以下に、本発明の一実施形態に係る残余双極子相互作用の解析方法及び残余双極子相互作用解析用試薬について説明する。なお、本発明は、本実施形態に限られるものではない。
まず、本発明の概要について説明する。本発明は、発明者らによる独自の知見に基づいて為されたものである。すなわち、発明者らは、まず、特定の構造を有する自己組織化錯体が、それ自身で適度に磁場配向し、その結果、残余双極子相互作用の解析(以下、「RDC解析」という。)が可能となることを見出した。この自己組織化錯体は、複数の芳香族環を含む多座配位子を複数有し、且つ当該複数の芳香族環が磁場に平行となるよう配置された中空錯体であった。
ここで、複数の芳香族環を含む多座配位子は、当該芳香族環の面に水平な磁化率成分の大きさが当該面に垂直な磁化率成分と異なることに起因して、磁化率の異方性をもつ。そして、芳香族環は、その面が磁場に平行となっている状態がエネルギー的に安定であるため、磁場中の多座配位子は、当該芳香族環の面を当該磁場に平行となるよう配向する。
なお、従来もポルフィリン骨格を持つ分子やコロネンが単独で磁場配向することは報告されている(Gayathri, C.; Bothner-By, A. A. Chem. Phys. Lett. 1982, 87, 2, 192.)が、これらの磁化率の異方性は小さいため、その磁場配向度合いは非常に弱いものであった。
これに対し、本発明に係る中空錯体は、上述のとおり、磁場配向能を有する複数の多座配位子が一体化されることにより構成されている。しかも、複数の多座配位子は、各々に含まれる複数の芳香族環が磁場に平行となるように配置されている。すなわち、各多座配位子に含まれる複数の芳香族環の向きが揃っている。したがって、中空錯体の分子全体としての磁場配向能は、複数の多座配位子の磁場配向能を足し合わせ、増幅したものとなる。
一方、ある分子のRDCを観測するためには、当該分子の磁場配向の度合いが適度な範囲に保たれる必要がある。すなわち、例えば、分子が外部磁場に対する特定の向きに配向している確率が、他の向きに配向している確率に比べて、時間平均で0.01%〜0.1%多くなる程度に当該分子が配向していることが好ましい。
この点、本発明に係る中空錯体は、RDCの観測に適した、適度な磁場配向性を示す。なお、例えば、分子の磁場配向度合いが0.001%以下の場合には非常に小さいRDCしか観測されず、1%以上の場合には観測されるスペクトルの形状が変化して歪みを生じるためにRDCを読み取ることができない。
さらに、発明者らは、それ自身が単独では磁場配向しない分子が、上述の中空錯体に包接されることにより適度に磁場配向し、当該分子のRDC解析が可能になることを見出した。すなわち、それ自身が適度に磁場配向する中空錯体をホスト分子として使用し、解析の対象となる分子(以下、「対象分子」という。)をゲスト分子として当該中空錯体に包接させることで、当該対象分子を当該中空錯体と共に適度に磁場配向させるという、従来にない全く新しい原理の磁場配向方法を見出した。
これに加えて、本発明に係る中空錯体の構造は、多座配位子等の構成分子の設計により、精密に調整することができる。そして、中空錯体の磁場配向度合いは、その構造に応じて変化する。したがって、本発明によれば、中空錯体の分子設計により、当該中空錯体に包接された対象分子の磁場配向度合いを精密に制御することができる。
次に、本発明の詳細について説明する。図1は、本実施形態に係る残余双極子相互作用の解析方法(以下、「本方法」という。)の一例に含まれる主な工程を示す説明図である。図1に示すように、本方法は、中空錯体に包接された対象分子を含有する溶液を準備する準備工程10と、当該対象分子を当該中空錯体と共に磁場配向させる配向工程20と、磁場配向した当該対象分子の残余双極子相互作用を解析する解析工程30と、を含む。
準備工程10で準備する中空錯体は、上述のとおり、それ自身が適度に磁場配向し、且つ対象分子を包接できる三次元構造を有している。図2A〜Dには、このような中空錯体の具体的な例を示す。
中空錯体は、まず、各々が複数の芳香族環を含む複数の構成分子を有している。各構成分子に含まれる芳香族環は、当該構成分子の磁化率を異方化し、当該構成分子に磁場配向能を付与するものであれば特に限られない。
すなわち、この芳香族環は、置換基を有してもよい芳香族炭化水素又は芳香族複素環である。芳香族複素環は、環を構成する1又は複数のヘテロ原子を含む。ヘテロ原子は、例えば、窒素原子、リン原子、酸素原子、硫黄原子であり、特に窒素原子であることが好ましい。また、芳香族環は、例えば、5〜7員環とすることができ、5員環又は6員環とすることが好ましい。また、複数の芳香族環は、各々が単環であってもよいし、多環を構成してもよく、多環の場合には縮合環を構成してもよい。複数の芳香族環は、互いに同一の種類であってもよいし、その全部又は一部が互いに異なっていてもよい。
そして、構成分子は、このような複数の芳香族環を含む平面構造を有している。すなわち、複数の芳香族環は、構成分子内において平面的(二次元的)に配置されている。より具体的に、複数の芳香族環は、各々の環により構成される面が、同一平面上に位置するよう配置されている。このように、各構成分子は、向きの揃った複数の芳香族環を含む。
次に、複数の構成分子は、各々に含まれる複数の芳香族環が磁場に平行となるよう非共有結合により一体化されている。すなわち、中空錯体の分子内において、各構成分子は、その平面構造が磁場に平行となるよう配置されている。
ここで、各構成分子は、当該各構成分子に含まれる複数の芳香族環の磁化率異方性に起因した磁場配向能を有する。そして、中空錯体は、複数の芳香族環の向きが磁場と平行に揃うよう結合した複数の構成分子を有している。したがって、中空錯体は、複数の構成分子の磁場配向性が足し合わされた、RDC解析に適した磁場配向性を示す。なお、中空錯体が磁場に平行な芳香族環に加えて、当該磁場に平行でない芳香族環を含む場合であっても、例えば、当該磁場に平行な芳香族環の数が、当該磁場に平行でない芳香族環の数より多ければ、当該中空錯体は全体として磁場配向性を有することができる。
複数の構成分子を一体化する非共有結合としては、例えば、配位結合、水素結合、疎水性相互作用、静電相互作用、ファンデルワールス力、π−π相互作用、CH−π相互作用を利用することができる。一般に、このような非共有結合性相互作用の結合エネルギーは、共有結合エネルギーに比べて小さい。
しかしながら、複数の非共有結合相互作用が協同的に働くことで、共有結合に匹敵する安定性を得ることができる。すなわち、複数の構成分子間に非共有結合相互作用が働くことにより、当該複数の構成分子は、エネルギー的に安定な構造を求めて自発的に集合し、最も安定な高次構造を構築する。本発明に係る中空錯体は、このような非共有結合を駆動力とした複数の構成分子の自己組織化により形成される。
さらに、中空錯体においては、複数の構成分子の間に内部空間が形成されている。すなわち、中空錯体は、その外殻が複数の構成分子により構成された中空構造を有している。この内部空間は、対象分子の全体又は一部を包接できるナノメートルオーダーの微小な空隙である。内部空間のサイズは、構成分子のサイズや配置等の中空錯体の分子構造を設計することにより様々に調節できる。
このような中空錯体としては、配位結合を駆動力として形成された自己組織化中空錯体を好ましく使用することができる。特に、構成分子として多座配位子を使用し、非共有結合として遷移金属を介した配位結合を利用することにより形成される自己組織化中空錯体を好ましく使用することができる。
配位結合は適度な強さの結合力があり、結合を形成する方向が明確に規定されている上に、使用する金属の種類や酸化数などによって、配位数や結合角(結合方向)を厳密に制御することができる。したがって、配位結合による自己組織化を利用すれば、精密に構造が制御された分子集合体として、多様な構造の中空錯体を自発的かつ定量的に構築することが可能である(Fujita, M. Chem. Soc. Rev. 1998, 27, 417.)。
この点、発明者らは、これまでに複数の芳香族環を含む多座配位子と遷移金属との自己組織化により、様々な三次元構造を有する錯体を簡便に且つ定量的に構築できることを示してきた(M. Fujita, D. Oguro, M. Miyazawa, H. Oka, K. Yamaguchi, K. Ogura, Nature, 1995, 378, 469.、N. Takeda, K. Umemoto, K. Yamaguchi, M. Fujita, Nature 1999, 398, 794.、Fujita, M.; Umemoto, K.; Yoshizawa, M.; Fujita, N.; Kusukawa, T.; Biradha, K.; Stang, P. J. Chem. Rev. 2000, 100, 853.、K. Umemoto, H. Tsukui, T. Kusukawa, K. Biradha, M. Fujita, Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, 2620.、M. Aoyagi, S. Tashiro, M. Tominaga, K. Biradha, M. Fujita, Chem. Commun. 2002, 2036.、M. Tominaga, S. Tashiro, M. Aoyagi, M. Fujita, Chem. Commun. 2002, 2038.)。こうして形成された錯体は、当該錯体に組み込まれた金属イオン同士の静電反発により凝集を効果的に避けられるという利点も有している。
配位結合による自己組織化に使用される遷移金属は、中空錯体を構成する複数の多座配位子を連結する留め金の役割を果たす。この遷移金属は、中空錯体の安定な構造を形成できるものであれば特に限られず、例えば、Ti、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ru、Rh、Pd、Cd、Pt、Os、Irを使用することができる。
これらの中でも、(100−20)°〜(100+20)°の角度を有する2つの配位結合を容易に形成できることから、Pt、Ru、Pd、Cu、Zn、Rh、Os、Ir等の白金族元素が好ましく、Pt、Ru、Pd、Cu、Znがより好ましく、Pd及びPtが特に好ましい。白金族元素である遷移金属を用いる場合、その配位数は、例えば、4〜6、好ましくは4であり、その価数は、例えば、0〜4価、好ましくは2〜4価である。
