本発明は、福山型先天性筋ジストロフィー症原因蛋白質(以下、FCMD原因蛋白質ともいう)、より詳しくは、その機能不全により福山型先天性筋ジストロフィー症の発症を招く新規な蛋白質に関する。また、本発明はかかる蛋白質をコードする新規な遺伝子(以下、FCMD原因遺伝子ともいう)に関する。更に、本発明はFCMD原因遺伝子の遺伝子異常、殊に福山型先天性筋ジストロフィー症の発症を招く突然変異体に関する。
筋ジストロフィーは、主として骨格筋に生じる遺伝性の変性疾患であり、臨床的な特徴から10以上もの型に分類されている。
最も発症頻度の高い筋ジストロフィー症である伴性劣性遺伝性のデュシャンヌ型筋ジストロフィー症(Duchenne muscular dystrophy:以下、DMDともいう)については、ポジショナルクローニング手法により、その病因となる欠損遺伝子産物としてジストロフィンが同定されるに至り、その病態機序について精力的な研究がなされてきた。また、その他の筋ジストロフィー症の研究も、ジストロフィンの発見以来、その病因遺伝子及び病態生理学の解明、並びに治療方法の開発に向けて多くの研究がなされている。
常染色体劣性遺伝性の筋ジストロフィー症の一つに、脳形成障害または知能障害を伴う重度の先天性筋ジストロフィー症として特徴づけられる福山型先天性筋ジストロフィー症(Fukuyama-type congenital muscular dystrophy:以下、FCMDともいう)がある。これは40年程前に初めて報告され(Fukuyama,Y., Paediatria Universitatis Tokyo, 4, 5-8 (1960))、McKusickのカタログには”MIM253800”と記載されている。
該FCMDは、日本で最も一般的な常染色体劣性疾患の一つであり、小児筋ジストロフィー症の中で2番目に多い型である。日本におけるFCMDの発症率は1万人あたり0.7〜1.2人であり(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 6,373-390 (1984))、それはDMDの発症率のほぼ半分に相当する(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 3, 1-30 (1981))。
FCMD患者は、通常生後9ヶ月までに顔面や四肢の筋力低下及び全身性の筋緊張低下を示し、一般にDMD患者よりも早期に関節の拘縮を生じる。FCMD患者の運動機能不全レベルはDMD患者よりも重篤であり、殆どの患者は歩くこともできない。一般に、FCMD患者は、全身に進行した筋萎縮と関節拘縮によって10歳になる前に寝たきりになり、20歳までにはその多くが死亡している。その他の随伴症状として、重度の知能低下(IQは30〜50)及び約半数に脳波の異常を伴う痙攣発作が見られる(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 3,1-30 (1981))。
骨格筋に観察される組織病理学上の変化は、DMD患者のものと類似している。
中枢神経系における最も一般的でかつ特徴的な変化は、おそらくは神経細胞の遊走障害に起因する脳奇形であり、大脳や小脳の小多脳回,厚脳回及び無脳回を含む。更に、水頭症、脳軟膜の線維性の肥厚、左右大脳半球の局所的な癒着並びに皮質脊髄路の低形成がしばしば観察される(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 3, 1-30 (1981))。従って、FCMDの病因遺伝子を解析し同定することは、筋ジストロフィー症全般の病態生理学を理解する上で有用であるのはもちろんのこと、加えてその情報は、脳の形成や成長に関する重要な考察を与えるものと考えられている。
かかる状況において、本発明者らは、ホモ接合性マッピング(homozygosity mapping)と連鎖解析を組み合わせた手段により、FCMDの原因遺伝子の遺伝子座が9番染色体長腕31−33領域に存在すること見出し先に報告している(Toda,T., eta al., Nat. Genet., 5, 283-286 (1993))。また、本発明者らは、ホモ接合性マッピングと組換えマッピング(recombination mapping)の手法によって、FCMD遺伝子座がD9S127とマーカーCA246(D9S2111)との間にある5cM領域にあることを突きとめ、更に、FCMD遺伝子座とこの5cMの候補領域内にあるマイクロサテライトマーカー(D9S306)との間に連鎖不平衡(linkage disequilibrium)を見出し、FCMD原因遺伝子は、染色体9q31のD9S306の周囲1Mb以内に存在するとした(Toda,T., et al., Am. J. Hum. Genet., 55, 946-950 (1994);Toda,T., et al., Jpn. J.Hum. Genet., 40, 333-334 (1995))。
更に、連鎖不平衡の強度を比較することにより、FCMD遺伝子座の位置をD9S2107を含む100kb未満の領域にまで特定し、現在のほとんどのFCMD染色体は1人の祖先から由来していることを明らかにし(Toda,T., et al., Am. J. Hum. Genet., 59, 1313-1320 (1996))、また、FCMD染色体の80%以上には、〜200kb領域内で創始者ハプロタイプ(D9S2105−D9S2170−D9S2171−D9S2107について138−192−147−183)があり、これが正常者の染色体には見られないことを見いだしている。また、D9S2105,D9S2170,D9S2171及びD9S2107遺伝子座を含むコスミド整列クローン(コンティグ)も構築しこれを報告している(Miyake,M., et al., Genomics, 40, 284-293 (1997))。
しかしながら、依然としてFCMD原因遺伝子の同定には至らず、その解析と同定が強く斯界で望まれていた。
本発明は、かかる事情に鑑みて開発されたものであり、福山型先天性筋ジストロフィー症の発症に関連する福山型先天性筋ジストロフィー症原因遺伝子(FCMD原因遺伝子)の異常(突然変異)に関する情報を提供することを目的とする。尚、本発明においてFCMD原因遺伝子及びそのcDNAを包括して、FCMDDNAともいう。
更にまた、本発明は、FCMD原因遺伝子の遺伝子発現の検出技術及びFCMD原因遺伝子の遺伝子異常の検出技術を提供し、それら技術の利用による福山型先天性筋ジストロフィー症の診断及び予知・予防に関する技術を提供することを目的とする。
本発明によれば、配列番号3に示される塩基配列において、コードされるFCMD原因蛋白質の機能不全を招く変異、具体的には上記した(i)ないし(iii)のいずれか少なくともひとつの変異を有していることにより特徴付けられる変異FCMD原因DNAが提供される。
加えて、本発明によれば、被験者の遺伝子において、上記の変異FCMD原因DNAの存在を検出することを特徴とするFCMD診断の為の遺伝子異常の検出方法、特に、配列番号3に示される塩基配列において、(i)塩基番号250位のシトシンからチミンへの置換、(ii)塩基番号298−299位の欠失、(iii)塩基番号5889位と5890位の間への約3kbのヌクレオチドの挿入、のいずれか少なくともひとつの変異位置を含むDNA断片を調製する工程及び該DNA断片の塩基配列を解析する工程を含む同遺伝子異常の検出方法が提供される。
尚、本明細書において、アミノ酸、ペプチド、塩基配列、核酸、制限酵素、その他に関する略号による表示は、IUPAC及びIUPAC−IUBによる命名法又はその規定、及び「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(平成9年3月、特許庁調整課審査基準室)に従うものとする。
また、本発明において表記する(C→T250)とは、FCMD原因遺伝子における塩基番号250位のシトシン(C)がチミン(T)に点変異していることを意味する。また(del:298-299)とは、FCMD原因遺伝子における塩基番号298位及び299位が欠失していることを意味する。尚、本発明で用いる塩基番号や塩基の位置は、変異遺伝子及びDNA断片のいずれも、健常なヒトに由来する配列番号3に示すFCMD原因遺伝子の塩基配列を基準として表記する。またアミノ酸番号は、配列番号1に示すFCMD原因蛋白質のアミノ酸配列を基準として表記する。
また、DNAとは2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAを包含する趣旨であり、またその長さに何ら制限されるものではない。従って、本発明のDNAには、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及びcDNAを含む1本鎖DNA(センス鎖)、並びに該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、およびそれらの断片のいずれもが含まれる。
本発明は、福山型先天性筋ジストロフィー症に関連するその原因遺伝子の塩基配列及びその遺伝子産物のアミノ酸配列を提供する。また、本発明は、福山型先天性筋ジストロフィー症の発症機序、即ち、福山型先天性筋ジストロフィー症は、本発明のFCMD原因遺伝子の異常に基づく該遺伝子産物(FCMD原因蛋白質)の欠損によって発症することを初めて解明したものである。
FCMD原因遺伝子の異常を判別する本発明の検出法乃至診断法は、福山型先天性筋ジストロフィー症の遺伝的また生化学的な診断、特に出生前又は保因者診断を可能とし、またその発症素因、経過及び予後を予測する上で有用である。
