一般にクロマトグラフィーでは、分離される分子と、カラム(容器)の壁または充填剤との相互作用によって分子が分離される。例えば、ゲルクロマトグラフィーでは、ゲルの網目の大きさと分離される分子のサイズとによる相互作用により、小さな分子ほど自由区間体積が大きいために滞留時間が長くなる。その結果、分子量が大きな分子ほど早くカラムを通過するために、分子量による分子の分離を行うことができる(例えば非特許文献1を参照)。
また、イオンクロマトグラフィーでは、分離される分子とカラム内の充填剤や壁面の静電的相互作用により、当該カラム内に留まる滞留時間が分子の荷電状態によって異なるために分子を分離することができる。
このように、従来のクロマトグラフィーによる分子の分離では、分離すべき分子を含む混合物のサンプルをカラムまたはカラム状の流路に上流から流し、被分離分子と、カラム内に固定された分子との相互作用による移動速度の差を利用して分子を分離している。
一方、固体層や固定された液相との相互作用を用いることなく、液体中の分子の性質だけで分離する方法として、遠心分離を用いる方法や流体力学的方法がある。流体力学的方法では、サイズ(または形状)の異なる粒子が管を流れる平均流速が相違することを利用して分子を分離することができる。この流体力学的方法では、単一の溶質分子を流す場合には、その移動速度から逆に分子の性質を測定できる。この顕著な例として、流体の拡散係数を精度高く比較的簡単に測定するにはTaylor Dispersion 法があげられる(例えば非特許文献2を参照)。
この方法では、図13(A)に示すように、細長い流路1に被測定溶液を充填し、被測定分子(サンプル)と濃度がわずかに異なるサンプル液体(以下、これをサンプルプラグと呼ぶ。)をインジェクター2によりプラグ状にインジェクション(挿入)し液送する。
ここで、サンプルプラグとは、カラムまたはチューブ内で上流部および下流部が同じ液体に挟まれた長さの短いサンプル液体のことをいい、クロマトグラフィーで用いられるインジェクターを使用してカラムまたはチューブ内に形成されるものである。
サンプルプラグの形成された直後は、その上流部および下流部が液体と混ざらずに溶質濃度の高い部分として存在するが、当該サンプルプラグが下流へ流れるにしたがって上流部および下流部の液体と混合しながら流れるのである。そして流路1の下流に設けられた検出器3により、このサンプルプラグを濃度差に基づいて検出する。
図13(B)に示すように、流路1は、直径2rおよび流路長さLでなり、上流側端部がインジェクター2によるインジェクション部分となり、下流側端部が検出器3による検出部分となる。
図14に示すように、サンプルプラグの濃度はカラムの軸方向(長手方向)には矩形の濃度分布により流れ始め、下流方向に向かうにしたがって拡散により広がり、正規分布に
従う濃度分布を示す。この下流における濃度分布の広がりとリテンション(滞留)時間を測定すると、次の(式1)にしたがってサンプルプラグの移動相中での拡散係数Dmを測定することができる(例えば非特許文献3を参照)。この(式1)の各記号は、下流で測定される濃度分布に比例する信号を出力する検出器3の信号強度波形を規定する係数である。
………………………………………………………(式1)
r:流路(カラムまたはチューブ)の半径
tR:最高濃度(ピーク)の到達時間(リテンション時間)
W1/2:検出されるピークの半値幅(時間)
この測定では、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)用のポンプ、インジェクター2および検出機3を利用することができ、既存の装置で高精度にデータの収集、拡散係数Dmの自動測定が可能である。Taylor Dispersion 法では、移動相の粘度がリテンション時間に関係するが、拡散係数Dmには影響しない。
流路1の出口で濃度を測定するには、光吸収のある分子では吸光度を、適当な波長域で光吸収のない分子では屈折率を測定すればよい。Taylor Dispersion 法による実際の測定では、内径が500μm以下の流路1が使用され、流路長さLは30m程度で、リテンション時間が数時間にも及ぶ測定が行われる。
流路1内は層流で流れるために、動径方向に流速分布ができ、中心が最高速で流れ、流路1内にインジェクションされたサンプルプラグは流路1内で円錐状に変形する。しかし、動径方向への拡散のため濃度が均一となり、おおよそ円筒状の濃度分布になって下流方向へ流れていく。この流路1が長いために、サンプルプラグを上流から下流まで流し切るのに非常に多大な時間を要するが、時間をかけないと拡散により円筒状の濃度分布ができない。
また、Taylor Dispersion 法の別の形態では、サンプルプラグとしてインジェクトすることにより流路1に流し、ガウス分布の濃度変化を流路1の出口で測定するのに代えて、溶液の流れを瞬間的に異なる溶液濃度に切り替え、ステップ状の濃度変化を流路1に与えて流すと、誤差関数型の濃度変化で下流方向へ流れていくという方法(例えば非特許文献1を参照)もある。
この場合も、下流方向へ流れるにしたがって、溶液が静止していた場合(または流速が「0」だった場合)に観測される分子拡散が大きくなるとともに、流速分布による混合の複合効果による濃度分散が大きくなり、誤差関数が時間方向へ引き伸ばされたような形状の濃度分布が観測される。
この分散の度合いを指標にして拡散係数Dmを求めることができる。ここで、移動相の流れを瞬間的に高濃度溶液に切り替えるには、予め流路1の入口部分で移動相の液体がちょうど流路1の入口に達した時に切り替えればよい。このようにTaylor Dispersion 法を使った方法により液体の拡散係数Dmを測定することができるのである。
しかしながら、従来の方法でTaylor Dispersion 法を実現するには、拡散係数Dmの測定に多大な時間を要することや、液体の切り替え時に気泡の混入を避ける必要があり、時間
を要するだけでなく煩雑な測定となる。
このような問題を解決するために、チューブ状の長い流路1を用いる代わりに、マイクロ流路を使って拡散係数Dmの測定を行うと、測定時間を短縮し、煩雑な操作を簡素化することができる。ただし測定時間が短い場合、定常状態を仮定するTaylor dispersion 法は成立せず時間依存の分散状況を考慮する必要がある場合もある。
