図1には、本実施形態に係るNMR装置10が示されている。このNMR装置10は、試料中の観測核により生じたNMR信号を測定する装置である。
静磁場発生装置12は静磁場を発生する装置であり、その中央部には、垂直方向に伸びる空洞部としてボア12Aが形成されている。NMRプローブ14は、大別して、挿入部16と基部18とによって構成されている。挿入部16は、それ全体として垂直方向に伸長した円筒形状を有し、静磁場発生装置12のボア12A内に挿入される。
挿入部16におけるプローブヘッド内には検出回路28が設けられている。検出回路28は同調整合回路であり、NMR信号を検出するための検出コイル30、送受信用の結合コイル34、同調用可変コンデンサ、及び、整合用可変コンデンサ等の電子部品を備えている。結合コイル34は、ピックアップコイルや送受信コイルとも称され、照射時間帯(送信期間)において変動磁場を発生させ、観測時間帯(受信期間)において、検出コイル30によって検出されたNMR信号を受信する。同調用可変コンデンサ及び整合用可変コンデンサの各設定値(容量)を変えることにより、検出回路28の特性が最適化される。つまり、同調及び整合が図られる。
分光計80の送信部82は、信号発生器及びパワーアンプ等を備えており、送信信号を生成して出力する。NMR測定モードにおいては、観測対象核種の固有周波数が送信信号の周波数として設定される。送信部82から出力された送信信号は、送受切替器であるデュプレクサ88を介してNMRプローブ14内の検出回路28に送られる。なお、デュプレクサ88は、NMRプローブ14内に配置されてもよい。
検出コイル30で検出されたNMR信号(受信信号)は、デュプレクサ88を介して分光計80の受信部84に送られる。受信部84は、直交検波回路やA/D変換器等を含む公知の回路構成を有し、受信信号に対して所定の処理を行う。受信部84で処理された受信信号は、スペクトル処理部86に送られる。スペクトル処理部86は、受信信号に対してFFT処理を実行することにより分光スペクトルを生成し、またそれに対して必要な解析等を実行する。表示部90には、スペクトル処理部86の処理結果が表示される。入力部92は、測定対象核種の設定等を行うために利用される。なお、スペクトル処理部86は、コンピュータによって構成されてもよい。
冷却システム94は、例えば、冷凍機を備え、その冷凍機により冷却したヘリウムガスをNMRプローブ14に供給し、これにより、NMRプローブ14内の被冷却部品を冷却するためのシステムである。例えば、被冷却部品が20K以下に冷却される。
図2には、試料室と検出コイルが模式的に示されている。図2は、試料室等を概略的に示す図である。挿入部16において、試料温調用配管26を挟んで内側に試料室が設けられている。試料温調用配管26は例えばガラス管であり、ステージ19及びプローブキャップ20を貫通して設けられている。試料温調用配管26内には、試料が収容される試料管24が配置されている。試料及び試料管24の中心が磁場中心に一致するように、挿入部16が静磁場発生装置12のボア12A内に設置される。試料温調用配管26内は大気空間であり、試料温調用配管26内の温度は、例えば室温に維持されている。これにより、試料は大気空間内に設置され、その温度は室温に維持される。
試料温調用配管26と挿入部16の外壁との間に気密室22が形成されている。気密室22内は真空状態に減圧されている。真空減圧下の気密室22内には、検出回路28(検出コイル30A,30B、結合コイル34、同調用可変コンデンサ、整合用可変コンデンサ)が設置されている。検出コイル30Aは、基板32A上に形成された薄膜の検出回路パターンである。図示されていないが、検出コイル30Bも同様に、基板32B上に形成された薄膜の検出回路パターンである。検出コイル30A,30Bは、第二種超伝導体によって構成されている。基板32A,32Bは、例えばサファイア基板である。基板32A,32Bは、試料及び試料管24を間にして、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態となるように検出コイル用治具(保持部材)によって保持されている。また、後述するように、検出コイル30A,30Bが、静磁場発生装置12によって形成される静磁場H0に対して所定角度傾斜するように、基板32A,32Bが検出コイル用治具によって保持されている。NMRプローブ14の中心軸と静磁場H0の方向とが平行であれば、検出コイル30A,30BがNMRプローブ14の中心軸に対して所定角度傾斜するように、基板32A,32Bが保持されることになる。検出コイル用治具については後で詳しく説明する。
