JP5246870B2 - インシュリン産生増強剤 - Google Patents
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Description
以上のことから、膵臓β細胞のインシュリン産生を阻害する機構の解明と共に、そのメカニズムを利用した膵臓でのインシュリン産生能の増強を図るための創薬の開発が急務となっていた。
膵臓内分泌系はα細胞、β細胞、δ細胞、γ細胞の4種の細胞で構成される(図13)が、本発明者らは近年、内在する成体膵臓幹細胞から、α細胞、β細胞、δ細胞、γ細胞それぞれに分化させることができる方法を発見し、特許出願している(特願2008−168222)。このようなβ細胞への分化促進因子を用いて、成体膵臓幹細胞からβ細胞へ分化を促進することは、インシュリンの産生能の増強につながると考えられ、反対に、成体の膵臓の幹細胞からの分化に著しい悪影響を及ぼす阻害物質を同定できれば、糖尿病治療のための創薬開発の標的物質が提供できる。
IGFBP-4は、インスリン様増殖因子結合タンパク質(IGFBP)の1種であるが、IGFBPは、インスリン様増殖因子(IGF)に結合してその作用を調節する物質であって、現在IGFBP1〜6が知られており、それぞれが血液系細胞、卵巣系細胞、骨由来細胞など各種の組織特異的に発現されていることが確認されている。IGFGP-4は、最初ヒト骨芽細胞培養液などから単離され(非特許文献1)、IGF-I特異的なIGF抑制作用を示し、副甲状腺ホルモン(PTH)などの骨吸収抑制タンパクにより産生が促進され、骨粗鬆症患者で血中濃度が増加することから骨形成に関する作用が期待されていた(特許文献1)。その後、前立腺癌や結腸癌などある種の腫瘍細胞の増殖を抑制する作用が知られ(特許文献2,非特許文献2)、さらに最近、IGFGP-4が心臓形成に必要な古典的Wntシグナル伝達阻害因子であることが確認されて、心筋細胞への分化を促進する心筋形成増殖因子として注目を集めている(非特許文献3)。しかし、IGFBP-4の主要な組織分布は、肝臓、脳皮質であるとされており(特許文献3)、IGFBP-4遺伝子をDNAアレイの1要素として各種の薬剤などの脳下垂体での作用機序や、漢方薬の効果測定のために用いられた例はある(特許文献4,5)が、膵臓での発現が観察された例はなく、IGFBP-4が膵臓でのインシュリン産生機構に何らかの関わりを有している可能性が検討されたことはなかった。そして、従来、糖尿病やインスリン産生機構にIGF-1と共に主要な役割を担っているIGFBPはIGFBP-1であることが相次いで報告され(特許文献6,非特許文献4,5,www.nougaku.jp/award/takenaka.pdf)、技術常識となっていたことから、むしろIGFBP-4を糖尿病やインスリン産生と関連づける研究を妨げる状況であった。
したがって、IGFBP-4が膵臓α細胞から産生され、Wnt3Aの作用を阻害することでインシュリン産生を阻害していることの知見は驚くべき発見であった。本発明者らは、さらに健康体と糖尿病動物との比較から、IGFBP-4の濃度が糖尿病動物の膵臓において高濃度であることを見出し、IGFBP-4が糖尿病患者のインシュリン産生の阻害に重要な役割を担う物質であることを解明して、本発明を完成した。
〔1〕 IGFBP-4インヒビター、又はWnt3aもしくはその活性化剤を有効成分とする、膵臓β細胞からのインシュリン産生増強剤。
〔2〕 前記IGFBP-4インヒビターが、IGFBP-4タンパク質の機能を阻害する物質である、前記〔1〕に記載のインシュリン産生増強剤。
〔3〕 前記IGFBP-4タンパク質の機能を阻害する物質が、IGFBP-4中和抗体である前記〔2〕に記載のインシュリン産生増強剤。
〔4〕 前記IGFBP-4インヒビターが、IGFBP-4の遺伝子の発現を阻害する物質である、前記〔1〕に記載のインシュリン産生増強剤。
〔5〕 前記IGFBP-4の遺伝子の発現を阻害する物質が、IGFBP-4遺伝子のsiRNA、shRNA又はアンチセンスRNAである、前記〔4〕に記載のインシュリン産生増強剤。
〔6〕 前記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載のインシュリン産生増強剤からなる、糖尿病の予防又は治療用の医薬組成物。
〔7〕 前記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載のインシュリン産生増強剤を作用させた膵臓幹細胞又はβ前駆細胞を有効成分として含む、膵臓移植用組成物。
〔8〕 膵臓β細胞からのインシュリン産生を増強させる作用を有するIGFBP-4インヒビターをスクリーニングするための方法であって、以下の(1)〜(4)を含む方法;
(1)レポーター遺伝子を、Wnt3aが活性化することのできるプロモーターに繋いで導入した細胞を用意し、
(2)あらかじめ(1)の細胞培地中に、Wnt3a単独で添加した場合、及びWnt3aと共にIGFBP-4を添加した場合のレポーター活性を測定しておき、
(3)(1)の細胞培地中に、Wnt3a及びIGFBP-4と共に被検物質を添加して、レポーター活性を測定し、
(4)(3)で得られた測定値が、(2)で測定した、Wnt3a及びIGFBP-4を添加した場合の測定値よりも、Wnt3a単独で添加した場合の測定値に近い数値を示す物質を、IGFBP-4インヒビター候補物質と判定する。
〔9〕 膵臓β細胞におけるインシュリン産生能を判定するためのキットであって、被験体の膵臓組織由来の生体試料中のIGFBP-4又はWnt3aの濃度を測定するためのIGFBP-4抗体又はWnt3a抗体を含むELISA用キット。
〔10〕 糖尿病診断用キットである、前記〔9〕に記載のキット。