また、本発明のFCMD原因遺伝子を利用した遺伝子診断によれば、近年その異同が問題となっているように、福山型先天性筋ジストロフィー症とウオーカー-ワーブルグ(Walker-Warburg)症候群(Dobyns,W.B., et al, Am. J. Med. Genet., 32, 195-210 (1989)),大脳−眼ー異形成−筋ジストロフィ症候群(Towfighi, J., et al, Acta. Neuropath., 65, 110-123 (1984))及び福山型先天性筋ジストロフィー症の特性を共有する疾患を含む福山型先天性筋ジストロフィー症関連疾患とを再分類することが可能である。
また、本発明のFCMD原因蛋白質は、その特異抗体を調製する上でも有用であり、更に、かかる特異抗体は、生体において発現産生されたFCMD原因蛋白質の免疫学的測定に利用でき、福山型先天性筋ジストロフィー症の診断、病態の解明等に有用である。
更に、本発明におけるFCMD原因遺伝子及びその遺伝子産物に関する情報は、神経や脳に複雑な障害をもたらす福山型先天性筋ジストロフィー症の発症メカニズムを知る上で重要であり、また、神経系の発生や脳全体の発達を理解する上でも極めて重要であると考えられる。
本発明のFCMD原因蛋白質の具体例としては、例えば、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる蛋白質を挙げることができ、これはヒト健常者の9番染色体長腕31のマイクロサテライトマーカーD9S2170の動原体側ごく近傍に存在する遺伝子(約1383bp)によってコードされる蛋白として特定される。
後述する実施例に詳述するように、このFCMD原因蛋白質は、FCMDの発症に関わる病因蛋白質であってその機能不全によりFCMDの発症を招くものと考えられ、FCMDの発症及び病態、更には脳の形成や成長に重要な役割を果たしているものと考えられる。
しかして、本発明にかかるFCMD原因蛋白質及びそれをコードする遺伝子(FCMD原因遺伝子)の提供は、FCMD及びその発症乃至病態の解明、把握並びにその診断、予防及び治療等の医薬分野において、更には脳の形成や成長に関する基礎研究やその応用分野において、極めて有用な情報乃至手段を与えるものである。
例えば、本発明のFCMD原因遺伝子を利用するか或はその発現を目的とする遺伝子治療や本発明FCMD原因蛋白質の生体への投与は、FCMDの処置に有用であろう。また、個体或は組織における本発明FCMD原因遺伝子又はその産物(FCMD原因蛋白質)の発現の検出や、当該遺伝子の変異又は発現異常の検出等は、FCMDの解明や診断上において好適に利用されよう。
以下、本発明をその実施の形態に応じて更に詳述する。
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる本発明のFCMD原因蛋白質は、次の構造上の特徴乃至特性を有する:
(a)461アミノ酸の配列からなる;
(b)53.6kDaの推定分子量を有する;
(c)8.29の推定等電点を有する;
(d)疎水性アミノ酸残基(Lys、Val、Phe、Ile及びMet)が、総アミノ酸の30.8%を占める;
(e)1つのN−グリコシレーション推定領域を有する;
(f)4つのプロテインキナーゼCリン酸化推定部位を有する;
(g)1つのチロシンキナーゼリン酸化推定部位を有する;
(h)5つのN−ミリストリレーション推定部位を有する;
(i)シグナル配列推定領域を有する。
(j)0又は1つのトランスメンブラン推定領域を有する。
具体的には、(e)N−グリコシレーション推定領域は、配列番号1に示されるアミノ酸配列において(以下において同じ)アミノ酸番号92〜95位に位置する(図4において、点線の下線で示す)。(f)プロテインキナーゼCでリン酸化され得るプロテインキナーゼCリン酸化推定部位は、アミノ酸番号33位及び276位のセリン残基、並びにアミノ酸番号386位及び426位のスレオニン残基に位置する(図4において、記号%で示す)。(g)チロシンキナーゼでリン酸化され得るチロシンキナーゼリン酸化推定部位は、アミノ酸番号252位のチロシン残基に位置する(図4において、記号^で示す)。(h)N−ミリストリレーション推定部位は、アミノ酸番号37位、39位、45位、300位及び380位のグリシン残基に位置する(図4において、記号*で示す)。(i)シグナル配列推定領域は、アミノ酸番号1〜21位に位置する(図4において、実線の下線で示す)。また、(J)トランスメンブラン領域については、有していないか、或はアミノ酸番号288〜306位に有している可能性も示唆される(図4において、実線の下線で示す)。
データベース検索(GeneBank, dbEST, SwissProt, PIR)によれば、このFCMD原因蛋白質のアミノ酸配列は、公知蛋白質のアミノ酸配列と類似しておらず、また、これをコードする遺伝子(配列番号3に示される塩基配列を有するFCMD原因遺伝子)の塩基配列も公知の機能を有する遺伝子とは殆ど類似しておらず、これらのことから、このFCMD原因蛋白質及びそのDNAは全く新規なものであることが確認されている。
本発明DNAは、例えば上記FCMD原因蛋白質をコードするDNAであり、これはより具体的には、配列番号2又は3に示される塩基配列を有するDNAとして例示されるが、特にこれらに限定されることはなく、FCMD原因蛋白質の機能的同等物をコードするDNAをも包含するものである。
即ち、本発明DNAには、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1又は複数(又は数個)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなる蛋白質をコードする塩基配列を含むDNAが包含され、ここで、「アミノ酸の欠失、置換又は付加」の程度及びそれらの位置等は、改変された蛋白質が、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるFCMD原因蛋白質と同様の生物学的機能を有する機能的同等物であれば特に制限はない。
尚、これらアミノ酸配列の改変(変異)等は、天然において、例えば突然変異や翻訳後の修飾等により生じることもあるが、天然由来の遺伝子(例えば本発明の具体例遺伝子)に基づいて人為的に改変することもできる。本発明は、このような改変・変異の原因及び手段等を問わず、上記特性を有する全ての改変DNAを包含するものである。
上記の人為的手段としては、例えばサイトスペシフィック・ミュータゲネシス(Methods in Enzymology, 154: 350, 367-382 (1987);同 100: 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12: 9441 (1984);続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編, p105 (1986)〕等の遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法等の化学合成手段(J. Am. Chem. Soc., 89: 4801 (1967);同91: 3350 (1969);Science, 150: 178 (1968);Tetrahedron Lett., 22:1859 (1981);同24: 245 (1983))及びそれらの組合せ方法等が例示できる。
更に、本発明DNAは、配列番号2又は3に示される塩基配列の具体例により例示されるが、この塩基配列は、上記アミノ酸配列(配列番号1)における各アミノ酸残基をコードするコドンを示す一具体例でもあり、コドンの縮重を鑑みれば本発明のDNAはこれらに限らず、各アミノ酸残基に対して任意のコドンを組合せ選択した塩基配列を有することも勿論可能である。コドンの選択は、常法に従うことができ、例えば利用する宿主のコドン使用頻度等も考慮することができる(Ncleic Acids Res., 9: 43 (1981))。
尚、本発明は、これら本発明DNAによってコードされるFCMD原因蛋白質の機能的同等物、即ち、配列番号1に示されるアミノ酸配列において1又は複数(又は数個)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなる改変された蛋白質であって、FCMD原因蛋白質と同様の生物学的機能を有する機能的同等物である蛋白質をも提供するものである。これら蛋白質は、FCMD原因蛋白質と同様の有用性を有する。
本発明において、FCMD原因遺伝子は、後述するように、D9S2170近傍領域を検出できるクローンをプローブとしてヒトcDNAライブラリーをスクリーニングし、得られたクローンを遺伝子マッピングすることにより同定されたが、本発明のDNAは、その配列情報に基づいて、一般的遺伝子工学的手法により容易に製造・取得することができる(Molecular Cloning 2nd. Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989);続生化学実験講座「遺伝子研究法I,II,III」,日本生化学会編 (1986) 等参照)。
FCMD原因遺伝子の取得は、具体的には、例えばこれが発現される適当な起源より常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該ライブラリーから、FCMD原因遺伝子に特有の適当なプローブや抗体を用いて所望クローンを選択することにより実施できる(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 6613 (1981) ; Science, 222, 778 (1983)等)。上記方法において、cDNAの起源としては、例えばヒトの心臓、脳、骨格筋又は膵臓等のヒト組織やリンパ芽球等が例示され、これらからの全RNAの分離、mRNAの分離や精製、cDNAの取得とそのクローニング等はいずれも常法に従って実施することができる。また、cDNAライブラリーは市販されてもおり、本発明においてはそれらcDNAライブラリー、例えばクロンテック社(Clontech Lab. Inc.)等より市販されている各種のcDNAライブラリー等を用いることもできる。
