JP4053921B2 - 希少糖によるラクトパーオキシダーゼの阻害と利用 - Google Patents

希少糖によるラクトパーオキシダーゼの阻害と利用 Download PDF

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Description

【0001】
【産業の属する技術分野】
本発明は、微生物生育に抑制的に働く酵素ラクトパーオキシダーゼの阻害剤に関するものであり、酵素阻害によって従来の微生物抑制を阻止する方法に関する。
本発明は、希少糖が酵素反応を阻害することを初めて純粋な酵素を用いて明らかにした発明であり、他の多くの酸化還元酵素へ希少糖が影響を与える可能性を予見させるものであり、希少糖の新しい用途開発の可能性を示唆する成果である。
【0002】
【従来の技術】
近年日本で起こっている食中毒はそのほとんどが「細菌性食中毒」であり、事件数では9割以上、また患者数にいたっては、ほぼ100%を占めている。食中毒菌には、O-157の病原性大腸菌をはじめ、サルモネラ菌や腸炎ビブリオ、ぶどう球菌、カンピロバクター、ウエルシュ菌、セレウス菌、ボツリヌス菌などがある。このうち、サルモネラ菌と腸炎ビブリオ、ぶどう球菌は、一般に事件数が多く“御三家”と呼ばれている(非特許文献1)。
我が国では1989年に突如としてSEによる食中毒事件が多発し、その発生件数(146事例)は例年の2倍に増加し、1992年には食中毒事件数の中で第1位を示すようになった(非特許文献2)。サルモネラ食中毒患者数の約80%以上がSEによるものであり、また1995年以後本菌による死者も毎年発生している(非特許文献3)。
一方、牛乳中には殺菌効果を発揮するラクトパーオキシダーゼ(LPO)が存在するが、現在の食中毒の原因菌として最も問題視されているサルモネラを用いてLPOの作用メカニズムを解明すること、食品中の汚染菌数を明確に測定することなど、多くの解決すべき課題が残されている現状である。
【0003】
【非特許文献1】
「ヘルスダイジェスト」3月10日号,p2,雪印乳業株式会社健康生活研究所(1999)
【非特許文献2】
「モダンメディア」41,p230〜244(1995)
【非特許文献3】
厚生労働省生活局乳肉衛生課:食品衛生調査会 乳肉水産食品部会資料,7月23日(1997)
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
従来ラクトパーオキシダーゼを阻害する物質は、重金属などの全ての酵素を失活させるなどによる阻害以外には報告が存在しない。すなわち、ラクトパーオキシダーゼを特異的に阻害する物質は全く報告されていなかった。
本発明は、ラクトパーオキシダーゼという酵素活性を自在に制御できる阻害剤を提供することを目的とする。また、本発明は、ラクトパーオキシダーゼによる微生物抑制を阻止する方法を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明は、牛乳中には殺菌効果を発揮するラクトパーオキシダーゼが存在するが、その殺菌効果にたいする希少糖の影響を調べていて、D-アロースを添加すると細菌の汚染抵抗活性が弱くなる現象を発見し、その原因がラクトパーオキシダーゼをD-アロースが特異的に阻害していることをつきとめ、本発明を完成させたものである。すなわち、本発明者らはグラム陰性菌として現在の食中毒の原因菌として最も問題視されているサルモネラ(Salmonella enteritidis)を用いてLPOの作用メカニズムを解明すること、食品中にLPOを加えたときにLPOの抗菌活性や酵素作用が食品中の成分すなわちタンパク質、糖質によってどのような影響を受けるのかを調べることを通して、LPOを食品保存に用いるために必要な条件を検討し、D-アロースを添加すると細菌の汚染抵抗活性が弱くなる現象を発見したものである。本発明は、D-アロースという希少糖である単糖が酵素反応を阻害するという全くこれまで発見されていなかった現象に基づくものである。酵素阻害剤としての各種の利用が考えられるものである。
【0006】
本発明は、希少糖、好ましくはD-アロースよりなるラクトパーオキシダーゼ阻害剤を要旨としている。
【0007】
