JP3886881B2 - 防弾性に優れた高Mnオーステナイト鋼板 - Google Patents

防弾性に優れた高Mnオーステナイト鋼板 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、防弾性を必要とする建築物,構造物,車両,船舶などの構造部材に適した、弾丸の貫通を阻止する能力を向上させた高Mnオーステナイト鋼板に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
建築物,構造物,車両,船舶などにおいては、人員や機材を弾丸や爆発による破片の衝突などから守るために、「防弾性」が要求される場合がある。そのような用途では、弾丸の貫通を阻止する性能の高い鋼板(防弾性鋼板)が構造部材として使用される。
【0003】
下記特許文献1には、Mnを8〜18%含む高Mn鋼において、V,TiまたはZrを添加することで降伏点と靱性を高めた非磁性防弾用鋼板が開示されている。しかし、この鋼板では、部材の肉厚をかなり厚くしないと近年の高性能銃器等に十分対応できない。部材の厚肉化は重量増加を招き、車両や船舶への適用を困難にする。
【0004】
特許文献2には、前記公報に開示される高Mn鋼の降伏強度をさらに向上させるために、0.3〜1.0%のVを含有させた上で溶体化処理後に3〜10%の冷間圧延を施す技術が開示されている。これによると、時効処理後にV炭化物の析出による顕著な高強度化が達成されるという。この技術は肉厚の薄い刃物材を対象としたものである。しかし、仮にこの手法を防弾用鋼板の製造に応用したとしても、昨今の強力な銃器に対応できる防弾性を例えば7〜8mmといった肉厚で実現することは難しい。
【0005】
他方、高Mn鋼以外の鋼種において防弾性の改善を図った例として、特許文献3には、C量を0.3〜0.6%に高め、Moを1〜5%添加した鋼を十分に焼き入れることによって転位密度の高いマルテンサイト主体の組織とした耐高速衝撃貫通性に優れた高強度鋼板が開示されている。この鋼板は、高性能ライフルに対応できる防弾性を有するという。しかし、組織がマルテンサイト主体であるため加工が難しいという欠点がある。
【0006】
【特許文献1】
特公昭30−4860号公報
【特許文献2】
特開昭51−92718号公報(2頁右上欄3行−右下欄3行,2頁左上欄5行目)
【特許文献3】
特開平11−264050号公報(段落0005−0009)
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、従来の高Mn鋼では不十分であった「防弾性」を向上させ、昨今の高性能銃器に対応できる性能を付与した防弾性鋼板を提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
発明者らは上記目的を達成するために種々検討を行った結果、高Mn鋼において、防弾性を改善する余地がまだ十分に残っていることを知見した。すなわち、高Mn鋼板の組織状態を工夫することで防弾性が大幅に向上できるのである。従来、防弾性を向上させるには、鋼板の強度(降伏応力・硬度など)を増大させる手法が採られてきた。これは、高Mn鋼に限らず、前述の焼入れマルテンサイト鋼においても基本的に同様である。
【0009】
しかし、弾丸の貫通をくい止めるには、次の2つのメカニズムを複合して機能させることが極めて効果的であることが明らかになった。
▲1▼鋼板の強度を一層増大させて変形をできるだけ阻止することにより、衝突した弾丸の運動エネルギーを大幅に減少させる。
▲2▼変形が進行した際には、その変形によって、弾丸の残った運動エネルギーをほとんどすべて吸収させる。
つまり、鋼板の強度を増大させて変形を抑えることに加え、さらに、変形時における運動エネルギーの吸収作用を積極的に利用するのである。
【0010】
研究の結果、この▲1▼+▲2▼の複合メカニズムは、高Mn鋼板の金属組織をオーステナイト+マルテンサイトの複相組織とすることにより実現可能となった。