例えば、非特許文献4では、25×25mmのPDMS(ポリジメチルシロキサン)製のシリコン部材を用いて作成された、流路高さ10μm、幅50μmの流路に圧力制御ポンプを接続した構成で流路中心付近の濃度を測定すると、計算上、混合後、流路を1mmだけ流れる時間が、拡散係数Dmに依存することを示している。これはマイクロ流路を用いると拡散によって流路の断面方向へ濃度が均一化する以前に測定することが可能になるためである。また、非特許文献4では、拡散係数Dmが5e-10では、時間1sでTaylor Dispersion 法による流速に近づくことが示されている。
このように、マイクロ流路を使って、古典的なTaylor Dispersion 法をmm単位のスケールでも実行することができ、その測定時間は秒単位で高速な測定を行うことができる。さらに、マイクロ流路を使うと液体間の相互作用を用いた拡散係数による分子の分離も可能である(例えば非特許文献5を参照)。
一方、液体を停止させた状態で拡散係数Dmを測定することもできる。例えば、引用文献6による方法では、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)用のポンプとサンプルインジェクターを用いて、被測定分子を含むサンプルプラグを充填剤のないカラムに導入する。
カラムの中ほどまでサンプルプラグが進んだところで、流路の流速を「0」にして、カラム内でサンプルプラグが拡散により広がるのを待つ。適当な時間の経過後に、再び液相し、カラムの出口に接続された検出器により被測定分子の拡散による広がりを測定する。つまり、クロマトグラフィーにおけるピークの幅Wを測定する。
このように流路の流速を「0」にして液体を停止させた状態で拡散係数Dmを測定する方法では、長い流路を使用する必要がないためカラムを小さくすることができ、温度制御を行い易いうえ、カラムが短いため流路の直線部分が殆どを占め、理想的な層流を実現し易いといった利点がある。
サンプルプラグの広がりは、濃度分布におけるピーク形状の標準偏差、または重心位置、一般的にはn次モーメントで定量化することができる。例えば、ピークの形状が関数f(t)の場合(tは時間)、
と定義すると、n=1ではf(t)の受信時間、n>=2では信号の大きな部分を重視しノイズの影響を軽く見る代表時間となる。
カラム中の液体を静止させ、しかもカラム中の拡散による濃度勾配の広がりに影響を与えないためには、カラムの両端を高精度なバルブ操作によって同時刻に閉鎖する必要がある。また、バルブの閉鎖動作時にカラム両端でサンプルプラグの体積に比して液体の大きな体積変化があると、その分だけ、カラム内でポンプ以外の圧力源(液体)によりサンプルプラグの加圧または移動が起こり、当該サンプルプラグの状態を一定に保つことができ
なくなる。したがって、体積変化が非常に小さいバルブの閉鎖動作によって液体を確実に静止させる必要がある。
Taylor Dispersion 法では、層流ではあるが、上流部で狭い範囲に集中していたサンプルプラグが下流へ流れるにしたがって周りの液体と混ざる効果があり、被測定分子(サンプル)の到達速度は層流の流速とは異なる。
サンプルプラグが流路に導入された後は当該サンプルプラグが流れによって変形され、拡散により均一に広がる。また、速度分布のある流路をサンプルプラグが流れているために、空間的にもサンプルプラグの形状が変化する。ここで、サンプルプラグの形状とは、流路の流れ方向に対する濃度の分布である。サンプルプラグは、流路を流れる液体の濃度の異なる部分であり、その移動速度は拡散がない場合の流速と拡散による流速の合成により計算することができる。
マイクロ流路で実現し易い流路断面形状が長方形の場合、拡散のない場合の流速は、以下のようになる。流路断面(yz面)内でのx方向に流れる層流の流速分布ν(y,z)は、次の(式2)となる。
………………………………………………(式2)
ただし、次の(式3)、(式4)、(式5)、(式6)である。
……………………………………………………………………(式3)
…………………………………………………………………(式4)
……(式5)
…………………………………(式6)
ここで、aは流路高さの半分、bは流路幅の半分、Lは流路長さ、ΔPは流路両端の圧力差、sは流路断面形状のアスペクト比である。
体積流速Uは、次の(式7)、(式8)となり、中心での最大流速ν00は次の(式9)となる。
…………………………………………………………………………(式7)
………………………………………………………………(式8)
…………………………………………………………………(式9)
ただし、F(s)は、断面形状の関数であり、次の(式10)で表される。
………………………………………(式10)
これらの流速(体積流速Uおよび最大流速ν00)は、層流で定常的に流れる場合であり、実際の流路では流路内で液体が移動を開始してから流速分布ν(y,z)が定常になるまでには、速度「0」から(式7)乃至(式9)の流速(体積流速Uおよび最大流速ν00)に収束するように流れる。この時間は非常に短い。
一方、拡散を考慮したサンプルプラグ(に含まれる被測定分子)の濃度の伝搬速度は、断面形状のアスペクト比が1から離れている場合には、高さ方向と幅方向で定常流速になる時間に差があるため、高さ方向と幅方向とで段階的(時間的)に流速が変わることがある。
流路両端にかかる圧力が「0」で、液体の移動がない場合には、サンプルプラグは拡散のみによって流路内に広がっていく。初期濃度の分布がデルタ関数とすると、この空間的な広がりは正規分布となる。この正規分布の標準偏差をσとすると、流路を埋めた溶液中でのサンプルプラグの拡散係数Dmとの関係は、次の(式11)となる(例えば、非特許文
献4を参照)。
……………………………………………………………………(式11)
ただし、tは拡散を開始してからの時間である。この(式11)の関係から、流路内の濃度分布を測定し、その広がり即ち分散σ2を時間の関数として求めると、その傾きから拡散係数Dmを求めることができ、次の(式12)のように表される。
…………………………………………………………………(式12)
