等の微粒子に適用が可能であると考えられるため、新規ナノ材料の創出に寄与することが可能である。さらに、後述する実施例ではペプチドライブラリーを用いているが、他のライブラリーにも適用可能であるため、新規な機能分子探索方法の基礎研究としても有用である。
本発明にかかる金属微粒子生産方法は、水溶液中で簡便な方法で行うことができ、簡易な設備で低コストにナノ構造を有する金属を得ることができるため、金属微粒子を大スケールで容易に生産することができる。また、得られた化合物にリンカーを結合することで、貴金属などの金属の微粒子を合成したい場所にのみ合成できる可能性があり、ナノスケールでの物質制御に寄与することができる。ナノスケール物質の形状、大きさ、配向等の制御は、電気的、光学的、磁気的性質、あるいは触媒活性の最適化に重要であり、大きさや形状を制御でき、しかもできるだけ多くの量を合成できるナノスケール物質の創成技術が求められている。特に、自己組織化、すなわち、ある種の最適な合成条件下でナノ構造が自発的に成長する技術の開発が重要である。本発明にかかる金属微粒子の生産方法によれば、化合物の種類や濃度を変更することにより、微粒子の形状や大きさを制御することができるため、電子材料、量子デバイス、光メモリ用材料、半導体、バイオチップの素材等として、使用目的に応じて自己組織的に金属微粒子を提供することが可能となる。
また、本発明にかかる化合物は、水溶液中で金属と反応することができ、金属微粒子の生産に好適に用いることができる。したがって、新規ナノ材料創出のための原料として有用であり、産業上幅広く利用することができる。
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、本発明を実施例および図2ないし図37に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
〔実施例1〕
<金と反応する化合物のスクリーニング方法>
(ペプチドライブラリーの作製方法)
5残基ランダムペプチドライブラリーを、1ビーズ1ペプチド法によって作製した。ライブラリーの作製方法を図2に示した。ビーズにはNOVASYN TG resin(Nova biochem製、アミノ基の量:0.20mmol/g resin)を用いた。NOVASYN TG resinの模式図を図3に示した。アミノ酸は、ジスルフィド結合による分子間及び分子内架橋を避けるために、システインを除く19種類の標準アミノ酸を用いた。したがって、構築したペプチドライブラリーは、19=2.48×10種類のペプチドから構成される。1つのビーズには約100pmolのアミノ基が結合しているため、1つのビーズに1種類のペプチドを割り当てると、2.48×10×100pmol=2.48×10pmolのアミノ基が必要である。ビーズ上のアミノ基は、0.20mmol/gとして、必要なビーズの質量は、2.48×10−4mol/0.2mmol/g=1.24gと計算される。実際には、全種類のペプチドが均等に合成できるとは限らないため、10倍の12.4gのビーズを用いた。ペプチド合成にはFmoc合成法を用いた。Fmoc法の概要を図4に示す。合成されたペプチドは、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製 検出器:SPD−10A、送液ポンプ:LC−10AD、脱気装置:DGU−10A、カラムオーブン:CTO−10A、低圧グラジエントユニット:FCU−10AC、HPLCカラム:COSMOSIL 5C18−AR−II Packed Column、分析用4.6mm×150mm、精製用10mm×250mm(ナカライテクス製))で精製し、質量分析計(Voyger System 4210 Voyger−DE STR、Applied Biosystems製)で同定した。
(スクリーニング)
作製したライブラリーからビーズを200mgずつ取り、それぞれを10mM塩化金(III)ナトリウム水溶液2mLに浸した。5分毎に攪拌しながら5分間室温でインキュベートした。ビーズを純水で洗浄後、シャーレに移し光学顕微鏡(C−BD115、ニコン社製)で観察した。ライブラリー全体から、特に強く赤色を呈しているビーズを6個採取した。その様子を図5に示した。これらのビーズをメタノール洗浄により脱色し、ビーズ上のペプチドのアミノ酸配列をプロテインシーケンサ(Procice 494 HT Protein Sequencing System、Applied Biosystems製)により分析した。
<スクリーニング結果>
塩化金(III)酸ナトリウム水溶液は、錯体AuCl4−の短波長の可視光吸収により、黄色透明である。しかし、スクリーニングにおいて多数のビーズ中にオレンジ色や赤色を呈しているものが光学顕微鏡により観察された。金微粒子は、表面プラズモンによって530nm付近の光を吸収し、赤色を呈することがよく知られている。よって、観察された赤色やオレンジ色は、ビーズ上に金微粒子が生成したことによるものと考えられ、回収したビーズ上には、金微粒子の形成を促進したペプチドが固定化されたものと考えられる。ここで、「プラズモン」とは、プラズマ振動の量子描像のことであり、金微粒子はプラズマ振動の吸収により赤色を呈する。
<アミノ酸配列分析結果>
プロテインシーケンサによるアミノ酸配列分析の結果、採取した6個のビーズに結合していたペプチドのアミノ酸配列は、Gly−Ser−Trp−Trp−Ser(以下GSWWSと記載(配列番号1))、Asp−Trp−Trp−Glu−Lys(以下DWWEKと記載(配列番号2))、Leu−Trp−Trp−Ala−Leu(以下LWWALと記載(配列番号3))、Leu−Trp−Trp−Trp−Lys(以下LWWWKと記載(配列番号4))、Val−Trp−Trp−Glu−Thr(以下VWWETと記載(配列番号5))、Asp−Trp−Pro−Gly−Trp(以下DWPGWと記載(配列番号6))であることがわかった。DWPGWを除いた5種類のペプチドのアミノ酸配列に共通していることは、トリプトファンが2つもしくは3つ並んでいることである。DWPGWには、トリプトファンの間にターンを作ることが知られているプロリンが含まれている。よって、DWPGW中の2つのトリプトファンは、水溶液中で接近していた可能性がある。これらの結果から、塩化金(III)酸ナトリウム水溶液中において、ビーズ上で強赤色を呈するほどの量の金微粒子が生成するためには、ペプチド中に2つ以上のトリプトファンが空間的に近接して存在することが必要であると考えられる。
