JP4850071B2 - 測定値変換方法 - Google Patents
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Description
測定とは、測定されるものまたは現象(以下「測定対象」)の測定の対象となる量(以下「測定量」)を、基準として用いる量と比較し、数値または符号を用いて表すことであり、測定によって求めた値を測定値という。
また、ある量の測定を目的として、必要な機能を集めて対象と共に構成された系を「測定系」という。図1に、測定系の模式図を示す。測定系は、測定者、測定器、測定対象および測定環境の全てを含む。
測定を行った場合、測定値には誤差が含まれている。誤差とは、測定値と真の値との差のことである。ここに、真の値とは便宜上導入された理想的なあるいは仮想的な値であり、実際には、真の値が不明の状態で誤差を評価しなければならない。
測定系の各構成要素おける誤差要因を表1に示す。誤差は、これらの誤差要因に附帯して発生する。
誤差は、通常、系統誤差と偶然誤差とに分けて扱うことができる。
系統誤差とは、いろいろな誤差要因の中で、測定値の母平均を真の値から偏らせるような要因による誤差の総称である。計測器の誤差、個人誤差などはこの種類に属する。
偶然誤差とは、突き止められない原因によって起こり、測定値のばらつきとなって現れる誤差をいう。同一条件で測定を繰り返すときでも個々の測定値が不揃いになるのは、この種の誤差があるからである。偶然誤差は、突き止めることのできない、極めて多様な原因によって現れるものと考え、通常は確率・統計的に扱われる。
今、任意の測定対象における任意の測定量について、その真の値をν、測定値をx、測定値における誤差をε、そのうちの系統誤差をεS、偶然誤差をεRとする。また、偶然誤差εRの分布が正規分布であると仮定し、測定値xの平均をxav、標準偏差をσと表す。このとき、測定値xおよび誤差εは図2のようにモデル化することができる。ここに、誤差εは系統誤差εSと偶然誤差εRの和、すなわち、数1で表され、系統誤差εSは母平均xavと真の値νとの差、すなわち、数2で表される。
系統誤差は、一定の規則的な関係に従って生じる誤差であり、誤差に再現性があることから、その原因による影響分を評価することにより、測定値を真の値に近い値に修正できる可能性がある。それ故、測定条件や測定理論からの推定や、測定の条件、装置、方法などを変えた実測を手がかりとして、系統誤差を除去する努力が行われている。
偶然誤差は、不特定多数の原因により、ランダムに、あるいは確率的に発生する誤差であり、測定毎にばらつく誤差であるため、測定後にそれを取り除くことはできない。しかし、比較的容易にそれを低減させることはできる。なぜならば、多くの場合、偶然誤差の分布は正規分布とみなしてよく、正負の方向に同じ程度の確からしさでばらつくと考えられるため、同様の測定を何度も行って結果の平均を取れば、誤差がお互いに打ち消しあって小さくなると考えられるからである。
系統誤差を補償するために、測定値に代数的に加えられる値または値を加えることを補正という。以下、測定値における系統誤差を除去する作業を「補正」と、補正された測定値を「補正値」と称する。
測定値に含まれる誤差を適切に処理できなければ、測定値の変換結果の妥当性を担保することができない。以下、従来の方法論における測定値の誤差の取り扱い方法を示し、それらの問題点について検討する。
校正とは、計測器の示す値と標準器や標準試料の示す値(以下、「標準値」との関係を求める作業のことであり、計測器に由来する系統誤差を除去する手段として位置付けることができる。また、校正で得られる、標準値と測定値とを関係づける関係を校正曲線という。図3に、校正曲線の一例を示す。校正曲線11は、標準器等が示す標準値がsi、校正の対象とする計測器の測定値がyiであるとき、点(si,yi)を標準値―測定値空間にプロットし、それらに曲線を当てはめたものである。図3ではy=sを示す直線12も参考のために図示している。
校正の作業においては、標準器や標準材料の存在が前提となるので、これらが用意できない状況においては補正は行えないことになる。また、測定環境が変化すれば、計測器のみならず測定対象もその影響を受けるが、校正は計測器に由来する系統誤差を除去する手段に過ぎない。校正は、このように、校正曲線を用いて実際に行った測定系(以下、「実測系」)における測定値を校正を行った測定系(以下、「校正系」)における測定値に変換する処理であり、測定値を補正する手段ではない。
測定値を補正する手段の一つに解析的方法がある。たとえば、実験計画法に基づくデータ解析法等がこうしたアプローチに相当する。図4に、解析的方法に基づく補正の概念図を示す。解析的方法においては、まず、実測値の変化を有限個の誤差因子α1,α2・・・αmによる効果と考え、誤差因子とその効果の程度を示す係数の積の線形結合からなる数学モデルをたてる。そして、実測値のデータ解析により数学モデルを構成する係数を決定することにより、真の値(目的変数)ν1,ν2・・・νnと測定値(説明変数)x1,x2・・・xnとの関係を明示的に関係づけるものである。
解析的方法は、「もし状況を完全に記号に置き換えることができ、状況を支配する規則が完全に解明されるならば、全ての現象を完全に説明することができる」とする記号主義の立場に立つ考え方である。しかしそれ故、解析的方法においては、(i)不特定多数の誤差因子から有限個の誤差因子を選定する根拠が存在しない、(ii)誤差因子の独立性が不明確であるため、数学モデルの妥当性の保証がない、(iii)実験・観察に不確定な要素が多く、ゆえに解が収束する保証がない等の問題が存在する。解析的方法に基づく補正は、極めて煩雑であるばかりでなく、常に記号処理に伴う不確定性が伴うため、処理結果の信頼性に乏しい方法と言わざるを得ない。
前述のように、現在の測定学における測定値の補正方法は、「特別な機器等を必要とする方法」、「計測器に由来する系統誤差を対象とする方法」、「特定の測定系でしか機能しない方法」、または「補正結果の信頼性が担保できない方法」等の、限定された方法に過ぎない。測定値の補正方法が限定的であるということは、測定値は依然として当該測定系に固有の存在として留まることを意味する。以下の説明では、測定値が特定の測定系に限定された存在であり、測定系を超えた普遍的な存在に成り得ていないことを「測定値における整合性の欠如」と表現する。測定値において整合性が欠如していれば、異なる測定系における測定値を変換した場合、変換結果の妥当性を保証することができない。以下の説明では、測定値の変換におけるこうした状態を「測定値の変換結果における妥当性の欠如」と表現する。
「測定値の変換結果における妥当性を担保する方法」は「測定値の変換における一般法」と捉えることができ、具体的には、「特別な機器等を必要とせず、測定系の全ての構成要素に由来する系統誤差を対象とし、全ての測定系において機能し、変換結果の妥当性を担保する方法」と表現することができる。