圧力駆動のマイクロ流路では、電気浸透流による駆動と比較して、流路の壁面の影響を受けずに流速をコントロールできるので、液体中の分子が壁面に付着するような場合でも使用することが可能である。例えば、全血、血漿、牛乳など、その組成がサンプル毎に大きく異なり、壁面に吸着し易い分子を含んでいる液体では、マイクロ流路の壁面処理を行っても、その電気的性質を一定に保つことはできないため、電気浸透流による流速が不規則になったり、吸着によって流路壁面での分極が無くなれば全く流れなくなったりする。
一方、マイクロ流路に外部から圧力をかけて液体を送流する場合には、一定の圧力差を流路の両端に与えれば液体分子の化学的性質に関係なく安定して送液することができる。その流速(体積流速Uおよび最大流速ν00)は、単純な長方形流路断面形状の場合、前述の(式7)乃至(式9)にしたがって計算することができる。これ以外の複雑な形状の流路であっても、数値計算によって圧力流の流速を求めることができる。
圧力流を用いてクロマトグラフィーのようにマイクロ流路に移動相とサンプルプラグとを流す場合、流路の断面内での流速分布があるために、サンプルプラグが流路の流れ方向に広がってしまう。被測定分子(サンプル)と移動相とが全く混ざらない場合は、そのまま被測定分子(サンプル)と移動相との境界が引き伸ばされていく。
単一の溶質分子の被測定分子(サンプル)と移動相とが混ざる場合には、サンプルプラグの移動相中での拡散係数Dmに依存して流れ方向と垂直な方向にも被測定分子(サンプル)が広がる。この分散が前述のTaylor(-Aris)分散として知られている(例えば非引用文献7を参照)。本来、Taylor dispersion 法は、長時間・長距離の送液で流路の断面内濃度分布が均一になった状態を指す。
このように、流路の両端で圧力差があり、液体が流れる場合には、液体の流れる流速が断面の位置によって異なるため、サンプルプラグの変形が起こり、拡散で均一になりながら流れるが、流れの無い場合に比べると、サンプルプラグの広がりの速さは速くなる。
流速が速いほど、また拡散係数Dmが大きいほど濃度の分散が大きく、溶液が静止していた場合の拡散(分散)係数Du=0と、断面平均流速uで流れていた場合の拡散係数Duとの比Kは、次の(式13)となることが知られている(例えば非特許文献7を参照)。この場合、分散を含むDuも拡散係数と呼ぶことにする。
……………………………(式13)
ここで、hは流路高さであり、Pe=uh/Du=0 は、流体力学的無次元数のPeclet number である。Peの分母は拡散による広がりを表し、分子は層流の速度分布による広がりを表し、Peはそれらの比になっているので、Peが大きいほど拡散の効果が小さいことになる。
またfは、流路断面形状の関数であり、無現に広い2枚の平行平板で挟まれた流路の場合が「1」である。流路幅1mm、流路高さ75μmの矩形断面のマイクロ流路では、アスペクト比が0.075で関数f=7.12となる。アスペクト比が1では関数f=7.95となる(例えば非特許文献7を参照)。
例えば、流路長さ8mm、流路幅1mm、流路高さ75μmのマイクロ流路に100Paの圧力をかけて送液した場合、液体の粘度を1e-3Pa-sとすると、断面平均流速U=0.0089m/sとなる。また、断面中心では、最大流速ν00=0.014m/sとなる。この値を用いると、拡散係数Du(=1e-9 m2/s)の無機塩などの小分子ではPe=668となり、アスペクト比が0.075で関数f=7.12なので、比K(=15130)となる。また、拡散係数Du(=1e-11 m2/s)のタンパク質などの高分子ではPe=667508となり、アスペクト比が0.075で関数f=7.12なので、比K>1e9となる。
このように、Taylor Dispersion法では、下流でのサンプルプラグの広がりが分子の熱的拡散による効果に加えて、流路内の流速分布による効果で増幅される。その増幅分を(式13)の比Kによって補正することにより溶媒中で溶質が拡散する相互拡散係数を測定することができる。なお、この比Kは流路形状から予測することができる。
ここで、相互拡散係数は、純水の中の水分子の拡散(自己拡散)とは異なり、溶媒の性質と溶質の濃度の影響を受ける。本発明における流路中での溶質の振る舞いは相互拡散係数として記述することができる。なお、この明細書において、拡散係数は自己拡散ではなく相互拡散係数を意味するものとし、拡散係数および相互拡散係数の用語が用いられることがある。
また、Taylor Dispersion法自体が有効である、測定時間とPeclet numberとの関係の領域は例えば、非特許文献8の646頁の図20.5-2を参照のように知られているので、サンプルプラグと流路形状と送液条件とが決まれば適切な解析法を選択し、正しく拡散係数Dmを求めることができる。
例えば、サンプルプラグを形成し、短い流路で拡散させながら層流で送液すると、流路断面内での濃度が均一になる前の状態で測定する必要があるため、層流による被測定分子(サンプル)の広がりと拡散による被測定分子(サンプル)の広がりとの比である流路断面形状の関数fを定数として仮定できないPeclet numberと測定時間の領域がある。そのような条件では、数値計算をもとにして流路断面形状の関数fを補正する方法が提案されている(例えば非特許文献4を参照)。
Taylor Dispersion法は、長方形断面の流路では、少なくとも流路断面の短い距離方向には均一になって流れるため拡散係数Dmの測定が可能になる。流路中心では両側からの拡散によって周辺よりも濃度が均一になるのが速い。流路断面で濃度が均一になる条件はキャピラリーチューブ(毛細管)を用いると、長尺の流路を容易に用意することができるの
で、流れる時間を長くすることが容易で、流路断面内で濃度が均一になる条件を設定することができる。
しかし、この場合には測定装置は大型化し、測定時間も長くなる。キャピラリーチューブを用いたTaylor Dispersion法の測定では、キャピラリーチューブの内径が100μm前後で長さが10m程度のキャピラリーチューブを使用する例がある(例えば、非特許文献9を参照)。
装置サイズを小型化して相互拡散係数Dmの測定時間を短縮しながら測定するにはマイクロ流路を使用する方法が提案されている。しかしながら、断面の縦または横の長さが100μm程度のマイクロ流路のような短い流路では、非測定溶質の濃度が流路断面で均一になるまでには時間がかかり、一方、流路断面の縦または横の長さが短い流路では、短い時間での測定が可能になるが、送液に高い圧力が必要になる。