また、遷移金属としては、例えば、その結合サイトの一部が配位子により保護された遷移金属錯体を使用することもできる。すなわち、例えば、2つの結合サイトに2座配位子が配位することにより、結合サイトが2つに制約されたパラジウムや白金等の白金族元素である遷移金属の錯体を使用することができる。具体的に、例えば、平面4配位性のパラジウム(II)イオンのシス位をエチレンジアミンでエンドキャッピングすることで、2つの配位結合の方向が90°に制約されたパラジウム錯体を使用できる。
また、水素結合を駆動力として形成された自己組織化中空錯体を使用することもできる。すなわち、例えば、2つの帯状有機分子が多点で水素結合することにより、向かい合った面にトリフェニレンを配置したカプセル構造を構築することができる(O’Leary, B. M.; Szabo, T.; Svenstrup, N.; Schalley, C. A.;Ltzen, A.; Schfer, M.; Rebek, J. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 11519.)。
また、例えば、水素結合による多点認識により、ベンゼン環をお椀状に配置したカリックスアレーンを自己組織化できることも報告されている(K. D. Shimizu, J. Rebek, Jr., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 92, 12403 (1995).、Gonzalez, J. J.; Ferdani, R.; Albertini, E.; Blaxco, J. M.;Arduini, A.; Pochini, A.; Prados, P.; de Mendoza, J. Chem. Eur. 2000, 6, 73.)。そして、これらカリックスアレーンの自己組織化体もまたゲスト分子を包接することができる(Shannon M. Biros and Julius Rebek, Jr.: Chem. Soc. Rev., 2007, 36, 93-104.)。したがって、中空錯体を構成する複数の有機分子を適切に設計することにより、同様に、各々が複数の芳香族環を含む複数の構成分子が、当該複数の芳香族環が磁場に平行となるよう水素結合により一体化された中空錯体を形成することができる。
次に、遷移金属を介した配位結合を駆動力とした複数の多座配位子の自己組織化により形成される中空錯体について、より詳細に説明する。上述のとおり、中空錯体を構成する複数の多座配位子は、各々に含まれる複数の芳香族環が磁場に平行となるよう一体化されるが、例えば、当該複数の多座配位子は、柱状体の側面又は底面に相当する位置に配置することができる。
すなわち、中空錯体は、例えば、図2A及び図2Dに示すように、多角柱の複数の側面に相当する位置に配置された複数の多座配位子を有することができる。この場合、複数の多座配位子は、各々に含まれる複数の芳香族環が多角柱の長手方向の中心軸に平行となるよう配置される。そして、中空錯体の内部空間は、複数の多座配位子に囲まれた空間となる。
また、中空錯体は、例えば、図2B及び図2Cに示すように、多角柱の両底面に相当する位置に配置された2つの多座配位子を有することができる。この場合、2つの多座配位子は、各々に含まれる複数の芳香族環が互いに平行となるよう配置される。そして、中空錯体の内部空間は、2つの多座配位子に挟まれた空間となる。
なお、複数の多座配位子が多角柱の側面又は底面に相当する位置に配置される場合、当該多角柱は、三角柱、四角柱、五角柱、六角柱等、特に限られないが、例えば、正多角柱であることが好ましい。
また、中空錯体を構成する複数の多座配位子の各々は、多角形の頂点に相当する位置に配置された複数の配位基を有することができる。この配位基は、遷移金属に配位する官能基(すなわち、遷移金属に対する配位力を持つ置換基)であれば特に限られず、例えば、芳香族複素環、カルボキシル基、フェノール性水酸基(例えば、ベンゼン環に直接結合した水酸基、特に、ベンゼン環のオルト位に2つの水酸基が結合しているカテコール構造)、アミノ基、シアノ基等、遷移金属イオンへの配位基として広く用いられているものとすることができる。
多座配位子の複数の配位基は、複数の芳香族複素環からなることが好ましい。この場合、より厳密には、各多座配位子は、多角形の頂点に相当する位置に、当該芳香族複素環に含まれる配位原子を有している。また、配位基を構成する芳香族複素環は、環を構成するヘテロ原子として1又は複数の配位原子を含み、中空錯体の構築に必要な配位結合を形成するものであれば特に限られない。配位原子は、例えば、窒素原子、リン原子、酸素原子、硫黄原子であり、特に窒素原子であることが好ましい。すなわち、例えば、1又は複数の窒素原子を含む芳香族複素環を好ましく使用することができる。
具体的に、例えば、芳香族複素環が1〜3個の窒素原子を含む芳香族複素6員環である場合には、ピリジル基、ピリダジル基、ピリミジル基、ピラジル基、1,2,3−、1,2,4−又は1,3,5−トリアジル基を用いることができる。なお、これら芳香族複素環は、配位結合を阻害しない置換基を有してもよい。
このように複数の多座配位子の各々が、多角形の頂点に相当する位置に複数の配位基を有する場合、当該多角形は、三角形、四角形、五角形、六角形等、特に限られないが、例えば、三角形の場合には、正三角形又は二等辺三角形が好ましく、特に正三角形が好ましい。また、多角形が四角形の場合には、正方形、長方形又は菱形が好ましく、特に正方形又は長方形が好ましい。また、角数が5以上である多角形の場合には、正多角形であることが好ましい。
多座配位子のサイズは、中空錯体に包接すべき対象分子のサイズや構造等の条件に応じて適宜決定できるため特に限られないが、例えば、その長さは0.5〜10nmとすることができ、好ましくは0.5〜5nmとすることができる。また、多座配位子は、例えば、3〜30個の芳香族環を含むことができ、好ましくは3〜20個の芳香族環を含むことができる。また、多座配位子の分子量は、例えば、20〜2500の範囲内とすることができ、好ましくは20〜2000の範囲内とすることができる。
さらに、例えば、複数の多座配位子の各々は、1又は複数の芳香族環を含む中央基と、当該中央基を中心とした多角形の頂点に相当する位置に配置された複数の配位基と、を有するものとすることができる。
中央基に含まれる芳香族環は特に限られず、上述のように、多座配位子の磁化率を異方化し、当該多座配位子に磁場配向能を付与する、置換基を有してもよい芳香族炭化水素又は芳香族複素環である。複数の配位基は、上述のとおり、遷移金属に配位するものであれば限られず、複数の芳香族複素環とすることが好ましい。
より具体的に、例えば、複数の配位基は、中央基を中心とした四角形の頂点に相当する位置に配置された4つの配位基とすることができる。この場合、四角形は特に限られないが、例えば、正方形、長方形、平行四辺形、台形、菱形とすることができ、好ましくは正方形又は長方形とすることができる。
すなわち、多座配位子は、例えば、下記の一般式(I)で表される4座配位子とすることができる。
ここで、一般式(I)において、R1は、1又は複数の芳香族環を含む中央基である。中央基R1に含まれる芳香族環は特に限られないが、例えば、フェニル基やピリジル基等の芳香族単環、ビフェニル基やビピリジル基等の芳香族環が直列に連結した非縮合多環、ナフチル基やアントラセニル基等の芳香族環が直列に縮合して形成された縮合環、ピレニル基、トリフェニレニル基、ペリレニル基、コロネニル基等の芳香族環が二次元的に縮合して形成された縮合環、ポルフィン環等の複数の芳香族複素環が環状に連結した多環構造とすることができる。なお、これらの芳香族環は、置換基を有してもよい。
また、一般式(I)において、R2は、中央基R1を中心とした正方形又は長方形の頂点に相当する位置に配置された配位基である。この配位基R2は、上述のとおり、遷移金属に配位するものであれば限られず、芳香族複素環とすることが好ましい。配位基が芳香族複素環からなる場合、当該芳香族複素環は、環を構成するヘテロ原子として1又は複数の配位原子を含み、中空錯体の構築に必要な配位結合を形成するものであれば特に限られないが、例えば、1又は複数の窒素原子を含む芳香族複素環とすることができ、好ましくは1〜3個の窒素原子を含む芳香族複素6員環とすることができる。なお、これらの芳香族複素環は、配位結合を阻害しない置換基を有してもよい。
具体的に、例えば、下記の化合物群Aに含まれる4座配位子を使用することができる。すなわち、一方の4座配位子は、ポルフィン環を中心とした正方形の頂点に相当する位置に4つのピリジル基が配置されてなる5,10,15,20−テトラキス(3−ピリジル)ポルフィリン金属(亜鉛)錯体である。また、他方の4座配位子は、ビフェニル基を中心とした長方形の頂点に相当する位置に4つのピリジル基が配置されてなる3,3’5,5’−テトラキス(3−ピリジル)ビフェニルである。
そして、中空錯体は、このような4座配位子を多角柱の側面又は底面に相当する位置に有することができる。具体的に、例えば、図2Aに示す中空錯体は、上述の5,10,15,20−テトラキス(3−ピリジル)ポルフィリン金属錯体を、三角柱の3つの側面に相当する位置に有している。そして、中空錯体には、3つの4座配位子、特に3つの中央基(ポルフィン環)で囲まれた内部空間が形成される。
図2Aに示す中空錯体において、隣接する2つの4座配位子は、その2つの配位基が、遷移金属を介した配位結合により結合され、一体化されている。遷移金属としては、エチレンジアミンによってシス位を保護されたパラジウムが使用されている。このパラジウム錯体においては、エチレンジアミンによるエンドキャッピングにより、パラジウムの2つの結合サイトが90°に制約されている。
また、このポルフィリン金属錯体を四角柱、五角柱、六角柱等のより角数の大きな多角柱の側面に相当する位置に有する中空錯体を形成することもできる(Arun Kumar Bar et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 8455 -8459.)。遷移金属としては、リン原子を配位原子として有する二座配位子により2つの結合サイトがエンドキャッピングされた白金を使用することもできる。
また、上述の3,3’5,5’−テトラキス(3−ピリジル)ビフェニルを、四角柱の側面に相当する位置に有する中空錯体を形成することもできる。同様に、上記一般式(I)で表わされる4座配位子を多角柱の側面に相当する位置に有する様々な中空錯体を形成することができる。なお、4座配位子のサイズを増加させ、又は多角柱の角数(すなわち、側面の数)を増加させることにより、中空錯体の内部空間のサイズを増加させることができる。したがって、包接する対象分子のサイズに応じた分子設計が可能である。
このように、中空錯体が、側面に相当する位置に4座配位子を有するn角柱(nは3以上の整数)である場合、中空錯体は、2n個の遷移金属原子と、n個の4座配位子と、を有することとなる。すなわち、中空錯体の組成は、遷移金属原子を「M」、4座配位子を「L」で表すと、M2nLnと表される。