すなわち、▲1▼のメカニズムは予め鋼板中に一定量以上のマルテンサイト相を形成させておくことによって従来の高Mn鋼よりも大幅に高レベルで機能することが確認された。
▲2▼のメカニズムを十分に機能させるためには、変形時にマルテンサイト変態が誘起されること、および、弾丸衝突部周辺が大きく変形するように鋼板の延性・靱性を確保しておくことが非常に有効である。これは、鋼板中にオーステナイト相を十分存在させることによって可能となった。
本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0011】
すなわち、上記目的は、質量%で、C:0.7〜1.6%,Si:0.8%以下,Mn:8〜16%,Ni:0(無添加)〜1.5%好ましくは0.1〜1.5%,Cr:0(無添加)〜1.0%好ましくは0.1〜1.0%,Mo:0(無添加)〜2.0%好ましくは0.1〜2.0%であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、オーステナイト+10〜60体積%の加工誘起マルテンサイトからなる複相組織を有する防弾性に優れた高Mnオーステナイト鋼板によって達成される。
【0012】
その複相組織は、950〜1100℃に保持した後500℃以下の温度まで冷却速度10℃/sec以上で冷却した溶体化処理鋼板を冷間加工することによって得られるものであることが好ましい。また、本発明では、その冷間加工が、10超え〜40%の冷間圧延であるもの、さらに、板厚が3.5〜12mmであるものを提供する。
【0013】
【発明の実施の形態】
前述のように、本発明では、高Mn鋼板の金属組織をオーステナイト+マルテンサイトの複相組織とすることによって、鋼板の強度を向上させるとともに、弾丸衝突時に加工誘起マルテンサイト変態が生じ、かつ十分な延性・靱性を発揮する性質を付与する。そのためには、合金元素の含有量を以下のように規定した高Mn鋼を採用する必要がある。
【0014】
Cは、オーステナイトの安定化と強度の向上に有効である。0.7質量%未満ではオーステナイトが不安定となり、冷延後の強度も低くなる。1.6質量%を超えると高温で溶体化したのち急冷しても粒界炭化物が生成しやすく、靱性の低下を招く。防弾性を向上させるためには、C含有量を0.7〜1.6質量%に規定する必要がある。特に好ましいC含有量は0.8〜1.2質量%である。
【0015】
Siは、脱酸元素として溶解および精錬上必要である。ただし、0.8質量%を超えるとデルタフェライトの生成が促進され、強度が低下して防弾性の低下をきたす。Siは0.8質量%以下の範囲で添加する必要がある。好ましいSi含有量の下限は0.5質量%である
【0016】
Mnは、オーステナイト形成元素であり、オーステナイトの安定化に有効である。8質量%未満ではオーステナイトが不安定となり、粒界炭化物が生成しやすくなるため、靱性が低下し、防弾性は劣化する。16質量%を超えると熱間加工性が劣化し、鋼板の製造が困難になる。Mnは8〜16質量%の範囲で含有させることが重要である。特に好ましいMn含有量は11〜14質量%である。
【0017】
Niは、オーステナイトの安定化および靱性の向上に有効である。これらの効果を十分に得るには0.1質量%以上の添加が望ましい。ただし、多量の添加はコスト増を招く。Niを添加する場合は0.1〜1.5質量%の範囲で行うことが望ましい。
【0018】
Crは、オーステナイトの安定化および強度の向上に有効である。これらの効果を十分に得るには0.1質量%以上の添加が望ましい。ただし、1.0質量%を超えると延性が低下する。Crを添加する場合は0.1〜1.0質量%の範囲で行うことが望ましい。
【0019】
Moは、オーステナイトの安定化および強度の向上に有効である。これらの効果を十分に得るには0.1質量%以上の添加が望ましい。ただし、2.0質量%を超えると延性が低下するとともに、コスト増を招く。Moを添加する場合は0.1〜2.0質量%の範囲で行うことが望ましい。