また、流路断面の縦または横の長さを100μm程度にして長い流路を作成するためには、曲げを導入する必要があり、加工プロセスが複雑化してしまう。これは、マイクロ流路の作製では、平面の基板に露光技術等により流路回路を作成するからである。
曲げを導入すると、その曲りの内部の内側と外側とで流速が異なり、新たな分散要因になり、解析が複雑化し、その結果、測定の精度が低下する。また、流路が長くなると、測定時間を短縮することもできない。したがって短い流路を用いて短時間で拡散係数Dmを測定する工夫が必要である。
ところで、移動相およびサンプルプラグの組成を同じにして、当該移動相とは濃度だけが異なるサンプルプラグを用いると、拡散係数Dmの濃度依存性を測定することができる。また、特定の組成の移動相中での(相互)拡散係数Dmを直接測定することができる。下流の検出器で被測定分子(サンプル)の濃度を測定すると、検出器に対する被測定分子(サンプル)の到達によって、時間的に変化する濃度が測定される。この変化のピーク時間での濃度信号最大値で規格化された濃度Cmsは、次の(式14)となる。
………………………………………(式14)
ここで、tは時間、tRはピークの最大時間である。この濃度Cmsは正規分布の形になる。ただし、流路の下流では、サンプルプラグは移動相によって薄まり、ピークとして見え難くなる。
さらに、下流でサンプルプラグの濃度を検出する場合、長時間にわたってサンプルプラグの通過を検出しなければならないので、検出器にドリフトがあると、当該ドリフトとサンプルプラグの通過を見分けることが困難になる。
一方、サンプルプラグを流す代わりに、移動相に続いて、流れを被測定分子が溶けた溶液に切り替え、当該溶液を連続して送液しても同様に測定することができる(例えば、非特許文献2、9を参照)。
この場合、下流では検出器3によって検出される移動相に対する溶液の濃度は、移動相
だけが流れている間は「0」であるが、切り替えられた溶液が流れ着くと徐々に濃度が上昇し、最終的には流入させた溶液の濃度にまで到達する。したがって検出器3により測定される濃度を溶液の濃度で規格化した規格化濃度Ctoは0から1に変化する。その規格化濃度Ctoの時間変化は、次の(式15)となる。
………………………………………(式15)
ここで、Lは移動相を溶液に切り替えた地点から検出器3までの距離である。この方法では、検出器3の出力波形が誤差関数となっており、時間を要しても検出器3で検出される濃度は0から当初の溶液濃度までの間で変化するので大きな信号が得られる。この濃度Cmsや規格化濃度Ctoを測定し、解析式を選択または既知の補正を行うことにより相互拡散係数Dmを測定することができる。
<拡散係数測定装置の概要>
以下、本発明の実施の形態における拡散係数測定装置の概要について説明する。この拡散係数測定装置は、流路の流れに沿って互いに反対方向へ拡散する少なくとも2種類以上の第1液および第2液が混合されて、当該第1液および当該第2液が互いに拡散したときの合成濃度を測定し、その合成濃度と第1液および第2液のそれぞれの拡散係数との関係を表す関係式を近似し、当該関係式および当該合成濃度の測定値に基づいて第1液および第2液の拡散係数を従来に比して短時間のうちにそれぞれ算出するものである。
<拡散係数測定装置の構成>
図1に示すように、拡散係数の測定を実行するための拡散係数測定装置100は、マイクロ流路チップ101と、当該マイクロ流路チップ101を載置した状態で接続された屈折率測定装置102と、FEP(フッ素樹脂)チューブ103によりマイクロ流路チップ101の大気解放された液体導入穴110と接続される注入装置としての液体分注装置104と、当該FEPチューブ103によりマイクロ流路チップ101の液体排出穴111と気密状態のまま接続された気液分離装置105と、当該気液分離装置105とFEPチューブ103により接続された液送開始装置としての圧力制御ポンプ106とによって構成されている。
図2に示すように、マイクロ流路チップ101は、マイクロ流路112の主流路113の一端に液体導入穴110が形成されるとともに当該マイクロ流路112の主流路113の他端に液体排出穴111が形成された構成を有している。主流路112の流路形状は、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を使った鋳型法で作成されている。このマイクロ流路チップ101は、ガラス(BK7)の基板とマイクロ流路112とを接着して構成されている。
屈折率測定装置102は、マイクロ流路112の主流路113の中心線に沿った壁面近傍位置の屈折率を測定するものである。屈折率測定装置102は、表面プラスモン共鳴(SPR)型または臨界角あるいはブリュースター角測定型の装置を用いることができる(同一の装置である)。SPR型の場合には、マイクロ流路112の屈折率測定装置102側の壁面に金属膜が必要である。なお、気液分離装置105は、気体と液体とを分離する装置であり、液体分注装置104は液体導入穴110に対して液体を所定のタイミングで供給するものである。
なお屈折率測定装置102は、CPU(Central Processing Unit)、メモリ、インタフェース等からなるコンピュータ(ハードウェア)にコンピュータプログラム(ソフトウェア)をインストールすることによって実現され、当該屈折率測定装置102における屈折率の測定部(後述する)および拡散係数の算出部(後述する)等の機能については、コンピュータの各種ハードウェア資源とコンピュータプログラムとが協働することによって実
現される。また、コンピュータプログラムは、コンピュータ読取可能な記録媒体や記憶装置に格納された状態で提供されても良く、或いは電気通信回線を介して提供されても良い。
<屈折率の減少>
このような構成の拡散係数測定装置100において、マイクロ流路112における主流路113の体積の10倍となる水を液体分注装置104により液体導入穴110に滴下し、圧力制御ポンプ106により一定の圧力で吸引すると、主流路113内を所定の圧力状態にすることができ、その圧力状態に応じた液速で液体(水)が主流路113の中を流れ、主流路113を満たした後、気液分離装置105に達する。液体は気液分離装置105の底に溜まり、圧力の制御に必要な気体が圧力制御ポンプ106に達する。