表1は、スクリーニングされた各ペプチドの構成アミノ酸を示したものである。「疎水性アミノ酸」はトリプトファンを除いた構成アミノ酸中の疎水性アミノ酸の数である。構成アミノ酸中の親水性及び疎水性に顕著な偏りは見られなかった。また、親水性アミノ酸中でも、電荷等の点で顕著な特徴は得られなかった。したがって、今回のスクリーニング条件において、金イオンの還元に主な役割を果たしたアミノ酸はトリプトファンであり、その他のアミノ酸は大きな影響を与えなかったものと思われる。
非特許文献6,7によると、細胞表層ディスプレイ法によって金粉末の表面を認識するペプチドを探索した結果、ペプチドにトリプトファンは含まれていなかった。したがって、バルクの金表面の認識に必要なアミノ酸配列と、金イオンの還元に必要なアミノ酸配列は全く異なるものと考えられる。
〔実施例2〕
<本発明にかかるスクリーニング方法により得られたペプチドによる金微粒子の合成>
Fmoc法によりDWWEK、GSWWS、VWWET、LWWWK、LWWAL、DWPGWを合成した。また、各ペプチド中に含まれる空間的に近接して存在するトリプトファンの効果を調べるため、トリプトファンのダイマー(WW)を同様にFmoc法で合成した。これらのペプチドを高速液体クロマトグラフィーによって精製し、質量分析計で同定した。表2は、各ペプチドの質量分析の結果を示したものである。
次に、UV用セルに各ペプチドの水溶液を0.40mM、0.20mM、0.10mM、0.05mMとなるように調製した。ペプチド水溶液の濃度は、トリプトファンの280nmにおけるモル吸光計数(5500l/cm・mol、生化学データブックより)を用いて、次の式により算出した。
C=A/E/N(C:濃度、A:280nmにおける吸光度、E:モル吸光係数、N:ペプチド中のトリプトファンの数)
これらのペプチド水溶液を20℃の恒温槽で温めた後、濃度が0.20mMとなるよう塩化金(III)酸ナトリウム水溶液を加え、再び恒温槽に入れ保温した。8時間まで一定時間ごとに紫外可視分光光度計(UV−2450、島津製作所製)によりUV−visスペクトルを測定した。1日後、再びUV−visスペクトルを測定した。また、サンプルを透過型電子顕微鏡((TEM):JEM−200CX、日本電子製)用のカーボン支持膜(200オングストロームメッシュ、応研商事製)に微量載せて乾燥させた後、TEMおよび走査型電子顕微鏡((SEM):JSM−6500FE、日本電子製)によって観察した。
また、対照として、モノマーのトリプトファンの水溶液を、エッペンドルフチューブに0.40mM、0.20mM、0.10mM、0.05mMとなるように調製した。さらに、トリプトファン側鎖のインドールが金微粒子認識に果たす役割を確認するため、インドールの水溶液をエッペンドルフチューブに0.40mM、0.20mM、0.10mM、0.05mMとなるように調製した。次に、塩化金(III)酸ナトリウム水溶液を、濃度が0.20mMとなるようにそれぞれに加え、1日後、サンプルをSEM,TEMにより観察した。
<結果>
(I−1 DWWEKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてDWWEKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図6(a)ないし(d)に示した。図6(a)はDWWEKを0.40mM、図6(b)はDWWEKを0.20mM、図6(c)はDWWEKを0.10mM、図6(d)はDWWEKを0.05mM用いた場合の結果である。図6(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄いピンク色を呈した。その後、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれながら(レッドシフトしながら)大きくなり、同時に長波長側にもブロードな吸収が現れた。水溶液の色は、DWWEKの濃度が0.40mM、0.20mM、0.10mMの場合は濃い赤紫色に、0.05mMの場合は紫色に変化していった。図6(a)ないし(d)の右側の図からわかるように、吸光度の変化はペプチド濃度が高い方が速かった。水溶液の色の変化もペプチド濃度が高いほど速かった。図7は、反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。図7より、初めに520nm付近にあった吸収のピークは540nm付近に移動したことがわかる。また、長波長側の吸収のピーク位置は、ペプチド濃度が低いほど赤外側にあることが分かった。反応後の水溶液は2,3日で少量の沈降が起きたが、攪拌すると再び分散した。沈降の量はペプチド濃度が高いほど少なかった。
(I−2 SEMおよびTEMによる観察結果)
ペプチドとしてDWWEKを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図8(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。SEM付属のエネルギー分散型X線分析(EDS)装置により元素分析を行った結果を図9に示した。図9のCuのピークはカーボン支持膜に由来するもの、Cのピークはカーボン支持膜およびペプチドに由来するもの、Oのピークはペプチドに由来するものであると考えられる。したがって、SEM像で観察された微粒子は金微粒子であると判断された。図10は、球状粒子および板状粒子のTEM像および板状粒子の制限視野電子線回折(SAED)像を示したものである。TEMによっても、SEM像と同様、球状粒子と板状粒子が観察された。
