JP6998032B2 - 長尺ミノムシ絹糸の生産方法及びその生産装置 - Google Patents

長尺ミノムシ絹糸の生産方法及びその生産装置 Download PDF

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Description

本発明は、ミノガ科に属する蛾の幼虫、すなわちミノムシに由来する長尺絹糸を生産する方法、及びその生産装置等に関する。
昆虫の繭を構成する糸や哺乳動物の毛は、古来より動物繊維として衣類等に利用されてきた。特にカイコガ(Bombyx mori)の幼虫であるカイコ由来の絹糸(本明細書では、しばしば「カイコ絹糸」と表記する)は、吸放湿性や保湿性、及び保温性に優れ、また独特の光沢と滑らかな肌触りを有することから、現在でも高級天然素材として珍重されている。
しかし、自然界には、カイコ絹糸に匹敵する、又はそれ以上の特性をもつ動物繊維が存在する。近年、そのような優れた特性をもつ動物繊維を新たな天然素材として活用するために、その探索や研究が進められている。
その一つとして注目されているのがクモ由来の糸(本明細書では、しばしば「クモ糸」と表記する)である。クモ糸は、柔軟性や伸縮性、及びポリスチレンの5~6倍に及ぶ高い弾性力を有しており、手術用縫合糸等の医療素材、及び防災ロープ・防護服などの特殊素材として期待されている(非特許文献1及び2)。しかし、クモ糸は、クモの大量飼育やクモから大量の糸を採取することが困難なため量産ができず、また生産コストも高いという問題があった。現在、この問題は遺伝子組換え技術を用いて、カイコや大腸菌にクモ糸を生産させることで解決が試みられている(特許文献1及び非特許文献2)。ただし、クモ糸の生産に使用するカイコや大腸菌は遺伝子組換え体であることから、所定の設備を備えた施設内でしか飼育や培養ができず、維持管理の負担が大きいという問題を伴う。また、大腸菌内で発現させたクモ糸タンパク質は液状のため、繊維に変換させる必要があり、その分、工程数が多くなるという問題もある。さらに、遺伝子組換えカイコが吐糸するクモ糸は、現段階ではカイコ絹糸に数%混在している状態に過ぎず、クモ糸の特性を100%活用できる100%クモ糸として得ることができないという問題がある。
ところで、ミノムシ(basket worm, alias "bag worm")という昆虫が存在する。ミノムシは、チョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称で、通常は葉片や枝片を糸で絡めた紡錘形又は円筒形の巣(bag nest)(図1)の中に潜み、摂食の際にも巣ごと移動する等、全幼虫期を巣と共に生活することが知られている。冬季、落葉した樹の枝先にミノムシの巣が吊り下がる光景は、冬の風物詩となる等、人々にとっても古くから馴染み深い昆虫である。
このミノムシ由来の糸(本明細書では、しばしば「ミノムシ絹糸」と表記する)は、カイコ絹糸やクモ糸よりも力学的に優れた特性をもつ。例えば、弾性率に関してチャミノガ(Eumeta minuscula)のミノムシ絹糸は、カイコ絹糸の3.5倍、ジョロウグモ(Nephila clavata)のクモ糸の2.5倍にも及び、非常に強い強度を誇る(非特許文献1及び3)。また、ミノムシ絹糸の単繊維における断面積は、カイコ絹糸の単繊維のそれの1/7ほどしかないため、木目細かく、滑らかな肌触りを有し、薄くて軽い布を作製することが可能である。しかも、ミノムシ絹糸は、カイコ絹糸と同等か、それ以上の光沢と艶やかさを備える。
飼育面においてもミノムシは、カイコよりも優れた点を有する。例えば、カイコは、原則としてクワ(クワ属(Morus)に属する種で、例えば、ヤマグワ(M. bombycis)、カラヤマグワ(M. alba)、及びログワ(M. lhou)等を含む)の生葉のみを食餌とするため、飼育地域や飼育時期は、クワ葉の供給地やクワの開葉期に左右される。一方、ミノムシは広食性で、餌葉に対する特異性が低く、多くの種類が様々な樹種の葉を食餌とすることができる。したがって、餌葉の入手が容易であり、飼育地域を選ばない。また、種類によっては、常緑樹の葉も餌葉にできるため、落葉樹のクワと異なり年間を通して餌葉の供給が可能となる。その上、ミノムシはカイコよりもサイズが小さいので、飼育スペースがカイコと同等以下で足り、大量飼育も容易である。したがって、カイコと比較して飼育コストを大幅に抑制することができる。
また、生産性においてもミノムシは、カイコよりも優れた点を有する。例えば、カイコは営繭時のみに大量に吐糸し、営繭は全幼虫で同時期に行われる。そのため採糸時期が重なり、労働期が集中してしまうという問題がある。一方、ミノムシは、幼虫期を通して営巣時や移動時に吐糸を繰り返し行っている。そのため採糸時期を人為的に調整することで、労働期を分散できるという利点がある。また、ミノムシ絹糸は野生型のミノムシからの直接採取が可能であり、クモ糸の生産のように遺伝子組換え体の作製や維持管理を必要としない。
以上のようにミノムシ絹糸は、従来の動物繊維を超える特性を有し、また生産上も有利な点が多いため極めて有望な新規天然素材となり得る。
ところが、ミノムシ絹糸には実用化において、不可避、かつ解決困難な、いくつかの大きな問題がある。最大の問題は、ミノムシからは長尺単繊維が得られないという点である。カイコの場合、営繭は連続吐糸によって行われるため、繭を精練し、操糸すれば、比較的容易に長尺繊維を得ることができる。一方、ミノムシは、幼虫期に生活していた巣の中で蛹化するため、蛹化前に改めて営繭行動を行わない。また、ミノムシの巣は、原則として初齢時から成長に伴い増設されるため、巣には新旧の絹糸が混在している。加えて、ミノムシの巣の長軸における一方の末端には、ミノムシが頭部及び胸部の一部を露出させて、移動や摂食をするための開口部が存在し(図2A:太矢印)、他方の末端にも糞等を排泄するための排泄孔が存在する。つまり、常に2つの孔が存在するため、絹糸が巣内で断片化され、不連続になっている。このように、ミノムシの巣自体が、比較的短い絹糸が絡まり合って構成されているため、通常の方法では巣から長尺繊維を得ることができない。さらに、ミノムシの巣は、最外層、中間層、及び最内層の3層で構成されるが、最外層及び中間層には多量の接着物質が含まれ、精練を繰り返しても完全に除去することが難しい。既存の技術では、接着物質のない最内層からしか紡績できないが、その最内層からもせいぜい50cm未満の絹糸が得られるに過ぎない。
また、ミノムシは、枝等からの落下防止のために、図2Aで示すように脚掛かりとなる糸をジグザグ状に吐糸して(矢頭)、爪を糸に掛けながら移動する(細矢印)。この糸もミノムシ絹糸として利用対象になり得るが、ミノムシの移動は制御が困難で虫任せのため採糸が難しい。また、吐糸後に同じ場所に再吐糸する結果、図2Bで示すようにジグザグ状に吐糸された絹糸が幾重にも重なり、複雑に絡み合って回収が困難となる。
以上のような理由から、メートル級のミノムシ絹糸を単繊維で得ることは、既存の技術ではほぼ不可能とされてきた。それ故、ミノムシ絹糸を織り込んだ織布は、これまでに知られていない。実際、ミノムシ絹糸を利用した財布や草履等の従来製品は、ミノムシの巣から葉片や枝片等の夾雑物を除去し、展開後に成形したものをパッチワークのように継ぎ合わせた不織布を利用しているに過ぎない。
