JP2004081111A - 虚血性心疾患の治療薬として新規活性を有するα−エノラーゼおよびその利用法 - Google Patents
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Abstract
【課題】MAPKは、種々のストレスに反応して、細胞の生存に機能していることが知られている。しかしながら、MAPKによる細胞生存のメカニズムの詳細に関しては、現在のところ、あまり知られていない。機能的プロテオミクスを用いて、細胞死に反応して、MAPKが標的とするタンパク質を同定することが課題である。
【解決手段】細胞死におけるMAPKの標的がα−エノラーゼであることが明らかとなり、機能的プロテオミクスにより、虚血により傷害された心筋細胞の細胞収縮および細胞生存に重要な因子であることを解明した。
【選択図】 図4
【解決手段】細胞死におけるMAPKの標的がα−エノラーゼであることが明らかとなり、機能的プロテオミクスにより、虚血により傷害された心筋細胞の細胞収縮および細胞生存に重要な因子であることを解明した。
【選択図】 図4
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
虚血性心疾患の治療薬として新規活性を有するα−エノラーゼの利用および治療薬スクリーニングのターゲットとしてのその利用法に関する。
【0002】
【従来の技術】
解糖系酵素としてのα−エノラーゼの機能はよく知られている。本発明者らは、虚血再灌流モデルを用いて、再灌流時に誘導されるアポトーシス(細胞死)を、MAPキナーゼ(MAPK)が抑制していることを明らかにした(水上ら,第74回 日本生化学会大会 予稿集,2001)。また、虚血再灌流時にα−エノラーゼの蛋白量が増加していたが、この増加はMAPK阻害剤を投与することによって有意に低下していた。これらの結果から、MAPK活性化により誘導されるα−エノラーゼが、細胞死の抑制に重要な役割を果たしている可能性が示唆されたが、そのメカニズムやα−エノラーゼの機能に関しては不明であった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
MAPKは、種々のストレスに反応して、細胞の生存に機能していることが知られている。しかしながら、MAPKによる細胞生存のメカニズムの詳細に関しては、現在のところ、あまり知られていない。機能的プロテオミクスを用いて、細胞死に反応して、MAPKが標的とするタンパク質を同定すること。また同定された蛋白質がどのような機能をもっているかを明らかにすることである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
機能的プロテオミクスにより細胞死におけるMAPKの標的がα−エノラーゼであることが明らかになった。そこで、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の細胞収縮および細胞生存に重要な因子であることを解明するためにChariot という蛋白質を用いてα−エノラーゼを心筋細胞に導入し、心臓の機能を調べることである。
【0005】
Mitogen−activated protein kinase/extracellular signal−regulated kinase(MEK)およびERKから構成されるMAPK経路は、増殖、分化および形質転換(transformation)等の種々の細胞プロセスに関与している( R.J. Davis,J Biol Chem 268, 14553−14556, 1993 ; M. Karin, Ann N Y Acad Sci 851, 139−146, 1998 )。これらの多様なプロセスにおいてMAPKは、MAPKスーパーファミリーのメンバーである jun N−terminal kinase(JNK)とは対照的に、転写依存性および転写非依存性の機構により、細胞の生存を促進することが報告されている( Z. Xia et al., Science 270, 1326−1331, 1995 ; A. Bonni etal, Science 286, 1358−1362, 1999 )。事実、MEK1トランスジェニックマウスは、虚血/再灌流により誘導される細胞死(apoptosis)に対して、抵抗性を示す( O.F. Bueno et al., EMBO J 19, 6341−6350, 2000 )。MAPKによって活性化される細胞の生存(survival)は、虚血のようなストレスに曝された心筋細胞において、決定的な役割を演じていると考えられる。何故ならば、最終分化した心筋細胞は、細胞が障害を受けたとしても増殖ができないからである。最近、本発明者らは、虚血の細胞モデルにおいてMAPKの上流の経路を同定した( Y. Mizukami et al., Biochem. J 323, 785−790, 12997 ; Y. Mizukami etal., FEBS Lett 401, 247−251, 1997 ; Y. Mizukami et al., J Biol Chem 275, 19921−19927, 2000 )。しかしながら、細胞の生存に関係するMAPK経路の標的は、未だ明らかにされていない。従って、本発明者らは、虚血に応答した細胞生存に関係するMAPK特異的な経路の標的を同定するため、2次元電気泳動および質量分析による機能的プロテオミクス(functional proteomics)という戦略を適用した。
【0006】
まず最初に、MEK阻害剤 PD98059 50μMの存在下に、虚血再灌流の間におけるMAPK活性化の役割を明らかにするため、細胞の状態を観察した。細胞モデルにおいて、2時間の虚血に続く24時間再灌流後に、PD98059処理により、著しい細胞死が観察された(図1A−C)。PD98059存在下における細胞死は、2時間虚血後の12時間の再灌流に引き続いて、用量依存的に、有意に増加した(図1DおよびE)。この結果は、別のMEK阻害剤U0126を用いた場合の細胞数の減少と一致していた。50μMのPD98059で処理すると、MAPK活性の阻害はベーサルレベルまで阻害されたが、一方、活性化に必要なJNK1のリン酸化は、再灌流時にPD98059により影響されなかった。
【0007】
次に、細胞死の証拠であるDNAラダーリング(DNA laddering)を調べることにより、再灌流後の細胞における細胞死を染色体の切断(internucleosomal cleavage)で評価した。PD98059存在下における細胞数の減少に一致して、24時間再灌流後にDNA断片化(DNA fragmentation)が観察された。PD98059非存在下では、虚血後24時間の再灌流において、いかなるDNA断片化もアガロースゲル上に検出されなかった(図1F)。PD98059(50μM)だけで24時間処理すると、細胞数の減少およびDNAラダリングに対する影響はなく、PD98059処理だけでは細胞の生存に影響しないことが示された。虚血再灌流におけるMAPK活性化の役割を確認するため、truncated CD4表面マーカーを発現しているベクターpMACS4.1と一緒に、MEK1 dominant negative mutant(MEKDN)遺伝子をH9c2細胞中にトランスフェクションした。CD4表面マーカーに対する抗体を結合させた磁性マイクロビーズを用いて、truncated CD4表面マーカーを発現している細胞を分離し、さらにG418により細胞を選別した。虚血再灌流条件下においては、MEKDNを用いた処理により、細胞数の有意な減少を引き起こした(図4B)。この結果は、MEK阻害剤やMAPKアンチセンスDNAを用いたときの結果と一致していた(図5)。MEKDNをトランスフェクションした細胞中のJNK1活性は、未処理の細胞中と比較して、ほとんど変化していなかった。これらの知見は、MEK/MAPK経路が、虚血再灌流時に細胞の生存を活性化していることを示している。
【0008】
MAPK活性化により誘導される生存因子を明らかにするため、虚血再灌流に曝された心筋細胞の株化細胞から全タンパク質を分離して、2次元電気泳動により、50μMのPD98059存在下と非存在下における違いを調べてみた。非刺激細胞(50μM PD98059非存在下)においては、CBB染色により、ゲル上に約1500スポットが観察された(図1G)。2時間虚血後6時間再灌流の条件下では、非刺激細胞の場合と比較して、少なくとも50スポットの染色強度が増加した(図1H)。再灌流によって誘導された50スポットの内4スポットは、50μMのPD98059存在下において、非刺激細胞におけるレベルかそれ以下に、有意に抑制されていた(図1I)。
【0009】