検出コイル30Aは、基板32A上においてコイルパターンとして形成され、インダクタンスLの要素とキャパシタンスCの要素とを内包している。図示されていなが、検出コイル30Bも同様に、リアクタンスLとキャパシタンスCとを内包する。この構成を採用することにより、LC共振回路が形成される。
上記構成において、検出回路28は被冷却部品に相当し、極低温に冷却される。信号のS/Nを向上させるために、可変コンデンサも検出コイル30A,30B及び結合コイル34とともに冷却される。冷却機構として、例えば、特開2014−41103号公報に記載されている冷却システム(クライオスタット冷却システム)を利用することができる。具体的には、ステージ19に接続された熱交換器36に、冷却システム94から冷却されたヘリウムガスが導入され、熱交換器36は極低温(例えば20K以下)に冷却される。これにより、被冷却部品が冷却される。検出コイル30A,30Bが冷却されることにより、検出コイル30A,30Bの電気抵抗が低下してQ値が低下する。また、電気的な熱ノイズが低減される。その結果、NMR測定時における検出感度を向上させることができる。なお、NMRプローブ14には、図示しない温度センサが取り付けられており、その温度センサによって被冷却部品等の温度が検知される。
次に、図3及び図4を参照して、検出コイル用治具の詳細について説明する。図3は、検出コイル用治具を横から見た図であり、図4は、検出コイル用治具を上から見た図である。図4において、上側治具60の図示は省略されている。
検出コイル用治具40は、基板32A,32Bの下部を保持する下側治具50(下側保持部材)と、基板32A,32Bの上部を保持する上側治具60(上側保持部材)と、を含む。検出コイル用治具40は、検出コイル30A,30Bが互い平行状態となるように、かつ、検出コイル30A,30BがNMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して所定角度傾斜するように、基板32A,32Bを保持する。以下、下側治具50と上側治具60について詳しく説明する。
下側治具50は、ベース部材52、下側スペーサ54、下側カバー56A,56B、及び、下側ネジ58を含む。ベース部材52は平坦な部材であり、その表面上には突起状の下側スペーサ54が設けられている。下側スペーサ54の両側面(側面54a,54b)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。一方の側面54aには基板32Aの下部が接し、対向する側面54bには基板32Bの下部が接する。また、側面54a,54bは、NMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して、同じ方向に角度θ1傾斜するように加工されている。例えば、側面54a,54bは、ベース部材52の表面の法線方向に対して同じ方向に角度θ1傾斜するように加工されている。その法線方向がNMRプローブ14の中心軸と平行となるようにベース部材52が設置されることにより、側面54a,54bとNMRプローブ14の中心軸とのなす角度が角度θ1となる。例えば、放電ワイヤー加工機等によって下側スペーサ54の側面54a,54bが加工されている。ベース部材52及び下側スペーサ54は、セラミックや金属(例えば銅)によって構成されている。ベース部材52は、図2に示されているステージ19上に設置されて固定される。これにより、ベース部材52を介して検出コイル30A,30B等が冷却される。
基板32Aの下部は、下側スペーサ54の一方の側面54aと下側カバー56Aとによって挟まれており、下側ネジ58によって下側カバー56Aとともに下側スペーサ54の側面54aに固定されている。つまり、基板32Aの下部は、側面54aに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの下部は、下側スペーサ54の他方の側面54bと下側カバー56Bとによって挟まれており、下側ネジ58によって下側カバー56Bとともに下側スペーサ54の側面54bに固定されている。つまり、基板32Bの下部は、側面54bに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの下部の間に下側スペーサ54が配置されており、基板32A,32Bの下部は、下側スペーサ54の斜面である側面54a,54bに接合されている。側面54a,54bは互いに平行となるように加工されており、かつ、NMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して同じ方向に角度θ1傾斜するように加工されている。それ故、基板32A,32Bは、下部において互いに平行状態となるように保持されるとともに、NMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して同じ方向に角度θ1傾斜するように保持される。