球状の金微粒子は、530nm付近に吸収を持ち、赤色を呈することがよく知られている。また、三角形または六角形の板状粒子の表面プラズモンによる吸収には、約410nmおよび約470nmの弱い吸収と、長波長側のサイズに敏感な大きな吸収があり、さらに、板状粒子が大きいほど長波長側の吸収はレッドシフトすると報告されている(Jin, R., Cao, Y., Mirkin, C., Kelly, K.L., Schatz, G.C. and Zheng, J.G. Science, 294, 1901(2001) )。したがって、このペプチドのUV−visスペクトルにおいて観察された2つのピークは、球状粒子および板状粒子の混合物によるものと考えられる。表3は、本実施例で用いた各濃度におけるSEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。長波長側の吸収ピークが赤外側にある条件の板状粒子ほど最大粒径は大きく、Jinらの結果と一致していた。
(II−1 GSWWSを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてGSWWSを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図11(a)ないし(d)に示した。図11(a)はGSWWSを0.40mM、図11(b)はGSWWSを0.20mM、図11(c)はGSWWSを0.10mM、図11(d)はGSWWSを0.05mM用いた場合の結果である。図11(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄いピンク色を呈した。その後、GSWWSを0.05mM用いた場合以外は、520nm付近のピークが大きくなるにつれて長波長側にもブロードな吸収が現れ、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれていった(レッドシフトした)。水溶液の色は、GSWWSの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は濃い赤紫色に、0.10mMの場合は紫色に変化していった。GSWWSの濃度が0.05mMの場合は、520nm付近のピークはその後ほとんど変化せず、約7時間後に沈殿が生じはじめ、吸光度は低下していった。図12は反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。GSWWSの濃度が0.05mMの場合は、沈殿が生じたため水溶液はほぼ無色透明になり、ほとんど可視光を吸収していない。その他の3条件では、長波長側の吸収ピークの位置はペプチドの濃度が低いほど赤外側にあることがわかった。GSWWSの濃度が0.10mMの場合は、540nm付近のピークは、GSWWSの濃度が0.40mM、0.20mMの場合に比べて低くなっている。反応後の水溶液は2,3日で少量の沈降が起きたが、攪拌すると再び分散した。沈降の量はペプチド濃度が高いほど少なかった。
(II−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてGSWWSを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図13(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。GSWWSの濃度が0.10mMの場合は、板状の粒子が融合したような構造体が観察された。GSWWSの濃度が0.05mMの場合は、球状の粒子や板状の粒子が多数凝集して大きな塊を形成していた。これは、GSWWSの濃度が0.10mMの場合または0.05mMの場合は、ペプチドが少ないため粒子を十分に保護できず、粒子が凝集したものと考えられる。表4は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。長波長側の吸収ピークが赤外側にある条件の板状粒子ほど最大粒径は大きかった。GSWWSの濃度が0.10mMの場合は、板状粒子が凝集してさまざまな大きさの粒子が生成したため、UV−visスペクトルの長波長側の吸収がGSWWSの濃度が0.40mM、0.20mMの場合に比べてブロードになったと考えられる。
(III−1 VWWETを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてVWWETを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図14(a)ないし(d)に示した。図14(a)はVWWETを0.40mM、図14(b)はVWWETを0.20mM、図14(c)はVWWETを0.10mM、図14(d)はVWWETを0.05mM用いた場合の結果である。図14(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄いピンク色を呈した。その後、VWWETを0.05mM用いた場合以外は、520nm付近のピークが大きくなるにつれて長波長側にもブロードな吸収が現れ、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれていった(レッドシフトした)。水溶液の色は、VWWETの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は濃い赤紫色に、0.10mMの場合は紫色に変化していった。VWWETの濃度が0.05mMの場合は、520nm付近のピークはその後ほとんど変化せず、1日後には沈殿が生じ、水溶液はほぼ無色透明であった。図15は反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。VWWETの濃度が0.40mM、0.20mMの場合はUV−visスペクトルの形状はほぼ同じであった。VWWETの濃度が0.10mMの場合は、540nm付近の吸収は低めであり、長波長側の吸収ピークはVWWETの濃度が0.40mM、0.20mMの場合よりも赤外側にあった。反応後の水溶液は1日後に沈降が起きたが、攪拌すると再び分散した。沈降の量はペプチド濃度が高いほど少なかった。
(III−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてVWWETを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図16(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。これらの粒子は、有機物と考えられる色の薄い部分と大きな複合体を形成していた。したがって、VWWETの場合、金微粒子と有機物が大きな複合体を形成しやすいものと考えられる。VWWETの濃度が0.05mMの場合は、球状の粒子や板状の粒子が多数凝集して大きな塊を形成していた。表5は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。VWWETの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は、UV−visスペクトルの形状がほぼ同じであったが、最大粒径も近い値であった。