なお、拡散係数測定装置100では、気液分離装置105と圧力制御ポンプ106とが分離された状態で用いられているが、これに限るものではなく、液体の圧力も制御可能な圧力制御ポンプが液送開始装置として用いられるようにしても良い。
そして、液体分注装置104によりマイクロ流路112における液体導入穴110に溶液(サンプル)を滴下した後、当該液体導入穴110のサンプルの体積が徐々に減り、その水面がマイクロ流路112の入り口(液体導入穴110と主流路113との接続点)まで下がると、水(液体)の表面張力と圧力制御ポンプ106の圧力とがバランスし、それ以上は水(液体)が動かなくなった。
このときに屈折率測定装置102の測定部により主流路113の屈折率を測定すると、水の屈折率に相当する値が当該主流路113と平行な測定軸Zに沿って均一に測定された。これは主流路113が水で満たされていたからである。
次に、屈折率Aの1.1M(モル)のKCL溶液を第1液としてマイクロ流路112における液体導入穴110に滴下した。この滴下されたKCL溶液(第1液)は、先にマイクロ流路112の入り口まで満たしていた水と接続し、このため著しく表面張力が低下し、圧力制御ポンプ106の圧力により液送され始めた。
液体導入穴110のKCL溶液(第1液)が無くなると、また表面張力と圧力制御ポンプ106の圧力がバランスし送液は停止された。この時に、屈折率測定装置102では、屈折率Aに相当する値が均一に測定された。KCL溶液(第1液)の屈折率Aは水の屈折率よりも、装置の精度に比して十分大きく観測された。
次に、屈折率測定装置102を1/150秒毎に測定できるように設定し、屈折率の時間変化を測定した。この設定において液体導入孔110に屈折率Bの1.3M(モル)のNaCL溶液を第2液として滴下した。このときも、屈折率BのNaCL溶液(第2液)の送液が圧力制御ポンプ106の圧力により開始された。
このとき屈折率測定装置102では、図3(A)に示すように、屈折率Aから屈折率Bに主流路113の中が切り替わる状態が観測された。屈折率A、Bについては、屈折率Aよりも屈折率Bの方が高かった。図3(A)では時間をX軸に、主流路113中での上流から下流への位置をY軸に、屈折率の時間変化をZ軸に表示している。
また屈折率測定装置102では、図3(B)に示すように、主流路113の屈折率観測範囲(Y軸)の中心では、最初にKCL溶液(第1液)の屈折率Aが観測され、屈折率BのNaCL溶液(第2液)の流れの到着から時間経過とともに屈折率Bが観測されるという変化の状態が観測された。
この図3(B)では、屈折率Aから屈折率Bへ屈折率が上昇を始める前に、屈折率が僅かに一端下がっている状態(以下、これを「屈折率の減少」と呼ぶ。)が分かる。この屈折率の減少は、図3(A)では、連続した縦から傾いた領域として確認される。なお、図3及び他の図の説明では、屈折率を屈折率に比例するSPR angleと記述することがある。
次に、同様の操作として、マイクロ流路112の主流路113に屈折率Cの0.5M(モル)のNaCL溶液を第1液として先に流し、その後、屈折率Dの10%グルコースを第2液として流す条件で屈折率の測定を行った。その結果、図3(A)および(B)と同様の図4(A)および(B)を得た。ここで、拡散係数は、分子量の大きな屈折率Dの10%グルコースが、分子量の小さい塩である屈折率AのKCL溶液、屈折率BのNaCL溶液、屈折率CのNaCL溶液よりも小さく、最も拡散し難い。
図4(A)では、図3(A)とはスケールが異なるため、図3(A)よりも明瞭に屈折率の減少が確認できる。つまり、図3(A)と図4(A)とを比較すると、第2液(屈折率Dの10%グルコース)の拡散係数が小さいほど、この屈折率の減少が大きいことが分かる。
ところで、この屈折率の減少で生じたDIP領域(後述する)に相当する屈折率の値は、屈折率A、Bまたは屈折率C、Dよりも小さくなっている。この場合の操作では、屈折率A、Bまたは屈折率C、Dの混合操作であるので、その混合の過程では、その中間の屈折率が観測されるはずであるが、屈折率A、Bまたは屈折率C、Dのどちらよりも低い屈折率の値が観測されている。このような現象は容易に検出されるものである。
<屈折率の減少と拡散係数との関係>
続いて、流体挙動の数値計算を用いて、上述した現象である屈折率の減少と拡散係数との関係を調べた。ここで、屈折率は溶質の濃度であると考える。
ここでは、図1に示されたような拡散係数測定装置100と同じ形状の流路モデルを構築し、OpenFOAMのInter Mixing Foam(例えば、非特許文献10を参照)を用いて屈折率の減少を計算した。
この場合、図5に示すように、拡散係数測定装置100の主流路113をモデル化した流路200を用いた。この流路200の両端に一定の圧力をかけ、かつ、第1液と第2液の相互拡散係数を設定し、この相互拡散係数を変えながら溶質濃度の分布を計算した。
初期状態として、流路200に第1液が充填された後に第2液が注入され、当該流路200において停止していた流れが再開した時点から計算を開始し、流路200内で第1液が第2液に切り替わる状態を計算した。ここで、計算の対象の形状を簡素化するために、第2液は同じ形の流路に予め入っているものとし、流路入口面201は単一の断面形状の直方体型流路の途中にあるものとする。
計算は効率化のために二次元で行い、流路200の幅が無限大の平行平板であると設定し、流路200の下面での物質濃度勾配が「0」であり、壁面の滑りもない(non slip )境界条件を設定した。また、流路200の上方向では対称性を設定し、当該流路200の半分の厚さ(高さ)で計算するものとする。以下の図では、この半分の厚さの計算結果を示す。
図6(A)に示すように、初期状態では、第1液が流路200の大半を占め、第2液が流路入口面201の上流に配置されている。この場合、第2液と第1液とが流路長手方向
に対して垂直な境界面で接していることが分かる。また図6(B)では、屈折率の測定対象となる流路200の下面での第2液の分率(濃度)が示されている。
図7(A)に示すように、時間が経過すると、流路200の両端にかけられた圧力によって第1液と第2液とが流路200の下流方向へ流れていく。その際、相互拡散係数Dm(例えば第1液の拡散係数Dm1、第2液の拡散係数Dm2)によって第1液に対して第2液が混合しながら流れていく。この計算では、第1液および第2液しかないので、第1液から第2液への相互拡散係数Dm1と、第2液から第1液への相互拡散係数Dm2とは一致している。
