従来、炭素繊維は、PAN前駆体を、安定化及び炭化の2つの主要なステップに大きく分けることができる一連の熱処理に供することにより製造される。安定化と呼ばれる第1の主要なステップは、続く炭化ステップに耐えることができるようにPAN前駆体を調製するために、PAN前駆体を空気中で200℃~300℃の温度で加熱することを含む。炭化中、安定化された前駆体は化学的転位を生じ、非炭素原子の放出及び極めて規則的な炭素ベース構造の形成をもたらす。炭化ステップは、多くの場合、不活性雰囲気を含む炉内で、400℃~1600℃の範囲の温度で行われる。
安定化プロセスは、多くの場合、一連のオーブン内で行われ、完了するまで何時間もかかる場合がある。その結果、前駆体安定化は、時間及びエネルギーの観点から高コストとなり得るため、炭素繊維製造プロセスの高費用部分となり得る。さらに、安定化反応の発熱性、並びに前駆体安定化に使用される熱及び酸素の組み合わせは、火災の危険性を有し、したがって深刻な安全上の懸念をもたらし得る。
従来の前駆体安定化方法の1つ又は複数の欠点を克服又は改良する、安定化されたPAN前駆体を調製するための方法を提供することが望ましい。また、炭素繊維をより効率的に製造することを可能にする方法を提供することが望ましい。
本明細書における、任意の以前の出版物(若しくはそれから得られた情報)又は知られている任意の事項への言及は、以前の出版物(若しくはそれから得られた情報)又は知られている事項が、本明細書が関連する努力傾注分野における共通した一般的知識の一部を形成することの承認又は容認又は任意の示唆形態として解釈されず、また解釈されるべきではない。
本明細書及び以下の特許請求の範囲全体にわたり、文脈により異なる意味が必要とされない限り、「備える(comprise)」という用語、及び「備える(comprises)」及び「備える(comprising)」等の変化形は、述べられた整数若しくはステップ、又は整数若しくはステップの群を含むことを暗示するが、任意の他の整数若しくはステップ、又は整数若しくはステップの群の除外を暗示しないことが理解される。
特定の実施形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度、及び前駆体が加熱される際に前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、5分未満、4分未満、3分未満、又は2分未満からなる群から選択される期間での前駆体における少なくとも10%の環化ニトリル基の形成を促すように選択される。したがって、前駆体は、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を生成するために、実質的に酸素を含まない雰囲気中で数分の期間加熱されるだけでよい。
前駆体安定化プロセスの間、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、選択された期間内で、前駆体内で少なくとも10%の環化ニトリル基の形成を誘発するのに十分な温度で加熱される。
いくつかの実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体の分解温度に近接する温度で加熱される。1つの優先的態様において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体の分解温度を30℃超下回らない温度で加熱される。
特定の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約250℃~400℃の範囲内の温度、好ましくは約280℃~320℃の範囲内の温度で加熱される。
前駆体に印加される張力の量は、ニトリル基環化の程度に影響し得る。張力は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱する温度及び期間の選択されたパラメーターで、事前安定化された前駆体に所望量の環化ニトリル基が形成されるのを可能にするように選択され得る。
1つ又は複数の実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも15%の環化ニトリル基、好ましくは少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。
特定の実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、20%~30%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。
ポリアクリロニトリルを含む前駆体は、最大量のニトリル基環化を達成する可能性を有することが判明している。温度、時間及び張力の事前安定化プロセスパラメーターは、前駆体における最大限のニトリル基環化を促すように選択され得る。代替として、温度、時間及び張力の事前安定化プロセスパラメーターは、潜在的に達成可能な最大量から許容量だけ変動する程度の前駆体におけるニトリル基環化を促すように選択され得る。
別の実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、前駆体において達成可能な最大量のニトリル基環化の形成を促すように選択される。最大量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体は、改善された効率での安定化された前駆体の形成を促進し得る。
1つ又は複数の実施形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される際に約50cN~約50,000cNの範囲内の張力の量が前駆体に印加され得る。
本明細書に記載の前駆体安定化方法において使用される実質的に酸素を含まない雰囲気は、好適なガスを含んでもよい。一実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気は、窒素を含む。
本発明の方法に従って形成される事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気に曝露されて、安定化された前駆体を形成する。望ましくは、安定化された前駆体は、炭化されて炭素繊維等の炭素ベース材料を形成し得る。
当技術分野において知られている従来の前駆体安定化方法と比較して、事前安定化された前駆体は、安定化された前駆体を形成するために、比較的短期間酸素含有雰囲気に曝露されるだけでよくなり得る。一実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気に約30分以内の期間曝露される。
事前安定化された前駆体は、好ましくは、酸素含有雰囲気中にある時に加熱される。事前安定化された前駆体の加熱は、安定化された前駆体の迅速な形成を促進し得る。いくつかの特定の実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中で、約200℃~300℃の範囲内の温度で加熱される。
安定化された前駆体を形成するための温度は、事前安定化された前駆体を形成するために使用された温度よりも低くなり得るため、本明細書に記載の前駆体安定化方法のいくつかの実施形態は、事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露する前に、事前安定化された前駆体を冷却するステップをさらに含んでもよい。
いくつかの実施形態において、本発明の方法は、安定化された前駆体が約60分以内、約45分以内、約30分以内、及び約25分以内から選択される期間で形成されることを可能にし得る。
本明細書に記載の方法の1つ又は複数の実施形態は、事前安定化された前駆体を形成する前に、前駆体に対する張力パラメーターを決定するステップをさらに含んでもよく、前駆体に対する張力パラメーターを決定するステップは、
(a)実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱する温度及び期間を選択することと;
(b)ある範囲の異なる実質的に一定の量の張力を前駆体に印加しながら、選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱することと;
(c)フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により、前駆体に印加されたそれぞれの実質的に一定の量の張力に対して前駆体に形成された環化ニトリル基の量を決定することと;
(d)張力に対するニトリル基環化の程度(%EOR)の傾向を計算することと;
(e)計算された傾向から、前駆体における少なくとも10%のニトリル基環化及び最大ニトリル基環化を提供する張力の量を特定することと;
(f)少なくとも10%のニトリル基環化を生じさせて前駆体を事前安定化する張力の量を選択することと
を含む。
張力パラメーターを決定するステップのいくつかの実施形態において、最大ニトリル環化を生じる張力の量は、本明細書に記載の前駆体を事前安定化するように選択される。
安定化された前駆体を炭素繊維に変換するために、従来の炭化プロセス条件を使用することができる。1組の実施形態において、安定化された前駆体を炭化するステップは、安定化された前駆体を不活性雰囲気中で約350℃~3000℃の範囲内の温度で加熱することを含む。
本明細書に記載の連続的な炭素繊維調製方法のいくつかの実施形態において、酸化反応器内に事前安定化された前駆体を供給する前に、事前安定化された前駆体を冷却するさらなるステップが存在してもよい。
事前安定化反応器として動作する、4つの温度ゾーンを備える1つの反応チャンバーを有する炉内で行われる、本発明の一態様の実施形態の事前安定化方法の概略図である。
未処理PAN前駆体、及び本発明の一態様の方法の実施形態に従って、3,000cNの印加張力下、窒素雰囲気中で加熱された事前安定化されたPAN前駆体繊維(PSN-1)のFT-IRスペクトルを示す図である。
本発明の一態様の方法の実施形態に従って、2300cNの印加張力下、窒素雰囲気中で加熱された事前安定化されたPAN前駆体繊維(PSN-2)のFT-IRスペクトルを示す図である。
未処理PAN前駆体、並びに本発明の一態様の方法の実施形態に従って、2,300cN、2,500cN及び3,000cNの印加張力下、窒素雰囲気中で加熱された事前安定化されたPAN前駆体繊維(それぞれPSN-3、PSN-4及びPSN-5と標示されている)に対する熱流量を説明するDSC曲線を示す図である。
4つの温度ゾーンを提供する4つの酸化チャンバーを有する反応器内で行われる、本発明の一態様の実施形態の酸化方法の概略図であり、事前安定化された前駆体は、各温度ゾーンを複数回通過する。
図5で説明される方法に従って事前安定化された前駆体を酸化することにより生成された安定化されたPAN前駆体(PSN OPF)、及び比較用の安定化されたPAN前駆体(ベースラインOPF)のFT-IRスペクトルを示す図である。
2つの温度ゾーンを提供する2つの酸化チャンバーを有する反応器内で行われる、本発明の一態様の実施形態の酸化方法の概略図であり、事前安定化された前駆体は、各温度ゾーンを複数回通過する。
図7で説明される方法に従って事前安定化された前駆体を酸化することにより生成された安定化されたPAN前駆体繊維のFT-IRスペクトルを示す図である。
単一の温度ゾーンを提供する単一の酸化チャンバーを有する反応器内で行われる、本発明の一態様の実施形態の酸化方法の概略図であり、事前安定化された前駆体は、温度ゾーンを複数回通過する。
図9で説明される方法に従って事前安定化された前駆体を酸化することにより生成された安定化されたPAN前駆体繊維のFT-IRスペクトルを示す図である。
4つの温度ゾーンを提供する4つの酸化チャンバーを有する反応器内で行われる、本発明の一態様の実施形態の酸化方法の概略図であり、事前安定化された前駆体は、各温度ゾーンを1回通過する。
図11に示される温度ゾーンのそれぞれにおける酸化後の事前安定化されたPAN前駆体繊維のFT-IRスペクトルを示す図である。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化されたサイズ剤(sizing)でコーティングされた50K短線の形態の楕円断面形状を有する市販のPAN前駆体(前駆体A)に対する、印加張力による%EORの変化を説明するグラフである。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化された市販のPAN前駆体(前駆体A)に対する、印加張力による質量密度の変化を説明するグラフである。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化された市販のPAN前駆体(前駆体A)に対する、印加張力による引張係数及び最終引張強度の変化を説明するグラフである。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化されたケイ素ベースサイズ剤でコーティングされた24,000のフィラメント(1.6dtex)を含む短線の形態の円形断面形状を有する市販のPAN前駆体(前駆体B)に対する、印加張力による%EORの変化を説明するグラフである。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化された市販のPAN前駆体(前駆体B)に対する、印加張力による質量密度の変化を説明するグラフである。
本発明の一態様の実施形態に従って安定化された市販のPAN前駆体(前駆体B)に対する、印加張力による引張係数及び最終引張強度の変化を説明するグラフである。
17%、24%及び28%の異なるニトリル基環化含有量(%EOR)を有する事前安定化された前駆体繊維の酸化安定化後に形成された、本発明の実施形態の安定化された前駆体繊維に対する、加熱中の滞在時間の関数としての脱水素化指数(CH/CH2比率)を説明するグラフである。
17%、24%及び28%の異なるニトリル基環化含有量(%EOR)を有する事前安定化された前駆体繊維の酸化安定化後に形成された、本発明の実施形態の安定化された前駆体繊維に対する、加熱中の滞在時間の関数としてのニトリル基環化の程度を説明するグラフである。
前駆体の分解温度を説明する、異なるPAN前駆体の窒素雰囲気下でのDSCトレースを示す図である。
本発明の実施形態の連続的な炭素繊維調製方法を実行するための炭素繊維生成システムのブロック図である。
[発明の詳細な説明]
本明細書において使用される場合、単数形「a」、「an」及び「the」は、単数のみを指すことが明示されない限り、単数及び複数の両方を指す。
「約」という用語、及び約という用語により修飾されているか否かを問わず一般に範囲の使用は、包含される数字が本明細書に記載の厳密な数字に限定されないことを意味し、本発明の範囲から逸脱せずに、言及された範囲内に実質的に含まれる範囲を指すことを意図する。本明細書において使用される場合、「約」は、当業者に理解され、それが使用される文脈においてある程度変動する。その用語が使用される文脈を考慮して当業者に明確でないその使用法が存在する場合、「約」は、特定の項目のプラス又はマイナス10%までを意味する。
本発明は概ね、炭素ベース材料、特に炭素繊維の製造において有用な安定化された前駆体を調製するための方法を提供する。本明細書に記載の安定方法は、事前安定化された前駆体を形成する事前安定化ステップを含む。事前安定化ステップを含めることにより、安定化された前駆体を形成するために使用される方法の効率の改善が補助され得ることが判明している。
特に、本明細書に記載の事前安定化ステップを含む安定化方法は、炭素繊維の製造に好適な安定化された前駆体が迅速に形成されることを可能にすることが判明している。
一態様において、本発明は、事前に安定化された前駆体を調製するための方法を提供し、この方法は、実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すステップを含み、前駆体が雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。
本明細書に記載の少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中でさらに処理されて安定化された前駆体を形成し得る、部分的に安定化された前駆体を意味することを意図する。そのようにして形成された安定化された前駆体は、好適には、炭化されて炭素ベース材料を形成し得る。
選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱することにより、実質的に酸素を含まない雰囲気中で安定化反応を開始することで、また選択された実施的に一定の量の張力が前駆体に印加されると、酸素含有雰囲気中でのその後の反応に向けて活性化されている、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成され得ることが判明している。事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露すると、安定化された前駆体が容易に、及び迅速に形成され得る。
本発明の重要な部分は、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が、実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を加熱することにより形成されるということである。理論に制限されることを望まないが、事前安定化された前駆体に少なくとも10%の環化ニトリル基を形成することにより、酸化前駆体安定化、及び高性能品質を含む許容される品質の炭素繊維等の炭素ベース材料を形成するための酸化安定化された前駆体の炭化に、下流側の利点が付与され得ると考えられる。特に、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化前駆体は、より速く、より安全で、より低コストの前駆体安定化及び炭素繊維形成を促進し得ると考えられる。さらに、事前安定化された前駆体において得られるニトリル基環化が10%未満である場合、本発明の方法により提供される利益、例えば、炭素繊維等の炭素ベース材料に変換され得る好適に安定化された前駆体の高速形成、前駆体安定化における改善された安全性、及びエネルギー消費の削減等が達成されないと考えられる。
本発明の安定化方法に従って形成される本明細書に記載の安定化された前駆体は、熱的に安定である。「熱的に安定」とは、安定化された前駆体が裸火に曝露された場合に燃焼又は分解に抵抗性であること、並びに好適に炭化されて炭素繊維等の炭素ベース材料を形成し得ることを意味する。
本発明の安定化方法により形成された安定化された前駆体はまた、本明細書において「完全に安定化された前駆体」と呼ばれる場合がある。これは、部分的に安定化された前駆体である、本明細書に記載の事前安定化された前駆体と対比される。
一態様において、本発明は、安定化された前駆体を調製するための方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促進するステップであって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される、ステップと;
事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体を形成するステップと
を含む。
炭素繊維等の炭素ベース材料の製造に好適な安定化された前駆体は、前駆体を初期事前安定化に供し、本明細書に記載の少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成することにより、改善された効率で生成され得る。
本明細書に記載の方法は、安定化された前駆体の迅速形成を促進し、炭素繊維製造において使用される前駆体安定化ステップを加速するのを補助し得る。さらに、本明細書に記載の方法は、前駆体安定化ステップに関連するコストの削減を補助し得、また前駆体安定化の安全性の改善を補助し得る。
前駆体
本発明の方法は、ポリアクリロニトリル(PAN)を含む前駆体の安定化に有用である。PANを含む前駆体は、本明細書において、「ポリアクリロニトリル前駆体」又は「PAN前駆体」とも呼ばれる。
本明細書において言及されるPAN前駆体は、アクリロニトリルのホモポリマー、並びにアクリロニトリルと1種又は複数種のコモノマーとのコポリマー及びターポリマーを含む前駆体を含む。
したがって、「ポリアクリロニトリル」という用語は、本明細書において使用される場合、少なくともアクリロニトリルの重合を介して形成されたホモポリマー、コポリマー及びターポリマーを含む。そのようなポリマーは、一般に線形であり、炭素ベースポリマー骨格からのペンダントニトリル基を有する。
以下でさらに説明されるように、ペンダントニトリル基の環化は、本発明の重要な役割を果たす。
本発明において使用される前駆体は、少なくとも約85重量%のアクリロニトリル単位を有するポリアクリロニトリルを含んでもよい。いくつかの実施形態において、本明細書において使用される前駆体は、85重量%未満のアクリロニトリル単位を有するポリアクリロニトリルを含んでもよい。そのようなポリマーは、35~85重量%のアクリロニトリル単位を含み、典型的には塩化ビニル又は塩化ビニリデンと共重合したポリマーとして一般に定義されるモダクリルポリマーを含んでもよい。
ポリアクリロニトリル(PAN)は、その物理的特性及び分子特性、並びに高い炭素収率を提供する能力により、炭素繊維等の炭素ベース材料を製造するための前駆体に含めるのに好適なポリマーである。
1組の実施形態において、本発明の方法に使用される前駆体は、ポリアクリロニトリルホモポリマー、ポリアクリロニトリルコポリマー、又はそれらの混合物を含んでもよい。
ポリアクリロニトリルホモポリマーは、アクリロニトリルのみから得られる重合単位で構成されるポリマーであることが、当業者には理解される。
ポリアクリロニトリルコポリマーは、アクリロニトリルと少なくとも1種のコモノマーとのコポリマーである。コモノマーの例は、イタコン酸及びアクリル酸等の酸、酢酸ビニル、メチルアクリレート及びメチルメタクリレート等のエチレン性不飽和エステル、アクリルアミド及びメタクリルアミド等のエチレン性不飽和アミド、塩化ビニル等のエチレン性不飽和ハライド、並びにビニルスルホネート及びp-スチレンスルホネート等のスルホン酸を含む。ポリアクリロニトリルコポリマーは、1~15重量%、又は1~10重量%の1種又は複数種のコモノマーを含んでもよい。前駆体は、2つ以上の異なる種類のPANコポリマーを含んでもよい。
前駆体中のポリアクリロニトリルは、少なくとも200kDaの分子量を有してもよい。
炭化に備えたポリアクリロニトリル前駆体の安定化に関与する化学的メカニズムは、十分に理解されていない。しかしながら、ポリアクリロニトリルポリマー中のアクリロニトリル単位上のペンダントニトリル基の環化は、炭化に使用される高温条件に耐えることができる十分に安定化された前駆体の形成において、重要な役割を果たし得ると考えられる。
ポリアクリロニトリルポリマーにおけるペンダントニトリル基の環化は、以下に示されるように六角形炭素-窒素環を生成する。
ニトリル基環化の結果として、典型的には熱及びガス(例えばHCNガス)が生成される。
1組の実施形態において、前駆体は、アクリロニトリルと少なくとも1種の酸性コモノマーとのポリアクリロニトリルコポリマーであってもよい。酸性コモノマーの例は、イタコン酸及びアクリル酸等の酸を含む。ポリアクリロニトリルコポリマーは、1~15重量%、又は1~10重量%の少なくとも1種の酸性コモノマーから得られる重合単位を含んでもよい。
いくつかの実施形態において、本発明の安定化方法の原料として、アクリロニトリルと少なくとも1種の酸性コモノマーとのポリアクリロニトリルコポリマーを含む前駆体を利用することが好ましい。酸性コモノマーから得られる重合単位は、脱プロトン化され、それにより前駆体におけるニトリル基環化を触媒し得ると考えられる。したがって、ニトリル基環化の開始は、より低い温度で生じ得る。ポリアクリロニトリルにおける酸性コモノマーから得られる重合単位の含有はまた、ニトリル基環化により生成される発熱の制御に役立ち得る。
アクリロニトリルと少なくとも1種の酸性コモノマーとのポリアクリロニトリルコポリマーを含む前駆体において、前駆体の安定化中に形成される環式基は、以下に示されるような構造を有し得る。
1組の実施形態において、本発明の方法において使用される前駆体は、追加の物質と混合又はブレンドされたポリアクリロニトリルを含んでもよい。
いくつかの実施形態において、追加の物質は、さらなるポリマーであってもよい。いくつかの実施形態において、ブレンド又は混合物は、好ましくは、少なくとも50重量%のポリアクリロニトリル(PAN)を含む。PANは、少なくとも1種のさらなるポリマーと混合されている。
前駆体が少なくとも1種のさらなるポリマーとブレンド又は混合されたポリアクリロニトリルを含む実施形態において、前駆体中のPAN:さらなるポリマーの重量比は、55:45、60:40、70:30、80:20、85:15、90:10及び95:5から選択され得る。
ブレンド又は混合物中のポリアクリロニトリルは、本明細書に記載のポリアクリロニトリルホモポリマー又はポリアクリロニトリルコポリマーであってもよい。
ポリアクリロニトリルコポリマーは、少なくとも85重量%、又は少なくとも90重量%のアクリロニトリルから得られる重合単位を含んでもよい。ポリアクリロニトリルコポリマー中の重合単位の残りの部分は、酸性コモノマー等の1種又は複数種のコモノマーから得られる。
本明細書において言及される混合物及びブレンドのいくつかの実施形態において、さらなるポリマーは、炭素繊維製造の製造における使用に知られているポリマーから選択され得る。いくつかの実施形態において、さらなるポリマーは、石油ピッチ、熱可塑性ポリマー、セルロース、レーヨン、リグニン及びそれらの混合物からなる群から選択され得る。熱可塑性ポリマーは、これらに限定されないが、ポリエチレン(PE)、ポリ(エチレンテレフタレート)(PET)、ポリ(ブチレンテレフタレート)(PBT)、ポリプロピレン(PP)、ポリ(塩化ビニル)(PVC)、ポリ(フッ化ビニリデン)(PVDF)、ポリカーボネート(PC)、ポリ(フェニレンオキシド)(PPO)及びポリ(スチレン)(PS)を含み得る。
いくつかの実施形態において、前駆体は、ナノフィラー等のフィラーと混合又はブレンドされたポリアクリロニトリルを含んでもよい。例示的なナノフィラーは、カーボンナノチューブ又はグラフェンナノ粒子等の炭素ナノ粒子であってもよい。
いくつかの実施形態において、前駆体は、表面処理されてもよい。例えば、前駆体は、任意選択の表面コーティング(すなわちサイズ剤又はスピン仕上げ)を含んでもよい。表面処理の存在は、本発明の利益を損なうものではない。
本発明の方法において使用される前駆体は、これらに限定されないが、繊維、糸、ウェブ、フィルム、布地、織物、フェルト及びマットの形態を含む様々な形態であってもよい。マットは、織マット又は不織マットであってもよい。
前駆体は、好ましくは、連続した長さの材料、例えば連続した長さの繊維の形態である。前駆体繊維は、フィラメントの束を含んでもよい。
前駆体はまた、例えば円形、楕円形、豆形、ドッグボーン形、花弁形又は他の形状の断面を含む様々な断面形態を有し得る。前駆体は、中空であってもよく、また1つ又は複数の内部空隙を有してもよい。内部空隙は、連続的又は不連続的であってもよい。
1組の実施形態において、前駆体は、繊維、好ましくは連続繊維の形態である。いくつかのPAN前駆体繊維が知られており、市販されている。本発明の方法は、商業的及び非商業的供給源の両方からの様々なPAN前駆体を安定化するために利用され得る。
PAN前駆体繊維は、1つ又は複数の短線として提供されてもよく、各短線は、多数の連続フィラメントを含む繊維を有する。PAN前駆体を含む短線は、様々なサイズであってもよく、サイズは、短線当たりのフィラメントの数に依存する。例えば、短線は、短線当たり100~1,000,000のフィラメントを含んでもよい。これは、約0.1K~約1,000Kの短線サイズに対応する。いくつかの実施形態において、短線は、短線当たり100~320,000のフィラメントを含んでもよく、これは約0.1K~約320Kの短線サイズに対応する。