(IV−1 LWWWKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてLWWWKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図17(a)ないし(d)に示した。図17(a)はLWWWKを0.40mM、図17(b)はLWWWKを0.20mM、図17(c)はLWWWKを0.10mM、図17(d)はLWWWKを0.05mM用いた場合の結果である。図17(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄いピンク色を呈した。その後、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれながら(レッドシフトしながら)大きくなり、同時に長波長側にもブロードな吸収が現れた。
水溶液の色は、LWWWKの濃度が0.40mM、0.20mM、0.10mMの場合は濃い赤紫色に、0.05mMの場合は紫色に変化していった。図18は反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。LWWWKの濃度が0.40mM、0.20mM、0.10mMの場合は、長波長側の吸収ピークは小さく、明確なピークにはなっていない。LWWWKの濃度が0.05mMの場合は、長波長側にブロードな吸収が現れていた。反応後の水溶液は2、3日後に少量の沈降が起きたが、攪拌すると再び分散した。沈降の量はペプチド濃度が高いほど少なかった。
(IV−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてLWWWKを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図19(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。表6は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。LWWWKの濃度が0.40mM、0.20mM、0.10mMの3条件では、他のペプチドに比べて粒径は小さく、100nm以上の粒子は観察されなかった。
(V−1 LWWALを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてLWWALを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図20(a)ないし(d)に示した。図20(a)はLWWALを0.40mM、図20(b)はLWWALを0.20mM、図20(c)はLWWALを0.10mM、図20(d)はLWWALを0.05mM用いた場合の結果である。図20(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄いピンク色を呈した。色は、ペプチド濃度が低いほど薄かった。その後、LWWALを0.05mM用いた場合以外は、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれながら(レッドシフトしながら)大きくなり、同時に長波長側にもブロードな吸収が現れた。
水溶液の色は、LWWALの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は赤紫色に、0.10mMの場合は紫色に変化していった。LWWALの濃度が0.05mMの場合は、ピークはあまり大きくならず、約2時間後に沈殿が生じ始め、吸光度は低下していった。図21は反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。LWWALの濃度が0.05mMの場合を除き、ペプチド濃度が低いほど長波長側の吸収ピークが赤外側にあることが分かった。
(V−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてLWWALを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図22(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。表7は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。LWWALを用いた場合は、他のペプチドに比べて粒径は大きく、LWWALの濃度が0.20mM、0.10mMでは粒径が100nm以上の板状粒子が多かった。LWWALの濃度が0.05mMの場合は、さまざまな形状の構造体が凝集しているのが観察された。
(VI−1 DWPGWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてDWPGWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図23(a)ないし(d)に示した。図23(a)はDWPGWを0.40mM、図23(b)はDWPGWを0.20mM、図23(c)はDWPGWを0.10mM、図23(d)はDWPGWを0.05mM用いた場合の結果である。図23(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。