上側治具60は、上側スペーサ62、上側カバー64A,64B、及び、上側ネジ66を含む。上側スペーサ62の両側面(側面62a,62b)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。例えば、放電ワイヤー加工機等によって側面62a,62bが加工されている。一方の側面62aには基板32Aの上部が接し、対向する側面62bには基板32Bの上部が接する。
基板32Aの上部は、上側スペーサ62の一方の側面62aと上側カバー64Aとによって挟まれており、上側ネジ66によって上側カバー64Aとともに上側スペーサ62の側面62aに固定されている。つまり、基板32Aの上部は、側面62aに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの上部は、上側スペーサ62の他方の側面62bと上側カバー64Bとによって挟まれており、上側ネジ66によって上側カバー64Bとともに上側スペーサ62の側面62bに固定されている。つまり、基板32Bの上部は、側面62bに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの上部の間に上側スペーサ62が配置されている。
下側スペーサ54の幅C1(側面54aと側面54bとの間の幅)と、上側スペーサ62の幅C2(側面62aと側面62bとの間の幅)と、が等しくなるように、下側スペーサ54及び上側スペーサ62が加工されている。それ故、下部において基板32A,32Bの間に下側スペーサ54が配置され、上部において基板32A,32Bの間に上側スペーサ62が配置されることにより、基板32A,32Bの平行状態を維持することが可能となる。なお、幅C1,C2は、一例として8〜10mm程度であり、基板32A,32Bの厚さは0.5mm程度である。
基板32A,32Bの間には試料空間70が形成され、その試料空間70内に試料管24が配置される。
上記の検出コイル用治具40を用いることにより、基板32A,32Bが互いに平行状態に保持され、かつ、NMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して角度θ1傾斜した状態で保持される。これにより、基板32A,32B上に形成された検出コイル30A,30Bは互いに平行状態に維持され、かつ、NMRプローブ14の中心軸(静磁場H0の方向)に対して角度θ1傾斜した状態に維持される。
角度θ1は、例えば、静磁場H0と下部臨界磁場強度HC1との関係によって規定される。例えば、角度θ1は、atan(HC1/H0)程度である。一例として、角度θ1は、0.5〜3度であり、好ましくは1〜2度である。
本実施形態によると、検出コイル30A,30Bを角度θ1傾けることにより、検出コイル30A,30Bに発生するシールド電流の角度依存性を緩和することができる。つまり、角度θ1の変化に対するシールド電流の変化を抑制することができる。これにより、シールド電流に起因して検出コイル30A,30Bに発生する磁場の変化を抑制することができる。そして、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態に保持されているので、検出コイル30A,30Bにて発生した磁場(シールド電流に起因する磁場)が相殺される。つまり、検出コイル30A,30Bにて生じた磁場が互いに打ち消し合う。これにより、試料空間における磁場の不均一性を解消又は低減することができ、磁場不均一性に起因する分解能の低下を抑制することができる。
以下、これらについて詳しく説明する。まず、検出コイル30A,30Bに発生するシールド電流の角度依存性について説明する。
