特許法第30条第2項適用 (掲載日)平成30年7月5日(掲載アドレス)https://arxiv.org/abs/1807.02053v1 (掲載日)平成31年3月15日(掲載アドレス)https://arxiv.org/abs/1903.06559
以下、様々な例の実施形態を詳しく参照する。そのうちの1以上の例については、各図に図示している。各例は、説明のために提示しているのであって、本発明はその例に限定されるものではない。例えば、1つの実施形態の一部として図示されている又は記載されている特徴は、他の実施形態にも使用できる、又は他の実施形態と共に使用することで新たな実施形態を作り出すことが可能である。本明細書の開示は、そのような改良やバリエーションを含むことを意図している。
以下の図面に関する記載において、同一の参照符号は同一の構成要素を意味する。概して、各実施形態については相違点のみを述べる。図面に示す構造は、必ずしも実際の縮尺通りに描写しているわけではなく、実施形態を理解し易くするために誇張された描写を含む場合がある。
実施形態は、複数のキュービットを有する量子システムに関する。本明細書に記載のキュービットは、量子力学2準位システム(quantum mechanical two-level system)として理解され得る。キュービットは、起こり得るキュービットの量子状態を表した2つの量子基本状態(quantum basis states)|0>及び|1>を有する。量子力学の重ね合わせの原理によれば、a|0>+b|1>の式である全ての重ね合わせがキュービットに起こり得る量子状態である。上記のa及びbは複素数である。数学的には、キュービットは2次元のベクトル空間で表すことができる。複数のキュービットは、複数のキュービットのそれぞれが量子状態|0>又は量子状態|1>の何れかである形態に対応する量子基本状態を有する。例えば、キュービットが5つあるとすれば、5つのキュービットの量子基本状態は|00101>となり得る。量子状態|00101>は、第1、第2及び第4キュービットが量子状態|0>であり、第3及び第5キュービットが量子状態|1>である形態を表している。キュービットが複数のm個ある場合、2m通りの量子基本状態が存在する。重ね合わせの原理からして、複数のキュービットに対し2通りの量子状態を考えると、量子基本状態の重ね合わせは複数のキュービットの量子状態でもある。例えば、a、b及びcが複素数である式a|00101>+b|11110>+c|11111>の重ね合わせは、複数のキュービットの量子状態である。数学的には、複数のm個のキュービットからなる量子システムは、2m次元のベクトル空間で表すことができる。
複数のキュービットは、複数の超電導キュービット(例えば、トランスモン(transmon)キュービット又は磁束キュービット)を含んでいてもよいし、又は複数の超電導キュービットから構成されていてもよい。超電導キュービットは第1次及び第2次超電導ループを含んでいてもよい。第1次超電導ループで時計回り及び反時計回りにそれぞれ伝搬する超電導電流は、超電導キュービットの量子基本状態|1>及び|0>を形成可能である。さらに、第2次超電導ループを通る磁束バイアスは、量子基本状態|0>及び|1>を結合可能である。
別の態様として、量子システムは、トラップイオンのシステムを利用して実現してもよい。この場合、キュービットの量子基本状態|0>及び|1>は、ゼーマン若しくは超微細マニホールドの2段階で形成されるか、又はCa40+等のアルカリ土類イオン若しくはアルカリ土類のように正電荷を帯びたイオンの禁制光学遷移(forbidden optical transition)のいたるところで形成される。
更に別の態様として、量子システムは、レーザフィールドから光格子又は間隔の広い格子に捕獲された極低温の中性アルカリ原子等の極低温原子を利用して実現してもよい。上記の原子は、レーザ冷却により基底状態に向けて進行可能である。キュービットの量子基本状態は、原子の基底状態及び高位リュードベリ状態(high-lying Rydberg state)によって形成される。キュービットはレーザ光によって扱うことができる。
更に別の態様として、量子システムは、量子ドットを用いて実現してもよい。量子ドットキュービットは、GaAs/AlGaAsヘテロ構造で組み立てられてもよい。キュービットは、単一井戸型から二重井戸型へポテンシャルを断熱的に調整することによって準備可能なスピン状態でコード化される。
更に別の態様として、量子システムは、ダイヤモンド結晶の点欠陥であるNVセンター等の固体結晶の不純物を用いて実現してもよい。他の不純物、例えば、クロム不純物に関係する着色中心、固体結晶の希土類イオン、又は炭化ケイ素の欠陥中心については研究中である。NVセンターは、2つの不対電子を有し、場合によっては周囲の核スピンと共に、キュービットを実現するために使用可能な長寿命の2つの著しい欠陥レベルの特定を可能にするスピン-1基底状態(spin-1 ground state)を与える。
実施形態によれば、量子システムは、1つ以上又は複数の個別のq段階量子システムを有していてもよい。qは定数である。例えば、qは2~8の範囲内(例えば、3、4、5又は6)である。個別のq段階量子システムは、q状態|0>,|1>,・・・|q-1>からなる基底を有する。個別の3段階量子システムは、「キュートリット」と称される。
量子システムのハミルトニアンは、量子システムの単一の相互作用又は複数の相互作用を表すことができる。ハミルトニアンは、量子システムに作用する演算子である。ハミルトニアンの固有値は、量子システムのエネルギースペクトルに対応する。ハミルトニアンの基底状態は、最小エネルギーを有する量子システムの量子状態である。ハミルトニアンの基底状態は、零度の量子状態であってもよい。
本明細書に記載の古典的計算システムは、古典的ビットで作動する計算システムとして理解され得る。古典的計算システムは、古典的ビットで情報を処理するための中央処理装置(CPU)、及び/又は古典的ビットで情報を記憶する記憶装置を有していてもよい。古典的計算システムは、パーソナルコンピュータ(PC)等の1つ以上の従来型コンピュータ、及び/又は従来型コンピュータのネットワークを有していてもよい。
実施形態の詳細を述べる前に、本開示事項のいくつかの側面について、図1~図3を参照して説明する。
図1は、実施形態に係る計算問題の解を計算する装置400の一例を示している。装置400は、量子システム420を利用して計算問題の解を計算するのに適している。量子システム420は、図1において黒色点で表された複数のキュービット100を有する。図1に示すように、複数のキュービット100は2次元格子120、具体的には2次元正方格子に沿って配置されている。
図1は、古典的計算システム450を更に示す。古典的計算システム450は、解くべき計算問題452を入力として受信するように構成されている。計算問題452は、巡回セールスマン問題やイジングスピンモデル問題等のNP困難問題であってもよい。ここでのNPは、「非決定性多項式時間(nondeterministic polynomial time)」の略称である。
古典的計算システム450は、計算問題452を量子システム420の問題ハミルトニアン(problem Hamiltonian)にコード化するように構成されている。図2は、計算問題452を問題ハミルトニアン482にコード化する古典的計算システム450を概略的に示す。
実施形態によれば、問題ハミルトニアン482は、複数の調整可能なパラメータを有する単体ハミルトニアンである。問題ハミルトニアン482は、式Hprob=ΣkJkσz
(k)を有することができる。σz
(k)は、複数のキュービット100のうちk番目のキュービットに作用するパウリ演算子である。各Jkは、1つ以上の外部実体(external entities)によって決定される調整可能なパラメータであり、キュービットk毎に個別に調整可能な磁場を例示できる。例えば、Jkは、k番目のキュービットに影響する調整可能な磁場の強度であってもよい。磁場等の複数の調整可能な外部実体が与えられてもよい。この場合、各調整可能な外部実体が複数のキュービットのうちの1つのキュービットに影響する。外部実体を調整することにより、計算問題452に応じてパラメータJkを調整可能である。
古典的計算システム450によって実行される問題ハミルトニアン482での計算問題452をコード化するステップは、計算問題452から、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータに対する問題コード化の設定(problem-encoding configuration)を決定するステップを含む。例えば、古典的計算システム450は、計算問題452をコード化するパラメータJkの適切な値を計算することができる。各調整可能なパラメータに対して、パラメータの値は計算問題452に応じて決定される。したがって、問題ハミルトニアン482の複数の調整可能なパラメータの問題コード化設定は、計算問題452に依存する。
再び図1を参照すると、装置400は、ハミルトニアン発展ユニット430を有する。ハミルトニアン発展ユニット430は、量子システム420のキュービットが互いに相互作用することを可能にするのに適しており、相互作用は、量子システム420のハミルトニアンによって表される。
実施形態によれば、ハミルトニアン発展ユニット430は、量子システム420の中間ハミルトニアンを介して、量子システム420の初期ハミルトニアンを量子システム420の最終ハミルトニアンに発展させるように構成されている。
図3は、ハミルトニアン発展ユニット430によって実行される、中間ハミルトニアン470を介した初期ハミルトニアン460の最終ハミルトニアン480への発展を示す。図3は、初期時間46、中間時間47及び最終時間48が示された時間軸を示す。中間時間47は、初期時間46と最終時間48との間に位置する。図3に示す時間軸について、時間は下向きに進む。初期時間46において、ハミルトニアン発展ユニット430は、初期ハミルトニアン460、すなわち、ハミルトニアン発展ユニット430を提供することができる。したがって、初期時間46において、量子システム420のキュービットは、互いに、又は、初期ハミルトニアン460によって定義される方法での1つ以上の外部実体(例えば、磁場)に相互作用することができる。中間時間47において、ハミルトニアン発展ユニット430は、中間ハミルトニアン470を提供する。したがって、中間時間47において、キュービットは、互いに、又は、中間ハミルトニアン470によって定義される方法での1つ以上の外部実体に相互作用することができる。最終時間48において、ハミルトニアン発展ユニット430は、最終ハミルトニアン480を提供する。したがって、最終時間48において、キュービットは、互いに、又は、最終ハミルトニアン480によって定義される方法での1つ以上の外部実体に相互作用することができる。
ハミルトニアン発展ユニット430は、初期ハミルトニアン460を中間ハミルトニアン470に徐々に変更し、続いて中間ハミルトニアン470を最終ハミルトニアン480に徐々に変更することにより、初期ハミルトニアン460を中間ハミルトニアン470を介して最終ハミルトニアン480に発展させることができる。
いくつかの実施形態において、初期ハミルトニアン460は、単体ハミルトニアンである。初期ハミルトニアンは式Hinit=Σkakσx
(k)を有する。各akは係数であり、各σx
(k)は複数のキュービット100のk番目のキュービットに作用するパウリ演算子である。パウリ演算子σz
(k)及びσx
(k)は非可換のパウリ演算子、特に反可換のパウリ演算子でもよい。初期ハミルトニアン460は計算問題452から独立していてもよい。
図3に示すように、中間ハミルトニアン470は、初期ハミルトニアン460、最終ハミルトニアン480及び第1の短距離ハミルトニアン(short-range Hamiltonian)475の線形結合である。図3に示すように、初期ハミルトニアン460をHinitで表し、最終ハミルトニアン480をHfinで表し、第1の短距離ハミルトニアン475をHSR1で表せば、これら3つのハミルトニアンの線形結合(すなわち、加重和)は、式aHinit+bHfin+cHSR1を有する。a、b及びcは係数(実数)である。中間ハミルトニアン470において、係数a、b及びcはそれぞれゼロとは異なるものであり得る。
いくつかの実装形態では、最初の短距離ハミルトニアン475は、単体ハミルトニアンであり得る。特に、第1の短距離ハミルトニアン475が、式Σkbkσy
(k)を有してもよい。各bkは係数であり、σy
(k)は複数のキュービット100のk番目のキュービットに作用するパウリ演算子である。パウリ演算子σx
(k)、σy
(k)及びσz
(k)は、相互に非可換、特に相互に反可換のパウリ演算子である。
図3に示すように、最終ハミルトニアン480は、問題ハミルトニアン482と第2の短距離ハミルトニアン484との総和である。例えば、第2の短距離ハミルトニアン484は、プラケットに対応するキュービットのグループ間の相互作用を表すプラケットハミルトニアン(plaquette Hamiltonian)であり得る。プラケットは、例えば、キュービットが配置される2次元正方格子の単純な正方形であってもよい。
例えば、初期ハミルトニアン460は、時間パラメータtに依存する補間ハミルトニアン(interpolation Hamiltonian)H(t)に従って、中間ハミルトニアン470を介して最終ハミルトニアン480に発展させることができる。補間ハミルトニアンは、式H(t)=A(t)Hinit+B(t)Hfin+HSR(t)を有することができる。A(t)及びB(t)は、時間変数tに依存する補間係数であり、HSR(t)も、時間変数tに依存する短距離ハミルトニアンである。tが初期時間tinitに等しい場合、補間係数A(tinit)は(正確に又はほぼ)初期値1に等しく、補間係数B(tinit)は(正確に又はほぼ)初期値0に等しく、短距離ハミルトニアンHSR(tinit)は(正確に又はほぼ)ゼロ演算子に等しくてもよい。したがって、時間パラメータtが初期時間tinitである場合、補間ハミルトニアンH(tinit)は初期ハミルトニアンHinitに等しくなり得る。tが最終時間tfinに等しい場合、補間係数B(tfin)は(正確に又はほぼ)最終値1に等しく、補間係数A(tfin)は(正確に又はほぼ)最終値1に等しく、短距離ハミルトニアンHSR(tfin)は(正確に又はほぼ)ゼロ演算子に等しくてもよい。したがって、時間パラメータtが最終時間tfinである場合、補間ハミルトニアンH(tfin)は最終ハミルトニアンHfinに等しくなり得る。tが中間時間tintに等しい場合、補間係数A(tint)及びB(tint)はそれぞれ0ではなく、補間ハミルトニアンH(tint)は前述の第1の短距離ハミルトニアン475に等しくなり得る。したがって、時間パラメータtが中間時間tintである場合、補間ハミルトニアンH(tint)は、初期ハミルトニアン460、最終ハミルトニアン480及び第1の短距離ハミルトニアン475の線形結合になり得る。