反応開始後、いずれのサンプルにおいてもまず520nm付近に吸収が現れ、水溶液はピンク色を呈した。色は、ペプチド濃度が低いほど薄かった。その後、DWPGWの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は、520nm付近のピークが少しずつ長波長側にずれながら(レッドシフトしながら)大きくなり、同時に長波長側にもブロードな吸収が現れ、水溶液は赤紫色に変化していった。DWPGWの濃度が0.40mMの場合は、5時間を過ぎると沈降が始まり、540nmの吸光度は低下していった。DWPGWの濃度が0.10mMの場合、2時間ほどで水溶液は白濁し始め、吸光度が全体的に上昇し、4時間を過ぎると沈殿が生じ始め、吸光度は低下していった。DWPGWの濃度が0.05mMの場合は、2時間ほどで水溶液は白濁し始め、その後スペクトルはほとんど変化しなかった。図24は反応開始1日後のUV−visスペクトルを表したものである。DWPGWの濃度が0.10mMまたは0.05mMの場合の場合は沈殿が生じ、水溶液はほとんど無色透明であった。DWPGWの濃度が0.20mMの場合は、DWPGWの濃度が0.40mMの場合と比べて540nm付近の吸収は小さく、長波長側の吸収ピークは、より赤外側にあった。
(VI−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてDWPGWを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図25(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。これらの粒子は、VWWETの場合と同様、有機物と考えられる色の薄い部分と複合体を形成していた。この複合体が重いために、DWPGWの場合は沈降が起こりやすいものと考えられる。表8は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。DWPGWの濃度が0.05mMの場合は、球状粒子や板状粒子が色の薄い部分と一緒に多数凝集して大きな塊を形成していた。
(VII−1 WWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化)
ペプチドとしてWWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を図26(a)ないし(d)に示した。図26(a)はWWを0.40mM、図26(b)はWWを0.20mM、図26(c)はWWを0.10mM、図26(d)はWWを0.05mM用いた場合の結果である。図26(a)ないし(d)の左側の図は各時間のUV−visスペクトルである。右側の図は、時間を横軸にして540nmおよび8時間後の長波長側のピーク波長における吸光度をプロットしたものである。反応開始後、どの条件においてもまず520nm付近と380nm付近に吸収が現れ、水溶液は薄い黄色を呈した。色は、ペプチド濃度が低いほど薄かった。その後、WWの濃度が0.40mMの場合、0.20mMの場合は520nm付近の吸収が大きくなるにつれて長波長側にもブロードな吸収が現れ、色はオレンジ色を経て赤紫色になっていった。WWの濃度が0.10mMの場合、0.05mMの場合は、あまりスペクトルの形状は変化せず、約6時間後に沈殿が生じ始め、吸光度は低下していった。図27は、反応開始1日後のUV−Visスペクトルを示したものである。WWの濃度が0.40mMの場合、0.20mMの場合は、他のペプチドと同様に、540nm付近と長波長側に2つの吸収ピークが現れている。WWの濃度が0.10mMの場合、0.05mMの場合は、沈殿が生じ、水溶液は透明になり、可視光はほとんど吸収されていない。
(VII−2 SEMによる観察結果)
ペプチドとしてWWを用いた反応開始1日後の各サンプルのSEM像を図28(a)ないし(d)に示した。いずれのサンプルにおいても、球状の粒子に加えて板状の三角形または六角形の粒子が観察された。他のペプチドに比べて粒径は大きく、板状粒子の粒径は100nmを超えるものが多かった。WWの濃度が0.10mMの場合、0.05mMの場合は、複雑な構造の大きな凝集体が観察された。表9は、SEM像の板状粒子の粒径を200個計測して求めた最大粒径を示したものである。
(VIII 金微粒子生成過程の検討)
以上の結果を基に、金微粒子の生成過程を検討する。サンプルが凝集を起こさなかったすべての条件において、反応開始後に520nm付近に小さな吸収が現れた後、ある時間だけ吸光度がほぼ一定になり、その後520nm付近のピークがレッドシフトしながら大きくなり、同時に長波長側にブロードな吸収が現れるというパターンに従っていた。この吸光度がほぼ一定になっている時間は、ペプチド濃度が高いほど短いことから、この期間にペプチドが金を還元する反応が起きているものと推察される。金微粒子の生成過程としては、塩化金(III)酸ナトリウムの還元の初期に微細な金粒子が生成し、これが凝集しかつ配向し、その上で再結晶して板状粒子となり、さらに結晶の周縁に粒子が付着することにより、成長が続くことが報告されている(水渡英二、滝山一善 電子顕微鏡分析、東京化学同人、75頁)。図29に、金微粒子生成過程の模式図を示した。このように、反応初期にペプチドが塩化金(III)酸ナトリウムを還元することにより微細な核が生成し、その後に核同士が凝集して球状粒子や板状粒子が生成するものと考えられる。
(IX 金微粒子生成に及ぼすペプチドの影響)
本実施例においては、6種類のペプチドを用いて金コロイドを合成し、UV−visスペクトルによってその反応過程を調べることで、ペプチドの配列によって金微粒子の成長速度やコロイドの安定性に違いがあることがわかった。そこで、金微粒子の生成に及ぼすペプチドの影響について詳しく検討する。
ペプチドによる金微粒子成長の違いを明らかにするために、ペプチド濃度が0.10mMの場合における540nmの吸光度変化をプロットした結果を図30に示した。いずれのペプチドの場合も、反応開始後わずかに吸光度が上昇した後に、吸光度が一定になる領域が存在し、その後再び吸光度が上昇するというパターンにしたがっていることが分かる。しかし、パターンは同じでも、ペプチドによって違いが存在することが分かる。顕著に異なっているのはDWPGWの場合である。DWPGWを除くすべてのペプチドでは、反応開始後吸光度が一定になる領域において吸光度が0.1a.u.以下であるのに対し、DWPGWの場合は、吸光度が0.4a.u.付近まで上昇している。また、3時間を過ぎると凝集が始まり、吸光度が減少している。このような違いは、DWPGWだけが離れたトリプトファンを含んでいることによるものと考えられる。次に、VWWETとLWWALの場合に反応速度が遅いことが分かる。この理由としては、バリンやイソロイシンの側鎖の炭化水素が立体的に金イオンの接近を阻害している可能性が考えられる。