MAPK活性化により強く誘導された、p52タンパク質のアミノ酸配列の決定を、まず最初に試みた。p52タンパク質をプロテアーゼ処理し、逆相高速液体クロマトグラフィーで分離した所、12個のペプチドが観察された。図1Hに矢印で示されたピークに対応する2つのペプチドフラグメントのアミノ酸配列が決定され、ピークAの配列は(K)TIATALVSK、ピークBの配列は(K)YNQILRIEEELGSKであった。これら2つのアミノ酸配列は、ラット α−エノラーゼの推定アミノ酸配列と同一であった。さらにこの結果を確認するため、p52タンパク質由来のペプチドフラグメントの分子量を、液体クロマトグラフィー質量分析計(liquid chromatography − mass spectrometry)により決定した。逆相高速液体クロマトグラフィーにより分離したピークの分子量は、MH+ : 810.8(peak A)、1182.5(peak A)、899.5(peak B)、1007.5(peak C)、1520.0(peak D)、1636.0(peak C)、1691.5(peak E)、1464.0(peak F)、1961.5(peak G)、3043.0(peak H)および 2449.0(peak I)であった。これらの分子量は、図1 I に示したプロテアーゼ処理後のラット α−エノラーゼに由来するペプチド断片の理論的分子量と、ほとんど一致した。アミノ酸配列およびLC−MS分析の結果を総合して、p52タンパク質はα−エノラーゼであると同定した。
【0010】
虚血再灌流時における、MAPKによるα−エノラーゼの発現を確認するため、抗α−エノラーゼ抗体を用いたイムノブロッティングを行った。α−エノラーゼ タンパク質は、虚血2時間後の6時間再灌流により増加した。MEKDNでトランスフェクションされた細胞においては、α−エノラーゼ タンパク質は、図1G−Iに示した2次元電気泳動の結果と一致して、虚血再灌流におけるコントロール レベル以下に減少した(図2A−C)。これらの知見から、α−エノラーゼ タンパク質は、タンパク質合成に加えて、虚血再灌流時に分解されコントロール レベル以下になっていることが示唆された。MEK1の活性化型を恒常的に発現する遺伝子で処理すると、虚血再灌流により誘導されたα−エノラーゼ タンパク質の弱い増加が見られたが、有意な差はなかった。MAPK活性は著しく増加しているので、α−エノラーゼ タンパク質の量は、虚血再灌流時に最大量に到達していると考えられる。
【0011】
RT−PCR法を用いて、虚血再灌流時における α−エノラーゼのmRNAの発現を観察した。α−エノラーゼのRT−PCR産物の量は、27サイクルまで直線的に増加した。α−エノラーゼ mRNAの発現は、虚血後2時間の再灌流により有意に増加し、その増加は再灌流6時間後まで弱いながらも継続した。発現の増加は、MEKDNをトランスフクションした細胞中では発現の増加がブロックされ(図2DおよびF)、PD98059存在下における結果と一致していた。G3PDH mRNAの発現は、虚血および再灌流の間中、ほとんど一定のままであった(図2E)。これらの知見は、虚血再灌流時のMAPK活性化が、α−エノラーゼの発現を誘導していることを示している。α−エノラーゼ遺伝子のプロモーターは、2つの完全な Myc−Max結合モチーフ(GACGTG)を有しており、Mycの安定性はMAPK活性によって調節されている。従って、虚血再灌流の間のα−エノラーゼの発現においては、Myc活性が関与していると考えられる。試験条件下に、hypoxia−inducible factor−1 cDNAでトランスフェクションされた細胞中では、虚血再灌流によるα−エノラーゼの有意な誘導は観察されなかった。
【0012】
α−エノラーゼは、グルコース代謝経路においてATPを産生する高エネルギー中間体 2−phosphoglycerate から phosphoenolpyruvate の産生を触媒する解糖系の酵素である。心臓においては、ATP産生の主要な調節は、グルコース転移反応においてα−エノラーゼおよびピルビン酸キナーゼが律速段階になっている( Y. Kashiwaya et al., J Biol Chem 269, 25502−25514, 1994 )。そこでルシフェリン−ルシフェラーゼ試験法用いて、虚血再灌流の間のATPレベルを測定した。MEKの不活性化型(MEKDN)を恒常的に発現している細胞における細胞内ATPレベルは、空のベクターをトランスフェクトした場合と比較して、2時間虚血後6時間再灌流における各測定時間において、より低い値を示した(図3A)。これらの細胞の生存率には有意な差はなかった。2時間虚血後24時間再灌流という条件下では、空のベクターをトランスフェクトした細胞と比較して、MEKDN細胞の細胞数は優位に減少した(図3B)。また、ATPレベルと細胞生存率においては、PD98059存在下で得られた結果と、ほとんど一致していた(図6)。ミトコンドリアにおける解糖反応の阻害は、細胞内ATPレベルの有意な減少という結果をもたらし、最終的には、このATP減少により細胞死を誘発した(図3CおよびD)。この結果は、虚血後の心筋細胞の死に、細胞内のATPレベルが密接に相関していることを示している。ATP産生と細胞生存におけるα−エノラーゼの役割を確認するため、MEKDNでトランスフェクトした細胞中に、α−エノラーゼ タンパク質を導入した(図7)。α−エノラーゼ タンパク質の導入は、6時間再灌流後のMEKDN細胞において細胞内ATPレベルを回復させ(図3E)、虚血に曝された細胞におけるドラマチックな細胞生存を実証できた(図3F−I)。虚血時に発生する酸化ストレスがミトコンドリアを傷害し、解糖系によるATP産生の減少へと導くことは良く知られている。解糖において鍵となる酵素α−エノラーゼは、ATPレベルの減少を補償するために誘導されると考えられる。
【0013】
観察されたATPレベルの減少が、心臓収縮に影響するか否かを決定するため、単離した心筋細胞の機械的性質を調べてみた。虚血に曝された心筋細胞においては、未処理の細胞と比較して、細胞収縮を示すピーク高さが、有意に減少した(図4A,B)。虚血細胞における減少は、PD98059処理により、さらに増幅された。虚血時にMEK阻害薬により傷害された収縮は、細胞中にα−エノラーゼ タンパク質を導入することにより、ドラマチックな回復を示した(図4C,D)。細胞収縮の速度( dL/dt )および細胞伸張の速度( −dL/dt )もまた、ピーク高さと同様に、α−エノラーゼ処理後にコントロール レベルかそれ以上に達した(図4E,F)。細胞間において、ピーク値への到達時間には有意差はなく、またピーク値からの50%減少時間にも有意差はなかった(図4G,H)。これらの知見は、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の収縮能を回復させ得ることを示している。
【0014】
MAPK活性化に続く下流の因子のモニタリング用の強力な手法、機能的プロテオミクス( T.S. Lewis et al., Moll Cell 6, 1343−1354, 2000 )を用いて、虚血にレスポンスする下流の因子として、α−エノラーゼを同定した。また、α−エノラーゼの発現が、虚血に曝された心筋細胞における細胞内ATPレベルの維持に寄与していること、それにより細胞の生存と密接に相関していることも示すことができた。また、細胞の生存だけでなく、心筋細胞におけるATPレベル維持のための心臓機能にとっても最も重要である。何故ならば心臓は、ミオシン−アクチン コンプレックスによる収縮にATPが必要であり、さらに、膜電位を維持するためにNa+,K+−ATPaseのようなATPを必要とする幾つかのチャネルを活性化しなければならないからである。
【0015】
本発明により、α−エノラーゼの導入により、細胞生存および心筋細胞収縮における著しい増加が見られ、その増加の程度は、ATPレベルのみの維持による効果から期待されるよりも、ずっと大きな増加であった。従ってα−エノラーゼは、虚血心筋におけるATPレベルの維持以外の、新規な機能を有していることが判明した。最近、α−エノラーゼが、ヒートショック プロテイン、c−myc プロトオンコジーン、細胞骨格やクロマチン構造のバインディングのような多機能タンパク質として作用することが報告されている( V. Pancholi, Cell Mol Life Sci 58, 902−920, 2001 )。これらの知見は、α−エノラーゼが虚血障害から心臓を守るために不可欠であることを示している。本発明のデータから、α−エノラーゼは虚血再灌流時に分解されること、また、細胞生存を活性化するためにはα−エノラーゼの転写が必須であることが示された。MAPK活性に関連したいくつかの疾病において示唆されているように、MAPKは転写調節における役割を務めている( J.M. English, M.H. Cobb, Trends Pharmacol Sci 23, 40−45, 2002 )。予備的なデータではあるが、心臓に傷害を受けた患者によっては、MAPKタンパク質の量の減少が示されている。虚血に反応してMAPKにより発現されたα−エノラーゼは、慢性心筋虚血の患者において観察される局所的な収縮障害と関連していると考えられる。本発明者らの知見から、虚血に関連した疾病において、MAPKはATP産生という新規な機能を有することが示された。
