JP6647734B2 - 心的外傷後ストレス障害治療薬のスクリーニング方法 - Google Patents

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本発明は、恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物を用いた、記憶の忘却を指標とする心的外傷後ストレス障害の治療薬のスクリーニング方法に関する。より詳しくは、非ヒト動物に対して恐怖記憶を想起させ、海馬依存性を復活させる第一工程と、この第一工程後、非ヒト動物に対して海馬における神経新生を促す被検物質を投与する第二工程と、を含む心的外傷後ストレス障害の治療薬のスクリーニング方法に関する。
対人関係、職業、生活環境、経済問題などの不安因子が多い現代社会において、心身症や心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder:PTSD)等に代表され
る「こころの病気」は、一種の社会問題となっており、それらの病を患う人数には年々増加傾向が見られる。前記心的外傷後ストレス障害(PTSD)は生涯有病率が約10%と言われ、WHOの予測によれば、その患者数が今後、劇的に増加することが示唆されている。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、例えば、地震などの自然災害、交通事故、性的被害や家庭内暴力等の人災など、生死に関わるような衝撃的な出来事を経験することにより、この衝撃的な出来事による心的外傷(トラウマ)、すなわち、恐怖体験のトラウマ記憶(恐怖記憶)が原因として発症する精神障害である。この心的外傷後ストレス障害の主な症状には、(1)フラッシュバックや再体験などの侵入症状、(2)心的外傷(トラウマ)に関わる事物からの回避や感情の委縮などの麻痺、(3)睡眠障害や過度の驚愕反応などの過覚醒、などがある。
この心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法としては、持続エクスポージャー療法(prolonged exposure therapy;PE)が国際的に推奨されている。この持続エクスポージャー療法(PE)は、認知行動療法の一つであり、心的外傷(トラウマ)となった衝撃的な出来事を思い出して語らせ、心的外傷(トラウマ)の恐怖に徐々に慣れさせ、最終的には、衝撃的出来事を思い出しても危険がないことや、言葉にすることによって心的外傷(トラウマ)を乗り越えられることを学習する治療法である。
近年、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症には、原因となった衝撃的な出来事による恐怖記憶が密接に関与していると考えられている。前記恐怖記憶は脳にて形成されるため、脳における恐怖記憶制御の破綻が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症に大きく関わっていると考えられている。
ここで、ヒトを含む高等動物の生物種における記憶の形成過程について説明する。これらの生物種は、何らかの事象を経験することにより、一時的にしか保存できない不安定な短期記憶を獲得する。この短期記憶は、海馬における初期応答遺伝子を代表とする遺伝子群の発現を介した「固定化」と呼ばれるプロセスを経て、長期的に脳に保持される長期記憶へと変換される。
また、記憶を想起させる工程では、固定化され、保持されている長期記憶が短期記憶と同様、不安定な状態へと戻されていることが示されている。このような想起後の不安定な記憶を脳内に再貯蔵する「再固定化」と呼ばれるプロセスが存在し、この記憶の「再固定化」には「固定化」と同様、海馬における遺伝子発現が必要であることが知られている。
そして、脳にて形成された記憶は、この記憶が形成されてからある一定の期間は海馬に依存して想起される一方、その期間を超えて脳内貯蔵された「古い(昔の)記憶」は、海馬に依存せず、大脳皮質に依存して想起されることが知られている。一方、恐怖記憶の場合には、恐怖体験を伴わずに恐怖記憶を思い出すだけの状態が維持されると、恐怖記憶に反応して恐怖を感じる必要がないことを記憶し、恐怖記憶が抑制される、記憶の「消去」が起こる。この「消去」は持続エクスポージャー療法(PE)の生物学的基盤であると知られている。
一方、本発明の発明者は、マウスにおいて、恐怖条件付け記憶の安定性に関する解析を行った(非特許文献1)。この解析では、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を用いた。この恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)では、先ずトレーニング(恐怖条件付け)として、床面に電線が配置され、条件刺激(conditioned stimulus;CS)となるチャンバーにマウスを3分間入れ、非条件刺激(unconditioned stimulus;US)となる電気ショックを与え、恐怖記憶を形成させた。
そして、最近の記憶、すなわち海馬に依存して想起される記憶の安定性を解析するため、前記トレーニングの24時間後に再度同一のチャンバー内にマウスを3分間戻し、恐怖記
憶を想起させた(再エクスポージャー)。この再エクスポージャーの直前に、タンパク質合成阻害剤であるアニソマイシン(ANI)をマウスの腹腔内に投与し、恐怖記憶が破壊されるかを観察した。
その結果、このような最近の記憶の場合には3分間チャンバーに戻すことで、当該記憶
の破壊が観察された。一方、古い記憶、すなわち海馬に依存せずに想起される記憶の安定性を解析するため、前記トレーニングの8週間後に再度同一のチャンバー内にマウスを3分間または10分間戻し、恐怖記憶を想起させた(再エクスポージャー)。この再エクスポージャーの直前に、タンパク質合成阻害剤であるアニソマイシン(ANI)をマウスの腹腔内に投与し、恐怖記憶が破壊されるかを観察した。
その結果、3分間チャンバーに戻した場合には、タンパク質合成阻害による恐怖記憶の破壊は観察されなかった。これに対し、10分間チャンバーに戻し、恐怖記憶を長く想起させた場合には、恐怖記憶の破壊が観察された。この解析から、古い恐怖記憶に関しては、長い時間想起されることで、記憶の「再固定化」が誘導されることが明らかとなった。
また、本発明者は、受動的回避反応課題を用いて、マウスを明箱から暗箱に移動した際に電気ショックを与えて恐怖記憶を形成させ、その後明箱にマウスを戻した際の影響を解析した(非特許文献2)。この解析により、本発明者は、記憶の想起後に記憶の「再固定化」というプロセスを経ることで、恐怖記憶が増強されることを明らかにした。すなわち、記憶の「再固定化」が記憶の増強に寄与することを明らかにした。
これら記憶の形成過程に関する解明事実から、前述した心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症原因は、恐怖記憶が益々強くなる「過度の記憶の再固定化」や恐怖記憶からの恐怖感を脱することができなくなる「恐怖記憶消去の異常」と捉えることできると考えられている。このため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法として、記憶の「再固定化」又は「消去」を標的とした薬剤投与によるものが案出されている。例えば、NMDA受容体アゴニストであるD-サイクロセリンは、記憶の「消去」を促進することが
知られ、この事実から前記持続エクスポージャー療法(PE)にD-サイクロセリンの投与を併用した治療法の研究が行われている。
一方近年、成体の脳の海馬歯状回において、神経細胞が新規に産生されていること(以下、「神経新生」という)が明らかとなり、これに基づいて脳疾患に対して神経再生促進を利用した新たな治療法の開発が示唆されている。しかし、脳における神経新生の役割については明らかになっていなかった。
これに対し、本発明者は、海馬歯状回における神経新生を増加させると知られている、NMDA型グルタミン酸受容体の非競合的阻害剤であるメマンチンを用い、脳における記憶形成能力に対する神経新生の役割を検出した(非特許文献3)。
その結果、前記メマンチンの投与により、海馬における神経新生が亢進され、成熟したばかりの若い神経細胞が記憶形成能力の向上に寄与していることが初めて明らかとなった。
Suzuki et al.,「Memory Reconsolidation and Extinction Have Distinct Temporal and Biochemical Signatures」The Journal of Neuroscience May 19,2004 Fukushima et al., 「Enhancement of fear memory by retrieval through reconsolidation」eLife June 24, 2014 Ishikawa et al.,「Time-dependent enhancement of hippocampus-dependent memory after treatment with memantine: Implications for enhanced hippocampal adult neurogenesis.」Hippocampus 2014 Jul;24(7):784-93
上述の如く、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症には、原因となった衝撃的な出来事による恐怖記憶が密接に関与していると考えられている。このため、恐怖記憶の「忘却」を促すことができる、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬を容易に検出することは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の根本的な治療薬の案出、更には治療薬開発にかかる労力やコストを抑制のため、非常に重要な課題となっている。