式H(t)=A(t)Hinit+B(t)Hfin+HSR(t)を有する補間ハミルトニアンの上記の例は、説明の目的で使用されており、範囲を制限するものと解釈されるべきではない。補間ハミルトニアンの他のいくつかの例を提供することができる。
上記のように、計算問題452は、問題ハミルトニアン482の調整可能なパラメータ、例えば、例示の問題ハミルトニアンΣkJkσz
(k)のパラメータJkにおいてコード化される。実施形態によれば、問題ハミルトニアン482と第2の短距離ハミルトニアン484との総和である最終ハミルトニアン480が、計算問題452の解に関する情報を含む基底状態を有するようにコード化が行われる。したがって、量子システム420が最終ハミルトニアン480の基底状態にある場合、又は、基底状態に近接する状態にある場合、量子システム420を測定することにより、計算問題452に関する情報が明らかになり得る。
実施形態によれば、ハミルトニアン発展ユニット430は、量子システム420を最終ハミルトニアン480の基底状態に向かって発展させるように構成可能である。問題ハミルトニアン482の複数の調整可能なパラメータは、問題コード化設定に存在する。
図1は、量子システム420を冷却するように構成された冷却ユニット410を更に示す。冷却ユニット410は、量子システム420を装置400の動作温度まで冷却するのに適している。量子システム420は、量子システム420を初期ハミルトニアン460の基底状態に向けて冷却することにより、初期量子状態で初期化され得る。次に、ハミルトニアン発展ユニット430は、本明細書で説明するように、中間ハミルトニアン470を介して、初期ハミルトニアン460を最終ハミルトニアン480に発展させることができる。中間ハミルトニアン470を介して初期ハミルトニアン460を最終ハミルトニアン480に発展させることは、冷却ユニット410によって、量子システム420が実質的に装置400の動作温度以下に維持されている間に実行され得る。
図1は、量子システム420の測定に適した測定装置440を更に示す。図示のように、測定装置440は、複数のキュービット100のうちの一部分425を測定するのに適するものであってもよい。測定装置440を使用して前記一部分425を測定することで、最終量子状態の読み出しを取得することができる。最終ハミルトニアンの基底状態にうまく近似される最終量子状態は、計算問題452の解に関する情報を含む。最終量子状態の読み出しが、解に関する情報を明らかにすることができる。図1に示す実施形態によれば、図1に矢符445で示すように、読み出しは測定装置440から古典的計算システム450に提供される。古典的計算システム450は、その読み出しから計算問題の解490を決定することができる。古典的計算システム450は、少なくとも計算問題の試行解(trial solution)を決定し、その試行解が実際に計算問題の解になっているのかを検証する。NP問題の場合、その検証は多項式時間で実行可能な計算であり、通常容易に計算できる。計算問題の解が見つからないことが分かると、計算問題の解が見つかるまでそのプロセスが繰り返される。
上記の観点から、一つの実施形態によれば、複数のキュービットを有する量子システムを用いて計算問題の解を計算する方法を提供する。前記方法は、計算問題を量子システムの問題ハミルトニアンにコード化するステップを含む。問題ハミルトニアンは、複数の調整可能なパラメータを有する単体ハミルトニアンであり、コード化ステップは、計算問題から複数の調整可能なパラメータに対する問題コード化設定を決定するステップを有する。前記方法は、初期時間における量子システムの初期ハミルトニアンを、中間時間における量子システムの中間ハミルトニアンを介して、最終時間における量子システムの最終ハミルトニアンに発展させるステップを含む。中間時間は、初期時間と最終時間との間に位置する。中間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である。最終ハミルトニアンは、問題ハミルトニアンと第2の短距離ハミルトニアンとの総和であり、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータは、問題コード化設定に存在する。第2の短距離ハミルトニアンは、dが計算問題から独立しているd体ハミルトニアンである。前記方法は、量子システムの読み出しを取得するために、複数のキュービットの少なくとも一部分を測定するステップを有する。前記方法は、その読み出しから計算問題の解を決定するステップを有する。
したがって、実施形態によれば、量子システムを用いて、NP困難問題等の計算問題の解を決定することが可能になる。古典的計算システムのみを用いて計算問題の解を決定する、つまり量子システムを用いずに計算問題の解を決定する場合と比較すると、実施形態では、計算問題を解くのに必要な計算時間が短縮される。換言すれば、古典的計算システムと比較すると、実施形態では、計算問題をより速く解くことが可能になり、又は古典的計算システムで計算するには時間がかかり過ぎるような解であっても見つけることが可能となるかもしれない。
更なる利点は、問題ハミルトニアンが単体ハミルトニアンである側面に関する。他の種類の問題ハミルトニアン、特にキュービットの大きなグループ間での相互作用を伴う、又は遠く離れたキュービット間での相互作用(長距離の相互作用)を伴う問題ハミルトニアンは、実行不可能であるか、又は少なくとも量子システム及び量子計算を行う構成要素の非常に複雑なセットアップを必要とする。一方、上述の単体の問題ハミルトニアンは、もっと単純なセットアップ、つまりもっと単純な量子処理装置を用いることにより実現可能である。さらに、実施形態の調整可能なパラメータを有する問題ハミルトニアンは、幅広い計算問題をコード化することができる完全にプログラム可能なシステムを提供する。したがって、実施形態に係る装置及び方法は、NP困難問題等の幅広い計算問題の解を計算することができる。問題ハミルトニアンが必要とする特定の相互作用がシステムのハードウェアに組み込まれているため、限られた数の問題しかコード化できないシステムと比較すると、柔軟性が増した非常に強力な装置及び方法が提供される。
更なる利点は、最終ハミルトニアンが問題ハミルトニアンと短距離ハミルトニアン(すなわち、第2の短距離ハミルトニアン)との総和である側面に関する。第2の短距離ハミルトニアンは、被加数ハミルトニアン(summand Hamiltonian)の総和であってもよい。本明細書に記載のように、被加数ハミルトニアンは制約ハミルトニアン(constraint Hamiltonian)であってもよい。短距離ハミルトニアンを有することで、遠く離れたキュービット間の相互作用を操作する必要が無いという利点が得られる。これは、量子システムで実現するには実行不可能な、又は少なくとも非常に複雑な量子処理装置のセットアップを必要とするような長距離の相互作用を必要とするハミルトニアンと大いに異なる。
更なる利点は、中間ハミルトニアンが、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合であるという側面に関する。特に、前記側面は、初期ハミルトニアン及び最終ハミルトニアンのみの線形結合である、すなわち、第1の短距離ハミルトニアンを有しない中間ハミルトニアンを含むアプローチと比較して利点を与える。後者のタイプの中間ハミルトニアンは、例えば、初期ハミルトニアンが式H(t)=(1-t)Hinit+tHfinの線形補間ハミルトニアンによって最終ハミルトニアンに発展する、断熱的量子最適化プロトコル(例えば、量子アニーリングプロトコル)で発生する可能性がある。実施形態に係る中間ハミルトニアンを有することにより、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるための可能な「経路」のより大きなスペースが利用可能になる。この大きなスペースを利用して、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるのに必要な時間を短縮できる。したがって、計算問題を解くためのより高速な実行時間を提供することができる。
特に、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である中間ハミルトニアンを通過することにより、断熱過程(又は非断熱過程、又は反断熱過程)に従って、発展中に量子システムの基底状態に十分に近接したまま、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させることが可能である。
特定の理論に拘束されることなく、量子力学の断熱定理によれば、初期ハミルトニアンの基底状態で始まり、時間依存性のハミルトニアン発展に従う量子システムは、ハミルトニアンの時間発展が十分にゆっくりと実行されるという条件で、量子システムの瞬間的な基底状態(又はそれに非常に近い状態)に留まるであろう。このような断熱的量子プロセスによって、つまり、最終ハミルトニアンの基底状態を準備するために、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに断熱的に発展させることによって、計算問題を解くことができる。しかしながら、このような断熱的プロセス(量子アニーリングプロセスとも呼ばれる)の許容速度は、断熱定理の観点から制限されるため、量子計算の実行時間は通常長くなり、特に計算問題のサイズに応じて指数関数的に長くなる可能性がある。一方、実施形態では、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である中間ハミルトニアンを使用することによって、断熱定理によって課される速度制限を回避することが可能になる。例えば、式Σkbkσy
(k)を有する第1の短距離ハミルトニアン(σy
(k)はk番目のキュービットのパウリ演算子)を使用できる。本発明者らは、実施形態に係る中間ハミルトニアンを通過することにより、初期ハミルトニアンから最終ハミルトニアンへの発展が、断熱的に、すなわち、断熱定理によって許容される速度よりも速く実行され、最終ハミルトニアンの基底状態に近接した基底状態に到達できることを見出した。したがって、計算の実行時間を改善することができる。
実施形態は、計算問題の解の計算に対し拡張可能なアーキテクチャを提供する。所定の量子システムでは、特定の最大サイズの多種多様な計算問題の解を計算することができる。最大サイズは、量子システムのキュービットの数により決定される。この最大サイズを超える計算問題の解を計算するために、より大きな量子システム、つまり数多くのキュービットを有する量子システムを、例えば、実施形態の対応する問題ハミルトニアン、短距離ハミルトニアン及び最終ハミルトニアンと共に提供することで、より大きなサイズの計算問題を処理することができる。適度に多くのキュービットを有する量子システムを選択することにより、どのような所望サイズの計算問題でもその解を計算できる。実施形態によれば、量子システムのキュービットの数に関わらず、問題ハミルトニアンは単体ハミルトニアンであり、最終ハミルトニアンは問題ハミルトニアンと第2の短距離ハミルトニアンとの総和であり、中間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である。したがって、計算問題の解を計算するために拡張可能なアーキテクチャが提供される。
いくつかの実施形態によれば、計算問題は決定問題であってもよい。決定問題とは、イエスかノーかを問う質問が定式化された計算問題のことをいう。決定問題の解は、「イエス」か「ノー」かのいずれかである。或いは、決定問題の解は、1つの古典ビット、つまり0か1のいずれかであってもよい。他の実施形態によれば、計算問題は決定問題と異なる態様で定式化されてもよい。
計算問題は、例えば、コンピュータ科学、物理、化学又は工学の分野で考えられる種々の計算問題のいずれか1つであってもよい。範囲を限定する意図ではなく、説明目的で、以下の3つの計算問題の例について検討する。以下に検討する3つの例は決定問題の例である。
実施形態の計算問題の第1の例は「巡回セールスマン問題」である。巡回セールスマン問題は、都市の第1リスト、及びその第1リストに挙げられた各2都市間の距離の第2リストを伴う。巡回セールスマン問題では、次の問題について質問される。「第1リスト、第2リスト及び定数Kが与えられた場合に、セールスマンが(i)第1リストに挙げられた各都市を必ず1回ずつ巡回し、(ii)巡回開始時の都市に戻るという条件で、最大Kの巡回距離は存在するのか?」
実施形態の計算問題の第2の例は、数学的グラフの彩色に関する「3彩色問題」である。数学的グラフは頂点のセットと2つの頂点を結ぶ辺のセットとを含む。数学的グラフの3彩色では、数学的グラフの各頂点が3色(例えば「赤」、「緑」、「青」)のうちの1色に割り当てられる。この際、辺で結ばれるいずれの2つの頂点にも異なる色が割り当てられる。いくつかの数学的グラフでは、3彩色は存在しないかもしれない。3彩色問題では、次の問題について質問される。「数学的グラフが与えられた場合に、3彩色は存在するのか?」
実施形態の計算問題の第3の例は、イジングスピンモデルに関する。イジングスピンモデルは、複数のスピンs1,s2,・・・,sn間の相互作用を表す物理モデルである。各スピンsiは1か-1のどちらかの値を有する変数であり、iは1からnまでの値である。複数のスピンについては、イジングエネルギー関数H(s1,s2,・・・sn)が考えられ、このイジングエネルギー関数は次の式を有する。
H(s1,s2,・・・sn)=Σijcijsisj+Σicisi