【0016】
本発明により解明されたα−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞収縮の改善および細胞死の抑制をターゲットとして、虚血性心疾患治療薬のスクリーニングを行うことが可能である。また、α−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞生存の改善をターゲットとする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニングも行うことができる。α−エノラーゼの新規活性をターゲットとする虚血性心疾患治療薬のスクリーニングには、ラット心筋由来の株化細胞H9c2を用いることができる。また、単離心筋細胞を用いて虚血性心疾患治療薬のスクリーニングを行うことも可能である。また、本発明によって用いられた手法でα−エノラーゼを虚血心筋に直接投与することによって心臓の機能の改善を行うことも可能である。
【0017】
【発明の実施の形態】
発明の実施の形態を、実施例にもとづき図面を参照して説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0018】
【実施例1】
虚血再灌流条件下にH9c2細胞を培養して、細胞死に関連したMAPK下流の因子の同定を行った。2時間虚血後24時間再灌流という条件下、50μMのPD98059の非存在下(図1B)または存在下(図1C)においてH9c2細胞を培養し、培養後の細胞の状態を調べた( Y. Mizukami et al., J Biol Chem 275, 19921−19927, 2000 ; M. Kimura et al., J Biol Chem 276, 26453−26460, 2001 )。コントロールとしては、培養してないH9c2細胞(図1A)を用いた。それぞれ5つの独立した試験を行い、各条件下における代表的な写真を、図1A−Cに示した(最終倍率×400)。細胞数は、トリパンブルー排除試験( Y. Kawata et al., J Biol Chem, 273, 16905−16912, 1998 )を用いて、経時的にカウントすることにより評価した。50μM PD98059の非存在下または存在下の細胞数を 図1Dに、2時間虚血後24時間再灌流条件下におけるPD98059濃度の影響を図1E に示した( 数値は mean±S.E., n=5 )。
【0019】
トータルDNAは、nucleic acid extraction kit( Apotosis Ladder Detection Kit, Wako, Osaka, Japan )を用い、50μM PD98059の非存在下および存在下において、2時間虚血後24時間再灌流に曝された細胞から抽出した。それぞれの条件下におけるDNAラダーの状況を、図1Fに示した。2時間虚血後6時間再灌流の条件下に、50μM PD98059の非存在下(図1H)、存在下(図1I)にH9c2細胞の培養を行い、2次元SDS−PAGEによりタンパク質を分離した。コントロールとして、培養してないH9c2細胞も2次元SDS−PAGEにかけた。2次元SDS−PAGEの実験条件を、以下に簡単に述べる。細胞をトリプシン処理し、PHSで2回洗浄した後、約2×107個の細胞に相応する細胞ペレットに対し60μlのサンプルバッファー( 8MUrea, 2% Triton X−100, 40mM Tris, 1% dithioerythritol, 2.5mM EDTA, 2.5mM EGTA, 0.5% Pharmalyte, pH3−10 )を添加して溶解させた。ソニケーターを用いてDNAを剪断した後、100,000×g 、60分間の遠心により沈殿を除去した。等電点電気泳動( Isoelectric focusing )は、Pharmacia dry strip kit を用いて行った。15μlの試料を、サンプルカップホルダーを用いて、pH4−6の非線形グラジエントを有する Immobiline strips の酸性部にアプライした。Immobiline strips は、8M Urea, 0.15% dithioerythritol, 2% Triton X−100, 2.5mM EDTA, 1% Pharmalyte, pH4−6 溶液中で再膨潤させた。2次元目の泳動は、12%ゲルを用いて、標準SDS−PAGEを行った。ゲル上のスポットは、CBB染色により検出した。図1G−Iのデータは、6つの独立した実験から得られた代表的なゲルを示したものである。
【0020】
図1JおよびKには、アミノ酸シークエンサーとHPLC質量分析計によるマイクロシークエンシング( A. Iwamatsu, Electrophoresis 13, 142−147, 1992 )の結果の一例を示した。2次元電気泳動で分離されたサンプルは、polyvinylidene difuoride membrane にトランスファーして固定化した。図1Hに矢印で示した固定化タンパク質を還元し、S−カルボキシメチル化してAchromobacter protease I による in situ digestion にかけた後、逆相クロマトグラフィー( Wakosil−II AR C18, Wako Pure Chemicals, Osaka, Japan )により分離した。アミノ酸分析は気相シークエンサー( model PPSQ−10, Shimazu )により行い、図1Hに矢印で示したペプチドは、図1Kに示したように決定された。少量のペプチドは、LC−mass spectrometry により分析し、9つのペプチドの分子量は図2Eに示したように決定された。
【0021】
2時間の虚血に続く24時間再灌流後に、PD98059処理により、著しい細胞死が観察された(図1A−C)。PD98059存在下における細胞死は、2時間虚血後の12時間の再灌流に引き続いて、用量依存的に、有意に増加した(図1DおよびE)。50μMのPD98059で処理すると、MAPK活性の阻害はベーサルレベルまで阻害された。PD98059存在下における細胞数の減少に一致して、24時間再灌流後にDNA断片化(DNA fragmentation)が観察された。PD98059非存在下では、虚血後24時間の再灌流において、いかなるDNA断片化もアガロースゲル上に検出されなかった(図1F)。非刺激細胞(50μM PD98059非存在下)においては、CBB染色により、ゲル上に約1500スポットが観察された(図1G)。2時間虚血後6時間再灌流の条件下では、非刺激細胞の場合と比較して、少なくとも50スポットの染色強度が増加した(図1H)。再灌流によって誘導された50スポットの内4スポットは、50μMのPD98059存在下において、非刺激細胞におけるレベルかそれ以下に、有意に抑制されていた(図1I)。MAPK活性化により強く誘導された、p52タンパク質のアミノ酸配列の決定を、まず最初に試みた。図1Hに矢印で示されたピークに対応する2つのペプチドフラグメントのアミノ酸配列が決定され、ピークAの配列は(K)TIATALVSK、ピークBの配列は(K)YNQILRIEEELGSKであった。これら2つのアミノ酸配列は、ラット α−エノラーゼの推定アミノ酸配列と同一であった。さらにこの結果を確認するため、p52タンパク質由来のペプチドフラグメントの分子量を、液体クロマトグラフィー質量分析計(liquid chromatography − mass spectrometry)により決定した。逆相高速液体クロマトグラフィーでにより分離したピークの分子量は、MH+ : 810.8(peak A)、1182.5(peak A)、899.5(peak B)、1007.5(peak C)、1520.0(peak D)、1636.0(peak C)、1691.5(peak E)、1464.0(peak F)、1961.5(peak G)、3043.0(peak H)および 2449.0(peak I)であった。これらの分子量は、図1Iに示したプロテアーゼ処理後のラット α−エノラーゼに由来するペプチド断片の理論的分子量と、ほとんど一致した。アミノ酸配列およびLC−MS分析の結果を総合して、p52タンパク質はα−エノラーゼであると同定した。
【0022】
【実施例2】