また上述のように、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法として、前記持続エクスポージャー療法(PE)にD-サイクロセリンの投与を併用した治療法の研究が行われている。しかし、持続エクスポージャー療法(PE)の過程において、恐怖記憶が再固定化されようとしているのか、あるいは、恐怖記憶の消去が起こっているのかを見極めることはできていない。また、前記D-サイクロセリンは、記憶が再固定化されようとしている時に投与すると恐怖記憶が増強され、却って心的外傷後ストレス障害(PTSD)の悪化を招いてしまうとの見解が存在する。これらの課題からすれば、前記持続エクスポージャー療法(PE)にD-サイクロセリンの投与を併用する治療法は、D-サイクロセリン投与のタイミングを見極める必要があり、投与のタイミングを誤ると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療を遅滞させる可能性があった。
そこで、本発明は、恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物を用いた、記憶の忘却を指標とする心的外傷後ストレス障害の治療に対する被検物質のスクリーニング方法を提供することを主な目的とする。
本発明者は、前記課題解決のために鋭意検討した結果、恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物に対し、海馬における遺伝子発現を誘導させる程度まで恐怖記憶を想起させた後、当該非ヒト動物に対して海馬における神経新生を促す工程に供することにより、貯蔵後長期間経過して、海馬依存性を失った古い恐怖記憶であろうとも、忘却されることを新規に見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物における恐怖記憶が海馬非依存的な記憶へと変換された状態において、当該非ヒト動物に対し、前記恐怖記憶を想起させて海馬依存性を復活させる、すなわち、海馬における遺伝子発現を誘導させる第一工程と、この第一工程後、当該非ヒト動物に対して海馬における神経新生を促す被検物質を投与する第二工程と、を含み、該非ヒト動物に対して被検物質が与える影響を、該非ヒト動物における恐怖記憶の忘却を指標として検出する、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬のスクリーニング方法を提供するものである。
また、このスクリーニング方法において、前記第一工程は、前記非ヒト動物を恐怖条件付け文脈学習課題に供した後8週間後に行うことができる。
更に、このスクリーニング方法における前記第一工程において、前記非ヒト動物を前記恐怖条件付け文脈学習課題に用いたチャンバーに10分間戻すことができる。
また、このスクリーニング方法において、前記遺伝子は初期応答遺伝子とすることができる。
更に、このスクリーニング方法において、前記非ヒト動物が齧歯類動物とすることができる。
本発明により、前記持続エクスポージャー療法(PE)と併用することで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療促進を達成できる治療薬の検定を容易に行うことが可能である。また、記憶再固定化誘導時に投与すると、恐怖記憶を増強し得るD−サイクロセリンに対し、記憶の再固定化又は消去を考慮する必要のない、すなわち、投与のタイミングを考慮する必要のない、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬の検定を容易に行うことが可能である。更に、本発明により、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬の検定を容易に行うことができるため、当該治療薬の開発にかかる労力やコストを抑制することができる。
記憶の忘却とメマンチンの関連性(実験例1)を示すために用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図1の実験例1の結果を示す図面代用グラフである。 古い記憶の忘却とメマンチンの関連性(実験例2)を示すために用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図3の実験例2の結果を示す図面代用グラフである。 古い恐怖記憶の再固定化における新規な遺伝子発現誘導の検討(実験例3)に用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図5の実験例3の結果を示す図面代用グラフである。 古い恐怖記憶の再固定化における新規な遺伝子発現の必要性の検討(実験例4)に用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図7の実験例4の結果を示す図面代用グラフである。 長時間想起させた古い記憶に係る海馬依存性復活の検討(実験例5)に用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図9に示す実験例5の結果を示す図面代用グラフである。 古い記憶の忘却とメマンチンの関連性(実験例6)を示すために用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図11の実験例6の結果を示す図面代用グラフである。 海馬依存的な恐怖記憶の再固定化誘導とメマンチンとの関係性の検討(実験例7)に用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図13に示す実験例7の結果を示す図面代用グラフである。 海馬依存的な恐怖記憶の忘却とメマンチンの関連性の検討(実験例8)に用いた受動的回避課題(Passive avoidance test)の工程を示す図である。 図15に示す実験例8の結果を示す図面代用グラフである。 海馬における神経新生を促進させる工程と記憶の忘却の関連性(実験例9)を示すために用いた恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)の工程を示す図である。 図17の実験例9の結果を示す図面代用グラフである。
本発明者は、実施例において詳しく後述するように、マウスを用いた検討により、恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物に対し、海馬における遺伝子発現を誘導させる程度まで恐怖記憶を想起させた後、当該非ヒト動物に対して海馬における神経新生を促す工程に供することにより、貯蔵後長期間経過して、海馬依存性を失った古い恐怖記憶が忘却されることを新規に見出した。
この点、本発明は、心的外傷(トラウマ)を想起させて恐怖記憶の海馬依存性を復活させた後に、海馬における神経新生を促すことで、新生された神経細胞が恐怖記憶回路を制御し、その結果記憶回路にコードされていた恐怖記憶の忘却が促されたものと考えられる。
従って、本発明は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者に適用し、当該心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療を図るために好適に用いられ得る。
また、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療法である、持続エクスポージャー療法(PE)の治療時間の短縮化を図るためにも用いられ得る。
<恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物を用いた、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬のスクリーニング方法>
恐怖記憶の形成は、昆虫から高等生物に至るすべての生物に備わる本能的行動の一つである。このため、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)は、記
憶形成のメカニズムを明らかにするための最適なモデルと考えられている。この恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)において、恐怖条件付けされた記
憶の再固定化の増強が見られた場合、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と関係していると考えられている。
本発明のスクリーニング方法は、海馬における神経新生が恐怖記憶の忘却を促すことを利用したものである。従って、非ヒト動物に、海馬における神経新生を促し得る被検物質を投与し、この被検物質が該動物に与える影響を、該動物における古い記憶の忘却を指標にして検出することにより、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬の検定を行うことができる。
被検物質としては、任意の物質を使用することができ、当該被検物質の種類は特に限定されず、例えば、ペプチド、タンパク質、合成化合物であってもよく、更には自然抽出物中に存在するような植物抽出液、動物組織抽出液、微生物抽出物、食品成分等が挙げられる。また、被検物質としては新規な化合物であってもよいし、公知の化合物であってもよい。更に、この被検物質としては、従来より記憶障害に有効とされる治療薬であり、例えば、アルツハイマー型認知症の治療薬として知られる、メマンチンが挙げられる。また、この被検物質としては、海馬における神経新生を促す、抗うつ薬等が挙げられる。このような従来から使用されている各病種の治療薬を心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬として検定できれば、安全性及び実用性に富んだ治療薬を提供することができる。