各cijは結合係数で、各ciはフィールド係数である。イジングエネルギー関数は、対相互作用(pair-wise interactions)を伴う。スピンsi及びsj間の対相互作用はイジングエネルギー関数中の項cijsisjで表される。結合係数cijの絶対値は、スピンsi及びsj間の対相互作用の強さを反映する。結合係数cijの符号は、例えば強磁性の又は反強磁性の相互作用等の対相互作用の特性を反映する。イジングスピンモデルは、長距離イジングスピンモデルであってもよい。長距離イジングスピンモデルは、距離測度に応じて互いに離れた一対のスピン同士の相互作用を含んでもよい。長距離イジングスピンモデルは、少なくとも2つのスピン間の最大距離の対数である距離を隔てて互いに離れたスピン対間の相互作用を含んでもよい。全対全イジングスピンモデル(all-to-all Ising spin model)等のいくつかの長距離イジングスピンモデルは、全てのスピン対間での相互作用を伴ってもよい。例えば、各結合係数cijが零でないイジングスピンモデルが長距離イジングスピンモデルであると考えられる。
イジングエネルギー関数は、スピンsi及びスピンsiに影響するが他のスピンには影響しない外部フィールドとの相互作用を表す項cisiを更に含む。スピンsiに影響するフィールドの強さと方向は、それぞれフィールド係数ciの絶対値と符号で表される。イジングスピンモデルに関係する計算問題(ここでは、イジングスピンモデル問題という)は、次のように定式化できる。「結合係数cijのセット、フィールド係数ciのセット及び定数Kを与えた場合に、H(s1,s2,・・・sn)がKより小さくなるようなスピンの形態(s1,s2,・・・sn)は存在するのか?」
実施形態によれば、計算問題は複数の入力変数を含んでいてもよい。その複数の入力変数は、解くべき計算問題に関する情報を表してもよい。例えば、上述の3つの計算問題の例を参照すると、複数の入力変数は、巡回セールスマン問題の場合、都市の第1リスト及び距離の第2リストであり、3彩色問題の場合、グラフの頂点及び辺のセットであり、イジングスピンモデル問題の場合、結合係数cijとフィールド係数ciのセットである。
計算問題のサイズは、計算問題を特定するのに必要とされる古典的情報単位の数の大きさとして理解してよい。計算問題のサイズは、計算問題の入力変数の数に依存してもよい。計算問題のサイズは、入力変数の数が増えるに従い増加してもよい。計算問題のサイズは、入力変数の数と等しくてもよい。例えば、巡回セールスマン問題の場合、前記サイズは、第1リスト及び第2リストの長さの総和である。更なる例として、イジングスピンモデル問題の場合、前記サイズは、スピンSiの数nである。
計算問題は、コンピュータ科学の分野で考えられる複雑性クラスNP(complexity class NP)に関連してもよい。「NP」は、「非決定性多項式時間」の略称である。計算問題は複雑性クラスNPに属することができる。複雑性クラスNPは、決定問題を含む。口語的に言えば、複雑性クラスNPに属する計算問題の場合、計算問題の解が「イエス」だということを検証可能であることに基づく証拠変数のセットが存在する。NPの計算問題の場合、解が「イエス」であることの検証プロセスは、計算問題のサイズによって多項式的にのみ変化する実行時間を有する検証アルゴリズムによって実行可能である。換言すれば、証拠変数のセットは解に関する情報を含み、その情報は、解が「イエス」であることを検証するための検証アルゴリズムによって多項式実行時間で処理される。複雑性クラスNPの正式な定義に関しては、関連するコンピュータ科学の文献を参照して頂きたい。
例えば、巡回セールスマン問題、3彩色問題及びイジングスピンモデル問題は、複雑性クラスNPの決定問題の例である。例えば、イジングスピンモデル問題を検討してみる。結合係数及びフィールド係数の所定のセット、及び定数Kについてのイジングスピンモデル問題の解が「イエス」である場合、イジングエネルギー関数H(s1,s2,・・・,sn)に関連するスピン(s1,s2,・・・,sn)がKよりも小さくなる形態は、証拠変数のセットと見なすことができる。証拠変数(s1,s2,・・・,sn)が与えられると、エネルギーH(s1,s2,・・・,sn)は、H(s1,s2,・・・,sn)の数を計算しKと比較することにより、確かにKよりも小さいということが多項式時間で検証される。したがって、イジングスピンモデル問題は複雑性クラスNPに含まれる。
NPのいくつかの計算問題に対し、検証アルゴリズムが多項式実行時間を有するのに対して、解(決定問題で「イエス」又は「ノー」である解)を計算するタスクは、多項式時間アルゴリズムを有していなくてもよく、指数関数的な実行時間を有しさえすればよい。複雑性クラスNPのいくつかの計算問題は、古典的計算システムではコンピュータ的に解決困難であると考えられる。「コンピュータ的に解決困難である」計算問題とは、計算問題の解が「イエス」であるか「ノー」であるかを決定するための多項式実行時間を有する古典的計算システムで実行されるアルゴリズムが存在しない計算問題である。具体的には、巡回セールスマン問題、3彩色問題及びイジングスピンモデル問題は、古典的計算システムでは解決困難であると考えられ、少なくともこれらの問題を多項式実行時間で解けるアルゴリズムは知られていない。
量子システムを用いて解を計算できる計算問題は、NP完全問題又はNP困難問題であり得る。NP完全問題は、クラスNPに属しており、古典的計算システムではコンピュータ的に解決困難であると考えられる。全てのNP困難問題がNPに属するわけではないが、NP困難問題もまた古典的計算システムではコンピュータ的に解決困難であると考えられる。
実施形態に係る方法は、計算問題を量子システムの問題ハミルトニアンにコード化するステップを含む。コード化するステップは、計算問題から、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータの問題コード化設定を決定するステップを含む。計算問題は、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータの対応する問題コード化設定にマッピングされてもよい。問題コード化設定には、計算問題に関する情報が含まれていてもよい。問題コード化設定を決定する動作は、複数の調整可能なパラメータのそれぞれの値を決定する及び/又は計算することを含んでいてもよい。
実施形態に係る方法は、計算問題又は少なくともその計算問題に関する情報を、図1に示す古典的計算システム450等の古典的計算システムに提供することを含んでもよい。例えば、前述の計算問題の複数の入力変数は、古典的計算システムに提供されてもよい。古典的計算システムは、計算問題、例えば、計算問題の複数の入力変数から問題コード化設定を計算するように構成されていてもよい。
異なる計算問題は、対応する異なる問題コード化設定を決定することにより問題ハミルトニアンにコード化される。例えば、第1の計算問題及び第2の計算問題は、問題ハミルトニアンにコード化され、これらは、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータに対する第1の問題コード化設定と第2の問題コード化設定となる。第2の計算問題が第1の計算問題と異なる場合、調整可能なパラメータの第2の問題コード化設定は第1の問題コード化設定と異なってもよい。
問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータの問題コード化設定を決定するステップは、予備の計算問題に計算問題をマッピングするステップを含んでもよい。マッピングするステップは、古典的計算システムによって実行すればよい。
予備の計算問題は、スピンモデル、特に長距離スピンモデルの基底状態を決定するステップを含む。長距離スピンモデルは、mが1、2又は3のm体相互作用を有する長距離スピンモデルであってもよい。予備の計算問題は、イジングスピンモデル問題であってもよい。
予備の計算問題は、計算問題に依存する。計算問題を予備の計算問題にマッピングするステップは、計算問題の入力パラメータを予備の計算問題の入力パラメータにマッピングすることを含んでもよい。計算問題の予備の問題へのマッピングは、計算問題の解が予備の計算問題の解から決定されるようなものであり得る。
前述のように、計算問題は、例えば巡回セールスマン問題等の複雑性クラスNPの問題であってもよい。イジングスピンモデル問題はNP完全問題であるため、巡回セールスマン問題等の複雑性クラスNPの全ての問題がイジングスピンモデル問題にマッピングされてもよい。例えば、第1リスト及び第2リストを含む巡回セールスマン問題の場合、第1リスト及び第2リストがイジングスピンモデル問題の結合係数及びフィールド係数のセットにマッピングされてもよい。巡回セールスマン問題の解は、対応する結合係数及びフィールド係数を有するイジングスピンモデル問題の解から計算されてもよい。このようなマッピングは既知である。
問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータの問題コード化設定を決定するステップは、予備の計算問題から問題コード化設定を決定するステップを含んでもよい。予備の計算問題は、スピンモデル、例えば、イジングスピンモデルである。問題コード化設定は、古典的計算システムによって、予備の計算問題から決定されてもよい。
以下、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータの問題コード化設定を決定する1つの具体的な方法について、図10~図17を参照して、より詳細に説明する。
実施形態に係る方法は、例えば、古典的計算システムによって、長距離スピンモデルのスピンの複数の閉ループから第2の短距離ハミルトニアンを決定するステップを含むことができる。以下、この決定を実行する具体的な方法について、図10~図17を参照して説明する。
実施形態によれば、計算問題の解は、複数のキュービットを有する量子システムを用いて計算される。複数のキュービットは、少なくとも3つのキュービットであり、特に少なくとも8つのキュービットであってもよい。更に、又は或いは、複数のキュービットは、N個のキュービットを含んでいてもよい。Nは、100~10000(好ましくは、10000よりも大きい)である。図示されている複数のキュービット100は、図で表現及び説明する目的で示しているだけであって、キュービットの実際の数はそれとは異なることが理解できるであろう。
量子システムのキュービットは、平面又は曲面を含む2次元表面又は3次元表面に配置されてもよい。図4~6は、実施形態の複数のキュービット100の異なる空間的配置を示す。これらの空間的配置は、例えばキュービット及び/又は他の異なる量子システム(キュートリットのようなq段階システム)が統合された量子チップ等の量子計算装置のレイアウトであってもよい。図4に示すように、複数のキュービット100は、図4に破線で示す2次元の平面的な表面110に沿って配置されてもよい。図4に示す2次元表面110は、複数のキュービットの2次元の空間的配置を視覚的に表現することが目的であって、2次元表面110は複数のキュービット100が配置される物理的に触れることのできる表面である必要がないことを理解できるであろう。以下に記載する2次元格子又は3次元格子に沿って配置された複数のキュービットの実施形態にも同様の考えが適用される。
図5に示す更なる実施形態によれば、複数のキュービット100は、破線で示すような2次元格子120に沿って配置される。2次元格子又は3次元格子等の格子は、規則的なグリッドに沿って空間的に配置された複数のノードを含んでいてもよい。図5では、複数の黒色点で表わされた複数のキュービット100が、2次元格子120のノードに対応する。図5のように、複数のキュービット100の各キュービットは、2次元格子120のノードに配置されてもよい。図5に示す実施形態の例では、2次元格子120は2次元正方格子である。別の実施形態によれば、2次元格子120は、例えば六方格子若しくは三角格子、又は他の如何なる種類の2次元格子であってもよい。
実施形態によれば、複数のキュービットは3次元格子に沿って配置されてもよい。図5に関して上述したことと同様に、複数のキュービットは3次元格子のノードに対応していてもよい。複数のキュービットの各キュービットは、3次元格子のノードに配置されてもよい。3次元格子は3次元正方格子であってもよい。2次元格子の場合と同様に、他の種類の3次元格子も考えることができる。
2次元格子は平面的な構造であるので、3次元格子や他の不規則な空間的配置等に比べて、キュービットのより単純な空間的配置を提供できる。
実施形態によれば、複数のキュービットは2次元格子の一部分、又は3次元格子の一部分に沿って配置される。図6は、2次元格子の三角形部分121に沿って配置された複数のキュービット100の実施形態の例を表している。図6は、三角形部分121の上面図である。三角形部分は、実施形態の方法を実行するように構成された実施形態に係る量子計算装置のレイアウトに対応する。異なる形状を有する格子の一部分も考えることができる。
本開示で考慮されるハミルトニアンのいくつかは、単体ハミルトニアンである。例えば、問題ハミルトニアンは単体ハミルトニアンであり、いくつかの実施形態では、初期ハミルトニアン及び/又は第1の短距離ハミルトニアンが単体ハミルトニアンであり得る。
実施形態の量子システムの単体ハミルトニアンは、2つ以上のキュービットからなるグループ間で相互作用が生じないハミルトニアンとして理解されてもよい。単体ハミルトニアンは、複数の被加数ハミルトニアンの総和であってもよい。各被加数ハミルトニアンは、複数のキュービットのうちの1つのキュービットに作用する。単体ハミルトニアンは、式H=ΣiHiを有していてもよい。各Hiはi番目のキュービットのみに作用する被加数ハミルトニアンである。単体ハミルトニアンは、複数のキュービットと磁場又は電場等の外部実体との間の相互作用を表してもよい。この場合、各キュービットは外部実体に個別に作用する。
図7は、実施形態の単体ハミルトニアンの概略図である。範囲を限定することなく具体性を持たせるため、図7に示す複数のキュービットは、図6に示すものと同様に、三角形を成す2次元正方格子の一部分に配置された10個のキュービット、すなわちキュービット201~210を含む。図7を参照して説明する単体ハミルトニアンは、10個の被加数ハミルトニアン221~230の総和である。図7において、各被加数ハミルトニアン221~230は、各被加数ハミルトニアンが1つのキュービットに作用することを示すため、1つのキュービットを囲む正方形として概略的に図示している。例えば、被加数ハミルトニアン221がキュービット201には作用するが、残りのキュービット202~210には作用しないことを示すため、被加数ハミルトニアン221は、キュービット201を囲む正方形及びキュービット201で表わされる。