また、本発明は、希少糖、好ましくはD-アロースよりなるラクトパーオキシダーゼ阻害剤を用いることを特徴とする、ラクトパーオキシダーゼによる微生物抑制が問題となっている系の微生物抑制を阻止する方法を要旨としている。
【0008】
【発明の実施の形態】
ラクトパーオキシダーゼについて説明する。
ラクトパーオキシダーゼ(LPO)は、分子量77,500の一本鎖ポリペプチドであり、鉄を1分子含む糖タンパク質である。LPOは、牛乳中に多く含まれる酵素であり、未殺菌牛乳に約30 mg/l含まれている。また、LPOは耐熱性が比較的高いが、80℃、2秒の加熱で失活する〔乳とその加工, p102, 103, 建帛社 (1987)〕。
LPOは、過酸化水素を分解して活性酸素を生成させる。この活性酸素が、SCN-をヒポチオシアン酸(OSCN-)に酸化する。OSCN-は不安定な物質ではあるが、大腸菌などグラム陰性菌の細胞壁を破壊し、菌体のスルフヒドリル酵素(SH酵素)を失活させて抗菌作用を示す。このような一連の抗菌作用は、ラクトパーオキシダーゼシステムといわれている。LPOシステムが最適に働くには、約8ppmの過酸化水素および約12ppmのチオシアン酸イオン(SCN-)が必要とされている。
過酸化水素は通常乳中には含まれないが、発酵乳では、乳酸菌が産生する。
SCN-は1〜10ppm程度乳中に存在する他、ヒトの唾液や、胃液には高濃度に含まれる〔日本食品工業学会誌 41, p526 (1994)、J.FoodProt., 47, 724 (1984)〕。一方、乳酸菌などのグラム陽性菌は、OSCN-をSCN-に変換する機構を持つので、一時的に増殖が抑えられるが死滅はしない。また、動物細胞は、OSCN-の影響を受けない。
【0009】
希少糖について説明する。
一般に物質は、その構造あるいは性質によって定義されるが希少糖はこの方法によらずに定義されている。希少糖は、その構造や性質によらず、自然界の存在量によって定義されるのである。すなわち、希少糖は自然界に少量しか存在しない単糖および糖アルコールと定義づけられている。自然界に多量に存在する単糖は、D-グルコース、D-フラクトース、D-ガラクトース、D-マンノース、D-リボース、D-キシロース、L-アラビノース等であるが、それ以外の多くの自然界に存在量が少ない単糖は全て希少糖である。また糖アルコールは単糖を還元してできるが、自然界にはD-ソルビトールおよびD-マンニトールが比較的多く存在するがそれ以外のものは量的には少ないので、これらも希少糖と定義されている。
炭素数が6の六炭糖については、単糖および糖アルコールの総数は34存在するが、その存在量から希少糖は、D-プシコース、D-タガトース、D-ソルボース、D-アロース等28種類が存在する。
【0010】
希少糖のうち、現在大量生産ができているD-アロースとD-プシコースという2つの希少糖について説明する。
D-アロース(D-アロヘキソース)は、アルドース(アルドヘキソース)に分類されるアロースのD体であり、融点が178℃の六炭糖(C6H12O6)である。このD-アロースの製法としては、D-アロン酸ラクトンをナトリウムアマルガムで還元する方法による製法や、また、シェイクワット・ホセイン・プイヤン等による「ジャーナル・オブ・ファンメンテーション・アンド・バイオエンジニアリング」第85巻、539ないし541頁(1993年)において記載されている、L-ラムノース・イソメラーゼを用いてD-プシコースから合成する製法がある。さらに近年では、特開2002-17392号公報に記載されている。D-プシコースを含有する溶液にD-キシロース・イソメラーゼを作用させて、D-プシコースからD-アロースを生成する製法が発明されている。
本発明で用いるD-アロースは、前記製法、或いはその他の製法のいずれによって得られたものでもよい。基質を含む溶液を原料にして酵素反応でD-アロースを含む溶液として得られるD-アロース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。
【0011】