非ヒト動物に被検物質を投与する方法としては、例えば、腹腔内投与、静脈注射等が挙げられ、非ヒト動物の種類、被検物質の性質等に鑑みて適宜選択すればよい。被検物質の投与量は、剤型の種類、投与方法、投与対象(動物を含む)の年齢や体重、症状等を考慮して決定される。
本発明における記憶の「忘却」とは、非ヒト動物が本来備える、物事を忘れ去るという能力であり、脳内に蓄積された長期記憶が失われ、想起することができなくなる状態をいう。
本発明において、非ヒト動物としては、ヒト以外の動物であって、好ましくは哺乳類であり、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ブタ等が挙げられる、より好ましくは齧歯類動物であり、さらに好ましくはマウスである。
本発明における「恐怖条件付け文脈学習課題」は、視覚、聴覚、嗅覚など五感で感じる事物(文脈)を条件刺激(Conditioned Stimulus; CS)とする一方、電気ショック等を非条件刺激(Unconditioned Stimulus; US)とするものであり、本発明においては、海馬依存的な記憶の形成を促すため、前記条件刺激(CS)は、チャンバー等の場所であることがより好ましい。
本発明の第一工程において、「恐怖記憶が海馬非依存的な記憶へと変換された状態」とは、恐怖記憶が脳にて形成されてから、ある一定期間経過し、その恐怖記憶が海馬に依存せず、大脳皮質に依存して想起される状態をいう。具体的には、非ヒト動物が恐怖条件付け文脈学習課題に供されてから、4週間から8週間を経過した状態をいい、より好ましくは、8週間を経過した状態である。
また、本発明の第一工程において、前記恐怖条件付け文脈学習課題に用いたチャンバーに戻して恐怖記憶を想起させる時間は、本発明者の知見から3分間、さらには、5分間でも不十分であり(非特許文献1)、少なくとも10分間であることが好ましい。
前述の如く、恐怖記憶の「再固定化」には、海馬における初期応答遺伝子を代表とする遺伝子群の発現が必要とされている。このため、本発明の第一工程における、「海馬における遺伝子発現を誘導させる」とは、恐怖記憶の想起により海馬が活性化され、恐怖記憶の海馬依存性が復活した状態を示し、海馬において恐怖記憶が再固定化のプロセスに誘導された状態を示す。
本発明において、「遺伝子」とは、特に限定されないが、脳神経細胞において、速やかに、且つ、一過的に発現が誘導される初期応答遺伝子であることが好ましく、例えば、c-fosやEgr-1等の転写制御因子をコードする遺伝子や、Arc等のシナプスに関連するタンパク質をコードする遺伝子などがあり、より好ましくはc-fos遺伝子である。
<1.海馬依存的な恐怖記憶の忘却とメマンチンの関連性に関する検討>
前述の如く、本発明者により、海馬に依存して想起される恐怖記憶の場合にはトレーニングと同一のチャンバーにマウスを3分間戻し、恐怖記憶を想起させることで、タンパク質合成阻害剤であるアニソマイシン(ANI)の腹腔内への投与による当該記憶の破壊が観察された。また、前記メマンチンの投与により、海馬における神経新生が亢進され、成熟したばかりの若い神経細胞が記憶形成能力の向上に寄与することが明らかとなっている。一方、新たに産生された神経細胞は成熟すると神経回路に組み込まれ、これにより神経回路に蓄積されていた記憶が忘却されてしまう可能性があるとの見解がある(Meltzer etal., Trends in Neuroscience, 2005; Weisz & Argibay, Cognition, 2012)。これらの点から、本発明者は、前記メマンチンと海馬依存的な恐怖記憶の忘却との関係性について検討した。加えて、本発明者の知見(非特許文献3)に基づき、成熟したばかりの若い神経細胞を連続的に産生させるため、メマンチンを連続的に投与した際の海馬依存的な恐怖記憶の忘却についても検討した。
この実験例1は、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を用いて行った。図1は、この恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を示したものである。恐怖記憶の形成は、昆虫から高等生物に至るすべての生物に備わる本能的行動の一つである。このため、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)は、記憶形成のメカニズムを明らかにするための最適なモデルと考えられている。
本実験例1において、動物には、C57BL/6 N系統のマウス(8週齢以上)を用いた。このマウスは、オリエンタル酵母工業株式会社から購入した。本実験例1の実験群としては、メマンチン(シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社製)を一週間に一回、合計で四回腹腔内投与したマウス群(以下、「メマンチン連続投与群」という)を用いた。また、メマンチンを一回だけ腹腔内投与したマウス群(以下、「メマンチン単回投与群」という)を用いた。そして、コントロール群としては、溶媒(Saline)を腹腔内投与したマウス群を用いた。
前記恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)としては、先ず、トレーニング(恐怖条件付け)として床面に電線が配置されたチャンバー(小原医科産業株式会社製)にマウスを3分間入れ、入れてから148秒後に0.4mAの電気ショックを2秒間与え、各マウスに恐怖体験(電気ショック)と恐怖を覚えた環境(文脈)を関連付けて学習させた。その24時間後にテスト1として、各群のマウスを再度トレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、前記恐怖記憶を想起させた(再エクスポージャー)。この際、マウ
スが示したすくみ反応(Freezing)の時間の割合を測定し、この割合を恐怖記憶の指標とした。マウスのすくみ反応時間(Freezing Time)の割合が長い程、マウスに強い恐怖記憶が形成されたと評価できる。
更に、前記メマンチン連続投与群に関しては、テスト1の後、週に一回、合計で四回(4週)メマンチンを投与した。その後、トレーニングと同一のチャンバーにマウスを5分間戻し、マウスのすくみ反応時間の割合を測定した(テスト2)。一方、前記メマンチン単回投与群に関しては、テスト1後1週間以内に一回のみメマンチンを投与した。その3週間後、すなわちメマンチン連続投与群と同一の時期にトレーニングと同一のチャンバーにマウスを5分間戻し、マウスのすくみ反応時間の割合を測定した(テスト2)。前記コントロール群に関しては、テスト1後1週間以内に一回のみ溶媒(Saline)を投与した。その3週間後、すなわちメマンチン連続投与群と同一の時期にトレーニングと同一のチャンバーにマウスを5分間戻し、マウスのすくみ反応時間の割合を測定した(テスト2)。ここで、前記メマンチンの1回の投与量は、体重1kgあたり50mgある。コントロール群には、メマンチンと同容量の溶媒(Saline)を投与した。
本実験例1では、各群のマウスに対して恐怖記憶を形成させた後24時間後にテスト1を行なっていることから、各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、海馬に依存して想起された恐怖記憶(以下、「海馬依存的な恐怖記憶」ともいう)によるものと言える。
結果を図2に示す。図2中、(A)はトレーニング時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(B)はトレーニング時のメマンチン単回投与群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(C)はトレーニング時のメマンチン連続投与群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、図2中、(D)はテスト1時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(E)はテスト1時のメマンチン単回投与群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(F)はテスト1時のメマンチン連続投与群が示したすくみ反応時間の割合を示す。そして、図2中、(G)はテスト2時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(H)はテスト2時のメマンチン単回投与群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(I)はテスト2時のメマンチン連続投与群が示したすくみ反応時間の割合を示す。
尚、本実験例1において、各群ともマウスを10匹用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
図2に示すように、テスト1の際、すなわち恐怖記憶を想起させた際のすくみ反応時間の割合は、全群の間で有意差はなく、トレーニング後に恐怖記憶が形成されたこと、再エクスポージャーにより恐怖記憶が想起されていることが確認された。そして、テスト2において、前記メマンチン単回投与群(H)では、コントロール群(G)に比べ、そのすくみ反応時間の割合が低く、メマンチン(MEM)の投与により恐怖記憶が忘却され得ることが示唆された。更に、メマンチン連続投与群(I)では、メマンチン単回投与群(H)に比べ、そのすくみ反応時間の割合が低く、コントロール群(G)に対しては有意差が観察され、メマンチンを連続的に投与することにより恐怖記憶が忘却され得ることがより顕著に示唆された。