MEK1のドミナント ネガティブ変異体を発現しているH9c2細胞における、虚血再灌流の間のα−エノラーゼの発現について述べる。H9c2細胞は、truncated human CD4 surface molecule containing liposomes( Transfast, Promega )をコードしているpMACS4.1 0.25μgに加えて、0.75μgのpcDNA3 empty vector または0.75μgのpcDNA3―MEKDN mutant で前処理され、導入されたベクターを有する細胞は抗CD4抗体を固定化した磁気ビーズおよびG417(750μg/ml)により選別した。細胞抽出液をイミュノブロッティングにかけ、抗α−エノラーゼ抗体での結果を図2Aに、抗MAPK抗体での結果を図2Bに示した。図2のAおよびBの結果は、5つの独立した実験から得られた、代表的なイミュノブロッティングの結果を示した。
【0023】
図2Cのα−エノラーゼおよびMAPK タンパク質のレベルは、デンシトメトリックな分析法により、イミュノブロットから決定した( mean±S.E., n=5 )。トータルRNAはH9c2細胞から単離し、RT反応は3μgのトータルRNAを用いて行った(図2D)。PCRによるRT産物の増幅は、α−エノラーゼ用のプライマーとしてTGGGTGATGAGGGTGGATTCおよびCTTTGAGCAGGAGGCAGTTGを用い、94℃ 15秒、63℃ 30秒、68℃ 1分の3ステップの反応を23サイクル繰り返した。また、コントロールのG3PDHの増幅は、プライマーとしてACCACAGTCCATGCCATCACおよびTCCACCACCCTGTTGCTGTAを用い、95℃30秒、50℃ 30秒、72℃ 1分の3ステップの反応を23サイクル繰り返した(図2E)。図2には、4つの独立した実験から得られた代表的なデータを示してある。図2Eのα−エノラーゼおよびG3PDHのmRNAレベルは、デンシトメトリックな分析法により決定した( mean±S.E., n=4 )。
【0024】
α−エノラーゼ mRNAの発現は、虚血後2時間の再灌流により有意に増加し、その増加は再灌流6時間後まで弱いながらも継続した。発現の増加は、MEKDNをトランスフクションした細胞中では発現の増加がブロックされ(図2 DおよびF)、PD98059存在下における結果と一致していた。G3PDHmRNAの発現は、虚血および再灌流の間中、ほとんど一定のままであり、各細胞のmRNA量に差がないことを示している(図2E)。
【0025】
【実施例3】
MEK1のドミナント ネガティブ変異体を発現しているH9c2細胞における、虚血再灌流の間のATPレベルと細胞死について述べる。図3A−Dの結果は、pcDNA3またはpcDNA3―MEK1DN変異体でH9c2細胞を前処理した後、抗CD4抗体およびG418により選択した。トランスフェクションした細胞を虚血再灌流に曝し(図3A,B)、あるいは5mM NaCNおよび5mM dideoxy glucose による代謝阻害を行った後(図3C,D)、ATPレベルを指定時間ごとにルシフェリン−ルシフェラーゼ法により決定し、細胞生存数は刺激から24時間後に改良MTT法により決定した(図3B,D)。図3のE−Iにおいては、pcDNA3(図3E,F,G)またはpcDNA3−MEKDN変異体(図3E,H,I)をトランスフェクションしたH9c2細胞に対し、Chariot protein とα−エノラーゼとのコンプレックスを導入した(図3E,G,I)。また、ネガティブ コントロールとして、pcDNA3(図3E,F,G)またはpcDNA3―MEKDN変異体(図3E,H,I)をトランスフェクションしたH9c2細胞に対し、Chariot proteinだけを導入した(図3E,F,H)。細胞中のATPレベルは、虚血再灌流の6時間後に決定した(図3E)。細胞生存数は、Live/Deadアッセイにより虚血再灌流の24時間後に決定した(図3F−I)。
【0026】
MEKの不活性化型(MEKDN)を恒常的に発現している細胞における細胞内ATPレベルは、空のベクターをトランスフェクトした場合と比較して、2時間虚血後6時間再灌流における各測定時間において、より低い値を示した(図3A)。これらの細胞の生存率には有意な差はなかった。2時間虚血後24時間再灌流という条件下では、空のベクターをトランスフェクトした細胞と比較して、MEKDN細胞の細胞数は優位に減少した(図3B)。また、ATPレベルと細胞生存率においては、PD98059存在下で得られた結果と、ほとんど一致していた。ミトコンドリアにおける解糖反応の阻害は、細胞内ATPレベルの優位な減少という結果をもたらし、最終的には、このATP減少により細胞死を誘発した(図3CおよびD)。この結果は、虚血後の心筋細胞の死に、細胞内のATPレベルが密接に相関していることを示している。ATP産生と細胞生存におけるα−エノラーゼの役割を確認するため、MEKDN細胞中に、α−エノラーゼ タンパク質を導入した。α−エノラーゼ タンパク質の導入は、6時間再灌流後のMEKDN細胞において細胞内ATPレベルを回復させ(図3E)、虚血に曝された細胞におけるドラマチックな細胞生存を実証できた(図3F−I)。虚血時に発生する酸化ストレスがミトコンドリアを傷害し、解糖系によるATP産生の減少へと導くことは良く知られている。解糖において鍵となる酵素α−エノラーゼは、ATPレベルの減少を補償するために誘導されると考えられる。
【0027】
【実施例4】
虚血再灌流に曝された単離心筋細胞の収縮性に対するα−エノラーゼの効果について述べる。心筋細胞は、12匹の新生仔ラットから単離し、5%FCSを含むL15培地中で培養した。α−エノラーゼは、0.5%FCSを含むL15培地中で2日間培養した心筋細胞中に導入した。50μM PD98059存在下または非存在下において、細胞を2時間の虚血と12時間の再灌流に曝し、video−based edge−detection system( IonOptix, Milton, MA )を用いて収縮性を決定した。細胞は inverted microscope( Nikon, Eclips TS100 )のステージ上に置かれ、stimulator( Star Medical )に接続された一対の白金ワイヤを用いて、25Hzの周波数(10ms間隔)において30mAで刺激した。IonOptix MyoCam camera でコンピューターのモニター上に心筋細胞を表示させ、soft−edge software ( IonOptix )を用いて、細胞の収縮と伸長の間の細胞の長さを分析した(図4A)。収縮パラメーターは、soft−edge software により決定し(図4B)、3つの独立した実験から得られた代表的なデータを、図4 Cに示した。パラメーターは、3回( mean±S.E., n=3 )行われた各々の実験において、10個のデータから決定された。
【0028】
虚血に曝された心筋細胞においては、未処理の細胞と比較して、細胞収縮を示すピーク高さが、有意に減少した(図4A,B)。虚血細胞における減少は、PD98059処理により、さらに増幅された。虚血時にMEK阻害薬により傷害された収縮は、細胞中にα−エノラーゼ タンパク質を導入することにより、ドラマチックな回復を示した(図4C,D)。細胞収縮の速度( dL/dt )および細胞伸張の速度( −dL/dt )もまた、ピーク高さと同様に、α−エノラーゼ処理後にコントロール レベルかそれ以上に達した(図4E,F)。細胞間において、ピーク値への到達時間には有意差はなく、またピーク値からの50%減少時間にも有意差はなかった(図4G,H)。これらの知見は、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の収縮能を回復させ得ることを示している。
【0029】
【発明の効果】
本発明により、MAPK活性化により誘導されるα−エノラーゼの機能が明らかとなり、虚血性心疾患治療薬としておよびスクリーニング等への利用が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【図1】虚血再灌流へのレスポンスにおけるMAPKの細胞死関連下流因子の同定に関する図である。
【図2】H9c2細胞における虚血再灌流の間のα―エノラーゼの発現に関する図である。
【図3】H9c2細胞における虚血再灌流の間のATPレベルおよび細胞死に関する図である。
【図4】虚血再灌流に曝された単離心筋細胞の収縮に及ぼすα―エノラーゼの影響に関する図である。D−Hのグラフにおけるバーは、左から control、IR、IR+PD98059、IR+PD98059+enolase という条件下での結果を示している。
【図5】2時間虚血後24時間再灌流に曝されたH9c2細胞における細胞生存率を示す図である。
【図6】2時間虚血後6時間再灌流に曝されたH9c2細胞における、ATPレベルおよび細胞生存数に対するPD98059の影響を示す図である。
【図7】心筋細胞におけるα―エノラーゼ タンパク質の量を示す図である。
【発明の属する技術分野】
虚血性心疾患の治療薬として新規活性を有するα−エノラーゼの利用および治療薬スクリーニングのターゲットとしてのその利用法に関する。