〔11〕 ヒト以外の哺乳動物からなる被験体の膵臓β細胞におけるインシュリン産生能を判定する方法であって、IGFBP-4抗体又はWnt3a抗体を用いて、当該被験体膵臓組織由来の生体試料中のIGFBP-4又はWnt3aの濃度を測定することを特徴とする方法。
以下、本発明の技術的な特徴について、その概要を述べる。
正常な成体の膵臓では、成体膵臓幹細胞が前駆β細胞を経由して成熟β細胞にまで分化して、インシュリンを産生するが、本発明の重要な特徴の1つが、当該インシュリン産生に関わる重要な促進物質が、β細胞及びα細胞が産生するWnt3aであることを見出した点にある。
Wnt3aは、本発明者らの先の出願(特願2008−168222)において、成体膵臓幹細胞が前駆β細胞に分化する際の分化促進物質であることを見出していたが、本発明において、前駆β細胞がさらにインシュリン産生能を有する成熟β細胞にまで分化するのを促進すること、及びβ細胞からのインシュリンの産生量を増大させる物質であることを見出した。また、そのWnt3aによる分化促進作用が、Wntシグナル伝達機構を介して核内にβカテニンを移行させ、βカテニンが、NeuroD1遺伝子のプロモーター活性化領域に結合しているTCF及び/又はLEFに作用して、当該プロモーターを活性化させ、β細胞の分化に必須なNeuroD1の発現を促進することにあることを解明した。(図5)
そして、糖尿病など病的状態に陥った膵臓ではα細胞がIGFBP-4を著量産生することを確認し、当該IGFBP-4は、用量依存的にWnt3aの作用を阻害しており、Wnt3aを阻害することでNeuroD1の発現を阻害し、かつインシュリン産生量を大幅に減少させる主要な原因物質であることを解明したものである。(図13)
糖尿病治療薬として、インシュリン産生増強剤を考えたとき、まずWnt3a 及びその活性化剤が候補となる。
さらに、Wnt3a産生を阻害しているIGFBP-4の作用を阻害する物質又はIGFBP-4の発現を阻害する物質も、インシュリン産生量を増強させるので、有力な候補物質である。
ここで、IGFBP-4の阻害作用はきわめて大きいので、インシュリン産生に十分な量のWnt3a が存在していてもWnt3a本来の促進効果が発揮できない可能性があると考えられるので、インシュリン産生を促進するための医薬としては、Wnt3a自体を添加するよりも、IGFBP-4のWnt3a に対する阻害作用の方を阻害する物質の有効性が期待できる。そして、その際には、IGFBP-4の中和抗体のように、IGFBP-4タンパク質に結合して阻害することも有効であるが、α細胞がIGFBP-4を発現することを阻止するための阻害剤、すなわちIGFBP-4遺伝子又はそのプロモーターに働くIGFBP-4のsiRNA、shRNA、又はアンチセンスRNA、アンチセンスDNAなどのIGFBP-4発現阻害剤を発現ベクターなどにより導入する手法が有効に用いられる。
また、新たなIGFBP-4の作用を阻害する物質をスクリーニングするためには、IGFBP-4の阻害作用がWnt3aの転写を阻害するものであるので、Wnt3aプロモーター活性を回復できるかどうかをWntレポーターアッセイで確認すれば簡単に検出、判定することができる。
そして、糖尿病患者など、膵臓組織が病的な状態にある場合には、膵臓のα細胞から著量のIGFBP-4が発現し、その量の高さは病状の悪化状態に対応していると考えられるので、被験者のIGFBP-4発現量を定量化して観察することで診断でき、また同時にWnt3a発現量が極端に低下していると考えられるから、Wnt3a発現量を定量化して観察することも糖尿病の診断にとって有効であるといえる。
Wntは、細胞外に分泌され、細胞間のシグナル伝達を司るタンパク質として複数種類(哺乳類では19種類)存在し、線虫、ショウジョウバエからヒトに至るまで生物種を超えて保存されている。ノックアウトマウスの解析によりWntは発生初期における体軸形成や器官形成に必須な、生物学的に重要なタンパク質である。Wntにより活性化される細胞内シグナル伝達機構には、(1)βカテニン経路、(2)平面内細胞極性(PCP)経路(細胞骨格制御)、及び(3)Ca2+経路(細胞運動制御)の3種類が存在するが、本発明において「Wntシグナル伝達機構」というときは、βカテニン転写因子(非特許文献8)を介した「βカテニン経路」を指す。
Wnt3aは、典型的なWntであり、幹細胞、特に造血幹細胞の増殖および自己再生を含む多数の発達イベントに関与することが知られており、最近本発明者らにより成体膵臓幹細胞からβ細胞への分化を誘導する物質であることも見出されている(特願2008−168187)。
Wnt3aをインシュリン産生増強剤として用いる場合、成体の膵臓組織に対して、Wnt3aタンパク質、又はWnt3a遺伝子を含む発現ベクターなどを直接導入することも考えられるが、Wnt3aタンパク質、又はWnt3a遺伝子を常法により作用させた成体膵臓幹細胞、β前駆細胞を膵臓組織に移植する手法が好ましい。
その際に用いるWnt3aタンパク質としては、生体試料から精製されたもの、化学合成されたものや遺伝子組み換えによって製造されたものを用いることができ、市販Wnt3aを用いることもできる。Wnt3aは保存性が高いので、由来の生物種はいずれのものであってもよいが、医薬製剤として用いる場合は対象生物種と同一の生物種由来のものが好ましい。また、Wnt3aタンパク質におけるWntシグナル伝達機構に関与する領域は古くから研究され、ほぼ解明されており(非特許文献8)、当該領域が含まれていれば、Wnt3aタンパク質及びその遺伝子の全長でなく部分配列であってもよい。
Wnt3a遺伝子を細胞、組織に導入する際には、生来のプロモーターと共に、もしくは強力な公知プロモーター(例えばCAGプロモーターやCMVプロモーター)などに繋いで、生理学的に受容可能なキャリアと共にそのまま導入してもよいが、通常は遺伝子治療用に用いられる各種の公知ウイルスベクター(例えば、アデノ随伴ウイルス(AAV) ベクターやレンチウイルスベクター)を用いて導入する。