また、複数の配位基は、中央基を中心とした三角形の頂点に相当する位置に配置された3つの配位基とすることができる。この場合、三角形は特に限られないが、例えば、正三角形又は二等辺三角形とすることができる。
すなわち、多座配位子は、例えば、下記の一般式(II)で表される3座配位子とすることができる。
ここで、一般式(II)において、R3は、1又は複数の芳香族環を含む中央基である。この中央基R3に含まれる芳香族環は特に限られず、例えば、上述の一般式(I)における中央基R1と同様の芳香族環とすることができる。
また、一般式(II)において、R4は、中央基R2を中心とした正三角形又は二等辺三角形の頂点に相当する位置に配置された芳香族複素環からなる配位基である。この配位基R4に係る芳香族複素環は特に限られず、例えば、上述の一般式(I)における配位基R2と同様の配位基とすることができる。
具体的に、例えば、下記の化合物群Bに含まれる3座配位子を使用することができる。すなわち、これらの3座配位子は、フェニル基又はトリアジル基を中心とした正三角形の頂点に相当する位置に3つのピリジル基又はピリミジル基が配置されてなる3座配位子である。
そして、中空錯体は、このような3座配位子を多角柱の側面又は底面に相当する位置に有することができる。具体的に、例えば、図2B及び図2Cに示す中空錯体は、上述の化合物群Bに含まれる3座配位子の一つである2,4,6−トリス(4’−ピリジル)−1,3,5−トリアジンを、三角柱の底面に相当する位置に有している。そして、中空錯体には、2つの3座配位子、特に2つの中央基(トリアジニルキ基)に挟まれた内部空間が形成されている。
図2B及び図2Cに示す中空錯体において、対向する一対の3座配位子は、その3つの配位基が、遷移金属及び支柱分子を介した配位結合により結合され、一体化されている。遷移金属としては、エチレンジアミンによってシス位を保護された白金が使用されている。この白金錯体においては、エチレンジアミンによるエンドキャッピングにより、白金の結合サイトが90°に制約されている。
また、一対の3座配位子を連結する支柱分子としては、分子の両末端に配位原子を含む2座配位子であるピラジン及び4,4’−ビピリジンが使用されている。このように、多角形の頂点の位置に配位基を有する2つの多座配子を多角柱の両底面に配置する場合、当該2つの多座配位子の対向する配位基を繋ぐ支柱分子としては、その分子の両末端に配位原子を有する2座以上の配位子を使用することができる。
すなわち、支柱分子は、例えば、一方端及び他方端に、配位基として芳香族複素環を有し、これらの芳香族複素環を直列的に結合してなる2座配位子とすることができる。このような支柱分子としては、例えば、下記の一般式(III)で表される2座配位子を使用することができる。
ここで、一般式(III)において、R5は、芳香族複素環からなる配位基である。この配位基R5に係る芳香族複素環は特に限られず、例えば、上述の一般式(I)における配位基R2と同様の芳香族複素環とすることができる。ただし、この芳香族複素環としては、例えば、1〜3個の窒素原子を含む芳香族複素6員環を好ましく用いることができ、より好ましくは当該環構造のうち分子の末端側の位置に配位原子として窒素原子を含む芳香族複素6員環とすることができる。なお、芳香族複素環は、配位結合を阻害しない置換基を有してもよい。
また、一般式(III)において、R6は、両端の芳香族複素環を繋ぐスペーサ基であり、繰り返し数を表すmは0又は1以上の整数であり、好ましくは0〜10の整数である。このスペーサ基R6は、両末端の芳香族複素環を連結できるものであれば特に限られず、例えば、芳香族環、鎖式飽和炭化水素基又は鎖式不飽和炭化水素基(二重結合を含むオレフィン系炭化水素基や三重結合を含むアセチレン系炭化水素基)とすることができる。
また、同様に、例えば、4以上の角数の多角形の頂点に相当する位置に配位基が配置された多座配位子を使用し、当該多座配位子を多角柱の両底面に相当する位置に有する中空錯体を形成することもできる。なお、多角柱の底面に配置される多座配位子の角数及びサイズを増加させ、又は支柱分子(特に、スペーサ基)を長くすることにより、中空錯体の内部空間のサイズを増加させることができる。したがって、包接する対象分子のサイズに応じた分子設計が可能である。
このように、中空錯体が、両底面に相当する位置にn座配位子を有するn角柱(nは3以上の整数)である場合、中空錯体は、2n個の遷移金属原子と、2個のn座配位子と、n個の支柱分子と、を有することとなる。すなわち、中空錯体の組成は、遷移金属原子を「M」、n座配位子を「L」、支柱分子を「P」で表すと、M2nL2Pnと表される。なお、このタイプの中空錯体は、後述するように、両底面に相当する位置に多座配位子を有する多角柱が複数個組み合わされたものとすることもできる。したがって、この場合、中空錯体は、両底面に相当する位置にn座配位子を有するn角柱(nは3以上の整数)をa個(aは2以上の整数)含み、その組成は、(M2nL2Pn)aと表される。
また、複数の多座配位子の各々は、ジグザグに結合した3つ以上の芳香族複素環を含むものとすることができる。この芳香族複素環は、環を構成するヘテロ原子として1又は複数の配位原子を含み、中空錯体の構築に必要な配位結合を形成するものであれば特に限られないが、例えば、1又は複数の窒素原子を含む芳香族複素環とすることができ、好ましくは1〜3個の窒素原子を含む芳香族複素6員環とすることができる。なお、芳香族複素環は、配位結合を阻害しない置換基を有してもよい。
具体的に、例えば、下記の化合物群Cに含まれる多座配位子を使用することができる。すなわち、これらの多座配位子は、ジグザグに結合された3〜5個のピリジル基を有する3〜5座配位子、又はジグザグに結合された3個のピリジル基を両末端に有する6座配位子である。なお、これらの多座配位子において、配位基である芳香族複素環(より正確には、当該芳香族複素環に含まれる配位原子である窒素原子)は、二等辺三角形、平行四辺形又は台形の頂点に相当する位置に配置されている。
そして、中空錯体は、このような多座配位子を多角柱の側面又は底面に相当する位置に有することができる。具体的に、例えば、図2Dに示す中空錯体は、上述の化合物群Cに含まれる3座配位子を、四角柱の4つの側面に相当する位置に有している。そして、中空錯体には、4つの3座配位子で囲まれた内部空間が形成されている。
図2Dに示す中空錯体において、隣接する一対の3座配位子は、その一方側の1つの配位基又は他方側の2つの配位基が、遷移金属を介した配位結合により結合され、一体化されている。遷移金属としては、エチレンジアミンによってシス位を保護され結合サイトが90°に制約されたパラジウムが使用されている。
また、同様に、例えば、上記の化合物群Cに含まれる4〜6座配位子や、ジグザグに連結されたより多くの芳香族複素環を含む多座配位子を四角柱の側面に相当する位置に有する中空錯体を形成することができる。すなわち、例えば、上記の化合物群Cに含まれる、2つのトリス(3,5−ピリジン)単位がビフェニレン基で連結されてなる6座配位子を四角柱の側面に有する、長さ約3.5nmのチューブ状中空錯体を形成することができる(Takumi Yamaguchi, Shohei Tashiro, Masahide Tominaga, Masaki Kawano, Tomoji Ozeki, and Makoto Fujita, Chem. Asian J. 2007, 2, 468 - 476.)。この中部状中空錯体は、ゲスト分子包接能を有することが確認されている。そして、この多座配位子に含まれる芳香族複素環の数を増加させ、又は両端の芳香族複素環を繋ぐスペーサ基を長くすることにより、中空錯体の内部空間のサイズを増加させることができる。したがって、包接する対象分子のサイズに応じた分子設計が可能である。
このように、中空錯体が、側面に相当する位置に、芳香族複素環をn個(nは3以上の整数)結合したジグザグ多座配位子を有する4角柱である場合、中空錯体は、2n個の遷移金属原子と、4個の多座配位子と、を有することとなる。すなわち、中空錯体の組成は、遷移金属原子を「M」、4座配位子を「L」で表すと、M2nL4と表される。
準備工程10において中空錯体を形成する場合には、多座配位子と遷移金属とを混合し、配位結合を駆動力としてこれらの自己組織化を行わせる。ここで、遷移金属としては、当該遷移金属の硝酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、テトラフルオロホウ酸塩(BF4)、ヘキサフルオロリン酸塩(PF6)、メタンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、ハロゲン化物、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩等の化合物を使用することができ、中でも遷移金属の硝酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、テトラフルオロホウ酸塩(BF4)又はヘキサフルオロリン酸塩(PF6)を好ましく使用することができる。
また、遷移金属としては、上述のとおり、複数の結合サイトのうち一部の結合サイトのみを選択的に利用するため、他の結合サイトを配位子で保護した遷移金属錯体を使用することもできる。すなわち、例えば、4つの結合サイトを有する遷移金属(例えば、パラジウムや白金)に、当該4つのうち2つの結合サイトに配位できる2つの配位原子(例えば、窒素原子やリン原子)を有する2座配位子を配位させた遷移金属錯体を使用する。
具体的に、例えば、エチレンジアミンパラジウム(II)ジ硝酸塩、テトラメチルエチレンジアミンパラジウム(II)ジ硝酸塩、2,2’−ビピリジンパラジウム(II)ジ硝酸塩等のパラジウム塩や、エチレンジアミン白金(II)ジ硝酸塩、テトラメチルエチレンジアミン白金(II)ジ硝酸塩、2,2’−ビピリジン白金(II)ジ硝酸塩等の白金塩を使用することができる。
そして、例えば、所定の溶媒中で多座配位子と遷移金属錯体とを中空錯体の組成に応じたモル比で混合し、撹拌する。この結果、多座配位子と遷移金属錯体との間で配位子交換反応が進行し、投与されたモル比に応じた比率で当該多座配位子と当該遷移金属錯体とが自己集合した中空錯体が形成される。