PAN前駆体繊維を形成するフィラメントは、ある範囲の直径を有し得る。例えば、直径は、約1~100ミクロン、約1~30ミクロン、又は1~20ミクロンの範囲であってもよい。しかしながら、そのような直径の大きさは、本発明の方法に極めて重要ではない。
前駆体安定化
本発明の安定化方法は、安定化された前駆体を形成するための、事前安定化及び酸化の2つの前駆体処理段階を含む。これらの2つの段階を、以下でさらに説明する。
一態様において、本発明は、安定化された前駆体を調製するための方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すことを含む事前安定化段階であって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される、事前安定化段階と;
事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体を形成することを含む酸化段階と
を含む。
便宜上、後述の方法において、前駆体への言及は、繊維形態の前駆体を意味する。しかしながら、方法は、上述の糸、ウェブ及びマット形態等の他の形態の前駆体にも適用され得、繊維形態に限定されないことが認識される。
事前安定化
安定化された前駆体を形成するために、本明細書に記載の方法は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体繊維を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加するステップを含む。このステップの結果として、事前安定化された前駆体繊維が生成される。本明細書に記載の前駆体安定化方法のこのステップはまた、「事前安定化」又は「事前安定化する」ステップと呼ばれる場合がある。したがって、事前安定化ステップは、PAN前駆体を事前安定化された前駆体に変換する。
本明細書に記載の安定化方法のステップに関連して本明細書において使用される「事前安定化」及び「事前安定化する」という用語は、ステップが準備ステップであり、後述の酸化ステップにおける前駆体の完全安定化の前に行われることを示す。したがって、事前安定化ステップは、前駆体を酸化ステップにおける完全安定化の前の予備的処理に供する、前処理ステップ又は前酸化ステップと認めることができる。したがって、本発明の方法は、後述の酸素含有雰囲気中での酸化安定化に向けて前駆体を準備するのを補助するために前駆体を前処理するステップを含む。したがって、「事前安定化された前駆体」という用語は、本明細書に記載の「事前安定化」処理が施された前駆体を指す。
本明細書に記載の事前安定化ステップは、酸化安定化に向けて活性化されている部分安定化された前駆体の初期形成を可能にすることにより、前駆体から安定化された前駆体への迅速及び効率的変換を有利に促進し得る。安定化された前駆体の迅速形成は、後述のように安定化された前駆体が炭化されて炭素繊維等の炭素ベース材料を形成する際に、下流側の利点を付与し得る。下流側の利益は、炭素繊維等の材料を製造するための連続方法において特に有利となり得る。
事前安定化するステップには、実質的に酸素を含まない雰囲気が使用される。「実質的に酸素を含まない雰囲気」という用語は、酸素原子を実質的に含まない雰囲気を意味する。酸素原子は、雰囲気中にある酸素分子(すなわちO2)又は水(すなわちH2O)等の酸素含有分子の一部であってもよい。しかしながら、「実質的に酸素を含まない雰囲気」という用語は、前駆体中のポリマーの分子構造の一部を形成する酸素原子の存在を許容する。
酸素原子はニトリル基環化の速度に悪影響を及ぼし得、ひいては選択された期間内に事前安定化された前駆体における環化ニトリル基の必要量を達成する能力に悪影響を及ぼし得ると考えられるため、実質的に酸素を含まない雰囲気中の酸素原子の量を制限することが好ましい。
したがって、事前安定化、及び少なくとも10%の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体の形成が、実質的に酸素を含まない雰囲気中で行われることが、方法の重要な部分である。
水は雰囲気の冷却をもたらし得るため、実質的に酸素を含まない雰囲気中に水(例えばスチーム又は水蒸気の形態)が存在しないことが望ましい。結果的に、実質的に酸素を含まない雰囲気を所望の温度に維持するために、より多くのエネルギーを消費する必要がある。したがって、事前安定化ステップに使用される実質的に酸素を含まない雰囲気は、少なくとも実質的に水を含まず、1つの優先的態様においては水を含有しないことが好ましい。
上述のように、「実質的に酸素を含まない雰囲気」という用語はまた、雰囲気が一般に「酸素」と呼ばれる酸素分子(すなわちO2)を実質的に含まないことを示すために使用される。前駆体繊維が曝露される雰囲気中には、微量の酸素(すなわちO2)が存在してもよい。実質的に酸素を含まない雰囲気は、1体積%以下、0.5体積%以下、0.1体積%以下、0.05体積%以下、0.01体積%以下、又は0.005体積%以下の酸素(O2)を含んでもよい。いくつかの実施形態において、事前安定化中に使用される雰囲気が酸素を含まないように、酸素が存在しないことが好ましい。
酸素の存在は、事前安定化された前駆体を形成するために使用されるいくつかの操作温度において火災のリスクを呈し得るため、実質的に酸素を含まない雰囲気中の酸素の量を制限することが望ましくなり得る。
1組の実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気は、不活性ガスを含む。好適な不活性ガスは、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、及びラジウム等の希ガスであってもよい。好適な不活性ガスは、窒素であってもよい。実質的に酸素を含まない雰囲気は、窒素及びアルゴンの混合物等の不活性ガスの混合物を含んでもよい。
一実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気は、実質的に酸素を含まないガスにより提供される。実質的に酸素を含まないガスは、好ましくは、本明細書に記載の不活性ガスである。一実施形態において、実質的に酸素を含まないガスは、窒素である。窒素は、99.995%純度のものであってもよく、また-30℃より低い露点を有してもよい。
いくつかの実施形態において、実質的に酸素を含まないガスは、少なくとも99.995%純度の医療グレードの窒素であってもよい。医療グレードの窒素は、いくつかの商業的供給業者から入手可能である。
一実施形態において、前駆体は、窒素雰囲気中で加熱される。
実質的に酸素を含まない雰囲気中での前駆体の加熱は、所望の期間、所望の温度で進行する。さらに、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で所望の期間加熱されている際に、実質的に一定の量の張力が前駆体繊維に印加される。
前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び時間、並びに熱処理中に前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、前駆体におけるニトリル基環化を促進するように選択される。したがって、事前安定化ステップに使用される個々の温度、時間及び張力プロセス条件はそれぞれ、事前安定化された前駆体における所望量の環化ニトリル基の形成を促すように設定される。
本明細書に記載の事前安定化ステップにおいて、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び時間、並びに前駆体に印加される張力はそれぞれ、所望のパーセンテージの環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体が形成されるようにニトリル基環化を促す、及び制御するように選択される。特に、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び時間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成されるようにニトリル基環化を制御するように選択される。
いくつかの実施形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び時間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成されるようにニトリル基環化を制御するように選択される。
他の実施形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び時間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、10%~50%、15%~45%、又は20%~30%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成されるようにニトリル基環化を制御するように選択される。
事前安定化ステップに選択されたプロセス条件は、炭素繊維への高速変換に好適な事前安定化された前駆体の形成を促進し得る。すなわち、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するための温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力は、その後炭素繊維に迅速に変換され得る所望の特性を有する事前安定化された前駆体の形成を可能にするように適切に選択される。
事前安定化ステップ中に前駆体を加熱するのにより低い、又はより高い温度が望ましい場合、選択された温度を考慮して、前駆体を加熱するための期間、及び/又は前駆体に印加される張力を適切に調整することができることが認識される。例えば、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度が増加される場合、前駆体を加熱するための期間は、増加された温度を相殺するように減少されてもよく、その逆もまた成り立つ。
前駆体を事前安定化された前駆体に変換するために使用されるプロセス条件(すなわち、加熱温度、期間及び張力)の選択の指針となるように、いくつかの指標が使用され得る。異なるPAN前駆体原料は異なる特性を有し得ることが、当業者には認識される。したがって、指標は、事前安定化ステップの終了時に所望の特性を有する事前安定化された前駆体が形成されるように、所与の前駆体原料に対して事前安定化ステップにおいて使用される適切な時間、温度及び張力条件を選択することを促進し得る。指標は、別個に、又は組み合わせて考慮され得る。
事前安定化プロセス条件の選択の指針となるように使用される指標は、ニトリル基環化の程度(反応の程度(%EOR)として表現される)である。反応の程度(%EOR)は、事前安定化された前駆体における環化ニトリル基のパーセンテージに対応する。ニトリル基環化は、C-N三重結合から、PAN前駆体中の共役C-N二重結合構造を生成することが、当業者には理解される。
%EORは、Collinsら、Carbon、26(1988) 671~679頁により開発された方法に従い、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法を使用して決定され得る。この方法において、以下の式が使用され得る。
式中、Abs(1590)及びAbs(2242)は、1590cm
-1及び2242cm
-1で記録されたピークの吸光度であり、これらはそれぞれC=N基及びニトリル(-CN)基に対応する。ニトリル基(2242cm
-1)は、環化によりC=N基に変換される。したがって、1590cm
-1及び2242cm
-1のピーク間の吸光度の比は、環化したニトリル基の割合を示し得る。
本明細書に記載のニトリル基環化は、最も好適には、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される。
したがって、%EOR及び環化ニトリル基パーセンテージ(%)は、環化によりC=N基に変換された前駆体中のポリアクリロニトリルにおける利用可能なニトリル(-CN)基の割合を表す。
事前安定化ステップに選択されるプロセス条件は、所定の%EOR、特に少なくとも10%の%EORを有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。いくつかの実施形態において、本明細書に記載の事前安定化ステップに選択されるプロセス条件は、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
事前安定化された前駆体における環化ニトリル基の量(%EOR)は、事前安定化ステップに使用される特定のプロセスパラメーターの選択により変動し得ることが判明している。例えば、いくつかの実施形態において、前駆体におけるニトリル基環化の度合いは、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で固定された温度及び時間条件下で加熱される際に、前駆体繊維に異なる量の張力を印加することにより変動し得ることが判明している。
前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間もまた、ニトリル基環化に影響し得る。しかしながら、理論に制限されることを望まないが、前駆体に印加される張力の量が、環式構造の形成により大きな影響を与え得ると考えられる。
特に、前駆体に印加される張力は、前駆体におけるニトリル基環化の程度を制御し得ることが判明している。これは、前駆体に印加される張力が、前駆体中のポリアクリロニトリルの分子整列に影響し得るために生じ得る。
例として、PAN前駆体の事前安定化は、ポリアクリロニトリルを含む前駆体を、実質的に酸素を含まない雰囲気中で所定の温度で所定の期間加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加することを含んでもよい。所定の加熱温度及び時間が関与するそのような実施形態において、印加される張力の量は、前駆体におけるニトリル基環化の程度に影響し得る。したがって、事前安定化ステップの時間及び温度条件が固定されている場合、それらの固定条件下で前駆体に異なる実質的に一定の量の張力を印加すると、前駆体に異なる量の環化ニトリル基が生成され得る。したがって、印加される張力は、ニトリル基環化の程度を制御し、所定のパーセンテージの環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体が形成されるのを可能にし得る。
特定の実施形態において、%EORは、事前安定化中に前駆体に印加される張力の量を変更することにより調整され得る。したがって、事前安定化ステップにおいて前駆体に印加される張力の量は、所望量の環化ニトリル基の形成を確実にするように制御され得る。一方で、これは事前安定化された繊維における特定の化学的及び構造的特性の推移に役立ち得る。
1組の実施形態において、事前安定化中にPAN前駆体に印加される張力の量は、FT-IR分光法により決定される、少なくとも10%、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。
1つの優先的態様において、前駆体に印加される張力の量は、事前安定化された前駆体における高含有量の環化ニトリル構造の形成を促す。
高含有量の環化ニトリル基は、安定化された前駆体の形成のための前駆体の効率的なプロセッシングに役立ち得る。
さらに、多量の環化ニトリル基は、熱的に安定な、部分的に安定化された前駆体の迅速な形成に役立ち得る。
理論的には、事前安定化された前駆体に存在し得る環化ニトリル基の量に上限はない。しかしながら、実際には、事前安定化された前駆体は、約50%以下、約45%以下、又は約35%以下の環化ニトリル基を有することが望ましくなり得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、FT-IR分光法により決定される、約10%~約50%の環化ニトリル基、約15%~約45%の環化ニトリル基、又は約20%~約30%の環化ニトリル基を有してもよい。
理論に制限されることを望まないが、前駆体に存在するニトリル基の一部の環化は、酸素含有環境中でのその後の安定化反応に向けた前駆体の準備に役立ち得ると考えられる。したがって、事前安定化ステップにより提供される利益は、安定化された前駆体を形成するためのさらなる反応にすぐに供することができる、所望量の環化ニトリル基を有する前駆体を形成する能力である。したがって、事前安定化ステップは、安定化された前駆体がより短い時間及びより少ないエネルギーで形成されることを可能にし得る。
前駆体におけるニトリル基の環化は、熱により開始され得、その後、印加張力に起因する前駆体中のポリアクリロニトリルの分子整列の増加により促され得る。環化ニトリル基は、前駆体中で融合六角形炭素-窒素環を形成し得る。その結果、少なくとも部分的に安定化され、環化ニトリル基に起因してPANの少なくとも一部が梯子型構造に転換した前駆体繊維が得られる。
PAN前駆体におけるニトリル基の環化は発熱性であり、ニトリル基が環化すると発熱エネルギーが放出される。発熱挙動は、異なる前駆体の間で変動し得る。したがって、実質的に酸素を含まない雰囲気中での前駆体の事前安定化に使用される、前駆体を加熱するために選択される加熱温度及び期間、並びに印加される張力は、前駆体を適切に事前安定化し、その発熱挙動を管理するように、所与の前駆体に対して適合され得る。
%EORに加えて、事前安定化ステップにおける使用のための適切なプロセス条件の選択において同じく役立ち得る他の指標は、色、機械的特性(引張強度、引張係数及び伸び等の引張特性を含む)、質量密度、並びに前駆体の外観を含む。これらの他の指標のそれぞれを、以下でさらに説明する。
バージン(未処理)PAN前駆体は、典型的には白色である。PAN前駆体は、事前安定化ステップ中に変色し、これは視覚的に観察され得る。生じる発色は、PAN前駆体における環化ニトリル基の形成に起因して化学的に誘引されると考えられる。少なくとも10%の環化ニトリル基を有する、例えば約20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体は、暗い黄色又は橙色~銅色の範囲の色を有し得る。したがって、PAN前駆体の色の変化は、当業者が前駆体を加熱するのに適切な温度及び期間を選択するのに役立ち得る。しかしながら、製造品質管理の目的で、色の変化が観察され得るとしても、プロセスが許容範囲内であることを確実にするために%EORの値を測定しなければならない。前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力は、事前安定化ステップの終了時に所望の色の前駆体が達成されるのを確実にするように選択され得る。好ましくは、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間は、前駆体が暗褐色又は黒色となるほどには高くない、又は長くない。
事前安定化ステップのためのプロセス条件の選択の指針となるのに役立ち得る別の有用な指標は、事前安定化された前駆体の機械的特性、特にその引張特性である。
PAN前駆体における最終引張強度及び引張係数の引張特性は、事前安定化ステップ後に減少し得ることが判明している。さらに、前駆体の伸びは、事前安定化ステップ後に増加し得ることが判明している。
事前安定化ステップの一形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体が雰囲気中で加熱される際に前駆体に印加される張力の量は、バージンPAN前駆体の最終引張強度より低い最終引張強度を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。1組の実施形態において、事前安定化ステップにより生成された事前安定化された前駆体は、初期バージンPAN前駆体の最終引張強度より最大60%低い、例えば約15%~約60%低い最終引張強度を有する。
事前安定化ステップの一形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体が雰囲気中で加熱される際に前駆体に印加される張力の量は、バージンPAN前駆体の引張係数より低い引張係数を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。1組の実施形態において、事前安定化ステップにより生成された事前安定化された前駆体は、初期バージンPAN前駆体の引張係数より最大40%低い、例えば約15%~約40%低い引張係数を有する。
事前安定化ステップの一形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体が雰囲気中で加熱される際に前駆体に印加される張力の量は、バージンPAN前駆体の破断時伸びより高い破断時伸びを有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される。1組の実施形態において、事前安定化ステップにより生成された事前安定化された前駆体は、初期バージンPAN前駆体の破断時伸びより最大45%高い、例えば約15%~約45%高い破断時伸びを有する。
事前安定化プロセス条件の選択の指針となるさらなる指標は、PAN前駆体の質量密度である。前駆体質量密度は、本明細書に記載の事前安定化ステップにおける前駆体の処理後に増加し得る。事前安定化ステップの一形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体が雰囲気中で加熱される際に前駆体に印加される張力の量は、約1.19~1.25g/cm3、例えば1.21~1.24g/cm3の範囲内の質量密度を有する事前安定化されたPAN前駆体を形成するように選択される。
さらなる指標として、PAN前駆体の外観もまた、事前安定化プロセス条件の選択の指針となるのに役立ち得る。事前安定化されたPAN前駆体は、好ましくは、実質的に欠陥を含まず、許容される外観を有する。前駆体の溶融又は部分的な短線の破損を含む欠陥は、低い機械的特性(例えば引張特性)をもたらし得る、又はさらには前駆体で調製された炭素材料の不良をもたらし得ると考えられる。
事前安定化ステップのプロセス条件は、得られる事前安定化された前駆体が、必要な%EORを有することに加えて、上述のパラメーター内で、色、機械的特性(最終引張強度、引張係数及び破断時伸びから選択される引張特性を含む)、質量密度、並びに外観から選択される1つ又は複数の特性を有することを確実にするように選択され得る。
事前安定化ステップの一形態において、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体が雰囲気中で加熱される際に前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、実質的に欠陥を含まない事前安定化されたPAN前駆体を形成するように選択される。
前駆体繊維が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間は、前駆体における利用可能なニトリル基の少なくとも10%の環化を少なくとも開始及び促すのに十分であり、また任意選択で、上述の他の指標のうちの1つ又は複数の推移を促すのに十分である。
1組の実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気中での前駆体繊維の加熱は、比較的短期間、より好ましくは数分で行われる。これにより、事前安定化された前駆体が迅速に形成され得る。
実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を短期間加熱することが望ましくなり得るが、これは、特にプロセッシング時間に関連して、前駆体安定化及びその後の炭素繊維製造の効率の改善を補助する下流側の利点を付与するのに役立ち得るためである。特に、本明細書に記載の事前安定化ステップは、安定化された前駆体繊維の迅速な形成を促進するため、PAN前駆体繊維から炭素繊維への高速変換を補助し得ることが判明している。
PAN前駆体を短期間処理することを可能にするために、前駆体が加熱される温度及び熱処理中にPAN前駆体に印加される張力の量などのパラメーターは、事前安定化のための所望の期間が満たされ得ることを確実にするように選択され得る。
1組の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体に存在するニトリル基の一部の環化を少なくとも開始するのに十分な温度で加熱される。いくつかの実施形態において、前駆体の加熱は、選択された温度で選択された期間行われる。
視覚的に、ニトリル基環化は、白色から暗い黄色~銅色の範囲の色への前駆体の色の変化により示され得る。色の変化は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で短期間前駆体を加熱した後でも生じることが観察されている。
事前安定化ステップ中に前駆体におけるニトリル基環化を誘発するために、実質的に酸素を含まない雰囲気中にある時に、PAN前駆体を短期間高温に供することが有利となり得る。
いくつかの実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するために選択される温度は、PAN前駆体におけるニトリル基環化を誘発又は開始するのに十分高いが、前駆体の物理的完全性が損なわれる(例えば前駆体繊維が溶融、破損、又は分解する)ほどには高くない。例えば、PAN前駆体は、前駆体の分解温度より高くない温度で加熱されることが望ましい。一方、最低限として、PAN前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中にある時に、所望のプロセッシング期間で前駆体におけるニトリル基環化を開始するのに十分な温度で加熱されるべきである。
いくつかの実施形態において、事前安定化ステップ中、PAN前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体の分解を引き起こすことなくニトリル基環化を開始するのに十分な温度で加熱される。
いくつかの実施形態において、より高い加熱温度は前駆体におけるニトリル基環化を促す、及び増加し得ることが判明しているため、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度はまた、ニトリル基環化の程度に影響し得る。
いくつかの実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気中にある時に前駆体が加熱される温度は、前駆体の分解温度に近接することが好ましい。前駆体の分解温度に近接する高い温度は、短期間で高含有量の環化ニトリル基が達成されることを確実にするのに役立ち得る。
PAN前駆体は、文献において、一般に約300~320℃の分解温度を有すると報告されている。しかしながら、前駆体分解温度は、PAN前駆体の組成に依存し得るため、報告されている文献値とは異なり得ることが、当業者には認識される。
当業者が所与のPAN前駆体の分解温度を決定したい場合には、これは、窒素雰囲気下での示差走査熱量測定(DSC)を使用して究明され得る。DSCを使用して、所与の前駆体の試料は、窒素雰囲気中に設置され、10℃/分の速度で加熱され得る。次いで、温度に伴う熱流束の変化が測定される。前駆体の熱分解は、DSC曲線において発熱遷移を観察することにより検出され得る。したがって、発熱遷移のピーク(又は最大値)に対応する温度が、前駆体の分解温度である。
いくつかの実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体分解温度を30℃超下回らない温度で加熱される。これは、前駆体が、前駆体の分解温度を超える温度で加熱することができないこと、またさらに、分解温度を30℃超下回ることができないことを意味すると理解される。したがって、そのような実施形態において、PAN前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、以下により表される範囲内となるように選択される温度(T)で加熱され得る:(TD-30℃)≦T<TD(式中、TDは、前駆体の分解温度(℃)である)。
