JP7284946B2 - ニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法及びニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法 - Google Patents

ニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法及びニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法 Download PDF

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本発明は、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光を増強させる方法、そして、増強させた蛍光を検出する方法、さらに、これらの方法を具現化させるためのニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置に関するものである。
ニトロ多環芳香族化合物は、有機化合物の燃焼過程で生成される多環芳香族化合物が、Noxによってニトロ化されることによって生成され、強力な変異原性を有することから、人への影響が注目されている化合物である。このニトロ多環芳香族化合物は、酸化代謝活性化を必要としない直接変異原性物質であり、ニトロ基がヒドロキシルアミノ体に還元代謝活性化後、DNAと付加体を形成することにより変異原性を発現する。
ニトロ多環芳香族化合物の一種であるジニトロピレン類などは、ディーゼルエンジン排気ガス中における主要な変異原性物質として知られ、これらの変異原性物質は、ラット、マウスに発ガン性を有するものである。また、1997年、国立公衆衛生院(後の、国立保健医療科学院)の久松氏らにより、他のニトロ多環芳香族化合物よりも強力な変異原性を有する、3-ニトロベンズアントロンが、ディーゼルエンジンの排気ガス中に存在することが明らかとなり、新しい大気汚染物質として注目された。
以来、3-ニトロベンズアントロンを含むニトロ多環芳香族化合物は、強い変異原性を有する主要な大気汚染物質として、医学、薬学、環境化学など広い分野で、大気環境中での生成機構や、変異原性の発現機構に関する研究が行われてきた。
ところで、多くのニトロ多環芳香族化合物は、高感度分析が難しいとされているため、その解決策として、例えば、特許文献1に、ディーゼル粒子中からニトロ多環芳香族炭化水素を溶媒抽出する工程で、抽出物をメタノールで溶解し、HPLCで分離・抽出する技術が開示されている。HPLCは、シリカゲル/C8カラムによって異性体を分離する分離カラムと、分離されたニトロ多環芳香族炭化水素をアルミナ/Pt―Rh還元カラムによってアミノ化する還元カラムと、検出物質中の妨害成分を分離するODSカラムを備え、その後に蛍光検出器によってニトロ多環芳香族炭化水素を分析するというものである。
また、特許文献2には、ディーゼル粒子中の多環芳香族炭化水素の分析前処理として、ソックスレ抽出器を用いてディーゼル粒子を溶媒により抽出した後、不活性ガスを吹き込みながら容器を湯浴中に保持して濃縮することで多環芳香族炭化水素の回収率を向上させるといった、効率化を図る技術が開示されている。さらに、特許文献3にも、ディーゼル粒子中からジクロロメタンを用いて有機可溶性成分を抽出する際に、ディーゼル粒子中の多環芳香族炭化水素の分析前処理として、55℃以下で濃縮する過程で濃縮物を得て、この濃縮物に対し、超音波振動を与えながらアセトニトリルに溶解させることにより、極微量成分である多環芳香族炭化水素の回収率を大幅に向上させる技術が開示されている。
またさらに、蛍光性を示さない、例えば、ニトロピレンやニトロソピレンの検出については、これらニトロピレンやニトロソピレンに対して、ポストカラムにビス(2,4,6-トリクロロフェニル)シュウ酸と過酸化水素を用いることで、電気化学的に蛍光性のアミノピレンに還元し、化学発光検出を行うという手法が開発されている(非特許文献1)。
ところで、上記の3-ニトロベンズアントロンは、強力な変異原性を有するものの、大気環境中での存在量は微量で、しかも、蛍光性ではないため、他の多くのニトロ多環芳香族化合物と同様に高感度分析は困難とされている。また、負イオン化法と、GCMS法を組み合わせた手法は、検出感度が高いが、試料導入部で熱分解が起こることがあり、環境中濃度の低いニトロ多環芳香族化合物の分析は困難である。その他、LC/MS法や、LC/MS/MS法も比較的感度が高いが、分析装置が高価であり、簡便な分析手法とは言い難い。
そこで、ニトロ多環芳香族化合物中のニトロ基をアミノ基に還元したアミノ化多環芳香族化合物の蛍光性を利用し、LCの蛍光検出法により間接的にニトロ多環芳香族化合物を分析する手法が開発された(非特許文献2)。また、還元カラムを用いて3-ニトロベンズアントロンを3-アミノベンズアントロンに還元したあと、化学発光検出HPLCで分析するという技術もある(非特許文献3)。