この中空錯体の形成に使用する溶媒としては、多座配位子及び遷移金属錯体の一方又は両方を溶解できるものが好ましく、例えば、水、有機溶媒又はこれらの混合溶媒を使用することができる。水と有機溶媒との混合溶媒を使用する場合、水と相溶性のある有機溶媒を好ましく使用することができる。水と相溶性のある有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン等のエーテル類、アセトン等のケトン類、エチルセロソルブアセテート等のセロソルブ類、アセトニトリル等のニトリル類、ジメチルスルホキシド、ジメチルフォルムアミド、ジメチルアセトアミド及びこれらの混合溶媒を使用することができる。また、水を使用することなく、1種類の有機溶媒を単独で使用し、又は複数種類の有機溶媒の混合溶媒を使用することもできる。この場合も、水と相溶性のある有機溶媒を好ましく使用することができる。
中空錯体の形成における反応温度は、例えば、0℃から溶媒の沸点までの範囲である。また、中空錯体形成の反応時間は、例えば、数分から数ヶ月、好ましくは数分から数週間、さらに好ましくは数分から数日間である。反応終了後は、ろ過、イオン交換樹脂等によるカラム精製、蒸留、再結晶等の通常の後処理を行うことにより、中空錯体を単離することができる。もちろん、溶液中に溶解した中空錯体をそのまま使用することもできる。このように、多座配位子と遷移金属とを混合する簡便な方法により、安定した中空錯体を製造することができる。そのため、グラムスケールでの大量合成も可能である。
得られた中空錯体の構造は、1H−NMR、DOSY NMR、13C−NMR、IRスペクトル、マススペクトル、可視光線吸収スペクトル、UV吸収スペクトル、反射スペクトル、X線結晶構造解析、元素分析等の公知の分析手段により確認することができる。以上のようにして、極めて簡便な操作により、中空錯体を効率よく製造することができる。
こうして得られる中空錯体のサイズは、当該中空錯体を構成する多座配位子のサイズや、当該中空錯体に内包すべき対象分子のサイズや構造等の条件に応じて適宜決定することができるため特に限られないが、例えば、その長さは1.0〜15nmとすることができ、好ましくは1.0〜10nmとすることができる。また、中空錯体に形成される内部空間の容積は、例えば、0.5〜1500nm3とすることができ、好ましくは0.5〜500nm3とすることができる。
また、中空錯体は、それ自身が適度に磁場配向し、且つ対象分子を包接することにより当該対象分子をも磁場配向させることができる。このため、中空錯体は、残余双極子相互作用解析用試薬(以下、「RDC解析用試薬」という。)の有効成分として使用することができる。すなわち、本実施形態に係るRDC解析用試薬は、上述のような中空錯体を含有する試薬である。このRDC解析用試薬は、例えば、当該中空錯体を所定の濃度で含有する溶液とすることができ、また、粉末状の当該中空錯体を含有する組成物とすることもできる。
準備工程10で準備する対象分子は、その全部又は一部が、中空錯体の内部空間に包接されるものであれば、特に限られない。すなわち、対象分子としては、例えば、その全体又は一部が中空錯体の内部空間に収容されるサイズのものを使用することができる。具体的に、対象分子の長さは、例えば、0.5〜15nmとすることができ、好ましくは0.5〜10nmとすることができる。また、対象分子の体積は、例えば、0.05〜1500nm3とすることができ、好ましくは0.05〜500nm3とすることができる。対象分子のサイズがこれらの範囲である場合には、当該対象分子の全体を中空錯体の内部空間に包接することができる。また、対象分子の一部を中空錯体に包接する場合には、当該対象分子は当該中空錯体より大きい分子とすることができる。この場合、対象分子のサイズは特に限られないが、当該対象分子の長さは、例えば、0.5〜15nmとすることができ、好ましくは0.5〜10nmとすることができる。
対象分子の全体が中空錯体の内部空間に包接されるかどうかは、例えば、実験的に確認することができる。すなわち、例えば、中空錯体を単独で含有する溶液、対象分子を単独で含有する溶液、及び中空錯体と対象分子とを含有する溶液のそれぞれについて、1H−NMR及びDOSY NMRを実施する。そして、例えば、中空錯体と対象分子とを含有する溶液において、当該対象分子に帰属するプロトンシグナルが高磁場側又は低磁場側に大きくシフトしている場合や、当該対象分子と中空錯体とが同一の拡散係数で運動していることが観測された場合には、当該対象分子の全体又は一部が中空錯体に包接されて、これらが一体化していると判断できる。
また、例えば、対象分子の構造を、コンピュータを用いた立体配座解析等の手法により解析し、当該対象分子が中空錯体に包接され得るかを評価することもできる。また、逆に、対象分子の構造に基づいて、当該対象分子の全体又は一部を包接できる中空錯体を設計し製造することもできる。すなわち、上述したような中空錯体のサイズや形状は、当該中空錯体を構成する多座配位子のサイズや形状によって精密に制御することができる。したがって、対象分子の構造及び錯体の構造に基づいて、これらの間で包接に適した分子間相互作用、例えば、疎水性相互作用、芳香族環相互作用(ππ相互作用、ππスタッキング)、静電相互作用が、生じるよう分子設計を行うことができる。
具体的に、対象分子としては、例えば、1又は複数のアミノ酸基を含み、当該1又は複数のアミノ酸基の全部又は一部が中空錯体の前記内部空間に包接されるものを使用することもできる。すなわち、例えば、図2Aに示す三角柱状の中空錯体の内部空間には、3つのアミノ酸から構成されるトリペプチドの全体が効率よく包接される。すなわち、例えば、2つのチロシンとアラニンとからなるトリペプチド(Tyr-Tyr-Ala)や、3つのアラニンからなるトリペプチド(Ala-Ala-Ala)は、図2Aに示す三角柱状の中空錯体の内部空間に、その全体が効率よく包接される(Shohei Tashiro, Masahide Kobayashi, and Makoto Fujita, J. AM. CHEM. SOC. 2006, 128, 9280-9281.)。
さらに、発明者らは、例えば、14個のアミノ酸からなり、そのペプチド鎖の中央部分に、3つのアラニンが連なったドメイン(Ala-Ala-Ala)を有するペプチドのうち、当該ドメイン部分のみが、図2Aに示す三角柱状の中空錯体の内部空間に選択的に取り込まれることも確認している。したがって、これら特定のアミノ酸配列を一部に有するペプチドやタンパク質は、その一部を中空錯体に包接することができる。同様に、他の構造の中空錯体もまた、特定のアミノ酸配列を有する対象分子の全部又は一部を包接できると考えられる。なお、上述の例では3つのアミノ酸からなるペプチドの全体を包接できる中空錯体が、14個のアミノ酸からなるペプチドの一部を包接できたことから、例えば、10個のアミノ酸からなるペプチドの全体を包接できる中空錯体は、50個程度のアミノ酸からなるペプチドの一部を包接できると考えられる。
また、対象分子としては、例えば、対象分子は、1又は複数の核酸塩基を含み、当該1又は複数の核酸塩基の全部又は一部が中空錯体の内部空間に包接されるものを使用することもできる。すなわち、例えば、図2Bに示した三角柱状の中空錯体の内部空間には、1つの核酸塩基対を包接することができ、図2Cに示した三角柱状の中空錯体の内部空間には、2つの核酸塩基対を包接することができる(Tomohisa Sawada1, Michito Yoshizawa、Sota Sato1 and Makoto Fujita. Nature Chem. doi:10.1038/nchem.100 (2009).)。
また、この中空錯体における核酸塩基対の包接では、当該核酸塩基対の一部(対をなす芳香族環部分)が当該中空錯体の内部空間内に取り込まれ、他の一部(リボース部分)が当該中空錯体の外部に存在する。すなわち、核酸塩基対の一部である芳香族環部分が、中空錯体の内部空間内に選択的に包接される。
このような包接に寄与する分子間相互作用の一つとして、芳香族環相互作用が考えられる。すなわち、例えば、ペプチドを構成するアミノ酸に含まれる芳香族環や、核酸塩基に含まれる芳香族環と、中空錯体の内部空間を囲んでいる多座配位子に含まれる複数の芳香族環と、の間では、ππ相互作用が働いていると考えられる。したがって、例えば、芳香族環を含む化合物(芳香族アミノ酸を含むペプチドやタンパク質、一本鎖又は二本鎖のRNAやDNA等)は、ゲスト分子として中空錯体の内部空間に包接され得る。なお、天然由来の分子、あるいは人工的に合成された分子のいずれも、中空錯体のゲストとなり得る。
また、対象分子のサイズが中空錯体の内部空間に収容されないほど大きい場合であっても、対象分子のうち芳香族環部分等、中空錯体の内部空間との親和性が高い部分は、当該内部空間に選択的に包接されると考えられる。この親和性は、芳香族環相互作用以外にも、疎水性相互作用や静電相互作用等の様々な分子間相互作用によってもたらされ得る。
中空錯体の内部空間への対象分子の包接は、当該中空錯体と当該対象分子とを接触させることにより実現することができる。すなわち、例えば、所定の溶媒中で中空錯体と対象分子とを混合することにより簡便に行うことができる。このとき、上述の、中空錯体を含有するRDC解析用試薬を使用することもできる。
この包接に使用する溶媒としては、中空錯体及び対象分子の一方又は両方を溶解できるものが好ましく、例えば、水、有機溶媒又はこれらの混合溶媒を使用することができる。水と有機溶媒との混合溶媒を使用する場合、水と相溶性のある有機溶媒を好ましく使用することができる。水と相溶性のある有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン等のエーテル類、アセトン等のケトン類、エチルセロソルブアセテート等のセロソルブ類、アセトニトリル等のニトリル類、ジメチルスルホキシド、ジメチルフォルムアミド、ジメチルアセトアミド及びこれらの混合溶媒を使用することができる。また、水を使用することなく、1種類の有機溶媒を単独で使用し、又は複数種類の有機溶媒の混合溶媒を使用することもできる。この場合も、水と相溶性のある有機溶媒を好ましく使用することができる。
包接における反応温度は、例えば、0℃から用いる溶媒の沸点までの範囲であり、反応時間は、例えば、数分から数時間である。反応終了後は、ろ過、イオン交換樹脂等によるカラム精製、蒸留、再結晶等の通常の後処理を行うことにより、対象分子を包接した中空錯体を得ることができる。
得られた中空錯体と対象分子との複合体の構造は、1H−NMR、DOSY NMR、13C−NMR、IRスペクトル、マススペクトル、可視光線吸収スペクトル、UV吸収スペクトル、反射スペクトル、X線結晶構造解析、元素分析等の公知の分析手段により確認することができる。