本発明の実施例でWnt3aタンパク質の発現の際には、Wnt3aの全長遺伝子をレンチウイルスべクター(非特許文献7)に組み込み発現させた。
なお、「Wnt3a遺伝子」というとき、Wnt3aタンパク質をコードするDNA又はmRNAを指し、Wnt3a遺伝子配列は、公知のデータベースから入手可能であり、例えばヒトWnt3a遺伝子は、NM_033131(Gene Bankアクセッションナンバー)、マウスWnt3a遺伝子はNM_009522(Gene Bankアクセッションナンバー)である。
また、公知のWnt3a活性化剤(Wnt3aの活性を増加させるような化合物やWnt3a 転写を活性化するような化合物)、例えば、Wntのシグナル伝達機構を促進することが知られているグリコーゲンシンターゼキナーゼ3β(GSK3β)インヒビターであるAR-A014418(J. Biol. Chem., Vol. 278, No. 46, p45937-45945, 2003)を用いることができる。
なお、本発明の実施例で用いた、Wnt3aのドミナントネガティブタンパク質(dnWnt)は、Wnt3aの作用領域を改変して機能不全タンパク質をコードする遺伝子をレンチウイルスベクター(非特許文献7)に組み込み発現させたものを用いている。
本発明において、「IGFBP-4」というとき、ヒトIGFBP-4のみならず、マウス、ラットなどの実験動物、ウシ、ウマなどの家畜動物、犬、ネコなどの愛玩動物など哺乳類由来IGFBP-4を指す。また、公知のIGFBP-4変異体、例えばプロテアーゼ耐性変異体(Yu, H. 等, J. Natl. Cancer Inst. 92 (2000) 1472-1489、Conover, C. A. 等, J. Biol. Chem. 270 (1995) 4395-4400)等、各種原核細胞もしくは真核細胞宿主から生産された組換えIGFBP-4も含まれる。さらに、IGFBP-4の部分タンパク質であっても、Wnt3a阻害活性を失わない限り包含され、反対に融合タンパク質、例えば、グルタチオンS−トランスフェラーゼとの融合タンパク質((Honda, Y. 等, J. Clin. Endocrinol. Metab. 81 (1996) 1389-1396)、ヘキサヒスチジン標識との融合タンパク質(Qin, X. 等, J. Biol. Chem. 273 (1998) 23509-23516)、又はユビキチン融合タンパク質(Kiefer, M. C. 等, J. Biol. Chem. 267 (1992) 12692-12699)であってもよい。
「IGFBP-4遺伝子」とは、これらのタンパク質をコードするDNA又はmRNAを指す。IGFBP-4遺伝子配列は、公知のデータベースから入手可能であり、例えばヒトIGFBP-4遺伝子は、NM_001552(Gene Bankアクセッションナンバー)マウスIGFBP-4遺伝子はNM_010517(Gene Bankアクセッションナンバー)である。
本発明において「IGFBP-4インヒビター」又は「IGFBP-4阻害剤」というとき、Wntシグナル伝達機構に関わるIGFBP-4自体の活性を阻害する物質、及びIGFBP-4遺伝子の転写などIGFBP-4の発現を阻止する阻害物質のいずれをも含む。IGFBP-4自体の活性を阻害する物質としては、例えばIGFBP-4の中和抗体(anti-IGFBP-4、R&D社製など)のように、IGFBP-4タンパク質に結合してタンパク質を分解することで阻害する物質、PAPP-A/IGFBP-4 protease(非特許文献10)などがある。また、IGFBP-4の発現を阻止する阻害物質としては、IGFBP-4遺伝子又はその3’UTR領域に働くIGFBP-4のsiRNA、shRNA、又はアンチセンスRNA、アンチセンスDNAなどが挙げられる。さらに、下記5.のスクリーニング法で得られたIGFBP-4活性阻害物質、又はIGFBP-4遺伝子の発現阻害物質も、同様に用いることができる。
IGFBP-4阻害剤が、IGFBP-4中和抗体などのタンパク質や低分子化合物などの場合は、薬理学的に許容される担体などと共に膵臓組織に注入するか、in vitroで膵臓幹細胞、又は分化した膵臓α細胞に投与した後、移植する手法も用いられる。IGFBP-4阻害剤がsiRNAなどのポリヌクレオチドの場合は、ウイルスベクターなどにより導入する公知の手法が有効に用いられる。
本発明のIGFBP-4インヒビターの阻害作用は、転写活性化因子としてのWnt3a機能を阻害するものであるから、未知のIGFBP-4インヒビターをスクリーニングするためには、Wnt3aによるNeuroD1プロモーターなどの活性化作用がIGFBP-4により阻害されるのを回復するかどうかを観察すればよい。
例えば、以下の(1)〜(4)の工程を経てIGFBP-4インヒビターの候補物質をスクリーニングすることができる。
(1)レポーター遺伝子を、Wnt3aが活性化することのできるプロモーターに繋いで導入した細胞を用意し、
(2)あらかじめ(1)の細胞培地中に、Wnt3a単独で添加した場合、及びWnt3aと共にIGFBP-4を添加した場合のレポーター活性を測定しておき、
(3)(1)の細胞培地中に、Wnt3a及びIGFBP-4と共に被検物質を添加して、レポーター活性を測定し、
(4)(3)で得られた測定値が、(2)で測定した、Wnt3a及びIGFBP-4を添加した場合の測定値よりも、Wnt3a単独で添加した場合の測定値に近い数値を示す物質を、IGFBP-4インヒビター候補物質と判定する。