【0002】
【従来の技術】
解糖系酵素としてのα−エノラーゼの機能はよく知られている。本発明者らは、虚血再灌流モデルを用いて、再灌流時に誘導されるアポトーシス(細胞死)を、MAPキナーゼ(MAPK)が抑制していることを明らかにした(水上ら,第74回 日本生化学会大会 予稿集,2001)。また、虚血再灌流時にα−エノラーゼの蛋白量が増加していたが、この増加はMAPK阻害剤を投与することによって有意に低下していた。これらの結果から、MAPK活性化により誘導されるα−エノラーゼが、細胞死の抑制に重要な役割を果たしている可能性が示唆されたが、そのメカニズムやα−エノラーゼの機能に関しては不明であった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
MAPKは、種々のストレスに反応して、細胞の生存に機能していることが知られている。しかしながら、MAPKによる細胞生存のメカニズムの詳細に関しては、現在のところ、あまり知られていない。機能的プロテオミクスを用いて、細胞死に反応して、MAPKが標的とするタンパク質を同定すること。また同定された蛋白質がどのような機能をもっているかを明らかにすることである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
機能的プロテオミクスにより細胞死におけるMAPKの標的がα−エノラーゼであることが明らかになった。そこで、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の細胞収縮および細胞生存に重要な因子であることを解明するためにChariot という蛋白質を用いてα−エノラーゼを心筋細胞に導入し、心臓の機能を調べることである。
【0005】
Mitogen−activated protein kinase/extracellular signal−regulated kinase(MEK)およびERKから構成されるMAPK経路は、増殖、分化および形質転換(transformation)等の種々の細胞プロセスに関与している( R.J. Davis,J Biol Chem 268, 14553−14556, 1993 ; M. Karin, Ann N Y Acad Sci 851, 139−146, 1998 )。これらの多様なプロセスにおいてMAPKは、MAPKスーパーファミリーのメンバーである jun N−terminal kinase(JNK)とは対照的に、転写依存性および転写非依存性の機構により、細胞の生存を促進することが報告されている( Z. Xia et al., Science 270, 1326−1331, 1995 ; A. Bonni etal, Science 286, 1358−1362, 1999 )。事実、MEK1トランスジェニックマウスは、虚血/再灌流により誘導される細胞死(apoptosis)に対して、抵抗性を示す( O.F. Bueno et al., EMBO J 19, 6341−6350, 2000 )。MAPKによって活性化される細胞の生存(survival)は、虚血のようなストレスに曝された心筋細胞において、決定的な役割を演じていると考えられる。何故ならば、最終分化した心筋細胞は、細胞が障害を受けたとしても増殖ができないからである。最近、本発明者らは、虚血の細胞モデルにおいてMAPKの上流の経路を同定した( Y. Mizukami et al., Biochem. J 323, 785−790, 12997 ; Y. Mizukami etal., FEBS Lett 401, 247−251, 1997 ; Y. Mizukami et al., J Biol Chem 275, 19921−19927, 2000 )。しかしながら、細胞の生存に関係するMAPK経路の標的は、未だ明らかにされていない。従って、本発明者らは、虚血に応答した細胞生存に関係するMAPK特異的な経路の標的を同定するため、2次元電気泳動および質量分析による機能的プロテオミクス(functional proteomics)という戦略を適用した。
【0006】
まず最初に、MEK阻害剤 PD98059 50μMの存在下に、虚血再灌流の間におけるMAPK活性化の役割を明らかにするため、細胞の状態を観察した。細胞モデルにおいて、2時間の虚血に続く24時間再灌流後に、PD98059処理により、著しい細胞死が観察された(図1A−C)。PD98059存在下における細胞死は、2時間虚血後の12時間の再灌流に引き続いて、用量依存的に、有意に増加した(図1DおよびE)。この結果は、別のMEK阻害剤U0126を用いた場合の細胞数の減少と一致していた。50μMのPD98059で処理すると、MAPK活性の阻害はベーサルレベルまで阻害されたが、一方、活性化に必要なJNK1のリン酸化は、再灌流時にPD98059により影響されなかった。
【0007】
次に、細胞死の証拠であるDNAラダーリング(DNA laddering)を調べることにより、再灌流後の細胞における細胞死を染色体の切断(internucleosomal cleavage)で評価した。PD98059存在下における細胞数の減少に一致して、24時間再灌流後にDNA断片化(DNA fragmentation)が観察された。PD98059非存在下では、虚血後24時間の再灌流において、いかなるDNA断片化もアガロースゲル上に検出されなかった(図1F)。PD98059(50μM)だけで24時間処理すると、細胞数の減少およびDNAラダリングに対する影響はなく、PD98059処理だけでは細胞の生存に影響しないことが示された。虚血再灌流におけるMAPK活性化の役割を確認するため、truncated CD4表面マーカーを発現しているベクターpMACS4.1と一緒に、MEK1 dominant negative mutant(MEKDN)遺伝子をH9c2細胞中にトランスフェクションした。CD4表面マーカーに対する抗体を結合させた磁性マイクロビーズを用いて、truncated CD4表面マーカーを発現している細胞を分離し、さらにG418により細胞を選別した。虚血再灌流条件下においては、MEKDNを用いた処理により、細胞数の有意な減少を引き起こした(図4B)。この結果は、MEK阻害剤やMAPKアンチセンスDNAを用いたときの結果と一致していた(図5)。MEKDNをトランスフェクションした細胞中のJNK1活性は、未処理の細胞中と比較して、ほとんど変化していなかった。これらの知見は、MEK/MAPK経路が、虚血再灌流時に細胞の生存を活性化していることを示している。
【0008】
MAPK活性化により誘導される生存因子を明らかにするため、虚血再灌流に曝された心筋細胞の株化細胞から全タンパク質を分離して、2次元電気泳動により、50μMのPD98059存在下と非存在下における違いを調べてみた。非刺激細胞(50μM PD98059非存在下)においては、CBB染色により、ゲル上に約1500スポットが観察された(図1G)。2時間虚血後6時間再灌流の条件下では、非刺激細胞の場合と比較して、少なくとも50スポットの染色強度が増加した(図1H)。再灌流によって誘導された50スポットの内4スポットは、50μMのPD98059存在下において、非刺激細胞におけるレベルかそれ以下に、有意に抑制されていた(図1I)。
【0009】
MAPK活性化により強く誘導された、p52タンパク質のアミノ酸配列の決定を、まず最初に試みた。p52タンパク質をプロテアーゼ処理し、逆相高速液体クロマトグラフィーで分離した所、12個のペプチドが観察された。図1Hに矢印で示されたピークに対応する2つのペプチドフラグメントのアミノ酸配列が決定され、ピークAの配列は(K)TIATALVSK、ピークBの配列は(K)YNQILRIEEELGSKであった。これら2つのアミノ酸配列は、ラット α−エノラーゼの推定アミノ酸配列と同一であった。さらにこの結果を確認するため、p52タンパク質由来のペプチドフラグメントの分子量を、液体クロマトグラフィー質量分析計(liquid chromatography − mass spectrometry)により決定した。逆相高速液体クロマトグラフィーにより分離したピークの分子量は、MH+ : 810.8(peak A)、1182.5(peak A)、899.5(peak B)、1007.5(peak C)、1520.0(peak D)、1636.0(peak C)、1691.5(peak E)、1464.0(peak F)、1961.5(peak G)、3043.0(peak H)および 2449.0(peak I)であった。これらの分子量は、図1 I に示したプロテアーゼ処理後のラット α−エノラーゼに由来するペプチド断片の理論的分子量と、ほとんど一致した。アミノ酸配列およびLC−MS分析の結果を総合して、p52タンパク質はα−エノラーゼであると同定した。
【0010】