ミノムシ絹糸の実用化において、もう一つの大きな問題は、ミノムシの巣の表面には、必ず葉片や枝片等が付着しているという点である。ミノムシ絹糸を製品化するには、これらの夾雑物を完全に除去しなければならない。しかし、除去作業は、膨大な手間とコストを要するため、結果的に生産コストが高くなる。また、既存の技術で夾雑物を完全に除去することは困難であり、最終生産物にも僅かな小葉片等が混在する他、夾雑物由来の色素で絹糸が薄茶色に染まる等、低品質なものにならざるを得ない。
したがって、ミノムシ絹糸を新規生物素材として実用化させるためには、夾雑物を含まない純粋で、かつ長尺のミノムシ絹糸の生産方法の開発が必須であった。
WO2012/165477
大崎茂芳, 2002, 繊維学会誌(繊維と工業), 58: 74-78 Kuwana Y, et al., 2014, PLoS One, DOI: 10.1371/journal.pone.0105325 Gosline J. M. et al., 1999, 202, 3295-3303
本発明は、葉片や枝片等の夾雑物を含まない長尺ミノムシ絹糸を生産する方法、及びその生産方法を実現するための装置を開発することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するためにミノムシ絹糸についての研究を行う過程で、ミノムシ絹糸には、巣を構成する巣絹糸と移動用の足掛かりとなる足場絹糸の少なくとも2種類が存在し、それらの絹糸は、力学的特性が異なることを見出した。すなわち、足場絹糸の方が巣絹糸よりも太く、強靭であった。また、足場絹糸は、弾性率、破断強度、及びタフネスにおいて、カイコ絹糸やオニグモ糸のそれらの値を凌駕していた。さらに、足場絹糸であれば巣絹糸と異なり、葉片や枝片等の夾雑物を混在させずに純粋なミノムシ絹糸として採糸することができることも明らかとなった。
この足場絹糸は、前述のように、通常はジグザグ状に吐糸され、回収が困難であったが、本発明者らは研究の末に、特定の幅を有する線状路にミノムシを配置することで、線状路にほぼ並行した状態で足場絹糸をミノムシに吐糸させる方法を開発した。そして、当該知見に基づく吐糸方法を実施することで、従来不可能と考えられてきたメートル級の連続する純粋なミノムシ絹糸を生産することに成功した。本発明は、当該知見及び成功例に基づき完成されたものであって、以下を提供する。
(1)ミノムシに長尺の絹糸を吐糸させる方法であって、使用する前記ミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、巣を保持した前記ミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる工程を含む、前記方法。
(2)前記線状路が閉環状又は前記ミノムシが横断可能な間隙を一以上有する開環状である、(1)に記載の方法。
(3)前記線状路が上方0度~70度又は下方0度~70度の勾配を有する、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)連続して吐糸させる絹糸の長さが1m以上である、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)長尺ミノムシ絹糸を生産する方法であって、使用するミノムシの左右最大開脚幅未満の幅で、かつ脚部を係止可能な線状路に、巣を保持した前記ミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる吐糸工程、及び前記吐糸工程後に前記線状路から長尺絹糸を回収する回収工程を含む前記方法。
(6)前記回収工程と同時に又は回収工程後に長尺絹糸を精練する精練工程をさらに含む、(5)に記載の方法。
(7)前記回収工程後又は精練工程後の絹糸を撚る撚糸工程をさらに含む、(5)又は(6)に記載の方法。
(8)前記線状路が閉環状又は前記ミノムシが横断可能な間隙を一以上有する開環状である、(5)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)前記線状路が上方0度~70度又は下方0度~70度の勾配を有する、(6)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)使用する前記ミノムシが終齢である、(5)~(9)のいずれかに記載の方法。(11)連続して吐糸させる絹糸の長さが1m以上である、(5)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)連続した1m以上の長さを有するミノムシ由来の絹糸。
(13)単繊維である、(12)に記載の絹糸。
(14)(5)~(11)のいずれかに記載の長尺ミノムシ絹糸を生産する方法で生産された絹糸、又は(12)又は(13)に記載の絹糸を含む織布。
(15)長尺ミノムシ絹糸の生産装置であって、使用するミノムシにおける左右最大開脚幅未満の幅で、かつ脚部を係止可能な線状路を備えた前記装置。
(16)前記線状路が滑面素材で構成される、(15)に記載の生産装置。
(17)前記線状路が板状部材の縁部で構成される、(15)又は(16)に記載の生産装置。
(18)前記線状路が閉環状又は前記ミノムシが横断可能な幅の間隙を一以上有する開環状である、(15)~(17)のいずれかに記載の生産装置。
(19)前記線状路が上方0度~70度又は下方0度~70度の勾配を有する、(15)~(18)のいずれかに記載の生産装置。
本発明のミノムシに長尺の絹糸を吐糸させる方法によれば、長尺足場絹糸をミノムシに吐糸させることができる。
本発明の長尺ミノムシ絹糸を生産する方法によれば、1m以上の純粋なミノムシ由来の長尺足場絹糸を生産することができる。
本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産装置によれば、前記長尺ミノムシ絹糸の生産方法を容易に実施することができる。
A:オオミノガのミノムシ(オオミノガミノムシ)の巣の外観図である。B:オオミノガミノムシの巣を長軸方向に切り開いて二分したときの巣の内部を示す図である。中央にいる虫がオオミノガの幼虫、すなわちオオミノガミノムシである。 A:オオミノガミノムシの移動時における吐糸行動を示す図である。ミノムシが足場絹糸を吐糸しながら進む様子(矢頭)、吐糸した足場絹糸に爪を掛けている様子(細矢印)、及び移動の際に、体の一部を露出するために巣の一端に孔が開けられている様子(太矢印)がわかる。B:1頭のオオミノガミノムシが、通常の制御されない状態で足場絹糸を吐糸したときの足場絹糸の状態を示す図である。ジグザグ状に吐糸された足場絹糸が複雑に絡み合っている様子がわかる。 A:オオミノガミノムシの吐糸繊維(足場絹糸)の走査型電子顕微鏡図である。B:ミノムシ絹糸における吐糸繊維の概念図である。2本の扁平形状の単繊維(マイクロフィラメント)(301)が単繊維を被覆する接着物質(図示せず)によって接合された構造を有する。 本発明の長尺ミノムシ絹糸を生産する方法の基本工程フロー図である。 A:本発明の線状路の概念図である。この図では、断面が円形の線状路を示している。図中、Lは線状路の長軸の長さを、またφは線状路の断面直径を示す。この線状路では、φが線状路の幅に相当する。B:左右に最大幅で開脚したミノムシの頭部及び胸部の背面図である。図中、FLは前脚(front leg)を、MLは中脚(middle leg)を、そしてRLは後脚(rear leg)を示す。また、W1は中脚の、そしてW2は後脚の最大開脚幅を示す。 