測定という複雑な現象をブラックボックスモデルで表現し、測定値を変換する方法を「ブラックボックス法」と呼ぶものとする。
図5に示すように、ブラックボックス法においては、その最初の入力情報は、任意の測定対象における任意の測定量についての真の値νとされる。ここで、標準環境において校正された測定器を使用して標準環境で測定する測定系を「標準系S」と定義する。標準系Sにおいては系統誤差は発生しないため、測定値には偶然誤差だけが含まれている。ゆえに、標準系Sおける測定値の数が十分多ければ、それらを統計処理した結果は真の値νとして扱うことができる。言い換えれば、真の値νは標準系Sにおける測定値と位置付けることができる。
ブラックボックス法においては、測定値の変換は「順プロセス」と「逆プロセス」で構成されている。
「順プロセス」とは、測定系であるブラックボックス部2に真の値νi(i=1,2,3・・・n)が入力されたとき、測定値が出力される過程である。ここに、ブラックボックスで示される測定系が「第1測定系X」である場合の測定値を「第1測定値xi」と、「第2測定系Y」である場合の測定値を「第2測定値yi」とする。
「逆プロセス」とは、複数の測定対象を複数の第1測定系Xにおいてそれぞれ測定することにより取得された第1測定値xiと、これらの複数の測定対象を複数の第2測定系Yにおいてそれぞれ測定することにより取得された第2測定値yiとを用いて測定系を再構成(以下、「再構成系」)し、第1測定値xiおよび第2測定値yiを当該再構成系の出力として変換する過程である。ここに、複数の「第1測定系X」から導かれる再構成系を「第1再構成系XR」、複数の「第2測定系Y」から導かれる再構成系を「第2再構成系YR」、第1測定値xiを第2再構成系YRにおける測定値として変換した値を「第1変換値τx i」、第2測定値yiを第1再構成系XRにおける測定値として変換した値を「第2変換値τy i」とする。
ブラックボックス法では、第1変換値τx iおよび第2変換値τy iのいずれが求められるかは、使用する測定値の性質により決まる。したがって、第1測定値xiおよび第2測定値yiを適当に選択することにより、これらの測定値のいずれも目的に応じた測定値に変換することができる。ただし、通常は、第1変換値τx iおよび第2変換値τy iのいずれか一方のみが変換される価値を有するため、第2変換値τy iが取得対象となるように第1測定値xiおよび第2測定値yiを選択するものとする。特に断らない限り、以下、第1再構成系XRを「再構成系XR」と、第2変換値τy iを「変換値τi」と略称する。
「測定値の補正」という課題を測定値の変換の例として取り挙げ、ブラックボックス法に基づく測定値の変換の手順を説明する。
ブラックボックス法に基づく測定値の補正においては、第1測定値として「個別測定値」を、第2測定値として「一括測定値」を用いる。
「一括測定値」とは、任意の測定対象におけるある測定量について、同じ測定点(同じ場所および同じ時刻)で測定した測定値群のことである。たとえば、人間という測定対象において、集団検診等で身長・体重・血圧・血糖値等の測定量を測定した場合の測定値などがこれに該当する。一括測定値では、測定した時間や使用した計測器の特性などにより、取得した測定値の全てについて一定の偏りが生じる可能性が高い。たとえば、身長は朝と夕方では異なるであろうし、体重、血圧、血糖値などは食事や運動の前後で大きな差が発生する。それに、計測器の誤差や測定者の癖も存在するからである。一括測定値は、このように、測定値に当該測定系に固有の系統誤差が含まれている測定値群であって、それらが整合性を具備するためには補正を必要とするものをいう。また、一括測定値が測定された測定系を「一括測定系」と呼ぶこととする。
「個別測定値」とは、一括測定値と同一の測定対象における同一の測定量を他の測定系において個別に測定したときの測定値のことである。たとえば先の集団検診の例では、その受診者(同一の測定対象)が体重や血圧など(同一の測定量)を自宅や病院等(他の測定系)で個別に測定した場合が該当する。個別測定値では、測定点だけでなく、それぞれの測定における計測器や測定者、更には測定環境も異なっている。つまり、一括測定値ではその全てについて測定系(一括測定系)が共通であるのに対し、個別測定値では個々の測定値について測定系が異なる。こうした特徴を有する個別測定値の測定系を「個別測定系」と呼ぶこととする。
測定値の補正という変換の処理における順プロセスにおいては、入力値である真の値νiがブラックボックス部2に入力され、個別測定系Xでの測定値として個別測定値xiが、また、一括測定系Yの測定値として一括測定値yiが出力される。
一方、逆プロセスにおいては、個別測定値xiと一括測定値yiに基づいて個別測定系Xが新たな測定系XRに再構成され、再構成系XRにおける測定値として一括測定値yiが変換値τiに変換される。
今、任意の測定対象におけるある測定量についての個別測定値がxi、一括測定値がyiであるとき、図6に示すように、それらを組み合わせであるPi(xi,yi)を「標本点」と定義する。ブラックボックス法における測定値の変換に係る処理は、全て、この標本点に基づいて行われる。
個別測定値xiおよび一括測定値yiのいずれについても真の値は共にνiであるから、標本点Pi(xi,yi)に対応する真の値はQi(νi,νi)と表すことができる。図6では、個別測定値−一括測定値空間において、3つの標本点P1(x1,y1)、P2(x2,y2)およびP3(x3,y3)と、それらに対応する真の値Q1(ν1,ν1)、Q2(ν2,ν2)およびQ3(ν3,ν3)を示している。
標本点Pi(xi,yi)とその真の値Qi(νi,νi)の誤差を(εx i,εy i)とし、それらの内で、個別測定値xiにおける系統誤差および偶然誤差をεx Siおよびεx Riと、一括測定値yiにおける系統誤差および偶然誤差をεy Siおよびεy Riとする。このとき、x軸方向の誤差εx iおよびy軸方向の誤差εy iは数3にて表され、個別測定値xiおよび一括測定値yiは、数4にて表される。
まず、標本点Pi(xi,yi)における誤差のうちで、x軸方向の誤差εx i(=εx Si+εx Ri)の性質について検討する。個別測定値xiは、個別測定系Xで測定された測定値であるから、それに含まれる系統誤差εx Siは系統誤差と言えどもランダムに発生すると考えられる。そして勿論、偶然誤差εx Riも確率的に発生する誤差である。ゆえに、個別測定値xiにおける誤差εx iは、全体としてもランダムに発生する誤差である。
次に、標本点Pi(xi,yi)における誤差のうちで、y軸方向の誤差εy i(=εy Si+εy Ri)の性質について検討する。ここに、一括測定値yiは同じ測定系(一括測定系)において測定された測定値群であるから、それらにはその測定系に固有の系統誤差εy Siが含まれている。一方、一括測定値yiにおける偶然誤差εy Riはランダムに発生する誤差である。