【0020】
なお、本発明では、Ti,Nb,V等の特殊元素は特に必要としない。
以上のように成分元素の含有量が規定された高Mn鋼は、溶体化処理状態でオーステナイト単相組織となる。これに適度な冷間加工を施すと加工誘起マルテンサイトが生成し、金属組織をオーステナイト+マルテンサイトの複相組織とすることができる。
【0021】
種々検討の結果、加工誘起マルテンサイトの量は少なくとも10体積%を確保する必要がある。それ未満だと材料強度が不足し、弾丸の突入により容易に変形が起こるため、板厚をかなり厚くしない限り前記▲1▼のメカニズムにより弾丸の運動エネルギーを十分に減少させることが困難である。
【0022】
一方、加工誘起マルテンサイト量が60体積%を超えると、鋼板の延性・靱性が低下し、部材に加工する場合などに「板割れ」を生じやすくなる。また、部材が製造できたとしても、弾丸衝突部周辺に大きな変形をもたらすことができなくなるとともに、脆性破壊を招くようになる。さらに、残余のオーステナイト量が不足するため、弾丸衝突時の変形過程においてマルテンサイトを十分に誘起させることができなくなる。このため、やはり板厚をかなり厚くしない限り、前記▲2▼のメカニズムによって弾丸の運動エネルギーをゼロになるまで完全に吸収するとが困難となる。その場合、弾丸の貫通は防げない。
【0023】
したがって、本発明では鋼板中の組織状態を「オーステナイト+10〜60体積%の加工誘起マルテンサイトからなる複相組織」に規定する。
【0024】
このような組織状態を得るには、十分に溶体化処理された鋼材に対して、適度な冷間圧延,プレス加工,冷間鍛造などを施せばよい。例えば、最終板厚が3.5〜12mmの鋼板を製造する場合、熱延板を溶体化処理した後、10%を超え40%以下の冷間圧延を施す方法が採用できる。
【0025】
なお、従来から鋼板の組織をオーステナイト+マルテンサイトの複相組織とすることはあったが、いずれもMn含有量の低い鋼において強度・靱性バランスを向上させるため一手段であった。高Mn鋼において防弾性の観点からオーステナイト+マルテンサイトの複相組織とした例はない。
【0026】
加工誘起マルテンサイトを生成させる冷間加工の前には、鋼板を十分に溶体化処理しておくことが望ましい。例えば、熱延後の鋼板を950〜1100℃に保持して、炭化物をオーステナイト相中に完全に溶解させ、その後、上記保持温度から500℃までを冷却速度10℃/sec以上で冷却する溶体化処理を施すことが望ましい。500℃以上の温度域での冷却速度が遅いと、冷却中に炭化物が析出して靱性低下をきたすことがある。
【0027】
以上の処理により得られた複相組織鋼板は、板厚が同じならば従来の非磁性鋼板より大幅に優れた防弾性を発揮する。例えば、板厚2〜3mmの薄板でも口径の小さいピストルなどに対しては多くのケースで人命の保護に寄与しうる。したがって、要求される防弾性レベルと許容される鋼板重量との兼ね合いにより、適切な板厚のものを採用すればよい。3.5mm以上の板厚にすると、多くの銃器に対して有効な防弾性を呈する。ただし、板厚が12mmを超えると、昨今の強力なライフルに対してもオーバースペックとなり、重量増加を招くだけである。このため、一般的には3.5〜12mmの板厚とすることが望ましい。なお、高性能ライフルに対する防弾性を重視する用途では6mm以上の板厚を確保することが望ましい。特に、6〜9mmの範囲に板厚が調整された本発明の鋼板は、性能と重量のバランスに優れ、高性能ライフルを想定した場合には最も優れたコストパフォーマンスを有すると考えられる。
【0028】
【実施例】
表1に供試材の化学成分値を示す。こららの鋼を真空溶解炉にて溶製し、仕上温度:850〜900℃,巻取温度:550℃で熱間圧延して板厚7〜14mmの熱延板を得た。各熱延板について、1000℃で10分間保持した後、直ちに室温まで水冷する溶体化処理を施した。このとき、1000℃から500℃までの冷却速度は約50℃/secであった。表1のA1〜A5鋼は本発明で規定する化学組成を満たす鋼であり、いずれも溶体化処理後にオーステナイト単相組織を呈していた。一方、B1鋼はC含有量が少なく、B2鋼はMn含有量が少ないものであり、溶体化処理後のオーステナイト量が不十分であった。