以上の結果から、ペプチドの配列によって金微粒子の生成速度を変化させられることがわかった。また、ペプチドの配列によって金コロイドの安定性にも違いがあることが明らかとなった。
図31は、各サンプルにおける板状粒子の最大粒径をプロットしたものである。この図では、金微粒子が凝集を起こした条件は除いてある。まず、ペプチド濃度が低いほど最大粒径が大きくなる傾向が見られる。この傾向は、UV−visスペクトルにおいて、ペプチド濃度が低いほど長波長側の吸収ピークが赤外側にあったことと一致する。また、核生成速度が遅いほど板状粒子が生成しやすいと報告されている(Arrowsmith, D.J. and Lodge, K.J. Trans IMF, 65, 120(1987))。したがって、ペプチド濃度が低い条件では核生成速度が遅くなり、その結果板状粒子が生成しやすくなるものと考えられる。次に、金微粒子の生成速度が遅かったWWおよびLWWALの最大粒径が大きく、生成速度が速かったLWWWKおよびDWWEKは最大粒径が小さいことがわかる。この事実も、核生成速度が遅いほど板状粒子が生成しやすいという報告と一致する。ペプチド濃度が低すぎる場合には、微粒子を十分保護できず凝集を起こすものと考えられる。以上の結果から、ペプチドの配列によって微粒子生成速度が変化し、金微粒子の粒径も変化すると結論づけられる。
(X トリプトファンと塩化金(III)酸ナトリウムとの反応)
ペプチドによる金微粒子生成に分子中のトリプトファンが与える影響について調べるため、トリプトファンのモノマーに塩化金(III)酸ナトリウム水溶液を加え、反応させた。トリプトファンのモノマーの濃度が0.40mMの場合は反応開始後約15分で、トリプトファンのモノマーの濃度が0.20mMの場合は反応開始後約20分で水溶液はピンク色を呈した。トリプトファンのモノマーの濃度が0.10mMの場合、0.05mMの場合は水溶液の色の変化はほとんどなかった。反応開始1日後のサンプルは、いずれも沈殿が生じ、水溶液の色はトリプトファンのモノマーの濃度が0.40mMの場合、0.20mMの場合は薄いピンク色で、沈殿は赤褐色であった。トリプトファンのモノマーの濃度が0.10mMの場合、0.05mMの場合は、水溶液は無色で、沈殿は灰色であった。
反応1日後のサンプルを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した結果、いずれの濃度のサンプルにおいても元のトリプトファンのピーク位置以外にピークは現れなかった。これは、トリプトファンが反応後に金微粒子表面に強く吸着するために反応性生物が検出できないことによると考えられる。検量線を引いて求めた1日後のサンプル中のトリプトファン濃度を表10に示した。この表から、塩化金(III)酸ナトリウムとトリプトファンはおよそ1当量反応しているものと推察される。トリプトファンのモノマーの濃度が0.10mMまたは0.05mMではトリプトファンは不足しているものと考えられる。トリプトファンのモノマーの濃度が0.40mMの場合にトリプトファンの消費量が多くなっているが、これは未反応のトリプトファンが金微粒子表面に吸着し、金コロイドを安定化しているためであると考えられる。これはトリプトファン濃度が高い場合に水溶液が薄いピンク色を呈していた事実と一致する。
反応開始1日後のサンプルのSEM像を図32に示した。トリプトファンのモノマーの濃度が0.40mM、0.20mMの場合は、球状粒子が有機物と考えられる色の薄い部分によって集合させられたような凝集体が観察された。トリプトファンのモノマーの濃度が0.10mMの場合は、三角形や六角形の板状粒子と球状粒子が凝集しているのが観察された。トリプトファンのモノマーの濃度が0.05mMの場合は、板状粒子同士が融合したような凝集体が主に観察された。図33に、トリプトファンのモノマー濃度が0.05mMの場合のTEM像を示した。電子線回折像は、板状粒子1個のときと比べるとリング状の模様になっている。これはデバイリングであると考えられ、複数の板状粒子が融合していることを示唆している。
以上の結果を、トリプトファンを含むペプチドの場合と比較する。ペプチドの場合、ペプチド濃度が高いほど球状粒子が生成しやすく、ペプチド濃度が低いほど板状粒子が生成しやすかったが、この傾向はモノマーのトリプトファンのみでも同様であることが分かった。この事実は、トリプトファンを含むペプチドによる金微粒子生成は、主にトリプトファンの反応によるものであることを強く示唆している。金コロイドの安定性は、ペプチドを用いたほうがトリプトファンのモノマーを用いた場合より圧倒的に高かった。これは、ペプチドの場合はトリプトファン以外の構成アミノ酸やペプチド骨格が金微粒子を保護できるのに比べ、モノマーのトリプトファンでは十分保護できないためであると考えられる。しかし、トリプトファン濃度が高い場合は反応後の水溶液は薄いピンク色をしていたことから、トリプトファンのみでも不十分ながら金微粒子を保護するものと考えられる。
〔実施例3〕
<パラジウム、白金、ニッケル、銀と反応する化合物のスクリーニング方法>
5残基ランダムペプチドライブラリーを、1ビーズ1ペプチド法によって作製した。作製したライブラリーからビーズを30mgずつ取り、それぞれを10mM塩化パラジウム(II)酸ナトリウム、10mM塩化白金(II)酸ナトリウム、10mM二塩化ニッケル、または10mM硝酸銀の水溶液2mLに浸した。1〜7日間室温でインキュベートした後、ビーズを純水で洗浄し、シャーレに移し光学顕微鏡(C−BD115、ニコン社製)で観察した。
<スクリーニング結果>
スクリーニングにおいて多数のビーズ中にオレンジ色や赤色を呈しているものが光学顕微鏡により観察された。識別対象金属として、塩化パラジウム(II)酸ナトリウムを用いた場合の結果を図34に示した。観察された赤色やオレンジ色は、ビーズ上にパラジウム、白金、ニッケル、銀微粒子が生成したことによるものと考えられ、回収したビーズ上には、パラジウム、白金、ニッケル、銀微粒子の形成を促進したペプチドが固定化されたものと考えられる。
〔実施例4〕