標本点Pi(xi,yi)に対し、図6に示すように、最小2乗法などの統計的処理により、ある関数31を当てはめたとする。このとき、個別測定値xiに関する誤差εx iは、系統誤差εx Siも偶然誤差εx Riも共に統計的な扱いが可能な性質を有しているため、標本点Piを統計処理した結果における個別測定値xiの誤差εx iは概ね0と考えられる。一方、標本点Pi(xi,yi)を統計処理した結果における一括測定値yiの誤差εy iでは、偶然誤差εy Riは概ね0となるが、系統誤差εy Siに相当する偏差は残存する。図6ではy=xを示す直線32も参考のために示している。
以上の検討より、個別測定値xiを統計処理した結果における誤差εx iは概ね0になることから、個別測定値xiの統計処理により再構成される測定系は極めて標準系Sに近いという性質を有する。そこで、個別測定値xiの再構成系XRを「準標準系S’」と定義する。
標本点Pi(xi,yi)は、もともとは、横軸の個別測定値xiと縦軸の一括測定値yiの関係、すなわち個別測定系Xと一括測定系Yとの関係を示している。一方、標本点の統計処理によって導かれる関数31は、統計処理した結果におけるx軸方向の誤差εx iは概ね0であり、y軸方向の誤差εy iは系統誤差分εy Siだけが残存していることから、準標準系S’と一括測定値系Yの関係を示す関数となっている。準標準系S’における測定値にはほとんど系統誤差が含まれないことから、準標準系S’を測定系とする測定値は真の値に極めて近い。ゆえに、一括測定値yiがこの関数で折り返す横軸の値は、一括測定値yiにおける系統誤差εy Siが除去された値を示している。以上の検討により、図7に示すように、統計処理によって導出された関数31により、一括測定値yiが変換される値τiは、一括測定値yiの「補正値」ということになる。
標本点Pi(xi,yi)の統計処理によって導出される関数31は、一般的には、第2測定系Yにおける第2測定値yiを第1測定系Xの再構成系であるXRにおける測定値に変換する機能を果たす。そこで、第1測定値―第2測定値空間における標本点Pi(xi,yi)の統計処理によって導出した関数31を「測定値変換関数」、または単に「変換関数」と呼ぶことにする。なお、個別測定系である複数の第1測定系Xは互いに異なる測定系であるが、複数の測定対象がそれぞれ測定される複数の第2測定系Yは同一の一括測定系であり、複数の第2測定系Yから導かれる第2再構成系YRも第2測定系Yと同一となる。しかしながら、後述するように第2測定系Yが個別測定系となる応用例も想定されるため、変換関数は一般的には、複数の第1測定系Xから導かれる第1再構成系XRと複数の第2測定系Yから導かれる第2再構成系YRとの関係を示す関数と表現することができる。すなわち、一括測定系に対する「複数の第2測定系」という表現は、測定系を一般化して表現するための便宜上のものにすぎない。
ブラックボックス法では、第1測定値xiおよび第2測定値yiの性質により導出される変換関数の性質が異なる。具体的には、後述するように測定値を適当に選ぶことにより、目的に応じた変換を実現することができる。ブラックボックス法は、こうした理由から、合目的的処理が可能な方法論であるということができる。
変換関数は1つ以上の係数aj(j=1,2,3・・・m)を含む関数として定義する。また、変換関数は第2測定値yiと変換値τiとを対応づける関数であるから、数5のように表現することができる。
少なくとも1つの係数を含む変換関数の一例として、数6に示すものを挙げることができる。なお、数6において、ajおよびAj(j=1,2,3・・・m)が係数である。
変換関数に附帯して、補正量に関する関数を定義しておく。変換関数が補正の機能を果たす場合、補正値τiと一括測定値yiとの差ξiは一括測定値yiに加える補正量を示している。そこで、図8にて符号33を付す補正量を示す関数ξ(τi)(以下、「補正関数」)を数7にて定義する。
ここで、変換関数を性格づける重要な概念を導入する。まず、横軸に第1測定値xi、縦軸に第2測定値yiをとる測定値空間を考える。この測定値空間においては無限個の標本点が存在すると仮定し、標本点に重み付けしながら得られるx軸方向およびy軸方向の標本点の分散をσΔx 2(x,y)およびσΔy 2(x,y)とする。このとき、点P(x,y)を中心とし、任意の点P(x,y)を中心とする微小領域において、中心の点Pが得られた測定系と近傍の標本点が得られた測定系との相関性を示す単ベクトルγ(x,y)(以下、「相関ベクトル」)を数8にて定義する(図9にて矢印にて図示)。
また、数8で定義される相関ベクトルγ(x,y)によって構成されるベクトル場を「相関場」と呼ぶ。
相関場が定義された測定値空間において、接線方向が相関場と平行になるように、相関場に沿って引かれた線を「相関線」と定義する(図9において符号41を付す。)。ここに、任意の2つの相関ベクトルγは、接近すればするほど同一のベクトルになることから、相関線はお互いに交差することはない。
測定値空間には無限本の相関線が存在する。これらの無数の相関線の中で、全標本点に照らして最も確からしい相関線を「変換関数」として位置付ける。
ブラックボックス法に基づく測定値の変換とは、変換関数を如何に導き、変換値を如何に算出するかという問題に帰着する。図10は、ブラックボックス法の一般的手続を示す図である。図10に従って以下、個々の工程の説明を行う。
同一の測定対象における同一の測定量について、互いに異なる第1測定系および第2測定系の測定値である第1測定値xiと第2測定値yiを標本として抽出し、それらの組み合わせから成る標本点Pi(xi,yi)を作成する(ステップS11)。変換関数は測定値の統計処理により導出されることから、標本点の数は多いほどよい。なお、第1測定系は個別測定系(すなわち、互いに異なる複数の第1測定系)であっても一括測定系(すなわち、第1測定系が実質的に1つ)であってもよく、第2測定系も個別測定系(すなわち、互いに異なる複数の第2測定系)であっても一括測定系(すなわち、第2測定系が実質的に1つ)であってもよい。
相関線と変換関数は、同一の測定空間における微視的表現の集合か巨視的表現かの違いに過ぎないので、それらの構造は等しくなければならない。そこで、相関線の構造を少なくとも1つの未定係数である未定係数群を含む関数として数9のように設定する。ここに、au j(j=1,2・・m)はajの未定係数を表すものとする。相関線をこのように未定係数au jを含む関数として定義することにより、無数の関数群を表現することができる。また、数5に示す変換関数と数9に示す相関線は、その係数が定数ajであるか未定係数au jであるかの違いを有するに過ぎず、両者の構造は同じである。
変換関数の導出に際し、まず、その微視的表現の集合である相関線の構造を決定する(ステップS12)。相関線の構造は、測定値空間における標本点の散布図や測定値に関する知見を参考にして決定するが、その前に、その構造が数学的に妥当なものでなければならない。そこで、相関線の構造上の必要条件について検討しておく。