プシコースは、単糖類の中で、ケトン基を持つ六炭糖の一つである。このプシコースには光学異性体としてD体とL体とが有ることが知られている。ここで、D-プシコースは既知物質であるが自然界に希にしか存在しないので、国際希少糖学会の定義によれば「希少糖」と定義されている。本発明で使用するD-プシコースは、ケトースに分類されるプシコースのD体であり六炭糖(C6H12O6)である。このようなD-プシコースは、自然界から抽出されたもの、化学的またはバイオ的な合成法により合成されたもの等を含めて、どのような手段により入手してもよい。比較的容易には、例えば、エピメラーゼを用いた手法(例えば、特開平6-125776号公報参照)により調製されたものでもよい。得られたD-プシコース液は、必要により、例えば、除蛋白、脱色、脱塩などの方法で精製され、濃縮してシラップ状のD-プシコース製品を採取することができ、更に、カラムクロマトグラフィーで分画、精製することにより99%以上の高純度の標品も容易に得ることができる。このようなD-プシコースは単糖としてそのまま利用できるほか、必要に応じて各種の誘導体として用いることも期待される。
【0012】
【作用】
本発明は、ラクトパーオキシダーゼという酵素活性を自在に制御できる阻害剤を得ることができたことである。このことにより、従来不可能であった酵素活性の制御が可能となった。
用途として考えられるものは、研究面におけるラクトパーオキシダーゼの役割を明確にするためにラクトパーオキシダーゼを特異的に阻害しておくことが非常に有効である。さらに実用的用途としては、ラクトパーオキシダーゼを阻害しておき、生菌数を測定することによって食品中の汚染菌数を明確に測定可能であることである。
すなわち、ラクトパーオキシダーゼが生菌数を測定する間に細菌数を変化させるため確実な菌数を測定できないが、D-アロースを添加して酵素活性を阻害し菌数減少をおさえることで正確に生菌数を測定できることが可能となる。
【0013】
【実施例】
本願発明の詳細を実施例で説明する。本願発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0014】
参考例1
ラクトパーオキシダーゼの精製
▲1▼ホエー(乳清)の調製
山田牧場(香川県三木町)から入手した生乳(未殺菌乳)を9000×gで30分間遠心分離し、浮上したクリームと沈殿を除き、脱脂乳を得た。pH6となるように脱脂乳1Lに対し、乳酸を2ml、2%レンネット(Sigma R-3376)10mlを加え、恒温槽で30℃、40分間静置しカード形成させ、カゼインとホエーを分離させた。ホエーの20倍量の10mM リン酸バッファーを用いてホエーを一晩透析した。透析後のホエーを気泡が生じなくなるまで脱気し、濾紙No.1を2枚重ねてブフナーロートにより濾過を行い不純物を取り除いた。
▲2▼SP-セファロースによるLPOの精製
10mM リン酸バッファー(pH6.8)で平衡化したSP-セファロースカラムにホエーを負荷した。0.1M NaClを含む10mM リン酸バッファーを300ml流した。その後、0.2M NaClを含む10mM リン酸バッファー500mlを流し、溶出液を試験管に5mlずつ分画した。以上の操作はすべて4℃で行った。
各フラクションの吸光度を280nmで測定し、溶出パターンを求めた。また、発色液(ABTS基質溶液KPL社:ABTS+過酸化水素)を用いてLPO活性を求めた。プレートリーダー専用のプレートを用いて測定を行った。1つのウェルに発色液を100μl加え、サンプルを10μl加えて反応をスタートさせた。30分間反応させて1%SDSを100μl加えることで反応をストップさせた。すばやくプレートリーダーにより412nmでの吸光度を測定した。その結果、活性の高かったフラクションのSDS-PAGEを行い、純度の確認を行った。
▲3▼SDS-PAGE
サンプルは遠心濃縮により、タンパク質濃度をそれぞれ0.1%と一定した。上層ゲル濃度4.5%、下層ゲル濃度12.5%のポリアクリルアミドゲルをもちいて、12mAで2時間電気泳動を行った。泳動後、クマシーブリリアントブルーにより30分間染色後、脱色した。
▲4▼ダイアフローによる濃縮
SDS-PAGEの結果よりLPO純度の高かったフラクションを集め、限外ろ過 (UK-10, 62mm, Advantec)を用いて濃縮を行った。圧力を1.5kgf/cm2と一定にして、氷中にて濃縮を行った。濃縮後のサンプル中のタンパク質濃度をローリー法で求めた後にクリーンベンチ内で孔径0.22μmのディスクフィルター(Millex-GV)で無菌ろ過し、滅菌チューブに小分けし、ディープフリーザー(-80℃)で使用するまで保存した。