そのようなスクリーニング法の典型的な手法として、「Wntレポーターアッセイ(TOP-FLASHレポーター;非特許文献11)」を利用すれば、簡単に検出、判定することができる。具体的には、以下の手順で行う。
(1)TOP-FLASHレポーターを導入した細胞の培地に、Wnt3aおよびIGFBP-4存在下で、候補化合物ライブラリーをそれぞれ添加する。その際、レコンビナントWnt3aとIGFBP-4タンパク質を培地中に添加してもよい。又は、Wnt3a遺伝子とIGFBP-4遺伝子とを細胞に導入する方法を採用してもよい。
(2)ルシフェラーゼー活性をルミノメーターで測定する。
(3)IGFBP-4の作用を阻害する物質のポジティブコントロールとしてWnt3aのみを添加した場合のルシフェラーゼ活性に、できるだけ近い回復を伴う物質がIGFBP-4の作用を阻害する物質であり、IGFBP-4インヒビターの候補物質であるといえる。
また、IGFBP-4遺伝子の発現を阻害する物質をスクリーニングするには、IGFBP-4のプロモーターにルシフェラーゼなどレポーター遺伝子を繋ぎ、被検物質ルシフェラーゼ活性の低下を見ることで、プロモーター活性が阻害されることを確認することができる。
本発明のWnt3a、もしくはその活性化剤、又はIGFBP-4インヒビターは、膵臓組織におけるインシュリンの産生を増強することができるので、糖尿病用治療薬として有効である。本発明における、Wnt3aによるインシュリン産生増強活性は、本来インシュリン産生能力のあるβ細胞のインシュリン産生能を増強する作用と共に、膵臓幹細胞をインシュリン産生能を有するβ細胞へ分化する作用も有しているため、I型糖尿病用のみならず、II型糖尿病用にも効果が期待できる。
本発明の医薬組成物は、膵臓組織に直接注入するか、又はin vitroで膵臓幹細胞又はそれを分化させた前駆β細胞などに注入して移植する方法が用いられるため、好ましくは通常の注射製剤などと同様、無菌の水溶液に溶解、又は懸濁し、薬学的に許容される安定化剤、等張化剤、緩衝剤などが配合される。また、遺伝子製剤の場合は、常法に従い、核内に遺伝子を運搬するためのキャリアが併用されることが好ましい。生理学的に受容可能なキャリアとしては、リポフェクタミン(Invitrogen社)などの遺伝子導入用カチオン性脂質などがある。
遺伝子を細胞、組織に導入する際には、生来のプロモーターと共に、もしくは強力な公知プロモーター(例えばCAGプロモーターやCMVプロモーター)などに繋いで、生理学的に受容可能なキャリアと共にそのまま導入してもよいが、通常は遺伝子治療用に用いられる各種の公知ウイルスベクター(例えばレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターなど)を用いて導入する。
また、公知のインシュリン製剤又はアディポネクチン製剤などの公知インシュリン産生増強剤を併用することもできる。
本発明の医薬有効投与量および投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重等により異なるが、通常成人1日当たり1μg/kg〜10mg/kgである。
糖尿病、又はその前段階で膵臓組織が病的な状態にある場合には、膵臓のα細胞から著量のIGFBP-4が発現し、その量の高さは病状の悪化状態に対応していると考えられるので、被験者のIGFBP-4発現量を定量化して観察することは、膵臓組織の状態を判定するのに好適である。また同時に、膵臓組織が病的な状態に陥った場合には、Wnt3a発現量が極端に低下していると考えられるから、Wnt3a発現量を定量化して観察することも有効であるといえる。
具体的には、市販のELISA Kit(Quantikine ELISA Kit ;R&D Systems社など)を用いて定量化できる。「膵臓組織由来の生体試料」すなわち、膵臓組織又は膵臓に近い位置で採取した血液試料など、膵臓中でのIGFBP-4又はWnt3a発現量を反映している生体試料中のIGFBP-4やWnt3aを測定すればよいが、そのためにIGFBP-4又はWnt3aに対して特異的に結合する捕捉用抗体を用意し(anti-IGFBP-4; R&D Systems社,anti-Wnt3a; R&D Systems社やEverest社)、ELAISAを行う。例えば以下の手法で行う。
1)Wash buffer Concentrate 20mLをミリQ水で25倍に希釈する。
2)Wnt3a 標準品(R&D Systems社)またはIGFBP-4標準品(R&D Systems社)のバイアルにCalibrator Diluent RD5Kを 5mL加えて溶解する(2ng/mL)。
3)Wnt3a標準品/Calibrator Diluent RD5K 溶液(1mL)を希釈し,1000pg/mL,500pg/mL,250pg/mL,125pg/mL,62.5pg/mL,31.2pg/mL,15.6pg/mLの溶液を調製(Calibrator Diluent RD5K で希釈)する。0 pg/mLはCalibrator Diluent RD5K のみとする。同様にIGFBP-4についても希釈液を調製する。
4)ウェルにRD1Xを50μL加える(結晶が析出している場合は,室温で溶かす)。
5)200μLのサンプル(培養上清)、標準溶液(1000pg/mLが最高濃度)をウェルに加える。
6)室温にて放置する(75分)。
7)Wash buffer 400μLで洗浄する(3回)。
8)200μLの Wnt3a conjugate(もしくはIGFBP-4 conjugate)を加える。
9)75分放置する(室温)。
10)洗浄する(3回)。
11)200μLのSubstrate Solutionを加え、20分室温放置(遮光)する。
12)50μLのStop solutionを加え、混合する。
13)450nm(λ correction 540 or 570nm)で30分以内に測定を行う。