本発明のFCMD原因遺伝子をcDNAライブラリーからスクリーニングする方法も、特に制限されず、通常の方法に従うことができる。具体的には、例えばcDNAによって産生される蛋白質に対して、該蛋白質特異抗体を使用した免疫的スクリーニングにより対応するcDNAクローンを選択する方法、目的のDNA配列に選択的に結合するプローブを用いたプラークハイブリダイゼーション、コロニーハイブリダイゼーション等やこれらの組合せが例示できる。
ここで用いられるプローブとしては、本発明のFCMD原因遺伝子の塩基配列に関する情報をもとにして化学合成されたDNA配列等が一般的に挙げられるが、既に取得された遺伝子そのものやその断片等も好適に利用できる。
また、本発明のFCMD原因遺伝子の取得に際しては、PCR法(Science, 230, 1350-1354(1985))によるDNA/RNA増幅法が好適に利用できる。殊にライブラリーから全長のcDNAが得られ難いような場合に、レース法(RACE:Rapid amplification of cDNA ends;実験医学, 12(6), 35-38 (1994))、殊に5’−レース(RACE)法(Frohman,M.A., et al., Proc. Natl. Acad.Sci., USA, 8, 8998-9002 (1988))の採用が好適である。かかるPCR法の採用に際して使用されるプライマーは、本発明によって明らかにされた本発明遺伝子の配列情報に基づいて適宜設定することができる。
尚、増幅させたDNA/RNA断片の単離精製も常法に従うことができ、具体的には例えばゲル電気泳動法等が挙げられる。
また、DNAの化学合成及びFCMD原因遺伝子を利用したその改変手段等は前記したとおりであり、それら常法に従うことにより、所望の本発明DNAを取得することができる。
上記で得られる本発明のFCMD原因遺伝子乃至DNAは、常法に従ってその塩基配列を決定することができる。具体的には、ジデオキシ法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 74, 5463-5467 (1977))やマキサム−ギルバート法(Method inEnzymology, 65, 499 (1980))等が例示され、また簡便には、市販のシークエンスキット等を用いてもよい。
本発明DNAの利用によれば、一般の遺伝子工学的手法を用いることにより、FCMD原因蛋白質を含むそのコード産物を容易に大量に安定して製造することができる。従って、本発明は、本発明DNAを含有するベクター(発現ベクター)及び該ベクターにより形質転換された宿主細胞並びに該宿主細胞を培養することによりFCMD原因蛋白質を含む本発明蛋白質を製造する方法をも提供するものである。
該製造方法は、通常の遺伝子組換え技術(Science, 224: 1431 (1984); Biochem. Biophys. Res. Comm., 130: 692 (1985); Proc. Natl. Acad. Sci., USA.,80: 5990 (1983)及び前記引用文献等参照)に従うことにより実施できる。
上記宿主細胞としては、原核生物及び真核生物のいずれも用いることができ、例えば原核生物の宿主としては、大腸菌や枯草菌といった一般的に用いられるものが広く挙げられるが、好適には大腸菌、とりわけエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)K12株に含まれるものが例示できる。また、真核生物の宿主細胞には、脊椎動物、酵母等の細胞が含まれ、前者としては、例えばサルの細胞であるCOS細胞(Cell, 23: 175 (1981))やチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞及びそのジヒドロ葉酸レダクターゼ欠損株(Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 77:4216 (1980))等が、後者としては、サッカロミセス属酵母細胞等が好適に用いられているが、これらに限定される訳ではない。
脊椎動物細胞を宿主とする場合の発現ベクターとしては、通常、発現しようとする本発明DNAの上流に位置するプロモーター、RNAのスプライス部位、ポリアデニル化部位及び転写終了配列等を保有するものが挙げられ、これは更に必要により複製起点を有していてもよい。該発現ベクターの例としては、具体的には、例えばSV40の初期プロモーターを保有するpSV2dhfr(Mol. Cell. Biol., 1: 854 (1981))等が例示できる。また、酵母細胞を宿主とする場合の発現ベクターの具体例としては、例えば酸性ホスフアターゼ遺伝子に対するプロモーターを有するpAM82(Proc. Natl. Acad. Sci., USA., 80: 1 (1983))等を例示できる。
原核生物細胞を宿主とする場合は、該宿主細胞中で複製可能なベクターを用いて、このベクター中に本発明DNAが発現できるように該DNAの上流にプロモーター及びSD(シャイン・アンド・ダルガーノ)塩基配列、更に蛋白合成開始に必要な開始コドン(例えばATG)を付与した発現プラスミドを好適利用できる。上記ベクターとしては、一般にpBR322及びその改良ベクターがよく用いられるが、これらに限定されず各種のベクターを利用することができる。プロモーターとしても特に限定なく、例えばトリプトファン(trp) プロモーター、lpp プロモーター、lac プロモーター、PL/PR プロモーター等をいずれも好適に使用できる。
尚、本発明DNAの発現ベクターとしては、通常の融合蛋白発現ベクターも好ましく利用でき、該ベクターの具体例としては、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白として発現させるためのpGEX(Promega 社)等を例示できる。
上記所望の組換えDNA(発現ベクター)の宿主細胞への導入方法・形質転換法にも特に制限はなく、一般的な各種方法を採用できる。また得られる形質転換体も、常法に従い培養することができ、該培養により本発明DNAによりコードされる目的の蛋白質が発現・産生され、形質転換体の細胞内、細胞外若しくは細胞膜上に蓄積若しくは分泌される。
上記培養に用いられる培地としては、採用した宿主細胞に応じて慣用される各種のものを適宜選択利用でき、その培養も宿主細胞の生育に適した条件下で実施できる。
かくして得られる組換え蛋白質(FCMD原因蛋白質を含む本発明蛋白質)は、所望により、その物理的性質、化学的性質等を利用した各種の分離操作に従って分離、精製することができる(「生化学データブックII」、1175-1259頁、第1版第1刷、1980年 6月23日株式会社東京化学同人発行;Biochemistry, 25(25): 8274 (1986); Eur. J. Biochem., 163: 313 (1987) 等参照)。該方法としては、具体的には例えば通常の再構成処理、蛋白沈澱剤による処理(塩析法)、遠心分離、浸透圧ショック法、超音波破砕、限外濾過、分子篩クロマトグラフィー(ゲル濾過)、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の各種液体クロマトグラフィー、透析法、これらの組合せ等が挙げられる。
上記の如くして得られる本発明蛋白質は、前記のとおり、例えば医薬分野において有用である。
また、FCMD原因蛋白質は、該蛋白の特異抗体を作成する為の免疫抗原としても利用できる。ここで抗原として用いられるコンポーネントは、例えば上記遺伝子工学的手法に従って大量に産生された蛋白或はそのフラグメントであることができ、これら抗原を利用することにより、所望の抗血清(ポリクローナル抗体)及びモノクローナル抗体を取得することができる。該抗体の製造方法自体は、当業者によく理解されているところであり、本発明においてもこれら常法に従うことができる(続生化学実験講座「免疫生化学研究法」、日本生化学会編(1986)等参照)。
例えば、抗血清の取得に際して利用される免疫動物としては、ウサギ、モルモット、ラット、マウスやニワトリ等の通常動物を任意に選択でき、上記抗原を使用する免疫方法や採血等もまた常法に従い実施できる。
また、モノクローナル抗体の取得も、常法に従い、上記免疫抗原で免疫した動物の形質細胞(免疫細胞)と形質細胞腫細胞との融合細胞を作成し、これより所望抗体を産生するクローンを選択し、該クローンの培養により実施することができる。免疫動物は、一般に細胞融合に使用する形質細胞腫細胞との適合性を考慮して選択され、通常マウスやラット等が有利に用いられている。免疫は、上記抗血清の場合と同様であり、所望により通常のアジュバント等と併用して行なうこともできる。 尚、融合に使用される形質細胞腫細胞としても、特に限定なく、例えばp3(p3/x63-Ag8)(Nature, 256: 495-497 (1975))、p3−U1(Current Topics in Microbiology and Immunology, 81: 1-7 (1978))、NS−1(Eur. J. Immunol., 6: 511-519 (1976))、MPC−11(Cell, 8: 405-415 (1976))、SP2/0(Nature, 276: 269-271 (1978))等、ラットにおけるR210(Nature, 277: 131-133 (1979))等及びそれらに由来する細胞等の各種の骨髄腫細胞等をいずれも使用できる。
