JP2004012317A - 分光スペクトルピーク位置計算装置、計算プログラム及び計算方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】分子結晶や高分子結晶を対象とした分光スペクトルの帰属同定において、結晶相に特徴的なコンフォメーションに起因するピークを同定するための手段を提供する。
【解決手段】分子の構造最適化を実行する際、分子内コンフォメーション等の一部の構造パラメータを保存して構造パラメータの一部のみ最適化することを特徴とする、分子軌道法による分光スペクトルピーク位置計算システム。
【選択図】 図2
【解決手段】分子の構造最適化を実行する際、分子内コンフォメーション等の一部の構造パラメータを保存して構造パラメータの一部のみ最適化することを特徴とする、分子軌道法による分光スペクトルピーク位置計算システム。
【選択図】 図2
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、分光スペクトルのピーク位置計算技術に関する。特に、分子結晶や高分子結晶に適して分光分析装置等による測定で得られた分光スペクトルデータを基にスペクトル成分を同定するための分光スペクトルピーク位置計算装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
通常、材料計測で得られる分光スペクトルは、特定の成分や構造に特有の幾つかの孤立ピーク波形の重なりとして現れる。そこで、試料に関する分光スペクトルを測定し、分光スペクトル中の各スペクトル成分の波長および強度を基に、試料に含まれる物質や構造を同定し、それらの量を測定することが広く行われている。広く研究された既知の物質や構造であれば、それらに起因する波長や強度は既に知られており、同定に利用される。
【0003】
しかしながら、物質が既知でない場合や、物質そのものは既知であるがその微細構造について詳細な情報が得られない場合、物質の研究が過去に十分行われておらず分光スペクトルに関して信頼できる情報が得られない場合など、既存の情報を利用した同定が不可能な場合がある。このような場合、分子軌道法の理論計算による同定が有力な手段として用いられる。例えば、物質の分子構造を基に分子軌道法により遷移エネルギー、振動子強度、外場応答量などを計算し、測定された分光スペクトルと比較することで、スペクトル同定を行うことができる。近年の理論化学の進歩により、分子軌道法によるスペクトル計算は、妥当な分子座標さえ与えれば極めて高い精度でスペクトル同定に必要なデータを計算することが可能である。このような技術については、分子軌道法計算プログラム・パッケージGaussianの開発元であるGaussian社のホームページで詳細な情報を容易に入手できる。例えば、核磁気共鳴スペクトルピーク位置計算については、例えば、http://www.gaussian.com/nmrcomp.htmの文書およびその参考文献が参考になる。
【0004】
分子軌道法によるスペクトルピーク位置計算に必要な分子座標は、通常、X線回折や中性子線回折などの実験によるものか、あるいは理論計算による構造最適化計算の結果が用いられる。
【0005】
しかし、結晶中の原子座標を得るための手段として広く用いられるX線回折では、観測手法の特性のため、原子座標にわずかな誤差があり、特に重原子と水素原子との間の結合距離が短く見積もられている場合がほとんどである。ここで、重原子とは水素原子・ヘリウム原子以外の炭素・窒素・酸素等の原子を指す。ところが、分子軌道法によって計算される分光スペクトルピーク位置は、計算に用いた分子座標、特に結合距離の微小な差違に極めて敏感に影響されるため、X線回折により求めた原子座標に基づいて分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行っても、実測結果と照合するのに十分と言える精度の計算結果を得るのは難しい。そのため、精度の良い計算結果を得るには、理論計算による構造最適化が必要な場合がほとんどである。
【0006】
一方、理論計算による構造最適化は孤立分子を扱うものであり、分子結晶中の状態を再現するものとは言い難い。特に、通常の構造最適化ではコンフォメーションに関する情報が失われるため、分子結晶や高分子結晶における特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を同定することができず、分光スペクトルの帰属同定に十分活用することが困難であった。
【0007】
これまで、分子軌道法を用いて分光スペクトルの同定を行うための技術として、例えば特開2001−159603号公報が知られている。これは、分子軌道法を用いて計算したピーク位置およびピーク強度を用いてガウス型ないしローレンツ型のモデル関数を作成し、実測で得たスペクトルとの残差平方和を最小化するようにパラメータを決めることによりスペクトルの同定を行う技術である。しかし、この技術は構造情報から分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルピーク位置を計算するために用いるには、分子軌道法を用いてピーク位置を計算する過程における計算精度やコンフォメーションについて十分に考慮されていないために分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルの帰属同定に用いることは困難である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を帰属同定でき、しかも核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに適用できるような分子軌道法による分光スペクトルピーク位置計算システムを提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
前記の課題を解決するための本発明は以下のような構成を本旨とする。すなわち、