別の組の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体の分解温度を少なくとも5℃下回り、分解温度を30℃超下回らない最高温度で加熱される。これは、前駆体が、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、以下により表される範囲内となるように選択される温度(T)で加熱されることを意味すると理解される:(TD-30℃)≦T≦(TD-5℃)(式中、TDは、前駆体の分解温度(℃)である)。
1組の実施形態において、前駆体繊維は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約400℃以下、好ましくは約380℃以下、より好ましくは約320℃以下の最高温度で加熱される。
1組の実施形態において、前駆体繊維は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約250℃以上、好ましくは約270℃以上、より好ましくは約280℃以上の最低温度で加熱される。
1組の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約250~400℃の範囲内、好ましくは約270~350℃の範囲内、より好ましくは約280℃~320℃の範囲内の温度で加熱される。
事前安定化ステップ中、前駆体は、実質的に一定の温度プロファイルで、又は可変の温度プロファイルで加熱されてもよい。
可変の温度プロファイルでは、前駆体は、2つ以上の異なる温度で加熱されてもよい。2つ以上の異なる温度は、好ましくは、本明細書に記載の温度範囲内である。
1組の実施形態において、前駆体は、約300℃の実質的に一定の温度で加熱される。
別の組の実施形態において、前駆体はまず選択された温度で加熱されてもよく、次いで事前安定化ステップが進行するにつれて温度が増加してもよい。例として、PAN前駆体は、まず約285℃の温度で加熱され、事前安定化ステップ中に温度が約295℃に増加されてもよい。
実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するための温度(複数可)及び加熱プロファイルが選択されたら、温度パラメーターは固定されたままであり、変化されない。例えば、本明細書に記載の前駆体安定化方法を組み込んだ連続的炭素材料(例えば炭素繊維)製造プロセスにおいて、安定化方法の一部として前駆体の事前安定化に選択された各温度パラメーターが、プロセス安定性のために選択された値で一定に維持及び固定されること、並びに安定な連続操作を可能にすることが望ましくなり得る。いくつかの実施形態において、事前安定化ステップにおいて利用される温度が、選択された事前安定化温度の約2℃以内、好ましくは約1℃以内に維持されることが望ましくなり得る。事前安定化ステップ中の望ましくない温度の揺らぎは、前駆体に望ましくない変化をもたらし得るため、それらを制限又は回避することが好ましい。例えば、温度変動は、前駆体中の局所的なホットスポット、前駆体の変形、又は前駆体繊維の破損をもたらし得る。
事前安定化ステップ中の前駆体の加熱は、前駆体を単一の温度ゾーン又は複数の温度ゾーンに通過させることにより行われてもよい。
前駆体を複数の温度ゾーンに通過させることにより事前安定化ステップ中に前駆体の加熱が行われる実施形態において、前駆体は、2つ、3つ、4つ又はそれ以上の温度ゾーンを通過し得る。ゾーンはそれぞれ、同じ温度であってもよい。代替として、2つ以上のゾーンが異なる温度であってもよい。例えば、少なくとも1つの温度ゾーン(例えば第1の温度ゾーン)は第1の温度であってもよく、一方少なくとも1つの温度ゾーン(例えば第2の温度ゾーン)は第1の温度とは異なる第2の温度である。前駆体は、前駆体を異なる温度の複数のゾーンに通過させることにより、可変の温度プロファイルで加熱されてもよい。
いくつかの実施形態において、各温度ゾーンは、前駆体におけるニトリル基環化を促進する反応が行われる反応ゾーンを提供し得る。
前駆体は、選択された温度ゾーンを1回通過してもよい。例えば、単一の温度ゾーン又は複数の温度ゾーンが使用される場合、前駆体繊維は、各温度ゾーンを単回通過してもよい。
代替として、前駆体は、選択された温度ゾーンを複数回通過してもよい。したがって、前駆体は、所与の温度ゾーンを複数回通過してもよい。
1組の実施形態において、実質的に酸素を含まない雰囲気を確立するために、実質的に酸素を含まないガスの流れが使用され得る。実質的に酸素を含まないガスの流れは、加熱されてもよい。加熱された実質的に酸素を含まないガスの流れを使用して前駆体を加熱し、前駆体を選択された温度に維持することができる。
1組の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、1分未満(例えば数秒)~数分の範囲の期間加熱される。
本発明の1つの利点は、事前安定化ステップの短い期間が、加熱温度及び前駆体に印加される張力の量の調整により達成され得ることである。
したがって、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するための温度、及び前駆体繊維が加熱される際に前駆体繊維に印加される張力の量はそれぞれ、5分未満、4分未満、3分未満、又は2分未満の期間での前駆体における少なくとも10%、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基の形成を促すように選択され得る。したがって、所望量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が、迅速に短期間で形成され得る。
1つの優先的態様において、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するための温度、及び前駆体繊維が加熱される際に前駆体繊維に印加される張力の量はそれぞれ、5分未満、4分未満、3分未満、又は2分未満の期間での前駆体における10%~50%、15%~40%、又は20%~30%の環化ニトリル基の形成を促すように選択される。
本発明は、所望量の環化ニトリル基が短期間で形成されることを可能にする。その結果、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で短期間加熱されるだけでよい。したがって、いくつかの実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中に約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内の期間滞留し得る。
いくつかの実施形態において、前駆体の分解温度に近接する温度での前駆体の加熱は、事前安定化された前駆体の迅速な形成を促進し得る。
事前安定化ステップ中、実質的に一定の量の張力もまた前駆体に印加される。張力は前駆体に印加される力であることが、当業者には理解される。事前安定化ステップにおいて、前駆体に印加される張力の量は、所定の、及び実質的に一定の値に維持され、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される際に変動しない。例として、前駆体繊維は、2つの引張デバイスの間に懸架されてもよく、引張デバイスは、その間に懸架された前駆体に印加される張力が実質的に一定で所定の値に維持されることを確実とするように動作する。したがって、所与の前駆体に対して張力の量が選択されたら、事前安定化ステップ中に前駆体が実質的に一定の量の張力で処理され得るように張力が維持される。
張力の変動は、プロセスの不安定性を示し得る、又は促し得るため、前駆体に印加される張力は、事前安定化ステップ中に変動しないことが望ましい。好ましくは、事前安定化ステップ中に前駆体に印加される張力の量に5%未満の変動がある。
印加される張力の量は、いくつかの因子、例えば、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、PAN前駆体の組成、並びに前駆体短線のサイズ等に依存し得る。印加張力は、特定の前駆体並びに/又は短線サイズ並びに/又は時間及び温度の選択される事前安定化プロセス条件に対して最適化された結果が達成されることを可能にするように適応され得る。
また、事前安定化ステップが進行するにつれて前駆体に生じ得る物理的及び/又は化学的変化に起因して、前駆体に固有の張力効果が存在し得ることが認識される。しかしながら、本明細書に記載の実施形態の方法に従って前駆体に印加される張力は、事前安定化ステップ中に前駆体に生成され得るいかなる固有の張力変化も包含することが意図される。前駆体に印加される張力は、事前安定化中に前駆体に生じる変化に起因する前駆体の固有の張力の変化に適応することができる。
1組の実施形態において、事前安定化ステップに使用されるプロセス条件(すなわち、加熱温度、期間及び張力)を決定する際、事前安定化ステップを実行するために使用される反応チャンバーを通した選択された速度での前駆体の運搬を促進するのに十分なベースライン張力をまず究明することが有用となり得る。前駆体が運搬される速度は、前駆体が反応チャンバー内に滞留する時間を決定付け得る。ベースライン張力及び反応チャンバー内の滞留期間が決定されたら、前駆体を加熱するための温度が選択され得る。
事前安定化ステップにおいて前駆体を加熱するための温度は、前駆体に存在するニトリル基の一部の環化を開始又は促すのに十分であるが、前駆体の分解を引き起こすほどは高くない。上述のように、ニトリル基の環化は、白色から暗い黄色又は橙色~銅色の範囲の色への前駆体の色の変化として視覚的に示され得る。したがって、前駆体の色の変化は、ニトリル基環化がいつ開始され得るかを示し、加熱温度を選択するための視覚的な合図として使用され得る。
実際には、加熱温度を選択するために、前駆体に印加されるベースライン張力及び反応チャンバー内での前駆体の滞留時間をそれぞれ固定したまま、前駆体が様々な異なる温度で加熱され得る。次いで、前駆体の色の変化が視覚的に決定される。前駆体の最初の色の変化が観察される温度は、その前駆体を事前安定化するために使用され得る最低温度と認めることができる。
1つの優先的態様において、PAN前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中にある時に、前駆体の分解温度に近接する高い温度で加熱される。前駆体分解温度に近い高い加熱温度の使用は、約5分未満、約4分未満、約3分未満、又は約2分未満の期間での、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体の形成を促進し得ると考えられる。一実施形態において、事前安定化された前駆体は、20%~30%の環化ニトリル基を有してもよい。
一実施形態において、前駆体は、分解温度を30℃超下回らない温度で加熱される。PAN前駆体が、前駆体の分解温度から30℃以内の高い温度で加熱された場合、前駆体の色の変化が短期間(例えば約2分以内)で生じ得ることが判明している。色の変化は視覚的に識別され得、また前駆体に生じている化学変化(例えば環化及び芳香族化反応)を示し得る。
加熱温度が決定されたら、次いで、選択された加熱温度及び時間の条件下で前駆体における所望のレベルのニトリル基環化(%EOR)を促す張力値が特定されるまで、前駆体に印加される張力の量がベースライン値から調整される(例えば増加される)。上述のように、%EORは、FT-IR分光法により決定され得る。
前駆体における所望の%EORを与える張力値が特定されたら、前駆体が所望のパラメーター内で引張特性、質量密度及び外観等の特性を有するかどうかを究明するために、得られた事前安定化された前駆体に試験を行うことができる。必要に応じて、前駆体に印加される張力の量が、所望のレベルのニトリル基環化(%EOR)だけでなく、所望の色、引張特性、質量密度及び/又は外観を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分であるように、引張パラメーターを微調整するためにさらなる調整が行われてもよい。
いくつかの実施形態において、前駆体は、最大量の環化ニトリル基を達成する可能性を有し、PAN前駆体繊維に印加される張力の量は、事前安定化された前駆体繊維における最大量の環化ニトリル基の形成を促すように選択されることが望ましくなり得る。この張力は、「最適化された張力」値と呼ばれる場合がある。したがって、実質的に酸素を含まない雰囲気下でPAN前駆体において達成可能なニトリル基の反応の程度(%EOR)は、最適化された張力値付近で最も高い。
最適化された張力値は、実質的に酸素を含まない雰囲気中での温度及び時間の事前に選択された条件を一定に保ちながら、異なる量の実質的に一定の張力を前駆体繊維に印加することにより決定され得る。所与の前駆体繊維に印加される張力の量が増加すると、FT-IR分光法により測定されるニトリル基環化の度合い(%EOR)は、最大値に達するまで増加することが判明している。最大%EORは、使用された事前安定化条件下での前駆体繊維中に生成された環化ニトリル基の最大量に対応する。最大値以降は、印加張力の量が増加しても環化ニトリル基の度合い又は量は減少する。したがって、張力に対する%EORの「釣鐘型」曲線が形成され得る。釣鐘型曲線は、一般に、その所与の前駆体に対して達成可能な最大%EORに対応するピーク%EORを含む。したがって、事前に選択された温度及び時間パラメーターで最も高い程度のニトリル基環化(すなわち最大%EOR)を提供する張力値は、そのPAN前駆体の最適化された張力である。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、改善された効率で安定化された前駆体を形成させることができるように、最大量の環化ニトリル基を有することが望ましくなり得る。
本発明のいくつかの実施形態において、前駆体は、最大量のニトリル基環化を達成する可能性を有し、前駆体に印加される張力の量は、前駆体における最大ニトリル基環化を促すように選択される。したがって、そのような実施形態において、最大量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように、選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体が加熱される際に、最適化された量の張力が前駆体に印加され得る。最適化された張力は、前駆体に少なくとも10%の環化ニトリル基を生成し、また前駆体に10%超の環化ニトリル基を生成することができ、好ましくは生成する。
異なる商業的供給業者からのPAN前駆体の若干異なるポリマー組成に起因して、PAN前駆体に対して異なる最大%EORが達成可能であり、最大化されたニトリル基環化を促し得る最適化された張力は、異なる前駆体に対して異なり得ることが認識される。例えば、PAN前駆体は、組成及び短線サイズ等の様々なパラメーターにおいて異なり得る。したがって、最適化された張力、及び前駆体において達成可能な環化ニトリル基の最大量は、異なる前駆体原料により変動し得ることが理解される。例えば、いくつかの前駆体原料に対しては40%の環化ニトリル基の潜在的最大量が達成され得るが、他の前駆体原料に対してはわずか20%の環化ニトリル基の最大量が可能となり得る。
いくつかの実施形態において、10%超であるがその前駆体に対して達成可能な環化ニトリル基の最大量未満の環化ニトリル基の量を有する事前安定化された前駆体が形成され得るように、張力パラメーターに許容され得る操作ウィンドウがあってもよい。すなわち、事前安定化された前駆体が、最大%EORから変動し、最大%EOR未満であるが10%超を維持する中間的な量の環化ニトリル基を有し得ることが可能である。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、最適量の環化ニトリル基を有し得、最適量は、最大量の環化ニトリル基(最大%EOR)及びその許容され得る変動量を含む。したがって、「最適量」は、所与の前駆体に対して最適化された張力で得られる達成可能な最大%EOR、及び最適化された張力を超える、又はそれを下回る張力の印加量で得られる%EORの許容され得る最大以下の値を含み得る。%EOR対張力の曲線に関連して、環化ニトリル基の「最適量」は、%EOR対張力の曲線における最大%EORの周囲の領域により囲まれた許容され得る操作ウィンドウ内の量であり、これは最大%EOR未満の%EORの許容され得る値を包含する。
最大未満ではあるが、それでも環化ニトリル基の最適量は、事前安定化及び安定化された前駆体の効率的形成の促進に有益となり得る。
環化ニトリル基の最適量として適し、効率的な前駆体プロセッシングに許容され得るとみなされる最大%EORからの変動量は、前駆体及び最大%EORの値に依存し得る。前駆体においてより高い値の最大%EORが達成され得る場合には、最大%EORからのより大きい変動が許容され得、一方、より小さい値の最大%EORしか達成され得ない場合には、最大%EORからのより小さい変動のみが許容され得ることが、当業者には認識される。
いくつかの実施形態において、最大量の環化ニトリル基を達成する可能性を有する前駆体に対し、前駆体に印加される張力の量は、事前安定化された前駆体における最大達成可能ニトリル基環化より最大80%低い環化を促すように選択される。いくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、事前安定化された前駆体における最大達成可能ニトリル基環化より最大70%低い、最大60%低い、最大50%低い、最大40%低い、最大30%低い、又は最大20%低い環化を促すように選択され得る。上述の範囲はそれぞれ、所与の前駆体において最適量の環化ニトリル基が形成され得るウィンドウを独立して表し得る。
前駆体において達成され得る環化ニトリル基の最大量が50%である1つの実例において、その前駆体に印加される張力は、10%~50%の範囲内の環化ニトリル基の量を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択され得る。したがって、この例では、最大40%の%EORの許容され得る操作範囲が存在し得る。さらに、この例では、10%の量は、本発明による事前安定化された前駆体に許容される環化ニトリルの最少量を表す。この10%の値はまた、最大達成可能ニトリル基環化の約80%である量を表す(すなわち50%の80%)。したがって、最適量を表す環化ニトリル基の量は、10~50%の範囲内の量から選択され得、この%EOR範囲内での環化ニトリル基の量を促す張力が、いくつかの実施形態において選択され得る。
前駆体において達成され得る環化ニトリル基の最大量が30%である別の実例において、その前駆体に印加される張力は、10%~30%の範囲内の環化ニトリル基の量を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択され得る。したがって、この例では、最大20%の%EORの許容され得る操作範囲が存在し得る。したがって、10%の環化ニトリル基の最小値は、最大達成可能ニトリル基環化の約67%である量を表す(すなわち30%の67%)。したがって、上記の実例と同様に、最適量を表す環化ニトリル基の量は、10~30%の範囲内の量から選択され得、この%EOR範囲内での環化ニトリル基の量を促す張力が、いくつかの実施形態において選択され得る。
前駆体において達成され得る環化ニトリル基の最大量が20%であるさらに別の実例において、最大達成可能ニトリル基環化より80%低い値は、4%の環化ニトリル基を表す。しかしながら、4%の値は、本発明による事前安定化された前駆体に必要な少なくとも10%の環化ニトリル基の最小閾値未満であることが認識される。したがって、そのような状況では、許容され得る操作ウィンドウは、10%の環化ニトリル基の下限閾値により制限されるため、その前駆体に印加される張力は、単に10%~20%の範囲内の環化ニトリル基の量を形成するものから選択され得る。したがって、この例において、最大達成可能ニトリル基環化の最大50%(すなわち20%の50%)のみを提供する操作ウィンドウが許容され得る。したがって、10~20%の範囲内の環化ニトリル基の量は、環化ニトリル基の最適量を表し得、この%EOR範囲内の環化ニトリル基の量を促す張力が、いくつかの実施形態において選択され得る。
いくつかの実施形態において、事前に安定化された前駆体は、環化ニトリル基の下限閾値(又は最少)量として、少なくとも15%又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有し得る。そのような実施形態において、最大%EORからの許容され得る変動の量は、より小さいウィンドウ内となり得る。例えば、前駆体において達成され得る環化ニトリル基の最大量が50%であり、形成された事前安定化された前駆体において15%のニトリル基環化の最小値(又は下限閾値)が必要である場合、その前駆体に印加される張力は、15%~50%の範囲内の量の環化ニトリル基を形成するように選択され得る。したがって、この例では、最大35%の%EORの許容され得る操作範囲が存在し得る。したがって、15%の最小限のニトリル環化は、最大ニトリル基環化の約70%(すなわち50%の70%)である量を表す。
環化ニトリル基の最大及び最適量はそれぞれ、本明細書に記載のフーリエ変換赤外(FT-IR)分光法を使用して決定され得る。
10%超であるが前駆体において達成可能な環化ニトリル基の潜在的最大量未満の環化ニトリル基の所望量が事前安定化された前駆体において望まれる実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、所望量の環化基の形成を促すために、その前駆体に対する最適化された張力値から変動し得る。最適化された張力からの変動は、最大ニトリル基環化を促す最適化された張力値より大きい、又は小さい張力値であってもよい。
1組の実施形態において、選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体が加熱される際に、最適化された張力から最大20%変動する量の張力が前駆体に印加されて、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成され得る。他の実施形態において、最適化された張力から最大15%、又は最大10%変動する量の張力が前駆体に印加されて、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成され得る。
本明細書に記載の前駆体安定化方法の1つ又は複数の実施形態は、事前安定化された前駆体を形成する前に、前駆体に対する張力パラメーターを決定するステップをさらに含んでもよく、前駆体に対する張力パラメーターを決定するステップは、
(a)実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱する温度及び期間を選択することと;
(b)ある範囲の異なる実質的に一定の量の張力を前駆体に印加しながら、選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱することと;
(c)フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により、前駆体に印加されたそれぞれの実質的に一定の量の張力に対して前駆体に形成された環化ニトリル基の量を決定することと;
(d)張力に対するニトリル基環化の程度(%EOR)の傾向を計算することと;
(e)計算された傾向から、少なくとも10%のニトリル基環化及び最大ニトリル基環化を提供する張力の量を特定することと;
(f)少なくとも10%のニトリル基環化を生じさせて前駆体を事前安定化する張力の量を選択することと
を含む。
張力パラメーターの決定は、理想的には、前駆体に関連して本発明の安定化方法を実行する前に、その前駆体に対して行われる。好適には、張力パラメーターの決定は、その前駆体から事前安定化された前駆体を形成する前に行われる。
張力パラメーターの決定は、選択された温度及び期間の条件下で所与の前駆体において所望の程度のニトリル基環化を促すのに適切な量の張力の特定及び選択を促進する。これによって、安定化方法の一部として、選択された温度及び期間で実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体が加熱された際に、所望量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が形成されることが可能となり得る。
張力パラメーターの決定は、選択された温度及び時間のパラメーターで実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体が加熱された際の、(i)所与の前駆体における少なくとも10%の環化ニトリル基、(ii)前駆体における最大達成可能量の環化ニトリル基、及び(iii)前駆体において10%から達成可能な最大量の間で生じる中間的な量の環化ニトリル基の形成を促し得る張力の量の特定を促進し得る。したがって、上記の張力パラメーター決定ステップは、評価されている前駆体から生成される事前安定化された前駆体における所望の程度のニトリル基環化(%EOR)を達成する張力の量のスクリーニングに役立つように使用され得る。
前駆体に対する張力パラメーターの決定は、選択された温度で選択された期間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体が加熱される際に、ある範囲の異なる実質的に一定の量の張力を前駆体に印加することを含む。したがって、前駆体を加熱するための温度及び期間はそれぞれ、その評価中、選択された値に固定されたままである。
張力パラメーターの決定は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱するための温度及び時間の選択された条件をそれぞれ選択された値に固定したまま、異なる量の実質的に一定の張力を前駆体繊維に印加することを含む。実際には、ベースライン張力であってもよい初期張力を前駆体に印加することが有用である。上述のように、ベースライン張力は、事前安定化反応器を通した前駆体の運搬を促進するのに十分な張力である。次いで、前駆体に印加される張力の量は、初期張力値から徐々に増加され得る。次いで、ある範囲の異なる実質的に一定の量の張力が前駆体に印加される際に前駆体に形成される環化ニトリル基の量(%EOR)が、FT-IR分光法により決定される。
異なる張力印加量で形成される環化ニトリル基の量(%EOR)に関連するデータが得られたら、次いで張力に対するニトリル基環化の程度(%EOR)の傾向が計算され得る。いくつかの実施形態において、張力に対するニトリル基環化の程度(%EOR)の傾向の計算は、%EOR対張力の曲線を示すグラフの作成を含み得る。
次いで、張力に対するニトリル基環化の程度(%EOR)の計算された傾向から、前駆体における(i)少なくとも10%のニトリル基環化、(ii)最大ニトリル基環化、及び(iii)10%から最大達成可能量の間の中間的な量のニトリル環化を促す張力の量を特定することが可能である。例えば、計算された傾向から、前駆体における20%~30%の環化ニトリル基の形成を促す張力の量を特定することが可能である。
選択された温度及び期間で前駆体における所望の選択された%EORの形成を生じさせる、又は促す張力の量が、計算された傾向から特定されたら、その張力の量が前駆体の事前安定化における使用に選択され得る。
一般に、少なくとも10%のニトリル基環化を促す張力の量が、本明細書に記載の事前安定化ステップにおいて前駆体を事前安定化するために選択される。
いくつかの実施形態において、10%~50%、15%~45%、又は20%~30%のニトリル基環化を促す張力の量が、本明細書に記載の事前安定化ステップにおいて前駆体を事前安定化するために選択される。
さらに他の実施形態において、前駆体において達成可能な最大ニトリル基環化より最大80%、最大70%、最大60%、最大50%、最大40%、最大30%又は最大20%低い環化を促す張力の量が、本明細書に記載の事前安定化ステップにおいて前駆体を事前安定化するために選択される。
他の実施形態において、最大ニトリル環化を促す張力の量が、本明細書に記載の事前安定化ステップにおいて前駆体を事前安定化するのに選択される。