上記免疫細胞と形質細胞腫細胞との融合は、通常の融合促進剤、例えばポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウイルス(HVJ)等の存在下に公知の方法に準じて行なうことができ、所望のハイブリドーマの分離もまた同様に行ない得る(Meth. in Enzymol., 73: 3 (1981);上記続生化学実験講座等)。
また、目的とする抗体産生株の検索及び単一クローン化も常法により実施され、例えば抗体産生株の検索は、上記の本発明抗原を利用したELISA法(Meth. in Enzymol., 70: 419-439 (1980))、プラーク法、スポット法、凝集反応法、オクテロニー(Ouchterlony)法、ラジオイムノアッセイ等の一般に抗体の検出に用いられている種々の方法に従い実施することができる。
かくして得られるハイブリドーマからの目的抗体の採取は、該ハイブリドーマを常法により培養してその培養上清として得る、また、ハイブリドーマをこれと適合性のある哺乳動物に投与して増殖させその腹水として得る方法等により実施される。前者の方法は、高純度の抗体を得るのに適しており、後者の方法は、抗体の大量生産に適している。このようにして得られる抗体は、更に塩析、ゲル濾過、アフィニティクロマトグラフイー等の通常の手段により精製することができる。
かくして得られる抗体は、本発明のFCMD原因蛋白質に結合性を有することによって特徴付けられ、これは、FCMD原因蛋白質の精製及びその免疫学的手法による測定乃至識別等に有利に利用できる。
しかして本発明は、かかる新規な抗体をも提供するものである。
また、本発明によって明らかにされたFCMD原因遺伝子の配列情報を基にすれば、例えば該遺伝子の一部又は全部の塩基配列を有する本発明DNAを利用することにより、個体もしくは各種組織における本発明遺伝子の発現の検出を行なうことができる。
かかる検出は常法に従って行うことができ、例えばRT−PCR(Reverse transcribed-Polymerase chain reaction; E.S. Kawasaki, et al., Amplification of RNA. In PCR Protocol, A Guide to methods and applications, Academic Press, Inc., SanDiego, 21-27 (1991))によるRNA増幅やノーザンブロット解析(Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Lab. (1989))、in situ RT−PCR(Nucl. Acids Res., 21: 3159-3166 (1993))や in situ ハイブリダイゼーション等の細胞レベルでのそれら測定、NASBA法(Nucleic acid sequence-based amplification, Nature, 350: 91-92 (1991))及びその他の各種方法によりいずれも良好に実施し得る。
尚、PCR法を採用する場合において、用いられるプライマーは、本発明のFCMD原因遺伝子のみを特異的に増幅できる該遺伝子特有のものである限り何等限定されず、本発明FCMD原因遺伝子の配列に基づいて適宜設定することができる。これは、通常15〜30程度、好ましくは20〜25ヌクレオチド程度の部分配列からなる本発明DNAであることができ、当該プライマーにより設定された所望の領域からなる本発明FCMD原因遺伝子又はその一部の増幅に使用することができる。
また、本発明のFCMD原因遺伝子を検出する為のプローブとしても、該遺伝子特有のものである限り何等限定されず、本発明FCMD原因遺伝子又はその部分配列からなる本発明DNAであることができる。部分配列としては、通常10〜500程度、好ましくは100〜500ヌクレオチド程度の配列からなる本発明DNAが例示できる。
尚、このようなプライマーやプローブは、本発明FCMD原因遺伝子の利用により或はDNA自動合成機等を利用して本発明で開示する塩基配列に従い化学合成することにより容易に調製することができる。
しかして、本発明は、FCMD原因遺伝子の検出用の特異プライマー及び/又は特異プローブとして使用されるDNA断片をも提供するものである。
本発明DNAの利用によるFCMD原因遺伝子の発現の測定乃至検出、或は上記特異抗体の利用によるFCMD原因蛋白質の測定乃至検出によれば、被験者或は被験組織における本発明FCMD原因遺伝子の発現レベルとその異常を把握することができ、これはFCMDの診断等において利用でき有用である。
更にまた、本発明によれば,FCMDの発症にはFCMD原因遺伝子の変異に基づくFCMD原因蛋白質の発現異常が関連していることが明らかとされており、従って、FCMD原因蛋白質の機能不全を招く変異を有している変異FCMD原因遺伝子の存在の検出(FCMD原因遺伝子の遺伝子異常の検出)によれば、FCMDの所望の診断を可能とする。
しかして、本発明は、かかる診断に有用なFCMD原因遺伝子の遺伝子異常の検出方法、更には、当該変異FCMD原因遺伝子をも提供するものである。
ここで「変異」は、FCMD原因遺伝子の当該変異によりFCMD原因蛋白質の機能不全、即ち、同蛋白質の機能の消失乃至は低下及び/又は同蛋白質の発現の消失乃至は低下、を招くものであれば、その位置及び程度等には制限されず、例えば、当該変異は、翻訳領域に又は非翻訳領域のいずれにも位置することができ、これは、1若しくは複数(又は数個)のヌクレオチドの欠失、置換及び/又は付加(挿入)を包含することができる。
このような変異FCMD原因遺伝子のより具体的なものとしては、本発明者によりFCMD原因蛋白質の機能不全を招くことが確認されているDNA、即ち、配列番号3に示される塩基配列において、(i)塩基番号250位のシトシンからチミンへの置換、(ii)塩基番号298−299位の欠失、(iii)塩基番号5889位と5890位の間への1若しくは複数(又は数個)のヌクレオチドの挿入、のいずれか少なくとも一種の変異を有しているDNAが例示できる。
尚、(iii)の挿入変異において、塩基番号5889位と5890位の間に挿入される塩基配列及びその長さは、特に制限されないが、例えば(TCTCCC)41;49bpの配列(5'-GGGAGGGAGGTGGGGGGGTCAGCCCCCCGCCTGGCCAGCCGCCCCATCC−3’)の27コピー(タンデム繰り返し);SINE(short interspersed sequence)型ヒトレトロポゾン配列;ポリA付加シグナル(AATAAA);及びポリ(A)からなる、約3kbの塩基配列を挙げることができる。
被験者の遺伝子におけるかかる変異の検出、好ましくは、上記(i)〜(iii)の変異の少なくともひとつの変異の検出は、当該被験者のFCMD原因遺伝子の遺伝子異常を意味し、これはFCMDの診断に極めて有用である。かかる診断は、被験者が正常FCMD原因遺伝子と変異FCMD原因遺伝子の両者を有する(ヘテロ接合体)か、変異遺伝子のみを有する(変異FCMD原因遺伝子のホモ接合体)か、或は正常FCMD原因遺伝子のみを有するかの判定を包含する。
FCMD原因遺伝子における当該遺伝子異常の検出は、その手法や手段等に何ら限定はなく、公知もしくは将来得られ得る各種の方法を広く採用することができる。 例えば、かかる検出方法としては、サザンハイブリダイゼーション法やドットハイブリダイゼーション法(いずれも Southern,E.M., J. Mol. Biol., 98: 503-517 (1975)等参照)、ジデオキシ塩基配列決定法、またはDNAの増幅手法を組み合わせた各種の検出法,例えばPCR−RFLP(Restriction fragment length polymorphism:PCR−制限酵素断片長多型分析法),PCR−単鎖高次構造多型分析法(Orita,M., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 86:2766-2770 (1989)等参照),PCR−SSO法(Specific sequence oligonucleotide:PCR−特異的配列オリゴヌクレオチド法),PCR−SSOとドットハイブリダイゼーション法を用いる対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチド法(allele specific oligomer:Saiki,R.K., et al., Nature, 324: 163-166 (1986)等参照)等の各手法の利用等を例示することができる。
例えば、上記した(i)〜(iii)の変異について、より具体的に検出方法を例示すれば、これは、当該変異領域を含むDNA断片を調製する工程及び該DNA断片の塩基配列を解析する工程を含むことからなる方法として例示される。
被験DNAからの変異領域を含むDNA断片の調製は、前記したPCR法又はその変法等に従う増幅により或はゲノムDNAの制限酵素消化等の常法に従い実施できる。
DNA断片の増幅に採用されるプライマーは、前記したとおりであり、少なくとも上記の変異位置を含む領域を有する一定塩基長のDNA断片を合成できるように設定される。好適には、検出標的となる変異位置の上流域の配列をセンスプライマーとし、変異位置の下流域の配列をアンチセンスプライマーとして設計することが望ましい。
また、ここで合成されるDNA断片の領域(塩基長)は、特に限定されないが、引き続く当該DNA断片の塩基配列の解析工程の利便を考慮して設定するのが望ましく、例えば当該解析にRFLP法を採用する場合には、制限酵素による切断が確認できるように塩基長の差を与えるように設定するのがよい。尚、ここでいうDNAの合成とは、特定のDNA(センス鎖、アンチセンス鎖)を鋳型として、その配列に相補的な配列を有するDNAを伸長及び増幅することを広く含む概念である。