【0015】
参考例2
精製LPOの抗菌活性
抗菌活性は、Salmonella enteritidis (IFO 3313,SE)を用いて行った。表1の斜面培地にSEを3代継代培養した後、滅菌した生理食塩水を4ml加え、懸濁した。懸濁液の吸光度を生理食塩水で1/36に希釈し、その吸光度を600nmで測定した。吸光度から次式(Y=1.2×10-9x+0.061)により菌数を概算し、加える菌数を106とした。 菌液106CFU、KSCN 10ppm、グルコースオキシダーゼ(GO)(和光純薬工業株式会社) 0.7U/ml、Glc 0.5%、LPOのユニット数を0.27U、0.54U、1.08U、2.16U、4.32Uとなるように加え、PBSで全液量を1mlにした。コントロールにはPBS (pH7.0)のみを加えた。各サンプルを30℃で2時間インキュベートした後、104CFU/m l(CFU:コロニー形成数すなわち生菌数)になるように滅菌水で希釈して表2のDHL寒天培地に100μlずつ塗沫し、37℃で24時間培養しコロニーを形成させた。肉眼で確認できるコロニー数を数え、各サンプルのCFUを求め、各サンプルのCFUから抗菌活性を求めた。尚、同じ実験を三回行い再現性の有無を確認した。同様の方法を用いて、LPOを4.32Uと一定にし、糖及びタンパク質をLPOに加えて、抗菌活性にどれぐらい影響するかを調べた。
抗菌活性は、以下の式を用いて求めた。
抗菌活性=Log(コントロールのCFU/各サンプルのCFU)
【0016】
【表1】
斜面培地
ポリペプトン 1.0g
酵母エキス 0.5g
グルコース 0.3g
NaCl 1.0g
硫酸マグネシウム 0.1g
寒天 1.5g
イオン交換水100mlに溶解した。
【0017】
【表2】
寒天平板培地
DHL寒天培地(日本製薬No.S102) 64g
イオン交換水1Lに溶解した。
【0018】
結果及び考察
生乳からのLPO精製
図1にSP-セファロースにおける分画を示した。280nmの吸光度はタンパク質の溶出パターンを、405nmの吸光度はLPOの活性をそれぞれ示している。タンパク質の溶出パターンの2つ目のピークとLPOの活性のピークが重なっていることから、この2つ目のピークがLPOのピークであると考えた。280nmにおける2つのピークをSDS-PAGEにかけたところ、図2に示したように1つ目のピークであるフラクションNo.7〜13には、LPO以外のタンパク質のバンドが多数みられたが、2つ目のピークであるフラクションNo.15〜23には、LPO以外のタンパク質のバンドも若干みられたものの、LPOの太いバンドがみられたため精製したLPOの純度が高いことが確認できた。この結果からフラクションNo.16〜50までをダイアフローを用いて濃縮することとした。濃縮後にローリー法を行った結果、タンパク質濃度は1.89 mg/ml、酵素活性は 204 U/mlであった。
【0019】
参考例3
LPO活性の測定
▲1▼LPOの酵素活性
LPOの酵素活性を過酸化水素と、発色剤としてABTSを用いて測定した。0.1M リン酸バッファー(pH7.0)をもちいてLPOを2〜3μg/mlに希釈しておき、1mM ABTS〔下記注)参照〕、0.55mM 過酸化水素を450μlずつ1ml容セルに入れた後に、希釈したLPOを100μl加えた。最終LPO濃度0.2〜0.3μg/ml とした。LPOを加えてから5秒間隔で4回、412nmにおける吸光度を測定した。
▲2▼LPOに種々の糖及びタンパク質を加えたときの酵素活性
LPO溶液に種々の濃度の糖及びタンパク質を加え、混合液の濃度をそれぞれLPO 2〜3μg /ml、糖及びタンパク質濃度を0.125%〜2%となるように0.1M リン酸バッファー(pH7.0)を用いて調製した。1mM ABTS〔下記注)参照〕、0.55mM過酸化水素を450μlずつ1ml容セルに入れた後に、調製したサンプルを100μl加えた。したがって、最終LPO濃度は0.2〜0.3μg/ml、糖及びタンパク質濃度は0.0125%〜0.2%となった。サンプルを加えてから5秒間隔で4回、412nmにおける吸光度を測定した。実験に用いた糖はケトヘキソースとしてD-プシコース(D-Psi)、D-フルクトース(D-Fru)、D-タガトース(D-Tag)、L-ソルボース(L-Sor)、アルドヘキソースとしてD-グルコース(D-Glc)、D-アロース(D-Alo)、D-マンノース(D-Man)、D-ガラクトース(D-Gal)を用いて行った。タンパク質はオボアルブミン(OVA)を用いて行った。