事前安定化ステップにおいて使用される(上記ステップに従い決定された)選択された張力パラメーターに加えて、張力パラメーターを決定する際に利用された温度及び期間もまた、前駆体の事前安定化に使用されることが、当業者には認識される。これは、必要な量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を適切に形成するための所望の張力パラメーターが、所与の前駆体の事前安定化に異なる温度及び/又は期間の条件が使用された場合、変動し得るためである。
1組の実施形態において、PAN前駆体の事前安定化は、実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を5分以内の期間加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加することを含み、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び前駆体に印加される張力の量は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
上述のように、前駆体に印加される張力は、前駆体におけるニトリル基環化の程度を制御することができ、したがって、所望量の環化ニトリル基が達成されることを可能にする。本明細書に記載の事前安定化方法のいくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力は、FT-IR分光法により決定される、少なくとも15%、好ましくは20~30%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
1組の実施形態において、事前安定化ステップ中、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で所定の温度で所定の期間加熱されながら、実質的に一定の量の張力が前駆体に印加され、張力の量は、FT-IR分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。10%の値は事前安定化された前駆体における最少量の環化ニトリル基を表すこと、及び事前安定化された前駆体においてより高い量の環化ニトリル基が形成され得ることが、当業者には認識される。例えば、事前安定化された前駆体は、20~30%の環化ニトリル基を有してもよい。
特定の組の実施形態において、PAN前駆体の事前安定化は、実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を約250℃~400℃の範囲内の温度で5分以内の期間加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加することを含み、張力の量は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、FT-IR分光法により決定される、10~50%、15~40%、又は20~30%の環化ニトリル基を有してもよい。
所望量の環化ニトリル基は、実質的に酸素を含まない雰囲気中での前駆体の滞留時間中に形成される。したがって、所望量の環化ニトリル基は、5分未満、4分未満、3分未満、又は2分未満から選択される期間で形成され得る。
いくつかの実施形態において、ポリアクリロニトリルを含む前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、4分以内、3分以内、又は2分以内の期間加熱される。
いくつかの実施形態において、ポリアクリロニトリルを含む前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約280℃~320℃の範囲内の温度で加熱される。
いくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。ニトリル基環化の程度は、本明細書に記載のフーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される。いくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力が不十分である場合、環化の程度が不十分となり得ることが判明している。
いくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力の量は、FT-IR分光法により決定される、約10%~約50%、好ましくは約10%~約45%、最も好ましくは約20%~約30%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
事前安定化された前駆体における環化ニトリル基の最適化された量は、上記範囲内に含まれ得る。いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体において達成可能な環化ニトリル基の最大量(最大%EOR)は、上記範囲内に含まれ得る。
事前安定化ステップのための選択されたPAN前駆体繊維、並びに選択された加熱時間及び温度の条件に対して、前駆体繊維に印加される張力の量は、前駆体繊維が弛んだ状態とならないような量となるべきである。実用性を考慮すると、前駆体に印加される張力は、事前安定化ステップを実行するために使用される反応チャンバーを通る繊維の運搬を促進する一方で、チャンバーの内部表面との接触を回避するのに十分である。しかしながら、印加される張力はまた、前駆体繊維が印加張力下で破損するほど高くなるべきではない。
1組の実施形態において、PAN前駆体に印加される張力の量は、短線サイズに依存して約50cN~約50,000cNの範囲内である。いくつかの実施形態において、PAN前駆体に印加される張力の量は、約50cN~約10,000cNの範囲内であってもよい。例えば、いくつかの実施形態において、最大6,000cNの張力が印加されてもよい。いくつかの実施形態において、最大4,000cNの張力が印加されてもよい。
いくつかの実施形態において、PAN前駆体に印加される張力は、前駆体の寸法(例えば形状又は長さ)を著しく改変するほど十分ではない。例えば、PAN前駆体に張力が印加されると、前駆体の少なくとも1つの寸法は10%を超えて変化しない。
所与の前駆体における所望量のニトリル基環化を促すのに好適な張力が選択されたら、前駆体に印加される張力は、実質的に一定に維持及び固定される。前駆体が実質的に一定の張力で処理されるように、張力が選択された値から許容され得る限度内に維持されることを確実にするために、制御が利用され得る。これは、前駆体安定化方法の連続操作を促進し、事前安定化された前駆体、安定化された前駆体、さらにその後の炭素繊維における一貫した品質を確保し得る安定な前駆体プロセッシングを確保するために、張力が維持されることを確実にするために重要となり得る。
1組の実施形態において、事前安定化ステップ中にPAN前駆体に印加される張力の量は、前駆体におけるニトリル基環化の程度を最大化するように選択される。
1組の実施形態において、事前安定化ステップ中、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で所定の温度で所定の期間加熱されながら、実質的に一定の量の張力が前駆体に印加され、張力は、FT-IR分光法により決定される、最大限のニトリル基環化(最大%EOR)を有する事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
特定の実施形態において、最大限のニトリル環化(最大%EOR)を得るために前駆体が加熱される所定の期間は、約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内から選択され得る。
特定の実施形態において、最大限のニトリル環化(最大%EOR)を得るために前駆体が加熱される所定の温度は、約250℃~400℃、又は約280℃~320℃の範囲内であってもよい。
特定の実施形態において、最大限のニトリル環化(最大%EOR)を得るために前駆体に印加される張力は、約50cN~約50,000cNの範囲内、又は約50cN~約10,000cNの範囲内であってもよい。
事前安定化中に印加される張力の量は、PAN前駆体における必要量の環化ニトリル基の迅速形成を促進し得る。
いくつかの実施形態において、炭素繊維等の炭素材料を生成するための経済的プロセスのために、最適化された張力値を前駆体に印加することが有益となり得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化ステップ中に前駆体に印加される張力は、Favimat(単一フィラメント試験機)により決定される伸びの広がり(elongation spread)(標準偏差)が可能な限り低くなるような張力である。小さい標準偏差、ひいては小さい伸びの広がりは、前駆体繊維が均一に処理されているか否かを決定するのに役立ち得る。1つの優先的態様において、印加される張力は、事前安定化ステップにおける伸びの広がりが、未処理(バージン)PAN前駆体の伸びの広がりに可能な限り近くなるような張力である。
いくつかの実施形態において、前駆体に印加される張力は、事前安定化ステップ後に前駆体の長さの増加をもたらし得る前駆体の伸長を引き起こすには不十分である。
特定の実施形態において、0%以下の伸長比率を有する事前安定化された前駆体を形成するように、前駆体に印加される張力の量が制御されることが好ましくなり得る。0%の伸長比率は、前駆体が伸長されないことを確実にする様式で処理機器を操作することにより達成され得る。
別の組の実施形態において、事前安定化ステップ中、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で所定の温度で所定の期間加熱されながら、実質的に一定の量の張力が前駆体に印加され、前駆体に印加される張力の量は、FT-IR分光法により決定される、最適化された量の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体を形成するのに十分である。
特定の実施形態において、PAN前駆体の事前安定化は、実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を約250℃~400℃の範囲内の温度で5分以内の期間加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加することを含み、張力の量は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、最適化された量の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体を形成するように選択される。
本明細書において議論されるように、最適化された量の環化ニトリル基は、前駆体において達成され得る最大量の環化ニトリル基より最大80%、最大70%、最大60%、最大50%、最大40%、最大30%、又は最大20%低い量であってもよい。
特定の実施形態において、最適化された量のニトリル基環化を得るために前駆体が加熱される所定の期間は、約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内から選択され得る。
特定の実施形態において、最適化された量のニトリル基環化を得るために前駆体が加熱される所定の温度は、約250℃~400℃、又は約280℃~320℃の範囲内であってもよい。
特定の実施形態において、最適化された量のニトリル基環化を得るために前駆体に印加される張力は、約50cN~約50,000cNの範囲内、又は約50cN~約10,000cNの範囲内であってもよい。
本明細書に記載の方法によるPAN前駆体の事前安定化処理は、様々な異なる装置で行うことができる。
1組の実施形態において、事前安定化ステップは、実質的に酸素を含まない雰囲気中で含まれる前駆体を加熱するように構成された反応器内で行われる。PAN前駆体は、事前安定化ステップ中、反応器を通して搬送される。前駆体を事前安定化するように構成された反応器は、本明細書において「事前安定化反応器」とも呼ばれる場合がある。
事前安定化反応器は、前駆体が所定量の張力下で反応チャンバーを通過する際に、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を事前安定化するように構成された反応チャンバーと、前駆体が反応チャンバーに進入するための入口と、前駆体が反応チャンバーから出るための出口と、実質的に酸素を含まないガスの流れを反応チャンバーに送達するためのガス送達システムとを備えてもよい。前駆体繊維は、反応チャンバーを単回又は複数回通過してもよい。いくつかの実施形態において、事前安定化反応器はまた、事前安定化された前駆体が反応器を出る前に前駆体から熱を除去するように構成された冷却ゾーンを備えてもよい。
事前安定化反応器の例は、実質的に酸素を含まない雰囲気を含むように構成された炉又はオーブンであってもよい。
前駆体を事前安定化するために使用され得る反応器の別の例は、オーストラリア特許仮出願第2016904219号、及びオーストラリア仮特許出願第2016904219号の優先権を主張する同時係属出願である国際特許出願に記載されている。
事前安定化反応器は、単一の反応チャンバー又は複数の反応チャンバーを備えてもよい。反応器が複数の反応チャンバーを備える場合、各チャンバーは同じ温度であってもよく、又はチャンバーの2つ以上が異なる温度であってもよい。各反応チャンバーは、PAN前駆体が加熱される温度ゾーンを提供し得る。
1つの優先的態様において、事前安定化反応器は、単一の反応チャンバーを備えてもよい。単一の反応チャンバーは、前駆体を事前安定化するための複数の温度ゾーンを提供するように構成され得る。
事前安定化反応器が複数の温度ゾーン(単一の反応チャンバー内であってもよく、又は複数の反応チャンバー内であってもよい)を備える場合、各温度ゾーンは、好ましくは、本明細書に記載の事前安定化温度範囲内である。
前駆体が事前安定化反応器を複数回通過する場合、事前安定化ステップは、複数段階で行われ得る。各通過は、事前安定化ステップの段階を表し得る。事前安定化ステップは、各段階間で中断されてもよい。
いくつかの実施形態において、事前安定化が複数段階で行われる場合、前駆体が段階間で雰囲気に短期間曝露され得ることが企図される。雰囲気は、窒素雰囲気等の実質的に酸素を含まない雰囲気であってもよく、又は代替として、周囲空気等の酸素含有雰囲気であってもよい。
前駆体が事前安定化ステップの段階間で酸素含有雰囲気に曝露される場合、そのような曝露は、事前安定化段階間で前駆体に実質的な化学変化又は視覚的変化(例えば色の変化)が生じない、又は認識されないように、可能な限り短い(例えば数秒程度)ことが望ましい。
また、前駆体は、事前安定化ステップの段階間で冷却され得ることが企図される。これは、前駆体が事前安定化反応器を複数回通過する際、前駆体が周囲空気等の酸素含有雰囲気に短期間曝露される場合に、前駆体と周りの雰囲気中の酸素との反応を制限するために望ましくなり得る。
事前安定化反応器の反応チャンバー内の実質的に酸素を含まない雰囲気を確立するために、実質的に酸素を含まないガスの流れが使用され得る。一実施形態において、実質的に酸素を含まないガスの流れは、反応チャンバーへの酸素の侵入を阻害するのに十分となり得る。実質的に酸素を含まないガスの流れは、PAN前駆体におけるニトリル基が事前安定化ステップ中に環化する際に放出される発熱エネルギーを放散するのにさらに役立ち得る。
1つの優先的態様において、実質的に酸素を含まないガスは、不活性ガスである。実質的に酸素を含まないガスは、窒素、又はアルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、及びラジウム等の希ガス、又はそれらの混合物を含み得る。
実質的に酸素を含まないガスは、可能な限り乾燥しており、実質的に水を含まないことが好ましい。
いくつかの実施形態において、実質的に酸素を含まないガスは、加熱されたガスであってもよい。加熱されたガスは、事前安定化反応器内の所望の温度の実質的に酸素を含まない雰囲気を確立するために使用され得る。したがって、加熱されたガスは、事前安定化反応器内にある時にPAN前駆体を選択された温度で加熱することを促進し得る。事前に加熱されたガスの使用は、反応器内で冷えたガスを所望温度まで上昇させるためにエネルギーを必要としないため、本明細書に記載の前駆体安定化及び炭素繊維製造方法の全体的エネルギー消費を低下させるのに有利に役立ち得る。さらに、加熱されたガスが使用される場合、ガス膨張のためにガス消費がより低くなり得る。
事前安定化反応器は、反応器内の反応チャンバーの数及び構成に一部依存し得る定義された長さを有することが、当業者には認識される。前駆体は、所定の速度で反応器内の各反応チャンバーを単回又は複数回通過し得る。反応器の長さ、反応器内の各反応チャンバーを通る前駆体の流路、及び反応器内の反応チャンバーを通して前駆体が搬送される速度はそれぞれ、反応器内の前駆体の全滞在時間に影響し得る。一方、滞在時間は、事前安定化ステップが行われる期間を決定付け得る。
さらに、反応チャンバー内のPAN前駆体の滞留時間は、所与の反応チャンバー内の温度により影響され得、またその逆も成り立つ。例えば、事前安定化のためにより高い温度が使用される実施形態では、より低い温度が使用される実施形態と比較して反応チャンバー内の滞留時間を短くすることが望ましくなり得る。
1組の実施形態において、反応器内の前駆体の滞在時間は、約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内である。
所与の反応器において、反応器内の1つ又は複数の反応チャンバーの温度、並びに前駆体が各チャンバーを通して搬送される速度及び各チャンバーを通る前駆体の流路は、所望の滞在時間を達成するために調整され得る。
いくつかの実施形態において、前駆体が事前安定化反応器を通して搬送される速度は、炭素繊維生成ラインで使用されるライン速度に一致するように選択される。これにより、事前安定化ステップを、既存の炭素繊維製造プロセス内のステップとして組み込むことが可能になる。特定の実施形態において、前駆体は、事前安定化反応器を通して、約10~1,000メートル/時間(m/h)の範囲内の速度で搬送されてもよい。
一形態において、所望量の張力を印加することができるかどうかに依存して、前駆体の迅速なプロセッシングを補助するには高速が好ましい。例えば、前駆体は、事前安定化反応器内での可能な限り短い滞留時間を有することが好ましくなり得る。
事前安定化期間(例えば事前安定化反応器内での滞在時間)が選択されたら、次いで、選択された期間内に事前安定化ステップを完了させるように、事前安定化ステップ中に前駆体が加熱される温度が選択され得る。加熱温度を決定するための手順の一例は、上述されている。
いくつかの特定の実施形態において、事前安定化ステップ中、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、前駆体を分解することなく前駆体におけるニトリル基環化を開始するのに十分な温度で加熱される。1つの優先的態様において、実質的に酸素を含まない雰囲気中にある時に前駆体が加熱される温度は、少なくとも10%のニトリル基環化を促すのに十分である。
1組の実施形態において、前駆体は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、約250℃~400℃、又は約280℃~320℃の範囲内の温度で加熱される。いくつかの実施形態において、前駆体は、事前安定化ステップの間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で、250~400℃、約260℃~380℃、約280℃~320℃、及び約290℃~310℃からなる群から選択される範囲内の温度で加熱される。そのような範囲内の温度での加熱は、約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内からなる群から選択される期間行われてもよい。
上述の温度は、事前安定化反応器の反応チャンバー又は各反応チャンバー内の環境温度を表し得る。環境温度は、熱電対又は他の適切な温度測定デバイスにより測定され得る。事前安定化反応器の各反応チャンバー内の環境温度は、事前安定化ステップ中、好ましくは実質的に一定に維持される。
事前安定化反応器は、前駆体を所望温度で加熱するのを促進するために、1つ又は複数の加熱素子を備えてもよい。いくつかの実施形態において、加熱素子は、前駆体を事前安定化するように構成された反応チャンバーを加熱してもよい。加熱素子は、反応チャンバーに送達される実質的に酸素を含まないガスの流れを加熱し得る。
いくつかの実施形態において、前駆体を事前安定化するために使用される各温度ゾーン内の温度は、好ましくは、選択された温度値の3℃以内に維持される。事前安定化反応器内の1つ又は複数の反応チャンバーが、前駆体を事前安定化するための1つ又は複数の温度ゾーンを提供してもよい。事前安定化反応器内の実質的に酸素を含まない雰囲気を提供するために加熱された実質的に酸素を含まないガスの流れが使用される1組の実施形態において、反応器に進入する際の加熱されたガスの温度は、反応器温度を維持することができるように、任意の1つの温度ゾーンの温度が所望温度から±2℃以内、好ましくは±1℃以内で変動するように制御され得る。
事前安定化中、PAN前駆体におけるニトリル基が環化する際に発熱エネルギーが放出される。これが管理されない場合、放出された発熱エネルギーの量が、前駆体の温度を大幅に上昇させ、前駆体を損傷して火災のリスクを呈し得る。発熱暴走を回避するために、加熱された実質的に酸素を含まないガスの温度及び流速は、前駆体の温度を許容され得る限度内に維持するように選択され得る。放出された発熱エネルギーによって前駆体が反応器環境温度より高い温度に達する場合、実質的に酸素を含まないガスの流れは、前駆体の温度を所望の反応器温度まで冷却及び制御するように機能し得ることが、当業者には認識される。
いくつかの実施形態において、ガス流速は、前駆体に隣接して測定される温度が、実質的に酸素を含まないガスの温度の40℃以内、好ましくはガスの温度の30℃以内であるような流速である。本明細書において使用される場合、「前駆体に隣接して」は、前駆体の10mm以内、好ましくは前駆体の3mm以内、より好ましくは前駆体の1mm以内を意味する。いくつかの実施形態において、ガス流速は、実際の前駆体温度が、ガスの温度の50℃以内、好ましくはガスの温度の40℃以内、より好ましくはガスの温度の30℃以内であるような流速であってもよい。
ガスの流速は、前駆体の周囲で局所的な乱流ガスが存在するのに十分高くてもよい。前駆体付近のこの局所的な乱流は、反応副生成物の効果的な除去を促進すると共に、前駆体の発熱挙動の管理を補助する、ある程度の繊維撹拌及び振盪を誘引し得る。ガス流内の前駆体繊維の撹拌は、繊維の温度が許容され得る限度内に維持されることを確実にするように、前駆体からガスの流れへの熱伝達を促進し得る。しかしながら、ガスの流速は、過度に高くならないように制御されるが、これは前駆体の過度の撹拌を引き起こし、破損を含む前駆体の損傷をもたらし得るためである。
上述のように、事前安定化ステップ中、実質的に一定の量の張力もまた前駆体に印加される。所望量の張力は、前駆体を事前安定化するために使用される各反応チャンバーの上流側及び下流側に位置する引張デバイスにより印加され得る。前駆体は、所定量の張力下で各反応チャンバーに前駆体を通過させるように構成された引張デバイスの間に懸架される。
いくつかの実施形態において、引張デバイスは、当技術分野において知られているもの等の材料取り扱いデバイスであり、事前安定化反応チャンバーとは別個の構成要素である。材料取り扱いデバイスの例は、駆動ローラーを含む。
いくつかの実施形態において、反応器は、1つ又は複数の引張デバイスを備えてもよい。事前安定化反応器が2つ以上の反応チャンバーを備える実施形態において、引張デバイスは、前駆体が1つの反応チャンバーから次の反応チャンバーへと通過する際に引張デバイスを介して搬送されるように、各反応チャンバーの上流側及び下流側に提供されてもよい。
引張デバイスは、実質的に一定の量の張力がPAN前駆体に印加され得るように、張力コントローラーにより制御され得る。印加される張力の量は、張力計又は電気ロードセル、例えば圧電ロードセルを使用することにより監視され得る。引張デバイスは、事前安定化の間前駆体に印加される張力を実質的に一定の値に維持するように制御され得る。張力の揺らぎは、温度等の事前安定化プロセスパラメーターの調整を必要とし得るプロセスの不安定性を示し得る。
例えば、駆動ローラーシステムは、前駆体繊維が事前安定化ステップを通して運ばれることを可能にし得る。駆動ローラーシステムが動作する速度は、事前安定化ステップにおいて使用される張力を設定するのに役立ち得る。ロードセルは、前駆体に印加される張力のいかなる揺らぎも監視するのを補助するために、またフィードバックを提供して張力の制御を補助するために使用され得る。ロードセルはまた、自動化システムを介して張力を制御するようにプログラムされてもよい。好ましくは、前駆体を搬送するために使用される駆動ローラーシステムは、張力を選択された値の5%以内に維持することができる。
前駆体の張力は、反応器に進入する前の前駆体の相対温度及び湿度、材料取り扱いデバイス(例えばローラー)間の距離により影響されるカテナリー効果、前駆体に生じる化学変化に起因する前駆体が経験する収縮度、並びに前駆体が事前安定化された際に生じる他の固有の材料特性の変化等を含む、いくつかの因子により影響され得る。
いくつかの実施形態において、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加するために、引張デバイスにより適用される延伸比が必要に応じて調整される。したがって、実際には、事前安定化反応器内の所与の温度及び滞留時間での同じ前駆体に対して、引張デバイスにより適用される延伸比は、望ましい所定の実質的に一定の張力が前駆体に印加されることを確実にするために、前駆体の張力に影響する因子に対応するように変更又は調整され得る。例えば、同じ望ましい所定の実質的に一定の量の張力が各反応器内の前駆体に印加され得るように、ローラー間の距離が比較的短い反応器には、比較的長い反応器と比較して異なる延伸比が適用されてもよい。
延伸比は、事前安定化反応器の下流側(すなわち出口側)の引張デバイスの移送速度と比較した上流側(すなわち入口側)の引張デバイスの移送速度によって決定される。下流側の移送速度が上流側の速度より高い場合、延伸比は正であり、引き伸ばし荷重が前駆体に印加され、印加される張力が増加する。逆に、上流側の速度が下流側の速度より高い場合、延伸比は負であり、圧縮荷重が前駆体に印加され、印加される張力が低減する。いくつかの実施形態において、収縮度及び他の固有の材料特性の変化は、望ましい所定の実質的に一定の張力を前駆体に印加するために負の延伸比が使用されるようなものであってもよい。他の実施形態において、正の延伸比が使用されてもよい。
いくつかの他の実施形態において、移送速度は、0%の延伸比が使用されるように選択される。したがって、いくつかの実施形態において、事前安定化反応器の上流側及び下流側に位置する引張デバイスは、前駆体繊維を伸長させることなく懸架された前駆体繊維に所望量の張力が印加され得ることが確実となるような様式で操作され得る。例えば、事前安定化反応器チャンバーの上流側及び下流側に位置する引張デバイス内の駆動ローラーは、間に懸架された前駆体繊維が反応器を通って移動する際に伸長されないことが確実となるように同じ回転速度で操作され得る。
他の実施形態において、事前安定化反応器の上流側及び下流側に位置する引張デバイスは、前駆体繊維を伸長させることなく懸架された前駆体繊維に所望量の張力が印加され得ることが確実となるような様式で操作され得る。例えば、事前安定化反応器チャンバーの上流側及び下流側に位置する引張デバイス内の駆動ローラーは、間に懸架された前駆体繊維が反応器を通って移動する際に伸長されないことが確実となるように同じ回転速度で操作され得る。
所望により、事前安定化された前駆体は、任意選択で、酸素含有雰囲気に曝露される前に回収されてもよい。例えば、事前安定化された前駆体は、1つ又は複数のスプールに回収されてもよい。