さらには、ニトロ多環芳香族化合物の高感度分析のために、ガスクロマトグラフィー/負イオン化学イオン化タンデム質量分析計を用いてニトロアレーン類と3-ニトロベンズアントロンの高感度定量法が開発されている(非特許文献4)。この手法は、化学発光検出HPLC法や蛍光検出HPLC法と比べて1けた程度低い検出下限値を実現している。
また、非特許文献5には、脱気した有機溶媒中での光照射によって、ナフトアントロンの蛍光が増強したことが記述されている。エタノールやベンゼンのような水素原子を有する溶媒のみ増強を示しており、スペクトルの変化からカルボニル基と溶媒分子との反応であると推察される。
同様に、非特許文献6には、脱気した有機溶媒中でのナフトアントロンの蛍光増強のメカニズムを調査した記述があり、溶液の濃度、光強度、重水素化した溶媒を用いた実験により、振動構造の明瞭化とブルーシフトを示し、溶媒効果による振動モデルが考察されている。
さらに、非特許文献7には、ナフトアントロンに加えて、ベンゾアントロン、3-ニトロベンゾアントロン、2-ニトロナフトアントロンの脱気中光照射による蛍光増強反応を調査した記述がある。これは、三重項状態を経由し、溶媒分子との錯形成による反応が生じたものと考えられる。
そして、非特許文献8には、ナフトアントロンの脱気中光照射による蛍光増強で生成する化合物を、メタノール、エタノール、アセトニトリルでのLC/TOFMSで測定した記述があり、化合物は、溶媒分子との反応によるものであると推定される。
特開2005-37287号公報 特開2000-249634号公報 特開2000-249633号公報
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しかしながら、特許文献1の技術は、ニトロ多環芳香族炭化水素を還元カラムによってアミノ誘導体へ還元し、そのアミノ誘導体を検出しているものであるが、還元カラムによって還元する処理を経るため、還元反応の効率が低いものや還元生成物の寿命が短いケースには適用できないという問題がある。また、ニトロ多環芳香族炭化水素を対象としているが、ニトロ多環芳香族ケトン類への適用は不明である。さらに、ニトロ多環芳香族炭化水素を間接的に検出するほか、還元用のカラムを用意する必要があるため、簡便ではない。
そして、特許文献2の技術は、ソックスレ抽出器を用いて多環芳香族炭化水素の回収率を、実験操作を工夫することで向上させる手法であって、ニトロ多環芳香族化合物への適用は不明である。そして、特許文献3の技術も、ディーゼル粒子中の極微量成分である多環芳香族炭化水素の回収率を、実験操作を工夫することで向上させる手法であって、ニトロ多環芳香族化合物への適用は不明である。
次に、非特許文献1の手法は、無蛍光性のニトロピレンやニトロソピレンを蛍光性のアミノピレンに還元する必要があるため、ビス(2,4,6-トリクロロフェニル)シュウ酸と過酸化水素を用いたポストカラムと化学発光検出器を用意する必要があり、簡便ではない。
そして、非特許文献2において記述されている蛍光検出法は、紫外線や可視光などの励起光により励起状態となった化合物が基底状態に戻る際に発する蛍光を利用し、その蛍光波長や強度、寿命の長さ等の性質を利用して物質を高感度に分析する方法で、分子内に芳香環を有する化合物に対して感度が高く、蛍光検出器も比較的安価だが、ニトロ基など消光基を有する化合物に対しては感度が大幅に低下してしまう。また、上記手法では、前処理として行う還元反応の効率が悪いケースや、アミノ誘導体の寿命が短いケースがあり、適用できるケースが限られていることが欠点とされている。また、3-ニトロベンズアントロンの検出を目的としているが、分析前処理や危険な試薬(塩化スズ)を用意する必要があり、簡便ではない。
続いて、非特許文献3の手法は、3-ニトロベンズアントロンの検出を目的としているが、還元カラムを用意する必要があり、簡便ではない。また、非特許文献4の手法では、3-ニトロベンズアントロンを直接検出しているが、ガスクロマトグラフ法であるためサンプル分解の可能性がある。蛍光検出HPLCに比べると、ガスクロマトグラフィー/負イオン化学イオン化タンデム質量分析計は高価である。
さらに、非特許文献4は、脱気した有機溶媒中での光照射によるナフトアントロンの蛍光増強に関する報告で、3-ニトロベンゾアントロンには言及していない。また、水素原子を有する溶媒でのみ増強を示したことから、カルボニル基と溶媒分子との反応を考察しているものである。
次に、非特許文献5では、脱気した有機溶媒中でのナフトアントロンの蛍光増強のメカニズムを考察されているもので、やはり、3-ニトロベンズアントロンには言及していない。また、振動構造の明瞭化とブルーシフトおよび計算化学を利用して、溶媒分子とのモデル反応生成物を考察しているものである。
そして、非特許文献6では、ナフトアントロン、ベンゾアントロン、3-ニトロベンゾアントロン、2-ニトロナフトアントロンのエタノール溶液に対する脱気中光照射での蛍光増強反応を報告し、それぞれの蛍光増強を示す反応生成物を考察している。3-ニトロベンズアントロンの脱気条件での蛍光増強は蛍光スペクトルを示しているが、非脱気条件での実験は実施していない。