線状路に脚部を係止するミノムシの態様を示す図である。A:線状路(細矢印)を脚部(矢頭)で挟み込むように係止する態様を示す図である。この図は、水平線状路を真上から撮影した図で、ミノムシは線状路の下にぶら下がるように係止しながら、太矢印の方向に移動している。B:線状路(細矢印)に対して肩を掛けるように脚部(矢頭)を係止する態様を示す図である。この図は、水平線状路を斜め上方から撮影した図で、ミノムシは線状路の側面にぶら下がるように係止しながら、太矢印の方向に移動している。 係止可能な線状路を説明するための図である。A~Fは板状部材(702)と、その縁部に備えられた線状路(701)の断面図である。A~Cは線状路面が上方を向いている態様を、またD~Fは線状路面が下方を向いている態様を示す。 本発明の長尺ミノムシ絹糸生産装置の一実施形態を示す図である。この図では、板状部材(801)の縁部(802)として閉環線状路を備えた長尺ミノムシ絹糸生産装置を示している。 本発明の長尺ミノムシ絹糸生産装置の一実施形態を示す図である。この図では、線状路(901)がらせん状の線状部材で構成された長尺ミノムシ絹糸生産装置を示している。 本発明の長尺ミノムシ絹糸生産装置の一実施形態を示す図である。この図では、線状部材で構成された2つの閉環線状路(1001、1002)が1本の線状路(1003)で連結された長尺ミノムシ絹糸生産装置を示している。 本発明の長尺ミノムシ絹糸生産装置における線状路の勾配を説明するための図である。この図では、図8に示した板状部材(1102、1103)を含む絹糸生産装置を例にして、線状路面が上方を向く場合(A)と下方を向く場合(B)のそれぞれについて、水平面(h)に対する線状路(1101、1104)の勾配(a及びb)を示している。 本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法において、回収工程後に得られたミノムシ絹糸の束をボビン(a)、又は絵筆の柄(b及びc)に巻きつけた状態を示した図である。夾雑物を含まない純粋で光沢のある長尺絹糸を得ることができた。 本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法における各工程後のミノムシ絹糸とミノムシ絹糸でできた織布の拡大図を示す図である。Aは回収工程後のミノムシ絹糸の束を、Bは精練工程後のミノムシ絹糸の束を、Cは撚糸工程後のミノムシ絹糸を、そしてDは撚糸後のミノムシ絹糸を編んで作製した織布を示す。
1.ミノムシに長尺絹糸を吐糸させる方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は、ミノムシに長尺絹糸を吐糸させる方法である。本発明の方法は、特定の幅を有し、かつミノムシの脚部を係止可能な線状路に、巣を保持したミノムシの脚部を係止させて、前記線状路に沿って連続して吐糸させる工程を含む。本発明の方法によれば、従来不可能と考えられていたメートル級の長さの絹糸をミノムシに自発的に吐糸させることができる。
1-2.定義
本明細書で頻用する用語について、以下の通り定義する。
「ミノムシ」とは、前述のようにチョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称をいう。ミノガ科の蛾は世界中に分布するが、いずれの幼虫(ミノムシ)も全幼虫期を通して、自ら吐糸した絹糸で葉片や枝片等の自然素材を綴り、それらを纏った巣の中で生活している。巣は全身を包むことのできる袋状で、紡錘形、円筒形、円錐形等の形態をなす。ミノムシは、通常、この巣の中に潜伏しており、摂食時や移動時も常に巣と共に行動し、蛹化も原則として巣の中で行われる。
本明細書で使用するミノムシは、ミノガ科に属する蛾の幼虫、かつ前記巣を作製する種である限り、種類、齢及び雌雄は問わない。例えば、ミノガ科には、Acanthopsyche、Anatolopsyche、Bacotia、Bambalina、Canephora、Chalioides、Dahlica、Diplodoma、Eumeta、Eumasia、Kozhantshikovia、Mahasena、Nipponopsyche、Paranarychia、Proutia、Psyche、Pteroma、Siederia、Striglocyrbasia、Taleporia、Theriodopteryx、Trigonodoma等の属が存在するが、本明細書で使用するミノムシは、いずれの属に属する種であってもよい。ミノガの種類の具体例として、オオミノガ(Eumeta japonica)、チャミノガ(Eumeta minuscula)、及びシバミノガ(Nipponopsyche fuscescens)が挙げられる。幼虫の齢は、初齢から終齢に至るまで、いずれの齢であってもよい。ただし、より太く長いミノムシ絹糸を得る目的であれば、大型のミノムシである方が好ましい。例えば、同種であれば終齢幼虫ほど好ましく、雌雄であれば大型となる雌が好ましい。またミノガ科内では大型種ほど好ましい。したがって、オオミノガ及びチャミノガは、本発明で使用するミノムシとして好適な種である。
本明細書で「絹糸」とは、昆虫由来の糸であって、昆虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で吐糸するタンパク質製の糸をいう。本明細書で単に絹糸と記載した場合には、特に断りがない限りミノムシ絹糸を意味する。
本明細書で「ミノムシ絹糸」とは、ミノムシ由来の絹糸をいう。本明細書のミノムシ絹糸は、単繊維、吐糸繊維、及び集合繊維を包含する。
本明細書で「単繊維」とは、繊維成分を構成する最小単位のフィラメントであり、モノフィラメントとも呼ばれる。単繊維は、フィブロイン様タンパク質を主成分とする。ミノムシ絹糸やカイコ絹糸は、自然状態ではジフィラメントで吐糸され、通常、単繊維としては存在しない。ただし、後述の第2態様に記載の精練工程を経ることで、接着物質が除去され、単繊維を得ることができる。
本明細書で「吐糸繊維」とは、ミノムシやカイコ等であれば吐糸されたままの状態の絹糸、クモであれば分泌されたままの状態の糸をいう。ミノムシの吐糸繊維は、図3で示すように単繊維2本1組のジフィラメントで構成される。この形態は、吐糸時に、ミノムシの左右それぞれに位置する吐糸口から吐出された2本の単繊維がセリシン様の接着物質によって結合した形に基づく。なお、本明細書で「吐糸したミノムシ絹糸」や「ミノムシ絹糸を吐糸」のように「吐糸」と共に記載した場合には、原則として吐糸繊維を意味するものとする。
本明細書で「集合繊維」とは、複数の繊維束で構成された繊維で、マルチフィラメントとも呼ばれる。いわゆる生糸であり、原則として複数本の単繊維で構成されるが、本明細書では複数本の単繊維と吐糸繊維、又は複数本の吐糸繊維で構成される場合も包含する。本明細書の集合繊維は、カイコ絹糸等のようなミノムシ絹糸以外の繊維を混合してなる混合繊維もその範疇に包含し得るが、本明細書では特に断りがない限り、通常は、ミノムシ絹糸のみで構成される集合繊維を意味するものとする。集合繊維は、後述の第2態様に記載の撚糸工程を経ることで加撚され、より強靭な絹糸となる。ただし、本明細書での集合繊維は、加撚糸繊維だけでなく、柔軟で滑らかな肌触りを示す無撚糸繊維も包含する。