本実験例1の結果から、海馬依存的な恐怖記憶を形成させて、海馬依存性が維持されている時期に、メマンチンを投与することにより、海馬依存的な恐怖記憶が忘却され得ることが明らかとなった。更には、メマンチンを連続的に投与することにより、海馬依存的な恐怖記憶の忘却が確実に誘導されることが明らかとなった。
<2.古い記憶の忘却とメマンチンの関連性の検討>
実験例1の結果により、前記メマンチンの投与に起因して海馬依存的な恐怖記憶が忘却されることが明らかになったことから、前記メマンチンの投与と、海馬依存的でなく、大脳皮質に依存して想起される記憶(以下、「古い記憶」という)の忘却との関連性について、検討を行った。
この検討は実験例1と同様、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を用いて行った。図3は、この恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を示したものである。本実験例2において、動物には、C57BL/6 N系統のマウス(8週齢以上)を用いた。このマウスは、オリエンタル酵母工業株式会社から購入した。本実験例2の実験群としては、メマンチンを腹腔内に投与したマウス群を用いた(以下、「メマンチン投与群」という)。この対照としては、溶媒(Saline)を腹腔内に投与したマウス群を用いた(以下、「コントロール群」という)。
本実験例2では先ず、実験例1と同じ手法によりトレーニング(恐怖条件付け)を行った。本実施例2では再エクスポージャーを行わず、トレーニングから8週間経過した後から、メマンチンあるいは溶媒(Saline)を週に一回腹腔内に投与した。メマンチンあるいは溶媒(Saline)は合計で四回(4週)投与した。メマンチンの1回の投与量は、体重1kgあたり50mgした。コントロール群には、同容量の溶媒(Saline)を投与した。
最後に、メマンチンあるいは溶媒(Saline)の投与終了後(トレーニングから12週後)、テストとして各マウスを再度トレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、マウスが示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。
本実験例2では、各群のマウスに対して恐怖記憶を学習させた後8週間後からメマンチンあるいは溶媒(Saline)を投与し、その後にテストを行なっていることから、各群のマウスが示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、海馬ではなく大脳皮質に依存して想起された恐怖記憶によるものと言える。また、本実験例2において、各群ともマウスを10匹用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
結果を図4に示す。図4中、(A)はトレーニング時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(B)はトレーニング時のメマンチン投与群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、図4中、(C)はテスト時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(D)はテスト時のメマンチン投与群が示したすくみ反応時間の割合を示す。
図4に示すように、メマンチン投与群(D)が示したテスト時のすくみ反応時間の割合は、コントロール群(C)のそれと同程度であった。この結果から、海馬における神経新生を促す、メマンチンを投与したとしても、「海馬依存的でない」古い恐怖記憶は忘却されないことが明らかとなった。
<3.古い恐怖記憶の再固定化における新規な遺伝子誘導の検討>
本発明者により、海馬依存的な恐怖記憶(recent memory)の再固定化には、海馬における初期応答遺伝子の発現、すなわち海馬の活性化が必要であることが明らかとなっている((Suzuki, A., Mukawa, T., Tsukagoshi, A., Frankland, P.W. & *Kida, S. Activation of LVGCCs and CB1 receptors required for destabilization of reactivated contextual fear memories. Learn. Mem. 15, 426-33,2008 ,Mamiya, N., Fukushima, H., Suzuki, A., Matsuyama, Z., Homma, S., Frankland, P.W. & * Kida, S. Brain region-specific gene expression activation required for reconsolidation and extinction of contextual fear memory.)。
また実験例1の結果から、海馬依存的な恐怖記憶を形成させて、海馬依存性が維持されている時期に、メマンチンを投与すること、すなわち海馬における神経新生を促すことにより、海馬依存的な恐怖記憶が忘却され得ることが明らかとなった。これらの知見から、本発明者は、海馬における初期遺伝子発現を促すこと、すなわち海馬依存性を復活させることにより、古い記憶であろうとも忘却されると考えた。そこで古い記憶の再固定化を誘導することによって海馬依存性が復活するのではないかと仮説を立てて、検証を行った。
ここで、記憶の再固定化には、Ca2+及びcAMP情報伝達経路の下流に存在する転写調節因子CREB(cAMP-responsive element binding protein)が寄与している。そして、この転写調節因子CREBの標的遺伝子であり、神経活動のマーカーであるc-fos遺伝子が存在する。
本実験例3では、免疫組織化学染色を用い、古い記憶の想起時に、海馬においてc-fos遺伝子の発現レベルを指標として、前記転写調節因子CREBによる遺伝子発現が誘導されるか否か、すなわち海馬が活性化されるか否かについて検討を行った。尚、本実験例3に用いた動物、及び実験器具は実験例1と同一である。
図5は、本実験例3の実験手順を示すものである。本実験例3では、実験群として、床面に電線が配置されたチャンバー(条件刺激:CS)にマウスを3分間入れ、入れてから148秒後に0.4mAの電気ショックを2秒間与えてトレーニング(恐怖条件付け)を行った。このトレーニングから4週間後、テスト(再エクスポージャー)として再度トレーニングと同一のチャンバーにマウスを10分間戻し、恐怖記憶を想起させたものを用いた。
この対照たる第一コントロール群として、床面に電線が配置されたチャンバー(条件刺激:CS)にマウスを3分間入れ、非条件刺激(US)である電気ショックを与えずにトレーニングを行った。このトレーニングから4週間後、テストとして再度トレーニングと同一のチャンバーにマウスを3分間戻したものを用いた。
第二コントロール群としては、床面に電線が配置されたチャンバー(条件刺激:CS)にマウスを3分間入れ、非条件刺激(US)である電気ショックを与えずにトレーニングを行った。このトレーニングから4週間後、テストとして再度トレーニングと同一のチャンバーにマウスを10分間戻したものを用いた。
第三コントロール群としては、床面に電線が配置されたチャンバー(条件刺激:CS)にマウスを3分間入れ、入れてから148秒後に0.4mAの電気ショックを2秒間与えてトレーニング(恐怖条件付け)を行った。このトレーニングから4週間後、テスト(再エクスポージャー)として再度トレーニングと同一のチャンバーにマウスを3分間戻し、恐怖記憶を想起させたものを用いた。
更に、各群のマウスにおいて、テストの90分後に灌流固定(perfusion fixation:Per.Fix.)を行い、その後検出対象の海馬領域を含む切片に対して免疫組織化学染色を行った。尚、前記灌流固定及び免疫組織化学染色は既知の方法により行い、前記免疫組織化学染色では前記c-fos遺伝子産物(タンパク質)を認識する抗体を用いた。
前記免疫組織化学染色を行った切片の特定領域(海馬のCA1領域、CA3領域)内、100μm四方に存在するc-fos陽性細胞数をカウントした。この作業を各脳領域について3箇所行った。尚、本実験例3において、各群ともマウスを10匹用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較は分散分析を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
結果を図6に示す。図6(a)は、海馬のCA1領域におけるc-fos陽性細胞数を示すものであり、図6(b)は、海馬のCA3領域におけるc-fos陽性細胞数を示すものである。図6中、(A)は第一コントロール群のc-fos陽性細胞数を、(B)は第二コントロール群のc-fos陽性細胞数を、(C)は第三コントロール群のc-fos陽性細胞数を、(D)は実験群のc-fos陽性細胞数を示す。
図6に示すように、海馬のCA1領域において、実験群(D)におけるc-fos陽性細胞数は、他のコントロール群(A)〜(C)、特に第三コントロール群(C)におけるc-fos陽性細胞数に比べ、有意に高い値を示した。
また、海馬のCA3領域においても、実験群(D)におけるc-fos陽性細胞数は、他のコントロール群(A)〜(C)、特に第三コントロール群(C)におけるc-fos陽性細胞数に比べ、有意に高い値を示した。
本実験例3では、トレーニングの4週間後にテストを行っていることから、恐怖記憶は一般的に海馬に依存していない記憶である。しかし、海馬におけるc-fos遺伝子の発現細胞数が高い数値を示していることからすれば、本実験例3の結果により、古い記憶でも長時間想起させると海馬が活性化される(海馬において遺伝子発現が誘導される)ことが明らかとなった。