(1)分子構造を入力する入力手段と入力された構造を基に分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段と計算結果を出力する出力手段とを具備する分光スペクトルピーク位置計算装置において、前記分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段は、少なくとも分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップとその後に分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップとを実行することを特徴とする分光スペクトルピーク位置計算装置、
(2)前記分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、結合角および二面角を固定し、結合長のみを最適化するものである前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(3)分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合角および二面角を固定し、主鎖の結合長のみを最適化するものである前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算システム、
(4)分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合長及び側鎖を定義する結合長、結合角、二面角の全部または一部を最適化するものであることを特徴とする前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(5)分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(6)分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法を用いてされることを特徴とする前記(1)から(5)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(7)核磁気共鳴化学シフトを求めるものである前記(1)から(6)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(8)分子構造の入力を実行するための手順と入力された分子構造の一部のみを構造最適化するための手順とその後に分子軌道法若しくは密度汎関数法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う手順と計算結果を出力する手順とを実行させるためのプログラム、
(9)請求項1記載の装置を用いて分子の分光スペクトルピーク位置を計算することを特徴とする分光スペクトルピーク位置の計算方法、である。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の特徴は、分子軌道法を用いて分光スペクトルピーク位置の計算が実行される前に構造最適化を行い、しかも構造最適化ステップが分子の構造の一部のみを構造最適化する部分構造最適化を行う(以下単に部分構造最適化とも言う)ことに特徴がある。これにより、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトルピーク位置を精度良く計算でき、実測によるスペクトル成分の帰属同定が容易となるという効果を有する。かかる部分構造最適化を実行する処理によって、特定の結晶相に固有なコンフォメーションを保存しつつ、分子構造をスペクトル計算に必要な精度にまで最適化することが可能となるためである。
【0011】
本発明は、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに広汎に適用できる。なぜなら、一定の構造データからこれらスペクトル計算を行うための分子軌道計算手順は、有償または無償の分子軌道計算プログラム・パッケージにて開示されているためである。
【0012】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0013】
初めに、本発明に用いる部分構造最適化について説明する。
【0014】
分子軌道法における分子座標の指定には、一般にZ−matrixと呼ばれる方法が好適に用いられる。この方法では、まず第1の原子の位置を座標の原点とする。次に第2の原子の位置は第1の原子に対する結合長で定義され、同時にこれら2つの原子のなすベクトルが分子座標系のz軸の方向として定義される。第3の原子の位置は第2の原子に対する距離および第3、第2、第1の原子とのなす結合角を用いて定義され、同時にこれら3つの原子のなす平面が分子座標系のzx面として定義される。第4の原子の位置は、第3の原子との距離、第4、第3、第2の原子とのなす角度、第4、第3、第2、第1の原子とがなす二面角という3つのパラメータによって定義される。ここで二面角とは、第4、第3、第2の原子のなす平面と第3、第2、第1の原子のなす平面との角度として定義されるパラメータである。第5の原子以降の原子の位置は、第4の原子と同様に結合長・結合角・二面角の3つのパラメータでもって定義される。
【0015】
この他、デカルト座標を用いて分子座標を指定する方法も考えられるが、分子のコンフォメーションを規定する際にはZ−matrixを用いるほうが容易であり、より好ましく用いられる。
【0016】
このような構造の入力手段については、従来公知の入力手段を採用しえ、通常コンピュータに入力するためのハードウェアおよびソフトウェアを用いうる。
【0017】
次に、本発明の計算装置は、入力された構造に基づいて分光スペクトルピーク位置計算を用いる演算手段を具備する。この演算手段に係るプログラムには、もちろん他のステップが含まれていても構わないことは言うまでもないが、大きく2つのステップを実行する。すなわち、分子構造の一部のみを構造最適化するステップと該ステップよりも後に分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行うステップであり、例えば、かかるステップを行う手順を実行するためのプログラムが記憶された演算手段として構成されている。
【0018】