なお、本発明の実施例で用いた遺伝子組換え技術、PCR法、その他の手法などの具体的な手順や条件は、特に断らない限り、Sambrook and Russell,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,3rd Edition.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Plainview,NY(2001)、Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York (1989); D. M. Glover et al. ed., "DNA Cloning", 2nd ed., Vol. 1 to 4, (The Practical Approach Series), IRL Press, Oxford University Press (1995); Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995;日本生化学会編、「続生化学実験講座1、遺伝子研究法II」、東京化学同人 (1986);日本生化学会編、「新生化学実験講座2、核酸III(組換えDNA技術)」、東京化学同人 (1992); R. Wu ed.,"Methods in Enzymology", Vol. 68 (Recombinant DNA), Academic Press, New York (1980); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 100 (Recombinant DNA, PartB) & 101 (Recombinant DNA, Part C), Academic Press, New York (1983); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 153 (Recombinant DNA, Part D), 154 (Recombinant DNA, Part E) & 155 (Recombinant DNA, Part F), Academic Press, New York (1987)などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法またはそれらと実質的に同様な方法により行うことができる。
また、本発明で引用した先行文献又は特許出願明細書の記載内容は、本明細書の記載として組み入れるものとする。
α細胞のマーカー遺伝子となるGlucagonタンパク質に対して、特異的に結合する抗体(Abcam社製)を用いて、マウスの膵臓組織に対する免疫抗体染色解析を行った(図1,図2)。成体のC57/BL6マウス(オス、7-8週齢)を用い、0.9%Saline(Wako)液で血管内洗浄、4%パラホルムアルデヒド (Wako)で還流し、膵臓を抽出した。24時間4%パラホルムアルデヒド液に浸透させ(4℃)、その後30%sucrose(Wako)に置換、4℃で24時間以上浸透させた。この固定化が済んだ膵臓から、Microtome (ROM-380; YAMATO社製)を用いて30μm厚の凍結膵臓切片を作製した。凍結膵臓切片はTCS液(Tissue Collecting Solution; 25% Glycerin, 30% Ethlene Glycol, 50% 0.1MPO4)中に浸し、-25℃で保存した。凍結膵臓切片を、Glucagon抗体(Abcam社製、200倍希釈)、IGFBP-4抗体(SantaCruz社製、100倍希釈)もしくはWnt3抗体(Everest社製、100倍希釈)を使用して一次染色した後、二次蛍光抗体(Jackson laboratory社製、500倍希釈)で染色し、共焦点顕微鏡(LSM 510; Carl Zeiss)で検出した。
Glucagon抗体を用いると、β細胞を取り囲むように存在しているα細胞が染色される(図1中)。本発明者らがβ細胞新生のために必須であることを既に確認していた(特願2008−168187)Wnt3産生部位を、Wnt3抗体(Everest社製、100倍希釈)により染色した。その結果、Wnt3がβ細胞内で活発に産生されていることが確認でき(図1左)、α細胞でもWnt3が産生されていることが確認された(図1右)。
そして、本発明者らが、下記の各実施例により、Wnt3の機能阻害物質であることを見出したIGFBP-4が、微量ではあるが、α細胞特異的に発現していることを、IGFBP-4抗体(SantaCruz社製、100倍希釈)を用いた染色解析により観察できた(図2)。
ラットの成体膵臓幹細胞培養系にWnt3タンパク質、及び細胞内Wntシグナル伝達機構関連物質などの各因子を添加し、膵臓β細胞によるインシュリン及びNeuroD1の発現量変化をRT-PCR発現解析により調べた(図3)。ここで、NeuroD1遺伝子は、β前駆細胞のマーカー遺伝子として知られるβ細胞分化に必須な遺伝子である(非特許文献6)。
成体膵臓幹細胞培養系に添加した物質は以下の通りである。
(1)Wnt3タンパク質、(Wnt3の全長遺伝子をレンチウイルスべクター(非特許文献7)に組み込み発現させた)
(2)dnWnt:Wnt3のドミナントネガティブタンパク質(Wntの作用領域を改変して機能不全にしたタンパク質をレンチウイルスべクター(非特許文献7)に組み込み発現させた)
(3)βカテニン転写因子のshRNA(βカテニン転写因子は、細胞内で機能するWntシグナル伝達機構で重用な役割を果たすとされている。(非特許文献8)
(4) GSK3βのインヒビター(GSK3βinhibitorはWntシグナル伝達機構を促進するとされている。TDZD8、4-benzyl-2-methyl-1,2,4-thiadiazolidine-3,5-dione, Calbiochem社製)