図3に示すように、校正曲線11では、原点を通過しない場合もあり得る。しかし、相関線は原点を通過する構造とする方が合理的である。なぜならば、ブラックボックス法は同一の測定対象の異なる測定系における測定値の組み合わせを処理対象である標本点として設定しているからである。原点通過の条件は、第1測定値および第2測定値が零点調整された計測器による測定結果とみなせば当然の結果であるが、こうした拘束条件を設けることにより、方法論がいたずらに繁雑になることを避けるという効果がある。
測定値空間は、同一の測定対象における同一の測定量に対して定義した空間であるから、第1測定値xiと第2測定値yiとの相関は常に正でなければならない。ゆえに、相関線は「単調増加関数」でなければならない。この条件により、第1測定値xiと第2測定値yiとの間で、xi>xkならyi>ykであることが保証される。つまり、両者の関係において値は逆転することはない。
また、相関線について補正量を示す関数(以下、「補正関数ζ(x)」)を数10にて定義する。ここに、補正量は測定値の大きさに比例すると考えられるので、入力値と出力値との差である数10のζ(x)も数7に示すξ(τi)と同様、入力値に対して「単調増加または単調減少」でなければならない。以上が相関線の構造に求められる条件となる。
ところで、標本点Piは、その全てが適切に母集団から抽出されたものとは限らず、その中には歪みが含まれているものもある。歪んだ標本点の存在は統計処理における歪みの原因となるから、変換結果における信頼性を確保するために、それらを事前に処理の対象から除外する。その結果、所定の基準に従って複数の標本点から選択されたもののみが処理の対象とされる(ステップS13)。
また、個々の標本点Piの重要性は常に等しいとは限らず、それらに差異がある場合も考えられる。そこで、標本点Piの重要性を情報処理に反映させるために、標本点に対する重み付け(以下、「標本点重みωSi」)が行われる(ステップS14)。
標本点Piの統計処理において妥当性が担保されるためには、それらが確率変数であることが前提となる。ゆえに、標本点Piが確率変数として扱えるか否かの判断、すなわち標本点Piの無作為性の検証をする必要がある。そして、もし標本点Piに作為性が認められれば、その対策が講じられる(ステップS15)。なお、標本点Piの無作為化の処理については、その一例を後述する。
標本点Piに対し、歪みに対する対策、重み付け、および無作為化を行った後、統計処理により相関線における未定係数を決定し、最尤相関線である変換関数を確定させる(ステップS16)。未定係数au jの決定方法は、係数の数に拘わらず確立されている。たとえば、相関線がn個の未定係数au jを含む場合、標本点とその相関線について重み付き偏差平方和関数を作り、それを個々の係数で偏微分することにより、n個の方程式を作る。これらの連立方程式をクラメルの公式等を用いて解くことにより、au jが確定され、変換関数が決定される。すなわち、複数の標本点と相関線との残差に基づいて未定係数群の値群が決定され、値群が設定された相関線が変換関数として取得される。
なお、ステップS13において選択される標本点の数がau jの変化に伴って変動する場合は、相関線の未定係数au jは反復演算に基づく収束演算により決定される(ステップS17)。
反復演算が終了し、未定係数au jが確定した定数ajにより一義に決まる関数が、数5に示す「変換関数」となる(ステップS18)。
補正値は、導出した変換関数の逆関数を用いて算出ればよい。つまり、測定値yiに対応する補正値τiは、数11により求められる(ステップS19)。
図11は、図10中のステップS15における標本点Piの無作為化の処理の一例を示す図である。以下に、図11に沿ってその手順の説明をする。
相関線はお互いに交差しない曲線群であるから、任意の標本点Pi(xi,yi)を通るという条件を満足する相関線は1本しか存在しない。一方、この標本点Piを通る相関線の上の点は無数の点が存在し、それらのいずれもが無数の相関線の中から一つの相関線を確定させる機能を有する。つまり、特定の相関線上の点は、相関線を特定させるという意味において、同じ情報量を持つと考えられる。これは、相関線上の点は相関線の上を移動しても、情報量としては変わらないことを意味する。こうした考え方に基づいて相関線上の標本点Piを移動させる処理を「同値変換」と定義する。
上記の同値変換の考え方を用いれば、2次元分布した標本点を1次元分布に縮退させることができる。
もし標本点Piが確率変数であるならば、中心極限定理より、包絡線42上の同値変換点Pt iの分布は正規分布となるはずである。その判定を行うために、まず、包絡線42上の同値変換点Pt i(r,θt i)の分布におけるピーク点Pt i(r,θt p)が求められる(ステップS22)。この場合、同値変換点Pt iは離散値であるから、それにガウシアンフィルタなどによる平滑化処理を行い、連続関数に形成してからピーク値を求めればよい。なお、この同値変換点のピーク点Pt iの算出演算においても、ステップS14の標本点重みωSiが考慮される。
次に、同値変換点の分布のピーク点Pt i(r,θt p)を境として、分布の上位と下位に分け、標本点重みωSiを考慮して、上位部分の分散σH 2および下位部分のσL 2が計算される(ステップS23、図13参照(Pt pはピーク点を示す。))。
同値変換点の分布において、σHがσLにほぼ等しいならば正規分布とみなすことができ、ゆえに標本点は確率変数として扱って差し支えない。しかし、そうした扱いができない場合には、これらは無作為の標本点とは言えないので、何らかの対策を講じる必要がある。
以下のように、標本点を無作為化させるために、偏ったの分布を実効的に正規分布として取り扱う効果をもたらす重み付けを標本点に導入する。
そして、標本点Pi(xi,yi)に対する重み(以下、「分布矯正重み」)ωDiを、数13にて設定する。すなわち、移動後の複数の標本点の分布に基づいて統計処理時の複数の標本点の重みが求められる。
以上、測定値の補正を例に挙げ、ブラックボックス法に基づく測定値の変換の原理について解説し、その一般的手続および標本点の無作為化の一例を示した。
解析的方法が有限個の誤差因子を前提とした数学モデルに基づく解析処理で構成されているのに対し、ブラックボックス法は無限個の誤差因子の存在を前提とした入出力モデルに基づく統計処理で構成されている。視点を変えれば、解析的方法が誤差を誤差因子の効果として説明しようとする記号主義的アプローチであるのに対し、ブラックボックス法は因果関係の説明に記号の介入を必要としないとする排除主義的アプローチと位置付けることもできる。ブラックボックス法は、測定値の変換において記号を排除したことにより記号化誤差が発生することはなく、ゆえに定量性を担保した情報処理を実現することができる。