これらのうち、DOSY NMRは、シグナルを拡散係数によって分離する手法であり、分子構造の大きさによってシグナルを分離することが可能である。したがって、中空錯体と対象分子とが同一の拡散係数で運動していることを確認することにより、当該対象分子が当該中空錯体に包接されていることを確認することができる。また、例えば、中空錯体と対象分子とを含有する溶液において、当該対象分子に帰属するプロトンシグナルが高磁場側又は低磁場側に大きくシフトしている場合にも、当該対象分子が当該中空錯体に包接されていると判断することができる。
配向工程20においては、上述のようにして準備工程10で準備された、中空錯体と、当該中空錯体の内部空間にその全体又は一部が包接された対象分子と、を含む溶液に静磁場をかけて当該中空錯体と共に当該対象分子を磁場配向させる。すなわち、上述のとおり、中空錯体は、それ自身が適度に磁場配向する。そして、この中空錯体の磁場配向に伴い、当該中空錯体に全体又は一部が包接された対象分子もまた適度に磁場配向する。この対象分子と中空錯体との一体的な磁場配向により、当該対象分子のRDC解析が可能となる。
具体的に、例えば、溶液をNMR装置にセットし、当該NMR装置の磁場発生装置(例えば、超電導磁石を備えた磁場発生装置)により当該溶液に所定強度の磁場をかける。磁場の強度は、対象分子をRDC解析可能な程度に磁場配向させることのできる範囲であれば特に限られず、例えば、2〜20テスラ(T)の範囲内の強度の磁場をかけることができる。なお、磁場強度を変えてRDC解析を行う場合には、例えば、磁場強度が互いに異なる複数のNMR装置を使用することができる。
解析工程30においては、磁場配向した対象分子の残余双極子相互作用を解析する。RDC解析は、NMRによる通常の方法により実施することができる。すなわち、例えば、対象分子に含まれる所定の原子間のカップリング定数を測定し、当該カップリング定数におけるRDCの寄与項の大きさ(RDC値)を評価する。
ここで、この評価法について簡単に説明する。分子が磁場配向性を示した場合、RDCの寄与により2原子間のカップリング定数が変化する。2原子間のカップリング定数へのRDCの寄与は下記の式(1)で表される。
ここで、Jij(ani)は分子が磁場配向している場合に観測されるi、j核間のカップリング定数、Jij(iso)は分子が磁場配向していない場合のi、j核間のカップリング定数、Dijはi、j核間のRDCの寄与項である。
Dmax ijはi、j核間のカップリング定数の最大値、rijはi核とj核とのスピン間距離、Bは磁場強度、Δχは磁化率の異方性、つまり磁化率の水平成分と垂直成分の差、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、μ0は真空の透磁率、θとφは分子配向テンソルの主軸系におけるi jベクトルの傾きを表す極座標角度、RはAaおよびArをそれぞれ分子の配向テンソルの軸対称成分および斜方成分としたときに、R=Ar/Aaで表されるパラメーターである。
分子の磁化率の水平成分と垂直成分に差がない場合、Δχ=0である。このとき分子は磁場配向性を示さず、RDC項Dijは0となる。またJijは磁場強度依存性を持たない。一方で、分子の磁化率の水平成分と垂直成分に差がある場合、Δχ≠0である。このとき分子は磁場配向性を示し、RDC項Dijは0にならず、Jij(ani)の変化に寄与する。つまり磁場配向した分子の場合、式(2)よりDijは磁場強度の2乗に比例し、式(1)(2)よりJij(ani)は磁場強度の2乗に対して直線的に変化する。
分子が磁場配向しているか否かを判断する手法として、磁場強度の異なるNMR装置を用いて、分子内のi、j核間のカップリング定数Jij(ani)を読みとる方法がある。このJij(ani)は、例えば、2次元NMR等の多次元NMRにより取得できる。具体的に、例えば、ノンデカップリングモード(デカップリングを行わないモード)でのHeteronuclear Single-Quantum Correlation(以下、「nd−HSQC」という。)の測定結果からJij(ani)を読み取ることができる。
そして、B2(磁場強度の2乗)に対してJij(ani)をプロットした場合に、Jij(ani)がB2に対して変化していなければその分子は磁場配向していないと判断する。これに対し、Jij(ani)がB2に対して直線的に変化すればその分子は磁場配向していると判断する。また分子が磁場配向してJij(ani)がB2に対して直線的に変化している場合、磁場配向度合いが強いほどJij(ani)の変化量が大きくなる。したがって、Jij(ani)の変化量から磁場配向度合いを見積もることができる。
解析工程30においては、磁場配向した対象分子から得られた、当該対象分子のRDCに関する情報に基づいて、当該対象分子の構造解析を行うことができる。すなわち、上述のとおり、RDCの観測値の大きさは、静磁場に対する核スピン間ベクトル角度に依存している。このため、RDCの角度情報から、遠距離にある原子の位置関係に関する情報が得られる。したがって、NOEやスピン−スピン結合定数(J値)といった、磁場配向のない場合でも得られる情報に、磁場配向に特有のRDCに関する情報を加えることにより、対象分子の構造をより詳細に解析することが可能となる。すなわち、RDC解析においては、RDCを観測した2つの原子の核スピン間のベクトルと静磁場に対する角度情報を取得し、当該角度情報を使って、対象分子の構造を解析する。これにより、NOEやスピン−スピン結合定数等の既往の情報から解析可能な構造情報をより精密に決定することができる。具体的に、例えば、対象分子の大きさや分子量を問わず、分子の結合情報、立体配置、立体配座、分子内ドメイン間の相対的位置関係、相互作用している分子間の相対的位置関係といった構造情報を決定することができる。
このような本方法によれば、磁場配向性の中空錯体が有するゲスト包接能を利用することにより、それ自身では磁場配向しない対象分子のRDC解析が可能になる。すなわち、例えば、通常の溶液中では磁場配向しない対象分子からもRDCが観測できるようになる。
また、ホスト分子(中空錯体)に閉じ込められたゲスト分子(対象分子)は、その運動が著しく制限され、その構造が固定化される。このため、対象分子のうち、従来はフレキシブル(柔軟)で構造決定が困難であった部分構造の決定も可能となる。
また、一般にゲスト分子の化学シフト値は、ホスト分子への包接によってシフトすることが知られており、従来法では重なり合って解析できなかった信号が、本方法において新たに顕在化し、解析可能となる可能性がある。この結果、ゲスト分子単独では不可能であった詳細な構造解析が可能になる。
また、中空錯体の磁場配向度合いは、その構造設計によって精密に調節できる。また、中空錯体に包接された対象分子の磁場配向度合いは、当該中空錯体自身の磁場配向度合いに依存する。したがって、中空錯体の設計によって、対象分子の磁場配向度合いを所望の範囲に精密に調節することができる。
したがって、従来のアライメントメディアでは適切な磁場配向が実現できなかった対象分子についても、中空錯体の分子設計により、当該対象分子を包接して適度に磁場配向させることが可能となるため、そのRDC解析が新たに可能となる。
このように、本方法によれば、対象分子の形状や化学的性質に応じて、当該対象分子の磁場配向度合いを調整できる、いわばテーラーメードな磁場配向及びRDC解析方法を実現することができる。したがって、本方法によれば、実際にRDC解析できる対象分子の種類が広がる。この結果、磁場配向法及びRDC解析方法の簡便化が可能となり、ひいては、これらの解析手法の汎用化が可能となる。
図3に示す反応スキームに沿って、π共役平面が層状に集積した構造を有する自己組織化中空錯体(Sawada, T. et al. Nature Chem. doi: 10.1038/nchem.100 (2009)、Kumazawa, K.;Biradha, K.; Kusukawa, T.; Okano, T.; Fujita, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 3909.)を調製し、その磁場配向性を検討した。
なお、以下の実施例において、NMRは、Bruker DRX500 (500 MHz) NMR spectrometer、Bruker AVANCE500 (500 MHz) NMR spectrometer、及びJEOL ECA300 (300 MHz)、JEOL ECA600 (600 MHz)、JEOL ECA920 (920 MHz: 分子科学研究所) NMR spectrometerにより測定した。化学シフトはδ値で表示し、次の省略形を用いた。s(一重線)、d(二重線)、t(三重線)、q(四重線)、m(多重線)。テトラメチルシラン(TMS)のCDCl3溶液をガラスキャピラリーに封管したものを外部標準として用いた。
[錯体の調製]
2,4,6−トリス(4’−ピリジル)−1,3,5−トリアジン(TPT)(31.2 mg, 0.100 mmol)、ピラジン(12.0 mg, 0.15 mmol)、エンドキャップされた白金錯体(114 mg, 0.300 mmol)、ピレン(100 mg, 0.500 mmol)を5 mLのD2O中で100℃で6日間加熱撹拌した。反応溶液を吸引ろ過して、溶け残ったピレンを取り除いた。その後、溶液にCHCl3を加え抽出操作を行うことで、テンプレート分子のピレンを取り除いた。水層を凍結乾燥することにより、図2B及び図3に示す中空錯体(225 mg, 0.0715 mmol) を得た。
中空錯体の生成は、1H NMRにより確認した。図4には1H NMRスペクトル(600 MHz, D2O, 300 K)を示す。スペクトル中のenは白金錯体のエチレンジアミンのCH2部位を、-NH2-はエチレンジアミンのアミド部位示す。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (500 MHz, D2O, 300 K):δ(ppm) = 9.33 (d, J = 6.0 Hz, 12H, CHc), 9.01 (d, J = 6.0 Hz, 12H, CHa), 8.54 (d, J = 6.0 Hz, 12H, CHb), 2.86 (d, J = 10.0 Hz, -CH2-)。
[nd−HSQC測定]
上述のとおり、磁場強度の異なるNMR装置で分子中の結合のカップリング定数Jij(ani)を測定することで、分子の磁場配向性を評価することができる。そこで、磁場強度の異なるNMR装置を用いて、分子中の直接結合したC-Hのカップリング定数1JC-H(ani)を測定することで分子の磁場配向性を検討した。
なお、図4に示すように、分子内に多数存在するC-H結合のラベルはa、b、cといったようにアルファベットで表記することとした。ラベルは、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。例えば、水素Haと直接結合した炭素をCaとした。