複数の超電導キュービットを有する量子システムの場合、問題ハミルトニアン等の単体ハミルトニアンは、複数の超電導キュービットと相互に作用する複数の磁束により実現できる。磁束又は磁束バイアスは、超電導キュービットの一次超電導ループを通過し、二次超電導ループも通過して広がる。例えば、問題ハミルトニアンに関して、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータは、複数の磁束又は磁束バイアスを調整することにより調整可能である。
トラップイオンで実現される量子システムの場合、各イオンを空間的に分離するか、エネルギーで分離することにより対処可能である。空間的分離の場合は、音響光学偏向器、音響光学変調器、マイクロミラーデバイス等を通過した及び/又はこれらから反射したレーザビームの使用を伴う。エネルギーでの分離は、内部遷移周波数を変化させる磁場勾配の使用を伴い、そうすることで、印加フィールドの離調(detuning)等のエネルギーの相違を通じて選択が可能になる。単体ハミルトニアンは、内部遷移とのレーザフィールド若しくはマイクロ波の共鳴又は無共鳴によって、又は空間的な磁場の相違によって実現できる。
量子ドットで実現される量子システムの場合、単体ハミルトニアンは電場で実現できる。
NVセンターで実現される量子システムの場合、マイクロ波パルスを適用した磁気共鳴を用いて、キュービットの状態をナノ秒の時間尺度でコヒーレントに操作可能である。キュービットの状態の選択的な操作は、すぐ近くの核スピンの状態次第で達成できる。
単体ハミルトニアンである問題ハミルトニアンは、式H=ΣiHiを有していてもよい。各Hiはi番目のキュービットのみに作用する被加数ハミルトニアンである。問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータは、被加数ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータを含んでいてもよい。単体ハミルトニアンの1つ以上の被加数ハミルトニアン、特に各被加数ハミルトニアンは、1つ以上の調整可能なパラメータを含んでいてもよい。
例えば、問題ハミルトニアンは、式ΣkJkσz
(k)を有してもよい。σz
(k)は複数のキュービットのk番目のキュービットのパウリ演算子であり、各Jkは係数であり、係数Jkは単体ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータを形成する。パウリ演算子σz
(k)は第1の空間方向(z方向)に関連するパウリ演算子であってもよい。
実施形態の問題ハミルトニアンの調整可能なパラメータは、複数のキュービットのうちの1つのキュービットと外部実体との相互作用の強さ及び/又は方向を表すパラメータであってもよい。外部実体は、1つ以上の磁場、1つ以上の電場、及び/又は1つ以上のレーザフィールド、マイクロ波、機械的変形からの位相シフトのうちの少なくとも1つを含んでいてもよい。外部実体を調整することにより、及び/又はキュービットと外部実体との相互作用の強さ及び/又は種類を調整することにより、問題ハミルトニアンの調整可能なパラメータを調整することを実現できる。したがって、調整可能なパラメータとは、量子システムのハードウェアに組み込まれていない相互作用等の調整可能な相互作用を表してもよい。
問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータは、複数のキュービットに作用する単体フィールドの複数のフィールド強度及び/又は複数のフィールド方向を含んでもよい。複数のキュービットに作用する前記フィールドは、例えば、超電導キュービットに関する実施形態では、1つ以上の磁場及び/又は1つ以上の電場を含んでいてもよい。
単体フィールドは、複数のキュービットのうちの1つのキュービットに影響するフィールドとして理解されてよい。実施形態によれば、複数の単体フィールドは、異なり得るフィールド強度及び/又は異なり得るフィールド方向に従った対応するキュービットに影響を与える異なる単体フィールドを含んでいてもよい。例えば、第1の単体フィールドと第2の単体フィールドは、それぞれ複数のキュービットのうちの第1のキュービットと第2のキュービットに影響する。この場合、第1の単体フィールドと第2の単体フィールドは、両方とも磁場等であり、異なるフィールド強度及び/又はフィールド方向を有していてもよい。
いくつかの実施形態において、初期ハミルトニアンは、単体ハミルトニアンであってもよい。単体ハミルトニアンである初期ハミルトニアンを有することで、超電導キュービットの量子システム等、初期ハミルトニアンを実現するための単純なセットアップが可能になる。
初期ハミルトニアンは、式Hinit=Σkakσx
(k)を有する単体ハミルトニアンであってもよい。akは複数のキュービットのk番目のキュービットの係数であり、σx
(k)はk番目のキュービットに作用するパウリ演算子であってもよい。特に、σx
(k)は、第2の空間方向(x方向)に対応するパウリ演算子であってもよい。第2の空間方向は、第1の空間方向に対して直交していてもよい。パウリ演算子σx
(k)及びパウリ演算子σz
(k)は、非可換、特に反可換の演算子であってもよい。実施形態によれば、各係数akは単一の共通の係数hに等しい。初期ハミルトニアンは、式Hinit=hΣkσx
(k)を有する単体ハミルトニアンであってもよい。
超電導キュービットの場合、超電導キュービットの1次超伝導ループを通過する磁束バイアスは、基本状態の|0>及び|1>が同じエネルギーを有するように、つまり、これらの基本状態のエネルギーの差異が零になるように、設定されてもよい。更に、2次超伝導ループを通過する磁束バイアスは、基本状態の|0>及び|1>を結合可能である。したがって、超電導キュービットに対して、式hσx
(k)の被加数ハミルトニアンが実現可能である。したがって、複数の超電導キュービットに対して、式Hinit=hΣkσx
(k)の初期ハミルトニアンが実現可能である。初期ハミルトニアンの基底状態は、係数hを量子システムの温度で決定されるエネルギー尺度よりも大きな値に設定することにより、ほぼ確実なものにすることができる。
トラップイオンで実現される量子システムの場合、イオンはレーザを用いた光ポンピングにより初期化できるので、イオンはキュービットの2つの量子基本状態のうちの1つに確実に移動する。これによりエントロピーが減少し、内部状態が冷却される。
低温原子で実現される量子システムの場合、初期量子状態は、大きな離調で基底状態にある原子をリュードベリ状態に励起することにより準備されてもよい。
NVセンターで実現される量子システムの場合、NVセンターは、標準共焦点光学顕微鏡技術(standard optical confocal microscopy techniques)を用いて個別に対処してもよい。初期化及び測定は、非共鳴又は共鳴光学励起により実行される。
例えば、第1の短距離ハミルトニアンや第2の短距離ハミルトニアンのような、本明細書に記載の短距離ハミルトニアンは、複数のキュービットの相互作用を表すハミルトニアンとして理解されてよい。短距離ハミルトニアンでは、相互作用遮断距離よりも長い距離で互いに離れているキュービット間で相互作用が生じない。相互作用遮断距離は一定の距離であってもよい。相互作用遮断距離は、複数のキュービットの中のキュービット間の最大キュービット距離よりも非常に短くてもよい。例えば、相互作用遮断距離は、最大キュービット距離の30%以下、具体的には20%以下、より具体的には10%以下であってもよい。格子に沿って配置された複数のキュービットの場合、短距離ハミルトニアンはr範囲のハミルトニアンであってもよい。r範囲のハミルトニアンでは、格子の基本距離(格子定数)のr倍よりも長い距離で互いに離れているキュービット間で相互作用が生じない。rは1~5であり、例えばr=21/2,2,3,4又は5である。実施形態の格子の基本距離についての考え方は、図8及び図9等を参照して以下に説明する。
量子システムのキュービットの数に関わらず、量子システムのプラケットハミルトニアン及び最近接対ハミルトニアン(pairwise nearest-neighbor Hamiltonian)は、短距離ハミルトニアンと見なされる。
短距離ハミルトニアンの例としては、単体ハミルトニアンが挙げられる。単体ハミルトニアンの場合、2つ以上のキュービットからなるグループ間では相互作用が生じず、各キュービットと磁場や電場等の外部実体との間でしか相互作用が生じないため、相互作用遮断距離は零であると考えられる。
初期ハミルトニアンは、短距離ハミルトニアンであり得る。
図8及び図9は、複数のキュービット100が、2次元正方格子120に沿って配置され、2次元正方格子の三角形部分を成す2次元正方格子のノードの位置に位置する実施形態について、短距離ハミルトニアンの更なる例を示す。範囲を限定することなく具体性を持たせるため、図8及び図9で例示される2次元正方格子120は、10行10列からなる10×10正方格子内に三角形状に配置された55個のキュービットを含む。例えば、点線で示す行391のように、X方向310に沿った2次元正方格子120のキュービットのいずれかの行を検討した場合、その行において連続するキュービットは、互いに基本距離D分だけ離れて配置される。これをX方向の格子定数ともいう。基本距離Dは、符号350で示される。同様に、例えば、点線で示す列392のように、Y方向320に沿った2次元正方格子120のキュービットのいずれかの列を検討した場合、その列において連続するキュービットは、互いに基本距離分だけ離れて配置される。これをY方向の格子定数ともいう。図8及び図9において、X方向及びY方向の基本距離(格子定数)は同じである。しかしながら、X方向及びY方向の格子定数は異なることもある。図示のように、X方向310はY方向320に対して直交している。図8及び図9に示す複数のキュービット100の最大キュービット距離は、キュービット301及び302の間の距離である。最大キュービット距離は、(9√2)Dに等しい。
図8を参照して説明する短距離ハミルトニアンの例は、最近接対ハミルトニアンである。最近接対ハミルトニアンは、2次元格子120上の対の近接するキュービット間での相互作用のみを伴う。一対の近接するキュービットとは、基本距離D分だけ互いに離れた一対のキュービットのことをいう。図8に示すキュービット362及び364は、一対の近接するキュービットの例になっている。最近接対ハミルトニアンは、複数の被加数ハミルトニアンの総和であってもよく、この場合、各被加数ハミルトニアンは、一対の近接するキュービット間の相互作用を表す。図8を参照して説明する最近接対ハミルトニアンの場合、相互作用遮断距離は基本距離Dに等しい。したがって、相互作用遮断距離は、最大キュービット距離に比べると非常に短い。すなわち、相互作用遮断距離Dは、最大キュービット距離の10%未満である。
図9を参照して説明する短距離ハミルトニアンの例は、プラケットハミルトニアンである。図9において、黒色円で示す55個のキュービットが再び2次元正方格子120に配置され、三角形を形成する。図9において符号370で示すように、2次元正方格子120のプラケットは、2次元正方格子120の基本の正方形である。プラケット370は、キュービット371、372、373及び374を有する。キュービット371は、キュービット372及び374から基本距離D分だけ離れて配置され、キュービット373もまた、キュービット372及び374から基本距離D分だけ離れて配置されている。さらに、キュービットのプラケットを完成させるために、黒色の矩形で示す予備キュービット(auxiliary qubit)が新たな線上に追加される。例えば、予備キュービット305は、キュービット302、303及び304のプラケットを完成させる。予備キュービットは、特定の量子状態、例えば|1>で準備できる。この格子の形状では、プラケットハミルトニアンは、2次元正方格子120のプラケットに対応する4つのキュービットからなるグループ間、又は3つのキュービット及び1つの予備キュービットからなるグループ間での相互作用のみを伴う。プラケットハミルトニアンは、複数の被加数ハミルトニアンの総和であってもよい。各被加数ハミルトニアンは、格子上のキュービットのプラケットに対応する相互作用、又はキュービット及び予備キュービットのプラケットに対応する相互作用を表してもよい。或いは、予備キュービットを1つも使用せず、プラケットハミルトニアンが3つのキュービットのみの間での相互作用を示す被加数ハミルトニアンを含む。図9を参照して説明するプラケットハミルトニアンでは、プラケットの2つのキュービット間の最大距離が√2Dであるため、相互作用遮断距離は√2Dである。例えば、キュービット371及び373の間の距離は√2Dである。したがって、相互作用遮断距離は、最大キュービット距離に比べると非常に短い。すなわち、相互作用遮断距離√2Dは、最大キュービット距離の12%未満である。
複数のキュービットは、2次元格子に沿って配置されてもよい。例えば、第1の短距離ハミルトニアン及び/又は第2の短距離ハミルトニアンのような短距離ハミルトニアンは、2次元格子のプラケットに対応する4つのキュービットのグループ間での相互作用を伴ってもよい。短距離ハミルトニアンはプラケットハミルトニアンであってもよい。
複数の超電導キュービットを有する量子システムの場合、プラケットハミルトニアンは、複数の補助キュービット(ancillary qubit)を用いることで実現できる。補助キュービットは、例えば各プラケットの中央等、各プラケットの内側に配置される。式Kkmσz
(k)σz
(m)のキュービット間の相互作用は、誘導結合ユニット等の結合ユニットにより実現できる。結合ユニットは、超電導量子干渉装置を含む。調整可能な磁束バイアスを超電導量子干渉装置に適用することで、係数Kkmを調整することが可能になる。そして、プラケットハミルトニアンの被加数ハミルトニアンが、量子基本状態の|0>及び|1>間の強制エネルギーの差異に対応する式σz
(k)σz
(m)と単体のσz
(1)の対相互作用のみを含むHsr,p=C(σz
(1)+σz