ミノムシ絹糸には前述のように、足場絹糸と巣絹糸が存在する。「足場絹糸」とは、ミノムシが移動に先立ち吐糸する絹糸で、移動の際に枝や葉等から落下するのを防ぐための足場としての機能を有する。ミノムシは、通常、この足場絹糸を足掛かりとして、両脚の爪を引っ掛けながら進行方向へと移動する。ミノムシが左右の脚を掛けやすいように、また絹糸の固定部や絹糸への荷重を左右に分散させるために、足場絹糸はジグザグ状に吐糸される。一方「巣絹糸」とは、巣を構成する絹糸で、葉片や枝片を綴るためや、居住区である巣内壁を快適な環境にするために吐糸される。原則として、巣絹糸よりも足場絹糸の方が太く、力学的にも強靭である。
「長尺」とは、その分野における通常の長さよりも長いことをいう。本明細書では、特に既存の技術でミノムシから取得可能な吐糸絹糸の長さ(1m未満)よりも長いことを意味する。具体的には、1m以上又は1.5m以上、好ましくは2m以上、より好ましくは3m以上、4m以上、5m以上、6m以上、7m以上、8m以上、9m以上、又は10m以上である。上限は、特に制限はしないが、本発明の方法でミノムシが連続して吐糸できる絹糸の長さに相当する。例えば、1.5Km以下、1Km以下、900m以下、800m以下、700m以下、600m以下、500m以下、400m以下、300m以下、200m以下、又は100m以下である。ミノムシ絹糸の吐糸繊維の長さは、それを構成する単繊維の長さでもあり、それはミノムシが連続して吐糸した長さに相当する。したがって、ミノムシに連続して吐糸させることができれば、より長尺のミノムシ絹糸を得ることが可能となる。つまり、本発明の方法とは、ミノムシに連続して絹糸を吐糸させる方法でもある。
1-3.方法
本発明の方法は、吐糸工程を必須の工程として含む。
「吐糸工程」とは、ミノムシの活動条件下で、巣を保持したミノムシの脚部を線状路に係止させて、その線状路に沿って連続して吐糸させる工程である。線状路の構成については、後述する第3態様の「長尺ミノムシ絹糸の生産装置」で詳述するので、ここでの具体的な説明については省略する。
本明細書で「活動条件」とは、移動や摂食等の日常的な動きを伴う活動が行える条件をいう。条件として、気温、気圧、湿度、明暗、酸素量等が挙げられるが、本発明において最も重要な条件は気温である。昆虫は変温動物のため、気温の低下と共に活動を停止して休眠状態に入る。したがって、本発明における活動条件のうち好適な気温の下限は、ミノムシが休眠に入らない温度である。種類によって具体的な温度は異なるが、概ね10℃以上、好ましくは12℃以上、より好ましくは13℃以上、さらに好ましくは14℃以上、一層好ましくは15℃以上あればよい。一方、気温の上限は、ミノムシが生存可能な温度の上限である。一般的には40℃以下、好ましくは35℃以下、より好ましくは30℃以下、さらに好ましくは27℃以下、一層好ましくは25℃以下あればよい。気圧、湿度、明暗、酸素濃度等については、例として、温帯地域の平地における条件と同程度であればよい。例えば、気圧は1気圧前後、湿度は30~70%、明暗は24時間のうち明条件6時間~18時間、そして大気中の酸素濃度は15~25%の範囲が挙げられる。
本工程で使用するミノムシは、巣を保持したミノムシである。通常、ミノムシは巣と共に行動するため、巣ごと本工程に使用すればよい。巣から取り出したミノムシは、落ち着きを失い、本発明の目的を達成することができないため使用しない。また、ここで言う巣はミノムシのほぼ全身を覆い隠すことのできる状態であれば完全な形態でなくてもよい。巣を構成する素材も自然界でみられる葉片や枝片である必要はなく、人工素材(例えば、紙片、木片、繊維片、金属片、プラスチック片等)を使用して構築されたものであってもよい。
「係止」とは、一般には引っ掛けて止めることをいうが、本明細書ではミノムシが線状路に脚部を引っ掛けることによって、自重(自身と巣の重量を含む)を支え、落下を防止することをいう。ただし、移動の過程で、吐糸した足場絹糸に一過的に脚部を係止することがあってもよい。係止とその解除はミノムシの自由であり、一旦係止した脚部がその位置で固定されるという意味ではない。ミノムシは、脚部の係止と解除を繰り返すことで、線状路上を自由に移動することができる。
本明細書で「脚部」とは、ミノムシの脚の全部又は一部をいう。ミノムシの胸部には、図5Bで示すように胸肢と呼ばれる脚がある。この胸脚は、片側3本(前脚、中脚、及び後脚)、左右3対の合計6本からなる。線状路に係止させる脚部は、いずれの脚の脚部であるかは問わない。また、係止させる本数も1~6本のいずれであってもよいが、ミノムシが線状路上を移動する上では、少なくとも2本以上係止されていることが好ましい。例えば、左右いずれかの片側3本のうち、いずれか2本以上の脚部、具体的には、例えば、左側の、前脚と中脚、前脚と後脚、中脚と後脚、並びに前脚、中脚及び後脚の各脚部が挙げられる。また6本のうち、少なくとも左右それぞれ1本以上の脚部が挙げられる。
本明細書で「脚部を線状路に係止させ」るとは、原則としてミノムシが自発的に脚部を線状路に係止するように誘導することをいう。ミノムシの脚部を人為的に係止させることも含み得るが、人の手で強制的に係止させようとしても、通常の方法ではミノムシが警戒して、うまく係止させることができない。線状路に係止するように誘導する方法は、特に限定しない。例えば、誘導路を用いる方法が挙げられる。ここでいう「誘導路」とは、ミノムシの自発的移動によって、ミノムシを線状路へと導くことができる補助歩行路をいう。誘導路の形態は、特に限定しないが、例として線状路と同様の単一レールや壁のような平面が挙げられる。誘導路を用いてミノムシを線状路へと誘導する例として、ミノムシは、より高い位置に移動するという性質を利用する方法が挙げられる。具体的には、ミノムシを線状路よりも低位置に配置し、そのミノムシの配置場所と線状路とを結ぶように誘導路を設置すれば、ミノムシは自発的に誘導路を登って線状路に達する。線状路に達した後は、線状路の構造上、ミノムシは自動的に脚部を係止するようになる。
活動条件下でミノムシを線状路に係止させることで、ミノムシは自発的に線状路に沿って移動しながら連続して吐糸するようになる。本明細書で「連続して吐糸する」とは、間断なく吐糸することをいう。幼虫の口吻部に存在する左右の吐糸口から射出される絹糸が途切れた時点で連続性は失われる。
線状路上でミノムシの移動する方向は、線状路の形状や勾配によってある程度制御できる。例えば、線状路の勾配が0度、すなわち水平の場合、ミノムシは線状路上で最初に進行し始めた方向を維持して移動し続ける。具体的には、線状路が環状で、かつ水平なときに、係止させたミノムシが時計回りに移動し始めれば、その後も原則として時計回りを維持する。一方、前述のようにミノムシには現在の位置からより高い位置へと移動する性質がある。したがって、線状路が水平ではなく、勾配を有する場合には、線状路の最も低い位置にミノムシを係止させることで、線状路に沿ってより高い位置の方向に向かって移動する。これらの性質を利用して、線状路上のミノムシを所望の方向に移動させることが可能となる。
前述のようにミノムシは、本来は移動の際に進行方向に向かってジグザグ状に足場糸を吐糸する。ところが、本発明の方法によれば、ミノムシは、足場絹糸を線状路に対してほぼ平行に吐糸するようになる。これは線状路の構造とミノムシの性質に基づくものである。本発明の方法で使用する線状路は、ミノムシの脚部が係止可能で、かつ第3態様で詳述する特定の幅を有する。このような構造の線状路上を移動する場合、ミノムシは、足場絹糸をジグザグ状に吐糸することが困難となり、線状路に対してほぼ並行に吐糸するようになる。平行に吐糸された足場絹糸は、自重を支える上で十分な固定強度と適切な歩幅間隔を備えることができない。しかし、この場合、ミノムシは、線状路自体に脚部を係止することで、移動が可能となる。つまり、本発明の方法で吐糸される足場絹糸は、移動のための足場という本来の機能を果たすことなく、移動行動に伴う本能的行動として吐糸されていると考えられる。本発明の方法は、その性質を利用している。