長距離走であるマラソンのように競技時間の長い競技では、その記録は気温、湿度、風などの気象条件やコースの高低差や路面の状態などのコース条件などの環境要因に大きく影響される。したがって、複数のレースから五輪や世界選手権の代表を選考するような場合には、個々のレースの条件の違いを考慮して記録を評価しなければ、著しい不公正が生じることとなる。しかし現状においては、記録の評価に関する合理的な方法論が存在しないため、レースにおける記録や順位、または専門的知見に依拠した選考を行わざるを得ないのが実情である。こうした背景から、マラソンの記録を公平に評価するための方法論は早急に確立されなければならない課題であるといえる。
マラソンに関するデータの特徴として、まず認識しておかなければならないことは、競技の特殊性や開催条件に起因して、データに人為的な歪みが存在する場合があるということである。例えば、大会運営上の制限により関門を設けざるを得ないとき、出場選手の中には完走する能力と意思があっても関門不通過による途中棄権(DNF)となってしまい、結果的にデータの一部が不自然に欠落することになる。
ブラックボックス法において、測定値の変換に関する一般的手続とマラソンの記録の処理という具体的な事例との対応関係について、まず検討する。
今、Np名の選手が出場し、Nf名の選手が完走したマラソン大会(以下、「処理対象大会」)を想定する。この場合、データの母集団は処理対象大会の全出場選手であり、第1測定値xiには「処理対象大会の出場選手が持つ、他の大会でのマラソンの記録」が、第2測定値yiには「処理対象大会における完走記録」(以下、「実走タイム」)が対応する。
ところで、多くのマラソン大会においては、大会の出場条件として「出場資格記録」を要求している。それは概ね、処理対象大会から遡る2年以内に公認大会で出したという条件を満たす最良の記録となっている。これらの出場資格記録は、出場選手の力量を反映したものであるばかりでなく、その測定系(出場資格を得た大会の条件)も分散している。このように、出場資格記録は個別測定値としての要件を備えているばかりでなく、データの入手も容易であることから、マラソンの記録の補正に用いる第1測定値xiとして、処理対象大会における出場資格記録(以下、「持ちタイム」)を使用する。
以上の検討から、マラソンの記録の変換に使用する標本は、持ちタイム(処理対象大会の出場資格記録)xi、および実走タイム(処理対象大会における完走記録)yiであり、それらの標本の組み合わせが標本点Pi(xi,yi)となる(図10:ステップS11)。
マラソンの記録における計測器や測定者に由来する誤差はせいぜい数秒であり、2時間以上の競技時間に対してごく僅かであるから、マラソンの記録における誤差の大半はレース条件の差異に由来していると考えて差し支えない。つまり、マラソンの記録の変換においては、測定系の誤差要因としてレース条件を検討すれば十分である。ここでは、実走タイムが出たときのレース条件(一括測定系である第2測定系)を「実走条件」、持ちタイムが出たときのレース条件(個別測定系である(複数の)第1測定系)を「持ちタイム条件」と呼ぶ。
出場選手が増えれば、個々の出場選手が持ちタイムを出した競技会も分散化する。ゆえに、持ちタイムの統計処理により仮想的に構築される持ちタイム条件は、ほぼ均一になると考えられる。一方、持ちタイムは処理対象大会前の過去2年間における自己最高記録であるから、レース条件としては恵まれていたと推察される。このように、持ちタイム条件は標準的なレース条件よりも良い条件と考えられることから、それを「準標準系S’」(第1再構成系)の一種である規格化された測定系(以下、「規格系S”」)と捉えることができる。すなわち、標本として持ちタイムxiと実走タイムyiを用いた場合、処理の実体は「マラソンの記録の規格化」であり、実走タイムyiを持ちタイム条件下の記録への変換値τiは「規格値」と位置付けられる。
図14は、2004年の福岡国際マラソンの結果を持ちタイム−実走タイム空間に散布図で示したものである。図14から明らかなように、持ちタイムxiと実走タイムyiの間には強い相関が認められる。基本的には、持ちタイム−実走タイム空間において、実走条件と持ちタイム条件を関係づける変換関数31を標本点の統計処理により求めればよいのである。
ところで、図14に示す散布図では、標本点の分布の一部が削除されている。図14の上方を横に貫く直線301は大会規定により設けられている関門を示す線(以下、「時間制限線」)であり、数14にて示される。ここに、ymaxは完走した選手の中で最も遅かった選手の記録である。
相関線の構造は、事例の性質に照らして妥当なものでなければならない。しかし、それを決定することは容易ではない。そこで、以下の工程を経由することにより、妥当性を担保する相関線の構造を決定する。
まず,持ちタイムxiと実走タイムyiを用いて、個人のパフォーマンスを表す指標(以下、「達成率」)ηiを、数15にて定義する。
なお、数15のように、第1測定値xiと第2測定値yiとの比ηi(=xi/yi)について定義する関数を「比率関数」と呼ぶこととする。
図15は、図14に示したものと同じ標本点を、持ちタイム−達成率空間に表示したものである。この空間においては、先の時間制限線(符号601を付す。)は、数16にて表される。
まず、持ちタイムと達成率の関係を示す関数を数17のように定義し、それを「達成率関数」と名づける。達成率関数は、持ちタイムと達成率の関係を示す相関線と位置付けることができる。
達成率関数の数学的要件は以下の通りである。まず、数15の定義から数18が満たされる。
上記の5つの要件を全て満足する関数で、少なくとも1つの未定係数である未定係数群を含む達成率関数(相関線)として様々なものが考えられ、例えば、数23にて示されるもの(au j,Au jが未知係数)が提示できるが、既述のように、未知係数が複数の場合は、同値変換を行うために未知係数を互いに従属関係としたり、他の拘束条件を導入する必要があるため、ここでは、数24にて示すものが設定されるものとする(ステップS12)。なお、同値変換を伴う無作為化が行われない場合は、達成率関数には複数の独立した未定係数が含まれてよい。
数24における未定係数auは,処理対象大会における実走条件を定量的に規定する値であり、これを「環境指数」と呼ぶ。環境指数auとレース条件との関係は表2の通りである。
達成率ηiは、持ちタイムxiと実走タイムyiの比であり、一般的には数25と表現される。
ところで、数26に示す関数は、au>0のときは単調増加関数とはならず、先に示した数学的要件を満足しない。しかし、変換関数における係数aは通常、負の値をとり、正の場合であっても極めて小さい値をとる。また、数27の範囲では単調増加関数であることから、マラソンの記録の規格化という用途において、実用上の問題はない。