(2)+σz
(3)+σz
(4)-2σz
(p)-1)2により実現可能である。σz
(p)は補助キュービットを表す。短距離ハミルトニアンは、被加数ハミルトニアンHsr,pの総和である。補助キュービットを伴う実施形態では、複数の補助キュービットに対し、式hΣpσx
(p)の単体ハミルトニアンが初期ハミルトニアンに追加される。
或いは、プラケットハミルトニアンは、補助キュービットを用いることなく、例えばトランズモンキュービットとして3島型超伝導装置(three-island superconducting devices)を用いて実現可能である。2つの追加の超伝導量子干渉装置を結合ユニットに統合し、プラケットの4つのキュービットをコプレーナ共振器に容量的に結合することにより、式-Cσz
(1)σz
(2)σz
(3)σz
(4)の被加数ハミルトニアンが実現可能である。結合係数Cは、2つの追加の超伝導量子干渉装置を通じて、時間依存性の磁束バイアスにより調整可能である。
トラップイオンにより実現される量子システムの場合、2つのイオン間の相互作用はフォノンバスで送信される。この場合、レーザ又はマイクロ波が使用され、フォノンのブルーサイドバンド遷移及び/又はレッドサイドバンド遷移で離調される。レーザの強度及び離調によって、相互作用強度が調整可能になる。リュードベリ励起を通じた直接相互作用も利用可能である。
低温原子により実現される量子システムの場合、キュービット間の相互作用は、d原子を励起するレーザの離調によって制御可能である。この場合、ハミルトニアンはd体ハミルトニアンである。プラケットハミルトニアンは、d体相互作用又は2体相互作用を有する補助キュービットのいずれから実行されてもよい。
量子ドットにより実現される量子システムの場合、2つのキュービット間の相互作用は、電場勾配及び磁場により調整される。短距離ハミルトニアンは、パルスシーケンス及び磁場により実現可能である。プラケットハミルトニアンは、追加の補助キュービットを、プラケットの全ての対に作用する短距離ハミルトニアンと共に用いることで実現される。
NVセンターにより実現される量子システムの場合、NVセンター間の相互作用は、これらを光照射野(light field)に結合することにより伝送される。
本明細書に記載の実施形態は、d体ハミルトニアンの概念を含む。d体ハミルトニアンは、複数のキュービットの相互作用を表すハミルトニアンとして理解されてもよい。この場合、d+1個以上のキュービットからなるグループ間での共同相互作用(joint interactions)は生じない。d体ハミルトニアンは、d個以下のキュービットからなるグループ間での相互作用を伴ってもよい。d体ハミルトニアンは、複数の被加数ハミルトニアンの総和であってもよい。この場合、各被加数ハミルトニアンは、d個以下のキュービットからなるグループ間での共同相互作用を表す。
d=4等の小さな値のdを有するd体ハミルトニアンである短距離ハミルトニアンを有することは有利である。より大きな値のdを有するd体ハミルトニアンに比べて、対応するキュービット間の相互作用をより容易に設計できるからである。
例えば、単体ハミルトニアンは、d=1であるd体ハミルトニアンと考えることができる。更なる例として、最近接対ハミルトニアンは、d=2であるd体ハミルトニアンと見なされてもよい。更なる例として、プラケットハミルトニアンは、d=4であるd体ハミルトニアンと見なされてもよい。
例えば、第1の短距離ハミルトニアン及び/又は第2の短距離ハミルトニアンのような短距離ハミルトニアンは、d体ハミルトニアンであってもよい。ここで、dは、2、3、4、5、6、7又は8であり得る。第1の短距離ハミルトニアン及び第2の短距離ハミルトニアンのうちの少なくとも1つは、d=4であるd体ハミルトニアンであってもよい。dの値は格子の形状に依存してもよい。例えば、六方格子の場合、プラケットは6つのキュービットを伴い、プラケットハミルトニアンは6体ハミルトニアンとなり得る。
初期ハミルトニアンは、dが1、2、3又は4であるd体ハミルトニアンであってもよい。
第1の短距離ハミルトニアン及び第2の短距離ハミルトニアンのうちの少なくとも1つは、d体ハミルトニアンであってもよい。この場合、dは計算問題から独立していてもよい。第2の短距離ハミルトニアンの相互作用遮断距離は、計算問題から独立していてもよい。
第1の短距離ハミルトニアン及び第2の短距離ハミルトニアンのうちの少なくとも1つは、計算問題から独立していてもよい。
第1の短距離ハミルトニアン及び第2の短距離ハミルトニアンのパラメータdが計算問題から独立している場合、これは、どの計算問題をコード化するかに関わらず、同じ量子処理装置で計算可能であることを意味する。短距離ハミルトニアンが計算問題から独立している場合、異なる計算問題に対し、短距離ハミルトニアンによって決定されるキュービット間の相互作用を変更する必要が無いという更なる利点が得られる。
本明細書に記載のように、計算問題はサイズを有し得る。最終ハミルトニアンは問題ハミルトニアンと第2の短距離ハミルトニアンとの総和である。更なる計算問題の場合、対応する最終ハミルトニアンは、更なる問題ハミルトニアンと更なる第2の短距離ハミルトニアンとの総和であってもよい。計算問題のサイズが更なる計算問題のサイズと同じである場合、更なる第2の短距離ハミルトニアンは第2の短距離ハミルトニアンと同じであってもよい。計算問題のサイズが更なる計算問題のサイズと異なる場合、第2の短距離ハミルトニアンは更なる第2の短距離ハミルトニアンと異なってもよい。例えば、イジングスピンモデルに関し、計算問題は、結合係数及びフィールド係数の第1セットを有するNスピンに対する第1のイジングスピンモデル問題であり、更なる計算問題は、第1セットの結合係数及びフィールド係数とは異なる結合係数とフィールド係数の第2セットを有するNスピンに対する第2のイジングスピンモデル問題である。この場合、第1及び第2の双方のイジングスピンモデル問題のサイズが、数Nに等しいと考えられる。実施形態によれば、第1のイジングスピンモデル問題の第2の短距離ハミルトニアンは、第2のイジングスピンモデル問題の第2の短距離ハミルトニアンと同じである。
本明細書に記載の実施形態は、中間ハミルトニアンの概念を含む。中間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である。線形結合における第1の短距離ハミルトニアンの係数(例えば、図3に示す係数「c」)はゼロではない場合がある。追加的又は代替的に、線形結合における初期ハミルトニアンの係数(例えば、図3に示す係数「a」)は、ゼロではない場合がある。追加的又は代替的に、線形結合における最終ハミルトニアンの係数(例えば、図3に示す係数「b」)は、ゼロではない場合がある。
初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンは、線形独立演算子(linearly independent operators)であってもよい。特に、第1の短距離ハミルトニアンは、初期ハミルトニアンと最終ハミルトニアンとの線形結合として表現できない場合がある。
第1の短距離ハミルトニアンは、式HSR1=ΣjXjを有することができる。各被加数Xjは、キュービットの各グループ又は単一の各キュービットに作用するハミルトニアンである。各被加数ハミルトニアンXjは、対応するキュービットのグループ間での相互作用を表すか、或いは、Xjが単一のキュービットに作用するハミルトニアンの場合、各単一のキュービットと外部実体(例えば、磁場)との間の相互作用を表す。同様に、初期ハミルトニアン及び最終ハミルトニアンのそれぞれは、被加数ハミルトニアンの総和として記述でき、各被加数ハミルトニアンは、キュービットのグループ間での、又は、単一のキュービットと外部実体との間の相互作用を表す。実施形態によれば、第1の短距離ハミルトニアンは、初期ハミルトニアンにも最終ハミルトニアンにも存在しない1つ以上の被加数ハミルトニアンXjを含んでもよい。第1の短距離ハミルトニアンは、第1の被加数ハミルトニアンを含んでもよく、初期ハミルトニアンも最終ハミルトニアンも、第1の短距離ハミルトニアンの第1の被加数ハミルトニアンに等しいか、又はこれに比例する被加数ハミルトニアンを有しない。第1の短距離ハミルトニアンは、キュービットのグループ間、又は、単一のキュービットと外部実体との間のいずれかで、初期ハミルトニアンにも最終ハミルトニアンにも存在しない1つ以上の相互作用を表すことができる。
例えば、本明細書に記載されるように、初期ハミルトニアンは、式hΣkσx
(k)を有することができ、最終ハミルトニアンは、式ΣkJkσz
(k)+ΣlClを有することができる。ここで、各Clは、2次元格子の各プラケットに対応する4つの演算子σz
(k)の積である。特に、初期ハミルトニアン及び最終ハミルトニアンに存在する被加数ハミルトニアンだけは、式σx
(k)、式σz
(k)又は式Clの被加数ハミルトニアンである(ハミルトニアンσx
(k)及びσz
(k)のそれぞれの係数h及びJkを無視する)。このような場合、第1の短距離ハミルトニアンは、例えば、HSR1=Σkbkσy
(k)である。したがって、第2の短距離ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンσy
(k)は、初期ハミルトニアン又は最終ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンとして(又はそれに比例して)存在しない。別の例では、第1の短距離ハミルトニアンは、式HSR1=ΣjbjYjを有することができる。各Yjは、4つのパウリ演算子σy
(k)の積を含むプラケット演算子であり、各bjは係数である。また、この場合、第2の短距離ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンYjは、初期ハミルトニアン又は最終ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンとして(又はそれに比例して)存在しない。
第1の短距離ハミルトニアンは、単体ハミルトニアンであってもよい。第1の短距離ハミルトニアンは、問題ハミルトニアンと可換ではない、及び/又は、初期ハミルトニアンと可換ではない単体ハミルトニアンであってもよい。第1の短距離ハミルトニアンは、式Σkbkσy
(k)を有してもよい。各σy
(k)はキュービットkのみに作用するパウリ演算子であり、各bkは係数である。パウリ演算子σy
(k)は、パウリ演算子σz
(k)及びσx
(k)のそれぞれと、可換ではなく、特に反可換である。パウリ演算子σy
(k)は、第3の空間方向(y方向)に対応するパウリ演算子であってもよい。第3の空間方向は、本明細書に記載されるように、第1の空間方向及び第2の空間方向に直交する。
式Σkbkσy
(k)の第1の短距離ハミルトニアンは、σy
(k)が初期ハミルトニアン及び最終ハミルトニアンのそれぞれのσz
(k)項及びσx
(k)項の双方に反可換であるという利点を与える。したがって、第1の短距離ハミルトニアンは新しい自由度を追加する。初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるための可能な「経路」のより大きなスペースが利用可能になる。
原子システム及びイオントラップでは、例えば、時間依存性のレーザパルスを提供することにより、式Σkbkσy
(k)の短距離ハミルトニアンを実現可能である。例えば、磁束キュービット又はトランスモンキュービットのような超伝導キュービットにおいて、このような短距離ハミルトニアンは、マイクロ波の駆動で実験的に実現可能である。
実施形態に係る方法は、量子システムを初期ハミルトニアンの基底状態に向けて冷却することにより、量子システムを初期量子状態に初期化するステップを含む。冷却は、本明細書に記載の冷却ユニットによって実行すればよい。初期ハミルトニアンの基底状態は、初期ハミルトニアンに対するエネルギーを最小化する量子システムの量子状態である。初期ハミルトニアンの基底状態は、初期ハミルトニアンの固有状態であり、特に最小固有値を有する固有状態である。初期ハミルトニアンの基底状態は、零度での量子システムの状態である。初期ハミルトニアンの基底状態に向けて量子システムを冷却することで、初期ハミルトニアンの基底状態に近づくことが可能になる。初期量子状態は、初期ハミルトニアンの基底状態を近似する。
初期ハミルトニアンは、計算問題から独立していてもよい。
本明細書に記載の方法は、中間ハミルトニアンを介して初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップを含む。これは、初期量子状態で量子システムを初期化した後に実行されればよい。中間ハミルトニアンを介して初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップは、本明細書に記載のハミルトニアン発展ユニットによって実行することができる。
初期ハミルトニアンは、補間ハミルトニアンに従って、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させればよい。
補間ハミルトニアンは、時間依存性のハミルトニアンであってもよい。初期時間では、補間ハミルトニアンは初期ハミルトニアンに等しくてもよい。中間時間では、補間ハミルトニアンは中間ハミルトニアンに等しくてもよい。最終時間では、補間ハミルトニアンは最終ハミルトニアンに等しくてもよい。
補間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアンから最終ハミルトニアンへの段階的又は連続的な発展を提供することができる。段階的又は連続的な発展には、補間ハミルトニアンの時間パラメータtのような調整可能なパラメータを、前記調整可能なパラメータの初期パラメータ値から前記調整可能なパラメータの最終値まで、徐々に変更することが含まれてもよい。
初期時間と最終時間との間の補間ハミルトニアンの時間パラメータtの各値について、補間ハミルトニアンは、短距離ハミルトニアン、具体的にはd体ハミルトニアン、より具体的には単体ハミルトニアンであってもよい。