文献(“Hysteretic magnetization in micron-thick YBa2Cu3O7-δ films in nearly parallel magnetic fields”, A.Rastogi, H.Yamasaki, and A.Sawa (PHYSICAL REVIEW B,VOLUME 62 NUMBER 21)によると、超伝導薄膜試料における磁場方向の磁化Mは、以下の式(1)で表される。
M=|M1│cosθ+|M2|sinθ・・・(1)
式(1)において、M1は超伝導薄膜試料面(本実施形態では、薄膜の検出コイル30A,30Bの表面)に平行な磁化成分であり、M2は超伝導薄膜試料面に垂直な磁化成分であり、θは超伝導薄膜試料と外部磁場(静磁場)H0の方向とのなす角度(外部磁場H0の方向に対する超伝導薄膜試料の傾き角)である。また、M1はH0cosθを変数とする関数で表され、M2はH0sinθを変数とする関数で表される。従って、式(1)は、以下の式(2)のように表現することができる。
M=|M1(H0cosθ)|cosθ+|M2(H0sinθ)|sinθ・・・(2)
傾き角θが小さい場合、磁化垂直成分M2はMeissner効果によって試料周辺に流れる遮蔽電流が作る見かけ上の磁化と考えることができる。薄膜ではM2≫M1となり、磁化Mは傾き角θに大きく依存することになる。例えば、超伝導薄膜試料が外部磁場H0に対して厳密に平行に設置された場合、つまり、傾き角θが厳密に0の場合、磁化Mは磁化平行成分M1と等しくなる。一方、超伝導薄膜試料が外部磁場H0に対して傾いた場合、つまり、傾き角|θ|>0となる場合、磁化垂直成分M2が発生する。M2≫M1の条件下では、磁化Mが傾き角θに大きく依存することになる。また、傾き角θの大きさによっては、磁化Mの符号が変化することもある。
また、第二種超伝導体の特性として、外部磁場H0が下部臨界磁場強度HC1未満の範囲では、外部磁場H0の変化に対して磁化Mの変化が比較的大きくなり、外部磁場H0が下部臨界磁場強度HC1以上となる範囲では、外部磁場H0の変化に対して磁化Mの変化が比較的小さくなり、磁化Mの変化量が安定することが知られている(例えば、文献(超伝導応用の基礎、松下照男等、米田出版)参照)。これによると、外部磁場の垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1未満となる範囲では、磁場垂直成分H0sinθの変化量に対する磁化垂直成分M2の変化量が比較的大きくなり、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1以上となる範囲では、磁場垂直成分H0sinθの変化量に対する磁化垂直成分M2の変化量が比較的小さくなり、磁化垂直成分M2の変化量が安定することになる。つまり、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1未満となるような傾き角θの範囲においては、傾き角θの変化量に対する磁化垂直成分M2の変化量が比較的大きくなり、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1以上となるような傾き角θの範囲においては、傾き角θの変化量に対する磁化垂直成分M2の変化量が比較的小さくなり、磁化垂直成分M2の変化量が安定するといえる。磁場垂直成分H0sinθは、傾き角θが大きくなるほど大きくなる。つまり、比較的小さい傾き角θの範囲では、磁場垂直成分H0sinθは比較的小さくなり、比較的大きい傾き角θの範囲では、垂直成分H0sinθは比較的大きくなる。従って、比較的小さい傾き角θの範囲では、垂直成分H0sinθは下部臨界磁場強度HC1未満となり、比較的大きい傾き角θの範囲では、磁場垂直成分H0sinθは下部臨界磁場強度HC1以上となる。このことから、傾き角θを所定角度以上に設定することにより、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1以上となって、傾き角θの変化量に対する磁化垂直成分M2の変化量が比較的小さくなり、磁化垂直成分M2の変化量が安定するといえる。
上記のように、磁化Mは傾き角θに依存するとともに、磁化Mにおいて磁化垂直成分M2が支配的となっている(M2≧M1)。従って、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1未満となる範囲、つまり、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1未満となるような比較的小さい傾き角θの範囲においては、傾き角θの変化に応じて磁場垂直成分H0sinθが変化して磁化垂直成分M2が比較的大きく変化する。磁化垂直成分M2が支配的であるため(M2≧M1)、磁化垂直成分M2が比較的大きく変化することにより、傾き角θの変化量に対する磁化Mの変化量が比較的大きくなる。そのため、傾き角θの変化量が比較的小さい場合であっても、超伝導薄膜試料(検出コイル30A,30B)にて発生するシールド電流の変化量が比較的大きくなる。