1JC-H(ani)を測定するために、nd-HSQC測定法を用いた(参考文献:T. D. W. クラリッジ 有機化学のための高分解能NMRテクニック、Yan, J.; Kline, A. D.; Mo, H.; Shapiro, M. J.; Zartler E. R. J. Org. Chem. 2003, 68, 1786-1795)。ここで、nd-HSQC測定について、通常のデカップリングモードでのHSQC測定と対比しながら簡単に説明する。
通常のデカップリングモードでのHSQC測定では、縦軸方向が13C、横軸方向が1H信号となり、直接結合したCとHの結合がクロスピークとして信号が観測される。13C軸方向および1H軸方向の化学シフト値は、13C NMR、1H NMRを測定した場合のそれぞれの原子の化学シフト値と一致する。これに対し、nd-HSQCでは、シグナルは1H軸方向に分裂したピーク対として観測される。
図5には、600 MHzのNMRによるnd-HSQCで得られたスペクトルの一例(600 MHz, D2O, 300 K)を示す。このピーク対の1H軸(横軸)方向の周波数の差分が上記の式(1)の1JC-H(ani)に相当する。
中空錯体について300 MHz、500 MHz、600 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、分子の各C-H結合について1JC-H(ani)を読み取った。なお100 MHz NMRの磁場強度は2.35 Tに相当し、300 MHz、500 MHz、600 MHzの磁場強度はそれぞれ6.99 T、11.7 T、14.1 Tであった。
図6には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2(磁場強度の二乗:単位T2)に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図6に示すように、300
MHz、500 MHz、600 MHz、と磁場強度を増すにつれ、Ca-Ha結合の1JC-H(ani)の値は188.4
Hz、188.1 Hz、187.9 Hzと小さくなることがわかった。Cb-Hb、Cc-Hcについても同様に、磁場強度の増加に応じて1JC-H(ani)の値が小さくなることがわかった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。また各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットすると、線形変化していることがわかった。このことから、中空錯体が磁場配向していることがわかった。
実施例1で調製した中空錯体が示した磁場配向性が、芳香族環の持つ磁化率の異方性に由来するものであることを確かめるために、比較実験として芳香族環を持たないアダマンタンについて磁場配向性の有無の検討を行った。
アダマンタンは芳香族性を持たず、また対称性も高いために磁化率の異方性が非常に小さいと考えられる。市販のアダマンタンを昇華精製し、得られた生成物(0.500 mg)をDMSO-d6
(1.00 ml)中に溶解させた。1H NMRより、サンプル調製に不備が無いことを確認した。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (500 MHz, DMSO-d6, 300 K):δ(ppm) = 1.87 (br, 4H, CHa), 1.76 (d, J = 3.7 Hz, 12H, CHb)。
調製したアダマンタンのサンプルについて、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。
図7には各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図7に示すように、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920MHz と磁場強度を変えて測定したところ、Ca-Ha結合の1JC-H(ani)の値は131.2 Hz、133.1 Hz、131.1 Hz、133.1 Hzとなり、Cb-Hb結合の1JC-H(ani)の値は126.0 Hz、126.0 Hz、126.1 Hz、125.9 Hzとなり、B2の変化に対して1JC-H(ani)は変化が見られなかった。したがって、アダマンタンは磁場配向性を示さないと考えられた。このことから、実施例1で調製した中空錯体が示した磁場配向性が、芳香族環の持つ磁化率の異方性によることが裏付けられた。
芳香族環を8重に集積した中空錯体
(Yamauchi, Y.; Yoshizawa, M.; Fujita, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 5832.)について磁場配向性を検討した。この中空錯体は、2つのTPTが両底面に相当する位置に配置された三角柱を2つ組み合わせることにより構成される中空錯体である。この中空錯体は、芳香族環を平行に集積した実施例1の中空錯体と同様の構造を持つが、芳香族環を8重にも集積しているために磁場配向度合いが実施例1の中空錯体よりも大きくなると予想された。
[錯体の調製]
図8に示す反応スキームに沿って中空錯体を調製した。トリス(4−ピリジル)−2,4,6−トリアジン (6.24 mg, 20.0 μmol)、1,4ービス(4−ピリジル)−1,3−ブタジイン(6.12 mg, 30.0 μmol)、パラジウム錯体 (8.41 mg, 88.0μmol)、ピレン (8.41 mg, 88.0 μmol)にD2O (1.0 ml)を加え、60°Cで一晩撹拌した。遠心分離で溶け残ったピレンを沈殿させた後、上澄み液を採取した。
1H NMRの測定値が文献値と一致したことから目的とする中空錯体の生成を確認した。図9には1H NMRスペクトル(600 MHz, D2O, 300 K)を示す。なお、エチレンジアミン部位は解析対象外とした。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (500 MHz, D2O, 300 K):δ(ppm) = 9.29 (br, 12H, CHa’), 9.19 (d, J = 5.0 Hz, 12H, CHa), 9.06 (br, 12H, CHc’), 8.90 (br, 12H, CHc), 8.17 (d, J = 5.0 Hz, 12H, CHb), 8.10 (d, J = 5.0 Hz, 12H, CHb’), 7.65 (br, 12H, CHd), 6.35 (br, 12H, CHd’), 5.62 (br, 12H, CHe and CHf), 5.51 (br, 4H, CHe’), 5.26 (s, 8H, CHg), 5.04 (d, 4H, CHf’), 4.80 (s, 4H, CHg’), 3.13 (br, 12H, -CH2-), 3.07 (br, 12H, -CH2-), 2.90 (br, 12H, -CH2-), 2.86 (br, 12H, -CH2-)。
[nd−HSQC測定]
調製した中空錯体のサンプルについて、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。C-H結合のラベルについては、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。
図10〜図12には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図10〜図12に示すように、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度を増すにつれ、Ca-Ha結合の1JC-H(ani)の値は188.5 Hz、188.1 Hz、187.8 Hz、187.4 Hzと小さくなった。その他の全てのC-H結合についても同様であった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。また各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットすると、線形変化していることがわかった。このことから、中空錯体が磁場配向していることがわかった。
また、1JC-Hの磁場強度2乗に対する線形変化から、1 GHz換算でのRDCの大きさを求め磁場配向度合いの強さを検討した。その結果、実施例3の中空錯体は、実施例1の中空錯体より大きいΔ値を示した。このことから、実施例3の中空錯体は、実施例1の中空錯体より強い磁場配向度合いを示すことを見出した。
図2Dに示すように、芳香族環を四角柱状に配置した中空錯体(Aoyagi, M.; Biradha, K.; Fujita, M. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 7457.)について磁場配向性を検討した。この中空錯体は、エンドキャップされたパラジウム錯体とテンプレート分子であるビフェニルを用いて、芳香族分子である3,5-ビス(3-ピリジル)ピリジンを四角柱の側面に相当する位置に配置した中空錯体である。
[錯体の調製]
図13に示す反応スキームに沿って中空錯体を調製した。3,5−ビス(3−ピリジル)ピリジン (4.67 mg, 20.0μmol)、シス−(エチレンジアミン)パラジウム(II)ジ硝酸塩 (8.72 mg, 30.0μmol)、ビフェニル(0.77 mg, 5.0μmol) にD2O (1.0 ml)を加え、70°Cで一時間撹拌した。遠心分離で非溶解成分を沈殿させた後、上澄み液を採取した。
1H NMRによる測定値が文献値と一致したことから目的とする中空錯体の生成を確認した。図14には1H NMRスペクトル(300 MHz, D2O, 300 K)を示す。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (600 MHz, D2O, 300 K):δ(ppm) = 9.69 (s, 1H, CHd), 9.37 (s, 12H, CHf), 8.95 (d, J = 6.0 Hz, 1H, CHc), 8.72 (s, 1H, CHe), 8.11 (d, J = 8.7 Hz, 1H, CHa), 7.61 (dd, J = 8.5, 6.1 Hz, 1H, CHb), 5.78 (t, J = 8.7 Hz, 1H, CHi), 5.01 (t, J = 7.2 Hz, 1H, CHh), 4.88 (d, J = 8.7 Hz, 1H, CHg), 2.80 (br, 12H, -CH2-)。