例えば、補間ハミルトニアンは、式H(t)=A(t)Hinit+B(t)Hfin+HSR(t)を有することができる。A(t)及びB(t)は、補間係数であり、HSR(t)は、時間依存性の短距離ハミルトニアン、具体的には時間依存性のd体ハミルトニアン、より具体的には時間依存性の単体ハミルトニアンである。例えば、HSR(t)は、式HSR(t)=ΣkXk(t)を有する時間依存性の単体ハミルトニアンであり得る。ここで、各被加数Hk(t)は、キュービットkのみに作用する時間依存性のハミルトニアンである。
量子システムを最終ハミルトニアンの基底状態に向けて発展させるために、初期ハミルトニアンを中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させればよい。最終ハミルトニアンの基底状態は、最終ハミルトニアンに対しエネルギーを最小化する量子システムの量子状態である。最終ハミルトニアンの基底状態は、最終ハミルトニアンの固有状態であり、特に最小固有値を有する固有状態である。計算問題は問題ハミルトニアンにおいてコード化されるため、且つ、最終ハミルトニアンは問題ハミルトニアンと第2の短距離ハミルトニアンとの総和であるため、最終ハミルトニアンの基底状態は、計算問題の情報を含み、及び/又は計算問題の解をコード化することができる。
最終ハミルトニアンの基底状態は、零度での量子システムの状態であってもよい。特定の理論に縛られることなく量子物理学分野の考え方に従えば、量子システムが絶対零度に達することは不可能であると考えられる。それでもやはり、量子システムを動作温度Tmaxに冷却する等、量子システムを最終ハミルトニアンの基底状態に向けて発展させるステップは、最終ハミルトニアンの基底状態に近づくことを可能にする。動作温度Tmaxは、量子システムに使用されるキュービットの種類に強く依存する。例えば、超電導キュービットの場合、Tmaxは50mK以下であり、好ましくは1mK以下であってもよい。最終ハミルトニアンの基底状態に近づけるため、初期ハミルトニアンを中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させてもよい。初期ハミルトニアンを中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させた後、量子システムは最終量子状態になるであろう。最終量子状態は、動作温度Tmax又はより低温度にある量子システムの状態であってもよい。すなわち、最終量子状態は、動作温度又はより低温度にある最終ハミルトニアンの熱状態であってもよい。したがって、最終量子状態は、最終ハミルトニアンの基底状態を近似する。最終量子状態は、最終ハミルトニアンの基底状態に関する情報を含んでいてもよい。最終量子状態は、計算問題の解に関する情報を含んでいてもよい。
量子システムは、例えば、本明細書に記載の冷却ユニットによって、動作温度Tmax又はより低温度に冷却されてもよい。動作温度は、零度でない温度であってもよい。量子システムは、50mK以下、特に1mK以下の温度に維持されることが可能であり、初期ハミルトニアンは中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展する。
初期ハミルトニアンは、非断熱的量子プロセス(diabatic quantum process)によって、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させてもよい。
「非断熱的量子プロセス」という用語は、本明細書では、断熱的量子プロセス又は発展と区別するために使用される。非断熱的量子プロセス、断熱的ではない量子プロセスとして理解され得る。理論的概念である「断熱的」は無限に遅いプロセスの理想的な状況を指すため、実際の物理的プロセスは、正確な理論的意味で断熱的ではないことが理解される。すなわち、「断熱的」という用語の理論的定義を採用する場合、全ての物理的プロセスは断熱的ではない、すなわち非断熱的プロセスと見なされ得る。しかしながら、本開示の文脈内で、「断熱的」及び「非断熱的」という用語は、理論的な意味ではなく、実験的に現実的で技術的な意味であり、すなわち、ある速度(そのような速度制限よりも速く実行される断熱定理及び量子発展によって課せられる速度制限を遵守する速度)で実行される量子発展の間を区別するものであることが理解されなければならない。
量子システムの第1のハミルトニアンから量子システムの第2のハミルトニアンへの断熱的プロセス又は発展は、量子システムの状態が、発展の全ての時間で量子システムの瞬間的な基底状態によって十分に近似されることを保証するため、量子力学の断熱定理によって課される速度限界よりも低い速度で進行する発展として理解され得る。断熱的発展は、時間依存性のハミルトニアンに従う量子システムの発展である可能性があり、時間依存性のハミルトニアンの変化率は、発展の全ての時間での時間依存性のハミルトニアンの基底状態と第1の励起状態との間のエネルギーギャップよりもはるかに小さい。特定の理論に拘束されることなく、量子力学の断熱定理によれば、量子システムが時間依存性のハミルトニアンの基底状態にある確率は、少なくともおおよその意味で、Landau-Zener公式によって与えられる。この公式によれば、ハミルトニアンの基底状態から励起状態への遷移の確率は、時間発展の速度と共に指数関数的に増加し、基底状態と第1の励起状態との間のエネルギーギャップと共に指数関数的に減少する。断熱的発展は、例えば、量子アニーリングのような量子計算を実行するためのアプローチで発生する可能性がある。
第1のハミルトニアンから第2のハミルトニアンへの非断熱的量子プロセス又は発展は、量子力学の断熱定理によって課される速度制限を超える速度(例えば、少なくとも10%)で進行する発展として理解することができる。非断熱的発展は、時間依存性のハミルトニアンに従う量子システムの発展であることができ、時間依存性のハミルトニアンの変化率は、発展の全ての時間での時間依存性のハミルトニアンの基底状態と第1の励起状態との間のエネルギーギャップとほぼ等しいか、それよりも大きい。非断熱的量子プロセス又は発展は、基底状態から励起状態への遷移の確率が5%以上、特に10%以上であるプロセスとして理解され得る。そのような遷移が起こったとしても、例えば、初期ハミルトニアン460を中間ハミルトニアン470を介して最終ハミルトニアン480に非断熱的に発展させるとき、瞬間的な基底状態に戻る遷移のために、最終ハミルトニアン480の基底状態に到達することができる。
いくつかの実施形態では、非断熱的量子プロセス又は発展は、反断熱的量子プロセス又は発展であり得る。反断熱的プロセスは、初期ハミルトニアンが補間ハミルトニアンに従って最終ハミルトニアンに発展する非断熱的プロセスとして理解することができ、補間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び追加のハミルトニアンの線形結合である。「反断熱的ハミルトニアン」とも呼ばれる追加のハミルトニアンは、プロセスの最後に最終ハミルトニアンの基底状態で量子システムを見つける確率(基底状態確率)が、追加のハミルトニアンが含まれていないプロセスと比較して大きくなるように選択され得る。反断熱的ハミルトニアンのおかげで、反断熱的プロセスは、断熱的プロセスよりも速く最終ハミルトニアンの基底状態に到達できる。すなわち、最終ハミルトニアンの基底状態は、断熱定理によって課せられる速度制限を超える速度で発展することによって到達され得る。本発明者らは、中間ハミルトニアン、例えば、式Σkbkσy
(k)の形式の単体ハミルトニアンが、少なくともおおよその意味で、反断熱的ハミルトニアンを実現するための適切な選択を与えることを見出した。
初期ハミルトニアンは、非断熱的に中間ハミルトニアンに発展させてもよい。中間ハミルトニアンは、非断熱的に最終ハミルトニアンに発展させてもよい。初期ハミルトニアンは、補間ハミルトニアンに従って、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させてもよい。補間ハミルトニアンによって決定された発展は、非断熱的発展であってもよい。
実施形態に係る方法は、複数のキュービットの少なくとも一部分を測定することで量子システムの読み出しを取得するステップを含む。いくつかの実施形態によれば、複数のキュービットの一部分が測定され、複数のキュービットの全てが測定されるわけではない。複数のキュービットの一部分は、複数のキュービットの70%以下であってもよく、具体的には60%以下、より具体的には50%以下であってもよい。いくつかの実施形態によれば、複数のキュービットの総数をNとすると、一部分に含まれるキュービットの数は√Nとなる。
複数のキュービットの少なくとも一部分を測定するステップは、その少なくとも一部分における各キュービットを個別に測定するステップを含んでもよい。少なくとも一部分を測定するステップは、キュービットの少なくとも一部分における各キュービットに対するパウリ演算子σz等のパウリ演算子を測定するステップを含んでもよい。少なくとも一部分を測定するステップは、複数のキュービットの少なくとも一部分における各キュービットに対し2通りの成果測定(two-outcome measurement)を行うステップを含んでもよい。2通りの成果測定は、0又は1など、2通り生じ得る結果の1つを提供する。キュービットの少なくとも一部分は、測定装置により測定される。
少なくとも一部分を測定するステップは、量子システムの読み出しを与える。読み出しは、複数の古典ビットで表される古典的な情報の式を有してもよい。読み出しは、最終ハミルトニアンの基底状態に関する情報を明らかにできる。読み出しは、計算問題の試行解、真の解、又は証拠変数のセット等、解に関する情報を提供できる。読み出しは、計算問題の解であってもよい。
複数のキュービットの少なくとも一部を測定することで、最終時間以降の量子システムの読み出しを取得することができる。
複数のN個の超電導キュービットを有する量子システムの場合、複数のキュービットにおけるキュービットの状態|0>及び|1>を、複数の超電動量子干渉装置、特にN個のヒステリシスDC超電動量子干渉装置、及び数が√Nであるバイアス線で制御されるN個のRF超電動量子干渉装置ラッチを有する測定装置を用いて、高精度に測定可能である。
トラップイオンで実現される量子システムの場合、量子システムの測定を蛍光分光法により実行可能である。この場合、イオンが2つのスピン状態のうちの1つにあると、イオンは短い寿命で遷移する。その結果、駆動された状態のイオンは、他のイオンが暗いままいる間に、多くのフォトンを放出する。放出されたフォトンは、市販のCCDカメラで記録可能である。蛍光分光前の適切な単一キュービットパルス(single-qubit pulse)により、ブロッホ球の任意の方向の測定が可能である。
低温原子で実現される量子システムの場合、キュービットは、基底状態の原子の選択的一掃(selective sweep)及び単一の位置分解能(single site resolution)での蛍光撮像を実行することで測定可能である。
量子ドットで実現される量子システムの場合、キュービットは、高速断熱通過(rapid adiabatic passage)によるパルスシーケンスから読み出し可能である。
実施形態に係る方法は、読み出しから計算問題の解を決定するステップを含んでもよい。読み出しは、古典的計算システムに提供されてもよい。古典的計算システムは、その読み出しから計算問題の解を決定又は計算してもよい。
計算問題の解の計算は、計算問題に対する試行解の計算を含んでいてもよい。試行解は、計算問題の真の解かもしれないし、そうでないかもしれない。複雑性クラスNPに属する計算問題に係る実施形態の場合、以下に記載するように、計算問題の解の計算が証拠変数のセットの計算を含んでいてもよい。
例えば、NP完全問題のような複雑性クラスNPに属する計算問題に対して、測定の読み出しは、計算問題の証拠変数のセットを含んでもよい。
初期ハミルトニアンは、第1の時間依存性の補間ハミルトニアンH1(t)に従って、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させてもよい。tは時間変数である。得られた量子システムの読み出しは、第1の読み出しであってもよい。計算問題に対する決定された解は、第1の解であってもよい。実施形態に係る方法は、第2の時間依存性の補間ハミルトニアンH2(t)に従って、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップ(例えば、本明細書に記載のハミルトニアン発展ユニットによって)を更に含んでもよい。
第2の時間依存性の補間ハミルトニアンH2(t)に従って、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップには、以下のステップが続いてもよい。
・複数のキュービットの少なくとも一部を測定し(例えば、本明細書に記載の測定装置によって)、量子システムの第2の読み出しを取得するステップ。
・第2の読み出しから、計算問題に対する第2の解を決定する(例えば、本明細書に記載されるような古典的計算システムによって)ステップ。
・第1の解を第2の解と比較する(例えば、本明細書に記載されるような古典的なコンピューティングシステムによって)ステップ。
・比較に基づいて、量子システムを最終ハミルトニアンに発展させるために、第3の時間依存性の補間ハミルトニアンH3(t)を選択するステップ。
「補間ハミルトニアン」及び「時間依存性の補間ハミルトニアン」という概念は、本明細書では同義語として使用される。
第2の時間依存性の補間ハミルトニアンH2(t)は、第1の時間依存性の補間ハミルトニアンH1(t)と異なる。
第2の時間依存性の補間ハミルトニアンに従って、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップは、更なる中間ハミルトニアンを介して初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させることを含んでもよい。更なる中間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び更なる短距離ハミルトニアン(例えば、更なる単体ハミルトニアン)の線形結合であってもよい。初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び更なる短距離ハミルトニアンは、線形独立演算子であってもよい。