しかしながら、事前安定化された前駆体は、事前安定化中のPAN前駆体の部分環化に少なくとも一部起因して、酸化処理ステップに向けて活性化されていると考えられる。この活性化のために、事前安定化された前駆体は、化学的に不安定で、酸素含有環境(例えば空気)中にある場合にさらなる反応を生じやすくなり得る。例えば、不活性雰囲気中で生成され得るジヒドロピリジン構造は、酸素に曝露された場合、フリーラジカル自己酸化による反応を生じる傾向を有し得ると考えられる。したがって、この不安定性に起因して、事前安定化された前駆体を保存するのではなく、事前安定化された前駆体をその形成直後又は形成後間もなく酸素含有雰囲気に曝露することが有利となり得る。事前安定化された前駆体の保存が望まれる場合、実質的に酸素を含まない雰囲気中、例えば不活性ガスを含む雰囲気中で保存を行うことが有益となり得る。
事前安定化ステップから得られた事前安定化された前駆体は、バージンPAN前駆体よりも熱的に安定であると考えられ、また示差走査熱量測定(DSC)により決定されるように、より低い発熱性を有することが判明した。事前安定化された前駆体における発熱挙動の減少は、事前安定化された前駆体における環化ニトリル基の存在に少なくとも一部起因すると考えられる。炭素繊維製造方法に置き換えると、PAN前駆体のプロセッシング中に放出されるエネルギーの低減により、さらなる酸化発熱反応をより良好に制御することができ、したがって炭素繊維製造の安全性が向上する。
酸化
安定化された前駆体を形成するために、事前安定化された前駆体は酸素含有雰囲気に曝露される。このように、事前安定化された前駆体は、安定化された前駆体に変換される。本明細書に記載の方法の実施形態のこのステップはまた、本明細書において「酸化」又は「酸化する」ステップと呼ばれる場合がある。安定化された前駆体を形成するための条件を、以下で説明する。
酸化ステップの間、事前安定化ステップ中に環化しなかったPAN前駆体におけるペンダントニトリル基が、ここでさらなる環化を生じ得る。したがって、酸化ステップは、事前安定化された前駆体繊維の量に比べて環化ニトリル基の量(ひいては六角形炭素-窒素環の量)を増加させ、前駆体中のより高い割合の梯子型構造をもたらす。環化ニトリル基の量を増加させることにより、前駆体は、増加した熱的安定性を獲得し、炭素繊維等の炭素ベース材料を形成するために使用され得る本明細書に記載のその後の炭化プロセスに向けて適切に調製される。
高い割合の環化ニトリル基を含む安定化された前駆体は、望ましい物理的特性及び引張特性を有する高品質炭素材料の形成を可能にするのに有益となり得る。いくつかの実施形態において、安定化された前駆体は、少なくとも50%の環化ニトリル基、好ましくは少なくとも60%の環化ニトリル基を含んでもよい。安定化された前駆体は、最大約85%の環化ニトリル基を含んでもよい。特定の実施形態において、安定化された前駆体は、約65%~75%の環化ニトリル基を含んでもよい。
少なくとも10%の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体を形成することによって、より短い時間で、またそれと同時により低いエネルギー消費及びコストで、安定化された前駆体における所望量の環化ニトリル基を得ることが可能である。
酸化するステップの間、追加的な化学反応、例えば脱水素化及び酸化反応、並びに分子間架橋反応もまた生じ得ることが、当業者には理解される。ポリマー骨格に沿った脱水素化反応は、共役電子系及び縮合環構造の形成をもたらし得、一方酸化反応は、カルボニル及びヒドロキシル官能基の形成をもたらし得る。
酸化ステップ中に事前安定化された前駆体が暴露される酸素含有雰囲気は、好適な量の酸素を含む。
酸素含有雰囲気は、酸素(すなわち酸素分子若しくはO2)のみを含んでもよく、又は、1種若しくは複数種のガスと組み合わせて混合した酸素を含んでもよい。いくつかの実施形態において、酸素含有雰囲気の酸素濃度は、約5体積%~30体積%である。
一実施形態において、酸素含有雰囲気は、空気である。空気の酸素含有量は、約21体積%であることが、当業者には理解される。
1組の実施形態において、酸素含有雰囲気を確立するために、空気等の酸素含有ガスの流れが使用され得る。
事前安定化された前駆体の酸素含有雰囲気への曝露は、安定化された前駆体を形成するのに十分な所望の期間、所望の温度で進行し得る。さらに、いくつかの実施形態において、酸化ステップ中、事前安定化された前駆体に張力が印加されてもよい。
事前安定化ステップと同様に、事前安定化された前駆体を安定化された前駆体に変換するための酸化ステップ中に使用されるプロセス条件(すなわち、温度、期間及び張力)の選択の指針となるように、いくつかの指標が使用され得る。指標は、別個に、又は組み合わせて考慮され得る。酸化プロセス条件は、所望の特性を有する安定化された前駆体繊維の形成を補助するように選択され得る。
事前安定化された前駆体を安定化された前駆体に変換するために使用される酸化プロセス条件の選択は、いくつかの実施形態において、完全に安定化された前駆体において生成される以下の指針のうちの1つ又は複数に関連する望ましい成果に依存し得る:前駆体の機械的特性(最終引張強度、引張係数及び破断時伸びの引張特性を含む)、前駆体繊維直径、質量密度、ニトリル基環化の程度(%EOR)、並びに外観。酸化中に使用されるプロセス条件は、上記指標のうちの1つ又は複数の推移を促して、酸化ステップの終了時に生成される安定化された前駆体における所望の成果を達成するために調整され得る。
いくつかの実施形態において、酸化ステップ中に使用されるプロセス条件が、所望の引張特性を有する安定化された前駆体を生成するように選択されることが望ましくなり得る。
例えば、いくつかの実施形態において、低い引張強度及び引張係数は、高い前駆体安定化の程度を示し得るため、酸化ステップ中に使用されるプロセス条件が、酸化ステップから生成された安定化された前駆体における最終引張強度及び/又は引張係数の最小値をもたらすように選択されることが望ましくなり得る。
さらに、いくつかの実施形態において、酸化ステップ中に使用されるプロセス条件が、酸化ステップから生成された安定化された前駆体における最大の破断時伸び値をもたらすように選択されることが望ましくなり得る。
事前安定化された前駆体を安定化された前駆体に変換するために使用される酸化プロセス条件(すなわち、温度、期間及び張力)は、酸化ステップ中に、所望の引張特性を有する安定化された前駆体の形成を補助する、ニトリル基環化及び脱水素化を含む化学反応を適切に促すように選択され得る。
例として、酸化ステップ中、固定された温度及び時間条件下において、PAN前駆体の最終引張強度及び引張係数の特性はそれぞれ、事前安定化された前駆体に印加される張力の量が増加すると減少し得ることが判明している。最終引張強度及び引張係数の減少は、各特性の最小値に達するまで継続する。その後、前駆体に印加される張力の量のさらなる増加は、最終引張強度及び引張係数の増加をもたらす。
同様に、酸化ステップ中、固定された温度及び時間条件で、安定化されたPAN前駆体の破断時伸びは、酸化中に事前安定化された前駆体に印加される張力の量が増加すると、最大破断時伸び値に達するまで増加し得る。最大値を超えると、対応する印加張力の増加に対して破断時伸びは減少し始める。いくつかの実施形態において、酸化ステップ中に使用されるプロセス条件が、酸化ステップから形成された安定化された前駆体における最大の破断時伸び値をもたらすように選択されることが望ましくなり得る。
前駆体繊維直径もまた、酸化ステップの結果減少し得る。繊維直径の減少は、化学反応により誘引される重量損失及び繊維収縮の組み合わせの結果である。いくつかの実施形態において、繊維の直径は、酸化ステップ中に前駆体に印加される張力により影響され得る。
酸化ステップ中の安定化の進行及び梯子型構造の推移に伴い、前駆体の質量密度は酸化の間増加し、直線の傾向に従い得る。したがって、完全に安定化された前駆体の質量密度は、酸化ステップのためのプロセス条件の選択の指針となるのに役立つ指標として使用され得る。
いくつかの実施形態において、酸化ステップに選択されるプロセス条件は、約1.30g/cm3~1.40g/cm3の範囲内の質量密度を有する安定化された前駆体を形成するのに十分である。そのような範囲内の質量密度を有する安定化された前駆体は、高性能炭素繊維の製造に好適となり得る。
酸化プロセス条件の選択に使用され得る別の指標は、安定化された前駆体におけるニトリル基環化の程度(%EOR)である。反応の程度(%EOR)は、安定化された前駆体中の環式構造の割合の測定を提供する。事前安定化ステップ中に得られた%EORの知識と合わせて、この指標によって、酸化安定化プロセス中にどれ程の環化が生じたかを決定することができる。
いくつかの実施形態において、酸化ステップに選択されるプロセス条件は、少なくとも50%の環化ニトリル基、好ましくは少なくとも60%の環化ニトリル基を有する安定化された前駆体を形成するのに十分である。安定化された前駆体は、最大約85%の環化ニトリル基を有してもよい。1組の実施形態において、酸化ステップに選択されるプロセス条件は、約65%~75%の環化ニトリル基を有する安定化された前駆体を形成するのに十分である。安定化された前駆体におけるニトリル基環化の程度は、本明細書に記載の手順に従ってFT-IR分光法を使用して決定される。
本発明の方法の1つの利点は、少なくとも60%、好ましくは少なくとも65%の環化ニトリル基を有する安定化された前駆体が、代替の安定化方法と比較してより短期間で迅速に形成され得ることである。
いくつかの実施形態において、本発明の安定化方法により、低密度の安定化された前駆体が形成され得る。低密度の安定化された前駆体は、本明細書に記載の事前安定化された前駆体を本明細書に記載の酸化安定化条件に供することにより形成され得ることが判明している。そのような低密度の安定化された前駆体は、少なくとも60%、少なくとも65%、又は少なくとも70%の環化ニトリル基、及び約1.30g/cm3~1.33g/cm3の範囲内の質量密度を有し得る。そのような低密度の安定化された前駆体は、十分に熱的に安定であり、許容され得る特性を有する炭素繊維等の炭素ベース材料に炭化及び変換され得ることが判明している。本発明の安定化方法は、事前安定化ステップを利用して酸化安定化の前に事前安定化された前駆体を形成する方法により、独特の低密度の安定化された前駆体を生成し得ると考えられる。
酸化プロセス条件の選択の指針となるのに役立つように使用され得るさらなる指標は、完全に安定化された前駆体の外観である。例えば、スキン-コア形成は、前駆体のスキンからそのコアへの不均一な安定化の結果であるため、安定化された前駆体におけるスキン-コア断面形態の形成を制限又は回避するようにプロセス条件を選択することが望ましくなり得る。しかしながら、いくつかの実施形態において、本発明の方法に従って形成された完全に安定化された前駆体は、スキン-コア断面形態を有してもよい。さらに、本明細書に記載の実施形態に従って調製された完全に安定化されたPAN前駆体は、好ましくは、実質的に欠陥を含まず、許容され得る外観を有する。前駆体の溶融又は部分的な短線の破損を含む欠陥は、低い引張特性をもたらし得る、又はさらには安定化された前駆体で調製された炭素材料の不良をもたらし得ると考えられる。
本発明の安定化方法に従って形成された安定化された前駆体は、熱的に安定であり、裸火に曝露された場合に燃焼に抵抗性である。安定化された前駆体は、さらに、炭素繊維等の炭素ベース材料への変換のために炭化され得る。
1組の実施形態において、酸化ステップは、室温(約20℃)で行うことができるが、好ましくは高温で行われる。
事前安定化に供されたPAN前駆体の場合、酸化ステップは、安定化された前駆体の生成に従来使用される温度より低い温度で行うことができる。
本明細書に記載の前駆体安定化方法のいくつかの実施形態において、安定化された前駆体を形成するための酸化ステップは、事前安定化ステップを利用しない従来又は代替の安定化する方法において使用される温度より少なくとも20℃低い温度で行うことができる。
より低い温度で酸化ステップを行う能力は、前駆体安定化中に生じる化学反応に起因してもたらされ得る制御されない熱の推移及び熱暴走に関連したリスクを低減するのに役立ち得るため、有利となり得る。さらに、酸化ステップが行われる温度を低下させることにより、前駆体を安定化するために必要なエネルギーの量もまた低減され得る。
例えば、事前安定化された前駆体は酸素に敏感で、「活性化状態」にあり、酸素に反応性であると考えられる。したがって、これは、前駆体安定化に必要な期間を短縮することができ、これにより大幅なエネルギー節約及び製造コスト削減が得られる。
特に、高含有量の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体が酸素含有雰囲気に曝露される場合、前駆体の完全安定化をもたらす酸化反応は、より短い期間内に完了し得ることが判明している。したがって、少なくとも10%、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体をまず形成することにより、酸化安定化反応及び前駆体におけるさらなるニトリル基環化の速度は、事前安定化された前駆体が酸素含有雰囲気に曝露された際に増加し得、したがって安定化された前駆体の形成に必要な期間の短縮が可能となる。
いくつかの実施形態において、酸化ステップは、高温で行われる。
一実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸化ステップを行う際に酸素含有雰囲気中で加熱される。酸素含有雰囲気は、好適な量の酸素を含み得る。1つの優先的態様において、酸素含有雰囲気は、少なくとも10体積%の酸素を含む。一実施形態において、酸素含有雰囲気は、空気である。
酸化ステップ中に生じる酸化安定化反応は、酸素原子を消費し得ることが、当業者には認識される。その結果、酸素含有雰囲気中の酸素の含有量は、酸素含有雰囲気を確立するために使用されるガス中の酸素含有量より低くてもよい。
1つの優先的態様において、事前安定化された前駆体は、安定化された前駆体を形成するために、空気中で加熱される。
酸化ステップは、事前安定化ステップの温度より高い、又は低い温度で行われてもよい。代替として、酸化ステップは、事前安定化ステップに使用される温度とほぼ同じ温度で行われてもよい。
特定の実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中で、事前安定化された前駆体を形成するために使用された温度より低い温度である温度で加熱される。すなわち、酸化ステップは、事前安定化ステップの温度より低い温度で行われてもよい。
一形態において、酸化ステップは、周囲室温より高く、事前安定化ステップにおいて事前安定化された前駆体を形成するために使用された温度より低い温度で行われる。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中で、事前安定化するステップにおいて使用された温度より少なくとも20℃低い温度である温度で加熱されてもよい。
1つの優先的態様において、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中で、約200℃~300℃の範囲内の温度で加熱される。
酸化ステップが高温で行われる場合、事前安定化された前駆体は、実質的に一定の温度プロファイルで、又は可変の温度プロファイルで加熱されてもよい。
1組の実施形態において、事前安定化された前駆体は、一定の温度プロファイルで加熱される。そのような実施形態において、事前安定化された前駆体は、約300℃の温度で加熱されてもよい。
1組の実施形態において、事前安定化された前駆体は、可変の温度プロファイルで加熱される。例えば、事前安定化された前駆体は、まず選択された温度で加熱されてもよく、次いで酸化ステップが進行するにつれて温度が増加してもよい。例として、事前安定化された前駆体は、まず約230℃の温度で加熱され、酸化ステップ中に温度が約285℃に増加されてもよい。
酸化ステップは発熱性であるため、制御された速度で酸化ステップを行うことが望ましくなり得る。これは、様々な方法を通して、例えば所望の温度範囲内で温度を徐々に増加させながら、事前安定化された前駆体を一連の温度ゾーンに通過させることにより達成され得る。
事前安定化された前駆体の流路は、前駆体が特定の温度ゾーンを単回又は複数回通過するような流路であってもよい。
いくつかの実施形態において、酸化ステップ中の事前安定化された前駆体の加熱は、事前安定化された前駆体を単一の温度ゾーンに通過させることにより生じ得る。
他の実施形態において、酸化ステップ中の事前安定化された前駆体の加熱は、事前安定化された前駆体を複数の温度ゾーンに通過させることにより生じ得る。そのような実施形態において、事前安定化された前駆体は、2つ、3つ、4つ又はそれ以上の温度ゾーンを通過してもよい。ゾーンはそれぞれ、同じ温度であってもよい。代替として、2つ以上のゾーンが異なる温度であってもよい。例えば、少なくとも1つの温度ゾーン(例えば第1の温度ゾーン)は第1の温度であってもよく、一方少なくとも1つの温度ゾーン(例えば第2の温度ゾーン)は第1の温度とは異なる第2の温度である。
事前安定化された前駆体は、所与の温度ゾーンを単回通過してもよく、又は所与の温度ゾーンを複数回通過してもよい。温度ゾーンの複数回の通過は、事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露する時間を増加させるために利用され得る。
いくつかの実施形態において、各温度ゾーンは、事前安定化された前駆体の安定化を促進する反応が行われる酸化ゾーンを提供し得る。
酸素含有雰囲気を確立するために酸素含有ガスの流れが使用される場合の実施形態において、酸素含有ガスの流れは加熱されてもよい。加熱された酸素含有ガスの流れは、事前安定化された前駆体を反応温度まで上昇させるために使用され得る。
上述のように、事前安定化された前駆体は、事前安定化ステップ中のPAN前駆体におけるニトリル基の一部の環化により、酸化ステップに向けて活性化され得る。特に、事前安定化ステップによる前駆体の活性化は、安定化された前駆体のより迅速な形成を可能にし得ることが判明している。
1組の実施形態において、事前安定化された前駆体は、約60分以内、約45分以内、約30分以内、及び約20分以内からなる群から選択される期間、酸素含有雰囲気に曝露される。
本発明は、炭化されて炭素繊維を形成し得る安定化されたPAN前駆体繊維を迅速に調製するための方法を提供することができ、方法(事前安定化及び酸化ステップを含む)は、約60分以内、約45分以内、約30分以内、約25分以内、又は約20分以内から選択される期間行われる。
したがって、炭素繊維製造に好適な安定化された前駆体繊維は、約60分以内、約45分以内、約30分以内、約25分以内、又は約20分以内から選択される期間内に形成され得る。
炭化され得る安定化された前駆体を迅速に形成する能力は、炭素繊維等の炭素ベース材料の製造における時間、エネルギー及びコストの大幅な削減を提供し得る。例えば、所望量の環化ニトリル基を有する安定化された前駆体は、同様の安定化された前駆体を形成するように設計されるが、本明細書に記載の事前安定化ステップを含まない比較安定化方法より少なくとも25%、少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、又は少なくとも80%速く形成され得る。
1つの利点は、前駆体安定化に使用される酸化ステップが高速で進行し得ることである。これは、炭素繊維製造の時間及びコストに対する酸化ステップの影響を低減するのに役立ち得る。
1組の実施形態において、事前安定化された前駆体は、張力下で酸素含有雰囲気に曝露される。これは、酸化ステップ中、事前安定化された前駆体に所定量の張力が印加されることを意味する。特定の実施形態において、事前安定化された前駆体は、張力が印加されながら酸素含有雰囲気中で加熱される。酸化ステップ中に印加される張力は、安定化中に生じる化学反応を促し、ポリアクリロニトリルの分子整列を向上させ、前駆体中のより規則的な構造の形成を可能にするのに役立ち得る。
1組の実施形態において、酸化するステップ中、約50cN~50,000cN、又は約50cN~10,000cNの範囲内の張力が事前安定化された前駆体に印加される。
1組の実施形態において、事前安定化された前駆体は、所定温度で所定期間、酸素含有雰囲気に曝露される。
所定温度は、室温(約20℃)~約300℃までの範囲内の温度、好ましくは約200℃~300℃の範囲内の温度であってもよい。
所定期間は、約60分以内、約45分以内、約30分以内、及び約20分以内からなる群から選択され得る。
事前安定化された前駆体が所定温度で所定期間酸素含有雰囲気に曝露される際、上述の指標のうちの1つ又は複数の推移を促すため、ひいては炭素繊維製造に好適な所望の特性を有する安定化された前駆体を形成するのを補助するために、酸素含有雰囲気中にある間、事前安定化された前駆体に張力が印加されてもよい。
酸化ステップは、好適な酸化反応器内で行うことができる。好適な酸化反応器は、事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気中で安定化するように構成された酸化チャンバーと、事前安定化された前駆体が酸化チャンバーに進入するための入口と、事前安定化された前駆体が酸化チャンバーから出るための出口と、酸素含有ガスを酸化チャンバーに送達するためのガス送達システムとを備えてもよい。1組の実施形態において、酸素含有ガスは、空気である。
好適な酸化反応器は、当技術分野において知られている従来の酸化反応器を含む。酸化反応器の操作パラメーターは、本明細書に記載の1つ又は複数の実施形態の安定化方法に従って、事前安定化された前駆体を酸化して安定化された前駆体を形成するように調整され得る。
例示的な酸化反応器は、空気等の酸素含有雰囲気を含むように構成された炉又はオーブンであってもよい。
酸化ステップを行うために複数の酸化反応器が使用されてもよい。
酸化反応器は、単一の酸化チャンバー又は複数の酸化チャンバーを備えてもよい。反応器が複数の酸化チャンバーを備える場合、事前安定化された前駆体は、好適な運搬手段により1つの酸化チャンバーから次の酸化チャンバーに搬送され得る。
酸化ステップを行うために使用される複数の酸化チャンバーは同じ温度であってもよく、又はチャンバーの2つ以上が異なる温度であってもよい。各反応チャンバーは、事前安定化された前駆体の酸化が行われ得る温度ゾーンを提供し得る。
酸化チャンバー内の酸素含有雰囲気を確立するために、酸素含有ガスの流れが使用されてもよい。事前安定化された前駆体におけるニトリル基が環化する際、及び酸化反応を通して、発熱エネルギーが放出され得る。したがって、酸素含有ガスの流れは、酸化ステップ中に放出される発熱エネルギーを放散するのに役立ち得る。
事前安定化された前駆体は、安定化された前駆体を形成するために、1つ又は複数の酸化チャンバーを備える酸化反応器を通して搬送される。事前安定化された前駆体は、所定の速度で各酸化チャンバーを単回又は複数回通過するように搬送され得る。酸化反応器の長さ、各酸化チャンバーを通る前駆体の流路、及び各チャンバーを通して前駆体が搬送される速度はそれぞれ、酸化反応器内の前駆体の全滞在時間に影響し得る。一方、滞在時間は、酸化ステップが行われる期間を決定付け得る。
さらに、酸化反応器内の事前安定化された前駆体の全滞留時間は、各酸化チャンバー内の温度により影響され得、またその逆も成り立つ。例えば、酸化のためにより高い温度が使用される実施形態では、より低い温度が使用される実施形態と比較して酸化反応器内の滞留時間を短くすることが望ましくなり得る。
1組の実施形態において、酸化反応器内の事前安定化された前駆体の滞在時間は、60分以内、又は約45分以内、約30分以内、又は約20分以内である。
所与の酸化反応器において、各酸化チャンバーの温度、並びに前駆体が各チャンバーを通して搬送される速度及び前駆体の流路は、所望の滞在時間を達成するために調整され得る。
いくつかの実施形態において、前駆体が酸化反応器を通して搬送される速度は、事前安定化ステップ中に使用されるライン速度に一致するように選択される。これは、事前安定化ステップにおいて形成された事前安定化された前駆体が、下流側の酸化ステップに直接供給されることを可能にし得る。したがって、これは、事前安定化された前駆体を回収する必要性を回避し得る。したがって、事前安定化された前駆体を酸化して安定化された前駆体を形成するための酸化反応器は、事前安定化反応器の下流側に位置してもよい。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、酸化反応器を通して、約10~1,000メートル/時間の範囲内の速度で搬送されてもよい。
いくつかの特定の実施形態において、酸化ステップの間、事前安定化された前駆体は、酸素含有雰囲気中で、約200℃~300℃の範囲内の温度で加熱される。この範囲内の温度での加熱は、約60分以内、又は約45分以内、約30分以内、又は約20分以内からなる群から選択される期間行われてもよい。
酸化反応器は、事前安定化された前駆体を所望温度まで加熱するのを促進するために、1つ又は複数の加熱素子を備えてもよい。いくつかの実施形態において、加熱素子は、事前安定化された前駆体を酸化するように構成された酸化チャンバーを加熱してもよい。代替として、又は追加的に、酸化反応器は、酸化チャンバーに送達される酸素含有ガスの流れを加熱する1つ又は複数の加熱素子を備えてもよい。加熱されたガス流は、前駆体が酸化チャンバーを通過する際に前駆体の温度を制御するのに役立ち得る。加熱されたガス流はさらに、事前安定化された前駆体を通した酸素の拡散を促すのに役立ち、前駆体の制御された振盪を通して化学発熱反応により誘引される過剰の熱を制御するのを補助し、また酸化ステップ中に前駆体において生じる化学反応の結果放出される有毒ガスを運び去るのを補助し得る。
上述のように、いくつかの実施形態において、酸化ステップ中、事前安定化された前駆体に張力も印加される。所望量の張力は、事前安定化された前駆体の安定化に使用される各酸化チャンバーの上流側及び下流側に位置する引張デバイスにより印加され得る。前駆体は、所定量の張力下で各酸化チャンバーに前駆体を通過させるように構成された引張デバイスの間に懸架される。
いくつかの実施形態において、引張デバイスは、当技術分野において知られているもの等の材料取り扱いデバイスであり、酸化チャンバーとは別個の構成要素である。材料取り扱いデバイスの例は、駆動ローラーを含む。
いくつかの実施形態において、酸化反応器は、1つ又は複数の引張デバイスを備えてもよい。酸化反応器が2つ以上の酸化チャンバーを備える実施形態において、引張デバイスは、前駆体が1つの酸化チャンバーから次の酸化チャンバーへと通過する際に引張デバイスを介して搬送されるように、各酸化チャンバーの上流側及び下流側に提供されてもよい。
引張デバイスは、所定量の張力が事前安定化された前駆体繊維に印加され得るように、張力コントローラーにより制御され得る。印加される張力の量は、張力計又は電気ロードセルを使用することにより監視され得る。
事前安定化と同様に、事前安定化された前駆体の酸化のために温度、時間及び張力のプロセッシングパラメーターが選択されると、パラメーターは、酸化ステップが行われる間固定され、変化しない。さらに、プロセスパラメーターが選択された値に対して許容され得る限度内に適切に維持されることを確実にするために、制御が利用され得る。これは、一定及び安定な前駆体安定化が達成され得ることを確実にするのに役立ち得る。
1組の実施形態において、安定化された前駆体を調製するための連続的方法が提供される。そのような実施形態において、事前安定化及び酸化ステップは、連続的に行われる。すなわち、酸化ステップは、事前安定化ステップの直後に行われる。
別の態様において、本発明は、炭素繊維用の安定化された前駆体繊維を調製するための連続的方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気を含む事前安定化反応器内にポリアクリロニトリルを含む前駆体を供給し、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すステップであって、前駆体が雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される、ステップと;