構造最適化は、まず与えられた分子座標に対して分子軌道法により全エネルギーを計算し、求めたエネルギーをこれらの座標パラメータで微分することにより傾きベクトルを計算し、さらに、傾きベクトルの方向に座標パラメータを増減させ、次の分子軌道計算に用いる新たな分子座標を定義する。このサイクルを、傾きベクトルが十分小さな値に収束するまで繰り返すことにより、座標パラメータは最適な値に収束させることで最適構造が求められる。
【0019】
通常の構造最適化では、全ての座標パラメータを最適化の対象とするが、本発明においては、座標パラメータの一部のみを最適化の対象とするものである。この手順を部分構造最適化と言う。かかる手法を用いることにより、コンフォメーションを固定して結合長のみを最適化する、あるいは反対に結合長を固定してコンフォメーションのみを最適化する、さらにはポリマー構造における主鎖を固定して側鎖のみ構造最適化するといった処理が可能である。
【0020】
構造最適化に用いる理論計算手法は、分子力学法、半経験的分子軌道法、非経験的分子軌道法、密度汎関数法などが考えられるが、精度の高い分子構造を得られる非経験的分子軌道法あるいは密度汎関数法を用いるのが望ましい。これらの手法を用いて構造最適化を行う公知のプログラムにおいて、最適化を行う際に一部の座標パラメータを固定する、すなわち計算の対象としない、手順を実行することで部分構造最適化を行うことが可能である。
【0021】
部分構造最適化の演算ステップにおいては、結合角および二面角を固定し、結合長のみを最適化する方法が好ましく用いられる。その理由は、既に述べたように、X線回折によって決定した結晶構造では重原子と水素原子との間の結合距離が短く見積もられている場合がほとんどであるため、結合長を最適化することにより、原子座標の精度を向上させることが可能になるからである。また、結合角および二面角を固定することにより、X線回折から得られたコンフォメーション情報を保存することが可能となるからである。
【0022】
分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子である場合、主鎖のコンフォメーションの影響について情報を得るのが重要であることから、主鎖について結合角、二面角を固定し結合長のみを最適化する方法が好ましく用いられる。さらに加えて側鎖の位置を最適化することにより、分光スペクトルピーク位置の計算精度を向上させ、側鎖の位置の影響について情報を得ることが可能である。
【0023】
次に、本発明の分光スペクトルピーク位置計算について説明する。分子軌道法による理論計算からは、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトル、赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに関する情報を得ることができるが、これらは概ね次のような原理に基づいている。
【0024】
分子軌道法によると、外部電磁場が分子の波動関数に与える摂動を考慮して分子の外場応答量を計算することができる。ここから、核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置を計算できる他、赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルのピーク強度などを計算できる。
【0025】
また、分子軌道法によると、分子の励起状態の波動関数を計算して遷移エネルギーや遷移モーメントを計算することができる。ここから、可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルなどのピーク位置やピーク強度などを計算できる。
【0026】
また、構造最適化の手法を応用し、全エネルギーの座標パラメータによる2階微分の行列を求めることができる。この行列を用いると基準振動解析と呼ばれる解析が可能になり、ここから赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルなどのピーク位置を計算できる。
【0027】
本発明の分光スペクトルピーク位置計算システムの効果を十分に発揮させるためには、分光スペクトルピーク位置計算の手法として、精度の高い非経験的分子軌道法あるいは密度汎関数法を用いるのが好ましい。また、本発明の分光スペクトルピーク位置計算システムは、これらの分光スペクトルのうち、特に分子のコンフォメーションの情報を鋭敏に反映する核磁気共鳴分光スペクトルに対して好ましく用いることができる。
【0028】
以上に述べた部分構造最適化や分光スペクトルピーク位置・ピーク強度計算は、有償あるいは無償で入手可能な分子軌道計算プログラム・パッケージに組み込まれた機能を利用することで実行可能である。プログラム・パッケージとしては、Gaussian社製のGaussian98、アイオワ州立大学製のGAMESSなどを用いることができる。
【0029】
分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルピーク位置を計算する場合、初期構造の入力方法として次のようなものが考えられる。
【0030】
第一に、X線回折や中性子線回折などによる結晶構造の測定結果が存在する場合、その構造から適当な一部を抜き出し、部分構造最適化のための初期構造とするのが良い。
【0031】
第二に、実験による結晶構造が利用できず構造式しか存在しない場合、まず通常の構造最適化を行ってエネルギー的に最も安定な構造を求めた後、二面角を変化させて可能なコンフォメーションをいくつか発生させるという方法を取ることにより、コンフォメーション変化と分光スペクトルとの関係について考察することが可能となる。
【0032】
出力手段は、従来公知の手段が採用しえ、特に限定されるものではない。
【0033】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例により限定されるものではない。
【0034】
まず、結晶多形を示す分子“バルビタール”について、ある結晶相の炭素13核核磁気共鳴分光スペクトルを測定し、ピーク位置の標準データとした。固体核磁気共鳴スペクトルの測定には、測定装置としてChemagnetics社製のCMX−300を用い、測定手法としてCPMAS法を用いた。
【0035】
実施例1