一方、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1以上となる範囲、つまり、磁場垂直成分H0sinθが下部臨界磁場強度HC1以上となるような比較的大きい傾き角θの範囲においては、傾き角θの変化に応じて磁場垂直成分H0sinθが変化しても、磁化垂直成分M2の変化量は比較的小さく、磁化垂直成分M2の変化量は安定している。それ故、磁化垂直成分M2が支配的であっても、傾き角θの変化量に対する磁化Mの変化量は比較的小さくなり、磁化Mの変化量は安定する。そのため、超伝導薄膜試料(検出コイル30A,30B)にて発生するシールド電流の変化量が比較的小さくなる。
例えば、傾き角θ=atan(HC1/H0)とすることで、傾き角θの変化量に対する磁化Mの変化量を比較的小さくすることが可能となる。その結果、超伝導薄膜試料(検出コイル30A,30B)にて発生するシールド電流の変化量も小さくなる。つまり、傾き角θに対するシールド電流の角度依存性が緩和されることになる。
例えば、傾き角θ=0.5度とし、外部磁場(静磁場)H0が165kガウス(700MHzに相当)であるとする。この場合、磁場垂直成分H0sinθは1000ガウス程度となる。この値は、YBCO等の一般的な超伝導体の下部臨界磁場強度HC1程度の磁場に相当する。下部臨界磁場強度HC1以上の磁場の下では、コイルの端だけでなくコイルの内部に磁束が入り込み、傾き角θに対する磁化Mの変化量が比較的小さくなる。このように、傾き角θを0.5度以上とすることにより、傾き角θに対する磁化Mの変化量が比較的小さくなる。また、NMR測定を適切に実行するためには、傾き角θは3度以下であることが好ましい。また、磁場垂直成分H0sinθをより確実に下部臨界磁場強度HC1以上としつつ、NMR測定を適切に実行するために、傾き角θは1〜2度であることがより好ましい。
次に、シールド電流に起因する磁場の相殺現象(打ち消し合い現象)について説明する。図5には、検出コイル30A,30Bが模式的に示されている。コイルの詳細な形状は本質的ではないため、検出コイル30A,30Bは矩形状の枠体として示されている。検出コイル30A,30Bは、外部磁場(静磁場)H0に対して傾斜している。外部磁場H0中に検出コイル30Aが配置されると、検出コイル30A内で分極が生じ、検出コイル30Aの上部30Aaと下部30Abが磁化される(符号+,−は磁化の様子を示している)。上部30Aaと下部30Abの周囲には、この磁化による磁場が発生する。検出コイル30Bも同様に、上部30Baと下部30Bbが磁化され、この磁化による磁場が発生する。
検出コイル30A,30Bが磁化することにより、検出コイル30Aの上部30Aaの内側では上向きの磁場が発生し、下部30Abの内側では下向きの磁場が発生する。また、検出コイル30Bの上部30Baの内側では下向きの磁場が発生し、下部30Bbの内側では上向きの磁場が発生する。このように、上部において、検出コイル30A,30Bによって互いに反対方向の磁場が形成され、同様に、下部において、検出コイル30A,30Bによって互いに反対方向の磁場が形成される。これにより、シールド電流に起因する磁場が互いに打ち消し合い、試料空間の磁場の均一性を確保することが可能となる。
仮に、検出コイル30A,30Bを互いに厳密に平行状態に保持できれば、シールド電流に起因する磁場を完全に打ち消すことが可能となる。