達成率関数の中で、標本点の統計処理によって決まり、標本点に照らして標準的な達成率を示す関数η0を定義し、「標準達成率関数」と呼ぶ。標準達成率関数η0は補正タイムτと標準達成率とを関係づける変換関数であり、数28にて表される。また、標準達成率関数は、間接的に第1再構成系(複数の持ちタイム条件(個別測定系)から導かれる再構成系)と第2再構成系(実走条件は一括測定系であるため、第2測定系と同一である)との関係を示す関数である。
数28における係数aは、達成率関数ηが標準達成率関数η0である場合の環境指数(すなわち、未定係数auに対して決定された値)であり、これを「標準環境指数」と呼ぶ。
標準環境指数aは、一般的には持ちタイム−実走タイム空間における標本点の統計処理から求められるが、持ちタイム−達成率空間における処理から求める方が計算が簡単なので、後者の場合を以下に示す。なお、持ちタイム−実走タイム空間で標準環境指数aを求める、すなわち、変換関数を求めることと、持ちタイム−達成率空間で標準環境指数aを求めることとは実質的に同等である。
標準環境指数aを求める際には、まず、準備処理として全標本点に対して同値変換が行われる。持ちタイム−達成率空間での同値変換の詳細については図17を参照して後述するが、概要を説明すると、図17に示すように変換基準値xsを適当に決定し、各標本点を通るように係数aが決定された相関線64に沿ってこの標本点を直線x=xs(以下、「変換基準線」)63上へと移動される。そして、直線63上における標本点の分布のピークよりも上位の部分の分散σHおよび下位の部分の分散σLが求められて準備される。なお、分散σH,σLの初期値は適当に操作者により設定されてもよい。
図15に示す時間制限線601は人為的要因により発生するものであり、こうした人為的な効果により歪んだデータをそのままにして処理したのでは結果の信頼性が損なわれる。そこで、処理に先んじて、以下の方法で標本点Piの分布における歪んだ部分が排除される(ステップS13)。
競技能力が異なる選手のデータを全て同等に扱うのはかえって不公平である。そこで、出場選手の競技能力、すなわち持ちタイムxに応じて標本点に重みが付けられる。複数のランナーに聞き取り調査をした結果、マラソンの持ちタイムxと月間平均走行距離Lとの間には、数31にて示す関係が近似的に成り立っていることを見出した。ここに、指数nは3.5〜4.0程度の値をとると推察される。
標本の無作為化も簡単に行うために、図17に示す持ちタイム−達成率空間上で行われる(ステップS15)。まず、相関線64はx軸にほぼ平行であるから、相関線64の包絡線をx軸に垂直な線である変換基準線63で近似する。次に、処理対象の標本点を通る相関線64を求め、各標本点が相関線64に沿って変換基準線63上へと移動される(ステップS21)。そして、移動後の点である同値変換点ηt iの分布においてピークとなる値ηt pを求め、前述の準備処理と同様に、ηt pを境として、その上位の分散σH 2と下位の分散σL 2を個別に計算する(ステップS22,S23)。
以上の処理を踏まえ、達成率関数における標準環境指数aの決定が行われる。まず、標本点と環境指数auの仮の値が設定された達成率関数との残差δiは、数34にて表される。
マラソンのデータのように標本値に歪みが含まれている場合には、処理対象となる標本点の数が歪み対策の処理の際に環境指数auによって変動する。そのため、標準環境指数aを求める演算は反復演算とされ、auが収束したときの値が標準環境指数aとされる(ステップS17,18)。
標準達成率指数aが決まれば、実走タイムyと補正タイムτを関係づける変換関数は、数39と定まり、補正タイムτは、数39をτについて解くことにより求めることができる(ステップS19)。
ただし、数39はτについて解析的には解くことができないので、ニュートン法による収束演算で数値的に解く。まず、関数f(τ)を数40にて定め、f(τ)は任意の位置で数41にて示すように微分可能である。
図18は、以上に説明したマラソンの記録の規格化の処理を、マラソン特有の工程を含めて示す図である。この処理は多重ループで構成される収束演算であり、以下にその内容を簡潔に説明する。なお、図10では標本点の重み付け処理が反復演算の中に含まれているが、マラソンの記録の規格化ではこの重み付けは1回求められるだけでよいため、図18に示す実際の演算では標本点の重み付けが反復処理の前に行われる。また、上記マラソンの記録の規格化の説明では、標本点の無作為化で同値変換について言及したが、変換基準線x=xsが変更されない場合は同値変換は1回行われるのみでよいため、図18に示す実際の演算では同値変換による基準達成率の算出も反復処理の前に行われる。また、以下の説明では図10および図11における対応する工程の符号も付している。
処理の対象となる競技会に固有値で、当該処理に関係するものがコンピュータである測定値変換システムに入力される。固有値は具体的には、出場選手数Np、完走選手数Nf、最終完走タイムymax等である。
当該大会に出場したNpの選手の持ちタイムxiおよび完走した選手の実走タイムyiが演算装置に入力される。また、標本点Pi(xi,yi)の抽出も行われる。
当該アルゴリズムにおいては、あらかじめ幾つかのパラメータを設定する必要がある。具体的には、未定係数群を含む相関線(変換関数)の構造、変換基準値xs、数32の標本点重みωSiを決定するための指数n、同値変換点を連続関数に形成するための平滑化フィルタに附帯する係数σFなどである。これらの構造やパラメータは、学術的知見により決定し得るものもあるが、実務的要請により決定されるものもある。
演算の開始に必要な初期値が設定される。初期値を必要とする値は、環境係数a、基準達成率ηt iの分布における標準偏差σHおよびσLなどである。初期値は処理ループに適合するものならば何でもよい。
有効な標本点Pi(xi,yi)について、達成率ηiが数15に基づいて測定値変換システムにより計算される。これにより、複数の実走タイム(第2測定値)のそれぞれが、対応する参加者(測定対象)の持ちタイム(第1測定値)と実走タイム(第2測定値)との比に置き換えられる。
2次元空間に分布した標本点を1次元空間上に変換するために同値変換を行い、基準達成率ηt iが求められる。なお、数24にxiを代入したものが達成率関数ηiであり、xsを代入したものがηt iであることから、基準達成率ηt iは数46により得られる。
標本点重みωSiが数32に基づいて算出される。
図15に示すデータ保証線602と時間制限線601の交点から標本分離値xmaxを求め、xi<xmaxを満足する標本点を選択して処理対象とすることにより、標本点の歪みに対する対策が施される。
上記の方法で限定した処理データ、すなわち、限定された標本点の全てについて、基準達成率ηt iの分布の統計量、分布のピークηt p、上位および下位の分散σH、σLが計算される。図15ではピークを通過する達成率関数61を参考のために示している。
数33に基づき、分布矯正重みωDiが算出される。