次の手順で“バルビタール”結晶の核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置を計算した。
(1)X線回折により得られた上記“バルビタール”の結晶構造座標データをAccelrys社製の分子設計システムCerius2に入力し、結晶構造の可視化を行った。この構造から1つの分子を抜き出し、構造最適化のための分子モデルを作成した。
(2)上記の分子モデルについて、以下に述べる方法で部分構造最適化を行った。プログラム・パッケージとしてGaussian社製のGaussian98を用いた。波動関数のキーワードにはB3LYP/6−31G(d)を用い、構造最適化計算のキーワードにはOPT=Z−matrixを用いた。SCFの収束条件や構造最適化計算の力の収束条件など、計算時に必要となるしきい値等のパラメーターは、ソフトウエアの標準値を用いた。分子座標の定義にはZ−matrixを使用し、可変パラメータとして結合長を、固定パラメータとして結合角および二面角を指定した。Z−matrixの定義には、Cerius2のGaussian I/Fモジュールを用いた。
(3)部分構造最適化が終了した分子モデルについて、以下に述べる方法で核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。プログラム・パッケージとしてGaussian98を用いた。波動関数のキーワードにはHF/6−31+G(d,p)を用い、核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算のキーワードにはNMRを用いた。SCFの収束条件など計算時に必要なパラメーターは、ソフトウエアの標準値を用いた。
【0036】
以上のようにして計算したピーク位置と実測との比較を表1に示す。表1におけるC1, C2等の記号は、図1の構造式における記号と対応している。表1に示すように、実施例における平均誤差は−3.0ppm、最大誤差は−6.6ppm、誤差二乗平均は13.9であった。また、実測で観測されるC1とC3、C5とC7、C6とC8のピークの分離は計算でも再現されていた。図2に、実測のスペクトルに分子軌道法で計算したピーク位置を縦棒で重ね書きしたものを示す。図2において実測ピークの帰属を示すC1, C2, ...等の記号は、図1の構造式における記号と対応している。実測ピークと計算ピークを結ぶ細い実線は、両者の対応関係を表す。
【0037】
比較例1
構造最適化を実行せず、その他は実施例1と同様にして核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。結果を表1および図3に示す。
【0038】
計算されたピーク位置と実測値とを比較したところ、平均誤差は−14.6ppm、最大誤差は−26.7ppm、誤差二乗平均は307.7であり、実測値との乖離が極めて大きい。特にアルキル鎖の炭素核(C5、C6、C7、C8)で誤差が大きい。すなわち、実用的な精度を有しているとは言えないものであった。
【0039】
比較例2
プログラム・パッケージとしてGaussian98を、構造最適化計算のキーワードにFOPTを用いて、全ての座標パラメータの最適化を行った。その他は実施例1と同様にして核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。結果を表1および図4に示す。
【0040】
計算したピーク位置と実測値とを比較したところ、平均誤差は−2.3ppm、最大誤差は−6.7ppm、誤差二乗平均は12.4であり、乖離幅の点では比較例1よりも良好ではあるが、実測で観測されるC1とC3、C5とC7、C6とC8のピークの分離を認めることはできず、構造情報として不十分なものとしてしか得られなかった。
【0041】
【表1】
【0042】
【発明の効果】
本発明は、次のような効果を有する。
【0043】
第一に、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を精度良く且つピーク情報が豊富である結果として得ることが可能である。
【0044】
第二に、計算の対象となる分光スペクトルとして、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例の項で、ピーク位置の帰属を説明する“バルビタール”の構造式である。
【図2】実施例1における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
【図3】比較例1における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
【図4】比較例2における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
【発明の属する技術分野】
本発明は、分光スペクトルのピーク位置計算技術に関する。特に、分子結晶や高分子結晶に適して分光分析装置等による測定で得られた分光スペクトルデータを基にスペクトル成分を同定するための分光スペクトルピーク位置計算装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
通常、材料計測で得られる分光スペクトルは、特定の成分や構造に特有の幾つかの孤立ピーク波形の重なりとして現れる。そこで、試料に関する分光スペクトルを測定し、分光スペクトル中の各スペクトル成分の波長および強度を基に、試料に含まれる物質や構造を同定し、それらの量を測定することが広く行われている。広く研究された既知の物質や構造であれば、それらに起因する波長や強度は既に知られており、同定に利用される。
【0003】
しかしながら、物質が既知でない場合や、物質そのものは既知であるがその微細構造について詳細な情報が得られない場合、物質の研究が過去に十分行われておらず分光スペクトルに関して信頼できる情報が得られない場合など、既存の情報を利用した同定が不可能な場合がある。このような場合、分子軌道法の理論計算による同定が有力な手段として用いられる。例えば、物質の分子構造を基に分子軌道法により遷移エネルギー、振動子強度、外場応答量などを計算し、測定された分光スペクトルと比較することで、スペクトル同定を行うことができる。近年の理論化学の進歩により、分子軌道法によるスペクトル計算は、妥当な分子座標さえ与えれば極めて高い精度でスペクトル同定に必要なデータを計算することが可能である。このような技術については、分子軌道法計算プログラム・パッケージGaussianの開発元であるGaussian社のホームページで詳細な情報を容易に入手できる。例えば、核磁気共鳴スペクトルピーク位置計算については、例えば、http://www.gaussian.com/nmrcomp.htmの文書およびその参考文献が参考になる。