ところで、仮に、検出コイル30A,30Bを外部磁場(静磁場)H0の方向に対いて傾斜させていない場合、つまり、検出コイル30A,30Bが厳密に静磁場H0の方向に対して平行に設置されている場合、検出コイル30A,30Bが僅かに傾いただけでも、検出コイル30A,30Bに生じる磁化Mの変化量が比較的大きくなる。検出コイル30A,30Bが僅かに傾いた状態では、上記の傾き角θが比較的小さい範囲の状態に該当し、傾き角θの変化量に対して磁化Mの変化量が比較的大きくなるからである。このとき、検出コイル30A,30Bが厳密に平行状態を維持したまま傾斜したのであれば、磁化Mの変化量が大きい場合であっても、検出コイル30A,30Bで生じる磁場(シールド電流に起因する磁場)の大きさは理論的には同じであるため、理論的には、シールド電流に起因する磁場は完全に打ち消されることになる。しかし、その厳密な平行状態が維持されない場合には、検出コイル30A,30Bで生じる磁場(シールド電流に起因する磁場)の大きさに差が生じる。磁化Mの変化量が比較的大きくなる傾き角θの範囲(この範囲は、比較的小さな傾き角θの範囲に相当し、外部磁場H0の方向から僅かに傾いたときの角度の範囲に相当する。)では、その差は相殺では解消できないほど大きくなり得る。それ故、相殺後に残存する磁場(シールド電流に起因する磁場)は比較的大きくなり、外部磁場H0の不均一性が増大することになる。
これに対して、本実施形態では、検出コイル30A,30Bは、外部磁場H0に対して、角度θ1、つまり磁化Mの変化量が安定する角度に傾斜させられている。これにより、検出コイル30A,30Bの傾きが僅かにずれて検出コイル30A,30Bが互いに厳密に平行状態でなくなった場合であっても、検出コイル30A,30Bのそれぞれに発生する磁化Mの変化量は比較的小さくなり、シールド電流に起因する磁場の変化量も比較的小さくなる。仮に、検出コイル30A,30Bを厳密に平行状態に保持できずに、検出コイル30Aで生じる磁場の大きさと、検出コイル30Bで生じる磁場の大きさと、に差が生じても、磁化Mの変化量は比較的小さいので、その差は比較的小さくなる。それ故、相殺後に残存する磁場(シールド電流に起因する磁場)は比較的小さくなり、外部磁場H0の不均一性の増大を抑制することができる。
以上のように、本実施形態によると、仮に、検出コイル30A,30Bを互いに厳密な平行状態に保持できない場合であっても、シールド電流に起因する磁場を適切に打ち消して、外部磁場の不均一性の増大を抑制することが可能となる。例えば、製造上、厳密な平行が得られない場合であっても、外部磁場H0の不均一性の増大を抑制することができる。
なお、試料付近に金属等の部材を設置することは、NMR測定において好ましくない。上記の構成のように、下側治具50によって基板32A,32Bの下部を保持し、上側治具60によって基板32A,32Bの上部を保持することにより、試料付近に金属等の部材を設置せずに、基板32A,32Bを保持することが可能となる。
また、下側スペーサ54及び上側スペーサ62の側面(側面54a,54b,62a,62b)を精密加工して側面を平行にすることにより、基板32A,32Bの平行状態が容易に実現される。
(変形例1)
次に、図6及び図7を参照して、変形例1に係る検出コイル用治具について説明する。図6は、検出コイル用治具を横から見た図であり、図7は、検出コイル用治具を上から見た図である。図7において、上側治具120の図示は省略されている。なお、変形例1においても、上述した実施形態と同様に、検出コイル30A,30Bと基板32A,32Bが用いられる。
変形例1に係る検出コイル用治具100は、基板32A,32Bの下部を保持する下側治具110(下側保持部材)と、基板32A,32Bの上側を保持する上側治具120(上側保持部材)と、を含む。検出コイル用治具100は、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態となるように基板32A,32Bを保持する。以下、下側治具110と上側治具120について詳しく説明する。
下側治具110は、ベース部材112、下側スペーサ114、下側カバー116A,116B、及び、下側ネジ118を含む。ベース部材112は平坦な部材であり、その表面上には突起状の下側スペーサ114が設けられている。下側スペーサ114の両側面(側面114a,114b)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。一方の側面114aには基板32Aの下部が接し、対向する側面114bには基板32Bの下部が接する。また、側面114a,114bは、ベース部材112の表面の法線方向に対して平行となるように加工されている。ベース部材112及び下側スペーサ114は、セラミックや金属(例えば銅)によって構成されている。ベース部材112は、図2に示されているステージ19上に設置されて固定される。これにより、ベース部材112を介して検出コイル30A,30B等が冷却される。