虚血再灌流時における、MAPKによるα−エノラーゼの発現を確認するため、抗α−エノラーゼ抗体を用いたイムノブロッティングを行った。α−エノラーゼ タンパク質は、虚血2時間後の6時間再灌流により増加した。MEKDNでトランスフェクションされた細胞においては、α−エノラーゼ タンパク質は、図1G−Iに示した2次元電気泳動の結果と一致して、虚血再灌流におけるコントロール レベル以下に減少した(図2A−C)。これらの知見から、α−エノラーゼ タンパク質は、タンパク質合成に加えて、虚血再灌流時に分解されコントロール レベル以下になっていることが示唆された。MEK1の活性化型を恒常的に発現する遺伝子で処理すると、虚血再灌流により誘導されたα−エノラーゼ タンパク質の弱い増加が見られたが、有意な差はなかった。MAPK活性は著しく増加しているので、α−エノラーゼ タンパク質の量は、虚血再灌流時に最大量に到達していると考えられる。
【0011】
RT−PCR法を用いて、虚血再灌流時における α−エノラーゼのmRNAの発現を観察した。α−エノラーゼのRT−PCR産物の量は、27サイクルまで直線的に増加した。α−エノラーゼ mRNAの発現は、虚血後2時間の再灌流により有意に増加し、その増加は再灌流6時間後まで弱いながらも継続した。発現の増加は、MEKDNをトランスフクションした細胞中では発現の増加がブロックされ(図2DおよびF)、PD98059存在下における結果と一致していた。G3PDH mRNAの発現は、虚血および再灌流の間中、ほとんど一定のままであった(図2E)。これらの知見は、虚血再灌流時のMAPK活性化が、α−エノラーゼの発現を誘導していることを示している。α−エノラーゼ遺伝子のプロモーターは、2つの完全な Myc−Max結合モチーフ(GACGTG)を有しており、Mycの安定性はMAPK活性によって調節されている。従って、虚血再灌流の間のα−エノラーゼの発現においては、Myc活性が関与していると考えられる。試験条件下に、hypoxia−inducible factor−1 cDNAでトランスフェクションされた細胞中では、虚血再灌流によるα−エノラーゼの有意な誘導は観察されなかった。
【0012】
α−エノラーゼは、グルコース代謝経路においてATPを産生する高エネルギー中間体 2−phosphoglycerate から phosphoenolpyruvate の産生を触媒する解糖系の酵素である。心臓においては、ATP産生の主要な調節は、グルコース転移反応においてα−エノラーゼおよびピルビン酸キナーゼが律速段階になっている( Y. Kashiwaya et al., J Biol Chem 269, 25502−25514, 1994 )。そこでルシフェリン−ルシフェラーゼ試験法用いて、虚血再灌流の間のATPレベルを測定した。MEKの不活性化型(MEKDN)を恒常的に発現している細胞における細胞内ATPレベルは、空のベクターをトランスフェクトした場合と比較して、2時間虚血後6時間再灌流における各測定時間において、より低い値を示した(図3A)。これらの細胞の生存率には有意な差はなかった。2時間虚血後24時間再灌流という条件下では、空のベクターをトランスフェクトした細胞と比較して、MEKDN細胞の細胞数は優位に減少した(図3B)。また、ATPレベルと細胞生存率においては、PD98059存在下で得られた結果と、ほとんど一致していた(図6)。ミトコンドリアにおける解糖反応の阻害は、細胞内ATPレベルの有意な減少という結果をもたらし、最終的には、このATP減少により細胞死を誘発した(図3CおよびD)。この結果は、虚血後の心筋細胞の死に、細胞内のATPレベルが密接に相関していることを示している。ATP産生と細胞生存におけるα−エノラーゼの役割を確認するため、MEKDNでトランスフェクトした細胞中に、α−エノラーゼ タンパク質を導入した(図7)。α−エノラーゼ タンパク質の導入は、6時間再灌流後のMEKDN細胞において細胞内ATPレベルを回復させ(図3E)、虚血に曝された細胞におけるドラマチックな細胞生存を実証できた(図3F−I)。虚血時に発生する酸化ストレスがミトコンドリアを傷害し、解糖系によるATP産生の減少へと導くことは良く知られている。解糖において鍵となる酵素α−エノラーゼは、ATPレベルの減少を補償するために誘導されると考えられる。
【0013】
観察されたATPレベルの減少が、心臓収縮に影響するか否かを決定するため、単離した心筋細胞の機械的性質を調べてみた。虚血に曝された心筋細胞においては、未処理の細胞と比較して、細胞収縮を示すピーク高さが、有意に減少した(図4A,B)。虚血細胞における減少は、PD98059処理により、さらに増幅された。虚血時にMEK阻害薬により傷害された収縮は、細胞中にα−エノラーゼ タンパク質を導入することにより、ドラマチックな回復を示した(図4C,D)。細胞収縮の速度( dL/dt )および細胞伸張の速度( −dL/dt )もまた、ピーク高さと同様に、α−エノラーゼ処理後にコントロール レベルかそれ以上に達した(図4E,F)。細胞間において、ピーク値への到達時間には有意差はなく、またピーク値からの50%減少時間にも有意差はなかった(図4G,H)。これらの知見は、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の収縮能を回復させ得ることを示している。
【0014】
MAPK活性化に続く下流の因子のモニタリング用の強力な手法、機能的プロテオミクス( T.S. Lewis et al., Moll Cell 6, 1343−1354, 2000 )を用いて、虚血にレスポンスする下流の因子として、α−エノラーゼを同定した。また、α−エノラーゼの発現が、虚血に曝された心筋細胞における細胞内ATPレベルの維持に寄与していること、それにより細胞の生存と密接に相関していることも示すことができた。また、細胞の生存だけでなく、心筋細胞におけるATPレベル維持のための心臓機能にとっても最も重要である。何故ならば心臓は、ミオシン−アクチン コンプレックスによる収縮にATPが必要であり、さらに、膜電位を維持するためにNa+,K+−ATPaseのようなATPを必要とする幾つかのチャネルを活性化しなければならないからである。
【0015】
本発明により、α−エノラーゼの導入により、細胞生存および心筋細胞収縮における著しい増加が見られ、その増加の程度は、ATPレベルのみの維持による効果から期待されるよりも、ずっと大きな増加であった。従ってα−エノラーゼは、虚血心筋におけるATPレベルの維持以外の、新規な機能を有していることが判明した。最近、α−エノラーゼが、ヒートショック プロテイン、c−myc プロトオンコジーン、細胞骨格やクロマチン構造のバインディングのような多機能タンパク質として作用することが報告されている( V. Pancholi, Cell Mol Life Sci 58, 902−920, 2001 )。これらの知見は、α−エノラーゼが虚血障害から心臓を守るために不可欠であることを示している。本発明のデータから、α−エノラーゼは虚血再灌流時に分解されること、また、細胞生存を活性化するためにはα−エノラーゼの転写が必須であることが示された。MAPK活性に関連したいくつかの疾病において示唆されているように、MAPKは転写調節における役割を務めている( J.M. English, M.H. Cobb, Trends Pharmacol Sci 23, 40−45, 2002 )。予備的なデータではあるが、心臓に傷害を受けた患者によっては、MAPKタンパク質の量の減少が示されている。虚血に反応してMAPKにより発現されたα−エノラーゼは、慢性心筋虚血の患者において観察される局所的な収縮障害と関連していると考えられる。本発明者らの知見から、虚血に関連した疾病において、MAPKはATP産生という新規な機能を有することが示された。
【0016】
本発明により解明されたα−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞収縮の改善および細胞死の抑制をターゲットとして、虚血性心疾患治療薬のスクリーニングを行うことが可能である。また、α−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞生存の改善をターゲットとする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニングも行うことができる。α−エノラーゼの新規活性をターゲットとする虚血性心疾患治療薬のスクリーニングには、ラット心筋由来の株化細胞H9c2を用いることができる。また、単離心筋細胞を用いて虚血性心疾患治療薬のスクリーニングを行うことも可能である。また、本発明によって用いられた手法でα−エノラーゼを虚血心筋に直接投与することによって心臓の機能の改善を行うことも可能である。
【0017】
【発明の実施の形態】