相対活性は糖及びタンパク質を加えた時の吸光度増加の傾き(LPO活性)をLPOのみの時の吸光度増加の傾き(LPO活性)で割って100を乗じた値で示した。
注)1mM ABTS:2,2-azinobis(3-ethylbenzothiazolin-6-sulfonic acid) 0.051gを0.1M acetic acid buffer (pH4.4) 100mlに溶解したもの
【0020】
結果及び考察
精製LPOの抗菌活性
精製LPOのユニット数を0.27Uから4.32Uまで段階的に変化させて抗菌活性を調べたところ、図3に示したようにLPOのユニット数が上昇するにつれ抗菌活性も上昇していった。また、LPOのユニット数が4.32ユニットを超えても抗菌活性の大きな変化がみられなかった。そのため抗菌活性の測定に用いるLPOの量は、4.32U/mlで十分であることが分かった。
【0021】
実施例1〜2,比較例1〜5
比較例1
食品中の成分によるLPOの抗菌作用の阻害
LPOに牛乳を加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、牛乳 3.2%、6.25%、12.5%、25%、50%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもの、牛乳を50%加えたもので行った。
結果を図4に示した。LPOに牛乳を加えることにより、抗菌活性が大きく低下した。また、加える牛乳の量が増えるにしたがい抗菌活性の低下は大きなものとなった。
牛乳中にはLPOやラクトフェリン(Lf)のような抗菌作用のあるタンパク質が含まれているものの、LPOは耐熱性が比較的高いが、80℃2秒の加熱で失活する。LPOに添加した牛乳は130℃で2秒間殺菌されているためLPOは失活していると考えられる。またLfの殺菌効果は、LfをpH2において120℃、15分間加熱した場合でも発揮されるものの、ウシ常乳中に含まれる量は低い(約0.2〜0.4mg/ml)ためLfの抗菌作用もみられない。そのため殺菌牛乳を添加することによる抗菌性の増加はないと考えられる。
牛乳中には、3.0%のタンパク質、3.8%の脂質、4.4%の糖質などが含まれている。そのため、これらの成分の存在により菌の増殖に有利な環境が形成され抗菌活性が低下したのだと考えられる。
【0022】
比較例2
LPOにウシ血清アルブミン(BSA)を加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、BSA(SIGMA社) 0.025%、0.05%、0.1%、0.2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたものとBSAを0.4%加えたものを用いた。 各サンプルの結果を図5に示した。LPOにBSAを加えなかったNormalと比べLPOにBSAを加えた場合、抗菌活性に大きな変化がみられなかった。このことからBSAはLPOの働きに対し大きな影響を持たないため牛乳中でLPOの抗菌活性を阻害していないと考えられる。
【0023】
比較例3
LPOにβラクトグロブリン(β-Lg)を加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、β-Lg(SIGMA社) 0.025%、0.05%、0.1%、0.2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもの、β-Lgを0.4%加えたもので行った。