またさらに、非特許文献7では、ナフトアントロンの脱気中光照射による蛍光増強で生成する化合物をLC/TOFMSで観測している。ナフトアントロンのみ溶媒を変える実験による生成物の違いを議論しているが、他の化合物や脱気条件以外での実験は実施していない。
本発明が解決しようとしている課題は、上述の課題等に対応するためのもので、ニトロ多環芳香族化合物の分析にあたり、還元カラムを用いず、ニトロ多環芳香族化合物を複雑な前処理を経由せずに直接検出することができ、また、還元反応を経由しないため、ビス(2,4,6-トリクロロフェニル)シュウ酸と過酸化水素を用いたポストカラムも化学発光検出器も必要とせずにニトロ多環芳香族ケトンを直接検出することができ、さらに、比較的安価で汎用的な蛍光検出HPLCを用いて、ニトロ多環芳香族化合物を直接検出することができ、またさらに、脱気処理を必要とせずとも蛍光増強することが可能な、ニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法及びニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法を提供することにある。
上述の課題を解決するために、本発明は、以下の技術的手段を講じている。
即ち、請求項1記載の発明は、ニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液に対して、非脱気状態において光を照射し、蛍光強度を増強させる光照射器と、当該光照射器から照射される光により蛍光強度が増強された前記ニトロ多環芳香族化合物が溶解された溶液に対し、分離用カラムで分離後、内部に備える光源から照射した光により生じた蛍光を検出する蛍光検出器を備えたニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置である。
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載のニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置であって、前記光照射器は、分析の対象となる前記ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長よりも長い波長の光を照射光とすることを特徴としている。
そして、請求項3記載の発明は、ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液に対し、当該ニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるための光を非脱気状態において光照射器から照射し、続いて、当該光照射器から照射された光により蛍光強度が増強された前記ニトロ多環芳香族化合物に対し、分離カラムで分離後、内部に備える光源から照射した光により生じた蛍光を蛍光検出器により検出させるニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法である。
また、請求項4記載の発明は、請求項3記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法であって、前記光照射器から照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除いたものであることを特徴としている。
そして、請求項5記載の発明は、請求項3又は4記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法であって、前記ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液を調製するために用いる有機溶媒は、少なくとも、下記(a)~(c)に挙げる何れか1つの有機溶媒であり、濃度が、少なくとも、1×10-8~1×10-5mol/Lの範囲の低濃度でも前記蛍光検出器により検出可能であることを特徴としている。
(a)メタノール
(b)エタノール
(c)プロパノール
さらに、請求項6記載の発明は、ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液に対し、非脱気状態において光照射器から光を照射することにより、前記ニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法である。
またさらに、請求項7記載の発明は、請求項6記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法であって、前記ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液を調製するために用いる有機溶媒は、少なくとも、下記(d)~(f)に挙げる何れか1つの有機溶媒であり、濃度が、少なくとも、1×10-8~1×10-5mol/Lの範囲の低濃度でも蛍光検出器により検出可能であることを特徴としている。