さらに、金属元素として“銀”、“白金”、“パラジウム”を用いて、上述の実施例1〜3と同様の手法により、実験を行った。具体的には、“銀”と反応するペプチドを同定するとともに、このペプチドを用いることにより銀の微粒子を形成できることを確認した。また、“白金”、“パラジウム”についても、ペプチドを用いることにより、微粒子を形成できることを確認した。詳細は以下に示す。
“銀”と反応するペプチドは、配列番号7に示すアミノ酸配列(AIAGY)を有していることがわかった。このペプチドは、金と反応するペプチドのアミノ酸配列とは明らかに異なり、トリプトファン(W)を含んでいない。この結果より、金属元素の種類によって反応を媒介するペプチドのアミノ酸配列が異なることがわかった。
次に、このペプチドを用いて、銀の微粒子形成反応の確認を行った。具体的には、AgClOの1mMを上記ペプチド存在下にて反応させ、銀微粒子が得られるか否かについて検討した。その結果、図35のSEM像に示すように、銀の板状結晶の生成が認められた。この銀微粒子のモルフォロジーは、金のそれとは全く異なるものであることがわかった。
次いで、“白金”の微粒子形成反応の確認を行った。具体的には、KPtClの1mMの存在下で、ペプチドを反応させることにより、白金微粒子が得られるか否かについて検討した。その結果、図36のSEM像に示すように、ブドウの房のような結晶面のない特殊な構造をした白金微粒子が得られることがわかった。
また、同様に、“パラジウム”の微粒子形成反応の確認を行った。具体的には、NaPdClの1mMの存在下で、ペプチドを反応させることにより、パラジウム微粒子が得られるか否かについて検討した。その結果、図37のSEM像に示すように、ややアモルファス構造を有するパラジウム微粒子の繋がった構造体が得られることがわかった。
以上のように、本発明にかかる金属と反応する化合物のスクリーニング法は、非常に多数の化合物ライブラリーの中から、目的とする金属の微粒子を生成する化合物を効率よくスクリーニングすることができる。また、本発明にかかる金属微粒子の生産方法は、水溶液中で簡易に粒径がナノオーダーの金属微粒子を生産することができる。さらに、本発明にかかる化合物は、金属微粒子生産等の原料として有用である。それゆえ、本発明は、電子材料、量子デバイス、光メモリ用材料、半導体、バイオチップ等の分野に好適に用いることができ、材料・エレクトロニクス産業、医療産業、バイオ産業等、幅広い産業分野で広く用いることができるだけでなく、各種研究用の素材を提供する産業等にも利用することが可能となる。
1ビーズ1ペプチド法の一例として、3種類のアミノ酸を用いてできる2残基ペプチドのライブラリーを作製する場合の概略を説明する図である。 1ビーズ1ペプチド法によるライブラリーの作製方法を示す図である。 NOVASYN TG resinの模式図である。 Fmoc法の概要を示す図である。 塩化金(III)酸ナトリウム水溶液に浸した後のビーズの様子を示す図である。 ペプチドとしてDWWEKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてDWWEKを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてDWWEKを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてDWWEKを用いた反応開始1日後の各濃度のサンプルをSEM付属のエネルギー分散型X線分析(EDS)装置により元素分析に供した結果を示す図である。 ペプチドとしてDWWEKを用いた反応開始1日後の各濃度のサンプルにおける球状粒子および板状粒子のTEM像および板状粒子の制限視野電子線回折(SAED)像を示した図である。 ペプチドとしてGSWWSを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてGSWWSを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてGSWWSを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてVWWETを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてVWWETを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてVWWETを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてLWWWKを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を表す図である。 ペプチドとしてLWWWKを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてLWWWKを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてLWWALを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてLWWALを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてLWWALを用いた場合の反応開始1日後の各濃度におけるサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてDWPGWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてDWPGWを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてDWPGWを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 ペプチドとしてWWを用いた場合のUV−visスペクトルの時間変化を示す図である。 ペプチドとしてWWを用いた場合の反応開始1日後のUV−visスペクトルを表した図である。 ペプチドとしてWWを用いた場合の反応開始1日後における各濃度のサンプルのSEM像を示す図である。 本発明にかかる金属の微粒子の生産方法による、金属として金を対象とした場合の金微粒子生成過程の模式図を示した図である。 ペプチド濃度が0.10mMの場合における540nmの吸光度変化をプロットした結果を示す図である。 各ペプチドの濃度を変化させた場合における、板状粒子の最大粒径をプロットした図である。 トリプトファンのモノマーを用いた場合における、反応開始1日後のサンプルのSEM像を示す図である。 トリプトファンのモノマー濃度が0.05mMの場合のTEM像を示す図である。 識別対象の金属として塩化パラジウム(II)酸ナトリウムを用いた場合の光学顕微鏡観察結果を示す図である。 銀微粒子形成反応の結果、得られた結晶のSEM像を示す図である。 白金微粒子形成反応の結果、得られた結晶のSEM像を示す図である。 パラジウム微粒子形成反応の結果、得られた結晶のSEM像を示す図である。