第1の時間依存性の補間ハミルトニアンH1(t)は、1つ以上の調整可能なパラメータを有してもよい。第2の時間依存性の補間ハミルトニアンH2(t)は、前記1つ以上の調整可能なパラメータを調整することによって、第1の時間依存性の補間ハミルトニアンH1(t)から取得すればよい。第3の時間依存性の補間ハミルトニアンH3(t)は、前記1つ以上の調整可能なパラメータを調整することによって、第1の時間依存性の補間ハミルトニアンH1(t)から、又は、第2の時間依存性の補間ハミルトニアンH2(t)から取得すればよい。第1、第2及び第3の時間依存性の補間ハミルトニアンは、1つ以上のパラメータの変更によって互いに関連している時間依存性のハミルトニアンの同じファミリーに属する。例えば、ハミルトニアンファミリーHα(t)が提供され、αは調整可能なパラメータである。パラメータαの第1の値に対して、ハミルトニアンHα(t)は第1の時間依存性の補間ハミルトニアンに等しくなり得る。パラメータαの第2の値に対して、ハミルトニアンHα(t)は第2の時間依存性の補間ハミルトニアンに等しくなり得る。パラメータαの第3の値に対して、ハミルトニアンHα(t)は第3の時間依存性の補間ハミルトニアンに等しくなり得る。
計算問題の第1の解を計算問題の第2の解と比較するステップは、第1の解及び第2の解のうちのどちらが計算問題の真の解のより良い近似であるかを決定することを含んでもよい。例えば、計算問題がイジングスピンモデル問題である場合、第1の解及び第2の解は、それぞれ、スピンの第1の構成及びスピンの第2の構成の形で与えられ、これらは両方とも、イジングスピンモデルの基底状態の候補解であり得る。第1の解を第2の解と比較するステップは、スピンの第1の構成のエネルギーを決定し、スピンの第2の構成のエネルギーを決定し、スピンの第1の構成のエネルギーをスピンの第2の構成のエネルギーと比較することを含んでもよい。例えば、スピンの第2の構成のエネルギーがスピンの第1の構成のエネルギーよりも小さい場合、スピンの第2の構成は、第1の構成よりもイジングスピンモデルの基底状態のより良い近似であると見なすことができる。
第1の解と第2の解との比較に基づいて、第3の時間依存性の補間ハミルトニアンを選択してもよい。例えば、第2の解が第1の解よりも計算問題の真の解のより良い近似であると決定された場合、第3の時間依存性の補間ハミルトニアンは、第3の時間依存性の補間ハミルトニアンが第2の時間依存性の補間ハミルトニアンの近くに位置するように選択される。例えば、前述のハミルトニアンファミリーHα(t)を含む例では、パラメータαの第3の値は、パラメーターαの第2の値に近くなるように選択され得る。
実施形態に係る方法は、第3の時間依存性の補間ハミルトニアンH3(t)に従って、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップ(例えば、本明細書に記載のハミルトニアン発展ユニットによって)を含んでもよい。
以前の補間ハミルトニアンから生じる計算問題の解の比較に基づいて新しい補間ハミルトニアンを選択し、選択された補間ハミルトニアンを実行するプロセスは、反復的に継続され得る。したがって、計算問題の解を計算するための反復方法が提供され、この方法は、考慮される時間依存性の補間ハミルトニアンの調整可能なパラメータに対する最適化を含む。例えば、この方法は、ハミルトニアンファミリーHα(t)のパラメーターαに対する最適化を含めることができる。これにより、単一の固定された補間ハミルトニアンのみを含むアプローチと比較して、本明細書に記載の実施形態は、計算問題の真の解のより良い近似を見つけること、又は、真の解自体を見つけることさえ可能にするという利点を与える。
実施形態の更なる側面は、以下に説明するように、初期ハミルトニアンの不均一なスイッチングオフ(又は「不均一な駆動」)を提供できることである。
本明細書に記載されるように、初期ハミルトニアンは、式Hinit=ΣkH(k)を有する単体ハミルトニアンであり得る。各項H(k)は、キュービットkのみに作用するハミルトニアンである。実施形態に係る方法は、キュービットのうちの1つ、例えばキュービットk1を、例えばランダムな選択によって選択するステップを含むことができる。例えば、以下と等しい中間ハミルトニアンを考えることができる。
Hint=Hinit+bHfin-H(k1)
ここで、bは係数である。したがって、中間ハミルトニアンHintは、初期ハミルトニアンHinit、最終ハミルトニアンHfin及び第1の短距離ハミルトニアン(短距離ハミルトニアンは-H(k1)に等しい)の線形結合である。初期ハミルトニアンは中間ハミルトニアンに発展するため、中間時間tintでは、ハミルトニアンはHintである。例えば、初期ハミルトニアンは、本明細書に記載されているように、補間ハミルトニアンに従って、中間ハミルトニアンに徐々に発展させることができる。上記の中間ハミルトニアンHintは、Σk≠k1H(k)+bHfinに等しく、総和はk1と異なる全てのキュービットkにまたがる。したがって、キュービットk1に作用するハミルトニアンH(k1)は、中間ハミルトニアンには存在しないが、他の全てのハミルトニアンH(k)は依然として存在する。換言すれば、中間時間tintで、キュービットk1に作用するハミルトニアンH(k1)が選択的にオフになっている。
このようにして続けると、初期ハミルトニアンの全ての被加数ハミルトニアンH(k)を1つずつ個別にオフにすることが可能である。これを達成するために、中間ハミルトニアンを、いくつかの更なる中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させることができ、更なる中間ハミルトニアンでは、ますます多くの被加数ハミルトニアンH(k)のセットがオフになる。
初期ハミルトニアンは、式ΣkH(k)の単体ハミルトニアンであってもよく、各被加数ハミルトニアンH(k)は、キュービットkにのみ作用する。初期ハミルトニアンを中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させるステップは、初期ハミルトニアンの第1の被加数ハミルトニアンH(k1)を個別にオフにすることを含むことができる。第1の被加数ハミルトニアンは徐々にオフにすることができる。
中間ハミルトニアンを介して初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップは、初期ハミルトニアンを不均一にオフにすることを含み得る。初期ハミルトニアンの不均一なスイッチングオフは、以下のステップを含むことができる。
・複数のキュービットのうちの第1のキュービットを選択するステップ。
・第1のキュービットに作用する初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンを徐々にオフにするステップ。
・複数のキュービットのうちの第2のキュービットを選択するステップ。第2のキュービットは第1のキュービットと異なる。
・第2のキュービットに作用する初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンを徐々にオフにするステップ。
第1のキュービット及び/又は第2のキュービットはランダムに選択可能である。第1のキュービットに作用する初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンは、個別にオフにすることができる。第2のキュービットに作用する初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンは個別にオフにすることができる。
初期ハミルトニアンの不均一なスイッチングオフは、以下のステップを含むことができる。
・複数のキュービットの全てのキュービットが選択されるまで、複数のキュービットの各キュービットをランダムに選択するステップ。
・選択されたキュービット毎に、選択されたキュービットに作用する初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンを徐々にオフにするステップ。被加数ハミルトニアンは個別にオフにすることができる。
本明細書に記載の中間ハミルトニアンを含まない量子計算へのアプローチは、初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンの個々のスイッチングオフを可能にしないかもしれない。 特に、式H(t)=(1-t)Hinit+tHfinの補間を実行する場合、被加数ハミルトニアンを個別にオフにすることはできない。
初期ハミルトニアンの被加数ハミルトニアンを個別に切り替えることの利点は、それによって一次相転移(first-order phase transition)を回避できることである。これにより、初期ハミルトニアンの全ての被加数ハミルトニアンを同時にオフにする場合と比較して、初期ハミルトニアンから最終ハミルトニアンへの発展中の最小エネルギーギャップが大きくなる。エネルギーギャップが大きいため、量子力学の断熱定理によって課せられる速度制限が増加する。したがって、初期ハミルトニアンから最終ハミルトニアンへの発展(特に、断熱的発展)は、初期時間から最終時間までの全ての時間で量子システムの基底状態に(又は、近くに)留まりながら、より速く実行可能である。したがって、最終ハミルトニアンの基底状態にすばやく到達できるため、計算問題の解をより速く決定することができる。
更なる実施形態によれば、図1に示す装置400等のような計算問題の解を計算する装置が提供される。前記装置は、複数のキュービットを備えた量子システムを有する。前記装置は、図1に示す冷却ユニット410等のような、量子システムをその基底状態に向けて冷却するのに適した冷却ユニットを更に有する。前記装置は、図1に示すハミルトニアン発展ユニット430等のような、量子システムの初期ハミルトニアンを、量子システムの中間ハミルトニアンを介して量子システムの最終ハミルトニアンに発展させるのに適したハミルトニアン発展ユニットを有する。中間ハミルトニアンは、初期ハミルトニアン、最終ハミルトニアン及び第1の短距離ハミルトニアンの線形結合である。最終ハミルトニアンは、問題ハミルトニアンと第2の短距離ハミルトニアンとの総和であり、問題ハミルトニアンは、複数の調整可能なパラメータを有する単体ハミルトニアンである。前記装置は、図1に示す測定装置440等のような、複数のキュービットの少なくとも一部分を測定するのに適した測定装置を有する。前記装置は、図1に示す古典的計算システム450等のような、ハミルトニアン発展ユニット及び測定装置に接続された古典的計算システムを有する。
冷却ユニットは、量子システムを初期ハミルトニアンの基底状態に向けて冷却するように構成されてもよい。冷却ユニットは、量子システムを動作温度に維持するように構成されてもよい。適切な動作温度は、前記装置に使用されるキュービットの種類に強く依存する。例えば、超電導キュービットの場合、動作温度は50mK以下で、特に1mK以下である。冷却ユニットは、初期ハミルトニアンが中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展する間、量子システムを動作温度に維持するように構成されてもよい。
古典的計算システムは、計算問題を入力として受信するように構成されてもよい。古典的計算システムは、計算問題を問題ハミルトニアンにコード化するように構成されてもよい。コード化は、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータに対する問題コード化設定を、計算問題から決定することを含んでもよい。古典的計算システムは、問題コード化設定をハミルトニアン発展ユニットに伝達するように構成されてもよい。
ハミルトニアン発展ユニットは、古典的計算システムから問題コード化設定を受信するように構成されてもよい。ハミルトニアン発展ユニットは、初期ハミルトニアンを中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させるように構成されてもよい。この場合、最終ハミルトニアンにおいて、問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータは問題コード化設定に存在する。
古典的計算システムは、測定装置から量子システムの読み出しを受信するように構成されてもよい。古典的計算システムは、読み出しから計算問題の解を決定するように構成されてもよい。
ハミルトニアン発展ユニットは、初期ハミルトニアンを、非断熱的量子プロセスによって、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させるステップを実行するように構成された、非断熱的ハミルトニアン発展ユニットであってもよい。
冷却ユニットは、量子システムを初期ハミルトニアンの基底状態に向けて冷却することにより、量子システムを初期量子状態に初期化するステップを実行するように構成されてもよい。
ハミルトニアン発展ユニットは、初期ハミルトニアンを、第1の時間依存性の補間ハミルトニアンに従って、中間ハミルトニアンを介して最終ハミルトニアンに発展させるステップを実行するように構成されてもよい。量子システムの取得された読み出しは、第1の読み出しであってもよい。決定された計算問題の解は、第1の解であってもよい。ハミルトニアン発展ユニットは、第2の時間依存性の補間ハミルトニアンに従って、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるステップを実行するように構成されてもよい。測定装置は、量子システムの第2の読み出しを取得するために、複数のキュービットの少なくとも一部分を測定するステップを実行するように構成されてもよい。古典的計算システムは、第2の読み出しから計算問題の第2の解を決定するステップと、第1の解を第2の解と比較するステップと、前記比較に基づいて、初期ハミルトニアンを最終ハミルトニアンに発展させるための第3の時間依存性の補間ハミルトニアンを選択するステップと、実行するように構成されてもよい。
実施形態に係る装置は、NP困難計算問題を解くように構成されてもよい。