さらに、このことから、古い記憶の再固定化には、海馬における遺伝子発現が必要であるものと考えられた。
また、実験群(D)におけるc-fos陽性細胞数が、恐怖記憶を想起させる時間を3分間とした第三コントロール群(C)のそれよりも高い値を示していることから、古い記憶は、短い時間の想起では十分ではないものの、長い時間想起させることにより、海馬に依存するようになることが明らかとなった。すなわち、海馬依存的でない古い記憶に関しては、長い時間想起させることにより、海馬依存性が復活したと判断できる。
<4.古い恐怖記憶の再固定化における新規な遺伝子発現の必要性の検討>
実験例3の結果により、古い記憶であろうとも長い時間想起させることにより、海馬依存性が復活すると考えられたことから、タンパク質合成阻害剤であるアニソマイシン(ANI)の局所注入法を用い、海馬における遺伝子発現阻害の影響について検討を行った。
図7は、本実験例4の実験手順を示すものである。本実験例4において、実験群としてはチャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、アニソマイシン(ANI)を海馬にカニューレを用いて局所注入したマウス群を用いた。この対照たる第一コントロール群としては、チャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、溶媒(Saline)を海馬にカニューレを用いて局所注入したマウス群を用いた。第二コントロール群としては、チャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、アニソマイシン(ANI)を海馬にカニューレを用いて局所注入したマウス群を用いた。更に、第三コントロール群としては、チャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、溶媒(Saline)を海馬にカニューレを用いて局所注入したマウス群を用いた。前記アニソマイシン(ANI)の投与量は、62μg(総量0.5μl)/sideとした。各コントロール群には、同容量の溶媒(Saline)を投与した。
本実験例4において、各群のマウスに対し、実験例1と同じ手法によりトレーニング(恐怖条件付け)を行った。このトレーニングから4週間経過した後、マウスに対して恐怖記憶を想起させるテスト1(再エクスポージャー)を行った。このテスト1(再エクスポージャー)は、前記実験群では前述の如く、マウスをトレーニングと同一のチャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させた。第一コントロール群及び第二コントロール群では前述の如く、マウスをトレーニングと同一のチャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させた。第三コントロール群では前述の如く、マウスをトレーニングと同一のチャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させた。そして、テスト2として、テスト1の24時間後に再度各群のマウスをトレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、マウスのすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。前記アニソマイシン(ANI)あるいは溶媒(Saline)は、マウスをチャンバーから取り出した直後に局所注入した。
結果を図8に示す。図8(a)中、(A)はテスト1時の第一コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(B)はテスト1時の第二コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、(C)はテスト2時の第一コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(D)はテスト2時の第二コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示す。一方、図8(b)中、(E)はテスト1時の第三コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(F)はテスト1時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、(G)はテスト2時の第三コントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(H)はテスト2時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。尚、本実験例4において、第一コントロール群及び第二コントロール群は8匹、第三コントロール群及び実験群は11匹のマウスを用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意に差があると判断した。
図8に示すように、テスト2において、実験群(H)が示したすくみ反応時間の割合は、第三コントロール群(G)が示したすくみ反応時間の割合に比べ、有意に低下した。また、テスト2における実験群(H)が示したすくみ反応時間の割合は、テスト1における実験群(F)が示したすくみ反応時間の割合に比べ、有意に低下した。これは、古い記憶を長時間想起させた場合に遺伝子発現が誘導された結果に合致して(実験例3)、アニソマイシン(ANI)の投与による遺伝子発現阻害により、古い恐怖記憶の再固定化が阻害された(恐怖記憶が破壊された)ためと考えられる。
本実験例4、及び前記実験例3の結果からすれば、古い恐怖記憶であろうとも、長い時間想起させることにより、(i)海馬依存性が復活すること、(ii)恐怖記憶の再貯蔵のため、海馬における新たな遺伝子発現を必要とする再固定化が必要となること、が明らかとなった。
<5.長時間想起させた古い記憶に係る海馬依存性復活の検討>
実験例3の結果により、古い記憶であろうとも長い時間想起させることにより、海馬依存性が復活すると考えられたことから、ニューロン活性阻害剤であるリドカイン(Lido)を用い、古い記憶を長時間想起させた後、当該記憶の海馬依存性が復活しているかについて検討を行った。
図9は、本実験例5の実験手順を示すものである。図10は、本実験例5の結果を示すものである。本実験例5において、実験群としてはチャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、その24時間後にカニューレを用いてリドカイン(Lido)を海馬に局所注入したマウス群を用いた(図10中のB, D, F, H)。
この対照たるコントロール群としては、チャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させ(再エクスポージャー)、且つ、その24時間後に溶媒(VEH)を海馬にカニューレを用いて局所注入したマウス群を用いた(図10中のA, C, E, G)。前記リドカイン(Lido)の投与量は、62μg(総量0.5μl)/sideとした。各コントロール群には、同容量の溶媒(VEH)を投与した。
本実験例5において、各群のマウスに対し、実験例1と同じ手法によりトレーニング(恐怖条件付け)を行った。このトレーニングから4週間経過した後、各群のマウスに対して恐怖記憶を想起させるテスト1(再エクスポージャー)を行った。このテスト1(再エクスポージャー)では、前述の如く、各群のマウスをトレーニングと同一のチャンバーに10分間戻して恐怖記憶を想起させた。
そして、テスト2として、テスト1の24時間後に再度各群のマウスをトレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、マウスのすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。前記リドカイン(Lido)あるいは溶媒(VEH)は、各群のマウスをチャンバーに戻す10分前に局所注入した。
更に、テスト3として、テスト2の24時間後に再度各群のマウスをトレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、マウスのすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。このテスト3の前には、どちらの群においても、リドカイン(Lido)あるいは溶媒(VEH)は局所注入しなかった。
結果を図10に示す。図10中、(A)はトレーニング時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(B)はトレーニング時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、(C)は、テスト1時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(D)はテスト1時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。更に、(E)は、テスト2時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(F)はテスト2時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。また、(G)は、テスト3時のコントロール群が示したすくみ反応時間の割合を示し、(H)はテスト3時の実験群が示したすくみ反応時間の割合を示す。
尚、本実験例5において、実験群及びコントロール群は11匹のマウスを用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意に差があると判断した。