【0004】
分子軌道法によるスペクトルピーク位置計算に必要な分子座標は、通常、X線回折や中性子線回折などの実験によるものか、あるいは理論計算による構造最適化計算の結果が用いられる。
【0005】
しかし、結晶中の原子座標を得るための手段として広く用いられるX線回折では、観測手法の特性のため、原子座標にわずかな誤差があり、特に重原子と水素原子との間の結合距離が短く見積もられている場合がほとんどである。ここで、重原子とは水素原子・ヘリウム原子以外の炭素・窒素・酸素等の原子を指す。ところが、分子軌道法によって計算される分光スペクトルピーク位置は、計算に用いた分子座標、特に結合距離の微小な差違に極めて敏感に影響されるため、X線回折により求めた原子座標に基づいて分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行っても、実測結果と照合するのに十分と言える精度の計算結果を得るのは難しい。そのため、精度の良い計算結果を得るには、理論計算による構造最適化が必要な場合がほとんどである。
【0006】
一方、理論計算による構造最適化は孤立分子を扱うものであり、分子結晶中の状態を再現するものとは言い難い。特に、通常の構造最適化ではコンフォメーションに関する情報が失われるため、分子結晶や高分子結晶における特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を同定することができず、分光スペクトルの帰属同定に十分活用することが困難であった。
【0007】
これまで、分子軌道法を用いて分光スペクトルの同定を行うための技術として、例えば特開2001−159603号公報が知られている。これは、分子軌道法を用いて計算したピーク位置およびピーク強度を用いてガウス型ないしローレンツ型のモデル関数を作成し、実測で得たスペクトルとの残差平方和を最小化するようにパラメータを決めることによりスペクトルの同定を行う技術である。しかし、この技術は構造情報から分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルピーク位置を計算するために用いるには、分子軌道法を用いてピーク位置を計算する過程における計算精度やコンフォメーションについて十分に考慮されていないために分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルの帰属同定に用いることは困難である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を帰属同定でき、しかも核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに適用できるような分子軌道法による分光スペクトルピーク位置計算システムを提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
前記の課題を解決するための本発明は以下のような構成を本旨とする。すなわち、
(1)分子構造を入力する入力手段と入力された構造を基に分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段と計算結果を出力する出力手段とを具備する分光スペクトルピーク位置計算装置において、前記分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段は、少なくとも分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップとその後に分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップとを実行することを特徴とする分光スペクトルピーク位置計算装置、
(2)前記分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、結合角および二面角を固定し、結合長のみを最適化するものである前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(3)分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合角および二面角を固定し、主鎖の結合長のみを最適化するものである前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算システム、
(4)分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合長及び側鎖を定義する結合長、結合角、二面角の全部または一部を最適化するものであることを特徴とする前記(1)記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(5)分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(6)分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法を用いてされることを特徴とする前記(1)から(5)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(7)核磁気共鳴化学シフトを求めるものである前記(1)から(6)のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置、
(8)分子構造の入力を実行するための手順と入力された分子構造の一部のみを構造最適化するための手順とその後に分子軌道法若しくは密度汎関数法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う手順と計算結果を出力する手順とを実行させるためのプログラム、
