JP2004283126A - 細胞質雄性不稔回復遺伝子 - Google Patents
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Abstract
【課題】細胞質雄性不稔回復遺伝子を用いて、イネの細胞質雄性不稔系統あるいは稔性回復系統を作出する。
【解決手段】細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAのイネ植物への導入により、稔性を人為的に変更する。また細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAをマーカーとして育種に供する。
【効果】細胞質雄性不稔系統やその維持系統あるいは稔性回復系統の育成における遺伝資源の飛躍的拡大ができる。
【選択図】なし
【解決手段】細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAのイネ植物への導入により、稔性を人為的に変更する。また細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAをマーカーとして育種に供する。
【効果】細胞質雄性不稔系統やその維持系統あるいは稔性回復系統の育成における遺伝資源の飛躍的拡大ができる。
【選択図】なし
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、イネ、特にハイブリッドライスおよびその親系統の育成または育成されたハイブリッドライスの種子生産に利用される細胞質雄性不稔回復遺伝子DNA、また、これをDNAマーカーに用いて細胞質雄性不稔回復遺伝子を判別する方法に関する。さらに、本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子、及びこれらのDNAを導入することにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現制御が可能となったトランスジェニック植物に関する。
【0002】
【従来の技術】
細胞質雄性不稔(CMS)とは、細胞質内のミトコンドリアゲノムにコードされるCMS化因子によって正常な花粉が生産できなくなる現象である。このCMSは高等植物に広く見られる現象で、核と細胞質の遺伝子産物の不親和によって生じると考えられている。一方、細胞質雄性不稔回復遺伝子とは、核ゲノムにコードされており、CMS化因子を含む細胞質による花粉の不稔性を打ち消す機能を持つ。CMSは自身の花粉で稔実する事なく、大規模な交配によるハイブリッド種子の商業生産に利用されている。また、細胞質雄性不稔回復遺伝子はハイブリッド植物での結実を可能とし、特に、ハイブリッドライスやハイブリッドコーンの様にハイブリッド植物に結実する種子を収穫物とする植物においては必須となる遺伝子である。従って、CMS化因子とそれを回復させる細胞質雄性不稔回復遺伝子は農業上極めて重要な遺伝子に挙げられている。にもかかわらず、細胞質雄性不稔とその稔性回復の分子機構については未だ明らかではない。この細胞質雄性不稔と稔性回復システムを効率的に利用するためにも、分子レベルでのメカニズムの解明が望まれている。
【0003】
イネにおいては、野生種に栽培種を交配した場合や、インディカ種にジャポニカ種を交配した場合に、核と細胞質の不親和によってCMSが生じることが知られている。特に、インディカ種の1つであるChinsurah Boro IIにジャポニカ種を交配した場合に生じるCMSはBT型として分類され、このBT型CMSを回復させるイネの細胞質雄性不稔回復遺伝子はRf−1と呼ばれている。BT型細胞質雄性不稔のイネは、核にRf−1遺伝子を持っていれば花粉を正常に発達させることができ、種子の結実が可能となる。本発明で言う細胞質雄性不稔回復遺伝子とはBT型のCMSを回復させるもので、イネの第10染色体に座乗するものを指し、本発明ではRf−1と省略して示す。
【0004】
ハイブリッドライス種子を商業生産する方法として、上記のCMSと細胞質雄性不稔回復遺伝子を組み合わせた「三系法」が確立されている。「三系法」ではCMS化因子を持つ細胞質雄性不稔系統と稔性を回復させる細胞質雄性不稔回復遺伝子を有する稔性回復系統を用いた交配によってハイブリッドライス種子を大規模生産する。ジャポニカ種のハイブリッドライス採種には、BT型雄性不稔細胞質が利用されており、Rf−1遺伝子は不可欠となっている。
【0005】
稔性回復系統としては細胞質雄性不稔回復遺伝子を有する事が必須となる。従来、この細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別するためには、まず、調査対象とする系統を細胞質雄性不稔系統と交配し、次に、得られた交配種子を播種して植物体を育成し、その植物の自殖種子の形成率を調査する必要があった。すなわち、この自殖種子の形成率が80%以上の場合に、稔性回復遺伝子を有すると判別していた。しかし、このような方法では膨大な労力と時間を必要とするため、簡便でかつ確実に細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別する方法の開発が望まれていた。
【0006】
近年、DNA解析技術の急速な進歩によって、DNAレベルで目的遺伝子または目的形質を判別する、いわゆるマーカー育種技術が開発され、育種効率の向上に貢献するようになってきた。この技術では、目的遺伝子そのものもしくは目的遺伝子と近接して存在する塩基配列を含むDNA(DNAマーカー)を用いる。DNAマーカーは目的とする遺伝子に近接しているほど育種への寄与度は高く、目的遺伝子そのものの利用が望ましい。しかしながら、イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1は、その構造がまったく不明で、これを直接同定するDNAマーカーは存在していなかった。
【0007】
トウモロコシとペチュニアにおいて細胞質雄性不稔回復遺伝子が単離され、構造が明らかとなった(Cuiら(1996), Science, vol.272:p1334−,Bentolilaら(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.99:p10887−)。これら2種の細胞質雄性不稔回復遺伝子は全く異なる遺伝子構造を有している。CMSを引き起こすミトコンドリア遺伝子構造変化は多岐にわたっており、個々のCMSに対する細胞質雄性不稔回復遺伝子が存在する。
【0008】
例えば、イネのBT型雄性不稔細胞質では、ミトコンドリアのatp6遺伝子に構造変異が生じて新奇なキメラ遺伝子が存在することが明らかにされた。イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1が共存した場合は、このキメラ遺伝子の転写産物がプロセッシングを受けていることが見出されている(Iwabuchiら(1993), EMBO J., vol.12:p1437−, Akagiら(1994), Curr Genet., vol25:p52−)。このことから、Rf−1はミトコンドリアのmRNA修飾に関与すると考えられる。Rf−1は、BT型細胞質雄性不稔を回復させるが、他のWA型細胞質雄性不稔を回復させる機能のないことが遺伝学的に明らかにされている。イネでは様々な型の細胞質雄性不稔が知られており、それぞれに異なる細胞質雄性稔性回復遺伝子が作用していると考えられる。
【0009】
このような事例からも明らかなように、トウモロコシやペチュニアの例をもとに細胞質雄性不稔回復遺伝子に共通の構造を容易に類推することはできない。従って、個々の細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離・同定する必要がある。
【0010】
また、細胞質雄性不稔系統の育成にあたっては、細胞質雄性不稔回復遺伝子の除去あるいは非発現化が必須であり、稔性回復系統の育成にあっては、細胞質雄性不稔回復遺伝子を付与することが必須である。従来、一般的には、細胞質雄性不稔回復遺伝子の除去あるいは付与の方法としては、細胞質雄性不稔回復遺伝子の存在の有無が確認されている植物との交配と数次にわたる戻し交配ならびに後代選抜育種の方法が用いられてきた。Rf−1が単離できれば、これを人為的に改変・制御することによって、イネの細胞質雄性不稔系統もしくは稔性回復系統の育成を迅速に実施することが可能となる。
本発明はこのような技術的背景に基づきなされたものである。
【0011】
【非特許文献1】Cuiら(1996), Science, vol.272:p1334−
【非特許文献2】Bentolilaら(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.99:p10887−
【非特許文献3】Iwabuchiら(1993), EMBO J., vol.12:p1437−
【非特許文献4】Akagiら(1994), Curr Genet., vol25:p52−
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1の構造を明らかにし、DNAマーカー化して高精度にRf−1の有無を判別する方法、もしくは、Rf−1を人為的に改変・制御することによって、細胞質雄性不稔系統あるいは稔性回復系統を提供することにある。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、染色体構造上でRf−1のみが異なる準同質遺伝子系統を用いて、細胞質雄性不稔回復の原因となる単一の遺伝子を広大な染色体領域において同定し、Rf−1を単離することに成功した。また、得られた遺伝子は、構造変異で細胞質雄性不稔回復の機能欠損が生じることを確認し、これら知見に基づき本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1] 配列表の配列番号:1に示されたアミノ酸配列と同一または実質的に同一なアミノ酸配列をコードする細胞質雄性不稔回復遺伝子。
[2] 配列表の配列番号:2に示されたDNA塩基配列を含む細胞質雄性不稔回復遺伝子。
[3] 以下のi)及びii)、必要によりiii)の構成要素を含む発現カセットを含む組換え二本鎖DNA分子。
i) 植物細胞内で転写可能なプロモーター
ii) 該プロモーターにセンス方向またはアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように結合した[1]又は[2]に記載の遺伝子DNAの全部または一部、および必要に応じて、
iii) RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、植物細胞内で機能するシグナル
[4] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持するベクター。
[5] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持する植物細胞。
[6] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子が導入されたトランスジェニック植物体。
[7] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を植物に導入することにより、該植物に細胞質雄性不稔回復能を付与もしくは欠損させる方法。
[8] 植物がイネであることを特徴とする[7]に記載の方法。
[9] [1]又は[2]記載の細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの一部より任意に選ばれるDNA断片(DNAマーカー)を含む、細胞質雄性不稔回復遺伝子検出用PCRプライマー。