図10に示すように、ニューロン活性阻害剤であるリドカイン(Lido)を用いて海馬を不活性化させた後に行ったテスト2において、実験群(F)が示したすくみ反応時間の割合は、テスト1における実験群(D)が示したすくみ反応時間の割合に比べ、有意に低下した。
また、テスト2における実験群(F)が示したすくみ反応時間の割合は、テスト2におけるコントロール群(E)が示したすくみ反応時間の割合に比べても、有意に低下した。
更に、テスト2における実験群(F)が示したすくみ反応時間の割合は、ニューロン活性阻害剤であるリドカイン(Lido)を局所注入せずに行ったテスト3における実験群(H)が示したすくみ反応時間の割合と比べても有意に低い値を示した。
これらは、古い記憶を長時間想起させた場合に遺伝子発現が誘導された結果(実験例3)と海馬における遺伝子発現を阻害して記憶が破壊された結果(実験例4)に合致して、長時間の想起によって記憶の海馬依存性が復活していたため、リドカイン(Lido)の投与による海馬不活性化により、記憶が想起されなかったと考えられる。
前記実験例3と実験例4の結果に加え、本実験例5の結果からすれば、古い恐怖記憶であろうとも、長い時間想起させることにより、(i)海馬依存性が復活すること、が明らかとなった。
尚、本実験例5では、ニューロン活性阻害剤としてリドカイン(Lido)を用いているが、このニューロン活性阻害剤としては特に限定されず、海馬を不活性化させることができるものであれば、他の公知の阻害剤を用いてもよい。かかる場合、例えば、非NMDA型(AMPA型・カイニン酸型)受容体アンタゴニストであるCNQX(6-シアノ-7-ニトロキノキサリンジオン-2,3-ジオン)などを用いることもできる。
<6.古い記憶の忘却とメマンチンの関連性の検討>
実験例1により、海馬依存的な恐怖記憶であれば、その恐怖記憶が海馬依存性を示す期間内に、メマンチンを投与することで、当該恐怖記憶が忘却されることが明らかとなった。一方、実験例2の結果により、古い恐怖記憶の場合、記憶の忘却に寄与するメマンチンを投与したとしても、当該恐怖記憶の忘却が観察されなかった。実験例3及び実験例4の結果により、本発明者は、古い記憶については長い時間(10分間)想起させることで、その記憶の海馬依存性が復活することを明らかにした。これらのことから、本発明者は、古い恐怖記憶であっても、この古い恐怖記憶を長時間想起させた後、メマンチンを投与することにより当該記憶が忘却されると考え、検討を行った。
本実験例6は実験例1と同様、恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を用いて行った。図11は、この恐怖条件付け文脈課題(Contextual Fear Conditioning Test)を示したものである。動物及びチャンバーは実験例1と同じものをそれぞれ用いた。更に、後述するメマンチン及び溶媒(Saline)の投与量に関しても、実験例1と同じである。また、メマンチン及び溶媒(Saline)の投与回数は、実験例2の結果から、週に一回、合計で四回(4週)とした。
本実験例6では、実験群として、トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を3分間とし、その後メマンチンを投与したマウス群(以下、「第一メマンチン投与群」という)と、チャンバーに戻す時間を10分間とし、その後メマンチンを投与したマウス群(以下、「第二メマンチン投与群」という)を用いた。また、コントロール群として、トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を3分間とし、その後溶媒(Saline)を投与したマウス群(以
下、「第一コントロール群」という)と、チャンバーに戻す時間を10分間とし、その後溶媒(Saline)を投与したマウス群(以下、「第二コントロール群」という)を用いた。
トレーニング(恐怖条件付け)は実験例1と同じの手法で行った。このトレーニングから8週間経過した後、テスト1として各群のマウスを前記再エクスポージャーに供し、マウスが示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。更に、上述したようにメマンチン及び溶媒(Saline)を四回(4週)投与した後、テスト2として、再度各群のマウスをトレーニングと同一のチャンバーに5分間戻し、マウスが示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を測定した。
結果を図12に示す。図12に示す各符号は以下の値を表し、(A)乃至(D)はトレーニング時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(E)乃至(H)は、テスト1(再エクスポージャー)時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(I)乃至(L)は、テスト2時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を示す。
(A)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(B)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(C)第一メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(D)第二メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(E)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(F)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(G)第一メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(H)第二メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(I)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(J)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(K)第一メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(L)第二メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
図12に示すように、テスト1(再エクスポージャー)時のすくみ反応時間の割合は、全群の間で有意差はなく、トレーニング後に恐怖記憶が形成されていること、再エクスポージャーにより恐怖記憶が想起されていることが確認された。また、テスト2時における第一メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、第一コントロール群及び第二コントロール群のそれと同程度の値を示した。これに対し、テスト2時における第二メマンチン投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、他の群のそれに比べて有意に低い値を示した。
尚、本実験例6において、第一コントロール群及び第一メマンチン投与群は10匹、第二コントロール群は12匹、第二メマンチン投与群は13匹のマウスを用い、結果は平均値± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
本実験例6の結果から、古い記憶に関しては、チャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させただけでは、メマンチンを4週間連続的に投与したとしても恐怖記憶は忘却されず、チャンバーに10分間戻し、長い時間恐怖記憶を想起させて(i)海馬依存性を復活させ、且つ、(ii)その後にメマンチンを4週間連続的に投与することにより、忘却されることが明らかとなった。
<7.海馬依存的な恐怖記憶の再固定化誘導とメマンチンとの関係性の検討>
実験例6により、神経新生を促進させるメマンチンを投与することにより、海馬依存性が復活した古い記憶が忘却されることが明らかとなったことを受け、
長時間の想起後の再固定化誘導が前記メマンチンによる古い恐怖記憶の忘却に必要であるかの検討を行った。
ここで、本発明者は、カルシニューリン活性阻害剤の投与に起因して、固定化され、保持されている記憶が想起により不安定な状態へと戻されることが阻害され、その結果として再固定化が誘導されなくなることを明らかにしている(Hotaka Fukushima, Yue Zhang, Georgia Archbold,Rie Ishikawa, Karim Nader, Satoshi Kida「Enhancement of fear memory by retrieval through reconsolidation」The elifesciences June 24,2014)
このため、本実験例7では、トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)の5分前にカルシニューリン活性阻害剤をマウスに腹腔内投与することにより、古い記憶が不安定な状態に戻されることを阻害させる工程を行い(図13参照)、長時間の想起後の再固定化誘導が前記メマンチンによる古い恐怖記憶の忘却に必要であるかの検討を行った。