[nd−HSQC測定]
調製した中空錯体のサンプルについて、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。C-H結合のラベルについては、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。
図15及び図16には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図15及び図16に示すように、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度を増すにつれ、Cb-Hb結合の1JC-H(ani)の値は173.3 Hz、172.8 Hz、172.4 Hz、171. 4 Hzと小さくなった。Cc-Hc、Cd-Hd、Cf-Hf、Ci-Hi結合についても同様であった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。また、Ce-He結合の1JC-H(ani)の値は166.9、167.0、167.0、167.3 Hzと大きくなった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。磁場強度に応じて1JC-H(ani)の値が大きくなるか小さくなるかは、各C-H結合の角度θに依存すると考えられた。これらのC-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットすると、線形変化していることがわかった。このことから、中空錯体が磁場配向していることがわかった。
図2Aに示すように、芳香族環を三方プリズム状に配置した中空錯体(Angew. Chem. Int. Ed. 2001, 40, No. 9, 1718-1721)について磁場配向性を検討した。この中空錯体は、エンドキャップしたパラジウム錯体を用いて、ポルフィン環を含む大きな芳香族環を三角柱の側面に相当する位置に配置した中空錯体である。
[錯体の調製]
図17に示す反応スキームに沿って中空錯体を調製した。5,10,15,20−テトラキス(3−ピリジル)ポルフィリン亜鉛錯体(Zinc 5,10,15,20 - tetra (3-pyridyl) - 21H,23H - porphine)(1.10 g, 1.62 mmol)と、シス−(エチレンジアミン)パラジウム(II)ジ硝酸塩 (0.939 mg, 3.23 mmol)と、を水とアセトニトリルとを体積比1:1で混合して調製した溶媒中、80℃で1日間反応させた。この紫色の反応液にアセトン(130 mL)を加え、遠心分離で非溶解成分を沈殿させた後、上澄み液を採取した。紫色の粉末を凍結乾燥することにより、三方プリズム状中空錯体を得た(1.95 g, 0.515 mmol, 96%)。さらに、この中空錯体の水溶液(100 mg, 0.0263 mmol in 40 mL)をヘキサフルオロリン酸アンモニウム(NH4PF6)の飽和水溶液に注いだ。紫色の沈殿物を遠心により分離して水で3回洗浄し、真空乾燥した。この結果、三方プリズム状中空錯体のヘキサフルオロリン酸を得た(102.1mg, 0.0213 mmol, 81%)。
1H NMRによる測定値が文献値と一致したことから目的とする中空錯体の生成を確認した。図18には1H NMRスペクトル(300 MHz, D2O, 300 K)を示す。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (500 MHz, CD3CN:D2O=1:1):・=9.99 (d, J=5.7 Hz, 12H), 9.81 (s,12H), 9.01 (s, 12H), 8.97 (d, J=8.1 Hz, 12H), 8.89 (s, 12H), 3.56~3.51, 3.48~3.42 (m,24H) (ppm)。
13C NMR (125 MHz, CD3CN:D2O=1:1):・=153.856 (CH), 150.585 (CH),149.439 (Cq), 149.226 (Cq), 144.948 (CH), 141.199 (Cq), 131.944 (CH), 131.510 (CH),124.940 (CH), 114.231 (Cq) (ppm)。
[nd−HSQC測定]
調製した中空錯体のサンプルについて、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。C-H結合のラベルについては、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。
図19には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図19に示すように、300 MHz、500 MHz、600 MHz、920 MHzと磁場強度を増すにつれ、Ca-Ha結合の1JC-H(ani)の値は169.5 Hz、168.5 Hz、168.3 Hz、167.5 Hzと小さくなった。Cc-Hc、Ce-He、についても同様であった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。また、Cb-Hb結合の1JC-H(ani)の値は172.2、172.5、172.5、173.2 Hzと大きくなった。Cc-Hc、Ce-He、についても同様であった。その変化量は、誤差に対して有意に大きかった。磁場強度に応じて1JC-H(ani)の値が大きくなるか小さくなるかは、各C-H結合の角度θに依存すると考えられた。各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットすると、線形変化していることがわかった。このことから、中空錯体が磁場配向していることがわかった。
実施例1及び実施例3の中空錯体のように芳香族環を層状に集積した構造でなくても、磁場方向に対して芳香族環を平行に保ち得る構造の中空錯体であれば、その構造に対応して、磁場配向することがわかった。
磁場配向することが確認された三方プリズム状中空錯体は、特定の配列のペプチドを高選択的に認識し、当該ペプチドが当該中空錯体のキャビティ(内部空間)内に強く包接されたホスト-ゲスト化合物を形成する。特に、この三方プリズム状中空錯体は、トリペプチドAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2 (Tyr:チロシン、Ala:アラニン)を内部空間に極めて強く包接し、ホスト-ゲスト化合物を形成する。そこで、ゲスト分子にとして会合定数の高いこのトリペプチドAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2 を用いて、三方プリズム状中空錯体に包接された当該トリペプチドの磁場配向について検討した。
[トリペプチドの合成]
Applied Biosystems社製433A型全自動ペプチド合成機を使用し、Fmoc法の固相合成によって合成した。Fmoc-NH-SAL-MBHA Resin (373 mg, 0.25 mmol)、Fmoc-Ala-OH (330 mg, 1.00 mmol) Fmoc-Tyr(t-Bu)-OH (460 mg, 1.00 mmol ×2)について、N末端のFmoc基をピペリジンによって除去し、縮合剤2-(1H-Benzotriazol-1-yl)-1,1,3,3,-tetramethyluronium hexafluolophosphate (HBTU)を用いてアミノ酸を順次カップリングさせるプロセスを繰り返し行った。
得られた樹脂に対し、水0.50 mlとTFA 9.5 mlを加え、室温で2時間撹拌してペプチドを当該樹脂から切り離し、同時にチロシンの側鎖の保護基であるt-ブチル基を切り離した。さらに樹脂を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、過剰のジエチルエーテルを加えて再沈殿させることにより粗成生物を得た。これをHPLC(High Performance Liquid Chromatography)で精製することにより、目的のペプチドAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2 を得た。収量73.8 mg, 収率65%であった。ペプチドは白色粉末として得られた。
1H NMR、13C NMR、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI-TOF MS)により目的物の生成物を確認した。なお、2つのTyrに由来するシグナルのシフト値が非常に近く帰属が困難であったが、COSY、HMBC、HSQC測定を行うことで帰属をつけることができた。また、MALDI-TOF MSは、Applied Biosystems Voyager DE-STRにより測定した。マトリックスとしてα-Cyano-4-hydroxycinnamic acid(CCA)を用いた。また、高速液体クロマトグラフィー(HPLCと略記)による生成物の分離には、Inertsil PEPTIDES C18カラム(GL Science)を用いた。
図20には1H NMRスペクトル(600 MHz, methanol-d4, 300 K)を示す。物性値は次のとおりであった。
1H NMR(600 MHz, methanol-d4, 300 K):δ(ppm) = 7.01 (d, J = 7.7 Hz, 1H, CHa), 6.96 (d, J = 7.5 Hz, 1H, CHj), 6.67 (d, J = 7.6 Hz, 1H, CHm), 6.64 (d, J = 7.8 Hz, 1H, CHk), 4.45 (m, 2H, CHe and CHb), 4.60 (q, J = 7.3 Hz, 1H, CHh), 2.99 (dd, J = 13.9, 6.3 Hz, 1H, CHf) , 2.91 (dd, J = 14.2, 5.4 Hz, 1H, CHg) , 2.82 (dd, J = 14.0, 8.0 Hz, 1H, CHc) , 2.69 (dd, J = 14.3, 8.5 Hz, 1H, CHd) , 1.85 (s, 3H, CHa) , 1.30 (d, J = 6.9 Hz, 3H, CHi)。
13C NMR(600 MHz, D2O):δ(ppm) = 175.9 (Cq), 172.4 (Cq), 171.9 (Cq), 171.6 (Cq), 155.5 (Cq), 130.1 (CH), 129.8 (CH), 127.6 (Cq), 127.4 (Cq), 115.0 (CH), 114.9 (CH), 55.2(CH), 54.8(CH), 48.8 (CH), 36.4 (CH2), 36.3 (CH2) , 21.0 (CH3) , 16.7 (CH3)。