[10] [9]に記載のPCRプライマーを用いて、試料DNAを鋳型とし、PCR法により増幅されたDNA断片中のDNAマーカーの有無により、細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出する方法。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの利用に関する。本発明における稔性回復系統の育成は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子を有するトランスジェニック植物を作出することにより行う。また、細胞質雄性不稔系統の育成は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物の選抜、または細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子の導入によって細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現を制御したトランスジェニック植物を作出することにより行う。一方、本発明における細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAマーカーは、細胞質雄性不稔回復遺伝子の塩基配列を含むDNAであり、イネ細胞中の細胞質雄性不稔回復遺伝子DNA配列の存在を調べることにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別可能にする。
【0016】
イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子としては、例えば、イネ品種Chinsurah BoroII由来の「Rf−1」が挙げられる。本発明者らにより単離された「Rf−1」のcDNAの塩基配列を配列番号:2に示す。
【0017】
本発明における稔性回復系統もしくは細胞質雄性不稔系統の育成には、「Rf−1」蛋白質と同等の機能を有する蛋白質をコードする限り、「Rf−1」以外の遺伝子を用いることも可能である。このような遺伝子としては、「Rf−1」蛋白質のアミノ酸配列(配列番号:1で表されるアミノ酸配列)と実質的に同一なアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNAが挙げられる。ここで「配列番号:1で表されるアミノ酸配列と実質的に同一なアミノ酸配列」とは、配列番号:1で表されるアミノ酸配列の幾つかのアミノ酸残基について、欠失、置換、付加等の変化が生じた配列であって、配列番号:1で表されるアミノ酸配列から成る蛋白質と同一な作用効果、即ち、BT型細胞質雄性不稔の稔性回復因子として機能する蛋白質を構成するアミノ酸配列をいう。幾つかのアミノ酸残基について欠失、置換、付加等の変化を起こさせることは、例えば、部位特異的変異誘発法(Kunkelら(1985), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.82:p488−)により行うことができる。
【0018】
本発明においては、「Rf−1」蛋白質と実質的に同一な蛋白質をコードする限り、「Rf−1」遺伝子の塩基配列との相同性を示す塩基配列を有する他の生物由来の細胞質雄性不稔回復遺伝子を用いることも可能である。このような細胞質雄性不稔回復遺伝子は、例えば「Rf−1」遺伝子のDNAの全部もしくは一部をプローブとしたハイブリダイゼーション技術(Southern(1975), J. Mol. Biol., vol.98:p503−, Sambrookら(1989), Molecular Cloning; Cold Spring Harbor Laboratory Press)により、選択することができる。
【0019】
ここで、「Rf−1」遺伝子のDNAの全部もしくは一部」とは、「Rf−1」遺伝子を構成するDNAの任意の連続する少なくとも14塩基以上のヌクレオチド配列をいう。
【0020】
ハイブリダイゼーションの方法としては、具体的には、例えばGeneImageシステム(アマシャム社製)を利用することが可能で、製品プロトコールに従って、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、50℃で6×SSC,0.1%SDS溶液で洗浄後、ハイブリダイゼーションしたDNAを選択することができる。あるいはまた「Rf−1」蛋白質を構成するアミノ酸配列をコードするDNAに特異的にハイブリダイズする合成オリゴヌクレオチドをプライマーに用いたPCR技術(島本功、佐々木卓治 監修、「植物のPCR実験プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ2)秀潤社 1995年4月発行)を利用して、他の生物から「Rf−1」蛋白質と実質的に同一な蛋白質をコードする細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離することも可能である。
【0021】
ハイブリダイゼーション技術やPCR技術により得られる細胞質雄性不稔回復遺伝子は、「Rf−1」遺伝子と高い相同性を有する。高い相同性とは、それぞれの細胞質雄性不稔回復遺伝子がコードするアミノ酸の比較において、45%以上の相同性、好ましくは60%以上の相同性、さらに好ましくは75%以上の相同性、さらに好ましくは90%以上の相同性、さらに好ましくは95%以上の相同性を指す。ただし、得られる細胞質雄性不稔回復遺伝子によっては、コードするアミノ酸の複数の残基が欠失・付加・置換された結果として「Rf−1」との相同性が45%以下となってもなお、稔性回復に必須な蛋白質の機能に必要な領域を保持し、実質的に同一の稔性回復に必須な機能を有する蛋白質をコードしていることも想定される。
【0022】
このような細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離するためのイネ以外の植物としては、一般に農作物として栽培されている植物、例えば、キュウリ、タマネギ、スイカ、カボチャ、メロン、カブ、ブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、ナタネ、ジャガイモ、ナス、トマト、ニンジン、ホウレンソウ、シロイヌナズナ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ソルガム、タバコ、サトウダイコン、サトウキビ、ダイズ、ヒマワリ、ワタ、オレンジ、ブドウ、リンゴ、ラン、キク、ユリなどが挙げられるが、これら植物限定されない。
【0023】
このようにして単離される遺伝子が細胞質雄性不稔回復遺伝子として機能するかを確認するには、該遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子を有するトランスジェニック植物を作出することにより行うことができる。例えば、BT型細胞質雄性不稔系統のイネに該遺伝子を導入、発現させ、同植物における稔性の回復を確認する。あるいは、細胞質雄性不稔回復遺伝子を持たないイネに該遺伝子を導入、発現させた後に、同植物をBT型細胞質雄性不稔系統のイネに交配して得られる植物における稔性の回復を確認する。
【0024】
細胞質雄性不稔回復遺伝子の付与もしくは抑制には、これら細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAを導入することにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現および制御が可能となったトランスジェニック植物を構築する方法を採ることができる。細胞質雄性不稔回復遺伝子およびその改変遺伝子を細胞内に導入して発現させるためには、(i)細胞内で転写可能なプロモーター、(ii)プロモーターの下流にセンス方向またはアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように結合した細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部または一部、(iii)RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、植物細胞内で機能するシグナルを含むDNA(発現カセット)を細胞に導入する。
【0025】
ここで、「細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部または一部」とは、細胞質雄性不稔回復遺伝子の抑制における該遺伝子の一部を指す場合には、細胞質雄性不稔回復能の低下を果たし得るDNAの単位を指す。
【0026】
このような発現カセットを含む組換え二本鎖DNA分子とは、発現カセットの他に該カセットの5’および/または3’側に宿主植物細胞への伝達、該細胞内での維持等の植物細胞の遺伝子組換え用の因子となるDNA配列を有する二本鎖のDNA分子を意味する。上記因子とは、組換え体選抜マーカー遺伝子や、T−DNA領域の少なくとも3’側領域配列及び/又は5’側領域配列等の、導入されるべき細胞質雄性不稔回復遺伝子の隣接領域を指している。
【0027】
組み換え二本鎖DNA分子の細胞への導入に備えるために、大腸菌の複製シグナル及び形質転換された細菌の細胞を選抜するためのマーカー遺伝子を含むクローニングベクターが数多く利用できる。このようなベクターの例には、pBR322、pUC系ベクター、M13mp系ベクター、クローニングベクターもしくはアグロバクテリウム属菌を形質転換に用いる場合の特別のプラスミドすなわち中間ベクターまたはバイナリーベクター等がある。適当な制限酵素切断部位で、目的の配列(組換え二本鎖DNA分子)をベクターに導入することでプラスミドDNAを得ることができる。得られたプラスミドDNAの特徴を明らかにするため、制限酵素切断部位分析、ゲル電気泳動、およびその他の生化学的−分子生物学的方法が一般に用いられる。各々の操作を終えた後、プラスミドDNAを切断して、別のDNAに結合させることができる。該プラスミドDNAの組換え二本鎖DNA分子の配列を、同じプラスミドDNAまたは別のプラスミド又はベクター中にクローニングすることができる。
【0028】
本発明における発現カセットは、挿入されているDNAを恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。本発明に使用し得る恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター(Odellら(1985), Nature, vol.313:p810−)、イネのアクチンプロモーター(Zhangら(1991), Plant Cell, vol.3:p1155−)などが挙げられる。また、本発明に使用し得る誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネのキチナーゼ遺伝子のプロモーター(Xuら(1996), Plant Mol. Biol., vol.30:p387−)やタバコのPR蛋白質遺伝子のプロモーター(Ohshimaら(1990), Plant Cell, vol.2:p95−)などが挙げられる。またイネのキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPR蛋白質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によっても誘導される。
【0029】
イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子、例えば配列番号:2に示した「Rf−1」遺伝子DNAの蛋白質をコードする全領域を上記プロモーターの下流にセンス方向に連結した場合は、用いたプロモーターの性質に従って、細胞質雄性不稔回復遺伝子を恒常的または誘導的に発現させることが可能である。このような発現カセットを細胞に導入すれば、細胞内で稔性回復に必須な蛋白質が恒常的または誘導的に発現し、その結果、細胞質雄性不稔回復を恒常的または誘導的に引き起こすことが可能となる。一方、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部もしくは一部、例えば配列番号:2に示した「Rf−1」遺伝子DNAの全領域または蛋白質をコードする一部領域を上記プロモーターの下流にアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように連結した場合は、用いたプロモーターの性質に従って、細胞質雄性不稔回復遺伝子のアンチセンスRNAあるいはヘヤピンRNAを恒常的または誘導的に発現させることが可能である。このような発現カセットを細胞に導入すれば、細胞内の稔性回復に必須な蛋白質の発現が、恒常的または誘導的に阻害され、その結果、細胞質雄性不稔を恒常的または誘導的に引き起こすことが可能となる。