)メタノール
)エタノール
)プロパノール
続いて、請求項8記載の発明は、請求項6又は7記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法であって、前記光照射器から照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除いたものであることを特徴としている。
本発明によれば、土壌や大気環境中における低濃度の1-ニトロピレンや、3-ニトロベンゾアントロン等のニトロ多環芳香族化合物を直接検出することが可能となる。あらかじめ、ニトロ多環芳香族化合物に応じた特定の光を照射するという簡単な操作のみで、1週間(168時間)以上の蛍光増強を維持できるため、LC分離後の低濃度のニトロ多環芳香族化合物を容易に蛍光検出することが可能となる。
また、本発明によれば、多環芳香族化合物とは異なり、ニトロ多環芳香族化合物について、脱気処理を省いても蛍光増強できることから、故意に脱気処理を省くことによって、複数の多環芳香族化合物が混入した試料からニトロ多環芳香族化合物のみを選択的に検出できる可能性がある。さらに、従来技術と比較して、還元反応を経由しないため、実験操作や還元反応によるロスや還元生成物の寿命の影響を受けず、安定的な分析結果が得られる。そして、高価な質量分析計ではなく、比較的安価な汎用の蛍光検出法を利用することができるというメリットがある。
本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置の実施形態を示した簡略構成図の一例である。 本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法及びニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法の実施形態を示したイメージ図である。 本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置を用いて、蛍光スペクトルの面積を計測することで検量線を作成した結果の一例を示したグラフである。 紫外可視光光度計と蛍光分光光度計によって測定した吸収スペクトルと蛍光スペクトルを示したグラフである。 芳香族ケトン類の脱気下における蛍光増強の原理を示したイメージ図である。 ニトロ化芳香族ケトン類の脱気下における蛍光増強の原理を示したイメージ図である。 従来法(1)によるニトロ多環芳香族化合物を蛍光検出するための蛍光増強の原理を示したイメージ図である。 従来法(2)による多環芳香族ケトン類及びニトロ多環芳香族ケトン類を蛍光検出する手法を示したイメージ図である。
続いて、本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法及びニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法の実施形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置の実施形態を示した簡略構成図である。符号については、10が液体クロマトグラフ装置、12が光照射器、14が蛍光検出器、16が有機溶媒供給装置、18が水供給装置、20がオートサンプラー、22が分離用カラム、24が光源、26がデータ処理装置を示している。
まず、本実施形態におけるニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置10の実施形態は、図1に示すように、アルコール溶液に溶解されたニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるための光を照射する光照射器12と、光照射器12から照射される光により蛍光強度が増強されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液に対し、分離用カラム22で分離後、内部に備えた光源24から照射する光により生じた蛍光を検出する(ニトロ多環芳香族化合物を検出する)蛍光検出器14を備えているものである。
さらに、本実施形態においては、ニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置10は、有機溶媒を供給する有機溶媒供給装置16と、水を供給する水供給装置18とを備え、さらに、光照射器12から照射される光により蛍光強度が増強されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液と、有機溶媒供給装置16及び水供給装置18からの混合液が、それぞれ移送されるオートサンプラー20と、上記にあるように、光照射器12により蛍光強度が増強されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液を分離処理する分離用カラム22を備えている。なお、蛍光検出器14による検出後の廃液は、廃液貯留槽28に送られる。