(9)請求項1記載の装置を用いて分子の分光スペクトルピーク位置を計算することを特徴とする分光スペクトルピーク位置の計算方法、である。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の特徴は、分子軌道法を用いて分光スペクトルピーク位置の計算が実行される前に構造最適化を行い、しかも構造最適化ステップが分子の構造の一部のみを構造最適化する部分構造最適化を行う(以下単に部分構造最適化とも言う)ことに特徴がある。これにより、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトルピーク位置を精度良く計算でき、実測によるスペクトル成分の帰属同定が容易となるという効果を有する。かかる部分構造最適化を実行する処理によって、特定の結晶相に固有なコンフォメーションを保存しつつ、分子構造をスペクトル計算に必要な精度にまで最適化することが可能となるためである。
【0011】
本発明は、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに広汎に適用できる。なぜなら、一定の構造データからこれらスペクトル計算を行うための分子軌道計算手順は、有償または無償の分子軌道計算プログラム・パッケージにて開示されているためである。
【0012】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0013】
初めに、本発明に用いる部分構造最適化について説明する。
【0014】
分子軌道法における分子座標の指定には、一般にZ−matrixと呼ばれる方法が好適に用いられる。この方法では、まず第1の原子の位置を座標の原点とする。次に第2の原子の位置は第1の原子に対する結合長で定義され、同時にこれら2つの原子のなすベクトルが分子座標系のz軸の方向として定義される。第3の原子の位置は第2の原子に対する距離および第3、第2、第1の原子とのなす結合角を用いて定義され、同時にこれら3つの原子のなす平面が分子座標系のzx面として定義される。第4の原子の位置は、第3の原子との距離、第4、第3、第2の原子とのなす角度、第4、第3、第2、第1の原子とがなす二面角という3つのパラメータによって定義される。ここで二面角とは、第4、第3、第2の原子のなす平面と第3、第2、第1の原子のなす平面との角度として定義されるパラメータである。第5の原子以降の原子の位置は、第4の原子と同様に結合長・結合角・二面角の3つのパラメータでもって定義される。
【0015】
この他、デカルト座標を用いて分子座標を指定する方法も考えられるが、分子のコンフォメーションを規定する際にはZ−matrixを用いるほうが容易であり、より好ましく用いられる。
【0016】
このような構造の入力手段については、従来公知の入力手段を採用しえ、通常コンピュータに入力するためのハードウェアおよびソフトウェアを用いうる。
【0017】
次に、本発明の計算装置は、入力された構造に基づいて分光スペクトルピーク位置計算を用いる演算手段を具備する。この演算手段に係るプログラムには、もちろん他のステップが含まれていても構わないことは言うまでもないが、大きく2つのステップを実行する。すなわち、分子構造の一部のみを構造最適化するステップと該ステップよりも後に分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行うステップであり、例えば、かかるステップを行う手順を実行するためのプログラムが記憶された演算手段として構成されている。
【0018】
構造最適化は、まず与えられた分子座標に対して分子軌道法により全エネルギーを計算し、求めたエネルギーをこれらの座標パラメータで微分することにより傾きベクトルを計算し、さらに、傾きベクトルの方向に座標パラメータを増減させ、次の分子軌道計算に用いる新たな分子座標を定義する。このサイクルを、傾きベクトルが十分小さな値に収束するまで繰り返すことにより、座標パラメータは最適な値に収束させることで最適構造が求められる。
【0019】
通常の構造最適化では、全ての座標パラメータを最適化の対象とするが、本発明においては、座標パラメータの一部のみを最適化の対象とするものである。この手順を部分構造最適化と言う。かかる手法を用いることにより、コンフォメーションを固定して結合長のみを最適化する、あるいは反対に結合長を固定してコンフォメーションのみを最適化する、さらにはポリマー構造における主鎖を固定して側鎖のみ構造最適化するといった処理が可能である。
【0020】
構造最適化に用いる理論計算手法は、分子力学法、半経験的分子軌道法、非経験的分子軌道法、密度汎関数法などが考えられるが、精度の高い分子構造を得られる非経験的分子軌道法あるいは密度汎関数法を用いるのが望ましい。これらの手法を用いて構造最適化を行う公知のプログラムにおいて、最適化を行う際に一部の座標パラメータを固定する、すなわち計算の対象としない、手順を実行することで部分構造最適化を行うことが可能である。
【0021】
部分構造最適化の演算ステップにおいては、結合角および二面角を固定し、結合長のみを最適化する方法が好ましく用いられる。その理由は、既に述べたように、X線回折によって決定した結晶構造では重原子と水素原子との間の結合距離が短く見積もられている場合がほとんどであるため、結合長を最適化することにより、原子座標の精度を向上させることが可能になるからである。また、結合角および二面角を固定することにより、X線回折から得られたコンフォメーション情報を保存することが可能となるからである。
【0022】
分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子である場合、主鎖のコンフォメーションの影響について情報を得るのが重要であることから、主鎖について結合角、二面角を固定し結合長のみを最適化する方法が好ましく用いられる。さらに加えて側鎖の位置を最適化することにより、分光スペクトルピーク位置の計算精度を向上させ、側鎖の位置の影響について情報を得ることが可能である。
【0023】