ラット成体膵臓幹細胞培養系(特願2008−168222)に各因子を加えて4日間培養し、細胞から抽出したTotal RNAから逆転写反応を行い、RT-PCR法によりインシュリン mRNA及びNeuroD1 mRNAの発現量を調べた。具体的には、RNA 抽出試薬Isogen (Nippon gene社製)を用いて、Total RNAを抽出した。エタノール沈殿で洗浄し、定量したTotal RNAを、DNase I (TURBO DNA-free, Ambion社製)で処理し、混在している微量DNAを除いた。調製済みのTotal RNAに対し、SuperScript II First-Strand cDNA synthesis system (Invitrogen社製) を用いて逆転写反応を行いcDNAを作製した。このcDNAを用いてPCRを、[ 94°C for 2 min, and 40 cycles of 94°C for 15 s, 60°C for 20 s, and 72°C for 40 s]という条件の下に行い、インシュリン mRNA及びNeuroD1 mRNAの発現量を調べた。
図3によれば、dnWntを添加すると、NeuroD1遺伝子、インシュリン遺伝子の発現はいずれも減少する。細胞内のβカテニン転写因子を抑制するためのβカテニン転写因子shRNAを添加すると、NeuroD1遺伝子、インシュリン遺伝子の発現は減少する。反対に、GSK3βinhibitorを添加すると、NeuroD1遺伝子、インシュリン遺伝子の発現は上昇する。dnWntおよびβカテニン転写因子のshRNAで、NeuroD1遺伝子、インシュリン遺伝子の発現が減少し、反対にGSK3βinhibitorおよびWnt3でその発現が上昇すると言うことは、これらの遺伝子が明確にWntシグナル伝達機構で制御されていることの証明である。
上述したように、NeuroD1遺伝子というのは、膵臓の幹細胞培養系に於いて、β細胞に分化したばかりの前駆細胞に特異的に発現する転写因子タンパク質である(特願2008−168222)。NeuroD1遺伝子がないと、膵臓はインシュリンを産生できない(非特許文献7)。このNeuroD1遺伝子の発現を制御するプロモーター領域には、Wntシグナルのβカテニン転写因子が結合するDNA結合配列が含まれる(TCF/LEF site; 図4および図5)。
このTCF/LEF領域のクロマチンの状態を調べるために、Wnt3存在下と非存在下でChIP解析を行った。ラット成体膵臓幹細胞培養系(特願2008−168222)に、Wnt3a(rmWnt3a リコンビナントタンパク質;50 ng/mL最終濃度, R&D Systems社製)を添加したものと、していないものを用意した。細胞はWnt3aを入れた場合は、リコンビナントタンパク質添加後2日間37℃5%CO2インキュベーターで培養した。比較として、リコンビナントタンパク質の代わりにDMSO(Wako)を添加したものも2日間培養した。培養したディッシュに16%パラホルムアルデヒド(ElectronMicroscopy Sciences社製)を添加して37℃で10分間反応させて迅速な固定化を行った。セルスクレーパーで細胞を集め、エッペンドルフチューブに移したものをChIP Assay Kit (Upstate社製)を用いてサンプルを調製した。発現の活性化状態は、目的遺伝子のプロモーター領域のHistoneH3がアセチル化されているかどうかで示されるため(非特許文献9)、Anti-Acetyl HistoneH3抗体(Upstate社製)を用いて、クロマチンの活性化状態を誘導するしているかどうかを抽出したクロマチンから調べた。nti-Acetyl HistoneH3抗体を用いて免疫沈降したクロマチンDNAに対し、NeuroD1のプロモーター上のTCF/LEF転写因子結合部位を特異的に検出するPCRプライマーを用いて[ 96°C for 10 min, 96°C for 1 min、and 40 cycles of 96°C for 30 s, 60°C for 30 s, and 72°C for 40 s]という条件の下に行い、ChIP-PCR解析を行った。その結果、図4に示すようにコントロールに比較して、Wnt3aリコンビナントタンパク質を添加した培養系においてのみ、NeuroD1のプロモーター上のTCF/LEF転写因子結合部位のクロマチンが活性化していることが判明した。
膵臓幹細胞培養系で、最終産物であるインシュリン遺伝子の発現を導く、インシュリンプロモーターのWntおよびNeuroD1による活性化を実際に調べた(図6)。NeuroD1のプロモーター上のTCF/LEF転写因子結合部位のクロマチンの活性化(Anti-Acetyl HistoneH3;上述で説明済み)がWnt3で誘導されること(右の中段)、さらにNeuroD1がインシュリン遺伝子の活性化 (インシュリン遺伝子のプロモーター上のNeuroD1認識結合部位(E-box))部位へ直接結合し、クロマチン(染色体)の活性化(Anti-Acetyl HistoneH3)を誘導する)を導くことを示した(左、中段)。
以上の実験結果から、インシュリンの産生には、NeuroD1遺伝子の活性化が必要であること、及び、そのNeuroD1遺伝子の活性化にはWntによるWntシグナリングの活性化が必要であることが明らかになった