持ちタイムxと補正タイムτとの相関が最大となるように、複数の標本点と相関線との残差に基づいて環境指数auの値が決定される。相関の評価には重み付き誤差2乗和関数が用いられる。
計算の基礎とした環境係数auと、新たに求めた環境係数au’を比較し、au=au’なら演算が終了する。auの収束値が標準環境係数aとされる。
環境係数がauとau’との差が所定値以上であれば、auの値をau’に更新し、ステップS38〜ステップS42が反復される。
求められた標準環境係数aから導かれる変換関数から、実走タイムyiに対応する補正タイムτiが求められる。ただし、数39はτについては解析的に逆関数を求めることができないので、数45に示すニュートン法に基づく漸化式よる収束演算で数値的に解かれる。
マラソンの記録は環境やレース条件に大きく左右されるため、環境の要因を差し引いた真の記録を知りたいという希望は、エリートランナーのみならず、市民ランナーにも根強いものがある。そこで、ブラックボックス法に基づいて記録を規格化し、選手および関係者に発信するというサービスが考えられる。
ブラックボックス法は、マラソンの記録の規格化への適用において、次の特徴を有する。
・環境要因を観測する必要がない(簡便性)、
・公開された情報により処理することができる(透明性)、
・補正タイムが画一的に決まる(一意性)、
・完走タイムを適正に評価することができる(公平性)、
・時間的および空間的整合性がある(普遍性)、
・性別、出場選手の能力差、出場選手数、制限時間等にかかわりなく使用できる(汎用性)
マラソンの記録の規格化における、ブラックボックス法の効果を検証した結果を以下に示す。効果の検証は2つの側面から行った。一つは、ほぼ等しい時期に開催された、異なる競技会での記録の整合性(以下、「空間的整合性」)の検証であり、もう一つは、同一の競技会における異なる年度の記録における整合性(以下、「時間的整合性」)である。
まず、アテネ五輪女子マラソン選考に係る3レース(2003年の東京国際女子マラソン(以下、「東京」)、2004年の大阪国際女子マラソン(以下、「大阪」)、2004年の名古屋国際女子マラソン(以下、「名古屋」))についての処理結果から空間的整合性を検証する。ここに、東京、大阪および名古屋の国内3大会への出場資格は、「フルマラソンで3時間15分以下」など、ほぼ同じであることから、3大会の出場選手の競技能力にも大差はないと考えられる。
図20.A〜図20.Fは、マラソンの記録の規格化の効果を散布図で示したものである。図20.A〜図20.Cは記録を規格化する前の東京、大阪、名古屋のデータであり、横軸が持ちタイムx、縦軸が実走タイムyに対応している。これによれば、大阪と名古屋では直線y=x(すなわち達成率で考察した場合のη=1)の周りに分布しているが、東京だけは持ちタイムxに比べて実走タイムyが極端に悪く、ほとんどの選手が直線y=xの上(すなわちη<1)の領域に分布していることがわかる。
図21.Aは記録を規格化する前の達成率ηの分布であり、図21.Bは規格化後の分布である。ここに、離散値である達成率の分布をガウシアンフィルタを用いて平滑化処理し、ピーク値を1として規格化して表示している。図21.Aでは、達成率ηの分布のピーク(東京:0.950、大阪:0.986、名古屋:0.991)は、東京のピークが大阪や名古屋に比べて約4ポイント悪かったことがわかる。これは、2時間30分の選手なら6分に相当する大差である。
図22は、サブスリー(マラソンを3時間未満で走ること)の選手の割合(以下、「サブスリー率」)における比較である。サブスリー率における比較は、全出場選手という切り口での記録の規格化の検証といえる。記録を規格化する前、すなわち持ちタイムxと実走タイムyとに基づく比較においては、持ちタイムでのサブスリー率(東京:41.7%,大阪:30.2%,名古屋:40.6%)に対し,実走タイムでのサブスリー率(東京:13.3%,大阪:28.2%,名古屋:34.3%)において、東京での低さが際立っている。
図23は、持ちタイムxを更新した選手の割合(以下、「持ちタイム更新率」)による比較である。ここに、大会の条件が等しいなら持ちタイムxを更新した選手の割合もほぼ等しくなると予想できるから、持ちタイム更新率は個人レベルでのパフォーマンスの評価という切り口における記録の規格化の効果の検証ということができる。ここに、記録の規格化前においては、持ちタイムxと実走タイムyの比較においては、持ちタイム更新率(東京:4.4%,大阪:25.2%,名古屋:25.1%)に大会間で大差があり、レース条件の差異により記録が大きく左右されることが顕著に示されている。
表3は、アテネ五輪選考に係る国内3大会のおける上位選手の成績の比較である。表3によれば、実走タイムでは、東京国際女子マラソンで2位の選手(高橋尚子選手)は3人の五輪候補選手の中で3番目であるが、補正タイムでみると、3名のアテネ五輪候補選手の中では一番良い成績であったことが示されている。
表4は、アテネ五輪参加選手のアテネ五輪の結果とアテネ五輪選考に係る国内3大会の記録とを比較したものである。表4によると、実走タイムと五輪の成績との間に有意な関係は見られないが、補正タイムと五輪の成績との比較においては、選考レースにおける補正タイムの順位がそのままアテネ五輪の順位になっている。また、実走タイムと五輪での結果との相関(r=0.776)に比べ、補正タイムと五輪の結果との相関(r=0.833)の方が強い正の相関を示している。つまり、補正タイムは実力を的確に評価する指標であり、五輪の選手選考等においては実走タイムより遥かに重要視しなければならない情報であることが裏付けられている。
次に、1995年から2004年までの10年間の東京国際女子マラソンの解析結果に基づき、記録の規格化における時間的整合性の検証を行う。
図24は、東京国際女子マラソンにおけるサブスリー率の過去10年間に亘る解析結果である。この結果においても、持ちタイムxと実走タイムyとの相関係数(r=-0.577)に対し、持ちタイムxと補正タイムτとの相関係数(r=0.652)はかなり高い値である。この結果からも、補正タイムτは実力が的確に反映された指標であると言うことができる。
図25は、東京国際女子マラソンにおける持ちタイムを更新率を、実走タイムxと補正タイムτに分けて示してある。まず、記録を規格化する前の比較、すなわち持ちタイムxと実走タイムyの比較においては、持ちタイムxの更新率に最高(34.82%)から最低(4.43%)まで8倍近い開きがある。この結果は、異なる競技会の記録を実走タイムyで比較することは極めて不公平な手続きであることを如実に示している。
図26は、東京国際女子マラソン大会において最多出場を誇る選手の10年間の記録の動向である。この解析結果によれば、実走タイムyでの評価では年度毎にばらつきが大きく、個人記録が大会の条件に大きく左右されていることがわかる。しかし補正タイムτで見れば、レース条件が規格化されているため、個人的条件に基づく変化だけを浮かび上がらせることができる。このように、記録の規格化処理により提供される補正タイムτは、個々の選手が自己の状態を定量的・客観的に把握することを可能にし、練習内容の評価や計画に重要な情報を提供するものである。