本工程において使用するミノムシは、野外で採集した個体であっても、また人工飼育下で累代した個体であってもよい。いずれも飢餓状態でない個体が好ましく、使用前に十分量の食餌を与えた個体がより好ましい。吐糸させる個体が飢餓状態でなければ、十分な食餌を与えられたミノムシは、上記条件下で1時間~4日間、3時間~3日間、又は6時間~2日間の期間、線状路上を移動しながら連続して吐糸し続ける。ミノムシに吐糸させ続けるためには、線状路の構造が終点のない、すなわち端部にない閉環状か、使用するミノムシが容易に横断可能な間隙を一以上有する開環状であることが好ましい。
本発明の方法によって、連続する1m以上のミノムシの足場絹糸を取得することができる。
1-4.効果
本発明のミノムシに長尺の絹糸を吐糸させる方法によれば、ミノムシに連続的に吐糸させることができる。この方法によって、これまで生産が不可能とされてきた実用化レベルの長尺なミノムシ絹糸で、かつより強靭な足場絹糸を量産することができる。
2.長尺ミノムシ絹糸生産方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、長尺ミノムシ絹糸を生産する方法である。本発明の生産方法によれば、従来取得が困難であった長尺のミノムシの足場絹糸を容易、かつ安定的に、そして大量に生産することができる。本発明の生産方法は、例えば、第3態様に記載の長尺ミノムシ絹糸の生産装置を用いて実施することができる。
2-2.方法
本発明の生産方法のフローを図4に示す。本発明の生産方法は、必須工程として吐糸工程(S401)及び回収工程(S402)を含む。また選択工程として、精練工程(S403)及び/又は撚糸工程(S404)を含む。図4では、回収工程(S402)後に精練工程(S403)を行い、その後、撚糸工程(S404)を経る基本フローを示しているが、選択工程に関しては、基本フローに限定されない。例えば、後述するように、精練工程(S403)は回収工程(S402)と同時に行うこともでき、また撚糸工程(S404)は回収工程(S402)後、精練工程(S403)に先立ち行うこともできる。以下、各工程について具体的に説明をする。
(1)吐糸工程(S401)
「吐糸工程」は、ミノムシの活動条件下において、特定の幅を有し、かつ使用するミノムシの脚部を係止可能な線状路に、巣を保持したミノムシの脚部を係止させて線状路に沿って連続して吐糸させる工程である。
本工程の詳細は、前記第1態様に記載のミノムシに長尺絹糸を吐糸させる方法の吐糸工程に準じる。したがって、ここでの具体的な説明は省略する。本工程では、ミノムシに1m以上吐糸させる。
(2)回収工程(S402)
「回収工程」は、吐糸工程後の線状路からミノムシを回収、除去した後、線状路上に付着した長尺のミノムシ絹糸の束を回収する工程である。本工程でミノムシから取得する足場絹糸は、セリシン様の接着物質によって、線状路上に付着した吐糸繊維である。回収方法は、回収時にミノムシ絹糸を断裂させない方法であれば、特に限定しない。例えば、ミノムシ絹糸を線状路から剥離器等を用いて物理的に剥離することによって回収することができる。特に線状路表面が滑面の場合や、吐糸工程前の線状路表面に剥離剤が予め塗布されていれば、剥離は容易である。この方法によれば、線状路に沿ったほぼ平行なミノムシ絹糸の吐糸繊維を回収することができる。
また、線状路表面が粗面の場合や複雑な凹凸がある場合には、ミノムシ絹糸はセリシン様の接着物質によって線状路上に強固に付着しており、剥離や回収が困難となる。このような場合には、回収時のミノムシ絹糸の断裂を防ぐため本工程と次述する精練工程を同時に行ってもよい。この方法であれば精練によって接着物質が分解除去されることから線状路からのミノムシ絹糸の回収が容易になる。また回収と同時に精練するため、精練工程後と同様に接着物質が除去された単繊維として得ることができる。本工程によって、これまで物理的に取得することができなかった1m以上のミノムシの足場絹糸を得ることが可能となる。
(3)精練工程(S403)
「精練工程」は、長尺絹糸を精練する工程である。「精練」とは、吐糸後の絹糸(吐糸繊維)からセリシン様の接着物質を除去し、単繊維を得ることをいう。通常は、前記回収工程後に行われるが、前述のように回収工程と同時に行うこともできる。また、後述するように、本工程に先立ち、撚糸工程が回収工程後に行われた場合には、撚糸工程後に行うこともできる。本工程は、選択工程であり、必要に応じて行えばよい。
精練方法はミノムシ絹糸の繊維成分の強度低下を与えずに接着物質を除去できる方法であれば、特に限定はしない。例えば、カイコ絹糸の精練方法を適用してもよい。具体的には、0.01mol/L~0.1mol/L、0.03~0.08mol/L、又は0.04~0.06mol/Lの炭酸水素ナトリウム溶液中に、回収工程で回収したミノムシ絹糸を5分~1時間、好ましくは10分~40分間、より好ましくは15分~30分間煮沸処理すればよい。本工程によって、1m以上の足場絹糸の単繊維を得ることができる。
(4)撚糸工程(S404)
「撚糸工程」は、回収工程後、又は精練工程後に得られたミノムシ絹糸を撚る工程である。「撚糸」とは、糸に撚りをかけることをいう。本工程では、複数本のミノムシ絹糸の吐糸繊維及び/又は単繊維を撚ることで、強靭性を備えたミノムシ生糸を製造する。
撚糸工程は、精練工程後に得られるミノムシ絹糸の単繊維を束にして加撚する他、回収工程後に得られるミノム絹糸の吐糸繊維を束にして加撚することもできる。前者の場合には、接着物質が除去された加撚ミノムシ絹糸が得られる。一方、後者の場合には、吐糸繊維で構成された接着物質を包含する加撚ミノムシ絹糸が得られる。したがって、精練工程を経ずに、接着物質を包含するままの絹糸として利用してもよいし、必要に応じて精練工程を行い、接着物質が除去された加撚ミノムシ絹糸を製造してもよい。
本工程では、ミノムシ絹糸以外の繊維、例えば、カイコ絹糸等の動物繊維、綿等の植物繊維、ポリエステル等の化学繊維、又はレーヨン等の再生繊維等と混合して束にした後、撚ることもできる。1本の加撚ミノムシ絹糸を生産する場合、それを構成する吐糸繊維及び/又は単繊維の本数は特に限定はしない。例えば、2~200本、4~150本、6~100本、8~50本、又は10~30本の範囲が挙げられる。
撚糸方法は特に限定はしない。当該分野で公知の撚糸方法で行えばよい。例えば、右撚り(S撚り)や左撚り(Z撚り)が挙げられる。撚りの回数は、必要に応じて適宜定めればよい。太いミノムシ絹糸を生産する場合には、加撚ミノムシ絹糸をさらに複数本より合わせる諸撚りを採用することもできる。撚糸作業は、手作業の他、撚糸機を利用してもよい。
本発明の生産方法で得られるミノムシ絹糸は長尺であるが、それらを紡いで、より長いミノムシ絹糸することもできる。
2-3.効果