【0030】
このような方法により、誘導的に細胞質雄性不稔回復を引き起こす植物が得られれば、細胞質雄性不稔維持系統との交配を経ることなく細胞質雄性不稔系統の採種が可能となる。
【0031】
発現カセットを宿主細胞の中に導入するためには、さまざまな手法を用いることができる。これらの手法には、形質転換因子としてアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を用いたT−DNAによる植物細胞の形質転換、プロトプラストへの直接導入(インジェクション法、エレクトロポレーション法など)、パーティクルガン法などや、その他の可能性が含まれる。
【0032】
プロトプラストへの直接導入では、特別に必要とされるベクターはない。例えば、pUC誘導体のような単純なプラスミドを用いることができる。目的の遺伝子を植物細胞に導入する方法によっては、他のDNA配列が必要になることもある。例えばTiプラスミドを植物細胞の形質転換に用いる場合には、TiおよびRiプラスミドのT−DNA領域の少なくとも右の端の配列、大抵は両側の端の配列を、導入されるべき遺伝子の隣接領域となるように接続しなければならない。
【0033】
アグロバクテリウム属菌を形質転換に用いる場合には、導入すべき発現カセットを特別のプラスミド、すなわち中間ベクターまたはバイナリーベクターの中にクローニングする必要がある。中間ベクターはアグロバクテリウム属菌の中では複製されない。中間ベクターは、ヘルパープラスミドあるいはエレクトロポレーションによってアグロバクテリウム属菌の中に移行される。中間ベクターは、T−DNAの配列と相同な領域をもつため、相同的組換えによって、アグロバクテリウム属菌のTiプラスミド中に取り込まれる。宿主として使われるアグロバクテリウム属菌には、vir領域が含まれている必要がある。通常Tiプラスミドにvir領域が含まれており、その働きにより、T−DNAを植物細胞に移行させることができる。
【0034】
一方、バイナリーベクターはアグロバクテリウム属菌の中で複製、維持され得るので、ヘルパープラスミドあるいはエレクトロポレーション法によってアグロバクテリウム属菌中に取り込まれると、宿主のvir領域の働きによって、バイナリーベクター上のT−DNAを植物細胞に移行させることができる。
【0035】
なお、このようにして得られた発現カセットを含む中間ベクターまたはバイナリーベクター、及びこれを含む大腸菌やアグロバクテリウム属菌等の微生物も本発明の対象である。
【0036】
形質転換された植物細胞は、再生過程を経ることにより植物体に変換することができる。再生の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えばFujimuraら(Fujimuraら(1995), Plant Tissue Culture Lett., vol.2:p74−)の方法が挙げられる。これらの方法により作出された植物体またはその繁殖媒体から得た植物体は、野生型の植物体と比較して細胞質雄性不稔回復の挙動が変化する。このようにして得られたトランスジェニック植物は本発明の対象である。
【0037】
また、細胞質雄性不稔系統の育成には、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物を選抜する方法を採ることも可能である。細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物は、例えば、EMSやDEBなどの化学変異剤やガンマ線などの放射線で変異誘発処理された細胞を有する個体あるいは、chimeraplast法(Beethamら(1999), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.96:p8774−, Zhuら(1999), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.96:p8768−)でゲノムDNA塩基配列を改変処理された細胞を有する個体から選抜して得られる。選抜には、該目的遺伝子DNAの1塩基以上の構造変化をPCRならびに塩基配列決定の手法を組合せて検索する方法を用いることが可能である。このようにして得られる稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を保有するイネ植物は、該遺伝子を染色体上でホモに有する個体に育成された後に、細胞質雄性不稔系統として用いられる。
【0038】
一方、本発明に係るDNAマーカーとは、本発明に係る細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAから任意に選ばれるDNA断片を指す。このDNAマーカーの長さは概ね100bp〜1000bpであるが、その長さに制限されるものではない。本発明に係るPCRプライマーとはDNAマーカーを含むPCR用のプライマーであって、好ましくはDNAマーカーを含有する1組のプライマーである。PCRプライマーは細胞質雄性不稔回復遺伝子の検出用のDNAマーカーを有するので、PCRに用いることにより該DNAマーカーの存在を指標として細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出することが出来る。
【0039】
本発明のPCRプライマーの長さとしては、15から40mer程度のものを用いることで、安定してPCRによる増幅が行える。
【0040】
これまで細胞質雄性不稔回復遺伝子そのものをDNAマーカーに用いることができず、染色体上で細胞質雄性不稔回復遺伝子に遺伝的距離の短いDNA配列をDNAマーカーとして代用されてきたために分析に支障をきたす場合があったが、本発明に係るDNAマーカーは、いかなる分析集団を用いた場合でも、育種上有効に利用することができる。
【0041】
本発明に係るDNAマーカーとしては、例えば配列番号2の塩基配列を有するイネのRf−1のDNAから任意に選ばれるDNA断片が挙げられる。
Rf−1を持つイネと持たないイネは、DNAマーカーの塩基配列の相違の特徴により、識別することができる。Rf−1を持たないイネでDNAマーカーの塩基配列が完全に欠損している場合は、DNAマーカーの塩基配列から任意に設定された1組のPCRプライマーを用いたPCRによってDNA断片は増幅されない。また、Rf−1を持たないイネでDNAマーカーに1塩基の置換があれば、PCRによってこれらを識別することができる。すなわち、異なる塩基をPCRプライマーの3’末端に位置させて、鋳型DNAとPCRプライマーの3’末端の塩基が対合できない場合は、PCRによってDNA断片が増幅されない。また、Rf−1を持たないイネでDNAマーカーに塩基の挿入または欠失変異があれば、PCRによってこれらを識別することができる。すなわち、DNAマーカーの挿入または欠失変異点を挟む塩基配列から任意に設定された1組のPCRプライマーを用いたPCRによって、増幅DNA断片長の多型を検出できる。
【0042】
DNAマーカーを用いたRf−1の有無の判別には、まず、イネからPCRの鋳型となるDNAを抽出するが、DNA(試料DNA)を抽出するための組織としては根、葉、種子など植物体のあらゆる部分を利用でき、また精米も用いることができる。試料DNAの抽出方法としては、どの様な方法も用いることができ、粗精製のDNAを用いることもできる。次に、抽出されたDNAを鋳型としてDNAマーカーであるDNA断片を上記のPCRプライマーを用いたPCR法によって増幅する。DNA断片の増幅の有無を電気泳動法等で解析し、Rf−1に特異的なDNA断片が増幅された場合にはRf−1を有すると判定する。
【0043】
このような細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出するためのDNAマーカー用プライマーは、本発明の対象である。
【0044】
【実施例】
以下に本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。なお、DNAの切断、連結、大腸菌の形質転換、遺伝子の塩基配列決定、ハイブリダイゼーション等一般の遺伝子組換えに必要な方法は、特に記載のない限り、各操作に使用する市販の試薬、機器装置等に添付されている説明書や、実験書(例えば「Molecular Cloning(Sambrookら(1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)」)に基本的に従った。また、イネの土壌を用いた育成、交配操作、ゲノムDNAの調製、遺伝学的解析などは、特に記載のない限り、実験書(例えば「モデル植物の実験プロトコール」島本功、岡田清孝 監修 秀潤社 細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ4、1996年4月発行)に基本的に従った。
【0045】
実施例1 Rf−1位置特定用のDNAマーカーの作成
Rf−1遺伝子とBT型雄性不稔細胞質を持つインディカ種のイネ品種「Chinsurah BoroII」に、Rf−1遺伝子を持たないジャポニカ種のイネ品種「台中65号」を交配し、数次にわたる戻し交配で育成した準同質遺伝子系統「MTC−10R」および「MTC−10A」を材料に用いた。すなわち、「MTC−10R」は細胞質が「Chinsurah BoroII」由来で核がRf−1領域を除いて「台中65号」由来となっているイネの稔性回復系統である。また、「MTC−10A」は細胞質が「Chinsurah BoroII」由来で核がRf−1領域も「台中65号」由来に置換したイネの細胞質雄性不稔系統である。
【0046】
「MTC−10A」と「MTC−10R」を交配したF1イネ植物の花粉を「MTC−10A」に授粉して得たBC1F1とその自殖後代植物を対象にして、各個体より常法に従いDNAを抽出し、各種DNAマーカーと稔性回復形質との遺伝的連鎖度を解析することで、Rf−1の位置を染色体上にマップした。
本発明者らは、既に開発していたRf−1近傍のマイクロサテライトマーカーfL601とOSRRf(特開平09−313187号公報)が第10染色体にあり、両マーカーの間にRf−1が位置することを明らかにした。fL601のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TTGACGCCTTCGTCCTCTAC」(配列番号:3)と「AGACGTAACAAGATGATCGA」(配列番号:4)の組み合わせ、OSRRfのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「ACGAGATACCGTACGCCTTTG」(配列番号:5)と「AACGCGAGGACACGTACTTA」(配列番号:6)の組み合わせを用いた。
【0047】
そこで、fL601とOSRRfを含むBACクローン2種(OSJNBa0017E08およびOSJNBa0078O01)を塩基配列の検索により見出した。これらBACクローンのゲノム配列はインターネット上で公開されており(OSJNBa0017E08(GenBank accession number AC068923)およびOSJNBa0078O01(GenBank accession number AC079888))、塩基配列情報を基に、PCRプライマーを設計し、この領域での「MTC−10A」と「MTC−10R」のDNA構造の違いを多型として検出するDNAマーカー14種を新たに作出してRf−1の座乗領域の絞込みに用いた。DNAマーカー14種の配置は、図1に示した。
【0048】
実施例2 Rf−1近傍での染色体組換え個体の選抜