かくして調製されたDNA断片の塩基配列の解析もまた、シークエンシングによる配列決定を含めて上記した各種の方法に従い実施できる。好ましくは、上記(i)及び(ii)の変異は、RFLP法や対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチド法等の、通常、点変異の検出に利用される方法を、また(iii)の変異については、当該挿入配列に特異的なプローブを利用する方法を好適に例示することができる。
後述する実施例では、上記(i)の点変異(C→T250)にかかる変異の検出は、PCR−RFLP法に従い実施されている。当該変異位置はFCMD原因遺伝子のエクソン3に位置しており、この位置を含む領域の増幅の為に、エクソン3増幅用のプライマー「ex3F」及び「ex3R」が採用されている。かかるプライマー設定によれば、142bpの増幅されたDNA断片として上記所望領域が提供される。(i)の点変異(C→T250)は、塩基番号247〜250位に制限酵素AluIの特異的切断サイト(AGCT)を生じさせている。従って、当該変異を含む上記DNA断片(142bp)は、これを制限酵素AluI消化に付すことにより、113bp、25bp及び4bpの3つのフラグメントを与え、一方、当該変異を有しないDNA断片ではこの切断様式を示さないことより容易にその検出を可能としている。尚、生成したフラグメント乃至DNA断片は、常法に従い特定バンドとして確認することができる。
尚、RFLP法は、変異によって生じた或は消失した制限酵素サイトを利用することにより実施できるが、本発明にかかる変異だけによっては制限酵素の認識部位になり得ない場合には、例えば、プライマーにミスマッチを入れることにより所望の制限酵素サイトを人為的に導入することもできる。
上記(ii)にかかる(del:298-299)変異の検出においては、同様に当該変異位置を含むエクソン4の1部領域を増幅する為のプライマー(「ex4F」及び「ex4R1」が使用され、増幅されたDNA断片は、これを直接塩基配列決定(シークエンシング)することにより当該変異を検出している。
また、上記(iii)にかかる挿入変異の検出においては、当該変異位置を含む断片を与える適当な制限酵素、例えばPvuII等で消化したゲノムDNAを用い、当該領域を検出し得るプローブによるサザンハイブリダイゼーションによって当該変異を検出している。プローブとしては、例えばコスミドクローンcE6のインサート全体のように、当該領域を検出できるものであればいずれも利用できるが、好ましくは、当該変異にかかる約3kbの挿入配列を検出するもの、例えば該cE6の1.4kbEcoRI断片等を例示することができる。上記PvuII消化による場合には、該当するDNA断片は、当該変異を有する時には約8kbのバンドを与えることにより確認することができる(この約3kbの挿入変異がない時は約5kb)。
尚、これら検出方法は、本発明にかかる遺伝子異常の検出の代表的態様を例示するにすぎず、これらに制限されるものではない。本発明により提供されたFCMD原因遺伝子の配列情報に基づけば、検出を所望する遺伝子変異に応じて、これらの検出方法及び前記した各種の手法等を適宜採用し、若しくはそれら方法を適宜修飾して採用することは当業者であれば容易にできる。
また、これらの変異検出方法において採用され得る各種の操作、例えば、DNA又はDNA断片の合成、DNAの切断、削除、付加または結合を目的とする酵素処理、DNAの単離、精製、複製、選択、DNA断片の増幅などはいずれも常法に従うことができ(分子遺伝学実験法、共立出版(株)1983年発行;PCRテクノロジー、宝酒造(株)1990年発行等参照)、また必要に応じて適宜修飾して用いることができる。
更に、本発明の遺伝子異常の検出法において、測定対象である遺伝子乃至DNAは特に制限されることなく、例えば、ヒトに由来するFCMD原因遺伝子を含む血液、筋生検、各種の剖検組織、絨毛、羊水、生体材料組織、各種の細胞株等の生体試料から広く採取される。
尚、上記のようにしてFCMD原因遺伝子の異常を検出し、またかかる方法に基づいてFCMDの遺伝子診断を行うにあたっては、FCMD遺伝子の変異を検出する試薬を有効成分として含有する試薬キットを利用するのが好適である。
かかる試薬キットは、本発明にかかる変異を特異的に検出する為の試薬を有効成分として含有することにより特徴付けられ、当該有効成分は、採用する検出手段に応じて適宜に設定することができる。好ましくは、検出にかかる変異領域を含むDNA断片を調製する為の試薬、例えば、被験者の染色体遺伝子に由来するDNAを鋳型として当該DNA断片を合成できるように設計された本発明のプライマーや被験者の当該DNAを消化して所望のDNA断片を調製する為の制限酵素等、及び/又は、当該DNA断片の塩基配列を解析して変異の存在を確認する為の試薬、例えば、制限酵素類や本発明プローブ等、を必須成分として含有することを特徴とするものである。
更に、本発明の試薬キットには、検出に応じた一乃至数個の試薬を組み合わせることができ、かかる組み合わせ試薬としては、例えば、dATP、dCTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素、RNA合成酵素等の採用される検出方法に応じた適宜試薬を選択採用することができる。また、当該試薬キットには、測定の実施の便益の為に、適当な緩衝液、洗浄液等が含まれていてもよい。
以下、本発明の内容を実施例を用いて具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
実施例における材料及び実験手法を下記に示す。
1.FCMD患者のDNAサンプル
先の報告(Toda,T., et al., Nat. Genet., 5, 283-286 (1993);Toda,T., et al., Am. J. Hum. Genet., 55, 946-950 (1994);Toda,T., et al., Am. J. Hum. Genet., 59, 1313-1320 (1996))の63のFCMD家系に、更に23の家系を加えた合計86のFCMD家系のDNAサンプルを分析の対象とし、FCMDを発症している115人を含む304人のDNAを調べた。FCMDは標準の診断基準に基づいて診断した(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 3, 1-30 (1981))。
2.サザン分析
膜は、200μg/ml超音波処理ヒト胎盤DNAを含む10%SDS及び7%PEG中で、65℃で終夜プレハイブリダイズした。コスミドを制限酵素NotIで消化し、挿入DNAを分離した。プローブDNAは、市販キット(Megaprime labeling kit、Amersham社)によりα32P-dATPで放射標識し、同じ溶液中で65℃で1時間プレハイブリダイズし、次いで膜とハイブリダイズさせた(Tokino,T., et al., Am. J. Hum. Genet., 48, 258-268 (1991))。洗浄条件は、0.1×SSC、0.1% SDSを用いて63-65℃で行った。
3.シークエンス分析
シークエンシングは、市販キット(PRISM ReadyReaction DyeDeoxy Terminator Cycle-sequencing Kit及びAmpliTaq-FS、Perkin-Elmer社)を用いて実施し、ABIモデル377シークエンサー(Perkin-Elmer社)にて解析した。
また、α35S−dATPを用いたデオキシ鎖ターミネーション法でマニュアル的にも行った。この場合、シークエンシング反応物は、6%ポリアクリルアミド変性ゲルで電気泳動してX線フィルムに感光させた。
4.ノーザン分析
各種ヒト組織に由来するRNAブロット(Multiple-tissue Northern blot、Clontech社)はクロンテック社より購入し、同社マニュアルに従い分析を行った。
患者及び正常者のリンパ芽球からの全RNAは、酸フェノール抽出(Trizolm、Gibco-BRL社)により分離した。ポリ(A)+RNA(Poly(A)+RNA)は、オリゴdTクロマトグラフィー(Oligo-dT Latex、宝酒造社)により、標準方法に従って全RNAから分離した。ポリ(A)+RNA(2μg)をホルムアミド−アガロースゲルで電気泳動し、膜(Hybond N+ membrane、Amersham社)に転写した。膜は、0.1×SSC、0.1%SDSを用いて50℃で洗浄した。
5.PCR
PCRは、市販ポリメラーゼ(AmpliTaq polymerase、Perkin-Elmer社)を用いて行った。
創始者挿入変異のロングPCRアッセイは、染色体DNA500ng、各プライマー10pmol、1×LA PCR緩衝液II(宝酒造社)、各dNTP0.4mM(dGTPについては、dGTP:deazaGTP=1:1)、MgCl2の2.5mM及び2.5ユニットのポリメラーゼ(EX Taq polymerase、宝酒造社)を含有する50μl反応液中で実施した。
サンプルは下記の条件下でDNAサーモサイクラー(GeneAmp 9600、Perkin-Elmer社)中でインキュベーションした:
94℃ 1分間
98℃で10秒間及び68℃で20分間の10サイクル
98℃で10秒間、68℃で20分間及びサイクルごとに20秒ずつ延長の20サイクル
6.SSCP分析
鋳型DNAの増幅は、エクソン3用のイントロンプライマーex3F及びex3R、及びエクソン4用のイントロンプライマーex4F及びエクソンプライマーex4R1を用いて行った。
ex3F:5'-GTTGCATGCTGGACTTTGAA-3'
ex3R:5'-CATAAAGCACTTGGTAAAGGGC-3'
ex4F:5'-GACTGTTGTGTTGGCTTACTGG-3'
ex4R1:5'-GATACTGCAGTGCAAATGCAG-3'