酸素含有雰囲気を含む酸化反応器内に事前安定化された前駆体を供給し、事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体を形成するステップと
を含む。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも15%、又は少なくとも20%の環化ニトリル基を有する。
1つの特定の実施形態において、事前安定化された前駆体は、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、20%~30%の環化ニトリル基を有する。
本明細書に記載の連続的安定化方法の実施形態において、酸化反応器は、事前安定化反応器の下流側に位置する。
いくつかの実用性を考慮すると、温度によっては、酸素含有雰囲気に曝露する前に、事前安定化された前駆体を冷却することが望ましくなり得る。例えば、事前安定化された前駆体は、酸化反応器に供給される前に、酸化反応器の環境温度未満の温度まで冷却されてもよい。複数の温度ゾーンを備える酸化反応器内で酸化安定化が行われる場合、事前安定化された前駆体は、酸化反応器の第1の温度ゾーンの温度未満の温度まで冷却されてもよい。
事前安定化された前駆体の冷却は、事前安定化された前駆体からの熱の伝達をもたらす。
事前安定化された前駆体が酸化反応器内の酸素含有雰囲気の温度より高い温度である状況において生じ得る火災のリスクを制限するには、事前安定化された前駆体の冷却が特に望ましくなり得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体は、240℃未満、140℃未満、及び100℃未満からなる群から選択される温度まで冷却される。
安全性の理由から、火災リスクを少なくとも制限又は回避するためには、事前安定化された前駆体に対して240℃未満の温度が望ましくなり得る。
事前安定化された前駆体が示差走査熱量測定(DSC)により決定される事前安定化された前駆体の発熱未満であることを確実にするためには、140℃未満の温度が望ましくなり得る。これは、事前安定化された前駆体が酸化反応器に進入する前に、事前安定化された前駆体と取り囲む周囲雰囲気中の酸素との反応を適切に制限するのを補助し得る。
事前安定化された前駆体の取り扱いを可能にするためには、事前安定化された前駆体に対して100℃未満の温度が望ましくなり得る。
事前安定化された前駆体は、冷却されるものの、酸化反応器内の酸化環境中での効率的な反応に十分な熱さを維持することが好ましい。
事前安定化された前駆体の冷却は、酸化反応器への進入前に事前安定化された前駆体を冷却ゾーンに通過させることにより達成され得る。
一実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器と酸化反応器との間に位置付けられた冷却チャンバーにより提供され得る。
代替の実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器の一部であってもよく、事前安定化反応器内の冷却セクションにより提供されてもよい。そのような実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器から出る前に事前安定化された前駆体を冷却するように設計され得る。
冷却ゾーン内での事前安定化された前駆体の冷却は、能動的又は受動的手段により達成され得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、窒素ガス等の実質的に酸素を含まないガスの流れを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に通過させることを含んでもよい。一実施形態において、事前安定化された前駆体の冷却は、実質的に酸素を含まない冷却ガスを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に流すことにより達成され得る。冷却ガスは、事前安定化された前駆体の温度より低い温度のガスである。いくつかの実施形態において、冷却ガスは、約20℃~約240℃の範囲内の温度であってもよい。しかしながら、これは、事前安定化された前駆体が進入する酸化反応器の温度に依存し得、冷却ガスの温度は、事前安定化された前駆体に比べて冷たくなるように選択されることが認識される。いくつかの実施形態において、酸化反応器への導入前に事前安定化された前駆体を冷却するために、事前安定化された前駆体は、周囲室温で所定の期間、好適な冷却ガスに曝露され得る。
他の実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、適切な温度の実質的に酸素を含まないガスを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に、事前安定化された前駆体からの熱伝達を促進する流速又は流量で流すことにより達成され得る。
他の実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、冷却された内部表面を有する冷却チャンバー又は冷却セクションに事前安定化された前駆体を通過させることにより達成され得、冷却された内部表面は、冷却チャンバー又は冷却セクション内の雰囲気を冷却する。次いで、この冷却された雰囲気が、事前安定化された前駆体を冷却するために使用される。内部表面を冷却するために、冷却剤が使用されてもよい。いくつかの実施形態において、冷却された内部表面は、熱い事前安定化された前駆体を所望の温度に冷却するために、実質的に酸素を含まない冷却ガスと組み合わせて使用され得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体の受動的冷却は、事前安定化された前駆体を、事前安定化された前駆体からの熱伝達を促進する体積の空隙又は空間である冷却ゾーンに通過させることを含んでもよい。
連続的前駆体安定化方法は、上述の事前安定化及び酸化ステップを使用する。
安定化された前駆体を形成するための連続的方法を行う場合、PAN前駆体及び事前安定化されたPAN前駆体は、好ましくは、事前安定化反応器及び酸化反応器に実質的に同じ速さ又は速度で供給される。すなわち、共通した速さ又は速度が好ましくは使用される。
生成ラインでのライン速度は、PAN前駆体及び事前安定化された前駆体がそれぞれ事前安定化反応器及び酸化反応器内での所望の滞留時間を有することを可能にする速さで、前駆体及び事前安定化された前駆体が供給されるように選択され得る。
1組の実施形態において、ライン速度は、PAN前駆体が約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内の事前安定化反応器内での滞留時間(すなわち滞在時間)を有するような速度である。
1組の実施形態において、ライン速度は、事前安定化された前駆体が約60分以内、約45分以内、約30分以内、又は約20分以内の酸化反応器内での滞留時間(すなわち滞在時間)を有するような速度である。
1組の実施形態において、条件は、安定化方法(事前安定化及び酸化ステップを含む)が約60分以内、約45分以内、約30分以内、約25分以内、及び約20分以内からなる群から選択される期間で完了するように選択される。したがって、上述の期間内に完全に安定化された前駆体が形成される。
事前安定化及び酸化ステップ中に前駆体が供される温度、並びに前駆体が事前安定化及び酸化反応器内に滞留する期間前駆体に印加される張力もまた、炭素繊維等の炭素材料の製造における使用に好適な安定化された前駆体の迅速な形成を促進し得る。
本明細書に記載の本発明の実施形態の安定化方法により、炭素繊維製造に好適な安定化された前駆体は、従来のPAN前駆体安定化方法と比較してより短期間で形成され得る。事前安定化及び酸化反応器内での前駆体の短い滞留時間だけが必要となり得る。
本明細書に記載の方法の1つの利点は、安定化された前駆体が従来の前駆体安定化方法より短い期間で調製され得ることである。より速い安定化時間は、PAN前駆体を極めて短期間(例えば約5分以内、約4分以内、約3分以内、又は約2分以内の期間)最初の事前安定化ステップに供し、その後、前駆体安定化を完了させて安定化された前駆体の形成をもたらす酸化ステップに供することにより達成され得る。
さらなる利点は、酸化ステップがまた、従来の酸化安定化方法より短期間並びに/又は低い温度及びエネルギーで行うことができることである。
したがって、事前安定化ステップを含めることにより、全体的な前駆体安定化時間を大幅に短縮することができ、安定化された前駆体を追加的に熱処理すると、優れた特性を有する炭素繊維等の炭素ベース材料が生成され得る。したがって、炭素繊維の製造に好適なPAN前駆体の急速な酸化安定化が達成され得る。
本明細書に記載の安定化方法は、様々な形態及び組成の様々なPAN前駆体に適用して、安定化された前駆体を形成することができる。
本発明はまた、本明細書に記載の実施形態のいずれか1つの安定化方法により調製された、安定化された前駆体を提供する。安定化された前駆体は、炭素繊維等の炭素ベース材料の製造において好適に使用され得る。
本明細書に記載の方法の1つ又は複数の実施形態により調製された安定化された前駆体は、1.30g/cm3~1.40g/cm3の密度を有してもよい。そのような密度は、高性能炭素繊維等の高性能炭素材料の製造に適切となり得る。
また、本明細書に記載の安定化方法により調製された安定化されたPAN前駆体は、従来の安定化方法を使用して形成された安定化された前駆体とは異なる様々な特性を示すことが判明している。
例えば、本発明の安定化方法に従って調製された安定化されたPAN前駆体は、事前安定化ステップを含まない比較用の安定化方法により形成された比較用の安定化されたPAN前駆体に比べ、異なる結晶構造を有し、より小さい見かけの結晶子サイズ(Lc(002))を示し得る。いくつかの実施形態において、Lc(002)は、比較用の安定化された前駆体で観察されるものより少なくとも20%小さくなり得る。
さらに、本発明の安定化方法により調製された安定化されたPAN前駆体は、より高い熱変換を有し、DSCにより測定されるより低い発熱エネルギーの生成を伴って形成された。これは、炭素繊維製造の安全性の向上における本発明の安定化方法の可能性を明確に示している。
本発明の安定化方法により調製された安定化された前駆体はまた、事前安定化ステップを含まない比較用の方法を使用して形成された安定化された前駆体と比較して、より高い脱水素化指数(CH/CH2比率)を有することが観察された。いくつかの実施形態において、脱水素化指数は、比較用の安定化された前駆体の脱水素化指数より少なくとも5%又は少なくとも10%高くなり得る。より高い脱水素化指数は、酸化ステップ中のPAN前駆体のより高い程度の酸化化学反応又はより高い化学変換を反映すると考えられる。
所望により、本明細書に記載の1つ又は複数の実施形態の方法に従って生成された安定化された前駆体は、炭化又はさらなる使用に備えて回収及び保存されてもよい。例えば、安定化された前駆体は、1つ又は複数のスプールに回収されてもよい。
上述のように、本明細書に記載の事前安定化ステップを含む本発明の安定化方法は、炭化に十分熱的に安定である安定化された前駆体が迅速に形成されることを可能にする。
「迅速」という用語は、本明細書に記載の方法に関連して使用される場合、方法が、同じ結果を達成するように設計されるが方法の一部として事前安定化ステップを含まない参照となる方法より速やかに(すなわちより短期間で)行われることを示すように意図される。したがって、事前安定化処理を含む本発明の方法は、参照となる方法と比較して時間の節約を提供し得る。例として、従来の参照となる安定化方法は、約70分の期間で65%~70%の環化ニトリル基を有する安定化されたPAN前駆体を形成し得る。それと比較して、本発明の安定化方法のいくつかの実施形態は、同等量の環化ニトリル基を有する安定化された前駆体が、約15分という短い期間で形成されることを可能にし得る。したがって、本発明の実施形態の安定化方法は、参照となる方法よりも約55分(又は約78%)の時間節約を達成し得る。
有利には、本発明の前駆体安定化方法は、安定化された前駆体がより少ない時間及びより低いコストで形成されることを可能にする。
いくつかの実施形態において、本発明の迅速な安定化方法は、安定化された前駆体における同程度のニトリル基環化を達成するように設計されるが事前安定化ステップを含まない参照となる方法より少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%又は少なくとも80%速くなり得る。
PAN前駆体を迅速に安定化する能力はまた、本発明の安定化方法を行う際により少ないエネルギーが消費されるため、エネルギー節約が達成されるのを可能にする。これは一方で、炭素繊維製造等のプロセスのフローオン(flow-on)コスト削減を提供し得る。例えば、本発明の安定化方法は、平均して約1.1~2.6kWh/kgを消費し得る。これは、約3.7~8.9kWh/kgの平均エネルギー消費を有する従来の安定化方法と対照的である。
別の態様において、本発明はまた、少なくとも60%の環化ニトリル基、及び約1.30g/cm3~1.33g/cm3の範囲内の質量密度を有する、ポリアクリロニトリルを含む低密度の安定化された前駆体を提供する。いくつかの実施形態において、低密度の安定化された前駆体は、少なくとも65%、又は少なくとも70%の環化ニトリル基を有する。低密度の安定化されたPAN前駆体は熱的に安定であり、許容され得る特性を有する繊維等の炭素材料に変換され得る。炭素繊維等の炭素材料への変換は、安定化された前駆体の比較的低い密度にもかかわらず達成され得る。
本明細書に記載の低密度の安定化されたPAN前駆体はまた軽量であり、軽量の安定化された前駆体が望ましい様々な用途において有利に使用され得る。例えば、低密度の安定化された前駆体は、布地に適切に組み込むことができる。
炭化
本発明に従って調製された安定化された前駆体は、炭化して、炭素繊維等の炭素ベース材料又は生成物を形成し得る。特定の実施形態において、本明細書に記載の方法に従って調製された安定化された前駆体は、高性能炭素繊維の製造における使用に好適となり得る。
いくつかの実施形態において、本明細書に記載の前駆体安定化方法は、炭素繊維を調製するための方法に組み込まれて、改善された炭素繊維製造方法を提供し得る。
本発明の迅速な前駆体安定化方法は、従来の安定化手順を使用して調製された安定化された前駆体を利用する製造方法と比較して、炭素繊維等の炭素ベース材料がより速い速度で製造されることを可能にし得る。
一態様において、本発明は、炭素ベース材料を調製するための方法を提供し、方法は、
本明細書に記載の実施形態のいずれか1つの安定化方法に従って調製された、安定化された前駆体を用意するステップと;
安定化された前駆体を炭化して、炭素ベース材料を形成するステップと
を含む。
炭素ベース材料は、繊維、糸、ウェブ、フィルム、布地、織物及びマットの形態を含む様々な形態であってもよい。マットは、織マット又は不織マットであってもよい。
別の態様において、本発明は、炭素ベース材料を調製するための方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すことを含む事前安定化段階であって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を形成するように選択される、事前安定化段階と;
事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体を形成することを含む酸化段階と;
安定化された前駆体を炭化して、炭素ベース材料を形成することを含む炭化段階と
を含む。
1つの優先的態様において、炭素ベース材料は、炭素繊維である。炭素繊維を生成するために、安定化された前駆体は、繊維、好ましくは連続した長さの繊維の形態であってもよい。
安定化された前駆体繊維からの炭素繊維の形成を参考にして炭化ステップを説明するのが便利である。しかしながら、炭化ステップは、繊維以外の形態を含む様々な異なる形態の炭素ベース材料が調製され得るように、他の形態の安定化された前駆体に対して行うことができることが、当業者には認識される。
別の態様において、本発明は、炭素繊維を調製するための方法を提供し、方法は、
本明細書に記載の実施形態のいずれか1つの安定化方法に従って調製された、安定化された前駆体繊維を用意するステップと;
安定化された前駆体繊維を炭化して、炭素繊維を形成するステップと
を含む。
別の態様において、本発明は、炭素繊維を調製するための方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気中でポリアクリロニトリルを含む前駆体繊維を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体繊維に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すことを含む事前安定化段階であって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体繊維に印加される張力の量はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体繊維を形成するように選択される、事前安定化段階と;
事前安定化された前駆体繊維を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体繊維を形成することを含む酸化段階と;
安定化された前駆体繊維を炭化して、炭素繊維を形成することを含む炭化段階と
を含む。
安定化された前駆体繊維を炭化する上で、様々な好適な条件が使用され得る。炭化ステップのプロセス条件の選択は、所望の特性及び/又は構造を有する炭素材料の形成を促進するように選択され得る。いくつかの実施形態において、炭化プロセス条件は、高性能炭素繊維等の高性能炭素材料の形成を可能にするように選択される。好適なプロセス条件は、当業者に知られている従来の炭化条件を含んでもよい。
炭化ステップ中、安定化ステップにおいて形成された梯子型分子構造が互いに結合してグラファイト様構造に変形し、それにより炭素繊維の炭素ベース構造を形成する。さらに、炭化中、炭素以外の元素の蒸発もまた生じる。
1組の実施形態において、安定化された前駆体繊維は、炭化ステップの間、実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される。
いくつかの実施形態において、炭化ステップは、実質的に酸素を含まない雰囲気中、安定化された前駆体繊維を約350℃~3000℃、好ましくは約450℃~1800℃の範囲内の温度で加熱することを含む。
1組の実施形態において、炭化ステップは、低温炭化及び高温炭化を含んでもよい。
低温炭化は、安定化された前駆体繊維を約350℃~約1000℃の範囲内の温度で加熱することを含んでもよい。
高温炭化は、安定化された前駆体繊維を約1000℃~1800℃の範囲内の温度で加熱することを含んでもよい。
炭化ステップにおいて、高温炭化の前に低温炭化が行われてもよい。
炭化中、安定化された前駆体繊維は、炭素繊維を形成するために可変の温度プロファイルで加熱されてもよい。例えば、温度は、低温及び/又は高温炭化に使用される温度の定義された範囲内で変動され得る。
炭化ステップの可変の温度プロファイルは、安定化された前駆体繊維を複数の温度ゾーンに通過させることにより達成され得、各温度ゾーンは異なる温度である。1組の実施形態において、安定化された前駆体繊維は、2つ、3つ、4つ又はそれ以上の温度ゾーンを通過してもよい。
炭化ステップは、不活性ガスを含んでもよい実質的に酸素を含まない雰囲気中で行われる。好適な不活性ガスは、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、及びラジウム等の希ガスであってもよい。さらに、好適な不活性ガスは、窒素であってもよい。実質的に酸素を含まない雰囲気は、窒素及びアルゴンの混合物等の不活性ガスの混合物を含んでもよい。
炭化ステップは、炭素繊維を生成するのに好適な期間行われてもよい。いくつかの実施形態において、炭化ステップは、最長20分、最長15分、最長10分、及び最長5分から選択される期間行われてもよい。
1組の実施形態において、安定化された前駆体は、炭化ステップ中に張力下で加熱される。炭化ステップ中に印加される張力は、炭素材料の収縮を制御すると共に、炭素材料中のより規則的な構造の形成を促すのを補助し得る。
炭素繊維等の炭素材料を形成するための従来の炭化方法において使用されるような張力値が、本明細書に記載の方法の炭化ステップにおいて使用され得る。
炭化ステップ中に安定化された前駆体に印加される張力の選択は、いくつかの実施形態において、前駆体から形成される炭素繊維の1つ又は複数の機械的特性に関連する望ましい結果に依存し得る。炭素繊維に望ましい機械的特性は、最終引張強度、引張係数及び破断時伸び等の引張特性を含み得る。炭化中に前駆体に印加される張力は、上述の特性のうちの1つ又は複数の推移を促して炭素繊維における所望の成果を達成するために調整され得る。
安定化された前駆体の炭化は、当業者に知られている従来の炭化ユニットを含む様々な異なる炭化ユニット内で行うことができる。そのようなユニットは、安定化された前駆体を炭化するための当技術分野において知られている操作パラメーターを使用し得る。
好適な炭化ユニットは、少なくとも1つの少なくとも1つの炭化反応器を備えてもよい。複数の反応器、例えば2つ以上の炭化反応器を備える炭化ユニットもまた使用され得る。
炭化反応器は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で安定化された前駆体を炭化するように構成される。反応器は、安定化された前駆体が炭化反応器に進入するための入口と、安定化された前駆体が炭化反応器から出るための出口と、実質的に酸素を含まないガスを炭化反応器に送達して、実質的に酸素を含まない雰囲気を確立するのを補助するためのガス送達システムとを備えてもよい。1組の実施形態において、実質的に酸素を含まないガスは、窒素を含む。
炭化反応器はまた、1つ又は複数の加熱素子を備えてもよい。加熱素子は、炭化反応器に送達される実質的に酸素を含まないガスを加熱し得る。炭化反応器は、通過する安定化された前駆体を加熱するための単一の温度ゾーン又は複数の温度ゾーンを提供するように構成されてもよい。
例示的な炭化反応器は、実質的に酸素を含まない雰囲気を含むように構成されるオーブン又は炉であってもよく、炭素繊維形成に一般的に使用される高温度条件に耐えることができる。炭素繊維製造に好適な従来のオーブン又は炉を使用して、炭化ステップを行うことができる。
炭化ステップを行うために2つ以上の炭化反応器が使用される場合、別個の炭化反応器が直列に配列されてもよく、前駆体は各反応器を単回通過するだけでもよい。例えば、炭化ユニットは、炭化ステップを行うために低温炉及び高温炉を備えてもよい。高温炉は、一般に、低温炉の下流側に位置する。
炭化は、実質的に酸素を含まない雰囲気中で行われ、炭化反応器内の実質的に酸素を含まない雰囲気を確立するために、実質的に酸素を含まないガスの流れが使用され得る。1つの優先的態様において、実質的に酸素を含まないガスは、不活性ガスである。好適な不活性ガスは、アルゴン、ヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、及びラジウム等の希ガスであってもよい。さらに、不活性ガスは、窒素であってもよい。実質的に酸素を含まない雰囲気は、窒素及びアルゴンの混合物等の不活性ガスの混合物を含んでもよい。
炭化ユニットは、各反応器の加熱される長さにより確立される定義された長さを有すること、及び安定化された前駆体は、所定の速度で炭化ユニットを通過し得ることが、当業者には認識される。炭化ユニットの長さ、及び前駆体が炭化ユニットを通して搬送される速度は、ユニット内の前駆体の全滞在時間に影響し得る。一方、滞在時間は炭化ステップが行われる期間を決定付け得る。
1組の実施形態において、炭化ユニット内の安定化された前駆体の滞在時間は、約20分以内、約15分以内、約10分以内、又は約5分以内である。
炭化ユニット内の1つ又は複数の炭化反応器の温度、及び前駆体が炭化ユニットを通して搬送される速度は、所望の時間で炭素材料を達成するために調整され得る。
いくつかの実施形態において、前駆体が炭化ユニットを通して搬送される速度は、本明細書に記載の事前安定化及び酸化ステップ中に使用されるライン速度に一致するように選択される。これは、炭素繊維等の炭素材料の連続製造を促進し得る。特定の実施形態において、安定化された前駆体は、炭化ユニットを通して、約10~1,000メートル/時間の範囲内の速度で搬送されてもよい。
炭化ユニットを通して安定化された前駆体を容易に搬送するために、典型的には、前駆体にある程度の張力が印加され、前駆体が炭化反応器を通過する際に弛まない、又は引きずらないことが確実にされる。さらに、炭化ステップ中に印加される張力は、炭素材料の収縮を阻害すると共に、炭素材料中のより規則的な構造の形成を促すのを補助し得る。炭素繊維等の炭素材料を形成するための従来の炭化プロセスにおいて使用される張力値が、本明細書に記載の方法の炭化ステップにおいて使用され得る。
所望量の張力は、前駆体を炭化するために使用される炭化ユニットの上流側及び下流側に位置する引張デバイスにより印加され得る。前駆体は、所定量の張力下で炭化ユニットに前駆体を通過させるように構成された引張デバイスの間に懸架される。
いくつかの実施形態において、引張デバイスは、当技術分野において知られているもの等の材料取り扱いデバイスであり、炭化ユニットとは別個の構成要素である。材料取り扱いデバイスの例は、駆動ローラーを含む。
いくつかの実施形態において、炭化ユニットは、1つ又は複数の引張デバイスを備える。炭化ユニットが2つ以上の炭化反応器を備える実施形態において、引張デバイスは、前駆体が1つの炭化反応器から次の炭化反応器へと通過する際に引張デバイスを介して搬送されるように、各炭化反応器の上流側及び下流側に提供されてもよい。
いくつかの実施形態において、本明細書に記載の方法に従って調製される炭素繊維は、約70分以内、約65分以内、約60分以内、約45分以内、又は約30分以内の期間で形成され得る。
本明細書に記載の事前安定化、酸化及び炭化ステップは、炭素ベース材料、特に炭素繊維を形成するための連続的方法の一部として行われてもよい。
別の態様において、本発明は、炭素ベース材料を調製するための連続的方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気を含む事前安定化反応器内にポリアクリロニトリルを含む前駆体を供給し、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すステップであって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FT-IR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体を形成するように選択される、ステップと;
酸素含有雰囲気を含む酸化反応器内に事前安定化された前駆体を供給し、事前安定化された前駆体を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体を形成するステップと;
炭化ユニット内に安定化された前駆体を供給し、炭化ユニット内で安定化された前駆体を炭化して、炭素ベース材料を形成するステップと
を含む。
炭素ベース材料は、好適には炭素繊維である。そのような実施形態において、ポリアクリロニトリルを含む前駆体は、好ましくは連続繊維の形態である。したがって、本明細書に記載の炭素繊維を調製するための方法は、連続的となり得る。
さらに別の態様において、本発明は、炭素繊維を調製するための連続的方法を提供し、方法は、
実質的に酸素を含まない雰囲気を含む事前安定化反応器内にポリアクリロニトリルを含む前駆体繊維を供給し、実質的に酸素を含まない雰囲気中で前駆体を加熱しながら、実質的に一定の量の張力を前駆体に印加して、前駆体におけるニトリル基の環化を促すステップであって、前駆体が実質的に酸素を含まない雰囲気中で加熱される温度及び期間、並びに前駆体に印加される張力はそれぞれ、フーリエ変換赤外(FTIR)分光法により決定される、少なくとも10%の環化ニトリル基を含む事前安定化された前駆体繊維を形成するように選択される、ステップと;