まず、稔性を有するBC1F1の300個体の中から、OSRRfまたはfL601とRf−1の間で染色体の組換えを起こした7個体を選抜した。具体的には、fL601では、「MTC−10R」由来のDNA断片590bpが増幅されなかった個体を選抜し、一方、OSRRfでは、増幅DNA断片を2%MetaPhorアガロース(FMC社)で分画し、「MTC−10R」由来の345bpのDNA断片を持たず「MTC−10A」由来の329bpのDNA断片のみを有する個体を選抜した。それら選抜個体の自殖によりBC1F2種子を得た。
【0049】
BC1F2世代を育成し、3種のDNAマーカーC1361A、C1361R、68923−2がヘテロ遺伝子型を示す22個体を選抜した。マーカーC1361AのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGGCTCTGGTTCCAGCC」(配列番号:7)と「CACACCAGATCTTGCTAATC」(配列番号:8)の組み合わせ、マーカーC1361RのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「GTCACTTCAGTGTCGTTC」(配列番号:9)と「GGAGGCTAAGGTCACGCTGTTC」(配列番号:10)の組み合わせ、マーカー68923−2のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TCGTTTTGGATAAGGATACGG」(配列番号:11)と「AACGTACTCTCTCCAGACTG」(配列番号:12)の組み合わせを用いた。C1361RとC1361Aの増幅DNA断片を1%アガロースで同時に分画し、160bpのDNA断片と306bpのDNA断片が検出された個体をヘテロ型と判定した。一方、68923−2は共優性のマイクロサテライトマーカーで、増幅DNA断片は2.5%MetaPhorアガロース(FMC社)で分画し、2本のDNA断片を持つ個体をヘテロ型と判定した。
【0050】
実施例3 Rf−1位置の特定
実施例2で選抜したBC1F2世代22個体の自殖によりBC1F3世代の種子を形成させた。BC1F3世代の6104個体で染色体の組換え点を分析した結果、DNAマーカー68923−6と68923−9の間にRf−1の位置を絞り込むことができた。これらDNAマーカーはゲノムDNAからPCRにより増幅して得ることができる。すなわち、マーカー68923−6のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGCATGTGTCTGTCTGTCTGTC」(配列番号:13)と「CAGCCACTCTTAGGGGTGAA」(配列番号:14)の組み合わせ、マーカー68923−9のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGTAGTGCTGAGCTCTCGAA」(配列番号:15)と「ACTGTTTGACACTGTTTCTGG」(配列番号:16)の組み合わせを用いた。68923−6の増幅DNA断片は、制限酵素MboIで処理した後、1%アガロースで分画して判定した結果、7個体が「MTC−10A」のみに由来するDNAマーカーを持つrr型であった。68923−9の増幅DNA断片は、制限酵素MspIで処理した後、1%アガロースで分画して判定した結果、1個体のみがrr型であった。rr型の領域にはRf−1は存在しないので、Rf−1は、DNAマーカー、68923−6と68923−9の間に座乗すると考えられる。
【0051】
実施例4 Rf−1の構造解析
イネのゲノム塩基配列が決定された品種「日本晴」は、Rf−1を持っていない。また上述のBACクローンは品種「日本晴」由来である。そこで、実施例3で絞り込んだ領域に関して、Rf−1を有する「MTC−10R」のゲノム塩基配列を決定した。塩基配列の決定には、「MTC−10R」のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングして得た対象領域を含むクローン、あるいは、対象領域に特異的なPCRプライマーを作成して「MTC−10R」のゲノムDNAから直接増幅したDNA断片を用いた。
【0052】
解析の結果、この領域内には、高度に保存された塩基配列が直列反復するように配置されていることを見出した。これら保存領域の構造を詳細に解析した結果、イントロンを含まない、2種のORFを見出した。これらのORFをRf−1候補遺伝子とし、Rf−1AおよびRf−1Bとした。
【0053】
これらの候補遺伝子にコードされるアミノ酸配列の構造解析を行った結果、何れも10個のPPRモチーフ(Small & Peeters(2000), Trends Biochem. Sci., vol.25;p46−)を含むPPRタンパク質であることを見出した。さらに、これら候補遺伝子の構造を比較解析した結果、Rf−1Aでは、コードするタンパク質のN末部分にミトコンドリアへの移行シグナルが存在することを見出した。このシグナルをコードする部分もRf−1AとRf−1Bの塩基配列は高度に保存されていたが、Rf−1Bでは、配列表の配列番号:17に示す91番から96番の塩基Gの繰り返し数が6となっており、Rf−1Aに対して1塩基の挿入変異が生じていた。この変異のために、Rf−1Bの産物は、移行シグナルが欠失しているか、あるいは、僅か62残基のペプチドとなり、細胞質雄性不稔の原因遺伝子を含むミトコンドリアで正常に機能し得るタンパク質をRf−1Bはコードできないと考えられた。
【0054】
更に、Rf−1を持たない「MTC−10A」の塩基配列を解析した結果では、Rf−1A内部には1塩基の欠失と574塩基の欠失が生じており、Rf−1B内部にも、21塩基の欠失と26塩基の欠失、さらに、970塩基の挿入が生じていることが明らかとなった。これらの構造変異により、「MTC−10A」では、Rf−1AとRf−1Bの何れも遺伝子としての機能が失われていることが判明した。
【0055】
これらの結果より、Rf−1AがRf−1であると結論付けた。
Rf−1は、コードするアミノ酸配列がPPRモチーフを含む点において、ペチュニアで単離された細胞質雄性不稔回復遺伝子と共通性があり、両者アミノ酸配列は21%が一致する構造を有する。
【0056】
PPRタンパク質の遺伝子は、植物ゲノム中に多数存在し、植物ゲノムで最大の遺伝子ファミリーの一つである(Small & Peeters(2000), Trends Biochem. Sci., vol.25;p46−)。PPRタンパク質に共通してN末部分は、オルガネラへの移行シグナルを含み、オルガネラにおけるRNA分子の修飾に関与していると推測されている。このような特徴を有するPPRタンパク質が細胞質雄性不稔の稔性回復に関与している可能性が示唆されるが、極めて多数存在するPPRタンパク質を個別に調査していくには膨大な労力を要し容易でない。また、イネでは様々な型の雄性不稔が知られており、遺伝学的解析の結果から、それぞれに異なる稔性回復遺伝子が作用すると考えられている。個々の型の雄性不稔を回復する細胞質雄性不稔回復遺伝子については、個別に単離・同定を行ない、解明を待つ必要がある。
【0057】
実施例5 Rf−1の発現解析
実施例4でRf−1候補遺伝子とし、Rf−1AおよびRf−1Bを特定した。これらの遺伝子の転写産物を解析することで、遺伝子の構造を確定した。まず、「MTC−10R」の葉および穂孕み期の頴花から全RNAをRNeasy(QIAGEN社)を用いて抽出した。このRNAをDNaseIで処理し、混入したDNAを完全除去した。この全RNAを鋳型に用いて、オリゴd(T)をプライマーとした1stストランドcDNAを合成した。1stストランドのcDNAの合成にはTAKARA社のHigh Fidelity RNA PCRキットを用いた。この1stストランドcDNAを鋳型として、Rf−1AおよびRf−1Bのそれぞれに特異的な様々な塩基配列を組み合わせてプライマーとして、PCRを行った。また、1stストランドcDNAの合成に用いたオリゴd(T)アダプタープライマーに相補的なプライマーを利用し、各遺伝子特異的なプライマーを組み合わせて増幅したDNA断片の塩基配列を解析し、各遺伝子の3’末端の構造を確定した。
【0058】
RT−PCRの結果、何れの遺伝子においても転写産物が検出され、これらの遺伝子が転写されていることが明らかとなった。さらに、3’末端の決定により、ゲノムの塩基配列から推定した、これらの遺伝子構造が正しいことが確認された。また、RNAは葉と頴花の何れの組織でも確認された。
【0059】
実施例6 Rf−1のDNAマーカー
Rf−1Aの塩基配列を基にPCRプライマーを設計し、Rf−1DNAマーカーとしての適正を評価した。
【0060】
「MTC−10R」のゲノムDNAの塩基配列を基に作成された合成オリゴヌクレオチドプライマー「TCCCTCCTCTAATAGGACTG」(配列番号:18)と「GGTGTCGTATACCACTGTCA」(配列番号:19)を用いてPCRを行なった。イネ品種4種(「MTC−10R」、「MTC−10A」、「Chinsurah BoroII」、「日本晴」)から抽出したゲノムDNAを鋳型に用いた場合、Rf−1を有する品種「MTC−10R」と「Chinsurah BoroII」では、1854bpのDNA断片が増幅されたが、Rf−1を持たない品種「MTC−10A」と「日本晴」では、1280bpの増幅DNA断片が検出された。増幅DNA断片長の差異によって、Rf−1有無が特異的に検出でき、これらをRf−1DNAマーカーとして有効に利用できることが示された。
【0061】
【発明の効果】
本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1のDNAを提供する。
該DNAを変異誘発処理によって植物細胞内で改変する、もしくは該DNAを加工して植物に導入し発現させることにより、当該植物の稔性を変更することが可能となる。また、細胞質雄性不稔回復遺伝子そのものをDNAマーカーに用いれば、育種過程における選抜効率を向上させることができる。
これらを利用すれば、細胞質雄性不稔系統やその維持系統あるいは稔性回復系統の育成における遺伝資源の飛躍的拡大、新規な稔性制御に基づく採種システムの提供が行なわれ、大規模な交配によるハイブリッド種子の商業生産に貢献する産業上重要な価値を生ずる。
【0062】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】Rf−1の遺伝子領域の絞込みを示す模式図である。DNAマーカーの配置を上部に示した。選抜したBC1F3個体における各DNAマーカーの遺伝子型を下段棒線に示した。下段の棒線の白抜き部分は「MTC−10A」に由来する染色体のみからなる領域、黒塗り部分は「MTC−10R」に由来する染色体を含む領域である。最下段には、遺伝子の構造と向きを模式的に示した。
【符号の説明】
OSJNBa0017E08:BACクローンを表す。
OSJNBa0078O01:BACクローンを表す。
OSRRf:DNAマーカーの位置を表す。
C1361:DNAマーカーの位置を表す。
68923−2:DNAマーカーの位置を表す。
68923−6:DNAマーカーの位置を表す。
68923−9:DNAマーカーの位置を表す。
fL601:DNAマーカーの位置を表す。
Rf−1A:Rf−1の位置を表す。
Rf−1B:Rf−1の類似塩基配列の位置を表す。
MTC−10A:細胞質雄性不稔系統「MTC−10A」の染色体を表す。
MTC−10R:稔性回復系統「MTC−10R」の染色体を表す。
【発明の属する技術分野】
本発明は、イネ、特にハイブリッドライスおよびその親系統の育成または育成されたハイブリッドライスの種子生産に利用される細胞質雄性不稔回復遺伝子DNA、また、これをDNAマーカーに用いて細胞質雄性不稔回復遺伝子を判別する方法に関する。さらに、本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子、及びこれらのDNAを導入することにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現制御が可能となったトランスジェニック植物に関する。