このようにインシュリンの産生に必要な、NeuroD1遺伝子の活性化、そのNeuroD1遺伝子の活性化に必要なWntによるWntシグナリングの活性化に注目し、糖尿病疾患時の膵臓モデルである糖尿病ラットの膵臓(I型糖尿病の膵島)を用いて、これらの制御機構に注目して解析した。成体の糖尿病ラット(オス、7-8週齢)を用い、0.9%Saline(Wako)液で血管内洗浄、4%パラホルムアルデヒド (Wako)で還流し、膵臓を抽出した。24時間4%パラホルムアルデヒド液に浸透させ(4℃)、その後30%sucrose(Wako)に置換、4℃で24時間以上浸透させた。この固定化が済んだ膵臓から、Microtome (ROM-380; YAMATO社製)を用いて30μm厚の凍結膵臓切片を作製した。凍結膵臓切片はTCS液(Tissue Collecting Solution; 25% Glycerin, 30% Ethlene Glycol, 50% 0.1MPO4)中に浸し、-25℃で保存した。凍結膵臓切片を、NeuroD1抗体(SantaCruz社製、100倍希釈)、インシュリン抗体(SIGMA社製、200倍希釈)を使用して一次染色した後、二次蛍光抗体(Jackson laboratory社製、500倍希釈)で染色し、共焦点顕微鏡(LSM 510; Carl Zeiss)で検出した。
図7の免疫組織染色から分かるように、健常体(wild type)の膵臓ではNeuroD1遺伝子およびNeuroD1遺伝子双方の高い発現が見られるのに対して、糖尿病ラットの膵臓(I型糖尿病の膵島)では、NeuroD1転写因子が活性化する核の変形及びおよびNeuroD1、インシュリン遺伝子双方に発現の減少が見られた。
インシュリン遺伝子の発現に必須なNeuroD1の減少を引き起こすWnt3機能の低下はどのようにして起きるのかを以下のように解析した。
I型糖尿病ラットおよび健常体ラットから膵臓を取り出し、コラゲナーゼ分解によって膵島を調製した。この調製方法は、コラゲナーゼ酵素液;[1mg/mLコラゲナーゼ(Wako)、DME/F12,high glucose(1mM L-glutamine)medium、N2 supplement添加、Antibiotic-Antimicotic添加]にマイクロダイセクションした膵臓を浸し、37℃で15分間撹拌しながら浸透培養した後、遠心・洗浄する。さらにコラゲナーゼ酵素液で37℃、15分間撹拌しながら浸透培養したものを、DME/F12,high glucose(1mM L-glutamine)mediumで3回遠心・洗浄して集めた細胞塊を氷上ファルコンチューブに集積したものである。調製した膵島から、RNA 抽出試薬Isogen (Nippon gene社製)を用いて、Total RNAを抽出した。エタノール沈殿で洗浄し、定量したTotal RNAを、DNase I (TURBO DNA-free, Ambion社製)で処理し、混在している微量DNAを除いた。調製済みのTotal RNAに対し、SuperScript II First-Strand cDNA synthesis system (Invitrogen社製) を用いて42℃で逆転写反応を行いcDNAを作製した。このcDNAを用いてPCRを、[94°C for 2 min, and 40 cycles of 94°C for 1 min, 60°C for 30 s, and 72°C for 30 s]という条件の下にEx Taq酵素(Takara社製)を用いて行い、発現するmRNAの定量比較解析を行った(図9)。
なお、IGFBP-4はIGF-1, IGF-Iに結合して競合作用することが一般に知られており、近年では胎児発生段階やES細胞から心筋細胞の分化にWntレセプターに競合阻害することにより、その分化を促進するという報告がなされている(特許文献3)。しかし、膵臓や成体幹細胞の分化制御においての機能は全く報告されておらず、インシュリン産生に必須であるWntの働きに対する影響も全く調べられていない。このように、IGFBP-4が糖尿病状態で高い発現上昇が観察されたことは驚くべきことであった。
そこで、我々は膵臓幹細胞培養系に於いて、糖尿病状態で発現が上昇していたIGFBP-4の機能を、図5模式図に示した制御機構に注目して解析した。まず、Wntの働きを調べるため、TCF/LEFルシフェラーゼレポーターを用意した(TCF/LEF結合配列が5個連結されて、CMV最小単位プロモーターにつながったプロモーターが下流のルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入されているプラスミド)。膵臓幹細胞培養系にTCF/LEFルシフェラーゼレポーター1μgを、FuGENE 6トランスフェクション試薬(Roche Diagnosticsy社製)を用いて導入し、トランスフェクションから48時間後に細胞抽出液をDual luciferaseレポーターシステム(Promega社製)のLysate Bufferを用いて調製した。Wntが機能し、Wnt/beta-catenin細胞内シグナリングが活性化されるとTCF、LEF、beta-catenin転写因子がプロモーター上のTCF/LEF結合部位に結合して、下流ルシフェラーゼ遺伝子の発現を誘導する。そのルシフェラーゼ遺伝子の発現を、上述promega社のDual luciferaseレポーターシステムを用い、ルミノメーター解析装置(Lumant LB 9501)で解析した。図10に示すように、TCF/LEF luciferaseレポーター活性が、IGFBP-4(レコンビナントタンパク質、R&D社製)の添加量が増えるに従って、減少していく相関関係が見られることが明らかとなった。このTCF/LEF luciferaseレポーター活性の減少は、IGFBP-4の作用を打ち消す中和抗体(anti-IGFBP-4、R&D社製)を加えると無くなることから、Wntの機能阻害がIGFBP-4特異的に作用していることを確認した(図10、一番右のバー)。