以下、本実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。まず、本実施形態では、分析対象である処理後のニトロ多環芳香族化合物(試料)が溶解されたアルコール溶液が、光照射器12に送り出され、ここで、光照射器12が、ニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液に対し、ニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるための光を照射する。
続いて、蛍光強度が増強されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液は、オートサンプラー20へ移送され、さらに、有機溶媒供給装置16から供給される有機溶媒と、水供給装置18から供給される水とが、混合されてなる混合液が、同様に、オートサンプラー20へと移送される。
その後、蛍光強度が増強されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液は、オートサンプラー20から、所定の温度に保温された分離用カラム22へと移送され、分離処理が行われる。なお、分離用カラム22には、例えば、シリカゲル/C-18カラムなど、分離処理に好適なものをその都度選択して用いれば良い。そして、用いる移動相には、例えば、エタノールと水(エタノール50:水50)を使用する。また、この場合、実際に化合物が溶出する時間では、エタノール濃度は、90%未満(60~80%程度)となる。なお、分離用カラムの種類や溶媒、移動相については、本発明を限定するものではない。
次に、分離用カラム22により分離されたニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液のうち分析対象(検出対象)が、蛍光検出器14へと送られる。続いて、蛍光検出器14内に備えられている光源24が、ニトロ多環芳香族化合物が溶解しているアルコール溶液に対し、光を照射し、蛍光を生じさせ、それを蛍光検出器14が検出していく。さらに、データ処理装置26が、得られた検出データに基づいて、データ分析を行っていく。
なお、本実施形態において、光照射器12は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除くように構成されていることが望ましい。また、ニトロ多環芳香族化合物は、濃度が、1.0×10-5mol/Lとなるようにアルコール溶液に溶かされており、その状態で、弱蛍光性を有するものであることが好ましい。
ここで、従来法による多環芳香族化合物の分析における多環芳香族化合物の蛍光増強は、例えば、図7に示すように、還元カラムによる還元反応、電気化学的還元反応、或いは、化学的還元反応により蛍光増強を行うものがある。しかし、こういった方法は、還元効率の悪さや、前処理の煩雑さ、そして、還元生成物の寿命の影響等を受けてしまう。
さらに、例えば、図8に示すように、脱気と光照射の組み合わせにより蛍光増強を行うものもあるが、脱気装置が必要となり、装置自体が高額なものとなり、また、脱気を行うことにより、複数の多環芳香族化合物が混入した試料からニトロ多環芳香族化合物のみを選択的に検出することが難しい。なお、図中のグラフは、X軸が波長、Y軸が蛍光強度を示している。
そこで、本発明に係る実施形態では、図2に示すように、還元反応や、脱気処理を無くし、光照射のみで蛍光増強を行う蛍光検出方法及び蛍光増強方法を採用している。なお、本実施形態における蛍光増強実験によれば、5分~30分の光照射によって、ニトロ多環芳香族化合物から生じる蛍光が、40倍~100倍に増強(強蛍光性へと変化)されることが分かった(図2参照)。
従って、本発明によれば、土壌や大気環境中における低濃度の3-ニトロベンゾアントロン等のニトロ多環芳香族化合物を直接検出することが可能で、あらかじめ、ニトロ多環芳香族化合物に応じた特定の光を照射するという簡単な操作のみで、蛍光増強を維持できるため、LC分離後の低濃度のニトロ多環芳香族化合物を容易に蛍光検出することが可能となる。
また、ニトロ多環芳香族化合物について、脱気処理を省いても蛍光増強できることから、故意に脱気処理を省くことによって、複数の多環芳香族化合物が混入した試料からニトロ多環芳香族化合物のみを選択的に検出できるため、より簡易な構成とした装置での分析が可能となる。さらに、従来技術と比較して、還元反応を経由しないため、実験操作や還元反応によるロスや還元生成物の寿命の影響を受けず、安定的な分析結果が得られる。そして、高価な質量分析計ではなく、比較的安価な汎用の蛍光検出法を利用することができるというメリットがある。