MALDI-TOF-MS: m/z = 479.28([M + Na]+), 495.25([M + K]+)。
[トリペプチド単独のnd−HSQC測定]
得られたAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2(5.0 mg)を methanol-d4(0.58 ml)中に溶解させた。Ac-Tyr-Tyr-Ala-NH2はD2Oへの溶解性が低かったため、methanol-d4を選択した。300 MHz、500 MHz、600 MHzと磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。C-H結合のラベルについては、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。c、d、f、gのシグナルは互いに非常に近接しており、ピークを切り分けることが不可能であり解析が不可能であった。このため、c、d、f、gのシグナルは解析対象から除外した。同様に芳香族領域のjとl、kとmはそれぞれシグナルが非常に近接しており、解析が不可能であったため解析対象から除外した。
図21には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。図21に示すように、300 MHz、500 MHz、600 MHz と磁場強度を変えて測定したところ、Ca-Ha結合の1JC-H(ani)の値は128.3、128.4、128.3 Hzとなり変化が見られなかった。その他の全てのC-H結合についても同様であった。B2に対して1JC-H(ani)は変化が見られなかった。このことから、ペプチドAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2は磁場配向性を示さないことがわかった。
[三方プリズム状錯体のトリペプチド包接]
三方プリズム状中空錯体にAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2を包接する実験を行った。図22に示す反応スキームに沿って包接した。なお、図22に示す三角柱は、図2A及び図17に示す三方プリズム状中空錯体を示す。
三方プリズム状中空錯体(22.7 mg, 6.00 mmol)、ペプチドAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2(22.7 mg, 4.00 mmol) にD2O (1.0 ml)を加え、100°Cで2分間撹拌した。遠心分離で非溶解成分を沈殿させ、上澄み液を採取した。1H NMRにより錯体内に取り込まれたペプチドのシグナルが大きく高磁場シフトしたことを確認した。文献値と一致したことから目的のホスト−ゲスト化合物の生成を確認した。図23には1H NMRスペクトル(600 MHz, D2O, 300 K)を示す。物性値は次のとおりであった。
1H NMR (500 MHz, D2O, 300 K):δ(ppm) = 10.83 (s, 1H), 9.93 (s, 2H), 9.88 (d, J = 6.0 Hz, 1H), 9.80 (s, 1H), 9.73 (d, J = 5.1 Hz, 1H), 9.68-9.64 (m, 5H), 9.63-9.58 (m, 5H), 9.57 (d, 1H), 9.52 (s, 2H), 9.51 (s, 1H), 9.49 (s, 1H), 9.45 (s, 1H), 9.42 (s, 1H), 9.39 (d, J = 7.7 Hz, 2H), 9.03 (d, J = 7.7 Hz, 1H), 8.99 (d, J = 7.7 Hz, 1H), 8.96 (s, 1H), 8.95 (s, 2H), 8.94-8.93 (m, 5H), 8.92-8.89 (m, 5H), 8.88 (s, 1H), 8.84-8.80 (m, 5H), 8.73 (s, 1H), 8.72 (s, 1H), 8.67 (s, 1H), 8.66 (s, 1H), 8.65 (s, 1H), 8.64 (br, 1H), 8.63 (br, 1H), 8.61 (br, 2H), 8.60 (br, 2H), 8.59 (s, 1H), 8.55 (m, 5H), 8.51 (br, 8H), 8.49 (br, 1H), 8.48 (br, 2H), 8.45 (d, J = 6.8 Hz, 1H), 8.42 (d, J = 6.8 Hz, 1H), 8.40 (s, 2H), 8.38 (s, 1H), 8.31 (s, 1H), 8.29 (s, 1H), 8.28 (s, 1H), 8.27 (s, 1H), 8.26 (s, 1H), 8.24 (s, 1H), 8.23 (s, 1H), 8.22-8.16 (m, 12H), 8.10 (t, J = 6.0 Hz, 2H), 8.05-7.99 (m, 12H), 7.98 (s, 1H), 7.95 (d, J = 4.3 Hz, 1H), 7.92 (s, 1H), 7.91-7.88 (m, 4H), 7.87 (s, 1H), 7.73 (d, J = 4.3 Hz, 1H), 7.39 (d, J = 4.3 Hz, 1H), 4.47 (q, J = 6.8 Hz, 1H), 3.33-3.10 (m, 24H), 2.00 (d, J = 6.8 Hz, 3H), -0.78 (d, J = 8.5 Hz, 1H), -1.37 (dd, J = 7.7, 6.0 Hz, 1H), -1.77 (dd, J = 6.0, 6.0 Hz, 1H), -2.41 (d, J = 13.7 Hz, 1H), -2.93 (br, 2H), -3.52 (s, 3H), -4.30 (t, J = 12.8 Hz, 1H), -5.53 (dd, J = 8.5, 5.1 Hz, 1H)。
ゲスト分子(トリペプチド)由来のシグナルが非常に高磁場シフトしていることから、ホスト-ゲスト化合物(トリペプチドが三方プリズム状中空錯体に包接された複合体)の生成が支持された。ゲスト分子がない状態の三方プリズム状中空錯体では対称性が高いためにプロトンは6つのシグナルとして観測されたのに比べて、Ac-Tyr-Tyr-Ala-NH2を包接した場合には、当該三方プリズム状中空錯体のプロトンに相当する低磁場領域のシグナルが非常に数多く観測された。これは、Ac-Tyr-Tyr-Ala-NH2が三方プリズム状中空錯体に強く包接され運動が制限されていることにより、当該錯体の対称性が著しく下がっていることを示す。
[中空錯体に包接されたトリペプチドのnd−HSQC測定]
ホスト-ゲスト化合物について、300 MHz、500 MHz、600 MHz、と磁場強度の異なるNMRでnd-HSQC測定を行い、三方プリズム状中空錯体に包接されたAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2の各C-Hの1JC-H(ani)を測定した。C-H結合のラベルについては、水素は1H NMRで帰属されたものと同じラベルを用い、炭素は直接結合した水素と同じラベルを用いた。
図24及び図25には、各C-H結合について1JC-H(ani)をB2に対してプロットし、最小二乗法を用いて近似直線を引いた結果を示す。なお、300MHzで測定したスペクトルにおいて、Ch-Hhのシグナルは溶媒の信号と重なっており、Jij(ani)を読み取ることは不可能であった。
図24及び図25に示すように、Cc-Hc結合の1JC-H(ani)の値は、300 MHz、500 MHz、600 MHz MHzと磁場強度を変化させると、147.8 Hz、147.1 Hz、146.6 Hzと小さくなった。Cf-Hf結合の1JC-H(ani)の値は151.6 Hz、152.6 Hz、153.0 Hzと小さくなった。Cd-Hdについても同様であった。これらの結合について1JC-H(ani) vs. B2プロットをとると、1JC-H(ani)が B2に対して線形変化していることがわかった。このことから、三方プリズム状中空錯体に包接されたトリペプチドが磁場配向していることが示された。Cd-Hdについては1JC-H(ani) vs. B2プロットの近似直線が誤差範囲から外れているが、これはS/N比が低くなってしまっていることによると考えられる。
Ch-Hh結合の1JC-H(ani)の値は、500 MHz、600 MHz MHzと磁場強度を変化させても143.7 Hz、143.7 Hzと変化しなかった。これはRDC項の角度依存項(3cos2θ-1)の値が0に近くなるようなθの値を取るためだと考えられる。またCa-Ha結合の1JC-H(ani)の値は300 MHz、500 MHz、600 MHz MHzと磁場強度を変化させても、128.8 Hz、128.8 Hz、128.7 Hzと変化しなかった。これについてはθの値によりθ依存項が0に近づいたためか、メチル基の回転によるものだと考えられる。
Cb-Hbの1JC-H(ani)の値は、300 MHz、500 MHz、600 MHz MHzと磁場強度を変化させると、134.5 Hz、133.4 Hz、137.0 Hzとばらばらに変化した。Ce-He、Cf-Hf、Ci-Hiについても同様であった。これは、Cb-Hb、Ce-He、Cf-Hf、Ci-Hiのシグナルが著しくS/N比が低かったためであると考えられる。
なお、nd-HSQC測定からは13Cと1Hの間のカップリング定数1JC-H(ani)が得られるが、13Cの天然存在比はおよそ1%程度しかなく、感度は低い。13Cラベルされたトリペプチドを使用すれば、感度が飛躍的に上がりS/N比も格段に上がると考えられた。
このように、三方プリズム状中空錯体に包接されたAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2の各C-H結合についての1JC-H(ani) vs. B2プロットが線形変化を示した。このことから、三方プリズム状中空錯体に包接されたAc-Tyr-Tyr-Ala-NH2が磁場配向性を示すことがわかった。
Ac-Tyr-Tyr-Ala-NH2は単独では磁場配向性を持たないが、三方プリズム状中空錯体に包接されることで磁場配向性を示すことがわかった。このことから、磁場配向性錯体の持つゲスト包接能を用いることで、通常の溶液中では磁場配向しない分子からもRDCが観測できるようになり、ゲスト分子単独では不可能な詳細な構造解析が可能になることがわかった。ゲスト分子の磁場配向度合いは、ホスト分子の磁場配向度合いと同程度であると考えられた。