結果を図6に示した。LPOにβ-Lgを加えなかったNormalに比べ、β-Lgを加えたものは一様に抗菌活性が低くなった。また、β-Lgの濃度が高くなるにつれ抗菌活性の低下が徐々に大きくなった。この結果を図4と比較してみると、LPOに牛乳を加えたときのほうが抗菌活性は大きく低下している。したがって、β-LgはLPOの抗菌活性を阻害するものの牛乳中で決定的に阻害しているわけではないと考えられる。
【0024】
比較例4
LPOにOVAを加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、OVA 0.2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもので行った。
LPOにOVAを加えると大きな抗菌活性の低下がみられた。OVAは卵中の主要タンパク質であり卵白中に54%含まれている。本発明者らの研究室は、LPOに卵白、卵黄を別々に加えたときの抗菌活性を調べた。そしてこのときもLPOに卵白を加えることによりLPOの抗菌活性に大きな低下がみられた。本比較例の実験では0.2%のOVAを加えて行った、これは実際の卵中に含まれるOVAの量よりは遙かに少ない量ではあるが、抗菌活性が大きく低下していることが確認できた(図7)。
【0025】
比較例5
LPOに乳糖(Lac)を加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、Lac 0.25%、0.5%、1%、2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもの、Lacを0.8%加えたもので行った。
結果を図8に示した。LPOにLacを加えることにより、抗菌活性はNormalと比べ一様に低下した。また、乳糖の濃度が高くなるにつれ抗菌活性の低下はより大きなものとなった。しかし、この抗菌活性の低下は図4に示した牛乳を加えたときにみられる抗菌活性の低下と比べると小さなものである。したがって、乳糖は牛乳中でLPOの抗菌活性を決定的に阻害している成分ではないと考えられる。
【0026】
実施例1
LPOにケトヘキソースを加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、ケトヘキソース 2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもので行った。結果を図9に示した。D-Fru0.2%の結果は、ケトヘキソースを加えなかったNormalと大して変わらなかったがD-Psi0.2%、D-Tag0.2%、D-Sor0.2%はNormalよりも低い結果となった。D-FruとD-Psiは互いにエピマーで近い構造をしているにもかかわらず抗菌活性の値が異なるのはD-Psiがもっている抗酸化作用によるものであると考えられる。D-Psiのもつ抗酸化作用によりLPOが過酸化水素を酸化する働きや活性酸素がOSCN-を酸化する働きが阻害されるためSEに作用するOSCN-が作られにくくなり抗菌活性が下がってしまったのだと考えられる。
【0027】
実施例2
D-Aloを加えたときの抗菌活性
菌数106CFU、LPO 4.23U/ml、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、D-Alo 0.5%、2%となるように加え、PBSで全液量を1mlとした。コントロールにはPBS(pH7.0)のみを加えたもので行った。
結果を図10に示した。LPOに2%D-Aloを加えたときの抗菌活性は0.3とD-Aloを加えなかったNormalと比べ大きく低下していた。これは、LPOにD-PsiやD-Tagを加えたときにみられる抗菌活性の低下よりも大きかった。
【0028】
実施例3〜7,比較例6〜7
糖及びタンパク質によるLPOの酵素活性の阻害
比較例6
乳糖を加えたときのLPO酵素活性
最終LPO濃度0.2〜0.3μg/ml、乳糖0.2%、0.5%とした時、LPO酵素活性にはほとんど変化は見られなかった。
【0029】
実施例3
ケトヘキソースを加えたときのLPO酵素活性