SSCP分析は、5容量%のグリセロールを含むか又は含まない10%ポリアクリルアミドゲルを用いて、坂内等の方法(Bannai,M., et al., Eur. J. Immunogenet., 21, 1-9 (1994))に準じて行った。各サンプル(〜1/8μl)は、装置(ResolMax、Atto社)中で〜60mAh、10℃又は20℃下で電気泳動にかけ、一本鎖DNA断片を分離した。検出は銀染色法により行ない、バンドシフトを示すPCR生成物を、上記3の方法でシークエンシングした。
実施例1 FCMD原因遺伝子の同定と解析
(1)FCMD患者のDNAに大きな欠失、挿入等のゲノム再構成がないか調べる為に、マーカー遺伝子座D9S2105及びD9S2107を有するコスミドコンティグ(Miyake,M., Genomics, 40, 284-293 (1997))の各コスミドクローン(図1)をプローブに用いて、FCMD患者のゲノムDNAをサザン分析によりスクリーニングした。
プローブとして、D9S2170を含むコスミドクローンcE6のインサートを全体としてそのまま用いた場合、PvuIIで消化したFCMD DNAは、正常な5kbバンドが見られずに新たに8kbのバンドを有していることが認められた(図2、左欄)。また、同じDNAを、PvuIIの代わりにPstI又はBglIIで消化すると、一つの正常なバンドが消失し、該消失バンドよりも大きい新しいバンドが出現した(図2)。これらのことから、FCMD患者の殆どのゲノムDNAには3kb断片の挿入配列があることが示唆された。
cE6のインサートの中の細断片であるE6f3をプローブとして用いると、殆どの患者は異常な8kbバンドをホモ接合的に示し、残りの患者は正常な5kbバンドと異常な8kbバンドの両方を示した(図3)。尚、図中Nは正常者コントロールを、FはFCMD患者から得られた結果を示す。。更に詳細な分析により、FCMD患者の殆どにおいて、cE6の1.4kbEcoRI断片中に、3kb配列の挿入が確認された(図1参照)。
互いに血縁関係のない正常者88名において、わずか1名だけがこの挿入配列をヘテロ接合的に有していた。この1/88という割合は、日本人のFCMD保因者の割合として報告されている値とよく一致している(Fukuyama,Y., et al., Brain Dev., 6, 373-390 (1984))。
更に、この挿入対立遺伝子は、日本人FCMD染色体の80%以上が有するD9S2105−D9S2170−D9S2171−D9S2107に対するFCMD 創始者ハプロタイプ138−192−147−183と一緒に分離(segregate)することが分かった。
これらの結果は、FCMD患者に特異的なゲノムDNAへの3kb断片の挿入は、FCMD表現型に直接関連していることを示唆し、また、それが多型であったとしても、FCMD原因遺伝子に非常に隣接して存在していることを示唆する。
(2)プローブとして、上記3kbの挿入配列を検出し得るcE6の1.4kbEcoRI断片を用い、ヒト成人脳(尾状核)cDNAライブラリー(1.4×106クローン)をスクリーニングして、ポリ(A)を有する2.1kb及び3.2kbのcDNAを取得した。尚、該ヒト成人脳cDNAライブラリーは、福岡大学の三角博士から戴いたものを使用した。
このcDNAの5’末端の挿入配列を用いて他のcDNAライブラリーをスクリーニングし、また、これと並行してRACE(rapid amplification of cDNAends)実験を行うことにより、更に13のクローン(うち、7つは胎児脳cDNAライブラリー(Clontech社)に由来し、残りはRACE用調製済心臓cDNAに由来する)を得た。
尚、RACE実験は、cDNA増幅キット(Marathon cDNA Amplification:Clontech社)及び成人心臓に由来する調製済cDNA(Marathon Ready cDNA:Clontech社)を用いて行った。
得られた総計15のcDNAクローンのシークエンシングにより、連続するcDNAの全長塩基配列が決定された(図4〜図5)。該cDNAは7349bpにわたり、40塩基のポリ(A)テイルを有している。オープンリーディングフレーム(1383bp)は、塩基番号112−114位に位置する開始ATGコドンで始まり、塩基番号1495−1497位に位置する終止コドンTGAで終わっている。また、ストップコドンが開始部位の上流42ヌクレオチドにインフレームで存在し、共通のポリ(A)付加部位が塩基番号4101位、4337位、6266位及び7327に位置している。ヒト成人脳cDNAライブラリーから得られた上記オリジナルの2つのcDNAクローンは、この後者の2つの部位(塩基番号6266位、7327位)でのポリ(A)付加によって得られたものであり、ノーザンブロットでの2つのバンドに相当すると思われる(図6及び図7)。
翻訳領域を含むcDNAクローン(II−5)をプローブとするノーザンブロッティングにより、比較的多種のヒト組織から調製したポリ(A)mRNAにおいて、6.5kb及び7.5kbの転写物の存在が明らかになった。有意なシグナルが、心臓、脳、胎盤、骨格筋及び膵臓から得られたが、肺、肝臓及び腎臓からは得られなかった(図6)。更に当該転写物は培養リンパ芽球中にも検出された(図7)。
かくして得られたcDNA(FCMD原因遺伝子)の予想される蛋白産物は、461アミノ酸からなり、分子量が約53.6kDa及び等電点が8.29であると推定される。また、主な疎水性アミノ酸残基(Lys、Val、Ile、Phe及びMet)は総アミノ酸の30.8%を占めている。
(3)BLASTN及びFASTAシークエンス・アライメント・アルゴリズムを使用したGenBank及びdbESTデータベースの検索により、FCMD原因遺伝子は、公知の機能を有する遺伝子とは殆ど類似していなかった。しかしながら、7つの異なるcDNAライブラリー(胎児心臓,脳,神経上皮系細胞株,胎芽,上皮小体腫,メラノサイト及び線維芽細胞)に由来するcDNA末端登録配列(EST:expressed sequence tag)11個(R57783,N41001,45012,AA082552,AA328556,W44740,W60550,W37098,N35398,AA235981及びN94327)と同一性を示し、R57783は塩基番号95−318領域と一致し、他の10個のESTは、FCMD cDNAの3’末端配列に相当した。
推定蛋白配列を、BLASTP及びFASTAを使用してSwissProt及びPIRデータベースと、またTBLASTNを使用してGenBank、EMBL、DDBJ及びPDBデータベースの予想翻訳産物と比較した結果、いずれの場合も、既知蛋白質への著しい類似性は認められなかった。尚、線虫(C.elegans)コスミドW02B3及びT07A5(GenBank登録番号:U22833及びZ48055)の予想翻訳産物とは弱い類似性を示した。
FCMD蛋白の蛋白モチーフをProSiteデータベース(Bairoch,A., et al., Nucl. Acids Res., 25, 217-221 (1997))を用いて検索したところ、1つのN−グリコシレーション部位、4つのプロテインキナーゼCリン酸化部位、1つのチロシンキナーゼリン酸化部位、及び5つのN−ミリストリレーション部位を有することが明らかになった(図4〜図5)。ハイドロパシー計算(hydropathy calculation:Kyte,J., et al., J. Mol. Biol., 157, 105-132 (1982))により、16個の疎水領域があると予測された。PSORTプログラム(Nakai,K., et al., Genomics, 14, 897-911 (1992))を用いて蛋白質の所在部位を推定したところ、FCMD蛋白は、コドン21に切断部位を有するN−末端シグナル配列を有するが、トランスメンブラン領域をもっていないことが分かった。
しかしながら、他のプログラム、SAPS(Brendel,V., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 2002-2006 (1992))、SOSUI(Hirokawa,T., et al., http://www.tuat.ac.jp/-mitaku/adv_sosui/.)及びTMpred(Hofmann,K., et al., Biol. Chem. Hoppe. Seyler, 374, 166 (1993))、によれば、順次、1つ(アミノ酸8−23)、1つ(アミノ酸6−27)及び2つ(アミノ酸8−28及び288−306)のトランスメンブランセグメントの存在が予測された。アミノ酸6又は8から始まる“トランスメンブラン”セグメントをシグナル配列として解釈すれば、FCMD蛋白は、シグナル配列と0若しくは1つのトランスメンブランドメインを有することとなる。
実施例2 FCMD原因遺伝子の突然変異−1(3kb断片の挿入)
(1)FCMDのcDNAとゲノム配列との比較により、FCMD原因遺伝子の3’側の非翻訳領域に約3kbの塩基配列挿入があることを確認した(図1、図4〜図5)。
互いに血縁関係にないFCMD患者の染色体DNA(144本)を制限酵素消化してサザンブロッティング分析し、又はロングPCR法を行うことにより、FCMD染色体に高い確率(125/144)でこの挿入配列があることが分かった。一方、正常者においては、176本中の1本の染色体だけにこの挿入配列が観察された。
図8は、138−192−147−183創始者ハプロタイプと一緒の分離を示す2世代のFCMD家系におけるこの挿入対立遺伝子のメンデル遺伝を示すものである。
(2)この挿入配列がFCMD原因遺伝子の転写物に与える影響を調べるために、患者の培養リンパ芽球から単離したポリ(A)mRNAのノーザンブロッティング分析を行った。