なお、本実験では、光照射に500Wキセノンランプを用い、L-39カラーフィルタによって、波長の調整を行った。また、ニトロ多環芳香族化合物(3-ニトロベンズアントロン)を溶かす溶液は、エタノール(0.5×10-5mol/L)を用い、濃度は、1.0×10-8~1.0×10-5mol/Lの範囲で確認した。なお、光照射には、キセノンランプに限らず、ハロゲンランプや、UV-LEDなどでもL-39カラーフィルタを透過する波長成分を持っているため、これらを用いても、同等の効果を得られる。また、これらの種類は、本発明を限定するものではない。
ここで、3-ニトロベンズアントロンのエタノール溶液(3つの濃度を用意)それぞれに対して、500Wキセノンランプと、L-39カラーフィルタ(カットフィルタ)による光照射(3-ニトロベンズアントロンの光吸収領域)をしてみたところ、図4に示す通り、560nm付近に極大をもつ蛍光スペクトルを発現した。つまり、濃度を変えても、蛍光増強効果を発現することが分かった。
なお、低濃度(1.0×10-5mol/L)であれば、おおよそ5分で約50倍、合計15分で約120倍の発光強度に達することが分かった。また、高濃度(0.5×10-4mol/L)であると、透過性が落ちるため、蛍光増強まで時間がかかる。そして、一度増強すると、1週間(168時間)以上経過しても、蛍光強度は、ほとんど変化しないことが分かった。
なお、本発明に係るニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置の実施形態により、1.0~10.0×10-6mol/Lまでの範囲における5つの濃度において、蛍光スペクトルの面積を計測することで検量線を作成した。その結果を図3に示す。この結果、R=0.9846の高い相関性が得られた。なお、図3の左側のグラフにおいて表された各値の線は、下から、1.0×10-6M、3.0×10-6M、5.0×10-6M、7.0×10-6M、そして、10×10-6Mを示している。
また、ニトロ多環芳香族化合物は、濃度が、特に1×10-5mol/Lの程度となるようアルコール溶液に溶かされた状態で弱蛍光性を有するものであることが好ましい。また、その有機溶媒は、少なくとも、(a)メタノール、(b)エタノール、(c)プロパノールの何れか1つを用いるもので、低濃度でも蛍光検出器14により検出可能なものが好ましい。
なお、分析対象のニトロ多環芳香族化合物は、1-ニトロベンズアントロン(1-ニトロ-7H-ベンズ[de]アントラセン-7-オン)、2-ニトロベンズアントロン(2-ニトロ-7H-ベンズ[de]アントラセン-7-オン)、3-ニトロベンズアントロン(3-ニトロ-7H-ベンズ[de]アントラセン-7-オン)、2-ニトロナフトアントロン(2-ニトロ-6H-ベンズ[cd]ピレン-6-オン)、1-ニトロピレンなどであると、分析精度がより高くなる。
ここで、蛍光増強の原理について図面を参照しながら説明する。まず、芳香族ケトン類について、図5に示す。芳香族ケトン類であるナフトアントロン(NA)や、ベンズアントロン(BA)は、本来蛍光が微弱なものである。そして、芳香族ケトン類は、励起一重項Sから励起三重項Tへの項間交差が起こりやすいが、Tはすぐに溶媒中の酸素によって失活してしまう。
従って、蛍光増強させるためには、脱気下において光照射することで、T状態にある芳香族ケトン類のカルボニル基と溶媒分子が会合体を形成し、その会合体が6~50倍ほどの強い蛍光を発することになる。つまり、酸素が無い環境下であるため、Tが失活しないからである。
次に、ニトロ化芳香族ケトン類について、図6に示す。ニトロ化芳香族ケトン類である2-ニトロナフトアントロン(2-NNA)や、3-ニトロベンズアントロン(3-NBA)は、ニトロ基が付加しても、項間交差の起こりやすさは変わらないため、2-NNAや3-NBAは蛍光が微弱である(溶媒中の酸素による失活)。
従って、ニトロ化芳香族ケトン類において、蛍光増強させるためには、脱気下において光照射することが必要と考えられていた。これは、溶媒分子が、ニトロ基と会合体を形成し、その会合体が約100倍の強い蛍光を発するようになるからである。
ところが、本発明者らは、ニトロ化芳香族化合物において、脱気せずに光照射しても、光照射なしに比べて、約100倍~120倍ほどの非常に強い蛍光を発する(蛍光増強する)ということを実験によって見出した。
本発明では、ニトロ多環芳香族化合物のエタノール溶液(濃度1.0×10-5mol/L)に対して、5分間可視光を光照射することによって蛍光強度を約50倍、15分間の紫外光照射で約120倍の蛍光強度へと増強させることに成功した。1.0×10-8mol/Lまで低濃度にしても光照射で増強可能であった。このとき、照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長よりも長い波長であることが望ましい。また、一度増強した蛍光は、1週間(168時間)以上変わらず強度を維持できることから、ニトロ多環芳香族化合物を分離分析する際に、あらかじめ光を照射しておけば高感度に蛍光検出できる方法となると言える。