LPOに2%ケトヘキソースを加えたときの酵素活性を過酸化水素と、発色剤としてABTSを用いて測定した。サンプル1mlのLPOと糖混合液の濃度をそれぞれLPO 2〜3μg/ml、ケトヘキソース2%となるように0.1M リン酸バッファー(pH7.0)を用いて調整した。1mM ABTS、0.55mM 過酸化水素を450μlずつ1ml容セルに入れた後に、調整しておいたサンプルを100μl加えた。最終LPO濃度0.2〜0.3μg/ml、ケトヘキソース0.2%とした。ケトヘキソースとしてD-プシコース(D-Psi)、D-フルクトース(D-Fru)、D-タガトース(D-Tag)、L-ソルボース(L-Sor)を用いて行った。
【0030】
結果を図11に示した。D-Fru、L-Sorは相対活性が100%に近い値となったため、LPOの酵素活性を阻害していないのだと考えられる。D-Psi、D-TagはLPOの酵素活性を大きく阻害し、相対活性が20%近くまで下がった。特にD-Psiには抗酸化作用があることが知られている。D-FruとD-Psi、D-FruとD-Tagはたがいにエピマーで近い構造をしていて、3番目のキラル炭素の持つOH基の向きのみが異なる。そしてこの違いがLPOの酵素活性に与える影響に大きく影響すると考えられる。
【0031】
実施例4
ケトヘキソース濃度によるLPO酵素活性への影響
LPOに濃度を段階的に変化させたケトヘキソースを加えたときの酵素活性を調べた。ケトヘキソース 0.125%、0.25%、0.5%、1%、2%(最終ケトヘキソース 濃度0.0125%、0.025%、0.05%、0.1%、0.2%)となるようにLPOに加え、酵素活性を測定した。結果を図12に示した。D-Fru、L-SorをLPOに加えたときは、常に相対活性が100%に近い値を示し酵素活性の阻害はみられなかった。D-Psi、D-Tagを加えたときは、濃度が0.2%のときには、相対活性がD-Psiでは25%、D-Tagでは27%とLPOの酵素活性を強く阻害していたが糖の濃度を0.1%にして酵素活性を測定してみると両者とも80%近くまで相対活性が回復した。また0.05%以降では、LPOの相対活性は、D-FruやL-Sorとほぼ同じ値を示した。このことからD-Psi、D-TagはLPOの酵素活性を阻害するものの低濃度では、ほとんど影響がないことがわかる。
【0032】
実施例5
アルドヘキソースを加えたときのLPO酵素活性
LPOにケトヘキソースと同様に2%アルドヘキソースを加えたときの酵素活性を求めた。
結果を図13に示した。LPOにD-Glcを加えたときの相対活性は、LPOにアルドヘキソースを添加しなかったNoよりも高くなっていた。ただしGluはGOの基質でもあるのでこの結果が抗菌活性を行ったときに直接反映されるとは必ずしもいえない。
LPOに加えたアルドヘキソースは全体的にLPOの酵素活性に対する影響は比較的小さかったが、D-Aloだけが例外でLPOの酵素活性を非常に強く阻害していた。そのためLPOにD-Aloを加えたときの影響をさらに詳しく調べることとした。
【0033】
実施例6
D-AloによるLPO酵素活性阻害の反応時間による影響
結果を図14に示した。LPOに0.2%D-Aloを加えたサンプルの酵素活性は、加えなかったものよりも大きく低下し、回復しなかった。このことからD-Aloによる阻害は強く、長い時間持続するものと考えられる。
【0034】
実施例7
D-AloによるLPO酵素活性阻害の濃度による影響
LPOにD-Aloの濃度を変えて加えたときの酵素活性への影響を調べた結果を図15に示した。LPOにD-Aloを加えたときの阻害は、強く相対活性が50%に回復するのにはD-Aloの濃度を0.02%にまで下げなければならないほどであった。特にD-Alo0.2%のときの相対活性は0.056%と非常に低いものだった。
【0035】
比較例7
オボアルブミンを加えたときのLPO酵素活性
結果を図16に示した。OVAをLPOに加えても、OVA濃度が0.2%のときにLPOの相対活
性が60%を示したことからLPOの働きが大して阻害されなかったことがわかる。
【0036】
まとめ(実施例1〜7,比較例1〜7)
糖とタンパク質によるLPO抗菌活性と酵素活性への影響。
LPOに糖及びタンパク質を加えたときにオボアルブミンとD-アロースに顕著な抗菌活性の低下が見られた。LPOの抗菌活性はLPOが過酸化水素を分解して活性酸素を生成し、この活性酸素がチオシアン酸をヒポチオシアン酸(OSCN-)に変え、ヒポチオシアン酸が菌の細胞壁を攻撃することにより発現する。オボアルブミンとD-アロースがどの過程で働いているかを検討してみることにする。