Claims (31)

  1. 化合物ライブラリーを作製するライブラリー作製工程と、
    ライブラリー作製工程により得られた化合物ライブラリーの水溶液を、スクリーニング対象となる金属をイオンとして含む金属水溶液と混合し反応させる金属イオン反応工程と、
    化合物ライブラリーの中から、金属水溶液中の金属イオンと反応した化合物を抽出する抽出工程と、
    抽出工程により抽出された化合物を同定する同定工程と、を含むことを特徴とする、金属と反応する化合物のスクリーニング方法。
  2. 上記化合物ライブラリー作製工程として1ビーズ1分子法を用いることを特徴とする請求項1に記載の化合物のスクリーニング方法。
  3. 上記金属が典型金属であることを特徴とする請求項1または2に記載の化合物のスクリーニング方法。
  4. 上記金属が遷移金属であることを特徴とする請求項1または2に記載の化合物のスクリーニング方法。
  5. 上記遷移金属が、第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることを特徴とする請求項4に記載の化合物のスクリーニング方法。
  6. 上記遷移金属が金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることを特徴とする請求項5に記載の化合物のスクリーニング方法。
  7. 上記化合物の少なくとも1以上がペプチドであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の化合物のスクリーニング方法。
  8. 上記化合物の少なくとも1以上がインドール環を含むことを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載の化合物のスクリーニング方法。
  9. 上記インドール環を含む化合物がペプチドであることを特徴とする請求項8に記載の化合物のスクリーニング方法。
  10. 上記ペプチドが、少なくとも2以上のトリプトファンを含むことを特徴とする請求項9に記載の化合物のスクリーニング方法。
  11. 上記ペプチドにおいて、少なくとも2以上のトリプトファンが隣接して配列することを特徴とする請求項10に記載の化合物のスクリーニング方法。
  12. 上記ペプチドが配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことを特徴とする請求項7ないし11のいずれか1項に記載の化合物のスクリーニング方法。
  13. 上記ペプチドが配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項12に記載の化合物のスクリーニング方法。
  14. 請求項1ないし13のいずれか1項に記載の方法により同定された化合物を水溶液中で金属と反応させ、金属のイオンを還元することを特徴とする金属微粒子の生産方法。
  15. 得られる金属微粒子が、粒径500nm以下であることを特徴とする請求項14に記載の金属微粒子の生産方法。
  16. 得られる金属微粒子が、粒径200nm以下であることを特徴とする請求項15に記載の金属微粒子の生産方法。
  17. 上記金属が典型金属であることを特徴とする請求項14ないし16のいずれか1項に記載の金属微粒子の生産方法。
  18. 上記金属が遷移金属であることを特徴とする請求項14ないし16のいずれか1項に記載の金属微粒子の生産方法。
  19. 上記遷移金属が第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることを特徴とする請求項18に記載の金属微粒子の生産方法。
  20. 上記遷移金属が金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることを特徴とする請求項19に記載の金属微粒子の生産方法。
  21. 水溶液中で金属と反応することができる化合物であって、該化合物がペプチドであることを特徴とする化合物。
  22. 分子中に少なくとも1以上のインドール環を含み、水溶液中で金属と反応することができる化合物。
  23. 上記化合物がペプチドであることを特徴とする請求項22に記載の化合物。
  24. 分子中に少なくとも2以上のトリプトファンを含むことを特徴とする請求項23に記載の化合物。
  25. 上記化合物において、少なくとも2以上のトリプトファンが隣接して配列することを特徴とする請求項24に記載の化合物。
  26. 上記化合物が配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列を含むことを特徴とする請求項21ないし25のいずれか1項に記載の化合物。
  27. 上記化合物が配列番号1ないし7のいずれか1に記載のアミノ酸配列からなることを特徴とする請求項26に記載の化合物。
  28. 上記金属が典型金属であることを特徴とする請求項21ないし27のいずれか1項に記載の化合物。
  29. 上記金属が遷移金属であることを特徴とする請求項21ないし27のいずれか1項に記載の化合物。
  30. 上記遷移金属が第8族ないし第11族に含まれる元素のうち少なくとも1つを含むものであることを特徴とする請求項29に記載の化合物。
  31. 上記遷移金属が金、銀、白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、オスミウム、ルテニウムのいずれか1以上を含むものであることを特徴とする請求項30に記載の化合物。
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