次に、IGFBP-4がNeuroD1遺伝子の発現に与える影響を調べた。NeuroD1遺伝子はインシュリン産生に取って必須であるが(非特許文献6)、上述したようにWntシグナリングよってNeuroD1プロモーター上のTCF/LEF転写因子結合部位が活性化される必要が有る。そこで、NeuroD1プロモーターにルシフェラーゼレポーターを連結したレポータープラスミドを用意した。膵臓幹細胞培養系にNeuroD1プロモーター連結型ルシフェラーゼレポーター1μgを、FuGENE 6トランスフェクション試薬(Roche Diagnosticsy社製)を用いて導入し、トランスフェクションから48時間後に細胞抽出液をDual luciferaseレポーターシステム(Promega社製)のLysate Bufferを用いて調製した。図11に示すように、NeuroD1プロモーター-luciferaseレポーター活性が、Wntを添加すると大きく上昇するのが分かる。しかし、IGFBP-4(レコンビナントタンパク質、R&D社製)の添加された状態では、Wntによって促進されるはずのNeuroD1プロモーター-luciferaseレポーター活性の上昇が著しく阻害されることが判明した。この阻害作用は、IGFBP-4の作用を打ち消す中和抗体(anti-IGFBP-4、R&D社製)を加えると減少することから、WntのNeuroD1プロモーター活性に与える機能をIGFBP-4が特異的に阻害していることを確認した(図11、一番右のバー)。
さらに、IGFBP-4がインシュリン遺伝子の発現に与える影響を調べた。NeuroD1遺伝子はインシュリン産生に取って必須であるが、上述したようにWntシグナリングよって発現が活性化されたNeuroD1転写因子が、インシュリン遺伝子のプロモーター上のE-box転写因子結合部位に結合して、下流のmRNAの発現を活性化する必要が有る。そこで、インシュリンプロモーターにルシフェラーゼレポーターを連結したレポータープラスミドを用意した。膵臓幹細胞培養系にインシュリンプロモーター連結型ルシフェラーゼレポーター1μgを、FuGENE 6トランスフェクション試薬(Roche Diagnosticsy社製)を用いて導入し、トランスフェクションから48時間後に細胞抽出液をDual luciferaseレポーターシステム(Promega社製)のLysate Bufferを用いて調製した。図12に示すように、インシュリンプロモーター-luciferaseレポーター活性が、Wntを添加すると大きく上昇するのが分かる。IGF-1の添加ではこのような著しい上昇が見られないことから、Wntの作用がより特異的であることが分かる。また、IGF-1(レコンビナントタンパク質、R&D社製)の添加された状態にIGFBP-4(レコンビナントタンパク質、R&D社製)を添加してもその作用はほとんど変わらないことから、IGFBP-4のインシュリンプロモーターに与える阻害作用はIGF-1によるものではないことも分かる。しかし、Wntを添加すると大きく上昇するのが観察されたインシュリンプロモーター活性は、IGFBP-4を同時に添加された状態では、全く上昇しないこと、またこの阻害作用は、IGFBP-4の中和抗体(anti-IGFBP-4、R&D社製)を加えると減少することから、Wntのインシュリンプロモーター活性に与える機能をIGFBP-4が特異的に阻害していることを確認した(図12、一番右のバー)。
以上の制御機構をまとめたのが図13である。インンシュリンを産生するβ細胞の生成効率が高まれば、インンシュリン産生度が上昇するため糖尿病の病態改善に役立つ。この効率を上昇させるのは、成体においてβ細胞新生を高めるWnt3であり、そのWntによって活性化される重要遺伝子が、NeuroD1である。この必須となる制御機構に於いてインシュリン産生を阻害する物質が、膵臓α細胞が産出するIGFBP-4であることが分かった。また、健康体と糖尿病動物との比較からも、IGFBP-4の濃度が糖尿病動物の膵臓において高濃度であることが分かった。Wnt3Aの働きを測定するレポーター解析から、IGFBP-4がWnt3の作用を阻害することによって、悪影響を及ぼしていることが判明した。
Claims (7)
- IGFBP-4抗体を有効成分とする、膵臓β細胞からのインシュリン産生増強剤。
- 請求項1に記載のインシュリン産生増強剤からなる、糖尿病の予防又は治療用の医薬組成物。
- 請求項1に記載のインシュリン産生増強剤を作用させた膵臓幹細胞又はβ前駆細胞を有効成分として含む、膵臓移植用組成物。
- 膵臓β細胞からのインシュリン産生増強剤の候補物質をスクリーニングするための方法であって、以下の(1)〜(4)を含む方法;
(1)レポーター遺伝子を、Wnt3aが活性化することのできるプロモーターに繋いで導入した膵臓幹細胞培養系を用意し、
(2)あらかじめ(1)の細胞培地中に、Wnt3a単独で添加した場合、及びWnt3aと共にIGFBP-4を添加した場合のレポーター活性を測定しておき、
(3)(1)の細胞培地中に、Wnt3a及びIGFBP-4と共に被検物質を添加して、レポーター活性を測定し、
(4)(3)で得られた測定値が、(2)で測定した、Wnt3a及びIGFBP-4を添加した場合の測定値よりも、Wnt3a単独で添加した場合の測定値に近い数値を示す物質を、インシュリン産生増強剤の候補物質と判定する。 - 膵臓β細胞におけるインシュリン産生能を判定するためのキットであって、被験体の膵臓組織由来生体試料中のIGFBP-4の濃度を測定するためのIGFBP-4抗体を含むELISA用キット。
- 糖尿病診断用キットである、請求項5に記載のキット。
- ヒト以外の哺乳動物からなる被験体の膵臓β細胞におけるインシュリン産生能を判定する方法であって、IGFBP-4抗体を用いて、当該被験体の膵臓組織由来の生体試料中のIGFBP-4の濃度を測定することを特徴とする方法。
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