図27.Aおよび図27.Bは、東京国際女子マラソンにおける上位選手の記録の推移を示す興味深いデータである。図27.Aは、実走タイムyによる記録の変化である。女子マラソンの記録は、近年、めざましい進歩をしているものの、上位選手の記録の推移を実走タイムyで見る限り、レース条件の変動というノイズに隠されて系統的なトレンドを見出すことは難しい。一方、図27.Bは補正タイムτでの変化を示すものである。補正タイムτは規格化されたレース条件下での記録であるため、記録の短縮のトレンドが見事に浮かび上がってくる。
以上、マラソンの記録の規格化の効果を、空間的整合性と時間的整合性について検証した。この結果、異なる競技会の記録の比較において、全出場選手、個人、上位選手、いずれの切り口においても、補正タイムτを用いる方が実走タイムyで比べるよりも遥かに優れていることが裏付けられる。また、補正タイムτを用いれば、競走競技の記録の時空を越えた比較が可能となることが証明された。
マラソンにおける記録の補正を先の例では取り挙げたが、陸上の長距離競技、スキー、スケート、競馬、競艇、カーレース、オートレース等の競走競技全般においても、気象条件やコースの特性などの多様な誤差要因(以下、「環境要因」)の影響を受ける。そのため、競走競技に参加した競争者や競争物(例えば、カーレーシングのマシン)の実力を正しく評価するためには、こうした環境要因による影響分を考慮する必要がある。ブラックボックス法を利用した測定値の変換方法においては、環境要因の観測という解析的手法において必要とされる煩雑な手続きを必要とせず、また、変換結果に定量性が見込めることから、競争競技における記録の評価という課題に対して有効に機能すると考えられる。
工業分野における応用例として、自動車の燃費の補正の問題を取り挙げることができる。燃費は車の経済性能を表す指数であり、日本では、自動車メーカーが同一条件下でテストした結果(以下、「公称燃費」)として、60km/h定地走行燃費や10・15モード燃費などが用いられる。60km/h定地走行燃費とは、平坦、無風の舗装路を車両総重量の状態で60km/hの定速で走った際の燃料消費量である。また、10・15モード燃費とは、市街地走行をサンプリングした10モード走行を3回繰り返した後、高速道路走行をサンプリングした15モード走行を1回行って測定する燃費である。
教育分野への応用例として、大学入試等における選択科目の成績の取り扱いに関する問題を取り挙げることができる。大学入試においては、試験には選択科目制が導入されている。例えば、大学入試センター試験の場合には、受験者は地理・歴史という出題科目では9科目の内から1科目を、外国語では5科目から1科目を選択して受験することになっている。同様に各大学においても、入試科目の中に選択科目が含まれている。しかし、難易度に差があるため、選択科目間の得点格差が問題となっている。従来は、こうした受験における不平等を是正する有効な手段が存在しなかったが、ブラックボックス法の適用により、明瞭な解決を図ることができる。
測定値によっては、個別測定値を用意することができない場合があるが、こうした場合であっても、測定値の比較を目的としてブラックボックス法を適用することができる。測定値の比較の用途としては、消費者物価などのように「時間的に変化する測定系における測定値の動向の検証」や、生産者物価と消費者物価のように「性質の異なる測定系における測定値の比較」が考えられるが、ここでは消費者物価指数の計算に適用した例を示す。
人体は、性差・年齢差・個人差等が存在するため、医療行為等に対しては個人により効果が異なる。こうした状況を測定の問題として捉えると、医療行為に対する効果の差異は、個人という異なる測定系に依拠した系統誤差と位置付けることができる。ゆえに、投薬やリハビリ等の医療行為の効果を評価する手段として、ブラックボックス法を適用することができる。
様々な測定値の変換におけるブラックボックス法の応用例を表5にまとめる。
Claims (2)
- 入力部(72)、データベース管理部(73)、変換関数取得部(74)および変換部(75)を備え、コンピュータを利用した測定値変換システム(7)を用いる、マラソンの記録を規格化する測定値変換方法であって、
前記入力部(72)により、所定の1つの大会における複数の選手のそれぞれ個別の実走タイム(yi)、および、前記複数の選手のそれぞれの前記所定の1つの大会より前の数年間に開催された複数の大会における自己最高記録である持ちタイム(x i )の入力を行う第1ステップと、
前記データベース管理部(73)に、前記複数の実走タイムおよび前記複数の持ちタイムを記憶させる第2ステップと、
前記複数の選手のそれぞれに対応する実走タイムおよび持ちタイムの組み合わせを標本点(Pi)として取得する第3ステップと、
前記複数の選手の標本点から歪んだ標本点を除外する第4ステップと、
前記歪んだ標本点を除外した複数の標本点に重み付けを行う第5ステップと、
前記変換関数取得部(74)により、前記重み付けを行った複数の標本点に関数をあてはめることにより、前記複数の持ちタイムが得られた複数のレース条件に基づく測定系と前記所定の1つの大会のレース条件である1つの測定系との関係を示し、前記実走タイムを変換するための変換関数(31)を求める第6ステップと、
前記変換部(75)により、前記変換関数を用いて前記実走タイム(yi)を変換することにより、規格化されたマラソンの記録(τi)を取得する第7ステップと、
を備え、
前記第6ステップにおいて、前記変換関数取得部には、少なくとも1つの未定係数である未定係数群(au j)を含む単調増加関数が、相関線として予め設定されており(S12,S33)、前記変換関数取得部が、前記複数の標本点と前記相関線との残差に基づく反復演算により、前記未定係数群の値群を決定し、前記値群が設定された前記相関線を前記変換関数として取得する(S16,S18,S41)ことを特徴とする測定値変換方法。 - 請求項1に記載の測定値変換方法であって、
前記測定値変換システムは、コンピュータネットワーク(90)を介して利用者端末(92)との間で通信を行う通信部(71)をさらに備え、
前記実走タイム(y i )の入力を、前記利用者端末から前記コンピュータネットワークおよび前記通信部を介して前記入力部から受け付ける第8ステップと、
前記第8ステップで入力された実走タイムから前記第7ステップにより求められた変換値が、前記通信部および前記コンピュータネットワークを介して前記利用者端末へと送信される第9ステップと、
をさらに備えることを特徴とする測定値変換方法。
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