【0002】
【従来の技術】
細胞質雄性不稔(CMS)とは、細胞質内のミトコンドリアゲノムにコードされるCMS化因子によって正常な花粉が生産できなくなる現象である。このCMSは高等植物に広く見られる現象で、核と細胞質の遺伝子産物の不親和によって生じると考えられている。一方、細胞質雄性不稔回復遺伝子とは、核ゲノムにコードされており、CMS化因子を含む細胞質による花粉の不稔性を打ち消す機能を持つ。CMSは自身の花粉で稔実する事なく、大規模な交配によるハイブリッド種子の商業生産に利用されている。また、細胞質雄性不稔回復遺伝子はハイブリッド植物での結実を可能とし、特に、ハイブリッドライスやハイブリッドコーンの様にハイブリッド植物に結実する種子を収穫物とする植物においては必須となる遺伝子である。従って、CMS化因子とそれを回復させる細胞質雄性不稔回復遺伝子は農業上極めて重要な遺伝子に挙げられている。にもかかわらず、細胞質雄性不稔とその稔性回復の分子機構については未だ明らかではない。この細胞質雄性不稔と稔性回復システムを効率的に利用するためにも、分子レベルでのメカニズムの解明が望まれている。
【0003】
イネにおいては、野生種に栽培種を交配した場合や、インディカ種にジャポニカ種を交配した場合に、核と細胞質の不親和によってCMSが生じることが知られている。特に、インディカ種の1つであるChinsurah Boro IIにジャポニカ種を交配した場合に生じるCMSはBT型として分類され、このBT型CMSを回復させるイネの細胞質雄性不稔回復遺伝子はRf−1と呼ばれている。BT型細胞質雄性不稔のイネは、核にRf−1遺伝子を持っていれば花粉を正常に発達させることができ、種子の結実が可能となる。本発明で言う細胞質雄性不稔回復遺伝子とはBT型のCMSを回復させるもので、イネの第10染色体に座乗するものを指し、本発明ではRf−1と省略して示す。
【0004】
ハイブリッドライス種子を商業生産する方法として、上記のCMSと細胞質雄性不稔回復遺伝子を組み合わせた「三系法」が確立されている。「三系法」ではCMS化因子を持つ細胞質雄性不稔系統と稔性を回復させる細胞質雄性不稔回復遺伝子を有する稔性回復系統を用いた交配によってハイブリッドライス種子を大規模生産する。ジャポニカ種のハイブリッドライス採種には、BT型雄性不稔細胞質が利用されており、Rf−1遺伝子は不可欠となっている。
【0005】
稔性回復系統としては細胞質雄性不稔回復遺伝子を有する事が必須となる。従来、この細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別するためには、まず、調査対象とする系統を細胞質雄性不稔系統と交配し、次に、得られた交配種子を播種して植物体を育成し、その植物の自殖種子の形成率を調査する必要があった。すなわち、この自殖種子の形成率が80%以上の場合に、稔性回復遺伝子を有すると判別していた。しかし、このような方法では膨大な労力と時間を必要とするため、簡便でかつ確実に細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別する方法の開発が望まれていた。
【0006】
近年、DNA解析技術の急速な進歩によって、DNAレベルで目的遺伝子または目的形質を判別する、いわゆるマーカー育種技術が開発され、育種効率の向上に貢献するようになってきた。この技術では、目的遺伝子そのものもしくは目的遺伝子と近接して存在する塩基配列を含むDNA(DNAマーカー)を用いる。DNAマーカーは目的とする遺伝子に近接しているほど育種への寄与度は高く、目的遺伝子そのものの利用が望ましい。しかしながら、イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1は、その構造がまったく不明で、これを直接同定するDNAマーカーは存在していなかった。
【0007】
トウモロコシとペチュニアにおいて細胞質雄性不稔回復遺伝子が単離され、構造が明らかとなった(Cuiら(1996), Science, vol.272:p1334−,Bentolilaら(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.99:p10887−)。これら2種の細胞質雄性不稔回復遺伝子は全く異なる遺伝子構造を有している。CMSを引き起こすミトコンドリア遺伝子構造変化は多岐にわたっており、個々のCMSに対する細胞質雄性不稔回復遺伝子が存在する。
【0008】
例えば、イネのBT型雄性不稔細胞質では、ミトコンドリアのatp6遺伝子に構造変異が生じて新奇なキメラ遺伝子が存在することが明らかにされた。イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1が共存した場合は、このキメラ遺伝子の転写産物がプロセッシングを受けていることが見出されている(Iwabuchiら(1993), EMBO J., vol.12:p1437−, Akagiら(1994), Curr Genet., vol25:p52−)。このことから、Rf−1はミトコンドリアのmRNA修飾に関与すると考えられる。Rf−1は、BT型細胞質雄性不稔を回復させるが、他のWA型細胞質雄性不稔を回復させる機能のないことが遺伝学的に明らかにされている。イネでは様々な型の細胞質雄性不稔が知られており、それぞれに異なる細胞質雄性稔性回復遺伝子が作用していると考えられる。
【0009】
このような事例からも明らかなように、トウモロコシやペチュニアの例をもとに細胞質雄性不稔回復遺伝子に共通の構造を容易に類推することはできない。従って、個々の細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離・同定する必要がある。
【0010】
また、細胞質雄性不稔系統の育成にあたっては、細胞質雄性不稔回復遺伝子の除去あるいは非発現化が必須であり、稔性回復系統の育成にあっては、細胞質雄性不稔回復遺伝子を付与することが必須である。従来、一般的には、細胞質雄性不稔回復遺伝子の除去あるいは付与の方法としては、細胞質雄性不稔回復遺伝子の存在の有無が確認されている植物との交配と数次にわたる戻し交配ならびに後代選抜育種の方法が用いられてきた。Rf−1が単離できれば、これを人為的に改変・制御することによって、イネの細胞質雄性不稔系統もしくは稔性回復系統の育成を迅速に実施することが可能となる。
本発明はこのような技術的背景に基づきなされたものである。
【0011】
【非特許文献1】Cuiら(1996), Science, vol.272:p1334−
【非特許文献2】Bentolilaら(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.99:p10887−
【非特許文献3】Iwabuchiら(1993), EMBO J., vol.12:p1437−
【非特許文献4】Akagiら(1994), Curr Genet., vol25:p52−
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1の構造を明らかにし、DNAマーカー化して高精度にRf−1の有無を判別する方法、もしくは、Rf−1を人為的に改変・制御することによって、細胞質雄性不稔系統あるいは稔性回復系統を提供することにある。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、染色体構造上でRf−1のみが異なる準同質遺伝子系統を用いて、細胞質雄性不稔回復の原因となる単一の遺伝子を広大な染色体領域において同定し、Rf−1を単離することに成功した。また、得られた遺伝子は、構造変異で細胞質雄性不稔回復の機能欠損が生じることを確認し、これら知見に基づき本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1] 配列表の配列番号:1に示されたアミノ酸配列と同一または実質的に同一なアミノ酸配列をコードする細胞質雄性不稔回復遺伝子。
[2] 配列表の配列番号:2に示されたDNA塩基配列を含む細胞質雄性不稔回復遺伝子。
[3] 以下のi)及びii)、必要によりiii)の構成要素を含む発現カセットを含む組換え二本鎖DNA分子。
i) 植物細胞内で転写可能なプロモーター
ii) 該プロモーターにセンス方向またはアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように結合した[1]又は[2]に記載の遺伝子DNAの全部または一部、および必要に応じて、
iii) RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、植物細胞内で機能するシグナル
[4] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持するベクター。
[5] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持する植物細胞。
[6] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子が導入されたトランスジェニック植物体。
[7] [3]に記載の組換え二本鎖DNA分子を植物に導入することにより、該植物に細胞質雄性不稔回復能を付与もしくは欠損させる方法。
[8] 植物がイネであることを特徴とする[7]に記載の方法。
[9] [1]又は[2]記載の細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの一部より任意に選ばれるDNA断片(DNAマーカー)を含む、細胞質雄性不稔回復遺伝子検出用PCRプライマー。
[10] [9]に記載のPCRプライマーを用いて、試料DNAを鋳型とし、PCR法により増幅されたDNA断片中のDNAマーカーの有無により、細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出する方法。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの利用に関する。本発明における稔性回復系統の育成は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子を有するトランスジェニック植物を作出することにより行う。また、細胞質雄性不稔系統の育成は、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物の選抜、または細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子の導入によって細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現を制御したトランスジェニック植物を作出することにより行う。一方、本発明における細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAマーカーは、細胞質雄性不稔回復遺伝子の塩基配列を含むDNAであり、イネ細胞中の細胞質雄性不稔回復遺伝子DNA配列の存在を調べることにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の有無を判別可能にする。
【0016】
イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子としては、例えば、イネ品種Chinsurah BoroII由来の「Rf−1」が挙げられる。本発明者らにより単離された「Rf−1」のcDNAの塩基配列を配列番号:2に示す。
【0017】