溶体化処理後、50%以下の種々の冷延率で冷間圧延を行い、板厚7.0mmの試料を得た。なお、一部の試料については冷間圧延を施していない。
【0029】
【表1】
Figure 0003886881
【0030】
各試料について、マルテンサイト量,硬さ,および防弾性を調べた。
マルテンサイト量は、X線回折による積分強度比により求めた。
硬さは、鋼板の圧延方向と板厚方向を含む断面についてビッカース硬さを測定して求めた。
防弾性は、以下の方法で評価した。すなわち、超高速射撃試験装置を用い、径7mm,質量11.7gの鉛製の弾丸形状の射撃物を、固定された鋼板試料の表面に種々の速度で当て、厚さ7.0mmの板を貫通しない上限の射撃物速度をその鋼板の限界速度として求めた。ここでは、700m/sec以上の限界速度を示すものを「合格」と判定した。
表2に結果を示す。なお、表2中、冷延率:0%と表示したものは冷間圧延を施していないものである。
【0031】
【表2】
Figure 0003886881
【0032】
本発明で規定する化学組成を満たし、かつ、オーステナイト+10〜60体積%の加工誘起マルテンサイトからなる複相組織を有する本発明例のもの(試験No.4〜6,9〜12)は、限界速度700m/sec以上の優れた防弾性を示した。
これに対し、試験No.1およびNo.2はそれぞれC含有量およびMn含有量が不足するため、冷間圧延前(溶体化処理後)にオーステナイト単相組織にならなかったものである。これらは冷間圧延後に10体積%以上の加工誘起マルテンサイトを確保できず、その結果、限界速度は700m/secを大幅に下回った。また、試験No.3,8,13は冷間圧延を受けていないか冷延率が不足したために、10体積%以上の加工誘起マルテンサイトを確保できず、やはり限界速度700m/sec以上の優れた防弾性は得られなかった。試験No.7は冷延率が高すぎたため60体積%を超える加工誘起マルテンサイトが生成し、板割れが生じて防弾性テストに供することができなかった。
【0033】
【発明の効果】
本発明によれば、高Mn鋼において、防弾性を従来より大幅に向上させることができた。その性能は、実用的な板厚において昨今の高性能ライフルによる射撃に十分対応できるものである。また、マルテンサイト主体の従来材と比べ加工性が良好である。

Claims (5)

  1. 質量%で、C:0.7〜1.6%,Si:0.8%以下,Mn:8〜16%,Ni:0(無添加)〜1.5%,Cr:0(無添加)〜1.0%,Mo:0(無添加)〜2.0%であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、オーステナイト+10〜60体積%の加工誘起マルテンサイトからなる複相組織を有する防弾性に優れた高Mnオーステナイト鋼板。
  2. 質量%で、C:0.7〜1.6%,Si:0.8%以下,Mn:8〜16%であり、かつNi:0.1〜1.5%,Cr:0.1〜1.0%,Mo:0.1〜2.0%のうち1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、オーステナイト+10〜60体積%の加工誘起マルテンサイトからなる複相組織を有する防弾性に優れた高Mnオーステナイト鋼板。
  3. 複相組織は、950〜1100℃に保持した後500℃以下の温度まで冷却速度10℃/sec以上で冷却した溶体化処理鋼板を冷間加工することによって得られるものである請求項1または2に記載の鋼板。
  4. 冷間加工が10超え〜40%の冷間圧延である請求項3に記載の鋼板。
  5. 板厚が3.5〜12mmである請求項1〜4に記載の鋼板。
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