図7に示す結果から分かるように、該挿入配列をホモ接合的に有するFCMD患者では、FCMD原因遺伝子の転写物は殆ど検出できなかった。また挿入配列と他のハプロタイプをヘテロ接合的に有する一部のFCMD患者では、その転写物の量は著しく少なかった。この結果は、FCMD原因遺伝子における当該挿入又は他の種類の変異が、FCMD原因遺伝子の転写レベルの減少及び/又はmRNAの安定性の低下を引き起こし、FCMD原因蛋白質の機能消失に至ることを示唆する。
(3)挿入DNA(3kb)を特定するために、該挿入配列をホモ接合的に有するFCMD患者から構築したゲノムライブラリーより、該挿入配列を含むクローンを回収した。
シークエンシング分析により、該挿入DNA断片は3062bp長であり、(TCTCCC)41;49bpの配列(5'-GGGAGGGAGGTGGGGGGGTCAGCCCCCCGCCTGGCCAGCCGCCCCATCC−3’)の27コピー(タンデム繰り返し);SINE(short interspersed sequence)型ヒトレトロポゾン配列;ポリA付加シグナル(AATAAA);及びポリ(A)からなることが明らかになった。また、両末端にAAGAAAAAAAAAATTGTの直列の繰り返しからなる「標的部位重複」があることから、この3kb断片の挿入はレトロトランスポゾンのメカニズムによって生じるものであることが示唆された。
ホモロジー検索により、挿入配列中のタンデム繰り返し配列は、補体成分C2をコードするヒト遺伝子(Z11739)、ハンチントン病(Huntington's disease)遺伝子近くのゲノム領域(Z69654)及び他の部位に見られる繰り返し配列とほぼ一致した。
実施例3.FCMD原因遺伝子の突然変異−2(C→T250)
実施例2において、挿入染色体をヘテロ接合的に有する患者も、その転写物の量が著しく低いことを示したが(図7)、このような3kb挿入配列を有しないFCMD染色体における不活化機序を調べるために、4患者について、1本鎖構造多形性(SSCP:single-stranded conformation polymorphism)分析法によって全コード領域にわたって、エクソン及びエキソン−イントロン境界領域の配列をスクリーニングした。
その結果、父方に由来する創始者挿入配列及び母方に由来するD9S2105−D9S2170−D9S2171−D9S2107に対する130−201−157−183ハプロタイプを有する患者HM(図7のレーン3及び図9の左パネル)の遺伝子のエクソン3に相当するPCR産物は、移動度がシフトしていることが分かった。このPCR産物をシークエンス分析したところ、母方の対立遺伝子である塩基番号250位のシトシン(C)がチミン(T)に置換しており、これにより翻訳終結を生じていることが分かった(CGAからTGA、R47X:図10、左パネル)。
この塩基置換により制限酵素AluIの認識部位が新たに生じるので(AGCCからAGCT)、これを利用して患者HMの他の家族についてPCR−RFLP分析を行い、この点突然変異が、疾患と共に、またマイクロサテライトハプロタイプと共に分離することを確認した。更に、同じハプロタイプを有する他の5家系(YS,RM,AG,AT及びAY)においても、同一のナンセンス突然変異を有することを確認した(図11、左パネル)。
実施例4.FCMD原因遺伝子の突然変異−3(del:298-299)
実施例3と同様にして、患者TIに、FCMD原因遺伝子の塩基番号298−299位(コドン63)の2bp欠失を見出し、これによりフレームシフトがおきコドン75での不完全な終結が生じていることを確認した(図9及び10、右パネル)。
この患者の日本人の母親は挿入染色体を有しており、米国人の父親(英人と独人の混血)はそれを有していなかった。2bp欠失は父方から受け継いた染色体中に存在していた(図11、右パネル)。
実施例5 考察
本発明により、FCMDの発症に関与する新規遺伝子、FCMD原因遺伝子が提供された。
FCMD81家系のハプロタイプ解析によれば、FCMD原因遺伝子の主要な変異は、D9S2105−D9S2170−D9S2171−D9S2107に対する138−192−147−183ハプロタイプを有する一先祖の染色体に生じていると考えられる。本発明により、当該変異が、FCMD原因遺伝子の機能消失を招く、3’非翻訳領域における3kbのレトロトランスポゾンの挿入であるとの重要な知見が提供された。
当該変異は、試験したFCMD患者染色体の87%に見出された。
ノーザンブロット分析により、FCMD原因遺伝子の正常転写物は、種々のヒト組織に広く発現していることが確認された。特に心臓、脳及び骨格筋に顕著に発現していることは、FCMD患者が、脳奇形に伴う先天性筋ジストロフィー症、そしてしばしば心筋の線維化を一緒に呈する(Miura,K., et al., Acta. Path. Jpn. 37, 1823-1835 (1987))ことを説明する理由となる。
該挿入DNAは、ヒトゲノムによく見られる49bp配列のタンデム繰返しを含んでおり、この繰返し配列は、SINE型レトロポゾンと連結している。この挿入配列は、ポリ(A)付加シグナルを有し、長く伸長したポリ(A)を含んでいることより、機能的配列は、レトロトランスポゾンの機序によりFCMD遺伝子に転写、組込まれたものと考えられる。17bpの「標的部位重複」の存在はこの考えを支持する(Lewin,B., In Genes, VI, B.Lewin, ed. (Oxford: Oxford University Press), pp.597-619 (1997))。疾病関連の体細胞又はデノボ生殖系列レトロトランスポーザル組込みの例は、ヒトにおいて幾つか知られている。それらには、血友病A(Kazazian,H.H., et al., Nature, 332, 164-166 (1988))及び大腸癌(Miki,Y., et al., Cancer Res., 52, 643-645 (1992))におけるL1配列や、血友病B(Vidaud,D., et al., Eur. J. Hum. Genet., 1, 30-36 (1993))、神経線維腫症1型(Wallace,M.R., et al., Nature, 353, 864-866 (1991))及び乳癌(Miki,Y., et al., Nat. Genet., 13, 245-247 (1996))におけるAlu配列が含まれる。FCMDは、レトロトランスポゾンの機序により挿入されたタンデム繰返し配列が遠い先祖から伝えられている最初のヒト疾患であると考える。
FCMD原因遺伝子におけるこの挿入(3kb)は、対応するmRNAの著しい減少を招き、その蛋白機能不全によりFCMD表現型に至るものと考えられる。該挿入がそのような現象を招く機序として、少なくとも次の3つの可能性が考えられる:
(1)挿入配列によって転写効率が抑制される;
(2)変異FCMD RNAは成熟した転写物にならない;
(3)挿入対立遺伝子から転写されたmRNAの安定性が変動する。
筋緊張性ジストロフィー症の発症には、ミオトニン-プロテインキナーゼ(myotonin-protein kinase)遺伝子の3’側の非翻訳領域における(CTG)反復配列の増大が関与していることが判明しており(Brook,J.D., et al., Cell, 68,799-808 (1992))、この反復配列の増大がポリ(A)+RNAの蓄積を妨げると説明されている(Wang,J., et al., Hum. Mol. Genet., 4, 599-606 (1995))。また、フリートライヒ失調症の発症には、フラタキシン(frataxin)をコードする遺伝子の最初のイントロン中での(GAA)反復配列の異常な増大(Campuzano,V., et al., Science, 271, 1423-1427 (1996))が関与しており、この増大配列に対してホモ接合的である患者は、転写伸長が阻害されることにより対応するmRNAが顕著に減少すると考えられている(Bidichandani,S.I., et al., Am. J. Hum. Genet., 59(suppl.), A246 (1996))。一方で、3’側の非翻訳領域は、mRNAの安定性に影響することが示されている(Sachs,A.B., Cell, 78, 625-633 (1993))。例えばIRE(iron-responsive element)−結合タンパクのトランスフェリンmRNAへの結合は、このタンパクを結合し得るステム−ループ構造を含むmRNAを安定化していることが報告されている(Klausner,R.D., Cell, 72, 19-28 (1993))。ゆえに、本発明におけるFCMD原因遺伝子の3’側非翻訳領域への3kb断片の挿入は、mRNAの2次構造を変化させて不安定にしている可能性も考えられる。
また、一部のFCMD患者において、上記挿入変異とは別個に、FCMD原因遺伝子産物の未熟な終結を生じる点変異(欠失、置換)を見出しており、当該患者のFCMD原因遺伝子の発現レベルは、正常者の10〜20%にまで低下していた。
このことは、本発明のFCMD原因遺伝子がFCMDの病因遺伝子に相当するという結論を強く支持するものである。
筋ジストロフィーの欠損遺伝子産物に関する既知の情報及び発症メカニズムとの比較から、本発明にかかるFCMD原因蛋白質の機能が考察できる。