図10~図17を参照して、本開示事項の更なる側面について説明する。計算問題から問題ハミルトニアンへ、そして対応する最終ハミルトニアンへの具体的なコード化について説明する。すなわち、長距離相互作用を有する可能性のあるイジングスピンモデル問題から、単体の問題ハミルトニアン及びプラケットハミルトニアンの総和である最終量子ハミルトニアンへのコード化である。長距離相互作用を有する(古典的)イジングスピンモデル問題は、NP完全であり、その量子化は些細なものなので、ここでは古典的な量子イジングスピンとそうでないものとを区別しない。他の古典的計算問題をイジングスピンモデル問題へマッピングすることは公知である。したがって、最終量子ハミルトニアンの基底状態、又は低い動作温度での熱状態は、イジングスピンモデル問題の解、及び逆マッピングを実行することで多くの古典的でNP困難な計算問題の解に関する情報を含むことができる。最終量子ハミルトニアンへの具体的なマッピングは、イジングスピンモデル問題がdが2以下のd体相互作用のみを含む場合、2次元表面、特に2次元格子での量子処理装置(量子プロセッサ)の実現を可能にし、イジングスピンモデル問題がdが3以下のd体相互作用のみを含む場合、3次元空間、特に3次元格子での量子処理装置の実現を可能にする。マッピングは、d体相互作用および任意のdを有するイジングスピンモデル問題に拡大適用することができる。量子処理装置は、単体の問題ハミルトニアンを通じて完全にプログラム可能であり、拡張性のあるアーキテクチャである。
最初に、dが2以下のd体相互作用のみを含むイジングスピンモデル問題について考える。具体的なコード化は、最大2体相互作用とこれに対応する結合係数c
ij
を有する、n個のスピンに対するイジングスピンモデル問題から開始される。指数i及びjは1~nの範囲で、jはiよりも小さい。この最初のケースでは、全てのフィールド係数c
i
は零に等しい。図10は、n=6のスピンに対するイジングスピンモデル問題を示す。図中、スピンには1~6の符号が付されている。図10においてスピン対を結ぶ線で示すように、スピン間にはn(n-1)/2=15対の対相互作用がある。例えば、線12はスピン1及び2の間の対相互作用を示す。15対の対相互作用は15個の結合係数c
ij
に対応する。相互作用は長距離相互作用である。
イジングスピンモデルにおける全てのスピン対に対し、対応する量子システムのキュービットが与えられる。例えば、図10に示す15対の対相互作用を有する6つのスピンの場合、対応する量子システムは15個のキュービットを有する。イジングスピンモデルのスピンの設定は、対応するキュービットの設定にマッピングされる。この際、キュービットの設定は、スピンの相対的な方向に依存する。同じ方向を向く一対のスピン(平行配列)は、量子基本状態「|1>」のキュービットにマッピングされる。反対方向を向く一対のスピン(逆平行配列)は、量子基本状態「|0>」のキュービットにマッピングされる。このマッピングを図11に示す。図11で、符号0及び1はそれぞれ、量子基本状態の|0>及び|1>に対応する。
結合係数c
ij
は、計算問題(この場合は、イジングスピンモデル問題)をコード化する問題ハミルトニアンの複数の調整可能なパラメータJ
k
にマッピングされる。問題ハミルトニアンは、式Σ
k
J
k
σ
z
(k)
を有する。k=n
*
i+jであり、kはM=n(n-1)/2である1~Mの範囲である。イジングスピンモデル問題は、問題ハミルトニアンの調整可能なパラメータJ
k
が、結合係数c
ij
に対応するイジングスピンモデルのスピン間の相互作用を表すように、問題ハミルトニアンにマッピングされる。
イジングスピンモデル問題を問題ハミルトニアンにコード化するのに必要なキュービットの数は、n個のスピンに対するイジングスピンモデル問題に比べて二次的に増大する。なぜなら、スピン間の2体相互作用の数がM=n(n-1)/2と等しいからである。いくつかの実施形態によれば、追加の自由度が考慮される。量子システムにおけるキュービットの総数は、M+n-2以上であってもよい。この場合、n-2個の追加の補助キュービット及び/又は追加の予備キュービットが後述の理由で追加される。したがって、キュービットの数はスピンの数nより大きい。具体的には、キュービットの数はスピンの数nにM-2の追加の自由度を付加した数でもよい。問題ハミルトニアンは、ローカル相互作用のみで、具体的には外部フィールドとの単体相互作用で、量子処理装置のプログラミングを可能にする。
イジングスピンモデルに比べて、量子システムの増加した自由度は、M-n個の4体被加数ハミルトニアンC
l
の総和である短距離ハミルトニアン(第2の短距離ハミルトニアン)により相殺される。これを制約ハミルトニアンと称し、キュービットの一部分を固定するための制約を表す。短距離ハミルトニアンは式Σ
l
C
l
を有する。指数lの範囲は1~(n
2
-3n)/2であり、各被加数ハミルトニアンC
l
は下記の式を有する制約ハミルトニアンである。
上記式を参照して、制約ハミルトニアンの2通りの可能な実行について考える。上記式の総和は、補助に基づく実行を表す。この総和は、キュービットが配置される2次元格子のプラケットの4つの要素(北、東、南、西)を実行する。さらに、各S
z
l
は量子システムに含まれる補助キュートリットに作用する演算子である。補助キュートリットには、3つの基本状態からなる基準があり、本実施形態では、|0>、|2>及び|4>と表す。短距離ハミルトニアンの2つ目の実行は、補助キュートリットを必要としない相互作用に基づく実行である。相互作用に基づく実行では、C
l
は格子のプラケットを形成するキュービット間の4体相互作用である。さらに、上記式中、Cは一定の制約強度等の制約強度を表す。
上述のように、問題ハミルトニアンでのイジングスピンモデルのコード化は、イジングスピンモデルのスピンの設定を量子システムのキュービットの設定にマッピングすることを伴う。この場合、キュービットの設定は、対応するスピンの設定のスピン対の相対的な方向に依存する。一貫性のあるマッピングを提供するために、後述のようなイジングスピンモデルにおける閉ループに関わる側面が検討される。イジングスピンモデルにおけるスピンの各閉ループで、逆平行配列を有するスピン対の数は偶数である。例えば、図10を参照して、破線で示される連結部14、24、23及び13で形成された閉ループ等について考える。この閉ループは、スピン1、2、3及び4を含む。スピン1、2、3及び4のいずれの設定も零対、2対又は4対の逆平行スピンを含む。スピン1、2、3及び4のいずれの設定も1対又は3対の逆平行スピンを含まない。したがって、スピン1、2、3及び4の全ての設定は、偶数の逆平行スピンを有する。
逆平行のスピン対が量子基本状態|0>にあるキュービットにマッピングされるため、イジングスピンモデルのスピンの閉ループに対応する量子システムのキュービットの全てのセットは、偶数個の量子基本状態|0>を有する。これにより、量子システムのキュービットの少なくとも一部分に対する制約のセットが提供される。例えば、図10に関する上記の閉ループの場合、対応する4つのキュービットのグループを、イジングモデルのスピン対と量子システムのキュービット間の対応関係を考慮して、参照符号14、24、23及び13を付して図12に示す。図12に示すように、キュービット14、24、23及び13は、2次元格子120のプラケットに対応する。前述のような閉ループの制約を考慮すると、キュービット14、24、23及び13に対する量子基本状態のいずれの設定も、図13に示すように、零、2つ又は4つのいずれかの量子基本状態|0>を含む。
全ての閉ループに対応する制約が確実に満たされるには、適切な閉ループのサブセットに関連する制約を実行することで十分である。本実施形態によれば、最大4つのスピンからなるグループを含む閉ループの特定の構成要素(building blocks of closed loops)が、全ての制約が確実に満たされるのに十分であるため、イジングスピンモデルから量子システムへ一貫性のあるマッピングが提供される。前記構成要素は、4つの連結部によって連結された4つのスピンからなる閉ループを伴う。1つの連結部は指標距離(index distance)sを有し、2つの連結部は指標距離s+1を有し、もう1つの連結部は指標距離s+2を有する。sは1~N-2の範囲であり、スピンs
i
及びs
j
間の「指標距離」は、|i-j|である。s=1の閉ループ構成要素のセットは、n-2個の制約を提供する。例えば、図10に示すようにスピン1、2、3及び4の連結部14、24、23及び13を含む閉ループが、s=1の閉ループ構成要素である。
更なる側面は、量子システムの境界に関する。いくつかの閉ループ構成要素は、4つの連結部で連結された4つのスピンではなく、3つの連結部で連結された3つのスピンからなるグループを伴う。この点に関し、例えば図10を参照すれば、スピン1、2及び3の連結部12、23及び13を含む閉ループが考えられる。量子システムにおける対応するキュービットのグループは、2次元格子の3角形状のプラケットに沿って配置された3つのキュービット12、23及び13を含む。3つのスピンの閉ループに対応する制約を実行するために、3体制約ハミルトニアンC
l
が、対応する3つのキュービットからなるグループに作用すると考えられる。或いは、図12に破線の円で示すような、量子基本状態|1>で固定されたn-2個の予備キュービットの追加の列が量子システムに含まれていてもよい。例えばキュービット12、23及び13に対応する閉ループ等のように、3つのスピンの閉ループに対応する制約を実行するために、制約ハミルトニアンC
l
が対応する3つのキュービットと、予備キュービットの1つ(すなわち、図12に示す予備キュービット1101)に作用すると考えられる。したがって、制約ハミルトニアンC
l
は、前述と同じ式を有する拡大された2次元格子のプラケットに作用する4体ハミルトニアンである。全ての制約ハミルトニアンが2次元格子のプラケットに対応する4体ハミルトニアンであるため、後者の実現には、全ての制約ハミルトニアンを同じ条件で処置できるという利点がある。
制約ハミルトニアンC
l
は、閉ループ構成要素に対応する制約、ひいては全ての閉ループに対応する制約が満たされることを確実にする。したがって、短距離ハミルトニアンは、イジングスピンモデルにおけるスピンの制約から量子システムに課される制約への一貫性のあるマッピングを提供する。
読み出しを与えるために、図12で示す一部分425等のようにキュービットの一部分を測定可能である。量子システムが最終ハミルトニアンの基底状態にある場合、一部分425のキュービットは、イジングスピンモデルの基底状態にあるスピンの設定に対応する量子基本状態の設定に存在する。量子システムが基底状態に近い最終ハミルトニアンの熱状態、つまり十分に低い温度にある場合、これが高確率に当てはまる。したがって、一部分425を測定することにより、少なくとも高確率でイジングスピンモデル問題の解を決定することが可能になる。量子システムが最終ハミルトニアンの基底状態にうまく近似された最終状態にある場合、一部分425を測定することで、試行解を計算できるイジングモデルの基底状態に関する情報が少なくとも提供される。そして、その試行解が真の解であるかどうか、多項式時間の古典的計算で分析できる。もし試行解が真の解でなければ、真の解が見つかるまで計算を繰り返すことができる。
実施形態の更なる利点として、イジングスピンモデルに関する情報は量子システムで冗長的にコード化されるため、計算問題の解が決定される読み出しを提供するためにキュービットの生じ得る様々なグループを測定可能である。
上記の観点から、本実施形態に係る第2の短距離ハミルトニアンの構造は、(i)制約がスピン間の全ての相互作用を網羅し、(ii)制約の数が(n
2
-3n)/2で、(iii)第2の短距離ハミルトニアンが、d体相互作用を有する単純な2次元形状で実現可能である。この場合、d=4であり、相互作用は2次元格子のプラケットに対応する。さらに、イジングスピンモデルに1つのスピンを追加することは量子システムにn個のスピンの一列を追加するのと同等であるため、本実施形態は拡張性のある実行を可能にする。
図10~図13を参照して説明する実施形態は、n個のスピン間の対相互作用を伴うイジングスピンモデルに関する。この場合のフィールド係数は零である。零でないフィールド係数を有するイジングスピンモデルに対して同様のコード化が考えられる。+1の値に固定された追加のスピンs
n+1
をイジングモデルに含めることができる。そして、零でないフィールド係数は、n個のスピンと追加のスピンs
n+1
との間の結合係数として再定式化される。零でないフィールド係数を有するイジングスピンモデルは、フィールド係数が零のイジングスピンモデルにマッピングされる。したがって、上述の方法によって量子システムへのマッピングが適用される。追加スピンs
n+1
を追加することは、量子システムに追加のn個のキュービットの一列を含めることを伴う。
更に、3つのスピンからなるグループ間の相互作用を伴うイジングスピンモデルに対するコード化が考えられる。この場合、イジングエネルギー関数は下記の式を有していてもよい。
H(s
1
,s
2
,・・・,s
n
)=Σ
ijk
c
ijk
s
i
s
j
s
k
ここで、係数c
ijk
は、スピンs
i
、s
j
及びs
k
間の3体相互作用を表し、i>j>kである。このような3体イジングモデルを量子システムにマッピングするステップ、及び対応するイジングスピンモデル問題を量子システムの問題ハミルトニアンへコード化するステップを図14~図17に示す。本実施形態では、量子システムのキュービットは、3体イジングモデルの3つのスピンの組に対応する。3体イジングモデルでは、R=n(n-1)(n-2)/6組の3つのスピンが存在する。したがって、キュービットの数はR以上である。この場合、前述の2体イジングスピンモデルのマッピングと同様に、補助キュービット及び/又は予備キュービット等の追加のキュービットが含まれてもよい。本実施形態では、図17に示すように、複数のキュービットが3次元正方格子1601に沿って配置される。問題ハミルトニアンは、スピン間で最大2体相互作用を伴うイジングスピンモデルの場合と同様に、式Σ
k
J
k
σ
z
(k)
を有してもよい。第2の短距離ハミルトニアンは、式Σ
l
C
l
を有していてもよい。この場合、制約ハミルトニアンC
l
は3次元正方格子のプラケットに対応する。制約ハミルトニアンの数は、2(R-n)個であってもよい。3体制約ハミルトニアンを伴う、及び/又は、補助キュービット及び/又は予備キュービットの含有を伴う量子システムの境界に関する同様の考えが本実施形態にも当てはまる。
上述の内容は本発明のいくつかの実施形態を対象にしているが、それ以外の更なる実施形態についても、特許請求の範囲によって決まる範囲から逸脱することなく創出されてもよい。