Taylor dispersion法では、十分に長い時間の経過後で、第1液と第2液との境界面が流路200の流れに対して平行かつ断面内で均一になる状況である。しかし、この計算では、流路200が全長500μmと短く、時間についても開始から0.1sまでの間に流路200を流れ切るので、流路200の断面では第1液と第2液とが均一にはなり切らずに下流方向へ流れていくことが分かる。また、拡散による混合と断面内流速分布のために、流速が最大である流路中心(図7(A)の上方)で先に境界面が下流方向へ移動していることが分かる。
この場合、流路200の下面では、壁面での流速が「0」で滑りがない境界条件を仮定しているので(ゼロスリップを仮定しているので)、図7(A)の下方の流路200の下面(壁面)では液体の移動速度である流速が「0」である。しかし、流路200の下面でも、液液境界が下流方向へ移動している。これは、流路200の流れ方向とは垂直な方向にも第1液と第2液とが拡散によって混ざりながら流れるからである。図7(B)のグラフでは、流路200の壁面における第2液の濃度分布が広範囲に広がっていることが分かる。
この流路200の流路モデルでは、粘性係数が共通な第1液と第2液とが接触し、その粘性が変化することなく混合され、層流で流路200の下流方向へ流れながら混ざる。実際は、第1液および第2液も水溶液であり、第1液の溶質S1が第2液に拡散し、第2液の溶質S2が第1液に拡散する。
計算では、単純化するために、第1液および第2液は両方とも純粋な溶媒で単一の相互拡散係数Dm(第1液の拡散係数Dm1=第2液の拡散係数Dm2)で混合されるものであるとし、計算により、その混合割合を濃度と読み替えて、その混合割合(濃度)を流路200内の流れ方向の各位置と時間とに基づいて求める。なお、層流での流速は粘度に依存するが、拡散係数には依存しない。また、この計算では、粘性は不変であるとし、層流で流れるような流路形状を仮定しているので、流速の分布は相互拡散係数Dmの設定にかかわらず同じになる。
一方、第1液の相互拡散係数Ds1で計算した結果の流路方向における各地点および各時間での当該第1液の混合割合をc(y,z,t,Ds1)、第2液の相互拡散係数Ds2で計算した結果の流路方向における各地点および各時間での当該第1液の混合割合をc(y,z,t,Ds2)とすると、第2液の混合割合は1-c(y,z,t,Ds1)または1-c(y,z,t,Ds2)なので、相互拡散係数Ds1の第1液から相互拡散係数Ds2の第2液に切り替えて流した場合の濃度分布Eは、E=c(y,z,t,Ds1)+ 1-c(y,z,t,Ds2)として計算した。
ここで、溶媒に溶質S1、S2が溶けた混合状態での溶質の濃度に屈折率が比例すると考える。したがって、濃度分布Eが屈折率に比例すると仮定する。また、拡散係数Ds1、Ds2は濃度に依存せず、溶質S1、S2の拡散は独立であるとする。さらに、第1液の屈折率と第2液の屈折率は同じであると仮定する。
第1液の溶質S1の混合液体中における相互拡散係数Ds1が、第2液の溶質S2の混合液体中における相互拡散係数がDs2よりも大きい(相互拡散係数Ds1>相互拡散係数Ds2)とすると、流路200の流速が「0」の場合、すなわち流路200の両端に圧力差が無い場合、接触面(流路入口面201)では第1液の溶質S1と第2液の溶質S2とが互いに相互拡散係数Ds1、Ds2で拡散し、反対側の液体に侵入していくので、反対側の溶質濃度が徐々に上昇する一方、自分側の溶質濃度が徐々に低下する。
相互拡散係数Ds1と相互拡散係数Ds2とが同じ値である場合、溶質S1の濃度と溶質S2の濃度とが異なっていても、流路200のどの位置およびどの時間であっても溶質S1の濃度から溶質S2の濃度へ単調に変化する(すなわち相互拡散係数Ds1、Ds2は濃度に依存しない)。
しかし、相互拡散係数Ds1と相互拡散係数Ds2とが異なる場合には、拡散の速い溶質S1の方が接触面を中心に緩い空間濃度勾配で広がった分布となる。もう一方の相互拡散係数が小さく拡散の遅い溶質S2は、溶質S1よりも急峻な空間濃度勾配を保ったままの分布である。溶質S1と溶質S2との和の合成濃度が屈折率として観測されると、接触面の第1液では溶質S1の濃度が低い領域が出来、接触面の第2液では溶質S2の濃度は低下していないが、溶質S1の濃度が高い領域が出来る。
この状況を第1液の相互拡散係数Ds1が52e-9、第2液の相互拡散係数Ds2が52e-13の場合で実際に計算し、その計算結果を図8に得た。図8(A)は、流路200の壁面での第1液の濃度分布であり、X軸は時間、Y軸は流路流れ方向の位置である。時間の経過とともに濃度の変わり目が初期条件で設定した液体の初期境界面位置(Y=50μm)からY軸の下方、つまり流路200の下流方向へ流れていくことが分かる。ここで、色の薄い部分(第1液)は濃度の高い部分であり、色の濃い部分は濃度の低い部分である。
同様に、図8(B)は、流路200の壁面での第2液の濃度分布であり、第1液よりも第2液の方が小さな相互拡散係数Ds2であるため混ざりが進行しないことが分かる。この場合も、色の薄い部分(第2液)は濃度の高い部分であり、色の濃い部分は濃度の低い部分である。流路200の壁面では流速が非常に遅く、拡散による混合効果も小さい。第2液の場合、0.1sで流路流れ方向の初期境界面位置が50μm程度しか移動せず、空間濃度勾配は急峻なままで、時間の経過によっても境界面がほとんど動かないことが分かる。
図8(C)には、混合液体の屈折率として観測される第1液と第2液との合成濃度が示されている。屈折率は第1液および第2液のそれぞれの成分(溶質S1,S2)の濃度に比例するとし、また第1液の屈折率と第2液の屈折率とは等しいとする。屈折率の等しい液体同志の単純な混合では屈折率は変化しないと考えられるが、この場合、第1液の屈折率および第2液の屈折率よりも屈折率の低い領域(色の濃い部分)がY軸50μmの流路入口面201のところから出現している。
図8(C)において、時間20msでの第1液の濃度、第2液の濃度、および合成濃度の流路流れ方向の濃度(屈折率)分布をグラフ化すると図8(D)によって表わされる。この場合、下に凸のグラフ部分が第1液および第2液の合成濃度曲線である。このグラフのY=50μmのところは、初期境界面位置であった。流路200内の流れによって第2液は第1液に置き換えられるが、第1液および第2液のそれぞれの溶質S1、S1は拡散しながら下流方向へ流れる。