以上の工程を経ることによって、従来生産が不可能とされてきた1m以上の長尺ミノムシ絹糸を単繊維として、又は集合繊維として、生産することができる。したがって、本発明の長尺ミノムシ絹糸を材料として、単独で、又は他の繊維と混合して、これまで不可能だったミノムシの足場絹糸を含む織布を製造することも可能となる。ミノムシ絹糸の織布は、美しく、滑らかで、かつ引っ張り強度に優れている。したがって、長尺ミノムシ絹糸は、衣服のみならず、クモ糸と同様に医療素材や防護服などの特殊素材として有望である他、高級布製品(例えば、強い摩擦が加わる布張りの高級座椅子やソファー、カーテン、又は壁紙等)にも利用することができる。
本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法によれば、葉片や枝片等の夾雑物を含まない1m以上の純粋なミノムシ由来の長尺足場絹糸を量産することができる。
3.長尺ミノムシ絹糸の生産装置
3-1.概要
本発明の第3の態様は、長尺ミノムシ絹糸の生産装置である。本発明の生産装置は、必須の構成要素として、特定の幅で、かつ脚部を係止可能な線状路を備えることを特徴とする。本発明の生産装置によれば、ミノムシから長尺足場絹糸を容易に得ることができる。
3-2.構成
本発明の生産装置は、必須の構成要素として線状路を備える。以下、線状路について説明をする。
本明細書で「線状路」とは、線状形態を示すミノムシ用歩行路である。ここでいう「線状形態」とは、同一又は同程度の幅を有する1本のレール状形態をいい、その断面形状は、特に限定しないが、円形、略円形(楕円形を含む)、多角形(方形、略方形を含む)又はそれらの組み合わせ形状等が挙げられる。
線状路の長さは、特に限定はしない。ミノムシは線状路に沿って足場絹糸を吐糸することから、原則として線状路が長いほど長い足場絹糸を採取することができる。ただし、本発明の第1態様の方法であれば、線状路上に足場絹糸が積層するように吐糸させても回収可能なことから、線状路上を何度も行き来させることで線状路の長さ以上の足場絹糸を採取することもできる。例えば、線状路を閉環状か、使用するミノムシが横断可能な程度の間隙を有する開環状にすればよい。この場合、ミノムシは、環状の線状路を周回することから、線状路が限られた長さであっても長尺の絹糸を得ることができる。ここでいう閉環状又は前記開環状とは、円形形状、略円形形状、方形形状、略方形形状、多角形形状、及びそれらの組み合わせを含む。
本明細書において線状路は、ミノムシが脚部を係止して自重を支えるための支持部材となるだけでなく、線状という形態とその幅が、本発明の生産装置の目的達成上で重要な要件となる。すなわち、本発明の生産装置の線状路は、以下の3つの条件を満たすように構成されている。
第1の条件は、線状という形態である。ミノムシの歩行路を線状形態にすることで、ミノムシは、平面方向への自由移動が制限され、原則として線状路に沿った線方向の移動しかできなくなってしまう。この線状路の形態によって、ミノムシの動きをある程度制御することが可能となる。
第2の条件は、線状路の幅が本発明の生産装置に適用するミノムシの最大開脚幅よりも短いことである。
本明細書で「線状路の幅」とは、線状路において、脚部の係止に直接関与する部分の長さをいう。これは、概ね線状路の短軸の長さに相当する。線状路の幅の上限は、本発明の生産装置に使用するミノムシの最大開脚幅未満の長さである。一方、下限はミノムシが脚部を係止可能である限り、特に限定はしない。例えば、厚さが0.5mm程の薄い板金の縁部であってもよい。図5Aで示す線状路では、断面の直径(φ)が線状路の幅に相当する。
本明細書で「ミノムシの最大開脚幅」とは、図5Bで示すようにミノムシが左右の脚部を左右に最大限に広げたときの幅(W1及びW2)をいう。ミノムシには左右3対(前脚、中脚、後脚)があるが、最大開脚幅は、このうち最も長い(広い)開脚幅以外、すなわち2番目に長い開脚幅か、最も短い開脚幅とすることが好ましい。より好ましくは、最も短い(狭い)開脚幅である。図5Bでは、3対の中で中脚(ML)の最大開脚幅(W1)が最も広く、後脚の最大開脚幅(W2)が最も短い。したがって、線状路の幅を決定する際のミノムシの最大開脚幅は、前脚又は後脚の最大開脚幅、特に後脚の最大開脚幅であるW2とすることが好ましい。この最大開脚幅は、ミノガの種類、雌雄、及びミノムシの齢等によって異なるが、同種のミノムシで同程度の齢であれば概ね一定の範囲内に収まる。例えば、オオミノガの若齢ミノムシ(約1~3齢)であれば2mm~4mm、又は3mm~5mm、中齢ミノムシ(約4~5齢)であれば3mm~7mm、又は4mm~8mm、及び亜終齢又は終齢ミノムシであれば4mm~9mm、5mm~10mm、又は6mm~12mm、またチャミノガの若齢ミノムシ(約1~3齢)であれば1.5mm~3.5mm、中齢ミノムシであれば2.5mm~6mm、又は3mm~7mm、及び亜終齢又は終齢ミノムシであれば3.5mm~8mm、4mm~9mm、又は5mm~10mmの範囲内となる。したがって、線状路の幅は、使用するミノムシの種類や齢、又は雌雄に応じて適宜変更すればよい。線状路の幅は、次で説明する脚部の係止との関係から、使用するミノムシの種の各齢における最大開脚幅の範囲のうち、最も短い(狭い)長さよりも短くすることが好ましい。
また、第3の条件は、ミノムシが線状路に脚部を係止できることである。
「線状路に脚部を係止」する具体例としては、3対6本の脚部のうち少なくとも左右1本ずつで線状路を挟み込むように係止する場合が挙げられる。例えば、図6Aは針金で構成された線状路(矢印)を真上から撮影した図であるが、ミノムシは線状路を下から6本の脚部(矢頭)で挟み込んで係止し、太矢印の方向に移動している。この場合、ミノムシは線状路に対して下方からぶら下がった状態となっている。本明細書では、このようにミノムシが下方からぶら下がる状態の場合、線状路面は下方を向いているとする。図6Aでは、線状路面はミノムシの腹部が面する面であり、図からは死角となっている。
また、左右いずれか一方の側の脚部で、線状路に対して肩を掛けるように係止する場合が挙げられる。例えば、図6Bでは、板金の縁部で構成される線状路(矢印)を斜め上方から撮影した図であるが、ミノムシは右側3本の脚部(矢頭)を線状路の上にフックのように引っ掛けて太矢印の方向に移動している。この場合、ミノムシは肩掛けするように線状路に対して側方からぶら下がる状態となっている。本明細書では、このようにミノムシが側方からぶら下がる状態の場合、線状路面は上方を向いているとする。図6Bの場合、線状路面は、ミノムシの脚部が係止された面が該当する。
線状路の幅が本発明の生産装置に適用するミノムシの最大開脚幅よりも短い場合でも、ミノムシが係止できない場合には線状路としての要件を満たさない。例えば、線状路が滑面素材の板状部材における縁部として構成される場合、図7に示すA~Fの形態等が例示される。前提としてA~Fのいずれも線状路の幅はミノムシの最大開脚幅よりも短いものとする。このうちA~Cは、線状路面が上方を向いた構成である。Aは、板状部材と縁部(線状路:701)に凹凸がない形態であり、Bは線状路が板状部材の厚さよりも左右両面で厚くなり、凸部を形成した形態であり、そしてCは線状路が板状部材の厚さよりも一方の面のみで厚くなり、凸部を形成した形態である。いずれの場合にも、ミノムシは係止可能である。一方、D~Fは、線状路面が下方を向いた構成である。D~Fの線状路の構成は、それぞれA~Cのそれに準ずる。このうちE及びFは、線状路が凸部を構成しているためミノムシは係止可能であるが、Dには足掛かりとなる凹凸がないため係止できない。したがって、Dのような構成の場合には、係止可能の要件を満たしていないことになる。