次に、本発明の分光スペクトルピーク位置計算について説明する。分子軌道法による理論計算からは、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトル、赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルなど広い分野の分光スペクトルに関する情報を得ることができるが、これらは概ね次のような原理に基づいている。
【0024】
分子軌道法によると、外部電磁場が分子の波動関数に与える摂動を考慮して分子の外場応答量を計算することができる。ここから、核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置を計算できる他、赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルのピーク強度などを計算できる。
【0025】
また、分子軌道法によると、分子の励起状態の波動関数を計算して遷移エネルギーや遷移モーメントを計算することができる。ここから、可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルなどのピーク位置やピーク強度などを計算できる。
【0026】
また、構造最適化の手法を応用し、全エネルギーの座標パラメータによる2階微分の行列を求めることができる。この行列を用いると基準振動解析と呼ばれる解析が可能になり、ここから赤外分光スペクトル、ラマン分光スペクトルなどのピーク位置を計算できる。
【0027】
本発明の分光スペクトルピーク位置計算システムの効果を十分に発揮させるためには、分光スペクトルピーク位置計算の手法として、精度の高い非経験的分子軌道法あるいは密度汎関数法を用いるのが好ましい。また、本発明の分光スペクトルピーク位置計算システムは、これらの分光スペクトルのうち、特に分子のコンフォメーションの情報を鋭敏に反映する核磁気共鳴分光スペクトルに対して好ましく用いることができる。
【0028】
以上に述べた部分構造最適化や分光スペクトルピーク位置・ピーク強度計算は、有償あるいは無償で入手可能な分子軌道計算プログラム・パッケージに組み込まれた機能を利用することで実行可能である。プログラム・パッケージとしては、Gaussian社製のGaussian98、アイオワ州立大学製のGAMESSなどを用いることができる。
【0029】
分子結晶や高分子結晶の分光スペクトルピーク位置を計算する場合、初期構造の入力方法として次のようなものが考えられる。
【0030】
第一に、X線回折や中性子線回折などによる結晶構造の測定結果が存在する場合、その構造から適当な一部を抜き出し、部分構造最適化のための初期構造とするのが良い。
【0031】
第二に、実験による結晶構造が利用できず構造式しか存在しない場合、まず通常の構造最適化を行ってエネルギー的に最も安定な構造を求めた後、二面角を変化させて可能なコンフォメーションをいくつか発生させるという方法を取ることにより、コンフォメーション変化と分光スペクトルとの関係について考察することが可能となる。
【0032】
出力手段は、従来公知の手段が採用しえ、特に限定されるものではない。
【0033】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例により限定されるものではない。
【0034】
まず、結晶多形を示す分子“バルビタール”について、ある結晶相の炭素13核核磁気共鳴分光スペクトルを測定し、ピーク位置の標準データとした。固体核磁気共鳴スペクトルの測定には、測定装置としてChemagnetics社製のCMX−300を用い、測定手法としてCPMAS法を用いた。
【0035】
実施例1
次の手順で“バルビタール”結晶の核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置を計算した。
(1)X線回折により得られた上記“バルビタール”の結晶構造座標データをAccelrys社製の分子設計システムCerius2に入力し、結晶構造の可視化を行った。この構造から1つの分子を抜き出し、構造最適化のための分子モデルを作成した。
(2)上記の分子モデルについて、以下に述べる方法で部分構造最適化を行った。プログラム・パッケージとしてGaussian社製のGaussian98を用いた。波動関数のキーワードにはB3LYP/6−31G(d)を用い、構造最適化計算のキーワードにはOPT=Z−matrixを用いた。SCFの収束条件や構造最適化計算の力の収束条件など、計算時に必要となるしきい値等のパラメーターは、ソフトウエアの標準値を用いた。分子座標の定義にはZ−matrixを使用し、可変パラメータとして結合長を、固定パラメータとして結合角および二面角を指定した。Z−matrixの定義には、Cerius2のGaussian I/Fモジュールを用いた。
(3)部分構造最適化が終了した分子モデルについて、以下に述べる方法で核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。プログラム・パッケージとしてGaussian98を用いた。波動関数のキーワードにはHF/6−31+G(d,p)を用い、核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算のキーワードにはNMRを用いた。SCFの収束条件など計算時に必要なパラメーターは、ソフトウエアの標準値を用いた。
【0036】
以上のようにして計算したピーク位置と実測との比較を表1に示す。表1におけるC1, C2等の記号は、図1の構造式における記号と対応している。表1に示すように、実施例における平均誤差は−3.0ppm、最大誤差は−6.6ppm、誤差二乗平均は13.9であった。また、実測で観測されるC1とC3、C5とC7、C6とC8のピークの分離は計算でも再現されていた。図2に、実測のスペクトルに分子軌道法で計算したピーク位置を縦棒で重ね書きしたものを示す。図2において実測ピークの帰属を示すC1, C2, ...等の記号は、図1の構造式における記号と対応している。実測ピークと計算ピークを結ぶ細い実線は、両者の対応関係を表す。
【0037】
比較例1