本発明における稔性回復系統もしくは細胞質雄性不稔系統の育成には、「Rf−1」蛋白質と同等の機能を有する蛋白質をコードする限り、「Rf−1」以外の遺伝子を用いることも可能である。このような遺伝子としては、「Rf−1」蛋白質のアミノ酸配列(配列番号:1で表されるアミノ酸配列)と実質的に同一なアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNAが挙げられる。ここで「配列番号:1で表されるアミノ酸配列と実質的に同一なアミノ酸配列」とは、配列番号:1で表されるアミノ酸配列の幾つかのアミノ酸残基について、欠失、置換、付加等の変化が生じた配列であって、配列番号:1で表されるアミノ酸配列から成る蛋白質と同一な作用効果、即ち、BT型細胞質雄性不稔の稔性回復因子として機能する蛋白質を構成するアミノ酸配列をいう。幾つかのアミノ酸残基について欠失、置換、付加等の変化を起こさせることは、例えば、部位特異的変異誘発法(Kunkelら(1985), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.82:p488−)により行うことができる。
【0018】
本発明においては、「Rf−1」蛋白質と実質的に同一な蛋白質をコードする限り、「Rf−1」遺伝子の塩基配列との相同性を示す塩基配列を有する他の生物由来の細胞質雄性不稔回復遺伝子を用いることも可能である。このような細胞質雄性不稔回復遺伝子は、例えば「Rf−1」遺伝子のDNAの全部もしくは一部をプローブとしたハイブリダイゼーション技術(Southern(1975), J. Mol. Biol., vol.98:p503−, Sambrookら(1989), Molecular Cloning; Cold Spring Harbor Laboratory Press)により、選択することができる。
【0019】
ここで、「Rf−1」遺伝子のDNAの全部もしくは一部」とは、「Rf−1」遺伝子を構成するDNAの任意の連続する少なくとも14塩基以上のヌクレオチド配列をいう。
【0020】
ハイブリダイゼーションの方法としては、具体的には、例えばGeneImageシステム(アマシャム社製)を利用することが可能で、製品プロトコールに従って、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、50℃で6×SSC,0.1%SDS溶液で洗浄後、ハイブリダイゼーションしたDNAを選択することができる。あるいはまた「Rf−1」蛋白質を構成するアミノ酸配列をコードするDNAに特異的にハイブリダイズする合成オリゴヌクレオチドをプライマーに用いたPCR技術(島本功、佐々木卓治 監修、「植物のPCR実験プロトコール」(細胞工学別冊、植物細胞工学シリーズ2)秀潤社 1995年4月発行)を利用して、他の生物から「Rf−1」蛋白質と実質的に同一な蛋白質をコードする細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離することも可能である。
【0021】
ハイブリダイゼーション技術やPCR技術により得られる細胞質雄性不稔回復遺伝子は、「Rf−1」遺伝子と高い相同性を有する。高い相同性とは、それぞれの細胞質雄性不稔回復遺伝子がコードするアミノ酸の比較において、45%以上の相同性、好ましくは60%以上の相同性、さらに好ましくは75%以上の相同性、さらに好ましくは90%以上の相同性、さらに好ましくは95%以上の相同性を指す。ただし、得られる細胞質雄性不稔回復遺伝子によっては、コードするアミノ酸の複数の残基が欠失・付加・置換された結果として「Rf−1」との相同性が45%以下となってもなお、稔性回復に必須な蛋白質の機能に必要な領域を保持し、実質的に同一の稔性回復に必須な機能を有する蛋白質をコードしていることも想定される。
【0022】
このような細胞質雄性不稔回復遺伝子を単離するためのイネ以外の植物としては、一般に農作物として栽培されている植物、例えば、キュウリ、タマネギ、スイカ、カボチャ、メロン、カブ、ブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、キャベツ、ダイコン、ナタネ、ジャガイモ、ナス、トマト、ニンジン、ホウレンソウ、シロイヌナズナ、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ソルガム、タバコ、サトウダイコン、サトウキビ、ダイズ、ヒマワリ、ワタ、オレンジ、ブドウ、リンゴ、ラン、キク、ユリなどが挙げられるが、これら植物限定されない。
【0023】
このようにして単離される遺伝子が細胞質雄性不稔回復遺伝子として機能するかを確認するには、該遺伝子DNAを含む組換え二本鎖DNA分子を有するトランスジェニック植物を作出することにより行うことができる。例えば、BT型細胞質雄性不稔系統のイネに該遺伝子を導入、発現させ、同植物における稔性の回復を確認する。あるいは、細胞質雄性不稔回復遺伝子を持たないイネに該遺伝子を導入、発現させた後に、同植物をBT型細胞質雄性不稔系統のイネに交配して得られる植物における稔性の回復を確認する。
【0024】
細胞質雄性不稔回復遺伝子の付与もしくは抑制には、これら細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAを導入することにより、細胞質雄性不稔回復遺伝子の発現および制御が可能となったトランスジェニック植物を構築する方法を採ることができる。細胞質雄性不稔回復遺伝子およびその改変遺伝子を細胞内に導入して発現させるためには、(i)細胞内で転写可能なプロモーター、(ii)プロモーターの下流にセンス方向またはアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように結合した細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部または一部、(iii)RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、植物細胞内で機能するシグナルを含むDNA(発現カセット)を細胞に導入する。
【0025】
ここで、「細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部または一部」とは、細胞質雄性不稔回復遺伝子の抑制における該遺伝子の一部を指す場合には、細胞質雄性不稔回復能の低下を果たし得るDNAの単位を指す。
【0026】
このような発現カセットを含む組換え二本鎖DNA分子とは、発現カセットの他に該カセットの5’および/または3’側に宿主植物細胞への伝達、該細胞内での維持等の植物細胞の遺伝子組換え用の因子となるDNA配列を有する二本鎖のDNA分子を意味する。上記因子とは、組換え体選抜マーカー遺伝子や、T−DNA領域の少なくとも3’側領域配列及び/又は5’側領域配列等の、導入されるべき細胞質雄性不稔回復遺伝子の隣接領域を指している。
【0027】
組み換え二本鎖DNA分子の細胞への導入に備えるために、大腸菌の複製シグナル及び形質転換された細菌の細胞を選抜するためのマーカー遺伝子を含むクローニングベクターが数多く利用できる。このようなベクターの例には、pBR322、pUC系ベクター、M13mp系ベクター、クローニングベクターもしくはアグロバクテリウム属菌を形質転換に用いる場合の特別のプラスミドすなわち中間ベクターまたはバイナリーベクター等がある。適当な制限酵素切断部位で、目的の配列(組換え二本鎖DNA分子)をベクターに導入することでプラスミドDNAを得ることができる。得られたプラスミドDNAの特徴を明らかにするため、制限酵素切断部位分析、ゲル電気泳動、およびその他の生化学的−分子生物学的方法が一般に用いられる。各々の操作を終えた後、プラスミドDNAを切断して、別のDNAに結合させることができる。該プラスミドDNAの組換え二本鎖DNA分子の配列を、同じプラスミドDNAまたは別のプラスミド又はベクター中にクローニングすることができる。
【0028】
本発明における発現カセットは、挿入されているDNAを恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。本発明に使用し得る恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター(Odellら(1985), Nature, vol.313:p810−)、イネのアクチンプロモーター(Zhangら(1991), Plant Cell, vol.3:p1155−)などが挙げられる。また、本発明に使用し得る誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネのキチナーゼ遺伝子のプロモーター(Xuら(1996), Plant Mol. Biol., vol.30:p387−)やタバコのPR蛋白質遺伝子のプロモーター(Ohshimaら(1990), Plant Cell, vol.2:p95−)などが挙げられる。またイネのキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPR蛋白質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によっても誘導される。
【0029】
イネの細胞質雄性不稔回復遺伝子、例えば配列番号:2に示した「Rf−1」遺伝子DNAの蛋白質をコードする全領域を上記プロモーターの下流にセンス方向に連結した場合は、用いたプロモーターの性質に従って、細胞質雄性不稔回復遺伝子を恒常的または誘導的に発現させることが可能である。このような発現カセットを細胞に導入すれば、細胞内で稔性回復に必須な蛋白質が恒常的または誘導的に発現し、その結果、細胞質雄性不稔回復を恒常的または誘導的に引き起こすことが可能となる。一方、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの全部もしくは一部、例えば配列番号:2に示した「Rf−1」遺伝子DNAの全領域または蛋白質をコードする一部領域を上記プロモーターの下流にアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように連結した場合は、用いたプロモーターの性質に従って、細胞質雄性不稔回復遺伝子のアンチセンスRNAあるいはヘヤピンRNAを恒常的または誘導的に発現させることが可能である。このような発現カセットを細胞に導入すれば、細胞内の稔性回復に必須な蛋白質の発現が、恒常的または誘導的に阻害され、その結果、細胞質雄性不稔を恒常的または誘導的に引き起こすことが可能となる。
【0030】
このような方法により、誘導的に細胞質雄性不稔回復を引き起こす植物が得られれば、細胞質雄性不稔維持系統との交配を経ることなく細胞質雄性不稔系統の採種が可能となる。
【0031】
発現カセットを宿主細胞の中に導入するためには、さまざまな手法を用いることができる。これらの手法には、形質転換因子としてアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を用いたT−DNAによる植物細胞の形質転換、プロトプラストへの直接導入(インジェクション法、エレクトロポレーション法など)、パーティクルガン法などや、その他の可能性が含まれる。
【0032】
プロトプラストへの直接導入では、特別に必要とされるベクターはない。例えば、pUC誘導体のような単純なプラスミドを用いることができる。目的の遺伝子を植物細胞に導入する方法によっては、他のDNA配列が必要になることもある。例えばTiプラスミドを植物細胞の形質転換に用いる場合には、TiおよびRiプラスミドのT−DNA領域の少なくとも右の端の配列、大抵は両側の端の配列を、導入されるべき遺伝子の隣接領域となるように接続しなければならない。
【0033】
アグロバクテリウム属菌を形質転換に用いる場合には、導入すべき発現カセットを特別のプラスミド、すなわち中間ベクターまたはバイナリーベクターの中にクローニングする必要がある。中間ベクターはアグロバクテリウム属菌の中では複製されない。中間ベクターは、ヘルパープラスミドあるいはエレクトロポレーションによってアグロバクテリウム属菌の中に移行される。中間ベクターは、T−DNAの配列と相同な領域をもつため、相同的組換えによって、アグロバクテリウム属菌のTiプラスミド中に取り込まれる。宿主として使われるアグロバクテリウム属菌には、vir領域が含まれている必要がある。通常Tiプラスミドにvir領域が含まれており、その働きにより、T−DNAを植物細胞に移行させることができる。