基板32Aの下部は、下側スペーサ114の一方の側面114aと下側カバー116Aとによって挟まれており、下側ネジ118によって下側カバー116Aとともに下側スペーサ114の側面114aに固定されている。つまり、基板32Aの下部は側面114aに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの下部は、下側スペーサ114の他方の側面114bと下側カバー116Bとによって挟まれており、下側ネジ118によって下側カバー116Bとともに下側スペーサ114の側面114bに固定されている。つまり、基板32Bの下部は、側面114bに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの下部の間に下側スペーサ114が配置されており、基板32A,32Bの下部は、下側スペーサ114の側面114a,114bに接合されている。側面114a,114bは互いに平行となるように加工されている。それ故、基板32A,32Bは、下部において互いに平行状態となるように保持される。
上側治具120は、上側スペーサ122、上側カバー124A,124B、及び、上側ネジ126を含む。上側スペーサ122の両側面(側面122a,122b)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。一方の側面122aには基板32Aの上部が接し、対向する側面122bには基板32Bの上部が接する。
基板32Aの上部は、上側スペーサ122の一方の側面122aと上側カバー124Aとによって挟まれており、上側ネジ126によって上側カバー124Aとともに上側スペーサ122の側面122aに固定されている。つまり、基板32Aの上部は、側面122aに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの上部は、上側スペーサ122の他方の側面122bと上側カバー124Bとによって挟まれており、上側ネジ126によって上側カバー124Bとともに上側スペーサ122の側面122bに固定されている。つまり、基板32Bの上部は、側面122bに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの上部の間に上側スペーサ122が配置されている。
下側スペーサ114の幅A1(側面114aと側面114bとの間の幅)と、上側スペーサ122の幅A2(側面122aと側面122bとの間の幅)と、が等しくなるように、下側スペーサ114及び上側スペーサ122が加工されている。それ故、下部において基板32A,32Bの間に下側スペーサ114が配置され、上部において基板32A,32Bの間に上側スペーサ122が配置されることにより、基板32A,32Bの平行状態を維持することが可能となる。なお、幅A1,A2は、一例として8〜10mm程度である。
基板32A,32Bの間には試料空間130が形成され、その試料空間130内に試料管24が配置される。
上記の検出コイル用治具100を用いることにより、基板32A,32Bが互いに平行状態に保持される。これにより、基板32A,32B上に形成された検出コイル30A,30Bは互いに平行状態に維持される。
変形例1によると、検出コイル30A,30Bにシールド電流が発生した場合であっても、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態に保持されているので、シールド電流に起因する磁場を相殺する(打ち消し合う)ことが可能となる。これにより、試料空間の静磁場の不均一性を解消又は低減することが可能となる。
(変形例2)
次に、図8及び図9を参照して、変形例2に係る検出コイル用治具について説明する。図8は、検出コイル用治具を横から見た図であり、図9は、検出コイル用治具を上から見た図である。図9において、上側治具220の図示は省略されている。なお、変形例2においても、上述した実施形態と同様に、検出コイル30A,30Bと基板32A,32Bが用いられる。
変形例2に係る検出コイル用治具200は、基板32A,32Bの下部を保持する下側治具210(下側保持部材)と、基板32A,32Bの上部を保持する上側治具220(上側保持部材)と、を含む。検出コイル用治具200は、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態となるように、基板32A,32Bを保持する。以下、下側治具210と上側治具220について詳しく説明する。