構造最適化を実行せず、その他は実施例1と同様にして核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。結果を表1および図3に示す。
【0038】
計算されたピーク位置と実測値とを比較したところ、平均誤差は−14.6ppm、最大誤差は−26.7ppm、誤差二乗平均は307.7であり、実測値との乖離が極めて大きい。特にアルキル鎖の炭素核(C5、C6、C7、C8)で誤差が大きい。すなわち、実用的な精度を有しているとは言えないものであった。
【0039】
比較例2
プログラム・パッケージとしてGaussian98を、構造最適化計算のキーワードにFOPTを用いて、全ての座標パラメータの最適化を行った。その他は実施例1と同様にして核磁気共鳴分光スペクトルのピーク位置計算を行った。結果を表1および図4に示す。
【0040】
計算したピーク位置と実測値とを比較したところ、平均誤差は−2.3ppm、最大誤差は−6.7ppm、誤差二乗平均は12.4であり、乖離幅の点では比較例1よりも良好ではあるが、実測で観測されるC1とC3、C5とC7、C6とC8のピークの分離を認めることはできず、構造情報として不十分なものとしてしか得られなかった。
【0041】
【表1】
【0042】
【発明の効果】
本発明は、次のような効果を有する。
【0043】
第一に、分子結晶や高分子結晶について特定の結晶相に固有なコンフォメーションに起因するスペクトル成分を精度良く且つピーク情報が豊富である結果として得ることが可能である。
【0044】
第二に、計算の対象となる分光スペクトルとして、核磁気共鳴分光スペクトルや可視分光スペクトル、紫外分光スペクトル、真空紫外分光スペクトルに限らず赤外分光スペクトルやラマン分光スペクトルなど広い分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例の項で、ピーク位置の帰属を説明する“バルビタール”の構造式である。
【図2】実施例1における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
【図3】比較例1における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
【図4】比較例2における実測スペクトルと計算ピーク位置との対応を示すスペクトルチャートである。
Claims (9)
- 分子構造を入力する入力手段と入力された構造を基に分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段と計算結果を出力する出力手段とを具備する分光スペクトルピーク位置計算装置において、前記分光スペクトルピーク位置計算を行う演算手段は、少なくとも分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップとその後に分子軌道法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップとを実行することを特徴とする分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 前記分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、結合角および二面角を固定し、結合長のみを最適化するものである請求項1記載の分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合角および二面角を固定し、主鎖の結合長のみを最適化するものである請求項1記載の分光スペクトルピーク位置計算システム。
- 分光スペクトルピーク位置を計算する対象が高分子であって、該高分子若しくはその部分構造が入力手段によって入力され、これについての分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップは、主鎖の結合長及び側鎖を定義する結合長、結合角、二面角の全部または一部を最適化するものであることを特徴とする請求項1記載の分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 分子構造の一部のみを構造最適化する演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 分光スペクトルピーク位置計算を行う演算ステップに用いる計算手法が非経験的分子軌道法または密度汎関数法を用いてされることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 核磁気共鳴化学シフトを求めるものである請求項1から6のいずれかに記載の分光スペクトルピーク位置計算装置。
- 分子構造の入力を実行するための手順と入力された分子構造の一部のみを構造最適化するための手順とその後に分子軌道法若しくは密度汎関数法によって分光スペクトルピーク位置計算を行う手順と計算結果を出力する手順とを実行させるためのプログラム。
- 請求項1記載の装置を用いて分子の分光スペクトルピーク位置を計算することを特徴とする分光スペクトルピーク位置の計算方法。
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JP2002166713A JP2004012317A (ja) | 2002-06-07 | 2002-06-07 | 分光スペクトルピーク位置計算装置、計算プログラム及び計算方法 |
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JP2005345131A (ja) * | 2004-05-31 | 2005-12-15 | National Institute Of Advanced Industrial & Technology | カイラル液晶分子の物性特性の評価解析装置 |
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2002
- 2002-06-07 JP JP2002166713A patent/JP2004012317A/ja active Pending
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