デュシャンヌ筋ジストロフィー症(DMD)における欠損遺伝子産物、ジストロフィン(Dystrophin)は、筋細胞膜直下に存在する大きいロッド状の蛋白質であり、筋細胞膜の糖蛋白からなる巨大なオリゴマー複合体(ジストロフィン−糖タンパク複合体)の形成に関与する(Ervasti,J.M., et al., Cell, 66, 1121-1131 (1991))。最近の研究により、この複合体の各構成成分の欠損が、細胞外基質に存在するラミニンα2(メロシン)から筋細胞膜直下の細胞骨格中のアクチンへと連なる一連の連鎖に障害を及ぼし、これに基づいて、種々の筋ジストロフィー症〔DMD及びベッカー型筋ジストロフィー症(Ohlendieck,K., Neurology, 43, 795-800 (1993));α,β,γ及びδ−サルコグリカノパシー症(Roberds,s.l., et al., Cell, 78, 625-633 (1994)、Lim,L.E., et al., Nat. Genet., 11, 257-265 (1995)、Bonnemann,C.G., et al., Nat. Genet., 11, 266-273 (1995)、Noguchi,S., et al., Science, 270, 819-821 (1995)、Nigro,V., et al., Nat. Genet., 14, 195-198 (1996));メロシン欠損型先天性筋ジストロフィー症(Helbling- Leclerc,A., et al., Nat. Genet., 11, 216-218 (1995)〕が生じることが明らかにされている。
一方、FCMD患者の筋肉内では、ジストロフィン結合糖蛋白の1つであるβ−ジストログリカン(dystroglycan)(Matsumura,K., et al., Lancet, 341, 521-522 (1993))の免疫染色性の減少、及びα−ジストログリカンと結合する細胞外基質であるラミニンα2鎖の免疫染色性の減少が観察されている。これらの蛋白をコードする遺伝子は、染色体3p21(lbraghimov-Beskrovnaya,O., etal., Hum. Mol. Genet., 2, 1651-1657 (1993))及び染色体6q22-23(Tryggvason, K., Cell Biol., 5, 877-882 (1993))にそれぞれ存在しており、FCMD筋肉内でのそれらの発現異常は二次的な変化であると考えられる。しかしながら、電子顕微鏡により、FCMDの筋肉及び脳の基底膜の異常も観察されている(Nakano,I., et al., Acta. Neuropathol., 91, 3131-321 (1996);Ishii,H., et al., Neuromuscul. Disord., 7, 191-197 (1997);Yamamoto,T., et al., Ultrastruct. Pathol., 21, 355-350 (1997);Yamamoto,T., et al.,Brain Dev., 19, 35-42 (1997))。
これらの知見から、FCMD原因蛋白質中にシグナル配列と0若しくは1つのトランスメンブラン領域とが存在することは、FCMD原因蛋白質が、細胞外基質又は筋形質膜に存在しており、筋膜の外部及び内部を包囲する巨大な複合体と相互作用することを示唆している。推定される幾つかのリン酸化部位もまた、該FCMD原因蛋白質が1又はそれ以上のその他の蛋白質と結合してリン酸化を受けることを示唆している。
更に、FCMDは、脳の奇形(脳形成障害)、いわゆる小多脳回を伴うことが知られており、これは神経細胞の遊走の欠陥に起因するとされている(Takada,K., et al., J. Neuropathol. Exp. Neurol., 43, 395-407 (1984))。このため、本発明のFCMD原因蛋白質は、神経の発達、特に神経細胞の遊走に重要な役割を果たしているものと思われる。マウス変異株“reeler”は、神経発生における神経細胞遊走の欠陥の結果として、大脳層構造の異常を示す。その原因産物“reelin”は、FCMD原因蛋白質と同様に、細胞外基質蛋白に特徴付けられる幾つかの構造上の特性を有する分泌糖蛋白である(D'Arcangelo,G., et al., Nature, 374, 719-723 (1995);D'Arcangelo,G., et al., J. Neurosci., 17, 23-31 (1997))。
従って、本発明におけるFCMD原因遺伝子及びその遺伝子産物に関する情報は、神経系の発生や脳全体の発達を理解する上でも重要であり、またFCMDにおけるそれらの役割を解明することは、神経や脳に複雑な障害をもたらすFCMDの発症メカニズムを知る上でも極めて重要であると考えられる。
染色体9q31上のFCMD候補領域の概略図である。 連鎖不平衡マッピング法及び創始者ハプロタイプマッピング法の為に用いられたDNAマイクロサテライトの位置を示す。FCMD原因遺伝子は、D9S2170の動原体側ごく近くに位置していると推定された。 コスミドコンティグを構成する個々のコスミドは水平の線で、またEcoRI部位は短い垂直線で示した。図中、NはNotIを意味し、また、共通の変異である〜3kb挿入の位置も同時に示した(3-kb insertion)。FCMD cDNAのゲノム上での拡がりをマップの下に、転写の方向を示す矢印と共に示した。
図2〜図3はそれぞれFCMD患者におけるサザン分析(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。図2は、PvuII、PstI又はBglIIで消化したゲノムDNAにおける結果(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。レーン1〜3は、138−192−147−183創始者ハプロタイプのホモ接合体である患者;レーン4は、創始者ハプロタイプのヘテロ接合体である患者;レーン5は、正常者のコントロールである。プローブとして、コスミドクローンcE6のインサート全体を使用した。 正常者コントロールで見られたバンドは、FCMD患者で消失しており(矢印)、〜8kbにシフトしているのが観察された(PvuII)。同様に、PstI又はBglIIで消化したDNAについても、正常なバンドの一つが消失し、該消失バンドよりも大きい新規なバンドが出現した。
cE6のインサートの中の一部の断片プローブE6f3を用いたPvuII消化物のサザンハイブリダイゼーションの結果(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。Nは、正常者コントロールを、Fは、FCMD患者を示す。
図4〜図5は、FCMD cDNAのヌクレオチド配列及びその配列から推定されるアミノ酸配列を示す図である。図4は、FCMD cDNAのヌクレオチド配列(1〜2100位)及びその配列から推定されるアミノ酸配列を示す図である。推定される疎水性シグナル配列領域及びトランスメンブランドメイン領域は下線(実線)で、N−結合グリコシレーション部位は点線で、可能なN−ミリストリレーション部位は「*」で、プロテインキナーゼC及びチロシンキナーゼで潜在的にリン酸化され得るセリン/スレオニン及びチロシン残基は、それぞれ「%」及び「^」で示されている。また、本発明により明らかにされた突然変異にかかるヌクレオチド(250位、298−299位)を斜で囲んで示す。
図4に続く、FCMD cDNAのヌクレオチド配列(2101〜7381位)を示す図である。利用されたポリ(A)付加部位を「$」で、及び創始者挿入変異部位を矢印で示す。
図6〜図7はそれぞれFCMD原因遺伝子のノーザン分析(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。図6は、ヒト組織中でのFCMD mRNAの組織特異的な発現を示す図面に代わる写真である。表示された8種のヒト組織に由来するポリ(A)+RNA(2μg)を含むRNAブロット(Clontech)を、FCMD cDNAプローブ(クローンII−5、上段)及びβ−アクチンcDNAプローブ(下段)とハイブリダイズした結果を示す。
FCMD患者及び健常者コントロールのリンパ芽球に由来するポリ(A)+RNA(2μg)を含むRNAブロットを用いて、上記と同一プローブにてハイブリダイズした結果を示す図面に代わる写真である。 挿入配列をホモ接合的にまたはヘテロ接合的に有するFCMD患者においては、シグナルは殆どゼロかまたは異常に低かった。
138−192−147−183創始者ハプロタイプを示す二世代FCMD家系における挿入アレルのメンデル遺伝を示す(電気泳動像)、写真に代わる図面である。
図9〜図11はそれぞれFCMD患者の点突然変異の家系内分離を示す図である。図9は、FCMD患者(HM、TI)の点突然変異の家系内分離を示すサザン分析(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。サザン分析は、患者HM及びTIが、それぞれ父親及び母親から遺伝して有する創始者挿入アレルに対して、ヘテロ接合性であることを示した。患者TIは、米国人の父親及び日本人の母親の娘である。
FCMD患者の点突然変異の家系内分離に関し、蛍光配列分析の結果を示す図である。かかる分析により、患者の配列は、置換(C→T250)及び欠失(del:298-299)の突然変異を有していることが分かった。これらの変異はいずれも翻訳の不完全な停止を示す(R47X及びフレームシフト)。 センス鎖の配列が示されている。
AGCT配列部位でDNAを切断するエンドヌクレアーゼAluIを用いて、HM家系及び同じハプロタイプを有する他の5家系(YS、RM、AG、AT、及びAY)について変異を確認した結果(電気泳動像)を示す図面に代わる写真である。C→T250変異対立遺伝子は、正常対立遺伝子がAGCCであるのに対して、AGCT配列を有しているので、AluI消化によって区別することができる。この場合、正常PCR生成物のサイズは142bpとなり、変異対立遺伝子のAluI消化物は113bp、25bp及び4bp断片に分かれる(小さい断片は過剰のプライマーが存在している為検出できなかった)。 HM家系では、(挿入変異を持たない)変異対立遺伝子は母親に由来し、この変異はマイクロサテライトによるハプロタイプと共に遺伝していた。一方、SSCP分析により、患者TIにおける2bp欠失は西洋人の父親に由来することが示された(右側、矢印)。