発明の実施の形態を、実施例にもとづき図面を参照して説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0018】
【実施例1】
虚血再灌流条件下にH9c2細胞を培養して、細胞死に関連したMAPK下流の因子の同定を行った。2時間虚血後24時間再灌流という条件下、50μMのPD98059の非存在下(図1B)または存在下(図1C)においてH9c2細胞を培養し、培養後の細胞の状態を調べた( Y. Mizukami et al., J Biol Chem 275, 19921−19927, 2000 ; M. Kimura et al., J Biol Chem 276, 26453−26460, 2001 )。コントロールとしては、培養してないH9c2細胞(図1A)を用いた。それぞれ5つの独立した試験を行い、各条件下における代表的な写真を、図1A−Cに示した(最終倍率×400)。細胞数は、トリパンブルー排除試験( Y. Kawata et al., J Biol Chem, 273, 16905−16912, 1998 )を用いて、経時的にカウントすることにより評価した。50μM PD98059の非存在下または存在下の細胞数を 図1Dに、2時間虚血後24時間再灌流条件下におけるPD98059濃度の影響を図1E に示した( 数値は mean±S.E., n=5 )。
【0019】
トータルDNAは、nucleic acid extraction kit( Apotosis Ladder Detection Kit, Wako, Osaka, Japan )を用い、50μM PD98059の非存在下および存在下において、2時間虚血後24時間再灌流に曝された細胞から抽出した。それぞれの条件下におけるDNAラダーの状況を、図1Fに示した。2時間虚血後6時間再灌流の条件下に、50μM PD98059の非存在下(図1H)、存在下(図1I)にH9c2細胞の培養を行い、2次元SDS−PAGEによりタンパク質を分離した。コントロールとして、培養してないH9c2細胞も2次元SDS−PAGEにかけた。2次元SDS−PAGEの実験条件を、以下に簡単に述べる。細胞をトリプシン処理し、PHSで2回洗浄した後、約2×107個の細胞に相応する細胞ペレットに対し60μlのサンプルバッファー( 8MUrea, 2% Triton X−100, 40mM Tris, 1% dithioerythritol, 2.5mM EDTA, 2.5mM EGTA, 0.5% Pharmalyte, pH3−10 )を添加して溶解させた。ソニケーターを用いてDNAを剪断した後、100,000×g 、60分間の遠心により沈殿を除去した。等電点電気泳動( Isoelectric focusing )は、Pharmacia dry strip kit を用いて行った。15μlの試料を、サンプルカップホルダーを用いて、pH4−6の非線形グラジエントを有する Immobiline strips の酸性部にアプライした。Immobiline strips は、8M Urea, 0.15% dithioerythritol, 2% Triton X−100, 2.5mM EDTA, 1% Pharmalyte, pH4−6 溶液中で再膨潤させた。2次元目の泳動は、12%ゲルを用いて、標準SDS−PAGEを行った。ゲル上のスポットは、CBB染色により検出した。図1G−Iのデータは、6つの独立した実験から得られた代表的なゲルを示したものである。
【0020】
図1JおよびKには、アミノ酸シークエンサーとHPLC質量分析計によるマイクロシークエンシング( A. Iwamatsu, Electrophoresis 13, 142−147, 1992 )の結果の一例を示した。2次元電気泳動で分離されたサンプルは、polyvinylidene difuoride membrane にトランスファーして固定化した。図1Hに矢印で示した固定化タンパク質を還元し、S−カルボキシメチル化してAchromobacter protease I による in situ digestion にかけた後、逆相クロマトグラフィー( Wakosil−II AR C18, Wako Pure Chemicals, Osaka, Japan )により分離した。アミノ酸分析は気相シークエンサー( model PPSQ−10, Shimazu )により行い、図1Hに矢印で示したペプチドは、図1Kに示したように決定された。少量のペプチドは、LC−mass spectrometry により分析し、9つのペプチドの分子量は図2Eに示したように決定された。
【0021】
2時間の虚血に続く24時間再灌流後に、PD98059処理により、著しい細胞死が観察された(図1A−C)。PD98059存在下における細胞死は、2時間虚血後の12時間の再灌流に引き続いて、用量依存的に、有意に増加した(図1DおよびE)。50μMのPD98059で処理すると、MAPK活性の阻害はベーサルレベルまで阻害された。PD98059存在下における細胞数の減少に一致して、24時間再灌流後にDNA断片化(DNA fragmentation)が観察された。PD98059非存在下では、虚血後24時間の再灌流において、いかなるDNA断片化もアガロースゲル上に検出されなかった(図1F)。非刺激細胞(50μM PD98059非存在下)においては、CBB染色により、ゲル上に約1500スポットが観察された(図1G)。2時間虚血後6時間再灌流の条件下では、非刺激細胞の場合と比較して、少なくとも50スポットの染色強度が増加した(図1H)。再灌流によって誘導された50スポットの内4スポットは、50μMのPD98059存在下において、非刺激細胞におけるレベルかそれ以下に、有意に抑制されていた(図1I)。MAPK活性化により強く誘導された、p52タンパク質のアミノ酸配列の決定を、まず最初に試みた。図1Hに矢印で示されたピークに対応する2つのペプチドフラグメントのアミノ酸配列が決定され、ピークAの配列は(K)TIATALVSK、ピークBの配列は(K)YNQILRIEEELGSKであった。これら2つのアミノ酸配列は、ラット α−エノラーゼの推定アミノ酸配列と同一であった。さらにこの結果を確認するため、p52タンパク質由来のペプチドフラグメントの分子量を、液体クロマトグラフィー質量分析計(liquid chromatography − mass spectrometry)により決定した。逆相高速液体クロマトグラフィーでにより分離したピークの分子量は、MH+ : 810.8(peak A)、1182.5(peak A)、899.5(peak B)、1007.5(peak C)、1520.0(peak D)、1636.0(peak C)、1691.5(peak E)、1464.0(peak F)、1961.5(peak G)、3043.0(peak H)および 2449.0(peak I)であった。これらの分子量は、図1Iに示したプロテアーゼ処理後のラット α−エノラーゼに由来するペプチド断片の理論的分子量と、ほとんど一致した。アミノ酸配列およびLC−MS分析の結果を総合して、p52タンパク質はα−エノラーゼであると同定した。
【0022】
【実施例2】
MEK1のドミナント ネガティブ変異体を発現しているH9c2細胞における、虚血再灌流の間のα−エノラーゼの発現について述べる。H9c2細胞は、truncated human CD4 surface molecule containing liposomes( Transfast, Promega )をコードしているpMACS4.1 0.25μgに加えて、0.75μgのpcDNA3 empty vector または0.75μgのpcDNA3―MEKDN mutant で前処理され、導入されたベクターを有する細胞は抗CD4抗体を固定化した磁気ビーズおよびG417(750μg/ml)により選別した。細胞抽出液をイミュノブロッティングにかけ、抗α−エノラーゼ抗体での結果を図2Aに、抗MAPK抗体での結果を図2Bに示した。図2のAおよびBの結果は、5つの独立した実験から得られた、代表的なイミュノブロッティングの結果を示した。
【0023】
図2Cのα−エノラーゼおよびMAPK タンパク質のレベルは、デンシトメトリックな分析法により、イミュノブロットから決定した( mean±S.E., n=5 )。トータルRNAはH9c2細胞から単離し、RT反応は3μgのトータルRNAを用いて行った(図2D)。PCRによるRT産物の増幅は、α−エノラーゼ用のプライマーとしてTGGGTGATGAGGGTGGATTCおよびCTTTGAGCAGGAGGCAGTTGを用い、94℃ 15秒、63℃ 30秒、68℃ 1分の3ステップの反応を23サイクル繰り返した。また、コントロールのG3PDHの増幅は、プライマーとしてACCACAGTCCATGCCATCACおよびTCCACCACCCTGTTGCTGTAを用い、95℃30秒、50℃ 30秒、72℃ 1分の3ステップの反応を23サイクル繰り返した(図2E)。図2には、4つの独立した実験から得られた代表的なデータを示してある。図2Eのα−エノラーゼおよびG3PDHのmRNAレベルは、デンシトメトリックな分析法により決定した( mean±S.E., n=4 )。