下側治具210は、ベース部材212、下側スペーサ214、下側カバー216A,216B、及び、下側ネジ218を含む。ベース部材212は平坦な部材であり、その表面上には突起状の下側スペーサ214が設けられている。下側スペーサ214の上部には下側凹部(溝部)214aが形成されている。下側凹部214aの内側の両側面(側面214aa,214ab)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。一方の側面214aaには基板32Aの下部が接し、対向する側面214abには基板32Bの下部が接する。また、側面214aa,214abは、ベース部材212の表面の法線方向に対して平行となるように加工されている。ベース部材212及び下側スペーサ214は、セラミックや金属(例えば銅)によって構成されている。ベース部材212は、図2に示されているステージ19上に設置されて固定される。これにより、ベース部材212を介して検出コイル30A,30B等が冷却される。
基板32Aの下部は下側凹部214a内に挿入され、下側凹部214aの一方の側面214aaと下側カバー216Aとによって挟まれており、下側ネジ218によって下側カバー216Aとともに側面214aaに固定されている。つまり、基板32Aの下部は、溝の側面214aaに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの下部は下側凹部214a内に挿入され、下側凹部214aの他方の側面214abと下側カバー216Bとによって挟まれており、下側ネジ218によって下側カバー216Bとともに側面214abに固定されている。つまり、基板32Bの下部は、溝の側面214abに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの下部は、下側凹部214aの側面214aa,214abに接合されている。側面214aa,214abは互いに平行となるように加工されている。それ故、基板32A,32Bは、下部において互いに平行状態となるように保持される。
上側治具220は、上側スペーサ222、上側カバー224A,224B、及び、上側ネジ226を含む。上側スペーサ222の下部には上側凹部(溝部)222aが形成されている。上側凹部222aの内側の両側面(側面222aa,222ab)は平坦な面であり、互いに平行となるように加工されている。一方の側面222aaには基板32Aの上部が接し、対向する側面222abには基板32Bの上部が接する。
基板32Aの上部は上側凹部222a内に挿入され、上側凹部222aの一方の側面222aaと上側カバー224Aとによって挟まれており、上側ネジ226によって上側カバー224Aとともに側面222aaに固定されている。つまり、基板32Aの上部は、溝の側面222aaに突き当てられた状態で固定されている。同様に、基板32Bの上部は上側凹部222a内に挿入され、上側凹部222aの他方の側面222abと上側カバー224Bとによって挟まれており、上側ネジ226によって上側カバー224Bとともに側面222abに固定されている。つまり、基板32Bの上部は、溝の側面222abに突き当てられた状態で固定されている。このように、基板32A,32Bの上部は、上側凹部222aの側面222aa,222abに接合されている。
下側凹部214aの溝幅B1(側面214aaと側面214abとの間の幅)と、上側凹部222aの溝幅B2(側面222aaと側面222abとの間の幅)と、が等しくなるように、下側凹部214a及び上側凹部222aが加工されている。それ故、下部において基板32A,32Bが下側凹部214aの側面214aa,214abに突き当てられ、上部において基板32A,32Bが上側凹部222aの側面222aa,222abに突き当てられることにより、基板32A,32Bの平行状態を維持することが可能となる。なお、幅B1,B2は、一例として8〜10mm程度である。
基板32A,32Bの間には試料空間230が形成され、その試料空間230内に試料管24が配置される。
上記の検出コイル用治具200を用いることにより、基板32A,32Bが互いに平行状態に維持される。これにより、基板32A,32B上に形成された検出コイル30A,30Bは互いに平行状態に維持される。
変形例2によると、変形例1と同様に、検出コイル30A,30Bにシールド電流が発生した場合であっても、検出コイル30A,30Bが互いに平行状態に保持されているので、シールド電流に起因する磁場を相殺する(打ち消し合う)ことが可能となる。これにより、試料空間の静磁場の不均一性を解消又は低減することが可能となる。