【0034】
一方、バイナリーベクターはアグロバクテリウム属菌の中で複製、維持され得るので、ヘルパープラスミドあるいはエレクトロポレーション法によってアグロバクテリウム属菌中に取り込まれると、宿主のvir領域の働きによって、バイナリーベクター上のT−DNAを植物細胞に移行させることができる。
【0035】
なお、このようにして得られた発現カセットを含む中間ベクターまたはバイナリーベクター、及びこれを含む大腸菌やアグロバクテリウム属菌等の微生物も本発明の対象である。
【0036】
形質転換された植物細胞は、再生過程を経ることにより植物体に変換することができる。再生の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えばFujimuraら(Fujimuraら(1995), Plant Tissue Culture Lett., vol.2:p74−)の方法が挙げられる。これらの方法により作出された植物体またはその繁殖媒体から得た植物体は、野生型の植物体と比較して細胞質雄性不稔回復の挙動が変化する。このようにして得られたトランスジェニック植物は本発明の対象である。
【0037】
また、細胞質雄性不稔系統の育成には、細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物を選抜する方法を採ることも可能である。細胞質雄性不稔回復遺伝子のDNAに1以上の変異を生じ、稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を有す植物は、例えば、EMSやDEBなどの化学変異剤やガンマ線などの放射線で変異誘発処理された細胞を有する個体あるいは、chimeraplast法(Beethamら(1999), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.96:p8774−, Zhuら(1999), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.96:p8768−)でゲノムDNA塩基配列を改変処理された細胞を有する個体から選抜して得られる。選抜には、該目的遺伝子DNAの1塩基以上の構造変化をPCRならびに塩基配列決定の手法を組合せて検索する方法を用いることが可能である。このようにして得られる稔性回復因子としての機能が低下もしくは欠損した蛋白質をコードする遺伝子を保有するイネ植物は、該遺伝子を染色体上でホモに有する個体に育成された後に、細胞質雄性不稔系統として用いられる。
【0038】
一方、本発明に係るDNAマーカーとは、本発明に係る細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAから任意に選ばれるDNA断片を指す。このDNAマーカーの長さは概ね100bp〜1000bpであるが、その長さに制限されるものではない。本発明に係るPCRプライマーとはDNAマーカーを含むPCR用のプライマーであって、好ましくはDNAマーカーを含有する1組のプライマーである。PCRプライマーは細胞質雄性不稔回復遺伝子の検出用のDNAマーカーを有するので、PCRに用いることにより該DNAマーカーの存在を指標として細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出することが出来る。
【0039】
本発明のPCRプライマーの長さとしては、15から40mer程度のものを用いることで、安定してPCRによる増幅が行える。
【0040】
これまで細胞質雄性不稔回復遺伝子そのものをDNAマーカーに用いることができず、染色体上で細胞質雄性不稔回復遺伝子に遺伝的距離の短いDNA配列をDNAマーカーとして代用されてきたために分析に支障をきたす場合があったが、本発明に係るDNAマーカーは、いかなる分析集団を用いた場合でも、育種上有効に利用することができる。
【0041】
本発明に係るDNAマーカーとしては、例えば配列番号2の塩基配列を有するイネのRf−1のDNAから任意に選ばれるDNA断片が挙げられる。
Rf−1を持つイネと持たないイネは、DNAマーカーの塩基配列の相違の特徴により、識別することができる。Rf−1を持たないイネでDNAマーカーの塩基配列が完全に欠損している場合は、DNAマーカーの塩基配列から任意に設定された1組のPCRプライマーを用いたPCRによってDNA断片は増幅されない。また、Rf−1を持たないイネでDNAマーカーに1塩基の置換があれば、PCRによってこれらを識別することができる。すなわち、異なる塩基をPCRプライマーの3’末端に位置させて、鋳型DNAとPCRプライマーの3’末端の塩基が対合できない場合は、PCRによってDNA断片が増幅されない。また、Rf−1を持たないイネでDNAマーカーに塩基の挿入または欠失変異があれば、PCRによってこれらを識別することができる。すなわち、DNAマーカーの挿入または欠失変異点を挟む塩基配列から任意に設定された1組のPCRプライマーを用いたPCRによって、増幅DNA断片長の多型を検出できる。
【0042】
DNAマーカーを用いたRf−1の有無の判別には、まず、イネからPCRの鋳型となるDNAを抽出するが、DNA(試料DNA)を抽出するための組織としては根、葉、種子など植物体のあらゆる部分を利用でき、また精米も用いることができる。試料DNAの抽出方法としては、どの様な方法も用いることができ、粗精製のDNAを用いることもできる。次に、抽出されたDNAを鋳型としてDNAマーカーであるDNA断片を上記のPCRプライマーを用いたPCR法によって増幅する。DNA断片の増幅の有無を電気泳動法等で解析し、Rf−1に特異的なDNA断片が増幅された場合にはRf−1を有すると判定する。
【0043】
このような細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出するためのDNAマーカー用プライマーは、本発明の対象である。
【0044】
【実施例】
以下に本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。なお、DNAの切断、連結、大腸菌の形質転換、遺伝子の塩基配列決定、ハイブリダイゼーション等一般の遺伝子組換えに必要な方法は、特に記載のない限り、各操作に使用する市販の試薬、機器装置等に添付されている説明書や、実験書(例えば「Molecular Cloning(Sambrookら(1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)」)に基本的に従った。また、イネの土壌を用いた育成、交配操作、ゲノムDNAの調製、遺伝学的解析などは、特に記載のない限り、実験書(例えば「モデル植物の実験プロトコール」島本功、岡田清孝 監修 秀潤社 細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ4、1996年4月発行)に基本的に従った。
【0045】
実施例1 Rf−1位置特定用のDNAマーカーの作成
Rf−1遺伝子とBT型雄性不稔細胞質を持つインディカ種のイネ品種「Chinsurah BoroII」に、Rf−1遺伝子を持たないジャポニカ種のイネ品種「台中65号」を交配し、数次にわたる戻し交配で育成した準同質遺伝子系統「MTC−10R」および「MTC−10A」を材料に用いた。すなわち、「MTC−10R」は細胞質が「Chinsurah BoroII」由来で核がRf−1領域を除いて「台中65号」由来となっているイネの稔性回復系統である。また、「MTC−10A」は細胞質が「Chinsurah BoroII」由来で核がRf−1領域も「台中65号」由来に置換したイネの細胞質雄性不稔系統である。
【0046】
「MTC−10A」と「MTC−10R」を交配したF1イネ植物の花粉を「MTC−10A」に授粉して得たBC1F1とその自殖後代植物を対象にして、各個体より常法に従いDNAを抽出し、各種DNAマーカーと稔性回復形質との遺伝的連鎖度を解析することで、Rf−1の位置を染色体上にマップした。
本発明者らは、既に開発していたRf−1近傍のマイクロサテライトマーカーfL601とOSRRf(特開平09−313187号公報)が第10染色体にあり、両マーカーの間にRf−1が位置することを明らかにした。fL601のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TTGACGCCTTCGTCCTCTAC」(配列番号:3)と「AGACGTAACAAGATGATCGA」(配列番号:4)の組み合わせ、OSRRfのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「ACGAGATACCGTACGCCTTTG」(配列番号:5)と「AACGCGAGGACACGTACTTA」(配列番号:6)の組み合わせを用いた。
【0047】
そこで、fL601とOSRRfを含むBACクローン2種(OSJNBa0017E08およびOSJNBa0078O01)を塩基配列の検索により見出した。これらBACクローンのゲノム配列はインターネット上で公開されており(OSJNBa0017E08(GenBank accession number AC068923)およびOSJNBa0078O01(GenBank accession number AC079888))、塩基配列情報を基に、PCRプライマーを設計し、この領域での「MTC−10A」と「MTC−10R」のDNA構造の違いを多型として検出するDNAマーカー14種を新たに作出してRf−1の座乗領域の絞込みに用いた。DNAマーカー14種の配置は、図1に示した。
【0048】
実施例2 Rf−1近傍での染色体組換え個体の選抜
まず、稔性を有するBC1F1の300個体の中から、OSRRfまたはfL601とRf−1の間で染色体の組換えを起こした7個体を選抜した。具体的には、fL601では、「MTC−10R」由来のDNA断片590bpが増幅されなかった個体を選抜し、一方、OSRRfでは、増幅DNA断片を2%MetaPhorアガロース(FMC社)で分画し、「MTC−10R」由来の345bpのDNA断片を持たず「MTC−10A」由来の329bpのDNA断片のみを有する個体を選抜した。それら選抜個体の自殖によりBC1F2種子を得た。
【0049】
BC1F2世代を育成し、3種のDNAマーカーC1361A、C1361R、68923−2がヘテロ遺伝子型を示す22個体を選抜した。マーカーC1361AのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGGCTCTGGTTCCAGCC」(配列番号:7)と「CACACCAGATCTTGCTAATC」(配列番号:8)の組み合わせ、マーカーC1361RのPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「GTCACTTCAGTGTCGTTC」(配列番号:9)と「GGAGGCTAAGGTCACGCTGTTC」(配列番号:10)の組み合わせ、マーカー68923−2のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TCGTTTTGGATAAGGATACGG」(配列番号:11)と「AACGTACTCTCTCCAGACTG」(配列番号:12)の組み合わせを用いた。C1361RとC1361Aの増幅DNA断片を1%アガロースで同時に分画し、160bpのDNA断片と306bpのDNA断片が検出された個体をヘテロ型と判定した。一方、68923−2は共優性のマイクロサテライトマーカーで、増幅DNA断片は2.5%MetaPhorアガロース(FMC社)で分画し、2本のDNA断片を持つ個体をヘテロ型と判定した。
【0050】
実施例3 Rf−1位置の特定