酸素含有雰囲気を含む酸化反応器内に事前安定化された前駆体繊維を供給し、事前安定化された前駆体繊維を酸素含有雰囲気に曝露して、安定化された前駆体繊維を形成するステップと;
炭化ユニット内に安定化された前駆体繊維を供給し、炭化ユニット内で安定化された前駆体繊維を炭化して、炭素繊維を形成するステップと
を含む。
上述のような本発明の1つ又は複数の態様における事前安定化反応器、酸化反応器及び炭化ユニットは、炭素繊維の形成のためのシステムの一部であってもよい。
図22を参照すると、ブロック図の形式で、炭素繊維の連続生成に好適な炭素繊維生成システムの例が示されている。炭素繊維生成システム90は、ポリアクリロニトリル繊維前駆体80から事前安定化された前駆体81を生成するための事前安定化反応器10を備える。
繊維源40は、前駆体80を分配するために使用される。前駆体80の複数の繊維が、短線として繊維源40により同時に分配される。前駆体繊維80が分配された後、それらは、当技術分野において周知の複数のローラーを有する張力スタンド等の材料取り扱いデバイス30を通過する。この材料取り扱いデバイス30は、反応器10の下流側の材料取り扱いデバイス30と共に、前駆体80が反応器10を通過する際に前駆体80に所定の張力を印加して、事前安定化された前駆体81を形成するために使用される。
事前安定化された前駆体81は、次いで、一連の酸化チャンバーを備えてもよい酸化反応器20内に供給される。酸化反応器20を通して事前安定化された前駆体81を引き出すために、さらなる材料取り扱いデバイス30が使用される。事前安定化反応器10と同様に、酸化反応器20の上流側及び下流側の材料取り扱いデバイス30は、事前安定化された前駆体81が酸化反応器20を通過する際に事前安定化された前駆体81に所定の張力を印加して、安定化された前駆体82を形成するために使用され得る。
安定化された前駆体82は、次いで、安定化された前駆体82を熱分解してそれを炭素繊維83に変換するための炭化ユニット50により処理される。炭化ユニット50は、1つ又は複数の炭化反応器を備える。炭化反応器は、実質的に酸素を含まない雰囲気を含むように構成されるオーブン又は炉であってもよく、炭素繊維形成に一般的に使用される高温度条件に耐えることができる。次に、処理ステーション60で表面処理が行われてもよい。次いで、サイズ剤ステーション65で、処理された炭素繊維84にサイズ剤が塗布されてもよい。
次いで、サイズ剤処理された炭素繊維85の短線は、ワインダー70を使用して巻き取られる、及び/又は束ねられる。
本発明の1つ又は複数の態様による、炭素ベース材料、特に炭素繊維を形成するための連続的方法において、方法の事前安定化、酸化及び炭化ステップが行われ得る操作条件は、上述されている。
炭素繊維を形成するための連続的方法を行う際、前駆体は、事前安定化反応器、酸化反応器及び炭化ユニットに、実質的に同じ速さ又は速度で供給され得る。その結果、前駆体は、反応器の間で前駆体を回収する必要なく、1つの反応器から次の反応器に連続的に搬送される。
ライン速度は、10メートル毎時(m/hr)まで低くてもよく、また最大1,000m/hrまで高くてもよい。工業的炭素繊維製造プロセスでは、ライン速度は約100~1,000m/hr、例えば120~900m/hrの範囲内であってもよい。
本明細書に記載の連続的な炭素繊維調製方法のいくつかの実施形態において、酸化反応器内に事前安定化された前駆体を供給する前に、事前安定化された前駆体を冷却するさらなるステップが存在してもよい。
事前安定化された前駆体の冷却は、冷却ゾーン内で生じ得る。事前安定化された前駆体は、酸化反応器内に進入する前に冷却ゾーンを通過する。
一実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器と酸化反応器との間に位置付けられた冷却チャンバーにより提供され得る。
代替の実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器の一部であってもよく、事前安定化反応器内の冷却セクションにより提供されてもよい。そのような実施形態において、冷却ゾーンは、事前安定化反応器から出る前に事前安定化された前駆体を冷却するように設計され得る。
冷却ゾーン内での事前安定化された前駆体の冷却は、能動的又は受動的手段により達成され得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、実質的に酸素を含まないガス、例えば窒素ガスの流れを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に通過させることを含んでもよい。一実施形態において、事前安定化された前駆体の冷却は、実質的に酸素を含まない冷却ガスを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に流すことにより達成され得る。冷却ガスは、事前安定化された前駆体の温度より低い温度のガスである。いくつかの実施形態において、冷却ガスは、約20℃~約240℃の範囲内の温度であってもよい。しかしながら、これは、事前安定化された前駆体が進入する酸化反応器の温度に依存し得、冷却ガスの温度は、事前安定化された前駆体に比べて冷たくなるように選択されることが認識される。いくつかの実施形態において、酸化反応器への導入前に事前安定化された前駆体を冷却するために、事前安定化された前駆体は、周囲室温で所定の期間、好適な冷却ガスに曝露され得る。
他の実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、適切な温度の実質的に酸素を含まないガスを、事前安定化された前駆体の上又は周囲に、事前安定化された前駆体からの熱伝達を促進する流速又は流量で流すことにより達成され得る。
他の実施形態において、事前安定化された前駆体の能動的冷却は、冷却された内部表面を有する冷却チャンバー又は冷却セクションに事前安定化された前駆体を通過させることにより達成され得、冷却された内部表面は、冷却チャンバー又は冷却セクション内の雰囲気を冷却する。次いで、この冷却された雰囲気が、事前安定化された前駆体を冷却するために使用される。内部表面を冷却するために、冷却剤が使用されてもよい。いくつかの実施形態において、冷却された内部表面は、熱い事前安定化された前駆体を所望の温度に冷却するために、実質的に酸素を含まない冷却ガスと組み合わせて使用され得る。
いくつかの実施形態において、事前安定化された前駆体の受動的冷却は、事前安定化された前駆体を、事前安定化された前駆体からの熱伝達を促進する体積の空隙又は空間である冷却ゾーンに通過させることを含んでもよい。
本明細書に記載の1つ又は複数の実施形態に従い安定化された前駆体を迅速に形成する能力は、特に炭素繊維を形成するために必要な時間に関連して、炭素繊維製造のための下流側の利点を提供し得る。したがって、生成ラインにおける炭素繊維生成の速度は、本発明の迅速な安定化方法により増加され得、当技術分野において知られている従来の炭素繊維製造方法と比較してより速い速度で、及び/又はより多量に炭素繊維を生成する能力をもたらす。さらに、本明細書に記載の方法はまた、多量の炭素繊維が工業規模でより迅速に生成されることを可能にし得る。したがって、炭素繊維製造に関連する製造コストが削減され得る。
したがって、本発明はまた、本明細書に記載の実施形態のいずれか1つの安定化方法により調製された安定化された前駆体の、炭素繊維等の炭素ベース材料の製造における使用を提供し得る。
上述のように、本明細書に記載の方法に従って調製される炭素繊維は、約70分以内、約65分以内、約60分以内、約45分以内、又は約30分以内の期間で形成され得る。
炭素繊維の生成を参照しながら本明細書における方法を説明してきたが、説明された方法は非繊維形態の炭素ベース材料を調製するために使用されてもよいことが、当業者には理解される。すなわち、前駆体が非繊維形態(例えば、糸、ウェブ、フィルム、布地、織物又はマットの形態)である場合、安定化された前駆体の炭化後に形成される炭素ベース材料は、これらの他の形態となり得る。
本発明はさらに、本明細書に記載の実施形態のいずれか1つの方法により調製された炭素繊維を提供する。
有利には、本明細書に記載の本発明の実施形態の方法に従って生成された炭素繊維は、産業において使用されている従来の炭素繊維製造方法により生成されたものと少なくとも同等の引張特性を示し得る。
さらに、本発明の安定化方法に従って調製された安定化された前駆体から作製された炭素繊維は、当技術分野において知られている炭素繊維と比較して、異なる結晶構造を示し得る。例えば、本明細書に記載の本発明に従って製造された安定化された前駆体を用いて調製された炭素繊維は、比較用の従来の安定化された前駆体を用いて形成された炭素繊維に比べてより大きな見かけの結晶子サイズ(Lc(002))を示し得る。いくつかの実施形態において、炭素繊維のLc(002)は、比較用の安定化された前駆体から得られる炭素繊維において観察されるものより少なくとも20%大きくなり得る。
ここで、以下の実施例を参照して本発明を説明する。しかしながら、実施例は、本発明を例示するために提供されており、決して本発明の範囲を制限するものではないことが理解されるべきである。
特性決定方法
機械的試験
「Robot 2」試料ローダーを備えたTextechno Favimat+単一フィラメント引張試験機で、単一繊維試料の機械的特性を試験した。この機器は、事前引張荷重(約80~150mg)が各繊維の底部に取り付けられた、マガジン(25試料)内に装填された個々の繊維の線密度及び力-伸展データを自動的に記録する。機器は、210cNのロードセルを使用し、4×4mm2の表面積でクランプする。クランプ力は45Nに設定した。
示差走査熱量測定
TA instrumentsからの示差走査熱量計(DSC、TA、Q200シリーズ)を使用して、熱的に誘引された転移を測定した。窒素及び空気雰囲気下、20℃/分の加熱速度で3ミリグラムの試料を100℃から400℃に加熱した。Tsaiら(J.-S. Tsai、H.-N. Hsu、J. Mater. Sci. Lett.、11(1992) 1403~1405)により開発された方法を用い、以下の式を使用してポリアクリロニトリル繊維の安定化の速度を計算した。
式中、H
0は、前駆体の発熱ピーク下の面積であり、H
1は、安定化する試料の発熱ピーク下の面積である。発熱曲線下の全面積は、ベースライン間のシグモイド積分(sigmoid integration)を使用して計算した。
フーリエ変換赤外分光法
ゲルマニウム結晶を備えるBruker Lumos FT-IR顕微鏡を使用して、試料の安定化中に誘引される化学変化を分析した。減衰全反射モード(ATR)を使用して各試料を測定した。各測定において、結晶と試料との間に均一の圧力を印加した。各測定は、600cm-1~4000cm-1で、平均128スキャン及び4cm-1の分解能で行った。
安定化された試料における環化ニトリル基の量は、Collinsら、Carbon、26(1988) 671~679により開発された方法に従って計算した。環化ニトリル基の量は、以下の式に従って決定される反応の程度(%EOR)として表現された。
式中、Abs(1590)及びAbs(2242)は、対応する波数で記録されたピークの吸光度である。
脱水素化指数(DI)として知られるCH/CH2官能基の比率は、Nunna, Srinivasら、Polymer Degradation and Stability、125(2016): 105~114の方法を用い、以下の式を使用して計算したが、式中、Abs(1360)及びAbs(1450)は、それぞれCH及びCH2官能基の測定吸光度である。
密度
ASTM D1505-10:密度-勾配技術によるプラスチックの密度の標準試験法(Standard Test Method for density of Plastics by the Density-Gradient Technique)に従う密度勾配カラム法を使用して、ポリアクリロニトリル前駆体、安定化されたポリアクリロニトリル前駆体、及び炭素繊維の質量密度を23℃で測定した。2つのカラムを使用した。第1のカラムには、前駆体及び安定化された繊維を特性決定するために、1.17~1.45g/cm3の勾配でヨウ化カリウム及び蒸留水溶液の混合物を充填した。他方のカラムは、生成された炭素繊維の密度を特性決定するために使用し、1.60~1.90g/cm3の勾配で3-エチルホスフェート及び1,3-ジブロモプロパンを充填した。
X線回折(XRD)
文献の手順(F. Liuら、Effect of microstructure on the mechanical properties of PAN-based carbon fibres during high-temperature graphitization、J Mater Sci 43(12) (2008) 4316~4322)に従って、広角X線回折実験を行った。Cu-Kα線源(λ=1.5406Å)を備えたX-pert pro PANalytical XRDを使用して、試料に対しXRDを行った。X線管は、40kV及び30mAに設定した。試料の回折ピークは、5°~60°の間で変化する点焦点での絶対測定を行うことにより得られた。測定の前に、繊維試料を低雑音ケイ素バックグラウンド上に整列させた。式4及び5を使用して、試料の見かけの結晶子サイズ及びd間隔を得た。
ブラッグの式:nλ=2dsinθ (5)
式中、「B」は、調べている異なる結晶面に対応する回折ピークの半値全幅(FWHM)強度であり、「k」は、0.89に等しい定数である。PAN前駆体及び酸化された繊維の回折角2θは、結晶面(100)及び(002)に対してそれぞれ2θ=約17°及び2θ=約25.5°であった。炭素繊維の場合、結晶面(002)に対応する回折角2θ=約25.5°のみを考慮した。式(5)において、「d」は、結晶面間の間隔に対応する。FWHM及び回折ピークの中心を計算するために、曲線フィッティングを適用した。見かけの結晶子サイズ及びd間隔は、ピーク中心及びFWHM値の標準誤差を考慮することにより計算した。
熱重量分析(TGA)
TA Instruments Q50熱重量分析計(USA)を使用した熱重量分析により、試料の重量損失を決定した。窒素雰囲気下、100~600℃で20℃/分の加熱速度で3ミリグラムの繊維を試験した。実験は3回行い、示される結果は平均である。
実験
比較例1(CE-1)-事前安定化を使用しない安定化された繊維及び炭素繊維の生成(ベースライン)
この研究に使用された前駆体は、サイズ剤でコーティングされた酸性コモノマーを含有する24000のフィラメント(1.3dtex)を含む、市販のポリアクリロニトリル(PAN)であった。オーストラリアのDeakin UniversityのCarbon Nexus生成ラインを使用して、炭素繊維を調製した。
4つの異なる温度ゾーンと共に動作する1組のオーブンに通過させることにより、PAN前駆体を空気雰囲気中で安定化した。酸化のための全滞在時間は、68分であった。材料取り扱い駆動部を使用して、前駆体に印加される張力が制御される。第1の駆動部(駆動部1)は、温度ゾーン1の前に位置する。第2の駆動部(駆動物2)は、温度ゾーン1と2との間に位置する。第3の駆動部(駆動部3)は、温度ゾーン2の後に位置する。第4の駆動部(駆動部4)は、ゾーン4の後に位置する。
次いで、安定化された前駆体を、低温及び高温炉内で窒素中で加熱することにより炭化した。炭化のための累積滞在時間は、3.7分であった。プロセスパラメーターを表1にまとめる。
Favimatを使用した機械的試験を行ったが、これを表2に示す。
機械的試験結果に関して、最終引張強度及び係数は、安定化プロセスにわたり徐々に減少した。ポリマーの伸びは対照的な挙動を示し、ゾーン3までは徐々に増加し、次いでゾーン4において最終的に降下した。密度は、密度カラムを使用して測定された。前駆体は、アクリル前駆体に特徴的な1.182g/cm3の密度を示した。安定化された繊維に対して記録された密度は、1.367g/cm3であった。安定化された繊維の密度は、最良の機械的特性を有する炭素繊維の製造のためには1.34~1.39g/cm3の間に位置するべきであることが、文献に報告されている(Takukuら、J. Appl. Polym. Sci.、30、(1985)、1565~1571)。
安定化中に生じる化学変化を監視するために、FT-IR技術を使用した。市販のPAN繊維のFT-IRスペクトルを、以下の特性ピークにより特性決定した:2242cm-1(未反応ニトリル基)、1730cm-1(酸性コモノマーからのC=O)、1450cm-1(ポリマー骨格からのCH2)、1260cm-1、1090cm-1及び1022cm-1(様々なCH、CO、OH基)。安定化が生じると、環化、脱水素化及び酸化化学反応が生じた。安定化された繊維において1590cm-1及び1365cm-1に現れるピークは、環化及び脱水素化反応生成物に関連するようであった。1730cm-1及び2242cm-1のピークは減少し、一方1000~1700cm-1の広いバンドは、安定化を意味していた(Quyangら、Polymer Degradation and Stability、93(2008)、1415~1421)。安定化された繊維に対して環化反応の程度(EOR)を計算したところ、68%の値を示した。
また、安定化された繊維に対してDSC分析を行ったところ、70%のCI指数を示した。
実施例1-等温温度プロファイルを用いた窒素中のPAN前駆体繊維の事前安定化(PSN-1)
この研究に使用された前駆体は、サイズ剤で被覆された酸性コモノマーを含有する24000のフィラメント(1.3dtex)を含む、市販のポリアクリロニトリル(PAN)であった。
図1に示されるように、4つの温度ゾーンと共に動作する低温(LT)炉である反応器内で、PAN前駆体を窒素下で加熱した。各加熱ゾーンの温度は、前駆体の分解をもたらすことのない可能な限り高い動作温度である300℃に設定した。ライン速度は、炉内で1分10秒の熱及び窒素雰囲気中での滞在時間を提供するように設定した。前駆体繊維に印加される張力は3000cNの一定値に設定し、炉の上流側及び下流側に位置する材料取り扱い駆動部を使用して調節した。酸素の侵入を阻害するために、炉は窒素で若干過圧状態にした。窒素中での熱処理後、繊維は暗い橙/銅色に変色したが、分解又はフィラメント融合の兆候は見られなかった。
Favimatを使用して、事前安定化された繊維(PSN-1)及びPAN前駆体の機械的特性を記録した。結果を表3に示す。
最終引張強度及び引張係数は、短時間の窒素熱処理により大きく影響された。実際に、PSN-1の最終引張強度及び係数の特性は、ベースライン試料(例CE-1、表2)のゾーン3において見られたのと同様の値を示した。記録されたPSN-1の質量密度は、第1のゾーン内での安定化後のベースラインPAN前駆体と同様に1.223g/cm3に等しかった。
密度測定に加えて、FT-IR分光法もまた行った。図2は、PSN-1試料及び元のPAN前駆体のFT-IRスペクトルを示す。窒素中での事前安定化後、前駆体の化学構造は著しく推移した。1730cm-1の強度の顕著な減少が記録されたが、これは酸性コモノマーの化学変換が1590cm-1に位置するピークの出現により明確に示される環化構造の形成を誘発したことを示唆するものである。また、空気雰囲気下で通常見られる1590cm-1(C=C,C=N)の単一ピークの分裂の結果、1616cm-1(νC=N)にさらなるピークが観察された。PANは、窒素下では完全には共役せず、ジヒドロピリジン構造の形成によりイミン-エナミン異性をもたらす。環化反応の進行と共に、PSN-1試料における1400cm-1バンドの形成を伴うポリマー鎖の脱水素化もまた見られた。環化反応の程度(EOR)を計算したところ、24%の値を示した。
さらに、PSN-1繊維と同じ色を有する比較例(CE-1)からの繊維を抽出し、同じく試験した。比較用の安定化方法と同じ色に達するには5分30秒を要し、一方事前安定化ステップを使用すると、前駆体繊維は暗い橙/銅色に達するまでにわずか1分10秒の処理のみを必要とした。抽出した試料に対し、FT-IR分析を行った。CE-1の方法に従って処理された繊維における%EORを計算したところ、2%に等しかった。繊維は全く同じ色を有していたものの、PSN-1繊維の化学構造は著しく異なるようであった(ベースラインの%EORは2%、一方PSN-1の%EORは24%)。
実施例2-段階的増加温度プロファイルを用いた窒素中のPAN前駆体繊維の事前安定化(PSN-2)
この研究に使用された前駆体は、サイズ剤で被覆された酸性コモノマーを含有する24000のフィラメント(1.3dtex)を含む、市販のポリアクリロニトリル(PAN)であった。
実施例1において前述され、図1に示された4つの温度ゾーンを提供するように構成された1組の加熱ゾーンを有する反応器を使用して、PAN前駆体を窒素下で加熱した。PSN-1に対して使用されたプロセスパラメーターと同様に、ライン速度は、1分10秒の加熱ゾーン内での滞在時間を提供するように設定した。ゾーン1及び2に対して設定された温度は285℃であり、一方ゾーン3及び4に対して設定された温度は295℃であった。繊維に印加される張力は、2300cNの一定値に設定した。酸素の侵入を阻害するために、炉は窒素で若干過圧状態にした。
PSN-2の機械的特性を記録したが(表4)、最終引張強度及び係数についてはPSN-1より低い値を示した。測定された伸びは、PSN-1より大きかった。
PSN-2のFT-IRスペクトルを測定したが、これを図3に示す。PSN-2は、PSN-1に類似した化学構造を有していた。PSN-2の事前安定化された前駆体は、24%の計算%EORを示した。
実施例3-PAN前駆体の事前安定化に対する張力の効果
この研究では、環化構造の形成に対する張力の影響を調査した。
酸性コモノマーを含有する商業的に供給されているPAN前駆体(24K)を、以下の実験に使用した。実施例1において前述され、図1に示される4つの温度制御ゾーンを提供するように構成された反応器を使用した。酸素と繊維とのいかなる接触も回避するために、高純度窒素で反応器をパージし、過圧状態にした。
ライン速度は、反応器の加熱ゾーン内での1分10秒の滞在時間に一致するように設定した。ゾーン1及び2に対して設定された温度は290℃であり、一方ゾーン3及び4に対して設定された温度は295℃であった。表5に示されるように、2500cN(低)、2700cN(中)及び3000cN(高)の3つの異なる張力を選択し、前駆体繊維に印加した。
事前安定化された前駆体繊維が、事前安定化中にPAN繊維に印加される張力に従って異なる色を呈することが視覚的に観察された。前駆体繊維は、最も高い張力ではより暗い色を呈し、より高い化学反応の程度を明確に示していることが観察された。
元のPAN前駆体及び事前安定化された前駆体のFT-IR分析では、不活性雰囲気中での前処理後に著しい化学変化が観察されることが示された。1610cm-1(νC=N)領域の増加に従うニトリルピーク(2242cm-1)の低減は、窒素処理下で環化が生じたことを明確に示していた。1730cm-1(C=O官能基)に位置するピークの強度は減少し、これは、酸性コモノマーによる環化化学反応の開始を実証していた。より高い印加張力では化学変化がより明瞭となることが認められた。1730cm-1の吸収バンド(νC=O)の減少で示されるように、張力の増加に伴い、より高い含有量の酸性コモノマーが反応し、これが化学反応を促した。異なる張力で処理された繊維の各組に対して、環化反応の程度(%EOR)を計算した。結果を表6に示す。これらの実験に使用された非常に短い滞留時間を考慮して、前処理後に生成された環式構造の含有量は顕著であった。
CH官能基(1360cm-1)の増加に直接関連するCH2官能基(1450cm-1)の低下もまた、より高い張力で処理された繊維において認められた。CH/CH2官能基の比率を式(3)に従って計算したが、これを表6に示す。
Favimatロボットを使用して機械的試験を行ったが、その結果を表7に示す。
2300cNから3000cNへの張力の増加に伴い、前駆体の最終引張強度及び係数は大幅に低下した。また、より高い張力は、前駆体の質量密度を増加させることが観察された。
前処理されたPAN繊維に対して、その熱挙動(図4)を調査するために、空気雰囲気下で示差走査熱量測定(DSC)分析を行った。繊維が処理される張力は、記録されたエンタルピーに著しく影響し、繊維前処理に使用される張力が最も高い場合にエンタルピーが最も低かった。興味深いことに、事前安定化された試料の熱挙動は、PAN前駆体とは異なっていた。窒素中での前駆体の事前安定化は、化学安定化反応の反応速度論を劇的に変化させた。発熱曲線の傾きは大幅に低減されたが、これはより安全な稼働条件下で炭素繊維製造方法が行われることを意味していた。
実施例4-60分での前処理PAN前駆体の迅速安定化及び炭素繊維の形成
比較例1(CE-1)について説明したように、4つの温度ゾーンを有する1組の酸化オーブンを使用して、実施例1からの事前安定化された前駆体PSN-1を安定化した。オーブン構成及び酸化プロセスを、図5に示す。酸化オーブンを通る繊維の経路は、例CE-1と同一であった。PSN-1はオーブンのそれぞれを複数回通過し、結果として事前安定化された前駆体繊維を酸化するために空気中で60分間加熱された。次いで、安定化された前駆体は、低温及び高温炉内で窒素中で炭化され、炭素繊維を形成した。炭化のための累積滞在時間は、3.1分であった。酸化及び炭化に使用されたプロセスパラメーターを、表8にまとめる。
この試験に使用された酸化温度プロファイルは、各ゾーンにおいて、ベースライン比較例(CE-1)において前駆体を安定化するために使用された温度より約20℃低かった。この温度の低下は、繊維を安定化するための酸化滞在時間の低減にもかかわらず観察された(実施例4の60分に対して例CE-1の68分)。事前安定化された前駆体繊維は、熱及び酸素含有雰囲気(酸化)に曝露されると極めて反応性であるようであった。事前安定化された前駆体繊維は、ゾーン1で加熱された後完全に黒色に変化した。この種の黒色化は通常、事前安定化のないベースラインプロセスのゾーン3で見られる。
Favimatを使用して、安定化及び炭化にわたるPAN繊維の機械的特性の推移を測定した。結果を表9に示す。
事前安定化されたPAN繊維のゾーン1での安定化後に記録された引張強度は、ベースライン試験(CE-1)のゾーン4からの試料の値とほぼ等しかった。繊維の最終引張強度は、ゾーン2、3及び4で劇的には推移しなかった。炭素繊維の引張係数は通常、安定化プロセスにわたり減少する(例CE-1)。ゾーン1の後、引張係数は著しく増加した。この種の挙動は通常、従来の炭素繊維製造方法の炭化段階において観察され、窒素事前安定化後に呈する異なる化学構造により説明され得る。安定化にわたる伸びの推移に関して、ベースラインはゾーン3までは増加を示し、若干の低下を示した。この実験において、伸びは同様の挙動を呈したが、低下はゾーン2の後に記録された。記録された安定化された繊維(ゾーン4)の質量密度は、1.350g/cm3に等しかった。
炭素繊維の機械的特性は、最終引張強度及び係数についてそれぞれ3.73GPa及び259GPaであった。
DSCを使用して、安定化された繊維(ゾーン4)の発熱曲線下の熱流量、ひいてはエンタルピーを窒素雰囲気下で記録した。安定化された繊維は、より低い温度でより短時間処理されたが、試料は78%の変換指数を示し、これはベースラインに対して記録された指数(70%)より高かった。
ベースライン(CE-1)からの安定化された試料及び実施例4(PSN OPF)において調製された安定化されたPAN前駆体のFT-IRスペクトルを、図6に示す。熱安定化にわたり(ベースライン)、ポリアクリロニトリルの構造は梯子型構造へと推移した。ニトリル基(2242cm-1)は、環化及び脱水素化反応を介してC=N基に変換され、C=C基(1590cm-1)をもたらした。安定化が生じると、ポリマー鎖の骨格に元々含まれていたCH2基(1450cm-1)が、本質的にポリマー鎖の架橋及び脱水素化を介してCH基(1370cm-1)に変換された。安定化後、安定化された生成物に含まれるC=C、C=O、C=N、C-C、C-CN基の様々な振動モードに起因して、1700~1000cm-1の広いバンドが観察された。安定化された試料のIRスペクトルに関して、環化及び架橋反応について同様の変化が観察された。しかしながら、著しい構造変化は、本質的にはFT-IRスペクトルの最も低い部分において観察された。800cm-1、1022cm-1、1260cm-1において、追加的な、又はより強いピークが観察された。これらの新たなピークの形成は、窒素前処理により誘引されたより多量の芳香族型構造に関連し得る。実施例4からの安定化された繊維に対して記録された%EORは、69%であった。