LPOにD-Aloを加えると図13〜図15に示したとおり、LPOの酵素活性を強く阻害するこのことからLPOにD-Aloを加えたときにみられる抗菌活性の低下はLPOの酵素活性の低下と関係があると考えられる。D-Aloには、強い抗酸化作用があるのでLPOの働きにより生じた活性酸素が消去されてしまい、それ以降の反応が起こらずSEを攻撃するOSCN-が作られないためSEが生き残り、抗菌活性が低くなってしまったのだと考えられる。
D-AloにしろD-PsiにしろLPOの活性を大きく阻害する糖にはキラル炭素が持つOH基の向きがそろっているという特徴があることが今回の結果からあげられる。特に、D-Aloでは4つのOH基が同じ方向を向いていてその数は今回の実験で用いた糖の中では最も多い、そしてもっとも強くLPOの酵素活性及び抗菌活性を阻害している。
また、LPOにOVAを加えても酵素活性の阻害が比較的弱いのにもかかわらず、OVAが存在するときに抗菌活性が大きく阻害されるという結果(図7,図16)となった。これはOVAの存在によってLPO自体の働きが阻害されたり生じた活性酸素が消去されるのではなく、LPOの働きにより作られるOSCN-がOVA表面のアミノ酸側鎖により消去されてしまい、結果としてSEが生き残りやすくなるため抗菌活性が低下したのだと考えられる。
【0037】
【発明の効果】
食品中の汚染微生物の生菌数を正確に測定するシステムを構築することで、病原性微生物による食中毒を予防できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 SP-セファロースカラムによるLPO溶出パターン。
0.2M NaClを含む10mM リン酸バッファー(pH6.8)を用いてLPOを溶出させた。吸光度280nmはタンパク質量、405nmは酵素活性を示す。
【図2】 SP-セファロースで得られた各フラクションのSDS-PAGENo.7〜No.23:フラクションナンバー
【図3】 LPOのユニット数を変化させたときの抗菌活性
菌数106CFU、KSCN 10ppm、GO 0.7U/ml、Glc 0.5%、pH7.0と固定し、LPOのユニット数を0.27Uから2倍ずつ4.32Uまで変化させて、30℃で2時間インキュベートした。
【図4】 LPOに牛乳を加えたときの抗菌活性
C(milk): 50%希釈牛乳、Normal:LPOのみ、M3.2~M50:LPO+希釈牛乳
【図5】 LPOにBSAを加えたときの抗菌活性.
C(BSA):PBS+BSA0.4%、Normal:LPOのみ、B0.025%〜B0.4%:LPO+BSA
【図6】 LPOにβ-Lgを加えたときの抗菌活性
C(β-Lg):PBS+β-Lg0.4%、Normal:LPOのみ、G0.025%~G0.4%:LPO+β-Lg
【図7】 LPOにOVAを加えたときの抗菌活性
Normal:LPOのみ、OVA:LPO+OVA
【図8】 LPOに乳糖(Lac)を加えたときの抗菌活性
C(Lac):PBS+Lac0.8%、Normal:LPOのみ、L0.25%〜L2%:LPO+Lac
【図9】 LPOにケトヘキソースを加えたときの抗菌活性 Normal:LPOのみ、D-Fru~D-Sor:LPO+ケトヘキソース2%
【図10】 LPOにD-Aloを加えたときの抗菌活性
Normal:LPOのみ、D-Alo0.5%~2%:LPO+D-Alo
【図11】 LPOにケトヘキソースを加えたときの酵素活性
【図12】 LPOにケトヘキソースを加えたときの相対活性の変化
【図13】 LPOにアルドヘキソースを加えたときの相対活性
【図14】 LPOに0.2%D-Aloを加えたときの阻害の時間経過
【図15】 LPO酵素活性に及ぼすD-Alo濃度の影響
【図16】 LPOにOVAを加えたときの酵素活性

Claims (2)

  1. D- アロースよりなるラクトパーオキシダーゼの酵素活性を制御する阻害剤。
  2. D- アロースをラクトパーオキシダーゼの酵素活性の制御に使用することを特徴とする希少糖の使用方法。
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