線状路の素材は、限定はしない。例えば、金属、陶器(ホーローを含む)、ガラス、石、樹脂(合成樹脂及び天然樹脂を含む)、木質材料(枝、蔓、竹等を含む)、繊維、骨や牙、又はそれらの組み合わせを利用することができる。ミノムシの咬力によって傷つかない強度を有する素材が好ましい。例えば、金属、陶器、ガラス、石等は好適である。また、吐糸されたミノムシ絹糸の回収を容易にするために、ミノムシ絹糸が付着する部位は、滑面素材であることが好ましい。ここでいう「滑面素材」とは、金属、ガラス、プラスチックのように加工によって素材自体が滑面に仕上がる素材をいう。また、木質材料や繊維のように、滑面仕上げが困難な素材であっても、その表面を塗料等で被覆することで滑面にした素材も包含される。
線状路を含む部材(線状路部材)の形状は限定しない。例えば、針金のように線状路の部材が線状路そのものを構成する線状又は紐状であってもよいし、又は板状であってもよい。線状路部材が板状の場合、線状路はその縁部に含まれる。このとき板状部材と縁部の素材は同じであってもよいし、異なっていてもよい。
線状路の実施形態について、図8~10で具体的に例を挙げて説明をする。図8は板状部材(801)の縁部として構成された線状路の例である。この図の線状路(802)は、線状路面が上方を向いた閉環状形態を有する。この生産装置の線状路に配置されたミノムシ(803)は、原則として矢印方向に移動し続ける。図9は針金のような線状部材で構成された線状路の例である。この図の線状路(901)は、らせん状形態を有する。ミノムシ(902)は上方向に移動する性質があることから、この装置の線状路の下端にミノムシを配置すれば、ミノムシは吐糸しながら、上方向に移動する。ミノムシがらせん状線状路の上端に達したときに、装置を上下反転すれば、ミノムシの位置は再び線状部の下端に位置するため、ミノムシは連続して吐糸し続けることができる。また、図10は、線状路が環状線状路と直線状線状路の組み合わせで構成された例である。図10では、針金のような線状部材で構成された2つの閉環線状路(1001、1002)が1本の直線状の線状路(1003)で連結されている。ミノムシ(1004)は、矢印方向に移動した後、装置内の線状路を往復及び/又は周回し続ける。
本発明の生産装置における線状路は、勾配を有していてもよい。勾配は水平面に対して、上方0度~70度若しくは0度~50度、又は下方0度~70度若しくは0度~50度の範囲内であることが好ましい。ここでいう上方及び下方は線状路面が向く方向である。例えば、図11に示すように、本発明の生産装置が板状部材の縁部として線状路を備え、その線状路面が図11Aで示すように、上方を向く場合、水平面と線状路面との勾配(a)が0度~70度の範囲となるようにする。また線状路面が図11Bで示すように、下方を向く場合、水平面と線状路面との勾配(b)が0度~70度の範囲となるようにする。
3-3.効果
本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産装置によれば、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法を容易に実施することが可能であり、この生産装置を用いることで、これまでに生産することができなかった1m以上の長尺ミノムシの足場絹糸を容易に得ることができる。
<実施例1:長尺ミノムシ絹糸の生産>
(目的)
本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法により、ミノムシの足場絹糸を生産する。
(方法)
ミノムシは、茨城県つくば市内の果樹農園で採集したオオミノガの終齢幼虫を使用した(n=50)。長尺ミノムシ絹糸の生産には、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産装置を用いた。生産装置には、略方形の金属缶を使用した。この金属缶の側面に相当する板状部材の上方には、縁部として、線状路面が上方を向いた幅1.7mm、周長1.1mの閉環線状路を備えている。この金属缶の容器内底部にミノムシ1頭を配置した。ミノムシが線状路に達し、線状路上に吐糸しながら周回するのを確認した後、そのまま2日間放置した(吐糸工程)。2日後、ミノムシを装置から回収、除去し、線状路上に積層されたミノムシ絹糸(足場絹糸)を剥離器で剥離して、略方形環状のミノムシ絹糸の束(絹糸束)を回収した(回収工程)。得られた絹糸束を構成する吐糸繊維の本数と線状路の周長から吐糸された足場絹糸の長さを算出した。続いて、ミノムシ絹糸に付着する接着性物質を精練した。精練条件は、0.05mol/Lの炭酸ナトリウム水溶液で15分間煮沸した後、新たな水溶液と交換後、再度15分間煮沸した(精練工程)。合計30分の精練処理後に、ミノムシ絹糸を純水で十分に洗浄した後、風乾した。精練後に得られた150本以上のミノムシ絹糸(単繊維)を手で撚り、ミノムシ絹糸の生糸を作製した(撚糸工程)。このミノムシ絹糸の生糸を経糸及び緯糸に用いて編み、ミノムシ絹糸からなる織布を作製した。
(結果)
容器内底部に配置したミノムシは、その後、自発的に壁面を登り、壁面上部に位置する閉環線状路に達した後には、線状路に沿って連続して吐糸しながら、同方向に周回し続けた。1.1mの線状路をミノムシが吐糸しながら1周するのに要した時間は、約5分30秒~約7分30秒であった。この結果から、オオミノムシの終齢幼虫は、150mm~200mm/min(1100mm/7.5min~1100mm/5.5min)程度の速度で吐糸できることが明らかになった。この吐糸速度は、カイコのそれ(300~400mm/min)の約1/2に匹敵する(小松計一, 1997,「シルクへの招待」, サイエンスハウス, p20)。
図12は、回収工程後に得られたミノムシ絹糸の束をボビン(a)、又は絵筆の柄(b及びc)に巻きつけた状態を示している。従来技術では、巣絹糸の吐糸繊維を50cm回収することすら困難でであったが、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法により、長尺の足場絹糸をミノムシから得ることが可能になった。
図13Aは、回収工程後に得られたミノムシ絹糸の束を実体顕微鏡で観察した図である。この図で得られたミノムシの足場絹糸は、いずれも同方向にほぼ並行で、互いに複雑に絡み合っていないことが確認できた。また、図の絹糸束は、回収工程後に線状路上から剥離、回収された状態のものである。絹糸束を構成する吐糸繊維の本数を正確に算出することは困難であったが、最も少なく見積もって150本以上で構成されていた。この結果は、ミノムシが吐糸しながら閉環線状路を最低150回周回したことを意味している。線状路の全長が1.1mであることから、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法により、どんなに少なく見積もっても165m以上(1.1m×150)のミノムシの足場絹糸を生産できたことになる。従来技術では1m以上のミノムシ絹糸を安定的に得ることがほとんど不可能であったことを鑑みれば、この結果は、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法の顕著な効果を実証している。条件を最適化して、より長時間、ミノムシに吐糸させることで、さらに長いミノムシ絹糸を得ることが可能である。