【0024】
α−エノラーゼ mRNAの発現は、虚血後2時間の再灌流により有意に増加し、その増加は再灌流6時間後まで弱いながらも継続した。発現の増加は、MEKDNをトランスフクションした細胞中では発現の増加がブロックされ(図2 DおよびF)、PD98059存在下における結果と一致していた。G3PDHmRNAの発現は、虚血および再灌流の間中、ほとんど一定のままであり、各細胞のmRNA量に差がないことを示している(図2E)。
【0025】
【実施例3】
MEK1のドミナント ネガティブ変異体を発現しているH9c2細胞における、虚血再灌流の間のATPレベルと細胞死について述べる。図3A−Dの結果は、pcDNA3またはpcDNA3―MEK1DN変異体でH9c2細胞を前処理した後、抗CD4抗体およびG418により選択した。トランスフェクションした細胞を虚血再灌流に曝し(図3A,B)、あるいは5mM NaCNおよび5mM dideoxy glucose による代謝阻害を行った後(図3C,D)、ATPレベルを指定時間ごとにルシフェリン−ルシフェラーゼ法により決定し、細胞生存数は刺激から24時間後に改良MTT法により決定した(図3B,D)。図3のE−Iにおいては、pcDNA3(図3E,F,G)またはpcDNA3−MEKDN変異体(図3E,H,I)をトランスフェクションしたH9c2細胞に対し、Chariot protein とα−エノラーゼとのコンプレックスを導入した(図3E,G,I)。また、ネガティブ コントロールとして、pcDNA3(図3E,F,G)またはpcDNA3―MEKDN変異体(図3E,H,I)をトランスフェクションしたH9c2細胞に対し、Chariot proteinだけを導入した(図3E,F,H)。細胞中のATPレベルは、虚血再灌流の6時間後に決定した(図3E)。細胞生存数は、Live/Deadアッセイにより虚血再灌流の24時間後に決定した(図3F−I)。
【0026】
MEKの不活性化型(MEKDN)を恒常的に発現している細胞における細胞内ATPレベルは、空のベクターをトランスフェクトした場合と比較して、2時間虚血後6時間再灌流における各測定時間において、より低い値を示した(図3A)。これらの細胞の生存率には有意な差はなかった。2時間虚血後24時間再灌流という条件下では、空のベクターをトランスフェクトした細胞と比較して、MEKDN細胞の細胞数は優位に減少した(図3B)。また、ATPレベルと細胞生存率においては、PD98059存在下で得られた結果と、ほとんど一致していた。ミトコンドリアにおける解糖反応の阻害は、細胞内ATPレベルの優位な減少という結果をもたらし、最終的には、このATP減少により細胞死を誘発した(図3CおよびD)。この結果は、虚血後の心筋細胞の死に、細胞内のATPレベルが密接に相関していることを示している。ATP産生と細胞生存におけるα−エノラーゼの役割を確認するため、MEKDN細胞中に、α−エノラーゼ タンパク質を導入した。α−エノラーゼ タンパク質の導入は、6時間再灌流後のMEKDN細胞において細胞内ATPレベルを回復させ(図3E)、虚血に曝された細胞におけるドラマチックな細胞生存を実証できた(図3F−I)。虚血時に発生する酸化ストレスがミトコンドリアを傷害し、解糖系によるATP産生の減少へと導くことは良く知られている。解糖において鍵となる酵素α−エノラーゼは、ATPレベルの減少を補償するために誘導されると考えられる。
【0027】
【実施例4】
虚血再灌流に曝された単離心筋細胞の収縮性に対するα−エノラーゼの効果について述べる。心筋細胞は、12匹の新生仔ラットから単離し、5%FCSを含むL15培地中で培養した。α−エノラーゼは、0.5%FCSを含むL15培地中で2日間培養した心筋細胞中に導入した。50μM PD98059存在下または非存在下において、細胞を2時間の虚血と12時間の再灌流に曝し、video−based edge−detection system( IonOptix, Milton, MA )を用いて収縮性を決定した。細胞は inverted microscope( Nikon, Eclips TS100 )のステージ上に置かれ、stimulator( Star Medical )に接続された一対の白金ワイヤを用いて、25Hzの周波数(10ms間隔)において30mAで刺激した。IonOptix MyoCam camera でコンピューターのモニター上に心筋細胞を表示させ、soft−edge software ( IonOptix )を用いて、細胞の収縮と伸長の間の細胞の長さを分析した(図4A)。収縮パラメーターは、soft−edge software により決定し(図4B)、3つの独立した実験から得られた代表的なデータを、図4 Cに示した。パラメーターは、3回( mean±S.E., n=3 )行われた各々の実験において、10個のデータから決定された。
【0028】
虚血に曝された心筋細胞においては、未処理の細胞と比較して、細胞収縮を示すピーク高さが、有意に減少した(図4A,B)。虚血細胞における減少は、PD98059処理により、さらに増幅された。虚血時にMEK阻害薬により傷害された収縮は、細胞中にα−エノラーゼ タンパク質を導入することにより、ドラマチックな回復を示した(図4C,D)。細胞収縮の速度( dL/dt )および細胞伸張の速度( −dL/dt )もまた、ピーク高さと同様に、α−エノラーゼ処理後にコントロール レベルかそれ以上に達した(図4E,F)。細胞間において、ピーク値への到達時間には有意差はなく、またピーク値からの50%減少時間にも有意差はなかった(図4G,H)。これらの知見は、α−エノラーゼが、虚血により傷害された心筋細胞の収縮能を回復させ得ることを示している。
【0029】
【発明の効果】
本発明により、MAPK活性化により誘導されるα−エノラーゼの機能が明らかとなり、虚血性心疾患治療薬としておよびスクリーニング等への利用が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【図1】虚血再灌流へのレスポンスにおけるMAPKの細胞死関連下流因子の同定に関する図である。
【図2】H9c2細胞における虚血再灌流の間のα―エノラーゼの発現に関する図である。
【図3】H9c2細胞における虚血再灌流の間のATPレベルおよび細胞死に関する図である。
【図4】虚血再灌流に曝された単離心筋細胞の収縮に及ぼすα―エノラーゼの影響に関する図である。D−Hのグラフにおけるバーは、左から control、IR、IR+PD98059、IR+PD98059+enolase という条件下での結果を示している。
【図5】2時間虚血後24時間再灌流に曝されたH9c2細胞における細胞生存率を示す図である。
【図6】2時間虚血後6時間再灌流に曝されたH9c2細胞における、ATPレベルおよび細胞生存数に対するPD98059の影響を示す図である。
【図7】心筋細胞におけるα―エノラーゼ タンパク質の量を示す図である。
Claims (9)
- 虚血性心疾患の治療薬として新規活性を有するα−エノラーゼ。
- 新規活性が、MAPキナーゼ活性化により誘導されることを特徴とする請求項1に記載のα−エノラーゼ。
- 虚血心筋においてMAPキナーゼ活性化により誘導される新規活性が、心筋細胞の細胞収縮の改善であることを特徴とする請求項1または2に記載のα−エノラーゼ。
- 虚血心筋においてMAPキナーゼ活性化により誘導される新規活性が、心筋細胞の細胞生存の改善であることを特徴とする請求項1または2に記載のα−エノラーゼ。
- α−エノラーゼを直接、虚血性心疾患の心臓に投与して治療する虚血性心疾患の治療法におけるα−エノラーゼの利用。
- α−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞収縮の改善をターゲットとする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法。
- α−エノラーゼの新規活性である心筋細胞の細胞生存の改善をターゲットとする、虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法。
- ラット心筋由来の株化細胞H9c2を用いる、請求項6または7に記載の虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法。
- 単離心筋細胞を用いる、請求項6または7に記載の虚血性心疾患治療薬のスクリーニング方法。
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