流路200の壁面では、流速は小さいが、流速勾配は最大になるので、当該流速勾配による撹拌効果は大きく、空間濃度勾配が緩くなっている。つまり、この空間濃度勾配は、拡散係数が大きいと緩くなる。この場合、第2液の拡散係数が小さいため空間濃度勾配が
急峻であり、第1液の拡散係数が大きいため空間濃度勾配が浅い。この浅くなった空間濃度勾配は長い距離に渡って濃度の低下が起こるが急峻な空間濃度勾配は狭い範囲(短い距離)に留まる。
第1液の空間濃度勾配と第2液の空間濃度勾配との中間では、第1液と第2液との両方の和の合成濃度がもともとの濃度を下回るDIP領域(下に凸のグラフ部分)が発生する。このDIP領域は、混合開始直後の位置と時間では、<屈折率の減少>の項において説明した「屈折率の減少」の様に測定することができる(図3(B)および図4(B)参照)。
この計算を、第1液の拡散係数Ds1は固定したまま第2液の拡散係数Ds2を変更して行い、合成濃度のDIP領域の値(以下、これをDIP値と呼ぶ)を流路200の流れ方向の位置に対してプロットした結果が図9に示されている。この図9では、図8(D)における濃度の低下を正の値に変換してDIP値としている。
図9から分かるように、第1液の拡散係数Ds1よりも第2液の拡散係数Ds2が小さくなるほど、合成濃度のDIP値が大きくなっていることが分かる。すなわち、このDIP領域は、第1液の拡散係数Ds1と第2液の拡散係数Ds2(Ds1>Ds2)との大小によって発生するものであると考えられる。
DIP領域は流路流れ方向の位置によって変化するが、流路200の端点(流路入口面201および流路出口202)以外でDIP値の最大値をとることが分かる。そのDIP値の最大値を代表値として、相互拡散係数の値(横軸)に対してプロットした結果が図10に表される。
この場合、第2液の拡散係数Ds2が1e-11から1e-7までの間でDIP値の最大値が変化することが分かる。つまり、第1液に対して混合される第2液の拡散係数Ds2が当該第1液における拡散係数Ds1よりも小さいほど混合液体の合成濃度のDIP値が大きくなるのである。なお、拡散係数範囲の最大値は第1液の相互拡散係数Ds1である。
<化学反応を伴う場合の屈折率の時間変化>
次に、化学反応を伴う場合について測定を行った。上述の<屈折率の減少>において説明した拡散係数測定装置100およびその測定方法を用いて、マイクロ流路101の主流路113に架橋剤であるグルタルアルデヒドとPEG(ポリエチレングリコール)の混合液を第1液として充填した。
次に、モノマーとしてHSA(ヒト血清アルブミン)水溶液を第2液として液体導入穴110に滴下して注入した後に液送した。この状態で主流路113の流れ方向の位置で混合液体の屈折率の時間変化を計測した。その計測結果を図11に示す。
水溶液中のHSAは、架橋剤であるグルタルアルデヒドと反応し、HSAの架橋したポリマーが生成される。その結果、分子量が大きくなり、第1液と第2液との混合された溶液の拡散係数が低下する。HSA水溶液とグルタルアルデヒドを単純に混合すると、室温の場合、数日で固化することから架橋反応が起こっていることが分かる。
図11(A)は、図8(C)と同様に、X軸が時間、Y軸が流路流れ方向の位置であり、それぞれの時間地点で測定された屈折率を表している。図11(B)は、図11(A)の屈折率観測範囲(Y軸)の中心(横線)の断面であり、屈折率の時間変化をプロットしたものである。図11(C)は、図11(A)の縦線断面であり、流路流れ方向の位置による屈折率の変化をプロットしたものである。図11(D)は、図11(A)の屈折率の
最小値を流路流れ方向の位置に対してプロットしたものである。
グルタルアルデヒド混合液(第1液)の屈折率はHSA水溶液(第2液)の屈折率よりも低いので、この測定では始状態(グルタルアルデヒド混合液)と終状態(グルタルアルデヒド混合液)を比較すると、低い屈折率から高い屈折率へ変化している。化学反応を伴わない通常の混合であれば、単調な変化で屈折率が変化するはずである。しかし、この測定では、合成濃度の屈折率が第1液および第2液よりも低くなっている(図11(B)の下に凸のグラフ部分)。
これは、図11(B)では下に凸のグラフにおけるピークの部分であり、図11(C)では左向きにピークの部分である。さらに、その値(DIP値)は、図11(D)に示すように、流路流れ方向に分布していた。上述した<屈折率の減少と拡散係数との関係>において計算した通り、拡散係数Dmの異なる液体の混合により屈折率の低下が起き、その深さ(DIP値)は第2の拡散係数Dmが小さいほど大きいので、このデータ(図11(D))は、HSA水溶液(第2液)のHSAがグルタルアルデヒド混合液(第1液)のグルタルアルデヒドで架橋したために分子量が大きくなって合成濃度の拡散係数が小さくなった結果といえる。
<拡散係数の算出>
屈折率の測定では、溶媒(例えば水)の屈折率と溶液(第1液および第2液)の屈折率との差分を用いると、多成分の混合度の屈折率(合成濃度)を後述する(式18)の足し算により合成することができる。
上述の<化学反応を伴う場合の屈折率の時間変化>において説明したような場合、充填液(第1液)と注入液(第2液)の接触後、最初は区間的にはステップ関数で第1液および第2液の濃度が境界面の前後に分布しているといえる。
時間が経過すると、その境界面が下流方向へ移動して行きながら充填液(第1液)および注入液(第2液)の各成分の分布は空間的に拡がっていく。最初、境界面はステップ関数型であったが、時間が経過すると、erf関数(誤差関数)型となる。したがって、充填液(第1液)および注入液(第2液)の各成分の分布は時間の経過とともに下流方向の位置xへ流れるほど、初期濃度で規格化された成分nの濃度分布Cnは、次の(式16)の形で流れると近似し、モデル化することができる。
…………………………(式16)
例えば、成分nが5成分の場合はn=1〜5となる。この場合、実験的に観測される屈折率(合成濃度)は、次の(式17)となる。
………………………………………(式17)