本実験例7の実験手順は、主として、実験例6の実験手順と同一であり、トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)の5分前にカルシニューリン活性阻害剤をマウスに腹腔内投与することにより、古い記憶が不安定な状態に戻されることを阻害させる工程を行う点、及び全ての群のマウスにおいて、前記テスト1でのチャンバーに戻す時間を10分間とした点が実験例6と異なる(図13参照)。このため、以下の説明では同一の工程に関してはその説明を省略する。
本実験例7では、実験群として、トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)の5分前にカルシニューリン活性阻害剤であるFK506を腹腔内投与し、更に前記テスト1においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、その後メマンチンを投与したマウス群を用いた。
また、コントロール群として、テスト1の5分前に溶媒(VEH)を腹腔内投与し、更に前記テスト1においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、その後溶媒(Saline)を投与したマウス群(以下、「第一コントロール群」)と、テスト1の5分前にカルシニューリン活性阻害剤であるFK506を腹腔内投与し、更に前記テスト1においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、その後溶媒(Saline)を投与したマウス群(以下、「第二コントロール群」)と、テスト1の5分前に溶媒(VEH)を腹腔内投与し、更に前記テスト1においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、その後メマンチンを投与したマウス群(以下、「第三コントロール群」)と、を用いた。
結果を図14に示す。図14に示す各符号は以下の値を表し、(A)乃至(D)はトレーニング時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(E)乃至(H)は、テスト1(再エクスポージャー)時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(I)乃至(L)は、テスト2時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を示す。
(A)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(B)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(C)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(D)実験群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(E)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(F)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(G)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(H)実験群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(I)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(J)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(K)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(L)実験群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
図14に示すように、テスト1(再エクスポージャー)時のすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、全群の間で有意差はなく、トレーニング後に恐怖記憶が形成されていること、再エクスポージャーにより恐怖記憶が想起されていることが確認された。
また、テスト2時における実験群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、第一コントロール群及び第二コントロール群のそれと同程度の値を示した。これに対し、テスト2時における第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、他の群のそれに比べて有意に低い値を示した。
尚、本実験例7において、全ての群において10匹のマウスを用い、結果は平均値± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
本実験例7の結果から、メマンチンは、チャンバーに10分間戻し、長い時間恐怖記憶を想起させて海馬依存性の再固定化が誘導された古い記憶のみを忘却させることが明らかとなった。すなわち、海馬における再固定化誘導に伴って海馬依存性が復活することが裏付けられた。
尚、本実験例7では、カルシニューリン活性阻害剤でとしてFK506を用いているが、このカルシニューリン活性阻害剤としては特に限定されず、想起後の記憶不安定化を阻害するができるものであれば、他の公知の阻害剤を用いてもよい。かかる場合、例えば、シクロポリンAなどを用いることができる。
<8.海馬依存的な恐怖記憶の忘却とメマンチンの関連性の検討>
実験例6の結果により、古い記憶に関しては、チャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させただけでは、メマンチンを4週間連続的に投与したとしても恐怖記憶は忘却されず、チャンバーに10分間戻し、長い時間恐怖記憶を想起させて(i)海馬依存性を復活させ、且つ、(ii)その後にメマンチンを4週間連続的に投与することにより、忘却されることが明らかとなった。
この結果から、海馬依存的と言われる学習課題である、受動的回避課題(Passive avoidance test)を用いて、海馬依存的な恐怖記憶とメマンチンの関係性についても検討を行った。
本実験例8では、実験群として、トレーニング後にメマンチンを投与したマウス群を用いた。また、コントロール群として、トレーニング後に溶媒(Saline)を投与したマウス群を用いた。ここで、メマンチン及び溶媒(Saline)の投与量は、実験例1と同じである。
本実験例8では、図15に示すように、トレーニングとして、明箱と暗箱が連結された装置の明箱に各群のマウスを入れ、明箱を嫌うマウスが暗箱に入った2秒後に0.1mAの電気ショックを与えた。この時、暗箱に入るまでの時間(以下、「crossover latency」という)を測定した。
実験群のマウスに関しては、トレーニングの24時間後にメマンチンを投与し、更にその後一週間毎に、合計で四回(4週)メマンチンを投与した。
コントロール群のマウスに関しては、トレーニングの24時間後に溶媒(Saline)を投与し、更にその後一週間毎に、合計で四回(4週)溶媒(Saline)を投与した。
これらメマンチン及び溶媒(Saline)の投与から一週間経過した後、テストとして、同様の装置の明箱に各群のマウスを再び入れた。
そして、テストにおいて、トレーニング時と同様にcrossover latencyを測定した。
結果を図16に示す。図16中、(A)はトレーニング時のコントロール群のcrossover latencyを示し、(B)はトレーニング時の実験群のcrossover latencyを示す。また、(C)はテスト時のコントロール群のcrossover latencyを示し、(D)はテスト時の実験群のcrossover latencyを示す。
図16に示すように、テスト時の実験群のcrossover latencyは、テスト時のコントロール群のcrossover latencyに比べて有意に低い値を示した。
尚、本実験例8において、実験群は11匹、コントロール群は10匹のマウスを用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
この実験例8の結果から、メマンチンを4週間連続的に投与することにより、恐怖条件付け記憶とは異なるタイプの海馬依存的な恐怖記憶においても忘却されることが明らかとなった。従って、実験例6の結果とあわせて、メマンチンの4週間連続投与が海馬依存的な恐怖記憶の忘却を導くことが確認された。
<9.海馬における神経新生を促進させる工程と記憶の忘却の関連性の確認>
前述の如く、メマンチンは海馬における神経新生を亢進させる。そして、実験例6の結果により、チャンバーに10分間戻し、長い時間恐怖記憶を想起させて(i)海馬依存性を復活させ、且つ、(ii)その後にメマンチンを4週間連続的に投与することにより、恐怖記憶が忘却されることが明らかとなった。ここで、海馬における神経新生を亢進させる事物として、「運動課題(ランニング:Running)」が知られている(Nat Neurosci. 1999 Mar;2(3):266-70.Running increases cell proliferation and neurogenesis in the adult mouse dentate gyrus.van Praag H1, Kempermann G, Gage FH.)。このため、本発明者は、古い恐怖記憶を長時間想起させて海馬依存性を復活させた後、運動課題を用いて海馬における神経新生を促すことにより、当該記憶が忘却されると考え、検討を行った。
本実験例9において、用いた動物、トレーニング(恐怖条件付け)の手法、テスト1(再エクスポージャー)の手法、テスト2の手法、トレーニングからテスト1までの期間及びテスト1からテスト2までの期間は、実験例6のそれと同じである。その一方で、本実験例9では、テスト1(再エクスポージャー)後からテスト2に至るまでの手法が異なる(図17参照)。