大気中のニトロ多環芳香族化合物は極微量で、安価な装置を用いて高感度に分析することができないという課題があったが、本発明によって、極微量でも安価な蛍光検出器で高感度に検出できるようにニトロ多環芳香族化合物の蛍光を増強させることができ、増強後の蛍光を用いて高感度に分析できるようになった。また、新しい高価な分析装置を導入せずに、汎用の蛍光検出器を用いることができ、煩雑な前処理も必要としないため、環境分析法として実施の可能性がある。
環境中のニトロ多環芳香族化合物は微量でも強い変異原性を発現するため、低濃度でも常に環境中の存在量を確認しておくことが重要である。また、ニトロ多環芳香族化合物はディーゼルエンジンの排気ガス中にも排出されるため、大気汚染の進んだ国や発展途上国などで大気環境をモニタリングすることで、大気環境改善に取り組む必要がある。そのため、本発明のように、特別な前処理や高価な分析装置を必要としない分析法が、今後も望まれる。
10 液体クロマトグラフ装置
12 光照射器
14 蛍光検出器
16 有機溶媒供給装置
18 水供給装置
20 オートサンプラー
22 分離用カラム
24 光源
26 データ処理装置

Claims (8)

  1. ニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液に対して、非脱気状態において光を照射し、蛍光強度を増強させる光照射器と、当該光照射器から照射される光により蛍光強度が増強された前記ニトロ多環芳香族化合物が溶解されたアルコール溶液に対し、分離用カラムで分離後、内部に備える光源から照射した光により生じた蛍光を検出する蛍光検出器を備えたニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置。
  2. 前記光照射器から照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除いたものであることを特徴とする請求項1記載のニトロ多環芳香族化合物の分析に用いる液体クロマトグラフ装置。
  3. ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液に対し、当該ニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるための光を非脱気状態において光照射器から照射し、続いて、当該光照射器から照射された光により蛍光強度が増強された前記ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液に対し、分離カラムで分離後、内部に備える光源から照射した光により生じた蛍光を蛍光検出器により検出させるニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法。
  4. 前記光照射器から照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除いたものであることを特徴とする請求項3記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法。
  5. 前記ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液を調製するために用いる有機溶媒は、少なくとも、下記(a)~(c)に挙げる何れか1つの有機溶媒であり、濃度が、少なくとも、1×10-8~1×10-5mol/Lの範囲の低濃度でも前記蛍光検出器により検出可能であることを特徴とする請求項3又は4記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光検出方法。
    (a)メタノール
    (b)エタノール
    (c)プロパノール
  6. ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液に対し、非脱気状態において光照射器から光を照射することにより、前記ニトロ多環芳香族化合物の蛍光強度を増強させるニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法。
  7. 前記ニトロ多環芳香族化合物が溶かされたアルコール溶液を調製するために用いる有機溶媒は、少なくとも、下記(d)~(f)に挙げる何れか1つの有機溶媒であり、濃度が、少なくとも、1×10-8~1×10-5mol/Lの範囲の低濃度でも蛍光検出器により検出可能であることを特徴とする請求項6記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法。
    )メタノール
    )エタノール
    )プロパノール
  8. 前記光照射器から照射する光は、ニトロ多環芳香族化合物の吸収極大波長より短い波長の光をカットフィルタで除いたものであることを特徴とする請求項6又は7記載のニトロ多環芳香族化合物の蛍光増強方法。
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