成分数が「2」の場合、または充填液(第1液)の屈折率と注入液(第2液)の屈折率に支配的な成分i,fがそれぞれある場合では、n=i またはn=f であり、Cfは、充填液(第1液)の屈折率を代表する分子の濃度分布、Ciはその注入液(第2液)の屈折率を代表する分子の濃度分布である。また、Dfは、充填液の成分fの相互拡散係数であり、Diは、注入液の成分iの相互拡散係数である。この場合、実験的に観測される第1液および第2液の屈折率(合成濃度)は、次の(式18)となる。
………………………………………(式18)
したがって、屈折率測定装置102において、屈折率(合成濃度)を表す(式18)に対して第1液および第2液の合成濃度の測定結果(データ)を最小二乗法により最尤近似すれば、(式16)のパラメータ(p1n,p2n)を求めることができる。ここで、p1nは成分i,fの相互拡散係数を求めるためのパラメータであり、p2nは成分i,fの濃度伝搬速度ucnを求めるためのパラメータである。
このように2成分i,fでは、このパラメータp2n(p2i,p2f)から次の(式19)に基づいて相互拡散係数Df、Diを求めることができる。なお、非特許文献8の646ページに説明がある式及び流体力学的数値計算による補正によって多成分中での成分nの相互拡散係数についても求めることができる。
…………………………………(式19)
t=送液開始からの時間
さらに、屈折率測定装置102においては、パラメータp1n(p1i,p1f)から次の(式20)に基づいて濃度伝搬速度ucn(n=iまたはn=f)を求めることができる。
………………………………………(式20)
この濃度伝搬速度ucnは、拡散を考慮した流速であり、断面平均流速uに相当するが、濃度測定方法に依存する。
また、上述した<化学反応を伴う場合の屈折率の時間変化>と同様に、10xDPBS(10倍濃度ダルベッコリン酸緩衝液)を充填液(第1液)として、10%グルコースを注入液(第2液)として液送した。
この結果、図12(A)に示すような屈折率分布を得た。送液前に予め測定した溶媒の屈折率、充填液(第1液)の屈折率と、十分に流れ切った後の時点で測定した注入液(第2液)の屈折率を用いて測定値を規格化し、その測定値のデータに対して、流路に沿った下流方向の位置xで測定された(式16)の濃度分布Cnを最少二乗法で最適近似することにより求めたパラメータ(p1n,p2n)により充填液(第1液)と注入液(第2液)の相
互拡散係数Dnおよび濃度伝搬速度ucnを得た。その結果、特定の時間における例が図12(B)である。この場合、合成濃度の測定で得られたデータが2本のerf曲線の和曲線(Cf+Ci)および、その和曲線(Cf+Ci)を分離したもともとのerf曲線(Cf,Ci)が表示されている。
合成濃度の測定で得られた全てのデータに対して(式16)の濃度分布Cnを最少二乗法で最尤近似し、その近似結果を空間的、時間的に並べたのが図12(C)である。図12(C)では、合成濃度の測定結果から濃度分布Cnのモデル((式16)により示される近似関数による合成)に合う部分だけが抽出されている。また、そのパラメータ(p1n,p2n)が、図12(D)に示すように流路流れ方向の位置に対してプロットされている。
前述の通り、パラメータ(p1n,p2n)は相互拡散係数Df、Diや各成分の濃度伝搬速度ucnに変換可能な値である。例えば、図12(D)のパラメータ(p1n)のプロットの傾きから濃度伝搬速度ucnを求めることができる。図12(D)では、パラメータ(p2n)をプロットしているが、このプロットから相互拡散係数Df、Diを求めることができる。なお、相互拡散係数Df、Diはその他、詳細が非特許文献12に記載されたTaylor Aris の方法のように、関数を使ったモデルに代わり、測定される屈折率変化の形状のn分点からも計算することができる。
このように、屈折率測定装置102では、相互拡散係数Df、Diを測定することができるので、当該相互拡散係数Df、Diに基づいて分子を特定することができるとともに、当該相互拡散係数Df、Diを求めるために必要な屈折率を測定しているので、当該屈折率から第1液および第2液の濃度を導出することができる。
また、第2液の中には何種類の分子が溶け込んでいてもよく、そのような場合には、複数の分子に対応した拡散係数の濃度分布を得ることができる。すなわち、第2液が複数の分子の混合物である場合、ハイドロダイナミック(流体動力学)クロマトグラフィーの機能を実現することができる。
さらに、屈折率測定装置102は、光学的に主流路113の壁面近傍の屈折率を測定するようにしたことにより、流れによる混合の影響を最も受けない部分の濃度を測定することができる。しかも、主流路113内の壁面では壁に垂直な方向には物質移動がないために、壁面付近での壁に垂直な方向の空間濃度勾配は非常に小さく、濃度は安定している。
また主流路113の流速も断面の中で壁面付近が最も遅いために、主流路113の壁面近傍の屈折率を流れに平行に測定し、その時間変化を記録すれば、混合してからの経過時間が短くても、また測定時間分解能がより低くても、拡散により流れながら混ざる状態を測定することができ、その時間変化に基づいて流れている分子の拡散係数の変化を測定できるのである。
<他の実施の形態>
なお上述した実施の形態においては、合成濃度(屈折率)を表す(式18)に対して第1液および第2液の合成濃度の測定結果のデータを最小二乗法により最尤近似するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、合成濃度(屈折率)を表す(式18)に対して第1液および第2液の合成濃度の測定結果のデータを最尤近似することができれば、その他のカーブフィッティング法により最尤近似するようにしてもよい。さらに、パラメータp1n,p2nの時間変化が図7(B)のように事前に予測できる場合には、パラメータp1n,p2nの時間変化を表す拡散係数などのパラメータを最適化することによって、当該拡散係数を直接求めるようにしてもよい。その例として、流路の各地点と時間とに基づいて屈折率を測定し、パラメータp1nを時間の関数p1n(t)として次の(式21)により、
拡散係数Dnを求めることができる。この際、anはパラメータp1nの移動速度が断面平均流速uになる時間である。このような方法では、実際の測定により得られるデータに含まれているノイズに対する耐性が高い。
………(式21)