実施例5-30分での前処理PAN前駆体の迅速安定化及び炭素繊維の形成
図7に示されるように動作する1組のオーブン内で、実施例1からの事前安定化された前駆体PSN-1を酸化した。この例に使用されたライン速度は、実施例4で使用されたものと同一であった。しかしながら、この実施例では2つの加熱ゾーンのみが使用され、これにより酸化滞在時間は30分に短縮された。事前安定化された前駆体PSN-1は、各オーブンを複数回通過した。次いで、安定化された前駆体は、低温及び高温炉内で炭化され、炭素繊維を形成した。累積炭化滞在時間は、3.1分であった。酸化及び炭化に使用されたプロセスパラメーターを、表10にまとめる。
機械的試験を行ったが、その結果を表11に示す。
実施例4と比較して、ゾーン1安定化において記録された最終引張強度及び係数は、より高かった。引張強度及び係数は、ベースライン試料において観察される従来の挙動と同様に、ゾーン2の後に減少した。また、2つの温度ゾーンにおける酸化後の安定化された繊維の密度値は、1.343g/cm3と記録された。この工業的試験において生成された炭素繊維は、3.70GPaの最終引張強度及び244GPaの引張係数を有する。
DSCを使用して、安定化された繊維(ゾーン2)の発熱曲線下の熱流量、ひいてはエンタルピーを窒素雰囲気下で記録した。試料は、78%の変換指数を示した。記録されたこの変換指数値は、CE-1ベースライン試料(70%)より高かった。
ゾーン1及び2における酸化後に生成された安定化された繊維のFT-IRスペクトルを、図8に示す。安定化された繊維に対して記録された%EORは74%であったが、これはCE-1ベースライン例より若干高かった。
実施例6-15分での前処理PAN前駆体の迅速安定化及び炭素繊維の形成
図9に示されるように、単一の温度ゾーン内で実施例1からの事前安定化された前駆体PSN-1を酸化した。実施例5の試験と同様に、ライン速度は実施例4において使用されたものと同一に維持した。この例では、単一の酸化ゾーンを提供する1つのみの酸化オーブンが利用され、酸化滞在時間は15分に短縮することができた。事前安定化された前駆体PSN-1は、単一の酸化オーブンを複数回通過した。次いで、安定化された前駆体は、低温及び高温炉内で炭化され、炭素繊維を形成した。累積炭化滞在時間は、実施例4及び5と同一であった(3.1分)。酸化及び炭化に使用されたプロセスパラメーターを、表12にまとめる。
Favimatを使用して、プロセスにわたる材料の機械的特性を測定した(表13)。
この試験において、3.56GPaの最終引張強度及び234GPaの係数を有する高性能炭素繊維が生成された。この試験におけるゾーン1からの安定化された繊維は、ベースラインからの安定化された繊維(CE-1)より高い機械的特性を有していた。また、単一の温度ゾーンにおける酸化により生成された安定化された繊維の密度値を記録すると、1.304g/cm3に等しかった。安定化された繊維の低い密度にもかかわらず、材料は炭化されるのに十分熱的に安定であった。この高い熱安定性は、この方法を使用して形成された安定化された繊維の向上した化学組成に関連していた。
単一の温度ゾーンにおける酸化後に生成された安定化された試料のFT-IRスペクトルを、図10に示す。スペクトルは、実施例4及び5に対して得られたものと同様であった。800cm-1の吸収が顕著であったが、これはより高いプロセッシング温度での芳香族構造の形成を明確に示している。安定化された試料の%EORは64%であった。また、DSC実験を行い、65%のCI指数が記録された。
実施例7-20分での前処理PAN前駆体の迅速安定化及び炭素繊維の形成
図11に示されるように、事前安定化された前駆体を異なる温度の4つの異なるオーブンの組に1回通過させることにより、実施例1からの事前安定化された前駆体PSN-1を酸化した。各通過に対して、異なる組の張力を使用した。事前安定化された前駆体PSN-1は、各オーブンを単回通過した。事前安定化された繊維の滞在時間は各オーブンにつき5分であり、したがって全酸化時間は20分であった。使用したライン速度は、実施例4のライン速度と同一であった。次いで、安定化前駆体は、低温及び高温炉内で炭化され、炭素繊維を形成した。累積炭化滞在時間は、実施例4、5及び6において以前に使用されたものと同一であった(3.1分)。酸化及び炭化に使用されたプロセスパラメーターを、表14にまとめる。
Favimatを使用して、機械的試験を行った(表15)。
結果に関して、繊維の最終引張強度及び係数は、安定化プロセスにわたり同様の値を維持したことが観察された。実施例5と同様に、伸びは最初の2つのゾーン内で増加し、最後の2つのゾーン内で最終的に低下した。この例において生成された炭素繊維の密度は、ベースラインCE-1例より高いことが認められたが、これは炭素繊維の異なる構造配置に起因し得る。
それぞれの異なる温度ゾーン内での酸化後の試料に対して、FT-IR分析を行った(図12)。興味深いことに、繊維は、ゾーン1の後ですでに安定化された繊維と同様の化学構造を呈していた。これは、ゾーン1に対する記録された%EOR値の増加により確認された。窒素中での事前安定化処理後、繊維が活性化状態であり、酸化安定化化学反応をより迅速に、及びより高い程度まで生じさせると考えられる。
また、安定化方法からの試料の各組に対してDSC実験を行った。CI指数を計算すると、安定化された試料に対して75%の値が示された。
FT-IR及びDSC分析の結果を表16に示す。
実施例8-異なるPAN前駆体繊維の迅速安定化及び炭化
この実験では、以下の異なる市販のポリアクリロニトリル前駆体を使用した。
前駆体A:サイズ剤で被覆された楕円断面形状を有する50,000のフィラメント(50K)を含む大型の市販のポリアクリロニトリル短線。この前駆体の化学組成は、酸性コモノマー(組成は不明)との共重合ポリアクリロニトリルを含む。
前駆体B:ケイ素ベースサイズ剤で被覆された円断面形状を有する24,000のフィラメント(24K)を含む市販のポリアクリロニトリル短線。この繊維は、以下の割合の共重合ポリアクリロニトリルから作製される:93%アクリロニトリル、1%イタコン酸及び6%メチルメタクリレート。
窒素雰囲気下でのPAN前駆体繊維の迅速事前安定化
前駆体A及びBを、それぞれ4つの加熱ゾーンを備える炉を使用して、窒素雰囲気中で事前安定化した(図1)。
異なる前駆体の種類を、印加張力を除いて同じプロセッシング条件下で前処理した。試験される張力は、短線サイズに適切となるように選択した。これらの試験において、ライン速度は、窒素雰囲気中での1分10秒の滞在時間を提供するように設定した。使用された温度プロファイルは、それぞれ、ゾーン1及び2に対して285℃、ゾーン3及び4に対して295℃であった。酸素のいかなる存在も阻害するために、炉は窒素で若干過圧状態にした。
プロセスパラメーターとしての張力の効果を調べるために、表17に示されるように異なる前駆体繊維を異なる値の一定印加張力で安定化した。FT-IR、密度カラム及びFavimatを使用して、試料を特性決定した。
*酸素中でのさらなる安定化及び炭化のためにより大量に生成された、選択された事前安定化PAN繊維
安定化されたPAN前駆体を形成するための酸素への曝露
安定化のために、それぞれの異なる種類のPAN前駆体のより大量の事前安定化された繊維を生成した。表17中の繊維「A-3200」及び「C-1600」は、空気中でのさらなる酸化に選択された候補であった。酸化ステップに使用された構成は、試験した各前駆体に対して同様であったが、これを図11に示す。
炭化及び炭素繊維の形成
不活性雰囲気下の低温及び高温炉内で、完全に安定化されたPAN繊維を張力下で炭化した。窒素でパージされた2つの炉を使用した。炭化のための加熱中の累積滞在時間は、3.1分であった。低温炉は、それぞれ450℃、650℃及び850℃に設定された3つのゾーンを有していた。高温炉は、それぞれ1100℃及び1500℃に設定された2つのゾーンを有していた。全ての前駆体を、同じプロセッシング条件を使用して処理した。
結果及び考察
前駆体A
窒素雰囲気下での事前安定化
事前安定化中に印加される所望の張力を決定するために、まず前駆体の試料を、窒素中、低から高の異なる張力下で加熱した(表17)。
異なる印加張力下で処理された試料をFT-IRにより分析し、反応の程度(%EOR)を測定した。ニトリル環化反応の程度、及び印加張力により環化が変動する様子を、図13に示す。曲線が「釣鐘」形状を呈することが観察されたが、これは環式構造の形成に関連して最大強度(43%)が存在することを示唆していた。この研究から、PAN前駆体における最適量の環化ニトリル基を促す印加張力の量が存在すると思われる。前駆体Aの場合、この前駆体の最適張力は3000cNであった。
また、様々な事前安定化された試料の質量密度を試験したが、これを図14及び表18に示す。FT-IRと同様に、同じ型のプロファイルが観察された。環式構造の最も高い含有量と相関する曲線の最大値(3000cNの印加張力)における試料が、記録された最高質量密度を有していた。
単一フィラメント試験機FAVIMATを使用して、事前安定化された繊維の機械的特性を決定した。図15は、異なる印加張力下で処理された事前安定化された繊維の最終引張強度及び引張係数の推移を示す。結果はまた表18にも示されている。曲線は、FT-IR及び質量密度の結果と比較して逆の傾向を示した。安定化がより進行するにつれて、系はより弱くなった。この前駆体に対して記録された機械的特性の最小値は、3000cNに位置していた。
事前安定化された前駆体Aから炭素繊維への迅速変換
空気中での連続的安定化及びその後の不活性雰囲気中での炭化を含む試験に、事前安定化された繊維の候補である「A-3200」を選択した。この前駆体は、26%の反応の程度を有していた。図11に示される構成を用い、異なる温度の4つの加熱ゾーンを使用して、繊維を安定化した。ゾーン当たり1回の通過のみが必要であった。ゾーン当たりの滞留時間は5分であった。酸化における全滞留時間は20分であった(5分の加熱の4回の単回通過)。事前安定化された前駆体は、空気中で加熱しながらの5分の単回通過で、橙色から暗褐色に極めて急速に変色し、系が極めて触媒されたことを実証した。安定化後、窒素で満たされた低温及び高温炉を使用して繊維を炭化した。試験中に使用されたプロセスパラメーターを、表19に示す。
この試験から炭素繊維が生成されたが、その機械的特性を表20に示す。
前駆体B
窒素雰囲気下での事前安定化
窒素中、異なる印加張力で前駆体B繊維を安定化した(表17)。
FT-IR分析を行うと、ここでも環化反応の程度の最大値が明確に示された。この場合、最大ニトリル環化(24%)は、1600cNの印加張力で生じた(図16)。質量密度もまたこの張力で最大であった。
異なる組の事前安定化された繊維に対して、機械的試験を行った。結果を表21及び図18に示す。異なる繊維試料の最終引張強度及び引張係数は、1600cNで最小値を示した。環化ニトリル基の含有量が最大である場合、記録された機械的特性は最低である。この挙動は、この研究において試験された異なる前駆体に対して観察されている。
事前安定化された前駆体Bから炭素繊維への迅速変換
工業的試験を可能にするために、候補である「B-1600」をより大量に製造した。この繊維は、24%の測定された反応の程度を有していた。事前安定化された繊維は、空気中で成功裏に安定化された。ここでも、酸素含有雰囲気中での全滞留時間は、20分に等しかった。酸素中での安定化後、2つの炉を使用して不活性雰囲気中で繊維を炭化した。試験中に使用されたプロセスパラメーターについての詳細を、表22に示す。
この試験から炭素繊維が生成されたが、その機械的特性を表23に示す。
上記の実験は、様々な異なる安定化されたPAN前駆体が迅速に生成され得ること、及び完全に安定化された前駆体が成功裏に炭素繊維に変換され、大規模自動車用途に適合された機械的特性を提供し得ることを実証している。
実施例9-同様の引張特性を有する炭素繊維の生成における、迅速前駆体安定化方法に対する比較前駆体安定化方法の研究
この例では、産業において利用されている従来の前駆体安定化方法である比較用の方法を、本発明の迅速前駆体安定化方法と比較した。
同じ前駆体原料(酸性コモノマーを含有する市販のPAN 24K)を使用して、2つの工業的試験を行った。同様の機械的特性を有する炭素繊維を生成した。さらに、両方の方法から生成された酸化PAN繊維(OPF)のさらなる比較を可能にするために、安定化された前駆体(OPF)における同様の密度を目標とした。比較用の方法で生成された繊維は、96分にわたり安定化された。一方、迅速安定化方法で製造された繊維は、酸素含有雰囲気中で20分で安定化された。両方の方法の検査を可能にするために、繊維試験片を酸化安定化及び炭化の最後に採取した。
9.1 比較用の従来方法に使用されたプロセッシング条件
オーストラリアのCarbon Nexusの炭素繊維生成ラインを使用して、市販のPAN繊維を炭素繊維に連続的に変換した。4つの温度ゾーンを提供する4つの中心-端部型(center-to-ends)オーブンを使用し、各温度ゾーンに複数回通過させてPAN繊維を安定化した。酸化安定化のために、プロセスパラメーター(張力、ライン速度、空気流、ガス抽出等)の厳密な制御下で、繊維を徐々に加熱した。この比較用の酸化方法において、前駆体繊維滞在時間は、オーブン当たり24分であり、結果として累積滞留時間は96分であった。比較用の酸化方法を行うために使用された構成を、図5に示す。張力は、炭素繊維生成ライン上の駆動ローラーの回転速度を変化させることにより調整した。安定化に使用されたプロセスパラメーターを、表24にまとめる。
安定化された繊維を、低温炉及び高温炉の2つの炉内で不活性雰囲気中で連続的に炭化した。酸素と繊維とのいかなる接触も回避するために、高純度窒素で炉をパージした。それぞれ、低温炭化は1200cNの一定張力で450~850℃で行い、高温炭化は2200cNの一定張力で1200~1500℃で行った。炭化のための全滞留時間は、3.1分であった。
9.2 迅速安定化方法に使用されたプロセッシング条件
この連続的方法では、工業サイズの炉を使用して窒素前処理を行った。炉は、4つの制御可能な加熱ゾーン、入力及び出力窒素シール、並びに窒素冷却チャンバー(図1)で構成された。炉を高純度窒素でパージし、炉のゾーン1からゾーン4にかけて、最初の2つ及び最後の2つのゾーンでそれぞれ285℃及び295℃の温度で繊維を加熱した。窒素前処理では、加熱中の繊維滞在時間は1分10秒であった。試験は、1600cNでの張力の厳密な制御下で行った。窒素前処理繊維の測定された環化反応の程度(%EOR)は、23%であった。
比較用の従来方法(図5)に使用されたものと同じ機器を使用して、窒素前処理繊維を空気雰囲気中でさらに安定化した。ライン速度は、最初はゾーン当たり5分、したがって合計20分に等しい酸化の滞留時間を可能にするように設定した(図11)。酸化中に使用されたプロセスパラメーターを、表25にまとめる。
比較のために、比較用の従来方法に使用されたものと同じ実験構成を使用して、安定化された繊維を炭化した。ここでも、炭化のための全滞留時間は、3.1分であった。
9.3 結果
X線、FT-IR、DSC、密度カラム及び引張試験技術を使用して両方の方法からの繊維を特性決定した。PAN前駆体、酸化PAN繊維(OPF)及び炭素繊維に対する各特性決定技術からの結果を、表26、27及び28にまとめる。
PAN前駆体繊維
酸化PAN繊維
炭素繊維
9.4 考察
X線分析
X線分光法を使用して、最初のPAN前駆体、安定化された前駆体、及び炭化繊維の構造組成を特性決定した。比較用の従来方法及び迅速安定化方法からの安定化された前駆体及び炭素繊維の結晶構造を分析した。この研究では、シェラーの式(式4)を使用して、見かけの結晶子サイズLc(002)及びLc(100)を決定した。炭素繊維を分析すると、迅速安定化方法では繊維は著しく短い加熱時間(比較用の従来方法と比較して21%の滞留時間)を経験したものの、見かけの結晶子サイズLc(002)は少なくとも20%大きいことが観察された。この発見は、迅速安定化方法を介して安定化された繊維の異なる化学組成により誘引される、繊維が呈する異なる結晶構造を明確に示すものであった。
炭素繊維において観察される差に加えて、両方の方法から抽出された安定化された繊維においても顕著な不一致が観察された。迅速安定化方法から抽出された安定化された前駆体繊維の見かけの結晶子サイズLc(002)は、比較用の従来方法により形成された安定化された前駆体繊維において観察されるものより20%小さかった。反対に、見かけの結晶子サイズLc(100)では、識別可能な違いは見られなかった。また、式(5)を用いて、安定化及び炭化された試料に対し、結晶面間のd間隔もまた分析した。d間隔(100)は、両方の方法から抽出された安定化された繊維に対して同様であった。迅速安定化方法により形成された安定化された前駆体繊維のd間隔(002)は、比較用の方法により形成された安定化された前駆体に対して観察されるものより若干大きい(4%)ことが認められた。
FT-IR分光法
FT-IR技術を使用して、安定化された繊維の化学組成を特性決定した。比較用の変換方法及び迅速安定化方法の両方から抽出された安定化された繊維に対して、環化反応の程度を計算した(式2)。両方の方法により生成された安定化された前駆体繊維は同様の%EORにより特徴付けられたが、これは、安定化のための時間枠が著しく異なるものの同じ含有量の環式構造が形成されたことを明確に示していた。
%EORに加えて、脱水素化比率を計算すると(式3)、顕著な差が観察された。迅速安定化方法で製造された安定化された繊維の脱水素化比率は、比較用の従来方法より少なくとも13%高かったが、これはより高い程度の酸化化学反応又はポリマー骨格のより高い化学変換を実証している。
示差走査熱量測定(DSC)
DSC分析により、比較用の従来方法及び迅速安定化方法からの安定化された繊維の熱挙動を調査した。安定化された繊維のCI指数(式1)を計算すると、迅速安定化方法により処理された繊維で著しく高い(+16%)ことが判明した。繊維はより短い加熱時間を経験したが、発熱の変換はより優れており、繊維プロセッシングの向上を明確に示していた。
熱重量分析(TGA)
安定化された前駆体繊維の温度の関数としての重量損失の推移を、TGAにより分析した。試料は、10℃/分の加熱速度で窒素下で試験した。比較用の従来方法及び迅速安定化方法により形成された安定化された前駆体の間には、著しい識別可能な差は観察されなかった。両方の製造方法から抽出された安定化された前駆体繊維は、600℃で同様の質量損失を示した(比較用の従来方法及び迅速安定化方法においてそれぞれ25.5±0.7対24.1±0.9)。
質量密度
密度カラム技術を使用して、両方の安定化方法から得られたPAN前駆体及び酸化安定化された前駆体繊維(OPF)の質量密度を決定した。上のセクションにおいて説明されたように、安定化された繊維の密度は同様であった(比較のための基準)。
しかしながら、異なる処理が行われた安定化された前駆体から形成された炭素繊維では、迅速に安定化された前駆体の酸化の間加熱プロセッシング時間は著しく短かったにもかかわらず、迅速安定化方法により生成された安定化された前駆体から生成された炭素繊維(同様の引張特性)の密度は、比較用の従来方法により生成された安定化された前駆体からの炭素繊維生成の密度より高く(それぞれ1.774±0.003対1.798±0.005)、これは異なる構造/化学配置を実証していた。
FAVIMATによる引張試験
FAVIMAT技術を使用して、PAN繊維、安定化された前駆体繊維(OPF)及び炭素繊維の引張特性を測定した。この例の基準として、同様の機械的特性を有する炭素繊維を両方の安定化方法から生成した。両方の方法からのOPFの引張特性は同様であった。
実施例10-事前安定化された前駆体における環式構造の濃度の酸化安定化に対する効果
この研究では、事前安定化された前駆体におけるニトリル基環化の程度が、その後の酸化化学反応に対して与える影響を調査した。FT-IR技術を使用した環化反応の程度の式の測定により決定された環式構造の含有量に基づいて、17%、24%及び28%EORの異なるレベルの%EORを有する3組の事前安定化された繊維(PAN前駆体12K)を選択した。これらの実験では、全く同じ実験条件を使用して、3組の窒素前処理繊維を酸素中で安定化した。図11に示されるような構成を有する、オーストラリアのCarbon Nexusの炭素繊維生成ラインからの中心-端部型オーブンを使用して、前処理繊維を酸素含有雰囲気中で連続的に安定化した。様々な滞在時間でのオーブン内での酸化後に、前駆体繊維の試料を抽出した。具体的には、酸素含有雰囲気中での3.75分、7分、10.75分及び15分の加熱滞在時間後に、前駆体繊維を抽出した。安定化実験のための選択された一定張力及び温度は、それぞれ2200cN及び230℃であった。FT-IR技術を使用して、酸化PAN繊維を試験した。環化反応の程度及びCH/CH2比率を、それぞれ式2及び3に従って計算した。
10.1 考察
加熱中の酸化滞在時間の関数としてのCH/CH2比率の推移を、図19に示す。
図19に見られるように、異なる環化の程度を有する異なる事前安定化された前駆体繊維の窒素前処理は、高い化学反応変換率をもたらすことができた。CH/CH2比率は、ポリマー骨格の化学組成を説明している。酸化化学反応(脱水素、酸化等)の進行に伴い、CH及びCH2種の比率は酸化安定化の間変化し、CH種の増加及びCH2官能基の減少をもたらすことが推定され、また認められる。窒素前処理後、繊維が活性化し、酸素含有雰囲気に対して極めて反応性となることが観察された。全ての組の前処理繊維において、繊維の熱及び酸素への短時間の曝露直後(0~4分の領域)で比率の増加が最大であった。この急な増加後、系はより飽和し、酸化化学反応の速度の低下をもたらした。最初に環式構造のパーセンテージが最も高かった事前安定化された前駆体繊維において、最も急な推移が観察されることが認められた。酸化化学反応の程度は、事前安定化された前駆体中に生成された環式構造の含有量に直接依存していた。酸化化学反応に対する実質的な影響に加え、窒素中での前駆体の前処理はまた、図20に示されるように、ニトリル基環化反応の増大も向上させた。
CH/CH2比率の推移と同様に、環式構造の最も急な成長が、熱及び酸素含有雰囲気への曝露直後に観察された。異なる前処理繊維間の15分の酸化安定化後の反応速度の差は顕著であった。28%のEORを有する事前安定化された前駆体繊維では、15分の短い暴露時間後に高い%EOR率が観察された(66.7%)。以前の例では、酸化安定化の終了時の安定化された前駆体試料(OPF試料)の%EORは、約70%であった。前駆体の酸化安定化のためにこれらの実験が行われた短い時間(15分)及び低い温度(230℃)を考慮すると、この発見は驚くべきものであった。窒素前処理中のPAN前駆体の高い環化変換が、迅速酸化の必要条件であると結論付けられた。
実施例11-低密度の酸化安定化された前駆体繊維からの炭素繊維の生成
この例に使用された前駆体は、酸性コモノマーを含有する12,000のフィラメント(12K)を含む市販のPAN短線であった。この例では、極めて低い密度を有する酸化PAN繊維からの炭素繊維の製造を説明する2組の条件が記載されるが、これらはそれでも許容範囲内であり、高性能炭素繊維の製造が可能であった。
これらの実験のために、以前の例で説明された装置(図1)内で、窒素中290℃の温度、1200cNの張力(最適な%EORのための張力)及び1分30秒の窒素雰囲気中での滞留時間で繊維を前処理した。事前安定化された繊維(PSN-6)の環化反応の程度(%EOR)をFT-IRにより決定すると、23%であった。
異なる実験条件を使用して、事前安定化された前駆体を使用した炭素繊維生成のための2つの工業的試験(実施例11A及び11B)を行った。表29及び表30は、それぞれ実施例11.A及び11.Bに使用されたプロセスパラメーターをまとめたものである。両方の試験において、前処理繊維は、事前安定化された前駆体繊維の酸化のための3つの温度ゾーンを提供するように設定された、オーストラリアのCarbon Nexusの生成ラインからの3つの中心-端部型オーブンを使用して迅速に安定化された。酸素雰囲気(酸化)中での全滞在時間は、15分であった。酸化後、表29及び30に示されるような同様の実験条件を使用して、張力下、不活性雰囲気中で繊維を炭化した。累積炭化滞在時間は、3.9分であった。プロセスの各ゾーン後に繊維を抽出し、FAVIMATを使用して試験した。
表31及び表32は、全製造プロセスにわたる機械的特性、質量密度及び環化反応の程度の推移を分類している。
両方の工業的試験から、高性能炭素繊維が生成されたことが観察された。しかしながら、両方の例において、酸化PAN繊維の密度が実施例11A及び11Bに対してそれぞれ1.313g/cm3及び1.336g/cm3であることが認められた。文献において一般に言及されている、高性能炭素繊維の生成のための知られている安定化された前駆体繊維(OPF繊維)の密度の範囲は、通常1.340g/cm3~1.390g/cm3の間であるため、これらの密度値は低いと考えられた。両方の例において、安定化された繊維(ゾーン3)の環式構造の含有量は、ベースライン例CE-1で測定された含有量と同様であった。%EORは、実施例11A及び11Bにおいてそれぞれ66.6±0.7%及び67.8±0.4%であった。安定化された繊維はより低密度であったが、この方法を使用して形成された向上した化学構造により、高性能炭素繊維を効率的に形成することができた。
実施例12-PAN前駆体の分解温度の決定の例
示差走査熱量測定(DSC)を使用して、PAN前駆体の分解温度を試験した。分解温度は、窒素雰囲気下でPAN前駆体に生じる発熱遷移の最大値に割り当てられた。3ミリグラムの前駆体繊維を、DSCにより窒素雰囲気下で毎分10℃の加熱速度で試験した。
表33は、本明細書における例のいくつかにおいて使用されたいくつかのPAN前駆体の分解温度を示す。
図21は、前駆体の分解温度を例示する、異なる前駆体のDSCトレースを示す。
比較例2(CE-2)-10%未満の環化ニトリル基を有する事前安定化された前駆体を用いたPAN前駆体繊維の迅速安定化の試み
この例では、酸性コモノマーを含有する市販のPAN前駆体を使用した。以前に実施例2に使用された機器を使用して、前駆体繊維を窒素中で事前安定化した。温度は、全ての加熱ゾーンに対して280℃に設定した。ライン速度は、事前安定化のために6分の加熱滞留時間を提供するように設定した。事前安定化後、繊維の色は白色から橙色に変化した。色の変化は化学変化を明確に示すものであったが、事前処理された繊維にFT-IR分析を行うと、6.1±0.8%EORという低い程度の環化反応値が示された。
単一の酸化オーブン(図9)を使用して、事前安定化された前駆体繊維に対して迅速安定化実験を試みた。この例では、酸化オーブン内での加熱滞留時間は15分であった。迅速安定化実験は、まず230℃~260℃の範囲の温度で行った。この例において、部分的に安定化された前駆体が酸素に曝露されたが、酸素曝露後に得られる前駆体は、燃焼試験により決定されるように十分に熱的に安定ではないことが判明した。すなわち、酸素への曝露後の前駆体に裸火を当てた場合、前駆体は、燃焼する又は著しく燻ることなく裸火に十分耐えることができなかった。結果として、酸素処理前駆体は、炭化には不十分な品質であると認められた。
これらの予備実験の後、酸化オーブン内の温度を270℃のより高い温度に設定した。しかしながら、このより高い酸化温度は、過度の加熱速度、発熱反応の制御されない管理、及び事前安定化された繊維における不十分な化学調製(すなわち不十分なニトリル基環化)に起因して、事前安定化された前駆体繊維材料の分解をもたらした。
本明細書に概説される本発明の精神から逸脱せずに、様々な他の修正及び/又は改変が行われてもよいことが理解されるべきである。