すなわち、本実験例8では、海馬における神経新生を促す手段としてRunning wheel(株式会社マルカン製)を用い、運動させることで海馬における神経新生を促した。
そして、本実験例9では、以下に示す群のマウスを用いた。
(1)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、その後に運動課題に供した群(以下、「ランニング群」という)
(2)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)を行わず、且つ、運動課題に供しない群(以下、「第一コントロール群」という)
(3)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)を行わず、且つ、運動課題に供した群(以下、「第二コントロール群」という)
(4)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を3分間とし、且つ、運動課題に供しない群(以下、「第三コントロール群」という)
(5)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を3分間とし、その後に運動課題に供した群(以下、「第四コントロール群」という)
(6)トレーニング後のテスト1(再エクスポージャー)においてチャンバーに戻す時間を10分間とし、且つ、運動課題に供しない群(以下、「第五コントロール群」という)
結果を図18に示す。図18に示す各符号は以下の値を表し、(A)乃至(F)はトレーニング時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(G)乃至(J
)は、テスト1(再エクスポージャー)時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を、(K)乃至(P)は、テスト時の各群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合を示す。
(A)第一コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(B)第二コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(C)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(D)第四コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(E)第五コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(F)ランニング群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(G)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(H)第四コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(I)第五コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(J)ランニング群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(K)第一コントロール投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(L)第二コントロール投与群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(M)第三コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(N)第四コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(O)第五コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
(P)ランニング群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合
図18に示すように、テスト1(再エクスポージャー)時のすくみ反応時間の割合は、全群の間で有意差はなく、トレーニング後に恐怖記憶が形成されていること、再エクスポージャーにより恐怖記憶が想起されていることが確認された。また、テスト2時における第四コントロール群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、他のコントロール群のそれと同程度の値を示した。
これに対し、テスト2時におけるランニング群が示したすくみ反応時間(Freezing Time)の割合は、他の群のそれに比べて有意に低い値を示した。
尚、本実験例9において、第一コントロール群、第三コントロール群及び第五コントロール群は12匹、第二コントロール群は9匹、第四メコントロール群は11匹、ランニング群は11匹のマウスを用い、結果は平均値 ± 標準誤差で示した。各データの比較はT検定を用いて統計学的解析を行い、p<0.05の場合、有意差があると判断した。
本実験例9の結果から、古い記憶は、チャンバーに3分間戻して恐怖記憶を想起させた後に、運動課題に供したとしても忘却されず、チャンバーに10分間戻し、長い時間恐怖記憶を想起させて(i)海馬依存性を復活させ、且つ、(ii)その後に運動課題に供することで、忘却されることが明らかとなった。
前記実験例6及び実験例9の結果から、古い記憶は、10分間という長い時間想起させて(i)「海馬依存性を復活させ、」且つ、(ii)その後に、「海馬における神経新生を促す」ことによりはじめて忘却されることが明らかとなった。
以上の実験例の結果から、本発明のスクリーニング方法により、恐怖記憶が海馬非依存的な記憶へと変換された状態、例えば、恐怖条件付け文脈学習課題に供されてから8週間が経過した非ヒト動物に対し、(i)当該恐怖記憶の海馬依存性を復活させた、すなわち、記憶想起により海馬における遺伝子発現が誘導されるようになった後、(ii)海馬における神経新生を促す被検物質を投与し、行動特性の変化を解析することで、その被検物質が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬としての効能を具備することを知ることができる。
また、本発明のスクリーニング方法により検定された物質は、恐怖記憶の「海馬依存性を復活」させた後に投与することで、「海馬における神経新生を促す」ものである。前述の如く、持続エクスポージャー療法(PE)は、心的外傷(トラウマ)となった衝撃的出来事を思い出させる曝露療法であるところ、前記恐怖条件付け文脈学習課題における、恐怖記憶を想起させる過程(再エクスポージャー)は、前記曝露(持続エクスポージャー)療法のモデルと考えられている。
従って、本発明により検定された物質は、持続エクスポージャー療法(PE)中に投与することにより、恐怖記憶の忘却を促すことができ、もって心的外傷後ストレス障害(PTSD)の悪化を招くことを可及的に抑えることが可能である。また、本発明により検定された物質は、「海馬における神経新生を促す」ものであることから、従来の前記D-サイクロセリンのように、記憶の「再固定化」や「消去」を誘導しているタイミングを考慮する必要なしに、投与することで心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に寄与するものである。このため、その投与のタイミングの見極めを行う必要がなく、その結果持続エクスポージャー療法(PE)の治療時間の短縮化を達成することができる。
また、前記メマンチンは、アルツハイマー型認知症の治療薬として普及している。そして、実施例5により、本発明のスクリーニング方法により検定されたメマンチンは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬としての効能を具備していることが明らかとなった。このことからすれば、本発明に係るスクリーニング方法は、実用性に富んでいると言える。
本発明に係るスクリーニング方法により検出された物質は、ヒトおよび動物の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬となることができる。

Claims (5)

  1. 恐怖条件付け文脈学習課題に供された非ヒト動物における恐怖記憶が海馬非依存的な記憶へと変換された状態において、当該非ヒト動物に対し、前記恐怖条件付け文脈学習課題に用いたチャンバーに当該非ヒト動物を少なくとも10分間戻し、前記恐怖記憶を想起させて海馬における遺伝子発現を誘導させる第一工程と、
    この第一工程後、当該非ヒト動物に対して海馬における神経新生を促す被検物質を腹腔内に連続的に投与する第二工程と、を含み、
    当該非ヒト動物に対して被検物質が与える影響を、当該非ヒト動物における恐怖記憶の忘却を指標として検出する、心的外傷後ストレス障害の治療薬のスクリーニング方法。
  2. 前記第一工程は、前記非ヒト動物を恐怖条件付け文脈学習課題に供した後8週間後に行う、請求項1記載のスクリーニング方法。
  3. 前記第二工程における投与が、少なくとも週一回×4週間の連続的な投与である、請求項1又は2記載のスクリーニング方法。
  4. 前記遺伝子が、初期応答遺伝子である、請求項1〜3のいずれか一項記載のスクリーニング方法。
  5. 前記非ヒト動物が齧歯類動物である、請求項1〜4のいずれか一項記載のスクリーニング方法。
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