実施例2で選抜したBC1F2世代22個体の自殖によりBC1F3世代の種子を形成させた。BC1F3世代の6104個体で染色体の組換え点を分析した結果、DNAマーカー68923−6と68923−9の間にRf−1の位置を絞り込むことができた。これらDNAマーカーはゲノムDNAからPCRにより増幅して得ることができる。すなわち、マーカー68923−6のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGCATGTGTCTGTCTGTCTGTC」(配列番号:13)と「CAGCCACTCTTAGGGGTGAA」(配列番号:14)の組み合わせ、マーカー68923−9のPCRプライマーには、合成オリゴヌクレオチド「TGTAGTGCTGAGCTCTCGAA」(配列番号:15)と「ACTGTTTGACACTGTTTCTGG」(配列番号:16)の組み合わせを用いた。68923−6の増幅DNA断片は、制限酵素MboIで処理した後、1%アガロースで分画して判定した結果、7個体が「MTC−10A」のみに由来するDNAマーカーを持つrr型であった。68923−9の増幅DNA断片は、制限酵素MspIで処理した後、1%アガロースで分画して判定した結果、1個体のみがrr型であった。rr型の領域にはRf−1は存在しないので、Rf−1は、DNAマーカー、68923−6と68923−9の間に座乗すると考えられる。
【0051】
実施例4 Rf−1の構造解析
イネのゲノム塩基配列が決定された品種「日本晴」は、Rf−1を持っていない。また上述のBACクローンは品種「日本晴」由来である。そこで、実施例3で絞り込んだ領域に関して、Rf−1を有する「MTC−10R」のゲノム塩基配列を決定した。塩基配列の決定には、「MTC−10R」のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングして得た対象領域を含むクローン、あるいは、対象領域に特異的なPCRプライマーを作成して「MTC−10R」のゲノムDNAから直接増幅したDNA断片を用いた。
【0052】
解析の結果、この領域内には、高度に保存された塩基配列が直列反復するように配置されていることを見出した。これら保存領域の構造を詳細に解析した結果、イントロンを含まない、2種のORFを見出した。これらのORFをRf−1候補遺伝子とし、Rf−1AおよびRf−1Bとした。
【0053】
これらの候補遺伝子にコードされるアミノ酸配列の構造解析を行った結果、何れも10個のPPRモチーフ(Small & Peeters(2000), Trends Biochem. Sci., vol.25;p46−)を含むPPRタンパク質であることを見出した。さらに、これら候補遺伝子の構造を比較解析した結果、Rf−1Aでは、コードするタンパク質のN末部分にミトコンドリアへの移行シグナルが存在することを見出した。このシグナルをコードする部分もRf−1AとRf−1Bの塩基配列は高度に保存されていたが、Rf−1Bでは、配列表の配列番号:17に示す91番から96番の塩基Gの繰り返し数が6となっており、Rf−1Aに対して1塩基の挿入変異が生じていた。この変異のために、Rf−1Bの産物は、移行シグナルが欠失しているか、あるいは、僅か62残基のペプチドとなり、細胞質雄性不稔の原因遺伝子を含むミトコンドリアで正常に機能し得るタンパク質をRf−1Bはコードできないと考えられた。
【0054】
更に、Rf−1を持たない「MTC−10A」の塩基配列を解析した結果では、Rf−1A内部には1塩基の欠失と574塩基の欠失が生じており、Rf−1B内部にも、21塩基の欠失と26塩基の欠失、さらに、970塩基の挿入が生じていることが明らかとなった。これらの構造変異により、「MTC−10A」では、Rf−1AとRf−1Bの何れも遺伝子としての機能が失われていることが判明した。
【0055】
これらの結果より、Rf−1AがRf−1であると結論付けた。
Rf−1は、コードするアミノ酸配列がPPRモチーフを含む点において、ペチュニアで単離された細胞質雄性不稔回復遺伝子と共通性があり、両者アミノ酸配列は21%が一致する構造を有する。
【0056】
PPRタンパク質の遺伝子は、植物ゲノム中に多数存在し、植物ゲノムで最大の遺伝子ファミリーの一つである(Small & Peeters(2000), Trends Biochem. Sci., vol.25;p46−)。PPRタンパク質に共通してN末部分は、オルガネラへの移行シグナルを含み、オルガネラにおけるRNA分子の修飾に関与していると推測されている。このような特徴を有するPPRタンパク質が細胞質雄性不稔の稔性回復に関与している可能性が示唆されるが、極めて多数存在するPPRタンパク質を個別に調査していくには膨大な労力を要し容易でない。また、イネでは様々な型の雄性不稔が知られており、遺伝学的解析の結果から、それぞれに異なる稔性回復遺伝子が作用すると考えられている。個々の型の雄性不稔を回復する細胞質雄性不稔回復遺伝子については、個別に単離・同定を行ない、解明を待つ必要がある。
【0057】
実施例5 Rf−1の発現解析
実施例4でRf−1候補遺伝子とし、Rf−1AおよびRf−1Bを特定した。これらの遺伝子の転写産物を解析することで、遺伝子の構造を確定した。まず、「MTC−10R」の葉および穂孕み期の頴花から全RNAをRNeasy(QIAGEN社)を用いて抽出した。このRNAをDNaseIで処理し、混入したDNAを完全除去した。この全RNAを鋳型に用いて、オリゴd(T)をプライマーとした1stストランドcDNAを合成した。1stストランドのcDNAの合成にはTAKARA社のHigh Fidelity RNA PCRキットを用いた。この1stストランドcDNAを鋳型として、Rf−1AおよびRf−1Bのそれぞれに特異的な様々な塩基配列を組み合わせてプライマーとして、PCRを行った。また、1stストランドcDNAの合成に用いたオリゴd(T)アダプタープライマーに相補的なプライマーを利用し、各遺伝子特異的なプライマーを組み合わせて増幅したDNA断片の塩基配列を解析し、各遺伝子の3’末端の構造を確定した。
【0058】
RT−PCRの結果、何れの遺伝子においても転写産物が検出され、これらの遺伝子が転写されていることが明らかとなった。さらに、3’末端の決定により、ゲノムの塩基配列から推定した、これらの遺伝子構造が正しいことが確認された。また、RNAは葉と頴花の何れの組織でも確認された。
【0059】
実施例6 Rf−1のDNAマーカー
Rf−1Aの塩基配列を基にPCRプライマーを設計し、Rf−1DNAマーカーとしての適正を評価した。
【0060】
「MTC−10R」のゲノムDNAの塩基配列を基に作成された合成オリゴヌクレオチドプライマー「TCCCTCCTCTAATAGGACTG」(配列番号:18)と「GGTGTCGTATACCACTGTCA」(配列番号:19)を用いてPCRを行なった。イネ品種4種(「MTC−10R」、「MTC−10A」、「Chinsurah BoroII」、「日本晴」)から抽出したゲノムDNAを鋳型に用いた場合、Rf−1を有する品種「MTC−10R」と「Chinsurah BoroII」では、1854bpのDNA断片が増幅されたが、Rf−1を持たない品種「MTC−10A」と「日本晴」では、1280bpの増幅DNA断片が検出された。増幅DNA断片長の差異によって、Rf−1有無が特異的に検出でき、これらをRf−1DNAマーカーとして有効に利用できることが示された。
【0061】
【発明の効果】
本発明は、細胞質雄性不稔回復遺伝子Rf−1のDNAを提供する。
該DNAを変異誘発処理によって植物細胞内で改変する、もしくは該DNAを加工して植物に導入し発現させることにより、当該植物の稔性を変更することが可能となる。また、細胞質雄性不稔回復遺伝子そのものをDNAマーカーに用いれば、育種過程における選抜効率を向上させることができる。
これらを利用すれば、細胞質雄性不稔系統やその維持系統あるいは稔性回復系統の育成における遺伝資源の飛躍的拡大、新規な稔性制御に基づく採種システムの提供が行なわれ、大規模な交配によるハイブリッド種子の商業生産に貢献する産業上重要な価値を生ずる。
【0062】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】Rf−1の遺伝子領域の絞込みを示す模式図である。DNAマーカーの配置を上部に示した。選抜したBC1F3個体における各DNAマーカーの遺伝子型を下段棒線に示した。下段の棒線の白抜き部分は「MTC−10A」に由来する染色体のみからなる領域、黒塗り部分は「MTC−10R」に由来する染色体を含む領域である。最下段には、遺伝子の構造と向きを模式的に示した。
【符号の説明】
OSJNBa0017E08:BACクローンを表す。
OSJNBa0078O01:BACクローンを表す。
OSRRf:DNAマーカーの位置を表す。
C1361:DNAマーカーの位置を表す。
68923−2:DNAマーカーの位置を表す。
68923−6:DNAマーカーの位置を表す。
68923−9:DNAマーカーの位置を表す。
fL601:DNAマーカーの位置を表す。
Rf−1A:Rf−1の位置を表す。
Rf−1B:Rf−1の類似塩基配列の位置を表す。
MTC−10A:細胞質雄性不稔系統「MTC−10A」の染色体を表す。
MTC−10R:稔性回復系統「MTC−10R」の染色体を表す。
Claims (10)
- 配列表の配列番号:1に示されたアミノ酸配列と同一または実質的に同一なアミノ酸配列をコードする細胞質雄性不稔回復遺伝子。
- 配列表の配列番号:2に示されたDNA塩基配列を含む細胞質雄性不稔回復遺伝子。
- 以下のi)及びii)、必要によりiii)の構成要素を含む発現カセットを含む組換え二本鎖DNA分子。
i) 植物細胞内で転写可能なプロモーター
ii) 該プロモーターにセンス方向またはアンチセンス方向あるいは逆位反復配列を成すように結合した請求項1又は請求項2に記載の遺伝子DNAの全部または一部、
iii) RNA分子の転写終結およびポリアデニル化に関し、植物細胞内で機能するシグナル - 請求項3に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持するプラスミドDNA。
- 請求項3に記載の組換え二本鎖DNA分子を保持する植物細胞。
- 請求項3に記載の組換え二本鎖DNA分子が導入されたトランスジェニック植物体。
- 請求項3に記載の組換え二本鎖DNA分子を植物に導入することにより、該植物に細胞質雄性不稔回復能を付与もしくは欠損させる方法。
- 植物がイネであることを特徴とする請求項7に記載の方法。
- 請求項1又は請求項2記載の細胞質雄性不稔回復遺伝子DNAの一部より任意に選ばれるDNA断片(DNAマーカー)を含む、細胞質雄性不稔回復遺伝子検出用PCRプライマー。
- 請求項9に記載のPCRプライマーを用いて、試料DNAを鋳型とし、PCR法により増幅されたDNA断片中のDNAマーカーの有無により、細胞質雄性不稔回復遺伝子を検出する方法。
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JP2003081707A JP2004283126A (ja) | 2003-03-25 | 2003-03-25 | 細胞質雄性不稔回復遺伝子 |
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Cited By (1)
Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
---|---|---|---|---|
CN103329795A (zh) * | 2013-07-11 | 2013-10-02 | 江西省农业科学院水稻研究所 | 一种快速获得水稻新型胞质雄性不育恢复源的通用方法 |
-
2003
- 2003-03-25 JP JP2003081707A patent/JP2004283126A/ja active Pending
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CN103329795A (zh) * | 2013-07-11 | 2013-10-02 | 江西省农业科学院水稻研究所 | 一种快速获得水稻新型胞质雄性不育恢复源的通用方法 |
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