また、本工程で得られるミノムシ絹糸は、金属製の線状路から回収した足場絹糸のため、葉片や枝片を一切含まない純粋なミノムシ絹糸である。なお、この工程で得られたミノムシ絹糸は、セリシン様の接着物質が残っているため若干毛羽立った状態となっている。
図13Bは、精練工程後のミノムシ絹糸の束を実体顕微鏡で観察した図である。精練によって接着物質が完全に除去され、毛羽立ちもなくなり、単繊維のみの状態となったことが確認できた。
図13Cは、撚糸工程後のミノムシ絹糸を観察した図である。加撚することで、通常のカイコ絹糸と同様に艶やかで強靭な生糸となることが確認できた。
図13Dは、撚糸後のミノムシ絹糸を編んで作製した織布の拡大図である。本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産方法によって、これまで不可能であったミノムシ絹糸を用いて織布を作製できることが立証された。
<実施例2:ミノムシの連続吐糸行動の検証>
(目的)
ミノムシは、その性質上、少なくとも移動時には足場絹糸を吐糸する。したがって、線状路を移動している限り、連続して吐糸をし続けていることになり、それはまた、本発明で得られるミノムシ絹糸の単繊維の長さに相当する。そこで、本発明の長尺ミノムシ絹糸の生産装置でミノムシが連続して何時間吐糸できるかを検証した。
(方法)
ミノムシは、農業・食品産業技術総合研究機構の敷地内の樹木から採集したチャミノガの終齢幼虫を使用した(n=8)。生産装置には、幅0.85mm、周長235mmの閉環線状路を備えた直径75mmφのステンレスシャーレを使用した。このステンレスシャーレの底部にミノムシ1頭を配置した後、ミノムシが線状路上を移動開始した時点から停止するまでの時間を計測した。
(結果)
計測した連続吐糸時間と吐糸長を表1に示す。
Figure 0006998032000001
チャミノガのミノムシは、線状路上を34時間~51時間も間断なく移動しながら足場絹糸を吐糸し続けることが明らかとなった。つまり、本発明の長尺ミノムシの生産装置を用いることで、特段の条件や操作を必要とせずに、また摂食や休息がなくても、約1日半から約2日間は連続吐糸が可能なことが判明した。
吐糸工程後の線状路からは、実施例1と同様に、線状路にほぼ平行した絹糸束が得られた。生産装置における線状路の周長から算出したミノムシ絹糸の長さは306m~459mに及ぶことが明らかとなった。
なお、ステンレスシャーレの線状路を1周するのに要した時間から、チャミノガの終齢幼虫はオオミノガの終齢幼虫とほぼ同じ速度で吐糸できることが明らかになった。
<実施例3:ミノムシ絹糸の力学的特性の検証>
(目的)
ミノムシ絹糸の力学的特性を検証する。
(方法)
ミノムシ絹糸は、精練前の吐糸繊維(ジフィラメント)を用いた。足場絹糸には、実施例1の回収工程後に得られた吐糸繊維の一部を使用した(n=9)。また、巣絹糸には、オオミノガの終齢幼虫の巣の最内層から採糸した絹糸を使用した(n=5)。巣絹糸は、オオミノガの巣を切り開き、最内層表面より約30mmの試料を手作業で採糸した。
それぞれのミノムシ絹糸を用いて引張り試験を行い、初期弾性率、破断強度、破断伸度、及びタフネスの4項目の力学特性について評価した。ここで、初期弾性率とは、試料を引張った際に、力と変形量が比例する関係、すなわちフックの法則を満たす変形域での比例定数に相当し、応力ひずみ曲線の初期勾配の傾きとして与えられる。一般に数値が大きいほど引張り応力に対する変形が小さく、硬い性質であることを意味する。また、破断強度とは、破断に至る直前の応力をいう。一般に数値が大きいほど強い応力に耐えられることを意味する。さらに、破断伸度とは、破断に至るまでの伸びをいう。一般に数値が大きいほどよく伸びることを意味する。そして、タフネスとは、破断に至るまでに必要な仕事(エネルギー)を意味し、応力ひずみ曲線の面積で与えられる。一般に数値が大きいほど切れにくいことを意味する。
測定は、引張り試験機(SHIMADZU Co., EZ Test)により、5Nのロードセルを用いて行った。測定条件は、チャック間距離(初期試料長):13mm、引張り速度:10mm/min、測定環境:室温25℃、湿度30%とした。
引張り試験により測定した値をミノムシ絹糸における単繊維の断面積で除した応力に変換することで、応力ひずみ曲線を作成し、上記4項目についての評価を行った。単繊維の断面積は、以下のように算出した。ミノムシから吐糸された足場絹糸及び巣絹糸は、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると、いずれも図3で示すような扁平単繊維(モノフィラメント)2本が繊維の長軸方向で接着物質により結合した形態を示す。図3Bで示すように、単繊維の断面は楕円形で、その楕円長軸の半径aと楕円短軸の半径bの比の値(a/b)を評価した結果、足場絹糸及び巣絹糸ともに区別なくa/b=1.67±0.12(n=15)であった。測定に使用する試料ごとにミノムシ絹糸を構成する2本の単繊維の楕円長軸半径aを光学顕微鏡(KEYENCE, BZ-X700)により測定し、いずれもa/b=1.67の楕円状断面を仮定した上で、楕円面積の公式(A=πab)に従い各単繊維の断面積を算出した。
(結果)
算出された各力学特性値を表2に示す。この表では、対照用として参考文献から引用したチャミノガ由来のミノムシ絹糸、カイコガ由来のカイコ絹糸、及びオニグモ由来のクモ糸における力学特性値を示している。対照用の各力学特性値の算出方法は、本実施形態の各力学特性値の算出条件と同じである。
Figure 0006998032000002
(参考文献)
*1:大崎茂芳, 2002, 繊維学会誌(繊維と工業), 58: 74-78
*2:Gosline J. M. et al., 1999, 202, 3295-3303
表1に示すように、オオミノガ由来のミノムシ絹糸は、足場絹糸と巣絹糸の少なくとも2種類が存在し、それぞれの力学的特性が異なることが明らかとなった。また、初期弾性率、破断強度、及びタフネスの力学特性値は足場絹糸の方が巣絹糸よりも高いことが明らかとなった。
一方、オオミノガのミノムシ絹糸、特に足場絹糸は、カイコガ由来のカイコ絹糸やオニグモ由来のクモ糸と比較しても、極めて優れた力学的特性を有していた。例えば、オオミノガミノムシの足場絹糸の、弾性率はカイコ絹糸の約5倍、またクモ糸の3倍以上、破断強度はカイコ絹糸の3倍以上、またクモ糸の約2倍、タフネスはカイコ絹糸の4倍以上、またクモ糸の1.7倍以上であった。また、破断伸度は、カイコ絹糸の1.3倍以上、またクモ糸にほぼ匹敵する値であった。

Claims (4)

  1. ミノムシに長尺の絹糸を吐糸させる方法であって、
    使用する前記ミノムシの左右最大開脚幅未満の幅を有し、かつ前記ミノムシの脚部を係止可能な線状路に、巣を保持した前記ミノムシの脚部を係止させて前記線状路に沿って連続して吐糸させる工程
    を含む、前記方法。
  2. 前記線状路が閉環状又は前記ミノムシが横断可能な間隙を一以上有する開環状である、請求項1に記載の方法。
  3. 前記線状路が上方0度~70度又は下方0度~70度の勾配を有する、請求項1又は2に記載の方法。
  4. 連続して吐糸させる絹糸の長さが1m以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
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